日本の歴史を大きく変えたアメージングトーク集!『日本人の誇りを呼び覚ます魂のスピーチ』

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『日本人の誇りを呼び覚ます魂のスピーチ』(廣済堂出版)
 日本人はスピーチが苦手だというイメージが強いが、本当にそうなのか? 『日本人の誇りを呼び覚ます魂のスピーチ』(廣済堂出版)はそんな思い込みに再考を促す、日本人による歴史的スピーチを集めたものだ。スピーチを「演説」と訳した福沢諭吉による日本初のスピーチに始まり、政治家、実業家、文化人、スポーツ選手ら24人の名言&名スピーチを収録。日本人が発した言葉によって、日本の歴史が動いた瞬間を収めている。  現在に至る日本文化を語る上で、もっとも重要なスピーチとなったのはパナソニック(旧松下電器)の創業者・松下幸之助が1932年5月の第一回創業記念式で社員に向かって語った「水道哲学」だろう。 『水道の水は加工された価値のあるものであるが、道端の水道水を通行人が飲んでもとがめられることはない。それは、その量が豊富で安価だからである。松下電器の真の使命も、物資を水道のごとく安価無尽蔵に供給して、この世に楽土を建設することである』  松下のこの水道哲学は、企業とは単に営利追求だけを目的にした集団ではないことを明朗に謳い上げ、他の多くの産業にも多大な影響を与えた。家電製品、自動車、インスタント食品、ゲーム機、衣料など、高品質かつ低価格であることを売りにした数々の日本ブランドが誕生していくことになる。“経営の神様”の口から産み落とされた、まさに言霊だった。  本著に選ばれた24人の中で最も鋭い舌鋒を誇ったのは、軍部を敵に回して戦い抜いた孤高の政治家・斎藤隆夫だ。「反戦演説」と呼ばれる1940年2月に開かれた帝国議会での斎藤の質問演説には目を見張るものがある。原稿を手にすることのなかった斎藤は、この演説の中で「正義の戦争など存在しない」と看破してみせた。 『かの欧米のキリスト教国、これをご覧なさい。彼らは内にあっては十字架の前に頭を下げておりますけれども、ひとたび国際問題に直面致しますと、キリストの信条も慈善博愛も一切蹴散らかしてしまって、弱肉強食の修羅道に向かって猛進をする。これが即ち人類の歴史であり、奪うことの出来ない現実であるのであります。この現実を無視して、ただいたずらに聖戦の美名に隠れて、国民的犠牲を閑却し、曰く国際正義、曰く道義外交、曰く共存共栄、曰く世界の平和、かくのごとき雲を摑むような文字を並べ立てて、そうして千載一遇の機会を逸し、国家百年の大計を誤るようなことがありましたならば、現在の政治家は死してもその罪を滅ぼすことは出来ない』  日中戦争が泥沼化していく当時の社会情勢の中で、この反戦演説は命懸けの行為だった。軍部の怒りを買い、斎藤は所属していた民政党を離脱。さらに同年3月には議員除名動機が提出され、斎藤は国会から締め出される。多くの議員はこの決議を棄権、もしくは欠席したが、除名に反対した議員はわずか7名だった。日本の議員制民主主義は軍部に屈服し、太平洋戦争へと突き進むことになる。  戦後のスピーチで外せないのは、戦後50年の節目となる1995年8月15日に総理・村山富市が発した「村山談話」。日本とアジア諸国との関係を理解する上で、再読しておきたい発言である。 『我が国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大な損害と苦痛を与えました。私は、未来に過ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い追悼の念を捧げます』  “杖(よ)るは信に如(し)くは莫(な)し”という『春秋左氏伝』からの引用で締めた村山談話は、日本政府が公式的な立場から初めてアジア各国に謝罪を表明したもので、その後の歴代内閣はこの見解を踏襲する形をとっている。バブル経済が弾け、政治も混沌を極めた1993年に瓢箪から駒で連立政権の総理に担ぎ上げられた社会党委員長の村山だが、「自民党政権では成し得なかった問題解決に、連立政権の良さを生かして突っ走ろうと考えた」という翁が挑んだ大勝負がこのスピーチだった。政治家としての功績は今なお賛否が分かれるが、『──魂のスピーチ』の著者であるジャーナリスト・弓狩匡純氏は本著の中で、「戦後初めて、我が国が過去の戦争に対する見解を公に言及した事実は、諸外国の理解を得るために一定の役割を果たした」と評価している。  日本の近代・現代史を語る上で重要なスピーチを選び出し、解説を加えた弓狩氏は、日本の有名企業を“社歌”の成立からその社風や企業理念を紐解いた『社歌』(文藝春秋)、世界各国の“国歌”の中に秘められた国民性や国の成り立ちを読み取った『国のうた』(文藝春秋)などユニークな視点で著書を発表してきた。世界の偉人・著名人たちの名言を集めた『The Words 世界123賢人が英語で贈るメッセージ』(朝日新聞出版)を2012年に上梓し、今回の『──魂のスピーチ』はそれと対をなす日本版の名言集とも言える。 「米国の大学を卒業し、海外で取材することが多いのですが、欧米の文化圏では自分の意見を持ち、発言することで一人前として認められます。英語は口語文化であり、文語中心の日本語文化とは大きく異なることをこれまでたびたび実感してきました。前作『The Words』は欧米人が中心になりましたが、日本にも素晴しいスピーチを残している人たちはいるに違いない、と探し出したのが今回の『──魂のスピーチ』です。また、名言だけを紹介するのではなく、可能な限りスピーチ全体を掲載するよう努めたので、スピーカーの想いや真意も読み取れるのではないでしょうか。村山談話は確かにまだ評価は定まっていませんが、あの談話がなければアジア外交はもっと混迷していたはず。日本人はこれまでアジア各国に経済援助したことで謝罪の意を表したつもりになっていますが、アジアの各国はきちんとした言葉での謝罪をずっと待っていたわけです。“日本が欧米相手に戦争したから、他のアジアの国々は独立できたんじゃないか”という押し付けがましいことに一切触れていない潔さが村山談話にはある。大人のスピーチですよ。問題になっている河野談話とは、スピーチとしても格が違うように思います」(弓狩氏)  名スピーチと聞くと、舌先で操られた美句麗文を思い浮かべがちだが、本著で紹介されているスピーチの多くは、平易な言葉で、かつ発言者の生命そのものを懸けたもの、もしくはそれまで歩んできた人生の道程を言葉に凝縮した重みのあるものだ。日本の近代・現代史をスピーチの数々で振り返る入門書であり、人間が発する言葉の重みを改めて感じさせる一冊となっている。 ●ゆがり・まさずみ 1959年兵庫県生まれ。米テンプル大学教養学部アメリカ研究学科卒業。国際情勢、経済、文化からスポーツに至るまで幅広い分野で取材・執筆活動を続けている。主な著書に『社歌』『国のうた』(文藝春秋)、『国際理解を深める世界の国歌・国旗大事典』(くもん出版)、『The Words 世界123賢人が英語で贈るメッセージ』(朝日新聞出版)などがある。

