「イノベーション第3世代」 就活生に向けて、津田大介がSNS・クラウド活用術を伝授

 サイゾーのニュースサイト「Business Journal」の中から、ユーザーの反響の大きかった記事をピックアップしてお届けします。 ■「Business Journal」人気記事(一部抜粋) “超肉食系デキ婚”でヒンシュクの仲里依紗は、離婚危機率が30%以上!? 眠くなる花粉症薬はもう古い! 新薬が続々登場の花粉症薬最前線 仮釈放の堀江貴文「服役中、人間関係で身につまされた。事業欲が取れなかった」と語る ■特にオススメ記事はこちら! 「イノベーション第3世代」 就活生に向けて、津田大介がSNS・クラウド活用術を伝授 - Business Journal(3月26日)
マイクロソフトを中心に118社が加盟する「ウィンドウズ・デジタルライフスタイル・コンソーシアム(WDLC)」が主催する、就職を目の前にした学生に向けたレクチャー「就職直前!社会人的パソコン講座」が開催
(写真 萩原雄太)
 マイクロソフトを中心に118社が加盟する「ウィンドウズ・デジタルライフスタイル・コンソーシアム(WDLC)」が主催する、就職を目の前にした学生に向けたレクチャー「就職直前!社会人的パソコン講座」が開催され、ジャーナリストの津田大介とタレントの南明奈が登場! 就活生たちに、社会人を迎えるにあたってのSNSクラウド活用術を伝授した。

■津田大介おすすめアプリ5選  学生世代からも絶大な人気を誇る津田氏のセミナーとあって、会場に集った就活生からは本気の雰囲気が溢れ出る。就職活動で一流企業の狭き門を突破しても、人生を左右するのはその後の働き。まだスタートラインに立ったばかりの就活生たちだが、彼らのビジネスをサポートするデジタルツールの活用方法には興味津々。  まず、津田氏が語るテーマは「人生を変えるSNS活用術」。もはや社会人にとって欠かせないSNS。学生時代はサークルの仲間や友達などとの交流をメインに使用し、気のおけない間柄で冗談や軽口なども気軽に投稿できたが、社会人になれば、会社や取引先の人と繋がりが増え、気軽な利用が難しくなる場合も……。会場の就活生の中でも、ダントツで利用が多かったのがTwitterFacebook。この2大SNSの使い分けとして「Facebookは、友人知人がいるホームパーティ。一方知らない人とも交流できるTwitterは交流会や立食パーティのようなもの。知らない人でも声をかけてみたほうが世界が広がります」と津田氏が説明すると、一斉にメモをとる手が動く。「Twitterで友達や芸能人ばかりをフォローしてても面白くない。とりあえず100人フォローして、情報が流れていく感覚を掴んでほしい」と、学生時代とは違ったSNSの利用方法を語る。  また、ネット上にデータを保存し、家や会社のPC、移動中のスマホやタブレットなど様々なデバイスでいつでも閲覧・作業を行えるクラウドツールもまた、スピードを求められる現代のビジネスでは欠かせない。DropboxEvernoteなど、様々なクラウドアプリがある中、津田氏が愛用しているのが「Microsoft OneNote」だ。このアプリを活用し、津田氏は日常の思いつきやアイデア、さらには美味しいお店の情報まで、様々なデータをクラウドで管理している。「『Microsoft OneNote』のなかでも、特に使えるのが画像キャプチャ機能。写真から文字を読み取って保存してくれるんです」と、津田氏もその先進的なシステムを活用中。また、Windows 8にプリインストールされているストレージサービス「Microsoft SkyDrive」には、過去に執筆した原稿データや音声ファイルを保存し、突然のデータ喪失などに備えているという。  そして、SNS、クラウドに続き、3つめのテーマとして掲げられたのが、ビジネスに役立つツール・アプリの紹介。「Microsoft OneNote」「Microsoft SkyDrive」のほかにも、津田氏は打ち合わせ用に「Skype」や、メルマガ編集のやり取りをするために「Dropbox」を愛用している。また「特におすすめしたい」と力説するのが「Eight」という名刺管理アプリケーション。オンライン上で名刺を管理し、FacebookやTwitterなどのSNSにも対応。名刺の持ち主がFacebookと連携させてこのアプリを使用していれば自動で更新してくれるというスグレモノだ。現在、津田氏はこのアプリに10,000枚もの名刺データを保存中。外出先でも名刺データにアクセスし、素早く連絡が取れる状態を確保している。  さらにイベント後半に、“アッキーナ”ことタレントの南明奈が登場すると、壇上は一気に華やかな雰囲気に。