「島田さんがオウム擁護派と見なされたのには、4つの理由があった」

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島田裕巳氏。
前編はこちらから  オウム騒動の渦中にいた宗教学者と、ポスト・オウム世代ともいえる気鋭の宗教学者が交錯した初めての対談。第2回は、日本で最も有名な宗教学者といっていい、「島田裕巳」という存在をテーマに語り合ったパートをお届けする。  島田氏は、地下鉄サリン事件当時、オウム真理教を擁護しているとしてマスコミからバッシングを受けた。日刊スポーツには「島田氏がオウム真理教から幹部用の教団名、ホーリーネームを授かっており、学生をオウムに勧誘した」などと報道される。その他一部でも、島田氏はオウム擁護派のレッテルを貼られ、最終的には勤めていた大学を辞職するまで追い込まれた。その後、日刊スポーツの報道については、名誉毀損による賠償請求を提訴し、全面勝訴している。今回は、そんな過去を持つ島田氏に対して、大田氏があらためてオウム真理教との関係について問う。 大田 今日は島田さんと話ができる貴重な機会なので、やはり島田さんとオウムとの関係について、立ち入った話を伺いたいと思います。先ほどの話にも出ましたが、島田さんとオウムの関係というのは、実は直接的な1対1の関係ではありませんでした。島田さんとオウムの周囲には、その他の複数の要因というものがあって、それらの要因との関係によって、どちらかというと島田さんは、オウム擁護派という立場を「取らざるを得なくなった」という側面があるのではないでしょうか。私が考える限り、4つの要因があります。1つ目は、幸福の科学との関係。2つ目がヤマギシ会。3つ目が、著書『葬式は, 要らない』(幻冬舎)でも反復されている既成仏教批判。4つ目が、われわれ東大宗教学研究室の先人に当たる、柳川啓一(宗教学者。日本宗教学会元会長。東京大学の教授時代に島田氏や中沢新一氏などを指導。1990年没)という人物の問題です。この4つが関係していると思います。 ――それぞれについて、具体的に説明してもらえますか。 大田 1つ目の、幸福の科学の問題ですが、島田さんが宗教学者として言論活動を始められたのは1990年前後です。そして91年に『いま宗教に何が起こっているのか』(講談社)という著作を発表し、その中で島田さんは、「幸福の科学は実体のないバブル宗教である」という、かなり苛烈な幸福の科学批判を行っている。さらに、米本和広さんとの共著『大川隆法の霊言』(JICC出版局)では、「大川隆法と幸福の科学の会員たちは、宗教的なイニシエーションを果たしていない子どもの集まりだ」という、批判というよりは攻撃とも受け取れる論調を展開しました。これによって島田さんは、幸福の科学から激しい抗議活動を受けるようになる。90年前後の当時、幸福の科学とオウム真理教はライバル関係にあると目されていました。そしてその文脈において、幸福の科学と対立しているということから、「島田はオウム派だ」という構図ができてしまった。 ――2つ目のヤマギシ会との問題とは? 大田 島田さんは学生時代に、ヤマギシ会に参画していました。ヤマギシ会というのは、簡単に言うと、私財をすべて供出して参加する農業ユートピア団体です。島田さんは7カ月でヤマギシ会から脱退しているのですが、その経験自体については、自分が大人になるための契機になった、自分にとってのイニシエーションになったと、肯定的に捉えている。その経緯は、93年に発表された『イニシエーションとしての宗教学』(筑摩書房)という著作に書かれています。そして、ヤマギシ会に対するこうした捉え方が、オウムに対する肯定的評価につながっていったのではないかと、私は考えています。島田さんは90年、熊本県の波野村にあった「シャンバラ精舎」というオウム真理教のコミューンを視察されている。そこは多数のプレハブが林立する特異な施設だったのですが、島田さんはそこで、「これはヤマギシに似ている、しかもヤマギシより立派に活動している。現実世界を捨ててこういうコミューンに身を捧げる人の気持ちが、私にはよくわかる」と、シャンバラ精舎の存在を肯定的に捉えたところがある。 ――3つ目の既成仏教批判とは? 大田 島田さんの近著『葬式は、要らない』はベストセラーになり、そこで初めて、島田さんの既成仏教批判は広く知られるようになりました。しかし、島田さんが既成仏教批判を始めたのはかなり以前からのことで、91年の『戒名』(法藏館)という本で戒名批判を開始し、92年の『仏教は何をしてくれるのか』(講談社)という著作の中では、かなり攻撃的な論調で既成仏教を批判している。そこで島田さんは、本来の仏教とは関係がない葬儀料や戒名料を取って寺院経営を成り立たせている日本の仏教は、腐敗・堕落しているのではないかという論旨を展開しています。それでは本来の仏教とは何かというと、それは修行をして悟りを開くことである。そしてその点からすると、オウムという団体は、日本の既成仏教よりは本来の仏教を実践していると見なされることになった。こうした論理が、オウムへの肯定的評価につながっていったわけです。確かにオウムは、「葬式をしない宗教」でした。しかし、その結果どうなったか。オウムは、人間の死とは単なるトランスフォームであるとする「ポワ」の教義を作り上げ、死の現実性を否定してしまった。そしてその教義こそが、数々の殺害行為や死体遺棄を後押ししたのです。91年に島田さんは、麻原彰晃と気象大学で対談しています(『自己を超えて神となれ!』(オウム出版)に、「現代における宗教の存在意義」という題名で収録)。その中で島田さんは、ヤマギシ会の経験からオウムのコミューンを評価し、さらには、幸福の科学や既成仏教に対する批判において、麻原と意見が一致してしまう。そして『朝生』の内容にも触れ、麻原が自ら番組に出演したことで「オウム真理教がおかしな宗教ではなく、仏教の伝統に根ざしていたことが理解されたのではないでしょうか」と発言しています。これでは、「オウム擁護」と見なされても仕方がないと言わざるを得ない。私はこのように理解していますが、島田さんはどうお考えですか? 島田 そういうことだと思います。私をどうとらえるかによると思いますが、途中でおっしゃったように、私が考えてやろうとしていることと、その時のオウムがやろうとしていたことが重なり合う部分はありました。私がいて、麻原がいて、というだけではなく、もっとたくさんのものがあり、そうした中で意見が一致するということはあった。ただ、今の話、そして『オウム真理教の精神史』でもいくつかの点で疑問に思うところがあります。 ――疑問というのは? 島田 あの頃のヤマギシ会にかかわっている人は、だいたいが学生なんです。全財産を出してという感覚を持って入会した人はいないし、みんないい加減に働き、飲んでばかりいたので、オウムとヤマギシ会を比べたのがいけないのかもしれない。そういうところから見ると、波野村のオウムのシャンバラ精舎は立派に見えた。それとヤマギシ会はそんなに全体主義的ではない。確かに子どもに対する虐待は起こりました。それは事実ですが、全体主義的組織としてとらえるとまったく違うものです。大田さんは非常にまじめで論理的に物事を追い詰めていくけれど、それぞれの教団が掲げる思想ありきで現実を当てはめようとすると、現実と乖離することがある。私がオウムと意見が一致したというのは、ある意味でオウムをつくり出した根源的なこと、そういうものが宗教学に根があるのは否定できないと思う。たとえば、原始仏教や修行の実践に対する関心といった、宗教学の枠組みがひとつの方向性をつくった。そういうものを利用することにより、オウムがひとつのシステムをつくり上げたということでいうと、宗教学はオウムの何人かいる"生みの親"のひとりであることは間違いない。 ――島田さんは具体的にはどのくらいから、オウムとのかかわりを持ったのでしょうか? 島田 具体的なかかわりでいえば、92年以降、ほとんど私はオウムとかかわりがない。95年以降批判されたが、その種になったのは91年の半年くらいの間の短い接触の中での出来事なんです。その中で、オウム擁護と言われた。意見が一致していたと言われれば、今の既成仏教の在り方や社会に対する批判、そういうところで一致していたかもしれない。じゃあ、それが短絡的に、オウムがサリンを撒いたことも含めて擁護していたと理解している人がいるかもしれないが、決してそういうことではない。オウムの側から見ても、擁護してくれる人というより、意見が合う人がいるな、ということだったと思う。それは中沢新一やほかの知識人に対してもそうでしょう。 大田 あらためて文献を読み返すと、最初に島田さんが幸福の科学を批判したことが、きわめて唐突だったようにも思われるのですが。 島田 私が最初に幸福の科学について言及したのは、講談社が出していた「月刊現代」という雑誌の中で、山田太一さんがホストを務める連載があり、そこに私が呼ばれた時。そこで私はオウムと幸福の科学の話をしました。そこでした幸福の科学への批判に編集者が興味を持ち、「月刊現代」誌上で幸福の科学への批判を書きました。その記事というのは、当時の日本社会というものを幸福の科学が象徴しているのではないかという角度から、日本社会への批判として書いたものです。そこで、当時、「講談社対幸福の科学」という「FRIDAY」をめぐる争い(1991年に講談社が発行する「FRIDAY」や「週刊現代」などが幸福の科学批判の記事を掲載、同教団会員が講談社に激しい抗議を展開し、訴訟にまで発展した)が起き、その中に巻き込まれた。『朝生』でもやり合いましたが、幸福の科学には元創価学会の原理主義的な人たちがいて、その人たちとの論争になった。 ■宗教学の大家が勧めた「潜り込み調査」とは? 大田 最後に4つ目の問題として、東大宗教学の柳川啓一先生について質問したいことがあります。これまで話してきたように、島田さんの「オウム擁護」と一般に言われている立場は、実は「直接的な関係」というより、多分に「間接的な共鳴」であったわけです。ではその共鳴は、なぜ起きたのか。キーになるのは、「イニシエーション」という概念です。かつて柳川先生がおっしゃっていたのは、「宗教の中心にあるのはイニシエーションである」ということです。イニシエーション(通過儀礼)について簡単に説明すると、人は儀礼において「聖なるもの」を体験することにより、子どもから脱して大人になることができるということです。そういうイニシエーションという儀礼が宗教の中核にあるということを、島田さんは柳川先生から学んだ。実際に当時の宗教学研究室では、本を読んで理論や歴史を学んでいるだけではダメで、イニシエーションを直接体験しなければならないということから、聖なるものを体験させてくれる宗教を見つけ、そこに「潜り込み」調査をするということが行われていた。文化人類学の参与観察に似てはいるのですが、それよりさらに大胆に、自ら信者になって体験するということが行われていた。そして、島田さんはヤマギシ会へ、中沢新一さんはチベット密教の世界に潜り込んだ。このように、東大宗教学とオウムの間に共鳴が起こったのは、両方とも「宗教の中核にはイニシエーションがある」と考えていたことに大きな要因があるのではないかと思います。だからこそ、宗教の中心はイニシエーションである、すなわち、聖なるものを直接体験することであるという考え方を乗り越え、そうした捉え方がどういう問題を引き起こしてしまったのかという反省を行わない限り、宗教学としてのオウム総括は完了しないのではないか、と私は思うのです。ところが、島田さんの『私の宗教入門』(筑摩書房、『イニシエーションとしての宗教学』の増補版)を読むと、「オウムに関与して自分はバッシングを受けたが、そういう過酷な体験こそが、自分にとってイニシエーションになった」と書かれている。それは、アレフという形でオウムに残っている信者たちが、地下鉄サリン事件は麻原から与えられたマハームドラー(チベット密教に伝わる修行法のひとつ)、すなわち、グルが弟子たちに与えた大いなる謎であり、聖なる試練であるという捉え方をして、いまだにオウムの論理から抜け出せないのと同型であるように思われます。島田さんは、イニシエーション論を反省的に乗り越えるべきではないでしょうか。 島田 ひとつ重要なポイントは、イニシエーション、聖なるものを体験することを、東大宗教学の人間が目的にしていたかというとそうではないと思う。宗教というものは一般には聖なるものと思われているかもしれませんが、むしろ逆で、俗なるものにより成り立っていると思う。また、柳川先生がトータルにイニシエーション論者かというとそうでもない。そのことは本人に直接聞いたことがある。実際に、現場の中に飛び込んで宗教を体験するというやり方は、柳川先生の中でうまく理論化できなかった。むしろ、それを本格的にやったのは中沢新一じゃないかな。でも、そうした潜り込みという方法は、今では倫理的にも道徳的にも許されないのが現実だと思います。 (後編に続く/構成=本多カツヒロ、写真=名和真紀子) ●しまだ・ひろみ 1953年、東京生まれ。宗教学者、作家。東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。放送教育開発センター助教授、日本女子大学助教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員などを歴任。著書に、『神も仏も大好きな日本人』(筑摩書房)、『現代にっぽん新宗教百科』(柏書房)、『逃げない生き方』(ベストセラーズ)、『聖地にはこんなに秘密がある』(講談社)、ほか多数の著作がある。 ●おおた・としひろ 1974年、福岡生まれ。宗教学者。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程修了。博士(文学)。現在、埼玉大学非常勤講師。主な著書に『オウム真理教の精神史』『グノーシス主義の思想』(ともに春秋社)がある。
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オウム騒動の渦中にいた学者と、ポスト・オウム世代の学者が感じた「サリン事件」を生んだ空気感

