渋谷東急ハンズは設計ミス? まるで迷宮なフロア造りの謎をハンズに直撃!

 サイゾーのニュースサイト「Business Journal」の中から、ユーザーの反響の大きかった記事をピックアップしてお届けします。 ■「Business Journal」人気記事(一部抜粋) 強制わいせつ事件で、東京地裁裁判官が被害者女性を“脅迫”疑惑? 男性誌「GOETHE」が醸し出すワーキングマッチョ臭…オトコのおしゃれは頭の良さで決まる!? 2ちゃんねる等で誹謗中傷されたらどう対処?犯人探しはハイコスト・ローリターン… ■特にオススメ記事はこちら! 渋谷東急ハンズは設計ミス? まるで迷宮なフロア造りの謎をハンズに直撃! - Business Journal(4月17日)
渋谷は迷宮だらけ?
(東急ハンズ渋谷店「Wikipedia」より)
人気放送作家の鮫肌文殊氏と山名宏和氏が、知ってトクもしなければ、自慢もできない、だけど気になって眠れない、世にはびこる難問奇問を直撃解決!する連載「だから直接聞いてみた」。月刊誌「サイゾー」で連載されていた同企画(宝島社より単行本となって発売中!)が、ビジネスジャーナルにて復活!   今週は、鮫肌文殊氏が、あの複雑怪奇な渋谷の東急ハンズのフロアの謎について直撃した。 [回答者]東急ハンズ 様  この前、ネタ帳用のボールペンが欲しくなった。手のひらサイズなので、なかなかそれにピッタリ見合うような適当な長さのボールペンがない。長さ8センチくらいがちょうどよいのだが、そんな特殊なサイズのボールペンはそこらへんの街の文房具屋には売っていない。  そんな時、ヘタにいろんな店を探し回るより、渋谷東急ハンズへ行ったほうが絶対に早い。とにかくあの圧倒的な商品量。でも、とにかくなんでもいいから置いておけ! というドン・キホーテ的な雑な品揃えではなく、そこにはちゃんとした店側のポリシーが感じられる。欲しかったボールペンも無事手に入った。  しかーし! この渋谷の東急ハンズ、ひとつ欠点がある。  どんなブツでも手に入るのはよいのだが、フロアがあまりにも複雑怪奇すぎるのだ。なぜか知らないが、ひとつのフロアが3つに分かれている。普通の店なら1階のフロアは1階のフロアだけなのに、渋谷東急ハンズは「1A」「1B」「1C」の3つに分かれていやがるのだ。渋谷の東急ハンズに一回でも行ったことのある方なら実感としてワカルと思うが、なかなかに面倒くさい。5Aに行こうとしてエレベーターに乗って、着いたら5Cだったりする。なので段差のある5階のフロア内を移動して、目的の5Aまで、またわざわざ歩いて移動しなくてはならない。品揃えは申し分ないんだけど、あの複雑怪奇なフロアだけはいつも「なんだかな~」な気分になるのであった。  だから直接、東急ハンズに聞いてみた。 『渋谷の東急ハンズの階数がわかりづらいんですが、普通のフロアじゃダメだったんですか?』 担当者 「スキップフロア」のことですね。 ――あ、あれって「スキップフロア」って呼んでるんですか。 担当者 なぜ(ひとつのフロアが)ABCに分かれているかといいますと、もともと渋谷店ができた時にフロアの中をくまなくお客様に見ていただきたいということで、一番上の7階から下りてくるに従って、ABCフロアの3層に分かれてますので、階段を下りながら(売り場を)俯瞰できるという趣旨です。 ――全部合わせると何フロアに? 担当者 そうですね。地下2階から7階までありまして、全部で25フロアあります。 ――それって、渋谷店とかだけで、全店舗でやっていないのはなぜなんですか? 担当者 1つの階を3つに分けているものですから、非常に効率が悪いわけですね(苦笑)。物流面とか商品のPRとか催し物の変更とか、フラットなフロアに比べて非常にやりづらいです。ですので、その後、ABCフロアで建物を建てるというのは、東急ハンズでは今のところ、やめております。  やはり、東急ハンズの人も、あの複雑怪奇なフロアを「やっぱ使い勝手悪いな~」って感じて反省していたのだ! そりゃそうだ。でも、じゃあなんで、あんなものを造ってしまったんだ? 担当者 そうですね。もともとはお客様に楽しんでいただこうというコンセプトで、建物自体を楽しく造ったということでございます。ですので、東急ハンズの創業時に造られた店舗に関しては、できるところはそういう形にしておりますね。 ――ぶっちゃけ、スキップフロアの評判ってどうなんですか? 担当者 そうですね。初めて来られるお客様にはですね、やはりぐるぐると回らなければいけませんので、高齢化社会もありまして、(現在のようにABCの3つのフロアを歩いて移動する形式より)エレベーターとかエスカレーターとかあったほうが全然よいというようなことは言われています。 ――ですよね! 確かに渋谷店の今あるエレベーターは来るのがむっちゃ遅いですよね。もっと増やしてもいいと思います。 担当者 はい。お客様の来店数に(今のエレベーターの数が)見合っているかと言われますと、ちょっと難しいところがありますね。  やはりあのフロアは「失敗だった」と、東急ハンズの人も思っているのがわかったのが収穫だった(笑)。こんなバリアフリー化の時代が来るなんて思いもせずに「遊び心いっぱい」で造ってしまったのが今の東急ハンズ渋谷店だったってわけか。ちなみに、近々できる新店舗について聞いてみたら、3月20日に熊本店がオープン! もちろん、この店舗は渋谷店のスキップフロアの反省を踏まえて(!?)普通のフラットなフロアらしい。またスキップフロアにしたら、くまモンも「使いにくいよ~」って困るところだった。熊本の人、よかったね! (文=鮫肌文殊/放送作家) ■おすすめ記事 2ちゃんねる等で誹謗中傷されたらどう対処?犯人探しはハイコスト・ローリターン… 強制わいせつ事件で、東京地裁裁判官が被害者女性を“脅迫”疑惑? 男性誌「GOETHE」が醸し出すワーキングマッチョ臭…オトコのおしゃれは頭の良さで決まる!? ビニール袋の中に入らないと飛行機に乗ってはいけない宗教 東京ディズニーランドが30年間飽きられることなく、夢を提供し続けられるワケ

