「3日あったら、殺人を自白させてやる……」冤罪が生まれる裏側に迫る『冤罪と裁判』

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『冤罪と裁判』(講談社現代新書)
 6月7日、ネパール人男性ゴビンダ・プラサド・マイナリ氏が横浜刑務所から釈放された。1997年に起こった東電OL殺人事件の犯人として無期懲役の判決を受けていたゴビンダ氏。事件発生から15年の月日が経ち、ゴビンダ氏の再審請求審を認定。刑の執行が停止されたため、今回の釈放が決定された。この事件は、ゴビンダ氏が逮捕された当初から冤罪事件ではないかとささやかれていた。  2010年に再審無罪が確定し大きなニュースとなった「足利事件」や、大阪地検特捜部による証拠改ざんが行われた厚労省局長による「障害者郵便制度悪用事件」など、冤罪が判明した事件は数多い。『冤罪と裁判』(講談社現代新書)は、20年にわたる弁護士活動の中で数多くの冤罪事件を扱ってきた今村核氏が、冤罪が引き起こされる構造的な問題を分析した一冊だ。  例えば、自白という問題。  普通、容疑者が自白を行ったといえば、世間的には完全に「クロ」と目される。まさか、やってもいない罪を好んで被る人間などいるわけがないだろう。しかし、現実は違う。一日10時間以上にわたって、刑事が恫喝するように声を荒らげる取り調べの現場。接見禁止となれば、弁護士以外のあらゆる人間と面会することすらできない。痴漢などの軽い罪であれば、容疑を認めればすぐにでも釈放されるが、認めなければ1カ月以上の拘束が続く。そんな状況で、容疑者の頭は混乱してゆく。「もしかしたら記憶がないだけで、自分がやったのかもしれない」「認めたほうが楽になる」……。こうして「私がやりました」と、容疑者はあっけなく“自白”をする。  これは、特殊な人の話でも、精神的に弱い人の話でもない。ある元刑事はジャーナリストに対して「3日あったら、お前に、殺人を自白させてやるよ。3日目の夜、お前は、やってもいない殺人を、泣きながらオレに自白するよ。右のとおり相違ありません、といって指印を押すよ」と語る。熟練の刑事にかかれば、誰でも例外なく「自白」をしてしまうのだ。  これを防ぐために取り調べ過程を録音・録画し、可視化する方向で議論が進められているものの、なかなか導入が進まないのが現状だ。  さらに、警察・検察側の手練手管は、とどまるところを知らない。  目撃者に対する事情聴取や、写真面割りと呼ばれる方法でも巧妙な誘導が行われ、警察の思い描いたように犯人は仕立て上げられる。警察・検察が独占する物的証拠では、すり替えや隠蔽が行われることも多い。前述の足利事件では、ずさんなDNA鑑定結果が判決の決定的な証拠として採用されたことから、冤罪が生まれてしまった。また、冤罪の可能性から再鑑定をしようにも、証拠品をDNA鑑定で全て使い切ってしまった、処分してしまったとして再鑑定ができないというお粗末な事態も多いという。  また、今村は司法制度改革として注目される裁判員制度にも疑問を投げかける。「裁判員の負担を減らす」という名目で、検証される証拠は絞りこまれ、審理がスムーズに進むように分刻みのスケジュールが計画される。その結果、事件に対する十分な検証がなされず、冤罪の可能性が疑われることもなく判決が下る。冤罪の可能性がある複雑な裁判は、裁判員にとっても負担が大きい。裁判員の負担を減らすために冤罪が生まれるのであれば、本末転倒と言わざるをえないだろう。  本書の帯に書かれているように、日本の裁判における有罪率は99.9%。警察に逮捕され、「容疑者」という言葉が付けられたが最後、ほとんどの人間は「犯人」とされることを免れられない。いま、裁判所は真実を明らかにする場ではなく、有罪を認める場に成り下がっている。真の司法改革を実現するために求められるのは、民間人が参加する裁判員ではなく、警察の取り調べや捜査手法を改善し、裁判における構造的な問題を問い直すことなのではないだろうか。  「それでも僕はやってない」と意思を強く示せるのは、本当に一握りの人間に過ぎず、多くは冤罪を進んで引き受けてしまう。次に無実の罪によって刑務所に送り込まれるのは自分かもしれない……。そう考えながら本書を読むと、背筋に寒気を覚えてくる。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●いまむら・かく 1962年生まれ。東京大学法学部卒業、92年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。冤罪事件、労働事件のほか、群馬司法書士会事件、保土ヶ谷放置死事件などを担当。現在、自由法曹団司法問題委員会委員長。

「3日あったら、殺人を自白させてやる……」冤罪が生まれる裏側に迫る『冤罪と裁判』

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『冤罪と裁判』(講談社現代新書)
 6月7日、ネパール人男性ゴビンダ・プラサド・マイナリ氏が横浜刑務所から釈放された。1997年に起こった東電OL殺人事件の犯人として無期懲役の判決を受けていたゴビンダ氏。事件発生から15年の月日が経ち、ゴビンダ氏の再審請求審を認定。刑の執行が停止されたため、今回の釈放が決定された。この事件は、ゴビンダ氏が逮捕された当初から冤罪事件ではないかとささやかれていた。  2010年に再審無罪が確定し大きなニュースとなった「足利事件」や、大阪地検特捜部による証拠改ざんが行われた厚労省局長による「障害者郵便制度悪用事件」など、冤罪が判明した事件は数多い。『冤罪と裁判』(講談社現代新書)は、20年にわたる弁護士活動の中で数多くの冤罪事件を扱ってきた今村核氏が、冤罪が引き起こされる構造的な問題を分析した一冊だ。  例えば、自白という問題。  普通、容疑者が自白を行ったといえば、世間的には完全に「クロ」と目される。まさか、やってもいない罪を好んで被る人間などいるわけがないだろう。しかし、現実は違う。一日10時間以上にわたって、刑事が恫喝するように声を荒らげる取り調べの現場。接見禁止となれば、弁護士以外のあらゆる人間と面会することすらできない。痴漢などの軽い罪であれば、容疑を認めればすぐにでも釈放されるが、認めなければ1カ月以上の拘束が続く。そんな状況で、容疑者の頭は混乱してゆく。「もしかしたら記憶がないだけで、自分がやったのかもしれない」「認めたほうが楽になる」……。こうして「私がやりました」と、容疑者はあっけなく“自白”をする。  これは、特殊な人の話でも、精神的に弱い人の話でもない。ある元刑事はジャーナリストに対して「3日あったら、お前に、殺人を自白させてやるよ。3日目の夜、お前は、やってもいない殺人を、泣きながらオレに自白するよ。右のとおり相違ありません、といって指印を押すよ」と語る。熟練の刑事にかかれば、誰でも例外なく「自白」をしてしまうのだ。  これを防ぐために取り調べ過程を録音・録画し、可視化する方向で議論が進められているものの、なかなか導入が進まないのが現状だ。  さらに、警察・検察側の手練手管は、とどまるところを知らない。  目撃者に対する事情聴取や、写真面割りと呼ばれる方法でも巧妙な誘導が行われ、警察の思い描いたように犯人は仕立て上げられる。警察・検察が独占する物的証拠では、すり替えや隠蔽が行われることも多い。前述の足利事件では、ずさんなDNA鑑定結果が判決の決定的な証拠として採用されたことから、冤罪が生まれてしまった。また、冤罪の可能性から再鑑定をしようにも、証拠品をDNA鑑定で全て使い切ってしまった、処分してしまったとして再鑑定ができないというお粗末な事態も多いという。  また、今村は司法制度改革として注目される裁判員制度にも疑問を投げかける。「裁判員の負担を減らす」という名目で、検証される証拠は絞りこまれ、審理がスムーズに進むように分刻みのスケジュールが計画される。その結果、事件に対する十分な検証がなされず、冤罪の可能性が疑われることもなく判決が下る。冤罪の可能性がある複雑な裁判は、裁判員にとっても負担が大きい。裁判員の負担を減らすために冤罪が生まれるのであれば、本末転倒と言わざるをえないだろう。  本書の帯に書かれているように、日本の裁判における有罪率は99.9%。警察に逮捕され、「容疑者」という言葉が付けられたが最後、ほとんどの人間は「犯人」とされることを免れられない。いま、裁判所は真実を明らかにする場ではなく、有罪を認める場に成り下がっている。真の司法改革を実現するために求められるのは、民間人が参加する裁判員ではなく、警察の取り調べや捜査手法を改善し、裁判における構造的な問題を問い直すことなのではないだろうか。  「それでも僕はやってない」と意思を強く示せるのは、本当に一握りの人間に過ぎず、多くは冤罪を進んで引き受けてしまう。次に無実の罪によって刑務所に送り込まれるのは自分かもしれない……。そう考えながら本書を読むと、背筋に寒気を覚えてくる。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●いまむら・かく 1962年生まれ。東京大学法学部卒業、92年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。冤罪事件、労働事件のほか、群馬司法書士会事件、保土ヶ谷放置死事件などを担当。現在、自由法曹団司法問題委員会委員長。

