人気はSNSのお陰? これからが勝負の絶望的活劇漫画~諫山創『進撃の巨人』~

shingeki.jpg
『進撃の巨人 4』(講談社)
マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第4回は諫山創『進撃の巨人』です!  オッサンは荒削りで勢いがあってハッタリの効いた漫画が好きなんだよ! というワケで、今回は話題爆裂、ミリオンセラー街道進撃中の諫山創の『進撃の巨人』(講談社)だ。漫画好きでこの作品のことを知らなかったらモグリだと思うが、モグリさんたちのために、簡単にまとめちゃうと、遠未来の地球らしきところを舞台にキショク悪い全裸巨人の群と人類が闘うのドラマ。  で、人類サイドは残念無念の連戦連敗中。高さ50mの壁に囲まれた城塞都市に立てこもってなんとか生き長らえている。ところが、巨人の中には壁よりもデカイ50m超級ってヤツがいて、こいつが壁をブチ壊す。その穴から並の15mサイズの巨人がワラワラと侵入。巨人どもは揃いも揃って美食家なので、人間を捕まえちゃあ生きたままバクバク喰っちゃう。  主人公の少年エレンを含む戦士の皆さんが果敢に対抗しているものの、基本ラインは絶望的な後退戦だ。一つの壁を粉砕されたら都市の一区画は見捨てられ、住人は美味しく完食されちまう。とは言え、一方的な殺戮の宴で終わっちゃったら全3巻で完結! サヨナラ人類なワケだけど、ご安心あれ。エレンが巨人と一体化したり、巨人化したりして、人型決戦兵器になるみたいな展開。  確かにこれは面白い。  逃げ場ゼロの閉塞感。容赦のない暴力描写。誇張された遠近感。キモすぎる巨人の造型。それだけでも充分お腹いっぱいなのに、この魅惑的な地獄世界を主に少年少女からなる戦士がワイヤーを使ってビュンビュン飛び回る。この「立体機動」の爽快な浮遊感は絶品。空中ブランコを乗り継ぎながら剣を振るうと言えばいいのか、これは絶対3D動画で見てぇ!  キャラも立っている。子ども時代、女の子を助けるために悪党を迷いなく刺殺したエレン。救われたミカサはそれがトラウマとなり、命懸けの闘いに参加することによって自らのアイデンティティを保っている。臆病だが直感に優れた少年。そう、これは今時の漫画らしく、どこか壊れた、あるいは欠損した思春期の少年少女の冒険譚なのだ。  ブログや書評で、俺が言いそうなことは大体書かれている。人類が立てこもる城塞都市は、逼塞(ひっそく)する現代日本の姿じゃないのかとか、特に若年層のやり場のない鬱屈を反映してるんじゃないかとか、ヱヴァンゲリオンの影響とか、ヘタウマだとか、諸々の過去作からの系譜だとか、全くその通りだと思う。そういうのを読みたい人は探して読んでくれ。  謎解きも始まってて、カバー下の表紙に描かれたタペストリー風の装画に書かれた文字を解読したブログが評判になっている。ネタバレが怖くない人は、検索して見つけて欲しい。だが、まだ単行本は3巻しか出ていない。全体に散りばめられた伏線、謎は全く回収されていない。この世界の姿も断片的にしか分からない。  巨人とは何なのだろうか? 人間が殺すことができるからには何らかの生命体なのだろうが、作中で語られるように人間のような知性を確認できず、生殖器が存在せず、従って繁殖方法が不明で、「そもそも巨人が/人間のいない環境下で/100年以上存在していることを/考えると......食事を摂ること/自体 必要無いものであると/推測できる」とされる存在とは一体? しかも50m超級の巨人に至っては、突然姿を現し、姿を消す(だったら城塞都市の中心にいきなり出現できると思うのだが)。巨人についてグルグルと考えを巡らせると、エレンやミカサのいるセカイが果たして現実の世界なのか? なんて疑問まで頭をもたげてくる。このセカイが地獄で巨人が鬼なのか? 巨大生物の中のセカイで、巨人は白血球みたいに異物である人間を喰っているのか? それともヴァーチャルなセカイで、巨人はウイルス/アンチウイルスなのか?  もちろん、あらゆる謎を明かにする必要はないし、不条理や不可知の部分もまた必要だ。とは言え、諫山創の拡げた風呂敷の面積はかなりデカイ。これをどう畳んでいくのかが見所でもあるわけだが、唯一、気になるのは作品の出来以上に注目と人気が過熱していることだ。画力を含め、これから伸びるだろう、いや伸びて欲しいというノビシロへの期待値が大きい。いや、大きすぎるんじゃないか? 作者には相当のプレッシャーがかかっていることは想像に難くない。この期待に応えられなかったら? そう考えると少々怖い。読者サイドに、「これは面白そうだから、じっくり育てよう」という我慢が足らないんじゃないか? と思えてしまう。少なくとも、昨年暮れに出た『このマンガを読め!』(宝島社)の男組第一位になっちゃったのはムチャだと思う。 『進撃の巨人』が注目されたのは、第1巻が出た2010年の3月頃。常に面白い漫画を探し求めているマニアックな漫画ファンや漫画系ブロガー、評論家スジの間では連載中から「これって、スゴイ漫画なんじゃ?」みたいな情報が飛び交っていたらしい。俺自身は夏目房之介さんのブログを読んで「へーっ、こんなのあるんだワクワク」となった次第だから相当遅い。単行本発売以降は加速度的に話題が拡がって、『このマン』男組一位に輝き、最近じゃ同時期のベストセラーランキングに1、2、3巻が並ぶという快挙まで成し遂げた。  面白い漫画が売れた。確かにそれだけの話だろうか? 掲載誌「別冊少年マガジン」(講談社)の発行部数はタッタの6万部にすぎない。「週刊少年マガジン」が157万部、「月刊少年マガジン」が85万部。桁が違う。それが、累計263万部(1月末)のミリオンセラーを生み出したんだから、これまでの常識からいえば「奇跡」に近い。  いくら素晴らしい作品でも掲載誌が少部数だと、最初から大きなハンデを背負うことになる。