『THE MANZAI 2013』ウーマンラッシュアワーが魅せた「生身の人間が言葉を操る」という漫才の醍醐味

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日清食品『THE MANZAI 2013』公式サイトより
 2013年12月15日、漫才の祭典『THE MANZAI 2013』の決勝大会が行われた。エントリー総数1855組の頂点に立ったのは、ウーマンラッシュアワー。決勝大会への最終予選に当たる「本戦サーキット」でも堂々の1位通過を果たしていた大本命の2人が、実力をいかんなく発揮して悲願の優勝を手にした。  2011年に『THE MANZAI』が始まって以来、ウーマンラッシュアワーは3年連続決勝進出を果たしている。今年は過去最高の仕上がり具合で、決勝前から優勝候補の筆頭とウワサされていた。また、ボケ担当の村本大輔は「ファンに手を出している」と公言する「クズ芸人」キャラとして、バラエティでも活躍し始めていた。  追い風に乗る彼らにとって、今年の『THE MANZAI』は過去最大のチャンス。ただ、だからこそ、なんとしても負けられない戦いでもあった。彼らは、満を持して決勝で演じる2本の漫才を最高の形に仕上げてきた。  決勝の1本目で披露されたのは、村本が相方の中川パラダイスをどんどん悪者に仕立てていくという設定のネタ。村本は中川に「男がおごることが当たり前だと思っている女性がいる。そんなわがままで自分勝手な女性をどう思う?」と尋ねる。中川は話に乗っかって「最低ですよ!」と応じる。すると、村本は「でも僕は、そういうところも全部含めて、女性って素敵やなあと思うんですよね」とサッと手の平を返す。  次に村本は、「めちゃめちゃ美人で性格の悪い女性」と「めちゃめちゃブスで性格のいい女性」、どっちと付き合いたいか尋ねる。女性を顔で選んでいると思われたくない中川は、もちろん後者だと回答。すると村本は「僕はね、女性に順位をつけるべきじゃないと思うんです」とバッサリ切り捨てる。その後も、この調子で中川は村本が仕掛けた罠に次々とはまっていく。  そして、見る側がこの漫才のシステムに慣れてきた中盤、ガラッと流れが変わる。それまで村本は中川を「女性の敵」に仕立てていたのだが、ここからは別方向に話が転がっていく。中川がこぼした「犬みたいなもん」というせりふの言葉尻を捉えて、「聞きましたか、愛犬家の皆さん!」と叫ぶ。さらに、中川がなにげなく発した「皆さんは関係ないやろ」というフレーズに対する村本の返しは圧巻。 「聞きましたか、皆さん! この日曜日の忙しい時間帯を割いて僕たちの漫才を見てくれている皆さんが関係ない!? テレビの前で国民ワラテン(一般視聴者審査員によるケータイ投票)を一生懸命押していただいている皆さんが関係ない!? いいですか皆さん、漫才というのは僕がボケて彼がツッコんで皆さんが笑う、この3つが合わさって初めて漫才ができるんです。ということは、皆さんは僕たちの3人目の相方なんじゃないでしょうか!?」  ここで客席から拍手喝采が起こった。超高速でまくしたてる村本のしゃべりに、中川は口を挟む暇もない。村本は言葉でトラップを張り、勢いと理屈だけで白を黒と言いくるめてしまう。このネタを見る観客は、最高の技術を備えた村本という詐欺師に気持ちよくだまされて笑ってしまうことになる。 「言ってることはどこかおかしい気がするんだけど……でも、面白いから別にいいか」  観客にこう思わせたら村本の勝ちだ。優れた詐欺師は、言葉の力だけで漠然とした違和感をはねのけることができる。そして、実はこれが2本目に見せる漫才の伏線にもなっていた。  ウーマンラッシュアワーが決勝2本目に演じたのは、芸人としてどうありたいかというテーマのネタ。前半の流れは1本目の漫才とほぼ同じ。ただ、「気分は王様、こいつ何様」といった軽妙な語呂合わせも加わり、言葉の選び方は1本目よりさらに洗練されている。  そして、2本目の後半、衝撃的な展開が待ち受けている。ここまで一方的に中川を罠にはめて、善人を演じていた村本が、ついにどす黒い本音をこぼし始める。 「漫才では9:1で僕のほうがしゃべっている」「ネタは一から十まで全部僕が作っている」「でもギャラは一緒」「相方は結婚して赤ちゃんがいる。ネタも作らずに赤ちゃん作ってる」「お前の子どもの第一声は、パパでもなくママでもなく、村本さんミルクごちそうさま、であるべきだ」……ここまで行くともう、どちらが悪者か分からない。相方を一方的に責め立てる村本は、善人ぶる詐欺師の仮面を脱ぎ捨て、等身大の姿で本音を語っている。村本が性格の悪さをさらけ出すことで、詐欺師の化けの皮がはがれて、観客はカタルシスを得る。  つまり、ここで彼らは漫才の設定を超えて、現実を語り始めるのだ。1本目の漫才から2本目の中盤あたりまで「詐欺師」と「被害者」という関係にあった2人が、ここで一気に「村本大輔」と「中川パラダイス」に生まれ変わる。オセロの石が裏返るように、フィクションと思われていたこれまでの設定が覆され、すべてが村本と中川のリアルな心の叫びとして見る者の心に刺さる。これこそがまさに、生身の人間が生の言葉を操る、漫才という芸の醍醐味だ。  ゴールデンタイムの番組で演じられる漫才は、若手芸人にとって名刺のようなもの。この日、ウーマンラッシュアワーが世間に差し出した2枚の名刺は完璧な仕上がりだった。1本目のネタで漫才のうまさを存分に見せつけて、2本目のネタで自分たちのキャラクターを打ち出す。二段構えの戦略が功を奏して、ウーマンラッシュアワーは栄光を手にしたのだ。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

