「『小明の副作用』のメール職人してました」【湯浅かえで】出世のきっかけは“モブなのに人気投票3位”事件!?

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 元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の38回目! 今回は『ガンスリンガー ストラトス』まぐま役やアプリゲームなどで活躍中の注目の新人声優、湯浅かえでさんが来てくれました! ──ご無沙汰してます! 最後に会ったときは、湯浅さんはまだ私のイベントの客席にいたのに……いつの間にやら立場が逆転! ついに声優さんになったんですね、おめでとうございます! 湯浅 ありがとうございます! ──ちなみに、なんで私のイベントなんかに来てたんですか? 湯浅 昔、中川翔子さんのブログで小明さんの存在を知って「なんか凄い人いた!」って衝撃を受けて(笑)。 ──“凄い”にマイナスの意味合いを感じます……。 湯浅 それからしばらくは在宅で応援してたんですけど、働くようになってからはイベントにも行くようになって、「声優になりたい」とか、「いつか一緒にお仕事ができたらうれしい」みたいなことを、手紙に書いたと思うんですよね。今日は夢が叶った! ──叶いやすい夢だね! ちなみに、私に限らず、かなりのアイドル好きですよね。ブログを見ていると、AKBにSKEにBiSにライムベリーにトマパイ……かなり幅広く愛してますね。 湯浅 うへへ。 ──よく、お仕事で元SKE48の秦佐和子さんとご一緒されてますけど、どうですか? 湯浅 秦さんは、もともとSKEの推しメンで、握手会にも通ってたんですよ! だから秦さんがSKEを辞めたときは「もう会えないのかぁ」と落ち込んだんですけど、卒業してなんと声優に! 『魔法少女大戦 ZANBATSU』(2014)っていうゲームでご一緒できたときは、一方的に「すすす、好きです」ってご挨拶して……。 ──「こいつストーカーかよ、こわいな」ってならなかったですか? 握手会に通ってたのはバレないようにしないと! 湯浅 自分からバラしちゃいましたよ! すごく素敵な方で、「ありがとうございます」って喜んでくれて、今はすごい仲良くしてます。 ──奇跡かよ~。推しメンとも仲良くなって、声優にもなって、人生のハッピーエンド感! 湯浅 そうそうそうそう。 ──もういいんじゃない? 夢も叶ったし、辞めたら? 湯浅 そうそ……ナヌ!? よくないよくない! まだまだ頑張りますよ!! ──ところで、湯浅さんの趣味をリサーチすると、宝塚歌劇団の観劇、アイドルの現場、美少女の写真集集め、グラビアの切り抜きのファイリング、AKBのPVロケ地の聖地巡礼……けっこうキテますね! 湯浅 小明さんのサイゾーテレビ『小明の副作用』のメール職人もしてましたよ~ふふふ。 ──こんなクソみたいなアイドルのメール職人とか、ちょっともうお気の毒です! ブログを見てると、クリスマスは宝塚を観て、年末年始はコミケから初日の出に直行という……好感の持てるタイプのリア充ですね。 湯浅 ははは(乾いた笑い)。クリスマスだしな、と思って宝塚のチケットとって行きました。 ──数年前のブログでも「ハロウィンなので宝塚を観に行きました」って書いてあって、イベントごとにかこつけて、やたら宝塚を観に行ってますよね。 湯浅 ちょいちょい観に行きますよね! 宝塚にしてもアイドルにしても、女性が華やかなのが好きなんです。あと、女子同士、いろいろある中で頑張ってる人たちを観るのが好きで……宝塚とAKBって似てるなぁって勝手に思ってて。 ──似てる!? 湯浅 トップスター制、センター決め、組替え、卒業、退団、専用の劇場とか。 ──ほんとだ! 言われてみれば共通点が多いんですね。 湯浅 その方々が頑張ってるのを観て、「私もがんばろ!」って思えるんです。 ──アイドルも宝塚も湯浅さんのガソリンなんですね。でも、どっちもチケット高くない? その趣味はお金がかかりますね。 湯浅 そうなんですよ~。普通に働いていたときも、お金あるわけじゃないし大変でした……。けど、宝塚って、意外と1,500円の立ち見席が出てたりするので、お金がないときは朝から並んで、一番後ろで、どこかしらは見切れて見えないような席で立って観るんです。ステージはもう豆粒なので、オペラグラスを持参して! ──意外と安い! けど、疲れそう! 声優の仕事が忙しくなって、アイドルや宝塚に行けなくなったら、ガソリン切れちゃいますね。 湯浅 そうなんですよね、ほんっと(真顔)。宝塚とかを観て、フワァァァっと元気になって、女性ホルモンをブワ~っと出して艶々で帰るんで、切れるとカラカラになっちゃいます……。 ──今、声優さんってみんな可愛いから、そこで注入できそうな気もします。 湯浅 そうなんですよ! みなさん可愛い! でも、ソレとコレとは別! 別の趣味として楽しんでます! ──楽しそうで何より! ちなみに、コミケには何しに行くの? 湯浅 昔の仕事仲間がいっぱいいるので、同窓会気分で……。 ──コミケで同窓会?? 湯浅 そうですね、前はアニメを作る会社にいたので……。 ──完全に内側の人じゃないですか! なんでまた、出る側に? 湯浅 私は撮影という部署にいたんですが、ずっと机に向かってPC上で無音の状態で作業をしているので、映像に音がついた瞬間が一番感動したんです。本当にキャラクターに息が吹き込まれるというか。「すごい! 私もそっち側に行きたい!」と思って。 ──なるほど! 2013年の5月には今の事務所の“準預かり”になって、今は“預かり”になってますよね。どの段階で“準”が取れるんですか? 湯浅 うちの事務所は年数が決まっていて、1年は“準預かり”なんです。 ──じゃあ、1年の間に仕事が取れなかったら、そのままいなくなっちゃうの? 湯浅 事務所いわく、そういう方も何人かは……。仕事の分量もありますけど、どちらかと言えば、仕事に対する姿勢とか、普段の立ち振る舞いを見ているみたいで、仕事が1本もなくても、どれだけ努力をしているかによって上がれる人もいます。 ──そして“預かり”から“所属”になるにはさらに高い壁が……がんばって! 実際にお仕事を始めてみて、どうですか? 湯浅 思ってたより大変! アニメを作っているときは「声優さんは楽しそうだな~」と思っていたけど、みんなこんなに大変な思いをしていたとは! やっぱり、見られてることも多いし、最初の方はほめられることも全くないし、新人は端に座ってドアの開け閉めをするとか、そういう立ち振る舞いもわからなかったですし。 ──えっ!? そんな体育会系なルールがあるの!? 湯浅 ぜんぜん強制じゃないんですけど、暗黙の了解というか。 ──そういうノリは大丈夫なんですか? 湯浅さんって絶対運動部とかじゃないですよね。 湯浅 運動したことないです(きっぱり)。でも、「こういうのがあるんだ!」ってびっくりしたのは最初だけでしたよ。それからは「そういうのを最初に知っておかなきゃ」と思って、先輩とご飯に行かせてもらったりして……。 ──湯浅さんのブログを見ていると事務所の方とけっこう交流を持たれてますけど、これってそういう処世術だったんだ! 湯浅 や! そういうわけではないです(笑)! でも、先輩から教えてもらえることは多いんです。 ──なるほど~! デビューはTBS『俺、ツインテールになります。』(2014)のあすかちゃん役ですか? 湯浅 テレビアニメだと、『俺ツイ』だと思います。 ──あすかちゃん役はオーディションですか? 湯浅 実はモブ(名前のない通行人など、群衆キャラ)だったんですよ。一話に出てきた怪人に捕まる女の子だったんですけど、なぜか人気投票でヒロインたちを抑えて3位になったんですよ。ネタだったのかもわかりませんが、皆さんが投票してくれて。監督さんもあすかちゃんはお気に入りのキャラクターだったようで、最終回にも出てきました。 ──2回も出たら、もうモブじゃない! 湯浅 なんとイベントにも呼んでもらえて! 幸せでした! ──TOKYO MXの『ガンスリンガー ストラトス』のまぐま役は? 湯浅 それは初めてオーディションに受かった役でした! マネージャーさんから電話が来たときは「ほほほほんとですか(震)!?」って感じで。『ガンスト』って作品はもともとゲーセンのアーケードゲームで、今もゲームが出てるので、イベントとかに出してもらったりする機会が増えたり、ガンストを通していろいろな経験をさせていただきました!
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──ゲーム『バンドやろうぜ!』(2015)ではウッドベースも弾いてるんですよね。 湯浅 そうなんですよ。ウッドベースを弾く女の子の役をやっているんですけど、私もたまたまウッドベースをやっていて……。 ──ウッドベースって、たまたまやってるようなもの!? 湯浅 大学の時に、ジャズ科があったんですよ。そこの子たちがやってるのを見て、「私もやる!」って教えてもらってやってたんです。 ──まさかそれが仕事で活きるなんて……ぶっちゃけ声と関係ないですもんね。 湯浅 そうなんですよ。先日、そのPVを撮ることになって、ドラムとギターは普段からバンドをやってる方だったんですけど、役者兼楽器は私だけで、自分が演じたキャラの格好をしてウッドベースを弾きました。めっちゃ練習して、マメだらけの手で行って、楽しかったです。やってて良かった! ──人よりいろんな経験ができそうですね。学生時代はジャズの他に、オーケストラ部と吹奏楽でホルンを吹いてたんですよね。ホルンとウッドベースが家にあるって、どんな富豪なの……? 湯浅 ぜんぜん! ウッドベースはなかったです! 高校の時に転校した先に吹奏楽部がなくって、市がやっている楽団に入ろうとしたら「楽器を買わないとダメ」って言われて。 ──ホルンって肺活量は上がりそうですし、声優業に活きそう! 湯浅 活きてたらいいな、もうずっと吹いてないので……。 ──一人暮らしだと、よほど壁の厚いところに住んでないと吹けないですね。 湯浅 そうなんですよ。一応は持ってきたんですけど「あ、コレ無理、吹けないな」って徳島の実家に送りました。 ──場所とりますしね。ちなみに、徳島のご家族は、今のお仕事に反対とかなかったですか? 湯浅 いや、全然なかったですね。反対っていうか、そもそも東京に出てきてアニメの仕事をするっていうときに一度「なんじゃそりゃあああ!!」ってなって、そうとう戦ったので……。私、最初は「音響やる~!」って行って東京に出てきたんですよ。それが3カ月くらいで「ん、いいや」ってなっちゃって、結局「映像やる~! 映像の方が面白いぞ!」ってなって、映像をやったり、空間アートみたいなゼミに入って勉強してたんですけど、「やっぱり就職する~!」って。そんな感じでコロコロと「アレやる~! コレやる~!」ってやってきたから、「働きながら声優の学校に行く~!」って言ったときは、親ももう諦めていて「自分のお金でやるんなら好きにすれば?」みたいな(笑)。 ──じゃあ、働きながら自腹で養成所に? そこからアイドルに貢いで、養成所にお金も払って……霞を食べて生きてたの? 湯浅 当時はそうです(笑)。ずっと貧乏でしたね……。 ──ちゃんとした事務所に入れて本当に良かったね! 今の事務所に入ったきっかけは? 湯浅 えっと、うちの事務所と、「声優グランプリ」(主婦の友インフォス情報社)がやってるゲームのオーディションがあったんです。それに一般公募で応募して、賞をいただいて、今の事務所に。 ──賞ってグランプリ!? 湯浅 いやいや、特別賞的な感じの、声優グランプリ賞を……。うちの事務所のアクロス賞っていうのもあったんですけど、私はそれをとっていないという。 ──え!? そうなの!? 湯浅 製作の方と面談をして、「アクロスに入りたいんです」って話したら「じゃあ社長に会う?」ってお話させていただいて、社長に電話をかけまくった覚えがあります。「いつ会ってくれますか!?」みたいな(笑)。 ──地雷感!! しかしながら、そこからはアイドル声優への道が広がっていたという。駆け上がりましょう! 湯浅 ハッ(乾いた笑い)。人よりこの世界に入ったのも遅いし、「駆け足で行かねば」と思って頑張ってます。 ──息切れしない? 湯浅 切れてます、たまに(笑)。だからそういう時は宝塚を観たりアイドルを観たりなどして……。 ──湯浅さんって、生放送とかでもニコニコしながら目が死んでる瞬間がありますけど、そういうときってガソリン切れてるんでしょうね。 湯浅 (爆笑)! よく見ていらっしゃる! ──気を抜くと一瞬目の光が失われるんですよね。実は根が暗いのかな。 湯浅 小明さんだからそう見えるだけですよ! 根は暗いと思いますけど! そうじゃないと小明さんなんて応援しないです! ──……えっ!? えっと、でも、ブログはけっこうアッパー系ですよね。「みんなに感謝!」みたいな。 湯浅 ちゃんと皆さんへの感謝を忘れず、自分に渇を入れているのです。 ──その前後に「今日はいろいろ勉強になりました。頑張ろう!」とか書いてると、「あ、何かうまくいかなくて落ちこんだな」って思うよね。 湯浅 小明さん……さすがです……。 ──過剰に前向きな自己啓発っぽいことを書いてるときは、だいたい自分に言い聞かせてるという……ふふふ、お見通しだ! 湯浅 いろいろ考えても、結局はもう頑張るしかないですからね……! ──これからは、そういう目でブログを読みます! お仕事の面で、今後の野望はありますか? 湯浅 メインの役をやれるような声優になりたいっていうのと、ずっとこのお仕事を続けていけたらいいな、と思ってます! ──また急に「今度はコレやる~!」って気が変わるかも? 湯浅 もうない……と、信じたい(笑)! 今までで一番長く続いてる大好きな仕事なので、このまま頑張りたいです! ──まだ2年半ですよ! 歌とかはどうですか? 湯浅 歌いたいです! 今の事務所に入ったときに、小明さんの出した歌を歌って録音して、サンプルとして事務所に提出しましたよ。 ──ごめんね、馬鹿じゃないの!? 今後とも、応援してます!! たくさん売れますように!! 今日はありがとうございました!! (取材・文=小明/撮影=宍戸留美) ●ゆあさ・かえで 1月16日、徳島県生まれ。アニメ『ガンスリンガーストラトス』まぐま役、『かみさまみらない・ヒミツのここたま』長谷川ケイト役、『迷家』ユウナ役。ゲーム『バンドやろうぜ!』ユキホ役、『放課後ガールズトライブ』紫ゆかり役。ニコ生パソナリーティー『月2学園パワプロ部』、『ニンジャスレイヤー』など。 ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。
ルミネッセンス 形態:8曲入り 定価:¥2,500(税込) 品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869 レーベル:sundaliru amazon_associate_logo.jpg
詳細は下記リンクまで。 公式ブログ http://s.ameblo.jp/sundaliru/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。

「新人だと、主役でも1万5,000円!」【瀧本富士子】が声優業界のイロイロを大ぶっちゃけ!

