ついに、恐れていたことが起きてしまった。 あのビートたけしが朝の生放送をやるということだけで驚きだった『おはよう、たけしですみません。』(テレビ東京系)。それも5日間連続で放送するというのだから、大丈夫なのかと思っていた。 実際、たけしは初日から暴走気味。生放送でカットされないのをいいことに、得意のヅラネタをふんだんに連発し、政治ネタから自身が出演している番組のネタまでギリギリのラインで攻め続けていた。 その結果、2日目は謝罪からスタート。その後もCM明けのたびに謝罪を繰り返す、まさにたけしの真骨頂が繰り広げられていた。 そして3日目の10月4日。番組がスタートし、映し出されたのは、誰も座っていない椅子。そう、たけしが来ていないのだ。 もう生放送は始まっている。正直言って、たけしが“ズル休み”をするというのは予想できなくもなかった。事実、1日目、2日目の番組中も、本人の口から予告めいた発言はなされていた。だが、本当にやるとは……。たけしの不在に困惑しているのは、視聴者だけではない。誰も座っていない席の傍らにいる、浅草キッドの水道橋博士と、爆笑問題の太田光だ。 「いるはずの人がいないし、君とはやってられない」と博士が口を開けば、「オレだって不愉快極まりない」と太田も返す。 本番前から険悪なムードで、ひと言も口をきいていないという2人。そう、この2人は“犬猿の仲”で知られる関係なのだ。 それは30年近く前のことだ。やはり、ビートたけしの“ズル休み”が原因だった。1990年、自身がパーソナリティを務める『ビートたけしのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)をたけしが休んだ際、その代役を務めたのが、当時若手有望株として「ポスト・ツービート」などといわれていた爆笑問題だった。 そのオープニングで、血気盛んな太田は言った。 「たけしさんがとうとうですね、死んじゃいました」 さらに、ライバルの浅草キッドを挑発。それに怒った水道橋博士が生放送中に“乱入”したのだ。ちなみに玉袋筋太郎は、ちょうど入院中だったため、現場に駆けつけることができなかった。 放送中はプロの芸人同士。芸人vs芸人の対決の範疇で収めたものの、放送後、博士が太田に長時間のマジ説教をしたとも伝えられている。 また、このことで爆笑問題はニッポン放送から数年間、出演禁止処分が下された。その後も、2組のライバル関係は続く。 ともにたけしイズムを継ぐ漫才師として時事ネタに毒を吐く漫才を作り続けているが、同じ時事ネタ漫才でも考え方の違いが浮き彫りになっている。 爆笑問題は矢継ぎ早に毒を吐き、どんどん話題を変えていくことで、テレビでギリギリ使える漫才に仕立てていくのに対し、浅草キッドはその毒を深化させることで、1秒もテレビでは使えないネタをライブ限定で披露しているのだ。 そうした2組が、テレビでがっつり共演したのは、99年の『新春爆笑ヒットパレード』(フジテレビ系)のみ。この時も、つかみ合いのケンカになった(といっても、これは打ち合わせ済みのものだったという)。 2人のテレビでの共演はそれ以来、18年ぶりだ。 たけしからのオファーだから断れない2人が対峙した初日。「ここは38度線だから」と、たけしを間に挟み座る博士と太田。若干ぎこちなさを感じさせつつも、時間がたつにつれ、3人はスイングする。 「橋下徹と東国原はインチキです」などという博士の言葉に、太田が手を叩いて笑う姿は感慨深いものがあった。 そして、たけし不在の3日目。 聞くと、たけしは「2日間の苦情に耐えきれなくて」休んだという。すかさず太田が「俺たちのほうが耐えられないよ! 今日どんだけ苦情来るか」と返し、「なんで呼ばれてない講談社には来るのに、呼ばれてるテレ東には来ないの?」などと、たけしを肴に息の合った掛け合いをする2人。 こんな光景がテレビで実現するとは思わなかった。冒頭で、「恐れていたことが……」と書いたが、違う。これを期待していたのだ。 たけしが4日目も最終日も、来るか来ないかわからない。このまま博士と太田の仲がうまくいくかもわからない。この「わからない」というドキドキ感こそが、生放送の醍醐味だ。それをテレビという不特定多数の人が見る場で、しかも朝っぱらからやるからこそ面白い。「明日はちゃんとたけし来てくれ」と願う自分がいる一方で、「来なくても面白いかも」と思う自分もいる。その引き裂かれる感じがたまらないのだ。 (文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから 笑福亭鶴瓶論 スキマさんの新刊、好評発売中です!
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「スナックにはスナックの歌がある」酔街が教えてくれる“やらかさない”生き方
路地裏にネオンがポツリ。エコー強めのカラオケとママの合いの手が、扉の隙間から漏れ聞こえてくる――。日本独自の風俗であるスナックの素晴らしさを世に広めようとさまざまな布教活動を続けている浅草キッド・玉袋筋太郎氏が、初のシングル「酔街エレジー」を発売する。スナックという“こころの港”を求めてさまよう、男たちの悲哀(エレジー)。この曲に玉袋氏が込めた思いとは? あなたの知らない世界“スナック”と“昭和歌謡”の魅力を、玉ちゃんが語り尽くす!! ――「酔街エレジー」拝聴しました。玉袋さんの絶妙な声の枯れ具合が、また沁みます。 玉ちゃん お酒でうがいするとこうなるよ(笑)。かつては、ウィーン少年合唱団みたいな声してたのに……この声を作るのに、どれだけ費用がかかったことか!! この「酔街エレジー」は、そうやって徐々に出来上がっていく曲だと思うんだよ。20代には20代の「酔街エレジー」があり、30代には30代の、40代には40代のね。45歳の「酔街エレジー」が、今の俺が歌うこれ。年を取れば、また違ったものになるんじゃないかな。 ――「酔街エレジー」が生まれたきっかけは? 玉ちゃん 俺は“スナック玉ちゃん”っていうイベントをずっとやってるんだけど、そのバスツアーで、俺が観光大使をやってる檜原村に行ったんですよ。檜原村でスナック玉ちゃんをオープンして、みんなで楽しく飲んで。外でたき火燃やしていいムードのところに、この男(※作詞作曲した、くろやなぎけんろう氏)がギター持ってきて歌いだしたのがこの曲。「玉ちゃんに歌ってほしくて作ったんだ」って。 ――ロマンティックですねぇ。 玉ちゃん たき火から火がついて、それから夜のネオンにも灯がついてってね(笑)。まぁ、ずっと一緒にスナック活動してきた仲間だから、自然と歌詞も曲もできたんじゃないですか。行き当たりバッタリっていうのがイイでしょ。ノープロジェクトで。 ――スナックに入るときも、直感ですか? 玉ちゃん 直感直感。そのセンサーはね、本当はみんな持ってるんだけど、ちょっと鈍っちゃってるんですよ。最近じゃあ、なんでも便利になっちゃってるから。この店は星がいくつ付いてるとかさ。そんなもんに頼っちゃダメですよ。自分のセンサーを持たないと。ぐるなびじゃない、“はーなび”(自分の鼻ナビ)ね。いい店をかぎ分ける嗅覚を持たないと。スナックこそ、そのセンサーを鍛えられる格好の場所ですよ。第六感が磨かれる。 ――すでに超能力の領域ですね。 玉ちゃん そうです。私がスナックメンタリストです(笑)。いいんですよ、分かるやつだけ分かれば。だって、飲食業やサービス業の歴史から見ても、スナックはもっとメインストリームをいくべき業種ですよ。それがさ、路地裏に追いやられて、悪いものみたいなイメージで。それに対してママもマスターも反論せず、そのイメージを背負って生きているっていうのがね、かっこいい。撮影=高橋郁子
――確かに。コンビニがない村があっても、スナックがない村はないです。
玉ちゃん 俺にとっちゃ、スナックが額を寄せ合っている裏路地を見つけたら、Duty Freeで興奮する女の子の気持ちになるわけですよ。あっちもこっちも行かなきゃと。加齢には誰も逆らえないように、スナックに行きたい気持ちにも逆らえなくなるんだよ。
――スナックのハードルの高さの一つとして、カラオケがあると思うのですが。カラオケボックスのカラオケとは全然違いますよね。
