新しい歌舞伎座ができて1カ月。こけら落とし公演は連日大盛況にもかかわらず、歌舞伎界の重鎮で人間国宝の中村吉右衛門は、歌舞伎の将来についてある心配を抱いているという。 「やはり中村勘三郎さん、市川團十郎さんと、希代の名優を続けて失ったことが今でも堪えているようです。『このままでは歌舞伎がなくなるかもしれない』というまで危機感を持っているそうですよ」(歌舞伎関係者) その危機感は、ほかの歌舞伎役者にはあまり伝わっていないようで、 「吉右衛門さんは毎年『鬼平犯科帳』シリーズの撮影を行っているのですが、『今年は撮影しない。しばらくは歌舞伎に集中する』とフジテレビに伝えているそうです。シリーズ物で固定ファンがいるため、最低でも2ケタ、いいときは15%くらいの視聴率が見込める。そのため、フジとしてもどうしても放送したかったようですが、吉右衛門さんを説得できなかったそうです。それくらい、今年は歌舞伎にかける思いというのが強いということでしょう」(テレビ局関係者) その吉右衛門が心配していることというのが、若手俳優たちの危機感の無さだという。 「最近になってブログを始めた海老蔵さんは言うまでもなく、勘九郎さんに対しても、まだまだ不満を抱いているそうです。もっと一心不乱に芸を磨いてほしいと切に願っているそうですよ。自身も今年69歳で、先がどうなるか分からないので、今のうちに若手に対していろいろと教えておきたい、という気持ちがあるんでしょう」(芸能事務所関係者) 人間国宝の声は彼らに届くのだろうか……。『原典 平家物語 1 祇園精舎』
(ハゴロモ)
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「染五郎の復帰公演でも空席が……」勘三郎、團十郎の相次ぐ逝去で暗雲漂う新・歌舞伎座のこけら落とし
歌舞伎俳優・市川團十郎さんが3日夜、肺炎のため66歳で亡くなった。昨年12月には中村勘三郎さんも亡くなっており、歌舞伎界の中心的存在であった2人が相次いで亡くなっただけに、歌舞伎界やファンのショックは計り知れない。しかし、最もダメージを受けそうなのが、4月にこけら落とし公演を控えた新・歌舞伎座を運営する松竹だという。 「團十郎さんの死を受け、松竹の株価は下落傾向。松竹は新・歌舞伎座への建て替えで、年間25億円ほどの増益を見込んでいた。というのも、旧・歌舞伎座の最後の3カ月は連日満員だったので、一等席を割増料金にし、以来、一等席の相場が1万5,000円となり、そのうち2万円が相場になった。増益が見込めていたのは、ただ単に旧・歌舞伎座よりもチケット代を値上げし、公演回数を増やすため。4月のこけら落とし公演も1日3回公演で、一等席は2万円。ただし、目玉だった勘三郎さんも團十郎さんも出演しないので、スムーズに集客できるとは思えない」(演劇関係者) 今月4日からは、東京・日生劇場で、昨年夏の公演中に大けがを負った市川染五郎の復帰公演である「二月大歌舞伎」が行われているが、チケットの売れ行きが不調で空席が目立つという、関係者も予期せぬ事態になってしまったようだ。 「染五郎ぐらいのランクの復帰公演となれば、歌舞伎ファンの“ご祝儀”的な意味合いもあり、公演前にはチケットが完売していてもおかしくないはず。ところが、日生劇場は歌舞伎には適していない劇場にもかかわらず、一等席が1万5,000円と高額なためか、土日の公演ですら安い二等席(6,500円)と三等席(3,000円)は完売しているのに一等席が売れ残っている。