『震災以降も「原子力ムラ」は何も変わっていない』 原発と共に生きる人たちの現実【前編】

──若手専門家による、半熟社会をアップデートする戦略提言 ■今月の提言 「脱原発議論が捕促しない地元のリアリティを見よ」
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ゲスト/開沼博[社会学者]  原発事故から半年がたった。「脱原発」をぶち上げた菅首相は退陣、新首相が誕生したが、反原発・嫌原発の空気は続いている。放射能汚染についても日々情報が錯綜している状況だ。日本のエネルギー対策は、そして「原子力ムラ」はどうなっていくのか? 本誌8月号にも登場した開沼博氏に、『「フクシマ」論』のその後を聞く。 荻上 東京電力福島第一原子力発電所の事故発生以降、原発についての国民的・世界的関心は一気に高まりました。しかしながら、事故後半年にならんとする現在でも、収束に向けた見通しは不透明で、正確な情報が十分に共有されているとは言い難い。その情報の需給ギャップが、さまざまな憶測や流言が発生する余地を生む状態も、依然続いています。  例えば、「予防原則」という言葉が、実にご都合的に「確かめなくても拡散しときゃいい」「オレがデマ流しても叩かず、『安全でよかった』と笑っておけ」というイイワケとして振りかざされているのは、頭が痛い光景。間違ったことを言ったから叩かれた者が、そこをスルーして「実は自分は正しかったのに、ヒステリックに叩かれた」なんて自己肯定してる姿は、生涯その人のイメージとして脳裏から離れなさそうです。  それにしても、かくも私たちが混乱してきたのは、放射性物質や原発に対する「確かな情報」が社会的にシェアされていなかったからですが、そうした中で論点の需給ギャップを埋め合わせる数少ない試みのひとつが、開沼さんの『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)でした。事故以前から調査されていた原発地域の生活文化の実態や、福島に原発ができた歴史的経緯等を緻密に押さえながら、政策的な議論の前提を提供する役割を好タイミングで果たされていたと思います。 『「フクシマ」論』については方々で話されてきたでしょうし、僕も開沼さんとはこれが実は3度目の対話。そこで今回は、著書を出されて以降、アフターの話をしたいと思います。まずは震災後も取材を続ける中で、2つの「原子力ムラ」、すなわち「原子力ギョーカイ」と「原子力地域キョードータイ」の「その後」の動きに、気になる変化はありましたか? 開沼 研究会や講演でも言い続けていることですが、状況については何も変わっていないと思います。これは、「いや、これだけ変わったじゃないか」という議論を喚起したい部分と、本心からそう思う部分の、両方の意味で言っています。  前者については、例えば環境省の中に原子力安全庁を作る動きなどが挙げられるでしょう。推進側と安全監視側の所管を分けるべきという政策趣旨自体は、確かに必要な方向性。しかし、これまで「CO2削減に役立ち、経済効率もいいエネルギー」といった名目で原発が推進されてきたことひとつ取っても、単なるガス抜き措置に終わるかもしれないという疑義は拭えません。私が本の中で書いた、中央政府内の「原子力ムラ」がオートマチックに動いていく構図は、例えば吉岡斉さんや武田徹さんが10年以上前に分析された状況から大して変わっておらず、それに対する社会の側の問題意識のレベルが今のままでは到底今後も変わり得ない。  そして、地元の側の原子力ムラの状況も、本質的には何も変わっていません。今週も福島に行きましたが、現地の方々の中には東電や政府に怒るより「原発を動かしてもらわないと困る」という声は少なからずある。直接原発で働く労働者はもちろん、彼らが利用する宿、飲み屋、あるいは交通機関の人々と、かつて福島第一原発だけで1万人規模の雇用があったわけですから、その数は無視できるものではありません。むしろ、収束のための作業の発生で、ある面では原発バブル的なものが起きている部分もある。「原発から近い所の人は、即刻原発停止を望んでいるに違いない」という予想を裏切る、非常に根深い問題がそこにはあります。  