安保法案可決も「“負けた”とは思っていない」高橋源一郎が“教え子”SEALDsと8時間語り尽くす!

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『高橋源一郎×SEALDs 民主主義ってなんだ?』(河出書房新社)
 9月19日、集団的自衛権の限定的な行使を容認した安全保障関連法案、別名「戦争法案」が、怒号が飛び交う中で強行採決された。わたしも採決の数日前に国会前で行われたデモを訪れたが、ともかく人、人、人だらけ。あまりの混雑で前にも後ろにも進めない中、10~80代ぐらいの幅広い年代の人々が共に“声を上げる”姿を見て、驚いた。バックグラウンドも違う日本人が力を合わせて活動する、という行為に感動すらした。  そして、この大群衆の先頭に立ち、トラメガを手に「戦争法案、絶対反対!」「安倍はヤメロ! ヤメロ! ヤメロ!」と叫ぶ、SEALDsメンバーを見て、あらためて驚かされた。テレビやネットでは見ていたが、表参道や青山にいそうなかわいらしい女子に、イケメン率の高い男子。これだけの巨大な人の渦を作り出したのが、彼らなのか。  SEALDsについては、すでにさまざまなメディアが「これが『SEALDs』の正体だ!」「中心メンバー奥田愛基の正体とは!?」などとあちこちで書き立てているので、サイゾー読者なら、おそらく何かしらの記事をすでに目にしたことはあるのではないかと思う。  良くも悪くもいろいろな“正体”が暴かれていると思うが、まったくイロのついていないSEALDsの素顔が見えてくる1冊が、『高橋源一郎×SEALDs 民主主義ってなんだ?』(河出書房新社)だ。これは、今年5月に発売された『僕らの民主主義なんだぜ』(朝日新聞出版)が10万部を超えるベストセラーとなっている作家であり、明治学院大学国際学部教授の高橋源一郎氏と、同学部4年の奥田愛基氏、同じく社会学部4年牛田悦正氏、上智大学国際教養学部4年の芝田万奈氏を中心とする、SEALDsの学生メンバーが、2日間、8時間をかけて「SEALDsってなんだ?」「民主主義ってなんだ?」を軸に語り合う対談集だ。  とくに、奥田氏とは大学入試の面接で出会ってからの付き合いだという高橋氏の、奥田氏を見る目はとても独特だ。「(奥田氏は)“野生”っぽかった。っていうか、本当に、学校教育を受けてきたんだろうか、と思った」とか、文章を書く授業では「惚れ惚れするような、変な文章を書いてくるんだ」と語り、社会や学校教育にまるで「洗脳」されたところがなく、異彩を放っていたのだという。  本書では、それぞれのメンバーがどういう家庭環境で育ったのかを含め、詳しい自己紹介から、そこからどうして「SEALDs」が生まれたのか、なぜデモを始めたのか、どういうふうにして今のデモの形になったのか、などの話が続き、合間、合間で、バイトでデモに参加できなかったなど、メンバー同士の大学生らしい話も出たりする。また後半では、高橋氏の講義のような形で、古代ギリシアの民主制にまでさかのぼり、民主主義とは何かをマジメにひもといていく。  先日、下北沢B&Bで行われたトークショーで高橋氏は、安保法案は可決されたが「決して“負けた”とは思っていない」と語っていた。 「政治学者の丸山眞男さんは、『政治運動や社会運動は“勝った”“負けた”ではない』と言っていた。運動をやることによって、法律を施行させなくすることに意味がある。実際、1952年に施行された破壊活動防止法も、法案は通ったが、反対の声が多くて長年使われていなかった。オウムの事件のときも使えなかった。これはどういうことかというと、社会がある法律に対してすごく反対したというトラウマが指導者に残るので、次回の選挙で落選したくない指導者はそうやすやすと施行できない。今回の安保法案も通ったけれど、いろいろと不備があることは指摘されているので、使おうとするたびに、みんなの記憶が蘇る。これが、社会運動が持つ、不思議な力なんです」(同)  本書は発売2週間ですでに7万部を超える大ヒットとなっているというが、続編『民主主義ってこれだ!』(大月書店)も、今月中に出版予定だという。  果たして、デモを通して学生たちがたどり着いた“答え”とは――。 (文=上浦未来)