新人OLをイメージしたリクルートスーツで登場し、津田氏の部下役としてクラウド上でデータのやり取りをするデモンストレーションを実施した。  パソコンについてはあまり詳しくないアッキーナだが、「Microsoft SkyDrive」を利用し、ドラッグ&ドロップの操作だけで、あっという間に津田氏とデータを共有。その素早さに、アッキーナも驚きを隠せない様子だ。しかし、その構造はあまり理解していないようで、上司役の津田氏「ネットでポンポーンと送っておきました」と、社会人にはあるまじき報告を……。これには津田氏も苦笑いを浮かべるものの「私でも簡単にできました。デキる女になった気分です!」と、新入社員はご満悦の様子だった。  1973年生まれの津田氏は、大学時代に黎明期のインターネットに触れると、すぐにその世界にのめり込んでいった。「大学時代にクラウドやソーシャルと出会った今の学生はイノベーションを起こす第3世代となるはず。この世代の活躍に期待しています」とエールを送る。またアッキーナも「パソコンがデキる男の人はカッコイイ」とコメント。「簡単にネットでデータを送れる最新のパソコンが欲しくなってしまいました」と、クラウド活用に意欲を示した。  このイベント企画したマイクロソフトの嶋内愛氏は「今も、PCの市場ではウィンドウズOSが圧倒的なシェアを占めているが、スマートフォンやタブレット市場ではまだ成長段階。将来への投資として、積極的に学生世代にウィンドウズOSの利点を訴求していく」と今後の方針を語る。王者・マイクロソフトとはいえ、長期的な展望はまだまだ未知数であり、盤石の体制を整えたい考えだ。同じくWDLCの主催によって2月に開催された、次世代の若者を対象としたアプリコンテスト「Digital Youth Award」には1000人もの学生が参加し、それぞれ魅力あるWindowsストア向けアプリを制作した。  「今後もコンテストをはじめ、さまざまな形で若者たちのPCライフをサポートしていきたい」と熱意を燃やす嶋内氏。“みんなのWindows”から、“若者のためのWindows”へと、変化の兆しが見えている。
(文=萩原雄太/かもめマシーン)

■おすすめ記事 “超肉食系デキ婚”でヒンシュクの仲里依紗は、離婚危機率が30%以上!? 眠くなる花粉症薬はもう古い! 新薬が続々登場の花粉症薬最前線 仮釈放の堀江貴文「服役中、人間関係で身につまされた。事業欲が取れなかった」と語る 人気フジドラマ『最高の離婚』の“最高の”楽しみ方 ツイッターもどき「イマつぶ」? パナソニックのプラズマテレビ撤退はB2B企業転換への布石!? 改革への大きな一歩

「脱原発で津田大介を擁立」の声も……負けられない民主党の東京都知事選候補者は?

daisuketsuda.jpg
津田大介Twitterより
 民主党の一部議員の間で、ジャーナリストの津田大介氏に東京都知事選出馬を求める声が上がっていることが明らかになった。  石原慎太郎・東京都知事の辞職に伴う東京都知事選は、11月29日告示、12月16日投票の日程で行われる。だが、突然の辞任表明ゆえ、明確な支持を集めた上で出馬を表明している人物はまだいない。石原氏は辞職を表明した記者会見で、猪瀬直樹副知事を後継指名しているが、猪瀬副知事も出馬の意思は明確にしていない。さらに、東国原英夫前宮崎県知事や蓮舫前行政刷新担当大臣、小池百合子元防衛大臣、さらには松沢成文前神奈川県知事も出馬するのではないかと取り沙汰されているものの、はっきりしない。  そうした中、民主党の一部では、ジャーナリストの津田大介氏に出馬を要請する動きも始まっているという。津田氏をめぐっては先週末、Twitter上で都知事選出馬を求めるツイートが繰り返されたが、本人は「出ません」と返答している。果たして、どれほど真実味のある話なのか?  消息筋によれば、民主党内部では「都知事選で焦点になるのは、原発への対応。津田氏ならば“脱原発”で一致できるし、確実に票を取ることができる」と、同氏を推す声も強まっているという。  民主党は、2011年の都知事選では独自候補の擁立を断念し、外食大手「ワタミ」会長の渡邉美樹氏の支援に回った。さらに、前々回の07年の都知事選でも独自候補を立てることができず、元宮城県知事の浅野史郎氏を支援する形を取って惨敗している。  また、石原都政に批判的だった左派的な市民運動も、これまで対抗馬をまったく立てることができなかった。03年には、東京家政大学名誉教授の樋口恵子氏、07年には浅野氏の支援に回ったが、まったく対抗できなかった。11年には「市民派」の候補者は、擁立すらできない状態に追い込まれた。  このような背景の中で、名前が急浮上してきた津田氏はジャーナリストもしくはメディア・アクティビストを名乗り、Twitterを利用したリアルタイム中継を指す「Tsudaる」という言葉でも知られる人物。