愛知県「ジブリパーク」裏の狙いは宮崎駿の“ディズニー化”!?「宮崎駿の銅像も……」

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 スタジオジブリの協力を受け、アニメーション映画監督の宮崎駿が描いた『となりのトトロ』などの作品の世界観をテーマにしたテーマパーク「ジブリパーク」が、愛知県長久手市にある愛・地球博記念公園敷地内に整備される。すでにこの公園には2005年に開催された愛知万博のパビリオンのひとつだった「サツキとメイの家」があるが、これらの施設を拡大させ、20年代初めのオープンを目指すとしている。  そんなテーマパークだが、その裏には大きな目的があるという。 「宮崎駿氏をウォルト・ディズニー氏のような後世に残る偉人にする狙いがあるんです。東京ディズニーランドやディズニーシーのように、映画の世界観をアトラクションに反映させて人々を楽しませる。そういうテーマパークをつくろうとしているようです」(映画関係者)  宮崎氏もすでに76歳。オープンする頃には80歳を超えてしまうことになるのだが、そのテーマパーク内には、宮崎氏の銅像も設置される予定だという。  前出の映画関係者は「銅像ができることすらまだ内密にされており、公表されていませんが、その銅像をジブリパークの名物にしたいようです。東京ディズニーランドではワールドバザールの大屋根をくぐると、ちょうど目の前にシンデレラ城とウォルト・ディズニー氏の銅像が目に飛び込んできます。イメージはあんな感じです。ウォルト・ディズニー氏とミッキーが手をつないでいる銅像の前に立つと、背景にはシンデレラ城が写り、まさに記念撮影にぴったりの場所となっています。そんな場所をジブリのテーマパーク内にも設けようとしています。つまり名物になるようなレガシーがあれば、宮崎氏の存在も後世に残るという考えです。これまでの功績をたたえる意味でも欠かせないものとなりそうなんです」と話す。  テーマパークが完成するまで、まだまだ時間はかかりそうだが、どんなアトラクションや公園施設ができるのか。そして、どんな銅像ができるのか、大いに注目されそうだ。

愛知県「ジブリパーク」裏の狙いは宮崎駿の“ディズニー化”!?「宮崎駿の銅像も……」

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 スタジオジブリの協力を受け、アニメーション映画監督の宮崎駿が描いた『となりのトトロ』などの作品の世界観をテーマにしたテーマパーク「ジブリパーク」が、愛知県長久手市にある愛・地球博記念公園敷地内に整備される。すでにこの公園には2005年に開催された愛知万博のパビリオンのひとつだった「サツキとメイの家」があるが、これらの施設を拡大させ、20年代初めのオープンを目指すとしている。  そんなテーマパークだが、その裏には大きな目的があるという。 「宮崎駿氏をウォルト・ディズニー氏のような後世に残る偉人にする狙いがあるんです。東京ディズニーランドやディズニーシーのように、映画の世界観をアトラクションに反映させて人々を楽しませる。そういうテーマパークをつくろうとしているようです」(映画関係者)  宮崎氏もすでに76歳。オープンする頃には80歳を超えてしまうことになるのだが、そのテーマパーク内には、宮崎氏の銅像も設置される予定だという。  前出の映画関係者は「銅像ができることすらまだ内密にされており、公表されていませんが、その銅像をジブリパークの名物にしたいようです。東京ディズニーランドではワールドバザールの大屋根をくぐると、ちょうど目の前にシンデレラ城とウォルト・ディズニー氏の銅像が目に飛び込んできます。イメージはあんな感じです。ウォルト・ディズニー氏とミッキーが手をつないでいる銅像の前に立つと、背景にはシンデレラ城が写り、まさに記念撮影にぴったりの場所となっています。そんな場所をジブリのテーマパーク内にも設けようとしています。つまり名物になるようなレガシーがあれば、宮崎氏の存在も後世に残るという考えです。これまでの功績をたたえる意味でも欠かせないものとなりそうなんです」と話す。  テーマパークが完成するまで、まだまだ時間はかかりそうだが、どんなアトラクションや公園施設ができるのか。そして、どんな銅像ができるのか、大いに注目されそうだ。

ビジネス派か、クリエーター派か……御大・宮崎駿の引退で激化するジブリ“跡目争い”