ジャンルを越境する表現の自由を体現するルポルタージュ 昼間たかし『コミックばかり読まないで』

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『コミックばかり読まないで』昼間たかし(イースト・プレス)
「これのどこが亀頭なんですか!? ただのおっさんの頭じゃないですか!」  2007年頃だっただろうか、当時、某実話誌の編集者だった筆者は、営業部に内線電話をする編集長の失笑混じりの声を聞き、何事かと彼のデスクを覗いた。 「これ見てよ。営業部が、ここにモザイク入れろってさ」  編集長が見せてきたのは、とあるエロページの初校(印刷所から上がってきた第一校)だった。頭頂部ハゲのおっさんの後頭部が、“全裸の女性の股間付近にかぶり、おかげで女性のアソコがモザイクがないのに隠れている”という写真が掲載されたページである。 「『おっさんの後頭部が亀頭に似て卑猥だから、おっさんのハゲ頭にモザイク入れろ』って……」  なんてアホらしい、という表情の編集長だったが、結局オッサンのハゲ頭にはモザイクが入った。  その頃の私たちは、せっま~い世界ながらも、日々自主規制と戦っていた。表紙モデルにセーラー服を着せることができなくなり、「女子高生」という記述が「女子校生」ならOK、となった。男女のセックス写真が掲載される場合、局部のみのモザイクではなく、女性に触れる男性の体全てにモザイクが入るようになった。苦肉の策として、男性モデルに全身黒タイツを着せたこともあった。このあたりまでなら「そりゃそうか、“テープ綴じ(成人向けほどではないが、アダルトな内容を扱う雑誌に対して、立ち読み防止のためのシールで留めた雑誌)”じゃないもんな」と納得できた。  近年では、ベッドに白濁色の液体が滴っている写真はNG、上半身ヌードでのキス写真もNG、あげく、日本の芸術作品として世界中から評価されている春画にもモザイクが入った、なんてケースも聞いたことがある。  猥褻とは一体、なんなのだろう──。  このたびルポライター・昼間たかし氏が上梓した『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)には、前述のせっま~い世界での“亀頭事変”の火付け役であろう大本営の東京都と出版界との、“表現の自由”をめぐる攻防戦が詳細に記されている。  出版業界の自主規制システム。10年に出版界に衝撃を与えた「東京都青少年健全育成条例」をめぐる攻防。「しずかちゃんの裸は規制対象」との怪情報が混乱を招いた「非実在青少年騒動」の全貌。青少年課の課長や日本雑誌協会専務理事補佐、石原慎太郎や都議会議員などとの対話。数年にわたる昼間氏の取材によるルポルタージュは、もはや“戦いの記録”といっても過言ではない。  当然、<1999年の法施行以来、いくども続いてきた(児童ポルノの)所持をめぐる論争>が、<範囲を限定した上で所持を禁止するという形で、ひとまず決着を見た>という、14年6月に国会で成立した「児童ポルノ法改定案」にも言及している。お茶の間では「宮沢りえの『Santa Fe』は是か非か?」で話題になった、ソレである。  同時に、出版界における猥褻の歴史も追っている同書だが、今では考えられない過去を振り返っている。  日本では<1970年代から少女ヌードが多数量産されるように>なっており、当時、<少女ヌードは「芸術」の一ジャンルとみなされていて新聞社の後援で展覧会が開かれるような存在>であったという。  そして80年代前半にも、<数多くの雑誌が少女ヌードグラビアを堂々と掲載>しており、80年6月19日号の「週刊現代」(講談社)には「ふたごの少女11歳のメモリアル」というタイトルと共に少女ヌードが掲載されたという例も挙げている。 <子供の無毛の股間は猥褻と見られておらず、堂々と掲載させていた。陰毛があるから性的に興奮するわけで、少女の無毛の股間に性的興奮を覚えるものなどいない、というのがおおかたの認識であった>  契機が訪れたのは85年、「ロリコンランド vol.8」(白夜書房)が、わいせつ図画頒布容疑で警視庁に摘発されたことを発端に、<当局は「無毛の股間は猥褻である」と判断>されるようになったのだ。  さらにそういった志向が「変態」「ロリコン」であると拍車を掛けたのが、89年に起きた宮崎勤による「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」だったという。  猥褻は、ただそこにあるだけでは猥褻になりえない。誰かがある日突然、「猥褻」と決めて、初めて猥褻となるのだ。  だから営業部が、「おっさんのハゲ頭は亀頭だ! 猥褻だ!」とひとこと言えば、それすなわち猥褻なのだ。  この猥褻をめぐる問題のみならず、本書では10年に一大騒動となった東京都青少年健全育成条例をめぐる問題や、児童ポルノ法と表現の自由。さらには20年東京オリンピックと環境浄化へと進んでいく。何よりも注目すべきは、表現の自由をめぐる問題への取材はマンガやアニメ、アダルトメディアといった限られたジャンルにこだわるのではないということ。さまざまなジャンルを越境した取材は、映画監督の若松孝二、さらには猪瀬直樹や石原慎太郎へと続いていくのだ。  同書で昼間氏は、膨大な取材量でもって、そんな“現実”を教えてくれている。 (文=羽屋川ふみ) <トークイベント> 「コミックばかり読まないで」出版記念イベント 日本のサブカルチャーよ、何処へ行く。 http://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/date/2015/09/30 日時:2015年9月30日(水) OPEN 18:30 / START 19:30 料金:予約¥1800 / 当日¥2000(要1オーダー500円以上) 会場:ロフトプラスワン (東京都新宿区歌舞伎町1-14-7林ビルB2 電話:03-3205-6864) 【出演】 昼間たかし(ルポライター) 鈴木邦男(評論家) 宮台真司(社会学者) 塚原 晃(作家) 増田俊樹(登場人物) 有山千春(フリーライター)