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 元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の37回目! 今回は『魔法陣グルグル』のニケ、『超者ライディーン』の大鳥疾風、『まほろまてぃっく』の美里優など、多くのアニメで主役を演じる瀧本富士子さんが来てくれました! ――25周年、おめでとうございます! 具体的には、いつがデビューだったんですか? 瀧本 ありがとうございます。もう本当のデビューの月も忘れちゃって(笑)。けっこうみんな覚えているみたいなんで、私も「絶対に忘れちゃいけない」と思って何度も紙に書いたんですけど、結局その紙ごとなくしちゃうんですよねぇ……。 ――大丈夫ですか? 銀行口座のパスワードとか覚えられてますか? 瀧本 大丈夫、忘れたら大変なことになるから(笑) ――ちなみに、日付はさておき、どの作品でデビューしたかは覚えていますか? 瀧本 えっとー……ふふふふふ。 ――覚えていなさそう! 瀧本 多分、一番最初は声の仕事じゃなくって、エキストラだったと思います。あの頃、声優さんばかりでドラマを撮るっていうのがあって、そのエキストラ! 日本ナレーション演技研究所の生徒だったときにいただいたお仕事でしたね。役名があるお仕事だと、うーーーーん、ゲームのお仕事が先だったかなぁ……あ! 朝の番組でモデルをやったのが先かな!? 現場に行ったらビキニを着せられて、お風呂の中で「エクササ~イズ♪」って、痩せるための運動をしました。 ――それは、声は出るんですか? 瀧本 出ません。 ――(爆笑)! 瀧本 学生の頃に入ってきたお仕事って、アルバイトみたいな感じだったから、みんな楽しかったですね。「声優の仕事はいつできるんだろう?」とは思ってましたけど(笑)。 ――声優を志されたのはいつでしたか? 瀧本 子どもの頃から芝居に興味があったんです。でも、小学校には演劇部がなくて、似たものを探して落語部に入って。 ――落語部がある小学校の方がレアですよ! じゃあ、演劇部は中学から? 瀧本 それが、中学校にもなくって、高校でやっと演劇部に入れたんです。けど、女子校で、女が少年を演じるのが許されなくて、女子しか出てこない芝居しかできなかったんですよね。残念すぎ。 ――でも、その頃にはもう演劇部で声優に向けての下地作りが始まってそうですね。 瀧本 というか、その頃には、もう勝田声優学院で通信教育を受けていたんです。それを受講しながら演劇部をやっていたので、途中で「大阪でやってたら、関西弁は抜けない」って気付いたんですよ。自分では標準語をしゃべれていると思っても、関西のイントネーションが残ってしまうし、周りもみんな大阪人だから、指摘されないでしょ? それで「ダメだこりゃ」って、声優を諦めたんです。高校1年で。 ――切り替え早!! では、卒業後の進路は? 瀧本 私、虚弱体質なんですよねぇ。何かあるとすぐ寝こむ病弱さで、親にはずっと「あんたは体がそんななんだから、事務員になりなさい」って言われてて……。私の夢は高校1年でもう諦めちゃったから、「まずは親の夢を叶えましょう」って、就職して事務員になったんです。でも、「違うなぁ。私、馴染めないなぁ」ってずっと思っていて……。他の女の人は「新商品の口紅が~」ってやってるじゃないですか。私、もう、なんの話にも入っていけなくて、年数を重ねるごとに「やっぱり私のいる所はここじゃない」って思うことが増えていって……。それで、就職して4年目に入った頃かな。テレビを見ていたら、素人が出るモノマネ番組をやっていたんですよ。アニメのモノマネをする人も出ていたので、家族と「あんなん私でもできるわぁ~!」なんて言いながら見てたら、「言うだけやったらなんぼでも言えんねん! 悔しかったら出てみぃや!」「おう分かった、出たらぁ!」という流れになって(笑)。それでオーディションを受けたら受かっちゃって、関西代表で東京に行くことになったんです。
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――関西代表!? いきなりすごいじゃないですか!! 瀧本 別に賞は取らなかったんですけど、そこで「同じようにモノマネで出てくる人はいるけど、あなたの場合は本職でいけそうだね」って言われて、「そうかなぁ!?」って(笑)。その頃、アニメ好きの友達が「ザ・デビュー」っていう雑誌を持ってきて、「アーツビジョンって事務所に興味あるって言ってたよね? 何か募集してるよ~」って言うから「ナヌ!?」って。もし受かったら東京に出ようと思って。で、アーツビジョン放送劇団から合格通知が来たので、会社に「すみません、夢を追いかけさせていただいてよろしいでしょうか?」って辞めて……。 ――すごい辞め方!! 「一身上の都合」とかじゃないんですね!! 瀧本 あははは! まっしぐらなんですよね。会社の方も、皆さん優しい方だったので、「僕等の夢を乗せて頑張ってね」「ダメだったらいつでも帰ってきなさい」って、帰ってくるところまで予想されて励まされました(笑)。で、親に「3年ください」って言って。3年あれば、無理か、いけるか、わかると思ったんです。 ――ご両親は反対しなかったですか? 瀧本 いや、もう絶対に許してくれないと思ったので、強行突破で決めました。親は「あんたが一人暮らしなんてできるわけない! 電車もうまく乗れないのに!」って言ってましたし……。 ――えっ、まず、そこから!? 瀧本 過保護だったので、危ないから料理も作らせてもらえなくて、遠出もしちゃいけなかったんです。だから、ほんとに一通りの電車の乗り方しか知らなかった。親にしてみれば、「料理も何もできない、電車も一人で乗れない人が、知り合いも誰もいない東京で一人暮らしなんて無理でしょ?」って感じですよね。でも、出てきちゃった。家も借りて、仕事も見つけて……。 ――いっきに自立ですね! ホームシックになりませんか? 瀧本 ならなかった(きっぱり)。夢まっしぐらなので、「早くうまくならなきゃ、関西弁のなまりをとらなきゃ」って、そればっかりで、気がついたら2年3年と経ってました。学校に行っている間も特殊な感じでね、日ナレって、普通は進級審査を受けて、受かったら上のクラスに行けるんです。まず“基礎科”があって、それから“本科”、その次が“研修科”。それからやっと所属なんです。 ――ステップが多いんですね……! 瀧本 ただ、私は日ナレ本体ではなくて、アーツビジョン放送劇団っていう団体だったので、また別件だったんです。だから、入ってしばらく経ったら、放送劇団が本体に吸収されることになって、いっこ飛ばしで“本科”に入れたんです。それから1年後、進級審査落ちてまた本科で学んでいたある時、クラスを見にきた講師の先生に引き抜かれて、“研修科”にあがったんです。 ――それだけ実力があったってことですね、すごい! 瀧本 それが全然そうじゃなくって……「とにかく目につく奴を上にあげた」んですって! 私、たまたまその日は先生に怒られていて、泣きながら「はい! はい!」って言い続けてたんです。それが目についたみたいで、「辛抱強いというか、打たれ強いというか、それであげた。お前を上手いと思ったんじゃないから」って言われました(笑)。 ――さすがプロの着眼点、よくわからない! 瀧本 普通は「あなたは上手い」って認められた上であがる研修科に、下手なままあがっちゃったんですよ。それも面白かったです。うまい人たちに引っ張っていってもらえるし、良い先生との出会いもあったし、そのお陰で私は伸びたと思います。 ――なるほどー。ちなみに、ご自身が実際に声優になって、思ってたのと違ったことはありますか? 瀧本 最初の頃は、「声優になれた! 仕事ができる!」って喜びの方が強かったなぁ。でも、思ってもみなかったことは沢山ありましたよ。どれも新人だった頃の話ですけど。当時は、まだ昔からの風習が残っている厳しい現場だったので、新人がお茶を入れて配ったり、差し入れがあったら開封して配ったりと、普通の会社の新人OLがする仕事と同じ事をやるのが当たり前でした。座る席も、モニター画面が一番見えにくい場所に座ると決まっていたり、最初、それ知らなくて主人公だったから真ん中に座ったら、「あら、お偉いわね~」って言われて気付いて、すみません知りませんでしたと深くお詫びして端っこの席に座り直したこととかありました(笑)そういった現場でのルールって、誰かに教わらないと知ることが出来ないので怖かったです。マイクの使い方もそうだし。全部ルールがあるんです。他にも、とある番組にゲストで出演したんですけど、いつもの感じでニコニコして、隣の人に話しかけたりしてたら、後日「こないだの現場で、ニコ二二コしてたでしょ? 隣の人とかに話かけてたでしょ? アレ、やるな。新人は笑わず黙って座ってればいいんだよ。」って先輩からクレームもらって。「えええええ!!」ですよ。休憩時間にしかやってないのに。「明るく元気にいこう!」という精神を全て砕かれて、そこから私、ずっと暗い人になっちゃって……。 ――何それ!! 心が折れます!! 瀧本 現場でもずっと下向いてしょんぼりして、話しかけられた時だけ笑うから、“氷の微笑”って言われてました(笑)。「瀧本さんって全然しゃべんないし、笑ってても何考えてるかわかんないよね~」「芝居してるときはあんなに元気で明るいキャラやってるのに、なんで普段こんなに暗いんだよ」「あのさぁ、いつも気になってたんだけど何で怒ってるの?」って言われて(笑)「違うんです!! 喋るな、笑うなって言われてて!!」って説明したら、「あ、そうだったの!? なんか気に触ることしたかなあ?ってみんなで心配してたんだよ~」って誤解が解けて……。無表情だと本当に人相が悪いんですよね、私……。怒ってるような顔つきになっちゃうんです。今は、流石に25年経って中堅になってるので、喋ったり笑ったりしてますけど(笑) ――ちなみに、声優のお仕事だけで食べられないときはどうされてましたか? 瀧本 たぶんバイトですね! デビューしてからしばらくは、いっぱい仕事があってもギャラが安いんですよ、新人だから。寝られないくらい仕事があっても生活苦。私はアルバイトを掛け持ちする体力がなかったので、東京に出て来て、すぐに就職してます。
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――仕事辞めて東京に来て、また就職!? 瀧本 自分の夢を目指して出て来てるから、絶対に親からの支援は受けませんって断ってたから、親からの仕送りもナシだったので、東京で暮らせるお金は二ヶ月分しかなかったんです。2カ月以内に仕事決めないと、お金が底をついちゃう。だから、東京では、まずハローワークに行きました。 ――東京観光もせずに職安……! 瀧本 ハローワークの人に「こういう職を希望してるんですけど」って言ったら「こんなのないと思いますよぉ?」って鼻で笑われて、「こっちは真剣なのに!」って憤りながら「じゃあ自分で探すからいいです!」って別のスペースで探したら、あったんですよ、希望通りの仕事! だから、わざわざその人のところに行って「あ・り・ま・し・た!」って言ってやりました(笑)。そこに面接に行ったらすぐに採用してもらえて、翌日から働きましたねぇ。神様、味方してくれまくり! 初めて世の中に広く名前を知ってもらえた『魔法陣グルグル』(1994年~)の時もそこで働いていたし。 ――え!! ニケ、就職してたの!? 瀧本 そう! 「魔法陣だ~!」とか言いながら、会社では「はい、こちら○○○でございます、いつもお世話になっております」って電話うけてました。 ――あんな人気アニメの声優が!? 信じられない!! ちなみに、新人声優のお給料って、どれくらいなんでしょうか? 瀧本 日本俳優連合っていう協会があるんですよ。その協会に入っている人と、入っていない人で金額が変わります。 ――と、言いますと? 瀧本 入ってる方が、お金がキチッと整理されるんです。ランク付けがあって、そのランクによって金額が決まっていて、登録したばかりの新人はアニメ1本で1万5,000円です。 ――ほ、ほう! どの役でも、ですか? 瀧本 はい。主役で死ぬほどしゃべっても、一言「ヤッホ~」だけでも、ギャラは同じです。 ――ええええ! そうなんですか! じゃあ、それからベテランになっていくに連れて、ギャラは上がっていくんですか? 瀧本 その人によりますね。アイドル声優だったら、値段をつり上げても出せば売れるから年々上げていく人もいるのかもですけど、実際のところ自分以外の方のギャラがどうなっているかは知りません。一年ごとにギャラ更新があるので、そこで上げると申告すると上がる。本人が決定する事が出来るんです。でも、事務所に所属してる人は事務所との相談ですね。 ――わあ……自分で交渉できるなら協会に登録しない方が得って感じもしますけど、それはそれで難しそうですし……うーん、世知辛い! 瀧本 世知辛いですよ! 新人の場合は1万5,000円ですけど、そこから事務所に手数料を抜かれますよね。50%とるところだったら、残りは7,500円で、そこから源泉で750円引かれて、台本を取りに行くなら交通費の電車賃もそこから……ね? お金ないでしょ? ――どう頑張っても5,000円くらいしか残らない! 主役をやっても全然無理です!! 瀧本 事務所によって手数料の%は違うので、所属する際は、調べた方がいいかもですね。かなり手取り金額が変わりますからね。大体の場所は20%~30%が相場ではないかと思いますが。そんな訳で、ずっと普通の仕事と掛け持ちでしたよ。声優業が忙しくなってあんまり普通の仕事に行けなくなってからも、バイトに切り替えて行かせてもらって、7年間は働きましたね。その会社の方とは、今でも年賀状のやりとりしてますよ。 ――想像以上に厳しい業界です……! 今まで声優を辞めようと思ったことは? 瀧本 ないです。でも以前、“大人の事情で主役を降板”ってことが、1年で3回重なったことがあったんです。そのときは、自分が戦ってもどうしようもないし、絶対にひっくり返らないし、プライベートもうまくいかなくて、体重が37キロまで落ちちゃって。精神的にきちゃって、食べたくても食べられないし、眠りたくても眠れなくて、それでも仕事はしてるから、周りから心配されてしまってね。私は「痩せられるー!」とか思ってたんですけどね(笑)。この時は辛かったです。 ――危機感のなさが余計にヤバイ! 瀧本 でも、洋画の吹き替えの仕事の時、共演の方々に「みんなと一緒なら食べられるんじゃない?」って誘ってもらって、それがすごく美味しくて!「食べられた~♪」って言いながら。 そんなことをしていたら、オーディションなしで洋画ドラマの主役をいただいて、「こんなこともあるんだ、頑張ろう」って。その後も、またオーディションなしでアニメの主役をもらったんです。それが『まほろまてぃっく』(2001年)なんですけど、そのアニメにはすごく助けられました……。私が演じた優くんっていうキャラクターは、両親を亡くして大きな家に一人で住んでいるんですけど、そこに可愛いメイドさんがやってきて、人生が変わっていくんです。どんどん明るくなって、人生が良い方向に向かってくの。私も、優くんと同じようなところにいたので、本当に彼と一緒に明るい方に連れて行ってもらえた感じで……本当に、いつも作品に助けられています。 ――良い話! あ、良いお話と言えば、2014年は声優の荻原秀樹さんと結婚されましたね、おめでとうございます! 瀧本 あ、ありがとうございます! ――出会いは……? 瀧本 向こうは私のことをずっと認識してたんですって。『魔法陣グルグル』でニケをやってる時に、学校の生徒がアフレコを見学に来る日があって、彼はその見学者の中にいたらしくって。私も挨拶はしたけど、もともと顔が覚えられなくて(笑)。その後、共演も何度もしてるんです。でも、彼のやった役は覚えていても、彼のことは覚えてないっていう……(笑) ――ヒドイ!! 瀧本 『きこちゃんすまいる』(1996年)も『超者ライディーン』(1996年)もレギュラーで出ていて、そこに彼もゲストで来てたんですよ。他の子が「ヒデ、ヒデ」って呼んでたのは聞こえたけど、彼のことはまったく覚えてなかった(笑)。彼自身のことは、『グラビテーション』(2000年)でようやく認識しました。 ――それはまた長い道のりでしたねぇ……。 瀧本 その後、『まほろまてぃっく』(2001年)でようやくクラスメート役で共演者になって、「あ、確か『グラビテーション』で一緒でしたよね?」なんて言ったら、「瀧本さんの中ではそうかもしれないですけど、僕、ずいぶん前から何度も共演してるんですよ(笑)」って言われて、「え! アレも? ああ、アレも? ヒデって呼ばれてたの君だったんだ!?」ってなって(笑)。 ――やっと認識!! じゃあ、そこから付き合ってるんですか!? 瀧本 いえいえ、その当時は友達でしたよ(笑) ――長い友達期間を経ての結婚ってどうですか? 新婚とはいえ、一緒にいる時間が長すぎますよね。 瀧本 そうそうそう。だから、ただ籍が入っただけですよ。結婚して変わったこともないですし。普通にモンハンで遊んでたりする(笑)
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――あ、2月5日ライブをされますね。ご夫婦で出演されたりしないんですか? 瀧本 残念ながら私だけです、ゲストで呼ばれての出演ですし。でも、私は二人で何かライブだったり楽しくやれたら最高だなあっていう希望はずっと持ってます(笑) ――ブログに書いてあるライブの告知に、「人前に出るのが最後かもしれない」って書かれてたのが気になって、ブログを読み進めていたら、その前の年も「これが最初で最後の舞台かも……」って書かれていて、アメ横の閉店セールみたいになってましたよ! 瀧本 (爆笑)!! 出ない出ない詐欺ですね!!舞台はもともと立つ機会が全く無かったので、最初で最後かもと(笑)今回のライブも歌を歌いたいなら25周年ですし、折角ですしって誘って下さって実現したものなので次はいつライブやるかわからないよ?って。何が言いたいかというと、今が大事ってこと(笑)次行けたら行きますって人よくいるんですけど、未来のことはわからない。何かを開催するのはとっても大変なんですよって。人前に立つといえば、人前に立たない生活してると一般人な感覚になっていくんですよ、芸能人である自分を忘れていくような。けど、いつも、そういうときに、人前に立つ(出る)お話がくるんですよ。ライブもそうですし、こちらの声優 on FINDER!さんのコメントと撮影もそうで。天が私に「まだ芸能人だよ」と言ってくれているのかもしれない。 ――きっとそうです! ではでは、今後の野望は? 瀧本 最近はめっきり少年役がご無沙汰なので、また主役とか、少年役をやりたいなぁ。けど、そういう時代でもないのかなぁ。あとは、自分で頑張って曲を作って出したいと思ったりはするんですけど、才能がないので、勉強しなきゃな~と思ってるうちに時間が過ぎて、あれから1年、2年……ってなっちゃうんですよねぇ。でも、何かは作りたいなぁって思っています。 ――楽しみにしています! 今日はありがとうございました!! (取材・文=小明/撮影=宍戸留美) ●たきもと・ふじこ アーツビジョン所属 声優25周年を迎え、今年は26年目突入。 少年役を得意とし、様々な主役を演じている、老婆から赤ちゃん、動物なんでも演じる幅広さが特徴。神ゲーと呼ばれる作品の主役も務めるなど、ゲーム、アニメ、洋画、歌手、講師としても活躍している。 『魔法陣グルグル』(ニケ)、『ラブ★コン』(寿聖子郎)、『イナズマイレブン』(浦部リカ、ガゼル)、『グランディア』(ジャスティン) 時のオカリナ(子供リンク)、『クロックタワーゴーストヘッド』(翔)、『夢のチョコレート工場』(チャーリー)、『フリークスアンドギークス』(サム)など、様々な役で活躍。 2月にライブ、そして、4月にもグルグルの衛藤ヒロユキ先生主催DJpartyのスペシャルトークゲストとして参加が決まっている。 Twitter @inkarose77 ブログ http://angelkimagure.blog85.fc2.com/ HP http://angelring.chu.jp/ 仕事情報ブログ http://takimotofujiko.cocolog-nifty.com/blog/ 2016年2月5日(金)のライブ情報 『超AniROSSO~Valentine's Live~』 2016年2月5日(金) 場所:新宿 GYOEN ROSSO 198 OPEN 18:30 / START 19:00 チケット 前売り 3400 当日 3900 (ドリンク代別 1ドリンク600 2ドリンク1000 飲み放題2500) 前売りイープラスにて2016年1月30日まで 以降は、当日券または 本人連絡で取置きになります。 http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002171535P0030001 GYOEN ROSSO 198 新宿区新宿1-19-8 サンモール第7ビルB1F 電話03-5925-8333 「新宿御苑前駅」2番出口より徒歩3分 http://bar-rosso.com/ 出演者: スペシャルゲスト / うちやえゆか スペシャルゲスト / YOFFY(サイキックラバー) 瀧本富士子・ 那須めぐみ ・コウノイチロウ ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。
ルミネッセンス 形態:8曲入り 定価:¥2,500(税込) 品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869 レーベル:sundaliru amazon_associate_logo.jpg
【ライブ情報】 ■『宍戸留美ひとりひとりにサリューvol.4~ショコラ編~』 日程:2/14(日)会場:風知空知 開演:14時 ゲスト:minmin 前売り¥3,500(1D別) ◼︎『宍戸留美ひとりひとりにサリューvol.5〜11/6蠍座B型デビュー25周年編』 日程:2/20(土)会場:風知空知 開演:19時 ゲスト:瀧本富士子 OA:蝦名恵 前売り¥4,500(1D別) 詳細は下記リンクまで。 公式ブログ http://s.ameblo.jp/sundaliru/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。

「OPD時代、恋愛はOKだったけれど……」【中野公美子】吉本新喜劇を彩る“美魔女”の悩みとは……?

