『銀河鉄道999』はアップル並みのインパクト? 韓国の催眠術的ポートレイト

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(c)Seungyea Park
 『AKIRA』『ドラゴンボール』『ドラえもん』......子どものころ、僕らの心をアツくさせた漫画やアニメが、海の向こうに住むアジアの子どもたちの心にも火をつけていた。今や日本人だけのものではなくなった、ジャパニーズ・ポップカルチャー。その影響を受けて育った、アジアの才能豊かなクリエーターたちを紹介します。 第26回 アーティスト スンイェ・パク(Seungyea Park )  非常に繊細で、写実主義を極めた筆致で描かれたポートレイト。でも、何かが変。もう一度見る。えも言われぬ不安感に襲われつつ、今度は細部を見極めようと、見入ってしまう。そして普通の「人」のポートレイトにはあり得ないモノや部分を見つけては、恐怖や、嫌悪感にも似た感情が湧き出るのを押さえることができない。それなのに、シュール感と現実感が絶妙なバランスで共存している彼女の人物画を前にすると、この「人」たちの存在も簡単に受け入れてしまいそうになるのだ。  韓国のアーティスト、Seungyea Park(スンイェ・パク)は、そんな自分の作品を「催眠術的ポートレイト」と称している。
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(c)Seungyea Park
 スンイェの作品はほとんどが人物画だ。中性紙の上に、アクリルとボールペンを使って彼女が描き出したいのは「人の内面に棲むモンスターと、外部に現れたモンスター」。 「本当は誰にでも見えているかもしれないモノなのに、私たちは実は何も見ていない、あるいは、現実をそのまま受け入れようとしない、ということを表現したいのです」  スンイェは最近、20代のほとんどを過ごしたアメリカから、家族のいる韓国に戻って来た。 「韓国は私の生まれた場所で、現在の私の生活と活動の場でもあります。刺激的で、特殊なトレンドが生まれるところ。一方で、あらゆる種類のニーズに対するたくさんのチャンスがある場所でもあります」
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(c)Seungyea Park
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(c)Seungyea Park
 作品を韓国で売るのは簡単なことではないが、展覧会企画やアーティスト・イン・レジデンス、助成金などが、彼女の活動を支えているという。  そして、自分の作品に影響を与えるのは、どこか特定の国の文化ではない、としながらも、アメリカと日本の文化の存在は大きい、という。 「だって、それらはもはやほぼ世界中に広がっているものだから。子どものころは、『銀河鉄道999』や『鉄腕アトム』を見て、バービー人形と遊んで育ちました。21世紀のアップルが世界中に与えたインパクトと同様、巨大産業の影響からは逃れられないということです」 「アメリカには、韓国的なもの、アメリカ的なもの、日本的なもの、中国的なもの、そしてヨーロッパ的なものが混在しています。学校や友人、仕事の現場に、それらは普通にあり、確実に言えるのは、そうしたさまざまなカルチャーが、私の中にミックスされているということです」
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(c)Seungyea Park
 彼女に、ポートレイトを描き続ける理由を聞いてみた。 「人を描くのが好きなんです。顔は、その人の背景にある多くの歴史的なものを表している。それは美しく、壊れた大きな鏡――システムとも言えるし、私たちが属する社会とも言える――のかけらのようでもあります」  人々の中に、外に、巣食うモンスターたち。それは、彼らの暮らす生活や社会のひずみともいえるのかもしれない。そして、そうしたものを、スンイェは視覚化するのだ。 「私の絵は、モンスターたちが争う戦場みたいなものかもしれませんね」  現在所属するNational Art studio of Koreaは「自分が人々に向けて、自分が何を打ち出していくべきかを考えるのに適したところ」だというスンイェ。年末には、ソウル市のスポンサーによる個展の計画も進んでいる。  これからは、インスタレーションや書籍、ビデオなど、自分のドローイングをより多くの媒体を使って、メディアミックスの形でプレゼンテーションしていきたいという。 「とにかく、もっともっと作品作りを楽しみたいんです」  私たちの内面と外面にいるモンスターたち。スンイェにしか見えないそれらを、その作品を通して、もっと見せてほしいと思うのは、筆者だけではないはずだ。 (取材・文=中西多香[ASHU] sueportrait.jpg ●スンイェ・パク ソウルで生まれ育つ。高校卒業後、アメリカに渡り、ニューヨークのSouthampton Longisland UniversityでBFA(美術学士)を、C.W .POST of Southampton Long Island Universityで修士を取得後、アーティストとして活動を開始。現在はソウルをベースに、展覧会や出版を通じて作品の発表を続ける。2011年、Sovereign Asian Art Prize のTOP30 ファイナリストに選出される。 <http://blog.yahoo.com/artpark> <http://www.saatchionline.com/spunkyzoe> ●なかにし・たか アジアのデザイナー、アーティストの日本におけるマネジメント、プロデュースを行なう「ASHU」代表。日本のクリエーターをアジア各国に紹介するプロジェクトにも従事している。著書に『香港特別藝術区』(技術評論社)がある。<http://www.ashu-nk.com > オンラインTシャツオンデマンド「Tee Party」<http://teeparty.jp/ashu/> ■バックナンバー 【vol.25】ネタ元は日本の特撮ヒーロー? インドネシア式ファンタジー 【vol.24】"80後"世代の代弁者 中国売れっ子写真家の「未来系アート」 【vol.23】「ヤクルトとカップヌードルに洗礼?」MOJOKOのユーモラスな世界 【vol.22】「狂気とポップカルチャーが融合!?」香港のアーティストが追求する"不完全な美" 【vol.21】「人間の欲望を視覚化?」香港人気キャラの生みの親が追求する"醜さの美学" 【vol.20】「故郷・ボルネオ島での原体験が創造力の源」世界で活躍するマレーシアの"ケンヂ" 【vol.19】「人生に起きるすべてのことを細かく観察したい」中国ネット世代のアーティスト 【vol.18】「ヒーローは宮崎駿と奈良美智」シンガポールのマルチスタイル・アーティスト 【vol.17】「ルーツは『天空の城 ラピュタ』」ウォン・カーウァイに見い出された香港の若き才能 【vol.16】怖かわいい魑魅魍魎が暴れ回る! ヤン・ウェイの妖魔的異界 【vol.15】「原点は日本のコミック」東南アジアを席巻する都会派クリエーター 【vol.14】エロ×宗教×故事が混在!? 中国版・寺山修司が造り出すカオスな世界 【vol.13】昼間はOL、夜は寡黙なアーティスト ソン・ニが描く秘密の快楽の世界 【vol.12】まるで初期アニメ ローテクを駆使する南国のアート・ユニット「トロマラマ」 【vol.11】「造形師・竹谷隆之に憧れて......」 1000の触手を持つ、マレーシアのモンスター 【vol.10】"中国のガロ系"!? 80年代以降を代表するコミック・リーダー ヤン・コン 【vol.9】大のラーメンおたく!? シンガポールデザイン界を率いる兄貴、クリス・リー 【vol.8】メイド・イン・ジャパンに憧れて...... 香港の文学系コミック作家・智海 【vol.7】「血眼になってマンガを追いかけた」海賊版文化が育んだ中国の新しい才能 【vol.6】裸人間がわらわら 香港ピクセル・アートティストが放つ"アナログデジタル"な世界 【vol.5】ダメでも笑い飛ばせ! 香港の国民性を体現したグラフィック・ノベリスト 【vol.4】「教科書はガンダムの落書きだらけだった」 香港・原色の魔術師の意外な原点 【vol.3】「懐かしいのに、新しい」 読むほどにクセになる"タイ初の日本漫画家"タムくん 【vol.2】 マイブームはBL!? 香港の腐女子が描きとめる、消えゆく都市の記憶 【vol.1】「 :phunk版ガッチャマンが作りたい」 シンガポール発のデザイン集団が描く夢

