本橋成一×上原善広 部落産業・屠場の写真集は根深いタブーを超えたのか?

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上原善広氏。
 2011年3月、写真家・本橋成一氏による写真集『屠場〈とば〉』(平凡社)が出版された。1968年、九州や北海道の炭鉱で働く人々を追った写真集『炭鉱〈ヤマ〉』(現代書館)で高い評価を得て、その後も市井の人々に惹かれるままシャッターを押し続けた本橋氏。そんな彼が、意欲的に取り組んだ被写体が"屠場"だった。いわれなき職業差別と身分差別に抗いながら、大阪・松原の屠場で働く人々に迫った最新作について、被差別部落出身のジャーナリスト・上原善広氏が話を聞いた。 上原善広(以下、上原) 『屠場』を手に取って、最初は文章を読まずに写真だけ見たんです。すると、屠場の中には見覚えのあるタイル張りの床、外観には僕が住んでいた団地が写っている。幼少期を過ごした大阪府松原市の「旧屠場」だと、すぐにわかりました。文章を読むと80年代、松原市営時代の旧屠場から、現在の(南大阪食肉市場株式会社に再編された)新しい屠場まで、約30年間にわたる写真が収められている。これはすごいと思いました。

 それに、タイトルの読ませ方が"とば"なのがいいですね。一般的には"とじょう"と呼ぶことが多いけれど、地元ではこう呼んでいた。毎朝、牛や豚の悲鳴が聞こえてきたことを思い出しました。 本橋成一(以下、本橋) タイトルをつけるときに、屠場のみんなに「"とじょう"にしようと思う」と言ったら、「ちゃんと"とば"と呼んでくれよ」と返されたんです(笑)。 上原 それにしても、よくこれだけの写真が撮れましたね。知っている顔が何人もいるけれど、笑顔で写っているのがすごい。この前、作家の西村賢太さん(『苦役列車』(新潮社)で第144回芥川賞を受賞)にお会いして、「屠場労働者は世界的に見て、肉体労働の中でも最底辺に位置付けられているんじゃないか」という話をしたんです。ヨーロッパでも"革なめし"の仕事が底辺に見られているし、日本の屠場はさらに被差別部落の問題も絡んでいる。取材、ましてや写真を撮られるのなんて、みんな嫌がるだろう、と思うのが普通です。 本橋 周りからどう見られようと、彼らは職人としての誇りを持っているんです。松原の屠場は、市営から南大阪食肉市場に再編される過程で、一度は官民共同出資の第三セクターになったことがありました。そこで屠場の職人たちは何人も配置換えになり、市の清掃の仕事に就くことになった。市の人たちは「これで屠場の仕事から離れられるぞ、よかったな」と言ったけれど、職人たちは「屠場の仕事を、なんだと思っているんだ」と憤慨した、というエピソードがあります。 上原 確かに、屠場で働いていることを隠したがるのは、被差別部落で育った人ではなく、外の"一般人"ですね。例えば、都立芝浦や横浜の屠場では働き手の9割が一般の人だといわれているので、なかなか取材ができない。日本で一番うるさいって評判です。 本橋 僕も行ったことがないから、一度見学したいと思っています。 上原 労働組合が一筋縄ではいきません。例えば、筑紫哲也さんが「経費削減により、ニューヨークが警察の数を減らす」というニュースについて、「ニューヨークが屠場みたいになってしまう」と言ってしまった際に、激しく糾弾されていました。松原はもちろん、ほかの屠場の人はほとんど関心を示さなかったという話もある。屠場のイメージについて、一般人ほど神経質になっている部分もあるのでしょう。 本橋 僕の場合、ライフワークとしてずっと、松原の屠場を撮り続けてきました。そして、写真集の制作に向けて撮影を再開するときに、一応、部落解放同盟に話をしたんです。けれど、なかなか話を通してくれない。そこで、南大阪食肉市場の村上幸春社長を訪ねたら、「撮っていいよ」と。 ──屠場は長らく部落産業とされていたせいか、これまでメディアが触れてこなかった一種のタブーでもあります。この写真集を出すに当たって、出版元の平凡社からはすんなりOKが出たんですか? 本橋 被差別部落の問題が絡むと、どの媒体もやはり怖がるし、躊躇しますよ。でも今回は、「僕がすべての責任を持ちます。頼むから出させてよ」と言って、現場で写っている方にお断りして、あとは早かったですね。  写真集に文章を寄稿してくださった部落解放同盟松原支部の吉田明さんも「もう亡くなったおばあちゃんも屠場に娘が残っているから、断りを入れておくよ」と対応してくれたし、屠場のみんなもすごく喜んでくれて。完成した本をすぐに持って行ったら、中身も見ずに「表紙も堅いし、立派な本だな。うれしい」と言ってくれましたね(笑)。写っている人に喜んでもらえるのが一番です。 上原 30年間も撮影を続けてきたからこそ、できたことですね。若いカメラマンだったら、きっと同じことはできなかったでしょう。 本橋 撮りたい写真を撮るには、「なぜ撮るのか」をしっかり伝えて、被写体との信頼関係を作らなければいけません。例えば、僕は屠場のナイフ使いの人に惚れ込んで、「ナイフ一本で牛をさばく様子が、本当に見事だ」ということを、何度も伝えました。そうすると、相手も「この人なら裏切らないだろう」と考えてくれるようになる。大手の新聞社の名刺でも持っていれば楽なのだけど、フリーの身ですからね。上原さんも、取材して原稿を書く際には、「この人は、自分を裏切るような記事は書かないだろう」と信頼されるために、いろいろと努力をしているでしょう? 上原 僕の場合は、時々は裏切ってしまいますけど(笑)。
