昭和の割腹事件を再現した『MISHIMA』 問題作の封印を解いた鹿砦社の"蛮勇"

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『三島由紀夫と一九七〇年』鹿砦社
 1970年11月25日に自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺を遂げた作家・三島由紀夫。性倒錯をテーマにした自伝的小説『仮面の告白』、大ベストセラーとなった実録犯罪小説『金閣寺』、純文学の中に宇宙人やUFOを登場させた『美しい星』など実に多彩な作品を45年の生涯の中に残した。三島の同名戯曲を原作にした美輪明宏主演映画『黒蜥蜴』(68)の劇中では蝋人形に扮し、美輪と濃厚なキスを交えている。三島が監督・主演した『憂国』(66)の切腹シーンは、4年後の三島事件を予告していたかのような衝撃がある。  スキャンダルに満ちた三島の生涯を再検証したのが、鹿砦社から出版された『三島由紀夫と一九七〇』だ。三島事件がきっかけで「一水会」を結成した鈴木邦男氏と『極説 三島由紀夫』(夏目書房)などの著書があるフラメンコ舞踏家である板坂剛氏が対談形式でタブーレスに三島について語り明かしている。ホモ疑惑のあった三島の交際相手、三島が結成した「楯の会」の選考基準はビジュアル重視、師匠にあたる川端康成のノーベル文学賞受賞作『山の音』は実は三島が書いていた......などのワクワクするエピソードが満載。そして、とりわけ注目したいのが巻末参考資料映像。"日本未公開映画"として知られる緒形拳主演の日米合作映画『MISHIMA』(85)が付録DVDとして封入されているのだ。  『タクシードライバー』(76)の脚本家であるポール・シュレイダーが監督した三島由紀夫の伝記映画『MISHIMA』は、85年のカンヌ国際映画祭で最優秀芸術貢献賞を受賞しながら、日本では劇場公開されなかった"封印映画"として有名だ。製作総指揮は『ゴッドファーザー』(72)のフランシス・F・コッポラ、『スター・ウォーズ』(77)のジョージ・ルーカス。日本側のプロデューサーに『太陽を盗んだ男』(79)の山本又一朗。キャストは三島役を緒形拳が演じている他、坂東八十助、佐藤浩市、沢田研二、倉田保昭、永島敏行、池部良、三上博史、横尾忠則......とうっとりするような豪華な配役となっている。  海外での公開タイトルは『MISHIMA A Life in Four Chapters』。厳格な祖母に育てられた虚弱な少年期から始まり、「楯の会」のメンバーと共に市ヶ谷駐屯地に乗り込み、割腹するまでの三島本人の伝記パートを軸に、三島の代表作である『金閣寺』『鏡子の家』『奔馬』の3作品が劇中劇として挿入されている。完璧なる美と自死への恍惚感に取り憑かれた男たちの3つの物語が次第に収斂していき、現実世界の主人公である三島本人を自決へと向かわせる構成が秀逸だ。製作当時はミスキャストとも言われた三島役の緒形だが、「楯の会」の制服に身を包み、総監室に立て篭るクライマックスシーンには異様な迫力が漂っている。  カンヌ国際映画祭での受賞後、同年よりスタートした第1回東京国際映画祭でも特別上映される予定となっていたが、一部の右翼による妨害活動があり、東京国際映画祭側が上映を取り止め。海外では一般上映され、ビデオ化、DVD化もされていたが、肝心の日本ではその後も一切上映されず、パッケージ化もされなかった。海外で販売されているDVDを取り寄せるしか視聴することができない"幻の映画"となっていた。  『MISHIMA』が日本で公開されなかった原因を探っていくと、同作を試写で観た三島由紀夫の未亡人である瑤子夫人が劇中の切腹シーンなどを嫌い、「肉親として気持ちいいものではない」と週刊誌に感想を述べたことが発端となったようだ。この記事を読んだ一部の右翼が上映反対のビラを街頭で蒔いたことから騒ぎに発展した。作品を観ることなく、週刊誌の記事を読んだ右翼が上映反対運動を起こしたドキュメンタリー映画『靖国 YASUKUNI』(07)のケースとよく似ている。  瑤子夫人がやはり切腹シーンを嫌ったことから短編映画『憂国』も三島の死後は上映の機会を失っていたが、瑤子夫人の死後、ようやく2006年にDVD化されるに至った。しかし、『MISHIMA』は依然"お蔵入り"したまま。『三島由紀夫と一九七〇』のあとがきによると、鹿砦社の社長・松岡利康社氏は「世界的名作がこのまま埋もれてしまっていいのだろうか」という心情から、三島の40回忌に合わせて発売された同書に『MISHIMA』をDVDとして封入する"蛮勇"を決意したとのことだ。『MISHIMA』は本当に封印されるべき作品だったのか。世界的作家・三島由紀夫の業績と封印映画の悲劇を改めて検証する上でも、絶好の機会だろう。一度手にしてみてほしい。
三島由紀夫と一九七〇年 あの封印映画がついに!