別マガ編集部もそのことは百も承知だ。テレビ番組でバラしてたけど、『進撃の巨人』の認知度を上げるために「週刊少年マガジン」に番外編を掲載するという出張作戦を展開している。こうした編集部、出版社の努力の効果も大きいのだろうが、果たしてそれだけだろうか?  答えの一つはソーシャルメディアの一般化ということではないか? 乱暴に言っちゃえば、中東諸国の独裁政権に対する民衆の蜂起も、東京都青少年育成条例騒動における反対の声の盛り上がりも、根っこは同じではないか? 日本のTwitter人口は2011年1月の段階で約1,421万人、mixiが約1,123万人、Facebookが460万人だ。情報は一気に拡散し、共有され、さらに拡散する。もちろん誰かが「この漫画が面白い!」とつぶやいただけで情報が拡散するという単純な話ではない。漫画レビュー系のブログ、ネットマガジンのコラム、あるいは紙媒体での評価という「情報の裏付け」など幾つかの条件が重なった時に「情報爆発」が起こる。  ある貧乏な漫画家にこの説を披露したところ、 「ということは、マイナー誌の無名の新人でも、いい作品さえ描けば売れる可能性が出てきたってことだよね」  と表情が明るくなった。もちろん、そこまで簡単ではないなけれど。少なくとも現状よりは少しは明るい展望が見えてきたのも事実である。その意味でも『進撃の巨人』の進撃の果ては、注目すべきだし、夢を託したいとも思うのだ。 (文=永山薫) ●永山薫(ながやま・かおる) 1954年、大阪府大東市出身。80年代初期から、エロ雑誌、サブカル誌を中心にライター、作家、漫画原作者、評論家、編集者として活動。1987年、福本義裕名義で書き下ろした長編評論『殺人者の科学』(作品社)で注目を集める。漫画評論家としてはエロ漫画の歴史と内実に切り込んだ『エロマンガ・スタディーズ』(イースト・プレス)、漫画界の現状を取材した『マンガ論争勃発』シリーズ(昼間たかしとの共編著・マイクロマガジン)、『マンガ論争3.0』(n3o)などの著作がある。
進撃の巨人(3) 巨人、巨人、巨人。 amazon_associate_logo.jpg
■【コミック怪読流】バックナンバー 【第3回】小さく産まれて大きく育った、お風呂漫画~ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』~ 【第2回】ホラー少女が鈍感力でライバルをなぎ倒す~椎名軽穂『君に届け』~ 【第1回】いっそゾンビな世の中に──花沢健吾『アイアムアヒーロー』

小さく産まれて大きく育った、お風呂漫画~ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』~

teruma.jpg
『テルマエ・ロマエ II』
(エンター・ブレイン)
マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第3回はヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』です!  「えーっ! なんでこんなに売れてんの!?」と驚愕しちゃったのが、ヤマザキマリの『テルマエ・ロマエ』(エンター・ブレイン)だ。公式サイト(http://www.enterbrain.co.jp/comic/TR/)の発表によれば、1、2巻の累計で150万部。確かに「マンガ大賞2010」、「手塚治虫文化賞短編賞」のダブルクラウンによって漫画ファン以外の、言わば「全国区」の認知度がアップしたというのが大きいのだろう。母艦の「コミックビーム」(同)が発行部数2万5,000部という漫画雑誌としては少部数であることを考えると、とんでもない数字である。参考までにデータを挙げておくと、一番発行部数が多いのが「週刊少年ジャンプ」(集英社)の約281万部、一番少ないのは「IKKI」(小学館)の1万3,750部である(数字はいずれも「マガジンデータ2010(2009年版)」社団法人日本雑誌協会より)。「小さく産んで大きく育てる」の見本というか、「雑誌はプレゼン、本番は単行本」というか、この出版不況の中で、めでたい話ではある。受賞効果とは別に地道な販促(雑誌付録のてぬぐいとか)、営業努力(書店営業とか、東京都公衆浴場組合から推薦をもらってくるとか)あればこその結果だろう。  もちろん、いくら賞を受賞しようが、営業が頑張ろうが、優れた作品でなきゃ、ここまでは売れません。まず間口が広い。ポイントは誰もが入るお風呂。ものぐさ者以外は大好きなお風呂。冬場にはうれしい温泉。現役だけど懐かしい銭湯。この辺で、ビッと来る。でも温泉ウンチク漫画ではない。主人公は古代ローマの悩める建築家ルシウス・モデトゥス。その彼が毎回、古代ローマのお風呂(ローマ人はお風呂マニアックスだった)から、「平たい顔」の異民族の住む異世界(要するに現代日本)にタイムスリップして、日本のお風呂文化からアイデアを得て、古代ローマに持ち帰るというコメディ連作。そもそも古代ローマ文化なんて、俺みたいなローマ史オタクならともかく、フツーの人は知りません。皇帝ネロとかカリギュラとかの暴君伝説を知ってるくらいならまでいい方で、ひどい人になると「ああ、あの筋肉映画『300』の世界ね」なんて勘違いしてたりする。いや、あれは時代が違うし、ローマじゃないし......。そんなワケで『テルマエ・ロマエ』のローマ・パートの舞台となる西暦130年代、文人皇帝ハドリアヌスの治世について知ってる人なんて、学者とローマ史オタクだけ。  でも、古代ローマ史オタクの俺から言わせてもらえれば、古代ローマってメッチャ面白いんだよ。現代と違うのはテクノロジーだけ。ビンボー人でも5階建ての高層アパートに住んでたし(地震で大変なことになるけど)、パンも食ってたし、ワインも飲んでた(イタリアだし)。