メソメソしている自分を奮い立たせてくれる、狂気じみた社長の情熱『重版出来!』

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『重版出来!1』(小学館)
男だって、堂々と女子マンガが読みたい!――そんな内なる思いを秘めたオッサンのために、マンガライター・小林聖がイチオシ作品をご紹介!  世の中にはメンタルの強い人というのがいて、コケても打たれても、不屈の闘志で立ち上がり進んでいく。立派だと思うし、憧れもするけど、残念ながら僕はメンタルが弱く、そういう人間にちっとも近づけないまま年を取ってしまった。今でもちょっと衝撃を与えれば砕けるようなガラスのハートなので、しょっちゅう落ち込んで、人に知られないように自宅でメソメソ過ごしている。  そういう人間には、落ち込んだ気持ちをもう一度奮い立たせる何かが、自分の外に必要になる。で、それが友人でも恋人でもいいんだけど、僕の場合は基本的にマンガなのだ。だから、気持ちをグイッと上げてくれるマンガをいつでもいくつか心の中にストックしてあって、メソメソしているときに引っ張り出して読むことにしている。  そんなストックに最近加わったのが、出版業界を描いた『重版出来!』(松田奈緒子)だ。  お仕事マンガっていうのは「そこそこ面白いもの」になりやすい。ちょっと特別な職種だと、そこで働く人がどんなことをしているかなんて知らないことが多いので、マメ知識的な部分を掘り下げるだけでも結構面白く読める。たとえば、「重版出来」を「じゅうはんしゅったい」と読むなんて、ほとんどの人は知らなかったはずだ。そういうちりばめられたトリビアだけでも楽しめる。  けど、それは同時に「そこそこ面白い」だけになりやすいということでもある。読みやすいし、知識欲も満たしてくれるけど、ドハマリするほど面白くはない。そういう作品がよく出てくるのだ。  ケガで柔道の道をあきらめた主人公・黒沢心が、面接中に突然入ってきた暴漢を一本背負いで撃退し、見事採用を獲得する本作の第1話を読んだとき、面白いと思ったけれど、実は「よくある話かな」とも思った。よくできた出版業界モノ、ど根性編集物語……そんな感じかなと。  その予感は、ある程度は正しかった。人気が落ちてきている大御所作家の復活劇を描く第2話、マンガの単行本の発行部数決定やヒットへ結びつけるための営業、編集、書店の仕事を描く第4話から第6話までの3部作。さすが自分たちの業界だけあって、小ネタもいい。売れている作品の店頭在庫がなくなりかけて焦っているところに、追加注文分が届いて安堵する書店員のコマなんかは、リアル書店員の間でも「あるある(笑)」と話題になっていた。  でも、『重版出来!』がすごいのは、別にそういう小ネタ群ではない。この作品の根元には、一種の狂気じみたものがある。それが一番よく出ているのが第3話だ。  この第3話では、主人公・黒沢心が就職した出版社・興都館の社長の半生が描かれる。貧乏な家に生まれた彼は、出版社に入り、ヒットメーカーとなっていくのだが、彼がその中で手にした人生哲学が「運を貯めて、貯めた運をすべて仕事に注ぐ」というもの。仕事で勝つために、ギャンブルも辞め、ありとあらゆるラッキーを私生活から排除していく。  なぜそこまでするのかについて、彼は「本が私を人間にしてくれたからです。」と答える。見開き2ページをまるまる使って描かれるこのシーンは、第1巻の中でも屈指のシビれるシーンだ。と同時に、ここで描かれる社長の顔は、どこか狂気を感じさせる描かれ方をしている。すごくおっかないコマなのだ。  そもそも「運を貯める」という行動自体、ジンクス程度ならともかく、ここまで徹底するのはもはや正気ではない。彼はある意味、正常ではないキャラクターなのだ。  だけど、その狂気じみた情熱こそが、彼を押し上げたものであり、この作品の根底にあるものなのだと思う。ただ「仕事だからやる」という次元を超え、理屈をも超え、自分を自分たらしめる何かのために、仕事に仕える。そういう圧倒的な熱量があるからこそ、メソメソしているときの僕を支え、もう一度奮い立たせてくれるのだ。 (文=小林聖<http://nelja.jp/>)

メソメソしている自分を奮い立たせてくれる、狂気じみた社長の情熱『重版出来!』

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『重版出来!1』(小学館)
男だって、堂々と女子マンガが読みたい!――そんな内なる思いを秘めたオッサンのために、マンガライター・小林聖がイチオシ作品をご紹介!  世の中にはメンタルの強い人というのがいて、コケても打たれても、不屈の闘志で立ち上がり進んでいく。立派だと思うし、憧れもするけど、残念ながら僕はメンタルが弱く、そういう人間にちっとも近づけないまま年を取ってしまった。今でもちょっと衝撃を与えれば砕けるようなガラスのハートなので、しょっちゅう落ち込んで、人に知られないように自宅でメソメソ過ごしている。  そういう人間には、落ち込んだ気持ちをもう一度奮い立たせる何かが、自分の外に必要になる。で、それが友人でも恋人でもいいんだけど、僕の場合は基本的にマンガなのだ。だから、気持ちをグイッと上げてくれるマンガをいつでもいくつか心の中にストックしてあって、メソメソしているときに引っ張り出して読むことにしている。  そんなストックに最近加わったのが、出版業界を描いた『重版出来!』(松田奈緒子)だ。  お仕事マンガっていうのは「そこそこ面白いもの」になりやすい。ちょっと特別な職種だと、そこで働く人がどんなことをしているかなんて知らないことが多いので、マメ知識的な部分を掘り下げるだけでも結構面白く読める。たとえば、「重版出来」を「じゅうはんしゅったい」と読むなんて、ほとんどの人は知らなかったはずだ。そういうちりばめられたトリビアだけでも楽しめる。  けど、それは同時に「そこそこ面白い」だけになりやすいということでもある。読みやすいし、知識欲も満たしてくれるけど、ドハマリするほど面白くはない。そういう作品がよく出てくるのだ。  ケガで柔道の道をあきらめた主人公・黒沢心が、面接中に突然入ってきた暴漢を一本背負いで撃退し、見事採用を獲得する本作の第1話を読んだとき、面白いと思ったけれど、実は「よくある話かな」とも思った。よくできた出版業界モノ、ど根性編集物語……そんな感じかなと。  その予感は、ある程度は正しかった。人気が落ちてきている大御所作家の復活劇を描く第2話、マンガの単行本の発行部数決定やヒットへ結びつけるための営業、編集、書店の仕事を描く第4話から第6話までの3部作。さすが自分たちの業界だけあって、小ネタもいい。売れている作品の店頭在庫がなくなりかけて焦っているところに、追加注文分が届いて安堵する書店員のコマなんかは、リアル書店員の間でも「あるある(笑)」と話題になっていた。  でも、『重版出来!』がすごいのは、別にそういう小ネタ群ではない。この作品の根元には、一種の狂気じみたものがある。それが一番よく出ているのが第3話だ。  この第3話では、主人公・黒沢心が就職した出版社・興都館の社長の半生が描かれる。貧乏な家に生まれた彼は、出版社に入り、ヒットメーカーとなっていくのだが、彼がその中で手にした人生哲学が「運を貯めて、貯めた運をすべて仕事に注ぐ」というもの。仕事で勝つために、ギャンブルも辞め、ありとあらゆるラッキーを私生活から排除していく。  なぜそこまでするのかについて、彼は「本が私を人間にしてくれたからです。」と答える。見開き2ページをまるまる使って描かれるこのシーンは、第1巻の中でも屈指のシビれるシーンだ。と同時に、ここで描かれる社長の顔は、どこか狂気を感じさせる描かれ方をしている。すごくおっかないコマなのだ。  そもそも「運を貯める」という行動自体、ジンクス程度ならともかく、ここまで徹底するのはもはや正気ではない。彼はある意味、正常ではないキャラクターなのだ。  だけど、その狂気じみた情熱こそが、彼を押し上げたものであり、この作品の根底にあるものなのだと思う。ただ「仕事だからやる」という次元を超え、理屈をも超え、自分を自分たらしめる何かのために、仕事に仕える。そういう圧倒的な熱量があるからこそ、メソメソしているときの僕を支え、もう一度奮い立たせてくれるのだ。 (文=小林聖<http://nelja.jp/>)