で、こうした事実を報告すると、「現状維持に加担するのか」と脊椎反射的な反発を受けることがままありますが、もちろんそうではありません。良いか悪いか価値判断をする以前に、現状を認識しないと何も始まらないという当たり前のことを申し上げているのだと、あらためて強調しておきたいと思います。 ■メディアが伝えない「信心」の皮肉な拡大 荻上 震災後の現地の状況について、もう少し詳しく伺わせてください。特に気になるのは、事故収束に当たる原発労働者の実情や、放射性物質の拡散で強制的に「利害関係者」が増えたことの影響です。開沼さんが『「フクシマ」論』のベースとなった修士論文を書かれた時は「皆が忘れ去っている問題」だったのが、今や大きく変わってしまいましたから。 開沼 まず、復旧労働者の間では、圧倒的な日常が流れています。ここには、原発事故を非日常として扱いたがるメディアとの大きなギャップがある。例えば、原発から二十数キロの地点にある原発労働者向けの民宿は3月末には営業を再開していて、行ってみると皆マスクもせずにステテコ一丁で、外で酒を飲んだりしています。その人たちがいわゆる多重下請け構造の犠牲者で、無理やりそこに泊まらされて働いているのかというと、そうではない。いわき市内のホテルは、避難区域指定の影響で、原発直近の4町の労働人口が集中したために、全部埋まっています。そこに泊まれず郡山や茨城のほうから通うとなると、通勤にプラス1時間半くらいかかる。だから、「近くから通えて楽だ」と、進んでそうした宿を利用する状況があるわけです。  また、労働者に「危ないと思わないんですか」と聞くと、「前よりは確かに喰って(浴びて)いい線量の限界値は少し高くなったけど、放射線の勉強をした人に大丈夫だと言われてるから」と、ほぼ気に留めてません。常に線量計をつけて被ばく量を測り、限度が来たら作業をやめる仕組み自体は、以前と変わらない。彼らにとって大事なのは、これまで通りの働き口があって家族を養っていけることで、安全性やリスクに関する「科学的に正確な知識」など、知ってどうなる、という話なんです。  そうした原発近辺や労働者のリアリティまみれの「日常」を見聞きして東京に戻ると、「このままでは全てが破滅だ」「脱原発の流れは揺るがない」といったハイテンションかつイマジナルな「非日常」言説で溢れている。そんな「非日常」に持続性はありません。再度皆が忘れ去っていく「忘却」の問題は、すでに始まっていると言っていいでしょう。 荻上 事故後に放送されたマイケル・サンデルのロールプレイングでも【4月16日NHK総合『マイケル・サンデル 究極の選択』】、労働者にツケを背負わせることの是非、というのがありましたね。実際、「多重下請けの労働者が搾取されていてけしからん」といった議論が、同情論としての反原発のフックになっている面がある。それが「中抜きして賃金を上げろ」というロジックと、「高賃金をエサに危険な労働を押しつけるな」というロジックが同居していたりして、「じゃあ、どんな条件なら働いていいんだよ!?」と思いもするんだけれど、"なんとなく反資本主義"な嫌儲気分が「いや、労働者には労働者の満足や日常があった」という観察を遠ざけてしまっている面はありそうです。それは結局、一部の「切り取り」であり、地方や労働者を政治主体として認めないことにもなりかねない。当事者が増えたこともまた、その争点の整理を再度、難しくしている点もあるでしょうね。
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内定取り消しにブラック企業……若年雇用問題の解決に必要な"公共"の精神とは!?【前編】

若手専門家による、半熟社会をアップデートする戦略提言 ■今回の提言 「個人化された労働者が会社と交渉できるシステムを作れ!」
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ゲスト/坂倉昇平[NPO法人POSSE理事]
     川村遼平[NPO法人POSSE事務局長] ──今回のゲストは、若年層の労働問題の解決・支援に取り組むNPO法人・POSSEの理事・坂倉昇平氏と、同事務局長の川村遼平氏。若者の労働をめぐる状況は悪化の一途をたどっているように見える。この状況を脱するために奮闘するお2人に話を聞いた。