国の文化審議会著作権分科会において複数の小委員会で専門委員を務めたほか、一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)代表理事も務め、著作権問題などへの言及、インターネットを利用した情報発信で注目を集めており、ネットユーザーを中心に若年層に対する知名度は格段に高い。  その一方で、民主党内では既存勢力からの抵抗もあり、調整は難航しているというウワサもある。いずれにしても、出馬すれば都知事選の台風の目になることは容易に予測できる。  当の本人は、こうした出馬を求める声をどう受け止めているのか。さっそく、津田氏を直撃したところ、 「(民主党から)オファーは特に来ていませんし、来たとしても出るつもりはありません」 と、述べるにとどまった。  民主党の候補者選びが、思いも寄らなかった新顔の登場になるのか。あるいは、適当な候補者でお茶を濁すのかはまだわからない。折しも11月10日(土)には、前首相で民主党最高顧問の菅直人氏がロフトプラスワンに出演し、トークライブを行うことが決まっている。もしかすると、この席で何かしらの「重大発表」があるのではないかと、期待は膨らむ。  いずれにしても、大衆の側が「この人に都知事になってほしい」と声を上げるのが、最良の方法だろう。 (取材・文=昼間たかし)

【6.11 SHARE FUKUSHIMA】大破したコンビニでチャリティーライブ 被災地"圏内"に響く歌声

sf01.jpg
会場となった「セブンイレブンいわき豊間店」。
 今年もそのビーチは、多くのサーファーや海水浴客で賑わうはずだった。東北地方でも有数の美しさを誇り、「鳴き砂の浜」としても有名な豊間海岸は、3月11日に発生した東日本大震災に伴う大津波で壊滅的な被害を受け、多くの死者・行方不明者を出した。3カ月が経過した現在でも1階部分が完全に破壊された民家群がその無残な姿をさらし、田畑には乗用車やトラックが転がっている。  そんな豊間地区の海岸線から目と鼻の先で営業していた「セブンイレブンいわき豊間店」もまた、がれきに埋もれた建物のひとつだった。店内に流れ込んだ木材や土砂や自動車が撤去されると、ひしゃげた鉄骨と天井だけが残っていた。  過日、同店の店長・金成伸一は、被災地取材に訪れたジャーナリスト・津田大介に、こんな話をしたのだという。 「つらいことはたくさんあるけど、ここで楽しいことをたくさんやって、楽しいことでつらいことを上書きしたい」  その思いが、ちょうど3カ月目の6月11日に、チャリティーライブ「SHARE FUKUSHIMA」という形で結実した。 ■ボランティアツアーは即日完売  「SHARE FUKUSHIMA」の参加告知が行われたのは、開催のわずか2週間前。早朝に東京をたち、正午を挟んで被災地見学、がれき撤去やゴミ拾いなどのボランティア活動を行い、午後2時30分から約2時間のライブに参加し、夕刻に現地をたって東京に戻るというスケジュールのバスツアーは、たった1日で定員の84席を埋めてしまった。1万円のツアー参加費全額と義援金を合わせた100万円が、募金団体などを通さず直接いわき市豊間地区に寄付された。  「SHARE FUKUSHIMA」をプロデュースした津田大介は、こう語っている。 「ボランティアをやりたい人、こっち(被災地)でライブをやりたいと思っているミュージシャンはたくさんいる。ただ、まじめな人ほど、そういうものに二の足を踏んでしまうんです。そういう二の足を踏んでいる人の背中を押して、しかもそれが具体的な復興につながるようなことがやりたかった」
sf02.jpg
 そんな津田の思いに共鳴したのが、音楽家・渋谷慶一郎とシンガーソングライター・七尾旅人。それに、いわき市在住のアーティスト・YDMだった。  5月9日に移動販売車による営業を再開した「セブンイレブンいわき豊間店」。むき出しになったフロアには不釣り合いなグランドピアノが運び込まれ、アンプセットやネット中継用の機材が次々に設置されると、簡易ステージが出来上がった。朝から降り続いた雨は上がったが、吹き抜けた海からの風には、ほんの少し腐敗臭が混じっていた。 「これから最高のライブが始まりますが、大きな地震が起きたら、このイベントをやめます。やめて逃げます。津波が来たら、あっちに高台があるので、あそこに逃げようということも決まっています。トラブルが起きたら、一緒に逃げましょう」  開演を心待ちにする参加者を前に津田がそうあいさつして、「SHARE FUKUSHIMA」は幕を開けた。 ■3カ月目の「2時46分」、捧げられる黙とう  2時30分、渋谷と七尾による即興演奏から、ステージは始まった。