テレビの特番などでたびたび取り上げられる“万引きGメン”。スーパーや家電量販店でのさばる万引き犯を、ジッと監視し決定的な瞬間を待って捕まえる。現在も万引きGメンこと保安員として日夜窃盗犯の捕捉につとめる、伊東ゆうの著書『万引き老人』(双葉社)は、万引き犯となった高齢者、“万引き老人”の実態にせまったルポだ。 特売品が売り切れていたことに腹を立て、万引きをした老女。保安員の手から逃れるため、車を急発進させた。思わず保安員をひいてしまうところだったが、「なんなんですか?」と言ってのける厚顔ぶりだ。最終的に警察に引き渡された老女は、翌日夫と思われる男性と店に謝罪に来た。 ところが、老女は今回の件で仕事がクビになったと怒鳴り散らす。保安員を危うくひきそうになったことを初めて知った夫は、長年連れ添った妻に対して「もう、お前死ね……」とうなるようにつぶやいた。 窃盗は共犯になると罪が重く、即時逮捕となる。伊東が捕捉した実行犯のとある老婆は、見張り役の男性を「ご主人様」と呼んでいた。話を聞くと、老婆は少し前までホームレスで、見張り役の老人に拾われたという。拾ってやった見返りに万引きを強要されたと語る。「ほんと、奴隷みたいな生活なのよ……」。証拠不十分で逮捕にならなかった老婆は、男性に引き取られた。 また、この老婆のようなホームレスを利用して収入を得る“万引き商人”も存在する。ホームレスが万引きした商品を安く買い取り、それを別のホームレスに高く売ることで収入を得る。その地域では、スーパーよりも安く購入できると主婦たちも盗品を買っていたそうだ。 万引きの動機は、「生活の困窮」、「店舗への腹いせ」「寂しいから」などがおおよその理由だが、伊東が出会ってきた万引き犯の中にはそうではないケースもある。 出刃包丁を万引きした60代の女性は、自殺を図るために包丁を盗んだと語る。嗚咽をもらす女性に伊東が事情を聞くと、仕事一筋で生きてきた彼女は、会社が倒産したことに絶望し自殺を決意。「ここで自殺したら、生命まで会社に捧げることになっちゃうじゃない」伊東はそう言った。 2年後のある日、伊東はこの女性と再会。顔色は明るくなり、伊東をみかけるや「あなたに捕まえてもらって、本当によかった」と手を強く握った。保安員をしていて心が晴れた経験だったという。 年々、万引き認知数は減少傾向にある。しかし、実際は所轄の警察が被害届を出されることを拒否したり、万引き犯の身寄りがないなどの理由から厳重注意で終わってしまうことがほとんどだ。「謝れば許される」「買い取れば許される」という認識から万引きが繰り返され、手口の悪質化が進んでいる。 一方で、保安員は命懸けだ。万引き犯に声をかけたところ刺殺されてしまったり、逃げ出す車にはねられて死亡した保安員もいる。また、業務をこなすなかで、精神を病んでしまい自殺する者が後を絶たない。 ほか、増加する外国人による万引きグループや、近年導入されつつある顔認証型防犯システムの問題点など、普段知ることのない保安員と窃盗犯の戦いを7章にわたって収録。 伊東は、保安員の経験から「店内声かけ」を呼びかけている。ちょっと前の商店街などでみられたものだ。声をかけられることで、店員がこちらをみていると思わせて、万引きを未然に防ごうというものだ。しかし、現場には、一筋縄ではいかない問題が横たわっている。『万引き老人』(双葉社)
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偏差値78の売れっ子AV男優・森林原人 8,000人超とヤッてたどり着いた「セックスの本質」とは?
偏差値78の超進学校を卒業しながら、なぜかAVの道へと進み、今までに8,000人以上の女性とセックスをしてきた、売れっ子AV男優・森林原人(もりばやし・げんじん)。 仕事でそれだけセックスをしていれば、さすがにプライベートでセックスする気なんてなくなるだろう……と思いきや、彼女やセフレともガンガンヤリまくっているという。彼女はともかく、セフレまで作るなんて、なんという性獣っぷり! そんな森林原人が、初の書き下ろしエッセイ『偏差値78のAV男優が考える セックス幸福論』(講談社)を上梓した。 心からセックスを愛し、セックスをしまくってもいる男の考える「セックス幸福論」とは、どんなものなのか!? ■社交ダンスサークルに絶望してAV男優に ――今回の本、要は「いろいろあるけど、セックス最高!」という内容だと思いますけど、あまり原人さんのプライベートなセックスについては書かれていなかったので、まず童貞喪失について教えてください。 森林原人(以下、原人) 童貞喪失は高1です。中学から筑駒(中学受験の最難関校)という男子校に入ったせいで、女の人との接点がなくなっちゃって、唯一のチャンスが文化祭に来た女子だったんです。それで、文化祭に来た桜蔭学園(超難関女子校)の中3の子と仲良くなって、なんとかペッティングまではできたんですけど、門限にうるさい家で、ダメになっちゃって……。しばらくして、その子の友達から連絡が来たんですよ。「○○から聞いたんだけど、キミってエロいんだって?」って。会ったこともないのに! ――女子校の情報網って、スゴイですね。 原人 怪しいなとは思ったのですが、「私、Fカップなんだ」って言うんですよ。おまけに「早稲田の大学生と半同棲している」とも。これはめちゃくちゃエロい女だぞと。もう童貞喪失のチャンスだと思って、高1と中3で渋谷・道玄坂のバーに行きましたね。でも、酒飲んだら一杯で真っ赤になっちゃうし、話も進展しないしヤバイなーって……。それから宮益坂のカラオケボックスに行って「ここしかない!」と、ガッと抱きついてFカップを激モミしました! ――展開が急! 原人 さらに股間を触ったんですけど、AVじゃモザイクがかかっていたから、クリトリスと穴を探しても全然わからないんですよ。でも、わからないなりに必死でまさぐっていたら「じらさないで」って(笑)。 ――すごい高等テクニックだと勘違いされたんですね。 原人 それで、あっちから「もう我慢できない、ホテル行こ」と言われ、円山町のホテルに行ったんですけど、童貞だからコンドームの着け方もわからないんですよ。焦れば焦れるほど、チンポはしぼんできちゃうし……。 結局、女の子から「表裏逆なんじゃない?」と指摘されて、フニャフニャになってるチンコの上にゴムを着けて。もちろんスカスカですよ。そんな状態なのになんとかねじ込み、先っちょだけが辛うじて引っかかってるだけなんですけど、AVの見よう見まねで腰を振りました。そしたら全然気持ちよくないんですよね……。当然っちゃ、当然なんですが、童貞だったからよくわからなくて、仕方ないからイッたフリをして「今までで最高のセックスだったよ」と腕枕しながら言ってみました。その後、連絡が取れなくなっちゃったんで、童貞だってバレてたんでしょうね。まあ、それでボクの中では童貞を捨てたってことになりました。 ――え、それで童貞喪失オッケーなんですか? 原人 いま思うと童貞喪失できてないですけどね、射精してないんだから。それからお年玉を持って、横浜・黄金町のちょんの間に行きました。さすがに最初から風俗っていうのはイヤだったけど、もう素人の子で童貞喪失したんだから、ということで。黄金町ではキレイなお姉さんは1万円、おばちゃんは8,000円、さらに奥に6,000円でいいよというデブのババアがいて……6,000円でいこうと! そこで本当の意味での童貞を捨てましたね。それからはもう、黄金町に通いまくり! 家庭教師のバイトした金でちょんの間に行って、お気に入りのタイ人に「いつか結婚しよう」みたいな話までしていましたから。 ――高校生の時ですよね!? 相手は何歳だったんですか? 原人 33歳くらいですかね。いま思えば故郷に旦那や子どもがいたんでしょうけど、当時のボクは、それが愛なんだって思ってたんですよ。そんなことやってるから当然、大学受験にも失敗して、一浪して専修大学文学部心理学科に入りました。 大学では社交ダンスサークルに入ったんですけど、なぜかボクだけパートナーを組んでもらえず、ひとりで鏡に向かって練習していて……。みんながキャッキャしている中、先輩から「ほら~、彼も仲間に入れてあげなよ、かわいそうじゃん」みたいなことを言われて、いたたまれなくなっちゃったんですね。「もう、こんなところにはいられない!」と。そんな時、エロ本に男優募集が載ってたんで、ヤケクソで応募したんです。そこからずっとAV男優一本ですね。 ――社交ダンスサークルがきっかけで、AV男優に!