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島田裕巳氏(左)と大田俊寛氏(右)。
 新年早々、オウム真理教の元幹部で、特別手配されていた平田信容疑者が出頭したというニュースは記憶に新しいところ。そもそもオウム真理教がかかわった一連の事件の裁判は昨年11月に終了し、世間の注目点は、麻原彰晃の死刑執行時期に移っていたが、平田の出頭で状況は大きく変わりそうだ。  世紀をまたいで、再び熱を帯びてきたオウム問題。そこで今回は、地下鉄サリン事件当時、メディアで活発な言論活動を行っていた宗教学者の島田裕巳氏と、島田氏と同じく東京大学宗教学研究室出身で、宗教学の後継世代として、昨年『オウム真理教の精神史』(春秋社)を上梓した宗教学者の大田俊寛氏の対談を実施。2人には、あらためてオウム真理教の一連の事件の総括、そして世代間の事件への認識の違いなどについて語ってもらった(対談は、平田出頭前の12月下旬に収録された)。オウム騒動の渦中にいた宗教学者と、ポスト・オウム世代ともいえる気鋭の宗教学者の交錯から見えてくるものとは? 第1回は、地下鉄サリン事件と80年代の空気感についての考察である。 ――昨年11月にオウム真理教による一連の刑事事件の裁判が終結しましたが、今の率直な感想は? 大田俊寛氏(以下、大田) これを機会に、オウム事件に対する総括が、さまざまなメディアで行われました。それらを聞いていて私が感じたのは、昨年3月に出版した『オウム真理教の精神史』で指摘したことと重複しますが、オウム真理教がナチズムと構造的にきわめて類似していることに対する視点が、日本社会にはまだ欠けているのではないかということです。オウム真理教の教祖・麻原彰晃は、ヒトラーの熱心な崇拝者であり、彼は若い頃からヒトラーの『わが闘争』を愛読していました。オウム真理教がなぜサリンを用いて大量の人々を殺戮しようとしたのかということが、オウム事件における最大の謎とされていますが、それを明らかにするためにも、オウムとナチズムの関係に着眼することは不可欠であると思います。 ――確かに大量殺戮の動機は、世間でも関心のある事柄だと思うのですが、大田さんはどういったものだったと推測していますか? 大田 私の考えでは、ナチズムとの親近性が最も重要なキーになります。簡単に説明すれば、ナチズムにおいては、ゲルマン民族が「神聖なる民族」であり、それ以外の民族は下等種族である、特にユダヤ人は「寄生種」のような忌むべき存在であり、何としてもこれを排除しなければならないという考えが展開されました。そしてヒトラーは、人間の運命は、神に進化するかあるいは動物に堕ちるか、その二つに一つしかないという二元論的思考を抱いていた。同じようにオウム真理教においても、麻原彰晃は自らの手で信者たちを「超人類」に進化させ、それによって「神仙民族」という新しい民族をつくり出し、「シャンバラ」や「真理国」と呼ばれる神の王国を日本に創建するという野望を持っていました。そしてその前提として必要とされたのは「畜群粛清」、すなわち、動物に堕ちるしかない魂の持ち主はすべて抹殺するということだった。ではどうすれば、もっとも効率的に人々を粛清できるのか。その答えとして浮かび上がったのが、かつてナチスが開発したサリンという兵器であったわけです。ヒトラーには第1次世界大戦の際、イギリス軍の毒ガス攻撃により一時失明するという経験があり、この経験からヒトラーは、兵器としての毒ガスの重要性に気づいていました。そしてナチスは、ユダヤ人の大量虐殺にチクロンBという毒ガスを使用し、サリンの開発も手掛けていた。オウム真理教は、そういうナチズムに由来する思想や兵器、すなわち、神か動物かという二元論や、畜群粛清のための兵器技術を継承しているところがある。いわばオウム真理教には、ナチズムの日本的反復という側面があるのです。オウムはもちろん、日本社会に起因する現象でもありますが、それは同時に、「戦争の世紀」とも呼ばれる20世紀の世界全体が抱えていた問題にもつながっているのだ、ということを強調しておきたいと思います。 ――島田さんは裁判が終結して率直な感想は? 島田裕巳氏(以下、島田) 私はオウム事件というのは非常に複雑で、とらえるのがとても難しい事件だと思う。オウム真理教の前身である「オウム神仙の会」が設立されたのは1984年頃で、私が存在を知ったのは89年です。その頃、日本はちょうどバブルを経験していた。そうした時代背景の中でオウムが徐々にクローズアップされ、90年代に入り、いろんな事件を起こし、最終的にサリンをつくり地下鉄に撒いた。今から見ると、確かに出来事としてはそうです。しかし、サリンを撒くことが彼らのすべての目的だったかというと、なかなかそうもいえない。そこには社会とオウムの関係、空気感のようなものがあった。当時の空気感がどうであったかを今の段階で伝えるのは非常に難しい。若い人は知らないし、当時を経験した人たちも徐々に忘れてしまう。先日、TBSラジオ「Dig」という番組に出演した時も、評論家の切通理作さんが、ある時期はオウムのことを評価していた時代があったと語っていた。確かに当時、そういう空気もあった。だから、みなさんが理解しているような枠組み内で考えると、どうも上手く説明できない。裁判は長くかかりましたが、いまだ総括しきれないのは、途中で麻原が証言をしなくなったことが大きかった。もうひとつは、いろんな事件にかかわっていた元教団幹部の村井秀夫が殺されてしまったことにより、事件の相当な部分がわからなくなってしまった。それに、国家が事実解明にフタをしてしまったふしがある。象徴的なのは、第7サティアンがすぐに解体されたこと。地下鉄サリン事件を国家に対するテロととらえるなら、どうしてあんなものがあそこに出現したのか。また、宗教団体が大量にサリンをつくるためのプラントを建築するとはどういうことか。その背後関係はどうなのか――今から見ると、そういった背後関係が出てくることを日本政府は恐れて、第7サティアンを素早く解体したような気もする。全体として、変な集団が出てきて、変なことをしたということで全部終わらせようとしている。それは第2次世界大戦の時と一緒で、全体の構図を考察していない。日本人の意識構造みたいなものや、日本社会が抱えるさまざまな問題が入っていたと思うが、そういうことをまったく考えていない。 大田 島田さんは今、当時の空気感や文脈の中でこそ理解できるものの、今となっては忘れられていることが多い、とおっしゃいました。それに関して私があらためて考えていることは、80年代という時代の雰囲気がどういうものであったかということです。当時の日本は、バブルの好景気を迎えて享楽的な雰囲気の中にありましたが、世界の状況はどうだったか。世界は依然として、冷戦構造下にありました。ソ連とアメリカという2大超大国が核軍備の果てしない拡大競争に走り、核の力があまりにも強力すぎるゆえに、西側も東側も互いに核を突きつけあったままフリーズしてしまうという、奇妙な状態が続いていた。そして、両陣営がどう動いたかというニュースが日本にも頻繁に入り、当時の日本人は、いずれ核戦争が起きるのではないかという脅威におびえていた。その頃、社会でどういうものが流行していたというと、『ノストラダムスの大予言』(五島勉著・祥伝社)(1999年7の月に恐怖の大王が降りてきて、人類が滅亡するという内容)という書物でした。現在では、終末予言などさして深刻に受け止めない人々が大半ですが、冷戦構造下の人々にとっては、いずれ西側と東側の間に核戦争が勃発するだろうということ、そしてその際には、人類は滅亡してしまうだろうということは、きわめて現実的で常識的な実感だったのです。オウムについて考える際には、そのような「時代の空気」を思い出さなくてはならないでしょう。島田さんは、80年代の空気感についてどう思われますか? 島田 ひとつは、ノストラダムスの予言にしても、世代によって受ける影響が違うということ。ノストラダムスの本が出たのが1973年で、ちょうど私が20歳の時です。当時20歳の世代が受けた影響と10代の初めの頃の世代が受けた影響ではかなり違います。確かに、73年頃は、オイルショックもあり、日本全体が大変なことになるという雰囲気の中で、メディアでもノストラダムスの大予言について取り上げていたので、その影響は私たちより下の世代には色濃くあるのではないでしょうか。現実にも、オイルショックのほかに、冷戦や大気汚染の問題もあった。そして、80年代に入ると、ソ連によるアフガン侵攻が起こる。そういう世界情勢の中での危機意識とバブルというのが人々に与えた影響は大きい。オウムだって、ロシアへ進出したり、あれだけ大きなサティアンをつくれたりしたのは、信者から多額のお布施があったからで、そのお布施もバブルという大量のお金が世の中に出回る状況でないと難しかった。そして、89年にはベルリンの壁が崩壊し、日本は年号が昭和から平成へ変わり、バブルの崩壊が始まった。そういうドラスティックに日本の社会が変化していく中で、オウムが出てくるわけです。総括は容易ではありませんが、そこにどういう意味があるのか考えることが必要です。 ■とんねるずとも共演した、麻原という男 ――そういった80年代の空気感を肌で感じられた島田さんは、大田さんの『オウム真理教の精神史』をどう読まれましたか? 島田 思想史の中での位置づけとしては、今から見ればそうなのかなとは思うけど、80年代の空気感や現場での声などは反映されていない。大田さんは「宗教学が信用を失った」とも書かれているが、そもそも以前から信用されているわけではないし、宗教学というものがあること自体、オウムの事件を契機に一般に認知されるようになった。私なんかはあの時いろんなことがあり、バッシングも受けました。でも、それはオウムのことだけで責められたわけではなく、統一教会やいろんなことが絡んで責められた。私の中には、宗教は非常に世俗的なものであるというのがあって、それは当時も今も変わらない。私が最初にオウムに関する論考を書いたのは「オウム真理教はディズニーランドである」(1990年)というものです。要するに、ディズニーランドへ行くと、まがいもののアトラクションがある。だけど、観客は機械仕掛けで動いているとは思わないで楽しむ、演劇的な空間です。オウムにはそういう面があり、信者たちは安っぽい宗教的なグッズを集め、それを楽しんでいた。 ――オウムは、非現実的な楽しい世界を一般人に提供することに長けていたと。 島田 それを体現しているのが麻原であり、幹部たちなんです。例えば、91年に『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日)で、オウムと幸福の科学が論争をした。その時に、幸福の科学の人たちは私に「神を信じない者が、宗教を研究してはいけない」と言った。それに対して、麻原は「神を信じるか信じないかは置いておいて、宗教学者というのは客観的に研究をするべきだ」と言った。多分、今、オウムのことについてあまり知らない人が見たら、麻原の印象が変わると思います。もう一人、数々の犯罪にかかわり、死刑判決を受けた新実智光という人がいる。私は、先ほどの『朝生』に出演する前に彼に会いました。彼は非常にさばけた親切な人物で、宗教団体にいる人間の割には「自分たちのやっていることを信じてくれ」と強く言わない、非常に世俗的な振る舞いができる人でした。しかし、そういう人間が現実には罪を犯している。そういうところがオウムの特殊性です。社会一般を見ると、殺人犯で大学を出ている人はほとんどいません。だけど、オウムの人間たちは、大学や大学院を出ているような、いわゆるインテリ層で、今までの犯罪を犯している層とは、明らかに生い立ちや経歴が違う。「島田は当時、どうしてオウムの危険性についてわからなかったのか」とみなさん言うけど、そういう特殊な事情もありました。 ――確かに麻原に実際に会ったことがある人は、僕らが抱いている印象とは違うといいますね。 島田 当時、麻原は『朝生』だけではなく、とんねるずのバラエティー番組にも出演していました。その中では麻原は、ギャルに囲まれながらシャンプーの話をしたり、キューティクルについて話している。そんな一面もある人間なのです。だから、人間像がひとつに定まらない。そして、そんな麻原の魅力に惹きつけられ、教団に入信した人も多い。 大田 私は本を出版してから、ある元オウム信者の方と長時間にわたって話をする機会がありました。その中で強く印象に残ったのは、その方から聞いた次のような言葉です。「確かに麻原という人間は、70トンという量のサリン製造に着手し、それによって少なくとも、首都圏に住む数百万の人間は一掃しうると考えていたわけです。そして、もしそれが本当に実行されていたら、彼はヒトラーやスターリンと肩を並べる歴史的な大量殺戮者になっていた。しかし問題なのは、そうしたことを考え、実行しようとする人間が、現実にどのようなパーソナリティを備えているかということです。大田さんは、絵空事ではなく、本当にそういうことを実行しようとしていた人間がどのようなパーソナリティを備えていたのか、そのことがわかりますか?」この問いに対して、当時のオウム教団に触れたことがなく、麻原に会ったこともない私には、確かにそれはわからない、と答えざるを得ませんでした。その信者の方は、「自分は95年のサリン事件の直前、最も麻原に近い場所にいたが、日常生活の麻原は、おおらかで人を笑わせるのが得意で、とても愛嬌があり、誰もが思わず親しみを覚えてしまうような人間だった。しかし、その心の奥底には、大量の人間の命を奪っても何とも思わない深い冷酷さや、強い毒性のある棘のようなものを隠し持っていた。自分は人生の中で多くの人々に会ってきたけれど、麻原のような人間には他に会ったことがない」とも語っていました。オウムについては、95年以降明らかになったことも多いですが、その中核にはまだよくわからない要素が潜んでいるということを意識しておく必要があると思います。 ――では、オウム事件から学び取れることというのは? 島田 それはたくさんありますし、カルトの抱える反社会性にはそれまで以上に目が向くようになった。例えば、オウム事件の前から問題視されていた霊感商法だけでなく、オウム事件後に出てきた、法の華三法行やライフスペースなどの新宗教的なカルトにも厳しくなっている。でも、なぜそういうものが出現するのかという問題は遠ざけてしまっているように思う。そして、メディアにおいても、宗教は面倒くさいということで取材の対象ではなくなっている。 ――宗教に関してメディアは面倒くさいという一方で、スピリチュアルブームのようなものもあります。 大田 今議論してきた80年代、90年代の日本は、良くも悪くも元気があった。しかし、今の社会は逆に、良くも悪くも元気がない。今でもスピリチュアルブームや、2012年地球滅亡説など、オウムの反復のような現象が見られますが、そういった空気の中で再びオウム的なものが出現する危険性を感じるかといえば、私自身はあまり感じません。それは、いい意味では日本社会の成熟であるともいえますが、悪い意味では、日本社会の活力が全体として乏しくなっているということなのかもしれません。 (中編に続く/構成=本多カツヒロ、写真=名和真紀子) ●しまだ・ひろみ 1953年、東京生まれ。宗教学者、作家。東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。放送教育開発センター助教授、日本女子大学助教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員などを歴任。著書に、『神も仏も大好きな日本人』(筑摩書房)、『現代にっぽん新宗教百科』(柏書房)、『逃げない生き方』(ベストセラーズ)、『聖地にはこんなに秘密がある』(講談社)、ほか多数の著作がある。 ●おおた・としひろ 1974年、福岡生まれ。宗教学者。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程修了。博士(文学)。現在、埼玉大学非常勤講師。主な著書に『オウム真理教の精神史』『グノーシス主義の思想』(ともに春秋社)がある。
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オウム騒動の渦中にいた学者と、ポスト・オウム世代の学者が感じた「サリン事件」を生んだ空気感