渋谷のピアノに乗せて、七尾が言葉を、歌声を散りばめてゆく。やがて音楽が豊間の浜を包み込んだころ、渋谷のピアノがやみ、津田があらかじめ予定されていた一言をつぶやく。 「黙とう──」  2時46分だった。アーティスト、参加者、スタッフ、地元の方々、「SHARE FUKUSHIMA」に集まった100人以上の誰もが目を閉じ、1分間の沈黙を捧げた。あの日、すべてを奪い去っていった猛烈な津波の水面は、いま我々がいる場所の、はるか頭上にあったのだ。  長い長い1分間の黙とうの後、再び音楽は奏でられた。まずは渋谷がピアノソロを披露。まるで十指で語り掛けるようなその調べの合間を縫うように、地元のアーティスト・YDMがステージをカラフルなテープで彩っていった。最後に渋谷が「七尾の声をイメージして作った」という曲を演奏し、再び七尾とのセッションが始まる。 ■被災地で歌う、ということ  七尾は震災後、精力的にチャリティーイベントなどでライブを行っているアーティストの1人だ。福島にも何度も足を運んでおり、その際いろいろな人と出会って生まれたのが、福島第一原発事故の影響で警戒区域となっている地域のことを歌った「圏内の歌」という楽曲だという。
nanaot.jpg
七尾旅人氏。
「こういう場所で歌うことに、どれほどの意義があるのか分からない。いま、歌が意味を持つということはものすごく難しくて、津田さんが音楽イベントをやりたいって言ったときに僕も慎重になってしまって、どういう形だったらいいのかということをものすごく考えた。それでもやっぱり歌いたい曲もできてきて、この歌もそのひとつ。福島で歌うのは2回目です」  一言ひとこと、七尾はかみしめるように参加者に語り掛けると、ゆっくりとギターの弦を弾いた。 「子どもたちだけでも/どこか遠くへ逃がしたい/どこか遠くへ逃がしたい/離れられない小さなまち」  福島第一原発から50km圏内で奏でられたそのストレートなメッセージは、「SHARE FUKUSHIMA」スタッフによるUstream中継と、5名の中継班を現地に派遣した「ニコニコ生放送」によって、リアルタイムで数万人の視聴者に届けられた。  終演後、津田の紹介で、今回のライブの発端となった「セブンイレブンいわき豊間店」の店長・金成がステージに立った。「そんなに大した男じゃないよ」と照れ笑いを浮かべながらも、金成は参加者への感謝の言葉とともに、現地の苦しい状況と決意を打ち明けた。 「津波だけじゃなく、地震も、原発の問題もあって、地域のきずながズタズタになってしまったところもある。だけど、行政に頼るだけじゃなく、自分たちでこういうことを『やってみっぺ』と、何か始めてみたいと思った。そういう小さなことが、そのうち、大きな渦になっていくんじゃないかと。世の中には、いつも目の前に迷いがある。その中で、楽しい道を選んでいく。自分が夢中になれることに、夢中になっていく。そうすれば、道は開ける......っぺ!」 ■「やってみたら、できちゃうもの」  搬出されるグランドピアノを見送りながら、「イベントのプロデュースなんてまったく初めてだった」という津田に話を聞いた。 「東京から連れてきた人たちに、被災地の現状を何の後ろめたさもなく見てもらって、それを持ち帰ってもらう。かつ、被災地のためになることをやってもらって、ライブを見て幸せな気持ちで帰ってもらうというパッケージを考えるまでは、すごく大変だった。でも、(七尾)旅人くんと渋谷くんがすごく共鳴してくれていたし、やれば絶対面白いイベントになるというのは分かりきっていた」
shibuyak.jpg
渋谷慶一郎氏。
 参加した人、ネットで見ていた人には、この体験を「SHARE」してほしいと津田は語った。それが「SHARE FUKUSHIMA」の目的だった、と。  準備期間はたった2週間。グランドピアノの手配が整ったのは、わずか2日前だったという。演出スタッフとしてUstream中継を担当した編集者・伊藤ガビンは「回線がつながったのは開演の10分前。まったく、津田組はいいかげんでどうしようもないよ」と大口を開けて笑い、津田も「ガビンさんに言われたくないよ! でも、やってみたらできちゃうもの。信頼関係もあったしね」と今日一番の笑顔を見せた。  震災以降、Twitterをはじめとしてジャーナリスト・津田大介の存在感は日増しに大きくなってゆく。野暮と知りつつ、ずっと津田に聞きたかったことを聞いてみた。その猛烈なモチベーションは、いったいどこから来るものなのか、と。 「ソーシャルメディアの情報というのは可能性があるものなんだよっていうことを説いてきた立場だったので、最初はそれをどれだけ示せるかっていうのを自分で見極めたい気持ちもあった。