大島優子、前田健太、黒木メイサ……ゆとり世代の仕事論『「情熱大陸」800回記念 ぼくらは、1988年生まれ』

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『僕らは1988年生まれ』(双葉社)
 「ゆとり世代」は、とにかくイメージが悪い。言われたことしかしない、すぐにめげる、飲みニケーションが不得手……と、先行世代は、あたかもその時代に生まれた全員の罪であるかのように断罪し、「これだから『ゆとり』は……」の決めゼリフで、個人の資質をむやみな世代論に広げてゆく。  『僕らは1988年生まれ』(双葉社)は、ドキュメンタリー番組『情熱大陸』(毎日放送)800回記念として放送されたインタビューを書籍の形にまとめた一冊だ。1988年に生まれた彼らは、ゆとり第2世代といわれている。俳優の東出昌大、広島カープの前田健太、女優の黒木メイサ、サッカー日本代表の吉田麻也、先日AKB48を卒業したばかりの大島優子などなど、各界の著名人たちが「1988年に生まれた自分」を語り、「ゆとり世代」とくくられることに対する自分なりの回答を述べてゆく。  それぞれのインタビューに共通しているのは、「ゆとり」として語られることへの違和感だ。 「プライベートで出会う中で、それこそ20歳未満でもしっかりしてる子はたくさんいるし、上の世代でも、どうなんだろうと思う人もいる」(東出) 「う~ん……まぁ、ゆとり世代ということで一括りにするのはよくないな、と思います。人によって仕事に対する姿勢も違うと思いますから」(黒木) 「上の人から僕らの世代を見て『ゆとりだから』と言われるのは、すごくシャクに感じるんです。ゆとりの中でも出てくるヤツは出てくると思うし、別にゆとりじゃない世代にだってどうしようもないヤツなんていっぱいいるわけで、一括りにされるのはちょっと腑に落ちないという気持ちもありますよね」(吉田) 「しらけ世代」「新人類」「ロスジェネ」などなど、世代に対するレッテルは、いつも別の世代から一方的に貼り付けられるもの。彼らが、「ゆとり世代」という言葉遣いに対して疑問を投げかけるのは当然だろう。しかし、そんな乱暴なレッテル張りに対してすらも肯定的に捉えているのが、大島優子だ。 「それが時代の象徴になっているからいいと思うんです。そのとき時の世代で『ゆとり世代』『団塊の世代』って言われてるじゃないですか。  (中略)  ゆとり世代というと、一括りにするにはあまりに多くの人たちが含まれているので、一概には言えませんが、世代ごとに特徴があると思うので、その特徴をいかしていけばいいと思うんです。上の世代の良いところはできるだけ踏襲しつつ、別の形で力を発揮していけば大きな力が生まれると思います」 と、「ゆとり世代」に偏見を抱く人々のさらに上を行く、寛容なまなざしを投げかけているのだ。  1988年に生まれた彼らは、今年26歳を迎える。大学を卒業した者であれば、社会人3~4年目。いまや社会の一翼を担う存在になりつつある。では、いったい、その仕事観とはどのようなものだろう? 「仕事とは『仕事じゃない』と思います。野球は仕事ですけど、仕事だと思ってやってないんです。仕事だと思うと、楽しくなくなってしまうと思うから。変な言い方かもしれないですけど、仕事って自分のためにやるものだと思うので」(前田) 「仕事は、自分の人生の中で大きくとらえた時に、豊かにしてくれるもののひとつですね。特に俳優の仕事って、出会いと別れと再会がものすごく多いんですよね。それは人なのか作品なのか、役なのかものなのか、いろいろあるんですけど、その瞬間、その瞬間に自分が受ける感動が、自分を豊かにしてくれるということですかね」(俳優・松坂桃李)  と、仕事に「自己実現」を求めている者が多い中、バイオリニストの五嶋龍は、「嫌でもやること」「夢やパッションだけでは仕事はできない」と、その語り口はあくまでドライ。当然のことながら、ゆとり世代の仕事論も、立場によってさまざまなのだ。  彼らへの取材を通じて、1969年生まれのプロデューサーの大島新は、「放っておけば、自分の親世代よりも貧しくなってしまうという、日本の歴史の中でもかつてない時代を生きる若者たちは、自らの将来を先行世代よりも真剣に考えたはずだ。(中略)この世代には地に足をつけて、一歩一歩前に進んでいる若者が多いに違いないと感じた」と、彼らに対する理解を示している。 日刊サイゾー読者の中にも、ゆとり世代の後輩に手を焼いている人は少なくないかもしれない。しかし、「これだからゆとり世代は……」と乱暴な世代論を振りかざすのではなく、彼らの声に耳を澄ましてみてはいかがだろうか。一見クールに見える彼らにも、もしかしたら本書に登場する8人のように、熱い哲学が潜んでいるかも? (文=萩原雄太[かもめマシーン])