新宿署に"殺された"信助さんの冤罪事件を風化させないために考えるべきこと

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昨年12月で事件発生から早くも2年。裁判が始まってから10カ月が経とうとしているが、警察はいまだに"証拠"VTRを提出しようとしていない
 当サイトでも複数にわたり取り上げ、高い関心を呼んでいる「新宿署違法捜査自殺事件」(参考記事1)。違法捜査の疑いが強い警察対応が原因で一人の青年が自殺した同事件を背景に、この国が抱える警察と司法の構造的な問題を考える「繰り返される冤罪の背景 警察と司法の問題点を考えるシンポジウム」が2月4日(土)、東京都千代田区の「たんぽぽ舎」で開催される。  大学職員の原田信助さんが、JR新宿駅構内で通りすがりの大学生グループに痴漢の容疑をかけられ、激しい暴行をうけた後に、新宿警察署の違法性の強い取り調べなどが原因で自らの命を絶ったのは2009年12月。警察はその1カ月後、被疑者死亡のまま迷惑防止条例違反(痴漢容疑)で信助さんを書類送検した。  しかし、遺族の母・尚美さんらの懸命な調査の結果、被害者を名乗る女子学生が信助さんを犯人と「見間違えた」と警察に証言していたことがわかり、新宿警察署が証人もいないままに痴漢事件をねつ造し、新助さんを犯人にでっちあげて書類送検までしていた疑いが極めて強くなっている。  母・尚美さんは、新宿警察署の捜査の過程に数々の違法行為があったとして、昨年4月に東京都を相手取り国賠訴訟を提起。公判は先の1月17日で4回目を終えたが、被告である警察は、信助さんを痴漢犯人と認定した証拠と主張する防犯カメラの映像を、原告側が再三にわたり提出を求めているにもかかわらず、いまだに応じようとしていない(参考記事2)。それどころか、その他の捜査関係書類についても「全て検察に送付済であるため、控えすら手元にない」との言い逃れに終始している。  動かし難い証拠が仮に存在するならば、警察は一体なぜその証拠を提出しないのか? また、裁判所は警察の不誠実な裁判対応を許しながら、なぜ公判に無用な時間を費やすのか。シンポジウムではこうした問題点を浮き彫りにしていく。  進行役は、90年代の薬害エイズ訴訟などでも広く知られ、今回の国賠訴訟で原告側の弁護を務める清水勉弁護士。パネリストに数々の冤罪事件や警察問題の取材に定評のあるジャーナリストの寺澤有氏、林克明氏の両氏を迎え、杜撰な捜査を続ける警察と司法の根深い関係性に迫りながら、過去に生み出された数々の冤罪の背景を構造的に掘り下げていく。参加費1,000円で誰でも参加可能。当日の詳細については下記関連サイトをご参照のこと。不明な点は下記メールアドレスまでお問い合わせいただきたい。 会場: 「たんぽぽ舎」JR水道橋駅 徒歩5分 (千代田区三崎町2-6-2ダイナミックビル5F) 参加費: 1,000円(資料代含む) 主催: 原田信助さんの国賠を支援する会 関連サイト:「原田信助さんの国賠を支援する会問合せ先 harada-kokubai@excite.co.jp 【短期集中連載】発生から1年「新宿駅痴漢冤罪暴行事件」の闇 ・痴漢冤罪で命を絶った青年が録音していた「警察の非道」なぜ、JRは「息子の死」の真相を追及する母の想いを踏みにじるのか事件を密着取材していた民放キー局取材班の不可解な動き追跡レポートをOA直前に封印したテレビディレクターの謎の行動

新宿署に"殺された"信助さんの冤罪事件を風化させないために考えるべきこと

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昨年12月で事件発生から早くも2年。裁判が始まってから10カ月が経とうとしているが、警察はいまだに"証拠"VTRを提出しようとしていない
 当サイトでも複数にわたり取り上げ、高い関心を呼んでいる「新宿署違法捜査自殺事件」(参考記事1)。違法捜査の疑いが強い警察対応が原因で一人の青年が自殺した同事件を背景に、この国が抱える警察と司法の構造的な問題を考える「繰り返される冤罪の背景 警察と司法の問題点を考えるシンポジウム」が2月4日(土)、東京都千代田区の「たんぽぽ舎」で開催される。  大学職員の原田信助さんが、JR新宿駅構内で通りすがりの大学生グループに痴漢の容疑をかけられ、激しい暴行をうけた後に、新宿警察署の違法性の強い取り調べなどが原因で自らの命を絶ったのは2009年12月。警察はその1カ月後、被疑者死亡のまま迷惑防止条例違反(痴漢容疑)で信助さんを書類送検した。  しかし、遺族の母・尚美さんらの懸命な調査の結果、被害者を名乗る女子学生が信助さんを犯人と「見間違えた」と警察に証言していたことがわかり、新宿警察署が証人もいないままに痴漢事件をねつ造し、新助さんを犯人にでっちあげて書類送検までしていた疑いが極めて強くなっている。  母・尚美さんは、新宿警察署の捜査の過程に数々の違法行為があったとして、昨年4月に東京都を相手取り国賠訴訟を提起。公判は先の1月17日で4回目を終えたが、被告である警察は、信助さんを痴漢犯人と認定した証拠と主張する防犯カメラの映像を、原告側が再三にわたり提出を求めているにもかかわらず、いまだに応じようとしていない(参考記事2)。それどころか、その他の捜査関係書類についても「全て検察に送付済であるため、控えすら手元にない」との言い逃れに終始している。  動かし難い証拠が仮に存在するならば、警察は一体なぜその証拠を提出しないのか? また、裁判所は警察の不誠実な裁判対応を許しながら、なぜ公判に無用な時間を費やすのか。シンポジウムではこうした問題点を浮き彫りにしていく。  進行役は、90年代の薬害エイズ訴訟などでも広く知られ、今回の国賠訴訟で原告側の弁護を務める清水勉弁護士。パネリストに数々の冤罪事件や警察問題の取材に定評のあるジャーナリストの寺澤有氏、林克明氏の両氏を迎え、杜撰な捜査を続ける警察と司法の根深い関係性に迫りながら、過去に生み出された数々の冤罪の背景を構造的に掘り下げていく。参加費1,000円で誰でも参加可能。当日の詳細については下記関連サイトをご参照のこと。不明な点は下記メールアドレスまでお問い合わせいただきたい。 会場: 「たんぽぽ舎」JR水道橋駅 徒歩5分 (千代田区三崎町2-6-2ダイナミックビル5F) 参加費: 1,000円(資料代含む) 主催: 原田信助さんの国賠を支援する会 関連サイト:「原田信助さんの国賠を支援する会問合せ先 harada-kokubai@excite.co.jp 【短期集中連載】発生から1年「新宿駅痴漢冤罪暴行事件」の闇 ・痴漢冤罪で命を絶った青年が録音していた「警察の非道」なぜ、JRは「息子の死」の真相を追及する母の想いを踏みにじるのか事件を密着取材していた民放キー局取材班の不可解な動き追跡レポートをOA直前に封印したテレビディレクターの謎の行動