ウーマンラッシュアワー・村本大輔 「THE MANZAI」優勝候補“ネット炎上請負人”の計算とは

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『WOMAN RUSH HOUR SOLO LIVE DVD I love you』(よしもとアール・アンド・シー)
 一般に、「好き」の反対語は「嫌い」だと思われている。だが、芸能人の人気ということに関していえば、これは必ずしも正しくない。  例えば、「1,000万人に嫌われているタレント」と「誰にも嫌われていないタレント」を比べてみてほしい。タレントとして売れているのは、明らかに前者のほうだ。なぜなら、1,000万人に嫌われているというのは、1,000万人に知られている、そして関心を持たれている、ということだからだ。誰にも知られていないような人は、初めから嫌われもしない。  人々がタレントを好きだったり嫌いだったりするのは、どちらも「関心がある」ということの表れだ。その関心がポジティブなものであれば「好き」になるし、ネガティブであれば「嫌い」になる。初めから興味がなく視野に入っていない人は、好かれも嫌われもしない。  芸能人にとって、「好き」の反対は「無関心」だ。「好き」や「嫌い」は関心があることを前提とした感覚であるため、関心がないという状態がその対極に位置することになる。  芸能人は、必ずしもすべての人に好かれようとしなくてもいい。嫌われてもいい。むしろ、何も思われないくらいなら、嫌われたほうが、はるかにましなのだ。嫌われるくらい誰かの心に強烈な印象を植え付けたのなら、それは別の人には必ずポジティブな形で刺さっている。誰かに嫌われている人は、別の誰かには好かれている。芸能人とは、そうやって好かれたり嫌われたりしながら多くの人に認知されていくものなのだ。  最近、芸能人のブログやTwitterがきっかけで「炎上」騒動が起こることがある。芸能人の炎上には大きく分けて2つの種類がある。それは「売れている人の炎上」と「売れていない人の炎上」だ。  売れている人の炎上騒動は、社会常識に反することや法律に触れるようなことであれば、大きな問題に発展するおそれがある。売れている芸能人がトラブルを起こすと、レギュラー番組やCMなどの仕事に影響が出るからだ。一方、売れていない人の炎上は、失うものが少ない分だけリスクが低い。むしろ、本人にとっては知名度を上げるためのまたとないチャンスになる場合がある。  お笑い界でそのことにいち早く気付いたのが、ウーマンラッシュアワーの村本大輔だ。彼はいまや、自ら炎上を呼び込み、その炎を燃え広がらせて話題をさらう「炎上請負人」としてカリスマ的な人気を誇っている。  もちろん、違法なことや市民感情を逆なでするような行為で炎上するのは避けなければいけない。だが、それ以外のことなら脅える必要はない。むしろ、騒ぎをできるだけ大きくして、多くの人の注目を集めたほうが本人にとって得になる。  村本はそのことに気付くと、力強く自分自身にゴーサインを出した。Twitterでは一般人にケンカを売り、テレビやライブでは自らの炎上騒ぎをネタにして笑いを取り、どんどん火に油を注いでいった。  また、「ファンに手を出している」「相方の妻やほかの芸人のファンも狙っている」などと公言。お笑い界のタブーを破り、ほかの芸人があまり言いたがらないようなゲスな話を、積極的に自分から語り始めた。  するとどうだろう。この炎が燃え広がると共に、彼の知名度はグングン上昇して、仕事も増えていった。アンチが村本を叩けば叩くほど、それが村本の利益になる。彼は、インターネットというシステムの上に自然発生した「炎上」というバグを逆手に取って、自身の知名度を高めることに成功したのだ。  そんな彼は、本業の漫才でもきちんと結果を出している。早口でまくしたてる「超ハイスピード漫才」を武器にして、ウーマンラッシュアワーは関西の賞レースを総なめ。「THE MANZAI」では3年連続で決勝に進んだばかりか、今年2013年には予選1位通過を果たして優勝候補の筆頭とウワサされている。  確かな漫才の実力があるからこそ、ネット上でどれほど無茶をしても平気でいられる。そこは村本の主戦場ではないからだ。彼にとってネットとは、アンチという雑魚キャラを倒す炎上というイベントをクリアして、話題性という得点を稼ぐ単純なゲームにすぎない。村本はゲーム感覚で炎上を仕掛けて無邪気に遊んでいるのだ。  彼の表の顔は、自ら炎上テロを仕掛ける不気味な放火魔。だが、裏の顔は、その炎を養分にして永遠に輝き続ける不死鳥である。燃えれば燃えるほど、彼の憎たらしい微笑みはいっそう輝きを増していくのだ。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田) ●ニコニコ生放送 完全実況!!「THE MANZAI 2013」をとことん楽しむ!! 2013年12月15日(日) 開場:18:27/開演:18:30 【出演】ラリー遠田、データ石浜 <http://live.nicovideo.jp/watch/lv161244804>

