メソメソしている自分を奮い立たせてくれる、狂気じみた社長の情熱『重版出来!』

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『重版出来!1』(小学館)
男だって、堂々と女子マンガが読みたい!――そんな内なる思いを秘めたオッサンのために、マンガライター・小林聖がイチオシ作品をご紹介!  世の中にはメンタルの強い人というのがいて、コケても打たれても、不屈の闘志で立ち上がり進んでいく。立派だと思うし、憧れもするけど、残念ながら僕はメンタルが弱く、そういう人間にちっとも近づけないまま年を取ってしまった。今でもちょっと衝撃を与えれば砕けるようなガラスのハートなので、しょっちゅう落ち込んで、人に知られないように自宅でメソメソ過ごしている。  そういう人間には、落ち込んだ気持ちをもう一度奮い立たせる何かが、自分の外に必要になる。で、それが友人でも恋人でもいいんだけど、僕の場合は基本的にマンガなのだ。だから、気持ちをグイッと上げてくれるマンガをいつでもいくつか心の中にストックしてあって、メソメソしているときに引っ張り出して読むことにしている。  そんなストックに最近加わったのが、出版業界を描いた『重版出来!』(松田奈緒子)だ。  お仕事マンガっていうのは「そこそこ面白いもの」になりやすい。ちょっと特別な職種だと、そこで働く人がどんなことをしているかなんて知らないことが多いので、マメ知識的な部分を掘り下げるだけでも結構面白く読める。たとえば、「重版出来」を「じゅうはんしゅったい」と読むなんて、ほとんどの人は知らなかったはずだ。そういうちりばめられたトリビアだけでも楽しめる。  けど、それは同時に「そこそこ面白い」だけになりやすいということでもある。読みやすいし、知識欲も満たしてくれるけど、ドハマリするほど面白くはない。そういう作品がよく出てくるのだ。  ケガで柔道の道をあきらめた主人公・黒沢心が、面接中に突然入ってきた暴漢を一本背負いで撃退し、見事採用を獲得する本作の第1話を読んだとき、面白いと思ったけれど、実は「よくある話かな」とも思った。よくできた出版業界モノ、ど根性編集物語……そんな感じかなと。  その予感は、ある程度は正しかった。人気が落ちてきている大御所作家の復活劇を描く第2話、マンガの単行本の発行部数決定やヒットへ結びつけるための営業、編集、書店の仕事を描く第4話から第6話までの3部作。さすが自分たちの業界だけあって、小ネタもいい。売れている作品の店頭在庫がなくなりかけて焦っているところに、追加注文分が届いて安堵する書店員のコマなんかは、リアル書店員の間でも「あるある(笑)」と話題になっていた。  でも、『重版出来!』がすごいのは、別にそういう小ネタ群ではない。この作品の根元には、一種の狂気じみたものがある。それが一番よく出ているのが第3話だ。  この第3話では、主人公・黒沢心が就職した出版社・興都館の社長の半生が描かれる。貧乏な家に生まれた彼は、出版社に入り、ヒットメーカーとなっていくのだが、彼がその中で手にした人生哲学が「運を貯めて、貯めた運をすべて仕事に注ぐ」というもの。仕事で勝つために、ギャンブルも辞め、ありとあらゆるラッキーを私生活から排除していく。  なぜそこまでするのかについて、彼は「本が私を人間にしてくれたからです。」と答える。見開き2ページをまるまる使って描かれるこのシーンは、第1巻の中でも屈指のシビれるシーンだ。と同時に、ここで描かれる社長の顔は、どこか狂気を感じさせる描かれ方をしている。すごくおっかないコマなのだ。  そもそも「運を貯める」という行動自体、ジンクス程度ならともかく、ここまで徹底するのはもはや正気ではない。彼はある意味、正常ではないキャラクターなのだ。  だけど、その狂気じみた情熱こそが、彼を押し上げたものであり、この作品の根底にあるものなのだと思う。ただ「仕事だからやる」という次元を超え、理屈をも超え、自分を自分たらしめる何かのために、仕事に仕える。そういう圧倒的な熱量があるからこそ、メソメソしているときの僕を支え、もう一度奮い立たせてくれるのだ。 (文=小林聖<http://nelja.jp/>)