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 元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の36回目! 今回は、元大阪パフォーマンスドールで現在は女優、そして“ルミネtheよしもと”の新喜劇に出演中の中野公美子さんが来てくれました! ――今日はお一人ですか? マネジャーさんは? 中野 いないです(笑)。基本、吉本はマネジャーはついてこないです(笑)。 ――そうなんですか! 吉本興業に所属されてどのくらいなんですか? 中野 うーん……21、2年? 最初からずっと吉本なんですよ。 ――えっ!? 私はてっきり大阪パフォーマンスドール(以下OPD)時代はアイドル系の事務所にいたのかと! どうして吉本だったんですか? 中野 まず、OPDのオーディション情報に「歌って踊れるアイドル募集」って書いてあって、私、昔からクラシックバレエをやっていて、歌も好きだったので、「これは一石二鳥!」って応募したんです。キャッチフレーズにも“家から通える芸能界”って書いてあって、「大阪にいても芸能活動ができるなんて、めっちゃいいやん!」って(笑)。それに受かって、気付いたら吉本に入ってたんです。で、よ~~~く見たら、オーディション募集の端っこにちっちゃく『協力:吉本興業』って書いてあって……。 ――詐欺の手口みたい! 中野 私、もともと大阪出身なので、大阪で吉本っていうと、面白い子が「お前吉本行けや~」って言われるノリだから、「うわ! 自分が吉本入っちゃった!」みたいな感じでした(笑)。 ――オーディションに受かってからはレッスン三昧ですか? 中野 毎日レッスンで、歌とダンスとバレエ、演技と器械体操もあって、前転、後転、側転とかやってましたね。
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――新喜劇で、よりうまくコケるためにでしょうか……? 中野 あはは! 一応、OPDのためだとは思います(笑)。身体能力を向上させたかったのかな? その後も、「バク転ができるようになれたらいいね」ってやってたんですけど、結局誰一人できなかった(笑)。 ――レッスンというより修行に近いです! OPDには、1996年の解散までどれくらい在籍されていましたか? 中野 最後までなので3年間かな。解散というか、自然消滅みたいな感じだったんですよ。ファンのみなさんに「解散します!」って言えずに終わったので、すごいモヤモヤしていて……。昔、“よしもと大博覧会”っていう東京ドームでやってるイベントがあって、その中で何曲か歌うっていう、ミニミニライブみたいなものが最後でしたね。その時、私たちは会社から「これで最後」って知らされていたけれども、「公には言わないで」とも言われていたので……。だから、ファンのみなさんに挨拶できずに終わっているのがずっと心残りだったんです。 ――今みたいにTwitterで気軽に交流できない時代ですもんね、無言で放流されたファンたちはどうすればいいんだ……。その後、メンバーとの交流はありましたか? 中野 OPDって当時からみんな仲が良いから、今でも年に何回か集まってます。 ――そうなんですね、年頃の女の子が集まると、自然と仲が悪くなるイメージでした! 中野 (笑)! 関西人っていうのもあると思うんですけど、たまにメンバー同士でちっちゃい問題があったりしても、その場でお互いに言っちゃうから、それで解決(笑)。もう家族同士のお付き合いになってましたね。逆に「仲が良すぎてダメだ」って、マネジャーには言われていました。競争心がまったくないわけじゃないけどね。だから、解散後もずっと集まったりはしていて、6年前かな。みんなで「OPDの復活ライブをやろう!」ってことになって……。
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――おお! そこはやっぱり、歌って踊るんですか? 中野 最初はみんな「もう踊れないでしょ」「トークライブでいいんじゃないの?」って言ってたんだけど、「いや! やっぱり歌と踊りでしょ!! やらなきゃ!!」って(笑)。結果、半年以上の練習期間を……。 ――長!! 中野 振りつけとかも覚えてないから、当時のビデオを……あ、ビデオですよ、DVDじゃなく(笑)! それを見ながら半年間はリハーサルしてました。結婚して地方にいて来られなかったメンバーは手紙やビデオレターをくれたり、来れるOPDメンバーが来てくれたりで、当日はけっこう集まりました。そこでやっとファンのみなさんに挨拶ができました(笑)。 ――復活ライブで「解散します!」ってシュールすぎます! 中野 「復活ライブで解散しますとは言ってないんですけど、あの時はみんなに伝えられなかったけど、今、またみんなに会えて良かった!!」みたいな(笑)。お客さん入るかどうかも不安だったんですけど、当時のファンのみなさんがけっこう来てくださって、ぎゅうぎゅうの客席に懐かしいみなさんの顔があって……私たちもそうですけど、ファンの方も年齢を重ねているから、「あ~年月が経ったんだなぁ」ってしみじみして、涙ながらにMCしましたね。本当にうれしくて! ――良い話すぎてドキュメントで観たいです! 中野さんは、OPDに入る前は何をされていたんですか? 中野 その前は普通に高校に通っていました。ずっとバレエをやっていたので、もし芸能界に入れなかったら、バレエの先生とか、バレエ団に入ろうと思ってたんです。 ――そっちの人生もかっこよすぎ! そもそも、中野さんはアイドル志望だったんでしょうか? 女優のお仕事が多いですよね。 中野 アイドルに憧れていたけれど、お芝居もやりたいと思っていたんです。それをOPDの頃から両方やらせてもらっていたので、すごく恵まれていたなぁと思います。 ――NHKの大河ドラマに2本も出演されているのってすごいです。OPDをやりながら『星の金貨』(1995年/日本テレビ)、『龍馬におまかせ!』(96年/日本テレビ)、それにバラエティ番組多数、となると、かなり忙しかったんじゃないですか? 中野 まず、学生だったので、学校行って、終わったらレッスンに行って、お仕事があるときは学校を休んで……って感じなんですけど、芸能学校とかではない普通の学校なので、単位が厳しくて、大変でした。 ──そうして無事に女優業やOPDの活動ができたわけですが、その頃は吉本の新喜劇に出るとは思ってましたか? 中野 まったく(即答)。まったく思ってなかったです。たまたま、先輩に「ルミネで新しいお芝居みたいなのをやるから、どう?」って言われて、せっかくお誘いいただいたので、よろしくお願いしますって。そうやって出始めて、もう10年くらいですね。 ――新喜劇に出てる綺麗な女優さんってどういう流れて出てるんだろうと思ってたけど、そういう流れがあったんですね! 新喜劇は、普通のお芝居やライブとはまた違う楽しさがありそうですね。 中野 というか、すごくびっくりしたんですけど、普通、舞台って1カ月くらい稽古期間があるんですけど、吉本のって1回とか2回しかないんですよ。だから、めちゃめちゃ緊張します。お笑いなので、お客さんの反応を見ながら変えていくんですよ。だから、一番始めはあんまり作り込まずにやって、そこで生まれたアドリブがウケたら、それが本当の台本になるんです。だから稽古もほとんどなくて、10年やっても初日は緊張します。 ――芸人さんたちのアドリブに答えていかなきゃいけないんですもんね、気が抜けない!! ところで、芸人さんに口説かれたりはしないですか? 中野 うーん、同じ事務所だと、いろんなウワサも耳に入ってきますし……もちろん芸人さんは尊敬してますけど、自分が彼女だったら大変だろうなって思っちゃう(笑)。
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――その芸人のいろんなウワサだけで日刊サイゾーで数コラム書けそうだから教えてほしいです……。あ、ところで、昨年大人AKBのオーディションを受けていたっていうのは本当なんですか!? 中野 (爆笑)!! 受けました、受けました! ――事務所の意向で? 中野 いや、もう自分で「受けたい!」って(笑)。マネジャーに「受けたいんですけど」って言ったら「言わなかったんですけど、ちょうど中野さんにいいと思ってたんです」って! ――ちなみに、なぜ受けようと思ったんですか? 中野 歌って踊るのが今でも好きだから! それにAKBの人たちって、すごい一生懸命でキラキラしてるから、一緒にできたら楽しいだろうなぁと思ったんですよね。最終選考までいけただけで、良かったかな(笑)。 ――最終まで!? すごい!! 昨年はそれだけじゃなく、美魔女としてYahoo!ニュースのトップにもなられてましたね。確かに美肌がまぶしすぎます。日々、気を遣ってることを教えてください! 中野 私、特別なことは本当に何もしていなくて……。 ――綺麗な人はみんなそう言うよね……。 中野 ただ、昔から自然にやっていることが、周りから見たら「手入れしてるね」って言われることはよくあります。例えば、お風呂上がりは体を拭いたら下着とか着る前にまず化粧水を付けたり、その後もちょっと時間をおいてまた付けるのを3回くらい繰り返す、とか。半身浴で汗をかいたり、今だったらジムに通っているので、ヨガをしたり、筋トレしたり。 ――なるほど、やっぱり美は一日にしてならずですね。 中野 あと、うち、犬がいるんですけど、もう毎日可愛いんですよ。だから毎日可愛いね、可愛いねってキュンキュンしてるから、そういうのも影響してるのかな(笑)?
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――犬と言えば、中野さんのYouTubeのチャンネルを見たんですけど……。 中野 ああ、めっちゃ恥ずかしい! ごめんなさい!! ――ずっと犬を愛でながら顔をべろべろ舐められて喜んでる映像ですごかったです! そしてその後、更新がプッツリ途絶えました。 中野 ネタがないんです(笑)。私、用事がない限り外に出ないので、余計にね。 ――家の中ではどんなことをしてるんですか? 中野 家のこととか、勉強したり、DVD観たり、犬と遊ぶくらい……。だから、それじゃいけないと思ってジムに行くんです(笑)。 ――ブログを見ると人と遊んでいる記事も多いので、アクティブな方だと思い込んでいました。 中野 アクティブな所もありますが、今となっては、みんなけっこう結婚しているので、前ほどご飯を食べに行く機会も減りましたね。その子のお家にいって、子どもと遊んだりしてます。 ――中野さんのブログは、犬の次くらいに子どもと戯れてますね! 子どもが欲しくなったりしますか? 犬がいるとそうでもないのかな? 中野 もちろん! 欲しいと思っています!(笑) よく「犬飼ってるから独身なんだよ」って言われるんですけど、いやいやいや! それとこれとは別だし、ちゃんと私は彼氏欲しいと思ってるし、結婚もしたいと思ってます! ――結婚願望ありですか! どんな方がタイプですか? 中野 思いやりがある人ですね、誠実で。 ――タイプにビジュアルや年収を入れない心の清さがまぶしいです。OPD時代は彼氏はいたんですか? 中野 いなかったです(即答)。恋愛はOKって言われてましたけど、女子校だったので出会いもなくって。「彼氏欲しいな」とは思ってましたけど、それよりもOPDの方が大事だったので、そっちに必死でしたね。
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――私も女子校なのでわかります……女子校出身の方が絶対結婚が遅いですよね。ちなみに、自宅でしている勉強って言うのは、どんなものを? 中野 資格を取っていて、アロマテラピーとか耳つぼジュエリーとか、小顔とか……。 ――小顔!? これ以上なにを望むんですか!? 中野 私がやるんじゃなくて、やってあげる方で! 小顔リンパマッサージなんかを勉強しています。やっぱり友達はもう子どもがいて、自分に時間をかけられなくなっているから、そこを私がやってあげられたらいいなぁって。耳つぼジュエリーも良いですよ。ピアスに見えるけど、裏に耳のツボを刺激するチタンが付いていて、それをツボに貼ると効果があって……。 ――なにそれすごい。今すぐ友達になってください。このままいくと、自宅でサロンが開けそうですね。 中野 そうなんですよ、そうなれたらいいなって(笑)。 ――そういうのをYouTubeのチャンネルにあげていきましょうよ! 中野 あっそうか(笑)! そういうのを発信できたらいいし、みんなで綺麗になれたらいいな。 ――今日の取材、なんかサイゾーっぽくない! ゲスい臭いがしなさすぎて困惑します! 他にやってみたい仕事はありますか? 化粧品のモデルもされていますし、スタイルも素晴らしいし、モデルとかは? 中野 やりたいです! やっぱり、自分が美容に興味があるので、美容に関するモデルもできたらいいな。新たなことには、年齢関係なくチャレンジしたいと思います。 ――がんばってください!! そんな中野さんに、悩みはあるんですか? 中野 彼氏がいない、とか……(笑)。 ――てっとり早く、ご自身の元ファンとかだと嫌ですか? 中野 全然そんな事ないですよ! あはは! ――当時じゃなければもう時効ですよね。ちなみに、今、中野さんに会いたいっていう人は、どこに行けば会えるんですか? 中野 ルミネtheよしもとで(笑)。 ――元ファンのみなさん、チャンスですよ! 今日はどうもありがとうございました!! (取材・文=小明/撮影=宍戸留美)
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●なかの・くみこ 1993年~1996年 大阪パフォーマンスドールのメンバーとして活躍(シングル8枚 アルバム3枚) 『星の金貨』『竜馬におまかせ!』大河ドラマ『武蔵』『功名が辻』『仮面ライダーW』『碧の海』などに出演。 舞台「吉本新喜劇」(木村祐一班、陣内智則班など)にレギュラー出演中。 お芝居だけでなく、司会やナレーションなど幅広く活動している。 中野公美子ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/kumiko_nakano_blog Twitter @nakanokumiko instaglam kumikorion youtube https://www.youtube.com/user/nakanokumiko ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。 子供達に絶大な人気を誇るNHKアニメ『はなかっぱ』ももかっぱ役で声優を務める。 デビュー25周年! 『デビュー25周年記念プロジェクト始動中!! 』 https://motion-gallery.net/projects/runrun25 最新インタビュー掲載中 http://otapol.jp/2015/08/post-3687.html テレビアニメ 『はなかっぱ』ももかっぱ役『VENUS PROJECT-CLIMAX-』黒城星役 webドラマ『鬼の人美に涙』配信中! https://www.youtube.com/watch?v=_6geVevMNG8
ルミネッセンス 形態:8曲入り 定価:¥2,500(税込) 品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869 レーベル:sundaliru amazon_associate_logo.jpg
公式ブログ http://s.ameblo.jp/sundaliru/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。

「殺人とかも起こっちゃって……」【優月心菜】壮絶すぎる地下アイドル現場を見た!!

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 元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の35回目! 今回は元コスプレイヤーでメイド喫茶研究家、グラビアアイドルで声優、女優にモデル、さらに脚本家に怪談師……とあまりにマルチに活動しすぎている優月心菜さんが来てくれました! ――ご無沙汰しています! 2014年の夏にニコファーレの『ドキッ 女だらけの怪談大会』でお会いしましたね~。あの時はまだグラビアアイドルだったような? 優月 グラビアは辞めたんですよ、今はもっと声の仕事をやりたくて頑張ってるところです! ――なぜグラビアは辞めちゃったの? 優月 ぜんぜん売れなくて(サラッと)。2枚目のDVDが発売日当日にお店に置かれてなかったり、発売イベント会場の場所も3~4日前になって伝えられて、告知もできないから人もぜんぜん来ないという微妙な感じで終わってしまって……。しかも2枚目だったらまだそんなに脱がなくていいはずなのに、けっこう脱がされちゃって「あ、もう絶対向いてない」と思って……。 ――辛かったね(涙)! 年齢設定が「永遠の15歳っ」ていうのも、もう辞めたんですか? 優月 辞めました。「イタイな」と思って(照)。それに、グラビアのオーディションに行くと、けっこうオラオラ系の人がいるじゃないですか。ああいう人たちに「何ソレ」「そういうのいらないから」とか、めっちゃキレられて、怖いから……。 ――グラドルはなぜか元ヤンが多いんだよね! こっちは呪われた青春を取り戻すべく「今に見ていろでございますよ~」って気持ちでやってるから、そっと側とは決して相容れないよね。 優月 そうなんですよ!! 最近気付きました、最初は認めてもらおうと思って頑張ってたんですけど、無理なんですよ! ――同じ立場にいるはずなのに「認めてもらおう」と下からいってしまう、オタクの悲しい性ですね! 優月さんは元からオタク気質だったんですか? 優月 産まれたときからオタクです。お父さんがセガのテストプレイヤーみたいな仕事をしていて、物心ついたときから家にセガサターンのゲームが全部あったんです! あとアニマックスも入ってたので、古いアニメを一日ずっと見放題! ――恵まれた環境で培われたエリート感! 一番影響を受けたアニメはなんですか? 優月 いっぱいあるんですけど、アイドルになるのに一番影響を受けたのは、田中陽子さんの『アイドル天使 ようこそようこ』です。ようこが渋谷のストリートでゲリラで歌を歌うシーンを見て「うわぁ~カッコイイ! 私もやりたい」と思って! ――まさかのよっきゅん! 優月 田中陽子さんとか、宍戸留美さんとか、中嶋みちよさんとか、CoCoさんで育ってるんで…… ――えっと、年齢は詐称してないんだよね? 優月 その疑惑はよく出ます(笑)。あと影響されたのは、宍戸留美さんのバトン! 『コズミック・ランデブー』(1990)を見てすぐにバトンを買いに行って、バトン部にも入りましたよ、運動神経悪いのに(笑)。バトンは小4から小6までやっていて、発表会も最初は我慢してよくわからない流行の曲でやってたんですけど、6年の最後には「一回だけ『コズミック・ランデブー』でやらせてください!! もう卒業なんで! わからないと思うけど覚えてください!! お願いします!!」って、ちゃんとフォーメーションも考えて、みんなにもやらせました! むりやり押しつけて(笑)!
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――ワー、キテる! その感じで生活すると、小、中、高校と、友達はできるんですか? 優月 できないです(きっぱり)。友達は外で、コスプレ会場とかでつくってました。 ――そこで引きこもらずに外で出て行く姿勢が素晴らしいです。 優月 1年引きこもりもやったんですけど、「コレつまんないな」と思って。その間はゲームつくったりしてたんですけども。 ――クリエイティブな引きこもりだね。めずらしいね。それでも、友達をつくろうという気持ちはあったんだね。 優月 コミケに行ったら、みんな楽しそうに友達とサークルをやっていて、「いいなぁ、やっぱ友達つくろう」と思ったんです。その翌年から、同人誌を描きながらコスプレもガンガンやるようになりました。 ――優月さんはコスプレイヤーでもありますもんね! コスプレデビューはいつだったんですか? 優月 小6でした。 ――ヒョーーー! 早いです! 優月 でも、ちゃんとメイクして、カツラとかもかぶってやるようになったのは14歳とかですよ。 ――それだって早いですよ! 悪い人に狙われたりしなかったですか? 優月 コミュ症で、男の人も寄ってこなかったんですよ……。芋臭いというか、オタクすぎるからかな。 ――そういう子が大好物な男性は多いと思いますよ。 優月 みんなでファミレスとかに行っても、よくわらかないプログラミングの話とかをずっとひとりでしてしまうので……。それか、怪談話とか……。 ――いろいろと度を超えていたのでしょうか。若くて可愛くても話の内容がプログラムと霊……モテない! 優月 モテない! ――そこから、どうやってこのお仕事にたどり着いたんですか? 優月 もともと、声優さんやアイドルさんが憧れだったんですけど、どうやってなるのかがわからなくて……。事務所に入ると、レッスン料とか撮影料がめちゃめちゃ高いイメージがあって、「どうしよう、貧乏だからそんなの無理だ……」と思ってて……。 ――そういうので儲けてる事務所も、実際いっぱいありますもんね。 優月 だから、似たような活動をもっと安くできないかなって思っていたときに、コスプレイヤーのお友達が「心菜ちゃんも一緒にやろうよ」って、アイドル撮影会に誘ってくれたんです。それに出たら、たまたまそこの撮影会のオーナーさんが水野葵ちゃんっていうアイドルさんのマネジャーをやっていた方で、その方にいろいろ教えていただいて、メイド喫茶のメイドをやりながらライブに出るようになって……。 ――ちょっと待ってね。学校に行きながらコスプレイヤーをやって同人誌を描いて、メイドもやってたの? どのくらい? 優月 メイド喫茶は6年くらいですね。
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――長!! 優月 学校が楽しくなかったので、外で発散しようと思って……。その時はまだメイド喫茶のはしりの時代なので、すごく面白かったですよ。昔はメイドのアルバイトって300人に1人しか受からなかったんです。だからちょっとしたアイドルみたいで、送り迎えもタクシーを使わせてもらえたりして。 ――芸者並! 優月 だからみんな厳しかったですね。「可愛い服が着たいとか、そういう生半可な気持ちじゃなくて、本気でメイドが好きじゃないとメイドはできないの」みたいな、意識高い系のメイドでした。今は「可愛い服を着てお給料稼いじゃお☆」みたいな求人が出てることが多いんですけど、昔は「本当にメイドがしたい人以外は応募しないでください。コスプレお断り」みたいな感じでしたもん。研修の時はお給料ナシでしたし、お辞儀の角度まで決まってました。 ――き、厳しい……! 6年もいたら、そうとう古株になりませんか? 優月 そうですね。でもやっぱり、そこでも浮いていたので……。私すぐに浮くんですよ。メイドでもずっと浮いてましたね。 ――6年も浮きながら居続けた根性がすごいです。 優月 いつか浮かない自分になりたいと思って……。 ――生活はバイトでなんとなかなるとしても、精神的にはご家庭でのフォローがないと厳しそうですね。ご両親とは仲良くやられていますか? 優月 いや、もう絶縁していて……何やってるのかも知らないと思います。ギャンブラーだったんで。 ――お、おお……。じゃあ、えーと、彼氏とか……? 優月 彼氏どころか、家が貧乏すぎて、高校1年の時に学費が払えなくなって退学したんですよ。それ以降ずっと引きこもって、また一から受け直して2年通ったんです。けど、またやっぱり学費が払えなくなって定時制に転校することになって、高校卒業するのに5年かかったんですよ。 ――さっきからすごい話が出すぎィ! それで、学校でもやっぱり浮いていたんでしょうか? 優月 もちろん! というか、学校生活は、ほとんどずっとイジメられていて、定時制に行ってやっとイジメされなくなったくらいですね。定時制は『ごくせん』(日本テレビ系)みたいなヤンキーしかいなかったので、私みたいなのは珍しがられて、逆に大切にしてもらえたんですよ。けど、あとはずっとイジメられてましたね(笑)。もうどこでもイジメられてました、メイド喫茶でもバイト先でも、学校でも(笑)。 ――笑ってるけどけっこう壮絶な話だからね、それ! 自殺してもおかしくないやつだよ! 優月 何回も死にたくなりましたよ! その上、私をイジメてた子のひとりが、今、すごい有名な声優さんになっちゃって……本当にひどくて、カバンの中身とかを全部出して裏に捨ててあったりとか、靴をぐしゃぐしゃにされたり……! それでも死ななかったのは、「見返そう」という気持ちと、家に帰ってアニメを50本とかバーーーッと見続けると元気になれるから、それに生かされましたね。私、ストレスが溜まると、2日でアニメを全て見切るっていうのを習慣としてやっているんです。寝ないでずっと水だけ飲んで『美少女戦士セーラームーンR』を2日で見切った時には、さすがに「気持ち悪い」と思いましたけども(笑)。 ――シャブいらず……! でも、それじゃ、暇な時間がないでしょ? 優月 暇だと「頑張ってない」って気がしてきちゃうんですよ。『おジャ魔女ドレミ』も、4年間流れてたものを1カ月で見終えましたよ。 ――生き急いでいる……! ひとり暮らしでその生活って、いろいろ大丈夫?  優月 今、シェアハウスなんですよ。 ――シェ、シェアハウス!? なぜわざわざまた浮きそうな所に!? 優月 いや、住人がみんなコミュ症だから、人の気配がすると誰も廊下に出てこなくって、私が部屋にひっこんだのを確認すると人が出てくるんですよ。だから誰にも会ったことなくて(笑)。すごい快適です! ――ライトを照らすと逃げる虫みたいだね! ちなみに、普通に就職しようと思ったことは? 優月 一度、探偵をやってたんですけど……。 ――ん? 何を言っているのかな? 優月 データ入力のバイトに募集したら「実はデータ入力は表向きで、ホントは探偵なんだけど大丈夫?」って言われて、犬を探したりしましたよ。あとは、浮気調査のデータを大量に渡されて、クリスマスにはホテルでずっと張り込みしたりしてました。あとのバイトは普通ですね。ラブホテルの清掃とか……。そこもすごかったですよ。動物園みたいな臭いがすると思ったら部屋中にうん○が塗ってあったり……。 ――そっか。優月さんの普通の定義、たぶんちょっとズレてるよ。まず何が起きて、そのバイトをしようと思ったのよ……。 優月 当時は定時制に通ってるから、深夜にできるバイトがそこしかなくて……。探偵は、あまりに芸能のお仕事がないから「普通に就職するのも良いかもしれない」と思ってやってました。
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――しかもデビュー後の話かよ……。アイドルがクリスマスにホテルで張り込む側なんて……(泣)! というか、話がそれてしまいましたが、デビューのきっかけを教えてください! 優月 ある日オーディション情報を見ていたら、レッスン料が安い声優オーディションを見つけて、それを受けて……。 ――ずっと金額を気にしまくってるのが切実ですね。ちなみに、事務所の方は、優月さんが受けに来たときはどういうリアクションでしたか? 優月 「目に輝きがない」って言われました。ずっと家に籠もって、プログラムばっかりやってたので……。 ――すみません、プログラムというのがよくわからないんですが、具体的には何をやってたんですか? 優月 C言語っていうのができて、ゲームを作れるんですよ。10代の時から3っつ作ってて、「ウィンドウズマガジン」とか「週刊アスキー」に載せてもらったり。 ――すごい多才さ! プログラムはいつ覚えたんですか? 優月 お父さんが昔から秋葉原に通っていて、パソコンが大好きだったんですよ。3歳くらいから、お下がりのマッキントッシュを使っていたので、初めて絵を描いたのも、クレヨンとかクーピーよりも先に『一太郎』の『花子』ってソフトでした。 ――恐ろしいエリート教育……! 恐ろしいといえば、優月さんは怪談話も得意ですよね。もともと霊感があるんですか? 優月 そうなんですよ。子どもの頃にいわく付き物件に住んじゃって、寝てるときにずっとダダダダダーッて足音が聞こえるので、家族に「なんか音がする!」って言ったんですけど、みんな「聞こえない」って……。でも、その家を引っ越した後に「ごめん、怖がると思って言わなかったんだけど、ほんとは全員聞こえてた」って。霊感も、その家に住んでるうちにつきました。他にも……(以下怪談話)。 ――何それ全部こわい! 夏場はそれで営業まわりましょう! それにしても、怪談、コスプレ、夏コミ、冬コミ、ゲーム、メイドで、ぶっちゃけ、本業の声優で食っていかれずとも、なんらかで食っていけそうな気もしますね。 優月 それも一応視野には入れて……あっ、もちろん声優にはなりたいんですけど! 食っていかなきゃいけないから! 普通のバイトをしてると、お仕事できないじゃないですか? だから、ちょっとずついろんな商売をやって、自分で生計を立てながら声優を目指すっていうのを、今やっています。 ――しっかりしているなぁ! オタク的な活動をされた上で、地上波にも出演されているのもすごいですよね。先日も『お願い!ランキング』(テレビ朝日系)で、地下アイドルと王様気分のファンに対してキレッキレにキレていたとか。それはどういう流れで出演が決まったんですか? 優月 「キレて怒りをぶつけよう!」みたい企画だったので、「コレは何かできるかもしれない」と思って自分で送ったんです。地下アイドルをやっていたときに、すごいひどい状況をいっぱい見てきたので、もうそろそろ言ってもいいだろうと思って。 ――自薦!? ちなみにどんなことに対してキレたんですか? 優月 地下アイドルの人たちって、お客さんと外で会ったりしてファンをゲットしてるんですよ。っていうか売れない地下アイドルはほとんどがソレなんです! ライブ後に帰り道を歩いてCoCo壱番屋を覗いたら、さっき会場にいたお客さんとアイドルがごはん食べてるんですよ。あと、アイドルの子の家に遊びに行ったら、昨日その子のファンが着ていた服がハンガーにかけてあって……「あ、泊めた」とか言って! どうなっているのかと! ――何ソレ!! 夢があるのかないのか、もうわからない!! 今、現場はそんな戦場みたいになっちゃってるの!?!? 優月 そうなんですよ、もう殺人とかも起こっちゃって。
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――殺人!!?? 優月 5人のアイドルを推してくれるファンの人がいて、その5人の中に私も入っていたのですが、その方が中毒みたいになってしまって、物販のためにお金をおろしまくって、もうお金がなくなっちゃったみたいなんですね。それで、誰かにお金を借りようとしたけど、なかなか貸してもらえなくて、鈍器で殴って殺しちゃったんです。それからしばらく逃げていたので、殺してから何回も私のライブに通ってたんですよ。羽振りがよくなったから「おかしいな」とは思ってたんですけど、そんなことになってるとは思わないから……。その人の家から私と撮ったチェキが家からいっぱい出てきたから、どの現場に行っても警察が来て「何をプレゼントされたか」「この時はチェキを撮ったのか」って事情聴取されました。 ――何ソレ!! さっきからすごいことをサラサラ言うね!!! そ、それで、その人はどうなったの? 優月 結局ライブ会場を出たところで御用になったので、今はたぶん獄中ですかね。そのライブ会場もつぶれてしまったなぁ(しみじみ)。 ――いつか慰問ライブに行きたいね……。はぁ、それにしても、そんな怖い思いをしているのに「もう辞めたい」とは思わないんですか? 優月 もう何回も「辞めたい!」と思いました……! でもやっぱり、今までずっといろんな人に馬鹿にされてきていて、それが悔しくて、辞めたくなると馬鹿にされたエピソードを思い出して「頑張ろう!」と思うんです。 ――ちなみにどんな感じで馬鹿にされるんですか? 優月 もう、たくさんありすぎて! DVDが流通に並んでないのだってそうですし、大手のオーディションに行くと私だけ名前も聞いてもらなくって「アキバ系なんだね、君はもうお話にならないね。もういいから(失笑)」って扱いだったり、グラビアやってても雑誌にも載ってないので、売れてるグラビアアイドルに「正直微妙(笑)」って言われたり、それはもう……! ――その道なら私も通ったことがあるよ! 売れないアイドルって人権がないんだよね(涙)。やっぱり今まで馬鹿にしてきた奴らを見返すには、出世しかないのかな。 優月 出世ですね。それは常に思っています。 ――お仕事をしていたらうれしいこともありますしね、良い思い出をたくさん作っていきましょう! ちなみに、一番うれしかったお仕事は? 優月 『めぐる季節の中で──春冬編──』『めぐる季節の中で──夏秋編──』ですね、これは感動しました! ――優月さんは出演と歌と……原作もやってるんですか! 同人作家時代の経験が活きまくりですね! 中学生の淡い思い出を切なく描いた作品とのことですが、優月さんの中学生時代って……? 優月 私にとって中学ってすごく特別なものだったんですよ。友達もいないし、イジメられてて、クラスでも浮いてたんですけど、学園もののアニメが大好きだったこともあって、学校っていう場所に、あの校舎に出入りできてたってことがもう幸せで……! ――幸せのハードルが低め! 優月 だから、このCDにも肝試しに行く話があるんですけど、コレは実話なんです。ただ実際はこんなに仲良くはなかったんですけどもね! リア充が「肝試し行くから怪談詳しい人も来て」って言われて、「なんか出たらお祓いしてもらおうぜ」って……そういう枠でいつも呼んでいただいてました! ――滲み出る下っ端感に親近感が湧きまくりです。キャスティングされてる声優さんも豪華ですよね。岩男潤子さん、國府田マリ子さん、宍戸留美さん、椎名へきるさん! 優月 本当にダメもとだったんですよ。絶対に断られると思ったのに、みなさま快く引き受けてくださって……。 ――憧れの声優さんたちが演じるのを見るのはどうでしたか? 優月 もう感動して、鳥肌が立って、泣きそうになりました。もう涙をこらえながらの収録で。 ――自分が作ったものに自分も出て、憧れの人たちと共演って、究極の自作自演ですね。 優月 本当に! 作ったときは「ハァァ、もうこれで死んでもいいや、幸せ~~~」と思っちゃったけど、収録でみなさまを生で見ていたら「ハッ、まだダメだ、やっぱりちゃんとアニメに出たい」って思って踏みとどまりました。 ――良かった! でも、これで制作側にもまわれているわけですし、これからもバンバン脚本を書いて、今まで馬鹿にしたり、イジメてきた女がオーディションを来たときに、審査員席からすっごい嫌らしい微笑みで迎えてあげたいですね。 優月 やりたいですねぇ(満面の笑み)! でも、コレ(『めぐる季節の中で』)の時にそれに似たことはできて……。
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――詳しくぅ! 優月 前に某ゲーム番組の仕事をしていたときに、3人女の子が出演する中で、なぜか私だけ下ろされたんですよ。「降板です」とも言われないまま、急に番組に呼ばれなくなって、なんに説明もないから番組のファンにもすごく叩かれて、辛かった……。 ――ちなみに番組を干された理由はなんだったんでしょうね? 優月 (自主規制)……。 ――あ~……それ優月さん悪くないやつだよ! お疲れ様でした! 優月 それで、私の後に入ってきた女の子が声優をやっていたこともあって、番組ファンの人にめちゃめちゃ比べられてたんですよ。「心菜はグラビアなんかやってAVか。かたや○○ちゃんは声優で売れてて天と地の差だな」って。だから「絶対一緒に仕事しよう」と思って、今回は無理矢理キャスティングしましたね(ニヤリ)。 ――ヒュ~! カッコイイ~!! その調子です!! 優月 私の事務所は声優の事務所じゃないので、オーディションも全然まわってこないんですよ。だから、「自分の出る場がないから作れ!」と思って、今後はこういうドラマCDもどんどん企画したいです。今、漫画の原作も書いてるんですけど……(優月心菜原作『アイドルになりたいっ!』) ――これ、リアルで超面白いです! 優月 いつかアニメ化も狙って(笑)。今って、みんな養成所に行ってから事務所に入って、それで声優になるじゃないですか? でも、私はお金がなくて養成所に行けなかった。だから、違うルートからでも、養成所を出た子たちと同じように声優として活動できるって証明したいんです。負けず嫌いなので(笑)。 ――なんて偉いの……(涙)! 物騒な話でアレですが、身を崩してまで貢いで応援したくなる気持ちもわかる気がしてきたよ……! 今日はどうもありがとうございました、全力で応援します!! (取材・文=小明/写真=宍戸留美) ●ゆづき・ここな アバンジエンターテインメント所属 ◆誕生日◆11月9日 ◆主なこれまでの参加作品◆ 【テレビ】テレビ朝日『お願いランキング』内「まあまあマイク」 【声優】『めぐる季節のなかで』/長谷川ももか役 【漫画】comicoにて連載中「アイドルになりたいっ!」原作:優月心菜 漫画:本条みずき ◆趣味◆読書・怪談・美少女ゲーム ◆好きなもの◆90年代アニメ・歌うこと・泣けるもの blog: http://ameblo.jp/kibiruu/ twitter: https://twitter.com/kibiruu アバンジ公式サイト: http://a-vanzi.com/ 【告知】 11/8の夜に優月心菜バースデーイベントをとらのあな秋葉原C店イベントフロアにて開催予定! 詳細はブログ・ツイッターなどをご覧ください。 ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。 子供達に絶大な人気を誇るNHKアニメ『はなかっぱ』ももかっぱ役で声優を務める。 デビュー25周年! 『デビュー25周年記念プロジェクト始動中!! 』 https://motion-gallery.net/projects/runrun25 最新インタビュー掲載中 http://otapol.jp/2015/08/post-3687.html テレビアニメ 『はなかっぱ』ももかっぱ役『VENUS PROJECT-CLIMAX-』黒城星役 webドラマ『鬼の人美に涙』配信中! https://www.youtube.com/watch?v=_6geVevMNG8
ルミネッセンス 形態:8曲入り 定価:¥2,500(税込) 品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869 レーベル:sundaliru amazon_associate_logo.jpg
公式ブログ http://s.ameblo.jp/sundaliru/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。

