「コントを見る」ことの難しさとは……お笑い評論家・ラリー遠田『キングオブコント2016』評

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TBS系『キングオブコント2016』番組サイトより
 10月2日、コント日本一を決める『キングオブコント2016』(TBS系)の決勝戦が行われた。決勝戦でコントを披露したのは、しずる、ラブレターズ、かもめんたる、かまいたち、ななまがり、ジャングルポケット、だーりんず、タイムマシーン3号、ジグザグジギー、ライスの10組。この中から、かもめんたる、かまいたち、ジャングルポケット、タイムマシーン3号、ライスの5組が最終決戦に進み、2本のネタの合計得点の最も高かったライスが見事に優勝を果たした。  数あるお笑いコンテストの中でも、『キングオブコント』ほど場の空気が重視される大会はない。そもそも、個人の好みの差が激しい笑いという分野で、優劣をつけて勝敗を決めるということには宿命的な困難がつきまとう。それでも、何かしらの基準を定めて評価をしなくてはならないとすると、その日、その場所、その状況におけるネタの出来やウケ具合を審査基準とするしかないことになる。だからこそ、お笑いコンテストではその場の空気をつかんだ者が高い評価を受ける。 『キングオブコント』はコントの大会なので、特にそういう傾向が強くなりやすい。コントは漫才と違って、話術という飛び道具で観客を引き込むことができないからだ。テンポのいい掛け合いで観客を自分たちのペースに巻き込んでどんどん盛り上げていく、という漫才の手法が使えない。コントとは、演技で構成される短い芝居である。それを見る観客には、これからひとつの「お芝居」を見るのだ、という心の準備が必要だ。いったん冷静になって熱が冷めている観客の心を、そこから持ち上げて揺さぶって笑わせなくてはいけない。そこにコントを演じることの難しさがあり、同時に歓びもあるのかもしれない。  昨年以降、芸人100人による審査が廃止されてからの『キングオブコント』では、特にその傾向が強くなっているように見受けられる。2008年から14年まで行われていた「予選敗退した芸人100人(14年のみ101人)による審査」では、客席を埋め尽くす芸人たちがコントの難しさを知り尽くしているので、盛り上げるべきところで盛り上げる、という与えられた役目をきちんと果たしてくれていた。  ところが、15年の大会ではこの審査システムが廃止されてしまったため、テレビ越しに見ていてもはっきりとわかるくらい、会場の空気が一変した。一般客が中心の客席は、コントを見るのにふさわしくないほどの独特の緊張感に包まれていて、空気が重かった。そんな中で、その重苦しさを振り払い、空気を一気に塗り替えたコロコロチキチキペッパーズが優勝の栄誉を手にした。  さて、今年はどうだったか。結論から言うと、昨年よりは客席のムードが軽かった。重苦しさはなく、打てば響く反応の良さがある。ただ、一方では、ところどころでネタ中に悲鳴があがったりするなど、コントの設定に過剰に入り込み、反応が良すぎるために引き起こされる独特の現象も見受けられた。決して重くはないが、軽いところが軽すぎる。でも、ここを笑わせないとこの大会では勝てない。  今回は、結果から見るとライスとジャングルポケットの一騎打ちとなっていた。1本目終了の時点では同点1位。2本目で6点差がついてライスに軍配が上がったが、審査員の評価としてはライス支持3人に対してジャングルポケット支持が2人。実質的にはほとんど差がなかった。  ジャングルポケットは、顔と演技のクドさに定評のある絶対的エースの斉藤慎二を軸にして、その魅力を最大限に引き出すネタを作っていた。斉藤の暑苦しさは見る人を選ばず、誰にでもダイレクトに伝わる。今回披露された2本のコントは、いずれも斉藤がアクシデントに一方的に巻き込まれるものだった。斉藤が演じる人物は、どんなに悲惨な状況に追い込まれても、ちっとも悲惨に見えない。そこを笑いの核心に持ってくる作戦が功を奏していた。  対するライスの売りは、圧倒的なネタの面白さと、それを支える演技のうまさだ。ライスの2本のコントは、いずれも1つの違和感のある設定を作り、それをそのまま押し切っていくタイプのネタ。この手のネタでは、常に見る者の期待を超えて面白さを更新していかないと、途中で息切れしてしまう。ただ、彼らは緻密なネタ作りでそのような失敗に陥らず、階段を一歩一歩上るように確実に笑いを増幅させていった。  客席の中には、コントを見るときにどうしても身構えて硬くなってしまう人がいる。そこにひとつの壁がある。ジャングルポケットはキャラでそれを打ち破り、ライスはネタでそれを打ち破った。ライスの2人は、究極的にシンプルで隙のないネタ運びによって、コントで勝つとはこういうことだ、というのを世に知らしめたのではないかと思う。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