正直な話、もっと役に立たないと思っていたけれど、思っていたよりも役に立ったな、というのが震災直後に見えてきた中で、じゃあこれから先、復興というところで、もっとソーシャルメディアの役割って大きくなるんじゃないかなって、ずっと感じていて。その中でひとつ具体例を作るというか、その積み重ねが大事だと思っているので、これが唯一の正解ではないけれど、ひとつのものとして面白いケースがつくれたんじゃないかなと」  確かに津田はこの日、土曜日の昼間に約100人の若者をボランティアとして被災地に連れ出し、100万円を現地に置いてきた。しかも、かかわった誰もが満足する形で、それを達成した。  その思いを、行動を、もっと多くの人が「SHARE」できたら──。  6月11日現在、東日本ではいまだ10万人近くが避難所で暮らし、罹災によって仕事や生活の目処が立たない方々はその何倍にも上るだろう。実際、ライブ後に立ち寄ったいわき市の久ノ浜地区では、2カ月前に訪れたままに(http://www.cyzo.com/2011/04/post_7045.html)、がれきの山が手付かずで残っていた。収束の兆しさえ見えない原発事故による被曝への恐怖は、静かに、しかし確実に東日本全体に広がりつつある。  それでも。  あの日の午後2時46分で止まった時計の針が、また少しずつ回り始めていることだけは間違いないはずだ。 (文中敬称略/取材・文=編集部) ●SHARE FUKUSHIMA <http://www.asaho.net/share-fukushima/>
Rollin'Rollin' 音楽の力。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 【震災3カ月】「昨日もここで遺体が出た」津波被害の岩手県・陸前高田市 現地レポ(1) 【震災3カ月】「津波の恐怖は一生忘れない」津波被害の岩手県・陸前高田市 現地レポ(2) 七尾旅人×津田大介 「消極配信から積極配信へ」Twitter、USTREAMが変えた音楽の新しいあり方

「あのころ、ネットがなくて本当によかった」【小明】中2のままのアイドルライフ

akari_shishido001.jpg
 元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが自らカメラマンとして可愛い声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の10回目なのですが、なんと今回は私! 小明がルンルンに写真を撮られてインタビューまでされてしまっています! そしてインタビュアーには、なんと津田大介さんが! 忙しいのに! もったいない! 小明 ギャー! ほんとに津田さんが来た!! 忙しいのにすみません!! 津田さんの貴重なお時間を私なんぞに使わせてしまってすみません!! 津田 いえいえ。初めまして、ですよね。 小明 本当は以前インターネットの番組でご一緒するはずだったんですが、道中でダウンしてしまって......よくあるんですよ。先日も駅のホームで白目を剥いていたら駅員さんに声をかけられてしまって。 津田 よくあるんだ(笑)。でも人生って、生きていて楽しいこともあれば、辛いこともあるわけじゃない。例えば、この1年は楽しいことと辛いことのバランスはどれくらいでした? 小明 8-2くらいで辛いような......。でも、それなりに良いこともあるからなんとかなってます。最近、あまりにも寂しくて、わびしくて、「このままじゃ死ぬかもしれない」と思ったら、Amazonでマンガを買うんです。本屋じゃなくAmazonで。なぜなら、それを待ってるときと、ポストにマンガが入ってるときと、それを読むとき、本棚に入れるとき、何回も楽しいじゃないですか。だからいっぱい買いすぎちゃって、どんどん貧しくなっていくんですよ~。 akari_shishido002.jpg 津田 そうは言っても、小明さんはすごくいろんなメディアを使って表現しているわけじゃないですか。文章を書いて本を出したり、インタビューもするし、インターネットで生放送もすれば、ブログもTwitterもやる。自分では、どれが一番自分に向いてますか? 小明 向いている......? たぶんどれひとつ向いてないです。 津田 そのわりに、すごくいろんなことをしっかりやってるなって印象がある。 小明 他に何もできないからじゃないですかね......私、普通に働こうと思ったら絶対に使えないと思うし......。 津田 自分で営業はするんですか? 仕事を取ってくるための。 小明 営業はできないです。自分を売り込むのができないんですよ。「私はこれができます! 得意です!」っていうのがないので......。 