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"歩く伝説"山本又一朗プロデューサー 小栗旬初監督作の舞台裏を存分に語る!(後編)

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前編はこちら ■『愛・旅立ち』は長谷川和彦監督の復帰作だった!? ──後半は"又一朗伝説"について少々聞かせてください。『愛・旅立ち』では当時噂になっていた近藤真彦、中森明菜の共演をよくぞ実現させましたね。 又一朗 あの作品に関して、いろいろと感じるところがあります。ジャニーズ事務所は近藤真彦をはじめ人気スターを多数抱え、映画でもヒット作を連発していた。そこに中森明菜という歌手としてだけでなく、俳優としても非凡なものを持った表現者が現れた。自分勝手な感想ですが、残念なことに、『愛・旅立ち』の後、彼女の可能性をさらに伸ばしてあげるものを用意することが我々にはできなかった。あのときの彼女は初めてやる映画に対し、怯えがあった。自分よりもっと大きな存在が作品を背負ってくれ、その脇で出演するなら、というのが彼女の希望でした。そこで当時彼女が所属していた研音のOKをもらって、メリー喜多川さんのところに話を持っていき、俳優として歌手として乗りに乗っていた近藤真彦との共演が実現したんです。 ──中森明菜が幽体離脱するスピリチュアルムービーとして最初から企画されていたんでしょうか? 又一朗 『愛・旅立ち』はある種のスピリチュアルムービーだったんだけど、元々は超能力者を描く全然違う内容の企画を用意してました。『太陽を盗んだ男』の長谷川和彦監督の6年ぶりの監督作になるはずだったんです。ゴジ(長谷川監督の愛称)が脚本も書いてくれて『PSI』という、サイキックの頭文字から取ったタイトルでした。面白い内容だったけど、予算が8~9億円かかるものでした。今ならCGを使えば、もっと安くできたんだろうけどね。でも、『太陽を盗んだ男』のときに予算オーバーしてしまったので、ゴジもオレも業界で札付きだった(苦笑)。同じ失敗をプロデューサー、監督としては繰り返せないでしょう。ゴジも思い込んだら一途な性格だから、予算に収まるように脚本を変えることはやらないわけです。ジャニーズ事務所と研音からも「長谷川監督も悪くないけど、マッチの映画を撮ったことのある舛田利雄監督なら心配がない」という意見が出てね。それで舛田監督が、超自然現象の話は面白いから、それなら当時流行っていた丹波哲郎さんのベストセラー『死後の世界の証明』(広済堂ブックス)的なものを若者向けにやろうということで、ああいう内容になった。途中で企画や監督が代わってしまったけど、みんなが面白がる着地点があったので完成まで辿り着いたんです。まぁ、マッチと明菜に関するホントに可愛らしい明るいエピソードもあるけど、それはボクが墓場まで持っていきます(笑)。
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山本又一朗プロデューサーは小栗旬を15歳の
ときから育ててきた。「旬とはお互いに学び合
う関係ですよ。自分の箱庭の中にアイツを閉じ
込めておこうとは考えていません」と又一朗
氏は語る。