ラリー遠田の『R-1ぐらんぷり2016』評 王者・ハリウッドザコシショウの「破壊力と演出力」

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ハリウッドザコシショウ公式ブログより
 2016年3月6日、ピン芸日本一を決める『R-1ぐらんぷり2016』の決勝戦が行われた。大会にエントリーした3,786人の頂点に立ったのは、ハリウッドザコシショウ。決勝では、誇張の強すぎるものまねを次々にたたみかけていく2本のネタを披露。会場に集う観客を爆笑と興奮の渦に巻き込んだ。  ハリウッドザコシショウは数々の逸話に彩られた伝説的な芸人だ。多くの芸人や業界関係者が彼の芸に魅了され、ファンであることを公言している。芸に向き合う真摯な姿勢は後輩からも尊敬されている。荒削りで型破りなパフォーマンスを披露する芸人や一般人が次々に現れ、カルトな人気を誇っていた深夜番組『あらびき団』(TBS系)では、ハリウッドザコシショウは準レギュラーのような扱いでたびたび登場。番組内では「キングオブあらびき」の異名を取っていた。  私は今年の『R-1ぐらんぷり』の予選会場で、何度かハリウッドザコシショウのネタを生で見ている。そのときに印象的だったのは、広い会場の中で彼のネタに対する反応が人によって大きく分かれていたということだ。私はたまたま後方の席に陣取っていたので、客席全体の反応を見渡すことができた。観客の多くは彼のネタを見て、声をあげ、手を叩き、涙を流さんばかりに笑っている。ただ、一方で、全く無反応の人も一定数存在していた。恐らく、分かる人にとっては死ぬほど面白いが、分からない人にとってはまったく意味不明なのだろう。  笑いの好みというのは個人差が激しいので、他の芸人のネタでも多かれ少なかれそういうことはある。ただ、その違いが最もはっきり現れるのが、ハリウッドザコシショウのネタなのだ。実際、今回の『R-1』をテレビで見ていた人の中でも「これの何が面白いの?」という疑問を持った人もいるかもしれない。そういう人は決して特別ではなく、一定の割合で存在する。特に、ハリウッドザコシショウはずっと昔からそういうふうに思われがちな芸人であることは確かだ。  ただ、今年の『R-1』に挑む彼は明らかに「わかるヤツにだけわかればいい」などとは思っていなかったように見える。それはネタの構成にも現れている。「誇張しすぎたものまね」という得意のフォーマットの中で、極力わかりやすく、間口を広くしようとしている工夫が随所に見受けられた。  第一に、個々のネタの前振りが丁寧になっていた。例えば、ザキヤマ(アンタッチャブルの山崎弘也)のものまねをやるときにも、正しいものまねを見せた後でそれを誇張したバージョンを演じていた。元ネタが何であるのかわかりづらいものは、それをきちんと説明したりもしていた。  第二に、最初のネタが終わったところで、次のフリップをめくる前に「酔っぱらってないですからね」と念押しをして、自分が受け手を置き去りにしないというスタンスを明確に示していた。  第三に、ものまねの題材として昔のマンガなどのマイナーなものは選ばず、誰でも知っている有名なものばかりを並べた。特に、野々村竜太郎元県議など、多くの人に伝わりやすいような題材も積極的に採用。その上で、自分が今まで積み上げてきた笑いの根幹の部分はそのまま貫き通していた。  番組を録画している人は、ハリウッドザコシショウの1本目のネタが終わった直後に画面に映された、司会者、審査員、観客の反応を見返してみてほしい。あの場に居合わせた彼らの反応は、単に「面白かった」とか「笑えた」といった通常のレベルのものはなかった。まるで飛行機墜落事故の瞬間を間近で見た人のように、一様に「とんでもない光景を目撃した!」「今のはなんだったの!?」といった意味の笑みを浮かべていた。爆笑の「爆」が爆発の「爆」と同じなのは偶然ではない。ハリウッドザコシショウの仕掛けた笑いの核爆弾は、確かにあの瞬間、閃光と共に爆発していたのだ。  会場にいた芥川賞作家の羽田圭介は、ハリウッドザコシショウのすごいところは「めちゃくちゃ偏った世界観をいきなりやってきて、それを受け取る側に有無を言わさず飲み込ませてしまう破壊力」だとコメント。さらに、それを支えているのは「ものすごい高い演技力と演出性」だと喝破した。私もこの見解に全面的に同意する。  ハリウッドザコシショウがピン芸の大会『R-1ぐらんぷり』で優勝することができたのは、もともとあった破壊力に加えて、それをわかりやすく多くの人に伝えるための演出力を身につけたからだ。「面白いことをやりたい」という自分の中からわき上がる衝動に向き合い、戦い続けてきたハリウッドザコシショウの24年の集大成。カルト芸人の頂上に君臨していた男がついに、表の世界でもピン芸人の頂点に立った。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