大学職員自殺の"容疑"はやはり新宿署の捏造!? なぜ警察は証拠VTRを提出しないのか

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警視庁が置かれている中央合同庁舎
第2号館(Wikipediaより)。
 ひとりの青年がJR新宿駅で通りすがりの大学生らに痴漢の容疑をかけられ、激しい暴行を受けた後、警察からの違法な取調べなどが原因で自らの命を絶った2009年12月の「新宿署違法捜査憤死事件」。自殺の背景に新宿警察署によるずさんな捜査や、JR東日本の不適切な対応があったことが徐々に明らかになりつつある(※記事参照)。  青年の母・原田尚美さんの求めに応じて昨年12月に開示された警察の取り調べ調書によれば、痴漢の「被害者」を名乗っていた女子大生が青年を犯人と「見間違えた」と証言していることも判明。新宿警察が、証言もないまま痴漢事件を組織的に捏造し、でっちあげの書類送検をした疑いが極めて濃くなっている。  そんな中、母・尚美さんは警視庁を相手取り、今年4月に国家賠償請求を提訴(※記事参照)。その第3回口頭弁論が11月8日、東京地方裁判所で行われた。  公判のポイントのひとつは、原告である尚美さん側が前回公判で求めた、青年を犯人と断定した根拠となる駅の防犯カメラの映像記録の提出を、被告である警視庁がどのような形で応じるかというもの。警察側は、青年を犯罪者と断定しているすべての根拠を、その一点に依存しているからだ。前回公判で原告が提出した書面の中から該当箇所を以下に抜粋する。 「被告(注:警視庁)は(略)防犯カメラ3つの映像によって事件を確認することができた、としており、更にそのカメラの映像によって判明したとされる事実を主張している。(略)ついては、これら3つのカメラの映像内容及び、各カメラが設置されていた配置や当時の新宿駅構内の様子が分かる実況見分調書その他の参考となる図面を提出されたい」
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公判後の報告会で裁判のポイントを説
明する清水勉弁護士(弁護士会館にて)。
 ところが、警察からは証拠となる映像は提出されず、それどころか、なぜ提出しないかについても書面には一切触れられていなかったのだ。原告の代理人を務める清水勉弁護士があきれながら言う。 「警察側が青年を犯人とする主張の内容があまりにこちらの見解と異なるので、そんなに言うなら証拠を出しなさいよと言ったのが(第2回公判の)8月です。で、3カ月待った今日の被告の返答が、『あるかどうかも含めて検討します』ですからね。冗談じゃないですよ。3カ月間何をしていたのか。もし証拠がないならこれまでの主張を撤回しろという話です。しかも、こうしたふざけた対応を裁判長が注意することもなく、『じゃあ被告は検討してよ』という態度ですからね」  これについて、今回の事件を見続けているある弁護士が次のように説明する。 「裁判官が公正中立なんて話は幻想であって、基本的には裁判長も"向こう側"の人間ですから。しかも、一般的な行政事件と比べて、警察が絡む場合は特に裁判所が"向こう寄り"になるので最悪です。検察と警察、裁判官がグルになって冤罪を量産している組織が裁判所だと思えば間違いありませんよ」  また、今回の事件は新宿警察の捜査過程に違法性の疑いがあることが重要なポイントになるわけだが、「裁判所は基本的に、警察の言い分を100%信用して進めてしまう」と、この弁護士は指摘する。 「警察が提出する供述調書などの内容を、裁判所が疑うことはまずありません。警察がウソの書類なんか作るはずないという大前提で公判を進めてしまう。でも実際は、警察なんて捏造集団なんですよ。ノルマ達成のために事件をでっちげるなんて日常茶飯事。しかも、裁判官も事実の究明なんて二の次だから、とにかく警察の味方をする。日本の司法制度なんてそれくらい脆弱でいい加減なんです。国民はもっとそのことを知らないといけない。決して他人事ではありませんよ」  警察にはびこるノルマ達成のための"でっちあげ体質"については、先の清水弁護士も今回の事件と絡めて次のように説明する。 「警察と一般人の社会常識があまりに違いすぎるんですよ。彼らの頭の中にあるのは、とにかくノルマ。今回だって、事件があった夜の宿直の職員がたまたま条例違反を主に取り扱う生安(せいあん=生活安全課)だったから『じゃあ、迷惑防止条例違反で片付けようぜ』と。それだけのことですからね。もし宿直が傷害事件を専門にする捜査一課だったら、扱いはまるで違っていたはずです。それくらいいい加減だということなんですよ」  自分の成績を上げるために一般人を犯罪者に仕立て上げる警察組織と、その言い分をそのまま引き受けてしまう裁判官たち。母・尚美さんの「この国の司法に正義はあるのでしょうか」(Twitterより)との言葉が重く胸にのしかかる。清水弁護士は、支援者を対象にした公判後の報告会で次のようにコメントした。 「当初の予測では、この裁判ってもっと淡々と進んでいくのかなと思っていたのですが、予想以上というか、予想通りというか(苦笑)、被告(=警視庁)の対応があまりにひどい。今後も公判を重ねるごとに警察のひどさが一層明らかになっていくことになるでしょう」 (文=浮島さとし) ●新宿署違法捜査憤死事件(支援者によるまとめ) http://harada1210.blogspot.com/ ●【短期集中連載】発生から1年「新宿駅痴漢冤罪暴行事件」の闇 http://www.cyzo.com/2010/12/post_6078.html
それでもボクはやってない スタンダード・エディション 冤罪被害の可能性は、誰にでもある。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 沖縄農協から覚えのない借金を背負わされた男の悲劇 柄谷行人、雨宮処凛らが緊急記者会見! 反原発デモで警察官が暴行!? 「なんと200人以上」アート淫行会長 大甘処分の裏に警察出身者の大量天下り!?