『銀河鉄道999』はアップル並みのインパクト? 韓国の催眠術的ポートレイト

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(c)Seungyea Park
 『AKIRA』『ドラゴンボール』『ドラえもん』......子どものころ、僕らの心をアツくさせた漫画やアニメが、海の向こうに住むアジアの子どもたちの心にも火をつけていた。今や日本人だけのものではなくなった、ジャパニーズ・ポップカルチャー。その影響を受けて育った、アジアの才能豊かなクリエーターたちを紹介します。 第26回 アーティスト スンイェ・パク(Seungyea Park )  非常に繊細で、写実主義を極めた筆致で描かれたポートレイト。でも、何かが変。もう一度見る。えも言われぬ不安感に襲われつつ、今度は細部を見極めようと、見入ってしまう。そして普通の「人」のポートレイトにはあり得ないモノや部分を見つけては、恐怖や、嫌悪感にも似た感情が湧き出るのを押さえることができない。それなのに、シュール感と現実感が絶妙なバランスで共存している彼女の人物画を前にすると、この「人」たちの存在も簡単に受け入れてしまいそうになるのだ。  韓国のアーティスト、Seungyea Park(スンイェ・パク)は、そんな自分の作品を「催眠術的ポートレイト」と称している。
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(c)Seungyea Park
 スンイェの作品はほとんどが人物画だ。中性紙の上に、アクリルとボールペンを使って彼女が描き出したいのは「人の内面に棲むモンスターと、外部に現れたモンスター」。 「本当は誰にでも見えているかもしれないモノなのに、私たちは実は何も見ていない、あるいは、現実をそのまま受け入れようとしない、ということを表現したいのです」  スンイェは最近、20代のほとんどを過ごしたアメリカから、家族のいる韓国に戻って来た。 「韓国は私の生まれた場所で、現在の私の生活と活動の場でもあります。刺激的で、特殊なトレンドが生まれるところ。一方で、あらゆる種類のニーズに対するたくさんのチャンスがある場所でもあります」
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(c)Seungyea Park
 作品を韓国で売るのは簡単なことではないが、展覧会企画やアーティスト・イン・レジデンス、助成金などが、彼女の活動を支えているという。  そして、自分の作品に影響を与えるのは、どこか特定の国の文化ではない、としながらも、アメリカと日本の文化の存在は大きい、という。 「だって、それらはもはやほぼ世界中に広がっているものだから。子どものころは、『銀河鉄道999』や『鉄腕アトム』を見て、バービー人形と遊んで育ちました。21世紀のアップルが世界中に与えたインパクトと同様、巨大産業の影響からは逃れられないということです」 「アメリカには、韓国的なもの、アメリカ的なもの、日本的なもの、中国的なもの、そしてヨーロッパ的なものが混在しています。学校や友人、仕事の現場に、それらは普通にあり、確実に言えるのは、そうしたさまざまなカルチャーが、私の中にミックスされているということです」
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(c)Seungyea Park
 彼女に、ポートレイトを描き続ける理由を聞いてみた。 「人を描くのが好きなんです。顔は、その人の背景にある多くの歴史的なものを表している。それは美しく、壊れた大きな鏡――システムとも言えるし、私たちが属する社会とも言える――のかけらのようでもあります」  人々の中に、外に、巣食うモンスターたち。それは、彼らの暮らす生活や社会のひずみともいえるのかもしれない。そして、そうしたものを、スンイェは視覚化するのだ。 「私の絵は、モンスターたちが争う戦場みたいなものかもしれませんね」  現在所属するNational Art studio of Koreaは「自分が人々に向けて、自分が何を打ち出していくべきかを考えるのに適したところ」だというスンイェ。年末には、ソウル市のスポンサーによる個展の計画も進んでいる。  これからは、インスタレーションや書籍、ビデオなど、自分のドローイングをより多くの媒体を使って、メディアミックスの形でプレゼンテーションしていきたいという。 「とにかく、もっともっと作品作りを楽しみたいんです」  私たちの内面と外面にいるモンスターたち。スンイェにしか見えないそれらを、その作品を通して、もっと見せてほしいと思うのは、筆者だけではないはずだ。 (取材・文=中西多香[ASHU] sueportrait.jpg ●スンイェ・パク ソウルで生まれ育つ。高校卒業後、アメリカに渡り、ニューヨークのSouthampton Longisland UniversityでBFA(美術学士)を、C.W .POST of Southampton Long Island Universityで修士を取得後、アーティストとして活動を開始。現在はソウルをベースに、展覧会や出版を通じて作品の発表を続ける。2011年、Sovereign Asian Art Prize のTOP30 ファイナリストに選出される。 <http://blog.yahoo.com/artpark> <http://www.saatchionline.com/spunkyzoe> ●なかにし・たか アジアのデザイナー、アーティストの日本におけるマネジメント、プロデュースを行なう「ASHU」代表。日本のクリエーターをアジア各国に紹介するプロジェクトにも従事している。著書に『香港特別藝術区』(技術評論社)がある。<http://www.ashu-nk.com > オンラインTシャツオンデマンド「Tee Party」<http://teeparty.jp/ashu/> ■バックナンバー 【vol.25】ネタ元は日本の特撮ヒーロー? インドネシア式ファンタジー 【vol.24】"80後"世代の代弁者 中国売れっ子写真家の「未来系アート」 【vol.23】「ヤクルトとカップヌードルに洗礼?」MOJOKOのユーモラスな世界 【vol.22】「狂気とポップカルチャーが融合!?」香港のアーティストが追求する"不完全な美" 【vol.21】「人間の欲望を視覚化?」香港人気キャラの生みの親が追求する"醜さの美学" 【vol.20】「故郷・ボルネオ島での原体験が創造力の源」世界で活躍するマレーシアの"ケンヂ" 【vol.19】「人生に起きるすべてのことを細かく観察したい」中国ネット世代のアーティスト 【vol.18】「ヒーローは宮崎駿と奈良美智」シンガポールのマルチスタイル・アーティスト 【vol.17】「ルーツは『天空の城 ラピュタ』」ウォン・カーウァイに見い出された香港の若き才能 【vol.16】怖かわいい魑魅魍魎が暴れ回る! ヤン・ウェイの妖魔的異界 【vol.15】「原点は日本のコミック」東南アジアを席巻する都会派クリエーター 【vol.14】エロ×宗教×故事が混在!? 中国版・寺山修司が造り出すカオスな世界 【vol.13】昼間はOL、夜は寡黙なアーティスト ソン・ニが描く秘密の快楽の世界 【vol.12】まるで初期アニメ ローテクを駆使する南国のアート・ユニット「トロマラマ」 【vol.11】「造形師・竹谷隆之に憧れて......」 1000の触手を持つ、マレーシアのモンスター 【vol.10】"中国のガロ系"!? 80年代以降を代表するコミック・リーダー ヤン・コン 【vol.9】大のラーメンおたく!? シンガポールデザイン界を率いる兄貴、クリス・リー 【vol.8】メイド・イン・ジャパンに憧れて...... 香港の文学系コミック作家・智海 【vol.7】「血眼になってマンガを追いかけた」海賊版文化が育んだ中国の新しい才能 【vol.6】裸人間がわらわら 香港ピクセル・アートティストが放つ"アナログデジタル"な世界 【vol.5】ダメでも笑い飛ばせ! 香港の国民性を体現したグラフィック・ノベリスト 【vol.4】「教科書はガンダムの落書きだらけだった」 香港・原色の魔術師の意外な原点 【vol.3】「懐かしいのに、新しい」 読むほどにクセになる"タイ初の日本漫画家"タムくん 【vol.2】 マイブームはBL!? 香港の腐女子が描きとめる、消えゆく都市の記憶 【vol.1】「 :phunk版ガッチャマンが作りたい」 シンガポール発のデザイン集団が描く夢

