『マンガ嫌韓流』の作者・山野車輪がお台場の「嫌韓デモ」に首をかしげる理由とは

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お台場・潮風公園で「フジテレビを日本人の手に取り戻そう!」と
叫ぶ参加者たち。
「TV局の韓国おし無理。けーPOP、てめーの国でやれ」  俳優・高岡蒼甫のTwitterと、それに起因する事務所解雇を発端に、にわかに高まりを見せはじめている"嫌韓ブーム"。8月7日(日)には、2ちゃんねるやTwitterの呼び掛けで集まった数百人が「嫌韓流デモ」と称してフジテレビへ抗議の声を上げた。日章旗を持った元自衛隊員を名乗る男性は、「日本のテレビ局は韓国資本に乗っ取られている」と憤り、30代の子連れ主婦は「私の周りに韓流ファンなんていない」と、韓流ブームそのものを否定した。  ところで、「嫌韓」というフレーズはもともと、漫画家・山野車輪氏の代表作である『マンガ嫌韓流』(晋遊舎)から派生していることは明らかだ。同作が日韓問題を真正面から論じた問題作で、発行部数が累計100万部を超えたのは周知の通り。実は筆者はこの日、山野氏とお台場で同行しながらデモ現場を見学していた。当の『嫌韓流』作者である山野氏は今回の動きをどう見たのか。デモ終了後、新橋の居酒屋で山野氏に一連の騒動について聞いてみた。(聞き手/浮島さとし=フリーライター) ──おつかれさまでした。まずはデモのご感想を。 山野氏(以下、山野) 人数が多かったのに驚きました。道路の反対側から見た個人的な印象では、300人から500人くらいはいたように見えましたね。その後、ネットを見ると、2,000人くらいいたという情報もありましたし。主催者とすれば成功と言えるんじゃないでしょうか。 ──ただ、Twitterを拝見する限り、山野さんは今回の騒動に懐疑的なようですが。
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デモに集まった数は主催者発表によると2,500人(約500人と報じたメディアも)。
山野 まぁ、フジテレビが韓国のコンテンツを使うのは、安くてそこその数字が取れるという経営的な判断からだと理解してます。もし韓国コンテンツを排除したいのであれば、それに代わる、安くてそこそこの数字が取れるコンテンツの代案を出さないといけないと思うんですが、それが今回ないですよね。単にデモをするだけでは建設的ではないように思います。 ──CP(コストパフォーマンス)を考えたら韓国モノを使うのも無理ないと。ただ、デモに参加した人たちの主張には、「フジテレビが韓国資本に株式を支配されているため、韓国の圧力で番組編成が行われている」というものもあるようなのですが。 山野 そういう事実があるかないかは、はたから見ても分からないんですよね。分からないことを「ある」と批判しても仕方ない。 ──山野さん自身は、韓国からの圧力で番組編成が行われていると思いますか。 山野 僕は、あるかないかは分からないです。ただ、もし「ある」と批判するのなら、まずはそれを証明する必要があると思います。 ──ひろゆき氏も指摘していますが、フジテレビの株式の外国人直接保有比率が、電波法に抵触する20%を大きく超えている(約30%)ことについては。 山野 それはそれで問題だと思いますが、それをもって「韓国からの圧力」の証明にはなり得ませんしね。繰り返しになりますが、関連性があるのなら証明する必要があるということです。
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デモの様子を遠巻きに見る警官2人。
このあと警官は参加者たちから罵倒されることになる。
──山野さんも『マンガ嫌韓流』で韓国に批判的なことを書くためにかなりの調査をしているわけですよね。 山野 『マンガ嫌韓流』では、根拠が証明できない批判は書いていません。すべて立証できることを書いています。実は『マンガ嫌韓流』の記載内容について訴訟を起こされたこともあるのですが、結果的に高裁判決で完全勝利したのもそういうことからなんです。 ──あの裁判では『マンガ嫌韓流』が公益性を目的に書かれたという点も認められました。 山野 判決文に「本件書籍の目的は、もっぱら公益を図ることにあったということができる」と記載されています。韓国批判そのものが目的でないということが、裁判所に認められたということです。 ──批判意見の中身に戻るのですが、韓国政府が国策として日本にコンテンツを輸出していること自体を批判する声もあります。 山野 国策として海外にコンテンツを輸出することは悪いことではないと思いますよ。韓国の番組を使うかどうかは日本のテレビ局の問題で、それをもって韓国や韓国の番組を批判するのは違うんじゃないかと思いますよ。 ──まさにそういう趣旨でデモに参加した人も多かったようです。主催者の一人も「人種差別的な行動は絶対にしないでほしい。偏向するフジテレビの襟を正すのが目的で、韓国を批判することが目的ではない」と現地で一所懸命説明していました。 山野 その考え方には賛成できます。日本の放送局の姿勢としていかがなものかという批判はアリでしょう。だからこそ、今回のデモを含め、高岡氏の発言から続くこの一連の問題には、韓国批判はもちろん、「嫌韓流」という表現も、使われるべきではないと思います。ネット上ではそういう表現をよく見掛けますからね。 ──批判の中には「韓国のコンテンツは質が低い」というのもあります。 山野 それもどうかなぁと思います。高いのも低いのもあるでしょうけど、日本の番組と比較して、ものすごく劣っているのかと。私、テレビ持っていないので分かりませんけどね。 ──その一方で、茂木健一郎さんのように「韓国コンテンツの増加を批判するのはグローバリズムに反する」という人もいますが。 山野 それもおかしいですよね。グローバルっていうのは別に韓国化することじゃないですから。いろんな国の文化、番組を取り入れるという動きがグローバル化であって、それが今進んでいるとはまったく思えませんから。むしろ、グローバリズムという言葉を悪用して、韓国コンテンツの増加を擁護する主張に見えますけどね。 ──デモに肯定的な人の中には、『マンガ嫌韓流』作者の山野さんは無条件に味方だと思っている人も多いと思いますが、作者としては困惑しているというのが実感ですか。 山野 そうですね。あの作品で伝えていることは、日韓の間に横たわっているさまざまな問題を全部知った上で、認めるべきは認め、言うべきことはしっかり言って、その上で日韓友好を目指そうということなんですよ。その旨を、1巻の「まとめ」でちゃんと書いています。「嫌韓流」という言葉の意味を理解しておらず、単に韓国を非難するだけの意味で使っている人も見受けられるんですよね。それは作者としては非常に残念だと思ってます。逆に、「嫌韓流」の意味をちゃんと理解している人ほど、「日韓友好を目指す山野はけしからん」と、僕の考えを非難するんですけどね(笑)。
マンガ嫌韓流 再読。 amazon_associate_logo.jpg
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「花王ショック再び!?」"高岡騒動"で懸念されるテレビ局のスポンサー離れ

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今年の"フジテレビの日"は悪夢になる!?