一生働かずに生きていける南の島があった!?『アホウドリの糞でできた国 ナウル共和国物語』

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『アホウドリの糞でできた国 ナウル共和国物語』(アスペクト文庫)
“ナウル共和国”という国を知っているだろうか?  この国は、サンゴ礁に集まってきたアホウドリの糞が、長い月日をかけて積もりに積もってできた、全周約19kmの小さな島国。オーストラリアの北、赤道より少し南に位置する。ナウル共和国として独立した1968年から1980年代にかけて「世界で最も豊かな国」と呼ばれ、1981年には国民1人当たりのGNPが、アメリカの1万3,500ドル、日本9,900ドルを抜き、なんと2万ドル(!)と推定された。国民は、税金なし、教育費や病院代、電気代もタダ。誰も働く必要がなく、結婚すると政府から2LDKの家がプレゼントされる――。そんな夢のような国、だった。  その理由は、アホウドリの糞とサンゴ礁が生み出した“リン鉱石”という資源。だが、1990年代に入ると、採掘のしすぎによりリン鉱石はほぼ枯渇してしまい、国家財政はみるみるうちに悪化。2003年2月には、何があったのか、オーストラリア政府が、ナウル共和国との連絡がつかなくなったと発表し、国家がまるごと行方不明という前代未聞の事態に……。  『アホウドリの糞でできた国 ナウル共和国物語』(アスペクト文庫)は、2004年に発売された同タイトルを大幅に加筆編集したもので、ナウル共和国とはどういう国なのかという紹介から始まり、その歴史、「世界で最も豊かな国」と呼ばれていた頃の話、国民がまったく働かなくなってしまったこと、資源がまもなく枯渇することが判明し、政府が資金繰りのために実行した驚くべき対策などがまとめられている。さらに単行本発売から9年、その後、ナウルがどうなったのかについても迫っている。  この本を読んでいるうちに、ナウル共和国政府のあまりにも自由な発想、行動に、一体どんな国なのかとますます興味が湧き、外務省のナウル共和国の紹介ページを調べてみた。  すると、「政府」という項目には「大統領が、公務員大臣、外務・貿易大臣、気候変動大臣、警察・緊急業務大臣、内閣議長を兼務」と書かれ、経済概況については「国家の主要外貨獲得源である燐鉱石がほぼ枯渇し、現在その収入だけでは操業費用すらもまかなえない状況にあるほか、他にナウル経済を支えるめぼしい産業もなく、経済状況はさらに厳しい状態である。国営銀行も機能しておらず、正確な経済活動の動きは把握できない」(一部省略)とあり、“えぇっ、いろいろ大丈夫!?”と、思わずツッコミたくなってしまった。  こんなに不安材料が多いのに、どこかユーモラスで深刻さが感じられないのは、南の島だから? とはいえ、資源に依存し、枯渇間際になってどうしようかと悩むナウル共和国の現状は、そう遠くない将来、石油に頼る中東諸国でも十分起こり得ること。また、富を得るために自然を破壊し続け、取り返しのつかない事態に陥る可能性は、日本だってあり得る。政治が暴走したらどうなるのか? 働くとはなんなのか? 政府のジタバタ具合にちょっと笑わせられながらも、一方で真剣にそんなことを考えさせられる。  なお、本書の最後には、実際にナウル共和国を訪問したことがある日本人5名による対談があり、どうしたら入国できるのか、現地の観光や様子についてなど、写真付きで紹介されているので、行ってみたい! という人はぜひ参考に。 (文=上浦未来) ●ふるた・やすし(文) 1969年愛知県生まれ。ライター。電子雑誌トルタル編集長。名古屋大学工学部電気学科中退。著書に『瀬川晶司はなぜプロ棋士になれたのか』(河出書房新社)、『「アイデア」が生まれる人脈。』(青山出版社)、『新企画は宇宙旅行!』(TAC出版社)ほか。12年4月電子雑誌トルタルを創刊。 ●よりふじ・ぶんぺい(イラスト) 1973年長野県生まれ。アートディレクター。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科中退。近年は広告アートディレクションとブックデザインを中心に活動。著書に『死にカタログ』(大和書房)、『元素生活』(化学同人)、『ラクガキ・マスター』『絵と言葉の一研究』(美術出版社)ほか。

暴言か、暴論か、それとも金言か? ビートたけしを知り尽くした男による『たけし金言集』上梓!

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『たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録』(徳間書店)
 2003年に公開された、北野武監督映画『座頭市』の撮影が行われていた頃、ロケ先・広島のホテルで、たけしは弟子のアル北郷と酒を飲みながらテレビでドキュメンタリー番組を見ていた。  画面では映画監督を志望する青年が、熱い思いを語っていたようだ。すると、たけしが口を開いた。 「なんだ、このバカは!」  いきなりの全否定である。その後も、青年に対する巨匠監督の悪態は止まらず、 「だいたい、はなから映画監督になろうって根性が気にいらないよ!」 と言い放ったかと思えば、 「こいつは、映画は撮れても漫才はできないだろ」 などと、言いがかりに近い毒舌まで炸裂させる始末である。  しまいには、「だいたいこいつは、人前でチ○ポ出せない顔だよ!」 と、映画監督志望の青年がする必要のないことまで持ち出して口撃し続けたという――。  「負けず嫌い」が高じて、理屈抜きでヒートアップしていく、たけしの素の部分がよくわかるエピソードだが、こうした知られざるビートたけしの(秘)言動を書き連ねた単行本『たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録』(徳間書店)が発売された。著者は前述の現場でも師匠に付き添っていた、アル北郷である。  1995年にたけし軍団入りした北郷は、97年から7年間も殿の付き人として過ごしただけではなく、現在も『新・情報7daysニュースキャスター』(TBS系)でブレーンを務めるなど、たけしの側近といえる。  それだけに、同著で紹介されている「たけし金言」の数々は、どれも一般のファンでは知らない生々しさ、迫力に満ち溢れているのだ。  テレビなどでも、たけしがカツラの話題になるとはしゃぎ出す姿はよく見かけるが、同著では普段からいかに“カツラLOVE”であるかという詳細を以下のように書き切っている。 <(前略)先日もわたくしが夜、自宅にてテレビを見ていると、携帯の着信音が鳴り、電話に出ると、 「おい、たけしだけどよ、今、NHKに出てるやつ、カツラだぞ。名前メモっとけな」  と、それだけ言うと電話をお切りになりました。(中略)クライアントとその重役の方々が殿の元に挨拶に来られたのですが、その中の、たぶん一番偉いと思われる方が、やっかいなことにカツラでした。(中略)殿はそのカツラに目を止める様子もなく、クライアイアントの方々と挨拶を済ませると、(中略)何も発することなく静かに現場を後にしたのです。  ところが翌日、殿にお会いすると、すぐさまわたくしに、 「おい。昨日の現場にカツラいたな。お前、あのカツラばっかりチラチラ見てたろ。しかし、お前もカツラ好きだな~」  と、ニヤニヤしながら報告されてきたのです(後略)>  ほかにも、殿の下半身にまつわる爆弾発言から“ビートきよしいじり”まで、ここまで明かしていいのかという逸話が連発されている。 「すべて“殿公認”だから驚きます。とはいえ、本書発売にあたって『誰がここまで書けって言ったよ、バカ野郎!』との言葉もいただきましたが(笑)」(担当編集者)  たけしファンのみならず、全日本人、必読の1冊……のハズである。

