"三億円事件"の真相を解き明かす! 桜タブーに挑んだ『ロストクライム』

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1968年府中市で起きた"昭和最大のミステリー"三億円事件。
映画『ロストクライム 閃光』は犯人像、三億円の行方について具体的に迫る。
(c)2010「ロストクライム-閃光-」製作委員会
 伊藤俊也監督の『ロストクライム 閃光』は、1968年12月10日に起きた未解決事件"3億円事件"を題材にした迫真のサスペンスだ。3億円事件は白バイ警官に変装した犯人が現金輸送車にダイナマイトに見せかけた発煙筒を仕掛け、現金輸送車ごと持ち去るという大胆かつ鮮やかな手口で日本中を沸き返らせた。東京芝浦電機(現・東芝)の府中工場の従業員たちに手渡されるはずだった3億円は、現在の貨幣価値にすると30億円になるとも言われている。奪われた3億円は保険で補填されたため、従業員たちへのボーナスは翌日には届けられた。給料の銀行振込は3億円事件がきっかけで進んだとされている。また、現金を奪った際に誰も傷つけず、正確な被害額が2億9430万円だったことから"憎しみのない犯罪"と形容されてきた。だが、"憎しみのない犯罪"など存在するのだろうか。『女囚701号 さそり』(72)シリーズをはじめ、『犬神の悪霊』(77)、『誘拐報道』(82)、『プライド 運命の瞬間』(98)と体制側からの見解や社会の常識に対して常に反対の立場から映画を撮り続けてきた伊藤監督は、この"憎しみのない犯罪"に対して疑問を投げ掛けている。  3億円事件には被害者がいないと言われてきたが、これは大きな間違い。事件発生から1年後の69年12月に毎日新聞が「3億円事件に重要参考人」の勇み足スクープを報じ、この報道に釣られる形で警察は府中市在住の元運転手Kさんに対し、任意同行を求めた。このことから各マスコミは競って、Kさんを顔写真付きの実名で報道。事件の4日前に銀行に送られてきた脅迫状の切手に付着していた唾液の血液型とKさんの血液型が同じB型だったこと、運転に手慣れていたこと、タイプライターが使えたことなどの理由から疑われたが、翌日には事件当日のアリバイが証明され釈放された。しかし、その後もマスコミは3億円事件の特集を組む度にKさんをカメラで追い、コメントを求め続けた。このことからKさん一家は離散。Kさんは精神不安定となり、流浪の生活を送った。そして08年9月に放浪先の沖縄で自殺を遂げている。  「死は美しい」という言葉を残したのは、立川の不良少年グループのリーダー格だった19歳の少年Sだ。彼も3億円事件を語る上で欠かせない。父親が白バイ警官であり、事件現場から近い立川市周辺での車の窃盗歴があることから、事件直後から重要参考人として捜査線に浮かんでいた。しかし、事件から5日後に「死は美しい」という書き置きを残し、国立市の自宅で青酸カリにより服毒死している。自宅には少年Sの両親しかおらず、本当に自殺だったのかは闇に閉ざされたままだ。少年Sが死んだことで、警察側の士気は一気に下がったという。
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ベテランの片桐刑事(奥田瑛二)と新人の片桐
刑事(渡辺大)は、"三億円事件"に取り憑
かれたように真相を追っていく。
 警察側の捜査にも謎が多い。事件発生から4カ月後になって、手詰まり状態を打破するために"捜査の神様"と称された平塚八兵衛刑事を捜査に参加させる。平塚刑事は「吉展ちゃん誘拐事件」の真犯人を自白させた鬼刑事として知られ、警察側はメンツを守るために遅ればせながら切り札を投入した形だった。だが、平塚刑事は3億円事件=単独犯説に固執し、グループ犯行説の可能性を切り捨て、捜査の幅を狭めている。結局、捜査は迷走を続け、平塚刑事は75年3月に定年退職、同年12月に3億円事件は時効を迎えた。7年間に及ぶ捜査で容疑者リストは11万人に上り、捜査費用は被害金額の3倍となる9億円を要した。  原作小説『閃光』(角川書店)の中で、ジャーナリストでもある原作者・永瀬隼介氏は、3億円事件=グループ犯行説と仮定し、警察側には事件の真相を明かすことのできない特殊な事情があったのではないかと推定している。事件が起きた68年は10月に新宿騒乱事件が起きるなど、学生運動がもっとも熱く激しかった時代。運動に加わっていた当時の学生たちは、チェ・ゲバラがキューバ革命を成功させたように日本でも革命が起きると信じていた。対する警察は国家の治安を守ることが最大の任務。警察の威信を揺るがしかねない"3億円事件"の真相は、警察タブー(桜タブー)として秘密裡に封印されたのではないかというのが永瀬氏の推理だ。  映画『ロストクライム』では定年退職を間近に控えたベテラン刑事・滝口(奥田瑛二)は野心家の新人刑事・片桐(渡辺大)と組んで、すでに時効となっている3億円事件の真相に迫る。ある意味、伊藤監督による超シリアス版『時効警察』である。時効はとっくに過ぎたものの、3億円事件は否応なく事件に関わってしまった人たちの人生を大きく変えてしまったのだ。2人の刑事は3億円事件の真犯人を挙げることで己の虚栄心を満たそうという考えから、やがて3億円事件によって人生を台無しにされてしまった人々の無念、怨念を晴らすことに全力を注ぐことになる。だが、正義感に突き動かされた2人の行動は、身内であるはずの警察側の"組織防衛"という名の分厚い壁によってさえぎられてしまう。  当然だが、『ロストクライム』にはコメディドラマ『時効警察』のような明るいエンディングは待っていない。人々が抱き続けた無念、怨念、後悔の念は40年以上の歳月を経て、より深まり、ドロドロの底なし沼と化している。2人の刑事はミイラ取りがミイラになる覚悟で、底なし沼にズブズブと足を踏み入れる。この底なし沼は想像以上に深い。後戻りができなくなってしまった2人は、果たして底なし沼から無事に生還できるのだろうか。 (文=長野辰次) lostcrime03.jpg 『ロストクライム 閃光』 原作/永瀬隼介 監督/伊藤俊也 出演/渡辺大、奥田瑛二、川村ゆきえ 武田真治、かたせ梨乃、宅麻伸、原田芳雄、夏八木勲 配給/角川映画 7月3日(土)より角川シネマ新宿、有楽町スバル座ほか全国ロードショー <http://www.lostcrime.jp/>
閃光 真実は闇の中。 amazon_associate_logo.jpg
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闘争本能を呼び覚ませ! スクリーンで繰り広げられる男たちの熱きバトル

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(c)2010『アウトレイジ』製作委員会
 4年に一度、最強の男たちがピッチ上で演じるガチンコの戦いと言えば、もちろんFIFAワールドカップ。そして、映画館のスクリーンにも男たちの熱いバトルが久しぶりに帰ってきた。  まずは、現在公開中の北野武監督作品『アウトレイジ』。監督デビュー作『その男、凶暴につき』(89)以来、初期作品群で特徴的だったバイオレンスの原点に回帰し、巨大な暴力団の内部でヤクザ同士が繰り広げる権力闘争を描く。  「全員悪人」というキャッチコピーの通り、弱肉強食の世界に生きる男には、正義も友情も理性も不要。「親子」「兄弟」の仁義に縛られながらも、ナメられれば逆上し、下克上の好機には暴走する。  「度を超した怒り・狂気」といった意味のタイトルが示すように、闘争本能をむき出しにしたヤクザたちは狂犬そのもの。カッター、菜箸、歯科の治療器具などを使った残虐シーンには、身近な道具ならではの痛々しさと意外性から来るおかしさが奇妙に同居する。張り詰めた過激な描写の後に、ふふっと笑わせるショットをつなぐ巧みな編集のおかげもあり、不思議な爽快感が残る娯楽作だ。  次に紹介するのは、6月26日より公開されるジャン=クロード・バン・ダム主演の『ユニバーサル・ソルジャー:リジェネレーション』。1992年に大ヒットしたSFアクション『ユニバーサル・ソルジャー』の「正統な続編」と位置づけられ、軍が極秘開発した蘇生技術で誕生した最強兵士たちによる戦いという基本コンセプトが、現代の設定でよみがえった。  最先端の兵士再生プログラム「NGU」(次世代型ユニソル)による超兵士(アンドレイ・アルロフスキー)を手に入れたチェチェン民族主義のテロリストが、ロシア首相の子息を誘拐し、チェルノブイリ原子力発電所を占拠。人間性を取り戻すリハビリを受けていた初期型ユニソルのリュック(バン・ダム)は、人質救出とテロ殲滅の命を受け、立ちはだかるNGUと、冷凍保存から目覚めた旧敵スコット(ドルフ・ラングレン)との対決に臨む。  CGやワイヤーアクションなど見た目の派手さに頼りがちな昨今のSFアクション映画と異なり、本物の格闘家たちによる対決が、オリジナルと同様に今作でも見どころ。共に空手の達人であるバン・ダムとラングレンによる前作でのライバル同士が再び相まみえることに加え、総合格闘家のアルロフスキーが新たに参戦。  スリリングなカーチェイスやガンアクション、爆発シーンもあるが、やはり殴る、蹴るというシンプルな攻撃で相手を「破壊」する壮絶な肉弾戦は、何にも代え難い興奮を観客にもたらす。『その男ヴァン・ダム』(08)同様、中年アクション・ヒーローの哀愁をバン・ダムが自虐ネタっぽく醸し出している点も、作品のいいスパイスになっている。  平和な日常の暮らしの中で眠っている闘争本能を呼び覚ましてくれる二本。暑さが本格化する夏を前に、ガツンと刺激が欲しいという人におすすめしたい。 (文=eiga.com編集スタッフ・高森郁哉) 『アウトレイジ』作品情報 <http://eiga.com/movie/55127/> 『アウトレイジ』北野武監督 インタビュー <http://eiga.com/movie/55127/special/2/> 『ユニバーサル・ソルジャー:リジェネレーション』作品情報 <http://eiga.com/movie/55285/>
