どうなるロンドン五輪……南キャン・しずちゃん、MRI検査で脳に“影”!?

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第1位 「南海キャンディーズしずちゃんMRI検査で脳に『影』」(「週刊朝日」4月20日号) 第2位 「特別付録 さらば剛毛時代」(「週刊現代」4月21日号) 第3位 「何があった?藤谷美和子が小田原で徘徊生活!」(「フライデー」4月20日号) 佳作 「吉本興業非公開『決算報告書』をスッパ抜く!」(「週刊文春」4月12日号)  週刊朝日がすごいボリュームで、いつもの倍ぐらいはある。どうしたのかと見てとれば、2012年入試速報「全国3232校主要大学合格者数」を130ページにわたって掲載しているのだ。  高校間の格差を助長するような特集を朝日とサンデー毎日のような新聞社系週刊誌が止めないのは、この号が売れるからである。だが、いい加減に止めたらどうかと、私は思うのだがね。  朝日の編集後記で河畠大四編集長が「次号から通常号の定価を20円上げて370円にします」と書いている。いま上げると消費税が10%に上がったときはまた値上げするのかな? ちなみに今週号は、週刊現代400円、週刊ポスト400円、週刊文春380円、週刊新潮370円、フライデー400円である。  今週はまず文春の吉本興業の記事を佳作に推す。  吉本興業の経営がえらいことになっているようだ。2001年4月から9月の決算書によると半年間で売上は237億円で、最終損益は15億2,000万円の赤字で、このままいくと11年3月期と同じように30億円程度の大赤字になるというのである。  原因は成長の源泉だったテレビが頭打ちになり、視聴率が取れるのは明石家さんまぐらいしかいなくなってしまったことと、大崎洋社長が決断した「上場廃止」が響いているというのだ。  この廃止で吉本の資産は激減していった。吉本の決算書を見た銀行担当者はこう言う。 「08年3月時点で二百三十七億円まで積み上げていた現金が、いまは五十億円まで減っています。同じく純資産(返済しなくてもいい資金)は四百八十五億円から百五十億円まで減少。よく言えばスリム化しましたが、要するに小さな会社になってしまったのです」  この銀行担当者は吉本は「この状況が続けばジリ貧です」と見て取る。  超優良会社といわれた吉本だった。私は、中田カウスや島田紳助問題で噴出した暴力団と吉本の癒着構造が、視聴者の嫌気を誘ってしまったのではないかと見る。最大の市場である東京の視聴者が吉本離れをしているのではないか。ことは深刻である。  第3位はフライデーの「元祖プッツン女優」藤谷美和子(49)の近況記事。  彼女を見なくなって久しい。カルビー・ポテトチップスのCMでデビューし、ブルーリボン賞にも輝いた女優だったが、奇矯な振る舞いをたびたびするようになって活躍の場を失った。2005年に結婚したが、その夫とも別居状態だそうだ。  何しろ彼女の格好がすごい。ボサボサの髪にキャップを目深に被り、両耳にはイヤホン、黒いキャリーバッグを引いて歩いてる姿はホームレスかと思わせる。  彼女の目的はネコの世話。空き地にいるネコを世話するために3日と空けずに通ってきている。ブツブツ独り言を言いながら、スマホでネコの写真を撮ったりネコの周りを片付けたりした後、キャリーバッグをガラガラ引きながら、競歩選手のようなスピードで来た道を引き返していく。  フライデーとの一問一答。 ――最近テレビでお見かけしませんが。 「いろんな媒体に『藤谷を画面に出すな』と手紙を書いている人がいるんです」 ――ご主人とは別居しているんですか? 「もうずいぶん前からです。最初から結婚する気がなかったし、(歌唱)印税を全部とられてしまっているので」 ――ネコが顔をケガしていますね。 「このネコちゃんはとっても頭がいいんです。(ケガしているのは)病院へ運ばせようとしている、病気のせいみたい」  母親と2人で生活しているそうだが、彼女がホームレスになっていても不思議はない、そう思わせるところが藤谷の「魅力」なのかもしれない。  第2位は久々の軟派記事が入った。現代はこのところ「無毛ヌード時代」をテーマにしてきているが、今週の袋とじでは「迫り来る無毛時代、その前に」として、日本人女性のヘアはこんなに濃かったと、こちらが心配になるほど「ヘア」を陳列して見せてくれる。  無毛といいながらの「ヘア・ヌード」満載グラビアで、技ありだ。  週刊ポストの活字だけの「世界20か国400人の『女性器展』の制作現場」や「美人女医が課外レッスン SEXの新境地『中戯』を極める」を完全凌駕。「陰毛専用の整毛機『ヒートカッター』」で毛をカットしている写真まである。わいせつ感のない、これぐらい開けっぴろげなヌードグラビアは珍しい。  見てもらうしかないが、アンダーヘアに隠された中までも見えそうな危ういけどアッケラカンとしたカラーグラビアに、今週の準グランプリを進呈する。  入選はしなかったが、ポストの「4・26『小沢一郎判決』で何が裁かれるか」という大特集は賛否あるだろうが、なかなかの力作ではある。  1部で有罪の場合と無罪の場合に「政局と日本の未来」がどうなるかをシミュレーションしている。  第2部では西松建設事件、陸山会事件、検察審査会、秘書裁判に分けて、各疑惑について小沢に成り代わって反論&否定している。  第3部では「政治家失格は明らかだ」(朝日新聞)、「潔く議員辞職すべきだ」(産経新聞)などと責め立てた大新聞の「過ち」を批判し、訂正・謝罪せよと迫っている。  私も、4月26日の判決は「小沢の灰色無罪」だと推定しているが、だからといって小沢の巨額蓄財への疑惑が晴れ、政治家としてまったく問題なしとなるとは思わない。  ポスト飯田昌宏編集長の「覚悟」は買うが、今回は選外にした。  そういう意味では朝日の「しずちゃん」の記事も賛否が分かれる記事であろう。  今年のロンドンオリンピックを目指してトレーニングに励む、お笑いコンビ「南海キャンディーズ」のしずちゃんこと山崎静代(33)は、人気タレントということもあって大きな注目を浴びている。  しかし、2月の全日本女子ボクシング選手権では優勝したものの、3月の女子アジア選手権(モンゴル)では1回戦で格下で17歳年下の韓国人ボクサーにボコボコにされ、レフリーストップで敗退してしまった。  彼女にとってオリンピック出場最後のチャンスは、5月に中国で開かれる世界選手権でベスト8に入ることだが、かなり難しいとの見方が多い。  そこに、数カ月前から「しずちゃんが、頭部の検査で異常が見つかったようだ」とささやかれているというのである。  取材を進めると、日本ボクシングコミッションが指定する病院の医師が、自覚症状はないが頭部のCTスキャンの結果、脳に水がたまったような薄い影が見られたため、別の病院でMRI検査をするように伝えたという話。  結局、MRI検査で脳の影が確認されたため、しずちゃんはプロへの道をあきらめた。その後のMRI検査で影も消えたため、アマチュアでオリンピックを目指すことにしたというのだ。  だが、ボクシングは危険なスポーツである。アマはヘッドギアをつけて試合をするため頭部へのダメージは少ないとはいうものの、安心はできない。  スポーツ医療関係者は、命懸けでやるという選手を止めることはできないが、選手自身が過去にそうしたことがあったと開示するべきで、その都度精密検査を受けて本当に問題がなければ堂々と試合に出たらいいと話す。  だが、しずちゃんはそのことを隠していた。朝日は「これは命にかかわる問題である。しずちゃんが『命懸け』であっても、本誌は知らないふりをすることはできない」と、しずちゃんのトレーナーや彼女の母親、本人に直撃するのである。  母親は元体育教師だったこともあって、ほかのスポーツと違って危険なことは承知しているが、彼女が必死に頑張っているいま、そのことは書かないでくれと話す。  当のしずちゃんは最初落ち着いて答えていたが、次第に語気を強めてこういう。 「ボクシングって、誰がやっても危険じゃないですか。危険を伴うスポーツなので、何が起こるかは誰もわからない。これ、記事になるんですか? (異常は)言いたくないし、そういう目で見られたくない。記事を書かれて、もし世界選手権の出場がダメになったら嫌なんです」  この記事が出ることによって本当に彼女が世界選手権に出られなくなったら。そう考えると朝日編集部も躊躇したのだろう。彼女の夢を奪うことになるかもしれないからだ。  こうしたとき、記事にはせず、彼女にいまいちどMRI検査を受けさせ、もし異常なしとわかればよし、異常が見つかった場合は引退させ、その間の事情をすべて書くという方法もあったとは思う。  私が現場にいたらどうしただろうか。悩ましい問題を抱えた記事だが、みんなで考えてもらいたいということもあって今週の第1位に挙げた。  最後に現代の「わが妻・田中好子の微笑がえし」という記事に違和感を感じたことも書いておこう。  元キャンディーズの田中好子の一周忌を前にして、夫の小達一雄が初めて明かした田中の最後の日々というリードがついている。  こんな言葉がある。 「いま私は、被災地に何回か通っています。ずっと我慢に我慢を重ねてきたご遺族の方々に『田中好子の主人です』と伝えると、多くの方が涙ながらに『あの言葉(田中が死の直前に吹き込んだ被災地を励ます録音テープ=筆者注)に救われました』と私の手をぎゅっと握ってくれました」  「家族を本当に大事にしていて」という言葉もある。だが、田中の死の直後に週刊女性が小達の愛人のことを報じたことを忘れてはいけない。  彼女の葬儀で、死ぬ間際に吹き込んだ田中好子の肉声が流され、気丈にふるまう夫・小達の姿が2,000人を超える参会者の涙を誘った。だが、その小達には10年前ぐらいから続いている愛人(40歳前後)がいて、その彼女との間に小学校高学年くらいの女の子がいるという記事だ。  週刊女性によれば「田中好子さんも勘づいていた」という。だとすれば、悲劇の裏にさらなる悲劇である。  目撃したのは昨年の7月14日、成田空港のハワイ・ホノルル行きのゲート前。「パパ」と駆け寄る女の子に「どれがいい」と小達は優しく声を掛けていた。  2人のことをよく知る関係者は「田中さん、探偵をつけたり、自ら張り込んだりもしたそうです」と話している。  このことを聞かないというのがインタビューの条件だったのだろうか。しかし編集者たる者、これを聞かずしてなんのインタビューぞ。キレイごとだけで終始した不満の残る記事であった。  蛇足。私が仲介をした現代の立川談志師匠の連載「時事放談」が本になった。「立川談志『遺稿』」(講談社刊・1500円)。文は人なり。超人的な記憶力で好きだった旅や昔の芸人たち、映画などについて縦横無尽に書いている。談志ファンならずとも一読の価値ありです。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか

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「週刊文春」4月5日号 中吊り広告より
第1位 「母・小川真由美を狂わせた『3人の教祖』」(「週刊文春」4月5日号) 第2位 「沖縄の海兵隊は本当に必要か」(「ニューズウイーク日本版」4月4日号) 第3位 「『原発収束宣言』を撤回すべきだ! 73シーベルトの地獄」(「週刊朝日」4月13日号) ワースト1位 「阿川佐和子のこの人に会いたいスペシャル 野田首相 阿川佐和子がすべてを聞いた」(「週刊文春」4月5日号)  今朝(4月2日)、ジャーナリストの青木理さんから電話があり、私のことが朝日新聞の「天声人語」に載っているという。  新聞に取り上げられるときはいつも悪いことばかりなので、何事かと読んでみた。  「週刊朝日」と「サンデー毎日」が今日そろって卒寿(90歳)を迎えたことから始めて、週刊誌の役割について書いている中で、私の著書の中の言葉を引用している。 「『週刊現代』の名物編集長だった元木昌彦さんが、著書『週刊誌は死なず』(朝日新書=筆者注)で、生き残るための『初心』を記している。『少し品が悪くてやんちゃだが、自分たちが面白いと思ったことには、リスクを考えずに突き進んでいく。権力より反権力。強者より弱者。正義より興味』だと」  「ただ、面白さに目がくらむと誤報や名誉毀損(きそん)の危険も増す」とひと言付け加えながらも「それでも、煙たい週刊誌ジャーナリズムは必要だ」としている。  一昨年から昨年の上半期にかけて「週刊現代」の躍進や、東日本大震災報道、島田紳助騒動などで勢いを盛り返したかに見えた週刊誌だが、昨年後半から今年に入って売り上げが落ち込んでいる。  私が上智大学で「週刊誌がこのままなくなってしまっていいのか」というシンポジウムを開き、週刊誌の編集長たちに来てもらったのが2009年の5月だった。シンポジウムは大きな反響を呼び、それだけでは無論ないが、週刊誌に再び注目が集まるようになった。  それから3年が経つ。今年再び、週刊誌についてのシンポジウムをやろうと考えていたところに、うれしい「天声人語」のエールであった。  さて、今週はワースト1を選んでみた。選考理由はいくつかあるが、一番は、週刊誌は権力側の宣伝機関になってはいけないということである。  リードで「現役総理が雑誌の単独インタビューに応じるのは異例中の異例」と書いているが、確かに一昔前ぐらいまではそうだった。  それは官邸記者クラブが雑誌へ出ることを嫌がり、時の総理が出たいといっても潰してきたからである。だが、よくも悪くも民主党政権になって記者クラブの力は弱まり、彼らの関心も薄れてきたから、総理が「その気になれば」難しくはない。  今回問題なのは、野田佳彦総理が「その気になった」のは、野田の言葉にあるように消費税増税について「いろんな媒体を通じて、政策についてより知っていただく」ためである。  もちろん文春側も阿川もそれは承知の上であろう。阿川も「私なんぞの対談ページに出ていただけるというのは」などと言いながら、一通りの質問はしている。  なぜ今消費税アップなのか。小沢一郎が反対しているが。景気はよくなるのか。谷垣禎一自民党総裁との密会の真偽。原発再稼働には「国民は今、保安院も安全委員会も、全然信用してませんよ。彼らの言ってきたことは、3・11以降、ウソばっかりだったんだもん」と反対を表明している。  原発再稼働するためには「3・11クラスの地震や津波に耐えられると判断すれば、稼働させることはありうる」と言っている。そう判断できなければ再稼働しないという言質を引き出したのはよかったとは思うが、全体に総花的なインタビューである。  野田という男、なかなかの話し上手である。たとえば国民皆年金・皆保険という社会保障は、かつては多くの元気な人たちが一人の年寄りを支える「胴上げの社会」だったが、今は3人で1人を支える「騎馬戦社会」になり、2050年には1人が1人を支える「肩車社会」になってしまう。だから、今の社会保障の形はもたなくなるので「一番公平な」税金である消費税をアップするのだと話す。  何も考えずに聞いていると、そうなのかと肯いてしまいそうである。だが、消費税が一番公平な税だというのは学者の中でも分かれる見解だし、さらに消費税をアップしたとしても、財務省の悪知恵で、本当に社会保障に使われるのはそのうちのわずかではないかという疑問点は追及していない。  阿川には『聞く力 心をひらく35のヒント』(文春新書)というベストセラーがあるから、どじょう首相からどんな本音を引き出してくれるのかと期待して読んだが、「聞く力」は発揮できずじまいであった。  いや、もともと発揮する気はなかったのではないか。それはインタビューの最後の阿川の文章「一筆御礼」でうかがい知れる。 「(中略)目の前の稚拙な質問者にもさぞやカチンと来ていらっしゃるでしょうに、グッと抑えておいでの優しそうなご様子に、つけこんでみましたが勝ち目は薄く、たしかに消費税は上げざるを得ないかと渋々納得させられた感があります。とほほ。(中略)将来に生きていく子どもたちのためには、どうか御身を挺してご決断くださいませ」  野田の思惑を文春が了として、消費税アップ容認派の阿川を起用してやった“できレース”ではないのか。そう思うが故にワースト1である。  3位は週刊朝日おなじみの福島第一原発幹部が語るシリーズである。  東電は3月27日に、福島第一原発2号機の格納容器内で毎時72.9シーベルトの放射線を観測したと発表した。人間は7シーベルトを浴びると100%死亡するといわれるから、この放射線量は5分46秒で人を死に至らせるものすごい値である。  フクイチ幹部はこういっている。 「ある程度、高い放射線量は予想していたが、実際に73と言われると、改めて恐ろしさを感じる。メルトダウンした燃料が圧力容器を突き破り、格納容器まで達していることは、これではっきりした。燃料が溶け落ち、その粒子が容器の中をグルグルと回っているのだろう。助かっているのは、温度が50度前後で収まっていることです」  内視鏡検査で格納容器内の水位がわずか60センチしかなかったことも判明した。  毎時9トンもの汚染水はどこへ消えたのか。 「格納容器の下にある圧力抑制室に行った水は地下に流れ込み、果ては地面にしみ込んでいる。事故後すぐに『遮水壁を設けるべきだ』という話になり、設置する予定だった。しかし、いま現在も実現していない」(フクイチ幹部)  先延ばししているのは予算がないからだという話も聞こえてくるが、カネを惜しんでいる場合ではないと幹部は憤る。  周囲への汚染拡大を食い止める方策も打たない政府・東電は、実現可能性が不透明な廃炉に向けた工程表を発表しているが、高い放射線量のため作業員は近づけないし、これほどの高い線量に耐えられるロボットはないという。  3月上旬に福島第一原発を視察した自民党の佐藤正久参院議員はこう話す。 「余震で倒壊の危険がある4号機への対応が最優先され、廃炉のことなどとても考えられない。見れば見るほど背筋が寒くなる思いでした。原発事故は『収束』ではなく『終息』させるべきだ」  少し大仰なところはあるものの、原発の恐ろしさを訴え続けてきた広瀬隆の連載も終了し、メディアの原発事故についての報道がめっきり少なくなってしまった。  しかし、原発事故はいまだに収束どころか、いつどうなるかわからない状態を脱してはいないのだ。永田町のサル芝居ばかりに目がいく昨今、地道に原発事故の報道は続けていくべきである。  2位は忘れ去られがちな沖縄の米海兵隊について、ニューズウイーク日本版の記事。軍事ジャーナリスト・カーク・スピッツァー (USA Today紙、CBSニュースの元軍事問題担当記者で、91年の湾岸戦争以降、ほぼすべての米軍の軍事作戦に従軍してきた)のレポートである。  彼は、沖縄の海兵隊には言われているような大きな戦闘力も抑止力もないと言う。アメリカ国内の国防専門家の間でも、海兵隊を沖縄に置き続ける必要はないかもしれなという考えが拡がりつつあるとも。  なぜなら、在沖縄の主力戦闘部隊である第31海兵遠征部隊は、装備は充実しているが兵力はわずか2,200人しかいないし、沖縄にある司令部の主な任務は、北朝鮮が韓国を攻撃したり、中国が台湾を攻撃した場合、アメリカから来る増援部隊を指揮することである。  朝鮮戦争やベトナム戦争の時は、米本土から部隊を運ぶ手段が船舶だったために、沖縄の基地は大きな機能を果たしたが、「今日では、中継地点を経ずに長距離輸送機で戦闘地帯に部隊を送り込むのが一般的だ。事前に輸送船を現地に派遣するようになったため、大規模な準備拠点を国外に常設する必要性も小さくなった」のだ。  抑止力効果の面で沖縄に海兵隊を残す必要もなくなりつつある。中国を念頭に置くのであれば、沖縄の海兵隊がいなくなっても海軍の第7艦隊がいるし、北朝鮮に対しては在韓米軍がいる。したがって嘉手納基地の米空軍で十分な抑止力を確保できるとしている。  また海兵隊も、市街地に近く手狭で老朽化している普天間飛行場の移設の必要性を主張しているが、コスト削減を理由に米議会が辺野古移設にノーを突き付ける可能性が高いという。  駐留のコストは増大し、米本土で軍事的な意義に疑問を投げかける声が強まってきている。筆者は「海兵隊がついに荷物をまとめて、沖縄から去る日が近づいているのかもしれない」と結ぶ。  このほかに、日本のこのところの防衛大臣のお粗末さや軍事環境の変化を無視している姿勢を批判した「日本の『勘違い』防衛論議」。アメリカは中国の軍事拡大に対抗する構想を打ち出したとする「米中がにらみ合う『エア・シー・バトル』」など、アメリカのアジア戦略の変化を教えてくれる。  やや保守的な米週刊誌だが、今こそ読んでおくべき記事だと思う。  今週のグランプリは文春の記事。女優・小川真由美(72)の娘・小川雅代(42)が明かした母・小川の素顔は読みごたえがある。  雅代は小川と俳優・細川俊之の長女として生まれるが、2歳の時に細川が別居し、その2年後に2人は離婚してしまう。  その後、小川は50代のタロット占い師にのめり込み、「緑と紫」は縁起が悪いとすべて禁止し、絵本でもその2色が入っている部分はマジックで塗り潰し、クレヨンや絵の具も最初から2つの色は捨てられ、学校の先生にまで「その色は使わせないで」と指示していた。  やがて小川は俳優の橋爪功と同棲を始めるが、やがて愛がさめて橋爪が家に帰ってこなくなると小川も家に戻らなくなる。  雅代は1週間も放置され、缶詰などの非常食も尽きて意識が朦朧として寝ていることが多くなったそうだが、たまに部屋をのぞいた小川は、「私がハンガーストライキをしていると思ったようです」(雅代)と、何もしなかったらしい。  そんなこともあり、娘の心から母・小川は次第に消えてしまっていったようだ。  その後、女優業にかげりの出てきた小川は、男性占い師に傾倒していく。さらに小川は尼僧になり、3代目の教祖と出会うのだ。それは京都在住の50代の小柄な女性で、彼女に言われて世田谷から吉祥寺に引っ越し、教祖が好きだったディズニーのぬいぐるみで部屋をあふれさせ、お遍路を始める。  小川はこの教祖からペットビジネスをもちかけられるが失敗し、小川から散々カネを引っ張った教祖はそのまま行方をくらましてしまう。  娘・雅代はもう5年も母・小川とは会っていないという。小川のほうも、昨年12月に『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出て「私、身内がいないんです」と話していたというから、小川の中にも娘という存在は消してしまいたい過去なのかもしれない。不幸なことだ。  小川は『復讐するは我にあり』『配達されない三通の手紙』(ともに1979)で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞し、『食卓のない家』(85)では精神を病んだ母親を演じた際、本物の金魚をかじって話題になった。  妖艶でどこかに狂気を漂わせる女優で、私は好きだった。その小川が実生活でも占い師などにハマり、娘に「小川と細川の血は、自分の代で絶やすべきだ」と言わせるような生き方をしてきたのかと思うと、なんだかやるせない。  オセロ中島と女占い師のことが話題になっているが、このようなケースのように、もっと深刻なマインドコントロール問題が芸能界にはたくさんありそうである。  蛇足。今回入選は果たせなかったが、文春の専売特許になった感のあるAKB48スキャンダル「AKB48板野友美 EXILEのTAKAHIROと『同じマンション』熱愛証言」も面白かったことを付け加えておく。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
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「週刊文春」4月5日号 中吊り広告より
第1位 「母・小川真由美を狂わせた『3人の教祖』」(「週刊文春」4月5日号) 第2位 「沖縄の海兵隊は本当に必要か」(「ニューズウイーク日本版」4月4日号) 第3位 「『原発収束宣言』を撤回すべきだ! 73シーベルトの地獄」(「週刊朝日」4月13日号) ワースト1位 「阿川佐和子のこの人に会いたいスペシャル 野田首相 阿川佐和子がすべてを聞いた」(「週刊文春」4月5日号)  今朝(4月2日)、ジャーナリストの青木理さんから電話があり、私のことが朝日新聞の「天声人語」に載っているという。  新聞に取り上げられるときはいつも悪いことばかりなので、何事かと読んでみた。  「週刊朝日」と「サンデー毎日」が今日そろって卒寿(90歳)を迎えたことから始めて、週刊誌の役割について書いている中で、私の著書の中の言葉を引用している。 「『週刊現代』の名物編集長だった元木昌彦さんが、著書『週刊誌は死なず』(朝日新書=筆者注)で、生き残るための『初心』を記している。『少し品が悪くてやんちゃだが、自分たちが面白いと思ったことには、リスクを考えずに突き進んでいく。権力より反権力。強者より弱者。正義より興味』だと」  「ただ、面白さに目がくらむと誤報や名誉毀損(きそん)の危険も増す」とひと言付け加えながらも「それでも、煙たい週刊誌ジャーナリズムは必要だ」としている。  一昨年から昨年の上半期にかけて「週刊現代」の躍進や、東日本大震災報道、島田紳助騒動などで勢いを盛り返したかに見えた週刊誌だが、昨年後半から今年に入って売り上げが落ち込んでいる。  私が上智大学で「週刊誌がこのままなくなってしまっていいのか」というシンポジウムを開き、週刊誌の編集長たちに来てもらったのが2009年の5月だった。シンポジウムは大きな反響を呼び、それだけでは無論ないが、週刊誌に再び注目が集まるようになった。  それから3年が経つ。今年再び、週刊誌についてのシンポジウムをやろうと考えていたところに、うれしい「天声人語」のエールであった。  さて、今週はワースト1を選んでみた。選考理由はいくつかあるが、一番は、週刊誌は権力側の宣伝機関になってはいけないということである。  リードで「現役総理が雑誌の単独インタビューに応じるのは異例中の異例」と書いているが、確かに一昔前ぐらいまではそうだった。  それは官邸記者クラブが雑誌へ出ることを嫌がり、時の総理が出たいといっても潰してきたからである。だが、よくも悪くも民主党政権になって記者クラブの力は弱まり、彼らの関心も薄れてきたから、総理が「その気になれば」難しくはない。  今回問題なのは、野田佳彦総理が「その気になった」のは、野田の言葉にあるように消費税増税について「いろんな媒体を通じて、政策についてより知っていただく」ためである。  もちろん文春側も阿川もそれは承知の上であろう。阿川も「私なんぞの対談ページに出ていただけるというのは」などと言いながら、一通りの質問はしている。  なぜ今消費税アップなのか。小沢一郎が反対しているが。景気はよくなるのか。谷垣禎一自民党総裁との密会の真偽。原発再稼働には「国民は今、保安院も安全委員会も、全然信用してませんよ。彼らの言ってきたことは、3・11以降、ウソばっかりだったんだもん」と反対を表明している。  原発再稼働するためには「3・11クラスの地震や津波に耐えられると判断すれば、稼働させることはありうる」と言っている。そう判断できなければ再稼働しないという言質を引き出したのはよかったとは思うが、全体に総花的なインタビューである。  野田という男、なかなかの話し上手である。たとえば国民皆年金・皆保険という社会保障は、かつては多くの元気な人たちが一人の年寄りを支える「胴上げの社会」だったが、今は3人で1人を支える「騎馬戦社会」になり、2050年には1人が1人を支える「肩車社会」になってしまう。だから、今の社会保障の形はもたなくなるので「一番公平な」税金である消費税をアップするのだと話す。  何も考えずに聞いていると、そうなのかと肯いてしまいそうである。だが、消費税が一番公平な税だというのは学者の中でも分かれる見解だし、さらに消費税をアップしたとしても、財務省の悪知恵で、本当に社会保障に使われるのはそのうちのわずかではないかという疑問点は追及していない。  阿川には『聞く力 心をひらく35のヒント』(文春新書)というベストセラーがあるから、どじょう首相からどんな本音を引き出してくれるのかと期待して読んだが、「聞く力」は発揮できずじまいであった。  いや、もともと発揮する気はなかったのではないか。それはインタビューの最後の阿川の文章「一筆御礼」でうかがい知れる。 「(中略)目の前の稚拙な質問者にもさぞやカチンと来ていらっしゃるでしょうに、グッと抑えておいでの優しそうなご様子に、つけこんでみましたが勝ち目は薄く、たしかに消費税は上げざるを得ないかと渋々納得させられた感があります。とほほ。(中略)将来に生きていく子どもたちのためには、どうか御身を挺してご決断くださいませ」  野田の思惑を文春が了として、消費税アップ容認派の阿川を起用してやった“できレース”ではないのか。そう思うが故にワースト1である。  3位は週刊朝日おなじみの福島第一原発幹部が語るシリーズである。  東電は3月27日に、福島第一原発2号機の格納容器内で毎時72.9シーベルトの放射線を観測したと発表した。人間は7シーベルトを浴びると100%死亡するといわれるから、この放射線量は5分46秒で人を死に至らせるものすごい値である。  フクイチ幹部はこういっている。 「ある程度、高い放射線量は予想していたが、実際に73と言われると、改めて恐ろしさを感じる。メルトダウンした燃料が圧力容器を突き破り、格納容器まで達していることは、これではっきりした。燃料が溶け落ち、その粒子が容器の中をグルグルと回っているのだろう。助かっているのは、温度が50度前後で収まっていることです」  内視鏡検査で格納容器内の水位がわずか60センチしかなかったことも判明した。  毎時9トンもの汚染水はどこへ消えたのか。 「格納容器の下にある圧力抑制室に行った水は地下に流れ込み、果ては地面にしみ込んでいる。事故後すぐに『遮水壁を設けるべきだ』という話になり、設置する予定だった。しかし、いま現在も実現していない」(フクイチ幹部)  先延ばししているのは予算がないからだという話も聞こえてくるが、カネを惜しんでいる場合ではないと幹部は憤る。  周囲への汚染拡大を食い止める方策も打たない政府・東電は、実現可能性が不透明な廃炉に向けた工程表を発表しているが、高い放射線量のため作業員は近づけないし、これほどの高い線量に耐えられるロボットはないという。  3月上旬に福島第一原発を視察した自民党の佐藤正久参院議員はこう話す。 「余震で倒壊の危険がある4号機への対応が最優先され、廃炉のことなどとても考えられない。見れば見るほど背筋が寒くなる思いでした。原発事故は『収束』ではなく『終息』させるべきだ」  少し大仰なところはあるものの、原発の恐ろしさを訴え続けてきた広瀬隆の連載も終了し、メディアの原発事故についての報道がめっきり少なくなってしまった。  しかし、原発事故はいまだに収束どころか、いつどうなるかわからない状態を脱してはいないのだ。永田町のサル芝居ばかりに目がいく昨今、地道に原発事故の報道は続けていくべきである。  2位は忘れ去られがちな沖縄の米海兵隊について、ニューズウイーク日本版の記事。軍事ジャーナリスト・カーク・スピッツァー (USA Today紙、CBSニュースの元軍事問題担当記者で、91年の湾岸戦争以降、ほぼすべての米軍の軍事作戦に従軍してきた)のレポートである。  彼は、沖縄の海兵隊には言われているような大きな戦闘力も抑止力もないと言う。アメリカ国内の国防専門家の間でも、海兵隊を沖縄に置き続ける必要はないかもしれなという考えが拡がりつつあるとも。  なぜなら、在沖縄の主力戦闘部隊である第31海兵遠征部隊は、装備は充実しているが兵力はわずか2,200人しかいないし、沖縄にある司令部の主な任務は、北朝鮮が韓国を攻撃したり、中国が台湾を攻撃した場合、アメリカから来る増援部隊を指揮することである。  朝鮮戦争やベトナム戦争の時は、米本土から部隊を運ぶ手段が船舶だったために、沖縄の基地は大きな機能を果たしたが、「今日では、中継地点を経ずに長距離輸送機で戦闘地帯に部隊を送り込むのが一般的だ。事前に輸送船を現地に派遣するようになったため、大規模な準備拠点を国外に常設する必要性も小さくなった」のだ。  抑止力効果の面で沖縄に海兵隊を残す必要もなくなりつつある。中国を念頭に置くのであれば、沖縄の海兵隊がいなくなっても海軍の第7艦隊がいるし、北朝鮮に対しては在韓米軍がいる。したがって嘉手納基地の米空軍で十分な抑止力を確保できるとしている。  また海兵隊も、市街地に近く手狭で老朽化している普天間飛行場の移設の必要性を主張しているが、コスト削減を理由に米議会が辺野古移設にノーを突き付ける可能性が高いという。  駐留のコストは増大し、米本土で軍事的な意義に疑問を投げかける声が強まってきている。筆者は「海兵隊がついに荷物をまとめて、沖縄から去る日が近づいているのかもしれない」と結ぶ。  このほかに、日本のこのところの防衛大臣のお粗末さや軍事環境の変化を無視している姿勢を批判した「日本の『勘違い』防衛論議」。アメリカは中国の軍事拡大に対抗する構想を打ち出したとする「米中がにらみ合う『エア・シー・バトル』」など、アメリカのアジア戦略の変化を教えてくれる。  やや保守的な米週刊誌だが、今こそ読んでおくべき記事だと思う。  今週のグランプリは文春の記事。女優・小川真由美(72)の娘・小川雅代(42)が明かした母・小川の素顔は読みごたえがある。  雅代は小川と俳優・細川俊之の長女として生まれるが、2歳の時に細川が別居し、その2年後に2人は離婚してしまう。  その後、小川は50代のタロット占い師にのめり込み、「緑と紫」は縁起が悪いとすべて禁止し、絵本でもその2色が入っている部分はマジックで塗り潰し、クレヨンや絵の具も最初から2つの色は捨てられ、学校の先生にまで「その色は使わせないで」と指示していた。  やがて小川は俳優の橋爪功と同棲を始めるが、やがて愛がさめて橋爪が家に帰ってこなくなると小川も家に戻らなくなる。  雅代は1週間も放置され、缶詰などの非常食も尽きて意識が朦朧として寝ていることが多くなったそうだが、たまに部屋をのぞいた小川は、「私がハンガーストライキをしていると思ったようです」(雅代)と、何もしなかったらしい。  そんなこともあり、娘の心から母・小川は次第に消えてしまっていったようだ。  その後、女優業にかげりの出てきた小川は、男性占い師に傾倒していく。さらに小川は尼僧になり、3代目の教祖と出会うのだ。それは京都在住の50代の小柄な女性で、彼女に言われて世田谷から吉祥寺に引っ越し、教祖が好きだったディズニーのぬいぐるみで部屋をあふれさせ、お遍路を始める。  小川はこの教祖からペットビジネスをもちかけられるが失敗し、小川から散々カネを引っ張った教祖はそのまま行方をくらましてしまう。  娘・雅代はもう5年も母・小川とは会っていないという。小川のほうも、昨年12月に『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出て「私、身内がいないんです」と話していたというから、小川の中にも娘という存在は消してしまいたい過去なのかもしれない。不幸なことだ。  小川は『復讐するは我にあり』『配達されない三通の手紙』(ともに1979)で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞し、『食卓のない家』(85)では精神を病んだ母親を演じた際、本物の金魚をかじって話題になった。  妖艶でどこかに狂気を漂わせる女優で、私は好きだった。その小川が実生活でも占い師などにハマり、娘に「小川と細川の血は、自分の代で絶やすべきだ」と言わせるような生き方をしてきたのかと思うと、なんだかやるせない。  オセロ中島と女占い師のことが話題になっているが、このようなケースのように、もっと深刻なマインドコントロール問題が芸能界にはたくさんありそうである。  蛇足。今回入選は果たせなかったが、文春の専売特許になった感のあるAKB48スキャンダル「AKB48板野友美 EXILEのTAKAHIROと『同じマンション』熱愛証言」も面白かったことを付け加えておく。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
週刊誌は死なず どうなることやら。 amazon_associate_logo.jpg
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物欲と性欲、自己肯定感に満ちた30年前の大学生活「POPEYE」