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島田裕巳氏(左)と大田俊寛氏(右)。
 新年早々、オウム真理教の元幹部で、特別手配されていた平田信容疑者が出頭したというニュースは記憶に新しいところ。そもそもオウム真理教がかかわった一連の事件の裁判は昨年11月に終了し、世間の注目点は、麻原彰晃の死刑執行時期に移っていたが、平田の出頭で状況は大きく変わりそうだ。  世紀をまたいで、再び熱を帯びてきたオウム問題。そこで今回は、地下鉄サリン事件当時、メディアで活発な言論活動を行っていた宗教学者の島田裕巳氏と、島田氏と同じく東京大学宗教学研究室出身で、宗教学の後継世代として、昨年『オウム真理教の精神史』(春秋社)を上梓した宗教学者の大田俊寛氏の対談を実施。2人には、あらためてオウム真理教の一連の事件の総括、そして世代間の事件への認識の違いなどについて語ってもらった(対談は、平田出頭前の12月下旬に収録された)。オウム騒動の渦中にいた宗教学者と、ポスト・オウム世代ともいえる気鋭の宗教学者の交錯から見えてくるものとは? 第1回は、地下鉄サリン事件と80年代の空気感についての考察である。 ――昨年11月にオウム真理教による一連の刑事事件の裁判が終結しましたが、今の率直な感想は? 大田俊寛氏(以下、大田) これを機会に、オウム事件に対する総括が、さまざまなメディアで行われました。それらを聞いていて私が感じたのは、昨年3月に出版した『オウム真理教の精神史』で指摘したことと重複しますが、オウム真理教がナチズムと構造的にきわめて類似していることに対する視点が、日本社会にはまだ欠けているのではないかということです。オウム真理教の教祖・麻原彰晃は、ヒトラーの熱心な崇拝者であり、彼は若い頃からヒトラーの『わが闘争』を愛読していました。オウム真理教がなぜサリンを用いて大量の人々を殺戮しようとしたのかということが、オウム事件における最大の謎とされていますが、それを明らかにするためにも、オウムとナチズムの関係に着眼することは不可欠であると思います。 ――確かに大量殺戮の動機は、世間でも関心のある事柄だと思うのですが、大田さんはどういったものだったと推測していますか? 大田 私の考えでは、ナチズムとの親近性が最も重要なキーになります。簡単に説明すれば、ナチズムにおいては、ゲルマン民族が「神聖なる民族」であり、それ以外の民族は下等種族である、特にユダヤ人は「寄生種」のような忌むべき存在であり、何としてもこれを排除しなければならないという考えが展開されました。そしてヒトラーは、人間の運命は、神に進化するかあるいは動物に堕ちるか、その二つに一つしかないという二元論的思考を抱いていた。同じようにオウム真理教においても、麻原彰晃は自らの手で信者たちを「超人類」に進化させ、それによって「神仙民族」という新しい民族をつくり出し、「シャンバラ」や「真理国」と呼ばれる神の王国を日本に創建するという野望を持っていました。そしてその前提として必要とされたのは「畜群粛清」、すなわち、動物に堕ちるしかない魂の持ち主はすべて抹殺するということだった。ではどうすれば、もっとも効率的に人々を粛清できるのか。その答えとして浮かび上がったのが、かつてナチスが開発したサリンという兵器であったわけです。ヒトラーには第1次世界大戦の際、イギリス軍の毒ガス攻撃により一時失明するという経験があり、この経験からヒトラーは、兵器としての毒ガスの重要性に気づいていました。そしてナチスは、ユダヤ人の大量虐殺にチクロンBという毒ガスを使用し、サリンの開発も手掛けていた。オウム真理教は、そういうナチズムに由来する思想や兵器、すなわち、神か動物かという二元論や、畜群粛清のための兵器技術を継承しているところがある。いわばオウム真理教には、ナチズムの日本的反復という側面があるのです。オウムはもちろん、日本社会に起因する現象でもありますが、それは同時に、「戦争の世紀」とも呼ばれる20世紀の世界全体が抱えていた問題にもつながっているのだ、ということを強調しておきたいと思います。 ――島田さんは裁判が終結して率直な感想は? 島田裕巳氏(以下、島田) 私はオウム事件というのは非常に複雑で、とらえるのがとても難しい事件だと思う。オウム真理教の前身である「オウム神仙の会」が設立されたのは1984年頃で、私が存在を知ったのは89年です。その頃、日本はちょうどバブルを経験していた。そうした時代背景の中でオウムが徐々にクローズアップされ、90年代に入り、いろんな事件を起こし、最終的にサリンをつくり地下鉄に撒いた。今から見ると、確かに出来事としてはそうです。しかし、サリンを撒くことが彼らのすべての目的だったかというと、なかなかそうもいえない。そこには社会とオウムの関係、空気感のようなものがあった。当時の空気感がどうであったかを今の段階で伝えるのは非常に難しい。若い人は知らないし、当時を経験した人たちも徐々に忘れてしまう。先日、TBSラジオ「Dig」という番組に出演した時も、評論家の切通理作さんが、ある時期はオウムのことを評価していた時代があったと語っていた。確かに当時、そういう空気もあった。だから、みなさんが理解しているような枠組み内で考えると、どうも上手く説明できない。裁判は長くかかりましたが、いまだ総括しきれないのは、途中で麻原が証言をしなくなったことが大きかった。もうひとつは、いろんな事件にかかわっていた元教団幹部の村井秀夫が殺されてしまったことにより、事件の相当な部分がわからなくなってしまった。それに、国家が事実解明にフタをしてしまったふしがある。象徴的なのは、第7サティアンがすぐに解体されたこと。地下鉄サリン事件を国家に対するテロととらえるなら、どうしてあんなものがあそこに出現したのか。また、宗教団体が大量にサリンをつくるためのプラントを建築するとはどういうことか。その背後関係はどうなのか――今から見ると、そういった背後関係が出てくることを日本政府は恐れて、第7サティアンを素早く解体したような気もする。全体として、変な集団が出てきて、変なことをしたということで全部終わらせようとしている。それは第2次世界大戦の時と一緒で、全体の構図を考察していない。日本人の意識構造みたいなものや、日本社会が抱えるさまざまな問題が入っていたと思うが、そういうことをまったく考えていない。 大田 島田さんは今、当時の空気感や文脈の中でこそ理解できるものの、今となっては忘れられていることが多い、とおっしゃいました。それに関して私があらためて考えていることは、80年代という時代の雰囲気がどういうものであったかということです。当時の日本は、バブルの好景気を迎えて享楽的な雰囲気の中にありましたが、世界の状況はどうだったか。世界は依然として、冷戦構造下にありました。ソ連とアメリカという2大超大国が核軍備の果てしない拡大競争に走り、核の力があまりにも強力すぎるゆえに、西側も東側も互いに核を突きつけあったままフリーズしてしまうという、奇妙な状態が続いていた。そして、両陣営がどう動いたかというニュースが日本にも頻繁に入り、当時の日本人は、いずれ核戦争が起きるのではないかという脅威におびえていた。その頃、社会でどういうものが流行していたというと、『ノストラダムスの大予言』(五島勉著・祥伝社)(1999年7の月に恐怖の大王が降りてきて、人類が滅亡するという内容)という書物でした。現在では、終末予言などさして深刻に受け止めない人々が大半ですが、冷戦構造下の人々にとっては、いずれ西側と東側の間に核戦争が勃発するだろうということ、そしてその際には、人類は滅亡してしまうだろうということは、きわめて現実的で常識的な実感だったのです。オウムについて考える際には、そのような「時代の空気」を思い出さなくてはならないでしょう。島田さんは、80年代の空気感についてどう思われますか? 島田 ひとつは、ノストラダムスの予言にしても、世代によって受ける影響が違うということ。ノストラダムスの本が出たのが1973年で、ちょうど私が20歳の時です。当時20歳の世代が受けた影響と10代の初めの頃の世代が受けた影響ではかなり違います。確かに、73年頃は、オイルショックもあり、日本全体が大変なことになるという雰囲気の中で、メディアでもノストラダムスの大予言について取り上げていたので、その影響は私たちより下の世代には色濃くあるのではないでしょうか。現実にも、オイルショックのほかに、冷戦や大気汚染の問題もあった。そして、80年代に入ると、ソ連によるアフガン侵攻が起こる。そういう世界情勢の中での危機意識とバブルというのが人々に与えた影響は大きい。オウムだって、ロシアへ進出したり、あれだけ大きなサティアンをつくれたりしたのは、信者から多額のお布施があったからで、そのお布施もバブルという大量のお金が世の中に出回る状況でないと難しかった。そして、89年にはベルリンの壁が崩壊し、日本は年号が昭和から平成へ変わり、バブルの崩壊が始まった。そういうドラスティックに日本の社会が変化していく中で、オウムが出てくるわけです。総括は容易ではありませんが、そこにどういう意味があるのか考えることが必要です。 ■とんねるずとも共演した、麻原という男 ――そういった80年代の空気感を肌で感じられた島田さんは、大田さんの『オウム真理教の精神史』をどう読まれましたか? 島田 思想史の中での位置づけとしては、今から見ればそうなのかなとは思うけど、80年代の空気感や現場での声などは反映されていない。大田さんは「宗教学が信用を失った」とも書かれているが、そもそも以前から信用されているわけではないし、宗教学というものがあること自体、オウムの事件を契機に一般に認知されるようになった。私なんかはあの時いろんなことがあり、バッシングも受けました。でも、それはオウムのことだけで責められたわけではなく、統一教会やいろんなことが絡んで責められた。私の中には、宗教は非常に世俗的なものであるというのがあって、それは当時も今も変わらない。私が最初にオウムに関する論考を書いたのは「オウム真理教はディズニーランドである」(1990年)というものです。要するに、ディズニーランドへ行くと、まがいもののアトラクションがある。だけど、観客は機械仕掛けで動いているとは思わないで楽しむ、演劇的な空間です。オウムにはそういう面があり、信者たちは安っぽい宗教的なグッズを集め、それを楽しんでいた。 ――オウムは、非現実的な楽しい世界を一般人に提供することに長けていたと。 島田 それを体現しているのが麻原であり、幹部たちなんです。例えば、91年に『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日)で、オウムと幸福の科学が論争をした。その時に、幸福の科学の人たちは私に「神を信じない者が、宗教を研究してはいけない」と言った。それに対して、麻原は「神を信じるか信じないかは置いておいて、宗教学者というのは客観的に研究をするべきだ」と言った。多分、今、オウムのことについてあまり知らない人が見たら、麻原の印象が変わると思います。もう一人、数々の犯罪にかかわり、死刑判決を受けた新実智光という人がいる。私は、先ほどの『朝生』に出演する前に彼に会いました。彼は非常にさばけた親切な人物で、宗教団体にいる人間の割には「自分たちのやっていることを信じてくれ」と強く言わない、非常に世俗的な振る舞いができる人でした。しかし、そういう人間が現実には罪を犯している。そういうところがオウムの特殊性です。社会一般を見ると、殺人犯で大学を出ている人はほとんどいません。だけど、オウムの人間たちは、大学や大学院を出ているような、いわゆるインテリ層で、今までの犯罪を犯している層とは、明らかに生い立ちや経歴が違う。「島田は当時、どうしてオウムの危険性についてわからなかったのか」とみなさん言うけど、そういう特殊な事情もありました。 ――確かに麻原に実際に会ったことがある人は、僕らが抱いている印象とは違うといいますね。 島田 当時、麻原は『朝生』だけではなく、とんねるずのバラエティー番組にも出演していました。その中では麻原は、ギャルに囲まれながらシャンプーの話をしたり、キューティクルについて話している。そんな一面もある人間なのです。だから、人間像がひとつに定まらない。そして、そんな麻原の魅力に惹きつけられ、教団に入信した人も多い。 大田 私は本を出版してから、ある元オウム信者の方と長時間にわたって話をする機会がありました。その中で強く印象に残ったのは、その方から聞いた次のような言葉です。「確かに麻原という人間は、70トンという量のサリン製造に着手し、それによって少なくとも、首都圏に住む数百万の人間は一掃しうると考えていたわけです。そして、もしそれが本当に実行されていたら、彼はヒトラーやスターリンと肩を並べる歴史的な大量殺戮者になっていた。しかし問題なのは、そうしたことを考え、実行しようとする人間が、現実にどのようなパーソナリティを備えているかということです。大田さんは、絵空事ではなく、本当にそういうことを実行しようとしていた人間がどのようなパーソナリティを備えていたのか、そのことがわかりますか?」この問いに対して、当時のオウム教団に触れたことがなく、麻原に会ったこともない私には、確かにそれはわからない、と答えざるを得ませんでした。その信者の方は、「自分は95年のサリン事件の直前、最も麻原に近い場所にいたが、日常生活の麻原は、おおらかで人を笑わせるのが得意で、とても愛嬌があり、誰もが思わず親しみを覚えてしまうような人間だった。しかし、その心の奥底には、大量の人間の命を奪っても何とも思わない深い冷酷さや、強い毒性のある棘のようなものを隠し持っていた。自分は人生の中で多くの人々に会ってきたけれど、麻原のような人間には他に会ったことがない」とも語っていました。オウムについては、95年以降明らかになったことも多いですが、その中核にはまだよくわからない要素が潜んでいるということを意識しておく必要があると思います。 ――では、オウム事件から学び取れることというのは? 島田 それはたくさんありますし、カルトの抱える反社会性にはそれまで以上に目が向くようになった。例えば、オウム事件の前から問題視されていた霊感商法だけでなく、オウム事件後に出てきた、法の華三法行やライフスペースなどの新宗教的なカルトにも厳しくなっている。でも、なぜそういうものが出現するのかという問題は遠ざけてしまっているように思う。そして、メディアにおいても、宗教は面倒くさいということで取材の対象ではなくなっている。 ――宗教に関してメディアは面倒くさいという一方で、スピリチュアルブームのようなものもあります。 大田 今議論してきた80年代、90年代の日本は、良くも悪くも元気があった。しかし、今の社会は逆に、良くも悪くも元気がない。今でもスピリチュアルブームや、2012年地球滅亡説など、オウムの反復のような現象が見られますが、そういった空気の中で再びオウム的なものが出現する危険性を感じるかといえば、私自身はあまり感じません。それは、いい意味では日本社会の成熟であるともいえますが、悪い意味では、日本社会の活力が全体として乏しくなっているということなのかもしれません。 (中編に続く/構成=本多カツヒロ、写真=名和真紀子) ●しまだ・ひろみ 1953年、東京生まれ。宗教学者、作家。東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。放送教育開発センター助教授、日本女子大学助教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員などを歴任。著書に、『神も仏も大好きな日本人』(筑摩書房)、『現代にっぽん新宗教百科』(柏書房)、『逃げない生き方』(ベストセラーズ)、『聖地にはこんなに秘密がある』(講談社)、ほか多数の著作がある。 ●おおた・としひろ 1974年、福岡生まれ。宗教学者。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程修了。博士(文学)。現在、埼玉大学非常勤講師。主な著書に『オウム真理教の精神史』『グノーシス主義の思想』(ともに春秋社)がある。
神も仏も大好きな日本人 はい、大好きです。 amazon_associate_logo.jpg
オウム真理教の精神史 なーるほど。 amazon_associate_logo.jpg
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大槻ケンヂさんの至言「ネガティブを売りにすると自家中毒に陥るんです」(後編)

