切実な居場所さがし『ハイジ アルプスの物語』『幼な子われらに生まれ』に見る不定形な家族像

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実写映画『ハイジ アルプスの物語』。肉親からの愛情に飢えている野生児ハイジと都会育ちの令嬢クララは永遠の友情を誓い合う。
 自分の居場所がどこにもない、誰からも必要とされていない。現代人にとって、とても切実な問題だ。イス取りゲームのように、ようやく自分が腰かけられるイスを見つけても、すぐに音楽が流れ始め、再び数少ないイスを奪い合うはめに陥る。「こんなゲーム、やめよう」と誰も言い出せないまま、また音楽が流れ始める。それならいっそ、どこかイスのない世界を見つけたい。スイスの児童文学『アルプスの少女ハイジ』は、高畑勲(演出)、宮崎駿(場面設定・画面構成)が手掛けたテレビアニメシリーズ(フジテレビ系/1979年)で日本でもおなじみの作品。スイス・ドイツ合作映画として実写化された『ハイジ アルプスの物語』を観ると、ひとりの少女の居場所さがしという現代的なテーマが込められた物語であることに気づかされる。  アニメ『アルプスの少女ハイジ』は高畑勲、宮崎駿らがスイス・ドイツをロケハンして回った日本初の意欲的なテレビアニメだった。その甲斐あって、アルプスの雄大な山並みやアルムの村の暮らしぶりなどが見事にアニメーション化され、日本だけでなく世界中の人々を魅了する作品となっている。高畑勲、宮崎駿が大自然と人間とが共生する理想郷(後のスタジオジブリ作品に共通するテーマ)として描き出したアルプスの山小屋での生活が、今回の実写映画ではスクリーンにそのまま映し出される。肌着姿で野原を走り回るハイジ、屋根裏部屋の干し草のベッド、子ヤギのユキちゃんたちをペーターと一緒に放牧するシーン、とろけるチーズを乗せた美味しそうなパン、ソリに乗っての雪山の大滑降……。アニメ版でもおなじみの名場面を、上映時間111分の中にぎゅっと凝縮された形で楽しむことができる。
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アルムおんじは『ヒトラー 最期の12日間』(04)でヒトラーを演じたブルーノ・ガンツ。原作では若い頃に傭兵部隊にいたことになっている。
 原作ではキリスト教色が強かったが、アニメ版と同様に今回の実写映画も宗教色は薄め。幼い頃に両親を失ったハイジ(アヌーク・シュテフェン)は、叔母デーテ(アンナ・シンツ)に連れられて、アルプスの山奥で暮らすアルムおんじ(ブルーノ・ガンツ)のもとを訪れる。それまでハイジの面倒を看ていたデーテだが、子連れでは仕事先が限られてしまう。ハイジにとって祖父にあたるアルムおんじに引き取ってほしいと頼みにきたのだ。頑固で偏屈なアルムおんじは拒絶するも、デーテはハイジを置き去りにして一方的に帰ってしまう。アルムおんじは仕方なく、引き取り先が見つかるまでハイジを山小屋に置くことにする。村人と交流しないアルムおんじのことを、村人たちは「過去に人を殺し、それで山小屋で暮らしている」と噂していた。そのことを耳にしたハイジが「おじいさんは人を殺したの?」と恐る恐る尋ねると、アルムおんじは「お前は村の噂と私のどっちを信じる?」と質問で返してきた。幼い頃に施設に預けられた経験もあるハイジは、ひとりぼっちでいる哀しみや閉鎖的なコミュニティーで暮らすつらさを身に染みて理解していた。ハイジは自分よりずっと体の大きいアルムおん じを優しくハグする。小さな理解者を得て、アルムおんじはようやく心を開くことができた。祖父と孫娘との2人っきりの小さな家族が誕生した瞬間だった。  ハイジの成長談である本作を語る上で重要な存在となるのは、隣国ドイツの大都市フランクフルトで暮らす深窓の令嬢クララ(イザベル・オットマン)だ。大豪邸で暮らしている金髪の美少女クララだが、アルプスで野生児のように育つハイジと違って、足が不自由なために外出することができずにいる。母親を幼い頃に亡くし、貿易商である父親ゼーゼマン(マキシム・メーメット)は仕事が忙しく、ほんとんど家にはいない。かつてのハイジと同じようにクララも孤独な生活を送っていた。そんなクララのために、ゼーゼマン家に奉公したことのあるデーテは遊び相手としてハイジを連れてくる。独身のキャリアウーマンであるデーテとしては、山小屋生活をこのまま続ければハイジは読み書きを覚える機会を失ってしまうという彼女なりの配慮だった。だが、アルプスの自然にすっかり溶け込んでいたハイジには、大都会での暮らしは息苦しいものだった。クララとの友情は育むものの、やがてストレスから夢遊病となってしまう。