巨大おっぱいパネルに、おっぱいポエム……白熱する作家たちの「おっぱい愛」とは

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 女性のおっぱい写真撮影をライフワークとしている、作家にして写真家・伴田良輔。彼がこれまでに撮影してきたおっぱい写真に、詩人・谷川俊太郎が35編の“おっぱいポエム”を添えた、おしゃれでエッチな共著『mamma まんま』(徳間書店)が発売されたのは、2011年のことだ。  センセーショナルな発売から4年の時を経て、今もなお大型特装版の発行が行われる本書だが、15日には、東京駅前のビル・KITTE内の書店「マルノウチリーディングスタイルカフェ」にて、本書をモチーフとした谷川、伴田両氏によるトークセッション&サイン会が開催された。  オーガニックな雰囲気漂うおしゃれな店内には、およそ1メートル四方のおっぱいパネルが鎮座。その前で、2人の表現者たちは、高らかに“おっぱい愛”を語り明かした。  伴田氏の、おっぱい写真撮影に対する熱いトークで幕を開けたセッション。  対する谷川氏は、「おっぱいを選ぶ基準は?」「何歳から何歳までのおっぱいを撮影したのか?」「(ニューハーフの)人工的なおっぱいは撮ったことがあるか?」など、好奇心旺盛に質問を投げかけるのみならず、「自分の叔母のおっぱいが母親のおっぱいよりもきれいだったので、密かに劣等感を抱いていた」「けっこう大きくなるまで母親のおっぱいを触っていた」と、谷川氏自身のおっぱいへの思い出も開陳。いきなり白熱のおっぱいトークが展開される。  イベント中盤に入ると、谷川氏による『mamma まんま』所載の詩の朗読が行われた。ここでは、会場のスクリーンに、でかでかとおっぱい写真も投影される。限界まで接写され、引き伸ばされたおっぱい写真からは、不思議と性的な要素は感じられず、むしろ造形美を感じてしまう。  そこで読み上げられる谷川氏の詩は、エロ要素あり、子ども目線あり、味や舌触りなどオーラルコミュニケーションを通じて得られるおっぱいの描写あり、そして戦場で死にゆく兵が幻想に見たおっぱいの風景あり……といった具合に、実に自由だ。
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 合間にも、2人のおっぱいに対するトークが繰り広げられるが、中でも「巨乳とか貧乳とかの言葉で、おっぱいをひとまとめにしたくない。できることなら一つ一つに呼び名を与えたい。自分は今まで一度も、女性におっぱいのサイズを尋ねたことがない。見たおっぱいを、そのまま受け止めたい」という伴田氏の言葉には、観客も大きくうなずいていた。  そしてイベント終盤は、おっぱい写真のスライドをバックに伴田氏お手製の打楽器で、両氏によるジャムセッションが行われた。ほのぼのとした音と、柔らかなおっぱいのコラボレーションが、イベントの締めくくりを飾った。  一見セクシャルなおっぱい。しかし、それを突き詰めていけばアートとなる。そして、そんなアートとして極限まで追求されたおっぱい写真を前に、おっぱいについて語り合う大人たち。彼らをマジメに見守る観客たち。  なんと滑稽な、そしてなんと平和な光景だろうか。  おっぱいの持つ包容力と優しさに包まれているような、気恥ずかしさと穏やかな空気漂うイベントであった。

日本各地で取り残された小屋たちが語りだす『こやたちのひとりごと』

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『こやたちのひとりごと』(ビリケン出版)
 小屋。それは、小さくて簡単な造りをした建物のことを指す。  外壁は、廃材やサビだらけのトタンを使ったつぎはぎだらけ。風が吹けば、隙間風がビュービューと入り込み、建物全体がガタガタと揺れる。  その多くは、まだ日本が豊かではなかった頃に、何もない田舎で建てられたもの。年月が経つにつれ、いつしか人間に見放され、使われるわけでも壊されるわけでもなく、少しずつ少しずつ朽ちていく。けれど、小屋たちは、ただひたすらその場に存在している。耳を澄ますと、そんな小屋たちの声がほんの一言だけ聞こえてくる。そんな声を一冊の本にまとめたのが『こやたちのひとりごと』だ。  「むかしから ずぅっと ここにたっている どこかにいきたいと おもったことはない」(本文より)  丸いトンネルの向こう側に建つ、赤茶色にサビきった小屋。そこから物語は始まる。ページをめくるたびに、のどかな風景と、ボロボロだけど、どこか懐かしくて味わい深い小屋が目に飛び込む。 田園にぽつんと建つ小屋。 見晴らしの良い山の中に建つ小屋。 緑に覆いつくされてしまった小屋。 ロープや重りをいっぱいくっつけた小屋。    そのひとつひとつの小屋が、胸に秘めていたことを、ほんの一言だけささやく。  鳥の鳴き声が聞こえてきそうなほどのどかで穏やかな写真に添えられた、詩人・谷川俊太郎氏の温かみのある言葉。シンプルだけどじんわりと胸に沁み込み、何度でも読み返したくなる。  写真を担当した中里和人氏は、かつて4年間という歳月をかけて、北海道から沖縄まで日本全国を歩き、小屋を撮りためたという。  2000年に発表した写真集『小屋の肖像』(メディアファクトリー)の紹介文の中で、中里氏はこう語っている。「日本の中に残る手触り感ある景色を求めていて出会ったのが一戸の小屋だった」、と。  日本には、現代の文明から置いてきぼりにされてしまった場所が、いくつも存在する。わたしたちが、ちょっとよそ見をしているうちに、ずいぶんと増えてしまったのかもしれない。 「わたしぐらいの としになると くちはてるのも わるくないっておもう」(本文より)  目にもとまらぬ早さで変わりゆく現代。ほんの数十年前の日本では、あんまりえらくないおじちゃんたちが、「エイヤッ」とあちこちで小屋を建て、そのまわりには元気な子どもたちの声があふれていた。けれど、小屋たちはいま、ただ忘れ去られようとしている。それでも、そんなことは気にせず、ここで一生過ごすという、覚悟があるように見える。  そして、駆け足で進みすぎている日本人の帰りを、ひょっとしたら待ってくれているのかもしれない。 (文=上浦未来) ●谷川俊太郎(たにがわ・しゅんたろう) 1931年、東京生まれ。21歳のときに詩集『二十億光年の孤独』を刊行し、鮮烈なデビューを飾る。以来、詩はもとより、さまざまなジャンルにおいて活躍。絵本の分野においても、創作および翻訳者として数々の傑作を生み出している。1956年に、自作の写真と詩の『絵本』を刊行。その後71年刊の『こっぷ』を本格的な皮切りに、写真絵本の可能性を切り開いてきた。 ●中里和人(なかざと・かつひと) 1956年、三重生まれ。84年よりフリーカメラマンとして活動。おもな写真集に『小屋の肖像』、『キリコの街』、『路地』、『東京』などがある。00年に小屋の写真展「小屋」をINAXギャラリーにて開催。現在、ワークショップなどで、移動する組立式の小屋作りも展開している。
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