その男、凶暴につき 触るなキケン! amazon_associate_logo.jpg
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吉田恵輔監督の溢れ出すフェチ感覚!「焼肉を焼く女子の髪の匂いに惹かれる」

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塚本晋也組で長年、照明を担当していた吉田恵輔監督。
「塚本監督には鍛えられましたね。塚本監督はロケハン段階から、すごく厳しい。
その影響で、ボクも現場ではうるさい人間なんです」
 すべての男子が気になって気になって仕方がない存在、それは"女子校生"! 日本映画界期待の新鋭・吉田恵輔監督は、仲里依紗と宮迫博之がW主演した『純喫茶磯辺』(08)、ゆうばりファンタスティック映画祭オフシアター部門グランプリを受賞した『なま夏』(06)、劇場デビュー作『机のなかみ』(07)と、どの作品も見事なほど"女子校生とオジさん"がモチーフになっている。最新作『さんかく』はAKB48の小野恵令奈が初ヒロインを飾った、ちょっと痛い恋愛コメディ。小悪魔的な魅力を振りまく女子中学生・桃(小野恵令奈)に翻弄される30男・百瀬(高岡蒼甫)と桃の姉・佳代(田畑智子)の3人が織りなす恋愛トライアングルストーリーなのだ。"えれぴょん"こと小野恵令奈のピチピチした健康的なお色気には、百瀬ならずとも男なら誰しもバタバタと悶え苦しむはず。エロ目線で女子校生を追いかけつつ、ダメダメな人々の生態をチャーミングに描く天才・吉田監督のユニークなフェティッシュ観を聞きほじったぞ。 ──『なま夏』『机のなかみ』『純喫茶磯辺』、そして新作『さんかく』と、どの作品も傑作コメディですね。自分の才能が怖くなりませんか? 吉田恵輔監督(以下、吉田) まぁ、それは観た人によって印象は違うんじゃないですか(笑)。でも、自分では気に入った作品が作れているなとは思います。人様の評価は分からないけど、まず自分が恥ずかしくないものを作れればいいなと思ってます。この間、『崖の上のポニョ』(08)を撮った宮崎駿監督のドキュメンタリー(『宮崎駿の仕事』)を観ていたら、宮崎監督がまったく同じことを言ってたんです。「とにかく、恥ずかしくないものを作りたい」と。「その通り!」と思いました(笑)。 ──気分は、もう巨匠・宮崎駿と同レベル? 吉田 宮崎監督と言えば、神様みたいな存在だと思ってたんですが、意外とちっちゃいことで悩んでいるし、スタッフに八つ当たりしてる。「あぁ、自分と変わらないなぁ」と思ったんです。
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中学・高校時代はヤンキーだったという吉田監督。
「200万円かけてバイクを改造しました。自分
はカッコいいつもりだったけど、ご近所は
うるさくて大迷惑だったでしょうね」
──巨匠の偉大さではなく、器の小ささに共感した? 吉田 そうです。でも同時に不安にもなりました。自分は小さなことで悩んでいるけど、いつかは解消されるのだろうと思ってたんですが、日本でいちばんの巨匠が小さいことで悩んでいる。あぁ、これはダメだなぁ。悩みは一生付いてくるんだなぁと。 ──宮崎監督と同じように、吉田監督も一貫して少女を撮り続けているという共通項が......。 吉田 いや、ボクは別に狙っているわけじゃないんです。女子校生以外のシナリオもいろいろ書いているんですよ。まだ映画化されてないだけで。でも、なぜか映画化されるのは少女とオジさんの話ばかりなんです(苦笑)。『純喫茶磯辺』の後に違った路線のものを撮る予定だったんですが、映画会社のムービーアイが倒産してしまって、『さんかく』が先に完成したんです。いくつかあった企画の中で、本当は『さんかく』が映画になるかどうかいちばん危ない内容だったんですけどね。 ──下手したら、カン違い野郎の犯罪ストーリーになりかねないストーリー。 吉田 そうそう(笑)。脚本だけ読むと、百瀬はいくらでも変態っぽい気持ち悪いキャラになっていた。けっこう賭けでした。高岡蒼甫くんが百瀬を演じてくれたことで、映画として悪くないぞというものになりましたね。 ──ひとつ屋根の下で暮らすことになった桃に対する百瀬の目線が妙にエロいですよ。 吉田 最初はそんなにエロいものを考えてなかった。もっとコメディコメディしたものになるはずだったんです。でも、小野(恵令奈)ちゃんが妙に肉々しい感じがして、撮るものが変わっていったように思いますね。そのつもりがなくても、何となくそうなってしまった(笑)。
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30歳のダメ男・百瀬(高岡蒼甫)と恋人・
佳代(田畑智子)とその妹・桃(小野恵令奈)
の恋愛トライアングル。笑えるけど、当事者の
立場に立つと「こりゃ、辛いわ~」とシミ
ジミしてしまうディープな人間ドラマでも
あるのだ。(c)2010「さんかく」製作委員会
──風呂上がりの桃の髪の匂いを嗅いだり、足の裏に刺さった画鋲を取ってあげたり、百瀬のフェティッシュさが満載じゃないですか。 吉田 確かにそうですね。なんで、そんなシーンばっかり自分は書いたんだろう? よく分からないですけど(笑)。でも、焼肉屋に行くと、よく女の子が「いやーん、髪の毛が焼肉臭くなっちゃったぁ」なんて自分の髪を嗅ぐ仕草を見ると、「あぁ、オレにも嗅がせてくれれば、ときめくのになぁ」と思っちゃいますね。まぁ、実際には嗅がせてもらいませんけど(笑)。百瀬のやってることは、日頃、自分が考えていることですね。 ──これまでの吉田監督作品の主人公は、監督の分身のようですね。 吉田 まったく、その通りです(笑)。でも百瀬だけじゃなくて、田畑智子さんが演じた桃の姉・佳代も自分の分身ですね。『純喫茶磯辺』で言えば、宮迫さんもそうだし、仲里依紗もボクの分身。2人を振り回す麻生久美子さんの役が今回の場合は小野ちゃんですね。 ──AKB48の小野恵令奈が生き生きとした立ち振る舞い。吉田監督からの"小悪魔"的な演出もあった? 吉田 いや、「今回の桃は、こういうキャラクターに」みたいな演出はほとんどしてないですね。演出したというより、キャラクターに合った女の子を見つけてきたって感じですね。ふだんから、小野ちゃんは生々しい感じがするように感じたんです。あまり芸能人っぽくないというか。仲里依紗のときもそうでしたが、こーゆータイプの女の子はネコと同じで、向こうからエサを食べにくるのをじっと待つみたいな感じですね。 ──あぁ、仲里依紗も小野恵令奈も、キレイなお人形さんタイプじゃなくて、奔放な生命力を感じさせるタイプですね。 吉田 そうなんです。撮影中はそりゃ楽しかったですよ。もう完全に百瀬目線になっていましたから。順撮りで撮影していたんですが、百瀬と佳代が同棲するアパートを桃が去るシーンを撮った後は、監督であるボクがしばらく焦燥感に駆られていましたから(苦笑)。ほんと、桃ちゃんみたいなタイプの子がいたら、ボクはときめくし、でも執着心の強い佳代みたいな女性も「めんどくさいな」と思いつつも、やっぱりいいかもと感じている部分があるわけなんです。 ──めんどくさいんだけど、そこがまたちょっと愛らしいかも、という吉田監督の独特の恋愛観が作品の後半で展開されていきます。 吉田 うん、何故かよく当たるんですよ、そーゆー女性に(笑)。なんか、プライベートで面倒くさい女の子、仲間うちの評判の良くない女の子と付き合ってしまうんですよ。どうもダメな人が寄ってきてしまう。ボクも相当ハズレだと思うんですけど、ハズレ同士でクジを引き合ってしまうんですかね(笑)。
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田舎で暮らす中学3年生の桃(小野恵令奈)
は、姉・佳代が恋人・百瀬と同棲する
東京のアパートでひと夏過ごすことに。
桃の放つフレッシュなお色気がたまらんです。