ラリー遠田の『R-1ぐらんぷり2016』評 王者・ハリウッドザコシショウの「破壊力と演出力」

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R-1ぐらんぷり2016公式サイト
 2016年3月6日、ピン芸日本一を決める『R-1ぐらんぷり2016』の決勝戦が行われた。大会にエントリーした3,786人の頂点に立ったのは、ハリウッドザコシショウ。決勝では、誇張の強すぎるものまねを次々にたたみかけていく2本のネタを披露。会場に集う観客を爆笑と興奮の渦に巻き込んだ。  ハリウッドザコシショウは数々の逸話に彩られた伝説的な芸人だ。多くの芸人や業界関係者が彼の芸に魅了され、ファンであることを公言している。芸に向き合う真摯な姿勢は後輩からも尊敬されている。荒削りで型破りなパフォーマンスを披露する芸人や一般人が次々に現れ、カルトな人気を誇っていた深夜番組『あらびき団』(TBS系)では、ハリウッドザコシショウは準レギュラーのような扱いでたびたび登場。番組内では「キングオブあらびき」の異名を取っていた。  私は今年の『R-1ぐらんぷり』の予選会場で、何度かハリウッドザコシショウのネタを生で見ている。そのときに印象的だったのは、広い会場の中で彼のネタに対する反応が人によって大きく分かれていたということだ。私はたまたま後方の席に陣取っていたので、客席全体の反応を見渡すことができた。観客の多くは彼のネタを見て、声をあげ、手を叩き、涙を流さんばかりに笑っている。ただ、一方で、全く無反応の人も一定数存在していた。恐らく、分かる人にとっては死ぬほど面白いが、分からない人にとってはまったく意味不明なのだろう。  笑いの好みというのは個人差が激しいので、他の芸人のネタでも多かれ少なかれそういうことはある。ただ、その違いが最もはっきり現れるのが、ハリウッドザコシショウのネタなのだ。実際、今回の『R-1』をテレビで見ていた人の中でも「これの何が面白いの?」という疑問を持った人もいるかもしれない。そういう人は決して特別ではなく、一定の割合で存在する。特に、ハリウッドザコシショウはずっと昔からそういうふうに思われがちな芸人であることは確かだ。  ただ、今年の『R-1』に挑む彼は明らかに「わかるヤツにだけわかればいい」などとは思っていなかったように見える。それはネタの構成にも現れている。「誇張しすぎたものまね」という得意のフォーマットの中で、極力わかりやすく、間口を広くしようとしている工夫が随所に見受けられた。  第一に、個々のネタの前振りが丁寧になっていた。例えば、ザキヤマ(アンタッチャブルの山崎弘也)のものまねをやるときにも、正しいものまねを見せた後でそれを誇張したバージョンを演じていた。元ネタが何であるのかわかりづらいものは、それをきちんと説明したりもしていた。  第二に、最初のネタが終わったところで、次のフリップをめくる前に「酔っぱらってないですからね」と念押しをして、自分が受け手を置き去りにしないというスタンスを明確に示していた。  第三に、ものまねの題材として昔のマンガなどのマイナーなものは選ばず、誰でも知っている有名なものばかりを並べた。特に、野々村竜太郎元県議など、多くの人に伝わりやすいような題材も積極的に採用。その上で、自分が今まで積み上げてきた笑いの根幹の部分はそのまま貫き通していた。  番組を録画している人は、ハリウッドザコシショウの1本目のネタが終わった直後に画面に映された、司会者、審査員、観客の反応を見返してみてほしい。あの場に居合わせた彼らの反応は、単に「面白かった」とか「笑えた」といった通常のレベルのものはなかった。まるで飛行機墜落事故の瞬間を間近で見た人のように、一様に「とんでもない光景を目撃した!」「今のはなんだったの!?」といった意味の笑みを浮かべていた。爆笑の「爆」が爆発の「爆」と同じなのは偶然ではない。ハリウッドザコシショウの仕掛けた笑いの核爆弾は、確かにあの瞬間、閃光と共に爆発していたのだ。  会場にいた芥川賞作家の羽田圭介は、ハリウッドザコシショウのすごいところは「めちゃくちゃ偏った世界観をいきなりやってきて、それを受け取る側に有無を言わさず飲み込ませてしまう破壊力」だとコメント。さらに、それを支えているのは「ものすごい高い演技力と演出性」だと喝破した。私もこの見解に全面的に同意する。  ハリウッドザコシショウがピン芸の大会『R-1ぐらんぷり』で優勝することができたのは、もともとあった破壊力に加えて、それをわかりやすく多くの人に伝えるための演出力を身につけたからだ。「面白いことをやりたい」という自分の中からわき上がる衝動に向き合い、戦い続けてきたハリウッドザコシショウの24年の集大成。カルト芸人の頂上に君臨していた男がついに、表の世界でもピン芸人の頂点に立った。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

戦術家・トレンディエンジェルを優勝に導いた「Wハゲ」という“隠れみの”

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テレビ朝日系『M-1グランプリ2015』公式サイトより
 2015年12月6日、東京・テレビ朝日で『M-1グランプリ2015』の決勝戦が行われた。総勢3,472組が参加したこの大会で見事に優勝を果たしたのは、トレンディエンジェル。前年末の『THE MANZAI 2014』でも準優勝していた彼らが、今大会では敗者復活戦を勝ち抜いて逆転優勝を成し遂げた。  5年ぶりに復活した今回の『M-1』では、従来の形を継承しながらも、さまざまな部分でマイナーチェンジが行われていた。その中で最も注目を集めたのは審査員の顔ぶれが変わったことだ。これまでは、松本人志、島田紳助など、押しも押されもしないお笑い界のレジェンド芸人たちが審査員を務めていた。一方、今年は中川家・礼二、笑い飯・哲夫など、過去の『M-1』で優勝した芸人9人が審査員として名を連ねることになった。  審査員が変わったことで、審査の基準や結果にどういう影響があったのか? 結論から言えば、それほど大きく何かが変わったわけではない。ただ、審査される側の芸人とそれほど大きく芸歴に差があるわけでもなく、似たような立場にある今回の審査員は、これまでの審査員よりも客観性や公平性を強く意識していたように見える。  例えば、番組を盛り上げるために、特に面白いと思った1組の芸人に極端に高い点数を付ける、といったスタンドプレーのようなことをする人はいなかった。それぞれが自分なりの基準で真剣にネタを見て、真面目に評価を下していた。その結果、それぞれが付けた点数の偏りが少なく、僅差で勝負が決まる接戦となっていた。  決勝ファーストステージを勝ち抜いたのは、ジャルジャル、トレンディエンジェル、銀シャリ。この3組が最終決戦に挑むことになった。いずれも、自分たちの漫才の形がはっきりしていて、それを堂々と演じられる技術とセンスを兼ね備えたコンビだ。  ただ、ファーストステージと最終決戦で2本のネタを披露したことで、3組の明暗が分かれた。ジャルジャルと銀シャリは、どこにも隙がないスマートなネタ作りを得意としている。ネタはきっちりした完成品として客の前に提示される。ただ、そのせいで、似たようなテイストのネタを立て続けに2本演じると、「2本目より1本目の方が良かった」などと、それぞれのネタの質の良し悪しに目が行ってしまいがちだ。  一方、トレンディエンジェルはそういうタイプではない。彼らの漫才には圧倒的な軽さと速さがある。自らの頭髪の薄さをネタにした軽いボケを矢継ぎ早に連発して、観客を強引に自分たちの世界に巻き込んでしまう。  そして、よくよく観察してみると、笑いの取り方の種類が豊富だ。若者ウケするキャッチーなボケから、お笑いマニアにウケそうなちょっとひねったボケまで、いろいろなテイストの笑いを1本の漫才に詰め込んでいる。緩急自在のボケを操り、見る者を翻弄しているのだ。実は相当な戦略家なのだが、「Wハゲ」という見た目の強烈さが隠れみのになっているため、こざかしい戦略を感じさせないのも強みだ。  また、決勝に出ていた9組の中で、時事ネタを積極的に取り入れていたのも彼らだけだった。賞レースに向けて何年もかけてネタを作り込むのが当たり前になっている昨今、すぐに古くなって賞味期限切れになりやすい時事ネタを取り入れる若手漫才師はあまり多くはない。トレンディエンジェルは「五郎丸」「トリプルスリー」「爆買い」「ライザップ」など、最近の流行りのキーワードをこれでもかというくらい詰め込んで、現代を生きる観客の心に刺さる漫才を仕上げていた。  最終決戦の審査では、審査員9人中6人がトレンディエンジェルに投票していた。彼らの漫才は観客だけではなく、審査員の気持ちもしっかりとつかんでいた。ジャルジャルや銀シャリの漫才は、いつどこで見ても安定して面白い、磨き抜かれた1つの「作品」だった。ただ、トレンディエンジェルの漫才は、良くも悪くも今この場所でしか楽しめない刹那的なパフォーマンスとなっていた。そこに独自の価値が出ていた。  トレンディエンジェルは、「トレンディ」という芸名の通り、ひたすら今という時代にこだわり、そこに特化したネタを地道に作り続けることで、ついに『M-1』というビッグタイトルを手にした。日本中の視聴者が彼らの漫才には脱毛、いや、脱帽したに違いない。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

