
ガイナックス設立メンバーにして現・代表取締役。そして『王立宇宙軍~オネアミスの翼』監督・脚本、『新世紀エヴァンゲリオン』プロデューサー、『まほろまてぃっく~もっと美しいもの~』監督など、日本のアニメ史に偉大な足跡を残す山賀博之が、今度はオペラの演出に挑戦する。
11月23日~25日、東京・サンパール荒川大ホールにて上演される「舞台祝祭劇『ニーベルングの指環』序夜 ラインの黄金」は、総合芸術家であり、革命家でもあったワーグナーが北欧神話を源流に、26年という歳月をかけて書き上げた壮大なオペラ作品の序章にあたる。トールキンの『指輪物語』をはじめ、松本零士や里中満智子、池田理代子といった日本を代表する漫画家が題材とするなど、後の世に多大な影響を与えている本作を、山賀は直径7メートルに及ぶ巨大なリング状のスクリーンとコンテンポラリーダンス・カンパニー「コンドルズ」とのコラボレーションで演出する。
アニメ界の巨匠が挑むワーグナー。インタビューで、その本質に迫ってみよう。
■「アニメとワーグナー」というキーワードが出発点
山賀博之(以下、山賀) 『あらかわバイロイト』というワーグナー作品を上演する舞台を毎年やってらっしゃるオペラ歌手の田辺とおるさんから、突然電話がかかってきて「『ニーベルングの指環』を演出しませんか? アニメでワーグナーって、いいと思うんですよ」という話が来たんです。ただ、一つの事業として考えた結果、どう考えてもアニメとオペラを一緒にするのは無理だなというところに行き着いてしまって、アニメというものは一旦置いておこうって話をしたら、田辺さんは『じゃあアニメじゃなくていいです。だから山賀さん、何かやってください』って言うんですよ(笑)。
──形はどうあれ、山賀さんという新しい風を、オペラに取り込みたかったんでしょうね。
山賀 そう思います。何かあると踏んだんでしょうね。で、アニメじゃないものを考えよう、というところからまた始まったんです。
──そこからリング状のスクリーンに、どうたどり着いたのでしょうか?
山賀 あれは早い段階で思いつきました。オペラにアニメを混ぜてくれと言われた時に、オペラって舞台に演者が出て歌うわけですから、そこに映像が入ってキャラクターが映っちゃったら、声優が出てきて何かやるようなイベントみたいな、ただの公開アフレコになっちゃって、オペラじゃなくなっちゃう。だから、映像を何か使うにしても、四角いスクリーンはないなというのは真っ先に思いました。そこでどうするか考えた時に、やぐら状の舞台を取り囲んだスクリーンを思いついたんです。あえて遠近感を狂わせる仕掛けというかレイアウトになっているので、客席から見るとどうなっているのかよく分からない。
──確かに、どういうビジュアルになるのか全然想像がつきません。
山賀 客席からは、上下のスクリーンの間に、やぐらの中央に立った役者が見えるというわけです。上側はスクリーンの前とも上とも言える。下側はスクリーンの奥とも下とも言える。平面で考えれば丸の中に役者がいるし、奥行きで考えると円筒形の下に役者が立っているとも言える。
──聞いているだけで、なんだか頭がくらくらしますね……。この構想を周りに説明するのは大変でしたか?
山賀 当の田辺さんに「そんなところで役者は歌えません」と、いきなり反対されました(笑)。田辺さん自身は、直感力は鋭いんですけど歌手でもありますから、やっぱり前で歌いたいんですよ。「舞台の奥で歌うのはいいけど、手前にも歌える場所を必ず作ってください」と、最後まで粘っていました。それくらい歌手にとって立ち位置っていうのは、重要な問題なんでしょうね。ただ、今回は歌うためのイベントじゃなくて、演劇なんですから、そこはグッと呑んでもらわなきゃというところで強硬に押し切ったら、だんだんと「いいですね」と言ってもらえるようになりました。
──リング状のスクリーンというのは、『ニーベルングの指環』というモチーフからとったアイデアなんでしょうか?