■あまりに過激すぎる又一朗・大阪伝説!! ──『クローズZERO』ですが、あの作品は大阪でやんちゃだった三池崇史監督の青春時代を投影した作品という認識だったのですが、実は山本又一朗プロデューサーの自伝的色彩も強いんじゃないでしょうか? 又一朗 いや、当然ながら髙橋ヒロシさんの原作コミック『クローズ』(秋田書店)ありきの世界ですよ。そこに武藤省吾という新進気鋭の脚本家が加わり、さらに三池監督という名匠を得ることができた。ボクの高校時代の話はねぇ、大阪にまだ知り合いが多いからあまりできないんだなぁ(苦笑)。まぁ、高校時代のボクは、ワルでした。今は温厚な顔をしていますが、その頃のボクの人相はかなりなものでね......(iPhoneに取り込んである高校時代の写真を見せる)。 ──ごっつい男前。浪速の石原裕次郎ですね! 又一朗 ハハハ、大阪であんまり暴れすぎたので、兄が東京へ強制送還したんです(笑)。バイクも乗り回してたし、よく遊び回っていたけど、照れ臭くて女の子とは遊ばなかった。硬派ってわけじゃないけどさ。それが、今ではこんなに女性好きになるとはね(笑)。 ──強制送還された経緯を教えてください。 又一朗 阪急梅田駅で他校の有名な不良とぶつかったんだ。「こらッ、ボケッ!! どこ向いて歩いとんじゃ!」「アホンダラ! おのれから当たっとってッ」とね。相手は鋭く磨き上げたヤスリを学ランの内ポケットに入れて持ち歩いている札付きのヤツでね、傷害事件を2度起こして保護観察処分になっているらしい。後から知って、震え上がりました。地元の高校生たちの間で決闘場として知られていた田んぼがあってね、「勝負するから、10日後そこに来い」と呼び出されました。自分は刺し殺されるに違いないと、夜も眠れなかった。眠ると自分が刺される夢を見て、びっしょり寝汗をかいて目が覚めるという日が続いたんです。周囲は「謝ればいいじゃないか」というけど、でもあの頃ってどうしても謝れないものなんですよ(笑)。それで友達のYくんの家にあった日本刀を1日だけ拝借したんです。日本刀は重いから、振り下ろすときは腰を落とさないと自分の足を斬ってしまうので気をつけろって言われてね。夜中に暗闇の中でこっそり振り回す練習をして......。オレは、何してんだろうと......(苦笑)。いよいよ当日がやってきて、もう、それまで10日間溜め込んでいた恐怖が爆発して日本刀をかざして向かったところ、それまで「おい、こら」と言っていた相手が「や、山本くん、危ないよ!」と(笑)。「得物を持っとんのはそっちが先じゃい」ってね。人間が恐怖でおののく表情を初めて見ました。今、考えればホントについてた。自分も傷つかず、誰も傷つけなくて済んだ。
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山本又一朗プロデューサーの若かりし頃の写真を
ご提供いただいた。肉食系の超イケメンでは
ないか。
──『クローズZERO』の世界、そのまんまじゃないですか。 又一朗 『クローズZERO』はピュアな世界だけど、自分の場合はもっとドロドロして生々しかったね。でも、「あの男を倒さないと、オレの明日はない」という気持ちは『クローズZERO』の世界と通じるものでしょうね。それで、そのまま大阪にいてはロクな人間にならないと案じた兄が、東京の高校へ転校するように手続きをしたわけです。言わば東京に島流しになったんだけど、東京は広い。観たいモノが全てある。天変地異の大展開。日本刀を振り回してた高校生はやがて出版業界に出入りするようになり、そして映画の世界に関わるようになったんです。ハハハ、この続きはまた次回やろうよ!  面白すぎる山本又一朗伝説。出版界での修行時代、世界を股に掛けた武勇伝など、まだまだ聞きたいことは尽きない。現在、企画準備中の新作が完成した暁には、ぜひとも伝説の続きを! (取材・文=長野辰次) ●『シュアリー・サムデイ』 プロデューサー/山本又一朗 監督/小栗旬 脚本/武藤将吾 音楽/菅野よう子 出演/小出恵介、勝地涼、綾野剛、鈴木亮平、ムロツヨシ、小西真奈美、妻夫木聡、遠藤憲一、岡村隆史、須賀貴匡、阿部力、笹野高史、モト冬樹、横田栄司、竹中直人、吉田鋼太郎、大竹しのぶ、原日出子、上戸彩、井上真央 配給/松竹 7月17日(土)より全国公開 <www.surely-someday.jp> ●やまもと・またいちろう 1947年鹿児島県出身。