メソメソしている自分を奮い立たせてくれる、狂気じみた社長の情熱『重版出来!』

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『重版出来!1』(小学館)
男だって、堂々と女子マンガが読みたい!――そんな内なる思いを秘めたオッサンのために、マンガライター・小林聖がイチオシ作品をご紹介!  世の中にはメンタルの強い人というのがいて、コケても打たれても、不屈の闘志で立ち上がり進んでいく。立派だと思うし、憧れもするけど、残念ながら僕はメンタルが弱く、そういう人間にちっとも近づけないまま年を取ってしまった。今でもちょっと衝撃を与えれば砕けるようなガラスのハートなので、しょっちゅう落ち込んで、人に知られないように自宅でメソメソ過ごしている。  そういう人間には、落ち込んだ気持ちをもう一度奮い立たせる何かが、自分の外に必要になる。で、それが友人でも恋人でもいいんだけど、僕の場合は基本的にマンガなのだ。だから、気持ちをグイッと上げてくれるマンガをいつでもいくつか心の中にストックしてあって、メソメソしているときに引っ張り出して読むことにしている。  そんなストックに最近加わったのが、出版業界を描いた『重版出来!』(松田奈緒子)だ。  お仕事マンガっていうのは「そこそこ面白いもの」になりやすい。ちょっと特別な職種だと、そこで働く人がどんなことをしているかなんて知らないことが多いので、マメ知識的な部分を掘り下げるだけでも結構面白く読める。たとえば、「重版出来」を「じゅうはんしゅったい」と読むなんて、ほとんどの人は知らなかったはずだ。そういうちりばめられたトリビアだけでも楽しめる。  けど、それは同時に「そこそこ面白い」だけになりやすいということでもある。読みやすいし、知識欲も満たしてくれるけど、ドハマリするほど面白くはない。そういう作品がよく出てくるのだ。  ケガで柔道の道をあきらめた主人公・黒沢心が、面接中に突然入ってきた暴漢を一本背負いで撃退し、見事採用を獲得する本作の第1話を読んだとき、面白いと思ったけれど、実は「よくある話かな」とも思った。よくできた出版業界モノ、ど根性編集物語……そんな感じかなと。  その予感は、ある程度は正しかった。人気が落ちてきている大御所作家の復活劇を描く第2話、マンガの単行本の発行部数決定やヒットへ結びつけるための営業、編集、書店の仕事を描く第4話から第6話までの3部作。さすが自分たちの業界だけあって、小ネタもいい。売れている作品の店頭在庫がなくなりかけて焦っているところに、追加注文分が届いて安堵する書店員のコマなんかは、リアル書店員の間でも「あるある(笑)」と話題になっていた。  でも、『重版出来!』がすごいのは、別にそういう小ネタ群ではない。この作品の根元には、一種の狂気じみたものがある。それが一番よく出ているのが第3話だ。  この第3話では、主人公・黒沢心が就職した出版社・興都館の社長の半生が描かれる。貧乏な家に生まれた彼は、出版社に入り、ヒットメーカーとなっていくのだが、彼がその中で手にした人生哲学が「運を貯めて、貯めた運をすべて仕事に注ぐ」というもの。仕事で勝つために、ギャンブルも辞め、ありとあらゆるラッキーを私生活から排除していく。  なぜそこまでするのかについて、彼は「本が私を人間にしてくれたからです。」と答える。見開き2ページをまるまる使って描かれるこのシーンは、第1巻の中でも屈指のシビれるシーンだ。と同時に、ここで描かれる社長の顔は、どこか狂気を感じさせる描かれ方をしている。すごくおっかないコマなのだ。  そもそも「運を貯める」という行動自体、ジンクス程度ならともかく、ここまで徹底するのはもはや正気ではない。彼はある意味、正常ではないキャラクターなのだ。  だけど、その狂気じみた情熱こそが、彼を押し上げたものであり、この作品の根底にあるものなのだと思う。ただ「仕事だからやる」という次元を超え、理屈をも超え、自分を自分たらしめる何かのために、仕事に仕える。そういう圧倒的な熱量があるからこそ、メソメソしているときの僕を支え、もう一度奮い立たせてくれるのだ。 (文=小林聖<http://nelja.jp/>)

メソメソしている自分を奮い立たせてくれる、狂気じみた社長の情熱『重版出来!』

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『重版出来!1』(小学館)
男だって、堂々と女子マンガが読みたい!――そんな内なる思いを秘めたオッサンのために、マンガライター・小林聖がイチオシ作品をご紹介!  世の中にはメンタルの強い人というのがいて、コケても打たれても、不屈の闘志で立ち上がり進んでいく。立派だと思うし、憧れもするけど、残念ながら僕はメンタルが弱く、そういう人間にちっとも近づけないまま年を取ってしまった。今でもちょっと衝撃を与えれば砕けるようなガラスのハートなので、しょっちゅう落ち込んで、人に知られないように自宅でメソメソ過ごしている。  そういう人間には、落ち込んだ気持ちをもう一度奮い立たせる何かが、自分の外に必要になる。で、それが友人でも恋人でもいいんだけど、僕の場合は基本的にマンガなのだ。だから、気持ちをグイッと上げてくれるマンガをいつでもいくつか心の中にストックしてあって、メソメソしているときに引っ張り出して読むことにしている。  そんなストックに最近加わったのが、出版業界を描いた『重版出来!』(松田奈緒子)だ。  お仕事マンガっていうのは「そこそこ面白いもの」になりやすい。ちょっと特別な職種だと、そこで働く人がどんなことをしているかなんて知らないことが多いので、マメ知識的な部分を掘り下げるだけでも結構面白く読める。たとえば、「重版出来」を「じゅうはんしゅったい」と読むなんて、ほとんどの人は知らなかったはずだ。そういうちりばめられたトリビアだけでも楽しめる。  けど、それは同時に「そこそこ面白い」だけになりやすいということでもある。読みやすいし、知識欲も満たしてくれるけど、ドハマリするほど面白くはない。そういう作品がよく出てくるのだ。  ケガで柔道の道をあきらめた主人公・黒沢心が、面接中に突然入ってきた暴漢を一本背負いで撃退し、見事採用を獲得する本作の第1話を読んだとき、面白いと思ったけれど、実は「よくある話かな」とも思った。よくできた出版業界モノ、ど根性編集物語……そんな感じかなと。  その予感は、ある程度は正しかった。人気が落ちてきている大御所作家の復活劇を描く第2話、マンガの単行本の発行部数決定やヒットへ結びつけるための営業、編集、書店の仕事を描く第4話から第6話までの3部作。さすが自分たちの業界だけあって、小ネタもいい。売れている作品の店頭在庫がなくなりかけて焦っているところに、追加注文分が届いて安堵する書店員のコマなんかは、リアル書店員の間でも「あるある(笑)」と話題になっていた。  でも、『重版出来!』がすごいのは、別にそういう小ネタ群ではない。この作品の根元には、一種の狂気じみたものがある。それが一番よく出ているのが第3話だ。  この第3話では、主人公・黒沢心が就職した出版社・興都館の社長の半生が描かれる。貧乏な家に生まれた彼は、出版社に入り、ヒットメーカーとなっていくのだが、彼がその中で手にした人生哲学が「運を貯めて、貯めた運をすべて仕事に注ぐ」というもの。仕事で勝つために、ギャンブルも辞め、ありとあらゆるラッキーを私生活から排除していく。  なぜそこまでするのかについて、彼は「本が私を人間にしてくれたからです。」と答える。見開き2ページをまるまる使って描かれるこのシーンは、第1巻の中でも屈指のシビれるシーンだ。と同時に、ここで描かれる社長の顔は、どこか狂気を感じさせる描かれ方をしている。すごくおっかないコマなのだ。  そもそも「運を貯める」という行動自体、ジンクス程度ならともかく、ここまで徹底するのはもはや正気ではない。彼はある意味、正常ではないキャラクターなのだ。  だけど、その狂気じみた情熱こそが、彼を押し上げたものであり、この作品の根底にあるものなのだと思う。ただ「仕事だからやる」という次元を超え、理屈をも超え、自分を自分たらしめる何かのために、仕事に仕える。そういう圧倒的な熱量があるからこそ、メソメソしているときの僕を支え、もう一度奮い立たせてくれるのだ。 (文=小林聖<http://nelja.jp/>)