特撮ヒーローのエッセンスが満載! インドネシア式ファンタジー

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「An Old Apartment Of Coaliti」(c)Eko Nugroho
 『AKIRA』『ドラゴンボール』『ドラえもん』......子どものころ、僕らの心をアツくさせた漫画やアニメが、海の向こうに住むアジアの子どもたちの心にも火をつけていた。今や日本人だけのものではなくなった、ジャパニーズ・ポップカルチャー。その影響を受けて育った、アジアの才能豊かなクリエーターたちを紹介します。 第25回 アーティスト エコ・ヌグロホ(Eko Nugroho)  インドネシアのジョグジャカルタに生まれ、現在もそこをベースに活動するアーティスト、エコ・ヌグロホ。大小さまざまな島から成るインドネシアの国土の東西幅は、実はなんとアメリカ合衆国の国土よりも長い。それぞれの島や土地に独自の文化や風習があり、特にエコが住むジョグジャカルタは、王宮文化が色濃く残る、今でも舞踏や影絵、楽団などの伝統芸能が盛んな国際都市だ。豊かな文化に恵まれたインドネシアにいることの恩恵を感じているというエコのルーツは、ジャワ文化。彼によれば、これはかなりパワフルなもので、彼の作品にも強い影響を与えているという。
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「1919-13」(c)Eko Nugroho
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「Generasi Monoton」(c)Eko Nugroho
「インドネシアの政治状況は昔も今も変わらず“サイテー”ですが、そこに暮らす人々は、笑顔を絶やすことがない。庶民の暮らしだって、決していいとは言えない状態だけど、みんなものを分け合い、助け合っている。それが僕にとっては本当に美しいと感じることなんです」  エコは、絵画だけでなく、刺繍で作った絵画や、等身大の彫刻、影絵や巨大壁画など、身の回りのさまざまなメディアを自在に繰りながら、自分の世界を作り上げている。彼の作品にしばしば登場するのは、体の一部がモンスターや、ほかの物体に変形した人間(?)。それは進化の過程なのか、何者かに侵略されてしまった姿なのか……。現実と空想世界が渾然一体となった作品は、常に「人間の本質は何か」と、問いかけているようだ。  それにしてもこの、不気味なのにちょっと愛嬌もあり、寂しげにも見えるモンスターたち、どこかでお目にかかったような、懐かしさを感じるのだが……?  
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「Dungu」(c)Eko Nugroho
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「I Was Politician」(c)Eko Nugroho
「子どものころに体験したファンタジーが、僕の作品に強い影響を与えているのは確かです。もちろん、日本からのものも多いですよ。遠い昔、僕が6歳のときに、近所の人がベータ・ビデオのプレイヤーを持っていて、日本のヒーローものをそれはたくさん見せてもらったんです」  『宇宙刑事ギャバン』『超電磁マシーンボルテスV』『怪傑ライオン丸』『メガロマン』……次から次へとタイトルが出てくる。どうやらその頃の彼の脳味噌は、日本のヒーローアニメや怪獣ものに、かなり“侵略”されていたようだ。 「僕の中では、奇怪な容貌を持つキャラクターや、お面をつけたキャラクターが、地域社会でみんなと一緒に普通に生活している、という、極めて不思議な物語の数々が始終渦巻いていました」  最近は、植田まさしの漫画にハマっており、大好きなジブリ作品のサウンドトラックを聞きながら楽しんでいるという。
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(c)Eko Nugroho
 現在、パリ市立近代美術館で個展(http://www.mam.paris.fr/fr/expositions/eko-nugroho)が開催されており、続いて今年中には、ベルリンのARNDTギャラリーでも個展をする予定だという。海外での活動も多く、インドネシアではすでにベテラン・アーティストとして評価されているエコだが、実際は苦闘の毎日らしい。 「インドネシアで“アーティスト”になると決意すること自体、まったく普通じゃありえないことです。アーティストの生活がどんなに困難を伴うものか、みんな知っていますからね。政府からの支援もなく、いいアート施設や美術館もない。孤軍奮闘の厳しさも感じています」  それでも、エコがインドネシアをベースにアーティストとして活動するのは、普通の人々の生活に、美しさを感じているから。彼は、地域社会で暮らすことこそが、作品を生み出すプロセスの大切な要素だと繰り返す。そして、そんなリアルな生活に根ざした「インドネシア式ファンタジー」に溢れる彼の作品こそが、私たちが待ち望んでいるものなのだ。 EKO-NUGROHO_portrait.jpg ●エコ・ヌグロホ 1977年、インドネシア、ジョグジャカルタ生まれ。インドネシアン・インスティテュート・オブ・アート(ジョグジャカルタ)を2006年に卒業後、インディペンデントのアーティストとして活動を開始する。これまでに、ニューヨーク、ベルリン、北京、パリ、アムステルダム、ヘルシンキ、日本などでの国際展に参加。作品は、TROPENMUSEUM(アムステルダム)、シンガポール美術館(シンガポール)、ギャラリー・オブ・モダンアート(GOMA/ブリスベン)、アジア・ソサエティ・ミュージアム(ニューヨーク)、パリ市立近代美術館(パリ)、アート・ギャラリー・オブ・サウス・オーストラリア(AGSA/アデレード)に所蔵されている。 <http://ekonugroho.or.id> ●なかにし・たか アジアのデザイナー、アーティストの日本におけるマネジメント、プロデュースを行なう「ASHU」代表。日本のクリエーターをアジア各国に紹介するプロジェクトにも従事している。著書に『香港特別藝術区』(技術評論社)がある。<http://www.ashu-nk.com > オンラインTシャツオンデマンド「Tee Party」<http://teeparty.jp/ashu/>
宇宙刑事ギャバン Vol.1 『ロボコップ』のデザインにも影響を与えたようで。 amazon_associate_logo.jpg
■バックナンバー 【vol.24】"80後"世代の代弁者 中国売れっ子写真家の「未来系アート」 【vol.23】「ヤクルトとカップヌードルに洗礼?」MOJOKOのユーモラスな世界 【vol.22】「狂気とポップカルチャーが融合!?」香港のアーティストが追求する"不完全な美" 【vol.21】「人間の欲望を視覚化?」香港人気キャラの生みの親が追求する"醜さの美学" 【vol.20】「故郷・ボルネオ島での原体験が創造力の源」世界で活躍するマレーシアの"ケンヂ" 【vol.19】「人生に起きるすべてのことを細かく観察したい」中国ネット世代のアーティスト 【vol.18】「ヒーローは宮崎駿と奈良美智」シンガポールのマルチスタイル・アーティスト 【vol.17】「ルーツは『天空の城 ラピュタ』」ウォン・カーウァイに見い出された香港の若き才能 【vol.16】怖かわいい魑魅魍魎が暴れ回る! ヤン・ウェイの妖魔的異界 【vol.15】「原点は日本のコミック」東南アジアを席巻する都会派クリエーター 【vol.14】エロ×宗教×故事が混在!? 中国版・寺山修司が造り出すカオスな世界 【vol.13】昼間はOL、夜は寡黙なアーティスト ソン・ニが描く秘密の快楽の世界 【vol.12】まるで初期アニメ ローテクを駆使する南国のアート・ユニット「トロマラマ」 【vol.11】「造形師・竹谷隆之に憧れて......」 1000の触手を持つ、マレーシアのモンスター 【vol.10】"中国のガロ系"!? 80年代以降を代表するコミック・リーダー ヤン・コン 【vol.9】大のラーメンおたく!? シンガポールデザイン界を率いる兄貴、クリス・リー 【vol.8】メイド・イン・ジャパンに憧れて...... 香港の文学系コミック作家・智海 【vol.7】「血眼になってマンガを追いかけた」海賊版文化が育んだ中国の新しい才能 【vol.6】裸人間がわらわら 香港ピクセル・アートティストが放つ"アナログデジタル"な世界 【vol.5】ダメでも笑い飛ばせ! 香港の国民性を体現したグラフィック・ノベリスト 【vol.4】「教科書はガンダムの落書きだらけだった」 香港・原色の魔術師の意外な原点 【vol.3】「懐かしいのに、新しい」 読むほどにクセになる"タイ初の日本漫画家"タムくん 【vol.2】 マイブームはBL!? 香港の腐女子が描きとめる、消えゆく都市の記憶 【vol.1】「 :phunk版ガッチャマンが作りたい」 シンガポール発のデザイン集団が描く夢

わずか3万円で単行本を丸ごと英訳! インドで行う漫画翻訳は成功するか?