『POPEYE』(平凡出版,1983年8月25日)
 いまや日本人の大学・短大進学率は60%近く。どこの大学も学生の確保に必死だ。昨年から別件の取材でさまざまな大学のパンフレットを取り寄せているのだが、3月に入ってから大学から「進学先は決まりましたか? ウチはまだ受験できますよ!」と電話やメールがバンバン。もはや、大学生であること自体の価値は、ほとんど失われているのではあるまいか。それでも、多くの若者が4月からの新生活をドキドキワクワクしながら心待ちにしているに違いない。そこで、今回は、大学生活にワクワクしている若者諸君をあおる雑誌記事を紹介することに。ただし、30年余り前のだけれどね……。  モテたい若者が必ず読んでいる雑誌の二強が「POPEYE」(平凡出版/現・マガジンハウス)と「Hot-Dog PRESS」(講談社)だったのはいつ頃までだったろう。「Hot-Dog PRESS」の休刊が2004年なので、それ以前に“モテるために読む雑誌”というものは、需要を失っていたのではなかろうか。「Hot-Dog PRESS」が、恋愛マニュアルなどを中心に即物的な路線だったのに対して、オシャレ感が前面に出ていたのが「POPEYE」である。今回紹介する1983年8月25日号も、タイトルロゴの下には「Magazine for City Boys」の文字が輝いている。表紙は、まさにアメリカ西海岸テイスト。わたせせいぞうの代表作『ハートカクテル』を実写にしたら、ちょうどこんな感じなんだろうと思われる。  筆者も、大学時代に『ハートカクテル』を地でいくライフスタイルを追求していたが、友人から江口寿史の『わたせの国のねじ式』を読まされて、悪夢から目覚めたことを思い出さずにはいられない。  さて、本号の特集は「気分引き締め新学期」。大学は後期の授業が始まる時期であり、「一新ついでに、ちょいと生活も変えてみたい」というテーマで構成された記事である。今でも毎年、季節の変わり目になると自分の部屋を「個性」で飾り立てることをあおる「部屋テク」系のムックが何冊も発行されている。それに感化された人は、だいたいアパートの蛍光灯を取り外して間接照明に変えてみたり、あるいは「イケア」あたりにオシャレな家具を買いに出かけてみたり。ちょっと気の利いた人は、中央線沿線の古道具屋なんかで、妙な雑貨を買い込んで部屋を飾ろうとしているハズ。
いま、こんな部屋に済んでいたら絶対に落ち着かないと思う(クリックすると画像を拡大します)
 ところが、この特集で紹介されている「部屋テク」は、そうした小技をせせら笑うダイナミズムで満ち溢れている。「狭いながらもアールデコ。」というキャッチで紹介される部屋の模様替え例は、「何から何までアンティークで揃えるとなると、恐ろしく高いものについてしまうので、安価な組立式の棚をパーツで買って階段状に組んだり、ダミーの柱を作って置いたりする。これならチープかつ効果的に部屋を演出できてしまう」と本文で説明する。ところがどっこい、部屋に置かれているものの説明を見ると「アンティークのミラー/58,000円」「灰皿/6,800円」「サイドテーブル/128,000円」……決してこの頃、日本が驚異的なインフレに見舞われていたわけではない。  なんだかよくわからないが、一歩先をいく展開は止まらない。続くページでは、コンピューターをステーショナリー代わりに活用するテクニックを紹介。大学ノート代わりに持ち歩きたいとして紹介するのは「Canon X-07」。よほどの通でなければ覚えていないだろうが、Canonが唯一発売した、ハンドヘルドコンピューターだ。資料によればメモリは8KB(16KBまで増設可能)、画面は20文字4行表示というもの。特集では、これに大学ノート分くらいの情報が入ってしまう「ROM・RAMカード」を持っていれば「ノートは定期入れの中に入ってしまう時代」と熱く語るのだ。実践していた人がいたならば、ぜひお話を聞かせていただきたい!
これを読んで「マイコン」を購入した人もいるのだろうか。テクノロジーの進歩には感嘆するばかり(クリックすると画像を拡大します)