年間20~30種類の新商品を生み出すのは、たった4人!? 「チロルチョコ」の秘密に迫る 

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『チロルチョコで働いてます お菓子メーカーの舞台裏お見せします』(KADOKAWA)
 『チロルチョコで働いています』(KADOKAWA)は、チロルチョコ株式会社の企画室に配属された新人女性社員を主人公に、お菓子メーカー企画職のリアルが描かれたコミックエッセイだ。  帯には「チョコづくりのお仕事は甘くないっ!」とある。チロルチョコは、1粒20~30円の低価格なお菓子。薄利多売でやっていくため残業しまくり、ストレスで人間関係もギスギスして心身ともにズタボロ……そんなブラックな暴露話を想像したが、全然違って素敵でハッピーなお仕事だった。  チロルチョコが出している新商品は、なんと年間20~30種類。それを生み出しているのは、企画室のたった4人というから驚く。うらやましいのは、お菓子を買うのも仕事のうちであるということ。味やデザインの参考にするため、毎週30以上の新商品を試食するのだ。  新商品がコンビニに並ぶ毎週火曜日の朝に、買い集めに行く。お菓子を食べることがお給料につながる……いいなあ。  本書では「チロくま」という白熊アイスのチロルチョコの開発秘話が紹介されているのだが、そのパッケージデザインのこだわりがすごい。ただ素材をデザインするのではなく、新しいキャラクターを作るところから始まる。白いクマちゃんのキャラが誕生し、そのクマちゃんが片手に白熊アイスを持っているデザインがやっとのことで決まる。  さらに、クマちゃんが手に持つアイスをイラストではなく写真にするため、フードコーディネーターにアイスを作ってもらい、プロカメラマンに撮影してもらう。あとで合成して調整するために、みかんやパインなどパーツごとの写真まで撮るのだ。あんなに小さいチロルチョコのほんの一部であろうとも、とことんこだわる姿勢に心を打たれる。そこまでしても全国会議で営業担当者に「包み紙はパッと見て味がわかるようにしてほしい」とダメ出しが入るのだ。  まさに、チョコづくりのお仕事は甘くないっ! だ。そんな苦労を乗り越えたチロルだけが、お店に並んでいる。ああ、けなげなチロル。愛おしいやつ。  パッケージのこだわりは、まだある。チロルチョコは同じ商品で、複数のデザインを使用している。並べると牛の柄が完成する「ミルク」や、麻雀牌風デザインの「杏仁豆腐」、100個に1個の割合でキャラクターがピースをしている「アーモンド」など、遊び心にあふれている。箱がハロウィンのお面やすごろくになって遊べるように工夫されている催事企画品という特殊パッケージもある。  チロルチョコ株式会社の社是は「楽しいお菓子で世の中明るく」だそうだ。とことん商品開発にこだわるのも、人を幸せにするためなのだ。なんて素晴らしい会社だろう。  就きたい仕事が見つからないのだから働かなくてよい、という理由で就職活動を一切しなかったが、過去に戻って学生時代の私にこの本を読ませ、チロルチョコに入社志望させたい。  チロルチョコで働かせてください!  しかし、そんな願いはかなうわけがないので、チロルを食べて幸せにしてもらうほうを担当します。 (文=ナカダヨーコ)

ライバルや有識者は徹底排除! 「トラもハエもたたく」習近平“強権政治”はいつまで続くのか『十三億分の一の男』

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『十三億分の一の男』(小学館)
 2012年11月に、中国共産党の最高職である中央委員会総書記に任命された習近平。政権発足から3年あまりが経過し、その権力は拡大する一方だ。これまで、「トラもハエもたたく」と表現する反腐敗キャンペーンを敷き、胡錦濤の側近であった令計画をはじめ、周永康、薄熙来といったライバル高官たちを次々と失脚させ、ジャーナリスト、弁護士なども粛清の対象としてきた。  昨日まで権力者として大手を振って歩いていた男が、次の日には犯罪者となることは、中国では日常茶飯事。中国の歴史は、権力闘争によって紡がれてきたといっても過言ではないだろう。そんな権力闘争の内幕を、習近平を中心として描いたのが、ジャーナリスト・峯村健司による著書『十三億分の一の男』(小学館)。彼は、中国人の権力欲を「彼らのDNAの中に埋め込まれているとさえ思えるほど、権力への強い執着心を感じずにはいられない」と語る。  もともと、習近平は、将来を嘱望された人物ではなかった。  同年代のライバルとしては、胡錦濤の側近であり、若くしてその名を知らしめていた李克強がおり、彼が国家主席の座に就くと目されていた。一方、副首相であり周恩来の側近として活躍したものの、文化大革命で失脚した習仲勲を父に持つ習。清華大学化学工程部を卒業し、軍高官の秘書として党中央軍事委員会弁公庁に勤務した後、廈門副市長、福州市党委員会書記、福建省長など地方回りを重ね、党中央候補委員となったのは1997年のことだった。当時、習の序列は中央委員候補の名簿の中で、151人中151番目。「この時点で、総書記の座から最も遠い『幹部候補』だった」と、峯村は記す。ライバルの李克強は、この時点ですでに格上の中央委員会入りを果たし、「ポスト胡錦濤」の名を欲しいままにしていた。  「ポスト胡錦濤」と、最下位の幹部候補。その序列が転覆したのは、2007年のこと。新指導部のお披露目会見で、李の序列は7位、一方の習の序列は6位とまさかの逆転劇を果たしたのだ。この会見の直前に、胡錦濤が主催した内部会議の結果、胡錦濤の勢力拡大を危惧する「上海閥」と「太子党」グループが李を警戒し、共闘して李克強を追い落としにかかった。 「出世競争が厳しい中国共産党内においては、トップに近づけば近づくほど、反発や批判を受けやすくなる。仮に100人のライバルの中でトップに立った瞬間、追い落とそうとする99人から攻撃の標的となるのだ」(本書より)  30年以上にわたり、トップに立っていた李が引きずり落とされ、その座に居座った習。そのせいか、最高指導者就任直後は「最弱」「中国の終焉」という言葉がメディアをにぎわせていた。しかし、無能な人間が13億人のトップに立てるわけがない。彼は、最高指導者就任後、前例のないほど積極的にライバルを追い落とし、江沢民や胡錦濤の影響力を排除。もはや、その政権基盤は盤石という見方が強い。本書では、中国政府関係者のこんな話が取り上げられている。 「私は、習近平氏はある面では、鄧小平の力をすでに超えたと思っています、当時の鄧は役職としては軍のトップという立場しか持っておらず、さらに手強い保守派の重鎮が居並んでいました。でも今の習氏は党・軍・政府のすべての権限を握っており、抵抗しうるライバルも見当たりません」 次  しかし、峯岸はこれから習が直面するであろう危機を予測する。  不満分子による暗殺や、さらには経済成長の鈍化、貧富の格差といった経済問題など、習近平政権を取り巻くリスクは山積みだ。中でも、粛清によって党内は萎縮化しており、家族や愛人たちを賄賂で稼いだ資金とともにアメリカへと移す動きが政府高官の中で加速している。本書によれば、10年間で14兆円あまりの資産が最大のライバル国へと流出してしまったという。習政権の発足後、党員たちは「自分の番」におびえながら、来るべき「その時」を前に入念な準備をしているようだ。  はたして、熾烈な権力闘争を生き抜いてきた習近平は、今後どのようなかじ取りを行っていくのだろうか? 政界、財政界、国外、国内、と最高指導者の寝首を掻こうとする勢力は、至るところに存在している。一歩、かじ取りを間違えれば、習自身の立場も危うくなることだろう。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