「この話は、わしが死んでから世に出してください」教誨師が語った、死刑囚たちの実像

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『教誨師』(講談社)
 以前、サイゾー本誌で「死刑特集」という企画を行った時に、集中して何冊もの死刑に関する書籍を読んだ。死刑廃止、死刑存置、それぞれの立場からさまざまな意見が書かれていたが、同時に、死刑について考えるということは、「廃止」か「存置」かに回答することではないのではないかという根本的な疑問にも思い至った。単純な存廃二元論ではなく、社会が犯罪者を死に至らしめること、その意味を考えることこそが死刑問題におけるひとつの本質ではないだろうか。  ドキュメンタリー作家・堀川惠子の新著『教誨師』(講談社)は、浄土真宗の僧侶であり、かつては全国教誨師連盟の理事長を務めていた渡邉普相による告白をもとに執筆された一冊だ。「この話は、わしが死んでから世に出してくださいの」という遺言通り、堀川は、2010年から取材を続けてきた渡邉の言葉を、その死後に刊行した。  拘置所に入った死刑囚と、一般人が面会する機会はまずない。だから、受刑者に対して精神的な救済を施す教誨師は、死刑囚と面会することができるほとんど唯一の民間人となる。死刑囚の心の拠り所となるため、キリスト教や神道、仏教の各宗派がほぼ無償で教誨師たちを派遣しており、渡邉も、三鷹事件の竹内景助をはじめ、ほぼ半世紀にわたって数々の死刑囚たちと拘置所の中で心を交わしてきた。  渡邉は、親鸞上人を開祖と仰ぐ浄土真宗本願寺派の僧侶。連続殺人、強盗殺人、強姦殺人など、死刑判決が下された極悪人たちを前に、親鸞の遺した「善人なほもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」(善人ですら往生できるのだから、悪人はなおさら往生できるはずだ)という言葉を頼りに教誨に臨んでいく。だが、もちろん死刑囚に向かい合うことは、一筋縄ではいかない。渡邉の話など聞かず、雑談に終始する者や、「私は女だから死刑にはならない」とたかをくくる者、まだ明らかになっていない事件の真相を告白する者、平仮名もろくに書けないため渡邉に文字を教わる者、そして、渡邉も舌を巻くほど仏教の勉強にいそしむ者などさまざまだ。週2回、一人あたり30分の面接をこなすと、渡邉は心身ともにクタクタになった。  渡邉の尽力によって、多くの死刑囚が改心し、自分の起こした事件に向き合い、深い反省へと導かれていった。しかし、どんなに改心したところで、その先に待ち受ける死刑という未来がくつがえることはない。ある死刑囚は、渡邉にこう漏らした。「私も正直言うと、こんなに信心してどうなると思うことはありますよ。自分は所詮、死刑囚じゃないかと、時々、自暴自棄になりますわ……」  しかし、未来に死が待ち受けているからこそ、渡邉は努力を重ねた。死刑囚が自分の起こした事件に向き合い、反省し、その原因となった心の問題を解消し、安らかに死を迎えさせることこそが渡邉の目的である。数年、十数年という時間をかけて、渡邉は死刑囚たちと話し合いながら、心の奥の襞に触れ、その考え方を改めさせていく。そして、彼らとの別れは、ある日突然、一枚の令状とともにやってくる。死刑執行の通知だ。  教誨師たちは、刑場まで一緒に足を運び、その最後の瞬間まで死刑囚に寄り添っている。 「最近はカーテンから向こうの部屋には、私らは入れないですけどね、当時は、彼らに一緒についていって、目の前でやるんです。『キミュオームリョウージュウニョウライーー!』と言ったらガターンって、目の前から落ちていくんですから、目の前ですよ! 自分の目の前をロープが、ビーンッと伸びて、落ちていった体がグッ、グッ、グッとなるのをね、こうやって上から見るんです」  葬式や法事など、日常的に死者に接している僧侶だが、人が死ぬ瞬間に立ち会うことはほとんどない。それも、「殺される」瞬間に立ち会うことなど皆無だろう。その現場では、さまざまな感情が渦巻くことになる。母親に捨てられたことを深いトラウマとしていた死刑囚・横田和男(仮名)は、渡邉にすがりついた。 「刑場の教誨室で最後のタバコを吸わせ、お別れの儀式を済ませ、いよいよ執行の部屋へと移動しようとした時だった。横田が動かなくなった。『さあ』と刑務官に促されても、両足から根が生えたように踏ん張っている。  それまでつつがなく進んでいた場の流れが急に途切れ、居合わせた全員がぎょっとした。たくさんの視線が突き刺さった男の顔に、大粒の涙がポロポロポロポロこぼれる。横田は渡邉にすがりつくようにして叫んだ。 『先生! お袋はやっぱり来てくれませんでした! もう私には時間がありません。もう間に合いません! あの時、お袋に捨てられさえしなければ、私はこんなことにならなかった! お袋は私を捨てた、捨てたんです!』  そういって、まるで子どものように顔を隠そうともせずワンワン声をあげて泣き始めた」  そして、横田は「お母さん! お母さん!」と叫びながら死んでいった。渡邉は、母親への恨みを拭えなかった自分の力不足を悔やみ、読経を続けることすらできなくなってしまう。その頬には涙が伝っていた。  数々の死刑執行の瞬間に立ち合いながら、渡邉の心には、深い葛藤があった。 「それは、辛いですよね。辛いです。うん……。『殺したくないな』と思いますよ。『死なせたくないな』という気持ちはありますよ。『こんな人間をなぜ殺さなければいけないのだろう』という疑問はありますよ。疑問はあるけども、やっぱり日本の法律の下でわれわれは仕事をしていることですからね、それ以上のことは言えないね……ええ」  死刑に対して、法務省は秘密主義を徹底している。だからこそ、そこに直接関わる人々の姿はなかなか見えてこない。しかし、一言で「死刑」といっても、それは人間の手によって運営され、人間の手によって実行されている行為なのだ。「社会問題」としてくくることによって、抽象的になってしまう死刑についての議論。その実態を、本書はひとりの教誨師を通じて浮かび上がらせている。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])