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噛めば噛むほどびしょ濡れに! 芸人おかもとまりが、開拓した新境地

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「できれば、あんまり見てほしくないんですよね......」  芸人・おかもとまりがそう語るのは、4月27日発売の最新DVD『びしょ濡れレポーターおかもとまり』のこと。本作では、かねてから「将来の夢はレポーター」と語っていた彼女が、故郷の群馬で念願のレポーター業に挑戦。でも、なぜか露出度の高い水着を着せられたり、セリフを噛むたびに水をかけられたりと、理不尽な目に遭うハードな内容となっている。見てほしくないと語る理由は、そこに見せたくない自分の姿が映っているから。 「かなりストレスを感じて、素の自分が出ちゃってますね。怒ってる部分もあるんですけど、どこまで本気でどこから演技なのか、自分でもわからない状態です(笑)」  一見気が弱そうなおかもとは、精神的に追い込まれながらも、このハードなロケをやり遂げた。彼女にとって、レポーターは本当にやりたい仕事だからだ。
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欧米は大成功、日本では苦戦? グルーポンが陥った"落とし穴"と"胸算用"

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百花繚乱のクーポンサイト。
──50%を超える大幅な割引率や「おせち事件」など、良くも悪くも話題を振りまくグルーポン。現在では、多くの類似サイトが立ち上がった共同購入型のクーポンビジネスだが、その展望は明るいのだろうか?  『クーポン・プロモーション戦略』(ラッセル・D・ボーマン著/ビジネス社)によると、世界で初めて割引券という形のクーポンが発行されたのは1895年。アメリカの大手シリアルメーカー「C・W・Post」社(現ゼネラルフーズ)が「クレープ・ナッツ」という商品を販売する際、インセンティブとして1セントの割引クーポンをユーザーに配布したのが発端だ。その後アメリカでは、第2次世界大戦後の大量生産・消費時代を迎えてマーケティングの需要が高まり、クーポンはセールス・プロモーションの一環として生活に浸透していった。  一方日本では、1984年よりクーポン券が登場したという記録があるが、普及の契機が訪れたのは87年10月1日。公正取引委員が「雑誌業における景品類の提供の制限に関する公正競争規約第7条および同規約施行規則第8条第3号についての運用基準」において「クーポン付き広告の掲載に関するガイドライン」を施行・制定した時だ。これはクーポン広告の掲載に関する規制緩和であり、90年になると新聞でも「クーポン付き広告に関する規則」が承認されたことで、各雑誌媒体や朝日、読売といった大手新聞がクーポンを掲載するようになる。そして、96年にインターネットグルメサイト「ぐるなび」、99年にはぴあの「グルメぴあ」、00年にはリクルートの「ホットペッパー」と、クーポン雑誌やウェブサイトが続々と登場して一般に浸透していった。  そして08年、アメリカでグルーポンが産声を上げ、短期間でサービスを販売するフラッシュマーケティングによるクーポンビジネスがスタート。一定数の購入者が集まれば、50%もの割引となるそのサービスは、10年4月、日本でも「グルーポン」に影響を受けて、フラッシュマーケティングの手法を導入した「ピク」が登場。同年6月にはグルーポンが共同購入サイト「Q:pod」を運営するクーポッドを買収して日本参入を果たしたのを皮切りに、同年7月にはリクルート「ポンパレ」、8月にはUSEN「ピタチケット」とシェアリー&SBIインベストメント&光通信「シェアリー」、10月には一休の「一休マーケット」、12月には日本テレビ「日テレぐるチケ」と、わずか1年足らずで雨後の筍のように共同購入型クーポンサイトが林立した。 「新しいサービスとはいえ、ほとんどが既存のテクノロジーを応用したものです。販売している商品を購入する人が増えれば増えるほど安くなるという『共同購入(ギャザリング)』は楽天やヤフーのようなショッピングサイトで行われていて、そこに『フラッシュ(短時間)』という概念を組み込んだだけ。あとは商材を確保する営業力があれば、小資本でも始めることができます」(リクルート関係者)  もちろん、サイトの知名度を高めてユーザーを集めるための広告費は必要(後述)だが、この手軽さからSNSに次ぐビジネスチャンスを求めていたIT企業が飛びついたのだろう。とにもかくにも、雑誌やウェブの"枠"を売っていた既存のビジネス形態の中に、クーポンの販売手数料を徴収するという新サービスが誕生し、活況を呈するに至った。
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政府の説明責任が問われる時代! ウィキリークスは国家主権を揺るがすのか!?