26日の千秋楽公演もいまだにチケットが売れ残っており、どうやら歌舞伎ファンが染五郎の公演に魅力を感じず、財布のヒモを固くしているようだ。染五郎と共に次世代の歌舞伎界の中心を担う存在で、團十郎さんの息子の市川海老蔵も、暴行事件以来人気が下降気味。ここ数年の歌舞伎界で際立った明るい話題といえば、俳優・香川照之が市川中車を襲名して歌舞伎デビューしたことだが、歌舞伎役者としてはまだまだ経験不足でファンの心をつかめていない」(演劇記者) どうやら、松竹がはじいたソロバンは歌舞伎ファンの心理をまったくつかめていなかったようで、今後はチケット値下げなど、集客の起爆剤となりうるファンサービスが求められている。旧・歌舞伎座
「太地喜和子の影を追い続けて──?」“天下の艶福家”故・中村勘三郎さんを偲ぶ

『襲名十八代―これは勘三郎からの
恋文である』(小学館)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
人気歌舞伎俳優の中村勘三郎さんが、食道がんの手術から肺炎を併発。呼吸困難に陥って、5日、急性呼吸窮迫症候群で亡くなった。享年57歳の若さだった。
勘三郎さんは歌舞伎界に新風を吹き込んで、数々の功績を残したが、私生活では宮沢りえとの不倫をはじめ、共演女優らと浮名を流した“艶福家”としても知られている。
筆者にとって、勘三郎さんの女性関係で忘れられないのが、1992年に舞台『唐人お吉』の公演先の静岡県伊東市の港で自動車で誤って転落事故死した女優の故・太地喜和子さんの存在だ。
太地さんが若い頃、往年の名優の三国連太郎と燃えるような不倫をしたのは有名な話。その後、俳優の秋野大作と結婚するが、短期間で離婚。その後、共演者や、故・伊丹十三さんと不倫して、“魔性の女”といわれた。勘三郎さんは、「勘九郎」を名乗っていた19歳の頃、12歳年上の太地さんに惚れてしまい、女性週刊誌「微笑」(祥伝社/休刊)によって熱愛が発覚した。当時の「微笑」の記者は「勘九郎が太地のマンションにお忍びで入った。出てくるところを待って取材を掛けようと思ったら、気づかれたみたいで勘九郎は窓から屋根伝いで逃げ出したのをいまだに忘れませんよ」と言う。
しかし、熱愛が発覚したものの、2人の喧嘩は絶えなかった。渋谷の居酒屋で口論になり、勘三郎さんが太地さんを突き飛ばし、太地さんは弾みでテーブルに頭を打って大出血。翌日、頭に包帯を巻いた姿で制作会見に挑んだという話は語り草になっている。
筆者は、太地さんが父親代わりと慕っていた銀座8丁目の小さなバーのマスターと親しくなって、喧嘩の理由は「太地の男性関係に、勘三郎さんが嫉妬したからだ」ということを聞いた。それだけ勘三郎さんは太地さんにゾッコンだったのだ。しかし、勘三郎さんの歌舞伎界での将来を心配した太地さんは、自ら身を引いた。これを勘三郎さんは、自分は太地に弄ばれて捨てられたと思ったようだ。92年に太地さんが転落事故死したことを知った勘三郎さんは、号泣したという。
2年後、勘三郎さんは貴花田と婚約解消した宮沢りえの相談に乗ったことがキッカケで、彼女と不倫関係に陥った。不倫を清算するために、りえが京都のホテルで自殺未遂を図ったのは芸能史に残っている。2005年に現在の「勘三郎」を襲名した後も、女性関係のウワサは絶えず、女性週刊誌にターゲットにされた。
今にして思えば、勘三郎さんが“艶福家”になったのは、太地さんとの叶わぬ恋がトラウマになったような気がしてならない。太地さんを失った彼は、太地さん以上の女性を求め続けたのではないか。
万人を愛し、愛された勘三郎さんの早すぎる死にあらためて合掌!