■不倫のほうが真実の愛! ――セックスをヤリたくて仕方がなかった人生から、ヤリまくりのAV男優になれて大満足という感じですか? 原人 うーん……確かに性欲が満たされるのはうれしかったんですけど、だんだんとそこに心のスキマができて、彼女が欲しくなってくるんですよ。 ――AVの現場でセックスするだけじゃなくて、愛情が欲しくなっちゃう? 原人 なっちゃう、なっちゃう! ――女優さんも、現場でセックスしたからって、本気になられても困るでしょう。 原人 はい。ハメ撮りの時、女優さんの耳元で「本気で好きになっちゃいそうだよ」ってささやいたら、「あの男優、なんだか勘違いしていて気持ち悪いです」ってNG食らったりしました。そういう失敗もありつつ、セックスしたからって通じ合えたわけじゃないとか、いい意味でセックスに失望できた。それと、AV現場でのセックスだけじゃなく、プライベートのセックスもそれなりにあったからこそ、幅広くセックスを知れたのかなと思いますね。 AVでのセックスって、見せるための「プレイ」ですから。プライベートな、密室での1対1のセックス、同棲して「子どもができてもいいね」みたいな話をしながらの中出しセックス、ケンカをした後の仲直りセックス……そういったものとは全然違いますね。 ――本の中では、愛情と性欲を分けて考えたほうがいいと書かれていましたけど、やっぱり愛情があるセックスのほうがいい? 原人 まあ、愛情と性欲が合致しているセックスが理想だとは思います。でも、それがセックスの唯一のあり方だとは考えないほうがいいということですね。愛情と性欲が切り離されたセックスも、それはそれでアリと考えれば楽になれるし、結婚とセックスも切り離して考えられるようになる。そっちのほうが自然じゃないですか。 ――セックスする相手は、恋人や結婚相手に限定しなくてもいいんじゃないかと。 原人 そうそう! AV女優さんって、彼氏とか旦那さんに内緒で来てる人がすごく多いんですよ。……たまに旦那さん公認、彼氏がスカウトマンっていうような人もいますけど。基本的には、本命の彼氏なり、旦那さんなりがいるのに、内緒で来ている。そういう人たちがなんでAVに出るのかというと、お金もありますけど、最近の人はほとんど性欲からなんですよね。 ――そうなんですか!? 確かに、今はAVに出たところで、そんなに儲かるイメージもないですが。 原人 儲かる人は儲かりますけど、パンツを脱げば誰でも仕事があるっていう時代じゃないですからね。「ヤリたい」っていうモチベーションがないと、続けられない仕事だと思います。そういう女性たちが、ボクたち男優と絡んで「今までで一番気持ちよかった!」とか言ってくれるんですよ。本命の彼氏が別にいるのに! だから、愛がなくても気持ちよくはなれるんですよね。それに、外でセックスしてくることで、愛する相手に全部を求めなくて済むようになり、優しくできるみたいなこともあるし。1対1の関係で性欲を満たし続けるのは、至難の業ですよ。 「愛がなくちゃダメ」とか「好みのタイプじゃないと感じない」みたいな要素を引っぺがしていくと、セックスの核が見えてくるんです。その結果、ボクがたどり着いたセックスの本質とは「孤独の克服」ですね。 ――それは、承認欲求みたいなものですか? 原人 うーん……ちょっと違いますね。承認欲求っていうのは、どちらかというと思考とか理性の動きなんですよ。孤独の克服は、もっと本能的なところです。よく「生まれてくるのもひとり、死んでいくのもひとり」って言いますけど、赤ちゃんは、お母さんから生まれた時点で孤独になるんです。その孤独を、親に抱きしめられることによって克服する。もうちょっと大きくなったら、家族に囲まれたり、友達を作って克服する。セックスってそれと同じことで、孤独の克服をするために、肉体を通して2人が深くつながる行為なんだと思うんですよね。 ――愛情とか結婚とか関係なく、もっと本能的にセックスを考えたほうがいいと。 原人 本能的に興奮して、そこに感情からくる欲情が混ざるのが理想ですね。いま言われているような、セックスは愛の行為だとか、証しだとか、そういった常識を一回取っ払ったほうが、セックスをもっと楽しめると思います! 愛がなくても気持ちよくなれるし、愛があっても気持ちよくなれないこともある。 ――じゃあ、ベッキーやファンキー加藤も、オッケーということになりますよね? 原人 ボクから言わせたら、不倫のほうがよっぽど真実の愛の可能性が高いですよ! 結婚っていうのは、社会的制度に縛られているだけですからね。不倫は、そういう制度を飛び越えてでもくっつきたいという純粋な愛の場合もありますし、デキ婚のほうが純粋な愛の順序として正しいんですよ。不倫は、ロミオとジュリエットの愛に近いですよ。家柄に縛られて、結ばれてはいけない禁断の関係。今の人たちだって、自由に恋愛しているようで、社会が決めたなんらかのルールや価値観に縛られてる。 ――計画的に避妊したり、結婚したから子ども作ろうというのは不純だと。 原人 不純とまでは言いませんし、もちろん、子どもを作る気もないのに避妊しないのは無責任だと思いますけどね。後悔したり、どちらか一方でも傷ついたりするセックスはよくないので、99%欲望に突き動かされたとしても、1%の理性でコンドームはしたほうがいいとは思います。
■最近のヤリマンは、ポジティブにセックスを楽しんでいる 原人 人間の三大欲求って食欲、睡眠欲、性欲なんですよ。趣味・特技で「食べ歩き(=食欲)」「どこでも寝れる(=睡眠欲)」とか書いている人がいますけど、これって「セックス好き(=性欲)」って言ってるようなもんじゃないですか。「大食い選手権」なんて、「ヤリマン選手権」ですよ! それなのに、どうして性欲だけが後ろめたいことになっちゃっているのか!? 性欲だけが唯一自分ひとりで完結できない欲求だから、というのはあります。相手の自由を奪う可能性もあるし、暴力性も含んでくるから、社会的に性欲は制限しなくちゃいけないと考えられてしまう。でも、もっとシンプルに、性欲を本能的な欲求として考えたほうがいいと思うんですよね。もっと性についてオープンに話せる場があったほうがいいし、もっと女性の性欲もオープンになってほしい。……まあ、そうなると、男の肩身は狭くなりますけどね。今までは、一方的に男の性欲を押しつけていればよかったんだから。 ――男のセックスやチンコを評論する女性が出てきていますからね。 原人 性にオープンな女性が出てきたことで「ヤレる女が増えた!」と思いきや、男が評論される側になってしまったんです。でも、それも含めて楽しまないと。男にも女にも拒否権があるし、積極的になってもいい。そういうセックスがいいですよね。「あの男イカせてくれないんだよね」なんて女性がいますけど、実はそれって男の理屈にハマッてるだけなんですよね。イケるように、自分からどんどん働きかければいいんです。 ――そういう、性に積極的な女性が増えている実感はありますか? 原人 ありますね。ヤリマンの歴史をたどるとわかるんですけど、20世紀のヤリマンは、男に利用されるヤリマンだったんです。「アイツ、いつでもヤレるから」みたいな利用のされ方をしていた。それが21世紀に入って、承認欲求のためのヤリマンになってくる。「私はヤリマン」みたいな雰囲気を出すと、男からはチヤホヤしてもらえるから。 そして最近のヤリマンは、ホントにポジティブにセックスを楽しんでいるんですよ。「セックスって楽しいじゃん!」「誰とでもヤレばいいじゃん!」って。その代わり「アイツはヘタだから、もうやらない」みたいなことも言われてしまうんです。 ――草食系男子と呼ばれている、あまりセックスをしない若者って、その変化についていけていないのかもしれませんね。 原人 セックスをすることによって傷ついたり、リスクを負うことを、極端に怖がっている人はいますよね。確かに病気や妊娠のリスク、自分が傷ついてしまうこともあるかもしれない。でもそれ以上に、セックスをすることによって、いいことも多いんですよ。 ボクなんか、人生の挫折をたくさん味わってきて、それこそネットとかでしょっちゅう「アイツ死ね」とか「クソ原人め」とか書かれて落ち込んだりもするんですけど、あらゆる世の中のイヤなこと全部が、セックス一発で克服できたりするんです! それがセックスの持つパワーですね。特に、幸せなセックスで得られる「全肯定感」で、落ち込んでても、将来への不安でいっぱいになっていても、いいセックス一発することによって、全部受け入れてもらえたと思え、吹っ切れるんです。もちろん一時のことですが、その感覚って、ほかではなかなか味わえないですよ。 極端な話、戦争している国のトップがセックスすれば、すぐに仲良くなれますよ! ベネトンが、そんな意図があるんじゃないかって広告出していたけど、それくらいの全肯定感があるし、理屈じゃない部分で納得できるんです。仲直りセックスって、そういうことですよね。 ――問題がまったく解決してなくても、セックスしたらごまかされちゃいますもんね。 原人 今の子たちって情報が多すぎて、セックスをしてなくてもわかったような気になっていると思うんですよね。こんなもんだろ、とか、こんな面倒くさいことがあるらしいぜって。でも、知ってるのと経験しているのは、全然違いますから。「食べログ」をどんなに見ても、実際に食べてみなければ、どれほどおいしい料理なのか、もしかしたらマズいけど自分は好きな味なのか、わからないですもん。だから、風俗でも彼女でもいいので、どんどんセックスしてみてほしいです!
■愛している人がほかの男とセックスしたら……燃えちゃう! ――原人さんは、セックス経験は豊富ですけど、結婚はまだですよね。もし結婚することになったら、どんな結婚生活を送ると思いますか? 原人 もしボクが結婚するなら、男優を続けていようがいまいが関係なく、ボクもほかの人とセックスするし、奥さんにも「してきていいよ」って言いますね。 ――それが自然な結婚の形だと? 原人 結婚自体が社会制度だから、“自然な結婚”って言葉自体が意味をなしていないんですが。ボクは現行の結婚なんて、制度自体無理があると思っています。理想は不動産の賃貸みたいに2年更新制。けど、現実問題として今の日本で子どもを育てていくには、制度に乗っかっていたほうがいい。だから結婚した上で、お互い自由にセックスを楽しむという関係性がいいんじゃないですかね。ほかの人とセックスしてもいいけど、子どもは作ってこないでね、病気は持ってこないでね、って。そして、ほかの家庭には迷惑かけないから、うちはうちで、好きなスタイルでやらしてほしいと。 ――自分の愛する人がほかの男とセックスすることに関して、嫉妬とかは感じない? 原人 ……燃えちゃう! ――ああー(笑)。 原人 セックスしたからって、心まで持っていかれるわけじゃないですからね、男も女も。セックスは、たかがセックス。ただの行為ですよ。その上で、されどセックスだとも知っています。それに、いい女っていうのは、誰とセックスしても気持ちよくなれる女なんですよ。相手を選んで気持ちよくなる女なんて、ただのワガママ! それなら、誰とやってもマグロな女のほうがいいです。これ、モテないブ男の恨みつらみもこもってますが。 一徹というイケメンAV男優がいたんですけど、一徹と3Pするといつも女の子が一徹ばっかり見てるんですね。キスも必ず一徹と先にやる。「ボクともして~」って迫っても、すぐに一徹に戻っちゃう。最初はそういうのがイヤだったんですけど、今は「寝取り」みたいな楽しみ方ができるようになりましたね。「本当は一徹がいいんでしょ? でも、いま入っているチンポはボクので、それでキミは声を出している……。それを一徹に見られているよ~」って。 ――その境地にまで達するのは、なかなか難しそうです! (取材・文=北村ヂン)
偏差値78の売れっ子AV男優・森林原人 8,000人超とヤッてたどり着いた「セックスの本質」とは?