──噂の女の子と付き合ってみて、「あれ、噂とは違うじゃん」みたいな意外な一面に惹かれる? 吉田 いやー、「やっぱり噂通りだ、いや噂以上だな」ということが多いですね(笑)。でも、それさえも、愛おしく感じる時期があって、次第に「うーん、やっぱり無理!」となってしまう(苦笑)。多分、元カノがボクの映画を観たら「あっ、これって私のことじゃん」と思うでしょうね。名前も使ったりしています。まぁ、映画に出てくるキャラクターは何人かの集合体なんですけどね。 ──『純喫茶磯辺』は宝くじが当たって店を開いたけど、あっという間に潰れてしまった実在のカフェのエピソードがベースだそうですね。『さんかく』も現実のエピソードが織り交ぜてある? 吉田 えぇ、さすがに付き合っている彼女の妹に手を出したことはないですけど、彼女の女友達に興味が向いてしまうなんてことはありますよね。そういうボク自身の実体験がベースですかね。彼女がいるのに、女友達に気持ちが行くなんてサイテーなヤツですよね。まぁ、今はもうボクも大人になりましたから(笑)。そういう自分自身に対する反省の気持ちを込めて撮った作品なんです。 ──どーゆー反省の仕方なんですか(笑)。 吉田 ははは。なんかボクの周りって、ネタになる知り合いが多いんです。佳代がマルチ商法の健康食品にハマるのも、友達の実話ですね。台所に健康食品がどんどん山積みになっていくんですよ、誰も買わないから。その光景がとても切なくて、「いつか映画にしよう」と考えていたんです。佳代が別れた百瀬に追いすがって待ち伏せ行為をしてしまうのも友人の話。携帯電話の番号を変えて連絡のとれなくなった元カノのことを心配して、アパートの前で待っているんですよ。ボクもそれに付き合ってるわけです(笑)。傍から見れば立派なストーカーなんですが、本人は純真そのもので連絡が取れなくなったことを本気で心配してるんです。そーゆー思い込みの激しい友人が多いんです。面白いなと思ったことはメモしてます。ネタ帳のストックがすごくたくさんありますよ。ネタ帳を開いて、「あっ、これ今度のシナリオに使えるな」とかやってます。 ──悲劇と喜劇が同時に存在する、吉田監督ならではの世界。 吉田 どうでしょう? 自分では作品のスタイルとか気にしてないんです。でも、観た人によって印象が違うのって好きですね。同じシーンを観て、泣く人もいれば大笑いしてる人もいるみたいな作品は面白いなと思います。今回の『さんかく』も、モデルになった人たちは自分のイヤな部分を見せつけられるみたいで落ち込むかもしれませんけど、その一方では「超ウケる~!」って大笑いする人もいるでしょうね。 ──ちなみに少年時代の吉田監督は、どんな子だったんですか? 吉田 すごいフツーの子ですよ。と、自分では思ってたんですが、最近になって周囲に言われて、どうもそうじゃないことが判明しました(笑)。社宅に住んでて自分では友達がいっぱいいたつもりだったんですが、実はボクと一緒に遊ぶ子がいなかったんで、姉が「うちの弟とも遊んであげて」と頼んでいたらしい(苦笑)。友達がいっぱいいたつもりだったけど、みんな姉と遊びたくて集まっていたんです。「えっ、実はオレ、嫌われていたの?」って最近になって気づいたんです。そういえば、小学校でもクラスのみんなは休み時間にいつも全員でサッカーやってたんですが、自分だけひとり遊びに夢中になって6年間を過ごしてたんです。自分ではすごくフツーのつもりだったんですけどね。 ──誰の視点で見るかで、まるで世界が変わってくる。まさに吉田監督作品そのものですね。さて、"期待の星"吉田監督は今後、どのような道を進むんでしょうか? 吉田 何でもいいんですけどねー。面白ければ、何でもいい。自分に恥ずかしくない作品を作れればね。宮崎駿監督みたいな巨匠にはなれませんよ。宮崎監督のドキュメンタリーを観たばかりなんで、100m走の世界記録保持者ボルトの走りっぷりを見せられたようなもんです。世界は無理。国内でとりあえず、がんばりま~す。  と、謙遜しまくる吉田監督。ちなみに吉田監督はスタンリー・キューブリック監督の『ロリータ』(62)、キム・ギドク監督の『弓』(05)といった"少女とオジさん"の作品が好きらしい。『ロリータ』が公開されたのはキューブリック34歳のとき、『弓』はキム・ギドク45歳のとき。吉田監督は現在35歳。吉田監督がこれからどんな傑作を残していくのか、楽しみではないか。6月26日公開の『さんかく』も"巨匠"への片鱗ぶりが充分に堪能できる超傑作ですぞ。 (取材・文=長野辰次) 『さんかく』 監督・脚本・照明/吉田恵輔 出演/高岡蒼甫、小野恵令奈、田畑智子、矢沢心、大島優子、太賀、大堀雅秋 配給/日活 6月26日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷、池袋テアトルダイヤほか全国順次公開 <http://www.sankaku-movie.com> ●よしだ・けいすけ 1975年埼玉県出身。東京ビジュアルアーツ在学中から塚本晋也監督の製作現場に参加し、『バレット・バレエ』(99)、『六月の蛇』(02)、『悪夢探偵』(07)などの照明を担当する。自主製作作品『なま夏』(06)はゆうばりファンタスティック映画祭オフシアター部門でグランプリ受賞。『机のなかみ』(07)で劇場デビュー。『純喫茶磯辺』(08)に主演した仲里依紗にヨコハマ映画祭最優秀新人賞、毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞をもたらした。深夜ドラマ『BUNGO 日本文学シネマ』(TBS系)では梶井基次郎原作『檸檬』の演出を担当。
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女子にモテモテになる方法、教えます。軟派少年の実話物語『ソフトボーイ』

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常識なんかブチ破れ! 退屈な日常に対し、反乱を起こした
革命児たちの熱血コメディ『ソフトボーイ』。佐賀県の公立高校を舞台にした実録ドラマだ。
(c)2010「ソフトボーイ」製作委員会
 どんな君でも、たちまち女の子にモテモテになる! うさん臭い通販グッズのキャッチコピーのようだが、男子なら気になってしまう文句だろう。映画『ソフトボーイ』は、そんな甘い言葉にまんまと釣られて集まった軟派な高校生たちの物語だ。舞台は佐賀県の小さな田舎町。佐賀出身のはなわが「SAGA」で歌ったように、若者が夢中になれるようなものはまるでない。だが、公立牛津高校に通う高校3年生のノグチくん(賀来賢人)は、重大なことに気づく。佐賀県には男子ソフトボール部が一校もない。ということは、今すぐ男子ソフトボール部を創部さえすれば、無条件で全国大会に出場できるではないか! 佐賀の何もなさを逆手にとったナイスなアイデアだ。田舎で退屈な日常を送っている高校生にとって全国大会出場は大ニュース。部員は否がおうにも女子にモテモテ(のはず)。ノグチくんはさっそく親友のオニツカくん(永山絢斗)を巻き込んで、男子部員を集め始める。まるで漫画のようなストーリーだが、牛津高校男子ソフトボール部創部の実話がベースとなっている。  楽して全国大会に出場しよう。そして女子にモテよう。動機は恐ろしく不純だ。それに仮にも全国大会。そう簡単に出場できるのか。そんな問題はさておき、ノグチくんは高校最後の夏を最大限に楽しもうと猛ダッシュ&猛チャージ。学校中の、まだ部活に入っていない男子生徒に声を掛けまくる。ノグチくんとオニツカくんが『七人の侍』(54)の島田勘兵衛と片山五郎兵衛に見えてくる。そうしてノグチくんの元に集まった七人の侍ならぬ、九人のソフト部員たちは、鼻つまみ者のヤンキー野郎、運動神経ゼロのメタボくん、女子マネージャー目当てのミスターガリ勉、まったく状況を理解できていない海外からの留学生......。こうしてソフトボール未経験者ばかりの即席凸凹チームが誕生する。ついでにノグチくんの幼なじみのクサナギ(波瑠)が女子マネージャーを務めることに。  部員たちは、ソフトボールはおろかスポーツもろくに経験していない。もちろん、女子にモテモテになりたいんだけど、何より、お祭り男のノグチくんに声を掛けられたのが単純にうれしかったのだ。教室と自宅を往復するだけの単調な生活を過ごしていた彼らにとって、自分を必要としてくれる人間が現れたのだ。ピッチャー、レフト、ライト、女子マネージャー、と誕生したばかりのまっさらなチームで各自に役割が与えられる。楽して人気者になろうという不純な動機から始まったチームだが、グラウンドに集まって体を動かして汗を流すうちに、次第に気持ちよくなってくる。ひと夏、みんなでお祭りに夢中になってもいいんじゃないかという気になってくる。
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ノグチくんに巻き込まれるようにして男子ソフト
部を創部することになったオニツカくん(永山
絢斗)と女子マネージャーのクサナギさん(波瑠)。
青春だなぁ。