月収はサラリーマン並みなのに……「やりがい」を見いだす風俗嬢たちのリアル

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『日本の風俗嬢』(新潮新書)
 「風俗嬢」のイメージは両極端だ。ブランド品を買い漁ったり、ホスト遊びに明け暮れるなど、派手な生活をしているイメージがある一方、「借金のカタに売られて……」「ソープに沈められる……」など、悲壮感に満ちたイメージも根強い。けれども、ルポライターの中村淳彦氏が新著『日本の風俗嬢』(新潮新書)で明らかにした彼女たちの生活は、そのどちらにも当てはまらない。彼女たちのリアルは、驚くほどに一般人の生活と変わらず、その仕事にはやりがいすらを見いだしているのだ。  2000年代に入り、風俗をめぐる環境は激変した。長引く不況とデフレによって夜の街に流れる金が激減したこと、1999年の風俗営業適正化法改正によってデリヘルが事実上合法化され、爆発的に店舗数を増やしたこと、また「草食男子」と呼ばれる性に強い興味を示さない男性が増えたこと。さまざまな要因が複合的に重なり、風俗業界は不況の苦しみにあえいでいる。にもかかわらず、風俗嬢を志願する女性は増加の一途をたどり、需要と供給のバランスは完全に崩れている。もはや、風俗嬢は決して「儲かる」商売ではなくなりつつあるのだ。  中村氏の推計によれば、日本には1万3000店の風俗店が存在し、およそ35万人あまりの女性たちが風俗嬢として働いている。これは、品川区や所沢市の人口とほぼ同数。しかも、中村氏の推論によれば容姿やコミュニケーション能力の問題で、風俗嬢になることすらできない女性が、さらに同数程度存在する。風俗嬢になるには「狭き門」をくぐらなければならなくなっているのだ。本書では、60分1万8000円の平均的なデリヘルの採用実態がこう語られる。 「年齢に問題のない女性を20人面接して、採用するのは多くて3人。過半数は風俗嬢として耐えうるレベルに達していないので断る」  風俗嬢として働くことは、「体を売るしかない」という最終手段だったはずだが、現代ではそこに入店することもままならない。女性たちのレベルが著しく向上しているにもかかわらず、その価値が下落の一途をたどっているという現状は、風俗を利用する男性にとってはこの上なくうれしいことだが、そこで働く女性たちにとってはたまったものではないだろう。だが、風俗嬢たちの中には、この仕事に「やりがい」を見いだしている女性も少なくないという。 「完全出来高制で頑張りが報酬に反映されて、収入に上限がなく、最近は年齢の上限もない。男性たちにも注目をされるから、本当にやりがいがあるといった意識を持つ者もいる。そのため90年代以前と比べると圧倒的に稼ぐことが困難になっているにもかかわらず、前向きに働く女性が増えている」(本書より)  報酬が下がっても、それを補うやりがいを見いだせる。もしも「裸になって男性にサービスを行う」ということに抵抗が薄ければ、「悪い仕事ではない」と思う女性がいても不思議ではない。では、そんな「やりがい」をもって働く彼女たちは、いったいどれほどの金額を手にしているのだろうか?  中村氏の推計によれば、サービスレベルも高い美女が勤める総額6万円の高級ソープランドで月収128万円という高給だが、都市部の人気ピンクサロンで月収36万円、格安デリヘルでは月収33万円、地方のデリヘルでは月収25万円、地方のピンサロでは月収22万円。もちろん、高級店に勤められる女性は、本番可能ということも含めてそれなりの商品価値がある女性。ルックスが良く、スタイルが抜群で、サービスレベルも高い女性でなければ、体を売ってもサラリーマンとほとんど大差のない金額しか手にすることはできない。 「まだまだ風俗嬢という職業には、社会的にスティグマを押されている。それでもその道を選んでカラダを売る以上は、高収入を目指すべきだろう。また、その能力がある女性だけが目指したほうがいいように思う。そして、能力的にそれがかなわないならば、近づかずに別の道を探すべきなのだと思う」(同)  もちろん、女性たちが風俗を始める動機には「お金」があり、その背景には非正規雇用やシングルマザーといった「貧困」があることもしばしばだ。けれども、だからといって、彼女たちが後ろめたさを感じながら「金のために」体を売っているわけではない。その中で、やりがいを見つけて、ポジティブに風俗嬢として生き抜いており、もはや風俗を「社会の歪みである!」と息巻いて告発することは実態にそぐわなくなってきているのだろう。中村氏は「社会の劣化と連鎖して生まれたポジティブに働く風俗嬢の姿を眺めて、このままでいいのだろうかという疑問は拭えない」と複雑な胸中を語っている。  本書を読んでいると、“最古の職業”である風俗嬢のリアルな姿は、現代日本を映しとる鏡のようであることがわかる。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