荻上 今回は、若者の労働問題に取り組まれているNPO法人POSSEから、事務局長の川村遼平さんと、広報ミニコミ「POSSE」編集長の坂倉昇平さんをお招きしました。  大きな雇用情勢の流れを見るに、リーマンショックで底をついて以降、世界的には緩やかな回復傾向にある中で、日本は一進一退を繰り返しながらも、なかなか長期不況を脱しきれていない状況です。直近では、全世代的に多少の雇用改善が見られたものの、15~24歳の完全失業率はむしろ上昇、季節調整後の数値は11.1%にも達しています。これはかつて就職氷河期といわれた十数年前よりもさらに悪い。卒業年度の景気は生涯賃金にまで影響を与えるため、これからさらに「失われた世代」が生まれ続けてしまうということです。こうした現状がある中で、まずはPOSSEの活動を立ち上げられた経緯と、問題への取り組みのスタンスをお聞かせ願えますか? 坂倉 POSSEを立ち上げたのは、5年前の2006年です。当時はちょうど非正規雇用の問題が話題になり始めていて、それとセットで「若者がどんどん堕落しているから、非正規になっているんだ」というような自己責任論や俗流若者論が出てきた時期でした。そのため、実際にトラブルを抱える若者の労働相談事業を軸にしながら、まずはマスコミ上での粗雑な議論に対して、若年雇用の実態を正確に把握し、公表するための調査活動が、POSSEとしての最初の活動でした。  一方で、07~08年くらいになるとマスコミの自己責任論に対抗するかたちで「ロスジェネ」(かもがわ出版)などの雑誌が登場して、若者が虐げられている状況や貧困問題を告発する、いわゆるロスジェネ論壇が形成されていきました。そうした動きには社会的な啓発という意義はありましたが、その機運が若者全体に共有され得るものだったかというと、あくまで一部の文化人による表現にとどまり、当事者の間で影響を持ちにくいという印象がありました。既存の言説へのダメ出しが中心で、若者労働者の生活を改善できるような具体的な政策論が語られることはほとんどなかったと思います。    ですから、「こういう実態があって、ひどい」と憂うのではなく、現場に根付いた調査に加え、建設的な政策論を提起していくべきだと考え、情報発信のために自分たちの雑誌の刊行を始めたのです。 川村 僕は07年からPOSSEに参加していますが、現在は板倉が雑誌担当として若者雇用に関してどういう議論があるのかを整理し、僕が個別の労働相談の担当として現場の声をきちんと集め、代表の今野(晴貴)が政策分析をするという役割分担になっています。相談担当としては、月に30件ほどの事案を受け、相談者の雇用状況の改善手段を提示していく。そうして垣間見えてくる実態を、さらにはアンケートなどを通じて調査し、雑誌媒体などで発表していく。これが、僕たちの基本的な問題への取り組み方です。 ■「ブラック企業」と若年雇用の問題の実態 荻上 雑誌「POSSE」の9号では「もう、逃げだせない。ブラック企業」という特集を組まれています。「ブラック企業」というのは、00年代後半に雇用情勢の悪化によって労働環境における被雇用者の立場が弱くなっていくのに呼応するかたちで、その待遇が非人道的であったり、労働基準法に反する理不尽な要求をしてくるような会社を総称するキーワードですね。 坂倉 ブラック企業という言葉は、一般的には「労働関連法令に抵触するような働かせ方をする、特別にひどい会社」というニュアンスで使われていますが、もともと日本の労働環境においては、法令違反や非人道的な働かせ方は一般的でした。サービス残業は常態化し、長時間労働時間への規制が機能せず、過労死ラインを超えて働かせる企業に対する取り締まりすらありません。仕事内容の面でも、会社が労働者の事情を無視した配置転換などの指揮命令権を無限定に発揮することができたりと、労働者が「社畜」とまで揶揄される雇用慣行がまかり通ってきました。ただ、それでも我慢してとにかく会社にしがみついていれば、見返りに長期雇用と年功賃金で生活が守られるという「常識」が存在し、その実態はさほど問題化されなかったのです。もちろん、過労死した労働者や、中小企業の労働者、女性などはその保障の限りではなかったのですが。  