山賀 そうですね。まずお客さんが入ってきて、何を見て帰ったら満足かなって考えた時に、でっかい指環が舞台にあったら、まあ満足かなって(笑)。だって『ニーベルングの指環』を見にいって、「どうだった?」と見てない人に聞かれたら、「ステージの上にでっかい指環があって……」と、絶対に見た人は言うと思うんですよ。その一言を狙うために作った部分もあります。そういうところがアニメ的な発想なのかも(笑)。
──ビジュアルショックを与える。

稽古風景(撮影=岩崎祐)
山賀 というよりも、もっとアニメ屋的な下卑た商売根性というか(笑)。どうもっていったらどういう一言が引き出せるのかというのをまず作って、そこからマーケティングを考えていく。僕の仕事は、いつもこうですよ。
■舞台の演出とアニメの演出は同じ
──今回は、コンテンポラリーダンス・カンパニー「コンドルズ」ともコラボレーションされますが、オペラというクラシカルな演劇と、コンテンポラリーダンスという現代の舞踊のすり合わせ具合はいかがですか?
山賀 コンテンポラリーダンス自体、即興性が強いものなので、もちろん設計図は作るけど、何回も稽古をして、動線を確認して……というやり方ではないんですよ。“恐らく彼らはこう絡み合うんだろうな”と、予測して作っています。ここはアニメ演出的なものがあります。アニメ演出って、ほかの舞台や実写映画と根本的に違って、予知能力に近いものが必要なんですよ。音を作る時は絵を知らないで作っているし、絵は音を知らないで作っている。背景を描いている人はその前でキャラがどう動くか知らないし、キャラを描いている人は自分が担当するカット以外は知らないで描いているわけですから。
だから今回、舞台の演出をやってみていいなと思うのは、全部目の前で展開することですね。「ヴォータン(編註:劇中に登場する神々の長)が前に出ない!」とか、リアルタイムで修正を言えるわけですから。アニメで前に出ないという修正を実現しようとすると、「ヴォータンが出ているカットはいくつ?」と制作に聞いて、「そのカットは今どこ? 韓国? 今からカット送れるかな?」とか、そんな感じですから。だから根本的な部分では、アニメ演出と舞台演出の間に何も変わりはないですね」
──ちなみに演者さんは、山賀さんのプランを聞いて、どんな反応でしたか?
山賀 確かに最初は皆さん、戦々恐々とされている空気はありましたね。ただ、通し稽古に入るあたりで、『これでいいのかな』っていう感じで打ち解けてきた雰囲気はあります。ただ正直言って、不安ももちろんありますよ。新しいことをやる以上、リスクもかなりあるのですが、その一方でワクワクもありつつというのは、アニメを作っていても同じ。いつものことです。
■ガイナックスの原点はワーグナー
──『ニーベルングの指環』は今回上演される序夜『ラインの黄金』の後に第3夜まで続きますが、今後も演出を続けていく予定はありますか?
山賀 分からないです。というのも、今回はあくまで『あらかわバイロイト』にガイナックスが参加するとちょっと毛色が変わりますよ、ということでやっていますので。でもこのスクリーンは、いろんなイベントに使えそうですよね。それと今回演出をやってみて、オペラというよりもワーグナーそのものに愛着がわきました。
──山賀さんは、もともとワーグナーは聴いていたんですか?
山賀 いや。でも不思議と縁があって、ガイナックスの最初の作品『王立宇宙軍~オネアミスの翼』のパイロット映像に使った音楽は、ワーグナーの『マイスタージンガー』の序曲でした。ガイナックスの最初の映像作品の音楽は、ワーグナーだったんです。だから原点に返ってきたという感じはあります。
──ガイナックス作品というと、アニメにオペラやクラシック音楽を取り入れることが多いのですが、ガイナックスの作風として、そういったものを志向している部分はあるのでしょうか?