戦術家・トレンディエンジェルを優勝に導いた「Wハゲ」という“隠れみの”

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テレビ朝日系『M-1グランプリ2015』公式サイトより
 2015年12月6日、東京・テレビ朝日で『M-1グランプリ2015』の決勝戦が行われた。総勢3,472組が参加したこの大会で見事に優勝を果たしたのは、トレンディエンジェル。前年末の『THE MANZAI 2014』でも準優勝していた彼らが、今大会では敗者復活戦を勝ち抜いて逆転優勝を成し遂げた。  5年ぶりに復活した今回の『M-1』では、従来の形を継承しながらも、さまざまな部分でマイナーチェンジが行われていた。その中で最も注目を集めたのは審査員の顔ぶれが変わったことだ。これまでは、松本人志、島田紳助など、押しも押されもしないお笑い界のレジェンド芸人たちが審査員を務めていた。一方、今年は中川家・礼二、笑い飯・哲夫など、過去の『M-1』で優勝した芸人9人が審査員として名を連ねることになった。  審査員が変わったことで、審査の基準や結果にどういう影響があったのか? 結論から言えば、それほど大きく何かが変わったわけではない。ただ、審査される側の芸人とそれほど大きく芸歴に差があるわけでもなく、似たような立場にある今回の審査員は、これまでの審査員よりも客観性や公平性を強く意識していたように見える。  例えば、番組を盛り上げるために、特に面白いと思った1組の芸人に極端に高い点数を付ける、といったスタンドプレーのようなことをする人はいなかった。それぞれが自分なりの基準で真剣にネタを見て、真面目に評価を下していた。その結果、それぞれが付けた点数の偏りが少なく、僅差で勝負が決まる接戦となっていた。  決勝ファーストステージを勝ち抜いたのは、ジャルジャル、トレンディエンジェル、銀シャリ。この3組が最終決戦に挑むことになった。いずれも、自分たちの漫才の形がはっきりしていて、それを堂々と演じられる技術とセンスを兼ね備えたコンビだ。  ただ、ファーストステージと最終決戦で2本のネタを披露したことで、3組の明暗が分かれた。ジャルジャルと銀シャリは、どこにも隙がないスマートなネタ作りを得意としている。ネタはきっちりした完成品として客の前に提示される。ただ、そのせいで、似たようなテイストのネタを立て続けに2本演じると、「2本目より1本目の方が良かった」などと、それぞれのネタの質の良し悪しに目が行ってしまいがちだ。  一方、トレンディエンジェルはそういうタイプではない。彼らの漫才には圧倒的な軽さと速さがある。自らの頭髪の薄さをネタにした軽いボケを矢継ぎ早に連発して、観客を強引に自分たちの世界に巻き込んでしまう。  そして、よくよく観察してみると、笑いの取り方の種類が豊富だ。若者ウケするキャッチーなボケから、お笑いマニアにウケそうなちょっとひねったボケまで、いろいろなテイストの笑いを1本の漫才に詰め込んでいる。緩急自在のボケを操り、見る者を翻弄しているのだ。実は相当な戦略家なのだが、「Wハゲ」という見た目の強烈さが隠れみのになっているため、こざかしい戦略を感じさせないのも強みだ。  また、決勝に出ていた9組の中で、時事ネタを積極的に取り入れていたのも彼らだけだった。賞レースに向けて何年もかけてネタを作り込むのが当たり前になっている昨今、すぐに古くなって賞味期限切れになりやすい時事ネタを取り入れる若手漫才師はあまり多くはない。トレンディエンジェルは「五郎丸」「トリプルスリー」「爆買い」「ライザップ」など、最近の流行りのキーワードをこれでもかというくらい詰め込んで、現代を生きる観客の心に刺さる漫才を仕上げていた。  最終決戦の審査では、審査員9人中6人がトレンディエンジェルに投票していた。彼らの漫才は観客だけではなく、審査員の気持ちもしっかりとつかんでいた。ジャルジャルや銀シャリの漫才は、いつどこで見ても安定して面白い、磨き抜かれた1つの「作品」だった。ただ、トレンディエンジェルの漫才は、良くも悪くも今この場所でしか楽しめない刹那的なパフォーマンスとなっていた。そこに独自の価値が出ていた。  トレンディエンジェルは、「トレンディ」という芸名の通り、ひたすら今という時代にこだわり、そこに特化したネタを地道に作り続けることで、ついに『M-1』というビッグタイトルを手にした。日本中の視聴者が彼らの漫才には脱毛、いや、脱帽したに違いない。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