偏差値78の超進学校を卒業しながら、なぜかAVの道へと進み、今までに8,000人以上の女性とセックスをしてきた、売れっ子AV男優・森林原人(もりばやし・げんじん)。 仕事でそれだけセックスをしていれば、さすがにプライベートでセックスする気なんてなくなるだろう……と思いきや、彼女やセフレともガンガンヤリまくっているという。彼女はともかく、セフレまで作るなんて、なんという性獣っぷり! そんな森林原人が、初の書き下ろしエッセイ『偏差値78のAV男優が考える セックス幸福論』(講談社)を上梓した。 心からセックスを愛し、セックスをしまくってもいる男の考える「セックス幸福論」とは、どんなものなのか!? ■社交ダンスサークルに絶望してAV男優に ――今回の本、要は「いろいろあるけど、セックス最高!」という内容だと思いますけど、あまり原人さんのプライベートなセックスについては書かれていなかったので、まず童貞喪失について教えてください。 森林原人(以下、原人) 童貞喪失は高1です。中学から筑駒(中学受験の最難関校)という男子校に入ったせいで、女の人との接点がなくなっちゃって、唯一のチャンスが文化祭に来た女子だったんです。それで、文化祭に来た桜蔭学園(超難関女子校)の中3の子と仲良くなって、なんとかペッティングまではできたんですけど、門限にうるさい家で、ダメになっちゃって……。しばらくして、その子の友達から連絡が来たんですよ。「○○から聞いたんだけど、キミってエロいんだって?」って。会ったこともないのに! ――女子校の情報網って、スゴイですね。 原人 怪しいなとは思ったのですが、「私、Fカップなんだ」って言うんですよ。おまけに「早稲田の大学生と半同棲している」とも。これはめちゃくちゃエロい女だぞと。もう童貞喪失のチャンスだと思って、高1と中3で渋谷・道玄坂のバーに行きましたね。でも、酒飲んだら一杯で真っ赤になっちゃうし、話も進展しないしヤバイなーって……。それから宮益坂のカラオケボックスに行って「ここしかない!」と、ガッと抱きついてFカップを激モミしました! ――展開が急! 原人 さらに股間を触ったんですけど、AVじゃモザイクがかかっていたから、クリトリスと穴を探しても全然わからないんですよ。でも、わからないなりに必死でまさぐっていたら「じらさないで」って(笑)。 ――すごい高等テクニックだと勘違いされたんですね。 原人 それで、あっちから「もう我慢できない、ホテル行こ」と言われ、円山町のホテルに行ったんですけど、童貞だからコンドームの着け方もわからないんですよ。焦れば焦れるほど、チンポはしぼんできちゃうし……。 結局、女の子から「表裏逆なんじゃない?」と指摘されて、フニャフニャになってるチンコの上にゴムを着けて。もちろんスカスカですよ。そんな状態なのになんとかねじ込み、先っちょだけが辛うじて引っかかってるだけなんですけど、AVの見よう見まねで腰を振りました。そしたら全然気持ちよくないんですよね……。当然っちゃ、当然なんですが、童貞だったからよくわからなくて、仕方ないからイッたフリをして「今までで最高のセックスだったよ」と腕枕しながら言ってみました。その後、連絡が取れなくなっちゃったんで、童貞だってバレてたんでしょうね。まあ、それでボクの中では童貞を捨てたってことになりました。 ――え、それで童貞喪失オッケーなんですか? 原人 いま思うと童貞喪失できてないですけどね、射精してないんだから。それからお年玉を持って、横浜・黄金町のちょんの間に行きました。さすがに最初から風俗っていうのはイヤだったけど、もう素人の子で童貞喪失したんだから、ということで。黄金町ではキレイなお姉さんは1万円、おばちゃんは8,000円、さらに奥に6,000円でいいよというデブのババアがいて……6,000円でいこうと! そこで本当の意味での童貞を捨てましたね。それからはもう、黄金町に通いまくり! 家庭教師のバイトした金でちょんの間に行って、お気に入りのタイ人に「いつか結婚しよう」みたいな話までしていましたから。 ――高校生の時ですよね!? 相手は何歳だったんですか? 原人 33歳くらいですかね。いま思えば故郷に旦那や子どもがいたんでしょうけど、当時のボクは、それが愛なんだって思ってたんですよ。そんなことやってるから当然、大学受験にも失敗して、一浪して専修大学文学部心理学科に入りました。 大学では社交ダンスサークルに入ったんですけど、なぜかボクだけパートナーを組んでもらえず、ひとりで鏡に向かって練習していて……。みんながキャッキャしている中、先輩から「ほら~、彼も仲間に入れてあげなよ、かわいそうじゃん」みたいなことを言われて、いたたまれなくなっちゃったんですね。「もう、こんなところにはいられない!」と。そんな時、エロ本に男優募集が載ってたんで、ヤケクソで応募したんです。そこからずっとAV男優一本ですね。 ――社交ダンスサークルがきっかけで、AV男優に!
■不倫のほうが真実の愛! ――セックスをヤリたくて仕方がなかった人生から、ヤリまくりのAV男優になれて大満足という感じですか? 原人 うーん……確かに性欲が満たされるのはうれしかったんですけど、だんだんとそこに心のスキマができて、彼女が欲しくなってくるんですよ。 ――AVの現場でセックスするだけじゃなくて、愛情が欲しくなっちゃう? 原人 なっちゃう、なっちゃう! ――女優さんも、現場でセックスしたからって、本気になられても困るでしょう。 原人 はい。ハメ撮りの時、女優さんの耳元で「本気で好きになっちゃいそうだよ」ってささやいたら、「あの男優、なんだか勘違いしていて気持ち悪いです」ってNG食らったりしました。そういう失敗もありつつ、セックスしたからって通じ合えたわけじゃないとか、いい意味でセックスに失望できた。それと、AV現場でのセックスだけじゃなく、プライベートのセックスもそれなりにあったからこそ、幅広くセックスを知れたのかなと思いますね。 AVでのセックスって、見せるための「プレイ」ですから。プライベートな、密室での1対1のセックス、同棲して「子どもができてもいいね」みたいな話をしながらの中出しセックス、ケンカをした後の仲直りセックス……そういったものとは全然違いますね。 ――本の中では、愛情と性欲を分けて考えたほうがいいと書かれていましたけど、やっぱり愛情があるセックスのほうがいい? 原人 まあ、愛情と性欲が合致しているセックスが理想だとは思います。でも、それがセックスの唯一のあり方だとは考えないほうがいいということですね。愛情と性欲が切り離されたセックスも、それはそれでアリと考えれば楽になれるし、結婚とセックスも切り離して考えられるようになる。そっちのほうが自然じゃないですか。 ――セックスする相手は、恋人や結婚相手に限定しなくてもいいんじゃないかと。 原人 そうそう! AV女優さんって、彼氏とか旦那さんに内緒で来てる人がすごく多いんですよ。……たまに旦那さん公認、彼氏がスカウトマンっていうような人もいますけど。基本的には、本命の彼氏なり、旦那さんなりがいるのに、内緒で来ている。そういう人たちがなんでAVに出るのかというと、お金もありますけど、最近の人はほとんど性欲からなんですよね。 ――そうなんですか!? 確かに、今はAVに出たところで、そんなに儲かるイメージもないですが。 原人 儲かる人は儲かりますけど、パンツを脱げば誰でも仕事があるっていう時代じゃないですからね。「ヤリたい」っていうモチベーションがないと、続けられない仕事だと思います。そういう女性たちが、ボクたち男優と絡んで「今までで一番気持ちよかった!」とか言ってくれるんですよ。本命の彼氏が別にいるのに! だから、愛がなくても気持ちよくはなれるんですよね。それに、外でセックスしてくることで、愛する相手に全部を求めなくて済むようになり、優しくできるみたいなこともあるし。1対1の関係で性欲を満たし続けるのは、至難の業ですよ。 「愛がなくちゃダメ」とか「好みのタイプじゃないと感じない」みたいな要素を引っぺがしていくと、セックスの核が見えてくるんです。その結果、ボクがたどり着いたセックスの本質とは「孤独の克服」ですね。 ――それは、承認欲求みたいなものですか? 原人 うーん……ちょっと違いますね。承認欲求っていうのは、どちらかというと思考とか理性の動きなんですよ。孤独の克服は、もっと本能的なところです。よく「生まれてくるのもひとり、死んでいくのもひとり」って言いますけど、赤ちゃんは、お母さんから生まれた時点で孤独になるんです。その孤独を、親に抱きしめられることによって克服する。もうちょっと大きくなったら、家族に囲まれたり、友達を作って克服する。セックスってそれと同じことで、孤独の克服をするために、肉体を通して2人が深くつながる行為なんだと思うんですよね。 ――愛情とか結婚とか関係なく、もっと本能的にセックスを考えたほうがいいと。 原人 本能的に興奮して、そこに感情からくる欲情が混ざるのが理想ですね。いま言われているような、セックスは愛の行為だとか、証しだとか、そういった常識を一回取っ払ったほうが、セックスをもっと楽しめると思います! 愛がなくても気持ちよくなれるし、愛があっても気持ちよくなれないこともある。 ――じゃあ、ベッキーやファンキー加藤も、オッケーということになりますよね? 原人 ボクから言わせたら、不倫のほうがよっぽど真実の愛の可能性が高いですよ! 結婚っていうのは、社会的制度に縛られているだけですからね。不倫は、そういう制度を飛び越えてでもくっつきたいという純粋な愛の場合もありますし、デキ婚のほうが純粋な愛の順序として正しいんですよ。不倫は、ロミオとジュリエットの愛に近いですよ。家柄に縛られて、結ばれてはいけない禁断の関係。今の人たちだって、自由に恋愛しているようで、社会が決めたなんらかのルールや価値観に縛られてる。 ――計画的に避妊したり、結婚したから子ども作ろうというのは不純だと。 原人 不純とまでは言いませんし、もちろん、子どもを作る気もないのに避妊しないのは無責任だと思いますけどね。後悔したり、どちらか一方でも傷ついたりするセックスはよくないので、99%欲望に突き動かされたとしても、1%の理性でコンドームはしたほうがいいとは思います。
■最近のヤリマンは、ポジティブにセックスを楽しんでいる 原人 人間の三大欲求って食欲、睡眠欲、性欲なんですよ。趣味・特技で「食べ歩き(=食欲)」「どこでも寝れる(=睡眠欲)」とか書いている人がいますけど、これって「セックス好き(=性欲)」って言ってるようなもんじゃないですか。「大食い選手権」なんて、「ヤリマン選手権」ですよ! それなのに、どうして性欲だけが後ろめたいことになっちゃっているのか!? 性欲だけが唯一自分ひとりで完結できない欲求だから、というのはあります。相手の自由を奪う可能性もあるし、暴力性も含んでくるから、社会的に性欲は制限しなくちゃいけないと考えられてしまう。でも、もっとシンプルに、性欲を本能的な欲求として考えたほうがいいと思うんですよね。もっと性についてオープンに話せる場があったほうがいいし、もっと女性の性欲もオープンになってほしい。……まあ、そうなると、男の肩身は狭くなりますけどね。今までは、一方的に男の性欲を押しつけていればよかったんだから。 ――男のセックスやチンコを評論する女性が出てきていますからね。 原人 性にオープンな女性が出てきたことで「ヤレる女が増えた!」と思いきや、男が評論される側になってしまったんです。でも、それも含めて楽しまないと。男にも女にも拒否権があるし、積極的になってもいい。そういうセックスがいいですよね。「あの男イカせてくれないんだよね」なんて女性がいますけど、実はそれって男の理屈にハマッてるだけなんですよね。イケるように、自分からどんどん働きかければいいんです。 ――そういう、性に積極的な女性が増えている実感はありますか? 原人 ありますね。ヤリマンの歴史をたどるとわかるんですけど、20世紀のヤリマンは、男に利用されるヤリマンだったんです。「アイツ、いつでもヤレるから」みたいな利用のされ方をしていた。それが21世紀に入って、承認欲求のためのヤリマンになってくる。「私はヤリマン」みたいな雰囲気を出すと、男からはチヤホヤしてもらえるから。 そして最近のヤリマンは、ホントにポジティブにセックスを楽しんでいるんですよ。「セックスって楽しいじゃん!」「誰とでもヤレばいいじゃん!」って。その代わり「アイツはヘタだから、もうやらない」みたいなことも言われてしまうんです。 ――草食系男子と呼ばれている、あまりセックスをしない若者って、その変化についていけていないのかもしれませんね。 原人 セックスをすることによって傷ついたり、リスクを負うことを、極端に怖がっている人はいますよね。確かに病気や妊娠のリスク、自分が傷ついてしまうこともあるかもしれない。でもそれ以上に、セックスをすることによって、いいことも多いんですよ。 ボクなんか、人生の挫折をたくさん味わってきて、それこそネットとかでしょっちゅう「アイツ死ね」とか「クソ原人め」とか書かれて落ち込んだりもするんですけど、あらゆる世の中のイヤなこと全部が、セックス一発で克服できたりするんです! それがセックスの持つパワーですね。特に、幸せなセックスで得られる「全肯定感」で、落ち込んでても、将来への不安でいっぱいになっていても、いいセックス一発することによって、全部受け入れてもらえたと思え、吹っ切れるんです。もちろん一時のことですが、その感覚って、ほかではなかなか味わえないですよ。 極端な話、戦争している国のトップがセックスすれば、すぐに仲良くなれますよ! ベネトンが、そんな意図があるんじゃないかって広告出していたけど、それくらいの全肯定感があるし、理屈じゃない部分で納得できるんです。仲直りセックスって、そういうことですよね。 ――問題がまったく解決してなくても、セックスしたらごまかされちゃいますもんね。 原人 今の子たちって情報が多すぎて、セックスをしてなくてもわかったような気になっていると思うんですよね。こんなもんだろ、とか、こんな面倒くさいことがあるらしいぜって。でも、知ってるのと経験しているのは、全然違いますから。「食べログ」をどんなに見ても、実際に食べてみなければ、どれほどおいしい料理なのか、もしかしたらマズいけど自分は好きな味なのか、わからないですもん。だから、風俗でも彼女でもいいので、どんどんセックスしてみてほしいです!
