ベストセラーコミックの実写化『進撃の巨人』を降板した中島哲也監督にとって、4年ぶりとなる新作が『渇き。』だ。中島監督はこれまで『下妻物語』(04)や『嫌われ松子の一生』(06)などスタイリッシュな映像作品で人気を博し、前作『告白』(10)も暴力的な内容ながら極めて静謐かつ美しい作品に仕立ててみせた。東宝配給でヒット作を連発してきた中島監督だが、一度自分が積み上げてきたものを全部リセットしたくなったのではないか。そう思わせるほど、GAGA配給による『渇き。』は荒々しい破壊衝動に満ちている。まるで中島監督自身が巨人と化したかのように、スクリーンに映るものすべてを破壊して回る。家族も職場の人間関係も輝かしい記憶も、壊して壊して壊しまくる。 予兆はあった。2010年にAKB48がリリースしたシングル曲「Beginner」のプロモーションビデオを手掛けた中島監督は、ゲームの世界とはいえAKBの主要メンバーたちを血祭りにした。篠田麻里子が、渡辺麻友が、小嶋陽菜が、そして大島優子が次々と瞬殺されていった。多くの少女たちの犠牲の上で、前田敦子はゲームの世界から現実の世界へと覚醒を果たした。中島監督が構想していた実写版『進撃の巨人』も、そんな世界観の延長戦上にあったのではないだろうか。生きるか死ぬかのギリギリの世界。“痛み”を伴うことでしか得られない、生きていることの切実感を『渇き。』でも描こうとしている。 魔性のヒロインである加奈子役の小松菜奈をオーディションで抜擢した『渇き。』は、深町秋生のホードボイルド小説『果てしなき渇き』が原作だ。数カ月前までは刑事だった藤島(役所広司)のもとに、離縁した元妻・桐子(黒沢あすか)から連絡が入る。高校生の娘・加奈子(小松菜奈)が昨晩から帰ってこないので探してほしいという。世間体を気にする桐子は警察には届けることができず、藤島を頼ってきたのだ。久しぶりに藤島が自宅に戻ると、加奈子の部屋から高校生らしからぬ物が見つかる。覚醒剤と注射器のセットだった。加奈子がとんでもない事件に巻き込まれているのは間違いない。自分に似ず、品行方正で優等生だと思っていた娘がなぜこんなことに?「このミス大賞」を受賞した深町秋生の処女小説の映画化。暴力に満ちた社会を憎む加奈子(小松菜奈)は、暴力で社会に復讐しようとする。
警察をクビになり、家からも追い出され、サイアクの状態だった藤島だが、この事件を独力で解決することで、父親として夫としての威厳を取り戻そうとする。うまくすれば、復縁して家族としてやり直せるかもしれない。元刑事の勘と長年培った捜査のノウハウで娘の消息をたどり始める藤島。同じ高校に通う森下(橋本愛)、中学時代の同級生・遠藤(二階堂ふみ)、神経科医の辻村(國村隼)らと接触するが、どうも加奈子は単なる被害者ではないらしい。加奈子の名前を出すと、みんな祟り神を恐れるように口を閉ざしてしまう。一体、自分の娘は何者だったのか。藤島は調べれば調べるほど娘の正体が分からなくなる。やがて藤島は、中学生の頃に加奈子が親しくしていた緒方という男子生徒が自殺していたことを知る。だが、どこをどう探しても加奈子の姿を見つけることができない。それは仕事にのめり込んで家庭を省みなかった藤島への娘からの挑戦状でもあるようだった。 突然姿を消した娘の行方を父親が這いつくばって探し続けるというストーリーは、ポール・シュレイダー監督の『ハードコアの夜』(79)を彷彿させる。ポール・シュレイダーは『タクシードライバー』(76)や『モスキート・コースト』(86)など強迫観念にとらわれた男が常規を逸した破滅的行動に突っ走る物語をやたらと描きまくった人物だ。