オアシズ・大久保佳代子 セクハラ・下ネタで完全ブレークしたアラフォー女芸人の「変わらない」という強み

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撮影=尾藤能暢
 この1~2年、テレビ界では空前の「大久保佳代子ブーム」が起こっている。アラフォーと呼ばれる年齢に差しかかった頃からセクハラと下ネタの破壊力に磨きがかかり、じわじわと仕事が増え始めた。彼女は現在、単独で6本のレギュラー番組を抱える売れっ子芸人。しかも、そのほとんどの番組でMCを務めている。なぜ今、大久保がそんなに求められているのだろうか。  大久保の芸風やキャラクターに何か急激な変化があったのかというと、そんな様子は見受けられない。彼女はいつも淡々としている平熱芸人。昔も今も変わらないたたずまいで、与えられた仕事をこなしているだけだ。なんらかの転機があって、急に評価が高まったわけではない。  むしろ、彼女の強みは「変わらないこと」にある。大久保はもともと、芸能活動と平行して一般企業にも勤める「素人キャラ」として『めちゃ×イケてるッ!』(フジテレビ系)などに出演していた。そして、タレントとOLの二足のわらじを履く生活は、ごく最近まで続いていた。この二重生活を通して、大久保の「素人っぽさ」は純粋培養されていった。  普通、テレビタレントはテレビに出続けることで、どんどんタレントっぽくなっていく。テレビを見ている一般人との考え方や感じ方のギャップが少しずつ大きくなり、良くも悪くも芸能人らしくなっていくのだ。  だが、大久保はそうはならなかった。テレビの現場で多少ちやほやされることがあっても、翌日にはいつも通りの地味なOL生活という現実が待ち受けている。これでは調子に乗りたくても乗れない。しかも、お笑い芸人とは、女優やモデルのように女性としての自尊心を満たす仕事ではない。「ブス、ブス」と呼ばれ、笑われてなんぼの世界。大久保はいつまで経っても「プロの芸能人」を気取ることができなかった。  その結果、大久保は「それなりのキャリアがあって、それなりの年齢に達しているのに、素人っぽさが消えない」という不思議な属性を帯びることになった。彼女は夢も希望も持たず、タレントとして与えられた役割を淡々とこなすようになった。それが彼女の独特のスタンスにつながっていった。  大久保の代名詞といえば露骨な下ネタ。ただ、その下ネタには生々しさがなく、どこかカラッとしている。彼女は「下ネタを言う人」という役割を演じているだけ。その平熱ぶりが視聴者にも伝わっているからこそ、彼女の下ネタは支持されているのだ。  例えば、同じ女性芸人の下ネタでも、友近の下ネタとはずいぶん印象が違う。友近の下ネタはもっと生々しく、血と肉のにおいがする。女性としての「業」をまざまざと見せつけるような、赤裸々で毒々しい下ネタだ。一方、大久保の下ネタは無味無臭。毒にも薬にもならないからこそ、気楽に笑って見ていられる。  一般に、大久保佳代子という芸人は「大久保さん」と呼ばれる。この呼び方は『めちゃイケ』で一般人扱いされたときに誕生したものだが、今では世間の人も大久保を「大久保さん」と呼ぶことが多い。大久保がさん付けされるのは、彼女が一般人にとって「身内」だと思われているからだ。  芸能人は手の届かない存在だと思われているので、別世界の住人として呼び捨てにされることが多い。どんなに年上でどんなに実績があっても、「たけし」「さんま」などと呼び捨てにされるのが普通だ。だが、大久保だけは「大久保さん」と呼ばれる。それは、彼女が生粋の芸能人ではなく、会社の同僚ぐらいの身近な存在として世間に認識されているからだ。  ただ、大久保は素人っぽさを売りにしているが、ただの平均的な一般人ではない。彼女は一流大学卒のインテリで、そのユーモアは知性に裏打ちされている。下ネタや悪口が嫌みにならない品の良さがあり、後輩にも慕われている。外見はさておき、女性としてのスペックは意外なほど高い。  未熟という意味の素人ではなく、成熟した大人の素人。大久保は「最強の素人」という看板を背負って、スターがひしめく芸能界を華麗にハッキングしているのだ。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

小籔千豊 するりと東京に進出した“ミスター座長”が操る「ひねくれ」と「クール」の境界線

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「プリン」(ネギヤキ)
 お笑いの世界では、東京と大阪の間に深い溝がある。大阪には関西固有のお笑い文化というものがあり、ナニワ芸人たちが独自の世界を築いてきた。そんな風土で育った関西の芸人が東京に出てくるときには、大なり小なり芸風を変えることを余儀なくされる。いわば、東京と大阪では周波数が違う。チューニングを間違えると、東京に足場を築くことができない。  お笑い東海道の難所である箱根の山を越えるとき、関西芸人は肩の力を抜いて「全国ネットのテレビで勝負をする」という覚悟を決めなければならない。  関西のテレビ業界は「大いなる内輪」である。テレビを見ている視聴者もテレビに出ている芸人やタレントも、同じ文化と価値観を共有しているから、タブーを気にせずのびのびと話ができる。  えげつない話や下世話な話が平気で飛び交う街の飲み会の延長線上に、トーク番組がある。毒も下品も下世話も温かく包み込んでくれる。それが関西のテレビだ。  でも、東京のテレビではそうはいかない。全国ネットのテレビはみんなのもの。さまざまな年齢と文化背景の視聴者が、テレビという交差点で交わる。そこでは、芸人は多数派に通じる笑いを提供しなければいけない。 「東京がナンボのもんじゃい!」 「東京モンには負けへんで!」  今どきこんな薄っぺらい考えの関西人はいないのかもしれないが、例えばこれに近い心構えで上京してくる関西芸人がいたとしたら、多くの場合、彼らは手痛いしっぺ返しを受けることになる。東京への過剰な対抗意識は、東京への劣等感の裏返しでしかないからだ。  そんな状況の中で最近、1人の宣教師がスルリと箱根の門をくぐった。「吉本新喜劇を東京に布教したい」という名目で、ちゃっかり東京行きの切符をつかんだ男。彼こそが今をときめくミスター座長、小籔千豊である。  小籔は『人志松本のすべらない話』(フジテレビ系)への出演をきっかけに、全国ネットへ進出。現在では、レギュラー番組を複数抱える売れっ子となっている。芸人としての彼の売りは、フリートーク、MC、いじり、例えなど、すべてを器用にこなす圧倒的な話術。しゃべりの基礎体力の高さが、彼の大きなアドバンテージになっている。  だが、それだけではない。彼の最大の魅力は、独自のひねくれたクールな視点だ。「ひねくれ」と「クール」は普通なら両立しないもの。ひねくれている人は冷静になれないし、クールな人はひねくれたりしない。ひねくれた精神を持ちながら、それをクールに表現できるのが小籔のすごさだ。  例えば、「一般人なのにプロの芸人のまねごとをして調子に乗ってはしゃいでいるやつがいた」という話をするとき、小籔は彼のことを「だんじりの上に乗って踊ってるやつ」と表現する。その例えを何度も繰り返して、冷ややかな目線で彼の言動を描写していく。淡々とした語り口で、偏見と独断を織り交ぜながら話を進めて、じわじわと笑いを誘う。独断を論理で補強して、激情を静かに語る。こんなトークができる芸人は、ほかにいない。  そこには、嫌われることを覚悟しながらも己を解き放つ捨て身の力強さ、時には相手を傷つけることもいとわない芯の強さがある。それができるのは、彼が大阪で伝統ある吉本新喜劇の座長を務めているからだろう。  座長という確固たるポジションを得ている小籔は、東京で安全策を採る必要がない。だからこそ、万人に伝わるかどうか分からない自分の芸風を、堂々と貫き通すことができる。それが、全国区の視聴者には新鮮な驚きと感動をもたらしたのだ。  ……とこれだけ語ってみても、小籔という芸人の笑いの本質を語り尽くしたとは思えない。語っても語っても、まだ裏がある、と思わせる底知れなさも彼の魅力である。  肉が食べられないベジタリアンとしても知られる小籔。実は彼自身がつかみどころのない「食えない男」でもある。小籔が本当に布教したいのは、吉本新喜劇ではなく、関西流の「えげつなさ」そのものなのかもしれない。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

