現代版ヒッピー!? 中国の若者の間で、半裸で愛を誓う「裸族婚」がひそかなブーム

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露出度の高い奇抜な格好でイベントに参加するカップルたち
 かつて日本人女性が結婚相手に求める条件として「三高」(高学歴・高身長・高収入)という言葉がキーワードになった時代があった。現在ではすでに死語となっているが、経済成長を遂げているお隣の中国では、「マイホーム・マイカー・貯金」が結婚の最重要条件となっている。こうした中、「裸婚族」と呼ばれる、愛のみを求め、貯金などの財産を一切持たない男性と結婚する女性も都市部で出てきているという。
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女性の格好はよいとして、男の格好はマヌケそのもの……
「東方日報」(4月25日付)によると、浙江省杭州市内の屋外広場に、小雨が降る中、若いカップルたちが半裸状態で登場。観衆が見守る中、愛を誓い合うというイベントが開催された。彼らは「家や車がなくても、愛さえあれば幸せになれる」と宣言し、熱い抱擁やキスを披露。主催者によると、このイベントは今年2回目の開催で、若者20組のカップルが参加したという。 「裸婚」と裸を掛けたのか、フェイクの葉や枝をまとった水着姿で女性たちが登場すると、観衆から大きな歓声が上がったという。そんな今回のイベントに対し、中国版Twitter「微博」には、多くのネットユーザーからコメントが寄せられた。 「住宅価格も上昇しているんだから、若いやつらが不動産を買えないのも当たり前」 「家や車を親に買ってもらって結婚するヤツより、裸婚族の若者のほうがよっぽど愛に生きていて人間らしい!」 「愛だけで結婚はできない。そのうち女は『愛があるなら稼いでこい』と言いだすよ」
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当日は20組の男女が愛を誓い合った。うち離婚するのは何組いる?
 しかし、こうした裸婚がはやっているのは「若さゆえの過ち」と看破するのは、都内の中国エステ店で働く地方都市出身の20代の中国人女性だ。 「私もまだ若かったこともあり、19歳で裸婚をしました。当時の夫婦の貯金は日本円で5万円ほどでしたが、親の反対を押し切って、駆け落ち同然で結婚したんです。子どももすぐできましたが、妊娠すると夫は家に帰ってこなくなり、1年で離婚しました。今は子どもを中国の両親に預けて、日本で働いています。日本の風俗店やエステで働いている中国人女性のほとんどは、私みたいに裸婚で失敗して出稼ぎに来ている。もちろんお客さんには、こんなこと秘密ですけどね。中国では最近、裸婚をテーマにしたドラマや映画がはやってるけど、私から言わせるとバカですよ」  経済格差が広がる中国では、特に80~90年代生まれの若い世代で裸婚が流行しているという。資産がなければ結婚が難しいといわれていた中国にも新たな価値観を持った若者たちが誕生しているようだが、彼らのようなカップルは、果たして幸せになれるのだろうか? (文=広瀬賢)

日本人が抱く、裸体への悲しき郷愁「女体盛り」の深すぎる歴史を探る!

【サイゾーpremium】より ――エロと日本の伝統が結びついた最高傑作「女体盛り」、そのルーツはどこにあるのか? 江戸期の艶本に描かれた吉原の遊び? それとも、戦後、マンガや映画の中で作られただけのもの? 近世以降の風俗史と食文化史とを横断し、女体盛りの深すぎる歴史に迫る!