玉ちゃん コミュニケーションの濃さが全然違うね。カラオケボックスは気ぃ遣わないでしょ。人が歌ってても拍手しねぇし、デンモク見てるだけで。それはそれで仲間内で楽しいのかもしれないけどさ、ノンストレスでさ。だけど、ノンストレスの生活に慣れちゃうと、さっき言っていたセンサーとか鈍ってきちゃうと思うんだよ。初めて入った店でさ、いきなり曲入れられねぇじゃん。常連の人たちが歌ってるの見て、こっちが拍手すれば「お、こいつは味方だな」ってなって、そこからつながりが生まれる。公的なスペースでの自分の出し方を学ぶ場所だね、スナックは。
――あえて自分にストレスをかけると。
玉ちゃん テンションっていうのは、少しかけといたほうがいいと俺は思うね。人とぶつかったら「ごめんなさい」って反射的に言うのも、人付き合いのテンションがかかってるからだよね。それこそ、日本のお国柄だと思うよ。ここはおもてなしと譲り合いの国だから。スナックにもまた譲り合いがあるよ。一人で3曲も連続で歌わないしさ。小さくても社会なんですよ。
――社会の中で自分の役割(客)をロールプレイするような。
玉ちゃん スナックの素晴らしいところって、みんなが場の空気を読むってとこなんだよ。スナックでは、あえてわき役を気取るのもいい。いいスナックにはいいわき役がいるんですよ。菅原文太、北大路欣也を生かす、川谷拓三みたいなね。まぁ、ちょっと自虐的かもしれないけど、それこそがエレジーでありロマンなんですよ。スナックでバイプレーヤーの気持ちよさを知ったら、もう戻れませんよ。
スナック自体が一つの社会、そして一つの劇団みたいなもの。誰だって初舞台は恥ずかしくって当然よ。どっ外しで変な空気になっちゃった時は仕方ねぇ、次は違う作戦で行くと。プロみたいな顔した常連さんだって、昔は失敗だらけだったんだから大丈夫。それが分かっちゃえばさ、本当にラクになるよ。本当はこれくらいの湯加減でイイんだって分かるの。スナックはぬるめの半身浴だから。「心の湯治場」ですよ。
――とはいえ、なるべくならどっ外したくない……。
玉ちゃん なら、潮目見るっていう意味で、まずカラオケの「履歴」をチェックしなさい。俺も必ず目を通しますよ。その店にどんな客が来て、どんな雰囲気なのか一発で分かるからさ。時間によってジャンルがガラっと違ったりもするし、古い曲が毎日入ってたりすると「これは常連さんの曲だな」とか。もう慣れてくると履歴見るだけで「佐久間さん来たな」とか分かっちゃうわけ(笑)。
――すごい! 履歴探偵!!
玉ちゃん 履歴でだいたい足がつくっていうね。だから、履歴に残っている歌に近い雰囲気のものを入れておけば、大きく外すことはないわけよ。いきなりEXILEとか歌い出したら、おっちゃんたちは「おお! なんだなんだ!」ってザワザワしちゃうから。手拍子どこで打っていいか分からなくて。
――やはり、スナックにはスナックの歌がある。
玉ちゃん 昭和歌謡だよね。まるで一本の映画を見ているような、メロディがそれぞれの脳裏に映像となって現れる曲ね。スナックは、それこそいろんな人が来ていろんな歌を歌うから、どんどん知らない世界に出会えるんだけど、そういうことから“鎖国”してる人が多いと思う。心のiTunesの限界を自分で勝手に決めちゃってるっていうか。本当はナンボでも入るのにさ。
――ママたちに「酔街エレジー」は聴いてもらいましたか?
玉ちゃん もちろん。そしたらさ「やだ、玉ちゃん、アタシ泣いちゃったよ」とか言ってくれるの。ママたちは、飲んでばっかりのアホな俺しか知らないからね。
――ママを泣かせるとは!
玉ちゃん ママに歌を褒められたら一人前だな(笑)。ママの歌ってさ、人生が匂いたつんだよね。背負ってるものっていうのかな。ママの人生そのものが見えてくる。ママの人生のPVがさ。
――酔街には、そんなドラマがいくつもあるんでしょうね。
玉ちゃん ぐちゃっと湿ってて、道幅も大人がちょっと譲り合いながらすれ違うくらいの細さで。人生がすれ違うような「酔街」が、今どんどんなくなってるじゃないですか。どこ行っても駅前再開発なんて言ってね。しょうがないよ、時代だからね。この歌を聴いて、「あぁこういう世界もあるんだ」って、一人でも多くの人が気づいてくれたらうれしいですね。
俺自身が「酔街」に育てられたからね。小学生の頃から、新宿のションベン横丁で遊んでるから。昼から酔っぱらってるおじさんを見ては「俺も早くあんなおじさんになりてぇなぁ」ってことばっか考えてた。昼から飲んで、隣の人と肩を組んで、最終的には言い合いになってるんだけどさ。それで翌日にはまた仲良く飲んでる。なんだそりゃ(笑)。憧れたねぇ。そういう幼少期を送って、「玉袋筋太郎」って芸名もらったら、やっぱそういう人間になるでしょう。名前と場所と生き方が「玉袋筋太郎」になったの。でもさ、知っておくといいと思うよ、表だけじゃなくて裏も。面白いからさ。
――「酔街」は“裏”側にあるんですね。
玉ちゃん そう。“裏”にこそ、表に疲れた人間たちの心の拠り所があったはずなんだよ。それが今じゃ、拠り所がパソコンでしょ。それこそ、向こうさんの思うツボじゃない。
――「向こうさん」?
玉ちゃん あれですよ。俺たちのことを密かに支配しようとしているヤツら。インターネットっていう集団催眠でさ。
――その集団催眠が唯一届かない場所がスナック?
玉ちゃん スナックには結界が張られてるから(笑)。人間力や心のつながりという部分で結界が張られてる。そこにあるのは手つかずの自然。アマゾンのジャングルがなくなったら、地球なんかすぐ滅んじまう。スナックっていうのは、地球上になくてはならない場所なんですよ。世界遺産だね。
――日本が誇る世界遺産(笑)。
玉ちゃん オリンピック招致の役員なんか、全員スナック連れていけばよかったんですよ。飲ませちゃって歌わせちゃえば。即キマリですよ。もてなし、譲り合い・・・・・・日本のいいところが全部詰まってるじゃないですか。
――ハイテクな仕掛けなんかより、ずっといいですね。
玉ちゃん さまざま人間模様がそこに現れるし、だからこそ、それを面白いと思えなきゃホントもったいないと思うんだよね。不思議なことにだんだん年取っていくと分かるんだよ、それが。俺だって毎晩銀座で豪遊して、六本木でチャンネーたちをアフターに連れていくとか、そういう酒池肉林の暮らしをしたいですよ。やろうと思えばできないこともないのかもしれないけど、それは自分の身の丈じゃないんですよ。だから、スナックに執着しちゃうっていうのもあるんだと思う。もう一人の自分がさ、言うんですよ。「玉袋、オマエごときがなにやってんだ」って。やらかしちゃったな……っていう人間になりたくない。
――生き方そのものがスナックを求めるようになる。
玉ちゃん 不思議とそうなんだよね。本当に、そういう人間になってきちゃってるんだよね。自分が小さい頃憧れた、酔街の人間に。かっこつけない、やらかさない生き方の。それは伊集院(光)も作家の西村賢太も、この間飲んだ宇多丸も、分かってくれるんだよ。一から十まで説明しなくてもね。お互い譲り合って、最終的に取っ組み合いになっちゃうような感じ。落語的な与太郎的な、気を使わないように精いっぱい気を使い合うような、俺の周りにいてくれる仲間っていうのも、またすごくスナック的なんだよね。
――生き方も仲間も、スナックとリンクしていると。
玉ちゃん 年取るに従って、かっこつけた部分とかチャラチャラしたこととか、そういう上っ面の生き方や付き合いが虚しく感じてくるんだよね。そんなエラそうに言う俺だって全然完成してないけどね。早く年取りたくて仕方ないよ。俺、アンチアンチエイジングだから(笑)。
――「酔街エレジー」もまた、装飾や虚勢を脱ぎ捨てたところにある歌のような気がします。
玉ちゃん 演歌や歌謡曲はどうしても時代から置き去りにされがちなんだけど、結局はブーメランと一緒で、またここに帰ってくるんだと思うよ。歌謡曲もスナックも、根っこは庶民風俗。庶民の生活から自然発生的に生まれたものなんだよね。ファミレスじゃなくて大衆食堂だから、ライスって言えば「大盛りにしてあげて」って勝手に出てくるような世界。それは歴史が作り上げるものでもあるから、ゆっくり地に足つけてね。それってメディアが育てたんじゃなくて、人が育てたものなんだよね。
――最後に、「酔街エレジー」は、どんなシチュエーションで聴いてほしいですか?