デザイナー・梅原真が手掛ける、アンチ「スローライフ」な田舎デザイン

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『ニッポンの風景をつくりなおせ
一次産業×デザイン=風景』
(羽鳥書店)
 「デザイン」が似合う街と言えば青山、表参道、六本木......etc.と華やかな都会の街。しかし、東京から遥か600km、高知県は四万十川の川辺でデザインを考える男がいる。男の名は梅原真。彼の活動をまとめた一冊『ニッポンの風景をつくりなおせ―― 一次産業×デザイン=風景』がいま話題を呼んでいる。 ■デザインの力で年商20億!  梅原真は地元高知を中心に、一次産業が生み出した商品ばかりを手掛けるデザイナーだ。「四万十緑茶」「鰹のたたき」「馬路村ポン酢しょうゆ」といった農産物や雑誌、そして、県外では秋田の秘湯や島根・隠岐のサザエカレー、そして沖縄の離島の観光ポスターなど、いずれも「デザイナー」という職業からはほど遠いと思われるような「田舎」の商品ばかりがならび、宝石、時計、ブランドバッグ......etc.といった「デザイン」とは180度異なっている。それもそのはず、梅原真は、大企業からの依頼は断り続け、いつも一次産業と関連のある仕事しか受け付けないのだ。  そもそも、この梅原の一次産業へのこだわりは、1987年に遡るという。全国的にも有名な土佐のカツオ一本釣り、その漁師が「船が潰れてしまう」と、梅原に相談にやってきた。そこで、梅原はカツオの商品パッケージをデザインすることによって、一気に年商20億円の産業をつくり出してしまったのだ。そして「すべての基本は一次産業だ」という結論に到達する。その後も高知の砂浜にTシャツを掲げた「砂浜美術館」や、高知県の地域マガジン「とさのかぜ」など、その活動は幅広いものとなっていく。 ■梅原真が提唱する「新しい価値」とは?
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撮影:河上展儀
 ところで、「デザインの力で20億」と書いた時に、何やらとてつもない胡散臭さが漂うのは、たいしたことのない商品を偽装するためにデザインが利用されるからだろう。箱を開けて中身を見た時に、まるで整形美人を目にしたかのように、どうしようもなく残念な気持ちになることは数多い。そして、人は「デザインに騙された」と言う。  梅原が提唱する「新しい価値」とは、そういった安手の包装紙のような「デザイン」とはちょっと違う。梅原がデザインをする目的は、その商品が売れることではなく、「その風景が残ること」だという。自分の好きな故郷の風景を残すために、梅原はデザインを続ける。そして、梅原の手によって潰れかかったカツオの一本釣り漁船は残り、砂浜が美術館として活用された。時はまだバブルの盛り、リゾート開発やハコモノ行政が是とされていた時代である。そして、「スローライフ」やら「田舎暮らし」やらが喧伝されるようになった2000年代に、ようやく梅原が手掛けたデザインは脚光を浴びるようになった。  しかし、「いいものを作っていれば売れるなんていう時代じゃない。いいものを作っているんなら自分で売らなければならない」と、梅原が本書で述べるように、本書はゆったり気楽に無理しない「スローライフ」とはほど遠い。「エコロジー」がもともと60年代のヒッピーから生み出されたラジカルな思想であったように、「いいもの」を売るための戦略と熱意に満ちた「梅原デザイン」はスローライフとは似て非なるものである。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●うめはら・まこと 1950年生、高知県出身のグラフィックデザイナー。大阪経済大学経済学部卒業後、土佐に戻りRCKプロダクション美術部に入社。日本テレビでの研修後、スタジオの大道具担当に。1980年梅原デザイン事務所設立。
ニッポンの風景をつくりなおせ―一次産業×デザイン=風景 レペゼン高知! amazon_associate_logo.jpg
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