(文=本多圭)
故・中村勘三郎さんをバックアップし続けた“芸能界のドン”との意外な関係

『襲名十八代―これは勘三郎からの
恋文である』(小学館)
「人間として表現者として、本当に、最高にチャーミングな生きざまを見せ続けてくださった勘三郎さんの存在は、いつまでも私たちに光やエネルギーを与え続けてくださると信じています」
5日に亡くなった歌舞伎俳優・中村勘三郎さんを悼んで、女優の宮沢りえは悲しみをそう表現した。
各スポーツ紙で、勘三郎さんとりえとの関係は「1999年のNHK大河ドラマ『元禄繚乱』で共演した」とされていたが、2人はかつて不倫騒動でマスコミをにぎわせていた。
「りえが当時の人気力士・貴花田(現・貴乃花親方)と婚約破棄後、彼女を支えたのが勘三郎さんで、いつしか2人は親密な関係に発展。そして、りえが勘三郎の定宿だった京都のホテルで手首を切る自殺未遂騒動を起こした。勘三郎は会見で事故であることを強調したが、勘三郎との関係に悩んで手首を切ったことは明らか。そんな騒動があっただけに、りえがコメントしたのは驚きだった」(スポーツ紙デスク)
当時、勘三郎さんはすでに映画やバラエティ番組などに出演し、歌舞伎役者という枠を超えた人気・知名度だったが、「りえとの騒動後、歌舞伎界を背負って立つ大スターに成長していった。女遊びもあったが、マスコミが騒ぐことは少なかった」(同)という。実は、その陰には芸能界の大物の多大なる尽力があった。
「りえとのスキャンダルは、勘三郎さんにとって、それまでの人生で最大のピンチといってもよかった。その際、相談に乗り、スキャンダルをなんとか収めたのが“芸能界のドン”ことバーニングプロダクションの周防郁雄社長。りえとの一件ですっかり勘三郎さんの心をつかんでしまったため、以後、勘三郎さんを所属タレント以上に何かと気にかけていた。マスコミを集めるような芸能イベントに顔を出すことがほとんどない周防氏だが、都内の書店で勘三郎さんが写真集発売記念イベントを行った際には、早朝にもかかわらず、わざわざ足を運んでいたという。勘三郎さんは、りえとの騒動の後も牧瀬里穂、米倉涼子らと浮名を流したが、バックに周防氏が控えていなかったら、スキャンダルがバンバン出てバッシングを浴びていたに違いない。以前、息子の七之助が泥酔してタクシーに無賃乗車し、駆けつけた警察官を殴る騒動を起こした際にも周防氏がしっかり腕利きの弁護士を用意して謝罪会見に同席させ、うまく場を収めた。今後、息子の勘九郎と七之助も周防氏が父親と変わらずバックアップしていくと思われる」(歌舞伎関係者)
強力な後ろ盾があるだけに、天国の勘三郎さんも安心して2人の息子の成長ぶりを見守ることになりそうだ。
「このまま引退も……?」食道ガン公表の中村勘三郎を悩ます、息子の“不入り”問題

『襲名十八代―これは勘三郎からの
恋文である』(小学館)
「今回の件では、本人はもちろん、松竹のほうが頭を悩ませているみたいですよ。以前、本人から『もう潮時かな』なんて弱音を聞いていたものだから、このまま引退するのではないかと心配している人も少なからずいますよ」(舞台関係者)
先月、初期の食道ガンであることを発表した歌舞伎俳優の中村勘三郎。初期の症状ということで、この秋に行われる長男の6代目中村勘九郎の襲名披露公演もキャンセルし、療養に入った。
「それで済めばいいのですが、昨年から病が続いていますから、精神的に弱くなっている部分もあるんでしょう。“自分が歌舞伎を背負っている”という責任感もありますが、一方で、あとは息子たちに任せたいという気持ちもあるそうです」(歌舞伎関係者)
今年は無理を押して平成中村座のロングラン公演を行い、息子にいろいろと指導してきたのだが、その無理がたたり病に伏せってしまったのだとしたら、あまりにもつらいものがある。
「9月は大阪・松竹座、10月は名古屋・御園座で長男の襲名披露公演に出演予定でしたが、すべてキャンセルです。勘三郎さん自身、『まだ勘九郎だけではチケットは売れないだろう』と話していますが、実際、売れ行きは芳しくない。来年まで続く襲名披露公演の客入りが心配されています」(同)