 現代社会において、時代をクリエイトするヒーローは果たして存在するのだろうか。『アイアンマン』や『スパイダーマン』といったアメコミのヒーローは基本的にアメリカの国益にかかわる事件にしか出動しない。力道山や長嶋茂雄といった日本のヒーローはテレビというメディアが生み出した、高度経済成長期のヒーローだ。事なかれ主義が幅を利かせる現代において、新しいヒーローの出現をただじっと待つのはムダというもの。それよりはお祭り野郎を神輿に担いで、一緒にお祭りをやるほうが現実的だし、自分自身も楽しめるではないか。ノグチくんは九州に多い、お調子者のお祭り野郎気質。イチローや中田英寿のように運動神経に秀でたスーパースターではないが、家族や級友たちが気づかなかった各メンバーの隠れた長所を引っ張りだすスーパープロデューサーなのだ。後先考えない無責任さがノグチくんの欠点だが、それは言い換えれば人並みはずれた行動力でもある。  素人ばかりで全国大会に出場できるのか。出場できても、恥をかくだけじゃないのか。男子ソフト部に対する校内の目は冷たい。でも、頭であれこれ考えているだけじゃ、何も始まらない。人生はヴァーチャルゲームじゃないんだから。ノグチくんは言う、「やってみらんとわからんばい」。常識なんて誰が決めたんだ? やってみなくちゃ、わからない。わかならいからこそ、面白いんだよ。映画『ソフトボーイ』は、そんな極めてシンプルなメッセージで貫かれている。ノグチくんたち牛高ナインが周囲にバカにされればされるほど、彼らの輝きは増していく。前例がないなんて言葉は自分たちには関係ねぇ、常識なんてブタに食わせろっ。  本作でメガホンをとった豊島圭介監督は『怪談新耳袋 ノブヒロさん』(06)などホラー系の作品で知られる存在。さわやかなスポーツものを描くのも初なら、全国公開のメジャー作品を撮るのも初。でも、ノグチくんの「やってみらんとわからんばい」を監督自身が体現してみせた。ホラー系作品で怪事件に巻き込まれた人々の心理を描いてきた演出力を生かして、田舎の高校生たちの心の揺れ動きやおバカなことに熱くなる楽しさといったポイントを押さえて、軽快なテンポの青春コメディ映画に仕立てることに成功している。豊島監督もそのことは実感できたらしく、「笑って、グッと来て、ちょっと泣ける、という王道のような作品を(たぶん)作れたことに自分でもびっくりしてます」とコメントしている。  さて、部員が9人集まれば、すぐに全国大会に出場できるのかといえば、そー甘くはなかった。出場の手続きをしようとしたところ、出場校の少ない県は他県との代表決定戦をクリアしなければいけないことが発覚する。がーん。当然だが、対戦校は付け焼き刃の牛高よりもずっと長い間、真面目に練習に取り組んでいる。でも、ノグチくんは動じない。「やってみらんとわからんばい」。校外へ飛び出した牛高ナインはビギナーズラックに恵まれる一方で、それ以上の試練にも遭遇する。いつもは強気のノグチくんも、たまに心が折れそうになる。有明湾に沈む夕日を見て、ひとりで泣きたくなることもある。でも、もうその頃には牛高ナインはノグチくんにすっかり感化されており、ノグチくんにこう言うのだった。「やってみらんとわからんばい」。  大ヒット作『ROOKIES 卒業』(09)のような大勝利がラストに待っているわけではない。牛高ナインは実戦で大恥をかくはめになる。しかし、その大恥も「やってみなくちゃわからない」貴重な体験なのだ。ノグチくんに騙されるようにしてソフトボールを始めたナインは、ノグチくんとひと夏、共に汗を流したことでその後の人生が大きく変わっていく。お祭りの陶酔感をもう一度味わおうと夢を追いかけ続ける者もいれば、平穏な日常に戻ってしっかり根を張って生きることを選択する者もいる。では、彼らはノグチくんが言ったように「女子にモテモテ」になったのか? 本作はその疑問に対する答えをちゃんと用意している。少なくとも彼らは「モテモテ」になるのと同じくらい大事なことを、あの夏から学んだ。現実はヴァーチャルゲームよりも、ずっと面白いんだということを。 (文=長野辰次) softboy03.jpg ●『ソフトボーイ』 監督/豊島圭介 脚本/林民夫 主題歌/倉木麻衣 出演/永山絢斗、賀来賢人、波瑠、大倉孝二、加治将樹、中村織央、斎藤嘉樹、西洋亮、加藤諒、松島庄汰、タイラー、平山真有、鎌田奈津美、いしのようこ、広澤草、白石みき、綾田俊樹、堀部圭亮、上野由岐子、はなわ、山口紗弥加 6月19日(土)より全国ロードショー (c)2010「ソフトボーイ」製作委員会 http://www.softboy.jp
紺野さんと遊ぼう ウフフの巻 知る人ぞ知るこのシリーズも豊島作品。 amazon_associate_logo.jpg
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第70回] 下町育ちの"北野少年"が見た現代社会 人間同士の食物連鎖『アウトレイジ』 [第69回] "リアルと虚構の狭間"を生きる男、アントニオ猪木初主演作『アカシア』 [第68回] ヒーローも神もいない現代社会の惨劇 井筒監督の問題作『ヒーローショー』 [第67回] アイドルが地獄で微笑む『戦闘少女』ギャグ×血しぶき×殺陣の特盛り丼! [第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

下町育ちの"北野少年"が見た現代社会 人間同士の食物連鎖『アウトレイジ』

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北野武監督にとっては『座頭市』(03)以来となるバイオレンス映画『アウトレイジ』。
暴力シーンのアイデアを箇条書きにして、そこにキャストを当てはめていくことで
ストーリーを考えたと話す。(c)2010『アウトレイジ』製作委員会
 バイオレンスシーンのオンパレードなことから、カンヌ映画祭では賛否を呼んだ北野武監督の『アウトレイジ』。極悪非道(アウトレイジ)なヤクザたちのサバイバルものだが、北野監督特有の乾いた演出のため、言われているほど残酷さは感じさせない。ヤクザも警察もワルばっかりだが、ワル=人間としての本能や欲望に忠実な生き物として描かれている。ヤクザ映画というよりは、むしろ資本主義経済の完成型である現代社会を風刺した、たけし流企業ドラマと言えるだろう。仁義や兄弟の絆を尊ぶ昔気質のヤクザは小ずるいヤクザに利用され、さらに小ずるいヤクザが肥え始めたところで、一見ヤクザに見えないビジネスヤクザが美味しくいただく。地域に密着した個人経営の商店がいくら頑張っても巨大チェーン店に飲み込まれてしまうように、人間社会における"食物連鎖"の図式が畳み掛けるような怒濤の展開で描かれていく。  本作でまず食い物にされるのは、お人好しな村瀬(石橋蓮司)率いる村瀬組の面々。関内会長(北村総一朗)が君臨する大手グループ・山王会の傘下に入れてもらおうと、村瀬は兄弟の杯を交わした池元(國村隼)にせっせと覚醒剤の売上げを貢いでいる。しかし、池元はその金を山王会に上納せず、私腹を肥やしていた。そんな折、池元が村瀬と内密でつるんでいることが関内に怪しまれ、池元組は建前として村瀬組とケンカすることに。しかし村瀬に金をもらっている手前、池元は自分からは手が出せない。そこでいつも面倒な仕事を押し付けている大友(ビートたけし)率いる大友組に「ちょっと村瀬組を締めてくれ」と頼む。だが、血の気の多い大友の仕掛けるケンカが「ちょっと」で済むはずがない。こうして硝煙と暴力で血塗られた北野オペラが幕を開ける。  1992年に暴対法が施行され、ヤクザ社会は大きく変わった。昔ながらの絵に描いたようなヤクザは姿を消し、表向きは会社や飲食店など経営に鞍替えした組織が多いと言われている。ヤクザたちも食べていくために懸命だ。ふだんは"いい人"役が多い加瀬亮が本作ではキレると怖いインテリヤクザ・石原に扮している。石原はヤクザらしからず、外国語に堪能で、ソロバン勘定も得意。世界地図のどこにあるのかよく分からない小国を買収し、治外法権である大使館内でのカジノ運営を始める。闇カジノなので税金を納める必要もなく、これが大当たり。ヤクザ社会も腕っぷしや度胸でなく、ビジネスセンスに優れた人間が重宝される。いくら結束力の強さを誇る武闘派ヤクザたちも、現代社会で生きる限り、お金の力には勝てない。『仁義なき戦い』(73)の時代はもう遥か昔。仁義や男気はおろか、ヤクザたちの命懸けの抗争さえも、巨大な経済戦争の前では、あまりにもちっぽけなものでしかない。
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大友(ビートたけし)率いる大友組の金庫番・
石原(加瀬亮)は、何を考えているか分からない
不気味なインテリヤクザだ。