山賀 そういうものを志向している部分はあると思います。だから田辺さんも、直感的にそこを見抜いたんでしょうね。親和性はすごくあると思うし、僕自身もなんの抵抗感もなく仕事ができている。きっと周りは驚くと思うんだけど、自分の中では驚きはないんですよね。アニメを作る時も、いつもと同じアニメを作りたいという感覚はあまりなくて、毎回何か違うものを作ろうという意識があるんですが、その“ちょっと違うもの”の領域の中にオペラもあるのかも。

山賀氏。
■高尚になった古いものを、本来のオタク的なものに戻していきたい
──今回、脚本も山賀さんご自身が書かれたそうですね。
山賀 これだけはやっておかないと、と思って。今までのワーグナーがとっつきにくかった理由として、まずドイツ語の翻訳が悪かったと思うんですよ。正確にドイツ語を一単語ごとに訳していくことに徹していて、結果的に妙に難しいことを言ってるような翻訳になっていたんです。それを全部取っ払って、アニメの脚本調に書き直しました(笑)。会話もアニメのキャラクターっぽくなっています。
──(脚本を見て)すごいですね。まるでアニメの台本みたいなノリのセリフが飛び交っていますね(笑)。
山賀 でも、これはめちゃくちゃに書いているわけじゃなくて、ほぼドイツ語の直訳なんです。ちょっと付け足した部分もあるけど、ほぼそのまま。逆に今までの翻訳のほうが直訳であるがゆえに、ドイツ語の持っているリアルなイメージが出せていないと思うんです。そのイメージを出すために、まずドイツ語の勉強を始めてから翻訳作業に入りました。だから、こんなに時間がかかったんです。
──今までちょっととっつきにくいと思っていた人にも分かりやすい、入門編のようなノリも今回の舞台にはありそうですね。
山賀 入門ではありません。これは行き着く先です(笑)。でもこっちのほうが、ドイツ語のニュアンスに近いと思うんですよね。あんまり一個一個の単語の正確さを拾っていくばかりだと、どうしても言葉を発した人物が本来感じた気分というのを、きちんと表現できないんじゃないかな。そう思ったので、一種超訳的な日本語で、『この人はこう言いたいんだよね』という感じで訳しました。ハリウッド映画の日本語字幕みたいなもんです。まあ、戸田奈津子さんよりは原語に近いとは思いますけど(笑)。そういう意味でいうと、オペラに格式があって分かりづらいというイメージを持っている方にはオススメです。
──今回のオペラだけでなく、もともと格式のあったメインカルチャーがアニメなどのサブカルチャーとコラボすることで、若い世代にアピールする機会が増えている昨今ですが、山賀さんはそういうトレンドについてはどう思われますか?
山賀 うちは今、茶道の漫画をやっているので(週刊ヤングマガジン11月26日号より連載予定『さどんです』)、お茶の世界もちょっと勉強させていただいているんですけど、安土桃山時代には、今のオタク文化とたいして変わらないスタイルで茶道というものがあったのに、江戸時代に形式が決まっていく。その後、明治時代の富国強兵政策で文化をとにかくレベルの高いもの、崇高なものに変えていくという流れに取り込まれていきましたけど、そろそろその呪縛から解き放たれる時なのかなと思います。もともと絵画とか音楽って楽しむためのものなのに、周りがどんどん偉いものとして持ち上げいくうちに身動き取れなくなったっていうのが、音楽に限らず、芸術の今の姿だと思います。
でも、古典芸術って、もともとは現代のオタクが求めるものとそう変わらない世界なんです。だから、自分は古いものをぶっ壊しているという意識はないです。本来あるべき姿に戻していく。固まっていたものをフワフワっと柔らかくして、本来こうやって楽しむものでしょってところに落とし込んでいる意識はあります。お茶席だって、もともとは新しい器を手に入れたから見てくれって、自慢したくてやっているだけですから。
──自慢のフィギュアの鑑賞会みたいなもんですね(笑)。
山賀 そう、鑑賞会です。それがいつの間にか鑑賞の時間とかタイミングとかも決まっていく。それも変な話なんですけど。
──なるほど、では今回はあくまでも楽しいものを見せると。
山賀 そうです。逆に言うと、僕自身があまり芸術志向じゃないので、楽しくないんだったらやる気は起きないんです。何か格式があるとか崇高なものっていうんだったら、あまり近づかないですね。だからアニメをやっているんです。
(取材・文=有田シュン)
●ガイナックス オペラ with コンドルズ『ラインの黄金』
ワーグナー作曲「ニーベルングの指輪」序夜
【日程】2012年11月 23日(金)14時~/24日(土)13時~、18時~/25日(日)14時~
【チケット】全席指定 S席 12,000円/ A席 10,000円/ B席 6,000円/ C席 4,000円
【ご予約・お問い合わせ】東京国際芸術協会 03-3809-9712(平日9:30~18:30)
<
http://tiaa-jp.com>
【会場】オペラ劇場あらかわバイロイト「サンパール荒川大ホール」(荒川区荒川1-1-1)
【ガイナックス・オペラ公式サイト】<
http://www.gainax.co.jp/opera>
【Twitter】
@GAINAX_OPERA
【主催】一般社団法人 東京国際芸術協会
【共催】荒川区 公益財団法人 荒川区芸術文化振興財団
【協賛】株式会社マエストロ
【協力】東京音楽学院