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江戸末期~明治の浮世絵師・月岡芳年が描いた風俗画『風俗三十二相』より。女性が持つ皿の上には刺身や煮物などが見える。(「国立国会図書館」ホームページより)
 2012年7月、食に関するイタリア・ローマ発のニュースが日本で話題となった。有名日本料理店「RISTORANTE YOSHI」において「BODY SUSHI」なる料理が供せられており、「日本のNYOTAIMORI」という説明が付されているという。NYOTAIMORIとは女性の裸体に刺身を盛り付けるあの「女体盛り」で、モデル代199ユーロのほか、ひとりの客につき別途59ユーロでオーダー可能(ちなみに男性モデルでも可)だという。これをイタリアの全国紙「コリエレ・デラ・セラ」が「日本の流行」として報じたからさあ大変。在イタリア日本大使館が「日本の伝統というのは商売目的ででっちあげられた迷信」として同店に抗議、さらにこれを受け、朝日新聞が日本国内でも報じたのである。  実は近年、女体盛りに関するこの手のニュースが増えている。アメリカ国内にも同種のレストランは存在するし、英国ロンドンでは女体盛りのケータリングも存在。04年には中国・昆明の日本料理店で女体盛りが提供され非難の的となり、11年には南アフリカで与党議員が女体盛りパーティーに出席、政界スキャンダルにまで発展した。  かの地の人々がどこまで信じているのかは定かでないが、いずれのケースにおいても説明書きとして付されているのは「日本の伝統」「日本の富裕層にのみ許されたエキゾチックな習慣」などの言葉の数々。しかし、一般の日本人からしてみれば、女体盛りなどマンガや映画の中でしか見たことがなく、ましてや日本料理店で提供されているなどにわかには信じられないことであろう。  では、女体盛りはどこにあるのか? というか、本当にあるのか? 富裕層のあやしいパーティーに行けば見られるのか? 本当に日本の伝統なのか? 本稿では、女体盛りなる存在の歴史について迫ってみたい。  まずは江戸期。戦乱のない安定した時代が長く続いたこともあり、江戸、そして大坂を中心に豊かな文化が開花、吉原などの遊里を中心に売買春のシステムも高度に発達したことは知られた事実だ。艶本(春本)、枕絵(春画)などの当時のエロ本から大名の娘の嫁入り用セックスガイドまで数多くの文献が残る中、遊女向け性技指南書『おさめかまいじょう』に、こんな一文がある。 「くせもんあり。はんばより、酒、さしみを取り食らうに、ぼぼあけさせ、ぼぼ水にワサビ付け、さしみを食らう(好色心の強い男に、女性器を開けさせ、その液につけて刺身を食べるヤツがいる)」  おお、これぞ女体盛りの起源? 「いやいや、江戸時代の衛生環境を考えると、生魚を体の上に載せて食べるなんて行為は考えにくいですね。海に近い江戸・深川の遊里では刺身のメニューもあったようですが、冷蔵・冷凍技術もない時代には、遊里に着いた時点ですでに多少は傷んでいたはず。体温で温められた刺身なんて、危なくて食べられたものではありませんよ」(時代小説家・評論家の永井義男氏)  つまり、そもそも女体盛りに載せる刺身や寿司からして、今ほど一般的な食べ物ではなかったと。 「そう。刺身は海沿いの地域に限られた食べ物でしたし、寿司も初めはなれ寿司のように発酵させた保存食。江戸後期には生魚を酢飯に載せた握り寿司も食べられてはいましたが、最初は屋台で売られる庶民のファーストフード程度のものですからね」(同)  とはいえ永井氏によれば、現代に比べればはるかに娯楽の少ない江戸期のこと、食と性という二大娯楽は分かちがたく結びついていたという。 「深川が典型的ですが、遊里では料理屋に上がって遊女を呼び、豪華な食事や酒に舌鼓を打ちつつ、奥の座敷でセックスをするまでが1セットとなっていました。いうなれば遊里は、質素で単調なケ(日常)に対するハレ(非日常)の場。食と性を同時に豪勢に楽しむという点では、女体盛りに通じる日本人の精神性はこの頃からあったのかもしれません」(同)  さらに、女体盛りはなくともそれに類する行為はあったと話すのが、性風俗研究家の下川耿史氏だ。 「女体盛りと同じく女性の裸体を器に見立てるという意味では、足を閉じた女性の股間に酒を注いで飲む『ワカメ酒』があり、花街の遊びとして江戸時代の文献にもよく出てきます。