玉ちゃん 「ちょっとやりすぎたな」とか「肩肘張ってんな」っていうときに、チューニングを合わすような感覚で、この曲を聴いてほしいんだよね。まぁ、世の中そんなもんじゃねぇかっていう気持ちになれるように。
(文=西澤千央)
●発売記念イベント
3月20日(祝)
【第1ステージ】11時~赤羽美声堂(北区赤羽2-1-20 ※JR赤羽駅から徒歩4分)
【第2ステージ】13時~ミュージックショップ ダン(北区東十条4-5-25 ※京浜東北線東十条駅から徒歩5分)
浅草キッド・玉袋筋太郎さんの至言「相手がクンニしてる顔を思い浮かべなさい」(後編)

■前編、中編はこちらから
玉袋 芸能界でいったらスキャンダルだから。そっから立ち直る人は大変だよ、これ。海老蔵どころの騒ぎじゃないよ、これ。
──そこから立ち直れたら相当タフになれますね! しかし、久しぶりに地元に帰って、そうやってウンコ漏らしたりウンコ爆発させてたバカな男子たちが、ものすごいちゃんとした大人になっていた時の焦燥感といったら......! 「仕事何やってんの?」って聞かれて、「いや~アイドルやって売れないまま9年目!」なんて言えませんよ。いくつだよって話ですよ。バカにしていたはずが、自分が一番のバカになっているんです。
玉袋 へっへっへって、笑うしかねぇよな。そうだよな。俺もそうだもん。若いころの遊びとかを、もっともっと取り返そうと思ってるもん。俺は小学校の時はいたずらっ子なんだけど、中学校になったら、もうすごいヤンキーブームで、周りみんな不良になってるわけよ。俺は、それはカッコ悪いと思ってやってなくて、遊びも何もしない暗い中学時代だったんだよね。それで高校時代もずっと耐えててさ、この歳になってものすごい遊んでるんだよ。いろんな悪さしちゃってるわけ。
──やっぱり遅咲きっていうのは後を引きますよね。そしてまだ、思春期にちゃんと青春を送れてた人たちを敵だと思っています。
玉袋 絶対、それはあるね。俺は中学の体育の授業なんか全部出なくて、1年から3年までオール1だったの。で、輝いてた運動部のヤツとか、その時流行ってたヤンキーとかも、嫌で嫌でしょうがなかったんだけど、たまにバッタリ会うんだよね。そうすると、その輝いてた、キレイな体してたヤツが120キロぐらいになってたりして。だからそいつ見て「今は俺の勝ちだ」と思いながらも「お前そんな体じゃなかったろ、ピッカピカだったじゃないかよ!」って。あと、中学の時にシンナーやってた不良3人組がいたんだけど、俺、わざとそいつらにいじめられてやってたんだよね。ちょっかい出してくるからさ、プロレスラーみたいに派手にリアクションしてやるわけよ。そっちの方がおもしれえじゃん? こないだ友達の母ちゃんの葬式があった時、知り合いに「あの3人はどうなってるの?」って聞いたんだよ。そしたら、2人は覚せい剤で捕まって、もう1人はヤクザになって、組長の命取りに行けってピストル渡されて、気が狂っておかしくなったって。
──......えええ!? 新宿、怖すぎ!! やっぱり田舎とは、グレた後に敷かれてるレールが違いますね......。
玉袋 だろ? けどさ、シンナーが覚せい剤にバージョンアップしてるだけなんだよ。カッコ悪いじゃん。まだマジメになってる方がカッコいいと思うんだけど。
──ですねぇ......。でも、玉袋さんも梶原一騎先生とか、そういうかっこいい不良漫画が好きだったじゃないですか。どうして中学で不良にならなかったんですか?
玉袋 やっぱ、殿のラジオを聞いたからじゃないかな。あいつらが憧れてたのは横浜銀蝿だからさ。殿の方がずっと不良だもん。俺はそっちに憧れてたから。マイノリティーだったけど、入ってくるんだよな、ザラついたところにさ。埋めてくれるんだよ。コンパウンドみたいなもんだよ。車が傷いっちゃってるところをワックス塗ったら直っちゃうみたいな。心のリペアをしてくれるよ。
──私も中学校の時は周りがヤンキーばっかりで、ひきこもりだったんですよ。「もう死にたい死にたい、生まれてごめんなさい」っていう思春期で、寺山修司さんとか読むようになって。
玉袋 またすごいとこいったね!
──『青少年のための自殺学入門』(土曜美術社)って本に衝撃を受けて......。その本に「心中は人生の一点豪華主義だ」っていう一節があって、「なるほど、私はコンプレックスだらけのダメな人間だけど、心中が出来たら勝ちだな!」と思って。悲しいまま人生を終えたくないんですよ。心中に限らず、むせかえるような幸せの中で死んで勝ち逃げしたい。「アイドルは売れないし引退します」って言うのは、負けてしっぽ巻いて逃げる状態じゃないですか。負けたまま終わると、その後の人生ずっと負ける気がして、せめて一花咲かすまで......と続けてたら精神を病んだんですが。
玉袋 そりゃあそうだ。そのまま続けて80歳で心中したりしてな。「それ寿命じゃねえか!」ってのが良いけどな。でも、いつかのための、押すボタンは用意してあるわけね。そんなにすぐ押しちゃダメだぞ。一回フタを開けるボタンとか、フタを割ってから押すボタンじゃないと。あと緊急脱出ボタンも必要だな。
──うっかり幸せを感じた時、「私は今、本当に幸せか? いや待て、そこまでじゃないな」みたいな。そうすれば中島みゆきさんの歌みたく、自然と幸せの後ろに別れがついてきますから(笑)。そうやってなんとか頑張って踏ん張ってやっていく。玉袋さんは、今、かつての不良や輝いてたヤツらとかに勝ってますけど、私は今がまだダメだから、「ウン爆」させてたヤツらとか、シンナーで歯が溶けてた女子とかに「小明も頑張りなよー(笑)」とか言われると、もう立っているのがやっと......という感じに......。
玉袋 いや、ダメだってまだ分かんねぇぞ。俺なんか、そんなヤツらと一緒になったら、しょんべんひっかけてやるよ! しょんべんシャンプーしてやるよ!
──かっこいい! でも女子は構造上、よほど工夫しないとムリ! あと人前で放尿とかもムリ! 私も小学校2~3年までは平気で外でおしっこ出来たんだけどなぁ~。
玉袋 あるある。俺もいまだに立ちションも野グソもしてるしな!