あまり注目されないが80年代のデザインセンスも、かなり独特である(クリックすると画像を拡大します)
 「くそう! 80年代の大学生はこんなに愉快に暮らしていたのか」あるいは「コイツら、何しに大学に行ってたんだ」とさまざまな思いが溢れ出す。とにかく、いかなるページであっても文末に「~だろう」「~かもしれない」といった逃げの文句を打つことなく、すべて「これが正しいんだ!」とばかりに言い切っている。ここまで断言されたら、相当強固なポリシーのある大学生でなければ“洗脳”されてしまったことだろう。  さらにページを進めると、登場するのは女子大探訪記だ。やはり、80年代は女子大生がブランドだった時代、執筆者も楽しんで書いているのか、ほかのページよりも熱が入っているように感じられる。本号では、この年、薬師丸ひろ子が入学した玉川学園と、同じく、この年にミス・ユニバース日本代表を生み出した松蔭女子学院大学(現・神戸松蔭女子学院大学)を「日本で一番美女の多い二大大学」だとしてルポしている。ここでも、妙な説得力のあるネームの勢いは止まらない。むしろ、力が入りまくりだ。玉川学園は「明るく爽快感あふれるキャンパスには健康サラダガールがあふれている」そうで、「ガールフレンドとして、一緒に街を歩きたいタイプの女のコでキャンパスはいっぱい」らしい。彼女らにウケのよいファッションが「IVYやトラッドといった感じの一般受けするスタイルが彼女たちのお好み」と書いてあるあたりが時代を感じさせる。対する松蔭女子は「美人のパノラマワールド」と、いきなりな結論である。「思わず“どうして”と聞きたくなるほど素敵なコが多いのに驚いてしまう」とか書いてるし「キャンパスは美人の満漢全席」とまで宣言されたら、納得するほかない。
大学生の本分は「楽しいキャンパスライフ」確かに、そんな時代は存在した(クリックすると画像を拡大します)

 本号を貫いている思想は、前述したように、どんなムチャなことでも納得させてしまう迷いのない「言ったモン勝ち」ともいうべき勢いである。「83年秋、放課後のプレイスポットはキャンパスなのだ」と銘打ったページでは、大学のキャンパスでできる遊びとして、ブーメラン、宝探しゲーム、そしてFM放送機材を使ってミニFM局を開局しようと呼びかける。そこでは「お気に入りのレコードや自分で編集したテープをかけて、曲の合間にクラブの情報やキャンパス内でのちょっとしたトピックスでも入れれば、小さいとはいえ、もう立派な放送局だ」とまで言い切る。
このゲーム機、本気で欲しい!(クリックすると画像を拡大します)

どんな広告でも、とりあえず水着の女のコを配置するのが80年代テイスト。ちなみに自転車は宮田工業のスポルディング・フリスコ
 ここまで肯定感に溢れる思想の背景にあるものはなんなのだろうか。インターネットが普及して、自己表現は誰もが手軽に安くできるようになった。さまざまなツールが登場し、男女の出会いも30年前よりは格段に楽になったはずだ。衣食住も、30年前よりは安くて種類も多くなっている。なのに、30年前の大学生のほうがラクに楽しく生きているように見えるのはなぜだろうか。いまや、大学入学時点で多くの学生は人生を達観し、大学は就職予備校と化している。それは、単なる経済状況の変化によるものだろうか。学生運動が終わった後の「シラケ世代」、そして「新人類」が生まれた80年代、そして90年代を経て21世紀へと、大学生という存在の価値の変容、そして彼らの意識の変化を解読していくには、まだまだ研究が足りない。 (文=昼間たかし)
POPEYE (ポパイ) 2012年 04月号 今はただのファッション誌? amazon_associate_logo.jpg
■「100人にしかわからない本千冊」バックナンバー 【第5回】1991年、ボクらはこんなエロマンガを読んでいた「美少女漫画大百科」 【第4回】そして『孤独のグルメ』だけが残った......月刊「PANjA」とB級グルメの栄枯盛衰 【第3回】「いけないCOMIC」1985年1月号大特集 戸川純にただ単にミーハーしたいっ! 【第2回】あの頃、俺たちはこんな本でモテようとしていた『東京生活Qどうする?』 【第1回】超豪華"B級"文化人がロリコンで釣ってやりたい放題『ヘイ!バディー』終刊号

物欲と性欲、自己肯定感に満ちた30年前の大学生活「POPEYE」

『POPEYE』(平凡出版,1983年8月25日)
 いまや日本人の大学・短大進学率は60%近く。どこの大学も学生の確保に必死だ。昨年から別件の取材でさまざまな大学のパンフレットを取り寄せているのだが、3月に入ってから大学から「進学先は決まりましたか? ウチはまだ受験できますよ!」と電話やメールがバンバン。もはや、大学生であること自体の価値は、ほとんど失われているのではあるまいか。それでも、多くの若者が4月からの新生活をドキドキワクワクしながら心待ちにしているに違いない。そこで、今回は、大学生活にワクワクしている若者諸君をあおる雑誌記事を紹介することに。ただし、30年余り前のだけれどね……。  モテたい若者が必ず読んでいる雑誌の二強が「POPEYE」(平凡出版/現・マガジンハウス)と「Hot-Dog PRESS」(講談社)だったのはいつ頃までだったろう。「Hot-Dog PRESS」の休刊が2004年なので、それ以前に“モテるために読む雑誌”というものは、需要を失っていたのではなかろうか。「Hot-Dog PRESS」が、恋愛マニュアルなどを中心に即物的な路線だったのに対して、オシャレ感が前面に出ていたのが「POPEYE」である。今回紹介する1983年8月25日号も、タイトルロゴの下には「Magazine for City Boys」の文字が輝いている。表紙は、まさにアメリカ西海岸テイスト。わたせせいぞうの代表作『ハートカクテル』を実写にしたら、ちょうどこんな感じなんだろうと思われる。  筆者も、大学時代に『ハートカクテル』を地でいくライフスタイルを追求していたが、友人から江口寿史の『わたせの国のねじ式』を読まされて、悪夢から目覚めたことを思い出さずにはいられない。  さて、本号の特集は「気分引き締め新学期」。大学は後期の授業が始まる時期であり、「一新ついでに、ちょいと生活も変えてみたい」というテーマで構成された記事である。今でも毎年、季節の変わり目になると自分の部屋を「個性」で飾り立てることをあおる「部屋テク」系のムックが何冊も発行されている。それに感化された人は、だいたいアパートの蛍光灯を取り外して間接照明に変えてみたり、あるいは「イケア」あたりにオシャレな家具を買いに出かけてみたり。ちょっと気の利いた人は、中央線沿線の古道具屋なんかで、妙な雑貨を買い込んで部屋を飾ろうとしているハズ。
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■「100人にしかわからない本千冊」バックナンバー 【第5回】1991年、ボクらはこんなエロマンガを読んでいた「美少女漫画大百科」 【第4回】そして『孤独のグルメ』だけが残った......月刊「PANjA」とB級グルメの栄枯盛衰 【第3回】「いけないCOMIC」1985年1月号大特集 戸川純にただ単にミーハーしたいっ! 【第2回】あの頃、俺たちはこんな本でモテようとしていた『東京生活Qどうする?』 【第1回】超豪華"B級"文化人がロリコンで釣ってやりたい放題『ヘイ!バディー』終刊号