ただ、ワカメ酒にしても、『おさめかまいじょう』に書かれた刺身の食べ方にしても、あくまでなじみ客と遊女との秘められた一対一の遊び。何度も遊女と逢瀬を繰り返して特別な関係を結んだからこそ可能だったことで、カネさえ払えば誰でも楽しめたということではないでしょう」  こうした事実は、明治期になっても基本的には変わらなかったようだ。性風俗研究者としても知られる国際日本文化研究センター副所長・井上章一が執筆・編集に携わった『性的なことば』(講談社現代新書)によれば、かの伊藤博文もワカメ酒の愛好家だったという説もあるそうで、やはりこの種の行為は、色街における秘め事としてのみ伝わっていたのだろう。  さらに時代が下ると、「花電車なるお座敷芸の存在が文献に現れる」(前出・下川氏)という。花電車とは、女性器に差し込んだ筆で文字を書いたり性器で碁石やコインを吸い上げたりするお座敷芸で、1920年頃から遊郭などで広がりだしていたとの話も。現在の東京・向島にあった色街・玉の井の森八重子という芸者の得意芸だったとの説が有力で、32年に記された『昭和奇観苦心探検 女魔の怪窟』では、その森八重子の芸のひとつとして、「皮をむいたバナナを女性器に挟み、力んで2つに折る」というものを紹介している。昭和期に入るとゆで卵を女性器で割ったりする芸者の記述もあったりするとかで、男の欲望の前で女性と食を同時に楽しむ、あるいは女性を食の器に見立てて楽しむといった文化は、連綿と続いていたようだ。 ■高度経済成長期の食と性の運命的な邂逅  一方食べ物としての刺身は、江戸末期以降、醤油の一般化などと共に徐々に広がりを見せていく。しかし、やはり遠方へ運ぶ場合には発酵させたりヅケにしたりが主流で、現在知られていているような刺身を楽しめたのは、比較的海沿いの地域に限られていた。水揚げ後、日がたった魚の肉を火を通さずに食すことが内陸部においても一般化してくるのは、技術の進歩によって漁獲高が飛躍的に増加し、さらに50年代後半に冷蔵庫が普及し始めてからである。  そして60年代、女体と刺身は、ある時代背景のもと運命的な邂逅を果たす。その時代背景とは、日本をイケイケへと駆り立てた高度経済成長、そして邂逅の場は、その時代を支えたサラリーマンたちが大挙して押し寄せた、地方の温泉街だ。『ヴァギナの文化史』『ペニスの文化史』(共に作品社)など性の文化史シリーズを手がけた同社編集者の内田眞人氏は語る。 「今知られているような女体盛りが発明され、普及したのは、間違いなく高度経済成長期でしょう。あの時代、モーレツ社員を企業がねぎらうため、地方の温泉地に社員をまとめて連れていく社員旅行の文化が生まれます。時代は右肩上がりの好景気ですから、迎える側の温泉地は客の取り合いで競争を迫られる。その頃の客は基本的に正社員の男性ばかりですから、競争道具としては性的サービスが手っ取り早い」  前出の下川氏も続ける。 「日本で初めて女体盛りを提供したのは、石川県の加賀温泉郷にある山中温泉だといわれています。近くの山代温泉も有名でした。といっても 皿 になったのは色街の芸者などではなく、多くはコンパニオンだったようですが。団体旅行が盛んだった頃の温泉街は歓楽街でもありましたから、箱根や熱海など、全国各地で似たサービスはあったのでは」  こうして女体盛りは、徐々に世間に知られていく。しかし、そこはやはり性なる秘め事。かかわる者たちがそのことを堂々とカミングアウトするようなものにはなり得なかったため、なかなか記録に残ることはなく、結果、門外漢にとっては「存在は知っているが、実際にどこでやっているかはよくわからない」といった、茫漠とした存在の域を出ることはなかった。そのことがのちに海外での誤解を生む遠因にもなっていくのだが、代わりに、実際に参加できない人々の好奇心を満たすべく積極的な役割を担っていくのが、男性誌や実話誌などの男性向けメディア、そしてマンガや映画などであった。 ■「三丁目の夕日」的な女体盛りが放つ郷愁
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アマゾンにて販売されている女体盛り皿、お値段は1260円です。(2013年5月現在)