──えっ! 野グソはやめましょうよ!
玉袋 何もない野原だから仕方ないじゃない。
──ですよねぇ。
玉袋 トイレ貸してくれるコンビニも何もないんだからさぁ~。あんたならどうする?
――仕方ないです。
玉袋 でしょ? 男は「ちょっとキジを撃ちに行ってくるわ!」。女は「ちょっと花を摘んできます...」でいいのよ!
──モノは言いようですよねぇ...
玉袋 でしょ!? 俺、すごいよ、テクニック。土日とか、八百屋のおじちゃんと、メダカとかナマズとか捕まえに川とか行ってんだよ。何にもねぇから、「おじちゃんトイレどうしよう?」って言ったら、「そこらへんにしろ、バカヤロウ」とか言われてさ、最初は山の傾斜のところに入ったんだけど、それでウンコすると、傾斜だから流れてきちゃうんだよ。んで「汚ねぇ汚ねぇ」ってなっちゃって。で、上級者になってくると、山向きに、こう、角度が自然になってくる(しゃがんで実演しながら)。完璧だ......と。こないだなんてもっと完璧な......。
──こないだ!?
玉袋 そう、こないだ。先週の日曜。新しい野グソを開発したわけよ。田んぼの中にU字溝があるの。そこに水が流れてるの。「おじちゃん、これまたいでしゃがんだらウンコできるじゃん! 中国みたいでいいよ!」って。そしたら「バカ、そうじゃねぇよ、U字溝はまたぐんじゃなくて......U字溝の中に入っちゃえよ」って。水の中に尻まで入れてウンコする。そしたらジャーって流れてっちゃうし、おしっこも流れてくし、肛門もきれいで、素晴らしい。水洗なの、水洗。すっげぇ気持ちいいんだよ、それが。(やっぱりしゃがんで実演しながら)
──ナチュラルウォシュレット......ちなみに、それどこでやってるんですか?
玉袋 埼玉。
──普通に関東圏じゃないですか!
玉袋 そうなんだよ。いや~ついに到達したんだよ、完璧な野グソ。田んぼに汲み上げられるんだったらちゃんと肥やしにもなるし、ものすごいいいことだろ? エコロジーですよ! エセエコの野郎もいるけどさ、本物のエコ! ......なんなんだ、俺。ウンコの話に終始してるよ。
──本当ですよ......なんだろう、相談したいことはたくさんあったのに、すべてがウンコ色に......あっ、そうだ! 玉袋さんのご実家って元々は雀荘で、それがインベーダーゲームの流行でお客さんがゲームセンターに流れて、そのせいで雀荘が傾いてホモスナックになったじゃないですか。そんな切ないエピソードがあるのに、小学生時代の玉袋さんたちはすごく楽しくインベーダーゲームをやってて、小説のタイトルも『新宿スペースインベーダー』なんですね。もっとインベーダーを憎んでも良いと思うんですけど、そういう複雑な思いはなかったんですか?
玉袋 これがまたね、バカだったね、俺も。本当、親の心子知らずなんだよな。そうやって傾いてる原因のところにお金つぎ込んでるんだからさ。でも、この『新宿スペースインベーダー』の意味っちゅうのはさ、一生懸命インベーダーを打って、みんなで侵略者をやっつけてるわけだよね。で、うまいヤツなんて100円でずーっとできるわけよ。でも最終的には家に帰んなきゃいけないから、自爆して死ななきゃいけない。だから、結局ぜんぜん勝てねぇんだよ、俺たちは。新宿っていう街は、いろんな人間が集まる場所じゃない? そういう新しく来るヤツらに侵略されて、俺たちの居場所がなくなったっていうテーマなんだよ、これは。
──切ないですね......。そしてそれぞれが新しい自分の居場所をつくっていかなきゃならないわけだし、玉袋さん世代に限らず、もっと若い世代の課題でもありますよ。
玉袋 そうだな!小明ちゃん、加齢していけばスナックのママになれそうだ! マスター!
──いや! そこは別に目指してないです(笑)! でも、ありがとうございました!!
(取材・文=小明)
●たまぶくろ・すじたろう
1967年、東京都生まれ。86年にビートたけしに弟子入りし、87年、水道橋博士と漫才コンビ「浅草キッド」を結成。初の自伝的小説『新宿スペースインベーダー 昭和少年凸凹伝』(武田ランダムハウスジャパン)発売中。
●あかり
1985年栃木県生まれ。2002年史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。初著『アイドル墜落日記』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。
ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>
サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中
浅草キッド・玉袋筋太郎さんの至言「相手がクンニしてる顔を思い浮かべなさい」(中編)
■前編はこちらから
──芸人さんも良く本を書いて、当たれば映画化だったり監督デビューだったりで、きっとガッポガッポなことでしょう。以前、(品川庄司の)品川さんにも一回お話聞いてるんですけど......。
玉袋 まぁ、あれだな。あいつとはファイトスタイルが違うんだよな。あいつが大振りで当てていくなら、俺はカウンターを当てにいくんだよ、カウンター!
──玉袋さんの、そういう芸人さんとしての姿勢ってすごいです!
玉袋 ブレないな。
──本当にブレてないです!
玉袋 偉いだろ? もっと褒めろ!
──小説に出てくる少年時代の玉袋さんも悪巧みのクオリティーがやたらと高くて、本当に子どものいたずら心を持ち続けて大人になった感じがすごいです!
玉袋 「カツラKGB」とかな! これは「カツラをガンガンばらす」の略だぞ! そういえば「週刊文春」(文藝春秋)がさ、ある大物司会者にインタビューしちゃってるわけよ。「カツラKGBの浅草キッドが○○さんはカツラだって言うんですけど、どうなんですか?」って。なんでそこで俺たちの名前出すんだよ。博士は番組で共演して、俺はしてねぇけどさ、会いづれぇじゃん。やだなー。
──「僕が言ってるんじゃなくって浅草キッドが......」って保身しながらなんて攻めるなんて卑怯だ!
玉袋 卑怯だよ、「週刊文春」。やめてくれねぇかな。
──ちなみに、その方に会ったら、聞けます?
玉袋 いや、俺はね、聞かないな。爆笑問題の太田が本番中にズバリと言ってて、まぁ、あれも彼のテクニックだろうけど、またそれとも違った落とし穴を掘っていった方がいいよな。俺たちがやるんだったら、共演者に植毛の人を入れとくとか。○○さんがいて、植毛の人がいて、俺たちがいる、みたいな。
──ちょ、確信犯すぎます!
玉袋 見てる方は「やべーよ、やべーよ」ってなるけど、選手には分からない。プロレスみたいに、レフリーが試合を作るようなものだから。で、見てる方に、「これ本当にやってんだ!」みたいに思わせるのがテクニックかな。
──いろいろ参考にしたかったんですけど、そんなテクニック、一朝一夕じゃ無理ですよね......。
玉袋 できるできる! スナック行って、いい気になってるオヤジの横で、オヤジにずっとしゃべらせとくとかさ。
──でも、前に深夜ドラマでキャバクラ嬢役をやる機会があって、「よーし練習だ!」と、キャバクラに体験入店をしてみたんですけど、やっぱりコミュニケーション能力が足りなくてスーパーヘルプでしたよ。
玉袋 まぁ、キャバクラは時間で区切られちゃうけど、スナックは客もギラギラしてるから面白いよ。スナックでも、自慢話で来る人とか嫌な客いるじゃん? そういう客は嫌いなんだよね。「なぁちょっと、ママ聞いてよ」って、失敗から入ってくる人の話を聞くとかな。「俺が俺が」って奴の自慢話に同調しないでダメなトークで広げてくとか、そういうテクニックだな。だから、まず働くことだ。スナックにアルバイトとして入って潜入捜査!