佐世保小6女児同級生殺害事件 周囲の人々が抱える10年間の葛藤

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『謝るなら、いつでもおいで』(集英社)
 「佐世保小6女児同級生殺害事件」から今年で10年。白昼の小学校内で、6年生の女子児童が同級生にカッターナイフで首を切られるという前代未聞の事件は、当時、社会に大きなインパクトを与えた。『謝るなら、いつでもおいで』(集英社)は当時、毎日新聞佐世保支局で事件の取材にあたっていた川名壮志が、事件から10年を経て執筆したノンフィクションだ。  初めは、小さないざこざだった。交換日記の中やインターネットの上で発生した、友だち同士の些細なトラブル。しかし、小学生なら誰でも経験するような小さな傷が、白昼の殺人という、大人も目をそむけずにはいられないような大事件へと発展する。「いったいなぜ……?」どう考えても埋めることのできない、原因と結果との途方もない乖離。『バトル・ロワイアル』にハマり、小説の二次創作をしていた加害者の少女は、インターネットでオカルトやホラーなどアングラ系サイトをのぞき見ることを趣味としていた。それは、確かに原因の一端であるかもしれないが、その事実をもってしても「なぜ」という疑問が消えることはない。  本書において、著者である川名の主眼は「なぜ」を追求することに向けられていない。その代わりに彼が描くのは、事件によって日常を奪われてしまった、自分自身を含めた周囲の人々の葛藤だ。  殺された御手洗怜美さんは当時、毎日新聞佐世保支局長であった御手洗恭二氏の娘。支局長の社宅は支局の上階に作られており、川名も怜美さんとも挨拶をかわしたり、一緒に食卓を囲むなど、家族同然の付き合いをしていた。しかし、そんな日常は、事件の発生を境に奪われてしまう。彼は、「被害者の隣人」でありながら、新聞記者として事件を報道する立場となってしまったのだ。そして、初めてそんな立場から見たマスコミの世界は、不条理で、グロテスクな姿をしていた。 「御手洗さんは、報道陣の要望に応えて佐世保市役所で会見していた。遺族が事件当日に会見を開くなど、前代未聞のことだった。  男性アナウンサーが、表情を変えずに淡々と事件に触れる。  『こんなときに、なんで御手洗さんを引きずりだしたんだ』  折り目正しいナレーションを聞きながら、僕は思わず怒りがこみ上げる。マスコミの一員でありながら、要望の残酷さが許せない。いい気なものであるが」 「事件報道でお馴染みの原稿スタイル、お決まりの写真なのに、そこに出てくる怜美ちゃんや御手洗さんの名前に、ひどく違和感をおぼえる。昨日から夢の続きを見ているようだ。彼女の命がすでにないものだという現実を、どうしても頭が受け入れない」  本来、公正中立な立場から読者に真実を届けることが、記者として求められる使命であるはず。しかし、川名の脳裏には、殺された怜美さんの姿がちらつき、マスコミ人としての姿勢と自分の気持ちとがせめぎ合う。自分は記者なのか、それとも「被害者の隣人」なのか……。どちらかに振り切ることのできない立場から、川名の筆は事件を描かざるを得なかった。  そして、川名以上の苦しみを背負わされてしまったのが、少女たちの家族だ。怜美さんの父、加害者の父、怜美さんの4歳上の兄は、それぞれの立場から抱えた葛藤を川名に向かって吐露する。当時を振り返って語られるその言葉には、努めて冷静であろうとする強い意志と、しかし、そこから漏れ出てしまう激しい感情との両方がうかがえる。 「なぜか彼女(加害者)に対して、憎いとは一度も思わなかったんですよね。怒りをぶつけるべき相手が違うような気がしました。(略)なら、憎むのは相手の親なのか、それもよくわからない。(略)それでも、何かいらいらするんです。何に対して起こっているのか、ぶつけるべき怒りが何なのか、自分でもわかっていなかったです。怒るのは間違いなく怒っている。でも、それをぶつけるべきところが分からなかった」(被害者・怜美さんの兄) 「これまでずっと『なぜ』の答えを見つけたいという気持ちがすごく強かったんだけど、それが変わってきた。自分なりに事件を見直す作業というのをやって、その過程で『あ、もう、これ以上やってもわかんないだろうな』って思った。そういう風に思っちゃったんだよね、『ああ、やっぱりわかんないな、これは』って。(略)自分と、自分の家族に目を向けたほうがいいのかな、とそんな気持ちだね、今は」(被害者・怜美さんの父・御手洗恭二さん) 「テレビなんかで、家族そろってご飯を食べる和気藹々としたシーンがありますよね。あぁ、うちの娘がいればなってフッと思うんです。でもちょっと待て、御手洗さんはそういうことも考えられないんだって、我に返るんです。そうすると、どうしていいのか、わからなくなる。一生そんな風に考えつづけるんだろうな、ついて回るんだろうなって思います。自分の子育てが間違っていたんじゃないかと思う。すべてのことに自信をなくしてしまいました」(加害少女の父)  審判の中で贖罪の弁を述べることのなかった加害者の少女は、栃木県にある児童自立支援施設に送致された。そして、施設内の中学校を卒業し、ひっそりと退所。現在は、日本のどこかで生活を送っている。いったい、今、彼女は何を感じ、事件についてどう考えているのか。施設内で更生を果たし、自らの犯した罪をしっかりと反省しているのだろうか……。彼女の現在の姿は明らかにされていない。  一方、彼女の周囲にいた大人たちは、10年を経ても、いまだに事件を背負ったまま生活を送っている。けれども、彼らは、ただ彼女を憎むのではなく、彼女が更生していることを心から願っている。本書のタイトルである「謝るなら、いつでもおいで」は、加害者の少女に対して、被害者の兄が語った言葉。彼は、自らの妹を殺害した少女に「普通に生きてほしい」とメッセージを送っている。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