国家とは、権力とは、そして暴力とはなんなのか......気鋭の哲学者・萱野稔人が、知的実践の手法を用いて、世の中の出来事を解説する──。 第9回テーマ「ネットの台頭で崩壊する情報の独占」
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今月の副読本 『技術への問い』 マルティン・ハイデッガー著/平凡社(09年)/2940円  ドイツの哲学者・ハイデッガーによる、公演や論文をまとめた論集。技術が先鋭化の一途をたどる近現代において、時代の根本にあるもの、そしてその正体を見極めるべく、"技術の本質"に哲学的に迫った一冊。

 2010年はインターネットを通じた情報漏洩事件が立て続けに起こった年でした。日本でも、10月に国際テロに関する警視庁公安部の捜査資料がインターネットに流出したり、11月には、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件の映像が、海上保安官の手によって動画共有サイトに公開され、流出しました。世界中にインパクトを与えたのは、なんといっても、ウィキリークスが10月下旬に40万点にも上るイラク戦争関連のアメリカ軍資料を、11月下旬には25万点に上るアメリカ外交公電を暴露したことでしょう。この暴露に対して、クリントン国務長官はただちに「暴露は米国の外交上の利益に対する攻撃というだけではなく、国際社会、同盟国、パートナーに対する攻撃でもある」とウィキリークスを非難しました(11月29日の記者会見)。イタリアのフラティニ外相に至っては、これを「世界の外交における『9・11』のようだ」とまで評しました。  ここで考えたいのは、インターネットを通じたこうした機密情報の漏洩が、政治の枠組みをどのように変容させるのか、ということです。ネットを通じた情報の暴露や漏洩は、ある意味でITが高度に整備された情報社会では不可避なことです。現代では、ほとんどの情報の保存や伝達はデジタル化によってなされており、それは情報がクリックひとつで複製され、多くの人に伝播されてしまうリスクをもたらしました。  20世紀ドイツの哲学者、マルティン・ハイデッガーが『技術への問い』の中で述べているように、こうした技術の進展に人間が抗うことはできません。そもそも技術、テクノロジーというのは、人間が自らの意思でコントロールできるものではなく、逆に人間がその進展によって、ものの知覚の仕方から、考え方、社会関係のあり方に至るまで規定されてしまうものなのです。したがって、政治の枠組みも、情報のデジタル化とネットワーク化によってなんらかの変容を被らざるを得ません。その変容の中身が今回、ここで取り上げたい問題です。  まず言えることは、各政府は今後、情報の公表を前提として行動せざるを得なくなるだろう、ということです。ウィキリークスのようなサイトが登場したことで、政府の情報は常に暴露や漏洩のリスクに晒されていることが広く認識されました。このリスクはもちろん、管理体制の強化によってある程度は小さくすることができます。しかし、今述べたように、そのリスクは高度情報化社会においては不可避的なものである以上、情報の暴露や漏洩は常にあり得るという態度で行動するのが、各政府にとっての賢明で合理的な選択とならざるを得ません。  では、政府が情報の公表を前提として行動することで何が変わるのでしょうか。それは、政府のアカウンタビリティ(説明責任)がより求められるようになる、という変化です。たとえば今回ウィキリークスによって暴露されたアメリカ外交公電の中には、イタリアのベルルスコーニ首相について「無能で空っぽ。現代欧州のリーダーとしての影響力なし」といった人物評や、イスラエルのネタニヤフ首相について「約束を決して守らない」といった人物評が含まれていました。どちらもアメリカの同盟国の国家元首をコケにしているわけですから、アメリカにとっては完全に面目丸つぶれです。しかし、情報の公表が前提とされるなら、こうした人物評が外交公電で流れることはなくなり、そのときは、たとえ漏洩しても説明責任が果たせるような情報に基づいて外交政策が立案されるようになるでしょう。このことは、情報の中身が単なる人物評ではなく、密約のようなトップシークレットである場合を考えると、ものすごい変化だというべきです。表には決して出せない裏の取引で外交が進められる余地が小さくなっていくわけですから。情報の公表が前提とされると、外交でも内政でも、裏の事情で物事が遂行されにくくなっていくのです。  もちろん、だからといって政治の世界から機密が完全になくなったり、裏のやり取りが消滅したりするわけではありません。どんな世界にも秘密や裏の事情というのはあります。重要なのは、たとえ政治の世界から機密や裏のやり取りがなくならないとしても、それらもまた、表に出たときに説明責任が果たされるような形で処理されていく、ということです。ウラがオモテ化していくわけですね。
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『テルマエ・ロマエ』に『宇宙兄弟』も──次々と実写化映画が製作される理由とは?