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前編,中編はこちらから ──じゃあ、須藤●気さんとかならいいですか? 大槻 そういうスピリチュアルっぽい感じな方向にも行かなくていいです。それよりスポーツとか、編み物とか、ボランティアとか......。 ──あ、編み物じゃないですけど、ニードルフェルトやりました! 大槻 なあにそれ? ──ほわほわの羊毛フェルトに、針をチクチクチクチク、千回二千回と刺し続けて......作業としてはブードゥの呪いのようなんでけど、それでお人形とかを作るんですよ。 大槻 あら、そうそう、それでもいいですよ。ようし分かった! ハワイアンキルトのカリスマがキャシー中島だから、ニードルフェルトのカリスマになろう。それでいいじゃん! ──でも、超気持ち悪い人形ができちゃうんですよ。ちゃんとお手本見て作ってるのに絶対そうならなくて......。 大槻 ああ......そうだった。出ました、小明ちゃんの話法が。僕が、「こうじゃない?」って言ったときに、「でもそうすると......」って転がしていく。もう、じゃあ自分で考えればぁ!? なんでそれをやめないの!? 「でも......」って、もう120回くらい君は言ってるよ!! 小明ちゃん、このまま三十路を過ぎると、もう冥府魔道ですよ。妖怪が生まれるんです。 ──いつの間にか妖怪になりつつあったのか......7年前にもアドバイスをしてもらったというのに......! 大槻 本当だよ、もう! 急いでキャラを変えようよ! 昔ね、プロレスラーで中西学っていう、すごい野獣バカキャラだった人が、急にスーツを着てインテリキャラになったことがあって、全然意味分かんなかったけど、それくらいの変身をやろう! ──そのキャラ変更、オーケンさん以外の誰に響いたんですか? 大槻 誰にも響かないよ。だからすぐに元に戻ったんだけど、プロレスラーってたまにやるのよ、そういうキャラ変えを。飯塚高史っていう、ルックスもよくて試合運びもうまいんだけど人気ないレスラーがいたのね。とにかく暗いのよ。で、その人が一度、J・J・JACKSっていう、「日本の陽気なやつら」っていうタッグチームを組んで、それが(笑)、もう(笑)、本当に(笑)、なんか(笑)、プロレス界の恥くらいに言われて(笑)、結局沈んじゃったんだけど、最近になって突然スキンヘッドにして、ひげを生やして、鉄の爪をつけて、リングアナを出てくるなりネクタイだけの裸にしちゃって結構ブレークしてるから、小明ちゃんもそのようにしてぼやきキャラをやめてみよう。......でも、キャラでやってるんじゃないもんね、染み付いちゃってるもんね。 ──そうですね、わりと意識せずに出ちゃってて......。でも、「ブレずに続けることが大事!」みたいなことも聞きますけど、キャラ変えって、そんなにしていいものなんですか? 大槻 キャラ変えは、これがダメだったら次はこのキャラで! って、どんどんやってく分にはいいんじゃない? 天功さんだっていいんじゃない? だって、引田天功さんからいろんな派生が生まれていくかもしれないし。北朝鮮、絶対いいって~。本物からオファーが来るまでやればよかったんだよぉ。引田天功からすり替わりで小明ちゃんになるとかさぁ。コロッケからの美川憲一現象ですよ、神無月からの武藤敬司とか、ふたりで営業回れたら世界中で活躍できたよう。 ──おこぼれで離島のひとつくらいもらえたかも? 大槻 もらえたよ! 絶対もらえて、あと、なんか勝手に移動するミッキーマウスとか......。 ──それはいらない! でも、以前、うちの母親が天功さんの朝風まり時代のアイドル動画を見て「あ、小明?」って、自然に私と間違えたことがありました。 大槻 だからそこだったんだよ! 天功さんにしたって、スタイルもいいから「でも結局、若い子より私!」っていう伸びしろがあるじゃん。で、小明ちゃんも、そのー、あのー、えー......そう! いろんな人に目をつけられて、とにかく天功でブレークだよ!! ──やっと私の人生にブレークが見えてきたよう......な? あの、私、全然まだグラビアアイドルあきらめてないですから。夢はグラビアアイドルですし。 大槻 う~ん、それは、おっぱい入れるのが一番ね。 ──急に巨乳になるんですか? 大槻 スリム巨乳最高。全然そう思う。ほしのあきさんだってそう、榎本加奈子さんだってそうだった。おっぱいさえ大きければ、最初の写真集は絶対売れるし。 ──私の写真集、おっぱいないせいか6割返本でした。 大槻 そう、おっぱいないからだよ。問題点はみんな分かってるじゃん。おっぱいにいくか、天功にいくかだよ。むしろおっぱい入れて引田天功のモノマネすればいいんだよ。そしたら後はいくらぼやこうといいよ。......そこだよ!! シンプルさ!! ──やっぱりおっぱいは偉大ってことですね! 前々回、みうらじゅんさんに相談させてもらったときに、「SPA!」(扶桑社)の「グラビアン魂」に出してもらおうと思って、私のデビューから現状までのエロスクラップを作ってアピールしたんですけど、「会話の途中にロフトプラスワンとかが出てくる女では抜けない」って却下されたんですよ。おっぱいさえあればもっと違った返事だったかも......悔しい!! 大槻 うーん、そうね。今『モテキ』とかでもプラスワンが出てきたりとか、サブカルの認知度が高くなってきてるから、一般ユーザーが「サブカルってなんだ?」っていうときに、「小明という女の子がサブカルでアイドルと称しているらしい」ていうのが耳に入れば......。 ──でも、趣味と知名度がメジャーじゃないってだけで、特にサブカルな知識が豊かなわけじゃないですよね、私。 大槻 また「でも」だ!! ああ~!! もうっ!! めんどくさいなあっ!! めんどくさいから売れないんだよぅ!! ──えぇー!! 大槻 そこだよう! あのさ~、捕まった加護ちゃんの彼氏の関係者みたいな人が言ってたけど、加護ちゃんの男は、加護ちゃんの前に華原朋美と付き合ってたのよね。その人が言ってたけど、やっぱり朋ちゃんはめんどくさいって......。 ──なんか、情報源が「BUBKA」(コアマガジン)とか「サイゾー」っすね(笑)。 大槻 バレちゃったぁ~っ!! うぅ、でも、そうなの、そう......。だから、もう、アイドルっていうのは、やっぱり彼女になってくれて従順に見える方がいいわけだから、めんどくさそうな子は、アイドル好きは嫌なんです! 世のグラビアとか見る人は、おっぱいがボンッとあって、エロそうにして、めんどくさいこと言わない子がいいんです! そりゃそうじゃん!? 男はみんなそうだよ! それは、台風のとき爺さんは川の様子を見に行くな、と同じくらい、重要なことですよ!! ──台風の時期は、恒例行事なのかしらってくらい、毎年見に行って持って行かれてますね。 大槻 きっと姥捨てみたいなことなのでしょう。あと屋根に乗っちゃうお爺さんも。そしてお婆さんは山で熊と戦う。 ──デンデラ~! 大槻 あはは、『デンデラ』すごいよねぇ(笑)。......話を戻すけど、そのぼやき話法の女性を矯正するにはどうすればいいのかな。全部肯定するのがいいのかなー。「でも私なんて......」って言われた後に、「本当だよ!」って、全部肯定で返す男子はどうなの? ──それちょっと嫌ですね、むしろ叱って、道を正してほしい。 大槻 あ、分かった! つまり叱ってほしいんだね! でも、正されちゃうと叱られないからぼやき続けるんだ! そういうことか! うん、分かった! だから常に漫才みたいに小明ちゃんがぼやいて、常にそれを肯定して、「そうじゃないよ!」って、ず~っとエンドレスでやってる夫婦生活みたいなのができれば、それが一番あんたは幸せなんだよ。そうすれば、アイドルでいたいなんていう戯言も言わなくなるよ。 ──え? 大槻 そんな世迷い言も、もう言わないと思う。 ──私がアイドルでいたいのは世迷い言? そんなバカな! でも、そんな彼氏がいたら素敵かも! いい人いないですかね~? 大槻 そいつを求めて旅をしたらいいと思う。屋久島とかにいるかもしれないよ。まぁ、どっかにはいると思うわ。とにかく、もう、アイドルでいたいなんて思わないように! ──いや、だから、全然あきらめてないですから! 大槻 まだそんな戯言を言っている。困ったなぁ。じゃあ、AKB48みたいに、ぼやきを48人集めてBYK48とか、天功似を48人集めたTNK48を作って、天功が48人で、まさにイリュージョン! とかやりゃいいじゃんよ。 ──どっちも、そんなにいたら壮観でしょうね~。 大槻 ......あとは、本当にぶっちゃけなアドバイスだけど、フツーにMUTEKIとか出たら? ──できれば嫌です。あと、誘われないです。 大槻 どうしろっていうのよ~! キ~!! もうね、年もごまかして、佐賀県あたりのゆるいご当地アイドルのオーディション受けなよ。で、落ちちゃってね、あはははは(渇いた笑い)。そのとき分かるんじゃないかな? 自分は何者かっていうのが。......以上! きついことを、俺は言ってやった! 帰る! ――えっ、ちょっ、待っ、あ、ありがとうございました......! (取材・文=小明) ●おおつき・けんぢ 1966年、東京都生まれ。ロックミュージシャン。87年に「筋肉少女帯」としてメジャーデビュー。一躍スターダムに上り詰め、「特撮」でも活動中。また、92年に処女小説『新興宗教オモイデ教』(角川書店)を発売。以降、文筆家としても多数の作品を著している。 ●あかり 1985年栃木県生まれ。2002年史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。初著『アイドル墜落日記』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。 ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/> サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中
5年後の世界 6年ぶりの新作です。 amazon_associate_logo.jpg
小明の「大人よ、教えて!」"逆"人生相談バックナンバー 【第29回】 辛酸なめ子さんの至言「なんか、つい交尾の話とかしちゃうんです」(前編) 【第28回】 みうらじゅんさんの至言「アイドルライターってなんなの?」 【第27回】 山路徹さんの至言「バラエティーが怖いようでは戦場に行けないですよ」 【第26回】 浅草キッド・玉袋筋太郎さんの至言「相手がクンニしてる顔を思い浮かべなさい」 【第25回】 前田健さんの至言「自分は赤毛のアンの生まれ変わりだと思ってる」 【第24回】 叶井俊太郎さんの至言「結婚したければ高2で100人斬りの男を探しなさい!」 【第23回】 須藤元気さんの至言「僕の本なんて、ギャグみたいなものですよ」 【第22回】 オアシズ大久保佳代子さんの至言「本当はOLを辞めたくなかったんだよなぁ......」 【第21回】 Kダブシャインさんの至言「宇多丸は、Kダブをシャインさせない」 【第20回】 楳図かずおさんの至言「世界を相手にやっている人は、友達作っちゃうと危ない!」 【第19回】 キングオブコメディさんの至言「いつ辞めてもいいから、続けられるんです」 【第18回】 バカリズムさんの至言「モヤモヤは、そのまま持ち帰って立ち向かいます」 【第17回】 島田秀平さんの至言「小明さんの手相にはアブノーマル線があるんです」 【第16回】 小森純さんの至言「写真のチェックとか、自分では一切しないんです」 【第15回】 堀江貴文さんの至言「もうメジャー路線っていうものは存在しないかもしれない」 【第14回】 稲川淳二さんの至言「自分の子どもを殺そうか、と思った自分が一番怖かった」 【第13回】 蝶野正洋さんの至言「自分の役割の中で、最大限に光らなきゃならない」 【第12回】 有野晋哉さんの至言「アイドルは『育ちがええねんなー』っていうのが大事です」 【第11回】  鳥居みゆきさんの至言「やりたくないこと、やらないだろうな、ってことをやるの」 【第10回】  宇多丸さんの至言「人にはだいたい『ちょうどいい』ところがあるんです」 【第9回】  桜木ピロコさんの至言「あたしいつもだいたいいやらしいことしてるもん!」 【第8回】 伊集院光さんの至言「結局、うんこを食うしかない状況になるんです」 【第7回】 ルー大柴さんの至言「ライフっていうのはマウンテンありバレーありです」 【第6回】 大堀恵さんの至言「私、いつも『アンチ上等』って思ってるんです」 【第5回】 品川祐さんの至言「なったらいいなと思ってることは、だいたい実現する」 【第4回】 福本伸行さんの至言「俺は『面白いものを作ろう』じゃなくて、作れちゃう」 【第3回】 大根仁さんの至言「ネットの書き込みなんて、バカにしていいんじゃない?」 【第2回】 杉作J太郎さんの至言「そんなことより『ファフナー』見ろ、『ファフナー』を」 【第1回】 河原雅彦さんの至言「もう無理やりヤラれちゃえばいいんじゃない?」

大槻ケンヂさんの至言「ネガティブを売りにすると自家中毒に陥るんです」(中編)