クールジャパン批判から一転、政府にすり寄り!? 人気若手論客・古市憲寿が新刊で“自己検閲”

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古市憲寿氏
 近年、若手論客としてテレビや雑誌で人気を集めている社会学者の古市憲寿。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)では若者代表として田原総一朗にかわいがられ、NHK Eテレで放送中の『新世代が解く!ニッポンのジレンマ』ではMCを担当。しかも最近では、クールジャパン戦略担当相である稲田朋美議員の私的懇談会「クールジャパン推進会議」の第2期メンバーにも選ばれたことが大きなニュースとなったばかり。  しかし、そのニュースが話題を呼んだのは、古市が“クールジャパン批判”の論文を書いた過去があったからだ。それは「新潮45」(新潮社/2013年11月号)に掲載されたもので、タイトルもズバリ『くるくるクールジャパン』。この件について稲田議員は承知済みで、「(論文を)ぜひ読ませていただきたい」と語っている。  だが、一方の古市はこの発言に戦々恐々。なんと、くだんの論文を、今年4月に発売された書籍『だから日本はズレている』(新潮新書)に収める際に“自己検閲”したというのだ。  まず、『だから日本はズレている』を見てみると、『くるくるクールジャパン』という掲載時タイトルは『「クール・ジャパン」を誰も知らない』に変更。書籍にする際に改題するのはよくあることではあるが、問題は原稿内だ。「新潮45」には、初代クールジャパン戦略担当大臣に任命された稲田が、フランスで開かれたイベントでゴスロリのコスプレ姿を披露したことについて触れ、 「世間の生温かい視線を浴びたことは記憶に新しい」 と書いているのだが、『だから日本はズレている』では“生”の部分を削除し、 「世間の温かい視線を浴びたことは記憶に新しい」 と改訂しているのだ。一文字削っただけだが、文脈はまったく違っているではないか。  それに、稲田がコスプレを披露した際には、Twitter上でも「これがゴスロリ??」「児ポ法や漫画・アニメの表現規制を推進する特攻隊長がこういうことやってるとは」などと厳しい意見が寄せられ、決して“温かい視線”は浴びていなかった。  だが、さらなる問題は、古市本人がこの自己検閲について告白してしまっている点だ。それは「an・an」(マガジンハウス/4月16日発売号)に掲載されている小説家・朝井リョウとの対談連載でのこと。朝井から、稲田のコスプレを「生温かい視線」とディスった件をいじられた古市は、「雑誌ではそう書いたけど、本にまとめた時『生』は消したから大丈夫」と、さらっと自白。続けて、「稲田さんとは近々会うんだけど…どうしよう。元の原稿、読んじゃってるかな?」と弱気になったかと思えば、「気まずいなあ。もうちょっと考えて発言したほうがいいと思う?」と、朝井に尋ねる始末なのだ。  そもそも、古市が論文で展開しているクールジャパン政策の「発想の安直さ」や、児童ポルノ禁止法やクラブの深夜営業規制などの「文化の芽がそがれつつある」現状などへの指摘は、至って真っ当、有益な意見だ。なのに、たったこれくらいのことで日和ってしまうとは……。  古市といえば、先日もコメンテーターを務める『とくダネ!』(フジテレビ系)でゴミの分別問題について「(自治体が分別されていないゴミの)開封調査をするのなら、(ついでに)分別してくれればいい」と発言して、プチ炎上騒ぎを起こしたばかり。以前にも、中学生による学校荒らしに対して「正直言って、かっこいい」と語り、批判の声が殺到した。しかし、横並びのコメントが求められる場で堂々と踏み外す古市の態度は、ないよりあったほうがいい。どうかクールジャパン推進会議でも、分別などわきまえず、どんどん発言してほしいものだ。