津田 じゃ、このサイゾーなんかも含めて、いろんな表現をやってみて、それを「面白い」と思った人から声がかかるっていう。 小明 それだと一番助かります。だから、とりあえず仕事の間口だけは広げておかないと、と思って、TwitterとかUstreamとかもやってみてるんですけど、いまいち使いこなせてないような......。自分で営業に行くとなると、「私、なんでもできます!」って言わなきゃいけない気がして、なかなか行けずにいるんですよ。 津田 普通は言うんですか? 「何でもできます」って。 小明 グラビアアイドルで事務所に所属していたときに、そっちの方が可愛がられると思って、初めは「何でもやります! がんばります!」って姿勢だったんですけど、私はがんばり方を、事務所はがんばらせ方を間違えたみたいで、精神的な疲労だけがたまって、頭がハゲたり鬱になって文句と自虐しか言えなくなったりで、誰も得をしない状態に......。だから、「何でもやります!」って言わないほうがいいのかなって思ってます。不得意分野を頑張ることが力になる人と、鬱になる人がいるから。 津田 今は、インターネットを使っていろいろやってますけど、初めて自分専用のPCを持ったのはいつごろですか? 小明 それは高校、大学くらいですね。遅いほうですよ。今の子は前略プロフとかモバゲーとか、本当に幼いうちからいろんなツールがあるから、自分の恥ずかしい黒歴史を残しがちじゃないですか。恥ずかしい日記や写真をフルネームつきで晒してる人も多いし......私がひきこもってた中2のころにそれがなくて本当によかった。携帯もパソコンも持ってなくて命拾いですよ。 akari_shishido003.jpg 津田 やっぱり、痛いことを考えたり、鬱々したポエムとか書いたりしてた? 小明 完全にひきこもりのオタクだったので......。とにかくマンガが好きで、当時は『るろうに剣心』とか『幽☆遊☆白書』とか、皆が一周して飽きてきた頃にハマりだす、みたいなのが多かったです。ひねくれてるんで、流行ってるときには手を出せずに、ちょっと過ぎてから読んで「面白いじゃん!!」みたいな。だから、3年後くらいに「今、『ワンピース』が超熱い!」とか言ってそうです。 津田 オタクをやめなきゃ、という反動があって芸能界を目指したってことなのかな。 小明 反動というか、中3のときに、ひきこもりから脱するためにも、お気に入りのマンガを全部ダンボールに入れて厳重に封印したんです。ほら、二次元にハマッて、更にひきこもりだと、現実と妄想の区別がつかなくなってくるじゃないですか? 津田 いいえ? 僕はそういうことはないですけど......。 小明 本当ですか!? へぇー!! そういう人もいるんですね!! 津田 ......はい。そのときは、世の中や社会はどのような物だと思っていました? 小明 そんなのは、自分の部屋から出ないから、分かるわけがないです。インターネットもなかったし。とにかくマンガだけは毎週出てくるし、夜になれば外出もできて単行本も買いに行けるから、それだけで幸せでした。もしあのころネットがあれば、ハードな2ちゃんねらーかネトゲ廃人になってたと思います。 津田 学校にはまったく行ってなかったんですか? 小明 中2はほぼ行ってないですね。3年になって、「このままじゃ二次元の世界から帰ってこられなくなる」という危機感があって、現実に帰ろう、高校に行こう、と。まずは塾に通わせてもらって、女子高に受かって、高校デビューです。 津田 高校デビューはどのような形で? 小明 ひきこもりオタク時代の私を知ってる人がいないので......いっちょまえに社交して、友達もいて、カラオケに行ったり、プリクラを撮ったり、ファーストフードでダベッたり......あれが人生の春でしたね。青春と呼べる日々でした。『あずまんが大王』みたいな、良いバカな女子高生でしたよ。 津田 部活とかは? 小明 部活、ダメ、怖い。 津田 怖い? クラスとかには仲のいい人もいたでしょ? 小明 一年先に生まれた人が絶対的な権力を持っていて、それに屈さねばならないのが理解できなくて......高校デビューでそこそこの社交性はアップしたものの、部活に励むほどの協調性はまだなかったんだと思います。仲の良い子もいましたよ! akari_shishido004.jpg 津田 高校のときは、オタク趣味は? 小明 マンガは好きでしたね~! 同じ巻を何冊も持ってましたね! 津田 ......ごめんなさい、ちょっと意味がよく分からない。 小明 気に入った巻を何冊も持ってたんです。 津田 例えば、『るろうに剣心』の12巻が最高だよねと思ったら、それを何冊も持っていたと。 小明 ええ、ええ。ちなみにその時は『幽☆遊☆白書』の7巻、8巻、13巻、あと確か......。 