メソメソしている自分を奮い立たせてくれる、狂気じみた社長の情熱『重版出来!』

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『重版出来!1』(小学館)
男だって、堂々と女子マンガが読みたい!――そんな内なる思いを秘めたオッサンのために、マンガライター・小林聖がイチオシ作品をご紹介!  世の中にはメンタルの強い人というのがいて、コケても打たれても、不屈の闘志で立ち上がり進んでいく。立派だと思うし、憧れもするけど、残念ながら僕はメンタルが弱く、そういう人間にちっとも近づけないまま年を取ってしまった。今でもちょっと衝撃を与えれば砕けるようなガラスのハートなので、しょっちゅう落ち込んで、人に知られないように自宅でメソメソ過ごしている。  そういう人間には、落ち込んだ気持ちをもう一度奮い立たせる何かが、自分の外に必要になる。で、それが友人でも恋人でもいいんだけど、僕の場合は基本的にマンガなのだ。だから、気持ちをグイッと上げてくれるマンガをいつでもいくつか心の中にストックしてあって、メソメソしているときに引っ張り出して読むことにしている。  そんなストックに最近加わったのが、出版業界を描いた『重版出来!』(松田奈緒子)だ。  お仕事マンガっていうのは「そこそこ面白いもの」になりやすい。ちょっと特別な職種だと、そこで働く人がどんなことをしているかなんて知らないことが多いので、マメ知識的な部分を掘り下げるだけでも結構面白く読める。たとえば、「重版出来」を「じゅうはんしゅったい」と読むなんて、ほとんどの人は知らなかったはずだ。そういうちりばめられたトリビアだけでも楽しめる。  けど、それは同時に「そこそこ面白い」だけになりやすいということでもある。読みやすいし、知識欲も満たしてくれるけど、ドハマリするほど面白くはない。そういう作品がよく出てくるのだ。  ケガで柔道の道をあきらめた主人公・黒沢心が、面接中に突然入ってきた暴漢を一本背負いで撃退し、見事採用を獲得する本作の第1話を読んだとき、面白いと思ったけれど、実は「よくある話かな」とも思った。よくできた出版業界モノ、ど根性編集物語……そんな感じかなと。  その予感は、ある程度は正しかった。人気が落ちてきている大御所作家の復活劇を描く第2話、マンガの単行本の発行部数決定やヒットへ結びつけるための営業、編集、書店の仕事を描く第4話から第6話までの3部作。さすが自分たちの業界だけあって、小ネタもいい。売れている作品の店頭在庫がなくなりかけて焦っているところに、追加注文分が届いて安堵する書店員のコマなんかは、リアル書店員の間でも「あるある(笑)」と話題になっていた。  でも、『重版出来!』がすごいのは、別にそういう小ネタ群ではない。この作品の根元には、一種の狂気じみたものがある。それが一番よく出ているのが第3話だ。  この第3話では、主人公・黒沢心が就職した出版社・興都館の社長の半生が描かれる。貧乏な家に生まれた彼は、出版社に入り、ヒットメーカーとなっていくのだが、彼がその中で手にした人生哲学が「運を貯めて、貯めた運をすべて仕事に注ぐ」というもの。仕事で勝つために、ギャンブルも辞め、ありとあらゆるラッキーを私生活から排除していく。  なぜそこまでするのかについて、彼は「本が私を人間にしてくれたからです。」と答える。見開き2ページをまるまる使って描かれるこのシーンは、第1巻の中でも屈指のシビれるシーンだ。と同時に、ここで描かれる社長の顔は、どこか狂気を感じさせる描かれ方をしている。すごくおっかないコマなのだ。  そもそも「運を貯める」という行動自体、ジンクス程度ならともかく、ここまで徹底するのはもはや正気ではない。彼はある意味、正常ではないキャラクターなのだ。  だけど、その狂気じみた情熱こそが、彼を押し上げたものであり、この作品の根底にあるものなのだと思う。ただ「仕事だからやる」という次元を超え、理屈をも超え、自分を自分たらしめる何かのために、仕事に仕える。そういう圧倒的な熱量があるからこそ、メソメソしているときの僕を支え、もう一度奮い立たせてくれるのだ。 (文=小林聖<http://nelja.jp/>)

メソメソしている自分を奮い立たせてくれる、狂気じみた社長の情熱『重版出来!』

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『重版出来!1』(小学館)
男だって、堂々と女子マンガが読みたい!――そんな内なる思いを秘めたオッサンのために、マンガライター・小林聖がイチオシ作品をご紹介!  世の中にはメンタルの強い人というのがいて、コケても打たれても、不屈の闘志で立ち上がり進んでいく。立派だと思うし、憧れもするけど、残念ながら僕はメンタルが弱く、そういう人間にちっとも近づけないまま年を取ってしまった。今でもちょっと衝撃を与えれば砕けるようなガラスのハートなので、しょっちゅう落ち込んで、人に知られないように自宅でメソメソ過ごしている。  そういう人間には、落ち込んだ気持ちをもう一度奮い立たせる何かが、自分の外に必要になる。で、それが友人でも恋人でもいいんだけど、僕の場合は基本的にマンガなのだ。だから、気持ちをグイッと上げてくれるマンガをいつでもいくつか心の中にストックしてあって、メソメソしているときに引っ張り出して読むことにしている。  そんなストックに最近加わったのが、出版業界を描いた『重版出来!』(松田奈緒子)だ。  お仕事マンガっていうのは「そこそこ面白いもの」になりやすい。ちょっと特別な職種だと、そこで働く人がどんなことをしているかなんて知らないことが多いので、マメ知識的な部分を掘り下げるだけでも結構面白く読める。たとえば、「重版出来」を「じゅうはんしゅったい」と読むなんて、ほとんどの人は知らなかったはずだ。そういうちりばめられたトリビアだけでも楽しめる。  けど、それは同時に「そこそこ面白い」だけになりやすいということでもある。読みやすいし、知識欲も満たしてくれるけど、ドハマリするほど面白くはない。そういう作品がよく出てくるのだ。  ケガで柔道の道をあきらめた主人公・黒沢心が、面接中に突然入ってきた暴漢を一本背負いで撃退し、見事採用を獲得する本作の第1話を読んだとき、面白いと思ったけれど、実は「よくある話かな」とも思った。よくできた出版業界モノ、ど根性編集物語……そんな感じかなと。  その予感は、ある程度は正しかった。人気が落ちてきている大御所作家の復活劇を描く第2話、マンガの単行本の発行部数決定やヒットへ結びつけるための営業、編集、書店の仕事を描く第4話から第6話までの3部作。さすが自分たちの業界だけあって、小ネタもいい。売れている作品の店頭在庫がなくなりかけて焦っているところに、追加注文分が届いて安堵する書店員のコマなんかは、リアル書店員の間でも「あるある(笑)」と話題になっていた。  でも、『重版出来!』がすごいのは、別にそういう小ネタ群ではない。この作品の根元には、一種の狂気じみたものがある。それが一番よく出ているのが第3話だ。  この第3話では、主人公・黒沢心が就職した出版社・興都館の社長の半生が描かれる。貧乏な家に生まれた彼は、出版社に入り、ヒットメーカーとなっていくのだが、彼がその中で手にした人生哲学が「運を貯めて、貯めた運をすべて仕事に注ぐ」というもの。仕事で勝つために、ギャンブルも辞め、ありとあらゆるラッキーを私生活から排除していく。  なぜそこまでするのかについて、彼は「本が私を人間にしてくれたからです。」と答える。見開き2ページをまるまる使って描かれるこのシーンは、第1巻の中でも屈指のシビれるシーンだ。と同時に、ここで描かれる社長の顔は、どこか狂気を感じさせる描かれ方をしている。すごくおっかないコマなのだ。  そもそも「運を貯める」という行動自体、ジンクス程度ならともかく、ここまで徹底するのはもはや正気ではない。彼はある意味、正常ではないキャラクターなのだ。  だけど、その狂気じみた情熱こそが、彼を押し上げたものであり、この作品の根底にあるものなのだと思う。ただ「仕事だからやる」という次元を超え、理屈をも超え、自分を自分たらしめる何かのために、仕事に仕える。そういう圧倒的な熱量があるからこそ、メソメソしているときの僕を支え、もう一度奮い立たせてくれるのだ。 (文=小林聖<http://nelja.jp/>)