「売春」と「救済」の同居……“出会い系”に救いを求める、シングルマザーの実態

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『出会い系のシングルマザーたち』(朝日新聞出版)
 ルポライター鈴木大介の最新刊には、『出会い系のシングルマザーたち』(朝日新聞出版)というセンセーショナルなタイトルが付けられている。犯罪報道などによって、未成年による援助交際の温床というイメージが先行する出会い系サイト。しかし、イメージとは裏腹に、ここで体を売るほとんどが成人女性であり、本書が描くのは、生活に困窮する「シングルマザー」たちが出会い系サイトを通じて売春を行う実態だ。  自ら出会い系サイトに登録し、15名の「出会い系シングルマザー」たちを調査した鈴木。その実態は、本当に現代日本の出来事なのかと疑いたくなるような貧困に満ちている。例えば、こんなふうに。  中井沙耶子さん(仮名)は、小学校2年生の娘を育てている。毎日、病気で寝込んでいる母親の世話をしながら、娘を学校へ送り出している。夫との離婚後、中井さん自身もうつ病による睡眠障害を発症し、看護師の仕事を退職せざるを得なくなった。中井さん名義のカードで借金を重ねて別れた夫からは、当然、慰謝料も養育費も振り込まれることはない。そんな中井さんが携帯をいじっていてたどり着いたのが出会い系サイトだった。彼女は、わずか1万円で自分の体を売った。そして、いまや出会い系サイトに募集をかけるのが日課になっているのだ……。彼女にとって、唯一の支えは愛娘の彩ちゃんしかいない。 「彩だけが救い。死にたくて、でも彩がいるから死なない。彩はこんな私を見て育っているのに、どうして? って思うくらい手間がかからなくていい子に育っている」  「比較的恵まれたポジション」と鈴木が書く中井さんですら、こうなのだ。頼る親もなく、資格も持たないシングルマザーたちは、もっと過酷な状況に追い込まれている。  では、彼女たちがこの貧困を抜け出すことはできないのだろうか? 鈴木は、さまざまな可能性を検証する。けれども、民生委員に相談をすれば、近所の人に売春の事実が知れわたる危険性がある。精神病を抱えていたり、子どもの面倒を見るために新たな仕事を見つけることは難しい。もしも、生活保護を受けていることが知られたら、子どもはたちまちイジメの標的になってしまうだろう。多くのシングルマザーにとって、最後のセーフティネットとなっているのが実家の存在。しかし、それすらも持たないなら……?  だが、本書を読み進めていくと、決して金だけが理由ではない「出会い系シングルマザー」の実態もまた浮かび上がってくる。風俗店のように、組織を後ろ盾にできない売春環境で、彼女たちが危険な目に遭ったことは一度や二度ではない。では、なぜ彼女たちは「出会い系サイト」というツールを使うのだろうか?  実は、彼女たちには「売春をしている」という意識は薄い。前述の中井さんは、1万円を「もらった」ではなく「借りた」と表現する。鈴木が接した出会い系シングルマザーのうち、2割にも及ぶ人が、そのきっかけを「寂しかったから」と語っているのだ。いい大人が、寂しさを埋めるために体を売る……。いったい、それはどういうことなのか?  シングルマザーの多くが、離婚を経験している。それは女性にとって、精神的に負担がかかることだ。その上、生活苦やうつ病、子育ての悩みなどが加わってくる。彼女たちの話を聞いてくれるのは、「出会い系の男」しか残っていなかったのだ。 「逢えば話を聞いてくれるからね。子供のこととか精神科に患ってることとか、身近な人だったり、失いたくない人だったら逆に話せないことが、出会い系で逢った男になら話せるというのもありますよ。(略)もしかしたら全部包容力でカバーしてくれるような男がいるかもって気持ちもある」  もちろん、その場限りの男が、根本的な解決を与えてくれるはずがない。それでもなお、彼女たちは、それにすがらざるを得ない。「出会い系シングルマザー」に絶望を感じてしまうのは、子育てのために体を売らなければならないからではなく(昔から、そんな境遇のシングルマザーは少なくなかっただろう)、出会い系サイトに救済を求めているからだ。  そんな彼女たちの姿を見て、鈴木は、あるいら立ちにとらわれていく。貧困と、絶望の中で生きるなら、いったいなぜ、子どもを産んだのか? 鈴木は「親による児童虐待のニュースを見た時と同じような気持ち」になる。それは「自己責任」ではないのだろうか?   しかし、そんな鈴木のいら立ちを氷解させたのも、また同じシングルマザーの姿だった。 「シングルマザーがシングルマザーである所以は唯一『子どもを手放さないこと』なのだ。思えば、子どもを手放してしまえば、どれほど身軽になるだろう。彼女らにとって合理的な生活・経済の再建を考えるなら、子どもを養護施設等の公的福祉機関に預けるのもひとつの手段なのだ。少なくとも彼女らには、帰属すべき実家や頼れる親族もいないのだから。それでも彼女らは、手放さない。その手に握った小さな手を、決して手放さない」  シングルマザーたちは子どもを愛している。だから、決して子どもを見捨てず、誰の手も借りずに、苦しい環境を生き抜いている。生活保護をもらわないのも、子どものためを理由にする母親は少なくないのだ。鈴木が取材した「NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の赤石千衣子理事長は、「出会い系シングルマザー」たちについて、こう語っている。 「とにかく彼女らに言えることは、売春をやっても生き延びてきたことを誉めてやることだと思います。とにもかくにも、子どもも殺さずに本当によくやった、大変だったね、助けは求めてもいいんだよ、と」  「出会い系シングルマザー」の彼女たちは、シングルマザーにおいても特殊事例だろう。けれども「喉元まで出掛かった『助けて!』という叫びを、声にできない」からこそ、彼女たちはそうならざるを得なかった。生活保護受給者に対する辛辣な視線や、シングルマザーは「自己責任」であると見なす風潮こそが、彼女たちから「助けて」という声を奪っているのではないだろうか。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