 カンヌ映画祭を控えた北野監督にインタビューする機会に恵まれた。北野監督自身の心象風景を描いた『TAKESHIS'』(05)、『監督・ばんざい!』(07)、『アキレスと亀』(08)の"内面三部作"に対し、今回は「エンタテイメントに徹した」という北野監督。三部作のような難解なイメージを持たれると観客動員が鈍るので、ヒット作『座頭市』(03)と同じくエンタテイメント作であることを強調しているのだろう。その一方、現代社会の風刺劇であることは認めている。二枚舌が得意な自民党や民主党の先生たちが保身に駆け回る政界劇のメタファーとして観ることもできるし、一般の観客なら、自分のいる職場や学校での派閥争いと重ね合わせながら観ることができる群像劇だそうだ。  北野監督は昔気質のヤクザ・大友組長を演じている。東京のいちばん端っこの下町で生まれ育った少年時代の北野監督にとって、古き良き時代のいなせなヤクザは憧れの対象だった。北野監督が育った町内は職人が多く、北野監督のように高校・大学へと進学する人間は珍しかった。進学できず、職人にもなれなかった落ちこぼれは、ヤクザになるしかなかったと話す。 「オレが生まれたのは、東京の片隅だからね。笑っちゃうよ。昔はさ、タクシーで行こうとしても、タクシーは行ってくんなかったよ。うちの近所はビンボー人ばっかりだったから(笑)。職人ばっかりの町で、ヤクザになるヤツも多かった。近所に小さな組があって、ヤクザのお兄さんに子どもの頃は憧れたよ。『煙草なんか吸ってんじゃねぇ。オレみたいになるぞ』とか言われたり、お小遣いもらったりしてさ。あの頃は『かっこいいなぁ』と思ったよ。オレが子どもの頃は町のみんながビンボーで、ヤクザになるのは特別なことじゃなかったんだよ」  94年のバイク事故からの復帰作『キッズ・リターン』(96)では高校から落ちこぼれた若者たちの姿を哀歓を込めて描いている。ある者はプロボクサーを目指し、ある者はヤクザの世界に足を踏み入れ、ある者は妻子を養うために不眠不休でタクシーを運転し、またある者は売れるかどうか分からないお笑いの世界へ飛び込む。無知=純真な若者たちは社会の荒波に簡単に飲み込まれていく。学校だけでなく、社会からも落ちこぼれていく。ビンボーながらもご近所同士で助け合って暮らしていた昔の下町で育った北野少年の目には、下町の外には荒涼とした別世界が広がって映っている。狭い下町を出ていくなら、その世界で生きていくしかない。そんな冷たい世界には"キタノ・ブルー"と呼ばれる醒めた青色がよく似合う。  また、北野作品には少年のような大人が度々登場する。北野監督自身が演じる大友が歯医者やサウナ風呂で大暴れするシーンは、冷血なヤクザの組長というよりも手のつけられないガキ大将のようだ。タチの悪い暴力大将かと思えば、自分よりも先に若頭の水野(椎名桔平)を逃がそうとし、刑務所の中では囚人たちが戯れる草野球をつい観戦してしまう。また大友率いる大友組の子分たちも、他の社会で受け入れられなかった個性的な面々が集まっている。今回は出演していない「たけし軍団」のようでもある。  北野監督はバイオレンス映画の他にも恋愛映画や将来的にはコメディ映画を撮ることを考えているそうだ。しかし、ベッドシーンなどの演出は恥ずかしくてやりづらいらしい。コメディも「これが北野印のお笑い映画だ」と言い切るのが照れくさくて、どうしても『みんな~やってるか!』(95)みたいに逃げた形になってしまうという。「もう少し年をくってボケてくれば、平気で恋愛ものやコメディも撮れるんじゃないかな」と苦笑いしてみせた。  "世界のキタノ"と称される北野武監督の頭の中には、もうひとりの北野武が存在する。もうひとりの北野武は、大のイタズラ好きで、そのくせシャイで、女性の前に立つと顔が赤くなる少年のようなキャラクターだ。北野作品には所々に北野少年の目線が感じられる。どんなに悲惨な暴力シーンを描いていても、北野作品がいとおしく感じられる瞬間だ。 (文=長野辰次) auto03.jpg ●『アウトレイジ』 監督・脚本・編集/北野武 音楽/鈴木慶一 撮影/柳島克己 出演/ビートたけし、椎名桔平、加瀬亮、三浦友和、國村隼、杉本哲太、塚本高史、中野英雄、石橋蓮司、小日向文世、北村総一朗 配給/ワーナー・ブラザーズ映画/オフィス北野 6月12日(土)より丸の内ルーブルほか全国ロードショー <http://office-kitano.co.jp/outrage> ※6月11日(金)夜8時30分より、南青山・レッドシューズにてプレミアイベント「アウトレイジ★ナイト」を開催。
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●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第69回] "リアルと虚構の狭間"を生きる男、アントニオ猪木初主演作『アカシア』 [第68回] ヒーローも神もいない現代社会の惨劇 井筒監督の問題作『ヒーローショー』 [第67回] アイドルが地獄で微笑む『戦闘少女』ギャグ×血しぶき×殺陣の特盛り丼! [第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

堤真一がタブーに挑む男を熱演! 医療ヒューマンドラマ『孤高のメス』

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(c)2010「孤高のメス」製作委員会
 長引く不況などでなにかと不安な現代社会を生きる大人たちを勇気づける、良質な日本映画が生まれた。堤真一が2年ぶりの映画主演を果たした『孤高のメス』だ。  舞台は1989年、とある地方都市の市民病院。見栄と体裁ばかりを気にかけ、簡単な外科手術ひとつも満足にできない状態にまで陥った病院に、ピッツバーグ大学で肝臓移植も手がけた敏腕外科医・当麻鉄彦(堤)が赴任する。冷静で正確なオペ技術を持ち、なにより患者のことを第一に考える当麻の姿勢は、仕事に疑問を抱いていた看護師の浪子(夏川結衣)らにも影響を与え、停滞した空気が漂っていた院内を次第に活気づかせていく。  しかし、そんなある時、当麻は脳死した患者からの肝臓移植を行うか否かという大きな決断を迫られる。当時、脳死肝移植は法律でまだ認められてはおらず、執刀すれば逮捕される事態にもなりかねない。それでも当麻は、助けられる命に手を差し伸べようと決意するのだが......。  主人公・当麻に扮するのは堤真一。近年は『容疑者Xの献身』『ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ』『山のあなた 徳市の恋』、今後も『SP』2部作、『SPACE BATTLE SHIP ヤマト』など、相変わらず話題作に引っ張りだこだが、意外にも映画主演作の公開は、2008年7月の『クライマーズ・ハイ』以来2年ぶり。本作は、その『クライマーズ・ハイ』で脚本も手がけた成島出がメガホンをとり、タブーとされた手術に挑む男の姿を描く。  当麻の行動原理は「患者の命を救う」ということで、医師としてごく当たり前のことを成し遂げようとする心だ。たとえ自分が不利になろうとも、自らの信念を貫き行動する男の姿を描くという点では『クライマーズ・ハイ』にも通じ、大人の観客を満足させた同作の再来とでも言えるものがある。当麻は冷静で激することなく、淡々と自らのすべき仕事をしていくが、時折見せるユニークな一面(演歌好きなど)から、人間としての温かみも伝わる。そんな当麻の姿勢に、周囲の看護師や若い医師たちも感化され、職場でのチームワークや絆、信頼関係が築き上げられていく。社会人ならば、おそらくこの映画を見て「当麻のような上司(同僚)がほしい」「当麻のように仕事に誇りをもって生きよう」と思い、困難や苦境にもぶつかっていく勇気をもらえるはず。  原作は現役医師の大鐘稔彦によるベストセラー小説。手術シーンも現役医師陣が完全バックアップし、キャスト陣は実際に手術現場を見学するなど入念な役作りでリアリティを追求。堤、夏川のほか、吉沢悠、中越典子、成宮寛貴、余貴美子、生瀬勝久、柄本明ら派手ではないが確かな実力をもった役者たちの共演も見どころ。6月5日より公開。 (文=eiga.com編集部・浅香義明) 『孤高のメス』作品情報 <http://eiga.com/movie/54760/> 『孤高のメス』特集 <http://eiga.com/movie/54760/special/>
孤高のメス―外科医当麻鉄彦〈第1巻〉 こんな医者ってホントにいるわけ? amazon_associate_logo.jpg
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11人が繰り広げる、騙し&すかし合いのオンパレード!『シーサイドモーテル』

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(C)2010「シーサイドモーテル」製作委員会