『キングオブコント2015』評 審査システムの変化と「物語型コント」の行く末を見る

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撮影=後藤秀二
 2015年10月11日、コント日本一を決める『キングオブコント2015』が行われた。決勝戦は予選を勝ち抜いた10組の芸人によって争われ、見事に優勝を果たしたのはコロコロチキチキペッパーズだった。結成4年目でダークホースといわれていた2人が、下馬評を覆して栄冠を手にした。  これまでの『キングオブコント』では、「物語型」のコントが高く評価される傾向にあった。これは、準決勝で敗れた芸人100人による審査が導入された2009年大会で東京03が優勝したときから始まったものだろう。緻密に作り込まれたストーリー性のあるコントを、隙のない演技力で演じきる。たった4分のコントの中に映画1本分に相当する起承転結を詰め込み、観客を自分たちの世界に引きずり込む。そういう芸人がこれまで活躍することが多かった。13年優勝のかもめんたる、14年優勝のシソンヌなどは、典型的な「物語型」のコントを得意とする芸人だ。  また、10年準優勝のピースもそのタイプに該当する。ピースの又吉直樹は、物語型のコントを演じるだけにとどまらず、その有り余る才能を生かして小説を書き上げ、芥川賞作家にまで上り詰めた。「物語型」の面白いコントを作るのは一筋縄ではいかない。構成力、発想力、演技力など、コント芸人としての総合的な実力が求められる。そういう芸人こそが、同じ立場にある100人の芸人審査員にとって「俺たちのNo.1」にふさわしい存在だと思われてきたのだ。  だが、2015年大会でこの審査システムがガラッと変わった。予選で敗れた芸人100人による審査の代わりに、松本人志、さまぁ~ず、バナナマンの5人による審査が行われることになったのだ。新しいシステムを取り入れた初めての大会ということで、会場にはどうしてもピリピリした緊張感が漂ってしまうことになった。  審査員5人は、審査に公正を期すという意味もあり、普段バラエティ番組に出ているときのように軽快に冗談を飛ばしたりはしない。あくまでも真面目に誠実にネタを見守るだけだ。そんな彼らのすぐ後ろに観客が座っている。観客もこの空気に飲まれて、どうしても気軽に笑いづらくなってしまう。  いざ本番が始まると、この日の舞台は多くの芸人にとって針のむしろとなった。予選でウケたはずのネタがなかなかウケない。自信のあったくだりがことごとく上滑りしてしまう。審査員の点数も低い数字にとどまり、重苦しい状況がしばらく続いた。この空気をはねのけて大きな笑いを起こしたのは、ロッチ、バンビーノ、コロコロチキチキペッパーズの3組だけだった。  全体的に低調だった中で、この3組が結果を残したのには理由がある。ロッチはもともとの知名度が高いため、自分たちの世界に観客を引き込むのが比較的容易だった。バンビーノは、14年大会で決勝に進んだ芸人の中で一番の出世頭となり、そこで披露した「ダンソン」というネタも大ヒットしていた。彼らは15年初頭に起こったリズムネタブームを牽引する存在となり、みるみるうちに自信をつけていた。彼らのネタは、たとえ歌や音楽を使っていなくても、観客を気持ち良く乗せることに特化しているという点で、広い意味での「リズムネタ」に分類できるものがほとんどだ。意味よりも「ノリ」が重視されているため、幅広い層に受け入れられやすい。  そして、コロコロチキチキペッパーズには、坊主頭、ピュアで力強いまなざし、よく通る美声という強力な武器を持つナダルがいる。ナダルこそがコロコロチキチキペッパーズの最大の強みだ。彼が舞台に現れるだけで、客席からは「なんかヘンなヤツが出てきた!」という意味のクスクス笑いがもれる。そして、無駄をそぎ落としたごくごくシンプルなつくりのコントで、ナダルの声と表情だけを前面に打ち出していく。彼のなにげない言葉や顔つきのひとつひとつで大きな笑いが起こり、それがどんどん大きくなっていった。  結果的には、10組の中で最も芸歴の浅いコロコロチキチキペッパーズが、バンビーノやロッチを抑えて優勝していた。5人の審査員はこの日、コロコロチキチキペッパーズこそが優勝にふさわしいと判断した。その審査結果は、新たなスターを求める観客や視聴者の潜在的なニーズとも一致していた。審査システムが改められた2015年の『キングオブコント』では、精密に作り込まれた「物語型」のコントよりも、ナダルという怪物が名だたる先輩芸人を蹂躙していくリアルな「物語」の方が魅力的だったのかもしれない。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