新宿駅痴漢冤罪暴行事件 原田信助さんの母親が警視庁を相手取り提訴へ

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主任弁護士を務める清水勉氏。90年代の薬害エイ
ズ訴訟では中心的役割を担い、その経過が人気漫
画『ゴーマニズム宣言』にたびたび登場したこと
でも知られる。(東京都四谷の事務所にて)
 大学職員の原田信助さんが2009年12月、JR新宿駅にて、通りすがりの大学生グループに痴漢の容疑をかけられて激しい暴行を受けたり、警察による冷徹な取調べが理由で自らの命を絶った、いわゆる「新宿駅痴漢冤罪暴行事件」。10年12月に当サイトで報じたところ(記事参照【1】【2】【3】【4】)、4回の連載を通して5,000件を超えるリツイートがつくなど多くの反響があった。事件の背景に新宿警察署のきわめて強引な捜査や、現場となったJR東日本の不適切な対応があったことは既報の通りである。  警察の取調べに強い疑問を持った遺族の母・尚美さんは、裁判所を通して当時の警察の取調べ調書の開示請求を行い、その調書が昨年12月に開示された。この結果、痴漢の「被害者」を名乗っていた女子大生が、信助さんを犯人と「見間違えた」と証言していることが判明している。新宿警察は被害者の証言もないままに信助さんを痴漢犯として書類送検したことになり、組織的な犯人でっちあげの可能性が極めて高くなった。  そんな中、母・尚美さんは警察庁を相手取り、国家賠償請求の提訴をこのほど決断。その記者会見が4月26日15時より、弁護士会館(東京都霞ヶ関)5階で行われるという。
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提訴記者会見のプレスリリース
(クリックすると拡大表示します)
 「明るい警察を実現する全国ネットワーク」(以下、警察ネット)代表で、今回の弁護団の主任弁護士を務める清水勉弁護士は、信助さんのような冤罪事件は「決して例外的なものではない」とした上で、警察の日常業務のやり方に構造的な原因があると指摘する。 「信助さんを取り調べた警官が特別にひどいという話ではなく、普段から警察の取調べというのは人権に配慮がなされているとは言えない状況です。仮に内部で誰かがそれを問題提起しても、『人権配慮なんて必要ない』『ミスをしたらもみ消してやる』というのが今の警察組織のスタンスです。警察の側にもひどいことをしているという自覚はあるのですが、『とにかく検挙率を上げろ』という空気の中で、警官たちは仕事をしている。その延長上にあるのが、足利事件であり、原田信助さんのような冤罪事件なんです」  日常的な職質や任意の取調べで酷い目に遭わされ、しかも不起訴になるようなケースは法廷ですら争われることもなく、ほとんどすべての人が泣き寝入りしているのが現状だというのだ。警察白書の数字に出てくる検挙数の中には、かなりの部分でこうしたケースが含まれていると清水弁護士は言う。 「今回は信助さんが、ICレコーダーで警察とのやりとりなど、かなりの部分を録音していてくれたわけですが、死ぬ間際のギリギリまで録音していたというのは、彼が『なんとかしてくれ』と我々に問題提起をしたのだと受けとめています。『警察ネット』では警察のあり方について、警察の側からも相談を受けているわけですが、その立場から考えても、今の警察の仕事の仕方には大きな問題があると言わざるを得ない。そのことを今回の裁判を通してしっかりと提起しなければならないと考えています」  不適切な警察の取調べが日常的に行われ、これにより冤罪が構造的に生み出され続けているとすれば、信助さんの事件はすべての日本人にとって他人事ではない。今後の裁判の行方が注目される。 (文=浮島さとし) ●母・尚美さんのブログとツイッター <http://harada1210.exblog.jp/> <http://twitter.com/harada1210> ●支援者のまとめブログ <http://harada1210.blogspot.com/>
報道されない警察とマスコミの腐敗
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【短期集中連載】発生から1年「新宿駅痴漢冤罪暴行事件」の闇 痴漢冤罪で命を絶った青年が録音していた「警察の非道」 なぜ、JRは「息子の死」の真相を追及する母の想いを踏みにじるのか 事件を密着取材していた民放キー局取材班の不可解な動き 追跡レポートをOA直前に封印したテレビディレクターの謎の行動