■愛している人がほかの男とセックスしたら……燃えちゃう! ――原人さんは、セックス経験は豊富ですけど、結婚はまだですよね。もし結婚することになったら、どんな結婚生活を送ると思いますか? 原人 もしボクが結婚するなら、男優を続けていようがいまいが関係なく、ボクもほかの人とセックスするし、奥さんにも「してきていいよ」って言いますね。 ――それが自然な結婚の形だと? 原人 結婚自体が社会制度だから、“自然な結婚”って言葉自体が意味をなしていないんですが。ボクは現行の結婚なんて、制度自体無理があると思っています。理想は不動産の賃貸みたいに2年更新制。けど、現実問題として今の日本で子どもを育てていくには、制度に乗っかっていたほうがいい。だから結婚した上で、お互い自由にセックスを楽しむという関係性がいいんじゃないですかね。ほかの人とセックスしてもいいけど、子どもは作ってこないでね、病気は持ってこないでね、って。そして、ほかの家庭には迷惑かけないから、うちはうちで、好きなスタイルでやらしてほしいと。 ――自分の愛する人がほかの男とセックスすることに関して、嫉妬とかは感じない? 原人 ……燃えちゃう! ――ああー(笑)。 原人 セックスしたからって、心まで持っていかれるわけじゃないですからね、男も女も。セックスは、たかがセックス。ただの行為ですよ。その上で、されどセックスだとも知っています。それに、いい女っていうのは、誰とセックスしても気持ちよくなれる女なんですよ。相手を選んで気持ちよくなる女なんて、ただのワガママ! それなら、誰とやってもマグロな女のほうがいいです。これ、モテないブ男の恨みつらみもこもってますが。 一徹というイケメンAV男優がいたんですけど、一徹と3Pするといつも女の子が一徹ばっかり見てるんですね。キスも必ず一徹と先にやる。「ボクともして~」って迫っても、すぐに一徹に戻っちゃう。最初はそういうのがイヤだったんですけど、今は「寝取り」みたいな楽しみ方ができるようになりましたね。「本当は一徹がいいんでしょ? でも、いま入っているチンポはボクので、それでキミは声を出している……。それを一徹に見られているよ~」って。 ――その境地にまで達するのは、なかなか難しそうです! (取材・文=北村ヂン)
デリヘル、出会い系、危険ドラッグ……グレービジネスの経済学『闇経済の怪物たち』
6月は、夏のボーナスが支給され、懐があたたまる時期。けれども、給料2カ月分なんていう額面は夢のまた夢。雀の涙ほどの支給額を見て「どこかにおいしい仕事はないだろうか……」とため息をつく人も少なくないだろう。 ヤクザを中心に裏社会を描いてきたノンフィクション作家・溝口敦の新著『闇経済の怪物たち グレービジネスでボロ儲けする人々』(光文社新書)は、適法すれすれで金を稼ぐグレービジネスの「勝者」たちに迫った著作だ。ホワイトでもなく、ブラックでもなく、「グレー」というすき間で金を得る人々の姿から、いったい何が見えてくるのだろうか? 本書の内容を見てみよう。 出会い系サイトの主宰者P氏は、オモテの稼業として広告代理店を営んでいる。社員100人のオフィスを構え、それなりに利益をあげているP氏はホワイトな世界でも成功を収めている人物。しかし、P氏が「ウラ」として営む出会い系サイトは、数あるサイトの中でも1、2を争う収益を上げているのだ。 そもそも、彼は出会い系サイトを手掛けるつもりなどまったくなかった。オモテの元社員が開発した出会い系サイト専用のシステムを「退職祝い」として偶然購入したP氏。このシステムは、サクラを雇い荒稼ぎをする出会い系サイトのビジネスモデルとは一線を画し、システムによる自動書き込み、自動配信だけでユーザーとやり取りを行うものだった。このシステムを導入し、サイトを立ち上げると、もくろみ通り人件費がほとんどかからずにサイトの運営に成功。今では、月に1億5,000万円もの売上を獲得し、利益は2,000万円以上。その“すべて”が懐に入るようになっている。 そう、P氏の「グレー」たるゆえんはここからだ。 P氏の運営する出会い系サイトでは、税金を1円も支払っていない。警察や税務署に睨まれないように、ダミー会社を仕立て、別会社として法人登記。さらに、会社所在地とは別のところに事務所を構えたり、従業員への給与も手渡しと、会社経営の流れを不透明にすることによって、当局からその姿を徹底的に隠しているのだ。かつて、出会い系サイト運営という疑いから、調査に入られたことはあったものの、税務署側は疑惑を立証することができず10万円程度の「お土産」で帰ってもらったという。 「性格的にビビリ屋だから、それが税務署対策、警察対策に役立った」というP氏。念には念を入れた対策を講じて、グレービジネスは成功を収めたのだ。 また、2014年まで「日本の危険ドラッグ業界の半分を仕切っている男」と評されていたK氏は、酒もタバコも、覚せい剤にも興味がなく、風体も普通の人物。しかし、サブカルチャー的な興味からハッキングに手を出し、続いて独学で薬学の知識を身に付けることで、危険ドラッグ界の最重要人物にまでのし上がった。 10年に流行した脱法ハーブ「スパイス」をきっかけにして、その世界のおもしろさにのめり込んだK氏。独自の研究の結果、「スパイス」の中心物質が「JWH-108」であることを突き止めた彼は、この物質の製造を中国の工場に発注し、通信販売を始めた。最初の1カ月こそさっぱり売れなかったものの、その「効果」の大きさが口コミで広がり、飛ぶように売れていった。 それまで、危険ドラッグの業者にはヤミ金出身者が多く、薬学についての知識は誰も持っていなかった。一方、猛勉強によって「化学式を見ただけで、これはドラッグとして人体にどう働くか、おおよそ見当がつく」までに知識を蓄えたK氏の作るドラッグは圧倒的なクオリティを誇った。「危険ドラッグに愛を感じていた」という彼の作った会社は、最盛期には月商1億円を売上げたが、金よりも自分の作った商品が業界を席巻するほうが快感だったという。 しかし、13年ごろから徐々に危険ドラッグに対する締め付けが厳しくなっていく。K氏はニュージーランドをモデルにした検査認証機関の設立、自主検査の徹底による危険ドラッグ業界存続を厚労省に働きかけたものの、残念ながらそれが奏功することはなかった。そして、社会の厳しい目から、ますますブラック化していく危険ドラッグ業界に見切りをつけ、あっさりとその業界から引退してしまった。 彼にとって危険ドラッグの魅力は金や反社会的なスリルではなく、単純な「おもしろさ」だった。その証拠に、税務署に財務資料の提出を求められたところ、K氏の作った完璧な書類に「これほどキッチリした財務資料を作ったのは業界でも初めてだ」と驚かれたという。 危険ドラッグから足を洗った今、K氏は他の「おもしろいこと」を探している。 上記の他にデリヘル、闇カジノディーラー、「裏」情報サイトの運営者など数々の人々を取り上げた本書を読めば、グレービジネスといっても、濡れ手で粟の楽な商売ではないことがわかるだろう。むしろ、ホワイトな業界以上に真摯に、丁寧な仕事を実践しており、その経営者本人は「ブラック」な人ではないこともしばしばだ。「オモテもグレーも同じように経営努力しているのであり、職種は違うものの、両者の間にさほど隔たりがあるとは思えない。ましてグレーは新規ビジネスに対する着眼と企画の点でオモテの発想の限界を超えている」と溝口はグレービジネスの実態を語る。 グレーかオモテかにかぎらず、どんな社会でも目の前の仕事には懸命に取り組まなければ「成功」の二文字は見えてこないようだ。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])『闇経済の怪物たち グレービジネスでボロ儲けする人々 (光文社新書)』(光文社)
「棚橋弘至にありがとうを言いたい」プロレスキャスター20年目の結論
今、「新たな黄金時代」と呼ばれるほどのブームを迎えているプロレス。棚橋弘至、オカダカズチカ、内藤哲也といったスター選手を擁する新日本プロレスだけでなく、飯伏幸太を輩出したDDTなどインディー団体も注目を集め、新たなファンを獲得している。 そんなブームの只中に上梓された新書『プロレスという生き方 平成のリングの主役たち』(中公新書ラクレ)は、さまざまなメディアで脚光を浴びるスター選手たち以外にも、女子プロレスラーの里村明衣子やさくらえみ、さらには全日本プロレス名誉レフェリーの和田京平など、不遇の時代からプロレスを愛し、支え続けてきた人々にもスポットライトを当て、発売3日で増刷が決まるほどの話題となった。 著者は、プロレス・格闘技専門チャンネル「FIGHTING TV サムライ」のキャスターを20年に渡って務める、アナウンサーの三田佐代子さん。今も年間120試合以上を取材する中で触れた彼ら/彼女たちのリング内外の言葉を紡ぎながら、“プロレスキャスター三田佐代子”にしか描けない、「平成のリングの主役たち」の真の姿を活写した。 そこで今回は、業界の中から選手や関係者の奮闘を見続けてきた三田さんに、同書の反響と、現在のプロレスがなぜ活況を呈しているのか聞いた。 ■10年に1度の瞬間がパッケージされている ――『プロレスという生き方』はすごくタイムリーな本ですよね。三田さんが目撃してきた各選手の生き様が描かれているだけでなく、中邑真輔選手の新日本退団とWWE参戦、さらに飯伏幸太選手のDDT及び新日本プロレス退団と「飯伏プロレス研究所」の設立という、今年のプロレス界に激震が走ったニュースまで書き込まれています。 この2人はいわば、今のプロレス人気を象徴するスター。そんな選手の次の一歩まで書ききったことで、「このタイミングでプロレスブームを振り返ってみた」という一種の区切りを意図された印象を受けました。 三田 よく言われるんですけど、まったくの偶然なんです。中央公論さんからオファーをもらったのは2年前のことですから、本当はもっと早く出ているはずでした。単純に書き直しているうちに2016年に入って大きな出来事が次々と起こってしまい、「こういうタイミングは10年に1度もない。絶対に中邑選手と飯伏選手のことは入れなきゃ!」