 例えば、時代がバブルに突入していく83年に創刊された男性誌「GIGOLO」(平和出版)では、創刊号の巻頭で女体盛りが特集されている。「男の湯の町ロマン女体盛り」なるタイトルを付されたそのグラビアは5ページにわたって女体盛り写真を展開しているが、あくまでも編集部が用意したモデルに女体盛りを施したものであって、温泉地での 本物の 女体盛りを撮影したものではない。  時代は前後するが、団鬼六原作のにっかつロマンポルノ『奴隷妻』(76年)では、レイプに縛りと散々いたぶられた女性が、挙げ句の果てに焼きたてのステーキを盛り付けられるシーンが登場。作中での食のシーンが印象的な伊丹十三監督も、『タンポポ』(85年)で女体盛りの変型版を登場させている。  しかしその後バブル期を迎え日本が本格的に豊かになり、企業による社員旅行が忌避されるようになってくると、温泉地等での女体盛りサービスは陰りを見せ始める。個人旅行が好まれるようになり、宴会場でのバカ騒ぎは恥ずべき行為へと転落していくのである。  もちろん、女体盛りという行為自体が完全になくなってしまったわけではない。一部の温泉地では相変わらず続いていたであろうし、色街の名残りを残す料亭などでの密かな遊びとして、あるいはフェティッシュな好事家たちのショーの出し物としては供され続けていただろう。ただ、各地の温泉地で、社員旅行の幹事が旅館の担当者に耳打ちすればその準備をしてくれるという60~70年代的な状況は、収束を迎えていくのであった。  一方で女体盛りは、マンガや映画の中で、ある種のネタと化していく。日本がまだ豊かにはなりきらず、しかし勢いのあった高度経済成長期の象徴へと転化をしていくのである。例えばマンガ評論家の呉智英氏は、こう語る。 「マンガに登場する女体盛りとして真っ先に思い浮かぶのは、09年に映像化もされた『湯けむりスナイパー』。98年から『漫画サンデー』(実業之日本社)にて連載されたこの作品には、山岸トモヨという元ストリッパーが登場する。彼女は今ではすっかりおばちゃんなのですが、たまに旅館に呼ばればっちりメイクを施すと昔の妖艶な姿に逆戻り、団体客に向けて女体盛りサービスを提供し、男性客を大喜びさせます。同作の原作を担当するひじかた憂峰は、市井でしたたかに生きる庶民を好んで描いてきた人。今では酒浸りというこのトモヨにも、決して誰にでも自慢できるわけではない職業をきちんとやり遂げた女性という、どこか温かい視線が注がれています」  この「温かい視線」こそ、女体盛りに対してわれわれ日本人が抱く、『三丁目の夕日』にも似た、高度経済成長への郷愁だったのではないか。  さらにそのあと、2000年になって「週刊モーニング」(講談社)に連載された『リーマンギャンブラー マウス』になると、事情は異なってくる。ここで描かれる女体盛りは、家庭も顧みず社畜として働きながらギャンブルに狂ってしまったあるサラリーマンを鼓舞する存在である。全財産を投げ打つ恐怖を感じながらギャンブル場でサイコロを振る直前、「インドまぐろ子」の女体盛りを食らい彼女とまぐわった主人公のマウスは激しい精神の高揚を迎え、ギャンブルに勝つ。その過程は強烈なバカバカしさをもって描かれるが、これはそのまま、高度経済成長期のモーレツサラリーマンのバカバカしさを表現してはいまいか。00年代を迎え日本人は、高度経済成長期の日本を、そしてその象徴としての女体盛りを、単なる「良かった時代」としては眺められなくなってしまったのである。  さて、国内においてはこのように受容されていった女体盛りだが、海外においては、これとは違った形でネタ化して展開していく。それはまずバブル期において、ニューヨークのビルを買い漁るイエローモンキーの象徴として現れる。映画ライターのタダーヲ氏は語る。 「ジャパン・バッシングが色濃く感じられるアメリカ映画『リトルトウキョー殺人課』(91年)や『ライジング・サン』(93年)が象徴的です。この2作は共に日本のヤクザを扱っており、どちらにも当たり前のように女体盛りが登場しますが、すべてが フジヤマ、ハラキリ、ゲイシャ な世界観で描かれており、その勘違いっぷりはすさまじい」  前者では、灰色スーツの男たちが、横たわる金髪女性に盛り付けられた握り寿司や手巻き寿司をごく普通にパクついている。こうした世界観が、冒頭で述べた勘違いされた女体盛り受容につながっていくのだろう。  一方で、もう少し時代が下ると事情は変わってくる。B級映画マニアを喜ばせた『SUSHI GIRL』(11年)では、タランティーノの『キル・ビル』(03年、04年)のごとく、バカバカしくも忍者的な、完全なネタとしての女体盛りが描かれているのである。  