キンタロー。ブレイクのワケ 世間が抱く「AKBへの違和感」を体現した“真正面のものまね”

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キンタロー。オフィシャルブログ「キンタロー。の人生はキンキンキラキラや~」
 今月4日、前田敦子のものまねで知られるキンタロー。が、東京・秋葉原のAKB48劇場を訪れて、「AKB48選抜総選挙」に自分も立候補したいと直談判。「フライングゲット」の振り付けを力一杯踊りきり、AKB48に対する思い入れを必死で訴えたが、立候補は認められなかった。  元AKB48・前田敦子のものまねで一躍人気者となったキンタロー。。彼女はなぜ、ここまで大ブレイクすることができたのだろうか? 最大の理由はもちろん、ものまねの題材選びにある。今をときめくAKB48の人気メンバーを真正面からものまねするというのは、ありそうでなかった斬新な発想だった。  また、彼女はAKB48のものまねをするのにうってつけの資質を備えていた。それは、見た目の面白さと卓越したダンスの腕前だ。キンタロー。は頭部が大きく背が低いコミカルな体型。そんな彼女がアイドルの真似をすると、それだけで強烈な印象が残る。しかも、社交ダンスの講師を務めていたこともあり、ダンスの実力は折り紙付き。本物をしのぐほど切れのある動きでアイドルの振り付けをするからこそ、コミカルな外見とのギャップで笑いが増幅することになる。  さらに彼女は、火中の栗を拾うように最も危険な場所に飛び込んでいった。前田敦子が泣きじゃくりながら「私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」という名言を放つシーン。AKBファンにとっては思い入れの深いその名場面を、キンタロー。はあえてネタにしてしまったのだ。  もちろん、最初はネット上で激しいバッシングを受けた。狂信的な一部のAKBファンからの抵抗は大きかった。でも、実際のところ、世の中のほとんどの人は、AKBに対してそこまで特別な思い入れはない。むしろ、握手会や総選挙などのイベントの異様な盛り上がり、一部のファンの熱狂ぶり、恋愛禁止ルールの不可解さなど、さまざまな点について漠然とした違和感のようなものを抱いている人も多かったはず。  そんな大多数の一般人にとって、キンタロー。のネタはまさに待ち望んでいたものだった。彼女はものまね芸を通じて、AKBに敬意を払いながらAKBをからかうことができる。こんなものまね芸人に「会いたかった」とばかりに、世間はキンタロー。を全面的に受け入れた。彼女は今ではテレビに出ない日はないほどの人気ぶり。あっという間にテレビの世界を「総占拠」してしまった。  さらに、彼女にとって幸運だったのは、前田敦子がテレビに出なくなるタイミングと、彼女が前田敦子のものまねでテレビに出始めるタイミングが見事に重なっていたことだ。一歩引いた位置にあるものをイジるからこそ、そこに適度な距離ができて、見る側も受け入れやすくなる。たまたまちょうどいい時期に前田敦子がAKB48を脱退したことで、キンタロー。にも「チャンスの順番」が回ってきたのだ。  今では、ソフトバンクのCMで本物の前田敦子がキンタロー。の持ちギャグ「フライングゲット」を真似する始末。もはやAKB側としても、キンタロー。を無視したり否定したりするよりも、認めて取り込んでしまう方が得策だということになっている。「上からマリコ」ならぬ「下からキンタロー。」状態。ものまね芸人がいつのまにか本家の人気を追い抜いてしまった。  キンタロー。が力ずくで「フライングゲット」したものは「AKB48をイジっても許される人」というポジション。これが得られたのは実に大きい。お笑い界からアイドル界に放たれた最終兵器、キンタロー。。これからも堂々と「大きな顔」をして芸能界を渡り歩いていってほしい。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

東京03メンバー激白「TSUTAYAを閉店させ、歩道橋を封鎖する」角田晃広はどれだけ天才なのか?

