父親を家長にした従来の家族制度は、現代社会において完全に破綻してしまっていることを『誰も知らない』(04)の中で描き出した是枝裕和監督。シリアスさを極めた『誰も知らない』の後、是枝監督自身に子どもが生まれたことも影響し、『歩いても 歩いても』(08)や『奇跡』(11)は温かみを感じさせる作風へと変わってきた。とても面倒で、形態は様々だけれど、“家族”という最小単位が機能することで社会が成り立つことが是枝作品から伝わってくる。『歩いても 歩いても』『奇跡』に続いて、家族の在り方を問い直しているのが、今年のカンヌ映画祭で審査員賞を受賞した『そして父になる』だ。崩壊した家族制度の中でもっとも存在感を失ってしまった“父親”を主軸に、是枝監督は新しい時代の新しい家族像を打ち出そうとしている。 『誰も知らない』は1988年に実際に起きた「西巣鴨四兄妹置き去り事件」をモデルにしていたが、『そして父になる』は1960年代に日本各地で多発した「新生児取り違え事件」を題材にしたもの。当時の日本は看護士の絶対数が不足しており、沐浴中に赤ちゃんが取り違えられる事故が少なくなかった。小学校など就学時の血液検査で取り違えが発覚するが、事実を知った双方の親たちはほぼ全員が血のつながりを重視して、それまで育てた子どもたちを交換するという。交換後は連絡を絶ち、取り違え事件はなかったことにしてしまうそうだ。 仕事の合間を縫って子育てに取り組んでいた是枝監督は、この事実に興味を抱いた。お腹を痛め、出産後は母乳を与える母親と違って、父親の場合は自分から意識して子どもに向き合わないと親子であることを自覚することができない。父と子がお互いに自分たちは親子であることを認め合う手段は、“血のつながり”なのか、それとも“一緒に過ごした時間”なのか。是枝監督は「取り違え事件」を現代のドラマに置き換えて、観る者に問い掛ける。“新生児取り違え事件”をモチーフにした是枝裕和監督の最新作『そして父になる』。様々な父親像、母親像が登場する。
『そして父になる』には対照的な2つの家族が登場する。都心のタワーマンションに住む野々宮良多(福山雅治)は大手建設会社に勤めるエリート社員。会社の元同僚で専業主婦となった妻みどり(尾野真千子)、父・良多と違っておとなしい性格の慶多(二宮慶多)との3人暮らしだ。慶多の名門私立小学校入学を控えたある日、“取り違え”の事実が明るみになる。病院側は平謝りするが、その謝罪の席に現われたもう一方の家族は群馬在住の斎木雄大(リリー・フランキー)、ゆかり(真木よう子)の夫婦。斎木家は街で小さな電器屋を営み、取り違えられた琉晴(黄升炫)はわんぱくそのもの。さらに幼い弟と妹、ゆかりの父親が同居する3世代家族だった。病院側に「なるべく早く交換したほうがいい」と促され、まず両家は子どもたちを交えた食事会を開き、さらに週末限定で子どもたちをお互いの家にお泊まりさせていくことになる。 子どもたちは最初こそ兄妹・親戚が増えたかのように大はしゃぎしていたが、やがて慶多と琉晴は自分たちはこれまで育ててくれた親元を離れて暮らさなくてはならないという驚愕の事態に気づく。6歳にして突き付けられた不条理な現実に対し、琉晴は必死に抗い、慶多は哀しみや淋しさを無言で飲み込んで新しい環境に順応しようと試みる。はたして経済的に恵まれた都心暮らしのエリート一家とビンボーだけど愛情いっぱいの大家族、どっちの生活が子どもたちにとって幸せなのだろうか? 本作の参考文献となっている『ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年』(文春文庫)が非常に面白い。1971年に沖縄の病院で起き、77年に発覚した「女児取り違え事件」を描いたノンフィクション小説で、取り違えられた少女たちの交換から成人するまでを長期間にわたって取材し続けている。取り違えは血のつながった実の子を取り戻し、その後は交流を一切断つのが一般的なのだが、沖縄で起きたこのケースは珍しい展開を見せた。育てた子どもとの絆が断ちがたく、一方の家族が育てた子のいる家のすぐ真向かいに引っ越してきたのだ。2つの家族が複合する一種の拡大家族のような形態となった。母2人、父2人で愛情4倍の素晴らしい大家族となった……と思いきや現実はかなりシビアだった。一方の母親が毎晩のように外で酒を飲んで、朝方に帰ってくるというネグレクト化していたことから、血のつながっていた子は実の家族にはなつかずに、育ての親の家に入り浸るようになっていく。子育てに力を注ぐ親のほうに、実の子も育てた子も引き寄せられてしまったという結末を迎えている。ただ血がつながっていれば黙っていても自然と親子になれる、というわけにはいかなかったのだ。6年間育てた我が子は、他人の子だった! 子どもへの対応を巡り、良多(福山雅治)とみどり(尾野真千子)の夫婦間に亀裂が生じる。
本作で主人公・野々宮良多を演じるのは福山雅治。『ガリレオ』シリーズと同様にかっこいい二枚目役だ。良多は一流企業に就職し、花形部署で常にスポットライトを浴びるエリート人生を歩んできた。ところが、ルックスに恵まれ人並み以上に年収があるだけでは、流動化した家族形態の中では今まで通りに“父親”で居続けることができない。取り違え事件が発覚して以降、良多はクールさを装いつつも、次々と噴出する不測の事態にうろたえてしまう。6年間を父子として過ごしてきた慶多は親の顔色をうかがう子どもに育ってしまったのではないか。また斎木家で奔放に育てられた琉晴は「なんで?」「なんで?」を連発して、厳しくしつけようとする良多に歯向かう。だが、自分に逆らう琉晴の姿は父親(夏八木勲)のことを嫌っていた良多の子どもの頃にそっくりでもある。一方、ルックスでも年収でも良多に及ばない電器屋の雄大だが、壊れたオモチャをハンダゴテで修理するなど、子どもとのコミュニケーション能力に優れている。教育レベルの低いビンボー所帯と斎木家のことを見下していた良多は、もはや自信喪失状態だ。会社やマンションのステータスに無頓着な子どもの前では、良多のかっこよさはデパートに飾られたマネキン人形レベルのものでしかない。 結末は観る人によって、それぞれ解釈の異なるものとなっている。会社ひと筋で生きてきて、家族のことを省みる余裕のなかった良多はイチから父親になるためのスキルを学び直す。慶多と琉晴がこれからどのように育っていくかはまだ分からない。だが、ひとつ注目したいのは、良多の勤務先が大手建設会社ということだ。家族の在り方を見つめ直さざるを得なくなった良多は、これからどんな都市計画を考えるのだろうか。利便性やセキュリティー面だけを重視した集合住宅ではなく、きっと新しい時代の新しい家族像に適応できる空間づくりに着手するに違いない。 (文=長野辰次)気のいい街の電器屋・斎木雄大を演じたリリー・フランキー。公開中の『凶悪』と同じ演技トーンで、180度異なるキャラに扮している。
『そして父になる』
監督・脚本・編集/是枝裕和 撮影/瀧本幹也 出演/福山雅治、尾野真千子、真木よう子、リリー・フランキー、二宮慶多、黄升炫、中村ゆり、高橋和也、田中哲也、井浦新、風吹ジュン、國村隼、樹木希林、夏八木勲 配給/ギャガ 9月24日(火)〜27日(木)全国先行公開、9月28日(土)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
(c)2013「そして父になる」製作委員会
<http://soshitechichininaru.gaga.ne.jp>