メソメソしている自分を奮い立たせてくれる、狂気じみた社長の情熱『重版出来!』

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『重版出来!1』(小学館)
男だって、堂々と女子マンガが読みたい!――そんな内なる思いを秘めたオッサンのために、マンガライター・小林聖がイチオシ作品をご紹介!  世の中にはメンタルの強い人というのがいて、コケても打たれても、不屈の闘志で立ち上がり進んでいく。立派だと思うし、憧れもするけど、残念ながら僕はメンタルが弱く、そういう人間にちっとも近づけないまま年を取ってしまった。今でもちょっと衝撃を与えれば砕けるようなガラスのハートなので、しょっちゅう落ち込んで、人に知られないように自宅でメソメソ過ごしている。  そういう人間には、落ち込んだ気持ちをもう一度奮い立たせる何かが、自分の外に必要になる。で、それが友人でも恋人でもいいんだけど、僕の場合は基本的にマンガなのだ。だから、気持ちをグイッと上げてくれるマンガをいつでもいくつか心の中にストックしてあって、メソメソしているときに引っ張り出して読むことにしている。  そんなストックに最近加わったのが、出版業界を描いた『重版出来!』(松田奈緒子)だ。  お仕事マンガっていうのは「そこそこ面白いもの」になりやすい。ちょっと特別な職種だと、そこで働く人がどんなことをしているかなんて知らないことが多いので、マメ知識的な部分を掘り下げるだけでも結構面白く読める。たとえば、「重版出来」を「じゅうはんしゅったい」と読むなんて、ほとんどの人は知らなかったはずだ。そういうちりばめられたトリビアだけでも楽しめる。  けど、それは同時に「そこそこ面白い」だけになりやすいということでもある。読みやすいし、知識欲も満たしてくれるけど、ドハマリするほど面白くはない。そういう作品がよく出てくるのだ。  ケガで柔道の道をあきらめた主人公・黒沢心が、面接中に突然入ってきた暴漢を一本背負いで撃退し、見事採用を獲得する本作の第1話を読んだとき、面白いと思ったけれど、実は「よくある話かな」とも思った。よくできた出版業界モノ、ど根性編集物語……そんな感じかなと。  その予感は、ある程度は正しかった。人気が落ちてきている大御所作家の復活劇を描く第2話、マンガの単行本の発行部数決定やヒットへ結びつけるための営業、編集、書店の仕事を描く第4話から第6話までの3部作。さすが自分たちの業界だけあって、小ネタもいい。売れている作品の店頭在庫がなくなりかけて焦っているところに、追加注文分が届いて安堵する書店員のコマなんかは、リアル書店員の間でも「あるある(笑)」と話題になっていた。  でも、『重版出来!』がすごいのは、別にそういう小ネタ群ではない。この作品の根元には、一種の狂気じみたものがある。それが一番よく出ているのが第3話だ。  この第3話では、主人公・黒沢心が就職した出版社・興都館の社長の半生が描かれる。貧乏な家に生まれた彼は、出版社に入り、ヒットメーカーとなっていくのだが、彼がその中で手にした人生哲学が「運を貯めて、貯めた運をすべて仕事に注ぐ」というもの。仕事で勝つために、ギャンブルも辞め、ありとあらゆるラッキーを私生活から排除していく。  なぜそこまでするのかについて、彼は「本が私を人間にしてくれたからです。」と答える。見開き2ページをまるまる使って描かれるこのシーンは、第1巻の中でも屈指のシビれるシーンだ。と同時に、ここで描かれる社長の顔は、どこか狂気を感じさせる描かれ方をしている。すごくおっかないコマなのだ。  そもそも「運を貯める」という行動自体、ジンクス程度ならともかく、ここまで徹底するのはもはや正気ではない。彼はある意味、正常ではないキャラクターなのだ。  だけど、その狂気じみた情熱こそが、彼を押し上げたものであり、この作品の根底にあるものなのだと思う。ただ「仕事だからやる」という次元を超え、理屈をも超え、自分を自分たらしめる何かのために、仕事に仕える。そういう圧倒的な熱量があるからこそ、メソメソしているときの僕を支え、もう一度奮い立たせてくれるのだ。 (文=小林聖<http://nelja.jp/>)