子を殺すか自分が死ぬか――知られざる精神障害者家族の実態『「子供を殺してください」という親たち』

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『「子供を殺してください」という親たち』(新潮文庫)
 7月15日にTBSで放送された『水トク!「THE説得」』。精神障害者とその家族を特集したこの番組では、統合失調症や引きこもり、家庭内暴力など、精神的に問題を抱える人々が次々に登場した。  その多くが、20代から40代にかけての大人だ。彼らは、社会にうまく溶け込めず、家族とも長い間、関係を作れないままだ。  しかし、そこには我が子を想う親の「なんとかしなければならない」という言葉はなく、ただただ「子供と絶縁したい」と考える親たちが大勢映し出されていた。  この番組に登場するトキワ精神保健事務所の押川剛。精神障害者を抱えた家庭からの要請で、障害者本人と向かい合って説得し、病棟への移送を承諾させる、説得のスペシャリスト。そんな彼が記したのが『「子供を殺してください」という親たち』(新潮文庫)である。  本書は、精神障害者を説得し、当該の施設にまで運ぶ「精神障害者移送サービス」に携わる著者による体験談と、精神保健福祉への問題提起がテーマとなっている。ゴミ屋敷となった家で初老の母親を奴隷のようにして生活する女性、交際していた女性と破局してしまったことが原因で家庭内暴力を振るうようになってしまった男性、親の金を無心し続ける40代の男性など、様々な障害者が登場する。 「精神障害者移送サービス」というのは、自分に病識(自身が病気であること)がない精神障害者を家族や親類に代わって病棟まで移送する仕事で、古くは警備会社やタクシー会社がその業務も行っていたという。多くの場合、精神障害者は、人として扱われることはなく、両脇を締め上げられて連れて行かれたり、す巻きのようにして身動きの取れないまま車に放り込まれたりしていたという。  結果、本人たちは家族を逆恨みして、ある日施設から脱走したと思ったら家族全員を殺してしまったりなど、重大な刑事事件に発展するケースが絶えなかった。  そんな状況を見かねて1996年に押川氏は、精神障害者移送サービス「トキワ警備」をスタートさせ、続けて精神障害者の社会復帰を目指す事業「本気塾」を開く。  ところが、そこからが苦難の連続だった。患者たちは身勝手に放浪したり、目の届かない場所で第三者を巻き込んだ事件を起こしかねないため、集団で就業でき、かつ送り迎えが可能な職場を探さねばならない。押川氏の元に集まったスタッフと共に、塾生の社会復帰のため、毎日電話をかける日々が続く。やっとの思いで見つけた職場でも、理解を示してくれた職場の先輩を殴る事件を起こしてしまう塾生もいた。  なぜ押川氏は、そこまで彼ら「精神障害者」に根気よく関わっているのか? それは、病棟に隔離された障害者たちと心を通わせた経験があるからだという。押川氏が中学生だった当時、通学路に隔離病棟があった。それは今ほど厳重に囲われていたわけではなく、怖いもの見たさから、その小さな窓から交流を始めた。入院患者のほとんどは自分の父親と同じくらいの年齢で、彼らから「坊主」と呼ばれ、たばこや食べ物の使いっ走りをして交流を深めた。  押川氏が地元を離れて上京する時には、塀の中の障害者たちは涙を流して悲しんでくれた。以来、家族から、拒絶され一人で死んでいく障害者と、慈愛ともいえる思いで接している。  一方で、精神保健福祉の現状を記しており、障害者のケアよりも利益を優先させる業界の空気を強く糾弾している。多くの病院は3カ月経過すると半強制的に退院させ、ベッドの回転率を上げることで利益を生み出す。そういった病院は儲かるが、ちゃんとした治療は行われることはない。利益度外視で運営する病院は、設備も古い中で、困窮しながら運営しているという。  一度退院してしまうと、再度受け入れ先を探すことも困難になってしまう。問題を起こした障害者のブラックリストを、病院同士が共有しているためだ。そして、また家族が苦しむ日々に逆戻りとなってしまう。  障害を持つ子どもばかりに問題があると考えがちだが、子供がそうなってしまった原因は、ほとんどの場合親にあると押川氏は断言する。障害を持つ子供と共依存してしまって、自身に原因があるとは全く気づかない母親や、子供に対して無関心で形だけの相談をし、あとは子供が死ぬのを待つだけという金持ちの親、子供に障害があるということを認めなくないからと、押川氏を逆恨みする親。  そんな身勝手な親からこそ、「子供を殺してください」という言葉が吐き出されるのだ。それは「懇願」だと押川氏は明かす。それでも彼は、そんな親子のために活動を続ける。