 ワケあり男女11人が、海もないのに「シーサイド」と名付けられた山奥のモーテルを舞台に繰り広げる群像劇『シーサイドモーテル』が6月5日より公開される。生田斗真、麻生久美子、山田孝之、玉山鉄二、成海璃子らオールスターキャストが、ひと癖もふた癖もあるキャラクターを演じている点に注目だ。  原作は岡田ユキオのコミック『MOTEL』(日本文芸社)。PVやCMで活躍し、森山未來主演の『スクールデイズ』(2004)で注目された新鋭・守屋健太郎監督が映画化した。原作では6つあった部屋を4つに再構成。各部屋では、それぞれの登場人物の人生をかけた騙し合いが展開される。  103号室では、生田演じる美容クリームのインチキセールスマン亀田と、麻生扮する三十路直前のコールガール、キャンディが鉢合わせ。部屋を間違えて今日唯一の客を取り逃がしたキャンディは、そのまま亀田を相手に商売をしようと挑発。亀田も美容クリームを売りつけようと企てるが、いつしか2人の気分は盛り上がっていき......。  202号室には、借金を踏み倒して逃亡中の朝倉(山田)と留衣(成海)が宿泊中。そこへ借金取りのヤクザ、相田(玉山)と舎弟チー坊(柄本時生)が踏み込んでくる。相田は、朝倉にヤキを入れるため伝説の拷問職人ペペ(温水洋一)を呼び、恐れおののく朝倉は必死に懇願するが......。  隣の203号室には、EDの社長・太田(古田新太)と、欲求不満の美人妻・美咲(小島聖)がチェックイン。美咲はあの手この手で夫を元気づけようとするが、どうにもうまくいかない。そして102号室では、人気キャバクラ嬢マリン(山崎真実)と、なんとかして彼女を落とそうという下心満載の常連客・石塚(池田鉄洋)が騙し合いすかし合いを展開する。  主演の生田は『人間失格』に続いての映画主演。今回はコメディテイストのインチキセールスマンという役どころで、破滅的な作家を静かな演技で魅せた『人間失格』とのギャップが見もの。麻生が登場するたびに恥ずかしいキャッチフレーズを繰り返す姿や、温水の"伝説の拷問職人"らしからぬルックスとキャラクターも笑える。それぞれのキャストが、ちょっと変な役を嬉々として演じている様子が、観ている側にも伝わって楽しい。日頃から見ている役者たちの、少し違った姿を味わいたい。  また、守屋監督自身がその影響を認めているように、オールスターキャストで複数のエピソードが絡み合い、意外な展開になだれ込む群像劇という点で、クエンティン・タランティーノやガイ・リッチー作品にも通じる本作。4つの部屋がそれぞれどんな夜明けを迎えるのか? 果たして騙しているのは誰で、騙されているのは誰か? そんな推理をしながら観るものオススメだ。 (文=eiga.com編集部・浅香義明) 『シーサイドモーテル』作品情報 <http://eiga.com/movie/54901/>
MOTEL 人間の深層心理。 amazon_associate_logo.jpg
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『1Q84』のリアルドキュメント版か? コミューン育ちの少女のトラウマ映画『アヒルの子』

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ヤマギシ会に預けられたことが原因でトラウマを抱える
小野さやか監督のセルフドキュメンタリー映画『アヒルの子』。
生きづらさを感じる若い世代、ヤマギシ会を理想郷と考えていた団塊世代など
幅広い客層がポレポレ東中野に集まっている。
 今年4月に発売された第3部を含め、累計発行部数360万部を越える村上春樹の大ベストセラー小説『1Q84』。閉鎖的なコミューンで育った美少女・ふかえりを巡るミステリアスなストーリーの中に、カルト宗教、児童虐待、家族の絆といったさまざまな現代的テーマが散りばめてある。その『1Q84』のリアルドキュメント版と称したくなる映画『アヒルの子』が現在、都内のポレポレ東中野で上映中だ。本作は1984年生まれの小野さやか監督が日本映画学校の卒業制作として05年に製作したセルフドキュメンタリー。小野さやか監督は5歳のときに「ヤマギシ会」に1年間預けられたことから、「家族に棄てられた」というトラウマが生じ、そのトラウマを克服しようともがく姿をカメラが追ったものだ。映画の中で重要なキーワードになっている「ヤマギシ会」とは、農業・牧畜を基盤とした現在も「幸福会ヤマギシ会」として活動中のコミューン団体。理想社会をめざすユートピアとして、学生運動経験者が多数参加し、80年代には世界最大級の農業コミューンに成長を遂げている。『1Q84』に登場する"タカシマ塾"及び、そこから派生した"さきがけ"のモデルとされている。  小野さやか監督は、1985年に発足した「ヤマギシ学園」幼年部の5期生にあたる。ヤマギシ学園幼年部は5歳の子どもたちが親元を離れ、学園の"お母さん係"と共に1年間の集団生活を送る。学園は自然の中で子どもたちを伸び伸びと育てる理想教育を謳い、後に初等部、中等部、高等部も発足。97年に刊行された『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』(米本和広著、洋泉社)は、ヤマギシ学園に預けられた子どもたちの多くが労働の過酷さや体罰の厳しさなどから逃亡を企てていたことを明らかにしている。幼年部に預けられた小野監督は"家族に棄てられた"という思いから、ヤマギシで過ごした1年間の記憶が欠落。家族の元に戻ってからは両親の前で懸命に"良い子"を演じ続け、そのことから自分を見失い、"生きづらさ"を感じるようになったという。  映画では小野さやか監督が小学4年のときに長兄から性的虐待を受けたことを告白し、長兄に謝罪を要求するシーン、家族の中で唯一の理解者であった次兄に恋心を訴えるシーン、両親が寝ている寝室に早朝4時に押し入って大ゲンカを始めるシーンなどがカメラに収められている。良い子の仮面を脱ぎ捨てた小野監督が家族ひとりひとりに対し、落とし前をつけに行くという非常にスリリングな内容だ。映画の後半ではヤマギシ学園で共に過ごした全国の5期生たちを訪ね歩き、さらに現在も活動を続けるヤマギシのコミューンを再訪。小野監督が過ごしたヤマギシ学園の当時の映像も挿入されている。ドキュメンタリー史上に残る過激な作品『ゆきゆきて、神軍』(87)、『全身小説家』(94)で知られる原一男監督が製作総指揮を手掛けていることも話題だ。
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ヤマギシ会は、養鶏家だった山岸巳代蔵が主宰
した養鶏教室が母体となり、1953年に発足。
60年代以降、学生運動経験者ら多くの若者が
参画。鶴見俊輔、新島淳良、高田渡、島田裕巳
といった知識人、著名人も賛同していた。
 映画の完成から劇場公開まで5年を要しているが、これは小野さやか監督の家族全員が一般公開を承諾するのに時間がかかったため。製作当時、日本映画学校の学校長だった佐藤忠男氏が「この映画は傑作。ただし、一般上映すべきでない。ご家族に迷惑が及ぶ」と釘を刺したという経緯もあった。だが、小野監督が家族ひとりひとりに上映の許可をもらい、小野監督の故郷である四国以外での上映が決まった。  5月22日、ポレポレ東中野での初日、原一男氏とのトークショーを終えた小野さやか監督にコメントを求めた。映画を完成させ、公開したことで、自分の中で何か変わったか? という問いに対し、小野監督は柔和な表情でこう答えた。 「映画を撮ることで、自分の仮面を外し、生きやすくなるんじゃないかという気持ちで撮った作品です。でも、作品を撮り終えたことで自分が変わったかというと、そんなに大きな違いはないですね。映画を完成させて5年を経て、ゆっくりと消化しているところだと思います。人生そんなにすぐには変わらないんだということが分かった(笑)。でも、それまでの私は映画学校でも友達が全然いなかったんですが、映画製作を通して、多少なりとも人とコミュニケーションできるようになった。今日も初めて会った方たちと話ができたわけですしね。それまでは人と話もできずに、ずっと内へ内へと向かっていたのが、この作品を撮ることがきっかけで意識が外へ向かい出したんです。また、完成した作品を人に観てもらえ、共感してくれる人がいることが嬉しいです」  もし、この映画を撮っていなかったら? 「死んでたんじゃないですか。死ぬか撮るか、という覚悟で始めた作品ですから。もし、映画を撮ってなかったら、犯罪に走るか、どこかの海に沈んでいたんじゃないかと思います。でも、力の限り投げつけたものを受け止めてくれる人たちがいた。あのとき、自分には映画があって良かったと思いますね」
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公開初日を迎えた小野さやか監督と製作総指揮の
原一男氏。暴走スレスレの小野監督の行動を
「カメラがあることで、ギリギリの一線を
保っている」と原氏は評している。
 ヤマギシ学園にいた5歳時の記憶はまるでない? 「一時期、自分からヤマギシにいた記憶を忘れようとしたんです。ほとんど覚えてないんですが、ヤマギシでよく絵本を読んでいたことは覚えていますね。『雪女』を読んで、すごく怖かった。雪女のイメージが、ヤマギシの幼年部にいた"お母さん係"と重なっていたんです。自分が怖い気持ちでいるのは、自分が『雪女』の絵本の世界にいるからなんだ。自分がいる世界は、現実ではなく絵本の世界なんだと思い込むようにしていたんです」  村上春樹の『1Q84』は読みました? 「読みました。それまで村上作品は『アンダーグラウンド』か初期の作品ぐらいしか読んでなかったんですが、『1Q84』は書評を見て、ピンとくるものを感じました。実際に『1Q84』を読んで、ヤマギシがモデルになってるなと思いました。ヤマギシズムを思わせる記述もありますし、逆にちょっとこれは違うなと思う部分もありますね。以前はヤマギシに関連するような本は見ただけで拒絶反応が起きていたので、本を読んで客観的に考えることができるようになっただけでも自分には大きな変化なんです」  映画の中では終始、噛み付くような視線を発していた小野さやか監督だが、映画完成後も家族ひとりひとりと向き合うことで劇場公開が実現し、別人のように朗らかな顔つきになっていることが印象的だった。まるでアヒルの子が白鳥に成長を遂げつつあるかのように。  ポレポレ東中野での『アヒルの子』の上映は6月18日(金)まで。6月5日(土)には「幸福会ヤマギシ会」東京事務局長の松本直次氏と小野監督とのトークショーも同劇場で予定されている。 (文=長野辰次) ●『アヒルの子』 監督/小野さやか 製作総指揮/原一男 撮影/山内大堂 録音/伊藤梢 制作・編集/大澤一生 配給/ノンデライコ 5月22日(土)~6月18日(金)ポレポレ東中野ほか全国順次公開 <http://ahiru-no-ko.com>