しかし、労働政策学者の濱口桂一郎氏が指摘しているように、その長期雇用慣行が崩れ、最近では「試用期間切り」に象徴的ですが、がんばって働いても会社が雇用を保障しないという不安定な状況が広まったことで、これまで問題性が潜在化されていた労働環境が、あらためて「ブラック」として概念化されるようになってきたわけです。 川村 実際に街頭アンケートをしてみて問題だと感じるのが、違法状態を経験している若者は半数以上いるにもかかわらず、そのうちの8割は何もしないで泣き寝入りしてしまうという回答なんですよね。労働相談の現場でも、例えば試用期間であっても労働者をクビにするには一般正社員と同じく合理的な理由がなければならないはずなんですが、「会社と価値観が合わないから」といった非常に曖昧な理由で切られたり、頑張って正社員になって成績を上げていても急に会社とコミュニケーションが取れなくなって、それまで一度も叱責を受けたことのない人がいきなり最低限の評価を食らって辞めさせられたりするケースがよくあります。それでも多くの場合は、辞めさせられた人が「この会社、おかしいじゃないか」と声を上げることなく、しかも自己都合退職を迫られるので、失業保険を3カ月間受給できないというペナルティまで発生してしまう。相談に来る人のほとんどは自分が悪いと思わされてしまっていて、その中で「ただ、自己都合で辞めると困ってしまうから、せめて会社都合で辞めるかたちにしたい」という、本当にギリギリの状況に追い込まれてからの事案が多いんですよね。そういう人たちが異議申し立てとまではいかなくとも、とにかくSOSを発信できるようにしようというのが、僕たちの問題意識です。  ですから、若年雇用の問題が、単にマッチング機会を増大して内定率が回復すればいいんだという数字の議論に落とし込まれてしまうことに対しては非常に疑問を抱いています。
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明日にはあなたも当事者に!? "関心鎖国"日本で始めるべき対話とは【前編】

若手専門家による、半熟社会をアップデートする戦略提言
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「日本の社会運動の今後は、 スーチー氏に学ぶべし!」 ゲスト/大野更紗[作家] ──社会の現状を打破すべく、若手論客たちが自身の専門領域から、日本を変える提言をぶっ放す! という本連載、今月のゲストは、大学院生で作家の大野更紗さん。難民問題をはじめ、ビルマの民主化運動の研究と支援をしながら、自身も自己免疫疾患系の難病と闘う大野さんと、"関心鎖国"たる日本の現状となすべきことを考えます。 荻上 ここ2回の本連載では、対中韓関係で高原基彰さん、対ロシア関係で廣瀬陽子さんにご登場いただくという「外交シリーズ」で日本の内憂外患について考えてきましたが、今回はさらに一般の日本人が目を向けることの少ない「外」と「内」、2つの難題と身をもって闘われている大野更紗さんをお訪ねしています。  まず「外」の難題としては、昨年9月に日本でも第三国定住(当事国の紛争や迫害を逃れて近隣国で生活する難民を、より安全な国へ避難させて庇護する国連の難民支援制度)での受け入れが始まったビルマ難民の問題。大野さんは大学生時代から、NGOなどを通じてビルマ民主化運動の研究と支援に携わられています。  そして「内」の難題が、大野さんに2008年にふりかかった自己免疫疾患系の難病です。ある日を境に、全身の筋肉が激痛を発して思うように動かなくなり、自ら難題の当事者となっていく過程で初めて気づかれた発見や思いを、ウェブ上での連載エッセイ「困ってるひと」(ポプラ社WEBマガジン「ポプラビーチ」)にて綴られ、ツイッターなどでも大きな話題になっており、僕も大ファンです。未読の方はすぐにググるように。ガチで必読です!  多くの人にとっては「世界の外部」に位置づけられていても、当事者にとっては命がけの難題というものが、この社会にはたくさんあります。ご自身が大変エクストリームな経験をされてきた大野さんのユーモアあふれる文章は、そうした当たり前のことに気づかせてくれる。大野さんに伺いたいお話は山ほどあるのですが、まずは「外」たるビルマの問題に興味を持ちだした経緯からあらためて教えていただけますか。   