とお願いして、このニュースを滑りこませたわけなんです。 もちろん、今も内藤哲也選手の大変身とか、入れたいことはもっともっとあるんですけど、さすがにこれ以上は……と踏ん切りをつけて5月に出しました。でも、そのおかげでプロレスファンの方からは、「激動の瞬間がパッケージされている本ですよね」と言っていただき、このタイミングで良かったと思っています。 ――三田さんが今につながるプロレスブームの兆しを感じたのは、いつ頃でしたか? 三田 それこそサイゾーさんのような、専門誌以外の一般のメディアから、「プロレスが今、面白いらしいので話を聞かせてくれませんか?」となったのは、2014年が最初だったと思います。棚橋選手や中邑選手といったキラキラした選手に女性ファンが熱狂しているのを見て、「かつてのプロレスと違うぞ」という印象が広まった頃でした。 ――プロレスブームを牽引しただけあって、ここ数年の新日本は本当に選手がそろっていました。 三田 そうそう! ブームと言われてからの2年間、私たちは本当にいいものを見せてもらっていたんだなと思います。それが今年に入って中邑、飯伏、さらにAJスタイルズ(BULLET CLUBに所属していた外国人スター選手)までいなくなって、さすがに「新日本はこれからどうなっちゃうんだろう!?」と思いました。 ――でも彼らと入れ替わるように、この春からは内藤選手の人気が爆発して。 三田 (内藤がIWGPヘビー級王座になった)4・10の両国はびっくりしましたよね。もともと正統派だったのに、今ではすっかりヒールになって大暴れ。それでもお客さんから支持された。 GK金沢克彦さん(プロレス・格闘技雑誌『ゴング』元編集長)も、「内藤があんなにウケるなんて歴史が変わった気がした」と仰っていたように、スター選手がいなくなっても次が誕生する。こうやってプロレスのバトンは渡されてきたんだなって実感しました。だから、今から新しい本を書くとしたら、まったく違うものになるはずです。 ■泣く泣く載せられなかった選手とは? ――『プロレスという生き方』はメジャー、インディー、女子の選手だけでなく、DDTの高木三四郎社長や全日本の和田京平レフェリー、さらにはリング設営やグッズ販売まで手掛ける若手レスラーに密着したりと、専門誌でもなかなか取り上げられることのない裏方の人々まで網羅しています。この人選はどのように? 三田 「最近、プロレスが面白いよ」って話を私が書くのであれば、プロレス専門チャンネルのキャスターとして、インディーからメジャーから女子から広く取材してきたので、その立場は活かしたいなと思っていました。 ――イケメンやスーパーマンだけじゃないプロレスの幅の広さというか。 三田 そうですね。そのうえで、ブームの立役者である棚橋弘至選手は入れたいとか、私がずっと魅了されてきた飯伏幸太選手は入れたいとかあって。ただ飯伏選手を入れるのであれば、彼を育ててきたDDTの高木三四郎社長も入れたいって考えながら選んでいきました。 ――泣く泣く載せられなかった方も? 三田 それはもうたくさん! 特に入れたかったのは、プロレスを辞めていった人たちです。愛川ゆず季さんであったり、小橋建太さんであったり、あとは辞めて戻ってきた方として、DDTのスーパー・ササダンゴ・マシン選手であったり。ただ、どうしても入れたい人が次々と浮かんできてまとまらないので、「最初の本だから、まずは今頑張っている人を載せよう」ということで、その方々は泣く泣く入れられなかったですね。 ――では、続編の構想はすでにある? 三田 この本が売れたら(笑)。もし第二弾があれば、苦しい時代に頑張ってきた永田裕志選手たちといった「第三世代」(新日本で90年代初頭にデビューした選手たち)のエピソードもぜひ入れたい。地方の団体もまだまだ取り上げたいし、女子プロレスも掘り下げたい。書きたいことはたくさんあります。『プロレスという生き方 - 平成のリングの主役たち』(中央公論新社)
■高田vsヒクソンからすべては始まった ――しかし、『プロレスという生き方』というタイトルがいいですよね。読めば「プロレスラーという生き方」ではないところに、非常に納得がいきます。 三田 ありがとうございます。考えたのは、編集の方なんですけど(笑)。 ――古いプロレスファンはよく、「プロレス道とは何か」みたいな言い方をしますよね。プロレスは単なるプロスポーツじゃなくて「道」、つまり生き方が問われているのだと。その意味でも、トップ選手から裏方まで網羅した人選は、「プロレス道を体現している人たち」として、かなり考えられていると思いました。 三田 そこは自分でも意識していなかったところですけど、確かに、ただ単に「プロレスラーの魅力を紹介する本」とは考えていませんでしたね。棚橋選手の言葉で、「ファンやマスコミの方も含めてプロレス界なんですよ」というのがあって。これは本当にそうだなと思います。 プロレスというものに触れて人生が変わったり、日々が楽しくなったりした人って、いっぱいいると思うんです。それは私のようなマスコミの人も含めて。そう考えると、プロレスはもちろんプロレスラーのものではあるんですけど、プロレスラー“だけ”のものでもないんですよね。 ――あと、「プロレス道」という視点を強く感じたのは、この本の1行目が1997年の「高田延彦VSヒクソン・グレイシー」(PRIDEの第1回大会)で始まるところなんですよ。「プロレスラー最強」と評されていた高田がヒクソンに負けたことで、この1戦から「プロレスの不遇時代」と「総合格闘技の大ブレイク」が始まったわけじゃないですか。 実は、浅草キッドさんも『お笑い 男の星座』の書き出しを「高田vsヒクソン」から初めているんですね(正確にはリベンジマッチとなった1年後の試合。ただし、プロレスファンに与えたショックという意味では、三田さんと同じ意図で記されている)。 三田 なるほど、それは存じ上げなかったのですが書き出しをPRIDE.1にするってことは、かなり前に決めていました。 ――この前年にプロレス番組のキャスターになった三田さんは、もともとプロレスに興味がなかった。でも高田の敗戦にショックを受けていることに気づいたとき、「プロレスキャスターという仕事を続けていく覚悟ができた」と書かれています。三田さん個人にとっても、それだけ重要な1戦だった。ただ、それでも「最近のプロレスブーム入門書」という意図で書かれた本であれば、この導入にはならないと思うんです。 三田 わかります。新しい今のプロレスファンからしたら、「これって何の話?」「高田延彦ってすごい人なの?」となってもおかしくないですからね。私も「入門書」の書き出しとしては異質だと思います。でも、あの1戦から20年にわたるプロレスの困難が始まり、自分自身のキャリアも始まっている。だから、この書き出ししかないと思っていました。 ■なぜオカダカズチカが入っていないのか? ――プロレス道の体現者が敗れたことで、業界全体の衰退が始まり、世の中は総合格闘技に熱狂していった。しかし三田さんは、逆境の只中でも、「それでもプロレスが一番すごいんだ」と覚悟を決めて立て直してきた人たちに寄り添ってきた。そんな彼らのリングの内外における姿を三田さんが描いたことで、この本にはその歴史が記されている。 三田 本当にプロレスがやりたいんだけど、時代の流れもあってプロレスに専念できず総合格闘技への参戦を余儀なくされた「第三世代」の人たちがいて、さらにプロレスに専念できない環境が嫌だから新日本を辞めていった武藤敬司さんたちがいて。一方で、新日に残された若手である棚橋選手は、実直にプロレスをやっていくことを選んだ。(※筆者注:棚橋はもともと武藤敬司の付き人であり、全日本への移籍を断った経緯がある) 総合格闘技に人気で押されていく中でも、みんながそれぞれの立場で、「プロレスはなくなってないですよ。格闘技がブームですけど、プロレスだって面白んですよ」ということをアピールしてきた。その歩みが20年という時間に詰まっています。 女子プロレスでも里村明衣子さんとか、さくらえみさんとか、それぞれの方法で、実直にプロレスの面白さを広めてきた人たちが、結果として今も残っている。そんなプロレスラーのみなさんが歩んできた20年間の「道」をちゃんと遺しておきたいというのは、この本を書くにあたって確かにありました。 ――そんな「20年間の歩みの体現者たち」という意味での人選だから、この本に新日本のエースであるオカダ・カズチカが入っていないのかなと思ったんです。今のファンは「なんでオカダが入っていないの?」と思うかもしれないけど、「高田vsヒクソンの衝撃をいかに乗り越えてきたか?」という歩みの本として捉えたら、すごく納得できます。 三田 オカダ選手も今だったら書けると思うんですけど、執筆を始めた頃は、「彼に何かを背負わせることをしていいのか?」という迷いがあって。非常に特殊な経歴の方で、今どき中学校を出ていきなりプロレス界に飛び込み、しかもデビューはメキシコ。日本のプロレス界から隔離されていたところを、その才能を獣神サンダーライガー選手に認められて新日本に入った。 そんなとても面白い方ではあるんですけど、書き始めたときって、まだ「レインメーカー」というキャラクターが全面に出ていて、そういう素の部分をどこまで書いていいのかわからなかったんです。でも、先輩の中邑真輔選手が退団してからは、言動からも「自分が新日本を背負うんだ」という覚悟が見えて、プロレスラーとしてだけじゃなく、人としてもすごく魅力を感じます。