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『重版出来!1』(小学館)
男だって、堂々と女子マンガが読みたい!――そんな内なる思いを秘めたオッサンのために、マンガライター・小林聖がイチオシ作品をご紹介!  世の中にはメンタルの強い人というのがいて、コケても打たれても、不屈の闘志で立ち上がり進んでいく。立派だと思うし、憧れもするけど、残念ながら僕はメンタルが弱く、そういう人間にちっとも近づけないまま年を取ってしまった。今でもちょっと衝撃を与えれば砕けるようなガラスのハートなので、しょっちゅう落ち込んで、人に知られないように自宅でメソメソ過ごしている。  そういう人間には、落ち込んだ気持ちをもう一度奮い立たせる何かが、自分の外に必要になる。で、それが友人でも恋人でもいいんだけど、僕の場合は基本的にマンガなのだ。だから、気持ちをグイッと上げてくれるマンガをいつでもいくつか心の中にストックしてあって、メソメソしているときに引っ張り出して読むことにしている。  そんなストックに最近加わったのが、出版業界を描いた『重版出来!』(松田奈緒子)だ。  お仕事マンガっていうのは「そこそこ面白いもの」になりやすい。ちょっと特別な職種だと、そこで働く人がどんなことをしているかなんて知らないことが多いので、マメ知識的な部分を掘り下げるだけでも結構面白く読める。たとえば、「重版出来」を「じゅうはんしゅったい」と読むなんて、ほとんどの人は知らなかったはずだ。そういうちりばめられたトリビアだけでも楽しめる。  けど、それは同時に「そこそこ面白い」だけになりやすいということでもある。読みやすいし、知識欲も満たしてくれるけど、ドハマリするほど面白くはない。そういう作品がよく出てくるのだ。  ケガで柔道の道をあきらめた主人公・黒沢心が、面接中に突然入ってきた暴漢を一本背負いで撃退し、見事採用を獲得する本作の第1話を読んだとき、面白いと思ったけれど、実は「よくある話かな」とも思った。よくできた出版業界モノ、ど根性編集物語……そんな感じかなと。  その予感は、ある程度は正しかった。人気が落ちてきている大御所作家の復活劇を描く第2話、マンガの単行本の発行部数決定やヒットへ結びつけるための営業、編集、書店の仕事を描く第4話から第6話までの3部作。さすが自分たちの業界だけあって、小ネタもいい。売れている作品の店頭在庫がなくなりかけて焦っているところに、追加注文分が届いて安堵する書店員のコマなんかは、リアル書店員の間でも「あるある(笑)」と話題になっていた。  でも、『重版出来!』がすごいのは、別にそういう小ネタ群ではない。この作品の根元には、一種の狂気じみたものがある。それが一番よく出ているのが第3話だ。  この第3話では、主人公・黒沢心が就職した出版社・興都館の社長の半生が描かれる。貧乏な家に生まれた彼は、出版社に入り、ヒットメーカーとなっていくのだが、彼がその中で手にした人生哲学が「運を貯めて、貯めた運をすべて仕事に注ぐ」というもの。仕事で勝つために、ギャンブルも辞め、ありとあらゆるラッキーを私生活から排除していく。  なぜそこまでするのかについて、彼は「本が私を人間にしてくれたからです。」と答える。見開き2ページをまるまる使って描かれるこのシーンは、第1巻の中でも屈指のシビれるシーンだ。と同時に、ここで描かれる社長の顔は、どこか狂気を感じさせる描かれ方をしている。すごくおっかないコマなのだ。  そもそも「運を貯める」という行動自体、ジンクス程度ならともかく、ここまで徹底するのはもはや正気ではない。彼はある意味、正常ではないキャラクターなのだ。  だけど、その狂気じみた情熱こそが、彼を押し上げたものであり、この作品の根底にあるものなのだと思う。ただ「仕事だからやる」という次元を超え、理屈をも超え、自分を自分たらしめる何かのために、仕事に仕える。そういう圧倒的な熱量があるからこそ、メソメソしているときの僕を支え、もう一度奮い立たせてくれるのだ。 (文=小林聖<http://nelja.jp/>)

ゲイのイケメン弁護士の物語が、非モテのオッサンを泣かせる理由『きのう何食べた?』

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『きのう何食べた? 7』(講談社)
男だって、堂々と女子マンガが読みたい!――そんな内なる思いを秘めたオッサンのために、マンガライター・小林聖がイチオシ作品をご紹介!  文字どおりの意味で「自慢じゃない」のだけれど、僕はモテない。若い頃ならともかく、32歳になる今まで彼女のひとりもいなかったとなると、たいていの人に「なんで?」と聞かれる。僕からするとなぜもクソもなくて、中学生の頃に彼女がいなかったのと同じ感覚のまま32歳になったというだけだったりする。それが当たり前だった。要するに子どもなのだ。  だから、彼女がいないことにほとんど深い悩みも抱かず、なんとなくこのままひとりでやっていくんだろうと思っていた。何、ずっとそうだったんだから大したことじゃない。そう思っていた。『きのう何食べた?』(よしながふみ)を読むまでは。  よしながふみは最近だと映画化、ドラマ化された『大奥』で知られているだろうか。『大奥』は流行病によって男性が激減した鎖国中の日本を舞台にした作品で、特に同性愛的な作品ではないが、よしなが作品の多くはいわゆるBL(=ボーイズ・ラブ。男性同士の恋愛を描く作品)に分類される。  BLはご存じのとおり、基本的には女性向けジャンルだ。だが、その中にあってよしながふみはちょっと特別な存在といっていい。「BLは読まないけど、よしながふみは読む」という男性読者がたくさんいる。よしなが作品で初めてBLに触れ、そこからBLにハマっていったという人もいる。徹底的に女性のためだったBLというジャンルに、00年代初頭に男性を流入させた大きなきっかけとして、よしながの存在は大きかったといえるだろう。  そんなよしながが「モーニング」(講談社)で月1連載しているのが、『きのう何食べた?』だ。主人公は40代のゲイカップル。話はなんてこともない。彼らの日常を、彼らの自炊レシピとともに淡々と綴っていくというもの。ドラマチックな物語では決してない。  だけど、この作品を読んでいると不意に涙が出ることがある。彼らの話は、カラッカラにモテない僕の話でもあるのだ。  いや、別に僕はゲイではないし、主人公の筧のようにイケメンでもない。むしろ、弁護士でまめまめしい料理好きで、同棲中の恋人もいる完璧超人である筧なんて、僕とは正反対といってもいい。    けど、筧は僕の未来像でもある。ゲイである彼は、恋人がいても、どんなにしっかり者でも、結婚はできないし、子どもをもうけることはない。  「結婚しないんじゃないかな」と薄ぼんやりと思っていた僕は、ずっと「まぁ、別に子どもも好きじゃないし」くらいに思っていた。実際、今だって「結婚できれば結婚するほうが絶対にいい」とは思っていない。他人と一緒にいる幸福は、他人と一緒にいる不自由と背中合わせで、そのどちらがいいかは、今の日本では個人個人が選べばいいくらいの問題だ。  だけど、3巻で実家に帰った筧が母親に問い詰められるシーンを読んだとき、「ああ」と思った。 「あなたもう44ですよ!? そういう老いじたくの事とかちゃんと彼と話した事あるの!?」  筧は44歳だから、というのはもちろんある。けど、そういうのと無関係に、子どもをもうけない人間にとっては、次のステージはもう自分の「老後」なのだ。それは、ふんわり結婚しないだろうなと思っていた僕にとっても同じだ。子どもを育てる周囲の友人たちをよそに、これから僕は自分の老後のために、自分のためだけに生きていくんだなと。結婚しないと決めることは、そういう人生を引き受けることなんだなと、そのときようやく気付いたのだ。  筧と両親、特に母親とのエピソードはどれもとても好きなのだけど、この3巻にはほかにも響くエピソードがある。正月に実家に帰った筧を描いた第19話。隣のお宅の小さな子どもたちがやってきて、勝手知ったる様子で筧の実家で遊び回る。その姿を見て、筧は思う。 「そうか きっとこの人達(両親)はもう孫の代わりにお隣の子を可愛がる事に決めたんだ…」  ずっとずっと長いこと、モテないことは自分だけの問題だと思い続けてきた。別にどう生きたって人が思うよりも幸せでいられると思い続けてきたし、今もそう思っている。だけど、自分がどう生きるかが、ほかの誰かの問題でもあることは想像したこともなかった。どうだって生きられるけど、どう生きるにしても選んだ生き方に付随するすべてに僕はもう責任を取らないといけないのだ。  基本的にはほんわかゆるゆるとしたお料理系日常マンガである『きのう何食べた?』だけれど、その淡々とした中に、よしながはちゃんと重みを持った現実と老いを描き込んでいる。そういうところが、よしながふみの怖くて魅力的なところなのだ。 (文=小林聖<http://nelja.jp/>)