物欲と性欲、自己肯定感に満ちた30年前の大学生活「POPEYE」

『POPEYE』(平凡出版,1983年8月25日)
 いまや日本人の大学・短大進学率は60%近く。どこの大学も学生の確保に必死だ。昨年から別件の取材でさまざまな大学のパンフレットを取り寄せているのだが、3月に入ってから大学から「進学先は決まりましたか? ウチはまだ受験できますよ!」と電話やメールがバンバン。もはや、大学生であること自体の価値は、ほとんど失われているのではあるまいか。それでも、多くの若者が4月からの新生活をドキドキワクワクしながら心待ちにしているに違いない。そこで、今回は、大学生活にワクワクしている若者諸君をあおる雑誌記事を紹介することに。ただし、30年余り前のだけれどね……。  モテたい若者が必ず読んでいる雑誌の二強が「POPEYE」(平凡出版/現・マガジンハウス)と「Hot-Dog PRESS」(講談社)だったのはいつ頃までだったろう。「Hot-Dog PRESS」の休刊が2004年なので、それ以前に“モテるために読む雑誌”というものは、需要を失っていたのではなかろうか。「Hot-Dog PRESS」が、恋愛マニュアルなどを中心に即物的な路線だったのに対して、オシャレ感が前面に出ていたのが「POPEYE」である。今回紹介する1983年8月25日号も、タイトルロゴの下には「Magazine for City Boys」の文字が輝いている。表紙は、まさにアメリカ西海岸テイスト。わたせせいぞうの代表作『ハートカクテル』を実写にしたら、ちょうどこんな感じなんだろうと思われる。  筆者も、大学時代に『ハートカクテル』を地でいくライフスタイルを追求していたが、友人から江口寿史の『わたせの国のねじ式』を読まされて、悪夢から目覚めたことを思い出さずにはいられない。  さて、本号の特集は「気分引き締め新学期」。大学は後期の授業が始まる時期であり、「一新ついでに、ちょいと生活も変えてみたい」というテーマで構成された記事である。今でも毎年、季節の変わり目になると自分の部屋を「個性」で飾り立てることをあおる「部屋テク」系のムックが何冊も発行されている。それに感化された人は、だいたいアパートの蛍光灯を取り外して間接照明に変えてみたり、あるいは「イケア」あたりにオシャレな家具を買いに出かけてみたり。ちょっと気の利いた人は、中央線沿線の古道具屋なんかで、妙な雑貨を買い込んで部屋を飾ろうとしているハズ。
いま、こんな部屋に済んでいたら絶対に落ち着かないと思う(クリックすると画像を拡大します)
 ところが、この特集で紹介されている「部屋テク」は、そうした小技をせせら笑うダイナミズムで満ち溢れている。「狭いながらもアールデコ。」というキャッチで紹介される部屋の模様替え例は、「何から何までアンティークで揃えるとなると、恐ろしく高いものについてしまうので、安価な組立式の棚をパーツで買って階段状に組んだり、ダミーの柱を作って置いたりする。これならチープかつ効果的に部屋を演出できてしまう」と本文で説明する。ところがどっこい、部屋に置かれているものの説明を見ると「アンティークのミラー/58,000円」「灰皿/6,800円」「サイドテーブル/128,000円」……決してこの頃、日本が驚異的なインフレに見舞われていたわけではない。  なんだかよくわからないが、一歩先をいく展開は止まらない。続くページでは、コンピューターをステーショナリー代わりに活用するテクニックを紹介。大学ノート代わりに持ち歩きたいとして紹介するのは「Canon X-07」。よほどの通でなければ覚えていないだろうが、Canonが唯一発売した、ハンドヘルドコンピューターだ。資料によればメモリは8KB(16KBまで増設可能)、画面は20文字4行表示というもの。特集では、これに大学ノート分くらいの情報が入ってしまう「ROM・RAMカード」を持っていれば「ノートは定期入れの中に入ってしまう時代」と熱く語るのだ。実践していた人がいたならば、ぜひお話を聞かせていただきたい!
これを読んで「マイコン」を購入した人もいるのだろうか。テクノロジーの進歩には感嘆するばかり(クリックすると画像を拡大します)

あまり注目されないが80年代のデザインセンスも、かなり独特である(クリックすると画像を拡大します)
 「くそう! 80年代の大学生はこんなに愉快に暮らしていたのか」あるいは「コイツら、何しに大学に行ってたんだ」とさまざまな思いが溢れ出す。とにかく、いかなるページであっても文末に「~だろう」「~かもしれない」といった逃げの文句を打つことなく、すべて「これが正しいんだ!」とばかりに言い切っている。ここまで断言されたら、相当強固なポリシーのある大学生でなければ“洗脳”されてしまったことだろう。  さらにページを進めると、登場するのは女子大探訪記だ。やはり、80年代は女子大生がブランドだった時代、執筆者も楽しんで書いているのか、ほかのページよりも熱が入っているように感じられる。本号では、この年、薬師丸ひろ子が入学した玉川学園と、同じく、この年にミス・ユニバース日本代表を生み出した松蔭女子学院大学(現・神戸松蔭女子学院大学)を「日本で一番美女の多い二大大学」だとしてルポしている。ここでも、妙な説得力のあるネームの勢いは止まらない。むしろ、力が入りまくりだ。玉川学園は「明るく爽快感あふれるキャンパスには健康サラダガールがあふれている」そうで、「ガールフレンドとして、一緒に街を歩きたいタイプの女のコでキャンパスはいっぱい」らしい。彼女らにウケのよいファッションが「IVYやトラッドといった感じの一般受けするスタイルが彼女たちのお好み」と書いてあるあたりが時代を感じさせる。対する松蔭女子は「美人のパノラマワールド」と、いきなりな結論である。「思わず“どうして”と聞きたくなるほど素敵なコが多いのに驚いてしまう」とか書いてるし「キャンパスは美人の満漢全席」とまで宣言されたら、納得するほかない。
大学生の本分は「楽しいキャンパスライフ」確かに、そんな時代は存在した(クリックすると画像を拡大します)

 本号を貫いている思想は、前述したように、どんなムチャなことでも納得させてしまう迷いのない「言ったモン勝ち」ともいうべき勢いである。「83年秋、放課後のプレイスポットはキャンパスなのだ」と銘打ったページでは、大学のキャンパスでできる遊びとして、ブーメラン、宝探しゲーム、そしてFM放送機材を使ってミニFM局を開局しようと呼びかける。そこでは「お気に入りのレコードや自分で編集したテープをかけて、曲の合間にクラブの情報やキャンパス内でのちょっとしたトピックスでも入れれば、小さいとはいえ、もう立派な放送局だ」とまで言い切る。
このゲーム機、本気で欲しい!(クリックすると画像を拡大します)

どんな広告でも、とりあえず水着の女のコを配置するのが80年代テイスト。ちなみに自転車は宮田工業のスポルディング・フリスコ
 ここまで肯定感に溢れる思想の背景にあるものはなんなのだろうか。インターネットが普及して、自己表現は誰もが手軽に安くできるようになった。さまざまなツールが登場し、男女の出会いも30年前よりは格段に楽になったはずだ。衣食住も、30年前よりは安くて種類も多くなっている。なのに、30年前の大学生のほうがラクに楽しく生きているように見えるのはなぜだろうか。いまや、大学入学時点で多くの学生は人生を達観し、大学は就職予備校と化している。それは、単なる経済状況の変化によるものだろうか。学生運動が終わった後の「シラケ世代」、そして「新人類」が生まれた80年代、そして90年代を経て21世紀へと、大学生という存在の価値の変容、そして彼らの意識の変化を解読していくには、まだまだ研究が足りない。 (文=昼間たかし)
POPEYE (ポパイ) 2012年 04月号 今はただのファッション誌? amazon_associate_logo.jpg
■「100人にしかわからない本千冊」バックナンバー 【第5回】1991年、ボクらはこんなエロマンガを読んでいた「美少女漫画大百科」 【第4回】そして『孤独のグルメ』だけが残った......月刊「PANjA」とB級グルメの栄枯盛衰 【第3回】「いけないCOMIC」1985年1月号大特集 戸川純にただ単にミーハーしたいっ! 【第2回】あの頃、俺たちはこんな本でモテようとしていた『東京生活Qどうする?』 【第1回】超豪華"B級"文化人がロリコンで釣ってやりたい放題『ヘイ!バディー』終刊号

