ギタリストの布袋寅泰が11日、新作アルバム『New Beginnings』(ユニバーサルミュージック)の試聴会を都内で行った。集まった芸能記者のお目当ては新アルバムよりも、伝説のロックバンド「BOφWY」の再結成の有無だ。 今年7月、同バンドボーカルの氷室京介がステージ活動の引退を表明。その翌日、布袋はブログで「せめて1曲でも隣でギターを弾かせてほしい」とつづり、その後も「無理矢理、隣で弾かせてくれとは言わないが、その思いは変わっていない」とアピールしていた。 この日、布袋は氷室の引退宣言について「すごいびっくりした。耳の調子が悪いみたいで心配だ。共に戦ってきた同志。氷室さんには氷室さんの考え方があるのだろう」とコメント。来年行う氷室のラスト公演への出演を熱望し「できることであれば、直接お話ししたい」とも語った。だが、「BOφWYを再結成したいか」の問いには「僕はなんとも……」と言い、5秒ほど沈黙。「(BOφWYは)ファンのものでもあるが、(メンバー)4人のものでもある。あの頃に戻れるかといえば、難しいかもしれない」と歯切れが悪かった。 これに、古くから氷室と布袋の関係を知る音楽関係者は「そもそも布袋が『再結成』というワードを出した時に、『何言ってるんだ!』と思った」と話す。 BOφWYは1987年に解散。その理由については「音楽性の違い」や「金銭トラブル」「メンバーの不仲」など諸説あるが、いまだ明らかになっていない。 「ひとつ言えることは、氷室と布袋は“冷戦状態”ということ。その原因は決して深いものではなく、女性絡みのトラブル(笑)。氷室が当時付き合っていた女性を、布袋が“横取り”したんだよ。『そんなことで……』と思うかもしれないが、ビッグバンドに限って単純な原因だったりする。あれ以降、氷室が布袋から距離を置いたのは間違いない。布袋もそのことはわかっているはずだ」(同) それだけに、布袋が“BOφWY再結成”を言いだしたところで「可能性が限りなくゼロに近いことは、当時を知る人ならわかっている。むしろ、タイミングよく新アルバムが発売されるし、どこか布袋にあざとさを感じてしまう」(別の音楽関係者)という。 2人が和解する日はやって来るのか――。『BEAT EMOTION』(ユニバーサルミュージック)
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「実家の木造2階建てが火事でも……」米LAの豪邸で暮らす氷室京介は緊急帰国の予定なし

『21st Century Boowys VS HIMURO』ワーナーミュージック・ジャパン
「才能がない」氷室京介が口にした"引退" 50歳を控えたカリスマの知られざる苦悩

『BANG THE BEAT/Safe And Sound』
(EMIミュージックジャパン)
9月8日にアルバム『"B"ORDERLESS』をリリースした氷室京介。オリジナルアルバムとしては、実に3年10カ月ぶりとなる新作には、GLAYのTAKUROが4曲の歌詞を担当。"ビートロックの帝王"と評されるヒムロックの最新のサウンドが堪能できる1枚となっている。10月に50歳を迎える中、さらにアグレッシヴに活動する彼が『NEWS ZERO』(日本テレビ系)に出演し、「今、何と闘ってますか?」と問われ、次のように知られざる本心を明かした。
「自分と闘ってます。『才能がない。やっていけない。もう俺は引退するぞ』って毎晩かみさんに言ってますよ。もう15年前から言ってることなので、『もう一歩も歩けない』って言いながら一歩一歩15年間歩いていて、なんとなく生き残れているってことは、自分からそこでリタイア......それこそSuicide(自殺)しちゃいけない。権利を与えられてるうちは、自分から見えない一歩でも進まなきゃならないのが『"Rock'n'Roll Suicide"Mission』なわけで。それが答えですかね」
新譜の収録曲「Rock'n'Roll Suicide」を織り交ぜつつ、"引退"を常に夫人に口にしているという予想外の苦悩を告白した氷室。稀代のボーカリストの彼が「才能がない」と嘆きながらも、ファンから支持を"権利"だと語り、活動の糧としてきたようだ。15年とは、彼がロサンゼルスに生活の拠点を移してからの歳月であり、そこには常人には考えが及ばない艱難辛苦があったはずだ。昨今の氷室について、ある音楽雑誌の編集者は次のように明かした。
「BOOWYとして1982年にデビュー、88年に解散し、同年ソロ活動を始動した氷室。昨今は、00年10月にアルバム『beat haze odyssey』をリリースして以降、オリジナルアルバムの発売は『Follow the wind』が03年8月、『IN THE MOOD』が06年12月と約3年に1枚のペース。ですが、日本でのライブは精力的に行っています。06年にはGLAYとのコラボレーション・シングル『ANSWER』をリリース。これは当時、GLAYが所属事務所からの独立を図り、騒動を抱える中、氷室が手を貸したという美談としても知られています。また、07年には、KAT-TUNに『Keep the faith』を楽曲提供。反町隆史やDAIGO☆STARDUSTに曲を提供したことのある氷室ですが、ジャニーズ事務所所属タレントへの楽曲提供は初であり、作詞に彼が関わったのが、4年7カ月ぶりというのも話題を集めました。テレビ番組への出演はほとんどなく、98年に『HEY!HEY!HEY!』(フジテレビ系)でダウンタウンとトークした際には、世間を騒がせました。今回、ニュース番組で心情を吐露したのは、彼がリスペクトする矢沢永吉の影響が大きいでしょうね。氷室は、矢沢が所属したキャロルの解散ライブの映像を見たことが音楽を志すきっかけとなり、昨年には矢沢のライブで『黒く塗りつぶせ』をコラボしています。海外で生活している点も共通しており、時にはマスコミを利用してメッセージを伝えることの重要性を感じたのかもしれません」
音楽にこだわり、ストイックに活動してきた氷室。一方、矢沢は映画やドラマ、CMにも出演しながら、そのカリスマ性を保ってきた。氷室は、「天命を知る」とされる50歳を直前に控え、半年間にも及ぶツアー『TOUR2010-11 BORDERLESS "50×50 ROCK'N'ROLL SUICIDE"』を展開中。今年、アサヒ飲料の清涼飲料水のCMに出演するなど、新たなフィールドに果敢に挑戦しているヒムロックからこれからも目が離せない。
(文=若山ケンヂ)
BANG THE BEAT/Safe And Sound もう50なんだね......。
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