清少納言が紫式部をひっぱたく! 超訳モダン枕草子『砂子のなかより青き草』

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『砂子のなかより青き草』(平凡社)
 先日の内閣改造で女性活躍担当相が新設されたが、現在、日本は先進国の中で男女間賃金格差が最も大きい国である。女性の平均賃金は、男性の平均賃金の70%に満たないほどで、驚くべき低い水準だ。欧米では男女間賃金格差が確実に是正されているにもかかわらず、この30年間、日本の男女間賃金格差はほぼ横ばいで、男女の給与待遇は変わっていないのが現状だ。日本の性差は深刻で、根深い問題だといえる。  現代よりも圧倒的な男社会であった平安時代、男まさりの学問と教養を身に付けていた女性は、何を思って暮らしていたのか――。『砂子のなかより青き草』(平凡社)は、R-18文学賞を受賞した気鋭の女流作家・宮木あや子氏が、清少納言とその身辺を描いた小説だ。夫と離婚した清少納言(なき子)は、一条天皇の皇后・定子に仕える女房という仕事を得て、華やかな宮中の暮らしを草子に記す。原文『枕草子』ではうかがい知ることのできない清少納言の内面を、現代人の視点から巧みに描いている。バツイチの寂しさ、ライバルとの権力争い、イケメン貴族との恋など、特に古典に知識がなくともエンタテインメントとして楽しめる内容となっている。  なき子は、枕草子原文に描かれているような「春はあけぼの。いとをかし」なんて、ただ季節の移ろいを眺めているだけの女性ではない。「女が学をつけても良いことは何もない」と自嘲しながら、女が役に就ける世の中を待ち望み、自分から男に口づけをせがむ。意志と行動力の備わった現代の女性だ。特に、紫式部の胸ぐらをつかみ、平手打ちをかまし、懐刀を突きつける場面は、コミカルでありながら、鬼気迫るすごみを感じさせる。  男女雇用機会均等法が成立した80年代、橋本治氏は『桃尻語訳 枕草子』(河出書房新社)で、女子高生の言葉を用いて清少納言を現代に連れてきたが、宮木氏は、現代のアラサー女性を平安京にタイムスリップさせることに、この『砂子のなかより青き草』で成功したといえる。仕事や結婚で悩む女性に、またそんな女性を理解したい男性に手に取ってほしい一冊だ。枕草子のエッセンスは、1000年がたった現代においても“青き”草として、あなたの心にみずみずしく訴えかけるだろう。 (文=平野遼)

「傘かしげ」も「こぶし腰浮かせ」も存在しなかった!? 古き良き日本の心“江戸しぐさ”を論破する!