さて、再度問おう。われわれ日本人はなぜ女体盛りを発明し、そして愛してきたのか。もちろんひとつには、「ハレの場において食と性を同時に楽しめる」という、地味な日常からの逸脱感があろう。しかし前出の呉智英氏は、さらにその背景に、東洋的な神秘思想の影響もあるのでは、と話す。 「支那に、病気の王が赤ん坊を食べて健康を取り戻すという故事があります。その根底には、人間の肉体を体内に取り込むことで生命力を鼓舞するという思想がある。一方でアジアには、性的なものを生命力の象徴と見る、西欧キリスト教的な世界観とは反対の思想があります。女体盛りには、これらの思想を同時に想起させるところがあるのかもしれない」 『癒しとイヤラシ エロスの文化人類学』(筑摩書房)の著者である京都大学教授の田中雅一氏も、このように語る。 「タブーを超越する行為は、秩序を揺るがす忌避すべき存在であると同時に、崇拝や畏敬の対象にもなり得ます。日常の常識を覆すワカメ酒や女体盛りという行為は、ハレの文化として崇高な意味を持っていたのかもしれません。だからこそ今後も、食の世界の秩序を壊し、これまでにはない領域を切り開くイノベーティブなものにもなり得ますよ。例えば、フルーツパーラーやアイスクリームメーカーが取り入れたりとかね!」  女体盛りは、秘められつつも創造的な、誇るべき日本の食文化、なのである。 (文/有馬ゆえ) 「サイゾーpremium」では他にも食のタブーに迫る記事が満載です!】サイゾー編集部が勝手に分析!「女体盛り」を成立せしめる6要素とは?女体盛りに300年の歴史あり!日本が、そして世界が描いてきた“女体盛り”超人気グルメコーナー「帰れま10」の“カネとヤラセ”をめぐる疑惑を追う
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エロじじいたちが赤裸々に告白『性生活報告アーカイブ』文庫創刊!

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シリーズ創刊とともに話題を呼んでいる『昭和
の「性生活報告」アーカイブ』。櫻木編集長
いわく、「ぜひ若い女性にも読んでほしい」
とのこと。
「お年寄りがこんなにお盛んだとは知らなかったって? それは分かってないんじゃないですか」  そう笑いながら言ってのけたのは、マガジン・マガジン相談役・櫻木徹郎氏だ。日本初のビジュアル系SM専門誌「SMセレクト」(東京三世社)に携わった後、元祖兄貴系ゲイ雑誌「さぶ」、栗本薫(中島梓名義)や竹宮恵子らも創刊から参加した元祖耽美派ボーイズラブ雑誌「JUNE」。そしてサブカル系コラムが話題を呼んだエロ雑誌「マガジン・ウォー」(ともにサン出版)などの編集長を歴任してきた伝説的編集者、リヴィング・レジェンドである。  その櫻木氏が現在手掛けているのが、サン出版より毎月2冊のペースで刊行されているSUNロマン文庫『昭和の「性生活報告」アーカイブ』シリーズである。  同シリーズは、一般読者が自身のセックスライフを赤裸々に告白する投稿手記をまとめた専門誌「性生活報告」のベスト・セレクション的位置づけの官能文庫。ちなみに「性生活報告」とは知る人ぞ知る高齢者向けエロ雑誌であり、創刊から30年を経た現在も発行され続けている。その投稿者の多くは 60~80代の性の熟練者たち。中には90歳を超えた猛者もいるというから驚きだ。 「歳を取って、社会生活の中での見栄なんかがなくなって、いろいろな物事に対してヌケてくるというか達観してくるんでしょうね。たまたま『性生活報告』という場があるから、それがエロという形で現れているだけでしょう」  と櫻木氏は語る。  ご老人と言えば、縁側でのほほんと日向ぼっこ......のようなイメージの強い若輩者には、のっけから大きなカルチャーショックである。
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編集長の櫻木徹郎氏(左)と、副編集長の園田
敦史氏(右)。