さいとう・たかを、小池一夫らに師事し、劇画原作の修行を積んだ後、映画・テレビ業界へ。映画プロデューサーとして、ジャック・ドゥミ監督を起用した実写版『ベルサイユのばら』(79)、長谷川和彦監督による日本映画史に残る金字塔的作品『太陽を盗んだ男』(79)、幽体離脱した中森明菜のロードムービー『愛・旅立ち』(85)、三島由紀夫の過激な生涯を緒形拳主演で映画化した『Mishima』(85)ほか数多くの話題作を製作。芸能プロダクション「トライストーン・エンタテイメント」の代表取締役でもあり、所属俳優・小栗旬を『あずみ』シリーズ(03、05)、『クローズZERO』シリーズ(07、09)でスター俳優へと育て上げた。
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"歩く伝説"山本又一朗プロデューサー 小栗旬初監督作の舞台裏を存分に語る!(前編)

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映画を作ったからには必ずヒットさせなくてはいけない。
『太陽を盗んだ男』(79)をヒットに導けなかったことは、
山本又一朗プロデューサーのその後の映画人生に大きな影響を与えた。
 熱い。熱すぎる。日本映画界において、火傷しかねないほどの情熱を作品に注ぎ込む男がいる。メジャー映画らしからぬ、型破りの話題作を常に提供する"生きた伝説"、その名は山本又一朗プロデューサー。29歳にして日本映画史に残る大傑作『太陽を盗んだ男』(79)を放ち、コッポラとルーカスを製作総指揮に迎えた『Mishima』(85)はカンヌ映画祭で芸術貢献賞を受賞(ただし日本未公開)。スピリチュアルムービー『愛・旅立ち』(85)では、当時の大人気スター・近藤真彦と中森明菜を共演させるというミラクルキャスティングを実現させている。また、小栗旬が所属する芸能プロダクション「トライストーン・エンタテイメント」の代表でもあり、小栗旬を主演に据えた『クローズZERO』(07)シリーズのヒットは記憶に新しいところ。映画製作のスリリングさは、すでに『TAJOMARU』(09)の際に語ってもらったが、まだまだ"伝説"について聞きたいことが山ほどある。『シュアリー・サムデイ』の裏話と共に、山本又一朗プロデューサーの伝説の一部をお届けしよう。 ──『シュアリー・サムデイ』は人気俳優・小栗旬が27歳で初監督に取り組んだことで話題を集めています。『クローズZERO』から『TAJOMARU』まで、働きに働いた事務所の稼ぎ頭へのご褒美としてGOサインを出したんでしょうか? 山本又一朗氏(以下、又一朗) いやいや、とんでもない! 映画はご褒美なんかで、やれるもんじゃありませんよ。この作品はね、何よりも小栗が「映画を作りたい」と昔からずっと抱いていた情熱が形になったものなんです。旬に初めて会ったのは、まだアイツが15歳のとき。16歳の頃に食事をしながら「将来、どんな役をやりたいんだ?」と聞いたら、「ボク、監督やりたいです」と答えたんですよ。俳優を志す者の夢としては、最初から他の者と違ってた。ま、それから7年間、旬は俳優業に勤しんだわけだけどね。 ──『花より男子』(05/TBS系)で人気に火がつき、映画『クローズZERO』シリーズのヒット、さらに蜷川幸雄演出による舞台『カリギュラ』の成功で若手俳優の筆頭格に躍り出ました。