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『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』(星海社新書)
 ネット上では、「江戸しぐさ」の評判はすこぶる悪い。  かつて公共広告機構のCMや東京メトロの広告などにも取り上げられ、オリエンタルランドやNEXCO東日本などの企業研修にも導入されてきた。さらには、公民の教科書や道徳教材として学校教育にも取り入れられているなど、公のお墨付きも獲得しているにもかかわらず、江戸しぐさは「捏造」であるという主張がまことしやかにささやかれているのだ。  この「江戸しぐさ捏造説」を裏付ける新書が、原田実氏による『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』(星海社新書)だ。  往来を行き交う人びとの暗黙の心遣いとして、お互いが傘を傾け通行しやすくする「傘かしげ」、相手の時間を奪うことを戒める「時泥棒」、ひとりでも多くが座席に座れるように、席を詰める「こぶし腰浮かせ」など、江戸しぐさは、江戸を生きる町人たちが相手を思いやるためのマナーであり、現代の日本人が忘れてしまった美しい習慣だと思われてきた。  しかし、原田は、傘が江戸時代のぜいたく品であり、編笠や箕が雨具として用いられていたこと、江戸時代に精巧な時計などなく、外国人の残した証言からも日本人は時間にルーズだったこと、「こぶし腰浮かせ」を必要とするような長い座席の乗り物自体が存在しないこと……など、江戸しぐさが存在しなかった証拠を次々と語っていく。  原田に従って江戸しぐさを見ていくと、怪しい点が次々と浮かんでくる。  江戸時代に広く共有されていたにもかかわらず、なぜ、江戸しぐさは近年になって「発見」されたのか? 「NPO法人江戸しぐさ」の理事長であり、江戸しぐさ普及の第一人者である越川禮子氏は、幕末~明治期にかけて、薩長によって「江戸っ子狩り」が行われていたことを理由としている。当時、江戸っ子に対してベトナムのソンミ村のような殺戮が行われていたという越川の話だが、もちろんそんな話は歴史には刻まれていない。さらに、江戸しぐさは口伝で書物を残すことを禁じられており、わずかな書物も薩長勢力に渡ることを恐れて焼き討ちにされてしまったと、どうもに怪しさが際立っている……。  では、なぜ江戸しぐさという偽りの伝統が生まれたのだろうか? 原田は、江戸しぐさの提唱者であり「創始者」である芝三光を調べ上げる。  だが、複数の「江戸しぐさ」を扱う団体を調べると、芝の来歴は謎に包まれている。生年も、1922年生まれや1928年生まれなど複数あり、GHQに江戸しぐさの保護を請願したという話や、逆にGHQから江戸の素晴らしさを教えられたという説などが混在している。また、江戸しぐさの普及に乗り出す前は、経営コンサルタントとして活躍していた芝。彼の語る「江戸しぐさ」の哲学は、元マクドナルドの藤田田をはじめとする経営者により、70年代に出版されたビジネス書の哲学と奇妙に符合していく。  芝の生涯を追い、原田はこう結論付ける。 「芝は戦前の軍国主義的風潮、ひいてはそれを準備した明治政府の政策を嫌っていた。その心情が彼を『江戸』への回帰に導いたわけである(たとえその空想上の『江戸』が、現実の江戸と比べてどんなに珍妙なものだったにしろ)」  いわば、現代に絶望した芝が、ユートピア「江戸」を妄想しながら生み出したファンタジーこそが「江戸しぐさ」であり、それゆえに不自然に現代的な「江戸しぐさ」が数多く存在しているのだ。その後、江戸しぐさは、芝の弟子である越川や日本経済新聞社社友の故・桐山勝氏などの運動によって拡大。かつて200といわれていたその数はいつの間にか800に膨らみ、独り歩きを続ける。そして、「古き良き日本」の代名詞として、教育現場にまで取り入れられるようになっていったのだ。  原田は、皮肉としてこう語っている。 「『江戸しぐさ』で重要視される概念に『真贋分別の目』というものがある。『江戸しぐさ事典』によるとそれは、『周囲の意見に惑わされることなく、自分で相手が信用できるかを判断できる目』なのだろう」  江戸しぐさは、伝統的な江戸の心なのか、それとも現代人が勝手に捏造したフィクションなのか――。本書を読むと、どうやら前者である可能性は限りなく薄いようだ……。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

女性を誘拐し、結婚する――キルギスの衝撃的な慣習を追った写真集『キルギスの誘拐結婚』

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(日経ナショナル ジオグラフィック社)
 「誘拐結婚」という言葉を聞いたことがあるだろうか? キルギス語で「アラ・カチュー」=「奪って去る」を意味し、仲間を連れた若い男が、嫌がる女性を自宅に連れていき、一族総出で説得し、無理やり結婚させる、という中央アジアのキルギスで古くから続く、“慣習” だ。違法とされているにもかかわらず、現状、警察や裁判官も単なる「親族間のもめごと」と見なされ、犯罪として扱われることはほとんどない―――。  『キルギスの誘拐結婚』(日経ナショナル ジオグラフィック社)は、その実態を探るべく、世界を舞台に活躍する気鋭のフォトジャーナリストの林典子さんが、2012年7月から約5カ月間、現地に滞在し、女性ならではの目線で切り取った写真集である。滞在中、林さんは、実際に誘拐結婚の現場に数回遭遇。女性が誘拐され、泣き叫んで抵抗するも、数時間後には結婚を受け入れてしまうまでの一部始終を、写真で生々しく記録している。どの写真も絶句するほど衝撃的な写真ばかりだが、とりわけ驚かされたのは、当時大学生だったディナラ(22歳)という女性を追った一連の写真だ。  彼女は、高校教師であるアフマット(23歳)に市場でひと目惚れされ、2回目に会った時にプロポーズを受ける。だが、当時2年ほど付き合っていた彼氏がいた上、1年後にトルコへ行って就職するつもりだったので、「お互いを知るまで1年待ってから考えたい」とやんわり断った。ところが、ある日、誘拐されたのだ。 「お願いだから車を止めて! ドライブに誘い出しておいて、私を誘拐するなんて。ウソをついたのね、最低な男!」  この現場に林さんも居合わせ、彼女はシャッターをひたすら切り続ける。相手の家に連れて行かれ、花嫁の象徴である白いスカーフを無理やりかぶせ、結婚するよう説得する高齢の女性たち、スカーフを外そうと泣き叫ぶディナラ、ディナラとアフマットの結婚を祝おうと馬に乗って駆けつけるアフマットの友人たち……。 「やめてください。あの人のことなんか、愛していないんだから!」 「アフマット、私が結論を出す前に、結婚式の準備を始めてるの? そんなことは時間の無駄よ。恥ずかしいと思わないの?」  けれど、5時間後、彼女は結婚を受け入れていた。その理由はこうだ。 「アフマットのことはよく知らなかった。でも、誘拐結婚はキルギスの伝統だから、受け入れたの」  日本の半分ほどの国土に、約540万人が暮らす中央アジア・キルギスの最大民族は、キルギス人。彼らの多くは、スンナ派のイスラム教を信仰している。この国では、一旦、男性の家に入ってしまうと、たとえ拒否し続けて実家に帰ったとしても、「純血を失った」と見なされ、家族に恥をかかせてしまうこともあるという。  正直なところ、「恥」という理由で、結婚を拒否できないという事実をまったく理解できない。訳がわからない分、一体、彼女たちが何を考えているのだろうと、写真に映る彼女たちを何度も凝視してしまう。すべてのページに目を通した時、衝撃とともにやっぱりよくわからない、という思いが残る。けれど、再びページをめくった時は少し印象が変わる。この写真集から伝わってくるのは、「誘拐結婚」ってダメだよねということよりも、むしろキルギスの女性たちが力強く、生きる姿だ。  林さんは、最初の取材から1年4カ月後、ディナラから出産すると聞いて再訪する。そこには、嘆くばかりではなく、子どもを宿し、ロシア語教師という新たな仕事を見つけ、幸せになるんだと意気込みさえ感じさせる、ディナラの姿があった。  この写真集にはディナラ以外にも、婚約者がいるのに誘拐され、結婚を迫られた大学生のファリーダ、強引に結婚式が行われた末にレイプされ、19歳の若さで自殺してしまったウルス、誘拐結婚を利用して、わざと恋人に誘拐されることで結ばれたアイペリ、誘拐結婚の末に今は幸せに暮らしているグルスン(59歳)など、13名の女性が登場し、「誘拐結婚」を通した、キルギス人の女性たちの生き方を伝えている。  これらの写真で、林さんは日本人初となる、2013年フランス世界報道写真祭「ビザ・プール・リマージュ」特集部門最高賞「ビザ・ドール(金賞)」、さらには、14年全米報道写真家協会(NPPA)「フォトジャーナリズム大賞」現代社会問題組写真部門1位を受賞している。世界中の人々の心を揺さぶった写真の数々を、とくとご覧あれ。 (文=上浦未来) ●はやし・のりこ 1983年生まれ。大学在学中に、西アフリカ・ガンビアの地元新聞社、ザ・ポイント紙で写真を撮り始める。「ニュースにならない人々の物語」を国内外で取材。ナショナル ジオグラフィック日本版で、12年9月号「失われたロマの町」、13年7月号「キルギス 誘拐婚の現実」を発表。その他、米ワシントン・ポスト紙、独デア・シュピーゲル誌、仏ル・モンド紙、デイズ・ジャパン誌、米ニューズウィーク誌、マリ・クレール誌(英国版、ロシア版)など、数々のメディアで作品を発表。著書に、『フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳 ――いま、この世界の片隅で』(岩波書店)。受賞歴/11年第7回名取洋之助写真賞、12年第8回DAYS国際フォトジャーナリズム大賞1位、13年米アレクシア写真財団写真賞ファイナリスト、フランス世界報道写真祭「ビザ・プール・リマージュ」特集部門最高賞「ビザ・ドール(金賞)」、14年全米報道写真家協会(NPPA)「フォトジャーナリズム大賞」現代社会問題組写真部門1位。