“怒れる週刊誌”フライデーが噛みつく、関電の厚顔役員たちの懐事情

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「週刊文春」3月29日号 中吊り広告より
第1位 「小沢一郎『完全別居』次男と暮らす和子夫人を直撃!」(「週刊文春」3月29日号) 第2位 「芸能界とヤクザ 溝口敦」(「フライデー」4月6日号) 第3位 「年間報酬一人あたり4600万円! 関西電力の厚顔役員たち」(同) 次点 「小向美奈子の淫らなニオイがする袋とじ」(「週刊アサヒ芸能」3月29日号)  今朝(3月16日)早起きして米男子ゴルフ「アーノルド・パーマー招待」を見て、タイガー・ウッズ2年半ぶりの優勝に拍手した。2位との差があったのでガッツポーズは見られなかったが、最後のパットを打つ前、ラインを読むためにグリーンに屈んだとき、やや潤んだ目を隠すように帽子の庇を前に引っ張った仕草に、やっとここまで来られたという感慨が込められていたと見た。  2週間後には「マスターズ」が始まる。復活したタイガーのプレイに世界のゴルフファンの注目が集まるだろう。  日曜日の「高松宮記念」では5歳牝馬のカレンチャンが見事な走りを見せてくれた。馬も素晴らしいが鞍上の池添がいい。早めに2番手にとりつき、4コーナーを回って坂上から早めのスパートをして粘り込む好騎乗。先週は途中で走ることを止めてしまった4冠馬オルフェーヴルに騎乗し、もう一度立て直して猛然と追い込んだ。惜しくも2着だったが、オルフェーヴルの強さを見せてくれたレースだった。  騎手では、池添、岩田、福永、それに内田、横山典が抜きん出ている。残念ながら武豊の時代は終わったといってもいいだろう。  こうした感動とはほど遠かったのが、やはり日曜日に行われたメジャーリーグと阪神、巨人との対戦だった。  イチロー、川崎がそれぞれ打ったもののマリナーズは1対5で阪神に完敗。アスレチックスは巨人に5対0で勝ったものの、先発の宮国の落ちる球に三振の山。巨人にいたっては半分眠っているのではないかと思うほどの無気力野球。  高橋由伸に6億5,000万円、阿部慎之助に10億円も“裏契約金”を払った巨人は、選手の能力を見極める力がなかったとしか思えない。  もはやプロ野球は、WBCかクライマックス・シリーズを見るだけのスポーツになってしまった。  前置きはこれぐらいにして本論へ入ろう。このところ毎週書いていることだが、各誌の大特集に見るべきものがない。大スクープはハナから期待していない。「ヘー」と思わせてくれる記事が何本かあればいいのだが、それを探すのもなかなか難しい。  そんな中から探し出したのは、アサヒ芸能の袋とじ。小向美奈子のエロ姿態はさほどそそられないが、「特別加工 開けたら香る!」ニオイ付きだというので早速ハサミでジョキジョキ。  だが、かすかにニオイはするのだが、淫らではなくソープランドで嗅ぐようなソープのニオイのようだ。  実はこのアイデア、だいぶ前にアサ芸の前編集長に私から伝えていたのだ。ヘア・ヌードグラビアもマンネリ化で、よほどの大物でない限り売り物にはならない。  最後の秘策として私は、ニオイ付き袋とじがいけるのではないかと考えていたのだ。今の印刷技術は進んでいるから、グラビアに出てくる女性のつけている香水や体臭(難しいか?)が、袋とじを開けるとにおうというのは、ネットではできないから、話題になるのではないか。  残念ながら、今回のは「淫らなニオイ」という工夫をしすぎたために、よくわからないニオイになってしまったが、再度チャレンジしてほしいものだ。したがって今回は努力賞ということで次点にした。  今週一番充実しているのはフライデーである。  2位、3位にあげたものだけではなく、「片瀬那奈『クールビューティ女優の同棲写真』」は幸せそうな2人がよく写っているし、私もよく行っていた赤坂の料亭「佳境亭」の最後の日を撮った特集も読みごたえがある。  「佳境亭」の女将・山上磨智子(85)は三木武夫元首相の彼女で、そうした縁から、多くの政治家や官僚たちが集い、何人もの首相がここで「謀議」され誕生した。竹下登が消費税導入を決断したのもここだった。  かつて赤坂の料亭は「政界の奥座敷」といわれ、連日黒塗りのクルマが列をなしたものだった。そうした歴史を刻んできた料亭が、幾分かの寂しさを伴ってまた一つ消えていった。  最近のフライデーのいいところは「怒り」が表に出ているところである。3位の特集も、関西電力の役員たちの報酬が高すぎると怒り、八木誠社長、香川次朗副社長、豊松秀己副社長を直撃し、写真を掲載している。  大飯原子力発電所の3、4号機の再稼働問題で注目されている関西電力には森詳介会長、八木誠社長以下、4人の副社長、8人の常務取締役と5人の取締役がいて、彼らの年間報酬合計額は8億7,800万円、一人当たり平均4,600万円超だというのだ。ただし個別の金額について情報開示はしていない。  元経産官僚の古賀茂明は、電力会社の経営は「総括原価方式」というやりかたで電力料金を算出していいと法律で決められているし、かかったコストのすべてを電気料金に組み込むことができるから、経営は難しくないと話す。  東京電力は過去10年間で、実際にかかった費用よりも約6,000億円も多いコストの見積もりを出し、それをもとに電気料金を算出していたことが明らかになったが、関電も同様で、何に使ったのか公開しないのはおかしいとも話している。  電力料金は税金と同じで、消費者は電力会社の言いなりに払うしかない。それに日本はアメリカやヨーロッパなどに比べると電力料金は圧倒的に高いのだ。  フライデーは、当然ながらストレステストの一時評価だけで大飯原発が再稼働されてはならないといっている。他の週刊誌にもフライデーのような激しい怒りの滲み出た誌面をつくってほしいものである。  怒りを忘れた週刊誌はクリープを入れないコーヒーみたいなものである(古いね~)。  島田紳助の引退で注目を集めている暴力団と芸能界の癒着構造だが、フライデーはベストセラー『暴力団』(新潮社新書)の著者で、その世界に詳しい溝口敦を起用して「芸能界とヤクザ」の短期集中連載を始めた。  第1回は高齢者ネタで人気沸騰した漫談家・綾小路きみまろ(61)を取り上げている。きみまろではやや弱いのではないかと思って読み始めたが、これがなかなか面白いのだ。  関東の広域暴力団「稲川会」の組長Aが溝口にこう言っている。 「きみまろは稲川会が育てたというのが、わしらの共通認識です。親分(稲川会会長を指す)や親分の姐さんの誕生日会などに、きみまろを呼んでは小遣い(出演料)を渡していた」  ところが5年くらい前からきみまろの携帯に電話しても返事が来なくなったという。そこで呼び出すと、きみまろは「偉くなりたいんです。スターになりたいんです」。偉くなるためには暴力団とつながっていてはダメだ。そういう意味のことを言ったそうだ。 「確かに今の時代はそういう流れになっている。わしはきみまろの率直さに免じて無罪放免してやった。わしらが離れることで芸人を育てる、そういう応援の仕方もあるんじゃないかと思ったのだ」(組長A)  なかなか心の広い組長である。  しかし、きみまろはそうした過去に触れられるのが嫌なようだ。だが、ネットの動画サイトに、98年9月に山口組系後藤組・後藤忠政組長(当時)の新築祝い兼誕生会の司会をやるきみまろの姿が映っている。  それ以外にも02年6月8日、稲川会理事長補佐で中村興業・中村銅市会長の誕生パーティの司会をやったビデオテープも残されている。  そこにはきみまろ以外に、敏いとうとハッピー&ブルー、志賀勝、松原のぶえ、角川博、松山千春、前田亘輝なども出演している。  きみまろ側はフライデーの取材に対して、稲川会系組長へ「スターになりたいんです」と言ったことはないと否定しているが、溝口は「きみまろが稲川会系組長に『スターになりたいんです。だからこの際、交わりを絶って』と頭を下げた事実の、どこが悪いのか。(中略)少し遅れてきみまろは夫人さえ組長に紹介して、頭を下げさせたことを、私は取材で確認している」とし、「こんな回答をするようでは、国民的人気者の芸も底が割れた。過去の行状ではなく、今現在こそ、きみまろの汚点である」と厳しく結んでいる。  私の感想を言わせてもらえば、漫才芸人にそこまでの覚悟を求めるほうが無理だと思うが、この連載、これからどこへ向かうのか、中田カウスやビートたけしは取り上げるのか、注視していきたい。  ただ、この特集をはじめとして最近のフライデーは活字が多すぎる。すべて一枚写真でやってほしいとは言わないが、写真の質の向上と文字数をもっと減らしてもらいたいと苦言を呈しておく。  今週のグランプリは、週刊文春の小沢一郎もの。今回は永田町政局や金脈ではなく、小沢家の崩壊についてのレポートである。  ジャーナリスト・松田賢弥と本誌取材班が、小沢夫人の和子と次男がスーパーで買い物をして、帰ってくるところを写真に撮り(グラビアに掲載)、インタビューを試みている(返事はないが)。  2人は小沢の住んでいる家ではなく、そこから徒歩3分ほどのところにある和子名義の「秘書寮」でひっそりと暮らしているというのだ。  小沢には3人の息子がいる。長男は早稲田大学理工学部から海上自衛隊幹部候補生学校に入る。卒業後、海上自衛官になるが01年に辞めて、ロンドンに留学したとされるが、その後の所在はわからない。  次男も大学を出てからは、何をしているのか判然としないし、三男は、小沢が「派遣社員だ」と語っているようだが、周辺に聞いてもよくわからないという。  かつて妻・和子は、小沢の代理として地元(岩手県水沢=現奥州市)へ入り、後援会をまとめていたが、ここ10年ぐらいぷっつり姿を見せていない。そのために後援会も分裂しそうだという。  小沢には長年付き合っている愛人がいる。結婚しようとしたが田中角栄の反対でできなかった元料亭「満ん願ん」の女将がそれである。小沢の支持者らが開いている勉強会で、熱心にメモをとりながら出席者の発言に耳を傾けている彼女の姿が目撃されている。 「昨年、小沢はある席で知人にこう漏らしたという。『別れることにした』完全に夫婦関係を解消するということなのか――」(文春)  小沢は今、要塞のような豪邸でたった一人で暮らしている。唸るほどのカネがあり、カネの力で多くの子分もできたが、足元の家族が崩壊しては、それに何の意味があるのだろうと文春は問うている。  「寂しき陸山会の裸の王様」というタイトルの本が書けそうである。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
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深夜の政治放談? “永田町のエース”小泉進次郎に女性スキャンダル