『キングオブコント2015』評 審査システムの変化と「物語型コント」の行く末を見る

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撮影=後藤秀二
 2015年10月11日、コント日本一を決める『キングオブコント2015』が行われた。決勝戦は予選を勝ち抜いた10組の芸人によって争われ、見事に優勝を果たしたのはコロコロチキチキペッパーズだった。結成4年目でダークホースといわれていた2人が、下馬評を覆して栄冠を手にした。  これまでの『キングオブコント』では、「物語型」のコントが高く評価される傾向にあった。これは、準決勝で敗れた芸人100人による審査が導入された2009年大会で東京03が優勝したときから始まったものだろう。緻密に作り込まれたストーリー性のあるコントを、隙のない演技力で演じきる。たった4分のコントの中に映画1本分に相当する起承転結を詰め込み、観客を自分たちの世界に引きずり込む。そういう芸人がこれまで活躍することが多かった。13年優勝のかもめんたる、14年優勝のシソンヌなどは、典型的な「物語型」のコントを得意とする芸人だ。  また、10年準優勝のピースもそのタイプに該当する。ピースの又吉直樹は、物語型のコントを演じるだけにとどまらず、その有り余る才能を生かして小説を書き上げ、芥川賞作家にまで上り詰めた。「物語型」の面白いコントを作るのは一筋縄ではいかない。構成力、発想力、演技力など、コント芸人としての総合的な実力が求められる。そういう芸人こそが、同じ立場にある100人の芸人審査員にとって「俺たちのNo.1」にふさわしい存在だと思われてきたのだ。  だが、2015年大会でこの審査システムがガラッと変わった。予選で敗れた芸人100人による審査の代わりに、松本人志、さまぁ~ず、バナナマンの5人による審査が行われることになったのだ。新しいシステムを取り入れた初めての大会ということで、会場にはどうしてもピリピリした緊張感が漂ってしまうことになった。  審査員5人は、審査に公正を期すという意味もあり、普段バラエティ番組に出ているときのように軽快に冗談を飛ばしたりはしない。あくまでも真面目に誠実にネタを見守るだけだ。そんな彼らのすぐ後ろに観客が座っている。観客もこの空気に飲まれて、どうしても気軽に笑いづらくなってしまう。  いざ本番が始まると、この日の舞台は多くの芸人にとって針のむしろとなった。予選でウケたはずのネタがなかなかウケない。自信のあったくだりがことごとく上滑りしてしまう。審査員の点数も低い数字にとどまり、重苦しい状況がしばらく続いた。この空気をはねのけて大きな笑いを起こしたのは、ロッチ、バンビーノ、コロコロチキチキペッパーズの3組だけだった。  全体的に低調だった中で、この3組が結果を残したのには理由がある。ロッチはもともとの知名度が高いため、自分たちの世界に観客を引き込むのが比較的容易だった。バンビーノは、14年大会で決勝に進んだ芸人の中で一番の出世頭となり、そこで披露した「ダンソン」というネタも大ヒットしていた。彼らは15年初頭に起こったリズムネタブームを牽引する存在となり、みるみるうちに自信をつけていた。彼らのネタは、たとえ歌や音楽を使っていなくても、観客を気持ち良く乗せることに特化しているという点で、広い意味での「リズムネタ」に分類できるものがほとんどだ。意味よりも「ノリ」が重視されているため、幅広い層に受け入れられやすい。  そして、コロコロチキチキペッパーズには、坊主頭、ピュアで力強いまなざし、よく通る美声という強力な武器を持つナダルがいる。ナダルこそがコロコロチキチキペッパーズの最大の強みだ。彼が舞台に現れるだけで、客席からは「なんかヘンなヤツが出てきた!」という意味のクスクス笑いがもれる。そして、無駄をそぎ落としたごくごくシンプルなつくりのコントで、ナダルの声と表情だけを前面に打ち出していく。彼のなにげない言葉や顔つきのひとつひとつで大きな笑いが起こり、それがどんどん大きくなっていった。  結果的には、10組の中で最も芸歴の浅いコロコロチキチキペッパーズが、バンビーノやロッチを抑えて優勝していた。5人の審査員はこの日、コロコロチキチキペッパーズこそが優勝にふさわしいと判断した。その審査結果は、新たなスターを求める観客や視聴者の潜在的なニーズとも一致していた。審査システムが改められた2015年の『キングオブコント』では、精密に作り込まれた「物語型」のコントよりも、ナダルという怪物が名だたる先輩芸人を蹂躙していくリアルな「物語」の方が魅力的だったのかもしれない。 (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