ゲイのイケメン弁護士の物語が、非モテのオッサンを泣かせる理由『きのう何食べた?』

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『きのう何食べた? 7』(講談社)
男だって、堂々と女子マンガが読みたい!――そんな内なる思いを秘めたオッサンのために、マンガライター・小林聖がイチオシ作品をご紹介!  文字どおりの意味で「自慢じゃない」のだけれど、僕はモテない。若い頃ならともかく、32歳になる今まで彼女のひとりもいなかったとなると、たいていの人に「なんで?」と聞かれる。僕からするとなぜもクソもなくて、中学生の頃に彼女がいなかったのと同じ感覚のまま32歳になったというだけだったりする。それが当たり前だった。要するに子どもなのだ。  だから、彼女がいないことにほとんど深い悩みも抱かず、なんとなくこのままひとりでやっていくんだろうと思っていた。何、ずっとそうだったんだから大したことじゃない。そう思っていた。『きのう何食べた?』(よしながふみ)を読むまでは。  よしながふみは最近だと映画化、ドラマ化された『大奥』で知られているだろうか。『大奥』は流行病によって男性が激減した鎖国中の日本を舞台にした作品で、特に同性愛的な作品ではないが、よしなが作品の多くはいわゆるBL(=ボーイズ・ラブ。男性同士の恋愛を描く作品)に分類される。  BLはご存じのとおり、基本的には女性向けジャンルだ。だが、その中にあってよしながふみはちょっと特別な存在といっていい。「BLは読まないけど、よしながふみは読む」という男性読者がたくさんいる。よしなが作品で初めてBLに触れ、そこからBLにハマっていったという人もいる。徹底的に女性のためだったBLというジャンルに、00年代初頭に男性を流入させた大きなきっかけとして、よしながの存在は大きかったといえるだろう。  そんなよしながが「モーニング」(講談社)で月1連載しているのが、『きのう何食べた?』だ。主人公は40代のゲイカップル。話はなんてこともない。彼らの日常を、彼らの自炊レシピとともに淡々と綴っていくというもの。ドラマチックな物語では決してない。  だけど、この作品を読んでいると不意に涙が出ることがある。彼らの話は、カラッカラにモテない僕の話でもあるのだ。  いや、別に僕はゲイではないし、主人公の筧のようにイケメンでもない。むしろ、弁護士でまめまめしい料理好きで、同棲中の恋人もいる完璧超人である筧なんて、僕とは正反対といってもいい。    けど、筧は僕の未来像でもある。ゲイである彼は、恋人がいても、どんなにしっかり者でも、結婚はできないし、子どもをもうけることはない。  「結婚しないんじゃないかな」と薄ぼんやりと思っていた僕は、ずっと「まぁ、別に子どもも好きじゃないし」くらいに思っていた。実際、今だって「結婚できれば結婚するほうが絶対にいい」とは思っていない。他人と一緒にいる幸福は、他人と一緒にいる不自由と背中合わせで、そのどちらがいいかは、今の日本では個人個人が選べばいいくらいの問題だ。  だけど、3巻で実家に帰った筧が母親に問い詰められるシーンを読んだとき、「ああ」と思った。 「あなたもう44ですよ!? そういう老いじたくの事とかちゃんと彼と話した事あるの!?」  筧は44歳だから、というのはもちろんある。けど、そういうのと無関係に、子どもをもうけない人間にとっては、次のステージはもう自分の「老後」なのだ。それは、ふんわり結婚しないだろうなと思っていた僕にとっても同じだ。子どもを育てる周囲の友人たちをよそに、これから僕は自分の老後のために、自分のためだけに生きていくんだなと。結婚しないと決めることは、そういう人生を引き受けることなんだなと、そのときようやく気付いたのだ。  筧と両親、特に母親とのエピソードはどれもとても好きなのだけど、この3巻にはほかにも響くエピソードがある。正月に実家に帰った筧を描いた第19話。隣のお宅の小さな子どもたちがやってきて、勝手知ったる様子で筧の実家で遊び回る。その姿を見て、筧は思う。 「そうか きっとこの人達(両親)はもう孫の代わりにお隣の子を可愛がる事に決めたんだ…」  ずっとずっと長いこと、モテないことは自分だけの問題だと思い続けてきた。別にどう生きたって人が思うよりも幸せでいられると思い続けてきたし、今もそう思っている。だけど、自分がどう生きるかが、ほかの誰かの問題でもあることは想像したこともなかった。どうだって生きられるけど、どう生きるにしても選んだ生き方に付随するすべてに僕はもう責任を取らないといけないのだ。  基本的にはほんわかゆるゆるとしたお料理系日常マンガである『きのう何食べた?』だけれど、その淡々とした中に、よしながはちゃんと重みを持った現実と老いを描き込んでいる。そういうところが、よしながふみの怖くて魅力的なところなのだ。 (文=小林聖<http://nelja.jp/>)