大野 文化系女子憧れの若手論客のチキさんから、そんな導入をされてしまうと、すごく緊張してしまいます(笑)。わたしが個人的な体験として、最初にビルマ難民問題に出会ったのは、上智大学に入学した04年、1年生の夏でした。最初はデリダとかフランス思想に漠然と憧れがあってフランス語学科に入っていたので、アジアにはまったく興味がなかったんですけど、「アジアに関して何かテーマを選んで、フィールドワークをしなさい」という授業があったんですね。で、わたしはフランス憲法の大家である樋口陽一さんの、早稲田大学の構内に忍び込んでプチストーキングしてしまうくらいのファンだったんですが(笑)、その著書『個人と国家』(集英社新書)の中に、「アウンサンスーチーさんのことは放っておけない、ラングーンのことを忘れてはいけない」という一節があったんです。その一行をきっかけに「じゃあ、やってみよう」と思い立って。 荻上 のめり込むと一直線になってしまうタイプなんですね(笑)。 大野 そうそう(笑)。それで、たまたま上智大のある四谷に、日本のビルマ難民支援の中核を担うNGO「ビルマ市民フォーラム」の事務局があったんですね。そこへ電話して紹介してもらったビルマ難民の方にインタビューをしたのが、最初のかかわりでした。その方は、1988年の民主化運動で学生活動家としてスーチーさんの警護などを担当していて、軍事政権の手でビルマの刑務所に数年間投獄され、拷問を受けた経験もある人です。そうした生々しい話はもちろん衝撃でしたが、それ以上に心が痛んだのが、彼が置かれている生活状況でした。彼はタイを経由して日本に逃れてきたんですが、日本に滞在するために何年も国と裁判で争わなければならなかったことや、月曜から土曜まで毎日深夜に青果工場で底辺の労働者として一生懸命働きながら、そんな環境下で唯一休める日曜も、ビルマの民主化問題への支援を日本の市民に必死に訴えていること。彼のほかにも、入管に収容されて何年も苦しんだりしている人々がたくさんいて、難民の置かれているつらい立場があまりにも顧みられない日本の「難民鎖国」ぶりに、すごくショックを受けたんです。  それで、05年にスマトラ沖大地震の救援活動へ参加し、タイの被災地に行ったその足で、初めてビルマ国境上の難民キャンプに行きました。そこで難民の人たちと生活を共にしたり、一人ひとりのライフヒストリーを聞き取りしたり。一方で日本では、刑務所のような品川や牛久の入管に収容されてる難民申請者の人たちにひたすら会いに行って。ビルマ語もできないし、弁護士でも行政書士でもないし、伝言代わりくらいにしかならない。なんの助けもできないんですけど、とにかく難民が生きる現場を見聞きする活動に没頭したのが、わたしの大学生活でした。 ■「関心鎖国」からいかに 人々を解き放つか 荻上 今この国は、「難民鎖国」だけでなく、貧困やマイノリティへの差別など、自分の視界に見えない人々の問題に対する関心が全般的に低下した「関心鎖国」状態にあります。少なくとも、期待値より低いという認識といらだちがあるから、僕らは「社会問題化の作業を急げ」と叫ぶ役を担うわけです。大野さんがビルマに関心を持たれたのは偶発的ではあるけれど、思想書等に触れながら、おそらく社会参加への「スタンバイ状態」に身を置いておられたんでしょうね。しかし、いざ自分がそういう関心を持つ身になると、そうでない人々から浮いてしまう感覚、あるいは逆に、すでに市民団体などで「運動」に携わっている人々とのギャップなども感じられたのでは? 大野 はい。やっぱり学科でこんなことをやっているのはわたしだけなので、「更紗ちゃんはえらいよね」と遠巻きに見られるだけでした。難民支援のNGO関係者や弁護士やジャーナリストの方たちはほぼ父親や母親世代なので、同世代の人とほとんど関心を共有できないことは、とても孤独でしたね。大学から一歩踏み出せばそこにある現実なのに、まるで別世界としか見られなくて。  一方で、今の日本の人権系NGOや市民運動って多くがベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)やインドシナ難民支援などの流れを汲んでいますが、例えば、主だった団体がひとつのビルにいくつもまとまって入っているような、すごく狭い世界なんですね。