「いつまでも、夢を与える存在でありたい」【森下純菜】デビュー21周年を迎えた“ザ・アイドル”の素顔

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 元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の36回目! 今回は、25枚目のシングル発売を控えた、今年でデビュー21周年というライブアイドル界のレジェンド、森下純菜さんが来てくれました! ――ご無沙汰しています! あの、私、昔ライブでご一緒させていただいたことがあるんですが……。 森下 ご無沙汰してます、バッチリ覚えてます(笑)。 ――ひー恥ずかしい! 私はそれが初めてのライブで、もうボロボロのひどい有り様で、マネージャーに「あの人を見て勉強して」って言われたのが森下さんのライブでした。それから10年以上経過して、森下さんは今年で芸能生活21年目ということで……人生の半分以上も歌を歌って生きているなんてすごすぎです! 森下 数字にすると「おお~」と思いますけど、本当に気付いたら……という感じで(笑)。ファンの方も、20歳で出会った方がもう40歳ですし、みんなで一緒に年を重ねています。 ――もう親戚感覚ですね。ファンが増え続けているというのも素晴らしい! 森下 昔からの方はずっとですし、新規の方もちょっとずつ。あと、昔応援してくれていたけれど、お仕事の都合だったり、家族ができたりで一度は離れていた方が、「まだ歌ってたんですね」って帰ってきれくれたりするんです。そういうときはとてもうれしく思いますね。 ――ずっと続けていると、そういう出会いと別れを繰り返しますよね。ファンからすると、いつも歌っていてくれるからうれしいことでしょう。 森下 そう思ってもらえれば。ふふふ。 ――森下さんのライブはとにかく可愛いですよね! 90年代のサンミュージック系アイドルの王道スタイルというか。このスタイルを確立したのはいつなんですか? 森下 確立したのは……ずっと? デビュー前からやっていたと思います。 ――えっ、デビュー前から!? 森下 CDデビューしたのは1996年ですけれど、活動を始めたのは94年くらいなので……。デビューまでは事務所の主催ライブとか、ジョイントライブとか、そういうものに出ていました。 ――はじめから、あの完成度ですか!? 森下 そんなに完成はしてないっていうか、今でもまだまだですよ(笑)。ずっとアイドルが好きで、1人で振りつけを真似していたので、それが染みついているのかも? ――なるほど~。やっぱり小さい頃から「アイドルになろう」って決めてたんですか? 森下 アイドルが大好きで、音楽を聴いたりアイドル雑誌を見たりはしていたんですけど、自分がなろうって思ったのは、高校2年生とか……遅いんですよ。ただ本当に憧れているだけでした。 ――その、憧れを現実にしようとしたきっかけは? 森下 きっかけは、CoCoさんのコンサートかな。ステージを見て、「私もあっち側で、可愛い衣装を着て、名前を呼んでもらえるようになりたい」と思いまして、まず、名古屋の芸能の養成所に入りました。 ――なぜ養成所に? アイドルオーディションとかでなく? 森下 当時は私もよくわかってなかったんですけど、ビッグアップルさんと、ヒラタオフィスさんの系列の養成所だったので、ゆくゆくはビッグアップル所属の高橋由美子さんみたいになれるかな、なんて期待したんですけど、どうやら違ったらしく(笑)。歌と殺陣を習いながら、先輩方が「自分でチャンスを掴んでいかなければいけないんだよ」「ここにずっといてもしょうがないんだよ」って教えてくれて、事務所に入ることにしたんです。それが、当時、水野あおいさんが所属していたアルテミスプロモーションでした。
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――ライブアイドルの草分けですね! それはオーディションで? 森下 オーディションというか、その時、アルテミスもタレントがあおいさんしかしなかったので、「もしかしたら次に売り出してもらえるかも」と思って、アイドル雑誌に載っていたファンレターの送り先に、履歴書を送りました。それで連絡をいただいて、ちょうどクリスマスの時期に、社長が名古屋まで会いに来てくれて、姉と一緒に会ったんです。 ――社長がわざわざ!? でも、それ、物語だったらお姉さんがスカウトされるやつですね! 森下 あはは! 姉は一生懸命「まだ何にも染まってない妹なので、そちらの事務所でデビューに向けて育てていただけませんか?」って売り込みをしてくれました(笑)。 ――マネジャーみたいなお姉さんですね、貸してほしいです……! それで、すぐ所属に? 森下 所属になったかどうかはわからなかったんですが、社長に会ったのが年末で、その後すぐ「年始にアイドルライブが川崎のクラブチッタであるから出ないか」って言われて……びっくりしましたね。 ――会ってから初ライブまで一週間後くらいじゃないですか! そんな風に言われて、すぐに歌えるものでもないですよね? 普通は事務所でレッスンを積んでから……。 森下 それが、私、瀬能あづささんがCoCoを抜けたときに、いつでも入れるように振り付けを練習していたので(笑)……そのライブではCoCoさんと、三浦理恵子さんの曲を歌わせていただきました。完成度はよくわからないんですけど、自分なりには、はい(照)。 ――瀬能さんも、ちょうどいいタイミングで抜けてくれたものですね……! 形は違えど、森下さんも可愛い衣装で名前をコールされる側になられたわけですが、ご苦労も多いことと思います。可愛い衣装なんて、本当に高いですもんね。こういうステージ衣装はどこで買っているんですか? 森下 ステージ衣装は、スタイリストの方に作ってもらっています。 ――作るの!? それは、かなりお高いんじゃないでしょうか? おいくらするんですか? 森下 ……? ちょっと、わからないです。聞いたことがないので……いくらなんだろう? 事務所代表 うちはそういうのは教えてないので、彼女はひとつも知らないと思う。 ――なにそれ、昔のアイドルみたい……! えっと、衣装の他にも、ファンの求める“ザ・アイドル”な自分をキープするのは大変じゃないですか? 森下 うーん……? それも、あんまり考えたことがないですね。一番自分の好きなアイドル像が、このスタイルなので、これからも続けて行きたいと思っています。 ――ファンの理想と自分の理想がマッチしているという奇跡のアイドルがここに……!! でも、ライブや物販なんかでファンの方との距離が近いぶん、危ない目にあったりしませんか? 森下 そういうのは、一度もないです。
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――そんなまさか! 私には定期的に殺害予告みたいな手紙が届きますのに? 事務所代表 本人が良い人だから、ファンもミラーリングされて、良い人ばかり集まるんですよ。 ――そうですか……んっ? それはどういう意味かな? 森下 あっえっと、皆さん良い人ばっかりです! ――ちなみに、アイドルには男の影があっちゃいけないとか、そういうのも実践されてますか? 森下 そうですね、いつまでも夢を与える存在でありたいので……。 ――つ、爪の垢をください!! 歌手活動の他に、写真集を5冊も出されてますよね、私『金魚』(00年/ぶんか社)大好きです! 露出度は高いのにぜんぜん下品じゃない、独特な作品ですよね。グラビア活動はどうでしたか? 森下 ありがとう、うれしいです(照)。事務所に入ったときは、まさか自分がそういう仕事をするとは思いもしなかったんですけど、不思議と嫌ではなくて、やっていくうちに楽しくなって、「意外とこういうのも向いてるのかな」って思いました。“魅せる”っていうことが楽しかったです。 ――5冊出せる人なんて、いまAKB48にもいないですよ! でも、露出度が多い仕事に不安はなかったですか? 森下 露出度に関しては不安もありました。露出の多いグラビアをやり始めてから離れて行ったファンもいましたし……。やっぱり、清純なイメージで好きでいてくれた方にとっては、違うものになってしまったんでしょうね。 ――「かわいいお洋服を着て歌ってる純菜ちゃんが見たいのに!」ってことなんですかね。気持ちはわかりますけど、難しいですよね。 森下 グラビアで、グラビア方面のファンの方も増えましたし……難しいですよねぇ。 ――いろいろと難しい中で、引退を考えたことは? 森下 一度、水野あおいさんが引退されたときに、「私もアイドルとしてこのままでいいのかなぁ」とか、「普通の生活もいいのかなぁ」って、引退とはいかないまでも、将来のことを考えました。このまま続けて、女優になるわけでもないし……。その時に、現在所属している事務所の代表の大山さんの紹介で、台湾に渡ったんです。台湾でお仕事をして、台湾の大学にも通って……。 ――私、後輩です。台湾で同じ大学ですよ。私はぜんぜん仕事なかったですけどね! 森下 偶然ですね、私も(笑)。
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――ちなみに、森下さんはどういう流れで台湾に? 森下 今の事務所の代表が『ウリナリ!』のプロデューサーさんと仲が良くて、紹介していただいて、3人で台湾に見学に行って……。はじめは「日本から通いながらお仕事できるのかな」って甘い考えでいたんですけど、「言葉を覚えるために向こうで暮らす」っていう条件があって……。悩んだんですけど、もともとアジアで活動したいと思っていましたし、ビビアン・スーさんも好きだし、行ってみようって。 ――『ウリナリ!』なんてビデオに撮って爪も折ってました……すばらしい人脈です! 森下 ありがたいことに……(しみじみ)。でも、最初に3人で行ったときは、美味しい物もたくさん食べて、「わぁ楽しい~」って感じだったんですけど、1人になると途端にホームシックになってしまって。いろんなことにネガティブになってしまって、一つ一つ楽しむことができなくて。それで、やっとお友達ができて、楽しくなってきた頃に活動の期限が終わるっていう(笑)。 ――台湾で生活していたのはどれくらいだったんですか? 森下 半年くらいです。お仕事は、台湾の芸能情報を伝えるパーソナリティのアシスタントをしていました。 ――中国語で!? 森下 日本語で(笑)。はじめはホームシックで不安ばっかりでしたけど、大学では、誰も私のことを知らない状態から、普通に同級生と仲良くなってお友達になれたりして……そういう普通の生活を久しぶりに送れたのがすごく楽しかったです。だから、帰るときは「これからもっといろいろなことができるんじゃないかな」って残念に思ったくらい。 ――本当にこれからなのに、ちょっともったいないですよね。 森下 台湾の景気が下り坂の時期で、当時所属していた事務所の経営もあまりよろしくなかったみたいで……。 ――おお、せちがらい。帰国してからの活動はどんな感じだったんでしょう? 「留学する」って言うと、引退扱いされちゃいませんか? 森下 一応「留学します」っていう最後のライブをしてから行ったので、みんな待っててくれて。でも、留学中は、まだツイッターとかブログもなかった時代だし、しかも留学中に当時の事務所も傾いてしまっていて。 ――ファンは昔の遠距離恋愛みたいな状態に置かれてたんですね……え! 事務所が!? どうしよう!! 森下 なので、帰ってきたときに、今の代表に新しい事務所を紹介してもらったんですけど、それがタレント事務所だったんです。その期間は名前もちょっと変えて、ライブ活動もしないで、タレントをやっていたんですよ。でも、タレント活動って大変ですね(苦笑)。テレビでは自分の力不足が大きく出てしまって、言葉で伝えるっていうのは大変なんだなぁって思いました。そうやっていくうちに、やっぱり私はテレビタレントでもなく、台湾にいたときのような普通の生活でもなく、“アイドル歌手”がやりたいんだって気付きました。いろんな寄り道をさせてもらった結果、本当にやりたいものに気付いたんです。やっぱり、これが大好きだから……。
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――天性のアイドル歌手だ~!! では、このお仕事を続けていて良かったことはなんですか? 森下 デビューする前に『夢がMORIMORI』(フジテレビ系)っていう番組のスーパーキックベース(出演者がキックベースで対戦するコーナーで、レギュラーメンバーの名字にはみんな“森”がついている)のオーディションを受けて、私は落ちてしまったんです。けど、森口博子さんが、私に「これが終わりじゃないから。これから頑張ればいいんだよ」って言葉をかけてくださって……。その後に無事デビューして、2007年に森口さんと同じステージで共演させていただく機会があったんです。その時、楽屋に挨拶に行かせていただいて、「森口さんの言葉をいただいて、私は今も頑張ってます」って言ったら、森口さん、私のことを覚えていてくださって……! その時に一番「続けていて良かった」と思いましたね。 ――森下さんも私のこと覚えててくれましたもんね、私も続けてて良かった! 森口さんのステージはどうでしたか? 森下 涙が止まらないほど感動しました。やっぱり“本物”っていうか、貫禄が違いますし、いろんな思い出が駆け巡っていきました。 ――辛いできごとも駆け巡りましたか? 森下 んー……私、本当に「辛い」って思ったことがなくって……。好きなことばかりやってきたから。今も、家族とか、今の事務所の方が、本当に良い環境でやらせてくれているので、それに甘えてしまって。ふふふ。 ――なんて羨ましい言葉!! しかしながら、多くのライブアイドルにとって、森下さんのように長く続けていくのはそうとうハードルが高いことですよ。活動を長く続けるコツはなんですか? 森下 私をよくわかってくれてる人がいろいろとやってくれているので、私はそのレールに乗っているだけなんです……。 ――そういうところも、ザ・アイドル! 運営的にはどうですか? 事務所代表 夢を壊さないことと、作品を出し続けることです。彼女とファンの世界を守ってあげること。デビュー記念ライブをやって、お誕生日ライブをやって、クリスマスライブをやって……毎年同じようなことの繰り返しかもしれないけど、それを着実にやって、ファンの夢を壊さない。それがとても大切だと思います。 ――なるほど、ファンの夢を壊さずに森下さんの夢も叶えているという素晴らしい手腕! でも、森下さんみたいにナチュラルボーン・アイドルじゃないと無理が出ちゃいますね……。ちなみに、21年で、曲は全部でどのくらいあるんですか? 森下 160曲ですね。 ――160曲!? オリジナルで!? 森下 オリジナルで(笑)。
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――気が遠くなる数字です……! 作詞もされていますけど、恋の歌は実体験だったりしますか? 森下 私、21年目ですけど、未だに手も繋げないような歌詞ばかり書いてしまうんです。あとは夢を追うとか、元気を与える歌が多いですね。 ――大人の恋愛の歌とかは? 森下 難しいですよね、私はたぶん書けない(笑)。そういう機会が与えてもらえるんですけど、なかなか……。 事務所代表 彼女の書く歌詞に生々しさは一切ないんです。ファンもそれは求めていないですしね。 ――ア、アイドルだ……! では、もし、アイドルになってなかったら、何になっていたと思いますか? 森下 うーーーん。……やっぱり、アイドルがいいですね(笑)。もしかしたら名古屋にいたかもしれないけど、今は名古屋にいても活動できるだろうから、名古屋の地方アイドル……かな(笑)。 ――場所が変わっただけ! 最後に、今後の野望をお願いします! 森下 ファンの方のコミュニケーションする場を大切にしながらライブをやって、作品を残しつづけていきたいです。その作品と共に、ファンの方と一緒に成長していければいいなぁ。 ――私も一緒に成長したいです! 今日はありがとうございました! また会える日を楽しみにしています! (取材・文=小明/撮影=宍戸留美) ●もりした・じゅんな 1994年芸能活動開始。1996年CDデビュー、徳間ジャパンやバンダイミュージックなどでアルバム12枚、シングル25枚を2015年までに発売、写真集5冊をワニブックスなどで発売。ソロライブ開催は83回、オリジナル曲は160曲に及ぶ「ライブレジェンド」。 最新CDは、9月27日全国発売のシングル「夢時間(Dream Time)」 オフィシャルホームページ http://junna.tv/ Twitter @JunnaMorishita ■9月26日(土)森下純菜 大阪ソロライブVol.83「Dream time」 レコ発バースデー 時間:18:00 Open 18:30 Start 場所:南堀江ビレボア・・・06-6536-2002  住所:大阪市西区南堀江1-15-11 WINビル2F 料金:前売3500円・当日4000円(D別) ■9月27日(日)森下純菜シングルCD「夢時間(Dream time)」発売記念イベント  TOWERレコード難波店にて開催! 時間:16:00~17:00 場所:TOWERレコード難波店 住所:大阪府大阪市中央区難波千日前12-22 難波センタービル5Fイベントスペース ■10月17日(土)森下純菜レギュラーライブ「GENKI!? Vol.81 SP」 時間:11:30 Open 11:50 Start 場所:恵比寿CreAto(クレアート)・・・03-3770-7755 住所:東京都渋谷区東3丁目14-19 ■11月23日(祝)太田貴子トーク&ライブ「Dreams」新宿ルイード 時間:18:00 Open 18:30 Start 場所:新宿ルイードK4・・・03-5292-5125 住所:東京都新宿区歌舞伎町1-2-13新光ビルB2 出演:太田貴子 トークゲスト:大山文彦 オープニングアクト:森下純菜 詳細ページ:http://idolshot.com/takako.html ■12月29日(火)森下純菜ソロライブ「純菜降臨28 Super LIVE2015」 日時:2015年12月29日(火)18:00 Open 18:30 Start 場所:渋谷テイクオフセブン・・・03-6427-5273 住所:渋谷区宇田川町32-12 アソルティ渋谷1F ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。 子供達に絶大な人気を誇るNHKアニメ『はなかっぱ』ももかっぱ役で声優を務める。 デビュー25周年! 『デビュー25周年記念プロジェクト始動中!! 』 https://motion-gallery.net/projects/runrun25 最新インタビュー掲載中 http://otapol.jp/2015/08/post-3687.html テレビアニメ 『はなかっぱ』ももかっぱ役『VENUS PROJECT-CLIMAX-』黒城星役 webドラマ『鬼の人美に涙』配信中! https://www.youtube.com/watch?v=_6geVevMNG8
ルミネッセンス 形態:8曲入り 定価:¥2,500(税込) 品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869 レーベル:sundaliru amazon_associate_logo.jpg
公式ブログ http://s.ameblo.jp/sundaliru/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。