1Q84 BOOK 1 読み比べ。 amazon_associate_logo.jpg
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ヒーローも神もいない現代社会の惨劇 井筒監督の問題作『ヒーローショー』

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暴力がもたらす後味の悪さを井筒和幸監督がこってりと描いた『ヒーローショー』。
生々しいリンチシーンが続くため、R15指定となっている。
(c)2010「ヒーローショー」製作委員会
 すっぽりと顔を覆うマスクを被ってステージへ駆け上がると、「わぁ!」と子どもたちの歓声が沸く。悪役に向かってパンチを突き出すと、悪役はいとも簡単に吹き飛んでいく。子どもたちの歓声はさらに高まる。テレビ番組のキャラクターに扮した自分の一挙手一投足に、子どもたちはすっかり夢中だ。心地よいアドレナリンと汗が全身に流れる。しかし、ショーが終わり、ステージ裏でマスクを脱ぐと、そこは現実の世界。食費や家賃の心配をしなくてはならない。誰しも子どもの頃は、正義の味方、ヒーローになることに憧れた。でも、世の中は"善と悪"の二元論で語られるようなシンプルなものではないことは、さすがにもう分かっている。サンタクロースがクリスマスケーキの販促係であるように、ヒーローは正義の味方ではなく、おもちゃ会社の味方なのだ。やり場のない苛立ちを抱えた若者たちが刹那的な刺激を求めて暴力にのめり込む。井筒和幸監督の最新作『ヒーローショー』は、特撮ヒーローのアトラクションに出演するアルバイトスタッフの間で起きたトラブルが取り返しのつかない殺人事件へと発展していく異色問題作だ。  『パッチギ!』(04)、『パッチギ! LOVE&PEACE』(07)でキャリアのピークを極めた感のある井筒監督。『ガキ帝国』(81)で島田紳助・松本竜助、『岸和田少年愚連隊』(96)でナインティナインを主役に起用し、『パッチギ!』の沢尻エリカ、高岡蒼甫も売れっ子になった。まだ色の付いていない新人俳優を徹底的にシゴくことでリアルな青春映画を撮り上げることに定評がある。今回、製作を請け負った吉本興業の中から井筒監督が主役に抜擢したのは、『爆笑レッドシアター』(フジテレビ系)などに出演し、次世代芸人として期待されているジャルジャルの後藤淳平と福徳秀介。2カ月間にわたる合宿でリハーサルを重ね、初主演作に挑んでいる。  お笑い養成学校に通うユウキ(福徳秀介)を中心に物語は進む。ユウキはフジヤマボーイというお笑いコンビを組んでいたが、相方は早々にお笑いの世界を諦めてしまった。新しい相方と組んでネタ発表のステージに上がるが、今度は自分が台詞を飛ばしてしまうなど、どうも冴えない。そんなとき、元相方の剛志から新しいアルバイトに誘われる。ヒーローショーの悪役、ヒーローの引き立て役だ。ところがステージ上でヒーロー役のノボルと怪人役の剛志がガチンコでケンカを始めた。ノボルが剛志の彼女を寝取ってしまったことが原因だ。気の収まらない剛志は刺青を入れた悪友に頼んでノボルたちを締めてもらうことに。ノボルたちも勝浦在住の元自衛官の勇気(後藤淳平)に応援を依頼。夜の勝浦を舞台に、両者間の暴力の応酬は次第にエスカレートし、ついに犠牲者が......。
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殺人事件がきっかけで出会ってしまう、
元自衛官の勇気(後藤淳平:写真左)と
気弱な芸人志望のユウキ(福徳秀介)。
 『ガキ帝国』『岸和田少年愚連隊』『パッチギ!』でもド派手なケンカシーンが登場するが、閉鎖的状況を打破しようともがく若者たちのエネルギーが外側に向かってバクハツする様として肯定的に描かれていた。それに対し、今回の夜の勝浦で繰り広げられる暴力ショーはあまりに短絡的で陰惨。集団で暴行を重ねるうちに引っ込みがつかなくなり、誰も「やめよう」と言い出せないままに最後の一線を越えてしまう。救急車を呼んで警察沙汰になることを恐れ、暴力ショーの犠牲者を山に埋めてしまう。元相方の剛志に言われるままに付いてきたユウキは、その惨劇をただ呆然と見つめる。観客もその場に居合わせて傍観しているかのような、イヤ~な気分に陥る。暴力や殺人をドラマを盛り上げるためのカタルシスとして描くことを嫌う井筒監督らしい、徹底した演出だ。  人間の死や暴力を美化した戦争映画、バイオレンス映画を井筒監督は忌み嫌う。それも当然だろう。1991年、製作費10億円を投じた大作時代劇『東方見聞録』の撮影中、若手俳優がオープンセットの滝壺で溺死するという事故が起き、井筒監督は業務上過失致死罪で書類送検されている。『東方見聞録』は劇場公開されることなく、ひっそりとビデオリリースされるにとどまった。製作会社のディレクターズカンパニーは翌年倒産。そのため遺族への補償金8,000万円を井筒監督は個人で払い続けている。少しでもお金を稼ぐために1曲5万円のカラオケビデオの仕事も引き受けていた。テレビ番組で毒舌を吐いている姿を「映画も撮らずに、タレント業に精を出している」と中傷されたが、世間からどう思われるかよりも遺族へ補償金を支払い続けることのほうが大事だった。崔洋一監督に声を掛けられ、『マークスの山』(95)の死体役も引き受けている。このときの井筒監督の死体ぶりは秀逸だ。人間の命の重さを背負って生きている監督なのだ。  それにしても井筒監督は、さすらいの人生を送っている。自主製作でピンク映画を撮ることでキャリアを積み、角川春樹プロデューサーが君臨していた角川映画で『二代目はクリスチャン』(85)を撮り、ディレクターズカンパニー時代には『犬死にせしもの』(86)を残すが、"映画監督の理想郷"ディレカンはバブルの崩壊と共に倒産。ようやくシネカノンで『のど自慢』(98)、『パッチギ!』といったキャリアにふさわしい作品をものにするも、シネカノンも安住の地とはならなかった。  「マンスリーよしもと」(ヨシモトブックス)10年6月号に掲載された井筒監督のコメントが興味深い。 「若い者というのは時代が変われど何も変わってないと思います。ただ、どんどん動いていく時代の流れに対応できず、ハジかれ、歪められていく子たちがいるだけで、そして今の社会や政治は、そんな風にして仮想の世界にしか拠り所を持てない連中を、ちゃんと見つめていない。(中略)ユウキの芸人志望という設定も、別に福徳を意識したもんじゃなくて最初からです。お笑いの養成所がさっき言った"拠り所のない奴ら"のための受け皿のひとつと僕は見えた」  さすらいの映画監督が寄るべなき若者たちに向けて撮った『ヒーローショー』。残酷な殺人ショーの後も、物語は起承転結の枠組を踏み外し、ぬかるみを歩くように続いていく。後半は勇気とユウキとの奇妙なロードムービーへと転調する。気弱なユウキは、自衛隊仕込みの勇気の暴力に怯え、逃げ出したくても足が動かない従属関係に陥る。村上龍のサイコサスペンス『イン ザ・ミソスープ』を連想させる展開だ。今までだらしなく生きてきたから、自分は殺されてしまうに違いないという恐怖にユウキは支配されてしまう。ユウキの叫び声がスクリーンに響き渡る。「オレには敗者復活戦、ねぇのかよ? もう一度、生き直させてくれよ!」  ユウキの発するSOSを聞きつけて現れる正義の味方はどこにもいない。ヒーローもいなければ、神さまもいない。じゃあどうすればいいのか。どんなに過酷な状況でも、目の前の現実に向き合って自分で対処するしか方法ない。自分で道を選び、とにかく一歩一歩前に進むという気が遠くなる作業だ。その上、自分の選んだ道に出口があるのかどうかも分からない。しかし、ユウキの前には、張りぼてのヒーローショーのステージとは違ったリアルな世界が広がっていた。これまで他人任せにして生きてきたユウキにとって、それはとても新鮮な光景だった。 (文=長野辰次) hiro03.jpg『ヒーローショー』 監督/井筒和幸 脚本/吉田康弘、羽原大介、井筒和幸 出演/後藤淳平、福徳秀介、ちすん、米原幸佑、桜木涼介、林剛史、阿部亮平、石井あみ、永田彬、結城しのぶ、大森博史、筒井真理子、木下ほうか、升毅、光石研 配給/角川映画 5月29日(土)よりロードショー R15+ <http://hero-show.jp/>
パッチギ! エリカ~!!! amazon_associate_logo.jpg
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第67回] アイドルが地獄で微笑む『戦闘少女』ギャグ×血しぶき×殺陣の特盛り丼! [第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

担当判事が冤罪を訴える”袴田事件” 映画『BOX』は司法判決を覆せるか?