IMG_6712_.jpg前編はこちらから 大槻 嫌かぁ~。でも、まだ若くてきれいな娘さんがぼやいてるところに、あんまり伸びしろはないと思うよ。中森明菜とかもそうだったけど、ぼやいてるうちはいいの。けど、「ちょっと受けるかなー?」と思って自殺未遂とかすると、世間は一気に引いちゃうの。そういうのはダメですよぅ。 ──受け狙いで、自殺未遂はしづらいですよ......。 大槻 う~ん、そうだよな~。でもね、結局、小明ちゃんの性格は僕も似たところがあるからよく分かるんですけど、最初に不幸を前提とするんだよね。それによって、自分がいざ不幸な目にあったときのために、心にセーフティをかけてるんだよね。 ──あっ、そうです! 痛いのが嫌だから、転ぶ前にまず先に受身を取ってるんですよ! 大槻 それは、ある程度効果はあるんですよ。でも、本当に困った状況でそれをやってると、どうにもならなくなるんですよ。 ──どういうことですか? 大槻 結局、ポジティブシンキングで生きていかないと、人間は不幸を乗り越えられないんですよ。僕もまったくそうだったんだけど、サブカルの子にショートストーリーの四コマ漫画を描かせると分かるんです。みんなでわーいってピクニックやドライブに行きました。そしたらバーン! 事故で死にましたって漫画を描くの。 ──それしか浮かばないですよ。 大槻 でしょ? それは、深層心理が出ていて、あらかじめ不幸を想定することによって、起こるべき不幸を防御してるんだけど、それで防げることは限られてるの。本当に、もう生きるか死ぬかみたいな、それこそ東北の震災みたいのが来たら、絶対乗り越えられない。そういう人から折れていくの。やっぱり、ネガティブなものを自分のセールスポイントにすると、自家中毒に陥ってミイラ取りがミイラになるんですよ。そういうのを僕は26、7歳のノイローゼ時代に痛感してやめたんです、そういうの。だから、小明ちゃんは、まず不幸を前提としないで、いつも幸せが前にあると思って生きていく! ――お、おお......難しそうだけど、やってみます! ちなみに、なんでノイローゼになったんですか? 大槻 ネガティブシンキング。物事をネガティブに考えることから発生する、オタクサブカル者特有の思考が悪い方向に向いちゃったから......それを逆転したの。いいことないよ! そもそも、小明ちゃんはいつからそういう性格になったの? さかのぼってみようよ。 ──さかのぼると、幼い頃に、顔も頭も運動神経もいい姉と比べられ続けて、まず「どうせ自分は......」っていう卑屈な性格になって、そんなだから友達もできなくて、それで......。 大槻 (さえぎって)分かりました。アメリカの映画でよく、「幼い頃の家族のトラウマで......」ってパターンがあるんですよ、つまり、あなたはアメリカ人だね。 ――いえ、栃木生まれです。 大槻 いいから聞いて! そんな何十年も前の家族のことなんて、別にどうでもいいじゃん! 僕はね、実の兄の結婚式にも呼ばれなかった男だよ! ──えっ!? 大槻 あのね、お正月に実家に帰ったら知らない女の人が家にいて、ケンヂなんかより全然打ち解けてたんですよ。で、「誰だろ? 親戚の方かな?」と思いながら様子を見ていたら、これはどうも兄の嫁らしい、と。「あれ? お嫁さん?」って聞いたら、母親に「そうだよ。言わなかったかい?」って言われて、「言わなかったんだよ」って親父が言って、「あ、そうだった。あんた来ると面倒くさいから式に呼ばなかったんだわ」って(笑)。俺も、ショックより「面白い! いつかこれは絶対ネタに使おう」って。そんなもん! 家族なんてそんなもん! それくらいでちょうどいいのだから、トラウマはもう関係ないよ! ──家族って意外と冷たいんですね......。うちの姉もデキ婚するとき、私にだけ教えてくれなかったです......。 大槻 そうだよ、お姉ちゃんにとって妹なんてそんなもんなんだから、妹もお姉ちゃんなんてそんなもんだって思えばいいんだよ。そっからやり直そうよ。 ──そうですよね、いろんなところでネタにして回収しよう! 大槻 それもね~。たぶんね、小明ちゃんと親しくなると「書かれるんじゃないか?」っていう恐怖がみんなあると思うのね。 ──実際、変な暴露とかじゃなければ、面白いと思ったら書いちゃうかも......。 大槻 俺もそう。もう、いろんな人に嫌われて、書かなくなったよ......。筋少が復活するときに、復活に至るまでのお話を書こうと思ったんだけど、メンバーにね、「君はそういうふうに好き勝手に書くけど、書かれた方の気持ちを分かっていない」って言われて、それ以来、ブログにもメンバーの名前とかほとんど出さないし、書いたとしても「メンバー」としか書かない。親兄弟もそう。結局分かったことは、書かれて喜ばれるのは、まだ売れてない芸人さんだけ。それ以外はどんな人でも、「お前、こんなこと書いて、いい死に方しないよ」って言うよ。小明ちゃんも『アイドル墜落日記』(洋泉社)とか、怒られるよ、絶対。 ──確かに、前の事務所の人には送ってないです......。 大槻 でしょ? ただ思ったのは、紙ではわりと書いても大丈夫。なぜかというと、読んでないんだよ紙は、誰も! 悲しい! でも、ネットは読むんだよね。だから死に物狂いで紙に書いた原稿より、何もなしにツイートしたものが、何千倍もみんな読むんだよね、本当不条理だよ! ──それで1円も入ってこないで、下手したら変に拡散されて名声だけが落ちていくという。 大槻 そうなんだよ! うう~、俺ずっと「ぴあ」で連載してたんだけど、休刊になって連載がウェブに移行したの。そしたらそれまで何の反応もなかったのに、ウェブに移行した途端に「見ました!」「見ました!」って。だから、なんか怖いよサイゾーのウェブも。「大槻ケンヂ●●を罵倒!」とか、変な見出しとかつけないでよ。 ──大丈夫ですよ! っていうか、まだ全然ネガティブじゃないですか! 大槻 とにかく、小明ちゃんは今が転換期ですよ。僕もそのくらいだったし、鬱になりやすい時期ではあるんですよ。 ──最近、夜になると鬱々とした気分が悪化するので、寝酒とか飲んじゃうんです。今までお酒なんて飲まなかったのに。で、深夜ラジオ聴きながら寝落ち。あはは。 大槻 俺も聴いてるよぅ、TBSラジオの『JUNK』楽しいんだよねぇ、この間の伊集院さんのさぁ......じゃなくて! 結局、鬱っていうのは、集中力のある人がなるんですよ。その集中力が自分の暗い部分に集中しちゃうと鬱になる。だから、その集中力を拡散させるんですよ。 ――私、よく本とか漫画とか読んで気を拡散させてますよ! この間も根本敬先生の『果因果因果因』(平凡社)と月山きららさんの『おひとりさまの幸せな死に方』(長崎出版)を読んで......。 大槻 ......あのね、なんか方向性として、人から「なんだそれは!?」って言われない、ポジティブな趣味を見つけるといいのよ。よくスポーツバカって言うでしょ? あれは最高に素晴らしくて、スポーツをやって、人からなんのかんの言われないでしょ? それが根本さんのマンガだったらどう? 言われるでしょ? そっちに行っちゃいけないの! (後編につづく/取材・文=小明) ●おおつき・けんぢ 1966年、東京都生まれ。ロックミュージシャン。87年に「筋肉少女帯」としてメジャーデビュー。一躍スターダムに上り詰め、「特撮」でも活動中。また、92年に処女小説『新興宗教オモイデ教』(角川書店)を発売。以降、文筆家としても多数の作品を著している。 ●あかり 1985年栃木県生まれ。2002年史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。初著『アイドル墜落日記』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。 ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/> サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中
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小明の「大人よ、教えて!」"逆"人生相談バックナンバー 【第29回】 辛酸なめ子さんの至言「なんか、つい交尾の話とかしちゃうんです」(前編) 【第28回】 みうらじゅんさんの至言「アイドルライターってなんなの?」 【第27回】 山路徹さんの至言「バラエティーが怖いようでは戦場に行けないですよ」 【第26回】 浅草キッド・玉袋筋太郎さんの至言「相手がクンニしてる顔を思い浮かべなさい」 【第25回】 前田健さんの至言「自分は赤毛のアンの生まれ変わりだと思ってる」 【第24回】 叶井俊太郎さんの至言「結婚したければ高2で100人斬りの男を探しなさい!」 【第23回】 須藤元気さんの至言「僕の本なんて、ギャグみたいなものですよ」 【第22回】 オアシズ大久保佳代子さんの至言「本当はOLを辞めたくなかったんだよなぁ......」 【第21回】 Kダブシャインさんの至言「宇多丸は、Kダブをシャインさせない」 【第20回】 楳図かずおさんの至言「世界を相手にやっている人は、友達作っちゃうと危ない!」 【第19回】 キングオブコメディさんの至言「いつ辞めてもいいから、続けられるんです」 【第18回】 バカリズムさんの至言「モヤモヤは、そのまま持ち帰って立ち向かいます」 【第17回】 島田秀平さんの至言「小明さんの手相にはアブノーマル線があるんです」 【第16回】 小森純さんの至言「写真のチェックとか、自分では一切しないんです」 【第15回】 堀江貴文さんの至言「もうメジャー路線っていうものは存在しないかもしれない」 【第14回】 稲川淳二さんの至言「自分の子どもを殺そうか、と思った自分が一番怖かった」 【第13回】 蝶野正洋さんの至言「自分の役割の中で、最大限に光らなきゃならない」 【第12回】 有野晋哉さんの至言「アイドルは『育ちがええねんなー』っていうのが大事です」 【第11回】  鳥居みゆきさんの至言「やりたくないこと、やらないだろうな、ってことをやるの」 【第10回】  宇多丸さんの至言「人にはだいたい『ちょうどいい』ところがあるんです」 【第9回】  桜木ピロコさんの至言「あたしいつもだいたいいやらしいことしてるもん!」 【第8回】 伊集院光さんの至言「結局、うんこを食うしかない状況になるんです」 【第7回】 ルー大柴さんの至言「ライフっていうのはマウンテンありバレーありです」 【第6回】 大堀恵さんの至言「私、いつも『アンチ上等』って思ってるんです」 【第5回】 品川祐さんの至言「なったらいいなと思ってることは、だいたい実現する」 【第4回】 福本伸行さんの至言「俺は『面白いものを作ろう』じゃなくて、作れちゃう」 【第3回】 大根仁さんの至言「ネットの書き込みなんて、バカにしていいんじゃない?」 【第2回】 杉作J太郎さんの至言「そんなことより『ファフナー』見ろ、『ファフナー』を」 【第1回】 河原雅彦さんの至言「もう無理やりヤラれちゃえばいいんじゃない?」

大槻ケンヂさんの至言「ネガティブを売りにすると自家中毒に陥るんです」(前編)