追跡レポートをOA直前に封印したテレビディレクターの謎の行動

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新宿駅西口で目撃証言探しの呼びかけを行う母
・尚美さん。事件時刻に合わせて行うため、帰り
は毎晩深夜になるという。
 これまで、私大職員の原田信助さんの自殺の背後に浮かび上がった、警察やJRによる非道で不可解な言動の数々をお伝えしてきた(【1】【2】)。さらにその不可解さは、信助さんの母・尚美さんを密着取材してきたテレビ局の動きにまで及んだ(【3】)。  今年6月9日、尚美さんの携帯にかかってきた奇妙な電話。電話の主のである民放キー局AのIディレクターの声は、今までにないほど興奮し、取り乱していた。 「お母さん、大変です! 信助さんが他の女性のお腹をさわっているように見える別の映像が発見されました。新宿警察署で保管していますので見に行ってください。いまタクシーでそちらへ向かいますから!」  尚美さんには電話の内容が理解できなかった。何より、前日に行なわれたある番組の屋外撮影が深夜までかかり、これが原因で風邪をひいて寝込んでいたため、「申し訳ないですが、後日にしていただけませんか」と頼む。「何言ってんですか! そんなこと言ってる場合じゃないんですよ! すぐ準備してください!」。返ってきたのはI氏の怒号だった。  I氏の勢いに「何かとんでもないことが起こっているのかもしれない」と不安になった尚美さんは、風邪をおして起き上がり、指定場所のカラオケルームへと急いだ。着いてみると、そこにはI氏と、I氏が担当しているニュース番組のキャスターが所属しているプロダクションの幹部、そして尚美さんと同様に呼び出された顧問弁護士のH氏の3人がいた。そこでI氏が話しはじめた内容は、次のような信じ難いものだった。以下、尚美さんの証言からポイントをまとめる。 ・信助さんが生前、事件とはまったく無関係の別の女性のお腹を、すれ違いざまに触っているかのように見える画像が数枚、このほど新宿駅の改札付近の防犯カメラの記録の中で発見された。 ・その画像が新宿警察署にあり、副署長のU氏が管理している。 ・これからすぐにそれを見に行ってほしい。 ・この画像が事実であれば、(信助さんが女性のお腹をさわる性癖を持つ痴漢の常習者であった可能性があるため)ニコニコ動画やF局などで放送するのは止めたほうがいい。 ・もし、これから新宿署に行かないというのなら、A局で放送予定の2つの番組(I氏のニュース番組と朝の情報番組『S』)は放送を中止する。  いったいなぜ、民放テレビ局のディレクターが新宿警察署のU副署長のメッセンジャーを務めているのか、尚美さんがなぜ「それ」を見に行かなければならないのか、そして、なぜ見ないとA局が放送をとり止めるのか――尚美さんにはすべてが理解できなかった。  信助さんの生前の画像ということは、少なくとも7カ月近く前の記録ということになる。肝心な事件現場のカメラの映像記録を、2カ月足らずでいとも簡単に「保存期限が過ぎたから消去」したはずのJR新宿駅が、別の改札付近の画像だけは半年以上も保管し続け、その膨大な画像の中から信助さんが映りこんでいた場面を数枚見つけたというのは、あまりに無理がある話ではないだろうか。  尚美さんは、「意味はよく理解できませんが、皆さんは警察に頼まれてこういうことをしているのですか?」「なぜIさんが警察の代理として来られているのですか?」と何度も聞いたが、I氏もプロダクションの幹部もこの質問には無言のまま答えず、ただひたすらに「新宿警察署へ行ってほしい」と繰り返すだけだった。尚美さんが当時を回想する。 「私は、もし記録を見せていただけるのなら、以前からお願いしている事件現場のカメラ映像を見せていただきたいと、そして、もしそういう画像があるとおっしゃるのであれば、U副署長にどうか直接ご連絡いただきますようお伝えくださいと申し上げました。するとIさんは『では、うちでは放送できません』と答え、それで本当に放送が全部なくなりました」  その日、Iディレクターとプロダクション幹部の2人は、尚美さんとの別れ際にこう謝罪したと言う。「申し訳ありません、我々も組織の人間なので、上からダメだといわれたら放送できないんです」。ここで言う「上から」が何を指すかの説明は最後までなかったが、I氏の言葉通りに捉えれば、なんらかの圧力で番組にストップがかかったと推測できる。舌鋒鋭く世相を切り続ける、I氏が手がけるニュース番組のキャスターは、はたしてこの一連の経過を知っているのか、いないのか。  尚美さんが当時を振り返る。 「仮にこの日に新宿警察署へ行ったとしても、A局が放送しないことはすでに決まっていたのではないかと思います。私に写真を見せることで息子が痴漢常習者だったと納得させたかったのか、その様子をIさんが撮影しようとしたのか、意味するものが何なのか今もってよく分かりません」  それにしても、警察の圧力に屈してテレビ局が放送をとり止めるということが、現実にあり得るのだろうか。「その可能性は限りなく低い」と言うのは、元公安捜査官の北芝健氏だ。「あくまで一般論」という前提のもと、北芝氏は警察とメディアの関係性は次のように解説する。 「警察がテレビ局の放送を組織的に止める力はないんです。各局が上層部に東大卒のキャリアを配置している理由は政治力です。日本はなんだかんだいっても東大キャリアが仕切っている国。警察がメディアの動きを止めたくても都道府県警レベルでは無理で、仮にあるとすれば警察庁のトップクラスですが、そうなると互いに東大キャリアの同級生クラス同士でのやり合いになるのでケンカにならない。番組を潰すほどの優位性は警察機構にはないんです。今回、放送がなくなった理由は分かりませんが、下請けの制作会社と親会社のテレビ局との間でなんらかのトラブルが発生したか、もしくは取材の過程で局にとって不都合な事実が発覚したという可能性は考えられます。そういう理由で突然中止になった番組は過去に数限りなくあります。むしろ制作会社とすれば、『権力に潰された』と思わせたほうが言い訳になりますからね」  一方、他の民放局のある関係者は「可能性はゼロとは言えない」として次のように推測する。 「たしかに組織レベルで潰すことは難しいが、対個人の次元なら、ないとは言い切れない。普段から警察組織を取材していれば、よくも悪くも人間的なつながりができる。バーターを持ちかけられて『次に××するから今回はなんとかしてくれ』と頼まれて、断われない状況がないとは言いきれない。ただ、番組を潰す権限は制作会社にはないので、局の幹部との個人的な人間関係か、あるいはその人間が警察に弱みを握られていたとか、理由はいくつか考えられる。今回は担当ディレクターが副署長の名前を出してゴリ押ししたというのだから、いずれにしても双方で連絡を取り合っていた可能性は高そうですね」  今回、A局の動きがこれに相当するのか、I氏が言う「上から」が単なる「言い訳」なのかは分からない。いずれにしても、在京キー局である「A局」という大手テレビ局が、同じ事件を取材した2つの番組を放送寸前になって取り止めたことは事実だ。また、仮に局内に限定したトラブルであれば、IディレクターがU副署長と組んで偽の画像を見せてまで、他社のF局やネット放送までを差し止めようと画策した理由も判然としない。尚美さんはこの件で、8月11日付け警視総監及び新宿警察署あての公開文書の中で、次のように質問している。 「新宿警察署の担当者は、息子・信助が疑わしい行動をしているという防犯カメラの画像を見るようにと●●●●●(A局の名前)のディレクター●●氏(I氏の実名)を経由して私に打診してきたのはどのような理由からでしょうか。なぜ直接打診してこなかったのですか」
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新宿警察署からの回答書。
 これに対する警察側の回答は、「当職員がテレビ局のディレクターを経由して、貴殿に防犯カメラの画像を見るように打診した事実はありません」(9月11日付け回答より)という極めて短いもので、問題の画像の有無については一切触れられていなかった。  一方、今回の事件の温床を、「痴漢関連の事件を取り扱う警察の捜査方法が根本的な問題」というのは、都内で同類案件を多く取り扱っているある法律事務所の弁護士だ。 「痴漢と言うと一般的に迷惑防止条例で処理してしまいますが、本来は刑法だけで取り扱うべきだと、個人的には感じています。酒で酩酊させたり薬で昏睡させたりして相手の性器等を触るなどという、"抵抗しがたい状況での破廉恥行為"は準強制猥褻罪(178条)となり、『6カ月以上7年以下の懲役に処する』と刑法に定められている。ところが、一般に痴漢行為については、下着の上から触れば条例違反、下着に手を突っ込めば刑法違反という原則がほぼ確立してしまっています。下着の上からとか下からとかでなく、どんな痴漢行為も全部この条文で処理されるべきです。現状では安直に条例を適用させて、信用性が担保できない"被害者"証言だけを頼りに、科学的な捜査もしないで逮捕してしまう。その慣習を改めない限り、痴漢冤罪はなくなることはないでしょう」  また、別の弁護士も次のように言う。 「迷惑防止条例違反は被疑者国選対象事件にならないんです。つまり、起訴までの間、最高で20日間以上もの期間、国選弁護人が付きません。弁護士の援助を得られないまま被疑者が警察に追い詰められてしまい、精神的に疲弊したところで『認めれば罰金だけ払って帰してやるぞ』と言われ、してもいない痴漢を認めてしまう例も少なくないんです」  今回の信助さんの事件は、多くの証言から、酔った学生グループの身勝手な暴行が発端となっている可能性が高く、一般の痴漢冤罪とは内容が異なる事案かもしれない。しかし、いずれにしても新宿警察署が、確かな証拠の積み重ねで事件の解決を目指していたならば、今回のような悲劇は起こらなかったとも考えられる。  季節は晩秋を過ぎ、冬を迎えた。昨年の12月10日に起こった悲劇から、早くも一年が経とうとしている。尚美さんは今日も新宿駅に行き、チラシを配りながらあらたな目撃証言を探している。(了) (取材・文=浮島さとし) ●母・尚美さんのブログとツイッター <http://harada1210.exblog.jp/> <http://twitter.com/harada1210> ●支援者のまとめブログ <http://harada1210.blogspot.com/>
テレビ局の裏側 報道という名の蛮行。 amazon_associate_logo.jpg
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事件を密着取材していた民放キー局取材班の不可解な動き