医者の勧めもあってハイジは山へ帰ることを許されるが、このとき優等生キャラのクラクが長年溜め込んでいた感情を大爆発させる。 「なんでハイジだけ願いが叶うの? 私だって病気なのに!」  ずっと一緒にいようねと約束を交わした親友ハイジだけが幸せになることが、クララには許せない。教育係のロッテンマイヤー(カタリーナ・シュットラー)に監視された屋敷の中の生活しか知らないクララには、広い外の世界を知っているハイジが羨ましくて仕方なかった。富裕層の子どもとして生まれたクララと下流層に属するハイジという階級の異なる女の子同士の友情と確執が、本作に深い陰影を与えている。また、クララとハイジとのひと筋縄ではないガーリーな関係に、田舎育ちの純朴な少年ペーター(クイリン・アグリッピ)も振り回されることになる。  原作者ヨハンナ・シュピリが原作小説『ハイジの修業時代と遍歴時代』『ハイジは習ったことを使うことができる』を発表したのは1880年、1881年。スイスの自然豊かな山村で明るく育ったヨハンナだったが、結婚してからは夫に付き添っての社交界での人間関係になじめずに重い鬱を患い、また長男を出産した際のマタニティーブルーと重なり、田舎での療養生活を送っている。都会での生活に疲れたハイジが心を病んでいくエピソードには、原作者自身の実体験が投影されている。車椅子生活を送るクララ、目の不自由なペーターの祖母など障害を抱えた人物が多いのもこの物語の特徴だろう。ネグレクト、独居老人、就学問題、格差社会、メンタルヘルスなど、現代に通じる実に多くのテーマが内包されている。
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浅野忠信、田中麗奈らがステップファミリーを演じた『幼な子われらに生まれ』。荒井晴彦脚本作ながら、エチュード形式で撮り進められた。
 重松清原作、浅野忠信主演『幼な子われらに生まれ』もまた、居場所さがしの物語となっている。商社に勤める信(浅野忠信)と奈苗(田中麗奈)はバツイチ同士で再婚し、奈苗の連れ子である薫(南沙良)と恵理子(新井美羽)との4人で平穏に暮らしていた。ところが、奈苗が妊娠したことが分かり、家族の風景が一変する。生まれてくるのは信と奈苗の間にできた初めての子だが、娘たちが落ち着きを失っていく。特に小学校高学年の薫は、ことあるごとに信に噛み付くか無視するようになる。信にとって血の繋がった子どもが生まれてくることで、血の繋がらない自分たちの座るイスは失われるに違いないと恐れているのだ。  商社をリストラされ、出向先の倉庫で働き始めた信がそれでも文句を言わずに頑張っているのは、すべて家族を養うため。信はいい父親になろうとベストを尽くしてきた。それなのに家に帰ってくれば、薫が挑発するように信のことを睨みつけ、不満を妹の恵理子にぶつけ、家の中はギスギスしまくっている。奈苗は生まれてくる子どものことで精一杯で、細かいことにまで気が回らない。信は自宅にいながら、自分の居場所はここではないように思え、次第に不穏な表情を浮かべるようになっていく。『アカルイミライ』(03)や『ヴィヨンの妻』(09)で二面性のある演技を見せた浅野だけに、表情がどんどん虚ろになっていく様子は『シャイニング』(80)のジャック・ニコルソンのようでとても怖い。  本作を撮った三島有紀子監督は、NHK時代に『トップランナー』『NHKスペシャル』などのドキュメンタリー番組のディレクターを務めた経歴の持ち主。重松清の原作小説をベテラン脚本家の荒井晴彦がシナリオ化した本作ながら、三島監督は大胆にもドキュメンタリータッチの作品として、順撮りでの一発撮りに挑んでみせた。荒井晴彦の書いたシナリオにはないアドリブでの台詞も少なからず含まれているものの、家庭崩壊の危機というテーマと演出スタイル、子役も含めた俳優たちのポテンシャルがうまく噛み合ったスリリングなドラマに仕上がっている。パッチワークのような、信たちの継ぎ接ぎ家族は無事に再生できるのかそれも失敗に終わるのか、最後まで目が離せない。  家族というと自分が生まれたときから当たり前のように存在するものだと思いがちだが、『ハイジ アルプスの物語』や『幼な子われらに生まれ』を観ていると、家族とは完成形として与えられるものではなく、様々な葛藤を経て築き上げていくものであり、また人間の成長や変化に応じて流動的に変わっていくものであることが分かる。どうやら、そのとき生きている人間の数だけ、いろんな形の家族像がこの世界には存在するらしい。 (文=長野辰次)