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『We are 宇宙兄弟 vol.2』
──「日刊サイゾー」で話題のあの記事をただ読む以上に、さらなる知識を知りたいそんなアナタのために、話が100倍(当社比)膨らむ" プレミアム"な記事をサイゾー目線で厳選レビュー! 『GANTZ』や『毎日かあさん』、『あしたのジョー』などが続々と公開されるなど、すでにマンガ原作の実写映画はおなじみのものとなっています。そんな中、「2010年マンガ大賞」受賞作の『テルマエ・ロマエ』が、阿部寛主演で実写映画化されることが話題となりました。ほかにも「モーニング」(講談社)で連載中の人気マンガ『宇宙兄弟』も実写映画として製作が進行しており、原作に愛着を持つファンからは、マンガ原作の実写映画にありがちな大幅の改変やミスマッチ感のあるキャスティングを不安視する声も聞こえてきます。  このように、昨今の映画界ではマンガなどの原作ものが尽きることはありません。さらに、こうした原作ものは映画だけにとどまらず、現在では『テニスの王子様』や『忍たま乱太郎』のように舞台化される作品も散見されます。  そこで今回のプレミアサイゾーでは、実写化作品にまつわるお話をピックアップ。マンガの実写化作品が量産される背景からイケメン俳優に聞くマンガキャラを演じる上での苦労、さらには押井守監督が語る『うる星やつら』実写映画の話まで――原作ファンからは"なかったこと"にされることも多い実写化作品。その価値を今再び考えてみてはいかがでしょうか? 【日刊Pick Up記事】 また人気コミックが実写に『テルマエ・ロマエ』阿部寛主演で映画化決定! 2011年3月27日付(日刊サイゾー) ノーモア! 原作レイプ プレミアムな記事紹介はこちら↓ 【プレミアムな関連記事】 [レベル1:続々と実写映画化される作品たち] 「また原作レイプ!?」人気コミック『宇宙兄弟』小栗旬&岡田将生のW主演で映画化へ 2011年2月16日付(日刊サイゾー) 小栗旬の髪がすごいことになってる。 伝説のコミック『あしたのジョー』NEWS山下智久主演でTBSが実写映画化へ 2010年2月17日付(日刊サイゾー) 香川照之の丹下段平だけは必見。 『GANTZ』『大奥』に『あしたのジョー』......人気マンガ続々実写映画化の悲劇 2010年5月号(プレミアサイゾー) 実写映画化はなぜベストを尽くさないのか。 [レベル2:俳優たちの原作に対する思いとは?] 【芦名星】──「読まれたら恥ずかしいこともある」クール・ビューティの意外な頭の中とは? 2010年11月号(プレミアサイゾー) マンガ化もされた『七瀬3部作』の『七瀬ふたたび』を実写化。 彼女の頭の中では、超能力者の苦悩よりも食欲のほうが勝る!? 【蓮佛美沙子】──「言わなきゃ伝わらない」ツンデレ女優は気持ちを届けることが目標!? 2010年10月号(プレミアサイゾー) 三浦春馬くんとの甘酸っぱい思い出話が? 『テニスの王子様』高橋優太の苦悩と女性への反応「やりきるためにはすね毛もそります!」 2011年1月号(プレミアサイゾー) とんでもない格好や髪の色になることも多々......。 [レベル3:他ジャンルから実写映画に参入する人々] "バカ映画の巨匠"河崎実の逆襲!? 『新・巨人の星』のごとく復活せり 2011年3月25日付(日刊サイゾー) 『あしたのジョー』に続き、『タイガーマスク』実写化の動きもあったとか。 押井守、ご乱心? 「ストーリーもメッセージもない」と公言! 2009年12月号(プレミアサイゾー) 押井監督で『うる星やつら』実写化なんて、また高橋留美子御大がブチ切れちゃうよ! ヤマカンの『私の優しくない先輩』に見るハイブリッドな身体性 2010年9月号(プレミアサイゾー) 実写・アニメともに監督経験のあるヤマカンが実写映画化作品にはぴったりかも!? プレミアサイゾー http://www.premiumcyzo.com/
テルマエ・ロマエ I 阿部ちゃん、出ちゃってるよ! amazon_associate_logo.jpg

アメリカに担がれたTPPへの参加と"低い"日本の関税率【前編】

──ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地
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 菅直人政権による目玉政策のひとつが、「平成の開国」である。これを実現するためにTPP(環太平洋経済連携協定)への参加を掲げている同政権だが、決定リミットである6月はもうすぐそこに迫っている。こうした中、大手マスメディアは、参加しない場合、「鎖国状態に戻る」「世界経済に取り残されてしまう」と警鐘を鳴らしているが、京都大学大学院助教の中野剛志氏は、これらの指摘は「冗談としか思えないほど、デタラメだ」と一蹴する。中野氏の言は、一体何を意味しているのだろうか? 数字のトリックに見るTPPの危険性について考えてみたい──。 今月のゲスト 中野剛志[京都大学大学院助教]