日本の市民運動の創成期を支えてきた団塊世代の人たちは、もう自分たちの信念や運動の方法論が良くも悪くも確立されている。その下の世代の30~40代の人たちは、運動への熱意はあっても結局食べていくことに精いっぱいで、活動は疲弊してしまって、20代以下の若い人を育てる余裕もない。そういう中で、社会運動が掲げる人権や貧困といった言葉と、「普通の人」との断絶がどんどん大きくなっていってしまっているという実感が大きかったです。  そういう、「どうやったら伝えていけるんだろう?」というフラストレーションが自分の中で最高潮に高まったのが、07年9月にビルマ全土で起きた民主化蜂起です。「今度こそ、ビルマが変わる」と血が沸いた。でも、結果は軍政の武力弾圧で何百人もの犠牲者が出て、数千人という人たちが投獄されました。寝る時間もなくPCに張り付いて情報を集めてニュースの翻訳をし続けるか、イベントの運営に奔走するか、議員会館にロビイングのお手伝いで走っていく日々の中、次第に無力感やストレスがたまっていきました。

ゼロサムゲームでは勝ち目なし!? 迷走する日本外交がとるべき戦略【前編】

若手専門家による、半熟社会をアップデートする戦略提言
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■今回の提言 「日本の外交は、大国ぶらず、せこくロシアを苛立たせろ!」 ゲスト/廣瀬陽子[政治学者] ──社会の現状を打破すべく、若手論客たちが自身の専門領域から、日本を変える提言をぶっ放す! という本連載、今月のゲストは政治学者の廣瀬陽子さん。旧ソ連地域を専門にする広瀬さんに、民主党の外交能力への疑問点や、外務省が抱える組織的な問題点について、率直な意見をうかがいます。 荻上 アジア外交、対中関係をテーマにした前回に続いて、今回は旧ソ連地域をご専門にしている国際政治学者の廣瀬陽子さんに、対ロシア外交についてお話をうかがいたいと思います。去る11月1日、メドヴェージェフ大統領が日本の呼びかけを無視して、ロシアの元首としては初めて北方領土の国後島を訪問しました。対米国の普天間基地問題、対中国の尖閣諸島問題に続き、民主党政権の外交的能力のお粗末さに対する批判が高まっています。米オバマ政権も経済と外交という二重の課題に苦しんでいますが、日本の民主党も同様の苦境に立たされているわけです。  まず、今回の訪問の背景には何があったのかを、あらためて語ってみましょう。すでにこの問題については「シノドス」責任編集のオピニオンブログ「SYNODOS JOURNAL」でも廣瀬さんに分析していただいたように、ロシアの国内政治や日本側の弱み、あるいは経済的事情など、さまざまな要因が絡んでいるわけですが、中でもどの要素に注目すべきだと思われますか?   廣瀬 一番はロシア側の内政事情だと思います。メドヴェージェフとしては、2012年の大統領選挙を見越して、大統領としてのポジションを固めておきたいという思惑があります。特に強硬なイメージの強いプーチン首相と対抗するため、少なくとも見劣りのしないレベルにまでは自分のステータスを高めておきたいと。これまでは2人の役割分担の中で、首相が外に出ることが多かったんですが、理知的で安定志向のイメージが強い自分だけど外交もちゃんとできるぞ、と振る舞いたかったんですね。加えて、国内全域に目を配って国民の繁栄に尽くしているぞ、と二重のアピールができますから。 荻上 どの国も外交ステージを巧みに使って、自国民にメッセージを発するわけですからね。ロシアは「南」「西」「東」にそれぞれ大きな課題を抱えていました。しかし今では、「南」の中国とは、中ロ国境協定による領土問題の解決以降、良好な関係構築に向けて動いており、「西」にはコーカサス地域などの課題が山積みではあるものの、EU、NATOとの関係も進展している。そうしたロシア内部の事情を踏まえれば、「次は東をにらむか」という流れはとても理解しやすい。結果的には、メドヴェージェフらの「政治家としてのポイント稼ぎ」という行動原理でなされた外交戦略に、日本政府が振り回された形になるわけですね。 廣瀬 そうですね。特に中国とは04年くらいから信頼調整のスタンスに入っていて、かつアジア全体の枠組みの中では、ロシアは経済パートナーとしても日本ではなく中国を重視しようという方針を決めてしまったところがあります。