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同社のサイトでは発注から納品までを
丁寧に解説。この値段だったら、
個人で発注もできそう。
 日本で発行される漫画を海外で翻訳出版する動きは盛んだ。海外の書店では、その国の言語に翻訳された日本の漫画単行本を目にすることも珍しくない。そんな中、今度はインド企業と共同で漫画を各国語に翻訳し、DTP作業まで一貫して請け負うサービスを提供する企業が登場した。  東京都にあるネットサポート株式会社が始めたこのサービス。何よりも目を引くのは、価格の安さである。200ページ程度の一般的な漫画単行本だと、1冊丸ごと翻訳した後、翻訳したテキストをフキダシへ入力、PDFや画像ファイル、電子書籍対応フォーマットへの変換までの作業を含めて、およそ3万円で受注するという。  もともとIT系の各種事業を行う同社では、英語マニュアルの日本語への翻訳事業も行っていた。そこで得られたスキルを利用して、昨年7月から電子書籍の翻訳サービスの提供を開始。その後、ユーザーから漫画の翻訳もできないかという要望があったことから、新たな事業として展開することになったという。IT系企業ということもあり、IT先進国であるインドの企業とはこれまでも関係が深く、スムーズに翻訳の作業システムを構築することができたという。  現在、インド側には翻訳者が26名。英語のほか、中国語、ドイツ語、スペイン語に対応しており、さらに今後はほかの言語にも対応していく予定だ。また、需要は限られるが、ヒンディー語やウルドゥー語、タミル語など、インド国内で利用されている各言語への翻訳も可能だ。 「インドでは広く英語が普及しているだけでなく技術力も高いので、DTPも非常にレベルの高いものが仕上がってきます」  と、同社の中島嘉伸さんは話す。一方で、文化の違いゆえに少々の問題があることも認識している。 「このインド企業では漫画を読んだことがない人も多かったので、まず“漫画とはこういうものである”とレクチャーするところから始まりました。また、性的な表現がインドの国内法に触れてしまうという点が、少々ネックになるかもしれません」  そのため、まず翻訳が可能か否かは日本側で確認してからインドへ発注する、というフローになっている。また、性的な点に限らず、文化の違いや認識の齟齬(そご)を埋めるために、Skypeを利用して常時やり取りできる仕組みも整えた。日本とインドとの時差は約3時間なので、ほぼリアルタイムでのやり取りが可能なのは心強い。現在、月100冊まで対応できる体制を整えているが、まずは今年1年で100冊を受注することを第1目標にするという。 ■翻訳に「文化」まで反映させられるかがカギ  言うまでもなく、インドはアウトソーシング大国だ。英語の普及率の高さから、英語圏の国々が各種のコールセンターをインドに設置していることはよく知られている。2010年に同国のソフトウェア業界団体・NASSCOMが発表した調査結果によれば、インドのITおよびBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)サービス市場の輸出額は497億ドルに達している。日本の漫画を翻訳する事業も、このBPOサービスの一つになるだろう。 「漫画の翻訳は、誰に何を伝えようとしているかを理解していないと難しいものです。マニュアルであれば翻訳は簡単かもしれないが、例えば日本文化に対する理解が低い翻訳者が、俳句を翻訳することができるでしょうか」  と翻訳家の兼光ダニエル真さんは指摘する。漫画を翻訳する際に、翻訳した文章を読む対象者が自分の訳したものをどのように読むか。あるいは、文化的背景なども考えて、元の文章の作者は何をどのように考えているのか、それを理解することは必須だ。  今でも海外で翻訳出版されている日本の漫画の中には、トンチンカンな翻訳も散見される。それらの粗悪品は、既存の漫画ファンが仕方なく買っているだけ。結果的に、市場の将来性も裾野を広げる可能性もすべて失ってしまっている。  例えば、日本の漫画をアメリカで翻訳出版するにあたって、インドに翻訳を発注するとする。そうすると、どうしてもインドは、単に言語を変換する作業を請け負った第三者であることは否めない。となれば、翻訳に際しての作者の意図などを伝える作業、完了後の精度のチェックをかなり綿密に行わなければならないだろう。  出版社にとって、英語に長けたインド人に漫画翻訳をアウトソーシングする場合の魅力は、まず安さにある。ただ、このサービスに興味を示す出版社があるとすれば、すでに自社で海外展開を行っている大手よりも、中堅どころになると思われる。翻訳作業だけでなく、海外展開や版権管理まで含めて安価で代行するというところまで打ち出す必要が出てくるかもしれない。そうなると、自社で翻訳家を抱えて、海外展開もすべて社内でやる場合と、どちらがコストを抑えて利益を得ることができるだろうか?  むしろ、インドで翻訳作業を行って、そのまま漫画の新たな市場として開拓されつつあるインドで展開するほうが、すんなりといくのではなかろうか。まだ日本の漫画に触れたことがない人が多いインドが、有望な市場であることは間違いないのだから。 (取材・文=昼間たかし) ●マンガ翻訳サービス(電子書籍翻訳サービス) <http://www.netsupport.co.jp/translation/service_flow_manga.html>
インド―目覚めた経済大国 ナマステ。 amazon_associate_logo.jpg
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予算は控えめ、計画は壮大 新たな漫画の潮流を生み出すか?「京都版トキワ荘事業」

 大学、専門学校から塾など多様な形で漫画家を養成することを目指すシステムが、次々と生まれている。そうした中で、京都市が2012年度から新たな事業として「京都版トキワ荘事業(仮称)」を計画している。その内容は、京都市内にある京町家で、漫画家志望の若者たちに共同生活を送りながら執筆に専念してもらおうというものだ。  同様の事業としては、東京都のNPO法人NEWVERYが行っている「トキワ荘プロジェクト」がよく知られている。こちらは06年の活動スタート以来、既に何人かの漫画家をデビューさせることに成功している。全国唯一の「マンガ学部」を持つ京都精華大学をはじめ、京都国際マンガミュージアムといった漫画関係の拠点施設も持つ京都市。そうした中で、行政主導によって新たな事業を行う目的は、どこにあるのか? 「京都精華大学や京都造形芸術大学をはじめとして、漫画について学ぶことのできる大学はいくつもあります。ところが、そこで漫画を学んだ学生たちが卒業後にどうするかといえば、ほとんどが出版社の集まる東京に行ってしまいます。そこで、漫画家志望の方々に京都に留まってもらう方法を考える中で、今回の計画は生まれました」  と語るのは、京都市産業振興室の草木大さん。せっかく漫画について学べる大学がそろい、漫画家志望の若者が集まっているのに卒業したらみんな出て行ってしまう。それでは惜しい、ということが事業の出発点。大学でも漫画の描き方を含めて教えているわけで、やっている内容がかぶる気もするが、京都市の事業は「大学よりも実践的な作品づくりを行ってもらう」ことに目的を絞って計画しているという。  そのため、予定では募集人数は男女計8人と少なめだ。もちろん、単にカンヅメにして執筆させるわけでなく、プロの漫画家による勉強会を行うなど実践的な指導も行っていく予定だという。人数も控えめだが、12年度の予算案に盛り込んでいる予算も約300万円と控えめだ。予算の主な使い道は、まず、市が漫画家育成を行うということを広く知ってもらうための事業だ。現役のプロ漫画家を招いてセミナーを開催するなど、さまざまな形で周知を図っていく予定だという。  本格的な事業の開始は13年度からで、12年度の1年間を事業の周知に充てていることや、控えめな予算案を見ると、かなり慎重に計画を進めている。これが好印象なのか、議会でも特に反対意見はなく、むしろ議員からも応援されているのだという。大企業の工場を誘致して、雇用を生み出し、瞬く間に地域も潤うといったものとは違い、文化産業はジワジワと効果が表れていくもの。いきなり壮大な計画を提示して何億円もの予算を提示したりすれば「そんなの、ウチの地域でやる意味あるのか?」と反発されるのは必至(実際に「漫画で町おこし」をもくろんだはいいが、そうした問題を抱えている自治体もある)。まず、準備にじっくりと時間を取って事業を進める計画を立案するあたり、担当者も漫画のことを「よくわかっている」のだと思われる。  実際、最初から志望者に住んでもらう物件を決めて事業を進める案もあったそうだが「やはり、十分な準備期間が必要」ということに落ち着いたそうだ。ちなみに、物件は京都国際マンガミュージアム周辺で探す予定だそうで、かなり漫画に囲まれた時間を過ごすことができる形になりそうだ。 ■地域の特性を生かして漫画に京都ブランドを  しかし、それでも気になるのは「京都で漫画を描くことにメリットがあるのか?」という点である。 「京都は映画発祥の地でもありますし、神社仏閣も数多い、漫画以外の文化もとても充実している街なんです。ですので、実際に住んでいただくことで、そうしたさまざまな文化に触れて創作活動に役立ててもらうことができると考えているんです」  と、前出の草木さんは話す。地域の持つ文化レベルの高さという点では、京都は東京に匹敵する、あるいは凌駕している街であるのは間違いない。また、地域の特徴として学生が多い、イコール未来を目指している若者が東京よりも狭い地域に密集して暮らしていることも、大きなメリットとして挙げられる。こうした利点を、いかに利用できるかが事業の成功のカギになっているのではないだろうか。  この事業は、単にプロ漫画家を育成するだけでなく、京都を漫画文化発信の一大拠点にまで成長させる壮大な計画のための一環だという。いずれは京都発の漫画が、漫画産業の中のひとつの核となる時代がやって来るのかもしれない。 (取材・文=昼間たかし)
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【関連記事】 ・漫画で"食える食えない"の壁を乗り越える支援を! トキワ荘プロジェクトの試みマンガ学部よりも就職はラク? 全国初のポピュラーカルチャー学部は成功するのか?やっぱり!「コミュ力ない人間は不要」アニメ業界の求める人材はコレだ!