IMG_6736_.jpg モテない、金ない、華もない......負け組アイドル小明が、各界の大人なゲストに、ぶしつけなお悩みを聞いていただく好評連載。第30回のゲストは、ロックミュージシャンの大槻ケンヂさんです! [今回のお悩み] 「明確なビジョンがありません......」 ──わーい大槻さんだ! お久しぶりです! 唐突ですけど、初めて大槻さんと対談させてもらったとき、私、感極まって「結婚してください」って言ってたんですよね。あれから7年経ってもどちらも未婚ですし、そろそろ結婚して欲しいんですけど! 大槻ケンヂ(以下、大槻) え~? 僕と小明ちゃんとじゃマイナスとマイナスで、プラスになんないよぅ。よくないと思う(きっぱり)。 ──確かにマイナスにマイナスを足してもマイナスが増えるだけ......。でも、『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』で私のTシャツ(ゾンビのデザイン)とか着てくれてたじゃないですか! 大槻 あ、それは違うの。そういう意味じゃないの。夏フェスに来ている若者に冷や水をぶっかけてやろうみたいな、「いちばん夏フェスにふさわしくないシャツはどれかな?」って、お家で選んだの。 ──え......そんな理由だったんですか? いや、えーと、ありがとうございます......? でも、大槻さん、今45歳じゃないですか。現状はどうなってるんですか? 大槻 現状? 老いていくなぁって......。 ――結婚とかしないんですか?(しつこく) 大槻 人といるのは苦手かも。家族という単位が得意ではないかもしんない。あのさ、小明ちゃんは志村けんさんとかに行きなよ。仲本工事さん、ぶーさん、あとすわ親治さんとか、ジャンボマックスとか、もう意味が分からないところに行こう。 ──私の結婚相手で奇をてらおうとしなくて大丈夫です! でも、若い奥さんもらった加藤茶さんが本当に幸せそうでうらやましいですよね。大槻さんもあと20年くらいしたら、17歳くらいのメイドさんとかと暮らすっていうのは? 大槻 それはあり! それはぜんぜんありなの、でも、そうもいかないやね~。 ──それは現状でもぜんぜん可能じゃないですか? 女の子いっぱい寄ってきそうですし! 大槻 あのね、40代っていうのは、一番、若い子にガツガツするのを恥と思う年代なんです。やっぱ、ちょっと分別のついた今、それをやっちゃどうなのよ!? って思う。女の子に寄ってきてもらっても、お金であったりバックボーンであったりを含めてのものだから......それは悪いことじゃないんだけどね、そんな自分をよしとするのがちょっと......俺はそうじゃないだろうっていう......。 ──真面目なんですね~。 大槻 真面目なの、それはなぜかって言うと、勃ちが弱くなってくるからなの。 ──え!? 下の話!? 大槻 勃ちが弱くなってくると、男はそう思うの。ところが、それを超えると、自分の培ってきた立場なりコネクションなりを、「どうぞ~すべて差し上げますよ~」っていう、おおらかな気持ちになれる。 ──それがカトチャン! ......大槻さんも、もうあと一周ですね! 大槻 そうなる前に死んでなければね~。 ――発言がおじいちゃん......! それはさておき、私は『グミ・チョコレート・パイン』(角川書店)を読んでからずっと大槻さんリスペクトの人生ですから、今日はそのへんの話をじっくりと......。 大槻 いや~、本当にね、最近、リスペクト慣れしちゃってね~。とにかく会う人会う人みんな僕をリスペクトしてくれるんだよ。こないだもスポーツジムの風呂で、いきなり「あ、大槻さん! 筋少には命を救われたんですよ~」って、軽ぅ~く言われて、「あ、そ~すか~」って、こっちも裸でさぁ。それでその人と脱衣所でまた会っちゃって......。あっちは「また頑張って命を救ってくださいよ~!」とか言ってたり、ちょっと尊敬が軽いのよ(笑)。 ──それはちょっと気まずそうですね~。 大槻 だからつまり、まとめて言うと......なんだっけ? そうだ、小明ちゃんと僕は良くないと思う! マイナスとマイナスで......。 ――そんなに嫌ならもういいです! えっと、じゃあ気を取り直して今日の相談なんですけど......。 大槻 あ、僕が相談に乗るの? なんでも相談してください。ふふふ。 ──いやぁ、大槻さんには他誌やイベントでも何度か相談に乗っていただいて......いつもすみません! この連載が始まってから、ずっと「大槻さんにお願いしよう」って話は出てはいたんです。でも大槻さんに相談しても、いつも「小明ちゃんは引田天功さんのモノマネをすればいいじゃない」としか言わないから......。 大槻 えっ!? だから、小明ちゃんはなんで天功さんを拒むの? それが分からない。だって伸びしろじゃん! ──伸びしろ、ですか? 大槻 そうだよ! そこからグッと引っ張ればいいのにさぁ! ──天功さんのモノマネして何を引っ張ろうと言うんですか! 北朝鮮ですか! 大槻 北朝鮮引っ張ってきたらたいしたもんじゃない。 ──確かに! でも、私不器用なんですよ。イリュージョンできるかなぁ。 大槻 文句が多いんだよぅ。ちなみに、この連載ではみなさんどんなことを話してるの? ──えーと、みなさんそれぞれ、告知絡みだったりして......。 大槻 あははは! 告知(笑)! ──すみません、人望がないもので、告知に絡めて無理やり相談させてもらってる感じです。だから、今回みたいに告知なしで出てくれる方は本当にありがたいです! 大槻 えっ、したいですよ! 告知できないの? でもまぁ、とりあえず真面目に答えましょう。まず、小明ちゃんはどうなりたいんですか? ──それが、特に「こうなりたい!」っていう明確なビジョンなしに歩いてきちゃったもんで......強いて言うなら、人気のグラビアアイドルになりたいです! 大槻 それがいけないんですよ。まず、明確なビジョンを持ちましょうよ。 ──え? いや、だから、グラドルに......えっと、大槻さんは25、6歳のときに、明確なビジョンありで走ってました? 大槻 あ~、そう言われるとちょっとな~。25、6歳でしょ? ぼんやりしてた。22歳でデビューして23歳くらいで突然ドカンと来て、24歳くらいでもう武道館に立っていたの。 ──恐ろしい人生ですね......! 大槻 そうそう、ジェットコースター人生だったから、僕もあんまりビジョンはないなぁ。常に不安はありますけどね。小明ちゃんはどうしたらいいんだろう。何か売りがなきゃね。 ──売り? 大槻 今は、その、ぼやき? ぼやきが売りになってるけど、ぼやきを売りにしてる"ボヤッキー"はもういるし。つぶやきシローとか。 ──岸部シローもいますね。 大槻 岸部シローもいるね。シローはぼやくね。あっ、"小明シロー"って名前にしたらよくない? "ボヤッキー・小明シロー"とか。あと"ボヤッキー・小明ちゃん"っていう、サンプラザ中野くんさんみたいな、「なんだろうその改名?」っていうのとか。あっ、そうか! "アイドル小明くん"は? いいよね!? そしたらみんなから「あ、アイドルさん」って呼ばれるし。 ──やだ......。 (中編につづく/取材・文=小明) ●おおつき・けんぢ 1966年、東京都生まれ。ロックミュージシャン。87年に「筋肉少女帯」としてメジャーデビュー。一躍スターダムに上り詰め、「特撮」でも活動中。また、92年に処女小説『新興宗教オモイデ教』(角川書店)を発売。以降、文筆家としても多数の作品を著している。 ●あかり 1985年栃木県生まれ。2002年史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。初著『アイドル墜落日記』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。 ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/> サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中
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小明の「大人よ、教えて!」"逆"人生相談バックナンバー 【第29回】 辛酸なめ子さんの至言「なんか、つい交尾の話とかしちゃうんです」(前編) 【第28回】 みうらじゅんさんの至言「アイドルライターってなんなの?」 【第27回】 山路徹さんの至言「バラエティーが怖いようでは戦場に行けないですよ」 【第26回】 浅草キッド・玉袋筋太郎さんの至言「相手がクンニしてる顔を思い浮かべなさい」 【第25回】 前田健さんの至言「自分は赤毛のアンの生まれ変わりだと思ってる」 【第24回】 叶井俊太郎さんの至言「結婚したければ高2で100人斬りの男を探しなさい!」 【第23回】 須藤元気さんの至言「僕の本なんて、ギャグみたいなものですよ」 【第22回】 オアシズ大久保佳代子さんの至言「本当はOLを辞めたくなかったんだよなぁ......」 【第21回】 Kダブシャインさんの至言「宇多丸は、Kダブをシャインさせない」 【第20回】 楳図かずおさんの至言「世界を相手にやっている人は、友達作っちゃうと危ない!」 【第19回】 キングオブコメディさんの至言「いつ辞めてもいいから、続けられるんです」 【第18回】 バカリズムさんの至言「モヤモヤは、そのまま持ち帰って立ち向かいます」 【第17回】 島田秀平さんの至言「小明さんの手相にはアブノーマル線があるんです」 【第16回】 小森純さんの至言「写真のチェックとか、自分では一切しないんです」 【第15回】 堀江貴文さんの至言「もうメジャー路線っていうものは存在しないかもしれない」 【第14回】 稲川淳二さんの至言「自分の子どもを殺そうか、と思った自分が一番怖かった」 【第13回】 蝶野正洋さんの至言「自分の役割の中で、最大限に光らなきゃならない」 【第12回】 有野晋哉さんの至言「アイドルは『育ちがええねんなー』っていうのが大事です」 【第11回】  鳥居みゆきさんの至言「やりたくないこと、やらないだろうな、ってことをやるの」 【第10回】  宇多丸さんの至言「人にはだいたい『ちょうどいい』ところがあるんです」 【第9回】  桜木ピロコさんの至言「あたしいつもだいたいいやらしいことしてるもん!」 【第8回】 伊集院光さんの至言「結局、うんこを食うしかない状況になるんです」 【第7回】 ルー大柴さんの至言「ライフっていうのはマウンテンありバレーありです」 【第6回】 大堀恵さんの至言「私、いつも『アンチ上等』って思ってるんです」 【第5回】 品川祐さんの至言「なったらいいなと思ってることは、だいたい実現する」 【第4回】 福本伸行さんの至言「俺は『面白いものを作ろう』じゃなくて、作れちゃう」 【第3回】 大根仁さんの至言「ネットの書き込みなんて、バカにしていいんじゃない?」 【第2回】 杉作J太郎さんの至言「そんなことより『ファフナー』見ろ、『ファフナー』を」 【第1回】 河原雅彦さんの至言「もう無理やりヤラれちゃえばいいんじゃない?」

岡島紳士×本城零次「ガチヲタの声をもっと伝えた方がいい」(後編)

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 『AKB48最強考察 岡島紳士と18人のヲタ』(晋遊舎)の著者・岡島紳士氏と、『泣けるAKB48メンバーヒストリー 少女たちの汗と涙の軌跡』(サイゾー)の著者・本城零次氏の対談の続編。 <前編はこちらから■これは僕のヲタ芸です ――AKB48の楽しみ方、ファンとメンバーの関係性などは今までのアイドルとたいぶ違うわけで、それを伝えるメディア側も、今までとは違った伝え方が必要になってくると思うんですが、そのへんはどう工夫してますか? 岡島紳士(以下、岡島) このあいだ、TwitterでTRiCKPuSH(ライターの松谷創一郎)さんが2000年の日経新聞に載った秋元康さんのこんなコメントを紹介していました。「これからはインターネットのように『最小公倍数の原理』が支配するパーソナルなメディアが流行の拠点になる。こだわりを持つ少数が面白いと思うものが核になり、それに共感する人々の輪がドミノ倒しのように広がっていくような現象が主流となっていくだろう」。  この読みはその通りになったわけだし、AKBの面白さのひとつに、そうしたこだわりを持った個人の物語が無数にあることが挙げられると思います。秋元さんは、これら無数の物語が口コミから広がっていって、最終的に大きなメディアが食いつくという流れが主流になっていく、ということを言っているんですね。  アイドルをどのようにメディアで紹介するかですが、それはライターがどのようにそのアイドルと関わりたいかによって変わってくると思っています。例えば09年の夏、ももクロが(mihimaru GTの)「ツヨクツヨク」や(moveの)「words of the mind ~brandnew journey~」のカバーを始めたとき、僕はアイドルの歴史において、ももクロが「グループアイドル最強」になったと思ったんですよ。でも、ももクロの所属事務所はスターダストプロモーションなので、このままではスナッピーズやロンチャーズなど、過去に同社が展開したアイドルグループみたいにバラ売りに移行して、グループとしては終わってしまう可能性が非常に高いなと感じて。  それで、お世話になっている「BUBKA」(コアマガジン)と「サイゾー」の編集者さんに熱く語って記事にしてもらったりした。とにかく、名前をメディアに出して認知してもらうことがまずは必要だと考えた。これは自分の個人的な思いで動いた、僕のヲタ芸ですよね(笑)。 ■ガチヲタの声をもっと伝えた方がいい ――ひと昔前は、「自分はこんなに熱くハマってるんだぜ、だからこのアイドルはすごいんだぜ」といったような、ロッキンオン系の自分語りをするアイドルライターが多かったじゃないですか。でもAKB以降、それが通用しなくなってきているように感じます。 岡島 だから『グループアイドル進化論』(毎日コミュニケーションズ)では、どのアイドルがかわいいとかどの楽曲が好きかという個人的な思い入れを極力排して、売り方やシステム論を中心にしたんですよね。なぜAKBはブレークしたのかという過程を丁寧に解説することの方が、よりAKBや今のグループアイドルの魅力が世に伝わるのではないかと。 本城零次(以下、本城) 僕自身も、ガチヲタな自分と評論家としての自分、冷静と情熱の狭間で常に悩んでいて、"AKB評論家"を勝手に名乗っていますけど、それが正しいのかどうかは分からない。  AKBの人気の真相や総選挙の順位変動の理由などは、冷静に分析して伝えるようにしています。と同時に、特定のメンバーへの熱い思いを語るとか、BUBKA的な自分語りもできるならやりたいと思いますよ。  ただ、1冊本を出すとしたら、まずは事実の積み重ねによって成立した本を出したかったんですよ。だから『泣けるAKB』では、読者に損をさせないような、検証性が高い、密度の濃い本を作るように心がけました。そんな思いが読者の方にも伝わったのか、本の感想をブログに書いてくれている方を検索して読むと、「学校の読書感想文にする」「(学校の)読書の時間に読む」「6回泣いた」とあって、著者本人がエゴサーチしながら泣いてます。 岡島 僕はアイドル文化全般が好きなんですよ。特に、発信する側ではなく、アイドルを受容する側に興味があるので、話を聞きにいくとヲタばかりになる。だから『NICE IDOL (FAN) MUST PURE!!!』という、アイドルのファンカルチャーに特に焦点を合わせたDVDマガジンを自主制作で作ってるんです。 ■ここまでできるのはAKBだけかもしれない 本城 僕はアイドルだけではなく、エンタメ系全般についても 書いているのですが、例えば今はニコニコ動画やボーカロイド、pixivや価格.comなど、CGM文化(消費者生成型メディア)がどの分野でも流行ってますよね。で、AKBにもCGMな部分がものすごくある。ファンがメンバーを育てて、グループ自体を雪だるまを転がすように動かしてきたという経緯がある。 ――AKBだけではなく、初期のPerfumeやももクロなども、ファンとのコミュニケーションを重視し、ファンコミュニティーの力で育てられたCGM文化と似たような側面がありますよね。 本城 でも、Perfumeやももクロはライブやイベントはやるけれど、ファンサービスを止めてしまった(ももクロは握手会の回数が激減した)。AKBは、100万枚売っても握手会を続けているのが画期的。AKB48劇場支配人・戸賀崎智信氏の「握手会だけは絶対に妥協するな、と秋元康先生からキツ~く言われてますからね」(映画『DOCUMENTARY OF AKB48』パンフレットより)という言葉もあるように、握手会には覚悟を決めてやっていると思うんです。  大会場を借りる費用もかかるし、1日10時間を要する場合もあるのでメンバーの負担もハンパない。そのため、メンバーが休んだら、その握手券はCDごと返品に応じたりして、そこまで公明正大にやっているのはすごいなと。これからもAKBは、握手ができる親近感は大切にしていくと思います。いわば、握手会は"AKBという名の愛の矢をファン一人ひとりに突き刺していく作業"。握手会を止めると、矢が抜けるんですよ(笑)。 岡島 エンタメ業界全般に、コピー可能なデジタルデータではなく、コピー不可能な体験の価値が大きくなっていくという流れがありますよね。もう一度バブルでも来ない限り、どの業界もお金が回っていかないから、狭く深くいくしかない。 本城 ただ、それをやることでファンとの間の絆が生まれているし、ここまでできるのはもしかしたらAKBだけかもしれないですね。ももクロがもっと売れたとして、じゃあ全国握手会をドームクラスの会場でやるかといったら、難しいでしょう。ぱすぽ☆も当分は続けると思うんですけど、今後、どうなっていくのか......。  マドンナがレコード会社指導のビジネスからから脱却して、ライブ運営企業と契約したように、アーティストがライブとグッズの物販で稼ぐのは世界的な潮流。"アイドル戦国時代"の象徴ともいえる"会いに行ける"という体験の重要性を、ほかのグループも含め、今後アイドルがどう扱っていくのか、ものすごく注目しています。 (構成=岡田康宏) ●おかじま・しんし アイドル専門ライター。雑誌やウェブで、アイドルに関する原稿を中心に執筆。2010年7月に自主制作したDVDマガジン『NICE IDOL(FAN)MUST PURE!!!』はAmazonアイドルDVDランクで3位を記録。近著『AKB48最強考察』(晋遊舎)。 ●ほんじょう・れいじ フリーライター・編集者。作家。AKB48を黎明期から目撃し、劇場公演を900回以上(『AKB48 LIVE!! ON DEMAND』含む)見続けている"AKB48評論家"。近著『泣けるAKB48』(サイゾー)。 ブログ <http://ameblo.jp/iiwake-lazy/>
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岡島紳士×本城零次「ガチヲタの声をもっと伝えた方がいい」(前編)