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「週刊文春」3月22日号 中吊り広告より
第1位 「キムタク『スピード違反』で捕まっていた!」(「週刊文春」3月22日号) 第2位 「小泉進次郎議員 赤坂議員宿舎で美女と過ごした『ワケありの夜』」(「週刊ポスト」3月30日号) 第3位 「『アーンして』むかしラブラブいま介護-『シルバー川柳』傑作選」(同)  週刊誌が一時の勢いを失いつつあるようだ。「週刊現代」は一昨年、昨年上半期と順調に部数を上積みしてきたが、東日本大震災、島田紳助電撃引退騒動以降低迷して、今年に入ってもその傾向は止まらないようである。  刷り部数は60万部近くあるが、実売率はときどき50%台が出るそうだし、70%台がやっとだという。  そうしたこともあってか、発行元である講談社は社員の給料2割カットを組合側に提示したそうである。大手出版社がこのていたらくでは、出版不況はまだまだ出口が見えないようだ。  今週も大特集に見るべきものがなかったが、軽いものにキラリと光るものがあった。  第3位はポストの川柳を扱った記事だが、近頃は大変な川柳ブームだそうだ。サラリーマン川柳などは毎年恒例になったし、今回の全国有料老人ホーム協会が主催した「シルバー川柳」も秀逸なものが多くある。 「アーンして」 むかしラブラブ いま介護 誕生日 ローソク吹いて 立ちくらみ 居れば邪魔 出かけりゃ事故かと 気をもませ デザートは 昔ケーキで 今くすり 万歩計 半分以上が 探しもの  カード増え 暗証番号 裏に書き つまずいた ふと見た床に 段差なし 中身より 字の大きさで 選ぶ本 離れ住む 子らに病む日も 無事と書き 以下は老夫婦について詠んだ川柳。 あの世では お友達よと 妻が言い 厚化粧 笑う亭主は 薄毛症 共白髪 まっぴらごめんと 妻茶髪 妻が書く 老後の計画 俺イナイ 身内より 心が通う 介護の手 老後の寂しさを詠んだ川柳。 さびしくて 振り込め犯と 長電話 飲め飲めと 差し出されるのは 薬だけ 転んでは 泣いていた子が言う 「転ぶなよ」 私には次の川柳が身に沁みた。 飲み代が 酒から薬に かわる年  第2位は、いまや橋下徹人気に敵うのはこやつしかいないといわれる小泉進次郎に降りかかった女難スキャンダルである。  1月の某日深夜、佐々木希似の女性が赤坂議員宿舎の門をくぐり、小泉の部屋へ入って、人目をはばかるようにして宿舎を後にしたのは早朝4時だったというのだ。  ポストよくやったとほめてつかわしたいところだが、この記事、どこか奥歯に物が挟まった感じなのである。  この女性は地元のレジャー産業で働くS子、28歳。そこは結婚式などのイベントも開かれる場所だというから、貸しホールのようなところなのだろうか。お客からも従業員にも好かれる優秀な娘だそうだ。  いつ頃かわからないが、小泉が来たときに彼女が、自分のメールアドレスが載っている名刺を渡し、後日、小泉から丁寧なメールが届くようになったという。  1月中旬の夜、友人との会食が終わったS子は、小泉からのメールを待っていた。そこへ小泉から「今日、これから赤坂宿舎に来ない?」というメールが届き、「S子さんが小泉議員にいわれたままの住所をタクシー運転手につげ、議員宿舎の門をくぐったのは深夜11時だったという」  彼女が宿舎を出たのは早朝4時。ここまでは関係者への取材を元にその夜を再現したものだとことわっている。  しかし、このことが彼女の交際相手にわかり、大ゲンカになってしまったそうだ。  当のS子へもインタビューしている。宿舎へ行ったことは認めているが、部屋では「仕事の話とか、お話しさせていただきました」と語り、小泉から求められたのではという記者の不躾な質問には、「ないです。ノーコメントです」と答え、最後に「今は一切、小泉議員とは連絡を取っていません」と言っている。  宿舎に女性を招くこと自体は内規に触れるわけではない。だが、一昨年の3月、中井洽国家公安委員長(当時)が交際中の女性を招き入れたとき、小泉はこう批判した。 「もしも官舎に入れた部外者の方が外国の諜報機関とつながっていたらどうするんですか」  ポストは、永田町の将来を担う存在なのだから、深夜、女性と二人きりの「政治談義」はほどほどにと苦言を呈している。  これを読んで気になったのは、この情報をもたらしたのは誰なのかということである。小泉とのメールのやりとりや、彼女が議員宿舎へ行ったことは、ポスト編集部が独自に調べたことではない。  こういう場合、男に連れなくされた女が編集部にタレ込むケースはよくあることだが、彼女の言葉を読む限りそうではなさそうだし、このことで彼女に何か有利になることがあるとも思われない。  考えられるのは、彼女の交際相手がなんらかの意図をもって編集部に持ち込んだのではないかという線だが、その意図とはなんだったのだろうか。いまひとつスッキリしないが、ともあれ1月の深夜、議員宿舎で小泉進次郎が女性と5時間近くニ人きりでいたことは間違いないようである。  父親の純一郎は、猥談を好むかなりの女性好きであったようだが、子どもにもそのDNAが受け継がれているとすると、進次郎、思わぬスキャンダルで人気失墜ということもあるかもしれない。  今週のグランプリは文春の「キムタク捕まる」という記事。  捕まったというのはやや大げさだが、昨年9月29日に「千葉県内の千葉東金道路で四十キロ未満のスピード違反により県警高速道路交通警察隊の取り締まりを受けた」という。同乗していたのは愛人ではなく妻の工藤静香(残念!)で、九十九里浜でサーフィンをやるためのドライブ途中だった。  ちなみにキムタクのクルマはシボレーアストロ。米国製のミニバンタイプで、後部のドアからサーフボードを収容できる。すでに2005年で生産は終わっているが人気は高いという。  間の悪いことに、あのトヨタが国内需要の掘り起こしのために制作費数億円をかけたCMにキムタクが起用され、その大キャンペーンの始まる2週間前のことだったというのだ。  トヨタも頭を抱えたのではないか。 「CMでは安全運転に徹するキムタクだが、じつは当人がキャンペーン開始の約二週間前に交通違反をしておきながら、『運転する楽しさ』などと言っていたら、視聴者はどう思うだろう」(文春)  しかし、この「事件」は報道されることもなく、3本のCMは無事放送されるのだ。  そこには大トヨタから報道機関への圧力はなかったのだろうか。  トヨタ自動車広報部は今回の取材に対して、違反があった事実はすぐ後、代理店を通じて連絡があり、「代理店を通して今後の交通ルールの遵守を強くお願いしておきました」と答えている。  ジャニーズ事務所は文春が取材に動いた時点で、違反があったことを認めて謝罪している。  キムタクはTBS開局60周年記念ドラマ『南極大陸』が惨敗し、今度コケれば後はないといわれているそうだ。文春はこう結んでいる。 「人気回復を焦ってアクセルを吹かしすぎたのか」  この締めのうまさも含めて今週のグランプリである。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
小泉進次郎の話す力 お話は得意です。 amazon_associate_logo.jpg
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「週刊現代」3月24日号 中吊り広告より
第1位 「山口組ほか連日の『極道サミット』そこで話し合われていること」(「週刊現代」3月24日号) 第2位 「広告と違い過ぎ!マック新作『ショボさ』に大批判」(「フライデー」3月23日号) 第3位 「江原啓之『中島知子さんにアドバイスしたこと』」(「週刊現代」同)  先週金曜日(3月9日)にビジネス情報誌「エルネオス」(http://www.elneos.co.jp/)でノンフィクション・ライター松田賢弥と対談した。小沢一郎が自民党の最年少幹事長になったときからだから、20余年もの間小沢のスキャンダルを追い続けてきた、ギネスブックもののライターである。  その日に行われた論告求刑公判で検察官役の指定弁護士側から「禁固3年」を求刑されたが、それをどう思うかと聞いてみた。彼は、今回の裁判で仮に無罪になったとしても、権力をカネに変えてきた小沢流の汚い政治手法が消え去るわけではないから、これからも引き続き追及していくと語った。  野中広務元自民党官房長官の言うように「あいつは税金を使って資産形成してきた政治家」であることを忘れてはいけない。親小沢の一部週刊誌が「それでも小沢は有罪判決」と、検察のトップや反小沢の政治家たちが小沢を有罪にしようと蠢いていると批判している。  たしかに甘い見通しで収賄事件に持ち込めると読んでいた東京地検特捜部のずさんな捜査は批判されてしかるべきではあるが、数十億ともそれ以上ともいわれる彼の不透明な蓄財の実態を明らかにするのは、メディアに課せられた責務であるはずだ。  土日(3月10日、11日)で長野県の栄村へ取材に行ってきた。この村は人口2,000人強で、その半分近くが高齢者である。名高い豪雪地帯で森宮野原駅には昭和45年に降った降雪量785センチを記念する柱が立っている。  この村が昨年3月12日の早朝3時59分に震度6強の地震に襲われたのだ。一部の地域では震度7を記録して家が壊れ、橋が崩落するなど甚大な被害を被った。しかし、それほどの大地震にもかかわらず死者はゼロだった。一人暮らしをしている78歳の女性はこう語ってくれた。 「その夜は東北の津波の被害をテレビで見ていて、大変なことが起きたんだと遅くまで起きていました。2時すぎに床に入りウトウトすると突然ドカーンというものすごい揺れが来て、家中のものが飛んだり倒れたりしました。ようやく地震が収まって寝室から出ようと思ったらドアが開かないの。そこらに散らばっている棒のようなもので叩いてもダメで、困ったなと思って、ふと気がついたら首に緊急通報のペンダントを掛けていることに気がつき、そのボタンを押したの。そうしたら外に向けて『私を助けてください』という声が鳴り出し、それがどんどん大きくなって、近所にいる人たちが『大丈夫か』と言いながら助け出してくれたのよ。あれがなかったらどうなっていたか」  そう言って涙ぐんだ。この緊急通報システムは「じしんたすけ」という名称で、栄村に住む一人暮らしの高齢者70人に村から貸し出されているのだ。一人暮らしの高齢者の命をどう守っていくのかは福祉政策の最重要課題の一つである。その典型的なモデルが栄村にあるので取材に行ってきたのだが、詳しいことはあらためて報告することにしたい。  さて、このところ売り物であるはずの巻頭特集に見るべきものがない。そこで今回は、小粒ながら面白く読んだ3本を選んでみた。  オセロ中島騒動はようやく収束へ向けて動き出し、女霊能者の「洗脳」から中島が抜け出せるのかに焦点が移ってきたようである。  私はスピリチュアリストなる者をまったく信じないが、「現代」の江原の言い分は、そういう類の人間が今回の事件をどう見ているかがわかって面白く読んだ。  江原のもとに、中島の友人がアドバイスを求めてきたのは昨年夏頃だったという。  江原はおおよそこのようにアドバイスしたという。中島は京都のお嬢さん育ちで、何不自由なく育ってきたのに、ふとしたきっかけで、親の言うとおりに生きてきたせいでこうなったと、不満を親の責任に転化してしまう。よくあるケースだが、連れ出すのは身内にしかできない。  ここから江原の口撃は「マインドコントロールは怖い」と連呼するワイドショーへと向かう。中島と霊能者の関係は依存と依存の「共依存」関係で、専門家がテレビでまことしやかに解説するほどの話ではないと話す。 「マスコミは占い師=悪、中島さん=被害者という図式を作って煽る。それでワイドショーの視聴率も上がるそうです。しかし、真っ当な大人に『この件の被害者は誰?』と訊いたら、きっとこう答えるでしょう。『家賃を滞納された大家さんなり管理会社』と。(中略)中島さん=被害者という図式には違和感を禁じえません。40歳になる大人が、好きで選んだ道です。そして、占い師と一緒に、第三者である大家さんに迷惑をかけた。二人は同罪なんです。私が恐ろしいのは占い師の洗脳などではなく、こうした当たり前のことを、ワイドショーで言う人が一人もいないことです」  また、件の女霊能者についてはニセモノだと言い切っている。 「この占い師はタチの悪い人です。そしてニセモノです。本物は『肉を食べなさい』とは言いません。あれしろ、これしろと命令する人はすべてニセモノです。私も含め、スピリチュアルな領域を生業にする人間の使命は、人々が自立して生きる手助けをすること。自立を阻んで依存させるなんて論外です」  江原の話に、細木何某と一緒にテレビに引っ張りだこだった過去の栄光への郷愁と、訳のわからない女霊能者のために、占いもスピリチュアルも一緒くたにされて、生活権を脅かされるのではないかという怯えを感じるのだが、私の深読みしすぎだろうか。  インタビューされる人間は、他者を批判することで自分の優位性・正当性を主張できると目論見ながら、読者には「同じ穴のムジナ」と思われてしまうことがある。それもインタビューの面白さである。  「フライデー」は3月2日から期間限定で販売をはじめたマクドナルドの「レタス&ペッパーバーガー」が、看板に偽りありだと批判している。  このバーガーは120円。フライポテトとドリンクをとっても490円という安さだそうだ。私には「すき家」の250円の牛丼のほうがバリューがあるが、それはともかく、このバーガーのうたい文句は「シャキシャキのレタスとソースの絶妙なハーモニー」だそうだが、注文すると広告写真とあまりにも違うので、客から「だまされた」という批判が相次いでいるそうだ。  たしかに広告写真と比べると同じものだとは思えない。「ハンバーガーがしょんぼりしている」という評は言い得て妙である。  新宿区にある日本マクドナルドのPR部は、商品の具材料は同じだが、見た目で誤解を招いた可能性があると認め、「今後の表現については慎重に対応し、念のため正しいオペレーションを再確認するよう各店舗には伝えてあります」と答えている。  こうした「消費者の味方です」的な記事はどんどんやるべきである。マック側の言うとおり、写真にどれだけ近づけたものが提供されるようになったのか、フォローもちゃんとしてほしいものだ。  極道情報は「アサヒ芸能」や「大衆」、「実話」の専売特許になっているが、今週は珍しく「現代」が4頁の特集を組んでいる。  今年に入って、山口組の総本部長らが上京して稲川会の理事長と会談、山口組若頭補佐と住吉会渉外委員長が会談、道仁会会長が稲川会理事長、住吉会渉外委員長と会談、さらに山口組六代目・司組長と稲川会・清田会長の頂上会談が行われたのではないかという情報まである。  この「極道サミット」ともいうべき会談は、今国会で成立が予想されている第5次改正暴対法対策ではないかと捜査関係者が解説している。  この法律は暴力団にとって、のど元へ突き付けられた刃であるという。それは現在22団体ある「指定暴力団」の中からさらに悪質な「特定指定暴力団」を認定して、徹底的な法規制を行おうとするものだからである。  これまでは組の縄張り内で「みかじめ料」を要求しても中止命令などを出して、それに従わない場合は逮捕できることになっていたが、認定されるといきなり逮捕できるのだ。  また抗争を誘発するあらゆる行為に対しても、中止命令なしに逮捕することができる。現在は「特定指定」が濃厚だとみられているのは九州の4団体だが、山口組も指定される可能性があるそうだ。  アメリカからも「山口組は組織犯罪のウォルマート」といわれ、口座の金の没収など厳しく締め付けられるようになってきた。そのため09年から10年の1年間で1,700人もの構成員がシノギができず、上納金が払いきれずに組を抜けたそうだ。 「平の直参組長で月に約85万、幹部で95万、頭補佐などの幹部で105万円を毎月、本家に納めなければならん。その他、上部団体から毎月トイレットペーパーや、水なんかを市価の倍で買わされる。今までは山口組の金看板を出してシノギができたけど、一連の条例・法律でそれが使えんようになった訳よ」(山口組二次団体の幹部)  このままでは末端組合員の潜在化やマフィア化が進んでいくことになると、司組長自身が心配しているという。  ナンバー2の高山若頭は恐喝容疑で逮捕されているが、彼が会長を務める弘道会には全国の暴力団組織から恐れられている「十仁会」と呼ばれる特殊部隊が存在するといわれてきた。 「十仁会は十数年前にできたとされ、調査能力、索敵能力、襲撃能力に特化した部隊です。03年に弘道会と住吉会系の団体の間に起きた『北関東抗争』では、弘道会が敵の居場所を正確に把握して攻撃していますが、その背後で十仁会が暗躍したと言われています」(警視庁捜査関係者)  九州で起きている抗争では市民の命が危険にさらされる事態が起きている。「国が認めた暴力団」である警察が権力を振りかざして暴力団を徹底的に追い詰めると、彼らは生き残りをかけて死にものぐるいになり、流血事件が多発して多くの市民が巻き添えになりかねない。  昔から、アウトローは生かさず殺さず、が鉄則である。今の法規制は最後の逃げ道まで塞いでしまってはいないか。そんなことを考えさせてくれたこの記事が今週の第1位。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