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小栗旬初監督作『シュアリー・サムデイ』。
高校を退学処分になった巧(小出恵介)たち
バカ仲間は、美女と3億円をめぐってヤクザ
と抗争を繰り広げる。小栗監督が演技力を認め
る若手俳優たちが集結した。
(c)2010「シュアリー・サムデイ」製作委員会
又一朗 24歳という年齢は、ひとつのターゲットだった。順調に伸びている旬を24歳で一人前の俳優に、世間にきちんと名前の知られる存在にしようと考えて照準を当てていたんです。『クローズZERO』は旬の俳優としての実力を知らしめるために周到に準備していたビッグプロジェクトでした。旬は父親が厳格な舞台監督で、また比較的若い頃から礼儀に厳しい俳優の世界に入ったこともあり、グレることはなかったわけだけど、アイツの内面には、何か抑えがたい熱いものがあるのは分かっていました。絶対、『クローズZERO』をやるにふさわしい奴だとね。それに蜷川さんの舞台を2作品、『お気に召すまま』と『カリギュラ』。どの一本をとってもヘビー級の作品群。さらにはテレビの連続ドラマ『花より男子2』(TBS系)、『花ざかりの君たちへ』(フジテレビ系)、『貧乏男子ボンビーメン』(日本テレビ系)の収録。だから07年から08年にかけての旬のスケジュールは大変過酷なものになってしまった。実は旬が16歳のときに映画監督をやりたいと言ったなんてことは、こっちもすっかり忘れてましたよ。俳優として一人前になるという目標に向かって打ち込んでいたので、それどころではなかったですね。ところが、アイツが23歳のときに、ロケなどでよく世話になっている広島のホテルのオーナーが、改装オープンしたんで遊びに来いと誘ってくれて、旬と新幹線に乗ったんです。乗るといきなり旬が「ボク、監督したいと思ってるんですけど......」と。「おぉ、確か昔そんなことを言ってたな」と、16歳の頃の旬の顔が浮かんだんですよ。「こいつ本気で考えていたのか......」とね。ボクは前日、深酒して寝てなかったので車中で寝る気でいたのに、旬が鞄から台本を出してきてね。何ページか抜けていたんだけど(笑)。それが武藤将吾が書いた『シュアリー・サムデイ』だった。睡眠不足なのに、面白くて最後まで一気に読んでしまった(笑)。 ──小栗旬は「いつか必ず、映画製作を」と、『花ざかりの君たちへ』の若手脚本家・武藤将吾と密かに映画の企画を練っていた。 又一朗 武藤さんの脚本はジャンプ力があり、話の流れを平気で断ち切り、どんどん展開を飛ばす独特の面白さがある。当時同じ20歳代である2人の創作した脚本は、とても新鮮に感じられました。でも、だからといって23歳の売り出し中の俳優に即映画を任せるわけにはいきません。まず、小栗旬を俳優として押しも押されぬ存在にすることが先決でした。ある意味、映画監督をやると俳優としては横道に逸れることになる。24歳という節目を迎えて、まず俳優としてやらねばならない企画が目白押しだったんです。それで「旬、この脚本は面白い。いつかきっと映画化しよう。だけど、今じゃない。それよりこの脚本家をオレに紹介してくれ」と。そういう経緯で、小栗旬主演作として準備を進めていた『クローズZERO』の脚本家に武藤さんを選んだんです。『クローズZERO』の前後は、本当に旬も大変だったでしょう。それこそ寝る間もない1年間は、役者としていいことも嫌なこともたくさん味わったはず。演じるために思考する余裕も、台本を覚えるための最低限の時間もない中で、小栗旬は俳優として急速に成長した。またそういう状況を乗り切ったことで、実は監督をやるときに必要な"人間力"のようなものを身につけていったと思いますよ。だけど、あまりに多忙になりすぎて、旬のスケジュールは次々にやってくるオファーで流され気味になっていたんです。