サングラスをかけていた皇帝もいた。衣食住へのこだわりも、金銭欲も性欲も、ちょっとでも楽したいという欲望も今となんら変わりがありません。人権思想なんてのもすでに登場してたしね。もっとも「奴隷も人間じゃ」と主張した哲学者のセネカはネロ帝の側近で、大富豪。当然ながら奴隷を搾取してたという建前と本音の人......というのも現代のエライ人々と変わらない。  そんなワケで個人的にはいつかこの古代ローマを舞台にした小説か漫画原作を......と思ってた。歴史大作は、中華モノ以外でも古代ギリシアの『ヒストリエ』(岩明均/講談社)という成功例があるし、全く芽がないわけじゃない。キリスト教が国教になる以前の古代ローマではゲイもバイもごく普通だったわけで、世界最古の小説『サテュリコン』(ペトロニウス)なんか、美青年二人が美少年を取り合いながら、性と飽食と犯罪にまみれていくというオハナシで、なんか、腐女子にもウケそうな気がするぞ。そう言えば『テルマエ・ロマエ』でも美少年との悲恋で知られる皇帝ハドリアヌスの治世で、ルシウスは皇帝との関係を疑われ、奥さんに逃げられちゃったりする。とは言え、よく分からない世界を描いて、なおかつ売れるというのは大難事。そこんところを、お風呂つながりにしちゃったヤマザキマリはエライ。これってお風呂を軸にした比較文化論漫画という読み方もできるし、カルチャーショック・コメディとしても読める。しかも、小栗左多里『ダーリンは外国人』(メディアファクトリー)的な日本人から異文化を見る視点を一回反転させて、異文化側から異文化としての日本を見るという立ち位置なのが秀逸。この操作によって、日本人読者は、日本を「再発見」することができる。  しかし、このルシウスという男、お風呂関係でありさえすれば、銭湯から鄙びた湯治場から果てはお風呂のショールームにまでタイムスリップする。今のところ出没しそうもないお風呂と言えば、オトーサンたちには申し訳ないがソープランドくらいだ。流石にそれはマズイだろう、いくら第一巻の表紙がおちんちん丸出しだとしても(あれは彫刻の模写だからいいのか? 青少年健全育成条例的に)。まあ、ちょっとイロっぽい話としては第2巻の巻頭の第6話で、EDになっちゃったルシウスの遍歴を描くエピソードがある。ちんちんがいっぱい出てきて、それなりにエッチなので、オトーサンたちはお楽しみに。  ルシウスが現代日本のお風呂からどんなアイデアを古代ローマに持ち込むかはネタバレになっちゃうので詳しくは書かないが、建築にかかわる大がかりな施設から、シャンプーハット(これくらいはバラしてもいいか?)みたいなチープなアイデアまでさまざま。それらをどうやって受け止めて、どのように活かすのか? この辺の目の付けところのアホらしさがキモなわけですね。こういうことを思いつくだけでもすばらしい脳回路だと思う。しかも、その発想を該博な古代ローマ史の知識が裏打ちしているのだから鬼に金棒。なんでも、作者の配偶者はその道の専門家らしい。古代ローマの解説ページなんかも用意してあって、本作を読めば、古代ローマの知識もバッチリ。今でも使えそうな金属製の垢すりとか、ちんちんに脚の生えた携帯ストラップにしたいようなおまじないグッズがあったとか、どうでもいいような楽しいネタが満載。「これって比較文化論?」とかめんどくさいことを考えないでも雑学がどんどん頭に入ってくる。できれば読者のみなさんには、偉大なる日本文化の再発見と同時に、旧きを知る教養的楽しみも味わい、できれば古代ローマ史オタクの獣道(けものみち)に踏み込んでいただきたいと思う。  とは言え、地味な漫画であることも確か。大好きな作品にこういうことをいうのもなんだと思うが、どう考えても「いやあ、賞をあげちゃっていいの?」だし、最初に書いたように「こんなに売れるって一体どうなってんの?」なのだ。俺から見れば『テルマエ・ロマエ』は「山椒は小粒でキリリと辛い」ってツウ好みな漫画。雑誌の人気投票で言えば、常に真ん中からやや下くらいに位置していて、「ちょっと変わり種で捨てがたい」って思われてて、舌の肥えた固定客を掴んでいるような漫画だと思う。で、俺みたいな漫画評論家が「発見」して、書評で一回取り上げて、ちょっと話題になる。それがこの作品のベストポジションだと俺は思う。だが、それを時代が許してくれない。「マンガ大賞」は書店員を中心とした有志による選考、「手塚治虫文化賞」は一次選考候補には読者の推薦も含まれる。つまり、漫画に対してアクティブな人々の意志が反映される。近年の両賞の候補作を眺めると、そこに「目立たないけど優れた作品、漫画好きのための少部数雑誌を応援したい」という共通した意識が感じられる。これは逆に言えば、「放っておくと、そういう作品、雑誌が潰れちゃうかも」という危機感の裏返しなのかもしれない。 (文=永山薫) ●永山薫(ながやま・かおる) 1954年、大阪府大東市出身。80年代初期から、エロ雑誌、サブカル誌を中心にライター、作家、漫画原作者、評論家、編集者として活動。1987年、福本義裕名義で書き下ろした長編評論『殺人者の科学』(作品社)で注目を集める。漫画評論家としてはエロ漫画の歴史と内実に切り込んだ『エロマンガ・スタディーズ』(イースト・プレス)、漫画界の現状を取材した『マンガ論争勃発』シリーズ(昼間たかしとの共編著・マイクロマガジン)、『マンガ論争3.0』(n3o)などの著作がある。
テルマエ・ロマエ II12 まさかの大ヒット。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 ホラー少女が鈍感力でライバルをなぎ倒す~椎名軽穂『君に届け』~ いっそゾンビな世の中に──花沢健吾『アイアムアヒーロー』 非モテもイケメンもごちゃごちゃ言わずに『モテキ』を読め!