『ハードコアの夜』の保守的で超厳格な父親(ジョージ・C・スコット)は仕事を放り投げ、失踪した娘を執念の末に探し当てる。ところが、娘は何者かに拉致誘拐されたのではなく、息苦しい実家から自分の意志で逃げ出し、ポルノ映画界の住人として暮らしていた……。『ハードコアの夜』はそんな苦いオチが待っていた。だが、藤島家の親子には、『ハードコアの夜』以上にハードコアな闇が待ち受けている。 よくR18指定にならなかったなと思えるほど、『渇き。』はバイオレンスシーンとアブノーマルセックスのオンパレードだ。公安や裏社会からの様々な妨害に遭い、ボロボロになりながらも娘の痕跡を追い求める藤島。娘の置き土産である覚醒剤を自分の体に注射することで、娘の意識とシンクロしようとする。もはや藤島が追い掛けているものは、幻影としての温かい家庭と愛すべき娘でしかない。幻想だとわかっていながらも、藤島はそれを追うことしかできない。クソ野郎! ぶっ殺す! 罵詈雑言を吐きながら、藤島は娘を探し続ける。失踪した娘・加奈子の足取りを追う藤島(役所広司)。中学時代の担任教師(中谷美紀)から“3年前の事件”を契機に加奈子が変わったことを知らされる。
バイオレンスものを得意とする韓国映画などに比べると、暴力描写が必ずしもハマっているとは言いがたい。刑事役のキャスティングにも一部難がある。ポップでスタイリッシュだと称されてきた中島監督ならではの映像センスが、今回は悪趣味なものに映る。これまでの中島監督作品の完成度の高さに対し、荒削りな印象が強い。だが、そういった荒々しさなくしては描けない世界に中島監督は挑んだのだ。無惨なまでに砕け散った家族像を描くことで、新しいホームドラマの在り方を模索しているようにも感じられる。粉々に砕け散った後に、果たして一体何が残ったのか? クリエイターがどれだけ苦労したかに関わらず、すべてをエンターテイメントとして“消費社会”は一瞬のうちに食べ尽くしてしまう。まさに倒しようがない巨人のごとき存在である。CMディレクターとして業界でのキャリアをスタートさせた中島監督は、そんな巨人の恐ろしさを充分に知っている。それでも、中島監督は『告白』以上の猛毒を持って、貪欲な巨人と対峙しようとする。無敵の巨人に、一撃を加えんと立ち向かっていく。 この世界を支配する巨人に抗うためには、常識に縛られ、スタリッシュさや過去の評価にかまっていることはできない。もっと、もっと強烈な破壊衝動が必要だ。巨人を倒すには、自分自身が巨人化する覚悟がなくてはならない。また、巨人を倒した後の新しいビジョンも求められる。中島監督の手による実写版『進撃の巨人』を観ることは叶わなかったが、中島監督の体内に蓄積されていただろう破壊衝動は『渇き。』の中に充分感じることができる。巨人を引きずり倒せ! 巨人をぶっ潰せ! 巨人をバラバラに解体してしまえ! “巨人殺し”というテーマを、中島監督は今後も背負っていくのではないか。そんな予感を感じさせる。中島監督の渇きはまだまだ癒されていない。 (文=長野辰次)イジメられっ子のボク(清水尋也)と不良グループに属する遠藤(二階堂ふみ)。姿を見せない加奈子によって、みんな巧みに操られている。
『渇き。』
原作/深町秋生『果てしなき渇き』 脚本/中島哲也、門間宣裕、唯野未歩子 監督/中島哲也 出演/役所広司、小松菜奈、妻夫木聡、清水尋也、二階堂ふみ、橋本愛、オダギリジョー、中谷美紀ほか R15 配給/ギャガ 6月27日(金)よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー
(c)2014「渇き。」製作委員会
http://kawaki.gaga.ne.jp/