「池井戸潤をガードせよ!」担当編集がスクラムを組む「江戸川乱歩賞」現場の異様ぶり

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 9月10日、第61回「江戸川乱歩賞」授賞式が帝国ホテルで行われたが、『半沢直樹』(TBS系)、『民王』(テレビ朝日系)、『花咲舞が黙ってない』(日本テレビ系)などのドラマ原作で一躍、時の人となっている池井戸潤の周辺は異様だった。  第44回受賞者の池井戸はこの日、選考委員としての出席だったが、編集者らが周囲をガードマンのようにスクラムを組んで取り囲んでおり、名刺ひとつ渡すことができない関係者もいた。  池井戸は『半沢直樹』の高視聴率でブームを巻き起こし、シリーズ最新作『ロスジェネの逆襲』(文藝春秋)も100万部突破する人気作家だけに「他社に仕事の交渉をさせたくない連中がガードを固めていたのでは」と出版プロデューサー。  本来は受賞した呉勝浩が主役であり、選考委員にも妊娠を発表した美人作家の辻村深月ほか、石田衣良や有栖川有栖ら人気作家もいたのだが、ドラマメイカーにもなった池井戸だけは別格のようで、現場では接触を図りたい編集者やテレビマンが必死に食らいつこうとしていた。場内には名刺さえあれば入れるとあって、賞に無関心でも、池井戸との接触目当てで来場した者がいたようだ。  あるテレビマンが池井戸に話をしようと近づくと、編集者が「ちょっと今、大事な話をしているので、後にしてくれませんか」と、まるでマネジャーばりに袖を引っ張って妨害。これには「別に引き抜きを画策していたわけじゃないのに、雑誌編集者と勘違いされたようだ」とテレビマン。 「とはいえ、『花咲舞が黙ってない』も視聴率は平均14~15%と好調ですから、僕らテレビマンにとっても、池井戸さんはビジネスしたい作家なんですよね。ドラマ制作現場はアイデアが枯渇していて、人気作家の原作に頼る傾向はますます強くなっていますし」(同)  実際、この江戸川乱歩賞受賞作は、後援するフジテレビでのドラマ化が定着。そのため、ベテラン作家からは「映像化ありきで、作家がハナからドラマ化しやすい作品をエントリーするケースが増えている」という嘆きも聞かれる。  今回、受賞した呉の『道徳の時間』も、陶芸家の殺人事件現場に残された謎のメッセージをめぐってビデオジャーナリストが過去に起きた事件との奇妙な一致を見つけ、事件の真相に迫るという、まさにドラマ向きのストーリーだ。同作品について池井戸氏は「文章がよくない。大げさな描写は鼻につくし、誰が話しているかわからない会話にもイライラさせられる。さらに、最後に語られる動機に至っては、まったくバカバカしい限りで言葉もない」と酷評。受賞にも反対を表明していたというが、口の悪い出席者からは「池井戸さんは、自分の座を脅かしそうな存在を排除したかったんじゃないの?」なんて声も聞かれた。  又吉直樹のデビュー作『火花』(文藝春秋)が選ばれた芥川賞については、不振が続く出版業界の“思惑”による話題性重視の傾向が指摘されているが、こちら江戸川乱歩賞もビジネス優先で、テレビ向け作品を求める関係者の思惑が錯綜していたようだ。 (文=和田修二)