そういう意味でも、日本はもう切り捨てられてしまう存在になったともいえる。欧米との関係は、08年のグルジア紛争で一時冷却化しましたが、ヨーロッパとはわりとすぐ修復しましたし、アメリカとも09年にオバマ大統領が「リセット」を宣言したことで、特に今年に入って急速に関係が改善しています。実際、11月20日のNATOリスボンサミットにもメドヴェージェフが赴いてアフガニスタン政策への協力を表明しただけでなく、共同のMD計画を構想していくというようなレベルにまで踏み込んだ話が出ましたし、周りの問題が片付いて余裕ができたから、日本に対しては強硬に出ても大丈夫だ、という判断になった可能性は高いでしょう。 ■国内の対立が台無しにした北方領土問題のゆくえ 荻上 反対に、日本はどんどん余裕を失っている。韓国、ロシア、中国と、急成長している国が隣国に三カ国もある一方、長期不況の泥沼から一向に抜け出せないでいます。インドや中東などの新興国に注目が集まる中、そのプレゼンスは下がる一方。かつての日本には、とりあえずは経済的優位があり、各国にカネを出すことが最大の外交カードになっていた。しかし、今となってはその見返りも期待できない。少なくともロシアに関しては、無駄金を使っただけで、北方領土問題の解決や緊張の緩和、あるいは各産業の市場における優位性の確保といったリターンは、ほとんど得られなかった気がします。 廣瀬 日本は希望的観測が強すぎた感がありますね。さんざん援助をしてきたわけですが、ロシアがまだ弱いうちにそれを刈り取る努力をすればよかった。多分、ソ連崩壊直後のエリツィン時代くらいが一番狙い目だったわけですが、その貴重なチャンスを逸したことが今となっては大打撃だったと思いますね。ロシアは00年代には石油・天然ガス輸出で経済大国になってしまい、外交的にも強気に出るようになってしまいましたから。日本の北方領土交渉における主張が、常に四島一括返還の一点張りで、まったく柔軟性を見せなかったことが一番の問題だと思うんです。二島返還であれば、かなりの可能性で実現していたのではないかと。 荻上 二島返還論は、ロシア側も最初から交渉のテーブルには載せていたわけですからね。ただ日本国内では反発が強い。北方領土問題については、二極の理想論同士の対立もありました。ひとつは非妥協的な四島返還論、もうひとつは四島を主権棚上げの特区にし、ビザなし交流をすることで和平の象徴にしようとする共同開発路線。ビザなし交流については、一応限定的には実現したわけですが、それ自体は明確に四島返還に向かうわけでもなければ共同開発に向かうわけでもない、すごく中途半端なステップになってしまった。どちらの理想論にせよ、本気で交渉のテーブルに出していくにはハードルの高い路線のため、「まずは」二島返還を目指すべき「だった」というのが、廣瀬さんのお立場ですね。 廣瀬 はい。「ビザなし交流になんの意味があるんだ」という意見もありますが、ビザなしでも行ける状態になっていること自体が、他のロシア領とは違う土地だとロシア自身が認めているということなので、やはり日本にとっては大事なポイントだと思うんです。それは戦後、日本の外交官がこつこつ積み上げてきた成果だったのは間違いないんですよ。でも、そのビザなし交流についても、09年頃からロシアが否定し始めるようになってきて、いよいよ日本の足がかりが失われつつあるのかもしれないという気がします。 荻上 日本はほとんど、ジャイアンにカツアゲされるのび太みたいな状態になってきている。かつてはアメリカと経済成長という名のドラえもんが後ろ盾だったけれど、最近どうもドラえもんもいないらしい、だったら歯止めなくいじめ抜いてやれと。

“エセ経済学者”に踊らされないために必要なことってなんだろう?【前編】