──それならうっかり同業者やファンの方を接客して身バレしても、「今、潜入捜査中だから......シーッ」って言えてかっこいいかも! あと、幅広い年齢層と話を合わせられるようになりそうです。『新宿スペースインベーダー』も、いま40代の人の懐かしいワードが詰まった小説だから、どうしても世代の違いで分からない言葉が出てくるんですよ。それがもったいないなって。
玉袋 そう、だから俺、どういうふうに受け取られるかなぁと思ってたんだよ。今までけっこう取材を受けてるけど、だいたいインタビュアーは40代の男で、「分かる分かる」って感じなんだけど、やっぱり分からないアイコンが出てくるでしょ?
──インベーダーゲームも、野球の話も、ヤミ金の杉山会長も、梶原一騎先生の漫画も、一応知識として多少は知ってて、小説を「面白かったー!!」って読めても、どうしてもその世代の人が味わえる「懐かしくて仕方ない!」っていう感覚までは味わえないので、それは残念ですよね。
玉袋 ああ、それはあるかもしれねぇな。
──でも、嫌いな不良に陰で変なあだ名つけたり、ウンコに爆竹さして飛ばしたり、大都会新宿でも千葉の片田舎でも、バカな男子のやることは一緒でした!
玉袋 略して「ウン爆」な!
──PSPとかそういうものがない時代の子どもは、とんでもないもんで遊びますよね! 少年時代の玉袋さんの友達で、タカシっていう貧乏な子が出てくるじゃないですか? 基本、もらい物ばっかりだったり、同級生におごってもらったり、落としたアイスキャンディーを洗って食べてるところを見られてバカにされてたり......。そういうエピソードが自分の小さいころと同じで......。私は落ちてるチョコボールを食べたんですよ。それを同級生に見られて、「あいつウンコを食べた!」って言われて。
玉袋 へっへっへ。小学生からスカトロ女優として(笑)。
──エリート過ぎますよ! 私、名字が青木なんですけど、そこから「青木菌」って呼ばれるようになって、それが「青金玉」に変化して、最終的には陰で「金玉」って呼ばれてました......。
玉袋 そういう隠れたあだ名って、なぜかバレてんだよな。でもいいじゃない、金玉でも。俺だって玉袋だよ。
──本当だ! おそろいですね! うふふ!
玉袋 同じだよ! どうってことないよ! ハッハッハッ!
──玉袋さんは"玉袋筋太郎"っていう、一見ハイリスクな名前をすごく気に入っているんですよね。
玉袋 好きだよ。自分の本名よりもなげぇ付き合いだし。
──玉袋歴23年ですもんね。でも、前にキッドさんの本で「父親の名前が玉袋だから、子どもの授業参観や運動会に行けない」ってエピソードを書かれていて、そこがすごく切なくて泣けました。子どもって、ひょんなことでいじめに発展しますもんね。
玉袋 そこだけだな。こっちは他の親父と同じようにカメラもって追っかけたくてしょうがねぇんだから。
――玉袋さんの家庭の話は切なさだったりオチがついてたりするので、安心して聞けるし読めるんです。ひねくれてるなぁ、私。
玉袋 変節したくねぇし、変わらねえってことだな。結婚したって俺のまんまだし、子どもいたってまんまだし、そのスタイルを変えるのがあんま好きじゃないんだよ。
──やっぱり、基本スタイルは「ウンコ・チンチン!」なんですね! 見習わねば! ......そうだ! ウンコと言えば、私も小学校のときに体育のバスケットで、運動神経が本当になかったのでドリブルがうまく出来なくて、つま先にボールが当たってびよーんって校庭の外まで飛ばしちゃって、怒られて取りに行ったらボールに緩い犬のウンコがベッタリ付いてて......。先生に「すみません、ウンコが付きました」って報告して「バカ野郎! 洗ってこい!」ってまた怒られて、水道にウンコが詰まるといけないからまずは手でウンコを取ったときのあのベタッとした感触......。
玉袋 いいねぇ! いや、経験してないやつが多いから、ウンコの件に関しては。ものすごいマイノリティだけど、選ばれし人だから。だって俺も小学3年生の時にクラスでウンコ漏らしてさ、それまで人気者だったけど、そっからリスタートだよ。そっから3年間つらいよ? 中学行てもみんなに言われちゃうし。
──ウンコ漏らしてからまた人気者になるっていうのは相当ハードル高いですよ。私も尿までですよ、学校で漏らしたのは。
(後編に続く/取材・文=小明)
●たまぶくろ・すじたろう
1967年、東京都生まれ。86年にビートたけしに弟子入りし、87年、水道橋博士と漫才コンビ「浅草キッド」を結成。初の自伝的小説『新宿スペースインベーダー 昭和少年凸凹伝』(武田ランダムハウスジャパン)発売中。
●あかり
1985年栃木県生まれ。2002年史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。初著『アイドル墜落日記』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。
ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>
サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中
浅草キッド・玉袋筋太郎さんの至言「相手がクンニしてる顔を思い浮かべなさい」(前編)

モテない、金ない、華もない......負け組アイドル小明が、各界の大人なゲストに、ぶしつけなお悩みを聞いていただく好評連載。第26回のゲストは、自伝的小説『新宿スペースインベーダー』(武田ランダムハウスジャパン)を上梓された浅草キッド・玉袋筋太郎さんです!
[今回のお悩み]
「コミュニケーション能力が低いです......」
──うおー! この連載は26回目なんですが、やっとたけし軍団の方にたどり着きました! やりました!
玉袋筋太郎(以下、玉袋) おめでとう! ......ぜんぜんめでたくねぇだろう、それ!
――昔、草野仁さんとキッドさんの『草野キッド』(テレビ朝日系)って番組に出そびれたんですよ。アイドルがファンに乗っかって騎馬戦する企画だったんですけど、騎馬になるファンが集まらなくて......。
玉袋 さみしい! さみしいねー! 3人だよ、騎馬戦って。3人集まらないって、なかなかいい経験だよ!
――戦場にすら上がれなかった悲しい思い出で......。あと、初めて握手してもらった芸能人がつまみ枝豆さんで、初めてVシネマお世話になったのが「〆さば」の〆さばヒカルさんでした!
玉袋 ヒカルは......死んじゃった方か。
――亡くなっちゃいましたね......。めちゃくちゃ良い人で、売れて欲しいなぁと思いつつ、あの人がテレビに出てるのを見たのは、深夜におちんちんにスッポンが食い付いて、すごいもがき方をしているところだけでした......浮かばれない!
玉袋 『朝までたけし軍団』(テレビ朝日系)だな。もうできねぇな、あれは。井手さんが土佐犬に犯されて......最高だったよな!
──もう伝説の番組ですよね! 〆サバさんの後は、レギュラーは脱落したんですけど、北京ゲンジさん司会のミニスカポリスにちょっとだけ出て、それから深夜番組『ド・ナイト』(テレビ朝日系)で、やっと浅草キッドさんとご一緒できて!
玉袋 おお、取材行ったの? 俺と行ってないでしょ?
──行ってますよ!! 博士も玉袋さんも一度ずつご一緒させていただいて、玉袋さんはなぜか楽屋で「江頭と一緒にいろんな風俗で出禁になってる」っていう話をしてくれました。
玉袋 あ、そうそう、本番強要して池袋あたりで出禁。ヒドイ話だね、わざと女性に好かれないようにしてるね。そこらへんの話をポーンとして、乗っかってくるか嫌な顔するか、リトマス試験紙として人を見てるんだよ、俺たち。それは結構あるんだよ。
──そんな話題に乗るの、十代そこらの女子には無理ですよ!