どっこい生きてる“マンガ界の最終兵器”~卯月妙子『人間仮免中』~

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『人間仮免中』(イースト・プレス
マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第9回は卯月妙子の『人間仮免中』です!  卯月妙子の10余年ぶりの描き下ろし新刊『人間仮免中』(イースト・プレス)を読んで俺は思わず、「なんじゃこりゃ~~!?」と、ぶっ飛んでしまった。あまりの絵の崩れっぷりに驚愕したのである。  もともと、卯月は粗いタッチで自らのハイテンション&ハイパッションを紙面に叩き付けてきた。漫画絵と劇画表現が融合した作風であり、そこにはやけっぱちの開き直りとしたたかな自己プロデュースが読み取れた。  それが、である。本書の絵はまるで子どもが見よう見まねで描いた『ちびまる子ちゃん』ではないか。線はヘロヘロで、デッサンは崩れ、どう見たって左手で描いたような絵なのだ。  卯月妙子に何が起こったのだろうか?  と、白々しく疑問形で書いたけど、このコラムを読んでいるような人はすでにご存じだろう。なんせ、本書が上梓されるやTwitterでは膨大な発言があり、毎日、新刊をチェックしている俺が、ちょいと遅れてアマゾンでポチッた時にはすでに2刷目になっていた。すでにアチコチで話題になっている。版元のイースト・プレスとしては、“してやったり”だろう(ついでに、俺の『エロマンガスタディーズ』も増刷してほしいものである)。  とはいうものの、卯月妙子といわれても、彼女が漫画を描けなくなって10年余り。罪障の深い漫画読みのおっさんおばはんや、若いくせに妙に昔のことに詳しいサブカルな若造を除いた若い世代には初めて聞く名前かもしれない。  卯月妙子は元ホステスで、元ストリッパーで、元AV女優で、舞台女優で、あやうく元漫画家になりかけた。  AV女優っていっても、動くヌードグラビア+疑似セックス付きとか、そういうアレではない。V&Rプランニングというマニアックなメーカーの、いわゆる「企画物」だ。そこで卯月妙子は単なる本番じゃなくって、食糞もゲロもミミズもオーライな女優さんだったわけだ。残念ながら、俺がAVライターをやっていたのは彼女のデビュー前だったので、現役当時の彼女のAVは見ていない。しかし、V&Rのエログロナンセンス&アナーキーなAVはそれなりに見ているので想像はつく。俺がAV評やってた当時の作品は、ハッキリ言ってひどかった。  余談だが「ビデオTHEワールド」誌(コアマガジン)で、同社社長である安達かおる監督作品に「田舎へ帰って田んぼでも耕してろ」と罵声を浴びせ、後に「東京出身だから田舎なんかないよ」と切り返されたのは俺だ。今なら炎上必至ですな。でも、俺は全然反省していない。V&Rが名作、問題作を連発し、多くの才能を育てたことは、いまさら言うまでもないが、それはまた別の話である。  で、卯月の代表作が『ウンゲロミミズ』(監督/井口昇)。タイトルだけでクラッと来る。ネット配信があるので現在でも視聴可能。見たいヤツは、気合いを入れて見るがいい。  彼女が水商売やエロ産業に足を突っ込んだのは、夫の会社が倒産したためだが、彼女の稼いだ大金を、精神病が悪化した夫はロクでもない企画に右から左に使い果たした挙げ句、「逝ってきまーす」と投身自殺。その顛末は本書にも描かれている。詳しく知りたい人は『実録企画物』『新家族計画』(全2巻/太田出版)を参照。いずれも電子書籍化されているので待たずに読めるぞ。後者はフィクションだが、卯月の体験がベースになっている。  さて、本書に話を戻そう。  本書はノンフィクションである。正確にはエッセイコミックと呼ぶべきかもしない。  プロローグは衝撃的だ。 「一日は一撃だ」  という寺山修司の『ロング・グッドバイ』がナレーションとして引用される中、虚ろな表情の卯月妙子が歩道橋へと向かう。「ぽー」「ぽー」「ぽー」がリフレインされる。  歩道橋にスタスタと上り、欄干に立ち、そのまま車道に向かって、顔面からダイヴする。  プロローグは第2章にあたる「人間仮免中 歩道橋バンジー編」へと続く。  第1章「人間仮免中」はバンジーの前日譚で、12年連れ添った夫と別れるところから話が始まる。統合失調症の卯月妙子が自殺するのではないかと危惧し続けた夫は、ついに神経症となってしまったのだ。  しかし、別れがあれば出会いもある。飲みに行った妙子の前に現れたのが、後に内縁の夫となるボビーだ。  下駄みたいな顔をした当時61歳。オーバー・ザ還暦。妙子とは二廻り以上、つまり親子ほど年の差がある。  卯月フィルター通してるから当然ちゃ当然だが、これがイイ男なのだ。とはいえ、只者ではない。堅気のサラリーマンで、昔気質の侠気溢れるオヤジ。若い頃には、民事介入であぶく銭を稼いだこともあれば、ヤクザとも付き合いがある。かんしゃく持ちで、それが原因で奥さんには逃げられてるし、酔うとセクハラ全開のエロジジイにもなる。しかし、卯月妙子一筋。一途である。  歩道橋ダイヴで顔面が崩壊し、かつての美貌がガタガタになってしまった妙子を変わらず愛し続ける。セックスもする。それによって卯月妙子は救われる。  本書の軸はボビーとの愛情生活である。その揺るぎない軸があるから、歩道橋ダイヴも、生還後の入院とリハビリと不自由な身体と執拗な幻覚も、日常の流れの中で読めてしまう。距離を置いて眺めれば深刻な地獄みたいな話なのに、笑えてしまう。  彼女は彼に無邪気に甘え、ダダをこね、ケンカし、仲直りする。愛が高じて、オマンコにボビーの名の刺青を入れる。気合いを入れて墨を入れるのではなく、自然と、気分で入れちゃうんである。背中には自殺した最初の夫の戒名を背負い、オマンコには内縁の夫の名前を刻む。単純にスゲェと言おう。覚悟の表明だろうとか、形を代えた自傷だとか理屈をこねても始まらない気がする。入れたいから入れた。子どもみたいな、ちびまる子みたいな絵がそう語っている。いや、そうとしか読めない。笑うしかない。  最初に書いたように絵はヘロヘロだ。  画力至上主義者ならば、目を背けたくなるようなヘタウマ絵である。  しかし、さらに驚いたのは、それが読む際の障害にはならないということだ。プロの漫画家が本気で「漫画」を描けば、多少の絵の崩れなんか関係なく、商品として通用するオモロイ漫画になってしまうのだから恐ろしい。  絵の崩れっぷりが、内容と絶妙に噛み合っている。  先述したが、以前の卯月作品には、捨て身のテンションがあった。露悪的で露出的で毒入りキケンだった。自暴自棄に破滅の坂道を転げ落ちる痛快さがあった。もちろん、それはそれで良かったのだ。俺ら、業の深い読者というケダモノは、狂った作家、暴れ者の作家、壊れた作家のタガの外れた作品が大好物なのだ。なので、当時の卯月妙子の凄味を懐かしむ人もいるだろう。だが、あれから10年以上。年を取れば取った分、人間は変わっていく。いいとか悪いとかではなく変わっていく。細胞だって全部入れ替わっている。変わらないヤツ、変わらないフリをしているヤツのほうが何倍もヤバイ。  残酷な結果論かもしれないが、吾妻ひでおがアルコール依存症になって失踪した結果、傑作『失踪日記』(イースト・プレス)が生まれ、花輪和一が銃刀法違反で投獄された結果、これまた傑作『刑務所の中』(青林工芸舎)が生まれたように、歩道橋バンジーが『人間仮免中』という漫画史に残る、あるいは暗黒漫画史に輝く傑作を生んだということもできるだろう。地獄に堕ちたからこそ描ける作品もまたあるのだ。もちろん、生還できなかったケースも多い。そして、彼らが地獄から掴んできた宝石を、俺を含めた読者たちは数時間で消費する。ヒデェ話だ。  とはいえ、卯月妙子の凄絶な人生は、少なくとも彼女自身にとっては凄絶でもなんでもなく成り行きである。どんな人間だってそれぞれ特殊で、それぞれがパーソナルな成り行きで現在に至る。  で、その成り行きの果てに子どもみたいな絵を描く彼女がいる。この絵は彼女が新たに獲得した絵なのだ。  本書で描かれる卯月妙子の姿は、子どものように素直で無邪気だ。衒(てら)いも、イイ格好も、ワルぶりも、プライドも全部脱ぎ捨てて、ヒトとしてのスタートラインに戻った。  ならば、完全に保護される子どものままで、周囲の愛情と援助に支えられて生きるのもありだろう。帯文に 「生きてるだけで最高だ!」  とあるように、人間なんてモノは生きてるだけで充分なのだ。生還できただけで幸せではないか。  だが、卯月妙子はどうしても漫画を捨てられなかった。  彼女は本書の「あとがき」にこう書いている。 「歩道橋から飛び降りて、顔を壊しましたし、片目の視力も失いましたが、この一件で、人の愛情のなんたるかを、思い知りました。  自分の、奇天烈な顔を見たとき、この一連の出来事を、漫画にしたいと思いました。漫画家の、業です」 (文=永山薫) ■【コミック怪読流】バックナンバー 【第8回】 他人のゼニカネ話ほどオモロイものはない! 読めば身体が痒くなる『アヴァール戦記』 【第7回】 分からなくってもダイジョーブ! 脳内麻薬を噴出させる異常な漫画『女子攻兵』 【第6回】リアルより魅力的かもしれない虚構はリアルが旬のうちに味わうべし『AKB49~恋愛禁止条例~』 【第5回】とことんブレない! 幕末でもヤンキー! おまけに下品~加瀬あつし『ばくだん! 幕末男子』~ 【第4回】人気はSNSのお陰? これからが勝負の絶望的活劇漫画~諫山創『進撃の巨人』~ 【第3回】小さく産まれて大きく育った、お風呂漫画~ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』~ 【第2回】ホラー少女が鈍感力でライバルをなぎ倒す~椎名軽穂『君に届け』~ 【第1回】いっそゾンビな世の中に──花沢健吾『アイアムアヒーロー』