同人誌は著作権侵害? 回避は簡単なのになぜ事件化&泥沼化するのか?

 サイゾーのニュースサイト「Business Journal」の中から、ユーザーの反響の大きかった記事をピックアップしてお届けします。 ■「Business Journal」人気記事(一部抜粋) 吉野家、牛丼並盛り280円へ値下げ 他社の値下げに追随で、価格競争再燃の可能性も 4月15日がXデー!?  北朝鮮暴発で奇襲攻撃や化学テロの懸念も… 「IkeGami」線は「IG」!? 駅ナンバリングって知ってる? 不思議な法則を東急線に直撃してみた ■特にオススメ記事はこちら! 同人誌は著作権侵害? 回避は簡単なのになぜ事件化&泥沼化するのか? - Business Journal(4月10日)  こんにちは。江端智一です。  前回前々回と、少女マンガのキャンディキャンディにまつわる事件から二次的著作物の権利関係を整理し、同人誌の著作権問題をキャラクターの観点から、マンガやアニメなどの原作、元ネタがある創作物の成人向けパロディを記載した同人誌=「薄い本」を引き合いに出しつつ説明させていただきました。  その目的は、創作を保護する法律や規制が、別の創作を妨げることもあり、ある種の創作活動は、「その気になれば、いつでも、どこからでも潰され得る」というリアルな現状を理解していただくことでした。それがたとえ、趣味として自分のホームページで開示しているだけでも、また、自腹を切って自分で印刷して無料で配布していても、違法行為であることから免れることはできないのです。  例外があるとすれば、自分の机の引き出しの中に隠し続けているあなたの「秘密のノート」での創作活動などになります(具体的には、「著作権法第2章第3節第5款に記載 著作権の制限」の行為に限られます)。  さて、最初にお断りしておきますが、本コラムでは、別段の定めがない限り、「他人の著作物に依拠して創作された著作物のうち、当該他人の許諾を得ていないもの」を「同人誌’」と記載致します。また、今回のコラムでは「著作者」と「著作権者」という用語が何度も登場しますので、このコラムのイラストの例を使って、簡単にご説明致します。
筆者提供
 このイラストを実際の絵として完成させたのは小学4年生の娘(次女)ですが、その図案を創作したのは私です。この場合、このイラストは、「娘(次女)」と「私」の共同著作物となり、この二人が共同著作者となります。一般的に、著作者=著作権者となりますので、この段階では、二人とも著作権者(共同著作権者)になります。  しかし、万が一、娘(次女)が、「Business Journalなんかに、私のイラストを使われるのはイヤー!」と泣き叫んだら掲載ができなくなります。ですので、私は、娘(次女)の著作権の持ち分を、対価(600円)を払って譲渡してもらっています。  この結果、権利関係は以下のようになります。 ・著作者:娘(次女)と私の二人。著作者は(たとえ100万円払おうとも)変更できない。 ・著作権者:私だけ  この「600円」の支払いをもって、私は、このコラムとイラストの両方の著作権を専有している状態になり、ここで、私は単独でBusiness Journalに対して、Web公開の許諾ができるようになるわけです。 ●解決の「方法」は簡単である 「同人誌’」事件に見られる侵害行為を回避する方法は、びっくりするほどに簡単です。  その答えは、「『著作者』と『著作権者』の二人(多くの場合、同一人物)から許諾を得ればよい」のです。  次のような感じです。 「あなたのマンガをベースとして、あなたのマンガのキャラクターを登場させた『成人向け同人誌’』をつくりました。ぜひご覧ください。そして、これを使って、同人誌即売会で販売する許可をください」 「無償で許諾をいただければうれしいですが、もし駄目なら収益の50%を差し出します。何卒、何卒、よろしくお願いします」  これで、著作者(マンガ家)と、著作権者(マンガ家、まれに出版社)の許諾を得れば、「同人誌’」ではなくなり、それが成人向けであろうが何であろうが、天下御免で、正々堂々と販売して、収益を得ることができます。  このような手続を行っている以上、100%合法行為なので、国家権力といえども手を出すことはできません(成人向け同人誌の問題は、公序良俗の問題もパスする必要がありますが、今回は割愛します)。  この「手続」をサボっているから、問題となってしまうのです。 ●ところが、解決の「手続」はまったく簡単ではない  しかし、こんな「交渉の手続」が簡単にできるのであれば、そもそも、「同人誌’」をめぐる裁判など、我が国ではひとつも起こっていないはずです。  第一に、著作者または著作権者(マンガ家)にアクセスする方法がわからない。マンガの巻末に住所や電話番号でも記載されていればよいのですが、そんなことは滅多にありませんし、すべてのマンガ家が、ツイッターやメールを使っているわけでもないでしょう。  加えて、「成人向け同人誌’」の販売を、著作者が許諾するだろうか、という問題があります。自分が精魂注いでつくり上げたキャラクターや世界観を、そんなふうに使われることを「ああ、いいよ」と許してくれる著作者がいたら、私は心底「すごい度量だ」と思います。 ●「同人誌’」の著作権侵害が事件化しにくい理由  著作者、または著作権者が権利行使を決意すれば、「同人誌’」を叩き潰すことなどは造作もなく、差止の仮処分(確定判決の前に、裁判所が決定する暫定的処置)などは、即時に認められるように思います。  では、著作者らは、なぜそのような権利行使を実行に移さないのか?  私は、2つ理由があると考えています。 【理由その1】 「同人誌’」の存在が、必ずしも不利益といえない場合があるため。「同人誌’」が、著作物の宣伝広告の効果を発揮してくれる場合があるからです。