お笑い評論家・ラリー遠田の『2013年お笑い総決算!』【勝手に表彰編02】

fwaefrweqgfqregf.jpg 【勝手に表彰編01】はこちらか  今年最も印象的だった芸人同士の争いに贈られる「ベストバウト賞」。芸人たちは時としてバラエティ番組内で激しく対立し合うことがある。その中で最も熱い戦いは何だったのか? それを決めるにはまず、「そもそも熱い戦いの条件とは何なのか」ということを考えなくてはいけない。  私が思う「熱い戦いの条件」とは、「対立する2人それぞれが自分の良いところを出し切っている」ということだ。格闘技で考えると分かりやすいかもしれない。いくらそれぞれの実力があっても、一方的な展開になってしまったり、互いに警戒し合って深みのないやりとりだけで終わってしまうものは、いい戦いとは言えない。  その意味では、例えば、『FNS27時間テレビ 女子力全開2013 乙女の笑顔が明日をつくる!!』(フジテレビ)における大島美幸(森三中)と西野亮廣(キングコング)の対立劇は、心に残る名場面ではあるが、名勝負とは言い切れないところがある。2人が本格的にぶつかり合う前に、戦いの熱がさめて既定路線に収束してしまった印象があるからだ。  ということで、「ベストバウト賞」にふさわしいバトルとしては、『アウト×デラックス』(フジテレビ)における「ミラクルひかるvs福田彩乃」を選びたい。ここでは、「ものまねのネタをパクっている」「ものまねを踏み台にしている」という2大疑惑をミラクルが福田にぶつけて、福田も真っ向から応戦。ミラクルの小姑のようにネチネチした執拗な攻撃と、福田のあっけらかんとした対応が見事にかみ合い、お笑いの歴史に残る名勝負となった。  また、2013年はいつになく「芸人の結婚」が相次いだ1年でもあった。矢部浩之(ナインティナイン)、後藤輝基(フットボールアワー)、田村淳(ロンドンブーツ1号2号)など、テレビを彩る人気芸人たちが次々に結婚を発表。空前絶後の結婚ラッシュに世間は沸き返った。  そんな中で、テレビでも芸人の結婚を大々的に取り上げる企画がたくさん行われた。代表例としては、矢部の結婚式を行った『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ)、ドッキリ企画として飯尾和樹(ずん)の披露宴を行った『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ)がある。  そこで、芸人の結婚を最も面白おかしく取り上げていた番組に贈られる「結婚企画賞」には『ロンドンハーツ』(テレビ朝日)を選びたい。この番組ではこれまで、数々の一般人、芸人、タレントの恋愛や結婚をネタとして取り上げてきた。そんな番組だからこそ、メインMCである田村淳の結婚に際しては、並々ならぬ力を注いでいた。  9月17日放送の『ロンドンハーツ生放送3時間SP』では、生放送中に結婚をサプライズ発表。出演するタレントにすら結婚のことは知らされていなかった。突然の発表にただ呆然とする有吉弘行、千原ジュニアという独身芸人のツーショットも忘れられない。番組では、結婚の裏側を完全ドキュメント形式で紹介。バラエティの企画として最後まで飽きさせないつくりになっていた。  次に、『アメトーーク!』(テレビ朝日)で最も印象的だった企画に贈られる「『アメトーーク!』企画賞」。こんな賞を作ってしまうと『アメトーーク!』をひいきしすぎだと思われるかもしれないが、この番組の圧倒的な人気や影響力を考えると、こうした賞を設けることが不当だとは言えないだろう。  2013年も数々の名企画が生まれたが、ナンバーワンはやはり、11月14日放送の「好感度低い芸人」だ。この企画はとにかくコンセプトがすばらしかった。江頭2:50、出川哲朗といった「抱かれたくない芸人」の定番として無難に名前が挙がる人でもなく、山里亮太(南海キャンディーズ)、井上裕介(NON STYLE)のように「ビジネスとして嫌われに行っている人」でもない、本当に本当の意味で「好感度が低い人」を厳選した、というところがいい。特に、西野亮廣、品川祐(品川庄司)という2枚看板の嫌われぶりは他を圧倒していた。この企画を1時間やってもなお、語り尽くせていない感の残る西野の好感度低いっぷりは神がかり的である。  最後に、お笑い界で最も流行った言葉に贈られる「お笑い流行語大賞」。これはかなり選考が難しい。本家の「ユーキャン新語・流行語大賞2013」には「今でしょ!」「お・も・て・な・し」「じぇじぇじぇ」「倍返し」の4つが選ばれ、史上空前の当たり年となったが、お笑い関連の言葉は候補語50語の中でもキンタロー。の「フライングゲット」1語のみ。確かに、お笑い界で間違いなく流行ったと言えそうな一発ギャグや決めフレーズはほとんど見当たらない。そこで、「お笑い流行語大賞」に私が推したいのはずばり「じぇじぇじぇ」だ。  2013年、一発ギャグは不作だったが、芸人たちがテレビで「今でしょ!」「じぇじぇじぇ」「倍返し」などの流行語をふざけて口にする回数はいつになく多かった。特に「じぇじぇじぇ」は使い勝手が良く、『FNS27時間テレビ』の深夜枠などで太田光(爆笑問題)が連発していたのも記憶に残っている。ということで、お笑い流行語大賞はあえて「じぇじぇじぇ」にしておきたい。2014年こそは、お笑いの世界から流行語を生み出して、世間に対して「倍返し」をしてほしいものだ。 ●ベストバウト賞 ミラクルひかるvs福田彩乃(『アウト×デラックス』) ●結婚企画賞 『ロンドンハーツ』(ロンドンブーツ1号2号・田村淳の結婚) ●『アメトーーク!』企画賞 好感度低い芸人 ●お笑い流行語大賞 じぇじぇじぇ (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

お笑い評論家・ラリー遠田の『2013年お笑い総決算!』【勝手に表彰編01】

fsakgfjqrewk.jpg  2013年のお笑い界をさまざまな角度から振り返っていきたい。この記事では、1年間で特に印象的だった芸人や企画を取り上げて、勝手に表彰してみることにしよう。  まずは、芸歴を重ねた末に大ブレイクを成し遂げた芸人に贈られる「ベテラン芸人賞」。この部門では「ぺっこり45度」「ぱっくりピスタチオ」などの持ちギャグで知られるずんの飯尾和樹なども捨てがたいが、やはり一番は博多華丸・大吉ではないだろうか。博多弁漫才師として地道に腕を磨いていた2人の才能が今年、大きく花開いた。特に、博多大吉のクールでシニカルな芸風は時代の空気にもマッチしており、1人でテレビ出演する機会も多くなっている。  次に、今年最も活躍した女性芸人に贈られる「女性芸人賞」。これは言わずもがな、オアシズの大久保佳代子しか考えられない。いまや『大久保じゃあナイト』(TBS)など数々の番組でMCを務める超人気芸人。オリコンの「2013年ブレイク芸人ランキング」でも堂々の1位に輝いた彼女は、間違いなく「今年の顔」と言っていい人物の1人だ。  ものまね芸人で最も活躍した人に贈られる「ものまね芸人賞」。お笑い・バラエティ全体がやや低迷していた2013年にあっても、ものまねの人気が衰えることはなかった。下半期のナンバーワンは間違いなく、倖田來未、芦田愛菜の真似で知られるやしろ優だろう。  ただ、1年を通して見ると、上半期に絶頂を極めたキンタロー。の活躍が際立つ。AKB48の前田敦子のものまねで人気を博した彼女は、その後も「ももいろクローバーZの百田夏菜子のものまね」などの話題作を連発。12月28日放送の『ものまね王座大決定戦 新王者誕生スペシャル』(フジテレビ)で披露された破壊力抜群の歌唱力とダンスによる剛力彩芽のものまねも記憶に新しい。ダンスのキレとコミカルな体型を武器にして2013年を駆け抜けたキンタロー。こそ、ものまね芸人賞にふさわしい。  最も印象的な歌ネタに贈られる「音楽賞」。こちらは、例年に比べてやや不作だったかもしれない。「右ひじ左ひじ交互に見て」「あたりまえ体操」ほどの時代を代表する名曲は生まれなかった。ただ、そんな中で1つ選ぶとすれば、どぶろっくの「もしかしてだけど」ではないだろうか。男性の女性に対する願望交じりの勝手な妄想を力強く歌い上げたこの作品は、歌ネタ史上に残る名作として以前から高く評価されていた。厳密には2013年発表のネタではないとはいえ、2013年5月にはCDシングル『もしかしてだけど』(テイチクエンタテインメント)、11月にはCDアルバム『もしかしてだけど、アルバム』(同)がリリースされたことが評価の対象となる。年末の『NHK紅白歌合戦』に彼らが選ばれていないことが不思議でならない。  今年最も活躍したハーフ芸人に贈られる「ハーフ芸人賞」。これに関しては満場一致でデニスの植野行雄ということになるだろう。彼はハーフ芸人軍団のリーダー的な存在としてメンバーを引っ張り、ハーフ芸人ブームの火付け役となった。漫才の技術、キャラクター、エピソードトークの量と質など、あらゆる要素で文句なしに高い能力を備えている。そんな彼は今年、月9ドラマ『海の上の診療所』(フジテレビ)にも出演。ブラジル人ハーフの植野は、ブラジルでサッカーワールドカップが開催される2014年にもますますの飛躍が期待できそうだ。 ●ベテラン芸人賞 博多華丸・大吉 ●女性芸人賞 大久保佳代子(オアシズ) ●ものまね芸人賞 キンタロー。 ●音楽賞 どぶろっく「もしかしてだけど」 ●ハーフ芸人賞 植野行雄(デニス) (文=お笑い評論家・ラリー遠田)