ホラー少女が鈍感力でライバルをなぎ倒す~椎名軽穂『君に届け』~

kiminitodoke.jpg
『君に届け12』(集英社)
マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第2回は椎名軽穂『君に届け』です!  女子中高生を中心に女性読者のハートをワシ掴みにしちゃってるのが椎名軽穂の『君に届け』(『別冊マーガレット』連載中/集英社)だ。アニメ化もされたし、映画化にもなった。単行本も確実に売れている。J-BOOKSの週単位ベスト30によれば、最新の第12巻は9月27日初登場1位。恐ろしいことにその後、11月1日集計分までの連続6週にわたってベスト30位圏内をキープしているのだ。ちなみに、ほとんどのベスト30登場コミックスは2~3週で圏外に落ちている。累計1400万部。一巻あたり100万部超。総売上54億6,000万円。メディアミックス効果があるとはいえ、ここまで売れてるとは思ってもみなかった。  昔ほどではないにせよ、マッチョな野郎共にとって少女漫画はちょっと敷居が高い。しかもそれが、この『君に届け』みたいにド直球な学園ラブストーリーだとさらにハードルが高くなる。でもコレは読んでおいて損のない秀作だ。  物語そのものはド定番。主役の彼女と彼が互いに一目惚れしてるのに、そうとは気づかず、微妙にすれ違い、ライバルの妨害、周囲の応援等々もあって、徐々に近づいていくというオハナシ。......と書くと全く新味がないのにもかかわらず、実際に読むとハマる。ほのぼの、ニコニコ、ハラハラ、ドキドキと読ませる読ませる。二人が急接近して互いの想いを確認するシークエンスでは思わず目頭が熱くなってしまいましたよ。いやはや年取って涙腺緩くなったのか? 俺もヤキが回ったもんだぜと思ってたら、知り合いのいい歳したオッサ......、いやオジサマ、お姉様方の多くが「泣いた」というのだからタダゴトではない。  とにかく、椎名軽穂は上手い。少女漫画ラブストーリーの王道、つまり一つ間違うと、アリキタリで陳腐な凡作になりかねない路線を極上の作品に仕上げてしまった。そのカギはまず、キャラクター造型の見事さだろう。ヒロインの黒沼爽子から破格としかいいようがない。なにしろ第1巻の帯に 「史上最もダークな見た目、だけどピュアホワイツな少女まんがヒロイン」  とワザワザ明記されちゃうくらい圧倒的な存在感なのだ。容貌は普通だが、前髪パッツンのストレート黒髪ロン毛で、下三白眼の恨みがましい目つき。はっきり言って暗い。下手にちょっかい出したら、呪われそうなくらい暗い。これで鉄球でも振り回したら、まんまゴーゴー夕張@『キル・ビル』(栗山千明)だぜというくらいダークでコワイ。小学校以来の仇名が「貞子」である。連載第一回目の登場シーンなんか、ほとんどホラーコミックだ。この外見だけでもヤバイのに、コミュニケーション・スキルが超低レベル。孤立して当たり前である。横並びがデフォルトで、目立ちすぎると敬遠あるいは排斥されるのがニッポンのコミュニティーのオヤクソク。おかげさまで貞子には「霊感がある」「1日3回、目が合ったら不幸に襲われる」という噂が飛び交う始末。  なんで、こんな子がヒロイン? と男読者は思う。やっぱヒロインは美少女でないとね。男性向けなら確かにそうだ。しかし少女漫画のヒロイン像は美醜ではなく、その存在が読者から愛されるかどうかがポイント。特に中高生向けはそうだろう。読者だけには爽子の内面の愛らしさが見えている。内気で純情で、みんなと友達になりたがってる不器用な子だと分かっている。第1巻の帯には「いっしょに応援したくなる」とあるが、その通りだろう。読者よりも「ちょっと不器用」で「ちょっとダメ」な子。でも、爽子の抱える問題は、実は女子の多くが、いや人間なら誰しもが抱えている問題だ。爽子は誰の中にもいる。  爽子ほど不器用な人間は、そうそういないだろう。両親とは仲がいい。いや、ほとんど溺愛されている。この居心地の良さが、外部のセカイとの接触を阻害しているのかもしれない。にもかかわらず、ヒキコモリになることもなく、爽子は前向きにセカイの扉を開こうとする。現実にはなかなかそうはできないと思うのだが、そのけなげさが共感を呼ぶ。そしてそこには「努力しない限り、コミュニケーションは成り立たない」という明確でド直球なメッセージが込められているわけだ。  とはいえ、個人の努力だけではコミュニケーション・スキルのレベルアップは困難だ。そこに登場するサポーターが、こんなヤツいねーよ(けどいたらいーな)的なサワヤカ君の風早翔太であり、翔太の友人である野球少年の龍であり、爽子と机を並べることになるサバサバした男っぽい性格の千鶴とギャルのあやねだ。翔太は別格の王子様で誰にでも親切だから当然といえば当然なれど、サバサバ系&ギャルの迷コンビはクラスの女子コミュニティーから半分浮いているという意味で爽子とカテゴリは違うものの「同類」なのである。このあたり、都合のイイ設定なわけだが、そこはそれも含んだファンタジーなので、突っ込むのは不粋というもの。面白いのはこのサポーターズにも、それぞれ「想いが上手く伝わらない」あるいは「伝えるべきではない」といった「想い」を抱えている点。オールマイティに見える翔太ですら、爽子への恋愛感情が上手く伝えられなくてジタバタしているのだ。  本人が前向きでサポーターがいれば、なんとかなりそうだが、それだけじゃドラマにならない。ちゃんと敵役も登場する。具体的な形では、お人形のように愛らしいが腹黒なくらい恋に前向きな胡桃沢梅だし、女子コミュニティーにありがちな同調圧力、嫉妬だったりする。本作が上手いのは、そうした加害者側の心理(これもコミュニケーション不全の一形態)をも押さえている点。さらに注目すべきは爽子自身の持つ「鈍感力」だ。もちろん時には傷つくし、悩みもするが、傷つきすぎないし、悩みすぎない。周囲のイジメに近い扱いも、意地悪も、嫌味も、爽子の核心にまでその刃を届かせることができない。この鈍感力はコミュニケーション不全と裏腹な関係にあるのだろうが、基本的にお人好しなのである。爽子の鈍感力と天然力によって、コミュニケーション能力が遥かに高い敵役はぶっ飛ばされて、なぎ倒され、より深く傷ついてしまうのだ。  この物語は、ラブロマンスであると同時に、コミュニケーション不全というハンデを負った女の子が、周囲のサポートもあって、徐々にコミュニケーション・スキルを身につけていき、それによって世界が拡がっていくという『奇跡の人』的な障碍克服物語であり、『電車男』的なコミュニケーションのドラマとして読むこともできる。つまり、スポ根漫画で泣けるオッサン、育成ゲームにワクワクしたゲーマーならば間違いなくハマる! (文=永山薫) ●永山薫(ながやま・かおる) 1954年、大阪府大東市出身。80年代初期から、エロ雑誌、サブカル誌を中心にライター、作家、漫画原作者、評論家、編集者として活動。1987年、福本義裕名義で書き下ろした長編評論『殺人者の科学』(作品社)で注目を集める。漫画評論家としてはエロ漫画の歴史と内実に切り込んだ『エロマンガ・スタディーズ』(イースト・プレス)、漫画界の現状を取材した『マンガ論争勃発』シリーズ(昼間たかしとの共編著・マイクロマガジン)、『マンガ論争3.0』(n3o)などの著作がある。
君に届け 12 こんなにいい子なんていないけど。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 いっそゾンビな世の中に──花沢健吾『アイアムアヒーロー』 『バクマン。』が示す「友情・努力・勝利」の変化とは? 非モテもイケメンもごちゃごちゃ言わずに『モテキ』を読め!