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『風立ちぬ』公式サイトより
 9月6日に引退会見を行った宮崎駿監督だが、この影響でスタジオジブリの跡目騒動が浮上している。  ジブリは以前から、アニメ制作の技術者が鈴木敏夫プロデューサーに付く「クリエイター派」、作品から派生する利権をうまく売る営業系が星野康二社長に付く「ビジネス派」の二大派閥化がささやかれていたが、「カリスマの引退で最悪、分裂する可能性もある」という関係者の話がある。 「もともとジブリは宮崎監督と高畑勲監督、鈴木さんたちクリエイター系の方々が『自分たちの作品作りを楽しむ』と始めた会社で、企業としての拡大は狙っていたものではなかったですし、天才肌の宮崎監督がなんでもトップダウンで決めてきた社風もあって、クリエイターとしての後継者を育てるような感覚が希薄でした。そこでビジネス派が幅を利かしていたので、今後は亀裂が深まると思います」(同)  実際、星野社長はウォルト・ディズニー・ジャパン出身の人脈を生かし、海外へ作品を売る道筋をつけたり、著作権事業を軌道に乗せ、現在のジブリの主導権を握っている人物ともいわれる。ただ「今回、引退会見を仕掛けたのは、鈴木プロデューサー」と関係者。 「何しろ宮崎さんは、鈴木さんの憲法9条発言をかばうために過激な発言をしたほど、両者の信頼関係は鉄壁。今後の鈴木さんの立場を尊重したわけです。ビジネス派への牽制と見ることもできるんです」(同)  宮崎御大は今後も一部の事業には携わっていくという姿勢を見せてはいるが、それだけビジネス派の勢いに警戒感があるということか。 「クリエイター派は製作スタッフの意向を汲んで、毎作品30億円もの予算を割いてきましたが、堅実な星野社長なら“無駄を省く”として削減に傾くのは間違いない。社内で出世したい連中も当然、星野社長寄りなので、肩身が狭くなるクリエイター派が“自分らでやろう”と抜ける可能性だって否定はできない」(同)  一説にはクリエイター派の有力役員が宮崎監督の息子、吾郎氏を担ごうとしたこともあったというが、当の本人が「経営には興味がない」と涼しい顔で返されたともいわれる。また、そんな内紛の予感を察してか、ジブリ傘下のアニメーターらに対して、別の大手制作会社が引き抜きに動いているという話も聞かれるほどだ。  渦中のジブリの若いアニメーターを直撃すると「跡目騒動? 自分には分かりません。いま準備している企画がたくさんありますし、作品に取り掛かっていることで精いっぱい」と内紛は否定したが、作れば大ヒットのジブリ・ブランドだけに内乱の“風立ちぬ”とならないことを祈りたい。 (文=鈴木雅久)