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常に時代に向き合った作品を撮り続ける高橋伴明監督。
最新作『BOX』は現在も係争中の"袴田事件"、
そして裁判員制度の是非を問い掛ける問題作だ。
「裁判員は一審しか参加しないから責任が軽いという考えは大きな間違い。
事件から間のない一審がいちばん重要なんです」と真摯に語る。
 朴訥なひとりの男が、元プロボクサーという理由で殺人事件の容疑者となった。警察と検察による長時間に及ぶ取り調べの結果、男は容疑を認めるが、裁判に入ると一転して無罪を主張。自白以外に決め手がなく、裁判が長引く中、一度捜査している場所から1年後に有力な手掛かりが忽然と現われた。あまりにも怪しい新証拠。しかし、裁判の判決は、有罪そして死刑宣告。男は高等裁判所、最高裁判所へと控訴するも、ことごとく却下され、死刑が確定した。これが1966年に静岡県清水市(現静岡市清水区)で起きた一家4人刺殺放火事件「袴田事件」のあらましだ。これはフィクションではなく、現実の事件である。  さらに、07年に衝撃的なニュースが報じられた。静岡地裁での一審を担当し、判決文を書いた元判事が「袴田巌さんは無罪だと思う。私は無罪を主張したが、合議の結果1対2で死刑判決が決まった」と裁判の内幕を告白。獄中の袴田死刑囚と家族への謝罪を表明したのだ。  現在も未決のこの冤罪事件を題材にした劇映画が、『BOX 袴田事件 命とは』。『TATOO〈刺青〉あり』(82)、『光の雨』(01)など骨太な作品で知られる高橋伴明監督が、自分が無罪と信じる男に死刑判決を下すことになったエリート判事、そして今なお留置所で死刑執行の恐怖と闘い続けている袴田死刑囚のそれぞれの苦闘を描いた問題作だ。なぜ高橋監督は、この作品を撮ることになったのか。また、この映画は社会に対し、どのような波紋を投げ掛けるのだろうか? ──伴明監督のようなベテラン監督にとっても、この映画は特別な作品ではないでしょうか? 高橋伴明監督(以下、伴明) どういう意味で、特別だと思う? ──映画というフィクションによって、司法判決というリアルな現実を覆そうという大変な野心作だと思います。 伴明 うん、そういう意味では、確かに特別な作品かもしれない。最近はいろんなものにチャレンジしようと、『丘を越えて』(08)『禅 ZEN』(09)とさまざまなタイプの作品を撮っていたんだけど、その中でも今回の『BOX』はよりハードルの高い挑戦だったかもしれない。まぁ、損得勘定で考えたら、引き受けない仕事だよね(苦笑)。今回の企画は『獅子王たちの最后』(93)の脚本家・夏井辰徳くんから声を掛けられたわけだけど、ちょうど裁判員制度が始まるということで、強く思うことがあったわけです。人が人を裁くということは、どういうことなのかと。そう考えると、これは"作るべき作品"だと感じたんです。
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──劇中でも描かれていますが、警察・検察側が用意した証拠は明らかに怪しいものばかり。小刀で一家4人を短時間で惨殺できるのか、また事件から1年後に犯行現場に隣接する工場から、血の付いた衣服が都合よく発見されるのも奇妙ですよね。 伴明 そう、袴田事件に関する裁判資料やノンフィクション本をいろいろ読んだんだけれども、あの事件はおかしなことだらけ。でも、当時の裁判構造の中で、警察側、検察側、裁判官側がそれぞれ使命感、正義感に基づいて動いた結果、あの判決を招いてしまった。当時のニュースを見たボクは、「一家4人を刺し殺した上に、放火するとは、なんて酷いヤツだ」と思ったわけです。当時の一般大衆の抱いた感情の落としどころでもあった。もし、あの裁判が無罪ということになっていたら、世論は大変な騒ぎになっていたでしょう。 ──犯人がいないことには収まらなかった? 伴明 そういうことです。冤罪を生み出す、整合性のある道筋があったということです。冤罪の多くは、そういう構造から生まれているんです。「死刑になることが分かっていて、無実の人間が自白するなんてありえない」と思う人もいるでしょうけど、人間ってもうどうでもいいから早くその場を済ませて楽になりたいと思うものなんです。ボクもね、学生運動やっていた頃は、よく警察にパクられたけど、目の前の面倒なことを早く終わらせたいと考えるものなんです。袴田事件は生まれるべくして生まれた"冤罪"ですよ。 ──殺人事件の再現シーン、取り調べシーンが生々しい迫力。かなり気を遣った撮影だったのでは? 伴明 今回、主任判事だった熊本典道さんには撮影前に挨拶だけはしましたが、事件の関係者にはなるべく会わないように努めました。やっぱりね、関係者に会うと情に引き込まれる危険がありますし、「こういうことは言ってない」とか言われる可能性もあるわけです。映画としての自由度は守りたかった。殺人事件の再現シーンは、あえて新井浩文演じる主人公が最初は犯人に見えるような演出です。当時はみんな、彼が犯人だと信じ込んでいたわけです。その後の取り調べシーンは、さじ加減が難しかった。静岡県警は拷問で有名なところで、昔は容疑者に焼きごてを当てたなんて言われているくらいで、袴田事件の実際の取り調べは映画で描いたよりもっと厳しかったと言われています。でも、警察側も凶悪犯を挙げるという正義感があってのこと。取り調べシーンは、これじゃあ自白しても仕方ないなぁと思わせる程度にとどめました。自分は袴田さんは無罪だと思っています。でも、この映画は観た人によって、「やっぱり、犯人はあいつだ」と意見が分かれてもいい。映画を観た人に考えてほしいのは、裁判の在り方そのものなんです。
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熱血刑事(石橋凌)によって追い詰められて
いく元ボクサーの袴田(新井浩文)。身に
覚えのない証拠が裁判に提出されていく。
(c)BOX製作プロジェクト2010
──無罪と信じる男に死刑の判決文を書いた熊本判事を『光の雨』の萩原聖人、独房の中で死の恐怖と闘い続ける袴田死刑囚を新井浩文がそれぞれ熱演。 伴明 萩原聖人は悩むキャラが似合うんだよね。それにアイツは、ああ見えてプレッシャーにすごく強い。かなりの長台詞を「1カットで撮りたい」と言うと、現場で集中力を発揮してくれる。あと、アイツももう女の子にキャーキャー言われる年齢じゃなくなったでしょ。派手さがなくなったのがいいよね。今回の映画のキャスティングは、人気とか知名度で決めたくなかった。そりゃ、配給や宣伝スタッフは、宣伝しやすい人気俳優を使ってほしいのかもしれないけど(苦笑)。新井浩文は前から使ってみたかった俳優。彼の持っている空気感が好きだね。いかにも犯人に見えそうだし(笑)。 ──ちなみに今回の撮影日数は? 伴明 3週間です。ボクもスケジュールを聞いたときは「えっ」と驚きました。長ければいいもんじゃないけど、勢いだけで撮れる作品ではないので最低でも1カ月は欲しかった。裁判所のシーンなどはセットの組み替えに時間がかかるしね。当然、順撮りなんかやってられない。萩原聖人も新井浩文も、そんな非常に限られた時間の中で、大変な集中力を発揮してくれた。 ──事件だけを描くのではなく、袴田死刑囚(36年生まれ)と熊本元判事(38年生まれ)が生まれた当時の世界大戦に突入していく日本の世情から、一転して教科書を黒塗りさせられた終戦直後の教育といった社会背景から追っている点が、伴明監督らしいなと感じます。
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"袴田事件"を主任判事として担当した熊本(萩原聖人)
。無実の人間に死刑を宣告したことに苦しみ、
裁判官を辞職。その後も悩み続け、家庭は崩壊していく。
伴明 そこはボクがこだわったところです。この事件は昭和という時代が生み出した犯罪だと思うし、昭和という時代の判決だったんじゃないかと思うんです。結局、日本は意識構造も社会構造も戦前から、そして戦後も変わっていないわけですよ。そこでね、構造に問題があるということを感じてもらえればいい。「じゃあどうする?」という答えは出ませんよ。すべては人間がやっていることですから。人間の抱く感情や正義感、使命感といったものをひとつに無理にまとめようとするほうが、いびつなことですよ。人は神ではないので、○か×かを見極めるのは非常に難しい。ただ、あの事件が現代に起きていたら、違った判決になっていたはず。逆に平成時代だから起きる、違う形の冤罪もあるでしょう。 ──ずばり、この映画が公開されることで、司法決定に影響を与えることはできますか? 伴明 正直に言って、それはなかなか難しい。でも、今も再審請求している人たちを、映画監督という自分の立場から応援することができるということです。ボクは袴田事件は冤罪だと思っています。しかし、司法判決を覆すのは容易なことではない。はたして映画にそこまでの力があるのか......。でもね、この映画を観た人は、新しく始まった裁判員制度も含めて、司法制度について意識が高まるはず。そこから変わっていくしかないんですよ。  30歳で逮捕された袴田死刑囚は約44年にわたって拘束され、今も東京留置所に収監中だ。長い拘束生活と死の恐怖から精神に異常をきたし、09年からは姉が保佐人となっている。袴田死刑囚は現在74歳。再審請求が認められ、冤罪が晴れる機会は来るだろうか。いつゴングが鳴るのか分からない、果てしない闘いを袴田死刑囚は強いられている。 (文=長野辰次) ●『BOX 袴田事件 命とは』 監督・脚本/高橋伴明 脚本/夏井辰徳 出演/萩原聖人、新井浩文、葉月里緒菜、村野武範、保阪尚希、ダンカン、須賀貴匡、中村優子、雛形あきこ、大杉蓮、國村隼、志村東吾、吉村実子、岸部一徳、塩見三省、石橋凌ほか 配給/スローラーナー 5月29日(土)より渋谷ユーロスペース、銀座シネパトスほか全国順次ロードショー ■袴田事件 1966年に静岡県清水市(現静岡市清水区)で発生した強盗殺人放火事件。同市の味噌製造工場の専務宅から出火し、焼け跡から一家4人の死体が発見された。その裁判で死刑が確定したのが袴田巌(36~)死刑囚。袴田死刑囚は冤罪を訴え、再審を請求しているが、09年5月現在、最高裁判所に出した再審請求は棄却されている。 ●たかはし・ばんめい 1949年奈良県出身。早稲田大学第二文学部中退後、ピンク映画で活躍。『TATOO〈刺青〉あり』(82)で一般映画に進出。主な監督作に『DOOR』(88)、『ネオチンピラ 鉄砲玉ぴゅ~』(90)、『獅子王たちの夏』(91)、『獅子王たちの最后』(93)、『愛の新世界』(94)、『光の雨』(01)、『火火』(05)、『丘を越えて』(08)、『禅 ZEN』(09)など。
はけないズボンで死刑判決―検証・袴田事件 STOP! 冤罪! amazon_associate_logo.jpg
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