また、そのような「寛容な態度」でマンガに好感を持ってもらえるという巧妙な計算もあるでしょう。 【理由その2】 「同人誌’」の創作者を告発するコストが高いため。裁判手続は金も時間もかかります。損害賠償の裁判となれば、著作権者の損害額を算定しなければならないのですが、これが恐ろしく難しい。「同人誌’」の販売の規模によっては、損害額2万円、裁判費用200万円などという話はザラです(略式手続<刑事訴訟法470条>で有罪確定した「ポケモン同人誌事件」は例外中の例外です)。  なお、ツイッターにマンガの主人公の顔を使っている人は、許諾を得ていない限りすべて複製権の侵害被疑者ですが、では、その被害額はいくら? 提訴する相手を特定できるか? となることを考えれば、訴訟なんて手続は、とてもコストに見合わなくてやっていられないのです。つまり、コストの観点から、著作者または著作権者は、権利行使を「留保」していることになります。  このほか、多くの場合は、差止の警告をされれば、「同人誌’」の製作者は直ちに販売の中止に応じて、事件になりにくいという性質もあります。また、「同人誌’」を含め、同人誌ビジネスは基本的に儲からないので、儲からないところへ損害賠償を請求してもメリットがないという理由もあります。 ●著作権事件が泥沼化する理由  確かに、著作権侵害は事件化(裁判等)しにくいですが、ひとたび事件化した場合、和解に至るケースのほうが少ないように思います。  私は、これまでの「同人誌’」を含む著作権侵害訴訟の判例を、一通り眺めてきましたが、訴訟に至るか否かを決定づける要因は、「金(カネ)」より「怒り」の要素が大きいように思えます。人間はいったん「怒り」のモードに入ったら、「金」の問題など吹き飛びます。  私は、以前、「初音ミク」の技術編コラムで、「このキャラクターを創成する立場であれば、間違いなくキャラクターに『愛』が込められていくのは当然のことです」と記載したことがありますが、これを逆方向から述べてみれば、「このキャラクターを『汚(けが)す』者であれば、間違いなくその者に『殺意』が込められていくのは当然のことです」となるのは自然な帰結です。なぜなら、自分の著作物は(それが二次的な著作物であったとしても)、自分の大切な「宝物」、自分が育てた「子供」のようなものだからです。  例えば、私は自分のコラムに添付しているイラストが「成人向け同人誌’」に使われた日には(どのように使えるのか想像もつかないですが)、差止の警告を出す決断をするのに3秒、そして警告が無視されたら、たとえ刑事告訴になろうとも、最後まで闘うだろうという確信があります。 ●N次著作の面倒くささ  さて、これまでは「他人の著作に依拠して創作された創作物」の関係についてのみお話ししました。これが、二次的著作(第28条)、翻案等(第27条)、または複製(第21条)に該当するかはケースバイケースですが、本コラムでは、これら「他人の著作に依拠して創作された創作物」を便宜的に「二次的な著作物」と呼ぶこととします。  しかし、単純な「二次的な著作物」であれば、それは著作権者との関係を調整すれば足りますが、大抵の場合、著作物とはそんな単純な構成をしていないのです。これが最近、よく聞くようになった用語「N次著作」です。  ここで一度、「N次著作」と言われているものを、例題を使って整理してみましょう。
筆者提供
 まず、私、江端智一が「『初音ミク』主演映画」に触発されて、その映画のストーリーに依拠した小説「ミクミク物語」を創作したとしましょう。私が、この小説を、引き出しの奥にしまいこんで、時々取り出しては『私って、なんて才能があるのだろう』と自分の作品に、自分一人で涙するのであれば、別に何もする必要がありません。  しかし、これを自分のホームページに公開するとなれば話は別です。対価を得ている/得ていないは問題にはなりません(何度も繰り返しますが、この点は重要です。無償ならばなんでも許されるというのは、完璧な勘違いです)。この場合、私は、まず映画の著作権者(上図では三次著作権者)に、自分のホームページへの公開の許諾を得なければなりません。なぜなら、私は小説の著作者、著作権者ではありますが、同時に、映画の著作権者もまた、私の作品に対して著作権(翻案権)を持っているからです。  さらに、この映画が、二次著作権者のつくった楽曲を使っていて、さらに、私も私の小説の中でその歌詞を使っているなら、二次著作権者の許諾も必要となります。 そして言うまでもなく、私の小説の中に登場する「初音ミク」は、一次著作の「初音ミク」の画像、または二次著作の「初音ミク」を演じた映像に依拠することになるので、当然に「初音ミク」の画像の権利を所有している、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社(以下、クリプトン社という)の許諾も必要です。 「創作する」というだけでも大変なのに、上記の例では、私は3人の権利者に頭を下げて、そして必要なら対価を払って許諾を得なければなりません。N次創作物をつくり出すことを、単に個人(の机の引き出しの中のノート)で楽しむのであれば、誰の許諾もいりません。しかし、それを世の中に出したいと思った瞬間から、果てしない「お願いツアー」に出発しなければならないのです。 (文=江端智一) ※本記事へのコメントは、筆者・江端氏HP上の専用コーナーへお寄せください。 ※後編へ続く。 ■おすすめ記事 吉野家、牛丼並盛り280円へ値下げ 他社の値下げに追随で、価格競争再燃の可能性も 4月15日がXデー!?  北朝鮮暴発で奇襲攻撃や化学テロの懸念も… 「IkeGami」線は「IG」!? 駅ナンバリングって知ってる? 不思議な法則を東急線に直撃してみた 浜崎あゆみ、久々のメディア出演で苦悩や私生活を語る「外に出るのが恐かったことも」 テレ朝はヒット番組量産システムで視聴率トップへ、フジは遺産頼みで3位転落?