 そんな誌面には、「ズロース」「もんぺ」「赤線」「集団就職」「防空壕」といった昭和情緒あふれるワードが所狭しと踊っている。中には30代の投稿者なんかもちらほら見かけるものの、上記のお歴々の中ではまだまだヒヨッコ。  そんな「性生活報告」の中から選りすぐりの告白手記を集めた『昭和の「性生活報告」アーカイブ』文庫は、そのタイトルに違わぬ圧倒的なクオリティーの「報告」ばかりだ。投稿されたテキストには一切手を加えないという編集方針から、その筆致も実に荒削りで、「プロット」も「オチ」もろくに存在しないものも多い。だが、それゆえにプロにはとても描き出せないリアリティーが行間からはにじみ出ている。  つまり、匂い立つようなエロスが満ち溢れているのだ。 「いろいろな出版社が官能小説に参入しているのを見て、『性生活報告』のバックナンバーの森に入ってみたら、不倫、近親相姦に変態プレー、娼婦に戦争モノといろいろなジャンルの、膨大な量の優良コンテンツが眠っていたんですよ」  櫻木氏はシリーズ発足の経緯をこう語る。  確かに『昭和の「性生活報告」アーカイブ』を紐解けば、「防空壕で隣のおばさんと...」「犬のロッキーを恋人にした私の妻」「息子の親友を誘惑して」「夜の床屋」など、なんとも生活感あふれる、そして魅惑的なタイトルが後から後から飛び出してくる。  個人的には太平洋戦争出征前夜、母親に筆おろしをしてもらうという内容をそのままタイトルにした「出征前夜、私は母を抱きました」と、兄と近親相姦関係の妹が夭逝するまでを日記形式で綴った「妹との『大人ゴッコ』」というエピソードが大変印象的であった。いずれも近親相姦を扱ったアブノーマルな内容ではある。しかし、それ故に煩悩と本能が入り交じった、理屈では語り尽くせない人間の業や深い情愛を感じてしまい、興奮と同時に感動も覚えてしまう。 「昔は今と違って、すぐ隣に誰かいる、という住環境でしたから、親兄弟や隣のお姉さんなんかに"メスの匂い"を感じやすかったんでしょうね。昭和という時代は携帯電話がなかったり、職場の上司が部下をそういうお店に連れていってあげたり、同じ女性と関係を持ったりと人間関係が近いんですよね」  副編集長の園田敦史氏はそう語る。この生活に密着したエロスこそ昭和の一つの姿なのだ。  つまり、昭和はあちらこちらにエロ地雷が仕掛けられていた時代だったということか。う~ん。実にうらやま......けしからん。  また櫻木氏も、
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今年で創刊30周年を迎える、"エロじじい誌"
こと「性生活報告」の創刊当時のバックナンバー。
「当時の日本は貧乏で、上昇していこうという活力が国全体に満ちていたから、こういったレポートにもパワーが満ちていますよね」  と、本書に滾るギラギラした力強さについて分析する。  つまり、数年前『ALWAYS 三丁目の夕日』『20世紀少年』など昭和をテーマにした映画が多数生まれヒットしたが、それらが(意図的かどうかは不明だが)見落としている昭和のリアルな「夜の生活」を見事に描き出したのが、『昭和の「性生活報告」アーカイブ』なのだ。  そんな同シリーズは「アーカイブ(保存記録)」と銘打たれているだけあって、今後はこれまでのような体験談のみならず、昭和のエロ文化、性風俗文化についての資料や記録も掲載していく予定だという。  そこで、櫻木氏は失われた昭和の空気を感じたい若い世代にもぜひ『昭和の「性生活報告」アーカイブ』を読んでもらいたいと語る。 「今の若い方はDVDとかグラフ誌ばかり見ているから、言葉の表現の豊かさをきっと知らないんだよね。だからぜひ読んでいただきたい。本当に変なエピソードばかりなんだけど、『人間って面白いな』と思えるようになるから」  戦前、戦中、そして戦後復興期の日本を支えたパワフルな性欲に満ち溢れる、風情たっぷりの昭和エロ。その色褪せない世界の魅力は、一度読んで確かめて欲しい。 (取材・文=有田シュン) ●『昭和の「性生活報告」アーカイブ』 伝説の投稿手記雑誌「性生活報告」の30年の歴史のなかで傑作投稿を選び出し、文庫版で甦らせせたシリーズ。現在までに『出生前夜、私は母を抱きました』、『三十路未亡人の淫らな手記』、『防空壕で隣のおばさんと......』、『今なお新鮮な兄嫁との情交』の4冊が刊行。今後、毎月2冊ずつ刊行予定。
今なお新鮮な兄嫁との情交 昼ドラの原作になりそうなくらい、すごいです。 amazon_associate_logo.jpg
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