「引退なんかしません、彼は生涯やりますよ」 恩人が語っていた宮崎駿引退宣言の真相

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『プロフェッショナル 仕事の流儀スペシャル 宮崎 駿の仕事』
 9月1日、第70回ベネチア国際映画祭の公式会見でスタジオジブリの星野康二社長が明かした、宮崎駿監督引退の発表。新聞・テレビなどが大きく報じ、本日9月6日14時からは引退記者会見が行われることとなっている。一方で、今回の引退宣言について、アニメファンからは「またか」の声もあがっているのだ。  公式会見の席上で星野社長は「『風立ちぬ』を最後に宮崎監督は長編映画の製作から引退することを決めました」と発言し、監督から退くことを明らかにした。  これを受けて、新聞・テレビでは引退を惜しむ声も挙がっているが、一方でアニメファンからは「またか」「2年ぶり三度目」「引退後の監督作に期待」と引退を本気ととらない声も多数寄せられているのだ。  というのも、宮崎監督はこれまでも何度も引退をほのめかす発言を繰り返しているからだ。  1997年公開の『もののけ姫』の際には、制作中から「最後の作品になる」と口にして引退が取りざたされた。約14万枚にわたる原画・動画に自ら手を入れる過酷な作業が限界を感じさせたからだ。しかし、完成後には「区切りがついていない、何も納得していない自分に気付いた」と発言し、2001年の『千と千尋の神隠し』を制作している。『もののけ姫』公開直前の週刊誌『AERA』1997年7月21日号では「日本アニメ界の「巨匠」の最新作は、最終作でもある」と同作を紹介。取材に答えた宮崎監督は 「今は老害寸前。老害っていうのは、仕事をいくらでもできると思い込むことなんです。生涯この仕事をやって机にうつぶして死ぬんだって言うようになったら、かなりまずい。それに、私がしがみついていては、アニメ界で若者が育たない」  と発言しているのに、である。  この引退宣言を明確に撤回したのは1998年の淀川長治賞授賞式でのことだ。この席で宮崎監督は前年の引退宣言に対して「『引退』は、つい言ってしまったこと」と公式に撤回を宣言。 「こっちは、この作品を果たして完成できるのかという本当に追いつめられた状態だった。なのに、『次の作品は?』なんて聞かれるので、『次はない!』と言っちゃった。アニメーターとしてはもう年ですが、ほかの形でこれからもやれることをやっていきたい」  と、述べているのだ(1998年4月3日「朝日新聞」夕刊)。  作品ごとに全力を注ぎこみ燃え尽きるが、しばらくたつと再び制作意欲がわき上がってくることを宮崎監督は繰り返してきたのだ。  一般にはまだ無名だった宮崎駿の才能を見いだし『風の谷のナウシカ』の製作、スタジオジブリの設立にも関わった「恩人」である故・徳間康快氏(徳間書店初代社長)は『もののけ姫』完成後の引退騒動の過程で取材に対して、次のように答えている。 「引退なんかしません、彼は生涯やりますよ」(1998年4月1日「毎日新聞」朝刊) 『もののけ姫』完成後の引退宣言の背景には、金を回収しなければいけない状況から解放されて、好きな作品をつくりたいのではないかとの説も取りざたされた。同作の完成後、宮崎駿がジブリを退社し(その後復帰)、著作権管理会社「二馬力」を設立したのもそのためだったとされている。  今回、これまでにない公式の場での発言によって宮崎監督は、本当に重圧から解放されたはずだ。「公開すればヒットする大作」の監督から引退を宣言した宮崎監督。引退記者会見でどういった発言をするか注目が集まっているが、これからの作品に、さらに期待したい。 (文=昼間 たかし)

スタジオジブリはもう死に体!? 関係者も嘆く国民的アニメスタジオの危機

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原作の『コクリコ坂から』
──宮崎駿監督の実子である宮崎吾朗氏が監督を務め、物議をかもした『ゲド戦記』から早5年。吾朗監督の新作『コクリコ坂から』が公開された。駿パパとのタッグで作り上げた本作は、またも酷評の嵐になるのか? それともスタジオジブリ新時代の到来を告げる嚆矢となるのだろうか!?  日本アニメ界が世界に誇るアニメーション監督・宮崎駿。その愛息・宮崎吾朗が初監督作品『ゲド戦記』を発表した2006年からちょうど5年。待望の第2回監督作品『コクリコ坂から』が、今月16日より全国東宝系にて封切られた。  いわゆるアニメファン向けの"アニメ"とは一線を画し、国民的アニメ映画の供給源として確固たる地位を築き上げているスタジオジブリ(以下、ジブリ)。吾朗氏が監督、脚本(丹羽圭子と共作)を一手に手掛け、鈴木敏夫プロデューサーが提案した「主人公・アレンによる父殺し」というセンセーショナルなアニメオリジナルのエピソードに話題が集中した問題作『ゲド戦記』に続く新作ということで、本記事が世に出ている頃にはすでに劇場に足を運んだ読者もいるだろう。  話題作を継続的に発表し続けるジブリだが、かねてよりいくつかの問題点が指摘されている。  85年より宮崎駿と盟友・高畑勲を中心として、アニメ制作を行ってきたジブリが、これまでに発表した長編アニメ映画は17作。そのうち、2人が監督した作品は12作に上る。  高畑勲の作風は、『火垂るの墓』(88年)『おもひでぽろぽろ』(91年)に代表されるような、重く地味なものが多く、かと思えばファミリー向けに制作された『ホーホケキョ となりの山田くん』(99年)は記録的な客の不入りとなり、公開翌年の00年度2月期決算では21億円の特別損失を計上するという壊滅的な結果を生んでしまった。
「プレミアサイゾー」で続きを読む