玉袋 ハッハッハッ、それは失礼したね(笑)。
──あの番組は玉袋さんや博士さんがいろんなジャンルの成功者にお話を聞きにいく番組だったじゃないですか? 私も今、たまたまこうして対談をさせていただく機会が増えて、いろんなジャンルの方とお話しさせていただくんですけど、もう、ひどいんですよ、コミュニケーション能力の低さが。
玉袋 そう? もう十分つかんでるじゃん。
──全然! 前回は前田健さんだったんですけど、実は結構な惨敗で......。私の中の前田さんの知識っていうのが、あややのモノマネとゲイってこと、あとはキッドさんのDVDで、前田さん含む各業界のホモであろう人たちを集めてサイコロトークをさせるんですけど、そのサイコロに「ウンコが漏れそうだった話」しかないっていう......。あれはすごい緊張感で......!
玉袋 それ、単にホモ疑惑のある人にホモの話を追求してくっていう話だよね。
──はい! 一人が「ウン漏れ話」をしちゃうと、もう王様ゲームのような空気で全員がしなきゃ寒くなるから、もちろん前田さんも苦笑いでとびっきりの「ウン漏れ話」をしてくれてたんですけど、いざ対談になって、前田さんを目の前にしたら、「無理! 私、そんなこと聞けない!」と怯んで、ずいぶんと小ギレイなインタビューをしてしまって......。
玉袋 なんだよ、そこで肛門の話しなきゃ! それがいかに気持いいか、そういう話しないとさぁ。
──そういうふうに、一歩踏み込むタイミングを逃して怯んで退散っていうのをずっと繰り返してしまって......。せっかくの対談だというのに、ウィキペディアに載ってるようなことを聞いても意味がないじゃないですか! それがもうずっと悩みで......。
玉袋 『潮騒』じゃないけど、「その火を飛び越えてこい」ってことだよ。うちの相棒なんかひどいよ。野球のカネヤン(金田正一氏)いるだろ? 400勝の、日本一の大投手だよ? だけど、会って第一声「400勝、ウソでしょ」って。カネヤンが「んんっ!? 何を言う、この小童!!」って。小童って久しぶりに聞いたよ! いきなり博士の先制パンチだよね。ズッコケたよ、俺も。
──入り口から失礼って、相当勇気がいる行為ですよね! 私はその勇気がない上に緊張しいなので、後で原稿にしながら「この人はこんなに良いことを言ってくれてるのに、私なんで違う話してるんだろう」ってことがすっごく多くて。キッドさんの著書に『みんな悩んで大きくなった!』(ぶんか社/99年刊)があるじゃないですか。
玉袋 あのオナニーの話の本ね。
──まさかオナニーの話とは思わず読みましたけど、すごく面白かったです。対談やインタビューって、特に何も用意しなくてもその場の雰囲気やアドリブでうまく転がしたり、吉田豪さんみたいに完璧な下調べで味方ですよって顔で相手の懐に入り込んでしゃべらせたり、いろいろな手法があるじゃないですか。
玉袋 ハッハッハッ、吉田豪ちゃんに書かれたら最終的には敵になるのにね!
──アハハ! ある漫画家さんがしゃべりすぎて原稿になるのを恐れて「吉田豪さん死なないかなぁ」ってTwitterでつぶやいてました! キッドさんの対談は、また全然違う切り口でやられてるので、是非参考にさせていただきたいと思いまして!
玉袋 どうなんだろうね。懐に入るってのは大事だよな。アウトボクシングもいいけれど。ライターの本橋(信宏)さんが「どんな偉い人と会っても緊張しないインタビュー術がある」って言ってて、それは、ヤクザの親分とか、そういうすごい人をインタビューする時に、その人がクンニをしてる顔を想像するんだって。この人もクンニしてるんだからと思うと全然緊張しなくなるんだって。で、俺も100人近くインタビューしたけど、「なんだよ、お前クンニしてんじゃねえか」って思うと全然平気。そこらの飲み屋のおやじと変わんねぇから。
──ギャハ! ひどい! でも、ホリエモンの対談の時にそれを聞きたかったです。あの時は完全に萎縮してしまって......いやー怖かったです。偉い人だったし。
玉袋 偉くも何ともねえよ、あんな野郎。
──でも、六本木ヒルズのすっごい上の方で対談したんですよ!
玉袋 それが偉いと思っちゃうのがだめなんだよ。豆腐一丁作れない野郎が社長だとか言ってんだから、たいしたことねえよ。もちろん緊張する人はいるよ。いるけど、やっぱりそのクンニ作戦はいいよなぁ。今後使ってください、本当に。
――分かりました! さっそく今日からクンニ作戦! 玉袋とかクンニとか、なんか完全に痴女みたい! えっと、キッドさんのお仕事では、生前の水野晴郎先生に堂々とホモ疑惑をかけていったのも、すごすぎました。本人を良い気持ちにさせたまま外堀がどんどん埋められていくんですよ。
玉袋 まぁね。褒め殺しでいくんだよね。「最高ですね!」って話から入って、潜入捜査的に「もしかしたらこいつらもその気あるんじゃねぇか?」って思わせるのも大事だよな。まぁ下調べはしてたけど、知ってても仮面かぶって、知らんぷりしてやるから、それがまた良いんだよな。きたねぇテクニックだよな。知らねえふりして、わざとそっちの話させるように持ってって、「え! そうなんですか!?」って大げさなリアクション。
──なるほど! 確かに『ド・ナイト』でも「そうなんですか!?」ってやってました! 本当は誘導してたんだ!
玉袋 こっちは全部知ってるんだから。『アサ秘ジャーナル』(TBS系)の時も、"ヨイショ付きの政見放送"って呼んでたんだよね。俺も博士も全部読んでるわけよ、その政治家のスキャンダルから何から。全部大宅文庫で分厚いのが来て、もう憂鬱だったんだけど、それを知らんぷりして、うま~く分かるやつに向けてボールを投げる。「おっ、わざと踏まないでその話聞いてるな?」みたいな。ある政治家がAV男優騒動とかあったじゃない? そんな時、わざと駅弁の話したりさ。「昔、私は駅弁を売ってたんです」って。「駅弁ですかぁ、こうやってですか?」(腕を腰の前でハッスルさせながら)「そう、こうやって」って、その人にポーズさせて「勝ち!」みたいな。分からない落とし穴をいっぱい掘っといて、相手がそれにズボッと落ちた時、心の中でガッツポーズする。
──意地悪!! 完全に落とし穴を掘ってから始まってるんですね!!
玉袋 落とす落とす。それがテクニックだな! ハッハッハッ!
──鬼畜ー! そんな玉袋さんの自伝的な童貞小説『新宿スペースインベーダー』を読ませてもらったんですけど、昭和の悪ガキたちが不良やホームレスと交流しながら成長していく、みたいな良い話も多くて、NHKの連ドラに出来そうじゃないですか?
玉袋 ハッハッハッ! ダメだろ、それ! だって××××にセックス教わった話とかあるんだよ、無理に決まってんだろ!
──ものすごく大雑把にジャンル分けすると『三丁目の夕日』とか『東京タワー』的な雰囲気は醸してるんですけどね......。
玉袋 あれらは違うんだよね、俺。あっちの『三丁目』だとか『東京タワー』だとか、俺は読んでねぇんだよ。ずっと鎖国してたんだよ、この何年間。文化とか映画とか、見ないようにしたの。影響とか受けたら悔しいじゃん。
──良い話の中に「完全にダメだろ......その話題......」みたいなショッキングなエピソードをがんがん入れ込まれてましたね! 知的障害の子の性描写とか、びっこのお婆ちゃんとか、子ども心に「踏み行っちゃいけない一歩」みたいなのをいつの間にか越えちゃって、後で暗くなるような、そういうデリケートな部分の気まずさを思い出しました。
玉袋 あえてだよね。あえて「ウンコチンチン!」してるって感じがねぇと、やなんだよね、そんなの。
──でも、ちょっとそっちに寄れば、莫大なお金が儲かったりしますよ。映画化とかドラマ化とかで。
玉袋 あ、そうなの? ......バカだったな、俺。
(中編に続く/取材・文=小明)
●たまぶくろ・すじたろう
1967年、東京都生まれ。86年にビートたけしに弟子入りし、87年、水道橋博士と漫才コンビ「浅草キッド」を結成。初の自伝的小説『新宿スペースインベーダー 昭和少年凸凹伝』(武田ランダムハウスジャパン)発売中。
●あかり
1985年栃木県生まれ。2002年史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。初著『アイドル墜落日記』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。
ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>
サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中
"原発擁護"芸能人に強まる風当たり インテリ芸人・水道橋博士はどう動く?