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 今年、結成10周年を迎えた東京03。そんな彼らが3月27日、最新DVD『第14回東京03単独公演「後手中の後手」』(コンテンツリーグ)をリリース。さらに、過去に発売されたDVD11タイトルを詰め込んだ『東京03 DVD-BOX』(同)が、1003セット限定で同時発売されることになった。2010年から始まった全国ツアーも好調で、いまやコントの王者としての風格すら漂っている3人にインタビューを行った。 ――まずは、このDVDに収録されている単独公演についてうかがいたいと思います。ライブのタイトルを『後手中の後手】にした理由は? 飯塚 単独のタイトルは、なんとなく3部作でくくってるんですよ。前回が『図星中の図星』だったので、今回も『○○中の○○』シリーズで考えていて、そこで「後手」っていうキーワードが出てきたんです。うちの角ちゃん(角田)が、何をやっても後手に回ることが多いっていう。 ――「後手に回る」っていうのは、具体的にはどういうことですか? 飯塚 単純に、今これ言っておけば面白かったのに、なんで言わないの? とか。それで「あっ、そうか」って気付いて後から変なタイミングで言ったりしても、それはもう笑えないよ、とか。とにかく後手に回ってるイメージなんですよね。 角田 例えば、食事しに行きたいと思っていたお店があって、今回はそこはやめておこう、って考えて違うところに行く。そうすると、次にもともと行きたかった方のお店に行くと、潰れてたりする。 飯塚 それでしょうがなく別のお店に行ったら、そこがまずかったりとか(笑)。 角田 単純にそういうのが多いんです。後手というより「ツイてない」っていうのもあります。わざわざ遠出して行ったら定休日、とか。引っ越した先にあるレンタルビデオ屋が、引っ越した途端に潰れたりとか。それが3回ぐらい続きましたからね。1回、TSUTAYAもなくなりましたからね(笑)。 ――あのTSUTAYAが!? 飯塚 引っ越されたら、たまったもんじゃないよね。「うちの街に角田が来たぞ!」って(笑)。
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問題の角田晃広
――今は大丈夫なんですか? 角田 今はもう、そもそもレンタルビデオ屋がないところに引っ越しましたから。 豊本 「レンタルビデオ屋がないところ」っていう条件で物件を探したの?(笑) 飯塚 何、その影響力! 角田 引っ越した先が交差点のところにある物件だったんですよ。で、そこに歩道橋があったんですけど、引っ越した途端にその歩道橋で工事が始まっちゃって、使えない状態になって。それで信号待たないといけなくて不便なんですよね。 飯塚 すごいよね。歩道橋を封鎖した。角ちゃんならレインボーブリッジもいけるんじゃないの? 角田 いっちゃう?(笑) 飯塚 でも、それを期待していくと、何もなかったりするんだよね。 角田 そう、狙っちゃうと違うんだよ。
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飯塚悟志
――では、このDVDに収録されている「後手」というコントに出てくる角田さんが演じる人物は、ご本人のキャラクターがそのまま出ているような感じなんですね。 飯塚 そういえば、結構このライブにはそういうネタが多いかも。「余裕」っていうコントもそうですね。角ちゃんの普段考えてる思いのたけをこのネタにぶつけてる。 角田 ぶつけてますね。例えば、この3人で仕事をして、僕がスベったとするじゃないですか。そのときに、とよもっちゃん(豊本)は、僕がスベったことで気が楽になって、余裕が生まれてよくしゃべったりするんですよ。 飯塚 生き生きし始める。 角田 生き生きして、のびのびしやがって、って。それで、その逆の場合もあるし。とよもっちゃんがスベって、僕が……。 飯塚 いや、どんだけスベってるんだよ!(笑) 豊本 でも、そういうことはあるよね。 飯塚 いや、あるんだけど、今の話だけ聞いてると、毎回交互にスベってるみたいになるから。なんのためのトリオなんだよ。 角田 そうやって余裕を出されるとムカつくし、自分で最初から生き生きしろよ、とか思っちゃうし。他人のスベったのを見て気が楽になって生き生きしてんじゃないよ! って思って。……まあ、(器が)小さいんですよね。 飯塚 小さいねー。だから、スベんなきゃいいのに(笑)。そんなことうだうだ考えてる時間があったら、スベんないようにしたほうがいいんじゃない? ――今回の単独公演では、全国18カ所を回るツアーを行ったそうですが、地域ごとに反応の違いなどはありましたか? 飯塚 意外にありますね。だから、毎回新鮮にできて、飽きないんですよ。大阪だとわかりやすくツッコまないと笑ってくれない、とか。あと、今回初めて沖縄でやったんです。沖縄の人ってのんびりしてて、小さいこととかあんまり考えないイメージじゃないですか。でも、僕らのネタって正反対なんですよ。人間の小さい部分ばっかりネタにしてるから、結構やるまで不安だったんですけど。 角田 別にそんな小さいことはいいじゃない、っていう感じになるのかな、って。 飯塚 僕らのネタって「逆なんくるないさー」なので(笑)。でも、意外に受け入れてもらって。出来としては一番良かったんじゃないかなって感じでしたね。 角田 だから、ああ、沖縄の人も結構小さいこと気にしてるんだな、って(笑)。 ――皆さんは今年で結成10年目ということですが、結成当初と比べて変わったことはありますか? 飯塚 角ちゃんは変わったと思う。角ちゃんは本当に面倒くさかった。まあ、わがまま、意固地、短気。大変でしたよ。相当気を使いました。最初はそれぞれ別々のコンビでやっていたから、そんなに角ちゃんの本質みたいなところを知らなかったんですよ。ただのいい人だと思ってたんです。すごい物腰も柔らかいし、いつも笑顔ですし。それが、いざ一緒に仕事をするとなるとなかなかうまくいかなくて、嫌な部分をいっぱい見ましたよ。
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豊本明長
――例えばどんなことですか? 飯塚 こっちの意見を一切聞かないんです。だから、ネタ作りとかも、お互いの意見がぶつかったときには、必ず僕の方が折れてましたし。じゃないと動かないから。単純に「ちょっと間がおかしいんじゃない?」とか僕が言っても「いや、俺は間違ってない」って。 角田 自分が完璧だと思ってたんでしょうね。できる人だと思ってましたから。でも、やっていくうちに、人力舎の先輩とかにも教育を受けて、ああ、違うんだな、って。自分は何もできてないんだな、と。それまでは大変なご迷惑をおかけした時期ですよ。 ――今ご自分で振り返ってもそう思われると。 角田 いやあ、ひどいですね。よく居れてたな、っていう感じです。 ――今はもうすっかり変わった? 飯塚 今は本当にちゃんと、会話というか話し合いができるようになりましたね。僕が全部正しいわけでもないし、話し合いたいんですけど、昔はそれをもう完全にシャットアウトしてましたから。……ただ、角ちゃんは天才だったからなー。今もそうですけど。舞台に立ったらすごいので、それで持ってたようなものですね。これでどうにもなんなかったら、たぶん1~2年で辞めてたと思いますね。 ――豊本さんは、この10年を振り返ってみていかがですか? 豊本 僕は基本、2人が持ってきたものを受け入れるだけなので。それで嫌だと思ったことはないので、それは2人が感覚が合うものを出してくれてるからだろうなと思いますけどね。3人になってから唯一僕が意見を言ったのは、3人になったときに「飯塚さん、トリオだとギャラが三等分になるけどいいですか?」って。それぐらいしか言ってない。 飯塚 豊本は金に汚いんですよ(笑)。 豊本 汚いって言う言い方は聞こえが良くないけどね。 飯塚 いや、汚いですね。僕と角ちゃんはもう、夢と希望しかないもんね。 角田 うん、そりゃそうでしょう! 豊本 いや、それはずるいよ! 確かに金の話はしたから否定はしないけど!(笑) (取材・文=ラリー遠田/撮影=名鹿祥史)
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●とうきょう・ぜろさん 飯塚悟志、角田晃広、豊本明長からなるお笑いトリオ。2003年、飯塚・豊本の「アルファルファ」に「プラスドライバー」を解散した角田が加わる形で結成。06年『お笑いホープ大賞』大賞受賞。『キングオブコント2009』優勝。