  高岡蒼甫がTwitterで韓流に傾倒するフジテレビを批判し、所属事務所を退社に追い込まれた騒動が芸能界などにも広がっているが、主要スポンサーの不買運動も起こっている。  ネット上にはフジのスポンサー企業の一覧がアップされ、これらの企業製品の不買が呼び掛けられているが、中でも一番の標的にされているのが「花王」だ。フジの過剰な韓流宣伝に対して視聴者が花王に電話で抗議を行ったところ、電話を受けた担当者から「フジテレビを支持しております」との回答があり、それが火ダネとなってしまったようだ。ネット上にはこのやりとりの一部始終がアップされ、「"フジテレビの日"である8月8日に花王製品を返品しよう」と呼び掛けたり、Amazonの花王製品ページに酷評コメントが集中、一時炎上する騒ぎにも。ネットユーザーの"アンチ・フジ"モードは日に日にエスカレートしている。これに対し、フジ局内はもちろんのこと、広告関係者も冷や汗をかいているという。 「2003年、花王はテレビCMを半減し、浮いた予算を店頭販促に回したことで過去最高益を上げたのですが、他社もその戦略を追随したため、テレビCM業界は大打撃を受けました。今回の騒動は大規模なデモも企画されているなど、想像以上に拡散していて、収束の目途が立っていない。このような状況ではスポンサー側のイメージも下がる一方ですし、広告費を減らしたり、最悪の場合、スポンサーを降りる可能性もある。広告関係者はまた『花王ショック』が起こるのでは? と懸念しています」(広告関係者)  また、今回の騒動は韓流傾倒報道だけでなく、震災以降、原発事故等に対するテレビ局をはじめとした大手メディアの報道姿勢に腹を据えかねた視聴者の不満が爆発しているとのでは、という見方もある。 「事故以降、フジテレビは御用学者を度々登場させ、『放射能は安全だ』という主張を繰り返してきた。というのも、フジ・メディア・ホールディングスとフジテレビで監査役を務めるM氏は元東電社長。他局が東電批判や脱原発を打ち出しはじめても、フジだけは一貫して東電擁護ですからね。東電とメディアというのは複雑で深い関係だったとはいえ、いくらなんでも目に余るものがあった」(大手新聞紙記者)  一俳優のつぶやきから始まった今回の騒動。日本のマスコミの報道姿勢を正すきっかけとなるのだろうか。
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新聞大不況時代にクーデター勃発!? 日刊スポーツ激震の社長交代劇

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崩壊へのカウントダウンがはじまった!?
(日刊スポーツ本社)
 "スポーツ新聞の雄"日刊スポーツに異変が起きている。  3・11東日本大震災の影響で大幅な部数減を強いられ、今夏のボーナスはゼロになる社もあれば40~50%カットは当たり前といった社も多く、スポーツ紙大不況の時代に突入した。当然、経営陣の入れ替えなどが急務となっているが、先日発表された日刊スポーツの社長退任の裏にはなにやらキナ臭さが漂っている。  同社は6月28日に定時株主総会を開き、三浦基裕社長が再任されず、1期2年という異例の短期で退くことになった。創業家出身の川田員之会長が社長を兼務することになったわけだが、実はこれが創業家側のクーデターだったというのだ。同社の関係者が声を潜めてこう語る。 「あれはビックリしましたね。何の前触れもなく、いきなり株主総会で緊急動議が提出されたんです。三浦社長も驚いていましたよ」  緊急動議の中身は、三浦社長への不信任と解任要求だ。しかも、採決を取ったらさらにビックリ! 「だってまさかもまさかですよ! 可決されちゃったんですからね。それで三浦社長の退任が正式に決定したんです」(前出関係者)  一体何があったのか? どうやら創業家側が事前に根回しをして、自分の息がかかっていた人物に緊急動議を提出させて三浦社長を退任に追い込んだというのが真相らしい。理由は、創業家サイドと三浦社長を中心とした現経営陣の確執だ。事情通が次のように証言する。 「三浦社長は、良くも悪くも革新的な思考の持ち主だったんです。これからは紙(新聞)だけではやっていけない。イベント事業などあらゆる分野でビジネス展開できるものはしていかなければダメだ、とね。それで、親会社でもある朝日新聞社の完全傘下に入ることを主張。要は、日刊スポーツは朝日の子どもになって、守られながら生きていく路線を走り出そうとしたんです。それが、創業家側にとっては気に入らなかったみたいですね」  つまり創業家側からすれば、「朝日新聞社の傘下になるくらいなら、日刊スポーツをたたんだほうがマシだ!」というわけだ。自分たちで立ち上げた日刊をそんなおもちゃのように扱われてはたまったものではない、ならば潰す方を選ぶという、まさに昔気質の考え方だ。こうしたドロドロ劇の中、社内では時代が時代だけに三浦社長の理念にはそれなりに賛成してもいいという声は多かった。ところが、そうならなかったのは三浦社長のあまりにも強引な社内人事のやり方だった。  前出事情通によれば「社長はとにかく好き嫌いが激しすぎる。年齢に関係なく子飼いを次々と重要ポストに置いて、仕事ができても社長派でない人は左遷の嵐......。これでは社内がメチャクチャになっちゃいますよ。で、支持する人が減り続けた。創業家サイドにとってはクーデターが非常にやりやすい環境だった」というのだ。再び創業家側が経営を掌握し、日刊スポーツ新聞社の実権を握ったわけだが、「あまりにも古臭いやり方に将来を不安視する社員は少なくない」(同社社員)という。果たして老舗スポーツ紙はどうなるのか......。 (スーパー芸能記者X)
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「"差別用語"を使って何が悪い?」過剰な自主規制にモノ申す! 