ホラー少女が鈍感力でライバルをなぎ倒す~椎名軽穂『君に届け』~

kiminitodoke.jpg
『君に届け12』(集英社)
マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第1回は花沢健吾『アイアムアヒーロー』です!  女子中高生を中心に女性読者のハートをワシ掴みにしちゃってるのが椎名軽穂の『君に届け』(『別冊マーガレット』連載中/集英社)だ。アニメ化もされたし、映画化にもなった。単行本も確実に売れている。J-BOOKSの週単位ベスト30によれば、最新の第12巻は9月27日初登場1位。恐ろしいことにその後、11月1日集計分までの連続6週にわたってベスト30位圏内をキープしているのだ。ちなみに、ほとんどのベスト30登場コミックスは2~3週で圏外に落ちている。累計1400万部。一巻あたり100万部超。総売上54億6,000万円。メディアミックス効果があるとはいえ、ここまで売れてるとは思ってもみなかった。  昔ほどではないにせよ、マッチョな野郎共にとって少女漫画はちょっと敷居が高い。しかもそれが、この『君に届け』みたいにド直球な学園ラブストーリーだとさらにハードルが高くなる。でもコレは読んでおいて損のない秀作だ。  物語そのものはド定番。主役の彼女と彼が互いに一目惚れしてるのに、そうとは気づかず、微妙にすれ違い、ライバルの妨害、周囲の応援等々もあって、徐々に近づいていくというオハナシ。......と書くと全く新味がないのにもかかわらず、実際に読むとハマる。ほのぼの、ニコニコ、ハラハラ、ドキドキと読ませる読ませる。二人が急接近して互いの想いを確認するシークエンスでは思わず目頭が熱くなってしまいましたよ。いやはや年取って涙腺緩くなったのか? 俺もヤキが回ったもんだぜと思ってたら、知り合いのいい歳したオッサ......、いやオジサマ、お姉様方の多くが「泣いた」というのだからタダゴトではない。  とにかく、椎名軽穂は上手い。少女漫画ラブストーリーの王道、つまり一つ間違うと、アリキタリで陳腐な凡作になりかねない路線を極上の作品に仕上げてしまった。そのカギはまず、キャラクター造型の見事さだろう。ヒロインの黒沼爽子から破格としかいいようがない。なにしろ第1巻の帯に 「史上最もダークな見た目、だけどピュアホワイツな少女まんがヒロイン」  とワザワザ明記されちゃうくらい圧倒的な存在感なのだ。容貌は普通だが、前髪パッツンのストレート黒髪ロン毛で、下三白眼の恨みがましい目つき。はっきり言って暗い。下手にちょっかい出したら、呪われそうなくらい暗い。これで鉄球でも振り回したら、まんまゴーゴー夕張@『キル・ビル』(栗山千明)だぜというくらいダークでコワイ。小学校以来の仇名が「貞子」である。連載第一回目の登場シーンなんか、ほとんどホラーコミックだ。この外見だけでもヤバイのに、コミュニケーション・スキルが超低レベル。孤立して当たり前である。横並びがデフォルトで、目立ちすぎると敬遠あるいは排斥されるのがニッポンのコミュニティーのオヤクソク。おかげさまで貞子には「霊感がある」「1日3回、目が合ったら不幸に襲われる」という噂が飛び交う始末。  なんで、こんな子がヒロイン? と男読者は思う。やっぱヒロインは美少女でないとね。男性向けなら確かにそうだ。しかし少女漫画のヒロイン像は美醜ではなく、その存在が読者から愛されるかどうかがポイント。特に中高生向けはそうだろう。読者だけには爽子の内面の愛らしさが見えている。内気で純情で、みんなと友達になりたがってる不器用な子だと分かっている。第1巻の帯には「いっしょに応援したくなる」とあるが、その通りだろう。読者よりも「ちょっと不器用」で「ちょっとダメ」な子。でも、爽子の抱える問題は、実は女子の多くが、いや人間なら誰しもが抱えている問題だ。爽子は誰の中にもいる。  