アルコールに飲まれた女たち『ほろ酔い女子』のエロさとは!?

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 古来から、日本人は酒に神秘の力が宿ると信じてきた。正しく利用すれば、殺菌作用を持ち、血行を促進させ、精神から不安感を取り除き、ストレス解消にもなる。その効能から、あたかも魔法のような力を持つ酒は、洋の東西を問わず宗教的な儀式に欠かせないものとなっている。  アルコールの力によって、人は無防備になれる。心が解き放たれ、判断は大胆になり、日常の窮屈なこだわりから開放されるのだ。そして、まるで神懸かりのような状態になったため、SMAPの草なぎ剛は全裸になり公然わいせつ罪の現行犯で逮捕され、涙の記者会見。市川海老蔵は灰皿テキーラを飲ませようとして殴られ、笑福亭鶴瓶は27時間テレビで泥酔の上股間を露出し放送事故、長野五輪金メダリストの里谷多英は酔った勢いでVIPルームで性行為……と、数々の失敗がアルコールの力で巻き起こされてきたのだった。  だが、アルコールが生み出すのは失敗ばかりではない。そこにはエロいチャンスも転がっている! いわゆる「お持ち帰り」というやつである。酔っ払って気持ちが大きくなった男女は、アルコールを言い訳にして終電を逃し、繁華街のホテルへと消えてゆく。とはいえ、女子と一緒にお酒を飲めるだけでも奇跡なのに「※ただしイケメンに限る」から漏れてしまった男たちにとって「合コンでお持ち帰りしちゃった」「酔った勢いでそのままホテルに……」といったシチュエーションなどは夢のまた夢……。けれども、そんなボクらにだって、アルコールに飲まれたしどけない姿の女子を眺める眼福に預かってもいいはず。いいはず!!   horoyoi02.jpg  というわけで、フェチ写真集の刊行で名高いマイウェイ出版による最新ムックが『ほろ酔い女子』だ。居酒屋で、バーで、海で、旅行先で、オフィスで、ラブホテルで……と、さまざまな場面で頬を赤らめながらアルコールを嗜む女の子たちが写し出された本書。もちろん、フェチ写真集のプライドとして、女性たちは一切裸を見せることはない。ここには、パンツ、ブラ、谷間などのチラリズムがあるのみだ。 horoyoi01.jpg  余計な文章は一切挟まれることなく、写真だけで展開される”ほろ酔い女子”たちのストーリー。アルコールが周ってとろ~んと潤んだ瞳、バーカウンターに上半身を預けながらこちらを見て、彼女はいったい何を期待しているのだろうか? 汗ばんでいるからって、そんなに薄着になって大丈夫なの!? おいおい、浴衣の裾がはだけて下着が見えているじゃないか! 本書を眺めていると、酔いの勢いに任せて大胆になる女の子たちを、覗き見しているような感覚になってくる。酔っ払った彼女たちのリアルな姿が写し出されているからこそ、読者とほろ酔い女子たちとの距離はグイグイと近づいていくのだ(あくまで妄想の上だけど……)。 horoyoi03.jpg  ユニコーンが実在しないように、麒麟が古代中国人による想像の産物であるように、非モテ系男子にとって、お持ち帰り可能な”ほろ酔い女子”はファンタジーの世界に住んでいる生き物。こんな女の子たちと一緒に美味しいお酒を飲んで、こんなシチュエーションを味わいたい……と思うけど、冷静に考えてみれば、これまでそんな経験は一切なかったボクらの人生において、こんな女性たちに巡りあうことはまずないと考えたほうが懸命だろう。  だから、本書を読みながら妄想と股間を膨らませつつ、来世に期待しよう!