ダウンタウン浜田雅功が成し遂げた、「ツッコミの地位向上」という大偉業

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『クイック・ジャパン 104』(太田出版)
 1月3日、ダウンタウンの浜田雅功と、彼の息子でミュージシャンのハマ・オカモトがラジオ番組で初めての親子共演を果たした。ロックバンド・OKAMOTO’Sのベーシストで浜田の実子であるハマ・オカモトが、自身がパーソナリティーを務める『RADIPEDIA』(J-WAVE)のゲストとして父親である浜田を招いたことから“世紀の親子対談”が実現。実の親子らしい親しみにあふれたトークが展開された。それぞれが普段見せていない一面を明かした貴重な番組として、お笑いファン、音楽ファンの間でも大反響を巻き起こした。  昨年、結成30周年を迎えたダウンタウン。そのツッコミ担当である浜田の芸人としての功績については、今さら語るまでもないだろう。89年に東京進出して以来、ダウンタウンの一員として、あるいは司会者として、テレビの第一線をひた走り、数々の伝説を築いてきた。  ただ、そんな彼は、雑誌などのインタビュー取材でも自分についてあまり露骨に語りたがらない。自分のことはごく控えめに語るのみで、どちらかといえば相方である松本人志がいかに面白くて偉大な芸人であるかということを熱心に語り、それを生かすのが自分の仕事である、と繰り返すばかり。ただ、ここ数十年のお笑いの歴史をひも解いてみれば、ボケのスペシャリストとしての松本とは別に、浜田には浜田なりの歴史的意義というものがあったといえる。  浜田雅功の歴史的な意義――。それは、「ツッコミ」という概念を世の中に広めて、ツッコミの地位を向上させたことだ。もちろん、ダウンタウンの登場以前にも、漫才における「ボケ」と「ツッコミ」というものは存在していた。ただ、それがお笑いの専門用語から日常的な用語に変わり、その積極的な意味まで認められるようになったのは、間違いなく浜田の存在があってこそだろう。  例えば、80年頃の漫才ブームの時代に活躍した当時の若手漫才師の中では、ボケ主導型のコンビが多かった。ビートたけし、島田紳助、島田洋七など、才能を発揮してその後もテレビで長く活躍したのは、いずれもボケ担当のほうだった。彼らの相方でツッコミを担当した芸人たちは、ボケの話にただうなずくばかり。当時の人気番組『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)では、そんな地味で目立たないツッコミ担当の者たちを集めた「うなずきトリオ」というユニットまで結成されたほどだ。  ボケは残るが、ツッコミは消える。ダウンタウンの登場以前、ツッコミは日陰の存在だった。どうしても消えたくなかった浜田は、生き残りを賭けてツッコミの腕を磨いた。そして、東京に進出してからは、ツッコミという役割を背負ったままバラエティ番組で戦う、という決意をした。共演する大物芸能人たちを向こうに回して、彼らをボケ扱いして積極的にツッコミを放っていったのだ。これは革命的なことだった。  もちろん、共演者をイジるというのは浜田以前にもビートたけし、明石家さんま、島田紳助らもやっていたことである。ただ、彼らが主に行っていたのは、イジりそのもので笑いを生む、ボケ寄りのイジりだった。  浜田はあくまでもツッコミという役割にとどまったままで、共演者を果敢に攻め立てた。そして、それまでほかの芸人が手を出せなかったような領域にも、ズケズケと踏み込んでいった。『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)では菅原文太、中尾彬、江守徹といった大物俳優にもツッコミを放ち、『HEY!HEY!HEY!』(フジテレビ系)では堂々と若手ミュージシャンの頭をはたいた。それは、死ぬ気で売るケンカだった。  浜田はタブーを破り、彼らをツッコミのターゲットとして矢面に立たせて、番組を盛り上げることに成功した。こうしてテレビの中でツッコミにも存在意義があるということを示したのだ。一か八かの戦いを制して、実力が認められ、浜田は史上初のツッコミ型司会者となった。  これ以降、ツッコミの地位は飛躍的に高まり、世間でもツッコミというものが評価されるようになった。そして、その後はバリエーション豊かなツッコミ芸人が続々とテレビで人気を得るようになった。  浜田雅功は、ツッコミ一筋の笑いの王様。松本という笑いの神を戴く王国を司る、血気盛んなお笑い界の帝王だ。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

「ネタを磨けばチャンスは来る!」お笑い評論家・ラリー遠田の2013年お笑い界トレンド大予測!!