津田 (無視して)何のために? 保存用、観賞用、布教用みたいな? 小明 布教する友達もいないので、完全に自己満足ですね。あとは、弱い私を支えてくれた、漫画家さんを支えたい、とも思って。 津田 尊敬するクリエイターに恩返し! ませた子どもですね。そんな子がなぜ芸能界に......? 小明 姉がすごい美人でモデルだったんです。なので、中学に入ったあたりから、いろんな人に「あれ、妹らしいよ」「うそ、ぜんぜん似てないじゃん」「お姉ちゃんはカワイイのにね」って言われて。私はまったくかわいくなかったので、まー、ひどいもんですよ。 津田 比較の対象だったんですね。 小明 そうですね、昔、母に「集金のお金払っといて」って言われて財布を見たときに、財布に家族の写真を入れてるのを見つけて。おお、家族愛、と思ってみたら、私と姉が写ってる写真なのに、私の顔が半分切れてるんですよ。カメラに向かって笑ってるのに、フレームに入れてもらえてない。それってつまり、母が美人の姉を職場なりなんなりで自慢するときに「これが娘で......」って出す写真なわけじゃないですか。私、何? とショックで。「これは私が美しくないせいだ。でも、私だってプロに撮ってもらえばかわいく写るはず」と思って、グラビアを始めたのかなぁ......。 津田 プロに撮ってもらえば、というのは確かにそうかもしれないですね。でも、それで事務所に所属してアイドルに、っていうプロセスに飛躍があるような気が......。 小明 調子づいてましたね。女子高生って制服着てたら多少かわいいじゃないですか。それがまぁね、失敗だったんですけどね、売れませんで。 津田 結果的には、辞めようと思ってフリーになって。例えば、事務所を辞めるっていうときに、もっといい事務所があるんじゃないか、私の魅力を引き出してくれるところがあるんじゃないか、とは思わなかった? 小明 もう、そういう気力がなかったです。頭はハゲてるし、パニック発作みたいなのも持ってたし、鬱こじらせてたしで、「移籍したって、もうアダルトビデオに出るくらいしか道はないだろう」と。 津田 芸能界って、どうでした? 小明 怖かったです。 津田 どこらへんが? 小明 人と信頼関係がうまく築けない人だったみたいで......アットホームな事務所だったので、親戚みたいに思って、信頼とか信用をしてたんですけど、それがすごく独りよがりなものなんだな、と気付いたときには、もう事務所のお荷物になってた。若かったし、そういうの、難しくって......。 津田 うまくやれなかった。でも、それで完全に引退して、大学に行って普通のOLさんを目指すっていう選択肢もゼロじゃなかったでしょ。それでもフリーになって、あえて活動を続けようと思ったのは? 小明 なんでだろう。たぶん、社会に出るのが怖かったんじゃないかな。あと、グラビアアイドルになろうと思って芸能界に入ったから、「辞めるんだったらひと花くらい咲かせてから辞めたいよね!」みたいに思っていたのもあって、まぁ咲かなかったんですけどね、咲かないまま、ずるずるとまだ続けているんだと思います。 津田 いつか咲くかもしれないって。 小明 なんとなく、咲かないタイプの植物っぽいな、というのは分かってきましたが。 津田 今、客観的にアイドル業界、グラビア業界、芸能界、ネット、出版、どこか分からないですけど、自分の立ち位置というか、自分の職業は何だと思いますか? 小明 今は、「アイドルライター」という微妙な肩書をいただいてるんですけれど、アイドルの仕事もたいしてやっていないので、いつまでこの肩書きが使えるのだろうか、という危機的状況です。 津田 それは客観的に見えているんですね(笑)。例えば、今26歳っていう年齢で、30歳という区切りの年齢があるときに、これくらいはできるようになろうとか、30になったときにこれができていたらいいな、という目標はありますか? 目標を立てずに漫然と生きていると、時間はバーっと過ぎるので。 小明 目標......? 「死なない」とかかな......。生きているのに、精一杯で。一応、毎年の目標が「現状の斜め上」なんですよ。それでやっと現状維持って感じで。私は本当に自虐でも、卑下でもなくクズなので、特に「これになりたい!」と思うことが、おこがましいと思ってしまう。どうすれば良いんですかね......。 akari_shishido005.jpg 津田 とにかくTwitterやニコ生をガンガンやって、今の素のままを拡大していって、いろんな人に巻き込まれて、結果的に収入が増えていた、というのを目指すのがいいのかもしれないですね。だから、まずは自分のベーシックな活動場所を作ったうえで、広げていくという。 小明 ひとつ自分のね、しっかりとした背骨になるような活動がほしいです。 