ゆるキャラの次は “ゆるパイ” ブーム到来!?『ゆるパイ図鑑 愛すべきご当地パイたち』

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『ゆるパイ図鑑 愛すべきご当地パイたち』(扶桑社)
 “ゆるパイ” の文字に、うっかりあらぬ想像をしてしまった人には申し訳ないが、今回はそっちのパイの話ではない。今月1日、全国各地のご当地パイ約200種類を紹介した『ゆるパイ図鑑 愛すべきご当地パイたち』(扶桑社)が発売され、ちまたでちょっとした話題になっている。 “ゆるパイ” とはなんぞやと思う人も多いかと思うが、これは、著者の藤井青銅氏が、「味」「その土地らしさ」に加え、“ウケる” というベクトルが加わった、魅力的なご当地パイを勝手に命名したもの。パッとイメージが思い浮かばないかもしれないが、その代表的な存在が、静岡県浜松市の名産うなぎを使った「うなぎパイ」だ。うなぎとパイという、まさかの組み合わせながら、サクサクの食感と、ひと口食べるとクセになる香ばしい味わいで、1961年の誕生以来、根強い人気を誇るアノ銘菓である。  と、これだけではウケる要素はないのだが、爆発的ヒットに至るまでのエピソードが実に面白い。発売当初は意外にもイマイチの売れ行きだったのだが、夕食の後に家族みんなで食べてほしい、と願いを込めて付けた“夜のお菓子”というキャッチフレーズに、うなぎが持つ精力増強のイメージが重なり、ムフフ……と勝手に妄想するおじさんたちが続出。その反応にお店も乗っかって、栄養ドリンクのカラーである赤・黄・黒を使って夜っぽいパッケージを変えたところ、大ヒットしたというのだ。  そんな「うなぎパイ」に続けとばかりに、全国各地で「焼あなごパイ」や「淡路島はもパイ」「さんまパイ」「どじょうパイ」などの魚介系のパイが次々に登場し、さらには、「松坂牛」「牛たん入り仙台パイ」「名古屋地どりコーチンパイ」などの肉系、ウマイに違いない「信州りんごパイ」、「山口夏みかんパイ」「伊予柑パイ」「メロンパイ」などのフルーツ系と、観光地とあらば、ともかくパイを――。日本ではそういう流れが生まれた、ようなのである。この本を読んでいると、そのバラエティの多さに、日本人はこれほどまでにパイを求めていたのかと、驚かされる。  また、個人的に非常に気になったのが、藤井氏がすべてのパイに対してつけている、ツッコミどころ満載のキャッチ。ラ・フランスを使ったパイには「フランスにはないのよ」、その隣に紹介されている、ルレクチェのパイには「フランスにはないのだ」と、全体的にかぶった内容が妙に多かったり、京都産の楓の形をしたパイには「そうだ、京都行こう…と思うパイ」、そばの実パイには「“おか~さぁ~ん!”と叫びたくなるパイ」など、ネタに詰まったのか、“どうした!?”と聞きたくなる、絶妙ないい加減さで書かれた内容が多く、じわじわと笑いが込上げてくる。  ほ~、全国にはこんなにもパイが……とただ感心しながら見るも良し、何かの機会に小ネタで使うも良し、旅行や出張などでどこかへ行った時の土産の参考にするのも良し、なんとなく手元に置いておきたくなる本である。 (文=上浦未来) ●ふじい・せいどう 1955年生まれ。作家、エッセイスト、脚本家。「第1回星新一ショートショートコンテスト」入選をきっかけに、作家兼放送作家に。『夜のドラマハウス』『オールナイトニッポン・スペシャル』『青春アドベンチャー』など、書いたラジオドラマは数百本に上る。伊集院光と共に、ヴァーチャルアイドル「芳賀ゆい」を創り、腹話術師いっこく堂のデビューもプロデュース。「東洋一」の謎を追った『東洋一の本』(小学館)、変な名前を研究した『あんまりな名前』(扶桑社)、実話に基づいた小説『ラジオな日々』(小学館)など著書多数。