爽子ほど不器用な人間は、そうそういないだろう。両親とは仲がいい。いや、ほとんど溺愛されている。この居心地の良さが、外部のセカイとの接触を阻害しているのかもしれない。にもかかわらず、ヒキコモリになることもなく、爽子は前向きにセカイの扉を開こうとする。現実にはなかなかそうはできないと思うのだが、そのけなげさが共感を呼ぶ。そしてそこには「努力しない限り、コミュニケーションは成り立たない」という明確でド直球なメッセージが込められているわけだ。  とはいえ、個人の努力だけではコミュニケーション・スキルのレベルアップは困難だ。そこに登場するサポーターが、こんなヤツいねーよ(けどいたらいーな)的なサワヤカ君の風早翔太であり、翔太の友人である野球少年の龍であり、爽子と机を並べることになるサバサバした男っぽい性格の千鶴とギャルのあやねだ。翔太は別格の王子様で誰にでも親切だから当然といえば当然なれど、サバサバ系&ギャルの迷コンビはクラスの女子コミュニティーから半分浮いているという意味で爽子とカテゴリは違うものの「同類」なのである。このあたり、都合のイイ設定なわけだが、そこはそれも含んだファンタジーなので、突っ込むのは不粋というもの。面白いのはこのサポーターズにも、それぞれ「想いが上手く伝わらない」あるいは「伝えるべきではない」といった「想い」を抱えている点。オールマイティに見える翔太ですら、爽子への恋愛感情が上手く伝えられなくてジタバタしているのだ。  本人が前向きでサポーターがいれば、なんとかなりそうだが、それだけじゃドラマにならない。ちゃんと敵役も登場する。具体的な形では、お人形のように愛らしいが腹黒なくらい恋に前向きな胡桃沢梅だし、女子コミュニティーにありがちな同調圧力、嫉妬だったりする。本作が上手いのは、そうした加害者側の心理(これもコミュニケーション不全の一形態)をも押さえている点。さらに注目すべきは爽子自身の持つ「鈍感力」だ。もちろん時には傷つくし、悩みもするが、傷つきすぎないし、悩みすぎない。周囲のイジメに近い扱いも、意地悪も、嫌味も、爽子の核心にまでその刃を届かせることができない。この鈍感力はコミュニケーション不全と裏腹な関係にあるのだろうが、基本的にお人好しなのである。爽子の鈍感力と天然力によって、コミュニケーション能力が遥かに高い敵役はぶっ飛ばされて、なぎ倒され、より深く傷ついてしまうのだ。  この物語は、ラブロマンスであると同時に、コミュニケーション不全というハンデを負った女の子が、周囲のサポートもあって、徐々にコミュニケーション・スキルを身につけていき、それによって世界が拡がっていくという『奇跡の人』的な障碍克服物語であり、『電車男』的なコミュニケーションのドラマとして読むこともできる。つまり、スポ根漫画で泣けるオッサン、育成ゲームにワクワクしたゲーマーならば間違いなくハマる! (文=永山薫) ●永山薫(ながやま・かおる) 1954年、大阪府大東市出身。80年代初期から、エロ雑誌、サブカル誌を中心にライター、作家、漫画原作者、評論家、編集者として活動。1987年、福本義裕名義で書き下ろした長編評論『殺人者の科学』(作品社)で注目を集める。漫画評論家としてはエロ漫画の歴史と内実に切り込んだ『エロマンガ・スタディーズ』(イースト・プレス)、漫画界の現状を取材した『マンガ論争勃発』シリーズ(昼間たかしとの共編著・マイクロマガジン)、『マンガ論争3.0』(n3o)などの著作がある。
君に届け 12 こんなにいい子なんていないけど。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 いっそゾンビな世の中に──花沢健吾『アイアムアヒーロー』 『バクマン。』が示す「友情・努力・勝利」の変化とは? 非モテもイケメンもごちゃごちゃ言わずに『モテキ』を読め!