予算は控えめ、計画は壮大 新たな漫画の潮流を生み出すか?「京都版トキワ荘事業」


 大学、専門学校から塾など多様な形で漫画家を養成することを目指すシステムが、次々と生まれている。そうした中で、京都市が2012年度から新たな事業として「京都版トキワ荘事業(仮称)」を計画している。その内容は、京都市内にある京町家で、漫画家志望の若者たちに共同生活を送りながら執筆に専念してもらおうというものだ。  同様の事業としては、東京都のNPO法人NEWVERYが行っている「トキワ荘プロジェクト」がよく知られている。こちらは06年の活動スタート以来、既に何人かの漫画家をデビューさせることに成功している。全国唯一の「マンガ学部」を持つ京都精華大学をはじめ、京都国際マンガミュージアムといった漫画関係の拠点施設も持つ京都市。そうした中で、行政主導によって新たな事業を行う目的は、どこにあるのか? 「京都精華大学や京都造形芸術大学をはじめとして、漫画について学ぶことのできる大学はいくつもあります。ところが、そこで漫画を学んだ学生たちが卒業後にどうするかといえば、ほとんどが出版社の集まる東京に行ってしまいます。そこで、漫画家志望の方々に京都に留まってもらう方法を考える中で、今回の計画は生まれました」  と語るのは、京都市産業振興室の草木大さん。せっかく漫画について学べる大学がそろい、漫画家志望の若者が集まっているのに卒業したらみんな出て行ってしまう。それでは惜しい、ということが事業の出発点。大学でも漫画の描き方を含めて教えているわけで、やっている内容がかぶる気もするが、京都市の事業は「大学よりも実践的な作品づくりを行ってもらう」ことに目的を絞って計画しているという。  そのため、予定では募集人数は男女計8人と少なめだ。もちろん、単にカンヅメにして執筆させるわけでなく、プロの漫画家による勉強会を行うなど実践的な指導も行っていく予定だという。人数も控えめだが、12年度の予算案に盛り込んでいる予算も約300万円と控えめだ。予算の主な使い道は、まず、市が漫画家育成を行うということを広く知ってもらうための事業だ。現役のプロ漫画家を招いてセミナーを開催するなど、さまざまな形で周知を図っていく予定だという。  本格的な事業の開始は13年度からで、12年度の1年間を事業の周知に充てていることや、控えめな予算案を見ると、かなり慎重に計画を進めている。これが好印象なのか、議会でも特に反対意見はなく、むしろ議員からも応援されているのだという。大企業の工場を誘致して、雇用を生み出し、瞬く間に地域も潤うといったものとは違い、文化産業はジワジワと効果が表れていくもの。いきなり壮大な計画を提示して何億円もの予算を提示したりすれば「そんなの、ウチの地域でやる意味あるのか?」と反発されるのは必至(実際に「漫画で町おこし」をもくろんだはいいが、そうした問題を抱えている自治体もある)。まず、準備にじっくりと時間を取って事業を進める計画を立案するあたり、担当者も漫画のことを「よくわかっている」のだと思われる。  実際、最初から志望者に住んでもらう物件を決めて事業を進める案もあったそうだが「やはり、十分な準備期間が必要」ということに落ち着いたそうだ。ちなみに、物件は京都国際マンガミュージアム周辺で探す予定だそうで、かなり漫画に囲まれた時間を過ごすことができる形になりそうだ。 ■地域の特性を生かして漫画に京都ブランドを  しかし、それでも気になるのは「京都で漫画を描くことにメリットがあるのか?」という点である。 「京都は映画発祥の地でもありますし、神社仏閣も数多い、漫画以外の文化もとても充実している街なんです。ですので、実際に住んでいただくことで、そうしたさまざまな文化に触れて創作活動に役立ててもらうことができると考えているんです」  と、前出の草木さんは話す。地域の持つ文化レベルの高さという点では、京都は東京に匹敵する、あるいは凌駕している街であるのは間違いない。また、地域の特徴として学生が多い、イコール未来を目指している若者が東京よりも狭い地域に密集して暮らしていることも、大きなメリットとして挙げられる。こうした利点を、いかに利用できるかが事業の成功のカギになっているのではないだろうか。  この事業は、単にプロ漫画家を育成するだけでなく、京都を漫画文化発信の一大拠点にまで成長させる壮大な計画のための一環だという。いずれは京都発の漫画が、漫画産業の中のひとつの核となる時代がやって来るのかもしれない。 (取材・文=昼間たかし)

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経産省「クールジャパン」サイトが妙にオシャレな理由とは?

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「Cool Japan Daily」
 「クールジャパン」という言葉を聞いた時に、何を思い浮かべるだろうか? やはり、多くの人は漫画・アニメ・ゲームを思い浮かべるだろう。加えて、ファッションや音楽を思い浮かべる人も多いだろう。いずれにしても、日本のポップカルチャーが国際的に好評を得ている現状=クールジャパンというのが、一般的な認識である。  もはや、長い間日本を支えてきた自動車産業をはじめとして、従来の重厚長大産業では、国家の未来が危ういと思っているのか国の省庁でもクールジャパンを軸にした戦略が盛んに検討されている。そうした省庁の、ひとつの柱でもある経済産業省では、今年1月から、クールジャパンに関連するニュースやトレンド、オピニオンなど情報発信のポータルとなるサイト「Cool Japan Daily」をオープンしている。  このサイトは、担当部局である経済産業省のクリエイティブ産業課からだけではなく、大勢の寄稿者によって情報を発信していこうというものだ。ところがこのサイト、「クールジャパン=漫画・アニメ」のイメージがあるとアクセスした人は「えっ!」と驚くに違いない。まだオープンから間もないため、テキスト主体でデザインも単調なのは今後に期待するとして、扱っている内容が少しオシャレな感じなのだ。 寄稿者のラインナップを見ると、「BRUTUS」(マガジンハウス)編集長の西田善太氏、森美術館館長の南條史生氏、建築家の隅研吾氏といった名前が並ぶ。いわゆる「オタク」の側に寄っている人物を挙げるならば、『アニメ文化外交』(筑摩書房)などの著書がある櫻井孝昌氏らの名前があってもおかしくない。どうして国の機関がこのようなサイトをオープンするに至ったのか。経済産業省のクリエイティブ産業課に聞いてみた。 「私たちの扱うクールジャパンとは、いわば、"かっこいい日本"という意味です。自分で言うとちょっとヘンですが、具体的には世界からクールといわれる国内産業のこと。漫画やアニメなどのポップカルチャーは、既に世界からクールだと言われていますが、衣食住エンターテインメント産業の中には、まだまだもっと世界に売っていけるものがあると思っています。それらの産業を応援するのが私達の役割です。サイトもそうした目的のためにオープンしました」  なるほど、世界から「クール=カッコイイ・オシャレ」といわれるものを目指すのであれば、なんとなくサイトの雰囲気も理解できるだろう。  気がつけば、クールジャパンという言葉が広まってから、もう随分と月日が過ぎたように思う。「ニューズウィーク日本版」(阪急コミュニケーションズ)が「萌える世界」という特集を組んで、表紙をメイドのイラストで飾ったのが2007年3月。これが、日本のポップカルチャーが世界でウケていることを知らしめる一つの契機になったが、そこから既に5年も過ぎているのだ。  漫画やアニメは、ある程度は国や行政からの支援を受けずとも、世界で売っていくことのできる産業である(もっとも、売り方や今後の展開などで官民の協力が不可欠なこともあるが)。しかし、国内にはまだまだ世界でウケる可能性があるのに世界的にはあまり知られていないものが山のように眠っている。経済産業省の目指すクールジャパンは、そうしたものを発掘し、世界に広めていくことにあるようだ。 「いま日本にあるままの形で世界でも同じように売れるものは限られていると思います。なんらかの工夫が必要でしょう。ルイ・ヴィトンと輪島塗りのコラボ商品のようなものがもっとあると思います」(前出・担当者)  「Cool Japan Daily」では今後、伝統工芸の当事者を登場させるなど、コンテンツの充実を行っていく方針だという。省庁の中でも誰もやったことのない分野だけに、さまざまな可能性に挑戦していかなければ、ならないということだろうか。 ■究極的な目的は日本自体をブランド化していくこと  こうしたクールジャパンの究極的な目標は、日本の特定のジャンルの商品に価値を持たせるのではなく、日本そのものに価値を持たせることにあるだろう。例えるなら、日本で北欧の雑貨や家具が安くてセンスのよいものだという評価を得てきた結果、北欧に対していいイメージを持つ人が多くなってきているという感じだろう。新たな日本のイメージをデザインして発信していくこと自体が、クールジャパン政策の目的といえるだろう。幸いなことに、既に漫画やアニメの力によって日本の良好なイメージは世界に受け入れられつつある。道のりは長いが、可能性は著しく広い。  結局のところ、クールジャパンは直接的には産業政策であるが、将来的には日本という国家が世界の中で、ある程度の地位を獲得するための壮大な戦略の一部といえるだろう。現に、アメリカは文化を世界に発信することで、支配を成し遂げているのだから。 (取材・文=昼間たかし)
ニッポンのここがスゴイ! 外国人が見たクールジャパン そこだよ、そこ! amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 ・「クール・ジャパンなんてウソ」"精子人形"村上隆が日本のアニメ業界に苦言「やったもん勝ち」なんて当たり前! 海外マンガ・アニメ違法投稿サイトの実情Jカルチャーは韓国に"いいとこどり"されている!?  「クール・ジャパン」今後の課題