アルコ&ピース これが“脱臼型漫才”の最終形!? あの『忍者ネタ』は、なぜ伝説となったのか

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『博愛』(アニプレックス)
 お笑い界では、一度世に出てからその後もずっと語り継がれる「伝説のネタ」というものがある。今からちょうど1年前の『THE MANZAI 2012』の決勝でアルコ&ピースが演じた「忍者」のネタも、間違いなくその1つに数えられるだろう。その年の大会で優勝したのはハマカーンだったが、視聴者や観客に最も強烈なインパクトを与えたのは、アルコ&ピースのほうだったかもしれない。  忍者のネタの基本的な構造はシンプルだ。漫才の冒頭、酒井健太が「僕、忍者になって巻物取りに行きたいなと思ってて。平子(祐希)さん、城の門番やってよ」と相方に話を切り出す。一般的な漫才の流れでは、この提案に平子が同意して、2人の漫才内コントが始まるはずの場面だ。  ところが、それを聞いた平子は軽蔑したような表情を浮かべて「じゃあ、お笑いやめろよ」と切り返す。大方の予想を裏切って、平子は酒井の言葉を文字通りに解釈して、芸人の道を捨てて忍者になろうとする酒井にくどくどと説教を始める。  要するに、ここで彼らが演じていたのは、あるべき漫才の流れをわざと崩すことで笑いを誘う「脱臼型漫才」だ。漫才を正常な状態から脱臼させることで、新たな形の漫才を生み出すことに成功したのだ。  このアイデアは、普段あまりお笑いに接していない人には、非常に斬新で画期的に見えるかもしれない。だが、それは必ずしも正しくはない。  お笑いネタを数多く見てきたお笑い愛好家やネタを作っているプロの立場から見れば、ここでアルコ&ピースがやったこと自体は、決して目新しいことではない。  漫才の中でコントに入るふりをして入らないとか、コントに入ること自体に異を唱えるというのは、実は多くの人がすぐに思いつくありふれたアイデアにすぎない。むしろ、自分たちの漫才の形をあれこれ模索している若手芸人ならば、一度は通る道だと言ってもいいほどだ。発想そのものは別に珍しくはない。アルコ&ピースの漫才の独創性は、最初のアイデア自体ではなく、それ以外の部分にある。  第一に、キーワード選びの妙。この漫才では、酒井を責め立てる平子が「忍者になって巻物取りに行く」というフレーズを繰り返すたびに、大きな笑いが生まれる。「忍者」「巻物」という言葉の響きが持つ純粋な面白みが見事に抽出されている。さらに、同じキーワードを何度も繰り返すことで笑いが増幅していく。「忍者」というマジックワードを見つけたことで、この漫才は神がかり的に面白いものになった。  第二に、構成の巧みさ。この漫才で注目すべき点は、平子が本気で「酒井は忍者になりたがっている」と思っているということだ。彼はあくまでも酒井の立場を尊重しながら、今は芸人として大事な時期だから忍者になるべきではない、と主張する。さらに、「巻物取りに行くことでメシ食えてる忍者なんてほんの一握りだぞ。そんな甘い世界じゃないよ」というとどめの一言が放たれる。忍者という転職先を真剣に検討した上で否定している様子が、何とも言えずおかしい。  忍者になりたがる酒井に対して、「なれるわけないだろ」「今の時代に忍者なんて存在しないよ」などと簡単に否定してしまったら、このネタはここまでの深みを得られなかっただろう。この漫才の演じ手である平子にとって、忍者とは現実的な職業の1つでなければいけない。平子がそれを受け入れているからこそ、現実とも非現実ともつかない奇妙な会話劇として、この漫才が輝きを放つことになるのだ。  そしてもちろん、反則スレスレのこの漫才を成立させている最大の要因は、2人の演技力の高さだ。芝居がうまいからこそ、表情や言葉の1つ1つに説得力があり、それが笑いに直結する。コントを専門にしている彼らには、漫才を1つの芝居として演じきる力が備わっているのだ。  伝説のネタで強烈なインパクトを残した彼らは、そこから快進撃を続けた。2013年4月には『笑っていいとも!』(フジテレビ)のレギュラーに選ばれ、『アルコ&ピースのオールナイトニッポン0』(ニッポン放送)も始まった。2013年は間違いなく、アルコ&ピースにとって飛躍の1年となった。  漫才の中で平子が発した「巻物取りに行くことでメシ食えてる忍者なんてほんの一握りだぞ」というせりふは、「テレビやライブに出るだけでメシ食えてる芸人なんてほんの一握りだぞ」という厳しい現実を反映している。現実の香りがする非現実的な「脱臼型漫才」で伝説を作ったアルコ&ピースは、忍者のように見る者を煙に巻いて笑いを取り続けているのだ。 (お笑い評論家・ラリー遠田)