「少女を縛って」美しい国・日本の生み出したエロス『部屋と少女と赫い縄』

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『部屋と少女と赫い縄』マイウェイ出版
 イラストレーターのみうらじゅんは、エロについてこう語っている。 「高校時代、中間・期末テストが終わると、まるで自分へのご褒美のように通っていたポルノ映画館。三本立ての中には必ずギャグ・ポルノという作品が混じっていて大層気分を損ねたもんだ。エロは陰湿でなければいけない! 陽気な性への反発からオレはいつしか団鬼六のSM映画シリーズにのめり込んでいった」(『とんまつりJAPAN』集英社文庫)  思春期をこじらせてしまった人間は、一度はフェティシズムの世界を通り、エロについて考えを巡らす。いったい、エロとは何か? どこからがエロくて、どこからはエロくないのか? 性の極北ともいえるフェティッシュの世界を垣間見ながら、文系童貞エロ青年たちは、この世のどこかにあるであろう真のエロを夢想するのだ。 heyatoshojotoakainawa__01.jpg heyatoshojotoakainawa__04.jpg  日本が、世界に誇るエロス「KINBAKU」。今や、海外でもその人気は高く、縄師たちは世界各地のフェティッシュイベントにもひっぱりだこ。一本の麻縄がカラダの自由を奪うことによって、どうしてここまで奥深いエロが生み出されてしまうのか? まさに、それは「東洋の神秘」と形容できる所業だ。  『部屋と少女と赫い縄』(マイウェイ出版)は、20人あまりの少女たちを縛り上げた一冊。真っ白い壁に囲まれた、やわらかな光が差し込む部屋で、濡れた目線をカメラに向ける美女たち。処女性を感じさせるそのあどけない面影と裏腹に、白い肌をきつく縛り上げる赤い縄。それは、エロさを通り越して美しさすら感じさせるだろう。  この写真集を撮影したのは、写真家の中島圭一郎氏。昨年上梓した『ウインクキラー』(マイウェイ出版)は、少女たちのウィンク姿がなぜかそこはかとないエロスを感じさせる一冊となったが、今回は、大胆に縛り上げられた少女のエロさを全開にしている。 heyatoshojotoakainawa__05.jpg heyatoshojotoakainawa__02.jpg  とはいえ、本書には、意外にもバストトップがあらわになっている写真は1枚もない。制服姿で、浴衣姿で、メイド服で、ボンテージで、ベビードールでとさまざまなコスチュームを身にまといながら、少女たちはそのカラダを荒縄に預けている。縛り方も、亀甲縛りから宙吊り、あるいは蜘蛛の巣のように広がる美しい縄まで多種多様だ。ブラの代わりに麻紐が乳首を隠している一枚に、欲情しない男がいないはずがないし、股間に通された縄に至っては、女性でもないのに、そのスジに食い込む荒縄の乱暴な触感を想像してしまうだろう……。そう、緊縛とは、全裸にして全てをさらけ出すのではなく、一本の縄を通すことによって、女性のカラダを想像しながら脱衣以上のハダカを実現してしまう行為なのだ。 heyatoshojotoakainawa__03.jpg  21世紀になって、中出しも乱交も当たり前になったAVは過激化の一途をたどるばかり。インターネットで検索すれば、モザイク無しの動画が溢れかえっているし、倫理的にアブない児童ポルノだって獣姦だってスカトロだって見ることができてしまう。こんなにも、エロが氾濫している時代は人類はじまって以来のことだろう。だが、奥ゆかしき日本人は忘れていない。エロとはただ全てを見せつけることではないのだ。隠すことによってハダカ以上にハダカにし、一本の縄で自由を奪うことがたまらない快楽を生み出す。それは、人間にのみ許された知的で痴的な性のカタチなのではないだろうか。  「美しい国・日本」の生み出したエロはかくも奥深い。

さらば梅田貨物駅……人が乗れない乗り物の裏側に迫った『貨物列車をゆく』

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『貨物列車をゆく』(イカロス出版)
 東京の臨海や河川沿いに、膨大な数のコンテナ群を見かけたことがあるだろうか? 今でこそ、ほとんど目にしなくなった貨物列車も、かつては物流の中心を担い、日本の近代化を支えてきた。まさしく縁の下の力持ちと呼べる存在。「機関車トーマス」の世界でも、主に貨車を引っ張るヘンリーは気の優しいイイヤツだ。  近代化の黒子に徹してきた貨物列車とは、いったいどのように集荷され、運行されているのだろうか? 『貨物列車をゆく』(イカロス出版)は、神秘のベールに包まれた貨物列車の裏側に迫ったムック本だ。貨物列車の基礎知識から、貨物列車の歴史、JR貨物の裏側、など、全4章112ページにわたって貨物列車のすべてを余すところなく紹介している。巻末に掲載されている「貨物デートのススメ」は、昭和の青年情報誌の趣きがあり、甘酸っぱい感傷に誘われる。写真の点数も多く、鉄道ファンならずとも楽しい一冊だ。  東京都内には、東京貨物ターミナルと隅田川駅という大規模な貨物駅が二つあり、東京貨物ターミナルは西へ、隅田川駅は北への玄関口となっている。その貨物駅に常磐線・東北本線・武蔵野線などを経由して貨物列車が乗り入れ、荷やコンテナを積み卸しし、また西へ東へと運ばれてゆく。主な品目としてガゾリンや灯油などの石油製品があり、JR貨物宇都宮ターミナル駅では、栃木県内の石油需要の65%に当たる159万キロリットルが取り扱われているというから驚きだ。ほかにも、ヤマト運輸から委託された宅急便を運んだり、また東日本大震災の際には18万トン超のガレキを被災地から運んだりと、貨物列車は知られていないところで私たちの生活に大きく関わっているのだ。  その一方で、廃止される貨物駅もある。1874年(明治7年)に開業された梅田貨物駅は、大阪駅のすぐ北側に位置し、関西では最大級の貨物ターミナルとして栄えてきた。最盛期の1961年には年間360万トンもの貨物を取り扱っていたが、80年代から徐々に取扱量が減少。都心の一等地に17ヘクタールもの広大な敷地に加え、周辺の再開発計画もあり、2013年度末のダイヤ改正をもって廃止。140年の歴史に幕を下ろした。  高度経済成長期を支えた数々のシステムや建物は、静かにその役目を終えようとしている。何気なくそこにあった貨物列車も、徐々に縮小されていく運命を免れ得ない。上述の隅田川駅は、常磐線南千住駅に隣接しているので、近くに立ち寄ったら眺めてみてはいかがだろうか? 本書を読んで、貨物列車の歴史をひも解けば、無骨なコンテナ群もまた違った色を見せてくれることだろう。 (文=平野遼)