宍戸留美、デビュー25周年記念作品をクラウドファンディングを利用して制作するプロジェクト始動!

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 2015年5月21日で歌手デビュ-25年目を迎えた宍戸留美。25周年を記念して、「宍戸留美25周年作品」をクラウドファンディングを利用して制作するプロジェクトが始動した。  「宍戸留美25周年作品」は、音楽配信サイト「Majix」での配信のみ行っていたの音源をCD化するもの。新録曲も1~2曲収録する予定だ。  また、同時に1990年から現在に至るまで、親交の深いカメラマン増田賢一氏撮影の25年分の写真をたっぷり盛り込んだ、25周年にふさわしい写真集も制作する。  それらの制作にあたり、制作費用とプロモーション費用をクラウドファンディングを利用して集うという。支援者にはリターンとして豪華特典も用意している。  今までの作品も含め、多くの人に“アーティスト宍戸留美”を知ってもらいたいという気持ちからスタートしたという今回のプロジェクト。「宍戸留美25周年作品」は2016年5月21日までに完成させることが目標なので、ぜひ応援してほしい。 【宍戸留美からのメッセージ】 ・想定されるリスクとチャレンジ  ファンドが目標に届かなくてもCDと写真集は制作する予定です。今回の作品としては、今までやってきた活動の集大成のCDと写真集ですが、ゆくゆくは声優活動の集大成として、これまで演じてきたキャラクターソングのカバーとか、声優としてのオリジナル作品もリリース出来たらいいな♪ なんて夢は膨らんでいきます。  2年間お休みしていた音楽活動も、これを機に再開したいです。海外でもまたライブをやったり、写真やイラストの展示会をしたり、ミージックビデオの制作も出来るようにチャレンジして行きたいです。  今まで自主制作で、たくさんのミュージシャンやクリエーター、そして有志でお手伝いをしてくださった方々の期待に応えることができず、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。今回、宣伝をして、少しでも円滑に音楽活動、芸能活動ができるよう、26周年に向けてさらなる高みを目指します。 【プロジェクトにかけるアツい想い。】 「デビュー25周年という記念すべき節目に、宍戸留美作品を皆さんのお力で拡散してもらえたら幸いです。応援よろしくお願いいたします」 宍戸留美 ▼プロジェクトページ https://motion-gallery.net/projects/runrun25 (2015年7月28日 00:00から公開開始) ▼クラウドファンディングの目的 1. 配信のみの楽曲をCD音源化 2. 宍戸留美×増田賢一作品写真集 3. これまでの作品のプロモーション費用
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<リターン(特典)について> 【未公開写真のポストカード】 写真集の中の別カットを使用したポストカードをサイン入りでお届け。 【宍戸留美初めてのZINE】 25周年を記念した文章、イラスト、写真等で構成された冊子。 サイン入りでお届け。 【お名前をCDと写真集に掲載】 完成したCDと写真集のブックレットのスタッフクレジットの欄に、お名前、ペンネーム、会社名等ご希望の表記で掲載。 【録れたてボイスコメント】 音声を録音してお送りします。(リクエストがあれば文章をお送りください) 【マル秘未公開動画非公開URL】 レコーディングや写真撮影の動画をYouTubeにアップ、非公開URLをお知らせいたします。 【オリジナル商品A&B】 25周年を記念してオリジナル商品を考案しております。 【特製クリスマスカード、直筆のお手紙、誕生日コメントメッセージ】 クリスマスにはクリスマスカード、お誕生日におめでとうメッセージ、直筆でお礼のお手紙を送らせて頂きます。 ================================ ●アルバムタイトル『東京幻想曲集』 2016年5月発売予定 価格 未定 品番 未定 レーベル sundaliru ○候補曲一覧 ・「トロワ・シャンブル」  作詞: 宍戸留美  作曲: 高橋"Jr" 知治 ・「でしょ?」  作詞: 宍戸留美  作曲: 高橋 "Jr." 知治 ・「OH! DORE フラワー」  作詞: 宍戸留美  作曲: 高橋 "Jr." 知治 ・「おやすみソング」  作詞: 宍戸留美  作曲: 高橋 "Jr." 知治 ・「長ぐつの唄」  作詞作曲:鈴木羊 ・「愛はキライだ」  作詞作曲:鈴木羊 ・「ミルク」  作詞作曲:鈴木羊 ・「東京幻想曲」  作詞 宍戸留美  作曲 三宅伸治 これらの曲+新録曲を1~2曲追加します。 ●宍戸留美デビュー25周年記念写真集 2016年5月発売予定 増田賢一氏撮影の25年分を集めた写真を多数収録予定。 ・今まで撮影された数万枚の中からセレクト。 ・余裕があれば撮りおろし ================================ 宍戸留美とは 1990年、15才で 8万5千人の中からグランプリ受賞、某アイスクリームのCMガール&アイドル歌手としてメジャーレコード会社よりデビュー、今でも語り継がれる名曲『コズミック☆ランデブー』や『地球の危機』等の楽曲を歌わせてもらい、少し変わったポジションのアイドルでした。レコードからCDへと移り変わる時で歌番組もなくなり始め、バラエティ番組でアイドルが放送禁止用語を言わされたり、グラビアではアイドルのヌードが流行っていたりと(頑張ってフライパン止まり。笑)少女時代に描いていたキラキラしたイメージとはかけ離れた場所にいました。 自分の好きなものや個性も分からぬまま大人の世界にいることが怖くなり、1992年18歳で業界初の フリーランスへ。前代未聞の行動は朝日新聞、文藝春秋などでも取り上げられ話題となりました。今思えば本当に、ど根性!当時は携帯電話もなく、何もかも失った私は途方に暮れていました。ふと見渡すと周りには作家、絵描き、音楽家、カメラマン、デザイナーとクリエーターの方達がいました。彼らは人生で本当にやりたい事をやって稼いでいました。(稼げていない人のが多かったけど。笑)今ではびっくりすくるほどの大先生になっています。幸いにも才能のある人達が私の周りには沢山いました。 沢山の人に刺激され 「私も何か作品を作りたい」と思い、1994年、知人が歌謡曲専門のインデーズレーベルを立ち上げるというので、その第1弾アーティストとして希望。今では本当に簡単になった1枚のCDを制作するという過程も、右も左も分からない人達が集まって(笑)なんとか『Set me Free』というアルバム完成させ、なんと、そのアルバムは「NYタイムズ紙」で日本の10人(枚)として取り上げられたのです(現在CDは廃盤、 iTunesで配信中) その記事を持って2年間くらい全国手売りで直接ファンの方と触れ合うという体験をしました。ライブハウスでのライブ活動も開始。(後に ライブアイドルの元祖と呼ばれる)この頃から声優としても活動開始。代表作は矢沢あい原作「ご近所物語」幸田実果子役、「おジャ魔女どれみ」シリーズ 瀬川おんぷ役「はなかっぱ」ももかっぱちゃん役 2010年5月9日に下北沢で実施したデビュー20周年記念ライブの模様がUstreamで中継され中継時間内の瞬間最大視聴率が 「世界一」を記録。フランス、ドイツでもライブを行い大盛況。2011年~2013年にかけて、30代アルバム三部作を制作。映画「死刑台のエレベーター」挿入歌収録、鴫原浩平プロデュース作品「CHERBOURG→BRIGHTON」三宅伸治氏書き下ろし作品、下田逸郎氏カバー曲収録アルバム「女」、上田健司氏全面プロデュースアルバム「Ruminescence」をリリース。 宍戸留美オフィシャルサイト http://rumi-shishido.com/ 宍戸留美オフィシャルTwitter https://twitter.com/rumishishido 宍戸留美オフィシャルブログ http://ameblo.jp/sundaliru/ 音楽配信サイト「Majix」 http://majix.jp/

「いろんな伝説が出てきて、おもしろいよね(笑)」【田中陽子】今、あの“1年半”のすべてを語る!?