さらに、来春には建て替え工事を終了えた歌舞伎座が開場し、こけら落とし公演も控えている。
「勘三郎さんは、3年後にお孫さんと初舞台を踏むことを楽しみに、昨年療養していたそうです。それが治った矢先のことですから、弱音も出たんでしょう。それでも、まだまだ勘三郎さんには歌舞伎界を引っ張ってもらわないと困りますから、早くよくなってもらいたいですね」(同)
再び元気な姿を見ることができるのか……。
「このまま引退も……?」食道ガン公表の中村勘三郎を悩ます、息子の“不入り”問題

『襲名十八代―これは勘三郎からの
恋文である』(小学館)
「今回の件では、本人はもちろん、松竹のほうが頭を悩ませているみたいですよ。以前、本人から『もう潮時かな』なんて弱音を聞いていたものだから、このまま引退するのではないかと心配している人も少なからずいますよ」(舞台関係者)
先月、初期の食道ガンであることを発表した歌舞伎俳優の中村勘三郎。初期の症状ということで、この秋に行われる長男の6代目中村勘九郎の襲名披露公演もキャンセルし、療養に入った。
「それで済めばいいのですが、昨年から病が続いていますから、精神的に弱くなっている部分もあるんでしょう。“自分が歌舞伎を背負っている”という責任感もありますが、一方で、あとは息子たちに任せたいという気持ちもあるそうです」(歌舞伎関係者)
今年は無理を押して平成中村座のロングラン公演を行い、息子にいろいろと指導してきたのだが、その無理がたたり病に伏せってしまったのだとしたら、あまりにもつらいものがある。
「9月は大阪・松竹座、10月は名古屋・御園座で長男の襲名披露公演に出演予定でしたが、すべてキャンセルです。勘三郎さん自身、『まだ勘九郎だけではチケットは売れないだろう』と話していますが、実際、売れ行きは芳しくない。来年まで続く襲名披露公演の客入りが心配されています」(同)
さらに、来春には建て替え工事を終了えた歌舞伎座が開場し、こけら落とし公演も控えている。
「勘三郎さんは、3年後にお孫さんと初舞台を踏むことを楽しみに、昨年療養していたそうです。それが治った矢先のことですから、弱音も出たんでしょう。それでも、まだまだ勘三郎さんには歌舞伎界を引っ張ってもらわないと困りますから、早くよくなってもらいたいですね」(同)
再び元気な姿を見ることができるのか……。
体調不良なのにアリゾナでゴルフ!? 歌舞伎・中村勘三郎の病状に異議あり

『襲名十八代―これは勘三郎からの
恋文である』
(小学館)
体調不良で入院していた人気歌舞伎役者の中村勘三郎の病名が、100万人に5~6人の割合で発症する「特発性両側性音難聴」であることが明らかになった。この病気は厚生労働省指定の特定疾患で、難聴が両耳で進行し、時には発作や耳鳴りを伴うこともある。一般的に治療しても難聴が徐々に進行すると考えられている。現在、勘三郎は都内の病院に入院しているが、関係者によると「病状は安定していて、早ければ今月中旬にも退院予定」という。
"窓口"である松竹の関係者も「たいした病気でないよ」と重病説を否定。一部で浮上している"引退説"にクギを刺した。
だが、別の関係者は「特発性両側性音難聴より、それを発症したことによる精神的ショックの方が深刻だ」と声をひそめる。
勘三郎サイドは「病室ではドラクエにハマるなど、いたって元気」と強調するが、一方で「人恋しいようで、病気を理由に降板した舞台の出演者に毎日のように電話している」という。
勘三郎は昨年11月の舞台中から耳鳴りの症状が出ていたが、昨年末には米国・アリゾナでゴルフを楽しんだという。これについても、医療関係者は次のように指摘する。
「はっきり言って、症状の重い人が気圧の変動が大きい飛行機に乗ることは不可能ですよ。おそらく肉体的に耐えられない。逆を言えば、長時間のフライトに耐えられたのだから、勘三郎さんの症状はそこまでひどくないのでは?」
勘三郎が早々と5月まで休養することを発表したのは、やはりメンタル面の問題が大きく関わっているようだ。