■プロレス原体験は「同級生の下敷きにUWF」 ――少しご本人のことも聞きたいのですが、三田さんはプロレスの黄金期に青春を過ごされた世代ですよね。プロレス原体験をあげるとしたら、何になりますか? 三田 いや、本にも書いたように、キャスターの仕事で観に行くまで、どこにも原体験がないんですよ。姉妹の誰も興味がなかったですし、父が家でプロレス番組を観ているなんてこともなかった。タイガーマスクやアントニオ猪木さんが大活躍していた時代だから、接点があってもよさそうなものですけど……あ! 急に思い出しました! 私が高校生のとき、女子はみんな下敷きに好きなアイドルの写真とか挟んだりしていたんですよ。でも、クラスに一人だけ写真がアイドルやミュージシャンじゃない子がいて。彼女が下敷きに挟んでいたのは、前田日明や高田延彦の写真だったんです! ――UWFじゃないですか! 三田 そうそう。アメリカに留学経験があって、クラスでも一際ませていた子だったんですけど、私に写真を見せながら、「UWF最強」「前田は超セクシー」とか言っていたのを急に思い出しました(笑)。しかも写真は黒いリングパンツ一丁のなんですよ。 私はUWFどころかプロレスにも興味がなかったから、「何これ!? なんでパンツ姿の男の写真を持ち歩いているの!?」とびっくりして。これが私のプロレス原体験です(笑)。 ――その原体験って、ちゃんと本につながっていますよね? 三田 つながってますか!? ――女子高生すらあこがれるプロレスラーがいて、全国的な人気とカリスマ性があった。でも三田さんのプロレス人生は、その高田延彦が敗れるところから始まっている。青春時代に前田や高田に入れ込んでいなかったからこそ、あの敗戦をきっかけに多くのプロレスファンが総合格闘技に流れていった中でも、「プロレスって面白い!」とのめり込んでいけた。全部つながっているじゃないですか! 三田 そういえば、週刊プロレスの元編集長だった佐久間一彦さんに、この本を渡したときも似たようなことを言われました。「三田さんは入り口がファンじゃなくて、仕事だったのが良かったんでしょうね」って。子供の頃から「プロレス大好き、UWF大好き!」だったら、どうしてもそこばっかりに注目していただろうし、ダメになったときは、「私の愛した団体はこうじゃない!」となっていたと思うんです。 ――青春を背負ってしまうとこだわりが出ますからね。 三田 私はクラスメートの下敷きしか予備知識がないところからのスタートだから、全団体に分け隔てなくハマることができたんだと思います。そう考えると、ちゃんとつながっていますね。彼女に本を届けたくなりました(笑)。 ■「三田さんって、棚橋選手のこと好き?」 ――だからやっぱり、この本は三田さん自身のプロレス観を開陳する、いわゆる「活字プロレス」とはまったく違いますよね。あくまでも、三田さんが目撃した「プロレスを担う人たち」の姿を紹介する本になっている。 三田 そうですね。私に活字プロレスはやれないです。 ――ただ、その中でも唯一、本の最後にある棚橋選手の章だけは、ちょっと文章の熱量が違うなって思ったんですよ。ほかのプロレスラーは「この人はこんなにすごい!」という紹介の仕方なのに、棚橋選手だけは、メディアに見せない苦悩の姿に焦点を当てるような文章になっています。これはなぜですか? 三田 読んだ人はみんな、「この本はどうして中邑で始まり棚橋で終わるんですか?」って聞くんですよ。でも実は、もともと棚橋選手の章が最初になるはずだったんです。だって普通、この20年間のプロレスの立役者といったら、「まずは棚橋だよね」って思うじゃないですか。それで私も棚橋選手の章から書き始めたんですけど、結果としては全部書き直すことになって。 書き始めた当時は、ちょうど棚橋選手がメディアにいっぱい露出している時期で、雑誌の表紙もやる、自身の本も出す、テレビにもプロレス代表として取り上げられるっていうタイミングでした。それを日常的に目にしていたら、メディアでの取り上げられ方に私が引きずられてしまった。最初の原稿を読んだ担当編集から、「三田さんって、棚橋選手のこと好き?」と言われるような内容になっていたんです。 ――明るく楽しいみんなのエースというか。 三田 そうですね、全く目新しさのない感じになっていました。それで棚橋選手の章は後回しにしていたら、本にも書いたように、ちょうどDDTとの一連の「事件」が起こって。 ――昨年の8・23 DDT両国大会に端を発した遺恨ですね。棚橋選手がDDTのエースであるHARASHIMA選手と対決した後に、「全団体を横一列で見てもらったら困るんだよ!」と発言したことで、両団体の間にわだかまりが残りました。 三田 あれを聞いたとき、これは絶対に何か理由があるはずだと思ったんです。誰よりも「みんなのエース」として頑張ってきた人だからこそ、何も考えなしに言うはずがない。そこを掘り下げてみることで、これまでとは違う棚橋弘至が書けるかもしれないと思いました。
■棚橋弘至というプロレス界の「長男」 ――その果てに三田さんが描いた棚橋選手の姿からは、プロレス界を背負ってきた責任感だけでなく、自分の思うままに振る舞えなかった苦渋のようなものすら感じさせます。 三田 この本のために棚橋選手をインタビューしたとき、「自分はプロレスを立て直すために、自分がやりたいことではなくて、時代が求めていることをやってきたんです」と言われたんですね。当時はそれほど印象に残っていなかったんですけど、あらためてその発言を読み直したら、「あ! これなんだ!」と気が付いて。 DDTのこともそうですし、同期である柴田勝頼選手が新日本に帰ってきたときも、棚橋選手はずっと反発し続けていました。その理由を考えていったら、やっぱり、「オレは新日本プロレスを復活させるために、いろんなものを捨ててきた」ってことではないかと思ったんです。 ――「実家の商売を継ぐために、好きなことができなかった長男」みたいな哀愁がありますよね。 三田 まさに棚橋選手は東スポの取材で自分を「長男坊」だと言っていますよね。「『実家』を守るのは僕」だと。だから柴田選手も対立の果てに、最後は「新日本を守ってくれてありがとう」と棚橋選手に言ったように、私が本の中で伝えなきゃいけないと思ったのは、棚橋選手のありがたみです。 本人は「自分は疲れてもいないし、ずっと元気ですよ」って言うから、あんまり哀愁を背負わせてもいけないんですけど、マスコミもファンもほかの選手も、みんな棚橋選手に「ありがとう」って言いたいんですよ。 ■「初めて棚橋選手のことが理解できました」 ――棚橋選手は今でこそ怪我によって初めての休養に入っているわけですけど、それまでどれだけ体調が悪くても表には出さずに、ずっと「長男の責任感」で前に立ち続けてきた。その偉大さが三田さんの描写でよくわかりました。 三田 この本を読んだDDTファンの方からも、「初めて棚橋選手のことが理解できました」と言ってもらえて、そこは本当に、「ああ、本を出して良かった」と思いましたね。 ――だから中邑真輔や飯伏幸太といったキラキラしたスター選手から本が始まるんですけど、読後感としては、「棚橋弘至はやっぱりすごいな」っていう。 三田 それはうれしいですね。うん、そう思ってもらえることが、一番いいと思います。 ――この棚橋選手の書き方をとってみても、『プロレスという生き方』は、「プロレス・スーパースター列伝」ではないですよね。「プロレス道とは何か?」という究極の謎を追求している本ですよ。 三田 しかも、「プロレス道」へのこだわりをもっとも感じさせるのが棚橋選手なんですよね。でも本人はそれを言わないじゃないですか。だから、あのイマドキ風の見た目にダマされちゃいけないなって、つくづく思いました(笑)。 ――では、三田さんにとって、「棚橋選手が報われた」と感じられる日が来るとしたら、どんなときでしょう? 三田 ご本人の願望はわからないですけど、このプロレスブームが来たことで、誰よりも喜んでいるのは棚橋選手でしょう。そして、棚橋選手が今のプロレス人気を支えてきたことは、プロレスが好きなすべての人たちがわかっている。「あなたのおかげです、ありがとう」と棚橋選手が言われる時代が来て、本当に良かったと思います。 (構成/小山田裕哉) ●三田佐代子(みた・さよこ) 神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒業後、テレビ静岡にアナウンサーとして入社。報道・スポーツ・バラエティーなど多方面で活躍した後、同局を退社し古舘プロジェクトに所属。以降はプロレス格闘技専門チャンネル「FIGHTING TV サムライ」のキャスターとして、現在も年間120試合以上を取材する。『プロレスという生き方』(中公新書ラクレ)は初の著書。
アフリカを愛する“全裸の写真家”ヨシダナギのクレイジー紀行『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』
人気バラエティ番組『クレイジージャーニー』(TBS系)への出演で、一躍話題をかっさらった裸の美人フォトグラファー・ヨシダナギが、初の紀行本『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』(扶桑社)を発売した。当時、ブログに書いていた出来事などを加筆修正して完成させた1冊で、いやー、ぶっ飛んでいる! ヨシダ氏といえば、「相手と同じ格好になれば、ぜったい仲良くなれる」という確信のもと、ブラもパンツも脱ぎ捨て、少数民族と同じ格好で写真を撮る、独創的な撮影スタイルで有名。その行動の根底にあるのは、幼い頃からのアフリカへの強烈な憧れであり、愛。アフリカ人はカッコイイ、アフリカは魅力的だということが、本全体を通してひしひしと伝わってくる。 本書に登場する国は、2009年から訪れた、エチオピア、マリ、ブルキナファソ、ジブチ、スーダン、ウガンダ、ガーナ、カメルーン、チャド、ナミビア、タンザニア。アフリカといえば、なんとなくどの国も一緒のような気がしてしまうが、この本を読めば、どれだけ国全体やそこに住む人々に、個性があるのかハッキリとわかる。 たとえばジブチ。あまり聞きなれないが、アフリカ東部、エチオピアのお隣にあり、“世界一暑い国”といわれているそうだ。そんな暑い国で、ヨシダ氏は山盛りのアイスを食べていたのだが、量が多すぎて食べ切れなくなってしまった。すると、ガイドのフセインが「僕も要らない。ちょっと見ててね!」と、アイスを片手で持った。次の瞬間、すれ違いざまにひとりの少年が絶妙なタイミングでフセインからアイスを受け取って、何事もなかったかのようにおいしそうに食べているではないか! 知らない人からすれ違いざまに食べ物をもらうなんて、日本では信じられない話だが、これはジブリでは当たり前のことだという。 一方、フランス語圏のマリでは、毎日、イライラ。