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『333(トリオさん)3』
(よしもとアール・アンド・シー)
 2013年のお笑い界はどうなるのか? 新しいスターは出てくるのか? いくつかのテーマに絞って、次世代を担うと期待される若手芸人を何組か紹介していきたい。  まずはテレビ・お笑い界に絶大な影響力を持つ、笑いの総合商社・吉本興業から見てみよう。この事務所で目下の課題となっているのはもちろん、ピース、平成ノブシコブシに続くスターを輩出することだろう。現在、その有力候補として頭角を現しているのは、パンサーとジャングルポケットという2組のトリオ芸人。  パンサーは、菅良太郎、向井慧、尾形貴弘の3人組。ネタの中では3人がバランスよく機能している一方、バラエティでは尾形の挙動不審キャラが際立っている。それぞれ見た目も整っていて、トリオとしての安定感は抜群。世間に大きく注目される前に『しゃべくり007』(日本テレビ系)に出演したというのはピースと同じ道のり。ピースに続いて吉本の希望の星となることができるだろうか。  パンサーと並んでブレイク寸前との呼び声が、高いのがジャングルポケット。彼らは漫才もコントも器用にこなす実力派。さらに、斉藤慎二は役者経験があって演技がうまく、キャラも立っている。大げさでクドすぎる顔と芸風はルー大柴以来の逸材とウワサされている。『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)に出演した際にも、先輩であるフルーツポンチ・村上健志を強引に言い負かしたことでも名を上げた。いまや怖い者なしの斉藤の勢いに引っ張られて、ジャングルポケットが一気に大出世を遂げるチャンスは十分にある。  一方、吉本以外のお笑い事務所でいま注目されているのが、関西では吉本の永遠のライバルともいわれる松竹芸能だ。2011年に東京に「新宿角座」という劇場をオープンして以来、若手芸人が着々と力を付けていて、メジャーシーンで通用する才能が育ちつつある。  その筆頭は、コントに定評がある、さらば青春の光とうしろシティ。彼らはいずれも昨年9月の『キングオブコント 2012』(TBS系)で決勝に進み、さらば青春の光は2位、うしろシティは5位という結果に終わった。だが、その直後、10月に行われた『NHK新人演芸大賞』では、今度はうしろシティがさらば青春の光を退けて大賞を受賞。お笑い賞レースでも常に上位に食い込み、切磋琢磨する良きライバルとなっている。  彼らの間には因縁めいた対照的な特色がある。うしろシティは文字通り都会派のスマートなコントが売りで、見た目もこざっぱりしていて女性ファンも急増中。一方、さらば青春の光は、ナニワ臭さの漂う泥臭い芸風で、コントもアクが強いものが多い。  単独ライブのチラシのデザインにも露骨に差をつけられたりして、事務所ぐるみで両者の対立を煽っているように見えるところもあり、興味は尽きない。ただ、2組ともコントの実力は折り紙付き。お互いを高め合いながら次なるステージを目指すのみだ。  松竹では彼ら以外にも、キレのあるダジャレ漫才で『THE MANZAI 2012』(フジテレビ系)決勝進出を果たしたオジンオズボーンが注目されている。また、最近ではAKB48の前田敦子、大島優子のものまねで女性芸人・キンタロー。もプチブレイク。いま最も熱いお笑い事務所は松竹芸能だ。  また、お笑い界全体を見回すと、持ちネタを磨いて人気獲得を狙う芸人たちが、今まで以上に積極的な動きを見せている。例えば、昨年12月から太田プロではマシンガンズ、トップリード、風藤松原、新宿カウボーイ、アルコ&ピースらによる「エイトライブ」という新しい月例ライブが始まった。ここでは各自がネタ2本と企画を行うことになっている。  これ以外にも、各事務所で若手芸人数組によるユニットライブが続々と立ち上げられている。これらの動きの一番の狙いはもちろん、ネタの強化と人材育成だろう。昨年、地道に新ネタを作り続けて自主ライブで披露していたバイきんぐが『キングオブコント』で優勝して大ブレイク。その背中を見た東京の芸人たちは、ネタさえ磨いていればチャンスは訪れる、という確信を深めるようになった。今まで以上に気合を入れてネタを作り続ける若手芸人たちの中から、次の時代を背負う人材が現れるだろう。  一方、こつこつネタ作りに励む優等生芸人を尻目に、怠惰で自堕落な生き様を貫き、それを笑いに変えていく自称“クズ芸人”という人種もいる。中でも、昨年初めての単独ライブ「クズ&クズ」を成功させたスパローズのクズ芸の面白さは群を抜いている。彼らの漫才は、芸歴17年で売れていない自分たちのことをしゃべる反則スレスレの自虐ネタ。それがことごとく爆笑をかっさらい、『THE MANZAI』では2年連続ワイルドカード進出。また、どんな状況からも笑いを生み出すトークの実力を買われて、ライブシーンでは密かに注目されている。イジり、借金ネタ、自虐ネタなどの豊富な武器を持ち、業界人や先輩芸人との付き合いも深い。異能のクズ芸人・スパローズは「売れないことをネタにして売れる」という奇跡を起こすことができるのか?  キャラが輝く者、ネタを磨く者、生き様を突き詰める者。いずれも笑いの道に真摯に向き合う求道者であることに変わりはない。お笑い界の2013年は、未知なる才能が輝きを放つ、明るい日の出の年となりそうだ。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

お笑い評論家・ラリー遠田が見た『THE MANZAI 2012』徹底批評!