経産省「クールジャパン」サイトが妙にオシャレな理由とは?


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「Cool Japan Daily」
 「クールジャパン」という言葉を聞いた時に、何を思い浮かべるだろうか? やはり、多くの人は漫画・アニメ・ゲームを思い浮かべるだろう。加えて、ファッションや音楽を思い浮かべる人も多いだろう。いずれにしても、日本のポップカルチャーが国際的に好評を得ている現状=クールジャパンというのが、一般的な認識である。  もはや、長い間日本を支えてきた自動車産業をはじめとして、従来の重厚長大産業では、国家の未来が危ういと思っているのか国の省庁でもクールジャパンを軸にした戦略が盛んに検討されている。そうした省庁の、ひとつの柱でもある経済産業省では、今年1月から、クールジャパンに関連するニュースやトレンド、オピニオンなど情報発信のポータルとなるサイト「Cool Japan Daily」をオープンしている。  このサイトは、担当部局である経済産業省のクリエイティブ産業課からだけではなく、大勢の寄稿者によって情報を発信していこうというものだ。ところがこのサイト、「クールジャパン=漫画・アニメ」のイメージがあるとアクセスした人は「えっ!」と驚くに違いない。まだオープンから間もないため、テキスト主体でデザインも単調なのは今後に期待するとして、扱っている内容が少しオシャレな感じなのだ。 寄稿者のラインナップを見ると、「BRUTUS」(マガジンハウス)編集長の西田善太氏、森美術館館長の南條史生氏、建築家の隅研吾氏といった名前が並ぶ。いわゆる「オタク」の側に寄っている人物を挙げるならば、『アニメ文化外交』(筑摩書房)などの著書がある櫻井孝昌氏らの名前があってもおかしくない。どうして国の機関がこのようなサイトをオープンするに至ったのか。経済産業省のクリエイティブ産業課に聞いてみた。 「私たちの扱うクールジャパンとは、いわば、"かっこいい日本"という意味です。自分で言うとちょっとヘンですが、具体的には世界からクールといわれる国内産業のこと。漫画やアニメなどのポップカルチャーは、既に世界からクールだと言われていますが、衣食住エンターテインメント産業の中には、まだまだもっと世界に売っていけるものがあると思っています。それらの産業を応援するのが私達の役割です。サイトもそうした目的のためにオープンしました」  なるほど、世界から「クール=カッコイイ・オシャレ」といわれるものを目指すのであれば、なんとなくサイトの雰囲気も理解できるだろう。  気がつけば、クールジャパンという言葉が広まってから、もう随分と月日が過ぎたように思う。「ニューズウィーク日本版」(阪急コミュニケーションズ)が「萌える世界」という特集を組んで、表紙をメイドのイラストで飾ったのが2007年3月。これが、日本のポップカルチャーが世界でウケていることを知らしめる一つの契機になったが、そこから既に5年も過ぎているのだ。  漫画やアニメは、ある程度は国や行政からの支援を受けずとも、世界で売っていくことのできる産業である(もっとも、売り方や今後の展開などで官民の協力が不可欠なこともあるが)。しかし、国内にはまだまだ世界でウケる可能性があるのに世界的にはあまり知られていないものが山のように眠っている。経済産業省の目指すクールジャパンは、そうしたものを発掘し、世界に広めていくことにあるようだ。 「いま日本にあるままの形で世界でも同じように売れるものは限られていると思います。なんらかの工夫が必要でしょう。ルイ・ヴィトンと輪島塗りのコラボ商品のようなものがもっとあると思います」(前出・担当者)  「Cool Japan Daily」では今後、伝統工芸の当事者を登場させるなど、コンテンツの充実を行っていく方針だという。省庁の中でも誰もやったことのない分野だけに、さまざまな可能性に挑戦していかなければ、ならないということだろうか。 ■究極的な目的は日本自体をブランド化していくこと  こうしたクールジャパンの究極的な目標は、日本の特定のジャンルの商品に価値を持たせるのではなく、日本そのものに価値を持たせることにあるだろう。例えるなら、日本で北欧の雑貨や家具が安くてセンスのよいものだという評価を得てきた結果、北欧に対していいイメージを持つ人が多くなってきているという感じだろう。新たな日本のイメージをデザインして発信していくこと自体が、クールジャパン政策の目的といえるだろう。幸いなことに、既に漫画やアニメの力によって日本の良好なイメージは世界に受け入れられつつある。道のりは長いが、可能性は著しく広い。  結局のところ、クールジャパンは直接的には産業政策であるが、将来的には日本という国家が世界の中で、ある程度の地位を獲得するための壮大な戦略の一部といえるだろう。現に、アメリカは文化を世界に発信することで、支配を成し遂げているのだから。 (取材・文=昼間たかし)
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他人のゼニカネ話ほどオモロイものはない! 読めば身体が痒くなる『アヴァール戦記』