足利事件から24年 ジャーナリストが迫る、北関東連続幼女誘拐殺人事件の「真実」

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『殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』(新潮社)
 2010年3月26日、パチンコ店から幼女が連れ去られ、遺体となって発見された「足利事件」の容疑者とされる菅家利和氏の無罪が言い渡された。検察官や裁判官が被告に対して謝罪を行うという異例の裁判は、菅家氏が警察に逮捕された91年から19年を経て、ようやく実現したものだった。  『殺人犯はそこにいる』(新潮社)は、日本テレビ社会部記者の清水潔が、足利事件をはじめとする「北関東連続幼女誘拐事件」の真相に迫った一冊。それは、意地とプライドをかけて事件の真相を解明しようとするジャーナリストの足跡だ。  「北関東連続幼女誘拐殺人事件」とは、79〜96年にかけて、5人の少女が殺害もしくは失踪している未解決事件の総称。菅家氏が犯人と疑われた足利事件は、そのうち90年に起こった松田真実ちゃん殺害事件のことを指している。清水は、日本テレビの報道番組『ACTION 日本を動かすプロジェクト』において、07年からこの未解決事件の取材に着手。当初、警察すらもこれらの事件に連続性を認めていなかったものの、栃木と群馬の県境地域半径10km以内で繰り返されてきた犯行に、清水は関連性を見いだしていく。  しかし、リサーチを開始した当初、足利事件はすでに「終わった」事件であった。菅家氏本人による自供、さらにDNA型鑑定でもクロと出ており、最高裁判決で有罪が確定している。清水もまた、当初はその判決に疑問の余地はないと考えていた。そして、足利事件が菅家氏の起こした事件であれば、5件の事件が連続殺人事件である可能性は薄くなる。事実、警察やジャーナリストに取材を重ねても、清水の仮説に耳を貸す者はいなかった。  だが、清水が現地調査を開始すると、警察の捜査記録や裁判記録からは浮かび上がってこなかった疑惑が噴出する。不自然なまでに近隣住人の目撃証言がないにもかかわらず、有力な目撃情報はいつの間にか闇に葬られていった。菅家氏が行ったとされる自供の信ぴょう性は薄く、「真実ちゃんを荷台に乗せて、自転車で土手を上がっていった」という供述に基づいて再現事件を行ったところ、かなり困難であることを確認。「隠れ家にロリコンビデオを大量に所持している」とされた菅家氏の押収物を確認すると、発見されたのは普通のアダルトビデオばかり。そもそも、この家も隠れ家ではなく、実家から独立するために借りたものだった。  だんだんと、警察の捜査に対して疑念を募らせていく清水。しかし、目の前にはDNA型鑑定という難問が待ち構えていた。「1000人に1~2人」といわれるDNA型鑑定が、犯人は菅家氏であると証言している。マスコミに理解がある元警視庁の大幹部も、清水の話す事件の真相に興味を持ったものの、「あれは間違いなく殺ってます。証拠がDNA型鑑定ですから、絶対です」とにべもない。足利事件をきっかけに「指紋制度に並ぶ捜査革命」とはやし立てられ、全国の警察で導入が進められたDNA型鑑定。だが、清水は、そんなDNA型鑑定にも疑問点があることを見抜いていく。そして、清水の番組を通じてDNA型再鑑定の必要性が主張され、菅家氏が無罪であることを証明する一助となった。  記者やジャーナリストと呼ばれる人間は数多いが、普通、こんな事件を取り扱うことはまずない。しかも、「日本テレビ」という大マスコミに所属しているなら、なおさらだ。一介のジャーナリストが、最高裁判決に対して疑問を呈する。それはジャーナリスト生命を賭さなければ、絶対に不可能なことであり、もしもそれが「誤報」であれば、自らのジャーナリスト生命だけでなく、日本テレビの報道姿勢までをも問われかねない。では、清水はどうして、ここまで執念深くこの事件に取り組むことができたのだろうか? それには、清水が追いかけた2つの事件の記憶がある。  「免田事件」は、48年に熊本県で起こった強盗殺人事件。容疑者として逮捕された免田栄氏には死刑判決が下されたものの、その自供が警察に強要されたものだったことが判明し、83年に無罪釈放となった。免田氏を取材した清水は、彼からその「自白」の凄惨な現場を聞く。 「あれは取り調べなんてもんじゃなかとですよ。壮絶な拷問です。あらゆる脅迫もされ、寒さと空腹と。そりゃあ耐えきれるもんじゃなかとよ……」  そして、釈放後の免田氏が語った言葉は、衝撃的なものだった。 「再審が決まった時には、検察が何と言ったと思いますか。『いつまでも死刑囚を生かしておくから、こんなことになる』そう言ったとですよ……」  清水を突き動かしたもう1つの事件が、99年の「桶川ストーカー殺人事件」だ。清水は同事件の取材をもとに『遺言 桶川ストーカー殺人事件の深層』(新潮社)という本も上梓している。この事件で、警察は被害者の女子大生から受け取った告訴状を改ざんし、その事実を隠蔽。さらに、被害者は「ブランド好き」「水商売のアルバイトをしていた」という情報をマスコミに流し、そのイメージをもとに、メディアは「風俗嬢が痴情のもつれで殺された事件」と書き連ねていく。 「恐ろしいことだと私は改めて思った。公権力と大きなメディアがくっつけば、こうも言 いたい放題のことが世の中に蔓延していくのかと」  この事件の取材を通じて、清水は「警察は、都合の悪いことは隠す」という現実を目の当たりにしたのだった。  足利事件では、菅家氏と真犯人とのDNAは一致せず、DNA型鑑定の絶対性は覆った。だが、検察の言い分は「今回、より正確で高度な鑑定で事実がわかったわけです。大きなミスがあったとは見受けられない」というもの。あくまでも、検察側はDNA型鑑定の「神話」を守り通した。それはなぜか? これまで、DNA型鑑定を物証として採用した事件は数多い。DNA型鑑定の神話が崩壊すれば、これまでに出した少なくない判決が覆ってしまう可能性があるのだ。北関東連続幼女誘拐殺人事件とともに、清水が本書で取材している「飯塚事件」も、DNA型鑑定を有力な証拠として採用した事件。しかし、飯塚事件の容疑者とされ、冤罪を主張し続けてきた久間三千年氏の死刑はすでに執行されてしまっている。  本書において、清水は「ルパン」と呼ばれる男を真犯人として身元までも特定している。けれども、いくら警察に働きかけたところで、一向に捜査が進展する気配はない。菅家氏とDNA型の異なる「ルパン」が真犯人として逮捕されれば、DNA型鑑定に対する神話は完全に崩壊する。そして、それは「飯塚事件」において、国家によって無罪の市民が殺害されたことをも意味しかねない……。  本書のあとがきで、わずか数行だけ、清水は個人的な過去をさらりと記している。彼自身、娘を事故で失った過去を持っている。もしかしたら、清水はその過去と、ジャーナリストとしての仕事に一線を引きたかったから、本文中ではこの過去について触れていないのかもしれない。しかし、その事実を知って、彼によるこの言葉は重く、深く響いてくるだろう。 「そもそも報道とは何のために存在するのか――。この事件の取材にあたりながら、私はずっと自分に問うてきた。(略)謎を追う。真実を求める。現場に通う。人がいる。懸命に話を聞く。被害者の場合もあるだろう。遺族の場合もある。そんな人達の魂は傷ついている。その感覚は鋭敏だ。報道被害を受けた人ならなおさらだ。行うべきことは、なんとかその魂に寄り添って、小さな声を聞き、伝えることなのではないか。権力や肩書付きの怒声など、放っておいても響き渡る。だが、小さな声は違う。国家や世間へは届かない。その架け橋になることこそが報道の使命なのかもしれない、と」  本書は、北関東連続幼女誘拐殺人事件の真相を追ったジャーナリストの一冊だ。それは、同時に警察に対して、メディアに対して警鐘を鳴らす一冊でもある。  5月12日、足利事件によって松田真実ちゃんが殺されてから、今年で24年目を迎える。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