ジャイアン気質で、下心のある下ネタ連発の現地ガイド・シセは、どれだけヨシダ氏が嫌がっても、<ナギはオレのことを好きに違いない>という、おめでたいプラス思考。終始、発言がうざい上、足場の悪い道では、転ぶと危ないからとカメラバッグを持ってくれたハズなのに、自分がつまずいて小銭をばらまき、お金に群がった子どもたちに、カメラバッグを思い切り投げつけるという信じられない行動に。さらに、マリ滞在中にヨシダ氏は、あからさまな差別にも遭い、「もうヤダァァァァ!!!なんで、そういうことするの!!ホンットにやめてようぉぉ…」と、顔面の穴という穴から水をたれ流し、泣きわめいたことも。 このほか、スーダンで約140匹のゴキブリ部屋に軟禁事件、内戦状態のチャドで兵士に捕まり、ガイドが自分の存在をかばうどころか大泣きして命乞い、ナミビアでの乾燥ウンコ飛ばし、もちろん、初めて服を脱いだ時のエピソードや撮影秘話などもたっぷり書かれている。 日本人の多くは、アフリカのことをよく知らない。そして、興味も持たない。けれど、ヨシダ氏の目を通して描かれたアフリカは、キラキラと輝いていて、超カッコ良くて、時にはつらい目にも遭うけれど、爆笑の出来事の連続。今まで興味がなかった人にも、この国なら行ってみたいかも! と思わせてくれる。 (文=上浦未来) ●ヨシダナギ 1986年生まれ。フォトグラファー。幼少期からアフリカ人への強烈な憧れを抱き、独学で写真を学ぶ。2009年より単身アフリカに渡り、彼らの写真を撮り始める。アフリカの裸族とともに裸になったことや、その奔放な生き方や写真が評価され、さまざまなメディアで紹介される。現在は“アフリカ人の美しさ”や”アフリカの面白さ”を伝えるべく、講演会やコラム寄稿などの活動を積極的に行っている。写真集に『SURI COLLECTION』(いろは出版)がある。『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』(扶桑社)
戦後・高度経済成長期に愛された珠玉のエロス!!『昭和の女優 官能・エロ映画の時代』が発売中
昭和の女優と聞いて、思い浮かぶのは誰だろうか。原節子や高峰秀子といった映画史に残る名作に出演した大女優たちだろうか。それとも若くして亡くなった夏目雅子、大原麗子といった美人女優だろうか。映画ジャーナリストの大高宏雄氏が書き下ろした『昭和の女優 官能・エロ映画の時代』(鹿砦社)はタイトルにあるとおり、“官能・エロ”という視点で昭和の女優たちを振り返った映画レビュー集だ。京マチ子主演の文芸作品『痴人の愛』(49年)から、東映エログロ路線が生み出した怪作『徳川セックス禁止令 色情大名』(72年)まで、大手映画会社が製作した戦後の官能・エロ映画45本を掲載。シネフィル的な回顧本とは異なるユニークな作品選びと記事内容になっている。 本著の第一章は「君は新東宝を観たか」となっており、この章でフィーチャリングされているのは新東宝の看板女優だった前田通子と三原葉子だ。前田通子は『女真珠王の復讐』(56年)で大ブレイクした肉体派女優。南洋の孤島でひとりの女性をめぐって、男たちが殺し合ったという実在の事件“アナタハン事件”を題材にした『女真珠王の復讐』で、前田はフルヌードを披露。“日本初のヌード女優”として前田は、邦画史に名前を刻むことになった。当時の映画館には後ろ姿ながら前田の全裸姿のスチール写真が飾られ、大きな話題を呼んだが、本編にはそれ以上の歴史的シーンがあったことを大高氏は指摘している。「ねぐらで、前田が男に襲われるシーンがあり、彼女の胸を覆った布切れからほんの一瞬だがぽろりと両乳首が露出する。ここは、目をしっかり見開いて、画面を見尽くすしかない。(中略)この乳首露出もまた映画史上特筆すべきだろう」(『女真珠王の復讐』より)と記念碑的エロシーンを記述している。 『女真珠王の復讐』はDVD化されており、気になって視聴してみた。絶世の美女タイプではない前田だが、体格に恵まれ、バストやヒップが実にふくよか。孤島に流された前田は腰にひらひらの短い布を一枚巻いただけで、大きな胸を両手で隠しながら性欲の塊状態である男たちから必死に逃げ回っている。劇場に集まった男性客たちは、いつ前田がおっぱいぽろりするのか固唾を呑んで見守ったに違いない。前田のバストトップのご開帳は本当に一瞬だが、アクシデント的なぽろり感もあって、強烈に目に焼き付いてしまう。『昭和の女優 官能・エロ映画の時代』編著者/大高宏雄 発行所/鹿砦社 定価/1700円(税別)6月20日より発売中
新東宝の海女(あま)映画第1弾『海女の戦慄』(57年)にも前田は主演しており、そちらは全裸シーンこそないが豊満なバストをほぼ全編にわたって惜しみなく見せてくれる。海女=昭和のセックスシンボルだった。『007 ドクターノオ』(62年)の初代ボンドガールだったウルスラ・アンドレスも、『007は二度死ぬ』(67年)で日本初のボンドガールを演じた浜美枝も、どちらも海女だったことを思い出す。磯の香りはどこか人間の原始的本能を刺激するものらしい。“あまちゃん”はいつの時代も男心をくすぐり続ける。 日本初のヌード女優と称された前田だが、映画界の同業者たちからの風当たりは強かった。不憫にも前田は“裾まくり事件”で新東宝のワンマン社長・大蔵貢から「監督に逆らう生意気な娘」と怒りを買い、当時の悪法「六社協定」によって映画界から干されてしまう。前田が去った後の新東宝を支えたのが、『人喰海女』(58年)で初主演を飾る三原葉子だ。三原は脱ぐ前から、顔や腰つきから妖しいフェロモンを漂わせる、妖艶さが売りの女優だった。それにしても三原が出演した作品『肉体女優殺し 五人の犯罪者』(57年)、『女体桟橋』(58年)、『人喰海女』、さらに『女体渦巻島』(60年)と、新東宝のネーミングセンスには惚れ惚れする。こんなタイトルのポスターや看板が映画館の前に掲げてあれば、思春期真っただ中の少年たちは気になって仕方なかったのではないか。 1961年に新東宝が倒産した後、三原は石井輝男監督と共に東映で活躍するようになり、悪女役やワケありな女役を次々と演じることになる。「前田の健康エロと三原の隠微なエロ。二つのエロエロ路線は、日本映画史上もっとも不遇な女優評価に甘んじたと言っていいと思う。だが、ここで宣言しよう。前田、三原こそ、日本映画の性の領域を開拓した女優のパイオニアであったと」(『人喰海女』)と大高氏の筆も熱い。『女真珠王の復讐』前田通子は本作でフルヌードを披露し、日本初のヌード女優として大人気を博す。(c)国際放映
新東宝のお宝的作品以外にも、第二章「一九六四-邦画性革命の時代」では日活時代の今村昌平監督が農村出身の女性(左幸子)の性生活をリアルに活写した『にっぽん昆虫記』(63年)、第三章「今村、大島経て、増村爆発」では増村保造監督が大映の看板女優・若尾文子を使って戦場における性と死を鮮烈に描いた『赤い天使』(66年)といった名作・力作の官能的な魅力をあますとこなく伝えている。アダルトビデオやネット配信の無修正動画とは異なる、昭和の女優たちのエロスの香りを追体験させてくれる一冊となっている。 「映画にとって、官能描写はどんな意味があるのか。はたまた、どのようなバリエーションがあるのか。その視点から、映画のあまり触れられてこなかった魅力を引き出しました。これにより、今までの映画評価からは全く埋もれていた傑作も、見い出すことができました。女優の魅力は官能だと思います。官能の意味と、官能のさらなる復権を意図し、今の映画にも何らかの提言を含ませたつもりです」。日本映画プロフェッショナル大賞の主宰者でもある大高氏はそう語っている。 (文=長野辰次)『人喰海女』主演女優は三原葉子。キリッとした表情とグラマラスなボディで男たちの視線を集めた。(c)国際放映
戦後・高度経済成長期に愛された珠玉のエロス!!『昭和の女優 官能・エロ映画の時代』が発売中
昭和の女優と聞いて、思い浮かぶのは誰だろうか。原節子や高峰秀子といった映画史に残る名作に出演した大女優たちだろうか。それとも若くして亡くなった夏目雅子、大原麗子といった美人女優だろうか。映画ジャーナリストの大高宏雄氏が書き下ろした『昭和の女優 官能・エロ映画の時代』(鹿砦社)はタイトルにあるとおり、“官能・エロ”という視点で昭和の女優たちを振り返った映画レビュー集だ。京マチ子主演の文芸作品『痴人の愛』(49年)から、東映エログロ路線が生み出した怪作『徳川セックス禁止令 色情大名』(72年)まで、大手映画会社が製作した戦後の官能・エロ映画45本を掲載。シネフィル的な回顧本とは異なるユニークな作品選びと記事内容になっている。 本著の第一章は「君は新東宝を観たか」となっており、この章でフィーチャリングされているのは新東宝の看板女優だった前田通子と三原葉子だ。前田通子は『女真珠王の復讐』(56年)で大ブレイクした肉体派女優。南洋の孤島でひとりの女性をめぐって、男たちが殺し合ったという実在の事件“アナタハン事件”を題材にした『女真珠王の復讐』で、前田はフルヌードを披露。“日本初のヌード女優”として前田は、邦画史に名前を刻むことになった。当時の映画館には後ろ姿ながら前田の全裸姿のスチール写真が飾られ、大きな話題を呼んだが、本編にはそれ以上の歴史的シーンがあったことを大高氏は指摘している。「ねぐらで、前田が男に襲われるシーンがあり、彼女の胸を覆った布切れからほんの一瞬だがぽろりと両乳首が露出する。ここは、目をしっかり見開いて、画面を見尽くすしかない。(中略)この乳首露出もまた映画史上特筆すべきだろう」(『女真珠王の復讐』より)と記念碑的エロシーンを記述している。 『女真珠王の復讐』はDVD化されており、気になって視聴してみた。絶世の美女タイプではない前田だが、体格に恵まれ、バストやヒップが実にふくよか。孤島に流された前田は腰にひらひらの短い布を一枚巻いただけで、大きな胸を両手で隠しながら性欲の塊状態である男たちから必死に逃げ回っている。劇場に集まった男性客たちは、いつ前田がおっぱいぽろりするのか固唾を呑んで見守ったに違いない。前田のバストトップのご開帳は本当に一瞬だが、アクシデント的なぽろり感もあって、強烈に目に焼き付いてしまう。『昭和の女優 官能・エロ映画の時代』編著者/大高宏雄 発行所/鹿砦社 定価/1700円(税別)6月20日より発売中