tanakayoko2323602.jpg  元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の32回目! 今回は声優から少し逸れ、1989年の某Hプロスカウトキャラバングランプリを受賞し、『陽春(はる)のパッセージ』で各賞を総なめにしたにもかかわらず、たった1年半で芸能界を引退した伝説のアイドル、よっきゅんこと田中陽子さんが来てくれました! ――伝説のアイドル・よっきゅんが日刊サイゾーにいる! デビューから25年経った今、こんなものに出ていただいて、本当にありがとうございます……! 田中 こんなもの……(笑)。留美ちゃんから熱烈に口説かれて来ました(笑)。よろしくお願いします、田中です。 ――はじめの方から伺いますが、1989年某Hプロタレントスカウトキャラバングランプリ、1989年HプロTHEオーディション・グランプリ、翌年にはデビュー曲「陽春(はる)のパッセージ」(アニメ『アイドル天使 ようこそようこ』の主題歌)で第9回メガロポリス歌謡祭、優秀新人賞受賞および最優秀新人賞受賞。全日本歌謡祭・銀座音楽祭・新宿音楽祭で銀賞を受賞……その翌年に引退って、展開があまりにスピーディ過ぎますよ! 田中 燃え尽きちゃった、人生を生き急いだ感じで(笑)。 ――いろんな賞を総なめにして、アイドルとしての将来は約束されたようなものじゃないですか! 一度も売れたことのない私からすると、超もったいないです! 田中 そうでしたねぇ、ここからは多分書けない話だと思うんですけど……。 ――書けない話の出現が早いなぁ。 田中 正直なことを言うと、女性特有の一番嫌な仕事を、内容を知らされずに現場に行って、それで何もかも信用できなくなって……。 ――なんでだろう、ぼかされると余計にいやらしく聞こえます。 田中 あははは(笑)。衣装でニプレスを渡されて……。 ――おお、アイドルあるある! 私も経験ありますけど、それって私みたいに売れてないグラドル限定のあるあるだと思ってました、田中さんにはナシナシじゃないですか? 田中 そうですよね。私も、始めからそういう売り方をされていれば、自分の中でも処理ができたと思うんですけど、私、基本は水着もやらないって方向性だったので……。でも、やらないって言ってても、どうしても断れない番組や雑誌も出てくるじゃないですか。そういうときには、あらかじめ水着も選ばせてもらって、「じゃあこれでやりましょう」って進めてたのに、なぜか翌年のその仕事に限って、仕事の内容も何にも知らされず、現場に行ったらそういう状況になってて……。それまでは「こういう月刊誌からこういう仕事がきてるよ」っていう相談がちゃんとあったのに……。そのときは何にも聞いてなかったの。 tanakayoko2323601.jpg ――水着NGにしたから「じゃあ水着もナシなら良いよね」みたいな……とんちなのかな? 田中 あははは! そうだったのかも(笑)! でも、内緒にして現場に行かせるんだったら、いつものメイクさん、スタイリストさん、いつものカメラマンとか、そういう心のよりどころが欲しかったなぁ。そうじゃなかったから、私1人vsみんな、みたいな感じで現場の雰囲気に圧倒されちゃって……。その状況が何よりも一番傷ついた感じでした。 ――その当時は何歳くらいだったんですか? 田中 17歳かなぁ。 ――若っ!! といっても宮沢りえも17歳でヌード写真集出してたし、昔の芸能界はいろいろとアリなんですねぇ。 田中 ですねぇ。そういう仕事って、普通は逃げられないように海外に連れて行かれるって聞いてたんだけど、私のときは国内で、しかも普通にタクシーに乗って行ったような現場だったから、完全に油断してました。「聞いてない」で、1時間くらい粘りましたが……某有名カメラマンに「やるまで帰さない」って言われて、逃げ出すにも逃げ出せず……。 ――私も似たような経験があります……放課後電磁波クラブみたいな水着を用意されて……しぶってると今までニコニコ和やかに話してたメイクさんが急に目を合わさなくなって……。 田中 そうそう! そうなの! ああいう現場のメイクさんってなんであんなに強そうに出てくるんだろうね!? 途端に「フーン」って、そっぽ向く! ――売れないアイドル特有の悩みだと思ってたのに、まさか売れてるアイドルにも同じ悩みがあったなんて……。 田中 事務所との信頼関係が一瞬で壊れちゃいますよね。私はこれがキッカケで精神的に耐えられなくなり、「もう頑張れない」って辞めたんですよ。 ――田中さんが主題歌を歌った『アイドル天使 ようこそようこ』も、初めはアイドルを目指すようこがアダルト系の事務所に「私アイドルになりたいんです!」って乗り込むところから始まっていたなぁ。 田中 あはははは! そうか、そのままを行ってたのかな(笑)! ――未来を予知するようこそようこ……。でも、アイドルはたいてい契約があるから「辞めます」って言ってすぐに辞められるものでもないですよね。 田中 私は5年契約だったんですよ。でも、まぁ、私がそのまま連絡がつかなくなったということで、クビというか、解雇というか。あは。きちっと事務所に行って話し合いをしてれば、書き方も「休業」とかになったんだけど。やっと連絡ついて「来い」って言われても、一度あの現場でアウェイ感を味わっちゃってるから、二度のアウェイ感は、もう私にはなかったんですよね。会社になんて、のこのこ出向けない。だからもう「お好きなようにしてください」って言ったのが最後でした。 tanakayoko2323603.jpg ――清々しい! でもその結果、田中陽子で検索すると「素行不良」「クビ」と出てくることに……。 田中 そう(笑)。だけど、そうしてくれたことによって、そのまま失踪に近い形でフェードアウトできて、その後、いろんな伝説が出たわけで……。 ――確かに、ちょっとネットでググっただけでいろんな伝説が出てきます! まず、クイズ番組で、「69を英語で言うと?」の問題に、アイドルなのに「シックスナイン」と答えたとか。身に覚えはありますか? 田中 あはは! それは、早とちりをして、シックス“ティー”ナインって言わなきゃいけなかったのを、慌てちゃって、言ったあとに気づいた。みんなが「あぅええぇーー!?」って顔をしているから(笑)! ――引っかけ問題に見事にひっかかったんですね……! 続いて、生放送を逃亡してすっぽかしたっていうのは? 田中 『鶴ちゃんのプッツン5』かな? あれはすっぽかしたというか、遊びにいってて……(笑)。日付を間違えてたか何かで、帰れなくなっちゃって、エンディングで鶴太郎さんが「田中ー! 来週はこいよー!!」って、言ったっていうのを後から聞きましたね(笑)。プッツンは本当に良くしてもらったなぁ。 ――今のところ全部身に覚えがあるっていうのもすごいですね。 田中 大丈夫、みんな覚えてる! しらばっくれないから安心して(笑)! ――あと、プロのカメラマンに「あんたうまいね!」と言ってのけたというタレコミも。 田中 えっ? 誰だろう! でも言ってたとしても冗談だよね、冗談。お笑い的な感じ!? ……たぶん。相当仲良くないと言えないですよね……。 ――ロケバス立てこもり事件は? 撮影中にマネージャーがロケバスのドアを叩きながら「陽子ー! 出てきてくれー!」と叫ぶのを聞いたというタレコミが……。 田中 (爆笑)!!! それはね、えーと、わかんない!!!! ――なんかもう、やってそうですね! そして極めつけは、引退して田舎に帰るときに、駆けつけたファンに向かって「どうせ、すぐに中嶋美智代ちゃんを応援するんでしょ!」と吐き捨てたというウワサ! 田中 それはウソ! それはない! だって辞めたときは誰にも見送られてないし、飛行機でも新幹線でもなく、ひっそりと寮を出たもん。私もびっくりだよ。 ――ウワサが一人歩きしちゃったんですね……! やったやってないは別として、ウワサのひとつひとつがエリカ様騒動を余裕で越えるプッツンぶりで痺れます! 田中 やってないものもありますからねぇ~! 後からこんな風に悪いほうに伝え漏れて聞くと……楽しく仕事していたことさえも「え、なんだったの?」って思いますね。 ――ちなみに、一年半で引退されて、「もっと続ければ良かったかな」と「辞めといてよかったな」では、どちらが大きいですか? 田中 辞めといてよかった(即答)。私、学校に行ってなかったぶん、朝から晩まで一日の仕事量がすごく多くて。同じ年代のアイドルはみんな学校終わりで仕事に来てるのに、私はそれまでに既に3~4本の仕事をこなしているから、すごくテンションが違った。温度差があったっていうか……。毎日朝の5時くらいに家を出て、帰ってくるのはもう深夜1時とかで、睡眠時間も2~3時間……完全に燃え尽きましたね。 tanakayoko2323605.jpg ――育ち盛りに詰め込まれすぎたんですね……。 田中 だから、ネットで「遅刻した」って書かれてるんだけど、よく遅刻してたのはマネジャーの方で、私は「飛行機乗らなきゃいけないのにチケット持ってない!」みたいな(笑)。マネジャーは私と同じスケジュールな上に、私を送ってから帰るから、もっと眠れないんですよね。 ――マネージャーは1~2時間くらいの睡眠で、さらに田中さんほどの若さもないから、体力的にそうとうキツそうですね……。 田中 そうそう! ああ、だから遅刻したんだぁって、辞めてから気づきました(笑)。マネジャー、大変だったでしょうねぇ(しみじみ)。 ――そんなスケジュールの中で、恋愛事情は? イケてる男の子のアイドルと付き合ったりとか……。 田中 ないです(即答)。寮だったし、学校に行ってないから友達いないし、昔のアイドルはみんな寝る間を惜しんで遊んでたとかいうけど、私、寝たかったの(笑)! 本当に、恋愛なんてしてる暇があったら寝たかった! 今と違って携帯電話なんかもなかったし。 ――芸能界、外から見るのと中からみるのじゃ全然違いますね……。 田中 入り口(デビュー)までは完璧だったんですけどね。こわいですねぇ~。みんな本当に頑張ってるなぁ。(感心……)、私は頑張れなかった人なので、あはは! ――頑張れなかったというか、頑張りすぎてエンストって感じですね。芸能界を辞めてからは、どうやって過ごしてたんですか? 田中 辞めてから、今の仕事をずっとやってますよ。辞めて数カ月後には働いてました。やっぱり報道でマイナスな出方をしたので、そこは負けてられないかなって、意地ですよね。「ぜってー負けない!」っていう。「絶対」じゃないですよ、「ぜってー!」って気持ちで頑張りました。だから、他事務所の、報道だけでしか私を知らない人とご一緒すると、「あれ? ウワサほどじゃないね」って言われたり(笑)。 ――伝説だけ聞いてると「おっ、元ヤンかな?」って思えますもんね。 田中 そうそう(笑)。「今は何を言い返しても誰も認めてくれないけど、絶対時間が解決するから頑張れ」って、その頃一緒に仕事をした人たちはみな応援してくれたりして。芸能界は状況が悪くなると離れていく人が多いので、この時期に励まして支えてくれた人たちは今でもとっても良い関係です。 ――私もてっきり素行が不良な方なのかと思ってたので、今日はいろいろびっくりですよ! ちなみに元ヤンとかではない? 田中 ないですないです! ほんとに普通(笑)。 agerfrgaeqarwe.jpg ――現在のお仕事はどんな業種なんですか? 田中 芸能関係でイベントの企画制作やブッキングの仕事です。役職ついてま……す(笑)。 ――ずっと働いてるから、完全に出世してるじゃないですか! 芸能界の内側にいたから活かせた部分はありますか? 田中 ありますよ~。クライアントさんが望んでることと、演者さんがやりたいこと、どちらの立場も気持ちがわかるから、いろんな調整がスムーズだったり。ありがちなのが、企業の社長さんは、タレントさんをパーティーに呼んだら、タレントさんとお食事なんかをしたがる。だけどタレントさんや事務所はあまり……ね。そういうのを丁重に、角がたたないように調整したり……。 ――おお、それは助かります……! 私も若いときに、どこかの会社に営業で呼ばれて社長とごはん食べさせられて、すごく気まずかった……! 田中 ですよね、喉通らないですよねぇ。味わかんなくなっちゃう。そういう段取り的な面では、気持ちがわかるので役に立ってるかなぁ。 ――社長もタレントも嫌な気持ちにさせないテクニック! 若い時にメイクさんに見てみぬふりされた経験が活きてるのかも!? それにしても、引退後はずっと潜伏されていたのに、最近は急にTwitterを始めたり、イベントに出演したりもしてますね。いったいどんな心境の変化が? 田中 脳活(きっぱり)!! リハビリ! なんか刺激を与えないと、脳は老いていくから、トレーニング(笑)!! ――じゃあ、今日のこの撮影もリハビリの一環? 田中 うーん、これは、一種のおばあちゃん孝行というか……。 ――おばあちゃん孝行!? 田中 おばあちゃんが、ちょっと痴呆になってて……。私が会いに行っても「わかんない、この人知らない」って言われちゃって……。でも、1時間くらい一緒にいたら「東京へ行った陽子ちゃん?」って思い出してくれて。よく「印象深いことは覚えてる」っていうでしょ? それがすごく嬉しかった。それからしばらくして、このオファーをもらったから……。 ――なるほど! じゃあグラビアでおばあちゃんに再びショックを与えましょう(笑)! 次に会うときに「あ、サイゾーに載ってた陽子ちゃんね?」と。 田中 あはは! プリントアウトして見せてあげたいな!
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今回はオフショットも!
――久しぶりの顔出しはどうですか? 田中 うーーーん、最初は「今さら……顔出しなんて!」って、すっごく悩んだ。やっぱり、みんなの頭の中では15~7歳頃の私の印象で止まってるから、今、急に四十いくつが出てきたら「ギャー!」ってならないかなって(笑)。 ――天地真理現象ですね……。 田中 そういう気持ちもあって、「幻滅させないギリギリかな……」と思って(笑)。 ――ギリギリどころか余裕でセーフです! このまま復帰もあり得ますか? 田中 ないない、ないです(笑)。今は“シュウカツ”って感じですよね。 ――え? 就活? 田中 終わりの方! 終活(笑)! ――まさかの終活宣言!! もう人生エンディングに向けて走り出してるの!? 相変わらず展開がスピーディ!! じゃあ、今は終活と脳のリハビリ中? なんなんだ、もう! 田中 うん、脳に刺激を与えないと、このままどんどん老いていくからね、あははは。 ――ちなみにご結婚はされましたか? 田中 してないですよ。絶賛募集中。お問い合わせは、宍戸留美のアドレスへ(笑)。 (宍戸) メール開くの嫌だなぁ……。 ――最終選考はぜひサイゾーでやりましょう!! 本日はどうもありがとうございました!! (取材・文=小明/写真=宍戸留美) ●たなか・ようこ 1973年12月12日、A型。 1989年某Hプロタレントスカウトキャラバングランプリ受賞、翌年1990年デビュー。自身をモデルにしたアニメ『アイドル天使ようこそようこ』、ドラマ『なかよし』『なかよし2』主演、『トップスチュワーデス物語』や、『アイドル共和国』『鶴ちゃんのプッツン5』などバラエティー番組などで活躍した。 最近では、田中有紀美さんの「田中珈琲店ミーティング」に出演。 田中陽子Twitter https://twitter.com/YokoTanaka_ ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。 子供達に絶大な人気を誇るNHKアニメ『はなかっぱ』ももかっぱ役で声優を務める。 デビュー25周年! テレビアニメ 『はなかっぱ』ももかっぱ役『VENUS PROJECT-CLIMAX-』黒城星役 webドラマ『鬼の人美に涙』配信中! https://www.youtube.com/watch?v=_6geVevMNG8
ルミネッセンス 形態:8曲入り 定価:¥2,500(税込) 品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869 レーベル:sundaliru amazon_associate_logo.jpg
公式ブログ http://s.ameblo.jp/sundaliru/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。

「ガラガラ声のまま声優になれちゃって」【五十嵐浩子】プラモと富士山と宇宙への思い

igarashihiroko01.jpg  元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の32回目! 今回は『マジでオタクなイングリッシュ! りぼんちゃん』のトナー役、声優の平田由季さんとのユニット『pink☆away』として音楽方面でも活躍中の声優・五十嵐浩子さんが来てくれました! ――誕生日おめでとうございます(取材時2月27日)! いいんでしょうか、誕生日が日刊サイゾーで……! 五十嵐 いいんです(笑)! 33歳の初仕事です(笑)! ――これが初仕事じゃ、お気の毒としか言いようがないですよ! ちなみに年齢は公表されてるんですか? 声優業界では珍しい方ですよね。 五十嵐 別に隠してるわけではないけど、曖昧な感じです。アハハ。今日も普通にTwitterで誰かが「33歳おめでとうございます!」って書いてて、普通にリツイートしちゃってから「あっ」って気づいたんですよ(笑)。最初の事務所にいたときは年を書いてたんですけど、前の事務所に移ったときに「どうします?」って言われて、年をそんなに言うのもどうかなぁと思い……。 ――あと、他の所属の方がみんな書いてないと、それに揃えちゃいますよね。 五十嵐 そうそうそう! だからWikipediaとかには一応生年月日が載ってるんですけど、“要出典”って書いてあるんですよね、さだかじゃないみたいで(笑)。 ――なるほどー! 今日は今まで何をされてましたか? 五十嵐 美容院に行って、あと銀行。銀行に行きました。この後も特に予定はないです。 ――誕生日感の薄さが素敵です! ちなみに、今回は初の応募(※最近声優さんから離れていたので、宍戸留美さんが直々にがTwitterで募集をかけました。今後もどしどしご応募ください!)ということで、ご応募ありがとうございました! なぜ応募してくださったんですか? 五十嵐 宍戸さんのツイートを見て「面白そうだな」と思って。今までずっと事務所に入ってたんですけど、ちょうど去年フリーになったし、“フリーだからできること”をしたいなって。 ――ありがた~い! 綺麗な声優さんがみんなフリーになればいい! ところで、プラモ作りにも相当ハマってますよね。ブログを拝見したんですけど、延々ガンプラ作ってる画像と『筋彫り』とか『墨入れ』とか専門用語が並んでいたり、ベアッガイを作って『電撃ホビーマガジン』に載ったり、「あ、コレはガチな人だ!」と。 五十嵐 ええ……。でも、まぁ、声優業と業界的にはつながってはいるので、仲間っちゃ仲間ですよ! ――開き直った! どうしてプラモデルを作りはじめたんですか? 五十嵐 もともと、何かを作ることはすごく好きで、料理とかお菓子とか手芸とかをやってたんです。 ――そこまではすごいガーリー! 五十嵐 だからきっとプラモデルに手を出したらハマってしまうだろうなぁと思って、あえて手を出さずにいたんですよ。そもそも、私、ガンダムをほとんど観たことがなかったので、「観ないで作るのって失礼だな」と思って。ただ、「かっこいいなぁ、作ってみたい」って思いはずっとあったし、「ガンダムは素晴らしい!」っていう話も周りの方から聞いていたので、とりあえず観ようかな、とファーストから全部観て……。 ――全部!? 膨大な時間がかかるんじゃ!? 五十嵐 なんだかんだ2年くらいはかかってますね。ファーストからゼータ、ダブルゼータ、OVAのちょこちょこしたのも観て、ユニコーンまで観て、そういうことをしていたら「だったらもう作りなよ!」って話に……(笑)。 ――そこまで観たらさすがに古参にも怒られないですね! igarashihiroko06.jpg 五十嵐 それで作り出して、いろいろと縁がつながって、お仕事にもなりました。えへへ。 ――あっぱれです! 今、ご自宅にはどのぐらいあるんですか? 五十嵐 作りはじめてからまだ2年半くらいなので、まだ12~3体かな。 ――今後も増えていくのでしょうね……! プラモ作りと聞くとインドア派な印象を受けますけど、毎年富士山に登られてるとか? 五十嵐 そうです、もともとアウトドアが好きで、引きこもってるよりは外に出たいはずなんですけども、プラモデル作ってるときは別なんですよねぇ(しみじみ)。 ――なぜ富士山が好きなんですか? 五十嵐 最初はただ「てっぺんが見たい」と思って登ったんです。でもやっぱりいろいろ調べれば調べるほど、「高山病が……」とか「装備が……」とか、気を付けることがあるので、不安でいろいろと揃えて、その上、体力がそんなにないので半年間走ったんですよ。 ――え! 走り込み!? 五十嵐 「今年の夏に登るぞ!」って決めて、1月にランニングシューズを買って、そこから週に2~3日ですけど、1日5キロくらい走って、万全に万全を期して。一人で登るわけじゃないから、足手まといにはなるまいと思って……。 ――誰も半年前から体力作りはしてないよ! 五十嵐 当時、富士山に登ろうとしている方から「20キロくらい走ってる」という話を聞いて「そんなに体力がないと登れないのか!」ってビビッちゃって(笑)。それで一回登ってみたら、富士山に、私の中のいらないものを、全部置いてくる感じだったんですよ。 ――おお、デトックス!? 五十嵐 そうそうそう! ――何を置いてったんでしょうね? 五十嵐 わからない(笑)! だから毎年登ろうと思うんですけど、去年はプラモの締め切りがギリギリまであったので、走ってる時間がなくって、ぜんぜん運動ができないまま、久しぶりの運動が富士山登山になってしまって不安だったんですけど、前年よりぜんぜん楽に登れるようになってましたね~。 ――体が覚えていたんですかね~。というか、プラモの締め切りに追われるって同人作家みたいな生活なんですね。休みの日は何をしてるんですか? 五十嵐 プラモ作り(きっぱり)。 ――極端だなぁ。体力作りに走り込みができるあたり、学生時代は運動部ですか? 五十嵐 ダンス部で、中学、高校とずっと踊っていました。だから、最初に事務所に入ったとき、声優事務所に入ったはずなのに、なぜかミュージカルに出てましたよ。声優がやりたくて入ったのに、たぶん“踊れる”っていう点だけで採用されて、お芝居がどうとかはあんまり関係なかったような(笑)。 ――ちなみに、なぜ声優を志されたんでしょう? 五十嵐 「声が変」っていうのと、「声が通りすぎてうるさい」って言われてたのもあったんですけど、世代的に『幽☆遊☆白書』がすごく好きで……あのアニメで声優っていう職業を知ったんです! ――わかります! 「中の人っているんだ!」って衝撃を受けますよね。 五十嵐 そう! 考えれば当たり前なんだけど、「いるんだ!」って気づきだして。そのとき、学校の友達に宝塚とか劇団四季が好きな子がいて、その子に巻き込まれて、“中学3年生の追い出し会”とか、“中学1年生のおめでとうの会”みたいなやつで15分くらいのちっちゃいお芝居をやるようになって、「声優さんって楽しそうだな」って思うようになって、大学生の時に、大学と並行して養成所に通い始めたんです。 igarashihiroko02.jpg ――おお! いっきに夢に近づきましたね! 五十嵐 でも、大学が短大だったのもあって忙しすぎて、本当は2年間養成所に行かなきゃいけなかったんですけど、1年間で「無理だ!!」と養成所は辞めて……。 ――短大はそれだけでも、めちゃめちゃ忙しいですからね……。短大ではどんな勉強をしてたんですか? 五十嵐 児童教育学科にいました。2年間だと幼稚園の先生、3年間だと保育園の先生にもなれるんです。その保育士になるための課程の中に、2週間くらい山にこもるっていう実習があって。 ――なにそれこわい。 五十嵐 自給自足の生活をしている人たちのところに行って、一緒に畑仕事とか、ヤギの乳をしぼって生活するっていう実習なんですけど、それにめちゃめちゃ行きたくて、そのために3年目も通って……。 ――もう山で暮らしてしまう勢いじゃないですか! 五十嵐 その実習はすごく良かったですよ! でも、やっぱり「声優になりたい」って思いがあったので、もう一回、別の声優の学校に入ることにして……。 ――じゃあ入学金とか2倍じゃないですか! ヤバイ!! 五十嵐 夜間のところだったから、そんなにはかからなかったです(笑)! ただ、年齢的なことも考えて、「ストレートで行けなかったら声優は諦めようかな」とは思ってました。そしたら、一番下のクラスから上のクラスまでストレートで上がれて、事務所に所属もできたので、今こういう感じです(笑)。 ――結局フリーになっているけど、いろいろと良かったー!! ちなみに、フリーになって良かったことはありますか? 五十嵐 「これをやると事務所に悪いかな」とか、そういうことを考えなくてよくなったことかな。ライブをちょくちょくやっているんですけど、その都度、事務所に「この日はライブなんでNGです」って言わなきゃいけないじゃないですか。 ――ライブいっぱい出てるなぁとは思ってましたけど、事務所がやってるやつだと思ってました! 自分でやってたんですね! 五十嵐 そうです(笑)。呼んでいただいたものに出ているだけなんですけど、NG日程をいっぱい事務所に出すことになるから、あんまり良く思われないだろうなぁって……。プラモも、最初はどのくらい自由に自分でやっていいかわからなかったし……。 ――きっと事務所もわからなかったでしょう……。ライブはユニットの『pink☆away』で出らることが多いんですよね。ユニットは今どのくらいやられているんですか? 五十嵐 もう6年くらい。 ――ベテランですね! 五十嵐 気づいたらベテランでした(笑)! アニソンのカバーを歌ったり、オリジナル曲もあってCDも出して、その後は友達のツテを使ってCDを出したりしてたんですけど、そこから3年くらいCDは作ってないから、そろそろ作ろうかなって。 ――というか、6年って、前の事務所にいた時間よりも長いですな。 五十嵐 本当だ! 前の事務所もそんなに窮屈な方ではないし、むしろ自由にさせてもらってたんですけど、それでもやっぱり「自由にさせてもらってる」っていう感じが申し訳なくなっちゃうので、それがないのが一番いいです。 igarashihiroko04.jpg ――スケジュールも自分で管理できるのも最高ですよね! なぜか今日は誕生日に変なインタビューをされていますが……。 五十嵐 あはは! 「今日空いてます」って言ったのは私ですから、大丈夫です! ――明るい方に見えますが、普段、落ち込むこととかはありますか? 五十嵐 あります! いっぱいある! 私、自意識過剰なんですよ!! ――(爆笑)! 五十嵐 いらんことを気にしすぎるというか、言ってから「あれ? 私そういえばあんなこと言っちゃったけど大丈夫だったかな」とか、そういうことがすごくよくあって……。 ――それだと、コミュニケーションを取れば取るほど後から落ち込んだりしそうですね。 五十嵐 そうなんですよ! だから「本当にしゃべらないようにするべきか」を真剣に考えたりして……。 ――誰に何を言ったんだ! 五十嵐 それももう覚えてないんですけど、盛り上がってるときにポロッといらんことを言ってしまい、場が「あっ……」ってなるみたいな……そこで「いま私この話、言わなくてよかったよな」って思うこととかが、よくあるんですよね……。 ――それはお酒が入ってない状態ですか? 五十嵐 そう! 入っていない状態で、です! だからニコ生とかに出るときは超怖いと思って、事前に「この言葉は絶対に言っちゃいけないのとかありますか?」「こういう話はしないでとか……」って確認しますもん! ――確認しないと放送禁止用語をしゃべりだす恐れが? 五十嵐 自分で自分が怖いですよ……! ――それはそれで観たいので、ほどほどに気を付けましょう! 話を声優業に戻しますが、声優になってから、思い出に残ってるお仕事は? 五十嵐 やっぱり一番最初の仕事ですかね。初めてアニメのお仕事で、ガヤとかじゃなくてセリフがあったのが『蟲師』っていう作品で、すごく丁寧につくられているアニメなんですよ。作品にかけるスタッフさんの思いがすごい伝わってきて、「私はこんな所でいっぱいしゃべっていいのだろうか」って思うくらい。 ――どんな役だったんですか? 五十嵐 しゃべると、その子の声のせいで蟲がどんどん寄って来ちゃって、周りの人が病気になるから、「もうしゃべりたくない、声をつぶそう」と思って声がガラガラになってる女の子の役です。 ――「もう自分はしゃべらない方がいい」って部分は、五十嵐さんと通じますね! でも、わざと声をガラガラにするのって大変じゃないですか? 五十嵐 それが、私、昔はもっと声がガラガラだったんですよ。昔、夢と魔法の国でアルバイトをしてたら声が出なくなってしまって……。ちょっと出るようになったらしゃべる、を繰り返していたらガラガラ声から抜け出せなくなってしまって、「このままじゃ声優になれない!」と思ってバイトを辞めて……。どうやら、私の声帯が強すぎて、普通だったらまったく声が出なくなっててもおかしくないのに、音として声が出ちゃってたんですよね。このまま喉の筋肉を間違った方法で使い続けると声帯が完全に壊れてしまうから、ボイストレーニングに通って、なんとか治ったのが今の声だと思います。 igarashihiroko03.jpg ――良かったー! 夢と魔法じゃ声帯は治らないですからね! 五十嵐 でも、そのガラガラ声のまま声優になれちゃったんですよ。そのまま『蟲師』の役に合ったので、そのままデビューさせてもらっちゃって……。 ――わー! それだと、ガラガラのままの方がいいのか、治すべきなのか悩みますね! 五十嵐 悩んだんですけど、ガラガラのままだと、自分の思うところが出ないんですよ。音の幅が狭すぎて、もっとこう表現したいのに音にはどうしても出なかったりで……だから治しました。 ――声が治ったところで、やってみたい役はありますか? 五十嵐 最初にやらせていただいた『蟲師』のときはガラガラ声だったし、今までは動物とか、男の子とかが多かったので、普通の女の子の役ができればいいなぁ。 ――サイゾー読者の声優業界の皆さま(いるかな)、お仕事お待ちしてます! では、今後のプライベートでの目標は? 五十嵐 富士山には今年も登りたいと思ってます! あと、星の勉強をして、星の検定とかも受けたいなぁ。宇宙もいいですね。星とか宇宙とかが好きで、宇宙博とかも行ってます! ――富士山から星、そして宇宙。どんどん高いところへ……! 五十嵐 あ、あと深海も好きで、深海展とかも行く。 ――深海から宇宙までとは、趣味の振り幅も末広がり! 五十嵐 30過ぎてからの方が、俄然いろんなことがやりたくなってしまって(笑)! 私の20代、なんだったんだろう? ――きっと富士山に置いてきたのでしょう! 本日はどうもありがとうございました!! (取材・文=小明/写真=宍戸留美) igarashihiroko05.jpg ●いがらし・ひろこ  誕生日:2月27日 出身地:東京都 身長:157cm 血液型:B型 趣味:プラモデルを中心に、もの作り全般・登山・シュールなキティ集め 特技・資格:保育士資格・幼稚園教諭2免・ピアノ・歌 【出演作品】 『蟲師』 しげ 『ヒャッコ』 古囃独楽 『ダンボール戦機ウォーズ』 篠目アカネ 『マジでオタクなイングリッシュ!りぼんちゃん』 トナー ほか 【ライブ】 今年もやるよ!アツの5時間超えライブ!! 『Brilliant.05 Respect The ANI-SON』 開催! 【名称】アキバ系BBチャンネル10周年記念 Brilliant.05 Respect The ANI-SON 【日時】4月5日(日) 開場13:45、開演14:30(予定) 【会場】Birth Shinjuku 【料金】一般:前売¥3,500/当日¥4,000      女性:前売¥2,000/当日¥2,500      高校生以下:¥500  *全て+1D代 *途中入退場可 【出演】EAST STREET(3)/石戸なつみ(2)/島涼香(初)/瞬間リアライズ(2)/泰勇気&鈴木コウタ(5)/     永井真衣(5)/ pink☆away(5)/風雲侍(4)/ベースボールガールズ(初) /     MieT(諸岡みなみ&平野恵里佳)/ 他(五十音順) 【MC】比嘉モエル/渋木美沙(2)/凪沢怜奈(3)     OpningAct/MAICA オリジナル番組配信サイト アキバ系BBチャンネル http://www.akiba-bb.net 【出演情報】 スマートフォンRPG「メイデンクラフト」 http://maiden-craft.com/tokuhou.html フィン=メイフィールド役 http://dengekionline.com/elem/000/001/007/1007723/ こちらのサイトの一番下の青い子をやらせていただいてます。 電撃ホビーブックス ガンダムホビーライフ にて 「五十嵐浩子のガンプラは愛で出来ている」連載中 http://hobby.dengeki.com/books/ ブログ:『RASHIKO☆the☆SPEED STAR☆りにゅ~ある。』 http://yaplog.jp/igarashiko-new/ Twitter:@rasico pink☆awayブログ:『pink☆awayのメンマは竹で出来ている』 http://ameblo.jp/pink-away/ ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。 子供達に絶大な人気を誇るNHKアニメ『はなかっぱ』ももかっぱ役で声優を務める。 全国順次公開中の映画『世界の終わりのいずこねこ』に主人公のママ役で出演中!! 岡山ドイツの森のCMソングTV放映中!!
ルミネッセンス 形態:8曲入り 定価:¥2,500(税込) 品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869 レーベル:sundaliru amazon_associate_logo.jpg
公式ブログ http://s.ameblo.jp/sundaliru/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。