テレビ霊能者を斬る メディアとスピリチュアルの蜜月 江原さんに言われても……。 amazon_associate_logo.jpg
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「週刊ポスト」3月16日号 公式サイトより
どんぐり賞 「オセロ中島と木嶋佳苗、『洗脳』と『名器』の最強コラボに期待するぜ」(「週刊ポスト」3月16日号) 「『1日1食』で寿命が15%延びる!?」(同) 「フジテレビがヒタ隠す<火渡り>で老人に重傷を負わせた最低の番組」(「週刊文春」3月8日号) 「<大震災1年>喪失の夜を越えて」(「週刊新潮」3月8日号) 「『放射能コワイ』で暴騰する『東北除染30兆円利権』の争奪戦」(「週刊ポスト」3月16日号) 「遥かなる『文藝春秋』」(同)  どんぐり賞とは、はてな? と思われた方も多いと思う。帯&たすき賞にしようかとも思った。どんぐりは「どんぐりの背べ」、帯&たすきは「帯に短したすきに長し」の意である。  スクープでも佳作でもない、その下のクラスの記事だと思っていただきたい。  一番手は元「文藝春秋」編集長・白川浩司の連載である。前の「諸君」の時の思い出話も面白かったが、今回のは秀逸である。  なぜなら白川の怒りがもろに出ているからである。怒りの対象は同じ会社の「週刊文春」の某編集長に対してである。  前号では1993年当時、「週刊文春」が連続して美智子皇后バッシングをやり、そうしたことが重なり皇后が失語症になってしまった時のことについて書いている。  このニュースを聞いて白川の頭に浮かんだのは、かつて「中央公論」が深沢七郎の『風流夢譚』を掲載して、これに怒った少年が社長夫人とお手伝いを殺傷した事件だったという。  「週刊文春」は結局、「宮内庁への詫び状ともなんともつかぬ文章を掲載して、ひとまず皇室記事を終えた」(白川)が、その後、社長宅に銃弾が2発撃ち込まれる。  白川は、皇室の動静をあれこれ取り上げて売り上げを伸ばすやり方を痛烈に批判している。この時の「週刊文春」編集長は花田紀凱である。  今号では、翌年の6月に発売された「週刊文春」に掲載された『JR東日本に巣くう妖怪』について書いている。発売後JR東日本が「週刊文春」をキヨスクで売ることを拒否し、告訴合戦になった。結局、「週刊文春」は全面降伏して大きな謝罪広告を出さざるを得なくなるのである。  ここに書かれている内容はだいぶ前に白川のところにも来た怪文書まがいのものがベースになっており、白川はその内容を部員に調査させ、事実だと確認できたところまでしか掲載しなかった。なのに、その連載記事は「怪文書を元にした記事の主要部分において、取材不十分なままの強引ともいえるストーリーづくり」(白川)がなされたためにJRと紛争になり、敗北したのだ。  このJR批判の連載は花田編集長の時ではない。彼は、私の記憶では、その少し前に「マルコポーロ」編集長に異動している。だが、これだけの連載を用意するためにはかなりの取材時間があったことは間違いないだろう。  さすれば、花田が編集長在任中にこの企画が進んでいたと考えてもいいのではないか。白川はこの記事を作る前になぜ自分のところに聞きに来なかったのか、取材を含めて「あまりにも傲慢かつ愚昧であろう」と厳しく難じている。  またJR側との和解が長引いたのは役員の中にJRと戦うべしという強硬な主戦論者がいたのかもしれないと、「あのときの文藝春秋は、組織として明らかに壊れていたのではないか」と述懐している。  文藝春秋という会社は、講談社や小学館のようなオーナー企業ではない。いいところも多々あるが、そうした組織の常として派閥抗争は熾烈なものがあったと聞いている。その名残だろうか、名前こそ出してはいないが、かなり一方的な書き方である。  今は文藝春秋を離れ月刊「WiLL」をやっている花田編集長は、これを読んでどう思うのだろうか。ぜひ反論を含めて聞いてみたいものだ。  不可解なのはこの連載、9回で「最終回」である。まだまだ書くことはあると思うが、何か不都合なことでもあったのだろうか。  東日本大震災から早1年が経とうとしている。各誌もかなりのページを割いて特集を組んでいるが、異曲同工の記事が多い。  「ポスト」の記事は、福島第一原発20キロ圏内で始まった除染作業の待遇のよさから書き出している。かなりの重労働ではあるが1日2万円、4時間労働で、無料宿泊施設に泊まれて労災も適用される。  野田佳彦総理が「除染をしっかりすることが福島の再生につながる」と号令をかけ、費用を1兆円規模としたことから、除染利権の争奪戦が起きているのだという。政府が示した工程表は、14年3月末までに放射線量を半分にし、長期的には年間1ミリシーベルト以下を目指す。  だが、民家の屋根などの線量は3割程度しか下がらず、1ミリシーベルト以下まで除染するとなると20~30年はかかるから、その総額は30兆円にも上るだろうというのである。  大手ゼネコンにとってはよだれが垂れるおいしい話なのだ。しかし、ウクライナやベラルーシを訪れた福島県の調査団は、「除染を実施したがコストがかかりすぎて、効果がなかった」と報告している。  結局、ゼネコンだけが儲かることになりはしないか。そう「ポスト」は警鐘を鳴らしている。  「新潮」のワイド特集は19本。中にいくつか読むべきものがある。「瓦礫は拒否でも『さいたまスーパーアリーナ』隣に核廃棄物ドラム缶4万本」は、被災地の瓦礫受け入れを拒否しているさいたま市だが、スーパーアリーナに近い住宅街の地下に、核廃棄物ドラム缶が4万本も置かれているというのだ。この廃棄物が発覚したのは13年前。放置したのは三菱マテリアルで、同社の関係者が事情をこう話している。 「昭和63年頃まで、三菱マテリアル(当時は三菱金属)や三菱原子力工業などが、ここで核燃料や原子炉などの研究を行っていたのです。日本初の原子力船『むつ』の原子炉がここで設計されるなど、大宮の施設はいわば日本の原子力研究の一大拠点でした」  その後、親会社に吸収されたり茨城県東海村へ引っ越したりして、残ったのが三菱マテリアルだった。  「新潮」はさいたま市に対して、こう皮肉っている。 「アリーナの横にある大量の核廃棄物は、いずれどこかに処分を頼まなくてはならないかもしれない。そのとき何と言ってお願いするのだろうか」  絆、絆と掛け声ばかり掛けるが、住民の反対から瓦礫受け入れを表明しているのは4自治体しかないのはおかしいとも批判している。もっともである。  もう1本は「『補償金リッチ』で『避難準備区域』解除でも自宅に帰らない」という記事。  広野町では人口約5,500人のうち地元に戻った住民は約250人に過ぎない。それは東電から避難者に対して補償金が出るからで、帰宅すると支給が打ち切られてしまうからだ。  もはや補償金はある種の既得権になっていて、そうしたカネを使って遊ぶからパチンコや競輪場が賑わっている。そうした村民に「帰村宣言」を発表したのは川内村村長・遠藤雄幸氏である。 「与えられることに慣れ便利な都市生活を感じている村民が、働く意欲や耕作意欲、故郷に戻りたいという思いを失ってしまうのではないか、と危惧しています」  南相馬市の櫻井勝延市長もこう話す。 「復興とはふるさとに戻り、仕事をし、生活することです。東電の補償金がその妨げの要因になっていることは間違いない。(中略)生活を取り戻そうと努力する住民にこそ、補償金は使われなければならないのです」  もっともな意見だと思うが、ならば、国や自治体が東電に働きかけ、地元へ戻って昔の生活に復するまで補償金を払うことを求めたらいいのではないか。  週刊誌はもとより新聞、テレビでも震災1年を扱ったものが多くあるが、どれを見ても怒りが湧いてくるのは、まだ復興どころか復旧もほとんど進んでいないことである。国会は消費税増税などで駆け引きしていないで、まずは被災地の復旧・復興に目処をつけることに専念するべきであろう。  「文春」は、テレビのバラエティ番組で人身事故が多発しているのに、一向にそうしたバカ番組を止めようとしないテレビのアホさ加減を追及している。  2月2日、上越国際スキー場の150メートル・ハーフパイプ用の急斜面を、パンツ一丁のお笑いコンビ・ずんのやすが水上スキー用のゴムボートで滑り降り、物置小屋の屋根に激突した。  やすは腰椎破裂骨折、両下肢マヒなどの重傷を負った。この番組はフジテレビの『とんねるずのみなさんのおかげでした』だった。  フジテレビでは、タレントにロケット花火数千本を背負わせて着火し1カ月の火傷を負わせたり、クレーン車に吊り下げられたスタッフが落下して腰椎骨折したりという事故が絶えない。  今回問題になっているのはやや古い話だが、03年末から04年にかけて放送されたフジテレビの『退屈貴族』で起きた深刻な事故である。  出演者は一般人の74歳の独居老人。都内の河川敷に灯油を撒いて火をつけ、10メートルほど並べられた段ボールの上をパンツ一丁の老人に渡らせたのである。  炎の中を少し歩いた老人は激痛に耐えきれず横に逸れた。その時すでに火傷は足裏から太ももにまで及んでいたという。老人は持参した軟膏をつけただけで歩くこともできず、ディレクターらが背負ってタクシーに乗せ自宅に送った。だが、2万円の出演料を払っただけで、なんら火傷の処置はしないままディレクターらは帰社してしまったのだ。  その後、老人の容体が悪化して老人の兄によって救急車で運ばれたが、火傷は全身の3割近くにまで達していた。警察が病院の通報でフジテレビ側に問い合わせをしたが、フジテレビは「該当するロケはない」と回答、警察は自傷事故として処理してしまった。  その後も老人は生死の境を彷徨う。信じられないことにフジテレビは、撮影から1カ月半近く経ってから、そのシーンを「東洋のランボー」と銘打って放送するのである。番組を見た視聴者からの「やり過ぎだ」という電話で初めて、フジテレビはそうしたロケがあったことに気づく。このテレビ局の危機管理はどうなっているのだろう。  この件で番組スタッフの事情聴取も処分もなかったそうだ。  老人は事故から4年後ぐらいに腎不全で死亡する。「文春」によると「腎機能の低下は火傷によってもたらされたもの」だという。記事はこう結んでいる。 「事故の検証を怠って隠蔽し続ける限り、同じことが再び繰り返されるに違いない」  昨今「『空腹』が人を健康にする」(南雲吉則著・サンマーク出版)という本が売れているそうだ。講談社プラスα新書の同じ著者による『50歳を超えても30代に見える生き方』も好調だという。  クリニックをやっている56歳の医師だが、骨年齢28歳、血管年齢26歳なのだそうだ。  この御仁、前は暴飲暴食で77キロまで太っていたそうだが、1日1食にしたらやせて生活習慣病も正常値になったという。彼によれば食事を40%減らせば寿命は1.5倍になるのだそうである。  以上は「現代」からの引用だが、「ポスト」によれば学術誌「ネイチャー」に掲載されて話題になっているのがサーチュイン遺伝子で、これは長寿遺伝子や若返り遺伝子と呼ばれるそうだ。  この遺伝子のスイッチを入れるには「腹ペコ」でガマンすること。その理由は、 「サーチュイン遺伝子は、空腹の状態、つまり摂取カロリーが減ると活性化する。これは動物としての防護機能と考えられ、食料が減って養分が足りなくなると、細胞レベルの損傷を防ぐために修復機能が活性化するというわけである」  老化の原因になる活性酸素は食物から作られるので、食べれば食べるほど活性酸素を取り込み、体を壊していくそうだ。  ここでも南雲医師が「腹六分目」「一汁一菜」にすれば健康で若くいられると言っている。毎日ひもじい思いをしてまで長生きしたいか、酒も好きなものも食べてそこそこの年まで生きるか。私は後者を取ってきたから年より老けて見えるし、体は生活習慣病の宝庫だが、致し方ないのだろう。  最後はビートたけしの連載「21世紀毒談」のひと言。メディアのオセロ中島に対するバカ騒ぎに対して。 「どう見たって、元気だったときより今の方が世の中の話題の中心にいるわけでね、かわいそうな言い方だけど、マスコミにとっちゃ『芸人・中島』より『マインドコントロールされたタレント』のほうがニーズがあったってことなんだよ。(中略)でも、テレビっていうのはつくづくいい加減だよ。最近まで、『あなたの前世がわかる』『オーラが見える』なんてインチキ臭い番組をジャンジャンやってやがったのに、いざこんな事件が起これば一転『霊能者はケシカラン』ってことになっちまうわけでね」  たけしはこの騒動は中島一世一代の大芝居ではないかと疑う。今後、告白本や独占インタビューに応じれば、「これから先、中島には大もうけのチャンスがジャンジャンあるってことなんだよ。芸能界復活どころか、これまでよりビッグになれる可能性だって十分あるね」と語っている。  3人の男を殺したとして裁判にかかっている木嶋佳苗とオセロ中島、同居していた女霊能者3人でスナックでも開けば大盛況間違いなし。そして、こういう本を出せばベストセラーも間違いなしだそうだ。「デブでもブスでも男を虜にする方法」。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
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