そんなある日、旬が「来年、この映画を撮れないから、もう諦めます」と言ってきた。なんで諦めると口にしたのかと、これはオレの推測なんだけど、若い頃の、旬自身まだ10代の気分の残っているうちに撮りたかったんじゃないかな。年齢を重ねてからでは空気感が損なわれてしまうと考えたんだろうね。旬は極めて自己内省力の強いタイプ。他人の言葉だけではなく、自分の口から発した言葉も、その後もずっと考えて検証したりするような性格の持ち主。その頃の旬は「最近のオレって、面白いですか?」なんて周囲に尋ねたりしていましたからね。そんな言葉が聞こえてきて、ひとつのいい区切りだなと感じたんですよ。「よし、映画やろうか」と。それで思い切って旬のスケジュールを監督をやるために空けたんです。 ──初監督作品ながら全国186館での一斉公開。本人はもっとインディペンデント的な作品を考えていたんじゃないですか?
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又一朗 それは感じました。もっと自主映画っぽいものを本人は考えていたようです。ボクとしても初めての監督作品なんだから、なるべくプレッシャーのかからないような形にしたいとは思っていたんです。でもね、旬の熱意に周囲が応じ、キャスティングをはじめ、予想以上に豪華なセットアップになってしまった(苦笑)。それに従って出資会社も次々と増えていったわけです。初監督である旬に100kgとは言わないけど、80kgくらいの重荷は背負わせた形になったかな。 ──キャスティングは小栗監督が自ら? 又一朗 旬は一緒にやりたい俳優リストを用意していました。各事務所からお小言を受けながらも、旬から積極的に当たっていました。そりゃ、事務所を通さずに、俳優本人に直接出演のオファーが行くと、事務所側は立場がありません。そういうことが若干あったのは確かです(苦笑)。旬も出演依頼するつもりはなくても、現場で会った俳優仲間に「今度、こういう映画を考えているんだ」と話してしまうと、ついついみんな前のめりになります(笑)。その後、正式に事務所を通して話を進めたことで、結果的には旬が望んでいた配役ができたんじゃないですか。 ──ベテラン舞台俳優の吉田鋼太郎がヤクザのボス役。要になる配役に小栗監督のこだわりを感じさせます。 又一朗 吉田さんのキャスティングは、旬がいちばん最初に決めたんです。もちろん、吉田さんの俳優としての力量にはなんら疑いはないのです。舞台で見せる実力はボクもよく知っています。しかしプロデューサーの立場から言うと、やはり宣伝しやすい有名俳優を......と考えてしまうわけです。重要な役なので、テレビや映画でもっと顔の知られているポピュラリティのある俳優にしてはどうかと進言しました。でも、やる気も実力もあっても、なかなかいい役が回ってこない。それこそうちの事務所が設立して間もない頃、ちっぽけで政治力もなく20歳前後まで、旬はかなりの悔しさを味わっていますよ。旬のそういう溜め込んでいた気持ちは、今回の配役に出ていると言えるでしょう。完成した映画を観れば「こんないい役者がいるんだ」と観客は驚くはずです。ただし、吉田鋼太郎さんという俳優はおそらく有名になることなどあまり興味がない人に見えます。舞台俳優としての今の環境がとても気に入ってように見える。でもね、今回の『シュアリー・サムデイ』は吉田鋼太郎さんにして本当に良かったと思います。ストーリー上のネックをね、吉田さんは持ち前の演技力でぴょーんと飛び越えてくれていますよ。 ──小栗旬監督と俳優との信頼関係で作られた映画ということでしょうか。 