「『マネーの虎』で1,435万円マネー成立が、芸能の代表作です」【揚田亜紀】今は、“奇跡のストレスフリー”42歳

agaritaaki01.jpg  元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の31回目! 今回は1990年に「今世紀最大の美女」「第二の山口百恵」のキャッチコピーでアイドルデビューした後、『マネーの虎』(日本テレビ)にて華麗に実業家に転身。現在は健康総合プロデューサー、歯科医院経営者、好感度コミュニケーション講師として活躍中の揚田亜紀さんが来てくれました! ──揚田さん、このたびは本当にどうもあり…… 揚田 いえいえ! このたびは天下のサイゾーさんにお呼びいただいて、本当にありがとうございます! ──えっ!? サイゾーが天下取ったことなんてありましたか? 揚田 私の中では神ですよ! だってサイゾーなんていったら、もう、クリックの神じゃないですか!? クリックせざるを得ないでしょ? サイゾーといったらクリック!! ──この連載も、たくさんクリックしてもらえるように頑張ります! いやぁ、今回は揚田さんがいらしてくれるということで、前もってご友人の宍戸留美さんに、どんな方か聞いておいたんですよ。そしたら「すごい美人だけど、よくしゃべるよ」って。 揚田 もうね、世の中のよくしゃべる人をマシンガントークって呼ぶのは古いよ、そういう手垢のついた表現は。 ──は、はい……(言ってないよ)。 揚田 マシンガントークって、なんかさ、理性もなしに、しゃべりたいからしゃべりたいままに人の会話を無視してしゃべる、飲みたいときに飲むし食べたいときに食べる、性にはだらしがない、そういうしょうもない自堕落な奴みたいじゃない? ──さすがに、そこまで思ったことはないですよ! 揚田 だから、これからは“彩りトーク”とか言ってくれないかな。“華やかトーク”とかさ。そういうふうに表現できたら、その人、好感度が上がると思うんだよね。 ──今日も出だしから相当お口が彩ってますね! 今回はインタビューとグラビア撮影ですが、グラビアはかなり久しぶりになりますか? 揚田 久しぶりもなにも、オファーがないから!!(笑) 私だってアイドルのときにグラビアやりたかったんですよ!! 一度だけ水着になったことがあったんですけど、太りすぎてて反響がないどころか、その数カ月後に「Momoco」(学習研究社、現・学研ホールディングス)が廃刊になったんだから!!(笑) ──伝説のアイドル雑誌が、揚田さんの水着で廃刊に! 揚田 私がアイドルだったと証明できる唯一の雑誌だったのに……ちぎれるくらい持ち歩いてます! 自分が出てる号は、Amazonで追加して買ってるからね。もうボロボロになっちゃって、顔とかもすり切れちゃってるから。どなたか原本お持ちでしたらご提供くださ~い、あははは! ──お気持ちわかります! 私もデビューした年の本とか死ぬほど集めました! 揚田さんはご自分でいろいろできる方だから、大人の言うことを聞かなきゃいけないアイドル時代は窮屈じゃなかったですか? 揚田 当時から「自分はアイドルのプロじゃない」と思ってたから、プロの人に任せようと思って、言われたことは全部やってましたよ。相手は芸能事務所、プロモーションのプロだから、「髪の毛を切りなさい」って言われたらすぐに切ったし、「痩せろ」って言われたら……うまく実行はできなかったけど、やろうとはしてましたよ。ダイエット本まで出したくらいですからね。『やせるが勝ち!?』(1996年/実業之日本社)っていう、何百種類ものダイエットの失敗談の列挙という……普通は成功談を書くんだけど、痩せなかったからね~。アイドル界の小錦って言われてたのよ。 agaritaaki06.jpg ──えっ! 本当に!? 揚田 そっ、衣装が入らなくてね。忘れもしない「モモコクラブ」の最初のグラビア撮影のときに、足が太すぎてスキーの靴が入らなくて、無理やり履いたらパッチーンって留め具の部分に肉が挟まって「イギャギャギャギャギャ~!!」「うわ、アイドルの揚田さんの肉が挟まっています!」って、大変なことになったのよ! 骨格がアイドルに向いていなかったのね(笑)。 ──そんなバカな! キャッチコピーは「第二の山口百恵」なのに? 揚田 あれは……もう釣り広告みたいなもんでね。私のキャッチコピーは「第二の山口百恵」と「今世紀最大の美女」だったの。ホリプロの山口百恵を育てた人にスカウトされたからなんだけど、まぁ顔だけは痩せてたかもね……。顔だけのプロフィールでスカウトして、会ってみたらデブった三頭身で大変だったでしょうね。しまいには当時の社長が「そんなこと(第二の山口百恵とか)言ってない」って言いだしてさ(笑)。 ──もう、クリック詐欺みたいですね。 揚田 サイゾーみたいなもんだよね。あ、サイゾーは詐欺じゃないね、クリックリアル! サイゾーはクリックリアル! ──でも、アイドル業は相当儲かったんじゃないですか? 揚田 アイドル時代は、むしろ親に借金してるから。アイドル時代なんて売れるわけないし貧乏話がいっぱいですよ。食べ物も留美んちの冷蔵庫からかっさらってたんだから。おなかすいて、留美んちの冷凍庫のアイスというアイスを全部食べまくって怒られたり、あと近くのパン屋さんでパンの耳をこんもりたっぷり30円で買って、あまりにそればっかり食べてたから、店員さんに「何のペット飼ってるんですか?」って聞かれて、「手乗り文鳥16羽です」って答えてみたり。それくらい貧乏だったの。だから、実質稼いだのは実業家になる手前くらいじゃない? そこからは年収200倍だよ。まぁ元が貧乏だったからなんだけどさ(笑)。 ──200倍はすごい!! 『マネーの虎』効果ですかね? 揚田 アレでやっぱり人生変わったなぁ。私の代表作『マネーの虎』ですから! ──『鶴ちゃんのプッツン5』(日本テレビ系)じゃなく!? 揚田 人生初のプレゼンテーションで、1,435万円の投資を成立させましたからね。 ──健康ドリンクバーの店ですね! 『マネーの虎』で開業の資金源を獲得したにもかかわらず辞退されたと聞いたんですが、それはなぜ? 揚田 その後すぐに番組が終わることになって、追跡取材もないので、投資家側のメリットが変わってくるでしょうから、投資を申し出てくださった方にもメリットがなくなったら申し訳ないし、「私に投資しようと決めてくださったお気持ちに大変感謝して、お気持ちだけで、ありがとうございました」って、こちらから白紙に戻させてもらったんです。1,435万円のプレゼンを成立させたってたことが、後に大きな話題となりましたが。 agaritaaki03.jpg ──その後、開業に至るまで、資金源はどうされたんですか? 揚田 自分の貯金や、親から借りたり、バイトしたりして出しました。 ──自腹!? 揚田 1,435万円っていうのは、がらんどうからお店を作って、ランニングコストとかも含めて、「たとえ赤字でもしばらくは維持できます」っていう額だから、居抜きで出店したら全然もっと安くできたわけよ。 ──自腹で麻布十番に店なんて、すごすぎますよ!! それから10年ずっと人気店で、銀座に2号店まで出したのに、なぜ閉店させてしまったんですか? 揚田 なんか、欲が出てきたんだろうね。だいたい10年区切りでアイドルもやったし、実業家にもなったし、お店も2軒やった。やりきったの。そしたら今度は「女の子として生きてみたい」と思ったんだよね。17歳の頃からずっと普通の女の子とは違った生活をしてきたから、女の子としての私は、17歳で時間が止まってるわけよ。自分の違う可能性を試したくなったんだよね。お店をやっていると、「バイトの子、大丈夫かな」「食べ物は大丈夫かな」「お客さん楽しんでるかな」って、24時間、本当に休まるときがなかったの。もちろん最高に楽しかったけど、やっぱり責任もあるからね。そこで「なんにもない人生ってなんだろう」と思って、全部リセットさせてもらったの。そうして考えたのが「趣味じゃなくて、仕事として今、自分がやりたいことってなんだろう」──それが、講師業だったんだよね。それで、“好感度コミュニケーション”を開発したんです。 ──へー、なんで急にコミュニケーション講師に? 揚田 芸能っていう好感度が命の世界と、接客っていうコミュニケーションが物を言う世界で一番学んだことは「正しいことを言っていても嫌われる人と、正しくなくても好かれる人がいる」ってこと。そして、その違い。私なら、それを人に論理的に教えられると思ったの。そもそも芸能界にいるときも芸能人向けにレッスンしていたので。「好感度を十分に引き出すためにはどうすべきか。今、あなたが言った一言が、なぜ感じが悪かったかというと……」って。そして魅力的な表現の仕方を教える。だから講師業は、実は、10年以上前からやってるのよ。「仕事はできるのに、人から好かれない」とか「正しいことを言っているのに、なぜか友達がいない」とか「こんなに一生懸命やってるのに、すべて裏目に出る」とか、そういう空回りって、すごくかわいそうだと思う。私が独自に研究を重ねて作り上げた、特殊な“揚田メソッド”では、これらがすべて解決できるんです。 ──“揚田メソッド”って何!? えっと、いろいろと気になるんですけど、私、人からよく「壁がある」って言われるんですよ、どうしたら人から好かれやすくなりますか? 揚田 反射。私が教えているのは反射コミュニケーションだから、反射で好感度をキャッチできるようにしてるの。 ──は、反射で好感度をキャッチ……? 揚田 座学で「好感度とは~」「人から好かれるためには~」なんてやっても、頭でできた気になって終わり。まったく体に身についてない。論理的な解説はもちろんしますけど、実践にかなうものはないから、私のレッスンでは四の五の言わずに体で教え込むのよ。 ──やってみたいやってみたい! 仕事がうまくいかなかったり、婚活がうまくいかなかったり、家族間でうまくいっていないサイゾー読者と、好感度を上げたい私のために“揚田メソッド”を教えてください! 揚田 教えられないよ! だって普段それを、お金もらって教えてるんだもん! 生徒さんに悪いじゃん!(笑) agaritaaki04.jpg ──じゃあ書かないから、教えてよ!!(真顔) 揚田 えー……じゃあちょっとやってみせますけど、まず……(以下、企業秘密)……。 ──……おお!! すごい!! なんだかさっきよりも、ずっと揚田さんのことが好きになってきた……!! 揚田 これが揚田流・特殊メソッド“ひなぎき”よ……! ──“ひなぎき”とは? 揚田 それはね、ひなのように愛くるしく、そしてひな祭りのひな人形のように慎ましく……あれ? おひなさまのひなのように慎ましく……だったかな、まぁどっちでもいいんだけど、赤ちゃんのように愛くるしく、ひな人形の、あ、ひな祭りのおひなさま……だとカブってるかな、あれ? ひな祭りの……赤ちゃんのひなの……(省略)ちょっとどうにかして! 文字のプロでしょ!!(笑) ──わからないですよ!! 赤ちゃんみたいに愛らしく、ひな人形みたいに慎ましくってことですか? でも、揚田さんって、決して慎ましいタイプではないですよね。 揚田 はぁ~~~~~!? 私という存在を全部ひっくるめると慎ましさになるでしょうよ!! そもそも本当の慎ましさって? って、思うんだよね。本当の慎ましさって、自己主張の仕方が慎ましい人だと思う。人は誰でも自己主張をしたいものじゃない? でも自己主張を押し通すと嫌われる。控えめすぎると相手に捨てられる。私がよくしゃべるのは、相手の主張とのオトシドコロを見つけるために言葉のジャブを多く打つ。この配慮! だから私は慎ましい! 小明・宍戸留美・編集 ……(無言)。 揚田 あ、声を張りすぎってのは100%慎ましくないね(笑)。 ──うん、そうですね、うん……。あー、えっと、“ひなぎき”をはじめとした“揚田メソッド”の講座を受けた生徒さんたちは、どんな感じで卒業していかれるんでしょうか? 揚田 すごいよ。みんな「人生で初めて、こんなこと教えてもらった!」「具体的でわかりやすい」「こんなに楽しいと思わなかった」「気づいたら体で覚えてた」って。あと、私の授業を3時間受けた人が言うには「職場で、いろんな人から話しかけられるようになりました」「人から信用されるようになった」「誤解が解けました」とか。ビジネスマンは結果、出世や売り上げに反映されるので好評ですね。 ──すごい効果!! 一般の人は、どこに行けば講座を受けられるんですか? 揚田 基本は企業とか法人と組んでやってるけど、一般参加の方は私に直接メールして! マンツーマンでやった方が効果が早いからね! ──でも、お高いんでしょ? 揚田 ピンキリ!! ──気になった方は是非ブログから連絡を! ……あっ、話は変わるんですが、ご結婚おめでとうございます! 歯医者さんのご主人との出会いはどちらで? 揚田 出会いはね、旦那が勤めていた大学病院で診てもらったのが出会い。で、惚れ込んだのは、みんなでお食事をしてる時。何かのタイミングで「亜紀さんがいない時間、僕がマワシテおきますよ」って、業界用語を使ったのよ。それで後から注意してあげたわけ。「よく、芸人さんの真似する素人さんいるけど、あれ、本当にかっこ悪いからやめたほうがいいですよ、自分の言葉に変えてオリジナルで話したほうがカッコイイですよ」って。そしたら「違う。僕は芸人さんの真似をしたのではなくて、あの状況を次に進めたかっただけなんです。ただ、進めるにあたり、適した言葉が僕のボキャブラリーにはなく、見当たらなかったので、芸人さんの言葉を借りるしか思い浮かばなかった」って。  めちゃくちゃ自分の言葉で話せる人だなあーーって(笑)。それからリスペクトするようになり、仲良くなった時、私の“特殊メソッド”に興味を持って、「亜紀さんはすごい!」って私に惚れ込んだんだって(笑)。 ──へー! agaritaaki05.jpg 揚田 「こんな話は聞いたこともない」って感動してね……。旦那、学者なのよ。歯学博士号を持ってるから、研究でも論文ガンガン書いてる人で、歯医者もできるけど、私は研究者だと思ってる。そういう勉強してる人って、コミュニケーションの勉強はしてきてないから、私というものをナマで見て、びっくりしなんじゃない? こんなにキレイで、面白くて、人気者は初めて見たんだって! もんのすごいキレイだったらしいんだよね。もう輝いてたんじゃない? こんなにキレイで(3回目)、キレのある格言も持っていて、ビシッと論理的に話もできて、何より愛嬌もあるしね! 世の中の魅力という魅力が、全てバランスよく揃ってたんだと思う。性的な魅力だけなかったけど、彼は別にそこは求めてなかったから! ──確かに揚田さんはすごい美人です! けど、こんなに自分で自分を褒める人、初めて見ました! 揚田 え、私、自分で言ってる? でも美人だよね! 私ね、配置が良いんだよ。良くできた顔だって言われるの! シンメトリーっていうの? クリエイターとかの集まりがあると、すっごい好かれるんだよ、クリエイターって黄金比とか求めるから、芸術家とクリエイターに囲まれてじっくり顔見られながら「ここの比率がいい」とか会議されて、「ギリシア彫刻くらいしかないね、揚田さんの顔に並ぶのは」って……言われてたと思う!(笑) ──でも、アイドル時代にグラビアはやられなかったんですよね。 揚田 だからオファーがないから!!(泣) ──ご主人といえば、揚田さんは茨城県に歯科医院「ヒナ歯科&ケアクリニック」を開業されましたが、ご主人は、ご実家が茨城県なんですか? 揚田 そういうわけじゃなく、旦那が以前、茨城県で勤務していたときに地元の方にとてもよくしてもらったらしく、茨城が好きになったんだって。だから、東京の最新技術と設備を、茨城にそのまま持っていったんです。大学病院と同じレベルの治療が受けられるんだよ。本当に「こんなに明るくポップで、おしゃれで、腕がいい歯医者は初めてだ!」って言われるの。 ──えぇ~? 明るくポップ~? 歯医者がですかぁ~?(怪訝そうな顔で) 揚田 「好きなものを、なんでも食べてもらいたい」「女性を美しくしたい」という思いで旦那は治療してるみたいよ。歯医者に限らず、医療って閉ざされたイメージがあるじゃない? 歯を治す場所なのに行きたくない、なんて元も子もないじゃん! 行きにくいなんて、最も思われちゃダメな場所なんだよ。私が健康ドリンクバーの店を10年やってたときに、青汁っていう苦くて飲みにくいものをポップにのし上げたんだよね。青汁ビール作って、青汁ラーメン作って、青汁焼酎つくって……みんなが今まで好きだったものにブレンドすることによって「あ、青汁って美味しい飲み方あるじゃん!」って気づいてもらって、もんのすごいヒットしたわけ。そうやって健康業界をポップにしたから、今度は医療業界をポップにしようと思ってるの。歯医者って、だいたい「痛くなったら行く」でしょ? それから「痛くなくても(メンテナンスで)行かなきゃ」とか。でも、うちは「痛くなくても行きたい」って歯医者なの。だから、うちには歯医者恐怖症の患者さんもいっぱい来るよ。もう、入った瞬間にパァァって明るいから、すごく入りやすいし、腕もいいしね! おかげさまでバカウケしてます!(笑) ちなみにスローガンは「楽しいから笑うんじゃない! キレイな歯を見せたいから笑うんだ!」あ、運がよければ私の「魅力的な笑顔の講習」も受けられますよ! agaritaaki07.jpg ──揚田さんの歯医者なら、笑気ガスいらずかもしれない! ぜひ行ってみてくださいね! ところで、揚田さんはいつもポジティブでバイタリティにあふれていますが、ストレスはないんですか? 揚田 やりたいことをやっているからではなく、やりたいことが世の中から需要があって、さらにそれがお金になってるから、奇跡のストレスフリーなの!(笑) あ、この間、J-WAVEの秦基博さんの番組に呼ばれたの。テーマが『最もストレスのない人生を送ってる人』で、ゲストが蛭子能収さんと揚田亜紀。 ──(爆笑)!!! 揚田 そこで「奇跡のストレスフリー」って言ったら秦さんも「え? 奇跡のストレスフリー?」って。言葉を最も大切にする作詞家の人がワードで引っかかったんだから! つまりシンガーソングライターに、私のキーワードを伝授したってことでしょ? ……どうしよう、新曲に使われたら(笑)。 ──ネットで「秦さん作風変わった」って叩かれるかな……。 揚田 まぁ、「しゃべり方にキャラがありすぎて内容が耳に入ってこない」「早すぎて何言ってるかわからない」とも言われたけどね! ──トークが彩りすぎてたのかな! 本日は素敵な“彩りトーク”、どうもありがとうございました!! (取材・文=小明/撮影=宍戸留美) ●あがりた・あき 1972年6月7日、和歌山県生まれ。B型。 1990年、“第二の山口百恵”としてアイドルデビュー。『笑っていいとも』(フジテレビ系)、『鶴ちゃんのプッツン5』など、バラエティー、歌、ドラマ、映画、レポーター、著書『やせるが勝ち』など、多岐に渡り芸能活動をへた後、30歳、プレゼンテーション番組『マネーの虎』にて、1,435万円のマネー成立、実業家に転身。銀座と麻布十番で「健康ドリンクバー」を経営するや、たちまち人気店となり、メディアに多数とりあげられる。同時に、タレント新人育成と、お店のスタッフ研修で培ったコミュニケーション技術を独自のメソッドとして作り上げ、現在は法人を中心にOLからビジネスマン、経営者、医師など幅広い層を対象に「好感度コミュニケーション講座」を行う。2014年10月より歯科医院経営。 揚田オフィシャルブログ 揚田亜紀のアガリタアガリタ http://ameblo.jp/akinokihansamu/ ヒナ歯科&ケアクリニック http://www.hina-shika.com/ 揚田お問い合わせ agaritawork@gmail.com (担当 鈴木) ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。
ルミネッセンス 形態:8曲入り 定価:¥2,500(税込) 品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869 レーベル:sundaliru amazon_associate_logo.jpg
公式ブログ http://s.ameblo.jp/sundaliru/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。