神保 今回は、菅直人政権が年頭に掲げた3本柱のひとつ「平成の開国」──その具体的な政策として浮き上がってきたTPP問題を取り上げます。自由貿易や保護貿易について、まず僕たちは、やや先入観で考えてしまっている面があるのではないでしょうか? 宮台 僕は2010年からTPPについて「やむなし」という立場を取ってきました。しかし、データを読み解いていくうちに、考え方を変えなければいけないと思うようになりました。  ひとつのきっかけは、韓国のデータです。確かに韓国は、ダイナミックラム、液晶パネル、携帯電話、リチウムイオン電池でも世界でトップクラスのシェアを獲得しています。こうした韓国企業の躍進は、97年の通貨危機以降、積極的なFTA(自由貿易協定)戦略が行われた結果だとされています。「日本の11カ国と比較して韓国は20カ国と倍規模でFTAを結んでおり、だから日本もFTA戦略を取らないと国際的な市場で韓国に負ける」という経団連的な論調に僕も加担してしまったんです。ところがデータをよく見ると、そういう加担がまずいことがわかってきます。日本は外需依存度が17%ですが、韓国は5割を超え、外需依存度がまったく違います。また韓国のGDPのうち2割弱はサムスン関連で一極集中が起こっています。さらに韓国はFTAに引きずられて唐辛子とニンニク以外の農産物関税を撤廃しましたが、結果、中山間地域にほとんど人が住まなくなってしまった。そもそもTPPにはEUも中国も加盟していない。韓国と機能的に等価なFTA戦略の代わりになりません。TPP参加国の中で、日本にとって重要な貿易相手国はアメリカだけ。こうした材料を並べてみると、TPP加盟のエクスキューズとして使われている「韓国」の持つ意味は変わってくるのではないでしょうか。そのほかにも、10月下旬に北海道新聞を除く全新聞が揃ってTPP賛成の社説を書くなど、官邸や経産省のブリーフィングをリピートしている気配があり、変だと思ううちに、あることを思い出したんです。第二次竹下内閣に起こった、日米構造協議につながる流れのことです。日米構造協議の愚昧を訴えてきた僕が、TPPやむなしというのはあり得ない。TPPに対する立場を一貫することより、日米構造協議的なものに対する立場を一貫することを優先せざるを得ません。    各社の社説が揃う背後にはスポンサーシップを握る経済団体があり、他方に経済団体の所属企業の社員を主要メンバーとする労働組合の支持母体を持つ民主党政権がある。とすると、2009年夏にアメリカが突然TPP参加を表明した意味も浮かび上がってきます。アメリカはたぶん「いけるぞ」と思ったんです。 神保 ゲストは『経済はナショナリズムで動く』(PHP研究所)の著者で、経済産業省から現在京都大学大学院に出向中の中野剛志さんです。今回は中野さんが積極的に発信されている「自由貿易のワナ」について議論したいと考えています。  TPPの正式名称は「Trans-Pacific Partnership」。日本では「環太平洋戦略的経済連携協定」と訳されています。現状では、チリ、ブルネイ、ペルー、ニュージーランドの小さな4カ国だけの自由貿易協定ですが、アメリカが加盟の意思を表明したことによって、日本でも交渉に加わるかが議論されるようになりました。菅政権は「平成の開国」の目玉政策として、これを挙げています。この協定に加盟すると、工業品、農業品、金融サービスなどすべての品目の関税を、原則としてすべて撤廃することになる。また、労働など人の移動についても協議するとのことで、「カネと物と人の移動を自由にする自由貿易協定を多国間で結ぶもの」と説明されています。  日本のライバルである韓国はTPPとは別に、アメリカやEUと個別に自由貿易協定を進めている。それらの国と協定を結んでいない日本は韓国の後塵を拝することになり、これは貿易立国としては由々しき事態だと、マスメディアではこんなふうに説明されていますが、TPP推進論のどこがおかしいのか、説明をお願いします。   中野 10年末以降、各新聞社はTPPのメリットを訴え、また「参加しなければ鎖国状態になる」「世界の孤児になる」と極めて激しい言い方をしていますが、冗談を言っているのかと思うくらいデタラメな話ばかりです。  一例を挙げれば、「TPPに参加することで、日本にアジアの成長を取り込むことができる」という意見。TPPに韓国は入らないし、もちろん中国も入らない。T PPの本質は、参加国のGDP規模を見れば一目瞭然です。アメリカが参加国全体のGDPの69.7%、日本が21.8%──つまり、TPP参加国のGDPの91%を日米が占めており、他国は誤差程度の数字。日本にとって輸出先はアメリカしかなく、アメリカにとっても輸出先は日本しかない。アジアなど、まったく関係ないんです。 神保 要するにTPPは、実質日米二国間のFTAと変わらないということですね。ただ、韓国もアメリカとFTAを結んでいるのだから、日本にとっては日米間のFTAでも意味があるじゃないか......という見方もあるでしょう。
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ソーシャルメディアを生かしきるキュレーションってなんだ!?