【ピクピクン】安野モヨコのアシスタントも経験した謎のキワモノエロマンガ家の正体とは?

【サイゾーpremium】より  コミケでの生理用品配布や田代まさしとのCDリリースなど、その奇矯な行動でネットを中心に注目を集めているエロマンガ家ピクピクン。そんな彼の波瀾万丈の半生を聞いてみた──。
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(写真/K-D)
 2012年末に行われたコミックマーケットで、自身のサイン入り生理用品を女性ファンに配りネットで話題となる一方、コメ農家として日光東照宮に献穀米を納め、地元栃木の消防団に所属するという元ホストのエロマンガ家・ピクピクン。その端正な顔立ちと奇矯な経歴から注目を集めている彼が、いかにして現在のスタイルに行きついたのか? これまで彼が歩んできた、けもの道の軌跡をたどってみよう。  幼い頃からマンガ家を志していた彼は、美術専門学校を卒業後、『静かなるドン』(実業之日本社)の新田たつお、『GO DA GUN』(集英社)の片倉・M・政憲といった有名マンガ家の下でアシスタントをして、まっとうなマンガ道を歩んでいたという。しかし、ここから彼の迷走が始まる。 「片倉先生もそのアシスタントも、リア充ばっかりだったんです。その雰囲気に耐えられなくて、ついカッとなり『歌舞伎町でホストになって男を試します!』って啖呵を切って飛び出しました。童貞をこじらせてたんでしょうね」  無謀と思われたホストへの転身。しかし、彼はその店で新人賞を獲得するほどの活躍を見せる。 「女性との接し方なんてわかんないんで、『「花の魔法使いマリーベル」【編注:90年代前半に放送された魔法少女アニメ】の話をしますぅ』なんて調子でやってたら、みんな面白がってくれて」  まさかの大躍進。マンガ道から売れっ子ホストの道を進むかと思いきや、こじらせグセが再発する。 「僕、本当はマンガ家になって妖精と結婚したいはずなのに……。この世界にいたら絶対にできない! そう思って辞めました」  水商売の世界で、自分の純粋さが失われてゆくことへの焦りから、ホストを辞めることを決心。彼は次の仕事として、おっぱいパブの店員を選ぶのだった。妖精と結婚したいとか言ってたのに……! 「いいじゃないですか! おっぱいを見たかったんですよ! それに、その経験が今ではエロマンガを描くのに役立ってますから!」  確かに、彼の作品に登場する女の子は皆、推定C~Dカップの”ちょうどよい”おっぱい。巨乳至上主義が幅を利かせている昨今のエロマンガに食傷気味のファン(筆者)からの支持も厚い。おっパブで磨かれた観察眼は、肉感のあるリアルな画風で描かれるおっぱいだけでなく、彼の作品に盛り込まれる格闘アクションにも資している(はず)。さらに、この経験が、作画だけでなく、意外な形でマンガ道復帰への布石となる。彼はおっパブを辞した後、当時『花とみつばち』(講談社)などの連載を抱え、人気の絶頂にあったマンガ家・安野モヨコの初の男性アシスタントとして採用されたのだ。 「『フロム・エー』に載っていた”安野先生のアシスタント”に応募したら、面接に呼ばれて。多分、先生は『元ホストのおっぱいパブ従業員』への興味だけで呼んだんだと思います。でも、僕はちゃんとアシスタント経験があったわけで。絵のサンプルを見せたら『なんだコイツ!?』って面白がってもらって、めでたく採用されました」  ようやくマンガ道へ舞い戻った彼は、その後、ウェブ上で作品を発表し始める。その作品やブログでの奇怪な言動を、とある芸能プロ社長に見いだされ、なぜか田代まさしと共作で同人CDをリリース、コミケへの進出を果たすなど、今のマルチ(まがい)なマンガ家としてのスタイルを確立していくのであった。念のため確認しますけど、本業はマンガ家ですよね? 「もちろん! マンガが本体で僕自身の活動はおまけ。例えばテレビに出たって、失うものがないから、なんでもできる。NHKの生放送で、ちんこ出して射精することだってできますよ!」  元ホストのマンガ家がテレビに出ていたら、画面から目を離さずにいるべきだ。テレビ史上に残る”性器の瞬間”が見られるかもしれないのだから──なんつって。 (文/高橋ダイスケ) ピクピクン 栃木県生まれ。マンガ家。消防団所属の準公務員。東京の美術系専門学校を卒業後、マンガ家アシスタントを経て、ホストに転職。その後、人気マンガ家・安野モヨコ氏のアシスタントなどを務めた後、現職。著書に『処女連続中出し120分』(松文館)など。 公式HP〈http://www2.plala.or.jp/piku2n/index.html〉 ツイッター〈https://twitter.com/PIKU2N「サイゾーpremium」では他にもレアなマンガ家インタビュー記事が満載です!】【岡本健太郎】収入なし、ボランティアでの害獣駆除、ナイーブな倫理……現代を生きる猟師の実像教祖じゃありません! 巨匠・美内すずえ『ガラスの仮面』に込めた宇宙メッセージを語る『DEATH NOTE』と『聖☆おにいさん』は宗教タブー!? さとうふみやが初めて語る幸福の科学と『金田一少年』【前編】
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【清野とおるの、キ○チ○ガ○イと呼ばないで】第12話「ホームレスごめんなさい物語」(後編)