又一朗 旬としては、これまで俳優である自分と監督との間に感じていた溝みたいなものを極力なくしたいという考えがあった。俳優たちの考えを受け入れて、俳優たちができるだけ自由にやれるような現場を目指していた。でも、そのことから問題が生じたんです。俳優の意見を聞いた旬が、撮影の予定を変更することがあって、前日に徹夜同然で準備をしていたスタッフたちから不満が噴出してしまった。旬は俳優たちが演じやすいようにアイデアを取り入れたことでの変更なんだけど、監督至上主義のスタッフにしてみれば「なんで俳優たちは監督の言う通りに動かないんだ」と。仲直りのために飲み会を開いたところ、飲み会の席がまっぷたつに割れてしまった(苦笑)。俳優の中には「これじゃあ、明日から現場に行けないよ」と言い出す者も出てきてね。 ──『クローズZEROII』(09)のときも鈴蘭高校と鳳仙高校のキャストの間でケンカ寸前だったそうですが、その二の舞ですか? 又一朗 あぁ、『クローズZEROII』のときもあったね(笑)。お互いにいい映画にしたいという同じ想いなのに、双方の間に相違が生じてしまったわけです。誰が悪いとかじゃない。真面目に一生懸命になれば、思いもよらぬ摩擦が起きる。それで今度は飲み会に不参加だったオレが、翌日にもう一度、監督を中心に小出恵介や勝地涼らメーンの俳優陣を集めて焼肉を食いに行きました。彼らの話を聞いた上で、「よし、オレには、いかに君らが真剣にこの映画をよくしたいと一生懸命か、よく分かった。もちろん悪い奴はどこにもいない。スタッフだって同じ気持ちだよ。それはオレが保証する。明日からはみんな初日に戻ったつもりで現場に出ろよ。スタッフにはオレから話をしておくから」と話した。「でも、君たち、普段は監督とここまで気楽に接することはないだろ? 元々、俳優仲間の君たちの監督に対する接し方が、かなり気遣いしていたとしても、全てのスタッフにどう映るかは考えろよ」とだけ言いました。その夜、製作部に電話を入れて、「俳優たちも一生懸命だ。初日に戻ったつもりで明日から頼むよ。小栗旬という俳優出身の監督としての特性もある。俳優たちがやりやすい現場を作ろうと監督も一生懸命になっていることを理解してやって、うまく付き合ってくれ」と話したんです。旬も映画監督としていろんな状況を経験できたことは、俳優を続けていく上でも大変なプラスになったでしょう。 (後編につづく/取材・文=長野辰次) ●『シュアリー・サムデイ』 プロデューサー/山本又一朗 監督/小栗旬 脚本/武藤将吾 音楽/菅野よう子 出演/小出恵介、勝地涼、綾野剛、鈴木亮平、ムロツヨシ、小西真奈美、妻夫木聡、遠藤憲一、岡村隆史、須賀貴匡、阿部力、笹野高史、モト冬樹、横田栄司、竹中直人、吉田鋼太郎、大竹しのぶ、原日出子、上戸彩、井上真央 配給/松竹 7月17日(土)より全国公開 <www.surely-someday.jp> ●やまもと・またいちろう 1947年鹿児島県出身。さいとう・たかを、小池一夫らに師事し、劇画原作の修行を積んだ後、映画・テレビ業界へ。映画プロデューサーとして、ジャック・ドゥミ監督を起用した実写版『ベルサイユのばら』(79)、長谷川和彦監督による日本映画史に残る金字塔的作品『太陽を盗んだ男』(79)、幽体離脱した中森明菜のロードムービー『愛・旅立ち』(85)、三島由紀夫の過激な生涯を緒形拳主演で映画化した『Mishima』(85)ほか数多くの話題作を製作。芸能プロダクション「トライストーン・エンタテイメント」の代表取締役でもあり、所属俳優・小栗旬を『あずみ』シリーズ(03、05)、『クローズZERO』シリーズ(07、09)でスター俳優へと育て上げた。
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