「小鳥が来る街」でゴミ出しせな! 知られざる『大阪のオバちゃん』の生態とは

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『大阪のオバちゃんの逆襲』(言視舎)
 30代の人間にとって、大阪のおばちゃんのイメージは、『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ)で放送されていたコント「おかんとマー君」によって決定づけられている。せっかく彼女を家に連れ込んできたのに、「出て行け」と言っても部屋に居座ろうとするおかん、ダサいTシャツを買ってくるおかん、エロ本を見つけて「あー怖っ!」と叫ぶおかん、関東人にとってはコントのキャラの一つだが、関西の友人いわく「あんなおばちゃんばっかりやで」ということ……。関西の人々は、(さすがに過剰ではあるけど)「あるあるネタ」として受け取っていたようだ。  大阪のおばちゃんは、関東人にとっては未知の存在だ。そんなおばちゃんたちの生態を記したのが『大阪のオバちゃんの逆襲』(言視舎)だ。筆者の源祥子は、地元大阪でコピーライターとして活躍後、シナリオライターに転身するために40歳を過ぎて大阪から東京へと転居してきた。そして、地元大阪を離れてまじまじと感じたのが、大阪のおばちゃんの特殊さ。本書では、親友への手紙という形式を使いながら、大阪のおばちゃん像を解き明かしていく。  ヒョウ柄のスパッツを履き、トラの顔がでかでかとプリントされたTシャツを着ながら、さすべえのついた自転車で買い物に出かける大阪のおばちゃん。スーパーでは、初対面の人間に「今日何作りはんの?」と声をかけ、バッグの中には常に「飴ちゃん」を携帯している。上沼恵美子を「神」と崇め、月亭八方がロケをしていれば「元気にしてたん?」とさも親戚のように話しかけ、バシバシと身体を叩く。もちろん、「関西のロイヤルファミリー」である西川きよし師匠をはじめ、忠志、かの子、そしてヘレンのファミリーたちの動向はかかさずチェック。夏には、河内家菊水丸の河内音頭で踊るし、島倉千代子の「小鳥が来る街」を聞けば、ゴミを出さずにはいられない。音楽のない東京のゴミ収集車を見て、筆者は「ほんま東京のゴミ収集車、愛想ないわぁ」と嘆いている。  そんなディープな大阪のおばちゃんたちだが、筆者の源は、全国に誤解される大阪のおばちゃんのイメージを訂正することも忘れない。  大阪のおばちゃんが商品を値切るのは遊びの一種であり、スーパーやコンビニのレジでの支払いでは「まけて」と言うことはない。しっかりとTPOをわきまえて、場を盛り上げるために「値切る」という方法を活用しているのだ。大阪のおばちゃんの髪型はみんなが紫色だったりパンチパーマというわけではなく、ヒョウの顔が書かれたTシャツと、ヒョウ柄のファッションではおしゃれ度が違うと主張する。関東人である私には、あまりその違いは分からないが……。  他の地域の人々には全く理解できない大阪のおばちゃん。しかし、筆者の分析をもとに見ていくと、彼女たちも、決して理解の及ばないモンスターではないことがわかってくる。いや、むしろ、彼女たちは人情味が熱く、人を喜ばせるのが大好き、日本の中でも最も人生を楽しんでいる人々であるようだ。  源はこう語る。 「人生で大切にしてるんは、美味しいもんと、笑顔と笑い声。あと、衣食住関係なく、安うてお得なもんを発見すること。なにかと辛気臭い話題の多いこの世の中で、できるだけ楽しいこと、おもろいことに目を向けて笑って生きていこうとするそのパワフルさ。(中略)一億二千万人が真似したら、きっと日本は何かが変わるんちゃうかと思うんよ」  そのポジティブさ、そのおおらかさを真似できれば、確かに日本はもっと楽しく、パワフルな国になり、社会はもっと暮らしやすくなることだろう。でも、日本のおばちゃんが全員バシバシ人を叩いたり、「あんたそれなんぼ?」とズケズケと踏み込んでくるのは、他地域の人間としてはやや困りもの。  ぜひ、ほどほどに、参考にしてほしい。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

北朝鮮、サウジアラビア、コンゴ民主共和国……独裁国家はどんな国!?『独裁国家に行ってきた』

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『独裁国家に行ってきた』(彩図社)
 独裁国家といえば、古くはナチスドイツのヒトラーや旧ソ連のスターリン、現代でいえばお隣北朝鮮の金正恩など、人を人とも思っていない冷酷非道な指導者がパッと浮かぶ。だが、そんな恐ろしい独裁者イメージがつきまとう国々に行ってみたいと思う人などそうそうおらず、実態は謎である。『独裁国家に行ってきた』(彩図社)は、そんな独裁国家の旅行記だ。著者のMASAKI氏は、旅を仕事にすべく世界各地で買い付けをするアパレルバイヤーとして稼ぎながら、なんと204カ国に訪れ、世界をあちこちと飛び回る奇跡の旅人で、治安上や宗教上の理由で入国困難な独裁国家へも、執念ともいうべき粘着力とお金をかけて訪れている。  本書で紹介されているのは、全部で15カ国。大統領の気分次第で法律が決まるトルクメニスタン、独裁政権に終止符を打ち、新たな国づくりに湧くリビア、おなじみの北朝鮮、ハイパーインフレを起こして経済崩壊中のジンバブエ、イスラム教徒の聖地サウジアラビア、警察までもがカツアゲに勤しむベネズエラ、日本人観光客も多い超アナログ国家キューバ、ロシアとの統合を夢見るベラルーシ、勝ち組独裁国家のシンガポール、かつての資源大国ナウル、世界で最も残虐な国のひとつコンゴ共和国・コンゴ民主共和国、世界一幸せな国ブータン、復興の兆しが見えないリベリア、情勢が泥沼化するシリアと、いかにもな超危険な独裁国家から、これも独裁国家なのかと驚くほど先進的な国まで、幅広いラインナップで、とにかくすべてに読み応えがある。  入国できるんだ、と驚かされる国もいくつもあり、事実上イスラム教徒以外は入国拒否のサウジアラビアでは、滞在に許された時間はたった48時間。酒を飲むと鞭打ち80回の刑を受ける国で、ノンアルコールのバドワイザーを飲み、非ムスリムでありながら、聖地メッカを目指し、イスラム教オンリーエリアへと突入していく。また、超危険地帯・元ベルギー領のコンゴ民主共和国では、事前にきちんとビザを取得しているにもかかわらず、入国時に賄賂目的で警察の詰所へ連行。荷物をまさぐられたり、パソコンを床に落とされ、警察官は「ここはコンゴ民主共和国だ! ポリスを尊敬しろ!」を連呼するばかり。「すべての現金を見せろ!」と言われて反抗すると激高し、集団リンチ状態へ……。そのやり方は、かつて自分の元妻を蹴って死なせたり、逆らう者は容赦なく殺してきた前モブツ大統領がやってきた独裁国家そのままの悪夢を体験。  その一方で、規制と罰金で見事な経済成長を遂げ、何もかも整いすぎたシンガポールや、現在、鎖国状態だからこそ意外にも一般市民はいい人だらけの北朝鮮など、行ってみなければわからない独裁国家の実態も。凡人には知り得ないけれど、知るべき世界がここに! (文=上浦未来) ●MASAKI 1981年7月29日愛知県生まれ。札幌大学卒業。旅をしながら飯を食う方法を模索して現地で買い付けたものをヤフオクで転売するなどして稼ぎ、世界204カ国を回っている旅人。海外専門ツアコン、旅行ライター、雑貨・アパレルバイヤー、モデル、旅行評論家などの活動を通して、テレビ、ラジオなどメディア出演多数。世界旅行の楽しさを多くの人に知ってもらうため、全大陸に宿の設立を計画中。