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ニコニコ動画の放送は大きな反響を巻き起こした。
 私大職員の原田信助さん(当時25歳)の自殺の影に、新宿警察署とJR新宿駅という二つの「当局」の理不尽な仕打ちが原因している可能性については既報(【1】【2】)の通りだが、今回の事件では、組織防衛のために事実の隠蔽工作を図り、遺族である母・尚美さんを苦しめた存在が実はもうひとつある。夜のニュース番組を看板に持つある在京民放キー局である。ここでは仮に「A局」とする(尚美さんの要望により局名は伏せる)。  A局人気ニュース番組の制作会社のディレクターI氏が、事前連絡もなく尚美さんの密着取材を開始したのは、事件5カ月後の今年5月上旬だった。前年の12月に新宿で起きた信助さんの事件は、しばらくの間世間に広まることはなかったが、5月7日に夕刊フジが特集記事を組んだことをひとつのきっかけに、ネット上に情報が拡散するなどして世間の耳目に広く触れることになる。A局が取材を開始したのはその直後だった。  Iディレクターはある日突然表れ、「追っかけ取材をしますので」と言うと、尚美さんが行く先々にどこまでもついて回った。数日後から撮影クルーが加わり、早稲田駅ホームで献花をしているときも、カメラが至近距離から迫ってきた。新宿駅のビラ配りでへとへとになり、一人になりたくても、クルーは常に尚美さんの疲れた表情を撮り続けた。  尚美さんは、人生でこれまでテレビの取材を受けたことがなかった。だから、世の中でそういうことがあるときは、きっと局の担当者が「こういう趣旨でこのくらいの期間を撮りますがよろしいですか」という類の相談が事前に来るのが普通だろうと、漠然と思っていたという。 「A局の方たち(編註:正確にはA局のニュース番組の制作会社)はある日突然現れまして、いきなり私のことを撮りはじめました。もちろん驚きましたし、カメラを向けられ続けることも正直辛かったのですが、これが放送されて事件の存在をたくさんの方に知ってもらい、目撃者が現れて息子の無実が少しでも明らかになればという望みもありました。自分が我慢すればいいことだと思ったんです」  それから撮影は週数日程度のペースで続き、多いときは2~3日続くこともあった。そのうち、他のキー局のN局やT局からも取材の申し込みがあったが、尚美さんはこれを断わっている。なぜか。尚美さんは次のように説明する。 「密着取材をしていたA局のIさん(ディレクター)から『他局の取材は全部断わってください』と強く言われていたんです。『他で(番組を)流されたら、追っかけでやってる意味がない』と。どうせ取材を受けるのであれば、複数の番組で取り上げてもらったほうが、目撃者が見つかる可能性がより高くなるとも思ったのですが、Iさんは私や顧問弁護士のHさんにかなり強くお願いをしてきましたので、H弁護士も『長期間取材してくれているし......』ということで、他局の申し込みはお断りしてきたんです」  こうして、一部の紙媒体を除くA局一社による"独占密着取材"は、その後約2カ月の間続くことになる。しかし、一向に番組として流れる気配はない。季節は6月の初夏になっていた。その間も他局から取材が申し込まれたが、尚美さんは断り続けた。
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司法記者クラブで会見を行う尚美さん。
 一方で「いつ頃番組になるのか」とI氏に聞いても、「まだ準備期間なので」を繰り返すだけで、はっきりとした返事はない。そのうち、同じA局の別の番組『S』と『J』の2つが取材を申し込んできた。他局の取材を断わるように強弁していたI氏も、これには「NO」とは言えなかった。  長期間の密着取材と単発報道を単純比較することはできないが、これまでのI氏の間延びした仕切りと比較して、後から取材を開始した2つの番組の動きは、尚美さんの目にテキパキとして映った。特に朝の情報番組『S』のディレクター氏の段取りは、無駄がなく撮影もスムーズで、同じ局でもこうまで違うのかと、尚美さんは驚いたという。  業界内のルールなど知らない尚美さんだったが、『S』のディレクターのほうがI氏より、局内の力関係が上らしいことは見ていて容易に推測できたという。それでも、「放送はIさんの番組が流れた後まで待ってください」とI氏に気兼ねする尚美さんに、『S』のディレクターは「早く放送したほうがいいです」「(9月の)民主党の党首選が始まってしまうと、世間の関心は一気にそちらへ流れてしまいますよ」と、アドバイスを交えながら強く説得をした。 「私も板ばさみのような形になり困ってしまい、Iさんに今後の見通しなどをお聞きしたのですが、相変わらず『まだ準備期間』を繰り返すだけでした。そうかと思うと『選挙の後になっちゃうけどしょうがないかなぁ』とか、ついには『Sが先に放送するっていうなら、うちはもう降りようかなぁ』とまで言いはじめました。これには驚いて、放送をする気があるのか心配になってきたんです」  そんな紆余曲折を経ながらも、I氏から連絡が入る。「放送日が6月14日に決まった」という知らせだった。尚美さんは6月15日に司法記者クラブで事件の真相を訴える記者会見を予定しており、番組はそのタイミングに合わせて前日の夜に流すという。I氏の説明によれば、「視聴率が一番上がる時間帯に15分くらいの枠で流す」とのことだった。  これまで他局の取材は原則断っていたという尚美さんだが、実はF局からだけは一度だけ取材を受けていた。事件のことで親身になって相談にのってくれていた地方議会議員からの紹介だったために、断わりきれずにありがたく受けたのだという。  従って流れとしては、記者会見前日の14日夜に、まずA局がI氏の番組を放送し、翌日15日の会見をニコニコ動画がネット中継し(『痴漢と呼ばれ自殺~残されたボイスレコーダーは何を語っているのか?』)、それを待ってF局と、A局の『S』が流れるという段取りが決まっていた(取材申し込みがあったはずのA局『J』は、なぜか途中から"撤収していた")。  ところが6月9日昼、尚美さんの携帯に奇妙な電話が入る。電話の主はA局のIディレクターだった。I氏の口調は、今までにないほど興奮していたという。 (「4」へつづく/取材・文=浮島さとし) ●母・尚美さんのブログとツイッター <http://harada1210.exblog.jp/> <http://twitter.com/harada1210> ●支援者のまとめブログ <http://harada1210.blogspot.com/>
足利事件 松本サリン事件 繰り返される愚行。 amazon_associate_logo.jpg
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なぜ、JRは「息子の死」の真相を追及する母の想いを踏みにじるのか