──激変するITビジネス&カルチャーの深層を抉る!  今、「ソーシャルメディア」が勃興期を迎え、花盛りとなっている。ツイッターやフェイスブックに代表されるこの情報流通形態は、とにかく流れてくる情報の多さが特徴のひとつ。これをさばくために欠かせない"キュレーター"の存在について考察する。
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ソーシャルメディア社会では、多くの情報を見極
める"目利き"の存在が鍵を握る。
 先頃、『キュレーションの時代』 (ちくま新書)という本を上梓した。マスメディアによる情報流通という形態が徐々に衰退に向かって、その代わりにツイッターやフェイスブック、さまざまなクチコミサイトなどのソーシャルメディアを媒介にした情報流通がこれからは主流になっていく。そういう時代においては、無数の情報の中から「どの情報が良い情報なのか?」という選別をしてくれる目利きの人が重要になる。そしてソーシャルメディア上ではそのような目利きの人=キュレーターがあなたの前に無数に立ち現れてくる、というような未来図を描いた。  たとえばツイッターで良い情報をRTしている人もキュレーターだし、たくさんのレストランの中から自分の価値観に基づいてお店を推薦し、「食べログ」などにレビューを書いている人もキュレーターだ。電子書店で書評を書いている人もそうだし、さらにいえば2ちゃんねるなどの「まとめサイト」も立派なキュレーションである。2ちゃんねるには多くの掲示板があり、無数のスレッドが日々立ち上げられている。これらを網羅的に追いかけるのは一般の人にはほとんど不可能で、そこでまとめサイトがどこからか面白いスレッドだけを拾ってきて、しかもその中から意味のある書き込みだけをすくい上げて並べ替える。  キュレーションの定義を、私は「多くの情報を収集し、選別し、意味づけを行って、人々と共有すること」と解説しているが、2ちゃんねるの膨大な書き込みを収集し、そこから意味のある書き込みだけを選別し、それをひとつのストーリーの中に配置してまとめサイトとして配信するという行為は、まさしくキュレーションそのものということなのだ。  そもそもキュレーションを自らの意思と共に行おうという場合には、次のような要素が必要となる。 【1】質の高い情報を紹介していること。 【2】それらの質の高い情報を「どう読み取ればいいのか」という視点をきちんと提供していること。 「質が高い」といっても、「誰が読んでも面白く読める」ということを目指すわけではない。そういう情報はテレビや新聞などのマスメディアに任せておけばいいのだ。そういうマス的な情報を提供するのではなく、もっと専門的な分野で「ニッチだけど、そういう情報を欲しがっている特定少数の人には必ず読んでもらえそう」という分野がキュレーションの主な舞台となる。 「専門分野」という言葉を使うと、「自分にはそんな専門分野はない」「ただの会社員だし」と思う人もいるかもしれない。しかしここでいう専門分野とは、医療とか学術とか企業会計とか、そういう大それた専門分野だけを指しているわけではない。たとえばコンビニでアルバイトしている青年だって、コンビニの仕事の実態やアルバイトという仕事のあり方については、きっと普通の会社員よりずっと多くの知識や考えを持っているはずだ。そうした専門性を、キュレーションで発揮していくような可能性を私は考えている。  そして、このようにして収集した情報に、キュレーターたち自らが、自分の価値観や考え方をコメントして加えていく。「いま注目の記事」「必読」といったコメントだけではなく、「なぜ注目しているのか」「なぜ必読なのか」「なぜお薦めするのか」という自分なりの視座がなければ、受け手の側はその情報をどのように読み解けばいいのかわからない。「注目の記事」「注目の店」という情報だけでは、「自分にとっても注目すべきなのか?」という文脈を認識できないからだ。その部分の文脈をきちんと加えていくことが必要なのである。
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高城 剛の行動原理を解明!? ハイパーすぎる人生&家族論

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インタビューを受ける高城剛氏。
 我々、メディア業界人からすれば、20年近く一線で活躍してきたクリエイター兼実業家。お茶の間からしてみると、ここ2年ばかりよく目にする沢尻エリカの夫。しかも、その実態は謎だらけ。そんな高城氏が、自らの仕事や人生観を綴った著書を上梓したことに際して、「いろいろ面倒なことが起きるから、アノ話はナシ(笑)」という条件でインタビューに応じてくれた。とはいっても、アノ話につながる、高城氏の人生観や結婚観などは聞かずにはいられない。 ──高城さんの新刊のタイトルは『私の名前は、高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)。確かに一連の騒動の最中では、「あの男はいったい何をして食ってるんだ!?」という声があったようです。 高城(以下、) 2009年には、いくつかのメディアで「高城は無職、ヒモ!」とかって書かれたからね(笑)。あの時期は2016年の東京オリンピック招致映像の監督をやってました。