デモに何万人集まっても世の中が変わるワケない! 本気で革命をしたい人のための2冊

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『思想としてのファシズム』(彩流社)
 気がついたら、どこかでデモが行われるのも当たり前の時代になってきた。  脱原発・安保法制・反ヘイト・行動する保守等々、思想は無数で催しも全国津々浦々で星の数ほど。新聞やテレビでも、そうした報道を目にすることは多い。  けれども、社会のさまざまな問題に興味はあっても、そうした活動には背を向けている人も多いのではなかろうか。就職ができなくなるとか、個人的な問題で背を向けているのではない。 「あんなぬるいデモやらなにやらで、世の中が変わるはずなどない」  そう。今の「社会運動」と呼ばれるものは、ものすごくスケールが小さい。護憲か改憲かというテーマは大きく見えるけど、単なる国民国家の内輪の話ではないか。 「そんなセコイことやってられるか! 俺たちが変えるのは世界なのだ」  世界革命か最終戦争かは知らないけれど、巨大なオトギバナシを夢想する人々にとっては、憤懣やるかたない時代。  しかし、いよいよデモなんてやったところで、なにも変わらないという真実に目覚める人が増えているのか? 本気で世界を変える意志を語る本が相次いで刊行されている。  その筆頭が千坂恭二『思想としてのファシズム「大東亜戦争」と1968』(彩流社)だ。  この本は、10代でアナキズムの思想家として注目を浴びた千坂氏の43年ぶりになる新著だ。「中野正剛と東方会」に始まり、さまざまな視点から、今では多くの人々が「絶対悪」だと思い込んでいるファシズムを捉え直そうとする本書。中でも「世界革命としての八紘一宇──保守と右翼の相克」では、天孫降臨から神武天皇の東征を語り、こう記す。 <驚くべきことに神武の東征革命軍は、ニニギ的外部注入論によって組織され、畿内大和の保守勢力を制圧し、在地の改革国家ではなく、外部による革命国家を樹立し、八紘一宇としての世界革命を志向したのである。>  つまり、日本は建国以来、世界革命を目指す革命国家だというのである。なんと痛快なことか! 膨大な知識を用いて記される文章は、千坂氏を知らずに読む人にとっては相当の決意がなければ大変な作業かもしれない。そんな人にはまず巻末に収録されたロングインタビューから読むことをおすすめしたい。ここでは千坂氏の生の声で、さらに鋭い切れ味を感じることが出来る。大東亜戦争の本質について「アングロサクソン帝国主義秩序の粉砕です。日本人は戦後洗脳されたのです」と語り「戦後の皇室は、敵の捕虜になっているようなものです」とまで言い切る千坂氏は、現代において革命家は現れうるか? という問いにも強烈な一言を放つ。 <今は革命家というのは犯罪者と病人以外には存在しないかもしれません。(中略)何かわけわからないけれども現代が気に入らない、もやもやしている、くそう、許せない、レンタカー注文して、秋葉原で人をひいてやろうと、こういう計画性のない人間にしか無理なんです。>  一連の文章の中で千坂氏は「立ち上がろう」とも「革命を起こそう」とも鼓舞したりはしない。しかし、行間からは選挙で選ばれたり、論壇で有名になった者たちが「影響力」を持ち体制内での改革に終始してしまうことへの批判がにじみでているような気がする。ページをめくるごとに既存の体制が幻想に過ぎないという思いは明確になり、読む者を「世の中をひっくり返してやろう」という決意へと導いていく。そして、そうした決意を持っていても間違いじゃなかった。異常者・病人よばわりするなら、勝手にしやがれ! という信念までもが生まれていくのである。
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『現代暴力論 「あばれる力」を取り戻す』(角川新書)
 さて、そんな既存の体制という幻想に対する怒りをもっとストレートに記したのが栗原康『現代暴力論 「あばれる力」を取り戻す』(角川新書)だ。  まず、何がすごいかといえば、本郷あたりの社会科学系書籍が専門の出版社じゃなくて、KADOKAWAから出版されているのが信じられないくらい、強烈な主張が綴られているのである。著者の栗原氏は現在、東北芸術工科大学非常勤講師の職にあるという。とてもそれだけでは生活が成り立たないと思ったら、本人が「はたらかないで、たらふく食べたい」「年収は100万円にもみたない」と記しているから、正直すぎて信用できる。  同時に、もしや栗原氏は虎ノ門事件で摂政宮(後の昭和天皇)を暗殺しようとした難波大助が狂人と思われないように第三高等学校を受験したエピソードにならって、何か世の中が仰天するようなたくらみのために、非常勤講師の職についているのではないかと思ってしまった。それほどまでに栗原氏は、ひらがなを多用した独特の文体で既存の社会運動に対する怒りと諦観を表現し、暴力を肯定する。 <「これでデモができなくなったらどうするんだ。おまえらのせいで再稼働をとめられなくなるんだぞ」。わたしたちは、なにかわるいことでもしているのだろうか。なんだかひどい負い目を感じさせられる。>  そう、今渇望されているのは、こうした本音なのだ!  新しい社会運動などと称するものの権力性を批判する言葉は新鮮だ。それ以上に栗原氏が研究している大杉栄の文章を引きながら語られる米騒動の解説などは、まるで見てきたかのように軽快に楽しく語られる。「暴力論の教科書」として紹介される『水滸伝』の解説など、相当楽しすぎたのか「竹中労の『黒旗水滸伝』ではない」なんて書いてある。  いくら読者が限定されそうな本だからって、ここで何人が笑うんだ! 思わず、二重橋の前で陛下に一礼した後に「チェストー」とやりたくなるではないか!(意味がわからない人は『黒旗水滸伝』を読んでください)  もちろん栗原氏も「べつにいまテロリズムをやろうよとか、そういうことがいいたいわけじゃない」とは書いている。でも、同時に物を壊したりも人を殴ったりも、警察にくってかかったりもしないデモを「おわっている、死んでる」と、ぶった切る。おそらくは、知識人やらに持ち上げられる、ピースフルな運動がやがて犯罪者か病人のひと暴れによって粉砕され、本当の祝祭としての暴動がやってくる未来を見ているのであろう。  革命か維新か最終戦争か。そんなものが、いつやってくるかは、わからない。でも、この2冊の本の登場は、体制内の社会運動などに満足せず世の中を変えたいと願い、スタンバイする人々が増えていることを示しているだろう。  夏も終わる。紅燃ゆる反逆の血潮が匂う秋がやってくる。俺たちの真の敵は「時代」だ。 (文=昼間たかし)