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被差別部落出身のジャーナリスト・
上原善広氏
 「穢多・非人」「めくら」「ビッコ」「浮浪者」「屠殺」――。これらはすべて、差別用語とされている言葉だ。こういった"不快な思いをする人がいる"とされる言葉は「放送禁止用語」という名のメディア側の自主規制により、まるで存在しないものかのように取り扱われている。年々厳しさを増すこうした自主規制によって、メディア上で本来語られるべき事柄が語られない、語ることができないというジレンマに陥ってはいないだろうか。過日、『私家版 差別語辞典』(新潮社)を出版した、被差別部落出身のジャーナリスト・上原善広氏に話を聞いた。 ――本書では、「差別用語とは、本来は差別的な意味合いを含んでいなかったにもかかわらず、人々が差別するつもりで使ったからそう呼ばれるようになったものが大半」だと指摘されていますが、現在、差別用語はメディアにどのように扱われているのでしょうか? 上原善広氏(以下、上原) だいたいはその言葉を使わない、違う言葉に言い換えるということをしています。例えば、精神分裂病のことを統合失調症、職安のことをハローワークと言ったりしますが、言い換えによってイメージもガラっと変えてしまうから、それが良い効果をもたらす場合もあります。その一方で、"障害者"や"醜いさま"を表す「かたわ」という言葉は平安時代より使われている歴史的語句ですが、こういった言葉についても封印されてしまっている。言葉の言い換えというのは、どちらが正しいというわけではなく、バランスを取ることが大事だと思います。現在の状況はポリティカル・コレクトネスと言われる「政治的な言い換え」があまりにも進み、差別用語に対して一律、言い換えにしてしまおう、それでごまかしてしまおうという流れが多勢なので、そういう意味では、この本で一石を投じたかったというところもあります。 ――差別用語の"差別性"という面だけが強調され原意が抜け落ちてしまうと、客観的な事実を説明するだけで一苦労する、というちぐはぐな状況に陥ってしまいますね。 上原 例えば「貴様」という言葉は、近世初期までは目上の人を敬う言葉だったのに、今では反対の意味で使われるようになってしまいました。本来、人を区別する言葉なので、その言葉を使う人自身が相手をおとしめたいという思いが少しでもあると、それはすぐに差別語になってしまう。要するに、言葉の意味が変ってしまうわけですよね。これは仕方がないことではあるけれど、「ブス」にしても「デブ」にしても、言われたら確かに傷つくけども、だからといって全部ダメにするわけにはいかないでしょう? だって現実的に、僕のようなデブもいれば、ブスもブ男もいるわけですから。そういう意味でも、抗議がきたらメディア側が一律に思考停止状態になって封印してしまう方法では無理があると思うんです。メディアは、見ている人が多くなればなるほどタブーが多くなります。その点、「サイゾー」は読者が少ないから(笑)、タブーも取り扱えるわけで、これが100万部、1,000万部となってくると、変わらざるを得なくなる。だからサイゾーのようにウェブも紙媒体も出している出版社には、今のうちに積極的に"差別用語"とされる語句を使ってほしいと思っています。タブーが一番多いのは、見ている人がケタ違いに多いテレビと新聞、通信社なのですが、そうした大メディアができないことをできるのがサイゾーだと思うんです。とくにこの日刊サイゾーなんて、ウェブを舞台にしている。ウェブというのは、読者が多いのにタブーがほとんどないですよね。そうした意味でも革命的だった。そしてここ十数年でそういう新しいメディアが爆発的に普及してきた今だからこそ、差別用語について少しでも考える機会が増えればいいなと思っています。 ――しかし裏を返せば、"ウェブ上には差別用語が氾濫している"とも言えます。 上原 特定の個人を攻撃するのはもちろん罪に問われてしかるべきですが、公のメディアであるウェブ上で使っての差別語使用については何も問題はないと思います。2ちゃんねるみたいに同和のことを「童話」と書いてからかってるけど、あまり問題になっていませんよね。ウェブって、その手の抗議は雑誌とかに比べて格段に少ないんじゃないですかね。あとは、小人プロレス(参照記事)なんかもそうだけど、笑いを取るためには誰かをコケにしなきゃいけない場合もあるんですよね。人間って生きていくために牛を殺したり鶏を殺したりして食べていかなければいけないように、誰かを傷つけながら生きていかなければならないところがある。お笑いなんか特にそうですよね。表現って、必ず誰かを傷つける可能性を秘めています。だから差別語を使って個人攻撃はしないとか、必要最低限のマナーは必要だけど、あまり神経質になって使わないというよりは、逆に今後は積極的に使っていくべきだと思います。 ――上原さんの世代、つまり30代半ばというのは、テレビで差別用語に触れてきた最後の世代だと思うんですが、今の子どもたちは無菌状態のテレビで育っています。そういった状況について、どう思われますか? 上原 でも、今は返って住み分けができているんじゃないですかね。子どもでも自由にウェブを見ている子もいるから、「大人の世界じゃ、これは使っていい言葉・悪い言葉」というのが、昔よりも分かっているんじゃないかな。大人びているというか、ウェブという一種の「解放区」と、現実の区別は、意外に子どもの方がついているのかもしれないと思うときがあります。 ――テレビが使っていい言葉で、ウェブがダメな言葉だと。 上原 テレビで使っていて、ウェブで使ってはいけない言葉なんてないでしょう。その逆については、子どもの方が新しいメディアに対応しやすいから、分かっているんじゃないかと思います。本当はいびつで、あんまりよくない状況ではあると思いますが。