怪魚を求めて世界の僻地へ! 衝撃のとんでも写真の数々が詰まった『新・世界怪魚釣行記』

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『新・世界怪魚釣行記』(扶桑社)
 寝ても覚めても、釣り、釣り、釣り! 三度の飯より何より釣りが大好きな、俗に言う“釣りバカ”。世の中には、この“釣りバカ”が意外と多いと思うのだが、『新・世界怪魚釣行記』(扶桑社)の著者で、怪魚ハンターの武石憲貴氏はレベルが違う。もう、人生を捧げちゃってるのだ。 「釣竿片手に、世界の水辺のヌシに会いに行く!」をテーマに、これまでに“釣旅”に費やした総日数は1732日、訪問した国は37カ国。ひたすら怪魚を求め、世界中の辺境を訪れ、戦いに挑んでいる。本書は、2009年に発売された『世界怪魚釣行記』(同)の第2弾で、09~13年の“釣旅”の記録である。  今回登場する怪魚たちは、南米のアマゾン河を代表する、下アゴから長い牙が伸びたカショーロ、秘境パプアニューギニアの密林の奥地に潜む未知の大ナマズ、北米大陸の氷河から流れ出す川の底を徘徊する、最大4メートルを超えるといわれる世界最大の淡水魚・シロチョウザメほか、数え切れぬほど登場するのだが、その見た目は魚というよりも、もはや恐竜! そんな怪魚たちを相手に、子どものように興奮しながらファイトを繰り広げる。 「動きは鈍く、慌てるほどではない。だが、どこか捉えどころがなく、何か底知れぬ力を秘めたような不気味な感じだ」 「竿先が“グゥーン、グゥーン”とゆっくり上下し始め、じれったくなった僕は力を込めて合わせた。“ドスッ!”という衝撃と共に、その魚はゆっくりと潜行を開始した」 「あまりの大きさに一瞬めまいがして頭の中が真っ白になるが、気持ちを持ち直し、『掴んだぞー!』と勇ましく叫ぶが、グローブに穴が開いており、剣山状に並ぶ歯が人差し指に突き刺さる」 4484-1.jpg 4484-2.jpg 4484-4.jpg など、臨場感たっぷりだ。  また、武石氏が巨大魚を両腕に抱きかかえ、押しつぶされそうになっている記念写真をはじめ、鮮やかな黄色に発色した魚や、水玉模様の魚、やたら目が大きなびっくり顔の魚など、見たこともない魚が次々と登場するので、写真を眺めているだけでも十分楽しめる。  帯は、未確認生物や探検の世界ではコアなファンが多い、ノンフィクション作家・高野秀行氏が担当。「衝撃の写真とユーモアあふれる文章。いや、凄い。面白い。参った!」とコメントを寄せている。  怪魚を求めて世界中を放浪する、男のロマン、そして、男の人生が詰まった一冊だ! (文=上浦未来) ●たけいし・のりたか 1973年、秋田県生まれ。大学卒業後、会社勤めをするが2年半で退社。99年、まだ見ぬ怪魚を探索するため、インドを訪れたのをきっかけに“釣り旅”を始め、世界各地を釣り歩く。以後、ユーラシア・北米・南米・オーストラリア・アフリカの五大陸の怪魚を追い求め、放浪している。

未払いに「全額は無理」宣言も……「小悪魔ageha」インフォレスト全社員解雇・事業停止の裏側

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「小悪魔 ageha」2014年 05月号(インフォレスト)
 本日4月16日付で、「小悪魔ageha」や「サムライマガジン」などを発行する出版社、インフォレスト株式会社の事業停止が発表された。  最盛期には年売上高が約75億円ともいわれていた同社の負債総額は、30億円だという。 「15日の夕方、社員に解雇通知、自宅待機命令が出されました。同時に、ライターをはじめとした外部スタッフにも、インフォレストの経理部から『不渡りを出した』という報せがあったんです」(外部関係者)  また、ライターのSさんはこう漏らす。 「私は、数10万円ほど未払いが残っているままです。同じく外部で関わっていた編集プロダクションは、300万円も支払ってもらえていないと聞きました。まあ以前から不払いは問題になっていて、インフォレスト側に内容証明を送ったりもしていたんですけど。その頃から、少しずつは支払ってもらえるものの、向こうは『全額は無理』と主張していて……。『やっぱりね』という感じですよ(苦笑)」  こうした雑誌の原稿料・撮影料の不払い問題は、ファッション誌をはじめ、ほかからも聞こえてくる。 「知り合いのライターさんは、某雑貨系雑誌の版元さんに数十万円の未払いがあると話していました。『小悪魔ageha』同様、そこそこ知名度のある雑誌を出版している会社ですが、次はあそこが……という気がしてならないですよね」(同)  出版社の経営難は今に始まった話ではない。「小悪魔ageha」のように、最盛期には35万部の売り上げがあったとされる人気雑誌も消えていく今、雑誌業界の生き残り戦争は、ますます激化していくばかりだろう。 (文=編集部)