「100%客の要求に応える」世界一の“性都”東莞の狂乱と中国の歪み『中国 狂乱の「歓楽街」』

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『中国 狂乱の「歓楽街」』(KADOKAWA)
 2014年2月、中国広東省の都市・東莞(とうかん)で、売春の一斉摘発が行われ、中国全土に激震が走った。売春が非合法とされているとはいえ、暗黙のうちに行われている事情は日本と変わらない。にもかかわらず、「激震が走った」のは、この東莞が中国一、いや、世界一の“性都”として知られている街だったからだ。では、いったいそこではどのような売春行為が繰り広げられていたのだろうか? この事件を中心に、中国の深い欲望を解き明かすのがジャーナリスト・富坂聰氏による『中国 狂乱の「歓楽街」』(KADOKAWA)だ。  もともと、香港や深センにほど近く、マカオとは隣同士という地の利を得て、90年代以降から急速に発展した東莞。そこには、経済特区である深センからあふれた資金が流入し、外国企業の工場が多数進出する。さらに、その工場の労働者として若者たちが農村部から多数流入し、安い賃金に耐えられなくなった女性たちの一部は、工場よりもはるかに実入りのいい売春に手を染めるようになっていく……。このような流れから、東莞では風俗産業が花開いていったのだった。  しかし、これらの条件だけでは中国の他の都市と事情は変わらない。東莞が「世界一の性都」として発展していった要因は、「東莞ISO」と呼ばれたそのクオリティだ。東莞でナイトクラブを経営していた男は、富坂のインタビューにこう証言する。 「100%客の要求に応えるというのが東莞の基準だったんだよ。どんなサービスでもできますよ。しかし『お値段も頂きますよ』というのが東莞のスタイルだったんだ。世界の金持ちたちが集い、世界一の遊びを満喫する。それが東莞という街だったんだ」  独自基準によって、その名が響き渡ることで、対岸のマカオをはじめとして、世界各地から外国人売春婦たちが次々と東莞に上陸していった。売春婦の数は100万人を超えていたといわれ、その中には、日本人の売春婦の姿も見られたという。東莞は、金さえ払えばなんでも実現できる性風俗のメッカだったのだ。しかし、一部の富裕層だけが東莞を楽しんだわけではない。一晩100万円以上の高級コンパニオンがいる一方で、工場労働者相手に数十元で身体を売る売春婦まで、この街はさまざまな男たちの欲望に応えてきた。中国人も日本人も、外国人も、金持ちも貧乏人も、東莞の夜を前にすればすべての人々がその欲望をさらけ出した。    だが、その栄華はある日突然終わりを迎えた。この街の風俗の実態を暴くドキュメンタリ番組が中国中央電視台(CCTV)によって放送されるや否や、公安当局は6,000人以上の警察官を動員する前代未聞の摘発に乗り出したのだ。世界一といわれる歓楽街も、この動きに対抗することができず、東莞の風俗産業は壊滅。GDPに対する貢献度のうち、20%を占めていたといわれる性風俗産業の火はあっけなく消えてしまった。  摘発後、東莞の街は、死んだように静まり返り、売春の舞台として使用されていた5ツ星高級ホテルでも閑古鳥が鳴くありさまに。東莞を追われた100万人の売春婦たちは、中国の各都市へと散り散りになっていった。しかし、摘発から数カ月もすると、彼女たちは再び東莞に戻りつつあるという。他の都市では売春に対する視線はとても厳しく、売春婦を狙った殺人事件も横行している。東莞という街は、買春をする男性にとってばかりでなく、売春婦にとってもまた居心地のいい場所だったのだ。  中国国内では、東莞摘発の発端となったCCTVに対してこんな非難の声が上げられているという。 「なぜこんな弱い者いじめをするのか。メディアはもっと大きな悪を追求すべきじゃないのか」  この摘発が、たびたび「強権政治」と評される習近平政権の意向が反映されたものであることは想像に難くない。中国は、売春に対してこのまま規制の動きを強めるのか? それとも、必要悪と認め、黙認せざるを得なくなるのだろうか? どんなに規制が強化されようとも、世界最古の商売といわれる売春がなくならないことは、洋の東西でさまざまな国の歴史が証明している。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])