だってメディアの種類によって、使える言葉が違うって変ですよね。 ――テレビの"言葉狩り"が進んで窮屈になった一方で、ウェブというはけ口ができたことにより、ある意味、全体的バランスは取れているとも言えますね。 上原 確かにその通りです。ただ一方で高齢者、とくに貧困層の中にはウェブを使っていない人もいて、そういう人たちが何に頼るかと言えば、やっぱりテレビなんですよね。携帯電話もなくて、電話は近くにある大家さんのを借りてるのに、テレビだけは部屋にある生活保護の人とか。それはちょっと極端な例かもしれませんが、そういう意味ではまだまだテレビってすごく影響力がある。そこから小人さんとかの障害者でパフォーマンスできる人を消すとか、被差別部落民を消すっていうのはゆがんだ状況だと言えます。部落問題で言えば、時代劇に穢多・非人が出てこない。武士が十手を持っていたりする。十手を持っているっていうのは、穢多か非人身分なんです。そういう時代考証も、わざとかどうかまで分かりませんが、間違っている。些細なことかもしれませんが、それって歴史を捻じ曲げているとも言える。身体障害者で言えば乙武(洋匡)さんとか、あれぐらいものすごい才能ある人じゃないとなかなか大メディアに出られない。個人的にはホーキング青山さんが好きですが(笑)、ウェブではタブーがないというのに、テレビにそうした芸人さんや小人の俳優さんが出れないって異常な状況ですよね。そういう人たちをウェブだけでなく、もっともっと大メディアという表舞台に出していくことで、社会的・情報的な弱者に対しても、いろいろと考えるきっかけになると思います。 ――先日、NHKで知的障害者とか脳性マヒの方が出てきてコメディをやる『笑っていいかも!?』という番組がありましたが、あの放送は視聴者にかなり衝撃を持って受け止められたようです。 上原 ウェブの普及から十数年、ようやく閉塞状況から開いていこうとしているんだと思います。ただ、それがNHKっていうところが情けないなあ。もっと先にやるべきメディアがあったのではないかと思います。まあ、部落民や在日、障害者を取り上げたからって、視聴率や部数が伸びるってわけじゃないから難しいところですが。そういう意味では、NHKだからできたんでしょうね。番組の試みは素晴らしいことですが、一過性のもので終わらないかどうか。そうした意味では作り手側はもちろん、視聴者も試されていると言えます。 ――たとえば、乙武さんは「『かたわ』と言われてもいい」と発言されていますが、健常者が『かたわ』という言葉使うと当然、抗議が来ますよね。では、差別の当事者ではない人間が差別について語るとき、どういう言葉で語られるべきだと思いますか? 上原 僕は基本的に、差別用語とされるものを全部使っていいと思っています。言葉というのはただの記号・キーワードの組み合わせでしかない。だから逆にいくらでも組み合わせて言い換えができるけども、そればかりやっているとやっぱりストレスになって窮屈な社会になってしまう。だから僕は「もうこの辺でやめとこうよ」って言っているんです。  本当は、部落問題や障害者について一般の人、つまり他者が書けるようになったらいいですね。障害者のタブーについて健常者が書いたり、一般の人が部落問題について書いたりすれば状況は変わってくると思います。そのためには、たとえば乙武さんみたいに突出した才能のある人がどんどん出ていって「障害者についてもっと言っていこうよ」って言ってくれたら僕らも言いやすくなる。それと同じで部落問題にしても、たとえば一般の人が「部落って怖いところなんじゃないの?」という疑問を堂々といえる、在日問題だったら「なんであんた、帰化しないの?」とか、そういうことを大メディアでもっとオープンにできるようになったらいいですね。 ――なぜ、差別について書く人が出てこないんでしょうか? 上原 まあ、まずは書かせてもらえない。あとは出してもらえない、発言させてもらえないってところじゃないですか。それと、いまだに「差別される側の痛みは当事者にしか分からない」っていうバカバカしい風潮があるんです。それを言われちゃうと他者は何も言えなくなってしまいますよね。そういう見えない壁を打ち破ってこそ、次のステップに行けるのに、「被差別の権利」を振りかざして相手を沈黙させても、その場はそれでいいかもしれないけど、結局、自分を袋小路に追い詰めてしまうことになってしまっている。 ――そこがジレンマですよね。身体障害のつらさを書いて、障害者本人やご家族から「お前に何が分かるのか」と言われてしまうのではないかという怖さがあります。 上原 遠慮するのは当然ですし、それは仕方がないと思いますが、例えば当事者じゃないと分からないことがある半面、当事者だからこそ見えていない面もあると思う。そうしたことを当事者と他者とが交互に発信していく、または発信していける状況をつくることが大事だと思います。  結局、他人をすべて理解するっていうのは無理なんですよ。たとえ夫婦になっても分からないところは分からない。でもやっぱり、お互い考えていることを言葉に出して話し合うことが大事。それが無知から来る疑問であっても、当事者は非難したりバカにしないで答えてあげる。「部落民ってぶっちゃけ、利権で儲けてんの?」「そういう人もいるけど、生き方がヘタで貧乏な人も多いよ」とかっていう次元の話でも何でもいいけど、そうした掛け合いができる状況になればいいと思います。そうした意味でウェブの普及は絶大な影響を及ぼしていると思いますが、ウェブ上での議論自体はまだまだ幼稚で、差別用語や被差別部落の地名を書き記すだけで満足しているようなところがある。  だから、これまでの差別に対する運動っていうのは「差別するな」っていう運動だったけど、これからは「もっと差別してくれ!」っていう運動を起こさないといけないと思いますね(笑)。つまり身内とか、隣近所でコソコソ話して差別されるくらいなら、表立って差別してくれた方がまだ話もできるでしょ。 ――その運動を行っている抗議団体ですが、メディアの自主規制と同じくらい過剰に反応しているのではないかと思う場面も多々あります。 上原 まあ、結局は一種の利権、特権なんです。部落問題について言えば、被差別部落出身者自身が起こした差別事件っていくつかあります。それは仕事が欲しかったからとか、いろいろ事情があってやったんですけど、部落問題を扱うにしても、結局それは運動団体や出身者の特権でもあるんですね。運動団体だったら「その問題やるんならうちを通してくれ」ってなってしまう。僕の立場で言えば、出身者以外の人が部落問題を書きはじめたら、書く場がなくなってしまいますよね(笑)。だから本当はいろんな人に書いてほしくはないんだけど(笑)、そんな僕一人のちっぽけな生活ならいくらでも破たんしていいから、いろいろな人が書いたり出演できるようにしていけたらいいですよね。だけど、現実はそうなっていない。 ――運動団体もある種の存在矛盾が生じていますよね。 上原 例えば後進国って言われてる国に行くと、ビッコ引いて歩いている人を、指差して笑ったりしてる。そういった反応を無くしてしまうのが先進国の人権の考え方ではあるけれど、何でもかんでも封じ込められているとストレスを感じますよね。差別語に限って言えば、今後はウェブのさらなる普及によって既存の大メディアは置いてきぼりを食うことになると思いますが、まあ、あと10年もすれば、もうちょっとストレスもゆるくなっているんじゃないかな。僕が書き始めた15年前とは確実に変わってきていますからね。そういう意味では紙媒体の「月刊サイゾー」はもちろん、ウェブの「日刊サイゾー」さんにはとっても期待してます(笑)。 (取材・文=編集部) ●うえはら・よしひろ 1973年、大阪府生まれ。大阪体育大学卒業後、さまざまな職を経た後、ノンフィクションの取材・執筆を始める。2010年『日本の路地を旅する』(文藝春秋)で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。主な著書に、『コリアン部落』(ミリオン出版)、『被差別の食卓』『聖路加病院訪問看護科』『異形の日本人』(すべて新潮新書)などがある。
私家版 差別語辞典 オープンな議論の場を。 amazon_associate_logo.jpg
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震災後、得意の"クールギャグ"で
日本中に笑いを届けたデーブ氏。
 東日本大震災から3カ月。この間、地震と津波、そして原発事故という三重苦をさまざまな形で報じてきた日本のテレビメディア。衝撃的な映像とともに多くの情報を視聴者のもとへ届けてきたが、その内容には懐疑的な声も少なくない。一部では海外メディアの報道姿勢と比較しながら、政府の"大本営発表"をタレ流ししてきたと指摘する声も多い。そこで、日米両国のテレビ事情に詳しいデーブ・スペクター氏に、災害報道における日米の違いや、制作サイドから見たテレビの問題点を語ってもらった。(聞き手=浮島さとし/フリーライター) ――東日本大震災から3カ月が経ちました。デーブさんも連日テレビに出演されていたわけですが、当時のスタジオの空気はいかがでしたか? デーブ氏(以下、デーブ) 経験したことがない異様な雰囲気でしたよね。スタッフもみんな寝てないし、判断力も落ちてたし、疲労でイライラしてて。それでいて、原発の危険さをあおってはいけないというようなムードもありましたし。何をしゃべっていいのか、よくないのか。そんな空気が充満してましたよね。 ――スタッフから「こういう発言はしないように」という指示はあったのですか。 デーブ それはなかった。ただ、重たい空気はありましたよね。常識に照らして暴走した発言はしないようにって、みんなピリピリしてました。山本太郎みたいな人もいたわけなんですけど。 ――スポンサーサイドからは何か圧力があったとかは? デーブ 無いってことになっているんですけどね。直接の圧力がなくても、東電が大スポンサーなんで配慮はあったとしか思えないけど。気を使いすぎだとボクは思いますね。 ――海外メディアは震災発生当初から原発の危険性を遠慮なく報じていたようですが。 デーブ 日本よりもっと扇情的にやってましたね。早くから「メルトダウンはしてるかも」とか。今思えばその騒ぎ方が正しかったわけですけど。日本は伝える側も放射能や原発のことを理解できていなかったでしょう、もちろんボクらコメンテーターも。分かるのは津波の被害とか瓦礫のこと。だからそれを流すしかない。だって、専門家だって分かってないんだから。 ――アメリカでも自然災害は多いわけですが、日米で報じ方に違いはありますか。 デーブ 文化の違いだと思いますが、たとえば日本人って生まれ育った土地へのこだわりが強いでしょう。とても不便な面があるけれど自然が豊かな山間部の土地に何世代も住んで、そういう生き方をリスペクトする文化がある。そこで土砂災害とかあっても、間違っても「そんなところに住んでいるからだ」なんて言われない。でも、アメリカでは結構言うんですよ。言われる側も、それをある程度承知してるというかね。トレーラーハウスに住んでる人は、ハリケーンで飛ばされるリスクを承知して生活をしてますからね。 ――土地に対する信仰心がまるで違うんでしょうね。日本は森羅万象に神が宿る自然崇拝の国なんで。アメリカ人はもっと合理的に引っ越しちゃうわけですか。 デーブ そう、合理的。1990年代にフロリダにハリケーン「アンドリュー」が来たのですが、もともとフロリダはハリケーンが多くて、あまりに多いから「もう住んでられない」って、あの時は10万人くらいが移住したんです。日本では埼玉の夫婦が定年後は沖縄に住もうとか、あんまり思わないですよね。田舎暮らしって一部だし。でもアメリカだと、寒い土地の人が老後にアリゾナとかへ抵抗なく移住してる。