他人のゼニカネ話ほどオモロイものはない! 読めば身体が痒くなる『アヴァール戦記』

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『アヴァール戦記』第1巻(新潮社)
マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第8回は中村珍の『アヴァール戦記』です!  中村珍の『アヴァール戦記』第1巻(新潮社)を読んでいたら、なんだか身体が痒くなってきた。  第3話「お風呂の話」のくだりで、中村珍が26日間、お風呂に入っていないことを明言した瞬間、身体のあちこちがムズムズし始めた。  俺は半世紀以上漫画を読み倒してきたわけです。漫画読んで、鳥肌を立てたり、すすり泣いたり、笑い転げたり、感動したり、怒り狂ったり、オナニーしたり、居眠りしたり......とまあ、いろいろなリアクションを体験してきたんですが、痒くなったのは初めてですよ中村珍さん。  さて、本書は中村珍初のエッセイ漫画。タイトルからファンタジー漫画だと思い込んでいる人もいるだろう。まあ、俺も連載を読むまではそうだった。 「おおっ、あの『羣青』(小学館)の中村珍がファンタジーか!」  なぁんて無邪気に驚いていた自分が今となっては懐かしいぜ。  さらにオメデタイことには、初めて「月刊コミック@バンチ」(新潮社)の連載を読んだのが震災後。 「震災で本編どころじゃなくなったんで急遽ルポ漫画にしたんだな。うんうん」  なぁんて思い込んでいた(この震災体験部分は独立して読んでも秀作である)。  その頃未読だった連載第1回において作者本人が、 「ファンタジー漫画は馬とか剣とか城とか出てくりゃかっこいいけど手がかかるんですねー」「その分描くのに時間かかるからアシスタントさん呼ぶでしょう? そーするとまぁ めちゃくちゃ¥かかるわけですよ......」「だから今回みたくエッセイの仕事とかオイシイですよ一人で描けるし」  と、ファンタジー漫画家とエッセイ漫画家とその愛読者を全員敵に回すようなことをのたもーていたことも知らずに勘違いしていたのである。  タイトルの「アヴァール」は5~6世紀に東ヨーロッパを支配した遊牧民族「アヴァール(Avars)」とはまったく関係がない、フランス語でケチ(Avare)という意味。Google翻訳してみたら「守銭奴」と出た。語尾がsだったら最近流行の歴史ファンタジーだったろうに語尾がeでは大違い。テーマはケチ。それもハンパなケチっぷりではない。ケチである「自分」の姿を露悪的に戯画化して晒して原稿料を取るってんだから、転んでもタダでは起きないくらい徹底しておられる(つーか、描くのが楽だからという理由で転んで突っ伏したままの自画像が異様に多いのも笑える)。  基本的にどんなテーマでもエッセイ漫画は面白い。それはオレタチの......といって悪ければ、俺の覗き趣味、ゴシップ嗜好にマッチするからだ。他人の幸不幸を安全な観客席から眺めて、「私生活もカッコイイなあ」とか「深いなあ」とポジティブに感動感心しちまったり、「いやあ家族も大変だなあ」とか「この人、思ってた以上にナルシーだったのね」とか「バッカじゃねーの」とか邪悪で鬼畜なツッコミを入れたりできる。作品を通して、その作者に優越感も劣等感も共感も反発も抱くことができる。早い話、エッセイ漫画って私生活の見世物化という側面が大きくなるほど面白いわけだ。とゆーと、「私生活を切り売りするなんて」と眉をひそめる良識人も多かろうが、俺的には売り物になるようなオモロイ私生活を送っているエッセイ漫画家さんたちには心底嫉妬するぞ。『中国嫁日記』(エンターブレイン)とか、ホントにウラヤマシイ。しかも、メッチャ売れてんだから許せないよね。  とはいえ、「エッセイ漫画」が「リアル」であるという保証はどこにもないというのが大前提。アホな人はその辺がわかってない。いいですか、漫画家や小説家は人をだまして面白がらせてナンボの商売ですよ。エッセイ漫画といえども美化したり、自己戯画化したり、キャラ作ったり、演出したり、読者を挑発したりするのは当然の話。100%のリアルを期待する方が間違っている。  だが、『アヴァール戦記』のキャラとしての中村珍にリアル中村珍成分が相当入っているだろうことは想像に難くない。風呂話もスケジュール管理が下手な漫画家にありがちな「あるある」だし、漫画制作とカネにまつわる話も俺の知る業界事情から類推しても「単なるホント」だ。帯文の「漫画業界大激怒!!!」「『羣青』の中村珍が開けてしまったパンドラの箱に関係者戦慄」「やってはいけない禁じ手満載。赤裸々な日常が明らかに!」なんてのはかなり大袈裟だけど、「あ、やっちゃった」感はある。  例えば、『アヴァール戦記』の原稿料がページ1万3,000円であることも明記してある。ゼニカネとケチの話を描くのなら、まず基本収入である原稿料を晒すのは当然だろう。とはいえ、漫画家の多くは自分の原稿料の多寡を公開しない。気になるのは税務署よりも同業者の視線だろう。嫉妬を買うのも格下に見られるのも、どっちもうれしくない話だ。それにページ単価がわかれば、その漫画家の収入は簡単に把握できる。法人にしていない漫画家の月収は原稿料×月産ページ数だ。単行本を出している場合は、その年の単行本刷り部数×定価×印税10%÷12を足す。アニメ、ゲーム、フィギュアなどの権利ビジネスは、ほとんどの漫画家には関係がない。  『アヴァール戦記』は通常12ページ。15万6,000円のお仕事だ。他にも連載を持っているからトータルの月収は100万円弱というところか? 後で触れるがこれは決して高収入ではない。  第1話で中村珍は担当編集者に、 「絵とかそんな込み入ったヤツ描かなくていいんですよね?」  と言ってのける。編集者も編集者で、 「あーもーあーもーテキトーでいーです!」  なんてアッサリ承認してしまう。当然のように中村珍は実践する。徹底して省力化をはかる。背景の白いヘニョヘニョの絵で、1ページ9分51秒でやっつける。時給換算7万8,000円のお仕事。確かにこれはオイシイ。これを俺みたいに「ひっでえな」と笑い転げる読者もいるが、挑発ネタとして消化できない真面目な読者もいるだろう。確実に怒る読者もいる。そのリスキーがまた笑いを倍加させる。  さらに現場のケチネタも投入する。アシスタントの作画の調子が悪い時には食事は安いカップ麺しか出さない。戦力にならない臨時アシには残り物のタッパーカレーだ。その上、給料払ってんのに食事まで支給するのは変だとグチをこぼす。友達のイラストレーターには不要品を売りつけて、なおかつページを埋めさせる。〆切がヤバくなれば、出来合いの背景トーン、ストックしてあった背景を容赦なく使う。  このあたりが帯文に言う「禁じ手」だ。よく言えば省力化、悪く言えば手抜きである。異論は多々あろうが、たとえクオリティーを落としてでも連載を落とさない。これがプロの漫画家の鉄則だ。いやまあ、まったくエラソーなことは言えない俺ですけど、業界のオヤクソクではそうなっております。たとえ、鉛筆の下書きでも入稿できないよりははるかにマシ。そういう世界なのだ。  そんなわけで、多かれ少なかれ漫画家は省力化を余儀なくされる(まったく省力化の必要がない人もいるが)。背景トーン、ストック原稿、コピー機とスキャナーとPhotoshopを駆使する。背景や小物の使い回しなんてかわいいほうで、キャラクターも拡大縮小コピーしてヘアスタイルを変えて使う超エコロジーな某大家もいたし、かつては不動産チラシの建物の写真をコントラストきつめにコピーして背景に使ってらっしゃった猛者もいた。コピーする時間すらもったいないと旧作の原稿から背景を切り取って使ったため復刻版が出せない漫画家もいる。  漫画家という職業に甘い夢を抱いている漫画家志望者や純真な漫画ファンには申し訳ないが、そーゆーもんなんである。もちろん夢も幻想も必要だ。それ抜きに漫画なんてショーバイは成り立たない。ただし、どんな業界でも現実は甘くない。収入ピラミッドのテッペンから20%のポジションにいる漫画家以外はほぼ自転車操業だ。例えば、サラリーマンで年収1,500万円というと大手企業の部長クラス以上だろうが、漫画家だとワリと普通にいる。ただ、これは年収ではなく年商と考えたほうがいい。大雑把に言って、年商から経費を引いたものが漫画家の年収だ。俺の知り合いの場合、年商1,500万円で年収300万円という漫画家がいる。他のもう少し売れている漫画家のケースで、年商3,000万円弱で経費は1,500万円強。年商が倍でも経費は200万円の差しかない。つまり、経費のほとんどが人件費だ。要するに漫画家は表現者であると同時に、下請けの家内制手工業の親方なのである。使い切れないほど稼げる漫画家ならカネとか権利の話はマネジャーに任せておけばいいが、そうじゃない80%の漫画家はコスト意識なしにはやっていけない。親方の肩にはアシスタントと呼ばれる職人さんたちの生活がかかっている。  その点、中村珍はコスト意識のはっきりした親方だと言えるだろう。ただし、この人のコスト感覚は少なくとも漫画を読む限りにおいては、どこか底が抜けている。アシスタントの食事の件も、調子良く仕事が進めば、銀座から寿司の出前を取るし、安く仕上げるはずの『アヴァール戦記』なのに細密でカッコイイ「ファンタジー漫画」絵のコストを説明するために実際にアシスタントを駆使して描き上げたはいいけど、大赤字を出してしまうし、バケツ一個を買わなかったばかりに震災の漏水事故で呆然となるし、一言足りないばかりに時間とカネを大幅にロスしてしまったりもする。  さすがに震災の120万円もの被害について、自己責任というのはムチャだが、それすらも、中村珍の「ケチ→ギャフン」な宿命のように感じられてならない。先述のように、どこまでがリアルかは別の話としても......。  『羣青』という大きな連載が完結した今後、中村珍の『アヴァール』はより切実なものになるはずだ。秋に出る第2巻では一体どんなことになっているのだろうか? ファンである俺はヤキモキし、鬼畜な俺はワクワクしているよ。 (文=永山薫)
アヴァール戦記 1 評価はわかれますが。 amazon_associate_logo.jpg
■【コミック怪読流】バックナンバー 【第7回】 分からなくってもダイジョーブ! 脳内麻薬を噴出させる異常な漫画『女子攻兵』 【第6回】リアルより魅力的かもしれない虚構はリアルが旬のうちに味わうべし『AKB49~恋愛禁止条例~』 【第5回】とことんブレない! 幕末でもヤンキー! おまけに下品~加瀬あつし『ばくだん! 幕末男子』~ 【第4回】人気はSNSのお陰? これからが勝負の絶望的活劇漫画~諫山創『進撃の巨人』~ 【第3回】小さく産まれて大きく育った、お風呂漫画~ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』~ 【第2回】ホラー少女が鈍感力でライバルをなぎ倒す~椎名軽穂『君に届け』~ 【第1回】いっそゾンビな世の中に──花沢健吾『アイアムアヒーロー』