「人を殺すのは蚊を殺すのと同じ」土浦連続殺人事件・金川真大の仮面の下に潜む狂気

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『死刑のための殺人: 土浦連続通り魔事件・死刑囚の記録』(新潮社)
 凶悪犯罪者に対して、「彼は理解不能なモンスターなどではない」という言葉をよく耳にする。犯罪者を「普通の人」であると強調することで、「私たち」のこととして事件を探ろうとする取り組みだ。その場合、結論はほぼ決まっている。「社会の状況が、周囲の環境が、彼を事件に至らしめた。だから、凶悪犯罪者もまた、ひとりの『被害者』である」と。  なぜ、事件が起こってしまったか、どうすれば再発防止できるのかを考えるにあたって、そのような視線はとても重要だ。けれども、時折、この人は本当にただのモンスターなのではないかと思ってしまうような犯罪者もいる。読売新聞水戸支局取材班による『死刑のための殺人: 土浦連続通り魔事件・死刑囚の記録』(新潮社)に描かれた、土浦連続殺傷事件の犯人・金川真大の姿は、とても人間のものとは思えないのだ。  2008年3月、アルバイトもせずに実家に引きこもっていた金川は殺人を決意する。自宅近くで偶然出会った72歳の老人を殺害し、秋葉原へ逃亡。そして2日後、再び、自宅近くのJR常磐線荒川沖駅に姿を現すと、警察官を含む8人を殺傷し、うち1人が死亡した。逮捕後には「誰でもよかった」と供述する。  金川が犯行に及んだ理由はただひとつ、「死刑になりたいから」だ。彼は、失敗の可能性のある自殺という方法ではなく、確実に殺してもらえる死刑制度を利用するために9人の人間を殺傷した。通常、死刑判決は、2人以上を殺害した凶悪犯に適用される。逮捕後の金川は、死刑判決を下されるためには「殺した人数が少なかったのではないか」と怯えていた。  読売新聞の取材班が面会に訪れると、彼は、落ち着いた様子ではっきりと受け答えをしている。「多くの人はこの青年が9人もの人を殺傷したとは、すぐには信じられないだろう」と、取材班の中心メンバー・小林泰明は振り返っている。だが、新聞記者の観察眼は「一見して丁寧だが、無表情の仮面の下に、狂気が潜んでいる」ことを見逃さなかった。 「人を殺すのは蚊を殺すのと変わらないですね」 「ライオンはシマウマを殺すとき何も感じない。それが自然ということ。人間はそこに善だの悪だの持ちだしているだけ」  金川には、人を殺すことに対しての「悪」という感情がない。それどころか自分は常識に洗脳されておらず、「この世の真実に気づいた」人間だと豪語するのだった。裁判でも同様の言動を見せ、反省の欠片すら見られない金川。死刑になりたい、それだけが彼の希望なのだ。そして、望み通り死刑判決が下されると、金川は「完全勝利といったところでしょうか」とほくそ笑んだ。  小林ら取材班は、事件を追う過程で「金川の人間性を呼び起こす」ことを決意する。「浅はかだったと思わないのか」「被害者に対してどう思うのか」と金川を問い詰めて、反省の言葉を引き出そうと試み、学生時代の友人を連れて行った面会では、金川が涙目になったことから、その人間性が取り戻せるのではないかと期待した。だが、小林らがどんなに理解しようと近づいたところで、金川の心が揺れ動くことはなかった。教誨師も付けず、再審請求をすることもない。それどころか、金川は「なんで殺さない?」「6カ月以内に(刑を)執行しないのは法律違反だ」と、法務大臣に手紙を送り続けていたのだった。金川を「キンちゃん」という愛称で呼び、距離を縮めようとした拘置所の職員は、「生きたい、とは思っていなかったんです」と、拘置所内での姿を振り返る。そして、13年2月、東京拘置所の地下で金川真大は死刑に処された。  テレビのワイドショー番組のように「彼はモンスターである」として断罪することが安易なら、その逆に「彼はモンスターではない」「自分たちも彼と同じようになるかもしれない」と理解したそぶりを見せることもまた、安易なことなのではないか。本書を通じ、そのような感想を抱いた。犯罪者を理解し、犯罪者を人間として扱うこと、そこには何よりもまず人間としての心を持っているということが前提になるはずだ。しかし、「人を殺すことは蚊を殺すのと同じ」と悪びれなく発言する金川と、そんな前提を共有することはできるのだろうか。  30回を超える面会を行ったにもかかわらず、「金川の人間性を呼び起こす」という小林ら取材班の取り組みは徒労に終わった。もちろん、だからそこに「意味がない」と結論付けようとは思わない。ただ、凶悪犯罪者に向き合うというのは、想像を絶する困難が伴うものなのだ。  いったい、どうすれば、金川という人間を変えることができたのだろうか? どうすれば、犯した罪を反省させることができただろうか? その問いに答えないまま、金川真大はこの世を去ってしまったのだ。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])