どちらがいいという問題じゃなくて、違いですよね。それによって報じ方も違ってくるということで。 ――テレビ業界のプロとして伺いますが、今回の震災報道の中で「テレビ」と「活字」の違いをどうお感じになりましたか。 デーブ これはね、ものすごく感じました。まず、テレビというのは映像の必要性が先行するでしょ、『朝生』(テレビ朝日系)を除いて。どうしてもいい画を求める。これは仕方ない。そういう縛りの中で、今回のように内容が専門的で、暴走するとクレームが来るという状況だと、もう無難に収めるしかないんですよね。批判精神なんかゼロ。でも、新聞にはすごく細かくて具体的で批判的な情報がたくさんあったでしょ。週刊誌はさらに細かくて、スクープもあったし。つまり、テレビで伝えきれない情報が紙の上にたくさんあった。でも、地上波を責めるのも酷なんですよ。だって、専門家にコメントもらおうにも「尺」がないんですよ、2、3分しか。伝えきれない。 ――アメリカとの違いがあるとすれば、一番は何ですか。 デーブ 一番の違いは、日本に24時間ニュース番組がないってこと。これにつきますよ。CNNとかFOXとかがない。全然ない。一つもない。ゆっくりニュースを放送する局が一個もない。アメリカで今回みたいな災害が起きたら、地上波は最初の数時間は流すけど、あとはニュース専門局に完全にシフトするんです。視聴者はニュースをそこで見る。 ――日本もBSやCSでそれに近い形のものはありませんか。 デーブ だってあれ、本気じゃないでしょ。同じニュースを繰り返し流してるだけだし、自前で取材したわけじゃない。しいて言えば、『BSフジLIVE PRIME NEWS』が近いかな。一つのテーマを2時間じっくりやってる。あれなら新聞情報にもじっくり触れられるけどね。 ――アメリカ人はネットでも結構ニュースを読んでますよね。 デーブ めちゃめちゃ読みます。アメリカのテレビだってすべては伝えきれないけど、新聞系のサイトは相当読まれてますよ。ネットから取得する情報がものすごく多いんです。日本人は「Yahoo! JAPAN」しか見ないでしょ。あれは、要約されたニュースがトピックスとして並んでいて、見出しみたいなものですよね。一つの情報を掘り下げて読むのとは違うから。 ――日本にニュース専門局ができない理由は、国民がニュースを見ない、読まないということに加えて、一番はやっぱりお金ですかね。スポンサードする企業がない。 デーブ そう、お金はものすごくかかる。通信社から買わずに独自で取材するようになったら、もう大変ですよ。この不景気な時代に視聴率が取れないニュース専門局にお金を出そうなんて企業は、今の日本にないでしょう。やれるとしたらNHKだろうけど、そしたら地上波を見なくなるからね。NHKの視聴率はニュースが支えてるから。地震があったらとりあえずテレビはNHKをつけるとかね。そのNHKが専門局を始めたら、視聴者はそっちに流れるだろうから。だから、共食いになっちゃうんですよ。 ――民放はともかく、NHKは共食いしてでもやるべきかもしれませんけどね。 デーブ だと思いますけどね。これだけテレビ文化が成熟してる国なのに、24時間ニュース局がないなんて不思議なんです。ラジオでさえやってないんだから。ラジオなんて、一社提供の持ち込み企画とか、事務所のお荷物のタレントに番組を持たせたりとか、古いやり方をずっとやっている。流動性がないんだよね。ラジオでやれないんだから、テレビだと100年かかるかもね。 ――メディアと言えば、今やTwitterも一つのメディアと言える時代ですが、デーブさんの震災直後のつぶやきが大反響でした。「低気圧にお願いです。被災者ではなく、原発を冷やしてください。ボクも一所懸命、寒さを原子炉に送りますんで」とか、「日本で略奪があるのは愛だけですからね、山路さん」とか(笑)。日本全体が重苦しい空気の中で、デーブさん流のギャグで癒やされたという日本人は多かったようです。 デーブ クールギャグと呼んでるんですけどね(笑)。あれはびっくりしました、反響がすごくて。普通にいつものようにつぶやいてただけなんですけど。あのころはまだ「冗談言っちゃいけない」みたいな空気で。日本全体が首を絞められてるような、なんていうのかな......。 ――閉塞感のような。 デーブ そうそう、閉塞感。それがあったでしょ。みんな笑いたかったのに笑えなかった。そこにニーズがあったんでしょうかね。 ――それを一冊にまとめた『いつも心にクールギャグを』(幻冬舎)が発売中ですが。本を出されるのが10年ぶりくらいとのことで、意外ですね。 デーブ ボクは基本的に本は出さない主義なんです。だって、さほど伝えることもないのに、タレントだから本を出すというのも、ちょっと抵抗があるというか。今回はちょっと特別で、社会現象としてあまりに反響が大きかったし、残しておこうというのもありまして。ま、脱力して気楽に読んで、癒やされていただけたらうれしいです。 ●でーぶ・すぺくたー アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ出身。日本を拠点に活動する米国人テレビプロデューサー・放送作家・コメンテーター。1983年、米国ABC放送の番組プロデューサーとして来日。ポイントをおさえた的確なコメント、鋭い批評は多方面から好評を博し、テレビ出演の他、全国各地の講演や執筆活動等で多忙な毎日を送っている。2009年「オリコン好きなコメンテーターランキング」第1位獲得。話題のTwitterは「ツイナビ」アカウントランキングで『総合TOP100』『有名人・芸能人』『エンタメ』各部門で第1位(2011年3月22日ツイナビ調べ)。
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「メディアを疑え! 好奇心を持て!!」"不肖・宮嶋"が若者世代へ送るメッセージとは!?