いっそゾンビな世の中に──花沢健吾『アイアムアヒーロー』

iam.jpg
『アイアムアヒーロー 4 』
(小学館)
マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第1回は花沢健吾『アイアムアヒーロー』です!  気分が滅入っている時の花沢健吾はキツイ。『ルサンチマン』にしても『ボーイズ・オンザ・ラン』にしても、暑苦しい非モテ野郎が愛と誠意を胸に、はた迷惑な空回りを演じてくれて、ちっとでも主人公の境遇や考え方に近い読者は胸が痛くなって、ブン投げたくなるだろう。でも、読んでしまう、読ませちまうのが花沢健吾。ホント、イヤな野郎だ。  さて、花沢の最新作『アイアムアヒーロー』(「BIG COMIC スピリッツ」連載中)は、これまでの作品以上に強烈だ。乱暴に言うと、まったくイケてない主人公が頭がヘンになっていくと同時に、セカイの方も発狂(ゾンビパニック化)していくってお話。  で、単行本第1巻では、主人公・鈴木英雄君の鬱屈と静かな狂気がこれでもかと描かれる。人間って一人きりの時は変なコトをやってんのがフツー(人前でできないモノマネとか、ダンスとか、全裸オナニーとか......)とはいえ、英雄君の場合は自分にしか見えない脳内友達の「矢島」が便器の中から顔を出してくるわ、ベッドの下やブラインドのスキマから妖怪が出てくるわ、それを奇怪な術式で封じようとするわ、仕事場でも独り言を言い始めるわ、もはやブツブツ系の危ない人と紙一重。一回クリニック行けちゅーに! 話題の『マンガでわかる心療内科』(作画:ソウ、原作:ゆうきゆう/少年画報社)とか読めっちゅーに。  英雄君の職業は漫画家。単行本も出している。でも次の連載が何年も決まっていない。アシスタントで生計を立てながら、編集部への持ち込みを続けている。アシスタント先の先生は売れっ子の漫画家だ。エロ漫画家っぽい描写(チンコのトーン指定とか)があるんだけど、「数人のアシスタントを使って不眠不休で描いているエロ漫画家」は俺の知る範囲では存在しない。あれはどう見たって週刊連載を持ってる漫画家の仕事場だ。とはいえ、その一点を除けば超リアル。華やかでもなけりゃカッコよくもねえ。汗臭い家内制手工業。これって『バクマン。』(作画:小畑健、原作:大場つぐみ/集英社)の世界じゃないよねー。でも、それが現実。週刊連載持ってる先生だったらそれでもいい。同業者だって一目置いてくれるし、零細企業のオヤジくらいには儲かるし、ファンにとっては憧れの先生だ。億単位の年収を手にする可能性だってまだまだあるぜ。アシスタントはどうか? もちろんピンキリの世界だけど、英雄君レベルだと月収で20~25万円程度。悪くはない。ワンルームマンションに住んで、ファッションもカジュアルブランドでそれなりだ。趣味は射撃。同業者のカノジョもいるぞ。ただ、問題は年齢だ。35歳。アシスタント専業ならともかく、もう一発当てるにゃツライお年頃。持ち込み先の担当編集者に「......うーん、......まあ、そっかぁ......そーなると今から就職も難しいかぁ......」と言われる始末。これって翻訳すると「漫画家辞めたら?」ってことだよな。まあ、こんなこと言われたら俺はグーで殴ってますけどね。ちなみに花沢健吾は1974年生まれの36歳。作者自身がリアルで体験したイヤなこと、恨みつらみ、妬み、嫉み、不安、イラ立ちなどなどを英雄君に投影しているのかもしれない。  年齢だけでも、相当キツイのに、彼女は元彼のオタク漫画家の才能を誉め称えるし、職場には、デブ&メガネで女子アナの話しかしないウザすぎるチーフがいるし、ちょっと可愛い同僚アシスタントは先生に喰われてる。なんかもう閉塞感バリバリちゅーか、こうした周囲の状況が英雄君の症状悪化に拍車をかけていることは間違いない。しかし、改善することは不可能ではないはずだ。専門家による心のケアでかなり楽になれると思うし、もうちょっと視野を広げて持ち込み先を変えてみる(超学館のみって無理すぎる)とかすれば状況は全然違ってくるのだが、それができりゃあ、ここまでこじれてないわけだ。マジメな小心者ほどブッ壊れやすい。  でもまあ、非モテから見れば彼女がいるって一点だけは救いだよね。自分をさらけだして甘えることのできる唯一の逃げ場があるわけだ。ところが、セカイの終わりってヤツが、ドーン・オブ・ザ・デッド(ゾンビの夜明け)がやってくる。序盤から始まってたゾンビ出現の前フリが第1巻終盤でようやく臨界に達する。あたかも、ダムが決壊するみたいに、一気にゾンビの輪が拡がってしまう。いわゆるパンデミック、爆発的感染だ。