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──若手専門家による、半熟社会をアップデートする戦略提言 ■今回の提言 「専門家よ。書を手に、街へ出よ!」 ゲスト/安田洋祐 [経済学者、政策研究大学院大学助教授] ──政治経済から社会のインフラ、インターネットの使われ方まで、あちこちガタの来てる日本社会。そんな状況を打破すべく、これから躍進が期待される若手論客たちが、自身の専門領域から日本を変える提言をぶっ放す新連載がスタート。第一回は、ゲーム理論を使って日本のシステム更新をはかる安田洋祐さんから、同胞たる専門家たちへの提言です。 荻上 さまざまなシステム不全を起こしている現代社会に切り込むべく始まったゲスト対談連載「新世代リノベーション作戦会議──若手専門家による、半熟社会をアップデートする戦略提言」、ホストの荻上です。第1回のお相手は、経済学者の安田洋祐さん。誰もが認める経済学界のサラブレッドにして、日本におけるメカニズムデザイン理論・ゲーム理論研究の先駆者です。  安田さんの専門であるゲーム理論は、ミクロ経済学、広くとらえれば社会科学の中でも特に重要なセオリーといえるもの。「囚人のジレンマ」で知られるように、まず市場なり社会状況なりをシンプルな「ゲーム」に見立てます。そして、それぞれのインセンティブ(誘引)に基づいて行動するプレイヤーたちが、「ゲーム」のルール(制約)の中で戦略的な行動を取るさまを分析する。1950年代冷戦体制下の軍略分析、たとえば核抑止議論などで注目されていたのが有名ですが、この数十年での発達も目覚ましいと伺っています。  社会科学の目的はいろいろですが、人間集合の行動原理を明らかにした上で、より多数の人が満足できるような社会への最適な道筋を考察する、という理念が薄ぼんやりとあるようには思います。社会科学といっても幅が広すぎなので、怪しいのもたくさんありますけど(笑)、中でもインセンティブ体系に注目し、その設計にもアプローチできるゲーム理論は、数ある理論の中でも非常に「使える」ツールです。 安田 あらゆるものを数値や合理性に還元して進める経済学者の議論は、一般的には「冷たい」とも言われがちですが、その分、ほかの社会科学に比べ、論点や現状をクールダウンして整理するのに長けています。理由はいくつかありますが、ひとつは立脚すべきデータがはっきり取れるため。そしてもうひとつは、対象を素朴に観察して解釈しようとするのではなく、数字という汎用性の高い表現に落としこむ作業を挟むためです。ゲーム理論も、こうした利点を備えた優れたアプローチですね。 荻上 数値データを共有してから議論をするので、実証性も高く、解釈対象もはっきりしているので論点がクリアになるんですね。僕も著書などで携わっている、「いじめ」に関する議論を例に取ってみます。  多くのいじめ論は、いじめっ子やいじめられっ子の資質、たとえばソーシャルスキルの有無であるとか道徳性の欠如などに注目してしまいます。しかしゲーム理論的な見方をすれば、そこにいるプレイヤーに何かしらの「いじめをしたくなるインセンティブ」が存在していることを見いだせる。そして、その「ゲーム」のあり方を変えてあげることで「いじめを直す」という発想ができるようになる。導かれる具体的な方法としては、ペナルティを用意するとか、学校選択制などによりゲームから降りやすくすることで、プレイヤーの振る舞いを変えてあげるなどですね。  いじめをめぐる議論は象徴的ですが、社会科学が取り扱うテーマの多くは、議論への参入障壁が著しく低い一方で、炎上係数がとにかく高い。語り手の内面やイデオロギー、信仰などが密接にかかわるため、とてもホットになりやすい。そうした議論に対して、ゲーム理論的な思考は、議論そのものをクールダウンさせると同時に、具体的にどの方法が効果的なのかという議論へとスムーズに移らせることができる。 安田 そうですね。客観性と論理性は、ゲーム理論の大きな武器だと思います。ゲーム理論は、数学者フォン・ノイマンと経済学者モルゲンシュテルンの共同研究によって20世紀半ばに生まれた、かなり新しい学問分野です。"ゲーム"理論と聞くと、「ゲーム=遊戯=子供の遊び」というような連想で、何やら大人が真剣に分析する学問対象に思えないかもしれませんが、彼らのアプローチは非常に画期的でした。それは、「複数の参加者(プレイヤー)が独自に戦略を決定し、その戦略の組み合わせに応じた得点(「利得」)が各プレイヤーにもたらされる」というゲームの基本構造が、ジャンケンやチェスなど、僕たちがイメージするいわゆる"ゲーム"を超えて、さまざまな社会・経済現象に対応している、というものです。