新東宝の海女(あま)映画第1弾『海女の戦慄』(57年)にも前田は主演しており、そちらは全裸シーンこそないが豊満なバストをほぼ全編にわたって惜しみなく見せてくれる。海女=昭和のセックスシンボルだった。『007 ドクターノオ』(62年)の初代ボンドガールだったウルスラ・アンドレスも、『007は二度死ぬ』(67年)で日本初のボンドガールを演じた浜美枝も、どちらも海女だったことを思い出す。磯の香りはどこか人間の原始的本能を刺激するものらしい。“あまちゃん”はいつの時代も男心をくすぐり続ける。 日本初のヌード女優と称された前田だが、映画界の同業者たちからの風当たりは強かった。不憫にも前田は“裾まくり事件”で新東宝のワンマン社長・大蔵貢から「監督に逆らう生意気な娘」と怒りを買い、当時の悪法「六社協定」によって映画界から干されてしまう。前田が去った後の新東宝を支えたのが、『人喰海女』(58年)で初主演を飾る三原葉子だ。三原は脱ぐ前から、顔や腰つきから妖しいフェロモンを漂わせる、妖艶さが売りの女優だった。それにしても三原が出演した作品『肉体女優殺し 五人の犯罪者』(57年)、『女体桟橋』(58年)、『人喰海女』、さらに『女体渦巻島』(60年)と、新東宝のネーミングセンスには惚れ惚れする。こんなタイトルのポスターや看板が映画館の前に掲げてあれば、思春期真っただ中の少年たちは気になって仕方なかったのではないか。 1961年に新東宝が倒産した後、三原は石井輝男監督と共に東映で活躍するようになり、悪女役やワケありな女役を次々と演じることになる。「前田の健康エロと三原の隠微なエロ。二つのエロエロ路線は、日本映画史上もっとも不遇な女優評価に甘んじたと言っていいと思う。だが、ここで宣言しよう。前田、三原こそ、日本映画の性の領域を開拓した女優のパイオニアであったと」(『人喰海女』)と大高氏の筆も熱い。『女真珠王の復讐』前田通子は本作でフルヌードを披露し、日本初のヌード女優として大人気を博す。(c)国際放映
新東宝のお宝的作品以外にも、第二章「一九六四-邦画性革命の時代」では日活時代の今村昌平監督が農村出身の女性(左幸子)の性生活をリアルに活写した『にっぽん昆虫記』(63年)、第三章「今村、大島経て、増村爆発」では増村保造監督が大映の看板女優・若尾文子を使って戦場における性と死を鮮烈に描いた『赤い天使』(66年)といった名作・力作の官能的な魅力をあますとこなく伝えている。アダルトビデオやネット配信の無修正動画とは異なる、昭和の女優たちのエロスの香りを追体験させてくれる一冊となっている。 「映画にとって、官能描写はどんな意味があるのか。はたまた、どのようなバリエーションがあるのか。その視点から、映画のあまり触れられてこなかった魅力を引き出しました。これにより、今までの映画評価からは全く埋もれていた傑作も、見い出すことができました。女優の魅力は官能だと思います。官能の意味と、官能のさらなる復権を意図し、今の映画にも何らかの提言を含ませたつもりです」。日本映画プロフェッショナル大賞の主宰者でもある大高氏はそう語っている。 (文=長野辰次)『人喰海女』主演女優は三原葉子。キリッとした表情とグラマラスなボディで男たちの視線を集めた。(c)国際放映
全国216万人を喰い物にする“悪い奴ら”──貧困ビジネスと闘った900日『潜入 生活保護の闇現場』
生活保護法は、戦後、路上に溢れた孤児や大黒柱を失った家庭を救済するため、GHQ指導のもとに戦前の生活保護制度といえる救護法を廃止してスタートした国内最大のセーフティネットだが、実態がどういったものか知る人は少ないだろう。 『潜入 生活保護の闇現場』(ミリオン出版)は、生活保護受給者を喰い物にする悪しき「貧困ビジネス」と闘った著者・長田龍亮の900日のルポだ。長田は、ひょんなことから貧困ビジネスを展開していた「ユニティー出発(たびだち、以下ユニティー)」の施設で暮らすことになる。 ユニティーでは、おおよそ50歳以上の不特定多数の男性が生活していたという。彼らは、1人ももれずに受給者。生活保護を受けると、生活保護法で定められた“健康で文化的な最低限度の生活”を保障するための現金が毎月支給される。人によって金額は違うが、ユニティーはそれらを支給日に根こそぎ回収し、そのかわりに、毎日3食付き、狭小だがプレイバシーが確保された個室と、月に1度500円を自由な金銭として支給していた。 吸い上げられた保護費は、ユニティーの運営者である和合秀典が自身の事業の補填に回していた。和合は、ユニティーを運営する一方で赤字続きの飲食店など、儲けの出ない事業をいくつも抱えていたのである。 それを知った長田は、反旗を翻し次の受給日に「払いません!」と力強く宣言する。自身が第一号となれば、後に続く者もいるだろうと考えていた長田だったが、寮内の反応は薄い。 しばらくして、以前からユニティーと和合にらんでいた弁護団によって、和合は所得税法違反で逮捕された。300人以上いたとされる入所者は、別の施設に移動したり、福祉事務所の協力の下、職を得て寮を出て行った。ユニティーは閉鎖され和合の事業は、すべて廃業となった。 寮を出た人々は、保護費を他人に回収されることなく、自立した “健康で文化的な最低限度の生活”を謳歌していることに違いない……。長田がかつての寮仲間に会いに行くと、そうではない現実が待っていた。仕事にありつけてもすぐに辞めてしまったり、保護費を受給日にすべてパチンコやキャバクラに使ってしまうなど、ユニティーよりもひどい環境下で生活を送っていた。 後になってわかることだが、 “悪い奴ら”だったユニティーが他の施設よりも格段に環境がよく、和合を恨むどころか今でも感謝しているという声が多く上がった。思えば月に1度の500円しか支給されない金銭も、こうした乱費を防ぐための処置になっていたのかもしれない。生活保護費を巻き上げる一方で、環境が整ったユニティーと、ボランティアが運営する無償だが6畳の部屋にすし詰めにされる施設とでは、どちらが喜ばれるかは一概には言えないだろう。 被害者はいったい誰なのか。ある入所者が、ユニティーから助け出すといわれ、名目の上で協力した裁判を後に取り下げたところ、弁護費用として到底支払えない額を請求されたという。100万を超えるその請求を叩きつけたのは、ほかでもないユニティーを閉鎖に追い込んだ弁護団だった。 貧困ビジネス自体に違法性はない。しかし、ビジネスである以上、入所者が減ってしまうと経営が立ちゆかなくなるのがジレンマだ。路上生活者にとって、ユニティー出発のような施設は間違いなくありがたい存在で、つまりはそれを提供する和合も同様にありがたい存在だったのだ。 2012年、売れっ子芸人の不正受給が発覚。それ以降、受給者に対する世間の目は厳しくなった。今現在、生活保護受給者は全国で216万人以上。これは、制度がスタートしてから過去最高だとされる。216万人の行く末は、いったい誰が握っているのだろうか。『潜入 生活保護の闇現場』(ミリオン出版)
増加する“ストーカー殺人”加害者の心の深淵をのぞく『ストーカー加害者:私から、逃げてください』
先月、東京・小金井市で女子大生シンガーソングライターがファンを名乗る男に襲われる痛ましい事件が発生した。男は、SNSで女子大生に対して脅迫めいた発言を続けていたと報じられている。2010年代に入り、こうしたネットを介したストーカー事件が後を絶たない。そういった中で、無視され続けてきたストーカー加害者のパーソナリティを知る必要があるという声が上がるようになった。その声の主は、ストーカー殺人の被害者遺族だった。 『ストーカー加害者 私から、逃げてください』(河出書房新社)は、著者でドキュメンタリー・ディレクターとして活躍する田淵俊彦が複数のストーカー加害者とされる人に行ったインタビューを元にしたルポだ。 田淵は、インタビューの結果から、ストーカーは3タイプに分類できるという。 「私は被害者であり加害者ではない」と語る佐藤さん(仮名)は、わかっているけどやめない“執着型”。相手より優位に立ちたいという気持ちが強いのが特徴で、佐藤さんは「相手が這いずりまわる姿をみたい」と、平然と言ってのける。佐藤さんが執着するのは、別れ方がわからないから。「別れるくらいなら、殴るくらいのことをしてみせて」。歪んだ愛情表現を口にする。 50代後半の田中さん(仮名)は、わかっていないからやめられない“求愛型”。一途な人が多く、思い込みが激しいこのタイプは、「相手がどう思っているか?」を理解するまで、延々とストーカー行為を繰り返す。田中さんは、相手が今でも自分の求婚を受け入れてくれるのだと信じている。 ネット上で知り合った面識のない男性に、理想像を重ねる上田さん(仮名)は、わかっているけど、やめられない“一方型”だ。ストーカー行為をしている自分自身にアイデンティティを見いだし、なにもしていないことが耐えられない。「私は、その人が住んでいた家が自分の家だと思っていたんです」上田さんは、6時間もかかる相手の家に何度も通った。 本書に登場するDVのない社会を目指す民間団体「アウェア」の吉祥(よしざき)さんは、ストーカー予備軍の増加の一因はデートDVにあるという。吉祥さんが、「強い束縛は愛情表現だと思うか?」と何人かの高校生に投げかけたところ、ほとんどが「そうだ」と答えた。 「束縛は大切にされている感がある」「重い、って思われないなら束縛はしたい」デートDVの兆候のひとつが若者の間で“強い愛情表現”になってしまっている。そんな歪んだ愛情表現が、関係が切れた瞬間に憎悪に変わり、ストーカーを生み出すのは言うまでもないだろう。 田淵が本書の執筆にあたり、取材したテープは100時間を超える。加害者の本音を記録したそれらを読み解いていく作業は精神を削っただろう。田淵はこう言う。「ストーカー加害者はあなたの隣に普通にいる。いや、あなたの心の中にいる。そして私の心の中にも……」『ストーカー加害者:私から、逃げてください』(河出書房新社)