分からなくってもダイジョーブ! 脳内麻薬を噴出させる異常な漫画『女子攻兵』

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『女子攻兵 1』(新潮社)
マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第7回は松本次郎の『女子攻兵』です!  出ました! 松本次郎の『女子攻兵』(新潮社)第1巻! 帯に「本年度最狂のSFロボ戦記」というアオリ文句が躍る。確かに狂ってる。松本次郎が狂っているだけではなく、この漫画を「月刊コミック@バンチ」に掲載する編集部も、喜んで読んでる読者も、俺も完璧に狂ってる。  女子攻兵とは何か? ミニスカ・セーラー服&パンチラ付きの女子高生型巨大戦闘ロボットだ。しかも、その頭部に人間が搭乗して、操縦する。おまけに素材は超合金じゃなくって、バイオ系で、腹をブッタ斬られればハラワタが飛び出すし、オシッコだって洩らす。早い話が、エヴァンゲリオンとか『進撃の巨人』(諫山創、講談社)とかを女子高生にしたと思ってくれ。サイズを気にしなければそれなりにかわいいが、ギャルやビッチの成分もタップリなので、拒否反応を起こすウブな坊やも多いだろう。そういうのがパンツ丸出しでウジャウジャ出てくるから、苦手な人はどうぞ気分悪くなってください。  それで、お話の印象は、3Dゾンビ虐殺系対人シューティングゲームの感覚に近い。てゆーか、操作できない分、動画掲示板でおなじみのゲーム実況録画を見てる気分。殺伐としてて、出口がなくて、不条理で、その癖、脳内麻薬がジワジワと湧いてきて、病みつきになって、気がついたら小1時間モニターを眺めてたみたいな、そんな感覚。  この漫画に関していえば、背景とか、世界観とか、状況説明とかを求めても無駄。冒頭の前置き的なテキストなんてひどいもんだ。 未来――― 異次元空間に新天地を求めて移住した人々は地球からの分離独立をもとめて武装蜂起。 地球連合軍との間に異次元戦争が勃発。 戦線は拡大、長期化。 地球連合軍は戦局を打開するべく、従来兵器全ての攻撃を無効にする新兵器「女子攻兵」を戦線へ大量投入、大規模な攻勢へ転じようと画策していた。  ナニコレ?  意味分かんねーよ。  未来っていつの話? 異次元空間って? 地球連合軍って?  SF的な考証もなければ、時代背景も語られないし、政治的なアレコレも分からない。  けど、分からなくっても大丈夫。  そもそもゾンビ虐殺シューティングゲームの箱に書いてある解説を真剣に読む人がいるんだろうか? 「謎の彗星の接近により世界はゾンビで一杯になってしまった。生き残るために闘え!」  でオーライ。いや、ゲームシステムさえ把握できてりゃ充分で、物語なんかどうでもいいんじゃないのか?  かくして、読者はイキナリ的に『女子攻兵』の世界に投げ込まれる。ゲームマスター松本次郎は、「なんで!?」「どうして!?」という読者の悲鳴を、力業で圧殺し、強引に作品世界に引きずり込む。  このへんが漫画の強味だ。これが小説だったら、読者がリアリティを感じるように、それなりの世界観を文章で呈示し、物語内でのルールを解説しなければならない。それも説明的にではなく、自然と解るように書かないと、「前置き長いだけで、ツマンネエ」とか、ついこの間、字の読み方を覚えたような小僧にバカにされたりする。  漫画は世界をそのまま絵で表現できる。漫画は「絵」でそう描いちゃえば、「そーゆー世界」になってしまう。もちろん、説得力は必要だが、これは絵のうまい・ヘタはあまり関係がない。キレイ・キタナイも関係ない。恥ずかしげもなく自分の妄想を公開できる破廉恥力と、読者をねじ伏せる剛腕力が大事なのだ。  その点、松本次郎は完全にリミッターが外れている。仇討ちが公認される狂った近未来を描く松本次郎の代表作『フリージア』も実にイヤな作品だったが、今回はさらに突き抜けている。  物語のキモは女子攻兵乗りが遅かれ早かれ精神を汚染されるという一点に集中する。衣服が人格を規定し、形成する。軍服が軍人を作る。特攻服を着れば気分は夜露死苦だ。女子攻兵の中の人も女子高生化してしまう。ジェンダーと体格のアイデンティティーが崩壊する。  巨大な武装女子高生たちが、「聖名」と称する女子名(○○ちゃんとか)で互いを呼び合い、ケータイでメールをやりとりし、いかにもなギャルトークを繰り返す。それを本書では「ママゴト」と呼ぶ。  主人公、つまり読者視点の代理人であるタキガワ中尉は、ママゴトに参加することを拒否し、必死で「男」で「軍人」という「マトモ」な「自我」にしがみつき、「汚染」に抵抗する。女子高生化する部下を叱りつけるが、その最中にも部下のツネフサ兵長のケータイには存在しないはずの「彼氏」からメールが届く。 「貴様 作戦行動中はケータイは切っとけって言っただろ」  とキレそうになる中尉を別の部下ハラダがなだめにかかる。 「ツネフサセンパイに何言っても無駄ですよー だってヤキモチやいてダダこねてるだけだからー」  そのヤキモチの理由というのが、ハラダがケータイのストラップを中尉とお揃いにしたからだというのだ。 「ハラダだけぬけがけして中尉とお揃いにするなんて」 「ずるいよねー」  気が狂いそうな会話の中で、中尉は「自分だけは違う」と抗う。確かに部下達は一線を超えている。女子高生成り切り度がハンパではない。  しかし、精神汚染は着実に進行する。いや、そもそも女子高生型巨大ロボットなんてキワキワのキワモノを兵器として認めた時点で狂っている。しかもセーラー服に巨大携帯だ。汚染は「現実」をも侵犯する。中尉の電源を切ってあるはずの携帯にツキコと名乗る「親友」からのメールが着信する。とうとう汚染度がピークに達したのか? しかしメールはギャル文ではあるが戦場を正確に把握している者にしか書けない内容だ。中尉はその情報が作戦遂行上、有効であるというリアリズムに徹し、戦闘を続行する。  第1巻で中尉たちが狩る敵は分離独立派勢力ではない。精神汚染がピークに達し、軍の制御が効かなくなった女子攻兵たちだ。かつての同僚だった「マトモな」女子攻兵を殺戮し、食らいつき、融合し、デタラメな人体の集合体と化して、 「おかーさん ともだち たくさん できたよー」  とつぶやく。いやはや暴走したエヴァよりタチが悪いぜ。  これが女子攻兵の、そして同時に女子攻兵乗りたちの末路である。そうなる前に任務から外された女子攻兵乗りには、ラボに監禁され、モルモットにされ、切り刻まれる運命が待っている。  では、破滅が避けられないことが分かっていながら、彼らは女子攻兵と一体化することによって得られる全能感に中毒し、降りることができなくなる。  この悪夢めいた世界ではマトモな人間は一人としていない。中尉の上官である大佐は、中尉の能力を利用しようとしているくせに中尉を自殺に追い込もうとするが、それすらもジョークだとうそぶく。第1巻終盤に登場するCIA軍事顧問のオデコには「CIA」と書いてある。彼らの作戦会議は、タチの悪いジョークをぶつけ合う狂ったコントだ。『フリージア』ではまだ異常と正常の対比があったが、本作ではもうぐちゃぐちゃです。みなさん変すぎます。頭オカシイです。  松本次郎が捏造した醒めない悪夢のような世界は、その訳の解らなさ故に、読者を深読みと誤読のドロ沼に誘導する。  例えば、頭のイイ人なら 「訳の解らなさでは実は我々の住む現実世界とやらも大差がない。現実世界だって道理は通らないし、充分に不条理だし、至る所で狂気が渦巻いている。その意味で『女子攻兵』は現実世界を茶化した諷刺漫画だとも言えるだろうし、ほとほと現実に愛想が尽きた呪いの書として読むこともできるだろう」  と解釈するかもしれない。シニカルなオタクならば、 「『巨大女子高生の殺戮合戦すればエロくてグロくて面白い』という単純な思いつきがとんでもない変態作品を生んでしまったということですねwww」  とも苦笑するかもしれない。それぞれが好き勝手に解釈すればいいし、解釈しなくてもいい。  この先、どう転がっていくのかは不明だが、中尉の行く手にはさらに、訳の分からないイヤな世界が待っているようだ。  ともあれ、狂気をエンターテインメントとして享受できる人、脳ミソのタガを外したくなった人にはオススメしよう。イヤな脳内麻薬が出ることは間違いないからな。 (文=永山薫) ●永山薫(ながやま・かおる) 1954年、大阪府大東市出身。80年代初期から、エロ雑誌、サブカル誌を中心にライター、作家、漫画原作者、評論家、編集者として活動。1987年、福本義裕名義で書き下ろした長編評論『殺人者の科学』(作品社)で注目を集める。漫画評論家としてはエロ漫画の歴史と内実に切り込んだ『エロマンガ・スタディーズ』(イースト・プレス)、漫画界の現状を取材した編著『マンガ論争勃発』シリーズ(マイクロマガジン)があり。現在は雑誌『マンガ論争』(n3o)共同編集人、漫画系ニュースサイト『Comics OH』(http://oh-news.net/comic/)編集長を務める。
女子攻兵 1 乗りたいといえば、乗りたい。 amazon_associate_logo.jpg
■【コミック怪読流】バックナンバー 【第6回】リアルより魅力的かもしれない虚構はリアルが旬のうちに味わうべし『AKB49~恋愛禁止条例~』 【第5回】とことんブレない! 幕末でもヤンキー! おまけに下品~加瀬あつし『ばくだん! 幕末男子』~ 【第4回】人気はSNSのお陰? これからが勝負の絶望的活劇漫画~諫山創『進撃の巨人』~ 【第3回】小さく産まれて大きく育った、お風呂漫画~ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』~ 【第2回】ホラー少女が鈍感力でライバルをなぎ倒す~椎名軽穂『君に届け』~ 【第1回】いっそゾンビな世の中に──花沢健吾『アイアムアヒーロー』