イタイ日常を延々読ませて、ギリギリまでタメといてド~~~~ンッ! いやあ、御褒美ですよ! 爽快、痛快、ザマー見やがれ! これって時代を超えて、自分が不遇だと感じている若い連中にとっちゃフツーの感覚だと断言しよう。セカイがぶっ壊れる。法律も常識も通用しねぇ。それは絶体絶命のピンチだ。しかし、もうその瞬間から職場にも学校にも行かなくていい。義務も責任もあったもんじゃない。フリーダム。絶対的な自由時間が目の前に拡がるのだ。セカイなんか滅びてしまえ! と心の中で一度も叫んだことのない人、「世界を呪うなんて異常だよ」と思える人はシアワセだ。一生、そのシアワセが続くといいよね。登場人物の一人はこうつぶやく。 「俺達の時代がやってきたんだ」  これに激しく同意しちゃった人は第2巻以降の悪夢のように痛快なブッ殺しワールドを堪能すればヨシ。ゾンビ物としては『学園黙示録HIGHSCHOOL OF THE DEAD』(作画:佐藤ショウジ、原作:佐藤大輔/富士見書房)が人気で、虐殺度&お色気サービス(コレ邪魔だよな)も高めなんだけど、リアル度ではコチラが買い。ゾンビ描写、喰われる連中の断末魔描写においては花沢健吾の黒さ全開です。普通の人々もヤンキーもヤナ野郎も外人も可愛い子供も無差別にヤラレちゃう。ハラワタははみ出る、顔を囓り取られる、脳が露出する、首が飛ぶ。腐乱死体の写真を参考にしてんじゃないかと思える腐れっぷりには唖然となった。オヤクソクだが、噛まれたら感染してゾンビになっちゃうわけで、一匹ゾンビがあらわれたら、後はネズミ算のように増殖していく。ゾンビは痛みも疲れも感じない。おまけに怪力だ。さらに関節とかもどうなってんのか分からない。とてつもなくひん曲がった体で、人間様に襲いかかる。もちろんゾンビはブッ殺していい。いや、動いてる死体だから殺すもクソもない。でも、英雄君も他の人々もゾンビ現象だって認識がなかなか持てないもんだから、すぐには虐殺ゲームのスイッチが入らない。これ、どうなってんの!? 殴っていいの? とオタオタ遠慮してるうちに次々噛まれたり、喰われたりしてゾンビになっていく。コワイしキモイのに、どうしようもなくオカシイ。掃除中にゾンビになったおばちゃんがモップを目に突っ込んだまま徘徊してたり、折りたたまれた形でババアゾンビが疾走したり、アフロなゾンビが「あいーん」(by志村けん)をエンドレスで繰り返したり、グロテスクを突き抜けて笑うしかない光景が次々登場。ほんとに恐怖と笑いは紙一重ってことを実感できちゃう。  もちろん我らがヒーロー、英雄君もいい味出してる。大パニック進行中なのに、駅から脱出する時には「キセル」を気にするし、大破したタクシーや、無人のコンビニにお金置いてきたりするもんね。もうカネなんか何の価値もないし、法律も道徳も蒸発しちゃってんの、小市民気質が抜けない。命懸かってるのに、周囲の顔色をうかがって、気をつかいまくる。「バカか、オメェは」とツッこんでしまいましたよ。ホントに使えない野郎だぜ。俺ならもっと上手くやんのに。とりあえずホームセンター行ってサバイバルに使えそうなもんかっぱらうとか、無人の警察か銃砲店を見つけて武器を調達するとか、いろいろあるだろうに。もう、なんか序盤における日常での不器用さが、パニック後のセカイでもそのまんま受け継がれているわけだ。このあたりもまたリアル。人間、簡単には変われないんだよね。できれば、英雄君にはどんな展開になっても一皮剥けないで欲しい。多少は「成長」するにしても、読者の優越感(ダメダメじゃんコイツ)を満足させ、想像力(俺ならこーするね)を刺激するイマイチ使えないヤツとしてジタバタしていただきたい。それこそが、全く新しい、花沢健吾のみが描けるクソリアルなヒーロー像なのではないか? (文=永山薫) ●永山薫(ながやま・かおる) 1954年、大阪府大東市出身。80年代初期から、エロ雑誌、サブカル誌を中心にライター、作家、漫画原作者、評論家、編集者として活動。1987年、福本義裕名義で書き下ろした長編評論『殺人者の科学』(作品社)で注目を集める。漫画評論家としてはエロ漫画の歴史と内実に切り込んだ『エロマンガ・スタディーズ』(イースト・プレス)、漫画界の現状を取材した『マンガ論争勃発』シリーズ(昼間たかしとの共編著・マイクロマガジン)、『マンガ論争3.0』(n3o)などの著作がある。
アイアムアヒーロー 4 オチ漫画。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 『バクマン。』が示す「友情・努力・勝利」の変化とは? 非モテもイケメンもごちゃごちゃ言わずに『モテキ』を読め! 山本直樹が描く、セックスの「気持ち良さ」と「淋しさ」