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『アヴァール戦記』第1巻(新潮社)
マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第8回は中村珍の『アヴァール戦記』です!  中村珍の『アヴァール戦記』第1巻(新潮社)を読んでいたら、なんだか身体が痒くなってきた。  第3話「お風呂の話」のくだりで、中村珍が26日間、お風呂に入っていないことを明言した瞬間、身体のあちこちがムズムズし始めた。  俺は半世紀以上漫画を読み倒してきたわけです。漫画読んで、鳥肌を立てたり、すすり泣いたり、笑い転げたり、感動したり、怒り狂ったり、オナニーしたり、居眠りしたり......とまあ、いろいろなリアクションを体験してきたんですが、痒くなったのは初めてですよ中村珍さん。  さて、本書は中村珍初のエッセイ漫画。タイトルからファンタジー漫画だと思い込んでいる人もいるだろう。まあ、俺も連載を読むまではそうだった。 「おおっ、あの『羣青』(小学館)の中村珍がファンタジーか!」  なぁんて無邪気に驚いていた自分が今となっては懐かしいぜ。  さらにオメデタイことには、初めて「月刊コミック@バンチ」(新潮社)の連載を読んだのが震災後。 「震災で本編どころじゃなくなったんで急遽ルポ漫画にしたんだな。うんうん」  なぁんて思い込んでいた(この震災体験部分は独立して読んでも秀作である)。  その頃未読だった連載第1回において作者本人が、 「ファンタジー漫画は馬とか剣とか城とか出てくりゃかっこいいけど手がかかるんですねー」「その分描くのに時間かかるからアシスタントさん呼ぶでしょう? そーするとまぁ めちゃくちゃ¥かかるわけですよ......」「だから今回みたくエッセイの仕事とかオイシイですよ一人で描けるし」  と、ファンタジー漫画家とエッセイ漫画家とその愛読者を全員敵に回すようなことをのたもーていたことも知らずに勘違いしていたのである。  タイトルの「アヴァール」は5~6世紀に東ヨーロッパを支配した遊牧民族「アヴァール(Avars)」とはまったく関係がない、フランス語でケチ(Avare)という意味。Google翻訳してみたら「守銭奴」と出た。語尾がsだったら最近流行の歴史ファンタジーだったろうに語尾がeでは大違い。テーマはケチ。それもハンパなケチっぷりではない。ケチである「自分」の姿を露悪的に戯画化して晒して原稿料を取るってんだから、転んでもタダでは起きないくらい徹底しておられる(つーか、描くのが楽だからという理由で転んで突っ伏したままの自画像が異様に多いのも笑える)。  基本的にどんなテーマでもエッセイ漫画は面白い。それはオレタチの......といって悪ければ、俺の覗き趣味、ゴシップ嗜好にマッチするからだ。他人の幸不幸を安全な観客席から眺めて、「私生活もカッコイイなあ」とか「深いなあ」とポジティブに感動感心しちまったり、「いやあ家族も大変だなあ」とか「この人、思ってた以上にナルシーだったのね」とか「バッカじゃねーの」とか邪悪で鬼畜なツッコミを入れたりできる。作品を通して、その作者に優越感も劣等感も共感も反発も抱くことができる。早い話、エッセイ漫画って私生活の見世物化という側面が大きくなるほど面白いわけだ。とゆーと、「私生活を切り売りするなんて」と眉をひそめる良識人も多かろうが、俺的には売り物になるようなオモロイ私生活を送っているエッセイ漫画家さんたちには心底嫉妬するぞ。『中国嫁日記』(エンターブレイン)とか、ホントにウラヤマシイ。しかも、メッチャ売れてんだから許せないよね。  とはいえ、「エッセイ漫画」が「リアル」であるという保証はどこにもないというのが大前提。アホな人はその辺がわかってない。いいですか、漫画家や小説家は人をだまして面白がらせてナンボの商売ですよ。エッセイ漫画といえども美化したり、自己戯画化したり、キャラ作ったり、演出したり、読者を挑発したりするのは当然の話。100%のリアルを期待する方が間違っている。  だが、『アヴァール戦記』のキャラとしての中村珍にリアル中村珍成分が相当入っているだろうことは想像に難くない。風呂話もスケジュール管理が下手な漫画家にありがちな「あるある」だし、漫画制作とカネにまつわる話も俺の知る業界事情から類推しても「単なるホント」だ。帯文の「漫画業界大激怒!!!」「『羣青』の中村珍が開けてしまったパンドラの箱に関係者戦慄」「やってはいけない禁じ手満載。赤裸々な日常が明らかに!」なんてのはかなり大袈裟だけど、「あ、やっちゃった」感はある。  例えば、『アヴァール戦記』の原稿料がページ1万3,000円であることも明記してある。ゼニカネとケチの話を描くのなら、まず基本収入である原稿料を晒すのは当然だろう。とはいえ、漫画家の多くは自分の原稿料の多寡を公開しない。気になるのは税務署よりも同業者の視線だろう。嫉妬を買うのも格下に見られるのも、どっちもうれしくない話だ。それにページ単価がわかれば、その漫画家の収入は簡単に把握できる。法人にしていない漫画家の月収は原稿料×月産ページ数だ。単行本を出している場合は、その年の単行本刷り部数×定価×印税10%÷12を足す。アニメ、ゲーム、フィギュアなどの権利ビジネスは、ほとんどの漫画家には関係がない。  『アヴァール戦記』は通常12ページ。15万6,000円のお仕事だ。他にも連載を持っているからトータルの月収は100万円弱というところか? 後で触れるがこれは決して高収入ではない。  第1話で中村珍は担当編集者に、 「絵とかそんな込み入ったヤツ描かなくていいんですよね?」  と言ってのける。編集者も編集者で、 「あーもーあーもーテキトーでいーです!」  なんてアッサリ承認してしまう。当然のように中村珍は実践する。徹底して省力化をはかる。背景の白いヘニョヘニョの絵で、1ページ9分51秒でやっつける。時給換算7万8,000円のお仕事。確かにこれはオイシイ。これを俺みたいに「ひっでえな」と笑い転げる読者もいるが、挑発ネタとして消化できない真面目な読者もいるだろう。確実に怒る読者もいる。そのリスキーがまた笑いを倍加させる。  さらに現場のケチネタも投入する。アシスタントの作画の調子が悪い時には食事は安いカップ麺しか出さない。戦力にならない臨時アシには残り物のタッパーカレーだ。その上、給料払ってんのに食事まで支給するのは変だとグチをこぼす。友達のイラストレーターには不要品を売りつけて、なおかつページを埋めさせる。〆切がヤバくなれば、出来合いの背景トーン、ストックしてあった背景を容赦なく使う。  このあたりが帯文に言う「禁じ手」だ。よく言えば省力化、悪く言えば手抜きである。異論は多々あろうが、たとえクオリティーを落としてでも連載を落とさない。これがプロの漫画家の鉄則だ。いやまあ、まったくエラソーなことは言えない俺ですけど、業界のオヤクソクではそうなっております。たとえ、鉛筆の下書きでも入稿できないよりははるかにマシ。そういう世界なのだ。  そんなわけで、多かれ少なかれ漫画家は省力化を余儀なくされる(まったく省力化の必要がない人もいるが)。背景トーン、ストック原稿、コピー機とスキャナーとPhotoshopを駆使する。背景や小物の使い回しなんてかわいいほうで、キャラクターも拡大縮小コピーしてヘアスタイルを変えて使う超エコロジーな某大家もいたし、かつては不動産チラシの建物の写真をコントラストきつめにコピーして背景に使ってらっしゃった猛者もいた。コピーする時間すらもったいないと旧作の原稿から背景を切り取って使ったため復刻版が出せない漫画家もいる。  漫画家という職業に甘い夢を抱いている漫画家志望者や純真な漫画ファンには申し訳ないが、そーゆーもんなんである。もちろん夢も幻想も必要だ。それ抜きに漫画なんてショーバイは成り立たない。ただし、どんな業界でも現実は甘くない。収入ピラミッドのテッペンから20%のポジションにいる漫画家以外はほぼ自転車操業だ。例えば、サラリーマンで年収1,500万円というと大手企業の部長クラス以上だろうが、漫画家だとワリと普通にいる。ただ、これは年収ではなく年商と考えたほうがいい。大雑把に言って、年商から経費を引いたものが漫画家の年収だ。俺の知り合いの場合、年商1,500万円で年収300万円という漫画家がいる。他のもう少し売れている漫画家のケースで、年商3,000万円弱で経費は1,500万円強。年商が倍でも経費は200万円の差しかない。つまり、経費のほとんどが人件費だ。要するに漫画家は表現者であると同時に、下請けの家内制手工業の親方なのである。使い切れないほど稼げる漫画家ならカネとか権利の話はマネジャーに任せておけばいいが、そうじゃない80%の漫画家はコスト意識なしにはやっていけない。親方の肩にはアシスタントと呼ばれる職人さんたちの生活がかかっている。  その点、中村珍はコスト意識のはっきりした親方だと言えるだろう。ただし、この人のコスト感覚は少なくとも漫画を読む限りにおいては、どこか底が抜けている。アシスタントの食事の件も、調子良く仕事が進めば、銀座から寿司の出前を取るし、安く仕上げるはずの『アヴァール戦記』なのに細密でカッコイイ「ファンタジー漫画」絵のコストを説明するために実際にアシスタントを駆使して描き上げたはいいけど、大赤字を出してしまうし、バケツ一個を買わなかったばかりに震災の漏水事故で呆然となるし、一言足りないばかりに時間とカネを大幅にロスしてしまったりもする。  さすがに震災の120万円もの被害について、自己責任というのはムチャだが、それすらも、中村珍の「ケチ→ギャフン」な宿命のように感じられてならない。先述のように、どこまでがリアルかは別の話としても......。  『羣青』という大きな連載が完結した今後、中村珍の『アヴァール』はより切実なものになるはずだ。秋に出る第2巻では一体どんなことになっているのだろうか? ファンである俺はヤキモキし、鬼畜な俺はワクワクしているよ。 (文=永山薫)
アヴァール戦記 1 評価はわかれますが。 amazon_associate_logo.jpg
■【コミック怪読流】バックナンバー 【第7回】 分からなくってもダイジョーブ! 脳内麻薬を噴出させる異常な漫画『女子攻兵』 【第6回】リアルより魅力的かもしれない虚構はリアルが旬のうちに味わうべし『AKB49~恋愛禁止条例~』 【第5回】とことんブレない! 幕末でもヤンキー! おまけに下品~加瀬あつし『ばくだん! 幕末男子』~ 【第4回】人気はSNSのお陰? これからが勝負の絶望的活劇漫画~諫山創『進撃の巨人』~ 【第3回】小さく産まれて大きく育った、お風呂漫画~ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』~ 【第2回】ホラー少女が鈍感力でライバルをなぎ倒す~椎名軽穂『君に届け』~ 【第1回】いっそゾンビな世の中に──花沢健吾『アイアムアヒーロー』