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2人の職員が暴行に加担していた疑いがあるJR新宿駅。
 大学職員の原田信助さんが痴漢の容疑をかけられて自らの命を絶った、いわゆる「新宿駅痴漢冤罪暴行事件」。新宿警察署の極めて不適切な捜査対応が悲劇の引き金となった可能性については前回指摘した通りだが、事件の"舞台"となった新宿駅の対応に問題はなかったのだろうか。  実は、警察と並んで信助さんを追い込んだもうひとつの"共犯組織"が、JR新宿駅と、それを統括するJR東日本だと指摘する声は多い。  今回、真相を知る上で重要な鍵となるのが、駅構内に設置されている防犯カメラの映像である。信助さんが暴行を受けた階段には、上部から階段を見下ろす形で一台のカメラが設置されている。尚美さんは事件から2カ月が経過した今年2月、この記録映像の開示を、東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)に求めた。しかし、JR東日本危機管理室のOという担当者からの回答は、 「所定の保存期間が満了したから消去してしまった」 「警察からも保全の指示はなかった」  というものだった。そこで尚美さんは8月11日、公開質問状により再度、JR東日本に対して「なぜないのか?」「もしあるのなら、見られるのか?」と追及したところ、今度は以下のような回答が返ってきた。 「今回のご質問を受けて再度確認しましたところ、これとは別に本件事象発生直後に、本件事象の発生箇所周辺の防犯カメラの映像を提供するよう、警察当局から捜査事項照会を受け、映像を提供しておりました。現在は警察当局に提出しました防犯カメラの映像は返却され、当社で所持しております。しかし、こうした防犯カメラの映像の提供につきましては、他に映っているお客様の肖像権等の問題もございますので、司法機関等からの法的手続きによる場合を除き、閲覧等のご要望はお断わりしております」(JR東日本の回答文書から)  事件を取材したある記者は、吐き捨てるように言う。
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事件現場となった新宿駅の階段。
「人の命が奪われた重大な事件の証拠となりうる映像記録を、『警察から言われなかったから消しちゃったよ』と平然と答え、しつこく聞いてみたら『ごめんごめん、よく探したら別のカメラの映像があって、警察に渡していたのを忘れていた。ただ、プライバシーの問題があるからあんたには見せないよ。どうしても見たければ裁判所通してね』ってことです。対応に誠実さのかけらもないばかりか、JR側は尚美さんに対して、嫌がらせとも取れる卑劣な行為さえしていますよ」  JRによる「嫌がらせとも取れる卑劣な行為」とは何なのか。尚美さんは、真相究明へ向けて腰の重い警察に業を煮やし(それまで尚美さんは、被疑者不詳のまま新宿警察署に二度告発したが、新宿署は二度とも却下している)、ほぼ毎日、新宿駅西口や事件のあった構内などで目撃者探しのためにビラ配りを続けてきた。しかしJR新宿駅のU助役は、この行為に対して次のような「嫌がらせともとれる」対応を行なっている。尚美さんが証言する。 「JR新宿駅での目撃者探しは3月11日から続けてきたのですが、10月13日に真相究明へつながる可能性のある重大な目撃証言があったんです。その目撃者の方の陳述書を10月18日に検察庁へ提出した翌19日に、私を2カ月間応援してくださっていた、ある一般の方が、私がいつもビラ配りをしていた場所に立っていたところ、駅員が近づいてきて『こんなところに立ってないで、改札の外に行ってください』と言ったそうです。翌20日には一人の駅員の方が1メートル程の距離から私の顔に向かってフラッシュをたいて撮影しましたので、『肖像権がありますので、写真はお返しください』とお願いしたのですが、駅員の方は『あなたを撮ったのではない。工事中の現場の写真を撮っただけだ』と、駅長室に走り去ってしまいました。26日には久しぶりに応援に駆けつけてくださった方と一緒にいたのですが、今度はUという名前の助役がやってきて私たち2人をカメラでフラッシュ撮影し、『明日からは、もう来ないでください』と言いました。仕方なく、私たちは追い立てられるようにその場を去ったんです」  U助役は、尚美さんらが階段を上り終わるまで監視するように見送ったという。JR側が尚美さんを威力業務妨害で訴えようとしていると助言をしてくれた識者もいたというが、その意図はいまだ分からない。いずれにしても、13日の目撃証言がJR側を焦らせたと考えるのが自然だろう。  妨害工作と言われても仕方がない行為を、JR新宿駅がここまでしつこくする理由はいったい何なのか。真相が明るみになると、JR側にとって困る内容が映像に映りこんでいるということなのだろうか。尚美さんが続ける。 「目撃証言が少しずつ寄せられたことによって、今回の事件の中身が、酒に酔った大学生らによる『集団暴行事件』であったことが徐々に分かってきました。実はボイスレコーダーには、現場に駆けつけたJR新宿駅職員のKとHという2人の駅員も暴行に加担していたと思われる内容が、警察からの事情聴取に対する息子の言葉の中に記録されているんです」  尚美さんによれば、Kという名札をつけた駅員が信助さんを怒鳴りながら何度も繰り返して突き飛ばしたことや、Hと名乗った駅員が信助さんのネクタイを掴み、引っ張りながら振り回した行為など、両駅員が現場到着の当初から信助さんを痴漢犯人と決めつけ、大学生の暴力行為を止めるどころか逆に暴行に加担していた事実を、信助さんが警官や刑事に必死に訴えている声が記録されているのである。 「目撃証言で少しずつですが事実が浮彫りになるにつれ、誤認逮捕をした警察や、職員が暴行に加担したJR新宿駅はそれらを明るみにされては困るのでしょう。組織防衛に全力を尽くしながら、人の命をあまりに軽く扱う警察やJRを見るにつけ、こういう組織に『なんとかしてくれる』と期待していた自分が本当に情けなくなります」(尚美さん)  尚美さんのブログには、連日多くの励ましのコメントが寄せられている。その中のひとつに以下のような書き込みがあった。 「警視庁新宿警察署長の○○○○(訳注:本文は実名)とJR東日本新宿駅駅長は、前途ある優秀な若者が亡くなっている重大な事態に鑑みて微塵の嘘偽りのない誠意ある回答をするのが社会的道義的務めだ。嘘は必ず新たな嘘を生み出し話の辻褄が合わなくなる。これ以上の醜く見苦しい嘘偽りは控えるべきだ」(原文ママ)  至極まっとうなこれら一般からの声に、新宿警察署とJR東日本はいまだ誠意ある回答を示していない。  そしてさらに取材を進めると、組織防衛のために事実の隠蔽に加担した勢力がこれらふたつの「当局」だけでないことが分かってきた。「報道」という錦の御旗で強引な取材を続けたある大手放送局も、最終的には外部圧力により尚美さんを裏切り、何一つ報じることなく「事件現場」というアリーナから立ち去っていったのである。  次回は、ある在京キー局がとった極めて不可思議な取材姿勢についてお伝えする。 (「3」へつづく/取材・文=浮島さとし) ●母・尚美さんのブログとツイッター <http://harada1210.exblog.jp/> <http://twitter.com/harada1210> ●支援者のまとめブログ <http://harada1210.blogspot.com/>
それでもボクはやってない スタンダード・エディション JR駅員まで!? amazon_associate_logo.jpg
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痴漢冤罪で命を絶った青年が録音していた「警察の非道」