「10分の映像に6億円も使った」とマスコミに叩かれた、あの作品です。 ──それ、マスコミの格好のネタなのに、まったく報じられていませんね。  いやいや。そうしたら、「高城=無職でヒモ!」ってネガティブ・キャンペーンできなくなるじゃん! その時期、コペンハーゲンでのIOC総会にも選抜メンバーとして出席してました。会場には、日本の新聞記者もたくさんいたはずなんだけどね。まぁ、芸能担当の記者とは違うから、どうでもいいと思ったんだろうね。 ──メディアに「無職」とか「キモイ」と書かれりして、怒ったり、抗議したりしないんですか?  怒るって誰に? ──書いた記者やメディアや、それに乗っかる読者などに対して。  そんなのすべて相手にしてたらキリがないじゃん。僕は王様じゃないし、民やメディアの声を一つひとつ拾い上げ聞き届ける立場でもないしさ。むしろ、なかなか面白いと思ってたけどね。だって、彼らに「無職」と言われても、実際違うし、多くの民の支持がないと、できない仕事ではないしね。 ──理屈はそうでも、他人から批判されたら単純にへこんだりしませんか?  みんな、得体の知れない何かを恐れてるんだよ。本来どうでもいい何かに固執しているんだ。手放せば楽になれるのにね。 ──何かに固執して、恐れて、悩んでいるのが普通の人間の感覚なのではないかと。高城さんみたいに好きなことして生きたいけど、転職ひとつするにもなかなか踏み切れないとか。  あ、会社が嫌だからって、明日辞めようってのはダメだな。新しい会社に行けたとしても、1〜2年で結果を求めちゃダメ。ものごとは最低でも7年スパンで考えろってのが僕の持論なの。転職なら、今いる会社でプロジェクトをひとつ形にするには、2年はかかる。それをひっさげて転職先でうまくいくまで2年。そこからさらに新しい形を生み出すまでさらに2年。プラスアルファで計7年。 ──そこまで見通して辞めるべきだと。  最終的に、この転職はうまくいったと実感できるまで7年はかかる。大事なのは、その7年間のスタートをすぐに切ること。数カ月とか1年くらいの短い間で、今の状況を抜け出て、新天地で好きなことをやろうとするから、負担が大きくて、胃が痛くなるんだよ。 ■自由に移動できることが21世紀のステータス ──本当に住所不定なんですか?  まず、日本には家がない。だから、ホテル住まい。基本は常に海外を移動し続けてるから。ただ、ベースキャンプみたいな場所はあって、08年はロンドン、09年はバルセロナ、10年はオーストラリアに比較的長くいたかな。それ以外はほかの国を移動している。台湾とか香港とかね。今はまたバルセロナが楽しくて、戻りました。 ──そういう生活はいつ頃から?  昔からずっとこんな生活だけど、欧州に転居したのが07年末。その少し前に、東京の不動産やデジタルスタジオを処分したり、会社を若い人たちに譲ったり、あと本やCDも整理して、資産を9割方処分して、どこにでも住めるよう身軽になった。それなりに時間かけて、準備してるんです。だって、不況になって、東京がつまらなくなるのは、4〜5年前にはわかってたからね。それと、ノートパソコンの高機能化と高速インターネットの普及、さらにLCCと、新しい移動生活の準備は世界的に整った。だから今は、世界中を移動しつつ、仕事や生活しています。 ──どうして、そういう生活を?  きっかけは9・11。形あるものは、ビルだろうが、会社だろうが、地位だろうが、財産だろうが、一瞬にして破壊、消滅する可能性があることを教えてくれた。それまでは、デジタルどっぷりだったから。そして、20世紀はモノをため込む時代だったけど、21世紀はモノを持たずに、自由に移動する時代。危機管理もあるしね。だから、7年かけて準備したわけ。だって、地球の反対側までLCCを使えば、お金もかけずに1日で行けるんだよ。PCがあれば、そこで日本の仕事だってできる。この時代を満喫するってことは、そういうことでしょ。インターネットに捕われず、インターネット的に生きる、と。 ──ただ、独身なら自由気ままに移動できても、家庭を持つとそうはいかないとか考えませんか?  そんな常識的な質問が、ウチの家庭に通じると本気で思ってる君のほうが不思議(笑)。僕自身、結婚したら移動しづらくなるなんて、発想をしたことがないよ。なんで? ──普通の男性は、家族の都合を自分のこと以上に考えてしまいます。奥さんの意見とか、子どもの学校とか。  子どもの学校の話を今考えてどうするの(笑)。それ、子どもができる前から悩むべきこと? 今を楽しく生きなければ、楽しい未来はなかなか訪れないと思うんだ。未来のためにがんばってるとしたら、今も楽しいはずじゃん。そして、無理もしない。流されるのは嫌いだけど、流れるようには生きている。どこに向かってるかわからないし、いいか悪いかもわからない。だって、明日死ぬかもしれないじゃん。 ──家族のために、自分のやりたいことを我慢するのは間違っていると。  間違ってるよ。家族のために、自分は嫌だけど我慢するっていうのは、その後、どこかで失敗するでしょ。みんな、そんなネガティブなパワーに左右されてるの? そんなことを問題だと思い込んでることが問題だとわかるかどうかで人生は決まると思うけどな。自分の人生を我慢してつまらないものにしたら、子どもや奥さんだってつまらないでしょう。 ──高城さんは、やりたいことが10あるとすれば、家族があっても10やりきりますか? 9や8にはならない?