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『THE MANZAI 2012』公式サイト
 12月16日、年間で最も面白い漫才師を決める『THE MANZAI 2012』が東京・台場のフジテレビで行われ、ハマカーンが優勝を果たした。ハマカーンは浜谷健司、神田伸一郎の2人組。安定感のあるネタ運びで大きな笑いを巻き起こし、エントリー総数1740組の頂点に立った。  ハマカーンが決勝大会で披露した2本のネタはいずれも、ネタの途中で役柄に入ったりせずにしゃべりだけで構成される、いわゆる「しゃべくり漫才」だった。近年の若手お笑い界では、漫才の中でコントに入る「コント漫才(漫才コント)」が主流になっていて、しゃべくり漫才を演じる漫才師は少なくなっていた。そんな中でハマカーンは、従来のしゃべくり漫才のスタイルを一段進化させて、独自の型を作り出すことができた。  既存のしゃべくり漫才の多くは「ボケ主導型」と「ツッコミ主導型」に分けられる。会話の主導権を握っているのがボケ側かツッコミ側か、ということだ。ボケ主導型の漫才では、ボケ役が初めから「おかしな人」として登場して、ところどころにボケをまき散らしながら話を進めようとする。ツッコミ役は、それらのボケをひとつひとつ拾い上げるようにして、丁寧にツッコミを返していく。  一方、ツッコミ主導型の漫才では、ツッコミ役が中心になって話を進めることになる。それに対してボケ役は強引に割り込んだり、細かく茶々を入れたりしながら、ツッコミ役が話を進めるのを邪魔しようとする。この2つの漫才スタイルに共通しているのは、ボケ役が「非常識」を代表して、ツッコミ役が「常識」を代表している、ということ。それぞれがどっしりと構えているから、受け手は常識を体現するツッコミ側に感情移入して、落ち着いた気持ちで漫才を楽しむことができる。  ハマカーンの漫才も、一見するとツッコミ役の神田が話を進める「ツッコミ主導型」の漫才に見える。ただ、この漫才では、神田が全面的に「常識」を引き受けているとは言いがたい。1本目の漫才のテーマは「相方への不満」。冒頭、神田は相方である浜谷への不満があると切り出す。その内容は「女子は家を出るのに時間がかかるんだから、遅刻ぐらいで文句を言うな」「違う味のアイスを一緒に食べているんだから、『ひとくち食べる?』と聞いてほしい」など、女子が言うようなことばかり。女性っぽい一面を打ち出して「相手の気持ちをくみ取れ」と言う神田に対して、浜谷も最初は「お前、女子じゃねえだろ!」と力強く文句を言っている。この時点では、見る者の多くはどちらかと言えば浜谷のほうに共感しているはずだ。  ただ、神田はそんな浜谷に対しても臆することなく、堂々と持論を貫く。そして、「浜谷のほうが腕力があるんだから、自分の荷物を持ってほしい」ということを提案した神田に対して、浜谷が反論する。 「じゃあいいよ! 俺、『腕力』優れてるからお前の荷物持ってやるよ。その代わり、お前は俺に金をよこせ! お前のほうが『財力』優れてるんだからよ!」  これは、理屈としては正しい。ただ、相方に「金をよこせ!」と何度も大声でわめき散らす浜谷の姿は、それはそれで異様だ。ここで浜谷もふと我に返り、「私はいったい何を言っている……」と反省して遠くを見つめる。浜谷は言葉尻を捉えて神田を追い詰めようとしたが、思わぬ勇み足で逆に気まずい状況に追い込まれてしまった。  このとき、浜谷に感情移入していたはずの視聴者は、不意にはしごを外される。女性っぽいことばかり言っている神田が「非常識」なのだと思っていたら、浜谷もいつのまにか別の意味での「非常識」を体現していた。ここからはむしろ、おかしかったはずの神田のほうが常識的に見えてくる。浜谷はどんどん常識を取り戻せなくなって路頭に迷い、その情けない姿が笑いを誘う。  ハマカーンの漫才で表現されているのは、日常会話のリアリティだ。私たちがふだん会話をするときには、一方的にボケ続ける「ボケ役」や、ただつっこむだけの「ツッコミ役」など存在しない。会話の流れによって、主導権を握る人は移り変わっていくし、誰がまともで誰がおかしいのかは決まっていない。1人が妙なことを言うときもあれば、別の人がもっとおかしなことを口走ってしまうこともある。それらすべてをひっくるめて、人と人との会話は面白い。ハマカーンは日常会話のスリリングな面白さのエッセンスを抽出して、漫才の形にまとめることに成功した。  いわばそれは、攻撃側と守備側が固定されている「野球」型の漫才ではなく、攻撃側と守備側がめまぐるしく入れ替わる「サッカー」型の漫才だ。どんな体勢からでも笑いが取れるハマカーンの最新型しゃべくり漫才は、漫才の歴史に名を残す極上の逸品だ。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

COWCOW 板の上で鍛え上げられた“スベリ知らず”の「間合いと顔芸」

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『COWCOW あたりまえ体操』よしもと
R&C
 多くの吉本芸人がテレビで活躍する現在でも、彼らの主戦場が舞台であることは変わらない。吉本では、どんなに売れっ子の芸人であっても、ほぼ例外なく定期的に劇場に出演しなければいけない。芸人として観客を楽しませる能力は、舞台の上でなければ身につかないからだ。  そんな吉本の劇場で「スベリ知らず」と噂されている中堅芸人がいる。親しみやすいキャラクターとわかりやすいネタ。自らの衣装をネタにした「どうも、伊勢丹の紙袋です」という鉄板のツカミを持つ男たち。COWCOWは、吉本を代表する実力派漫才師だ。  COWCOWというコンビの強みは、安定したキャラクターとネタを持ち、どんな客層にも柔軟に対応して笑いをとることができる、ということだ。そして彼らは、漫才の名手でありながら、漫才以外の飛び道具も豊富に備えている。『R-1ぐらんぷり2012』の優勝でも証明された多田健司の一発ギャグの破壊力。『R-1』決勝の常連だった山田與志の物真似とモノボケの職人芸。昔からあるフリップネタを進化させて、フリップに仕掛けた細工を次々に披露するという彼の手法は斬新だった。  そんな彼らの最新作にして最高傑作と呼ばれているのが「あたりまえ体操」だ。軽快なメロディに乗せて「右足出して左足出すと歩ける」などの当たり前のことが歌われていく。その音楽をバックにして、彼らは黙々と体操風のパントマイムを演じる。一度見たら忘れられない破壊力抜群のネタだ。最近世に出てきた歌ネタの中では、2700のネタに並ぶ強烈な存在感を持っている。  COWCOWがつかんでいるものは笑いの「間」である。彼らの持ちネタのひとつに、ひじでお互いをつつき合ってじゃれ合い、最後に2人で肩を組んで正面を向いてにっこり微笑む、というものがある。これは、ほとんど言葉も発さないで展開される小ネタでありながら、彼らの代名詞のようになっているものだ。このネタを成立させているのは、間合いそのものにある。ひじをつつきあってポーズを決める、ただそれだけのことを笑いに変えてしまうのは、それが何とも言えない心地よい間合いで繰り出されるからだ。  さらに言えば、彼らのネタは、一見とっつきやすく素人にも簡単に真似できそうに見えるが、実際にはなかなかできない。それは、彼らが「顔芸」というもうひとつの強力な武器を隠し持っているからだ。歌と動きをベースにしているので気付かれにくいかもしれないが、「あたりまえ体操」が笑いを生む最大のカギは、決めポーズを作るときのコミカルな表情と、それ以外のときの無表情とのギャップにある。「あたりまえ体操」という笑いの総合芸術の土台を支えているのは、顔芸の圧倒的なクオリティなのだ。もちろん、多田の一発ギャグにおいても、顔芸の要素は重要な位置を占めていることは言うまでもない。  ネタ作りへの姿勢、ピン芸への貪欲さ、新しい形のネタを次々に仕掛ける芸の幅広さなど、COWCOWの芸人としての基礎体力は並々ならぬものがある。すべての導火線が確実に笑いに結びついている。普通のタレントの人気には流行り廃りがあるが、COWCOWが人々の支持を得られなくなるところはもはや想像できない。劇場での安定感は群を抜いているし、新しい試みへの意欲も失っていない。COWCOWは、吉本が誇る至高のお笑い精密機械だ。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)