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 「不肖・宮嶋」こと、報道カメラマンの宮嶋茂樹氏。写真週刊誌「フライデー」(講談社)専属カメラマンを経てフリーになるや、東京拘置所収監中の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚の車椅子姿や、ロシア外遊中の金正日の姿を撮影するなど、数々のスクープを連発。他方、コソボやアフガン、イラクなどの戦場を渡り歩き、『不肖・宮嶋 死んでもカメラを離しません』(祥伝社)など、戦地ルポの著書も数多い。  地べたを這いつくばるような取材を続け、現場主義一辺倒で来た宮嶋氏の目に、今の日本のメディアはどう写るのだろうか。 「相撲の賭博問題で日本中が揺れたわけだけど、メディアの言っていることはきれいごとばかり。力士が暴力団とつるんでいたなんて、現場の記者はみんな知っていたはず。見て見ぬふりをしてきたくせに、初めて知りましたとばかりに一斉に叩いている。芸能界と暴力団のつながりも同じ。情報には裏があるということを、見る側は常に意識するべきでしょうね」  報道の世界にどっぷりつかってきた宮嶋氏だからこそ感じる情報への猜疑心。その思いで書いた『不肖・宮嶋 メディアの嘘、教えたる!(14歳の世渡り術)』(07年刊/河出書房)は、内容の一部が高校の国語入試問題にも使われている。 「若い世代には特に報道を疑って見て欲しい。辻元(清美)議員が社民党の離党会見で美しい言葉を並べていたけど、あんなの権力志向の強い女が与党へ入るための戦略。でも、あれを見た子どもは『この人、いい政治家かも』なんて勘違いするかもしれない。教えるべき教師は組合活動が忙しいし。僕の本を解説書として『世の中は裏がある』と感じてくれれば、書いた甲斐がある」  "裏がある"のはワイドショーや国内ニュースだけではない。宮嶋氏が自らの海外での取材経験を振り返る。 「ある番組でカンボジアを取材したら、『スポンサーが大手飲料メーカーなので画面にビールの看板を写すな』と局から指示が出た。食事のシーンではジュースのビンを全部どかして撮影しましたよ。報道の重要さよりスポンサーの意向が第一義。それがいいか悪いかではなく、そういうことが裏で起こっているということ。純粋な報道なんてないわけで、誰かが得をするからその情報が流れている。若い人はそれを知っておくべきでしょう」  インターネットが普及し、断片化された情報が氾濫する時代だからこそ、問題を多面的にとらえて咀嚼する力が問われていると、宮島氏は考えている。はたして今の世代にその力は期待できるのだろうか。 「バイトで若い子を使うことがあるんだけど、みんなびっくりするくらい好奇心がないね(笑)。情報を咀嚼する以前の問題。僕はゆとり教育の弊害だと思っている。まずは身近なことから関心を持てばいい。仮にサッカーが好きなら、贔屓のチームがどんな問題を抱えていて、上手な選手がなぜ試合に出られないかとかね」  メディア業界を騒がせている「書籍の電子化問題」についても、これまで40冊を超える著書を出している宮嶋氏にとっては逼迫した問題だ。 「先日もある出版社から、『iPad向けの写真集を出しませんか』という打診がきた。たしかに、今は電車で新聞読んでいるサラリーマンが全然いない。携帯やiPhoneばかり見ている。嫌でも時代を感じますね」  紙媒体に閉塞感を感じつつも、一方で「けっこう楽観的」でもあるという。 「紙の書物が全部正しいなんて言わないけど、一定の信用性という担保はあると信じてますよ。それに、人は必ずしも便利なものに飛びつくとは限らないからね」  紙をめくりながら折り目をつけ、残りのページ数を確認しながら読むという習慣は、合理性とは別の次元で、決して無視できない要素というわけだ。宮嶋氏が続ける。 「iPadも便利でいいのかもしれないけど、できれば僕の写真は紙やインクの質感を感じながら見てほしいなぁ。僕がパソコンとファミコンの区別もつかない古い人間だからかもしれないけど(笑)」 (文=浮島さとし)
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何故いまTシャツ? 伊藤ガビンが考えるメディアの未来とは

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「人生はヒマつぶし。くだらないことをずっとしていたい」
と語る伊藤ガビン氏。
 WWWのハイパーテキストが誕生して、早20年。誰もが片手に通信機器を持ち、誰かしらとつながっている。あらゆるメディアが電子化される時代。書籍や雑誌は薄くて小さな端末の中に押し込まれ、フリック&タップで見るのが常識になるのも、もはや時間の問題なのかもしれない。そんな中、メディアの業界でゆるりゆるりと独自のポジションを築き上げている人物がいる。編集者・アーティストの伊藤ガビン氏だ。    先日、伊藤は、編集者の古屋蔵人との共同企画でオンデマンドのTシャツショップ「TEE PARTY」を立ち上げ注目を集めている。編集者の古屋は、雑誌などへの執筆と並行してBEAMS TやTOKYO CULTUART BEAMSのディレクターを務める人物。TEE PARTYのページでは、クリエイターごとに「レーベル」と呼ばれるお店の看板を出し、レーベルごとに好きな数だけ自分たちのデザインしたTシャツをページ(売場)に並べることができる。アクセスしたユーザは、あまたあるTシャツの中から選んでもいいし、レーベルに直接アクセスしてクリエイターの作品を買うこともできる。値段は一律で3500円。現在、レーベル数は100あまり、参加アーティストはゆうに100人を超え、Tシャツの種類は星の数(は言い過ぎかも)の巨大Tシャツサイトになり現在も日々成長中だ。ちなみにクリエイターのセレクトは、基本的に伊藤と古屋が行う。  今回は、伊藤ガビン氏に、TEE PARTYのリリースに合わせて、何故お店を始めたのか、現在のウェブの状況をどう考えているかなどをうかがった。 ──まずは、TEE PARTY設立の経緯から教えてください。 伊藤ガビン(以下、伊藤) よくある話なんですが、Tシャツサイトのリニューアルの話があって、それで話を進めていたら、こうなっちゃったっていう(笑)。依頼されてやる仕事の場合は、まず最初に先方からの要望ってのがあるでしょ。それに対してどうやって答えるか問題解決の方法を考えていくと、大抵頼まれることと違う答えが返ってきちゃう。「BCCKS」もそうだし、TEE PARTYも同じ感じですね。  詳しく話すと、まずはTシャツの通販サイト「黒松」っていうのがあって。そのサイトは、Tシャツの説明文がやたらと長いっていうのを特長にしていたんですよ。それが何なのかというと「雑誌」なんですよね。雑誌を作る時って、課金とか広告のモデルとか考えなくちゃいけないでしょう。僕はそういうのは極力考えたくない(笑)。でも、僕はお店屋さんの子どもなので、通販の仕組みは分かりやすかったんです。そのタイミングで「daily vitamins」の話がきて。そっちにウェブでやりたいコンテンツを入れちゃったんですよね(笑)。今度はひょんなことで、今みたいな仕組みのTシャツ屋の話がきたという。きたというか、結局自分でやることになっちゃったんだけど。 