リアルより魅力的かもしれない虚構はリアルが旬のうちに味わうべし『AKB49~恋愛禁止条例~』

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『AKB49~恋愛禁止条例~(4)』講談社
 AKB48がアニメになる!? 何ソレ? 今時「ピンクレディー物語 栄光の天使たち」デスカ! と思わずプチ切れたナガヤマです。  というのは冗談として、アニメ化するなら週マガで連載中の『AKB49~恋愛禁止条例~』(漫画:宮島礼吏、原作:元麻布ファクトリー・講談社)でしょう! と思ったのは俺だけではない(Twitterでつぶやいたら2~3人の賛同者がいた)。『AKB49~恋愛禁止条例~』ならば、選抜9人(アニメ48はメンバーからオーディションで声優を選ぶらしい)なんてケチなことは言わない。中心メンバーが次々とそれぞれの個性を活かした美味しい役で出てくるからだ。秋元康は何故、俺に相談しにこない(当たり前か)。  正直な話、最初の頃は『AKB49』なんて鼻で笑っていた。おいおい今時タイアップかよ。前世紀の「週刊明星」かよ。ピンクレディー物語かよ(しつこい)。  芸能界ものってツマンネェのが相場。唯一の例外が『シャイニング娘。』(師走の翁、ヒット出版社)だ。あれは面白いし、抜けるし、ファンとアイドルの共感幻想、共犯関係まで踏み込んだ傑作だ。成年コミックなので、お子様たちは18歳になったら読むといい。きっと一皮剥けるぞ。  というノリだったのに、なんとなく読んでるうちに、だんだん、面白くなってきたのである。  最近の男性向けマンガ誌。特にヤング○○系の雑誌の表紙とグラビアに注目すれば、AKB48の露出度が異常に高いことに気づくだろう。  いや、こないだ見たのはNotYetとかいうグループだったぜというオトーサン、それもAKBのユニットですから。  単体で、ユニットで、NMB48みたいな地方バージョンとかYN7とかYJ7とか雑誌企画のユニットとかAKB48にあらずんばアイドルにあらずという世界。しかも、総選挙だの、ジャンケン大会だので、人気(露出度とプレゼン力に左右される)と運という芸能界の力関係を透明化してしまうという面白さも。  おかげさまで全く興味がなかったはずなのに、いつの間にかものすごく気になっているのだ。  洗脳力がタダゴトではない。  どのくらいタダゴトでないのかといえば、先日とあるコンテンツ系のシンポジウムに潜り込んだらパネラーの先生が何を語っても最後がAKB48の分析になってしまって頭を抱えていたが、プロのメディア研究者が「ミイラ取りがミイラになる」くらいタダゴトではないのである。  もちろん、いい歳ぶっこいたオッサンである俺様がこともあろうに『AKB49』を面白く読めるようになったも、洗脳の賜物であろう。 「特定の情報を集中的に与えられた脳は否応なしに、その情報のレセプターを発達させ、脳内辞書(データベース)を充実させていく」  というのが俺の持論だ。大昔、中森明菜をネタに記事(「自宅でできる芸能レポーター」みたいなネタ記事)を書こうとずーっと調べたり、歌番組を見てるうちにホントに好きになって困ったことから思いついた仮説である。  ただ、そうした洗脳分をさっ引いても良くできた面白い漫画であることは保証しよう。  どんな漫画が全然説明してなかったので、ざっくり説明する。  同級生の女の子がAKBに憧れてて、オーディションを受けるってんで、応援してやろうと女装してオーディションに混ざっちゃったら自分も合格しちゃって、男のなのにAKBの研究生! というお話。  実際にAKB48の研究生になるには、それなりの手続があるはずだし、いくら女顔だって無理のある設定だが、そこはまあドリームということだ。  さっさと逃げればいいのに、主人公・浦山実は片想いの吉永寛子を見守るため、研究生・浦川みのりとして、ムリヤリな二重生活に突入する。  コミカルな要素はあるがコメディではない。ラブコメではあるが、キモはそこにはない。  吉永寛子をサポートするという理由は、男の子をAKB48に入れるための作られた必然でしかない。そもそも同性の「みのり」は寛子の恋愛対象たりえない。2人の間に友情は育っても、最初から「恋愛」の門は閉ざされている。「実=みのり」も当初の目的は堅持しつつも、研究生である自分にハマッていく。AKB48のすごさに痺れ、他の研究生との仲間意識とライヴァル意識が芽生え、チームの一員として、いやそれどころか、先輩方から見れば新世代リーダーと目されるほどの存在になっていく。  秋元康の理不尽とも言える試練、即ち「期限までにチケット1万円の研究生講演を満員にできないと全員クビ」とか、最近だと、みのりたちのユニット「GEKOKU嬢」を1カ月間工事現場で働かせたりとかの無理難題や、公演中の事故、急病、寛子の親バレなどなどを乗り越えて、みのりと研究生たちは成長を遂げる。  これは作画担当の宮島礼吏も認めるようにスポ根ものである。  元々芸能界は体育会体質だからスポ根的文脈に違和感はない。厳しい監督・コーチ(秋元康)がいて、厳しいけど優しい先輩(AKB48の正規メンバーたち)がいて、試練と成長と団結がある。  しかも、虚構のAKB48の美化が巧妙に行われている。単純に「可愛くて、根性があって」ではなく、ネガティブな部分も折り込んで美談に換える。例えば秋元才加の過去のゴシップも、「いくら謝っても謝りきれない」と練習に打ち込む才加の描写で昇華される。  リアルのAKB48をベースにした虚構のAKB48、すなわち漫画のキャラとして自立したAKB48はリアルよりも魅力的だ。  元麻布ファクトリーの虚実のコントロールが効いた脚本は見事だし、さらにその背後でGOサインを出しているあろうリアル秋元康の黒幕感も流石だと思う。  では、主人公は女装少年ではなく、弱いくせに一本筋が通っていて実は根性がある古典的なヒロインである寛子でもいいではないか?  『ガラスの仮面』アイドル・バージョンでいいじゃないか?  なんでわざわざ女装なのか?  もちろん、アイドル志願の女の子がヒロインでも、飛ぶ鳥を落とす勢いのAKB48である。それなりにアンケートは稼げただろう。  だが、寛子では週刊少年マガジンの想定する男子読者にとっては自己投影の度合いが低くなる。  本当は男である「浦川みのり」というアイドル候補生を置くことによって自己投影はたやすくなる。しかも「みのり」は女性っぽくふるまおうとはしない。ガサツだし、言葉遣いも「浦山実」と大差ない。ノリもまさに部活の新人なのだ。  ここでは、例えば『プラナスガール』のような男の娘漫画的な感覚、つまり異性装のエロチックな愉しみ、女装者に自己投影する倒錯的な快楽はない。  キモはあくまでもAKB48を魅力的に演出することに尽きる。  みのりは「研究生=未来の正規メンバー」に読者が自己投影し、最終的にはリアルAKB48と自己同一化とまでは行かなくとも、きわめて近しい位置にいるという幻想を持たせるための回路なのである。  すでに忘れられているかもしれないが、第1巻のプロローグでは近未来にビートルズを超え、世界的スターとなったAKB48の姿が描かれている。  しかし、そこには浦川みのりの姿はない。「あなたは知っているだろうか、彗星の如く現れ、彼女たちを世界のスターダムへと押し上げた 伝説の49人目......"神に推された"メンバーがいたことを──」と書かれている。  身も蓋もなく言ってしまえば、世界進出しようにも浦川みのりは正体をバラさないかぎりパスポートを取れないからだが、そうでもなくても、この作品を成功させ、リアルAKB48の人気に寄与することができれば回路の役目は終わる。  どこかで浦川みのりは消失しなければならない。  それを考えるとちょっと切なくなる俺は、かなり洗脳の度合いが進んでいるのだろう。困ったことだが。 (文=永山薫) ●永山薫(ながやま・かおる) 1954年、大阪府大東市出身。80年代初期から、エロ雑誌、サブカル誌を中心にライター、作家、漫画原作者、評論家、編集者として活動。1987年、福本義裕名義で書き下ろした長編評論『殺人者の科学』(作品社)で注目を集める。漫画評論家としてはエロ漫画の歴史と内実に切り込んだ『エロマンガ・スタディーズ』(イースト・プレス)、漫画界の現状を取材した編著『マンガ論争勃発』シリーズ(マイクロマガジン)があり。現在は雑誌『マンガ論争』(n3o)共同編集人、漫画系ニュースサイト『Comics OH』(http://oh-news.net/comic/)編集長を務める。
AKB49~恋愛禁止条例~(4) オーディション受けてみようか。 amazon_associate_logo.jpg
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とことんブレない! 幕末でもヤンキー! おまけに下品~加瀬あつし『ばくだん! 幕末男子』~