「常に“人生は戦いだ”と思っている」【加藤有加利/yucat】の『パラレルワールド』は終わらない

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 元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の30回目! 今回は元RYTHEM(リズム)、現在は堀江由衣さんや田中理恵さんに楽曲提供もこなすアーティストの加藤有加利/yucatさんが来てくれました! ――本日は加藤さんとしても、yucatさんとしてもいろいろなお話を伺いたいと思います! 初歩的な質問で申し訳ないんですが、デビューのきっかけは? 加藤 高校生の時に、中学からの親友と一緒に『第二の中島美嘉になれる!』っていうオーディションを受けたんですよ。当時はまだ16歳だったから、もう「え? なれるんだ!? なりたい!!」っていう単純な気持ちで受けて(笑)。 ――第二の中島美嘉に!? 私、加藤さんと同じ年で、その年の時も「De☆View」と「月刊Audition」を読みあさっていたので、親近感が湧きます。オーディションってなかなか受からないですよねぇ(しみじみ)。 加藤 あ、いえ、それに合格して、それがデビューのきっかけです……。それから育成期間があって、曲も自分たちで作り始めて、それが運良くテレビアニメ『NARUTO』のエンディングテーマに決まって……もう本当に運だけ(笑)。
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――初めてのオーディションで、そんなことが! そういうのって、すべてやらせだと信じていたので驚きです! ちなみにそのオーディションには、お友達と一緒に合格したんですか? 加藤 そうなんです。でも、そのオーディションの時に、やっぱり聞かれましたね。「どっちかだけ合格って言ったらどうする?」って。 ――うわぁ、気まずい。 加藤 なので、「なら辞めます。違うの受けるんで」って言ったら、そのまま決まりました(笑)。それから、その友達とRYTHEM(リズム)っていう2人組になって、8年くらい続けました。 ――8年ってかなり長いですよね。どうして解散に? 加藤 2人とも、10代の頃に「歌手になって歌いたい」っていう気持ちだけで始めたけれど、楽曲を自分で作って、音楽を届けていく立場になると、お互い成長とともに変わってきたこともたくさんあったので、「これからは、お互いにやりたいことをやってみようか」って。事務所の人は「辞めないで」って言ってくれたんですけど、みんなが止める中を振り切って解散しました。 ――せっかく第二の中島美嘉になるところだったのに……! 加藤 そこはもう、なかったことになってますね(笑)! 中島美嘉さんと同じプロデューサーだったんですけど、はじめの段階から、もう「オーディション名はそれでしたけど、そうはならない」とハッキリ言われましたし(笑)。 ――看板に偽りあり! でも、解散してからはソロプロジェクトのyucat(ユキャット)の活動も始まりましたね。ソロでやるのは、前から決めていたんですか? 加藤 いえいえ、ソロをやるって考えはなかったんですけど、そういうタイミングが来てしまったので(笑)。改めて「自分がどうしていけばいいのか」を考えましたね~。
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――いっそ就活しようかな、なんて思わなかったんでしょうか? 加藤 就職はさすがになかったかな。やっぱり、今まで音楽しかやってこなかったし、音楽しかなかったので、音楽には何かしらの形で関わっていたいと思っていました。それに、今までユニットの活動以外にも、加藤有加利として作家活動はしていたんですよ。声優さんに楽曲を提供したりとか。だから、ファンの方の間では「作家活動に専念するのかな」「もう表には出てこないの?」って心配されていましたね。yucatも3年やってはいるんですけど、表で活動しだしたのは去年からなので。 ――加藤有加利の名義で、声優さんに楽曲を提供し始めたのは、どういう流れだったんですか? 加藤 楽曲提供は2008年からしているんですけど、その時、私がちょっとしたスランプに陥ってしまっていて、RYTHEMで楽曲を作っても採用されなくなってしまったんです。悩むだけ悩んだんですけど、ふと「もしかしたら、この楽曲が悪いわけじゃないんじゃない?」と思い始めたんです。たまたまこのタイミングの曲じゃないとか、RYTHEMのキャラクターに合わないとか、自分が歌う曲じゃないんじゃないかなって。そんな時に、マネジャーが「この曲、違うところに出してみる?」って言ってくれたので、私は「え! そういうことしていいんだ!?」と衝撃を受けて、「是非ともお願いします!」と(笑)。それが堀江由衣さんの曲になったんです。 ――楽曲提供の一発めが堀江由衣!!?? ひゃあああ!! 曲の作り直しや書き直しは大変じゃなかったですか? 加藤 曲については何にも言われなかったんですけど、歌詞についてはスタッフさんに「もっともっとかわいく!」って修正を頼まれました(笑)。なので、私も「この人が歌ってくださるわけだから、この方が自分で発する言葉を調べるべきだ!」と思って、ブログからTwitterからWikipediaから、堀江さんに関するものを全部見て「本当にかわいい方だな、こういう音楽が好きなんだな」っていうのを勉強して、そこから言葉を紡ぎ出しました。あとは、私が「コレを言って欲しい……」みたいなのを散りばめたらOKをいただいて(笑)。それが始まりで、「誰かのために曲を作るのは面白いなぁ」って。だって、初めは“せっかく作ったけどボツになってしまって、日の目をみることができない可哀想な曲”だったんですよ。それが、他の誰かが加わることによって、全然違う曲に成長していくというのが、すごく面白かったんです。 ――他には、田中理恵さんにも楽曲提供されてますね。 加藤 田中理恵さんは10曲入っているアルバムのうち、9曲くらい書いたので、そのアルバムのライブには招待していただいて挨拶もさせていただきました、お美しいお姉様で感動ですよ……!
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――羨ましい~!! 最近では、ぽっちゃり女子専門ファッション雑誌「ラ・ファーファ」(ぶんか社)の人気モデルのユニットの、la BIG3「ぽちゃティブ~BodyもHeartもグラマラス~」って楽曲の作詞も加藤さんと知って驚きました。アレはまた、どういう流れで!? 加藤 la BIG3さんは、yucatとプロデューサーが同じなんですよ。それで「やってみる?」って言われて。 ――プロデューサー、仕事の幅が広いっすね……! 加藤 そういう企画物が好きみたい(笑)。私はしっかりしたコンセプトさえあれば一日で書けるので、何を伝えたくて、何をやるための3人なのかがちゃんと決まっているla BIG3さんの企画なら「コレは書ける」と思ってオファーを受けました。ただ、私はやっぱり暗いところがあるので、そこは大変でしたね……求められたのが、100パーセントのポジティブだったんですよ。 ――「ぽちゃティブ」、そうとうポジティブな歌詞ですもんね。 加藤 実はそこが一番の苦手分野だったんですよ。私の中で、「これは99パーセントのハッピーだな!」と思って送ったら「まだハッピーが足りてない。これは80パーセントだ。100にならなきゃダメだ」ってやり直しになって……。私は“光”の部分を出すために少しだけ“闇”を入れて、より“光”を際立たせるという手法を使うので、「その“闇”はいらないんだ!」っていうのが、思ったよりも難しかった(笑)。でも、そうやって新しい発見が出来るのも、すごく楽しかったです。 ――幅広い音楽をやられてますなぁ~。 加藤 常にこうありたいですねぇ(しみじみ)。 ――ハッピーでコンプレックスを感じさせないla BIG3とは打って変わって、ソロプロジェクトのyucatは、ずいぶん激しいですね。ゴシックなファッションだったり、バンドもガスマスクだったり、そういうアイデアは誰が考えているんですか? 加藤 ぜんぶ私が自己プロデュースしています。今3作出ているアルバムもそうですし、ライブも全部自分で考えて、もう、やりたいこと全部やらせてもらって(笑)。 ――衣装も小道具も凝ってますねぇ。こういうのは、なんていうジャンルのファッションなんですか? 加藤 スチームパンクでやっています。 ――スチームパンク? 加藤 工場とか、レトロなんだけど未来が融合されているような……ファッションのジャンルというよりも、スチームパンクっていう、ひとつのカルチャーかな。 ――ほほ~う……? このネジと歯車がついた耳やゴーグルはどこで売ってるんですか? 加藤 銃なんかの小道具は、私もグッズの販売で出店しているデザフェスで揃いましたよ! 耳とゴーグルは、自分で銅板を切って、ネジや廃棄の部品を接着して……だいたいは、他の人から見たらゴミみたいなものがついているんですけど、この歯車だけは高いんですよ! こういう小道具って、普通に買うと7~8万はするから、作った方がいいな、と思って自分で作りました。海外ではけっこう流行ってるんですけど、日本ではまだ自分で作れる人しかやってないかもしれない。
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――7~8万!? 完全なるビジネスチャンスじゃないですか! デザフェスで売ろうよ!! 10万くらいで!! 加藤 高い(笑)!! ――絶対儲かるよ(鼻息荒く)!! ……話を音楽に戻しましょう、yucatのテーマは『暗黒ファンタジー』とのことですが、RYTHEMとはだいぶ路線が違いますね。 加藤 今までやっていたRYTHEMの曲っていうのは、私の中で“光”の部分で、こうなりたい自分、こうでありたい自分を描き続けてきた感じなんです。だから、だんだん、もっと本性を知ってもらいたくなってきたんですよね。「私にはもっともっと汚い部分があるんだぞ!」って。今まで自分が吐き捨ててきた負の感情だったり、人間の汚い部分を出したくなったんです。私はずっと「良い子でいたい、良い子でいなくちゃ」と思い続けてきたタイプで、本当に良い子で生きてきたから、それが爆発して、今はこんなことに(笑)。だから、そういう小さい頃からの実体験を元に『暗黒ファンタジー』を描けないかなって思ったんです。 ――アルバム『パラレルワールド3』は“戦い”をテーマにしているとのことですが、yucatは一体何と戦っているんですか? 加藤 何と……というよりは、私は常に「人生とは戦いだ」と思っているので。音楽の中でも、ずっと戦って、勝ち取って生きてきたという自覚があるので、常に何かと戦っているんですよ。与えられた家庭環境もそうだし、友達との関係性もそうだし、学校生活だったり、いじめとかも含めて、私たちはずっと見えない敵と、空気と戦わなきゃならないじゃないですか。生きていくためには、それらに立ち向かいながら、頑張って一歩一歩、前に進まなきゃならなくて……。 ――大変!! みんなもっとぼんやり生きてますよ!! ちなみに、一番初めの敵はなんでしたか? 加藤 家庭環境でしたね。私は高校ですぐに家を出たんですけど……けっこういろいろあったので(笑)。子どもの頃って、自分にはその世界しかなくて、どうすることもできないじゃないですか。だから、戦うというよりは、逃げるとか、目をそらすことしかできなかったんです。でも、成長して、自分の意志をもって、世界をひとつふたつ増やしていけば、絶対に変わることがあるとか、自分に力がつけば変えることが出来るっていうのを、yucatを通して伝えたくて。 ――なるほど! 子どもの頃と言えば、加藤さんは小学一年生で聖書を読破したそうですが、なんでまた聖書を? 救いを求めて? その年代の子ども、普通『あさりちゃん』とか読んでましたよ。 加藤 うちは本当に厳しくて、勉強以外しちゃいけない家だったんです。アニメも漫画も一切観させてもらえなかった。今はその反動で大好き(笑)。テレビ番組も教育的なもの以外は観させてもらえなかった。『ドラえもん』『アンパンマン』『サザエさん』のみですね。『クレヨンしんちゃん』はNGだったかな。そういう感じの家庭だったので、読む物は家にある聖書と学校の教材しかなかったんですよ。だから、ちょっと普通ではなくなってしまった感じはありますね。友達ともあんまり遊んじゃいけないし、ずっと家で勉強していなさいっていう方針だったので。
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――勉強や読書以外、どんなことをしていたんでしょう? 加藤 とにかく自分を客観視してましたね。まず一番最初にやったことが「鼻って自分で見えないな」っていう(笑)。がんばって自分で見ようとしても、どうしても見えないから、一度自分をちょっと違うところに置いて、そこから物を見るっていう感覚が発達していって……って、恐いですよね(笑)。 ――う、うん……! ええと、そういう時代に培った世界観がyucatにつながっているんですね。 加藤 そう! あの頃の自分がなかったら絶対にできなかったことなので、それはそれで今は感謝かな……(笑)。yucatの楽曲を生み出すには、自分の負の部分と正面から向き合うことになるので、本当につらいんです。けど、それが完成した瞬間に、私の中で一つ浄化できるんですよ。だから、ひとつひとつ向き合って浄化していって、だんだん明るくなっていってるんです。それに、加藤有加利の活動では、RYTHEMの頃みたいに、なりたい自分、こうでありたい自分というバランスで曲を作っているので、それによって、非常に精神状態が良い具合に保たれて、日常生活が豊かになりましたよ。 ――良かったね(泣)!! ひとつひとつ負の部分が浄化されていくにつれて、最終的にどうなっていくのか楽しみですね。アルバム『パラレルワールド48』くらいには、60歳くらいで甘ロリになってハープを奏でるyucatが見られるかも! 加藤 そこまで頑張れるかな(笑)、続けられるだけやりたいですね! ――最後に、今後の野望を教えて! 加藤 yucatの具現化です! 今までイラストだけでしか表現できなかったyucatの世界観を、物を創って自分で着込んで演出したり、一曲一曲のストーリーをミュージカル風にしたり、私自身が実体化となって表に出て行きたいと思っています。 ――楽しみにしてます! 今日はありがとうございました! (取材・文=小明)
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●かとう・ゆかり 1985年、神奈川県生まれ。 2002年、「Sony Music Audition」に合格。03年、「RYTHEM(リズム)のYUKAとして、ソニーミュージックSMARよりデビュー。 「ハルモニア」「万華鏡キラキラ」「ホウキ雲」等、数多くのアニメ・ドラマタイアップ楽曲をリリース。全国ツアー、1万人握手企画、ホールワンマンなど勢力的なライブ活動を行う。 11年2月、ラストアルバム『リズム』とZepp Tokyoでのラストライブを最後に解散。 ・声優の堀江由衣、田中理恵、下田麻美、アニソン歌手HIMEKAに楽曲提供等の作家活動も行っている。 ・12年8月~13年5月『NACK5  What’s VOCALOID?』4時間特番のメインパーソナリティーを担当。 ・13年4月『ニコニコ超会議2』でのボーカロイドエリアで公開収録&ライブを行う。 ・12年7月18日キッズアルバム『ともだちソング~そらにくも・きみにぼく~』発売。 ・14年2月26日キッズアルバム『2014うんどう会(1)キッズたいそう~てのひらをたいように~』発売 ・13年8月からデビュー10周年企画としてマンスリーワンマンライブを決行。自身が提供した楽曲のセルフカバーを基本にアコースティックライブ&パーティーを行う。 ・14年1月よりKHive所属で自らのプロデュースアーティスト『yucat』の3rdSTAGE 始動! Twitter: 加藤有加利 http://twitter.com/YUKARIkato43 yucat http://twitter.com/yucat1031 ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。
ルミネッセンス 形態:8曲入り 定価:¥2,500(税込) 品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869 レーベル:sundaliru amazon_associate_logo.jpg
公式ブログ http://s.ameblo.jp/sundaliru/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/> サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中。ニューシングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。