津田 でも、僕にもそういう「背骨」がないから、どうしようかなって最近思ってますよ。 小明 津田さんが? 本当に? 思ってないでしょ! そんなこと! 津田 いやいや「ジャーナリスト」って名乗ってるくせに書くのが本当に辛いので......。 小明 もうライターさんになられて10年以上なんですよね、大先輩だ! 今、Twitterから巻き起こった津田さんムーブメントがあるじゃないですか。「tsudaる」もそうですけど、自分の名前がそういう使われ方をするのはどうですか? 津田 嫌に決まってるでしょ! 本当に「tsudaる」という単語だけは廃れてほしいな......。 小明 津田さんでもお辛いんですね。津田さんくらい成功してる人が辛いんなら、もうどうやったって辛いんでしょうね。どうやって生きていけばいいんだ。 津田 見通しは......? 小明 どうやっていこうかな......。 津田 だったら「どうやって生きていこうかなぁ、と悩み続けているんです」っていうのを、そのまま1億2,000万人くらいの人に知ってもらえる活動をするべきだと思いますよ。結局、小明さん他人には答えを求めてないでしょ? ぐるぐるぐるぐる回って、最後にはバターンって倒れるかもしれないけど、話聞いた感じまだまだバターンとはいかなそう。だから、むしろそれをもっと活かして、より過激にぐるぐるすればいいんじゃないですか。ぐるぐるしている様を見せればそれが「コンテンツ」になる。今よりもっとぐるぐるする。まだぐるぐるが足りない! ニコニコ生放送とかを自分ではじめて、ぐるぐるすればいい! 小明 ニコニコ生放送かぁ、ちょっと怖いけどやってみようかなぁ......。あっ、申し訳ないです。インタビューしていただいて、アドバイスまでいただいてしまいました。 津田 いえいえ、もっともっとぐるぐるしてください。 小明 ぐるぐるします! ぐるぐる!(回りながら帰ってゆく) (聞き手=津田大介/写真=宍戸留美/構成=編集部/2011年2月9日収録) ●つだ・だいすけ 1973年、東京都生まれ。ジャーナリスト。早稲田大学在学中からライター活動を始め、コメンテーターとしても活動している。2006年~08年、文部科学省文化審議会著作権分科会専門委員。近著に『Twitter社会論』(洋泉社)『未来型サバイバル音楽論 - USTREAM、twitterは何を変えたのか』(中公新書ラクレ=共著) ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動。フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。 下北沢発インターネット音楽市場【Majix】 ニューアルバム「CHERBOURG→BRIGHTON」 新曲「ミルク」1曲100円で配信中!! 公式HP http://rumi-shishido.com/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。初著『アイドル墜落日記』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。 ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/> サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中
Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 津田さんありがとうございました! amazon_associate_logo.jpg
【声優 on FINDER!】バックナンバー 【vol.09】「悩んだら、バーッっときてグワーン!」【中川里江】1回泣いて全部忘れるヒロインサイド 【vol.08】「"声優"の仕事の幅広さにびっくり」【稲村優奈】10年に詰まったスクランブルデイズ 【vol.07】「ビキニを着たこともないんです」【蝦名恵】3カ月目のヴァージン・シュート 【vol.06】「生き急いだ分、戻ってやり直しができると思う」【江里夏】10歳で見たデイドリーム 【vol.05】「何でも出来るって、とりあえず言っちゃう」【矢野明日香】360度のワークフィールド 【vol.04】「考えてると、寝ちゃうんです......」【窪田涼子】東経135度のモラトリアム 【vol.03】「いいものを出せば必ず返ってくる」【チャン・リーメイ】100%のプロレス・マインド 【vol.02】「いつもどこかで、なんとかなるさ」【片岡あづさ】22歳のセカンドフェーズ 【vol.01】「Twitter始めるまで、いつも泣いてた」【宍戸留美】20年目のセルフポートレート