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目撃者情報を呼びかけるHP。
 「新宿駅 痴漢冤罪」――今、この言葉でネット検索をすると、ブログや記事、掲示板の書き込みなど、溢れるほどの関連情報を検出することができる。そしてその「情報」はどれも、日本社会の巨大な矛盾を浮き彫りにする悲痛で救いようのないものばかりだ。  昨年12月に新宿駅構内で一人の男性が痴漢容疑をかけられて暴行を受け、警察からの取調べの後に自らの命を絶った。男性の名は原田信助さん(25歳・当時)。2008年に早大商学部を卒業後、宇宙開発研究機構(JAXA)に入社した後、昨年10月に都内の私大職員へ転職していた。  事件はその2カ月後、12月10日の夜11時頃に起こる。職場の同僚から歓迎会を開いてもらった信助さんは、帰り道の新宿駅で酒に酔った男女数人の大学生グループとすれ違った際、「お腹をさわられた!」「痴漢!」と叫ばれ、連れの男子学生に殴られて階段から引き落とされるなどの激しい暴行を受ける(茶髪の若い男が数人で一人の男性を取り囲み、激しく蹴り続けている様子や、"ギャル風"の若い女数人がそれを見守っていたなどの目撃証言が、最近になり徐々に集まっている)。  事態が理解できないまま殴られ続ける中、信助さんはうずくまりながら携帯電話で110番に通報。しかし、駆けつけた駅員や警察は助けるどころか信介さんを痴漢と決めつけ、新宿駅西口交番および新宿警察署へ連行、翌朝6時まで取調べなどで拘束する。激しく殴打された信助さんは治療を受けさせてもらうこともなく、身の潔白を主張するも言い分は一切聞き入れられない。  最後に「後日出頭」の確約書を書かされて翌朝"釈放"された信助さんは、そのまま家へ向うこともなく、大学時代に慣れ親しんだ地下鉄東西線早稲田駅のホームから身を投じ、自らの命を絶つのである。大手町駅地下街の防犯カメラの映像には、信助さんがさまようように歩く姿が残されているという(信助さんが所持していたPASMOカードには新宿駅→東京駅→大手町駅→早稲田駅への移動記録が残されている)。牛込署からその画像を見せられた母・尚美さんは愕然とする。 「息子が写っている白黒のコマ撮り画像を30枚ほど見せてもらいましたが、そこに写っていた信助は、Yシャツがズボンから飛び出し、服も髪もボサボサで、手に何も持たずに歩いていました。いつもきちっとしていた子でしたので、本当に驚きました。あんな姿を見たのは初めてで......」  当初は「お腹を触られた!」と大騒ぎした張本人の女子学生も、警察からの聴取では「触られたかもしれない」「よく覚えてない」「顔は見ていない」と大幅にトーンダウン(最終的に被害届は出さず)。暴行を振るった連れの男も含め、誰一人として"犯人"の顔を確認していないことが明らかになった。しかし、新宿警察署は事件の1カ月後に信助さんを東京都迷惑防止条例違反(痴漢容疑)で書類送検(被疑者死亡で不起訴処分)。さらに東京地検も、不起訴記録の不開示を決定した(事件のさらなる詳細は、信助さんの母・尚美さんや支援者が作成したまとめブログなどを参照されたい→『目撃者を探しています!平成21年12月10日(木)午後11時頃新宿駅での出来事です。』(尚美さんのブログ http://harada1210.exblog.jp/)、『新宿駅痴漢冤罪暴行事件』(支援者によるブログ http://harada1210.blogspot.com/)  すれ違いざまに厚いコートの上から「お腹を触る」という行為の不自然さや、"被害者"の二転三転するあいまいな主張など、事件の発端からあまりに多い疑問点。さらには、信助さんが事件直後から自殺をするまでの約7時間を、普段英会話の勉強に使っていたボイスレコーダーですべて録音していたため、現場にいた新宿駅職員や西口交番警察官、新宿警察署の刑事らによる理不尽な対応や取調べの内容も徐々に明らかになっている。
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取調べが行われた新宿警察署。
 この記録された音声は、ニコニコ動画『痴漢と呼ばれ自殺~残されたボイスレコーダーは何を語っているのか?』で、今年6月と8月の二回にわたり放送され、ジャーナリストの江川昭子氏などが出演。放送中に7,000件を超える署名が集まるなど大きな反響を呼んだ。  今回の事件における諸悪の根源が、酔った大学生グループであることはもちろんだが、組織対応として明らかな過ちを犯したのが新宿警察署である。残されたレコーダーには、警察が信助さんに外部と連絡を取らせず、言葉巧みに西口交番から新宿署へ移送し、不確かな学生の"証言"のみを根拠に痴漢と決めつけて追い込んでいく様が克明に残されている。以下にその一部を再現する。  * * * 信助さん(以下、信) 電話借りられませんか? お金は払いますので。 西口交番警官(以下、警) 貸すときは貸すので。そのときはお金もいらないので。  すぐほしいんですよ。(携帯の)充電器がないので。  警察官は携帯を持ってないんですよ。  いや、電話でいいですよ。これ(交番の電話)、外線につながってますか。  つながるけど、一般の方には原則お貸ししないんですよ。 (その後、「暴行の被害者」として「任意同行」という名目で新宿警察署に移動) 刑事(以下、刑) 取り調べますんで。  取り調べって、どういうことですか? 私は任意でこちらにお伺いしたんですよ。  あなたはですね、痴漢の被疑者ということなんで。  ちょっと待ってください! 被疑者というのはどういうことですか!?  理由は、あなたがね、痴漢したんじゃないかって疑われているわけですよ。  私は暴行を振るわれて、警察の方が来たから交番に行って、警察署に連れて行かれただけなんですよ! 意味が分かりません! (警察庁は09年6月の通達で、こうした事件に際しては「早期に被疑者の手指から微物採取を行なうこと」を全国の都道府県警に指示している。信助さんは、大学時代に友人が痴漢被害に遭った際に相手方の代理人と折衝した経験から、刑事に次のように切り出す。)  指紋とか取れないんですか?  どっからですか?  どこ触られたんですか、その女性の方は?  当然、服の上からですよね。  じゃ、服の上から何か反応とれないんですか?  ん~、それはこれからの話だから。  すぐとって頂きたいですね。  うん、これからの話になりますんで。  いや、これからって......。 (取調べはこの調子で延々続く。気丈だった信助さんの声は、時間の経過とともに明らかに弱々しくなり、口数も減っていく)  あの......。ニュースとか、ドラマで見るような、職場に知らされたりみたいな......。  そんなことはしない。ハハハハ(笑)!  じゃぁ......。  ンフフフ......フフフフ......フフフフ(しばらく笑いが続く) (中略)  冤罪で社会生活に支障をきたすような、ドキュメンタリー(番組)みたいなものが世の中にはあるような、そういう支障がある可能性は......。  だって被害届出すわけでしょ。  出しますね。  ねえ(笑)。出すんなら別にね。あとは話がつかなければ、お互いに裁判になるしさ(笑)。  * * *  憔悴した信助さんを嘲笑するかのように会話を続ける刑事は、午前4時頃にようやく「取調べ」を終えると、信助さんに署内の長椅子で仮眠をとるように伝える。「目が覚めたら帰ってけっこうですから」という刑事の声。その数時間後の午前5時40分頃、ボイスレコーダーには信助さんが目を覚まして立ち上がる靴の音、トイレで顔を洗うような水道の音が残っている。アザだらけの顔を何度も洗ったのだろうか、水流音は鳴っては止まり、止まっては鳴り、その音が何度も繰り返される。 「よし、行こう」  5時45分頃、ため息とともに小さくつぶやいた信助さんは、タクシーの運転手に行き先を「新宿駅へ」と告げると、その約1時間後の午前6時40分頃、早稲田駅のホームから、向かってくる電車に身を投じ、自らの命を絶つ。処理にあたった牛込警察署から、遺品の一つとしてボイスレコーダーを渡された尚美さんは、7時間にわたる信助さんの"最後の記録"を聞き終わり、悲しみと怒りで崩れ落ちた。尚美さんが言う。 「とにかく先に病院で治療を受けさせてもらいたかった。暴行を受けたときに、頭を何度も強く打ちつけられていたようで、(「後日出頭」の)確約書に書いた息子の文字も後で見せてもらったのですが、震えるような弱々しい字で、文字も大きかったり小さかったり、斜めになっていたり......。言葉使いも時間とともにだんだんおかしくなっていますし、精神的に憔悴しきっていたというだけでなく、なにか障害のようなものが出ていたのではないかと思えてなりません」  一人息子を救いようがないほどの悲惨な形で亡くし、そこに至る生々しい記録を聞かざるを得なかった母親の悲しみはいかばかりか──。  連載2回目では、事件現場となったJR新宿駅の許されざる対応の数々についてお伝えする。 (「2」へつづく/取材・文=浮島さとし)
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