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 今夏開催された第3回選抜総選挙以降も、常に話題を提供し続けるAKB48(以下、AKB)。そんなAKBの6年近くに及ぶ歴史を踏まえ、分析を加えた2冊の本が、6月に相次いで発売された。  アイドル専門ライター・岡島紳士氏著『AKB48最強考察 岡島紳士と18人のヲタ』(晋遊舎)と、エンタメライターで"AKB48評論家"を名乗る本城零次氏著『泣けるAKB48メンバーヒストリー 少女たちの汗と涙の軌跡』(サイゾー)だ。  発売から少々時間は経ってしまったが、両著の発売を記念し、書き手の2人に、AKB以降のアイドルと、アイドルファンについて対談してもらった。 ■AKB48は、マンガでたとえれば50巻まで出ている長期連載 ――まずは、お互いの本を読んでどう感じましたか? 岡島紳士(以下、岡島) 『泣けるAKB』は今後、メディアの人がAKBメンバー個人の情報や個性が知りたいというときに参照する際のスタンダードになる本だと思いますね。AKBに関するこれまでの膨大なインタビューやコメントなどが参照されていて、それが客観的にまとめられている。資料として価値があるものだと思います。 本城零次(以下、本城) AKBは6年のハイコンテクストな歴史と数々のシステム変更があって、たとえると、50巻くらいまで出ている長期連載マンガなんですよ。だから、途中参戦がしづらい部分がある。歌とダンスは見れば分かりますが、50巻分の歴史の中で紡がれてきたメンバー同士の友情、各メンバーが歩んできた道のりは、パッと見ただけでは分からない。例えば、柏木由紀は選抜に入れなかった時期があり、峯岸みなみは"干され"と"推され"を経験して円形脱毛になった過去がある。そこからそれぞれの転機があり、葛藤と苦悩を経て現在がある。そんな重層的な物語を、新規ファンでも分かるようにちゃんと解説してあげるのが、自分の使命だと思って書きました。  逆に岡島さんの『AKB48最強考察』は、ヲタのインタビューが読みどころですね。"手紙厨"(熱心にファンレターを送るファンのこと)のエピソードは泣けますよ。こういうガチヲタの声はAKBの一番面白いところだし、もっと伝えていくべきだと思います。 岡島 僕はヲタの話が大好きなんですよ。『AKB最強考察』は、制作開始当初から全国のコンビニにも並ぶというのを聞いていたので、アイドルヲタのことを深く知らない層にまで、ヲタの声が届けられれば面白いなと思ってました。実際、AKBにとってヲタの存在が占める部分はとても重要だと思うので、そこは強調して作ったんです。 ■AKBは握手会に行かないと真価が分からない ――今、AKBのブームでアイドル界はものすごく活況を呈しています。ただ、では「AKBがなぜこれだけ受けているのか?」をきちんと解説できているメディアは意外と少ない。AKBをアイドルブームの柱として見ている本城さんは、その理由をどこにあると思いますか? 本城 AKBは、握手会に行かないと真価が分からないと思うんです。それが、AKB以前のアイドルと一線を画すところですね。ビジュアルだけを見れば、ハロー!プロジェクトの方がよく見えるかもしれない。だけど、AKBのファンは握手会に行って、メンバーに認知(顔と名前を覚えてもらうこと)されることで、ファンとメンバーとの共同幻想が生まれてくる。一般のファンにとって、アイドルと友達のように話せるのはありえないこと。メディアの人は取材などでタレント本人と普通に話せてしまうから、その部分の価値に気付きにくいんです。そうした理由によって、ファンの熱気とメディアでの扱いとの間に温度差が出てくるのだと思います。 岡島 今年1月に出した『グループアイドル進化論』(岡田康宏との共著/毎日コミュニケーションズ)を書くときに念頭に置いたのは、ネットとヲタには勝てないということです。スピードでも情報量でも、ライター個人の力ではそこには絶対かなわない。だから、分からないことは僕より詳しい人に聞くし、『AKB最強考察』でも、著者名は「岡島紳士と18人のヲタ」になっています。  今は、「この文化さえ押さえておけば、アイドルシーン全体が分かる」といった、かつてあったような状況は完全に崩壊していて、それぞれ趣味が違っていて交わらない無数のアイドルシーンがある。それぞれが、ゆるく交わりつつも、基本的には単独で成立しているんです。  AKBでも、ももいろクローバーZでも、ぱすぽ☆でもいいですけど、それぞれのヲタは、そのグループには詳しくても、ほかのグループに関してはまったく知らなかったりする場合が少なくない。だから、状況に合わせて臨機応変に、その分野、そのグループについて詳しいいろいろな人に話を聞きにいく。  それは、アイドルを仕掛けている側についても同じです。僕はそういうやり方で、よりよい記事を作っていければいいかなと思っています。もちろん、僕自身もアイドルが大好きなので、常日頃から、あらゆるジャンルのアイドルについて、できるだけ「広く深く」見ていこうと思ってはいますが。 本城 僕は、初めてAKBを見に行ったときに、そのどうしようもないくらいの近さに衝撃を受けて、AKBを支えるシステムの面白さに興味を持ちました。さらに握手会や"ガチャの権利"(ガチャガチャで当たれば2ショットポラ撮影などが可能。09年5月に廃止)など、現場に行かないと分からない、ファンとメンバーの絆を深めていくシステムがある。待ち時間には仲間としゃべったりして、そういう時間も含めて思いを連ねていくきっかけになる。  認知されているファンとされていないファンとでは、メンバー側の対応が全然違うわけで、最初は普通にお客さんとして接していたのが、ファンレターを書くごとに名前を覚えてくれるようになる、回を重ねるごとにメンバーの対応がどんどんフランクになっていく。例えば、08年10月の「大声ダイヤモンド」くらいまでの握手会であれば、ちょっとした相談とかができたわけですよ。ファンが「今、進路に迷ってるんだ」とか、「会社でこんなことがあって」「でも、いつも励まされてるよ」みたいな。逆にファンがメンバーから相談を受けたり、そういうヒューマンな触れ合いができていたんです。  僕も含めてですけど、ヲタは人と触れ合うのが苦手じゃないですか(笑)。クラスの女子とは全然話せないけど、メンバーとはバンバン話せるというピンチケ(中高生のファン)もいたりするわけで。そうやって生まれた人と人との絆が、こうやってAKBをブレークに導いたんじゃないでしょうか。 ■メンバーが入れ替わったときに人気が維持できるのか 岡島 今後のAKBを考えるとき、今の人気メンバーが卒業していったらどうなるのか、その下の世代が育っているのかという点が気になります。モー娘。は、人気メンバーの卒業、そしてその後ゴタゴタが連続したことが、今の人気低迷の理由のひとつになっている。世間の多くの人は、今の人気メンバーこそがAKBだという印象を持っていると思うので、そのメンバーが入れ替わったときに人気を維持できるのか、そこが興味深いところですね。 本城 そこはいろいろ考えていると思いますけどね。 岡島 代替わりしない手もありますよね。篠田さんが、30歳になっても制服を着ている、という。 本城 それは、実際にライブでも言ってるんですよ。武道館ライブのときに「私30まで卒業しないかも」って(笑)。ネタとしてですけど。SKE48やNMB48なども含めて、育てる側のノウハウは蓄積されつつあるので、あとは代替わりをどうするか。世代交代は今、運営も各レギュラー番組などでものすごく力を入れて頑張ってやっているところで、もし世代交代が完璧にできたとき、AKBは宝塚歌劇団やジャニーズみたいな不動の地位を築けると思いますね。  実は宝塚には生徒(団員)と触れ合える「お茶会」があって、AKBより濃いファンサービスがある。でも、それが叩かれないのは、それがもう伝統になっているから。相撲のタニマチも同じですよね。だからAKBの握手会や総選挙も、このまま続けていけば、伝統になっていくと思いますよ。  マンガでもロックでも、新しい価値観が世間に受け入れられるまでは、必ず一定の期間、有識者と呼ばれるような人たちが顔をしかめる時期がある。今、まだAKBの握手会を否定している人は、かつて、手塚治虫の漫画を"禁書"として燃やしたPTAと同じ。  アイドリング!!!やももクロZを見るまでもなく、アイドルが握手会を行うのはもはやスタンダードで、最近はK-POP歌手や三代目J Soul Brothersもハイタッチ会などを普通に行う時代ですから。生産者(アーティスト)が消費者(ファン)と感謝の交流を行うのは、少なくとも悪いことではない。射幸心を過剰に煽るのはよくないとは思いますけどね。  * * *  それぞれの見地から、AKBへの印象を語った両氏。「ファンとアイドルの正しい関わり方」などについて語った後編も、近日公開する。 (後編に続く/構成=岡田康宏)  ●おかじま・しんし アイドル専門ライター。雑誌やウェブで、アイドルに関する原稿を中心に執筆。2010年7月に自主制作したDVDマガジン『NICE IDOL(FAN)MUST PURE!!!』はAmazonアイドルDVDランクで3位を記録。近著『AKB48最強考察』(晋遊舎)。 ●ほんじょう・れいじ フリーライター・編集者。作家。AKB48を黎明期から目撃し、劇場公演を900回以上(『AKB48 LIVE!! ON DEMAND』含む)見続けている"AKB48評論家"。近著『泣けるAKB48』(サイゾー)。 ブログ <http://ameblo.jp/iiwake-lazy/>
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【関連記事】 AKB48評論家・本城零次の「AKB48じゃんけん大会」"名勝負数え唄"大分析!! 速報は「ファンから運営へのダメ出し!?」AKB48評論家・本城零次が総選挙速報を斬る 目指したのはオシャレサブカル! 自主制作DVDマガジン『NICE IDOL(FAN) MUST PURE!!!』

辛酸なめ子さんの至言「なんか、つい交尾の話とかしちゃうんです」(後編)