公式ブログ「博士の悪童日記」より
伝説のスキャンダル雑誌「噂の真相」の元デスク神林広恵が、ギョーカイの内部情報を拾い上げ、磨きをかけた秘話&提言。
事故発生から1カ月以上たつにもかかわらず、収束にはほど遠い福島第一原発事故。長引く放射能漏れの事態に、パブリシティー協力など原発推進に手を貸した著名人への批判が巻き起こっている。石原良純、星野仙一、弘兼憲史、茂木健一郎ら。
特に放射能漏れ以降も、「原発擁護」を繰り返していた勝間和代などは、あまりの風当たりの強さからかついに白旗を揚げ「配慮を欠いていた」と謝罪。著名人だけではなく、原発推進派であった原発関連学者たちも、次々と自己批判する事態となっている。
「推進派も、ダダ漏れが続く放射線の恐怖や世間の風当たりに勝てなくなったのでしょう。『安全、安全と言っても、では家族を福島に行かせられるのか?』と言われれば黙るしかないような状況ですからね」(某週刊誌記者)
そんな"原発推進"文化人の中にあって、意外だったのが浅草キッドの水道橋博士だ。水道橋博士は2009年に「アエラ」(朝日新聞出版)で浜岡原発を見学PRしており、さらに東日本大震災直前にも「週刊現代」(講談社)で2週にわたり柏崎刈羽原発で安全をPRするタイアップ記事に登場しているのだ。
「水道橋博士は芸人という枠を超え、サブカルやメディア状況、社会情勢などに造詣が深く、書評・文筆までこなすインテリ芸人としての地位を確立しています。これまでのスタンスからすれば、反原発でもおかしくはない」(前出)
とはいえ、居並ぶインテリどもが率先して安全をPRしていたのだから、今回の事態に対し、何も水道橋博士だけに責任があるというのではない。だが、原発事故後の彼の言動を見ると、どうしても突っ込みたくなるのだ。
公式ブログ「博士の悪童日記」を見ると──。
<(大地震直後)テレビに映る映像に......もはや涙が止まらない。完全に取り乱す。>
そして3月16日。
<原発に関しては異論反論交錯する。情報提供が不十分、したがって客観的情勢判断できない状況。>
<カミさんも子供たちも動揺が続くが、意を決して朝から荷造り。「あまり深刻に考えずに......前倒しの春休みだと思って、日頃会えない、おじいちゃん、おばあちゃん孝行をして欲しい!>
原発事故にオロオロし、家族を西へと疎開させるに至ってしまうのだ。もちろん小さな子どもがいるのだから、こうした判断も当然だ。だが、直前に「原発は大丈夫」と言った自身の言動への自己批判、いや言及さえ一切ないのはいかがなものか。
その後も、
<今日、遡ればどんどん事態が悪くなっているではないか......。モニターの前で何度もため息をついた。>
<帰宅後、ニュースでは、プルトニウム検出の報。やっと漫才も終わり家族は東京に帰ってきたというのに......もちろん僕はずっと東京で仕事だが......子供たちは......。明日、今一度、話しあおうと思う。>
と、オタつく一方、ここには諸悪の根源である東電や原発に対する批判は一切ない。なんだか感傷的な文章である。
「今回おかしかったのは、原発=東電PRに加担して、安全だと言っていた推進派の人々の方が、むしろ放射能を恐れる傾向にあることです。彼らは政府や東電の言う『安全』だという言葉を全く信じていない。もちろん自分たちのこれまでの言動も、ね(笑)」(原発問題に詳しいジャーナリスト)
福島県知事が東電社長に対し「福島に長期滞在していない」と批判したが、同様に推進派こそが放射能におびえるというパラドックス──。原発の当事者や推進派著名人がこうなのだから、一般市民が何を信じていいか分からないのも当然だろう。
まだ遅くはない。水道橋博士には「東電や原発にはコロっとだまされたよ。ギャラもよかったからさ」と表明してほしい。その上でギャラや裏話も暴露し、ギャラの何分の一かを義援金にすればいいと思う。
まだ間に合う!!
(文=神林広恵)
肩肘張らず、心をフリチンに! 玉袋筋太郎が推奨する「夜のコミュニケーション」
夜の酒場に紫の明かりを灯すスナック。どんな小さな町にもある「夜の社交場」の扉を開け続けるスカパー! の人気番組『玉袋筋太郎のナイトスナッカーズ』のDVDが発売される。そこで、新宿生まれ新宿育ち、両親はかつてホモスナックを営んでいたという生粋のスナッカー・玉袋隊長に、スナックにかける熱い想いからコミュニケーション術まで、さまざまなお話を伺った!
■心をフリチンにしないとダメな場所
――DVD発売おめでとうございます。もともとテレビ番組として開始した『ナイトスナッカーズ』ですが、この番組では企画から手掛けられていますね。
「もともとは"夜の毒蝮三太夫"みたいな番組をやりたくて始めたんですよ。スナックに行くことで自分の腕も上がるしね」
――DVDで改めて拝見すると、スナックへの愛が溢れていますね。
「AVを見たら抜きたくなるのと一緒で、このDVDを見たら呑みに行きたくなるという効果・効能があります。スナックは個人的にも頻繁に行くんで、この番組は普段の自分にカメラがついてきた、という感じです」
――週にどれくらい行かれるんですか?
「週2、3回くらいかな。全国どこでも行った先のスナックに入ります。すでに数百軒は入ってるんじゃねえかな」
――数百軒! その中でもいちばん印象に残っているスナックは?
「いっぱいあるよね。その土地によってそれぞれいい思い出をくれるんだけど、最近じゃ奄美大島の先にある喜界島という場所にロケで行って、スナック3軒くらいはしごしたんだよ。ママと仲良くなって空港まで見送りに来てくれたんだけど、ローカル駅みたいな空港でさ、涙ぐみながらプロペラ機に向かって手を振ってくれるんだよ。『ウルルン滞在記』(TBS系)どころじゃないよ、うれしかったね~」
――DVDを拝見すると、ママやお客さんともすぐに打ち解けていますね。
「溶け込むことは大事。お店の空気を壊しちゃいけないんだよ。カラオケボックスのように自分の好きな歌を歌っているだけではお店の空気を壊しちゃうよね。一見(いちげん)さんなんて、外来魚"ナイルパーチ"みたいなもんなんだから。そこの水に馴染むように溶け込むことが大事なんだよ」
――お店に馴染むコツはありますか?
「肩肘張らず、威張らずに心をフリチンにしないとダメだよね。構えないってことが一番の方法かな」
――玉さんがスナックに行き出したきっかけは何でしょうか?
「昔から飯も飲み屋もマニュアルでやっているところには行きたくないんですよ。マニュアルなんかに乗せられねえぞ、っていう信念があるんです。それを突き詰めていったらスナックになったんだよね。だから、普段からチェーン店の居酒屋も行かないしファミレスにも行きません」
――スナックというと一見さんお断りというイメージがあると思いますが、このDVDではアポなしでどんどん入っていってしまいますね。
「もちろん一見さんでも大丈夫なんですよ。だってそこに扉があるんだから! 俺、スナックのドアは『どこでもドア』だと思ってんだよ。異次元に行けるドアがあるのにそれを開けないのはもったいないと思うな。もちろん威張って入ったらダメだよ。向こうもお客を見ているんだから。ちゃんと礼儀正しく『呑ませてもらっていいですか?』って入ってったら『いいよ』っていう話になる。そっから始まるんだよ」
――撮影で思い出深いエピソードは?