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『血だるま剣法』10万円は適正なのか? 本当に高い"封印マンガ"のお値段【前編】

──さまざまな理由で一般の流通からは追放され、古書市場などで扱われている封印マンガ。一見、その出自より、プレミアが付いているかと思われるが、意外にも......。その市場における需要や価格帯について、書店関係者などの証言を元に解き明かす。
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松文館裁判を追った『発禁処分』
 圧力団体からのクレームや出版社の自主規制による回収などによって、市場から封印されたマンガは多い。だが、当特集【3】の対談でも触れているように、"法的な拘束力"により発売・流通を禁止されたマンガはほとんどないのが現状だ。  戦前の1938年に旧内務省が定めた「児童読物改善に関する指示要綱」で発禁処分となった図書33点に含まれている作品以降、同処分となったのは2002年、刑法175条のわいせつ図画頒布罪適用を受けたビューティー・ヘアの『蜜室』【1】くらいだ。しかし、1950年代の「悪書追放運動」や、80年代後半から90年代にかけての「有害コミック規制運動」などにより、出版社側の自主規制により回収、絶版に至った作品は枚挙に暇がない。  いわゆる"封印マンガ"と呼ばれるそれらの作品は、いわくつきということで、一般的な作品よりも希少価値が高いことに疑いはないが、これらの封印マンガが現在の古書業界で一定の市場を形成しているのか、という話になると、多少事情は異なっているようだ。マンガ小売業者や出版関係者の話とともに、当該コミックが問題視された経緯や規制の歴史と併せてひもといてみたい。 ※      ※      ※  まず、マンガに対する批判的な活動が行われたのは戦後間もない55年。PTAらによる「悪書追放運動」がスタートした頃である。問題視されたマンガを学校の校庭に集めて焚書するなど、その活動が過激化、「青少年保護育成条例」が各地方自治体で制定され、その後のマンガ規制の土台が形成されることになったと、規制の歴史に詳しいマンガ家の山本夜羽音氏は語る。 「マンガ批判の風潮が過激化していく中で、批判派と折り合いをつけるために出版社側は自主規制という手法を考案。63年に『出版倫理協議会』が各出版社により結成され、販売自粛や回収といった有害図書に対する出版業界独自の規制を決定していきます」  では当時から現代に至るまで、実際に抗議を受け、問題視された作品にはどんなものがあるのだろうか?差別表現では62年、被差別部落を扱った平田弘史の『血だるま剣法』【2】が部落解放同盟から抗議を受けて絶版。70年には梶原一騎原作・矢口高雄画の『おとこ道』【3】が朝鮮人差別表現を含むと批判され、回収となった。また、75年には手塚治虫の『ブラック・ジャック』で、ロボトミー手術を扱った58話「快楽の座」が掲載された「少年チャンピオン』【4】が精神科医や市民団体から抗議を受け、いまだに単行本や全集に未収録となっている。  ほかにも、80年に実在の中学校名を使用したとして、宮下あきらの『私立極道高校』を掲載した「週刊少年ジャンプ」【5】が自主回収。82年には、スカートめくりで一世を風靡したえびはら武司の『まいっちんぐマチコ先生』【6】が女性差別表現を含むとして抗議を受けている。  90年に入っても、佐藤正の『燃える!お兄さん』(集英社)が学校主事に対する差別表現を問題視され、掲載誌の「週刊少年ジャンプ」【7】が回収される騒動が起こっている。91年には山本英夫の『おカマ白書』【8】が「動くゲイとレズビアンの会(アカー)」から同性愛者への差別表現を指摘され、単行本3巻の発売を見合わせる事態となった。  こうした中、80年代後半になると人種差別問題に関する抗議団体が台頭。89年には、藤子不二雄『オバケのQ太郎』【9】の150話「国際オバケ連合」で、黒人を模したオバケが「黒人差別をなくす会」により問題視され、同回が収録された単行本は回収された。
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【ぱすぽ☆】──10人のアイドルCAと共に空高く離陸せよ

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 ふわふわのミニスカートを翻し、10人の美少女たちが入り乱れて激しくダンス! ぱすぽ☆はそんなアイドルグループだ。09年の結成以来インディーズでライブを積み重ね、4月6日にメジャーデビューを果たす。今、どんな気持ちですか? 根岸愛「最初はただの女子高生だったのに......あっという間ですね」 藤本有紀美「メジャーデビューは目標だったので、すごくうれしい。でも、ここからが本当のスタート。気を引き締めていきます!」  結成時、まず最初に行ったのはライブではなく、街頭での"ティッシュ配り"。正直、先行きに不安を感じませんでしたか? 槙田紗子「それはすごく感じました。『アイドルなのにティッシュ?』って。その時は、こんなに素敵な衣装(所属事務所の先輩・若槻千夏がデザインを担当)も着れるとは思ってなかったし」 佐久間夏帆「でも、途中からは自分たちから『ティッシュ配りやりたいです!』って言ってました。そこから私たちのことを知ってくださった方も多かったんですよね。めげずにがんばってきてよかったなって思います」 「空」「旅」をコンセプトに掲げるぱすぽ☆は、世界観を"キャビンアテンダント"に統一している。ファンを「パッセンジャー」、ライブを「フライト」などと呼んでいるのもそのせいだ。パッセンジャーとの距離感が友達感覚といえるほど近いのも、魅力のひとつ。
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