akari_nameko02.jpg ◆前編はこちらから ――やらなくていいですよ! 私も厳しめの女子高に通っていたんですけど、あの満たされ方は半端なかったです。男子がいないだけでこんなに快適に生活できるんだ、と感動しましたよ。でもその女子校のぬるま湯に浸かりすぎたのか、いまだに男性と接する際の正解がわかりません。メンズと話す際にうまいこと女を出せないというか......出せてたらもっとグラドルの時に成功できてた気がします。  私も出せないですね、愛想がなくて、よく、怒ってるとか勝手に誤解されていました。あとは打ち解けようと思って最初に下ネタを話しすぎたり......なんか、つい交尾の話とかしちゃうんですけど、やっぱりまずい空気になるというか、明らかに男性が引いちゃったりしますよね。この年になって、やっと「下ネタはあんまり言っちゃいけないんだ」っていうことに気づけました。 ――交尾?(どんな下ネタなんだろう)下ネタもうまく使えばドキッとさせられるんでしょうけど、力加減がわからないですよね。男女共学の方が戦い方を身につけられる。  グラビアアイドルはそういうのが上手いんじゃないですか? ――私は上手くやろうとして失敗続きで完全に心が折れました。不思議ちゃんになってみたり、変に媚びて空回りしたり......。あらゆる業界人に好かれた覚えがないです。  やっぱりどんな嫌な業界人でも嫌悪感を出しちゃいけないってことですよね。 ――なめ子先生はあんまり感情が表に出る方じゃないですよね。  そうですねー。でも、前にそういう業界人の方とのお仕事の後、打ち上げで何故かセクハラ的な話になってしまって、ちょっと耐えられなくて途中で帰った事ありますね。それ以来、そういう打ち上げは断るようにしてますね。 ――いいなぁ。私も滅多に誘われないですけど、フリーだとそういう付き合いも仕事のうちみたいなところがあるから、断ったら仕事をもらえないんじゃないかと思って参加して、結局うまく立ち回れなくて落ち込んだりしてます。どうすれば人に好かれるのかな......あっ!! そういえば、この間ひとりで台湾に行って気づいたんですけど、現地で言葉がわからなくて「うれしい」「たのしい」「わ~すご~い!」い、みたいな、ダメなキャバクラ嬢みたいな単語しかしゃべれなかったんですけど、日本より俄然好感を持たれたんです。そういうことですかね。  ミスキャンパスみたいな人たちのブログを見ていると、それくらいのことしか書いてないですよね。「アイスがおいしかった」とか「友達とメールして~」とか、そういうことが重要なんですね。面白いこと言おうとすると、かえって男性は引くみたい......。私も以前アメリカの学者の説で「男性はギャグを攻撃の一種だと受け取るから、女性がギャグを連発すると引いていく」って読んだことがあります。男性は自分が笑わせたいっていうのが大きいと思うんですよ、だから相手より面白い話はしちゃいけないみたいですね。 ――それで、つまらない話をしたら、「女の話はオチがない」とか言われるんでしょ! なんか腹立たしい!  なので、やっぱり小明さんが台湾で習得されたことは正しいんじゃないですかね。日本語でもそれくらいの会話をした方が良いのかもしれませんね。 ――男性に気に入られたい願望も、お仕事願望も満たしたいので、本気で「サバイバル女道」頑張りたいです! なめ子先生は、今お仕事を始めて何年目ですか?  えーと、そうですね、19年とか......。 ――すごい!! どうしてそんなに続けられるんでしょうか?  なんですかね? 就職したくなかったから就職以外のことをやって、気づいたら続いてた感じです。地球はもうすぐ滅亡するかもしれないし、それまではがんばろうかなって......。 ――え、地球が?  はい、地球が。 ――......スケールが大きい! でも、やっぱり嬉しいこととか、良いことがなければ続けられないと思うんですよ。18年間あったら、かなりそういうのがあるんじゃないですか?  続けててよかったこと? えー......(無言)。 ――......あまり、ない?  親にもまだそんなに認められてないというか、やっぱり「ちゃんと立派な大学を出て、良い会社に働く仕事をしろ」みたいな空気なので、なんと言うかなぁ。 ――テレビに出る機会もかなりあるじゃないですか、そういうのはどうですか?  テレビは、スタジオに、なんですかね、明らかに霊がいる感じのスタジオですごく体調が悪くなるとか......。 ――テレビ局ってそういうのが多いって聞くけど、本当なんですね!  都内の墓地の近くにあるスタジオとか、かなり怖い感じでしたね。異様な眠気に襲われるとか。普通だったら2~3時間ならずっと座っていられるはずなのに、それも辛くなってくるっていう感じですね。あと目を閉じるとまぶたの裏に、ドクロがたくさん現れたり。上から巨大クモが糸を伝って降りてきたときはかなり不気味でした。出かけるまえにセージのスプレーとか......あ、セージっていうのはインディアンが使ってた邪気を避ける葉っぱがあるんですけど、それの抽出したスプレーを買ったんで、それをシューッとしたんですけど、無駄でしたね。あとえーと、良かったことですよね、良かったこと......(無言)。 ――そんなに浮かばないなら、無理しなくて良いですよ......。ありがとうございました! (取材・文=小明) ●しんさん・なめこ 1974年、東京都生まれ。マンガ家・エッセイスト・セレブ、スピリチュアル、女磨きなどをテーマに、数々の作品を発表。「週刊文春」(文藝春秋)など多数の連載を抱えている。月刊「サイゾー」連載をまとめた書籍『サバイバル女道』が絶賛発売中。 ●あかり 1985年栃木県生まれ。2002年史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。初著『アイドル墜落日記』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。 ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/> サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中
サバイバル女道 じつは「サイゾー新書」の第1弾です。 amazon_associate_logo.jpg
小明の「大人よ、教えて!」"逆"人生相談バックナンバー 【第28回】 みうらじゅんさんの至言「アイドルライターってなんなの?」 【第27回】 山路徹さんの至言「バラエティーが怖いようでは戦場に行けないですよ」 【第26回】 浅草キッド・玉袋筋太郎さんの至言「相手がクンニしてる顔を思い浮かべなさい」 【第25回】 前田健さんの至言「自分は赤毛のアンの生まれ変わりだと思ってる」 【第24回】 叶井俊太郎さんの至言「結婚したければ高2で100人斬りの男を探しなさい!」 【第23回】 須藤元気さんの至言「僕の本なんて、ギャグみたいなものですよ」 【第22回】 オアシズ大久保佳代子さんの至言「本当はOLを辞めたくなかったんだよなぁ......」 【第21回】 Kダブシャインさんの至言「宇多丸は、Kダブをシャインさせない」 【第20回】 楳図かずおさんの至言「世界を相手にやっている人は、友達作っちゃうと危ない!」 【第19回】 キングオブコメディさんの至言「いつ辞めてもいいから、続けられるんです」 【第18回】 バカリズムさんの至言「モヤモヤは、そのまま持ち帰って立ち向かいます」 【第17回】 島田秀平さんの至言「小明さんの手相にはアブノーマル線があるんです」 【第16回】 小森純さんの至言「写真のチェックとか、自分では一切しないんです」 【第15回】 堀江貴文さんの至言「もうメジャー路線っていうものは存在しないかもしれない」 【第14回】 稲川淳二さんの至言「自分の子どもを殺そうか、と思った自分が一番怖かった」 【第13回】 蝶野正洋さんの至言「自分の役割の中で、最大限に光らなきゃならない」 【第12回】 有野晋哉さんの至言「アイドルは『育ちがええねんなー』っていうのが大事です」 【第11回】  鳥居みゆきさんの至言「やりたくないこと、やらないだろうな、ってことをやるの」 【第10回】  宇多丸さんの至言「人にはだいたい『ちょうどいい』ところがあるんです」 【第9回】  桜木ピロコさんの至言「あたしいつもだいたいいやらしいことしてるもん!」 【第8回】 伊集院光さんの至言「結局、うんこを食うしかない状況になるんです」 【第7回】 ルー大柴さんの至言「ライフっていうのはマウンテンありバレーありです」 【第6回】 大堀恵さんの至言「私、いつも『アンチ上等』って思ってるんです」 【第5回】 品川祐さんの至言「なったらいいなと思ってることは、だいたい実現する」 【第4回】 福本伸行さんの至言「俺は『面白いものを作ろう』じゃなくて、作れちゃう」 【第3回】 大根仁さんの至言「ネットの書き込みなんて、バカにしていいんじゃない?」 【第2回】 杉作J太郎さんの至言「そんなことより『ファフナー』見ろ、『ファフナー』を」 【第1回】 河原雅彦さんの至言「もう無理やりヤラれちゃえばいいんじゃない?」

辛酸なめ子さんの至言「なんか、つい交尾の話とかしちゃうんです」(前編)

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モテない、金ない、華もない......負け組アイドル小明が、各界の大人なゲストに、ぶしつけなお悩みを聞いていただく好評連載。第29回のゲストは、月刊「サイゾー」連載『サバイバル女道』が書籍化された、辛酸なめ子先生です! [今回のお悩み] 「友達がいないですね......」 ――なめ子先生、お久しぶりです! 本当になめ子先生にはお世話になりっぱなしで、私の活動はほぼ、なめ子先生リスペクトというか、劣化コピーの出来損ないみたいな......本当にすみません。私はAKR19っていうユニットを1人でやっているんですけど、これもなめ子先生の"ひとりt.A.T.u."のマネですもんね。  ああ、ありがとうございます、そんなそんな。 ――もうt.A.T.u.のようなソウルメイトは見つかりましたか?  見つかってないですね、友達自体いないというか、それを逆に相談したいですね。 ――すみません、友達は私もいないです......。  学生時代の頃の友達が僅かにいるくらいで、どんどん人と疎遠になっちゃうんですよね。お酒も飲まないので、人の宴会に行かなかったり、ノリが悪いから次から誘われなかったり、そういうことが多いです......。でも、小明さんだったらカラオケも歌えるし大丈夫なんじゃないですか? ――カラオケなんて1人でしか行けないですよ! 中島みゆきとか森田童子とかが好きなんで、他人と行くと、「ふつう今の流れでそういう歌いく?」みたいな空気読めない人になりそうで......なのでカラオケは1人で行って、好き放題暗い歌を歌ってますね。  なんか霊が集まってきそうですね......。 ――いつからこうなっちゃったのかな......。  私もこの前、セドナから来たグレッグっていうスピリチュアル系のヒーラーに「8歳くらいまでは明るい性格だったのに、そこから急に暗くなりましたよね」みたいなことを霊視されて、確かに幼稚園までの写真はすごい良い笑顔なんですよ。それで、グレッグに「そういう自分の殻を破って明るくなるために、ピエロ教室に通いなさい」って言われて......。「ピエロ教室?」と思ったんですけど、「もし東京のピエロ教室が知り合いに会いそうで恥ずかしかったら、横浜のピエロ教室とか、少し遠くでもいいですよ」って。でも、ピエロ教室自体、少ないですよね。 ――セドナでは割とメジャーなんですかね。  グレッグが言うには、毎週ピエロ教室に通ってピエロになりきってジェスチャーをすれば、解放されてもっとポジティブになれるらしくて。なのでピエロ教室を探してたんですけど、まだ見つかってないですね。 ――過剰におどけて自己嫌悪しての繰り返しで、むしろ躁鬱が激しくなりそうな気がするんですが......。もっと普通に、ダンス教室とかカルチャースクールが良いんじゃないですか?  ダンスだったら、この前プライベートで少女時代のダンスを教えてくれるところを検索して、そこで「Mr.TAXI」とかを踊ったんですけど全然ダメで......。レッスンが始まる前は20代前半の子に「その靴かわいいね」とか言われてなんとなく仲良くなれそうだったんですけど、ダンスが始まったら私があまりにも下手すぎたのか、帰る時にはもう無視で、話してくれなかったですね。 ――切ない経験をされましたね......。  うん......。 ――サイゾ-で連載されている「サバイバル女道」もそういう切ないけどためになるお話がたくさん載ってますよね。あ、この度は書籍化おめでとうございます! 連載何年で書籍化に?  あ、ありがとうございます。連載は2年ぐらいですね。当初は本当に世の中が平和だったので、「サバイバル女道」ってタイトルでやってましたけど、今、本当にサバイバルが必要な状態になってしまって......。ただ、本当に「地震の時どうすべきか」みたいなのは全然載っていないので、そういうのを期待して買った方にはぜんぜん役に立たないんじゃないかと心配です。 ――あはは! 安全な野菜をダウジングで見分ける方法も載っていますし、あながち間違ってはないかもしれないですよ! うちの姉も放射能の数値を気にして偽物のガイガーカウンターをつかまされたので、読ませてあげたいです。それにしても、なめ子先生は連載もすごい数だし、本もたくさん出されていますよね。どのようにして毎日お仕事をこなしていらっしゃるんでしょうか?  単発の仕事も入れて、1日2本以上は何かを終わらせるくらいですね。あとはプライベートを捨てるとか......。本は、書いていたものがたまったら出版社の方の意向次第です。 ――なるほど~。私のこの連載も29回目になるんですけど、書籍化どころか、つい先日も副編集長さんにタイトルを間違えられて......2年以上やっているのに名前すら覚えられていないんだから、書籍化は遠そうです。  ......タイトルが長いですもんね? ――優しいフォローありがとうございます。「大人よ教えて」って言ってる私も既に大人ですし、なんとなく無理があるのは分かってるんです。......それにしても「サバイバル女道」は2年以上も連載しているのに、よくネタに困りませんね。毎回どこに取材に行くかはご自分で決められてるんですか?  そうですね。その時の話題性によって......たとえばノリピーが話題だった時は日本ダルク本部(薬物依存リハビリセンター)に行くとか、いろいろです。本部でお話させていただいた方は、ぜんぜん年上だったんですけど独特の色気を感じましたね。 ――修羅場をくぐった人間のフェロモンみたいなものがあるのかな、ノリピーだって40歳で子供もいてしかも覚醒剤の人なのに、子供も産まず薬もやってない20代の私よりも断然輝いていて......もっと悲惨な姿になっていないと、ドラッグのイメージアップになってしまうじゃないですか! 謝罪会見のノリピーだって完全にかわいくて、周りの男性とか皆ちょっと許してましたよ!  許してましたね......! その後も通信制の学校に行って、イメージVTRとかも楽しそうでしたもんね。でも、ダルクの人に取材をしたら、覚せい剤はやっぱり一番ダサいというか、バカにされるみたいです。ヘロインやコカインの方がおしゃれというか......レディ・ガガとかもコカイン中毒でしたもんね。 ――えっ!! そうなんですか!? ガガは厳しい両親の元でカトリックの学校に行ってたと聞いたんですが、その反動なんでしょうか? そういえばなめ子先生もご両親が教職でお嬢様学校ですよね。  満たされてるから好奇心が旺盛になったりするのかもしれないですね、私はやったことはないんですけど......。昔、高校の友達にマジックマッシュルーム(当時は合法)を試そうと誘われたけど断りました。 (後編につづく/取材・文=小明) ●しんさん・なめこ 1974年、東京都生まれ。マンガ家・エッセイスト・セレブ、スピリチュアル、女磨きなどをテーマに、数々の作品を発表。「週刊文春」(文藝春秋)など多数の連載を抱えている。月刊「サイゾー」連載をまとめた書籍『サバイバル女道』が絶賛発売中。 ●あかり 1985年栃木県生まれ。2002年史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。初著『アイドル墜落日記』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。 ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/> サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中
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小明の「大人よ、教えて!」"逆"人生相談バックナンバー 【第28回】 みうらじゅんさんの至言「アイドルライターってなんなの?」 【第27回】 山路徹さんの至言「バラエティーが怖いようでは戦場に行けないですよ」 【第26回】 浅草キッド・玉袋筋太郎さんの至言「相手がクンニしてる顔を思い浮かべなさい」 【第25回】 前田健さんの至言「自分は赤毛のアンの生まれ変わりだと思ってる」 【第24回】 叶井俊太郎さんの至言「結婚したければ高2で100人斬りの男を探しなさい!」 【第23回】 須藤元気さんの至言「僕の本なんて、ギャグみたいなものですよ」 【第22回】 オアシズ大久保佳代子さんの至言「本当はOLを辞めたくなかったんだよなぁ......」 【第21回】 Kダブシャインさんの至言「宇多丸は、Kダブをシャインさせない」 【第20回】 楳図かずおさんの至言「世界を相手にやっている人は、友達作っちゃうと危ない!」 【第19回】 キングオブコメディさんの至言「いつ辞めてもいいから、続けられるんです」 【第18回】 バカリズムさんの至言「モヤモヤは、そのまま持ち帰って立ち向かいます」 【第17回】 島田秀平さんの至言「小明さんの手相にはアブノーマル線があるんです」 【第16回】 小森純さんの至言「写真のチェックとか、自分では一切しないんです」 【第15回】 堀江貴文さんの至言「もうメジャー路線っていうものは存在しないかもしれない」 【第14回】 稲川淳二さんの至言「自分の子どもを殺そうか、と思った自分が一番怖かった」 【第13回】 蝶野正洋さんの至言「自分の役割の中で、最大限に光らなきゃならない」 【第12回】 有野晋哉さんの至言「アイドルは『育ちがええねんなー』っていうのが大事です」 【第11回】  鳥居みゆきさんの至言「やりたくないこと、やらないだろうな、ってことをやるの」 【第10回】  宇多丸さんの至言「人にはだいたい『ちょうどいい』ところがあるんです」 【第9回】  桜木ピロコさんの至言「あたしいつもだいたいいやらしいことしてるもん!」 【第8回】 伊集院光さんの至言「結局、うんこを食うしかない状況になるんです」 【第7回】 ルー大柴さんの至言「ライフっていうのはマウンテンありバレーありです」 【第6回】 大堀恵さんの至言「私、いつも『アンチ上等』って思ってるんです」 【第5回】 品川祐さんの至言「なったらいいなと思ってることは、だいたい実現する」 【第4回】 福本伸行さんの至言「俺は『面白いものを作ろう』じゃなくて、作れちゃう」 【第3回】 大根仁さんの至言「ネットの書き込みなんて、バカにしていいんじゃない?」 【第2回】 杉作J太郎さんの至言「そんなことより『ファフナー』見ろ、『ファフナー』を」 【第1回】 河原雅彦さんの至言「もう無理やりヤラれちゃえばいいんじゃない?」