gabin03.jpg ──デザイナーにプラットフォームを提供する新しい試みですが、今サイトを見るかぎり、すべてのクリエイターが同列で語られているようです。一定期間で、クリエイターをシャッフルしたり、リコメンドを表示したりはしないんですか? 伊藤 例えば、音楽が電子的に配信されるようになった時に、廃盤がなくなりますよって言われた。電子書籍もそうですよね。そういう意味でいうと、絶版がない、売り続けるのは技術的には可能。まだやり始めて1カ月も経っていない状態なので、とりあえず数を増やしているけど、今後のことはいろいろ考えている。お客さんだって、トップページから入って、そんなに深くは掘ってくれないじゃないですか。各レーベルが一つのお店として認識されるようになって欲しい。ゆくゆくは僕もいなくなって、TEE PARTYというブランドもなくなって、各店が出てくるようになればいいなと思う。 ──いまトップページは縦に流れる感じになっていますね。一覧が欲しいな、と最初見たとき思ってしまいました(笑)。 伊藤 そうなんす。まあ思惑としては、スクロールしながら下まで見て欲しいから、ああいうデザインにしていて。それは自分のウェブへの接し方にも通じてるんですが、今はウェブってtwitterとtumblrとそこからのリンク先しか見てないんですよ。そこしかリアルじゃない。tumblrに貼ってあるのがたまたま全部Tシャツ、というようなイメージなんです。コメント欄がないのも同様で、いいじゃんtwitterでつぶやけばっていう。でも、走り出してみると一覧で見たいという人もいっぱいいるので、やっぱり作るかなあとも(笑)。 ──コメント欄を見るというよりは、ざっくりしたカテゴリと見出しが欲しい気がします。そうするとそこに編集的な視点が必要になるような。 gabin02.jpg 伊藤 本当はAPIを公開して、それをユーザーが勝手に編集していけるようにしていきたい。でも、BCCKSとかのいろいろな経験からすると、CGM(Consumer Graduated Media)の力を信じたいと思いつつも、コンテンツっていうのはやっぱり8、9割方僕たちがかかわっているものだったりするわけです。一応僕は編集者と名乗っているから、編集的な部分をやりたいしそういう編集のあるサイトが好きなんですよね。それでいうと、TEE PARTYが誰でも参加できるかというと、いまのところは参加できない。将来的にどうするかは分からないけど、CGMにした時のコストや労力と自分たちのやりたいことを天秤にかけた時に、やっぱり自分たちが好きなネタを編集して出した方がいいんじゃないかなと思ってます。 ──では、これからTEE PARTYで編集コンテンツが追加される日も遠くない? 伊藤:予定しています。(ウェブ上には)書いてはいないけど(笑)。とにかく説明したいんですよ、Tシャツを1枚1枚。だってCD屋に言ってもPOPを読んでるので(笑)。ジャケ買いなんかじゃないですよ。POPを書きたいんだけど、原稿が遅筆ゆえ......という人間性なので。 ──ガビンさんの目線で書くということですよね? 伊藤 インタビュー形式になるかな。で、もうひとつ、これも近日中に始まるんだけど、daily vitaminsでTシャツ1点1点を勝手な視点で解説する企画をやろうと思っていて。例えば「タナカカツキのサ道」っていうサウナの連載があるんだけど、それは最後まで読むと最後のひとコマがTシャツになってるんです。最近ですけど、寺田克也が描いた焼き鳥のリアルなレバーの絵とかもTシャツになってる。全然売れないですけどね。(笑) まとめると、ひとつは雑誌の中でいうと雑誌の後ろの1色ページを読んで育ったので、そういう記事はどこへ行けば読めるのか、自前で書く場所を作ろうと。そのときに、広告には頼っていられない、だけどなんとかしなければという時にTEE PARTYのような仕組みになったんです。 ──パッケージとして電子書籍的なものを売っていこうとか、そういう企画を考えていこうとかはありますか?
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現在開催中の3331「グランドオープン記念展
では、オリジナルの"スポーツ"を提案
する展示を行っている(~25日)。
伊藤 それはあります(笑)。daily vitaminsでの連載は連載エンジンとして考えているので。いまの媒体を見ていて、雑誌の連載みたいなものはどこにあるのかというと、真っ先に思い浮かぶのがブログですよね。でも、自分がそういう風に続けて本1冊分書けと言われても、書けないタイプなので......。ブログっていうのは、書きたい人の文章しかないでしょう。編集者が尻を叩いたり、締め切りがやってきて初めて書けるタイプの人っているじゃないですか。そういう、書けない人の方が好きなんでしょうね(笑)。 ──サイトがオープンして1カ月経ちましたが、どうですか? 伊藤藤 予想したくらいな感じではあります。「自分の店」という感覚を持ってやっている人のサイトが売れてますね。面白い面白くないというのはあんまり関係ないかも。そこにも単なるアーティスト性というよりも、編集的というか。この時代のこのタイミングでの編集的センス、そういうのを持っている人が売れているような気がする。具体的に言うと、坂本渉太くんっていう、彼なんかはセンスありますよ。彼は狂ってるよね~(笑)。  んー、まだTEE PARTYの核心に触れてない感じはあるね。でも、久しぶりに編集っぽいことをしている気分ではある。基本的に僕が何をしてきたかっていうと、バランスをとってるだけなんですよ。何故、この時期にオンデマンドTシャツやってるのかというと、電子書籍とかCGMのことを考えてたらこんな形になっちゃったという。  課金の話でいうと、最初のTシャツサイトをやっていた頃カツキさんと話をしていていて、ちょうどmixi全盛だった時に、1日中mixiやってるのに、なぜ人びとは300円の課金は払わないのかという。でも、そういうヤツが3500円払ってTシャツを買うんだろうねって。着れるだけだぞって(笑)。絵に関してはトンチで解決。で、僕は本に愛着とか感じるタイプじゃないので、ボディの質感とか素材はそんなにこだわらない。でも、みんな毎年Tシャツ買うよなとか、そういうところで商売している感じ(笑)。  でもなんか、まあ、雑誌の記事を作ってるっていう気分ではありますけどね。すべて暇つぶしですからね。......こじつけたような気がする。(笑) (取材・文=上條桂子) ●いとう・がびん  1963年生まれ。パソコンホビー誌「ログイン」(アスキー)の編集を経て、90年にボストーク株式会社設立。書籍の編集・執筆のほか、ゲーム開発、美術展のプロデュースなど、コンテンツ開発全般を手掛ける。07年にWEB上で本が作れるサイト「BCCKS」の立ち上げに参加。08年に井須多恵子とデザインユニット「NNNNY」を結成。現在、女子美術大学短期大学部造形学科デザインコース教授、東京芸術大学先端芸術学部非常勤講師も務める。現在、東京・千代田区の3331 Arts Chiyodaにて、「グランドオープン記念展」に参加中。
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