「下北沢の『北花』のマスターなんか始めは『出ない出ない』って言ってたんだけど、最終的には1時間30分べらべら喋ってたからね。行き当たりばったりなんだけど、ドラマが生まれるんだよ。そういう意味では、この番組には『田舎に止まろう』(テレビ東京系)と『ウルルン滞在記』と、『ちい散歩』(テレビ朝日系)と『ぶらり途中下車の旅』(日本テレビ系)と『いい旅夢気分』(テレビ東京系)すべてのエッセンスが詰まってる」
■"クリック"よりも"スナック"
――このスナック巡りによって玉さんが見せたいのは、やはり「人間ドラマ」なんでしょうか?
「『マニュアルがないところがマニュアルだ』っていう楽しさを若い人に知ってほしいんだよ。今は客が楽しさを与えられて当然になっちゃってるよね。でもマニュアルに乗っけられて喜んでいたら、喜びを自分で見つけるセンサーが鈍っちゃう。スナックでは自分でも楽しさを与えなきゃならないし、与えてもらえる。相互でやりあうよさ、気持ちよさがあるんです。『お客もママを気持ちよくさせて当然じゃん』っていうのが俺の考えだね。場の雰囲気をよくするのもお客がやらなきゃいけない。そうやってお店の空気が出来上がってくるんだよね」
――スナックに行くことは芸の肥やしになってるんでしょうか?
「芸については分からないけど、人間力だろうな。気持ちいい男になりたいっていうのがあるんだよね。『あいつ気持ちいいやつだな』って言われるようになりたいんだけど、40歳なんてまだ鼻っ垂らしなんだから。だけど、少しは近づけるのがスナックなのかもしれない」
――修行の場所ですね。
「だからスナックは人間力アップのための教室だよね。今はクリック一つで友達ができる世の中になっているけど、それじゃ物足りないんだよ。だから"クリックよりもスナック"だと思うよ」
――以前にも、「会社の新人研修にスナックで働け」と書いていましたね。
「スナックで働けば、一方通行の応対じゃなくて縦横無尽に動けるようになるんだよ。いろんなお客さんが来るからすごいいいと思う。本気で言ってるんだけどな」
――社会人としての人間力も身に付きそうですね。
「スナックで働けば、たとえ気が合わない人だったとしても、商売だから仏頂面なんかできないわけよ。そこでまたそういうテクニックを覚えたら、人間としてのステージが上がるよね」
――玉さんにとって、スナックとはどういう場所でしょうか?
「ライフワークであり、居場所であり、源泉掛け流しってのは温泉だけど、『人間掛け流し』の場所かな。その湯加減の気持ちよさったらないんだよ!」
■『かっちゃんすげえよ』って言ってやれる男になりたい
――『キッドのもと』(学習研究社)でも「心で握手」と語られていましたが、玉さんのそういう熱い考え方はどのようにして培われたんでしょうか?
「昔からそういう仲間がいたからだろうな。だからガキの頃の友達にはすごく感謝してるよ。いい奴らばっかりいたから。貧乏な奴もいたし、勉強ができる奴もバカな奴もいろいろいた。その中の友情みたいなもので人付き合いを学んだんだよね。例えば俺がいくら走ったってかっちゃんの足には適わない。だからって妬むんじゃなくて『かっちゃんすげえよ』って言ってやれる男になりたいと思ってたんだよね」
――キッドの芸風にも通じるところがありますね。
「自分がいかに神輿の上に乗らないで神輿を担ぐかっていう芸風でやって来たわけだね。いろんな人にスポットを当てて、"わっしょいわっしょい"って。そういう仕事にプロフェッショナルな誇りもある。ただ、よく考えたらそれってスナックでいつもやってることなんだよね」
――玉さんが求める熱いコミュニケーションのよさは何だと思いますか?
「何だろう......ご褒美くれるよね。それは物じゃなくて言葉とかになるんだけど、絶対にお金じゃ買えないご褒美だよね」
――そういったご褒美は、例えばSNSやインターネット上の関係では難しいですね。
「そんなの嘘だぜって思うもん、やっぱり。いざっていう時に助けてくれねえよ」
――玉さん自身も助けられた経験はあるんでしょうか?
「あるんじゃねえかな。免許事件で謹慎していた時もそうだし、謹慎明けもお金ねえからってタダで呑ませてもらったりしたからね」
――キッドの漫才にも濃密なコミュニケーションが広がっていますよね。玉さんと博士の間然り、キッドと客席の間然り。
「紀伊国屋ホールで550人しか入らないすごくミクロな世界だけどね。でも俺はそれでも構わないと思うんだ。あれはあれで一つの形として成立しているんじゃないかな」
――トーキョーカルチャーカルチャーで行われている「スナック玉ちゃん」のイベントも1周年を迎えましたね。
「1周年イベントの時に高田文夫先生が来てくれたんだよ。楽しんでくれてカラオケまで歌ってくれて。で、次の日に高田先生が『お客さんがちゃんと出来上がっている、あれは立派だよ』って言ってくれたんだよ。それはうれしかったね。俺もお客さんに育てられてるし、お客さんも一緒に育っているイベントだと思う。ちょうどこの日は台風が直撃して、『誰も来ないだろ』って思ってたらみんなちゃんと来るんだよね。あの一体感は奇跡的だったな。スナックにもそういう出会いがあって、大雨とか嵐の日にスナックに行っても誰もいないじゃん。そういう時に行くとママは嬉しいんだよ。それにママを独り占めできるでしょ。......って思ってると同じ考えの奴が入ってくるんだよな(笑)」
――玉さん自身もいつも濃密なコミュニケーションをしようと心がけていますか?
「殿に『お前は人を好きになりすぎる』って怒られたことがあるんだけどね。俺、好きになっちゃうと全部軸足をのっけちゃうんだよ。それで思いっきり裏切られて、結構落ち込んだこともある。だから端から見ると熱いようだけど、今は50/50なんだよね。もちろん、困ってる奴だったら軸足を全部乗っけて助けようと思うよ」
――玉さんが今、一番愛している人は誰ですか?
「それはもう家族だろうな。73才のおふくろともう2年くらい暮らしているんだけど、一緒に暮らしてくれるっていうことは本当にありがたいよね」
――殿に対してはどうでしょうか?
「殿は......俺にとっては永遠に輝き続ける星だからさ、ずっと見上げっぱなしだよね。......何か本当にスナックで喋ってるみてえだな(笑)」
(取材・文=萩原雄太[カモメマシーン])
●DVD発売記念サイン会
日時:12月18日(土)19:00スタート
会場:タワーレコード新宿店10階
●たまぶくろ・すじたろう
1967年東京生まれ。高校時代からビートたけしの「追っかけ」として名を馳せ、86年に弟子入り。浅草フランス座での修業を経て、翌年、水道橋博士とお笑いコンビ「浅草キッド」を結成。月に1回、お台場で「スナック玉ちゃん」を開店し、マスターを務める。近著に『絶滅危惧種見聞録』(廣済堂出版)、浅草キッドの共著として『キッドのもと』(学研)。
玉袋筋太郎のナイトスナッカーズ スカパー!にて放送された伝説の人気バラエティー番組。毎回、玉袋筋太郎を隊長として、東京近郊のさまざまな駅に降り立ち、秘境の地「スナック」を探し、突入取材を敢行。ママさんやお客さんとの愉快なおしゃべりを中心に、店の自慢や歴史、そこに集う人間模様などを紹介していく。コレを見ればスナックが分かる! 12月15日発売/定価:3,675円(税込)/販売元:アミューズソフトエンタテインメント
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