13akabanehomeless.jpg ■前編はこちらから  確かにおじさんは、清野家の敷地の一部に勝手に足を踏み入れていたので不法侵入に該当するけれど、この時の横川くんが俺に提案した理由は、おそらく絶対「ただのノリ」だったと思う。  だって「不法侵入」なんて概念自体、なかったし。 14akabanehomeless.jpg  横川くんのノリに対して、俺もノリで返した。何故なら当時の俺は、「ショウガクニネンセイ」だったからだ。 15akabanehomeless.jpg  そして本当に110番通報した。 通報内容はあまり記憶にないけど、たぶんこんな感じだったと思う。 16.akabanehomeless.jpg  そしてすぐさまパトカーが到着し、おじさんは問答無用でパトカーに押し込まれた。  俺と横川くんは家から出ずに、小窓から顔を出して「そのおじさんです! 早く捕まえてください!」とか一丁前に指図していたような覚えがある。 17akabanehomeless.jpg  パトカーの中で、おじさんは警官に何かを必至に訴えかけるような素振りをしていたけど、内容は全然聞こえなかった。  子どもの一方的な通報……しかも「変だから」というような理由だけで大人が連行される訳ない、とお思いになられる方もいるかもしれないが、80年代は町中に変なおじさんがウジャウジャ生息していて社会問題にもなっていたので、割と簡単に連行されるシステムになっていたのだ。  パトカーが発車しようとした、その時…… 18.akabanehomeless.jpg 19.akabanehomeless.jpg  一瞬……でも明らかに、おじさんが俺たちのことを、鬼のような形相でにらんだのだ……。 20.akabanehomeless.jpg  そしてパトカーは、おじさんを連れて、去っていった……。 21.akabanehomeless.jpg 22.akabanehomeless.jpg  それにビビッた横川くんは、俺を残してそそくさと帰ってしまった。 23.akabanehomeless.jpg  その日からしばらくの間、眠れない夜が続いた。  俺の家も俺の顔も完全にバレてしまっていることだし、おじさんが警察から出てきたら絶対復讐される。俺だけじゃなく、お父さんもお母さんも弟も、皆殺しにされる……そう思ったのだ。  しかし、結局おじさんを見ることは、二度となかった……。 24akabanehomeless.jpg 25akabanehomeless.jpg 境内で向けられた優しい笑顔と、パトカーの窓越しに向けられた恐ろしい顔。 その二つの顔を思い出すと、何故あの時通報なんてしてしまったのだろうと、心底後悔する……。 1akabanehomeless2.jpg  だから大人になった今の俺は、なるべくホームレスには優しくしようと思っているのだ。  おじさん、この記事読んでますか?  絶対読んでないと思いますけど、もし読んでたら、あの時は通報してすみませんでした!  横川くんもあの後、すごく反省してましたんで! (文・イラスト=清野とおる) 1seinoprof.jpg ●せいの・とおる 1980年生まれ。東京都板橋区出身。地元・赤羽に生息する奇妙な人々を生き生きと描いた漫画『東京都北区赤羽』(Bbmfマガジン )が大ヒット中。 Twitter <https://twitter.com/seeeeeeeeeeeeno> 「キ○チ○ガ○イと呼ばないで」過去記事はこちらから

【清野とおるの、キ○チ○ガ○イと呼ばないで】第12話「ホームレスごめんなさい物語」(前編)

1akabanehomeless.jpg 『東京都北区赤羽』でおなじみの漫画家・清野とおるによる、悶絶必死の爆笑コラム。    自分で言うのもなんだけど、俺はそこら辺の人たちよりも、ホームレスには優しいほうだと思う。  どんな場面でどういう形で絡まれようとも、絶対に笑顔で応じるし、物品やお金を求められれば喜んで差し出すし。  ……でも、その行為は純粋な善意ではなく、過去に自分が犯してしまったある過ちに対する贖罪なのかもしれない……。  小2の時。近所に一人のホームレスのおじさんが出没した。 2akabanehomeless.jpg  顔が認識できないほど、髪の毛も髭も伸び放題。ボロボロのジャンパーやズボンの中に拾ったモノをパンパンに詰め込みまくっていたため、筋肉ムキムキの「イエティ」のように見えた。  おじさんと遭遇したら、すぐに家に逃げ帰るほど、当時の俺は彼の存在が怖かった。  ある日、神社で一人で遊んでいた時。 3.akabanehomeless.jpg 4akabanehomeless.jpg  境内に座って、拾い集めたと思われるシケモクを吸っていたおじさんと不意に遭遇し、目が合ってしまった。 5akabanehomeless.jpg  俺は恐怖で、金縛りにあったかのように身動きが取れなくなった。 6akabanehomeless.jpg  おじさんは、歯抜けの口を大きく開け、ニタリと俺に微笑んだ。 7akabanehomeless.jpg  俺は反射的に、悲鳴を上げてその場を逃げ去った……。  今の俺だったら、好意アリと受け取って、おじさんと「始めてみる」ところだけど、子ども心には好意を向けられたところで恐怖以外の何物でもなかったのだ。 8akabanehomeless.jpg  後日、おじさんと遭遇した両親もかなり戦慄気味だったので、子ども心だけでなく、大人心にも十分恐ろしい存在だったと思われる。 9akabanehomeless.jpg  ある日、近所に住む悪友の横川くんがうちに遊びにやってきた。  ファミコンをやってる時、腹が減って餓死しそうになったので、食料を買い込むために、駄菓子屋へと馳せ参じることにした。 10akabanehomeless.jpg  玄関を開けると、あのおじさんが、俺んちのド真ん前で、シケモク拾いをしていた!!  反射的に、家の中に避難した。  初めておじさんに遭遇した横川くんは、絵に描いたように戦慄していた。  当時の俺には絵心がなかったので、横川くんの絵に描いたような戦慄っぷりを描けなかったけど、今の俺になら描けるぞ! 11akabanehomeless.jpg  こんな感じだ! 12akabanehomeless.jpg  俺と横川くんは、二階のトイレの小窓から恐る恐るおじさんの様子を伺った。  そして横川くんが、俺にある提案をしてきた。 13akabanehomeless.jpg (後編に続く/文・イラスト=清野とおる) 1seinoprof.jpg ●せいの・とおる 1980年生まれ。東京都板橋区出身。地元・赤羽に生息する奇妙な人々を生き生きと描いた漫画『東京都北区赤羽』(Bbmfマガジン )が大ヒット中。 Twitter <https://twitter.com/seeeeeeeeeeeeno> 「キ○チ○ガ○イと呼ばないで」過去記事はこちらから