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『ばくだん! 幕末男子 1』(講談社)
マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第5回は加瀬あつし『ばくだん! 幕末男子』です!  最近やたらと目につくのがタイムスリップ物だ。  例えば漫画好きの間で評価が高い『信長協奏曲』(石井あゆみ)は成績の悪い(つまり歴史の知識が皆無)高校生が信長になっちゃうって話だ。  かつて『ジパング』において、イージス艦をミッドウェイ海戦直前の太平洋上に送ったかわぐちかいじの最新作は、ビートルズのコピーバンドがビートルズがデビュー前の日本にタイムスリップしてビートルズに成り代わっちゃう『僕はビートルズ』(原作・藤井哲夫)だ。かわぐちかいじってタイムスリップ好きだよねえ。他にも、『モテキ』の久保ミツロウの新作は3年前の自分にミニマム・スリップする『アゲイン!!』だし、6月に完結した『夢幻の軍艦大和』(本そういち)もそうだ。高校生が三国志の時代に......の『龍狼伝』『龍狼伝 中原繚乱編』(山原義人)も順調に巻数を増やしている。記憶に新しいところでは現代の医師が幕末に行っちゃう『JIN-仁-』(村上もとか)はドラマ化もされちゃう大ヒットだ。イチイチ挙げ始めるとキリがない。  こうしたタイムスリップ物のキモは、「あのとき、ああじゃなくこうしてたら歴史は変わったかもなあ?」、あるいは「歴史の教科書ではこうなってるけど実は......だったら面白いのに」って、歴史の授業の間につい余計なファンタジーに逃げる中高生的な発想だ。  まあ、普通のボンクラな高校生はそうした空想や妄想を「ははっ、ありえねぇ」と忘却して立派なボンクラ大学生やボンクラ社会人になるわけだが、まかり間違って漫画家になっちゃった場合、「おおっ、あのときの空想、使えるかも」となるワケですね。  この秋、俺が推薦したいタイムスリップ物を発表しよう。それが加瀬あつしの『ばくだん! 幕末男子』だ!  作者本人は『ばくだん!』のあとがきで、「幕末版『カメレオン』」と言い切っちゃてる。オールドファンならば「おおっ、そうか、分かった!」だろうが、イマドキの読者は分からない。だって、20世紀の漫画だもん。どんな作風なのか知りたければ漫喫なりなんなりで過去作を読めばいいんだけど、それすら面倒というアナタはトットとアンチョコを見るべしだ。 「一見典型的なダメ男である主人公が、類まれなる奇跡的な幸運と個性的な仲間の助け、そして本人の努力によって成り上がっていく展開が多い」(Wikipedia)  とWikiさんがサクッとまとめている通りだ。キーワードは「ヘタレ/ヤンキー/成り上がり/強運/下品/卑怯/憎めないバカ」で、『ばくだん!』も、そのまんまです。  主人公のマコちんことマコトこと安達真琴は転校デビューを狙うヘタレヤンキー。体の前面には無数の傷があり、それを看板にしているが、それも実は前の学校でのリンチの痕。タバコの火でも押しつけられたのかと思いきや、上半身裸にされて体に豆を撒かれ、周囲で「はとぽっぽ」を歌いながら、鳩についばませるという、底辺校ヤンキーの発想とはとても思えない創造性に富んだというか、よほど暇でないと思いつかないようなバカなリンチである。もちろん鳩山元首相への諷刺なんて含意はない。そんな下らないリンチを俺が受けたとしたら、一生モンのトラウマですよ。  でもマコちんは俺のような繊細なインテリじゃなくって、バカでお調子者でスケベという、どうしようもないダメ人間。あくまでもヤンキーをやめないし、主人公になりたい願望は人一倍だ。そんな大バカ野郎が、修学旅行先の京都で自分の肖像が印刷された千円札を拾ってしまう。チャチなオモチャではない。偽札? 悪戯? それとも、主役願望が天に通じてのお告げ? 「歴史に名を残せとでも......?」  かくしてその謎の千円札に導かれるままに(とゆーか他校の不良に追われて)、巻き添え食った幕女(歴女の中でも幕末ラブの女子)である高階蓮(たかしなれん)とともに、三条大橋から幕末の風雲渦巻く京へとタイムスリップしてしまうのだ。  スカジャン&ボンタン姿のマコトは到着早々、「異人かぶれの奸物」として攘夷浪士に天誅されそうになっちゃうのだが、ここでも「類まれなる奇跡的な幸運」に守られて、新選組局長・近藤勇の登場です。ここからが「類まれなる奇跡的な幸運」の乱れ打ち! 近藤勇に命を救われたくせに、ソッコーで裏切ろうとするマコトくんだが、本人の計略が裏目に出て、近藤の命を救ってしまい、一目置かれる存在になってしまい、ついには新選組の隊士になってしまうのだ。そんなメッキがすぐ剥げるのが普通の漫画。「そんなバカな!?」的奇跡の連続で、沖田総司との手合わせも、土方歳三から暗殺指令を受けた斎藤一の凶刃からも逃れてしまうのである。これってどこまで続く綱渡り? 謎の千円札によって将来の大人物になることは担保されている。後世、千円札の肖像画になるとなれば、伊藤博文に代表されるが如く、維新の元勲、つまり勝ち組でないと話にならない。ということは、マコト君の作る未来とは幕府側勝ち組の世界か、途中で寝返るかのどちらかだろう。と思ってたら、加瀬あつしは甘くない。問題の千円札は肖像が薄くなったり、全然別の図柄になったりしてくれる。つまり、必ずしも確定された未来を指し示しているわけではないのだ。マコト君はこのまま新選組で成り上がっていくのか? 土方歳三との確執は? 今のところ活躍していないが、物語の鍵を握ってそうな男装の女剣士・山南敬助と幕女の蓮がどう動くのか?  歴史に「IF」を挿入するのがタイムスリップ物の見せ場だが、これだけ「IF」だらけというのも珍しい。どう考えてもとんでもない「歴史」が描かれることになるのは間違いない。現代のヤンキーは歴史を作ったりできないが、幕末ならば活躍の余地がある。可能な限り、バカで下品でぶっ飛んだ歴史改変に挑んでいただきたい。  しかし、一番スゲェのは加瀬あつしのブレなさである。いや、ブレないにも程がある! マコト君どころか、新選組の面々も攘夷派の連中も、ほぼ全員がヤンキーという時代劇コスプレ・ヤンキー漫画だし、どーしよーもなく無理やりなオヤジダジャレも、やたらチンポをおっ立てる下品さも健在なり。本気になったオッサンのパワーにひれ伏せ! (文=永山薫) ●ながやま・かおる 1954年、大阪府大東市出身。80年代初期から、エロ雑誌、サブカル誌を中心にライター、作家、漫画原作者、評論家、編集者として活動。1987年、福本義裕名義で書き下ろした長編評論『殺人者の科学』(作品社)で注目を集める。漫画評論家としてはエロ漫画の歴史と内実に切り込んだ『エロマンガ・スタディーズ』(イースト・プレス)、漫画界の現状を取材した『マンガ論争勃発』シリーズ(昼間たかしとの共編著・マイクロマガジン)、『マンガ論争3.0』(n3o)などの著作がある。
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