"80後"世代の代弁者 中国売れっ子写真家の「未来系アート」

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「Red Peach Blossom.2」(c)Chen Man
 『AKIRA』『ドラゴンボール』『ドラえもん』......子どものころ、僕らの心をアツくさせた漫画やアニメが、海の向こうに住むアジアの子どもたちの心にも火をつけていた。今や日本人だけのものではなくなった、ジャパニーズ・ポップカルチャー。その影響を受けて育った、アジアの才能豊かなクリエーターたちを紹介します。 第24回 フォトグラファー チェン・マン(陳漫/Chen Man)  中国で、今最もホットな写真家は?  と聞けば、100人中100人がチェン・マン(陳漫)の名前を挙げるだろう。Weibo (ユーザー数3億人超の中国のTwitter+Facebook的SNS)のフォロワー、なんと50万人。コン・リーやフェイ・ウォン、あのベッカムまでもが彼女にポートレートを撮ってほしいと熱望する、スーパーアイドル・カリスマ・フォトグラファーだ。  
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『DRAGON BALL 1』
(集英社)
「子どものころは、いわゆる中国人にとっての昔話の定番『西遊記』よりは、アニメの『天書奇談』や『哪吒鬧海(ナーザの大暴れ:中国の神話小説『封神演義』の一挿話を題材とした中国を代表する長篇アニメーション)』、それに『ドラゴンボール』に夢中になっていましたし、ミッキーマウスやドナルドダックは常に身近な友だちでした。そしてマイケル・ジャクソンの音楽を聞きながら、家族とはテレビの『春節聯歓晩会(年越しに放映される中国版大紅白歌合戦)』を見るという、さまざまなカルチャーがミックスした環境で育ったんです」  彼女は「80後(バーリンホウ)」と呼ばれる世代の代弁者でもある。中国の一人っ子政策の下で1980年代以降に生まれ、蝶よ花よと育てられ、高等教育を受けた、今や中国の産業構造を変えるほどの影響力を持つとされる「80後」は、中国がこの数十年で駆け抜けた超高速近代化の申し子だ。
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「Five Element-Water [Beauty]」(c)Chen Man
「私たちは、空想が実際の物に取って代わられることを目撃した、極めて現実的な世代と言われています。"富める条件のあるものから裕福になれ"という、80年代以降の改革開放政策後の中国の、怒涛のような発展と変化の波を浴びながら育った世代でもあります。インターネットに囲まれ、世界中のさまざまな情報が混沌と渦巻くグローバルな状態で、自分たちのアイデンティティを作り上げてきました」  彼女の作品には、そうした時間や東西の距離を越えた、混沌としたパワーが充満する中国の状態が、過剰なまでに見事に現れている。
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「Vision Golden Fish Goblin」(c)Chen Man
「現代の西洋的な技術革新と中国的な伝統的価値観の共存、というテーマは、私がアート作品を創る原動力でもあり、一貫したコンセプトでもあります」  もともとは絵を描くのが好きだったというチェン・マン。学生時代に写真とフォトショップという「絵画の拡張機能」に出会い、自分のイマジネーションを100%表現できる手法を「発見」したという。一見、どこまでが写真でどこまでがポスト・プロダクションか分からない彼女の作品には、さまざまな「絵解き」が隠されている。一つの要素が物語を語り出すと、カラフルな全体像が別の色を帯びて見え始め、まるで一遍の絵物語を鑑賞しているようだ。  また、チェン・マンは、中国古代からの哲学概念である「天人合一」を常に意識している。これは、自然界を大宇宙とするなら、人(人体)は小宇宙であり、構造は同じものだという考え方で、自然界と人間はお互いに影響し合うものだという。この思想は、現代の中国社会にも脈々と生き続けているが、しかし、急速な経済発展によって、中国の生態環境は憂うべき状態に陥っている。それを改善するためには、人々の意識の改革が求められている、とチェン・マンは言う。
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「Four Seasons-Spring [Beauty]」(c)Chen Man
「難しいことではないんです。私は、内面的な平安や清らかさが、自分を取り巻く外部の環境に影響すると考えています。だから、まずは自分たちを愛し、意識することが大事だと思うんです」  プライベートでは2児の母で、子どもの話になると途端にメロメロになってしまうチェン・マン。彼女がこうした思想を持つに至ったのは、アーティストである以上に、自分が母という存在になったことも大きいのかもしれない。  昨年11月に、上海のMOCA(上海現代美術館)で、チェン・マンの一大回顧展が開催された。オープニング・レセプションでは、31歳にしてチャイナ・ドリームを掴んだ彼女と一緒に写真の収まろうと、中国のセレブやトップモデルが列をなす光景に驚かされた。  そんなスーパースター、チェン・マンの日本での初個展(http://www.diesel.co.jp/art/exhibition.html)が東京で開かれている。
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「Super Woman」(c)Chen Man
「本当にわくわくしています。日本にはまだ行ったことがないのですが、私にとっての日本は『ドラえもん』であり『ドラゴンボール』です。小さいときに日本の漫画に夢中になりましたが、日本の作品は真面目で、すべてをきちんと仕上げる姿勢に影響を受けました」  彼女はまた、環境に対する日本の合理的な思想やアプローチを評価しており、もっと世界に広めるべきだと言う。なぜならそれは、「愛と美のスタイルが見事に調和したものだと思うからです」。  世界中から仕事のオファーが引きも切らないチェン・マン。現在、個人的なアート・プロジェクトも目白押しだという。 「中国と西洋の素晴らしさ共存させ、自分独自の視覚言語としての表現をさらに拡げた新作を考えているところです」  自分の作品から「愛」を感じとってもらえるとうれしい、というチェン・マンの、「未来系アート」を堪能できる機会は、今後も増えていくに違いない。 (取材・文=中西多香[ASHU]) portrait-of-chen-man.jpg ●チェン・マン フォトグラファー。1980年、中国・モンゴル自治区に生まれ、北京で育つ。中国中央美術学院でグラフィック・デザインと写真を専攻する。在学中に開始した中国のファッション誌「VISION」の表紙の連作が中国雑誌史上最もユニークなカバーイメージと評価され、セレブリティから撮影オファーが殺到。「80後(バーリンホウ)」=「一人っ子政策」世代を代表するチェン・マンは、チャイナ・ドリームを象徴する存在でもある。「VOGUE」「ELLE」「Esquire」(いずれも中国版)を始め、世界中のファッション誌でも活躍。作品は、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(ロンドン)や今日美術館(北京)などに収蔵されている。<http://www.chenmaner.com> ●なかにし・たか アジアのデザイナー、アーティストの日本におけるマネジメント、プロデュースを行なう「ASHU」代表。日本のクリエーターをアジア各国に紹介するプロジェクトにも従事している。著書に『香港特別藝術区』(技術評論社)がある。<http://www.ashu-nk.com > オンラインTシャツオンデマンド「Tee Party」<http://teeparty.jp/ashu/>
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