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『ハイジ アルプスの物語』 原作/ヨハンナ・シュピリ 監督/アラン・グスポーナー 出演/アヌーク・シュテフェン、ブルーノ・ガンツ、イザベル・オットマン 日本語吹替え版/花澤香奈、茶風林、早見沙織 配給/キノフィルムズ 8月26日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー (c)2015 Zodiac Pictures Ltd / Claussen+Putz Filmproduktion GmbH / Studiocanal Film GmbH http://heidimovie.jp
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『幼な子われらに生まれ』 原作/重松清 脚本/荒井晴彦 監督/三島有紀子 出演/浅野忠信、田中麗奈、南沙良、鎌田らい樹、新井美羽、水澤紳吾、池田成志、宮藤官九郎、寺島しのぶ 配給/ファントム・フィルム 8月26日(土)よりテアトル新宿、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー (c)2016「幼な子われらに生まれ」製作委員会 http://osanago-movie.com
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腐敗警察24時!! 麻薬大国フィリピンの捜査内情を生々しく暴き出した『ローサは密告された』

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フィリピンのダークサイドをリアルに描いた『ローサは密告された』。食べていくためには、きれいごとを言っていられない。
 警察を見たらヤクザと思え。思わず、そんな言葉が口からこぼれてくる。フィリピン映画『ローサは密告された』は、2016年のカンヌ映画祭で主人公ローサを演じたジャクリン・ホセに主演女優賞が贈られた力作だ。国家権力を楯に警察官たちが庶民を喰いものにして、とことんしゃぶり尽くす様子がドキュメンタリータッチで生々して描き出されている。  本作を撮ったのは、“フィリピン映画第三期黄金時代”の中核となっているブリランテ・メンドーサ監督。カンヌ映画祭監督賞を受賞した『キナタイ マニラ・アンダーグランド』(09)では、警察学校に通う純真な若者が警察組織の腐敗構造にどうしようもなく取り込まれていく姿をやはりドキュメンタリータッチで描いてみせた。イザベル・ユペールが主演した『囚われ人 パラワン島観光客21人誘拐事件』(12)では、ホームレス状態の子どもが生きていくためにゲリラ兵にならざるを得ないフィリピンの社会背景について言及した。目覚ましい経済発展を遂げる一方、激しい社会格差を生んでいるフィリピンのダークサイドにメスを入れ続けている監督だ。本作では主演女優ジャクリン・ホセたちの熱演もあって、スクリーンのこちら側で見ている観客をもマニラの闇世界へと引き込んでいく。  ローサ(ジャクリン・ホセ)はマニラのスラム街で“サリサリストア”を経営している。サリサリストアとはスーパーマーケットなどで袋菓子などを大量に仕入れ、ビンボー人相手にバラ売りしているフィリピン特有の小さな雑貨店のこと。タバコ1本や飴玉1個をバラ売りしているから、当然ながら収益はごくわずか。ローサがいくら頑張っても、夫ネストール(フリオ・ディアス)と4人の子どもたちを食べさせていくのは難しい。そこで一家が食べるのに困らない程度だけ、覚醒剤の密売もしている。近所の少年・ボンボンが「アイス、ちょうだい」と店を訪ねてくるが、これはアイスクリームではなく、シャブの隠語。ご近所の手前もあるので、ローサはごく少量のシャブしか小売りしない実に良心的な売人だった。そんなローサの店はスラム街の風景によく馴染んでいる。
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警察に逆らえば、殺されても仕方ない。それでもローサ(ジャクリン・ホセ)は小さな店を守るために懸命に闘う。
 ローサが目を離していると、夫のネストールはすぐに商品のシャブに手を出してラリってしまう。子どもたちも遊びたい盛りで、店の仕事をあまり手伝わない。ローサがしっかりしているから、辛うじて成り立っている一家だった。その晩も夫婦で覚醒剤をパック詰めする作業を終え、これから家族みんなで晩ご飯を食べようとしていた矢先、警察官たちが逮捕状なしで店に雪崩れ込んできた。抜き打ちでのガサ入れだった。「何? 覚醒剤? 知らない!」とシラを切るローサたちだったが、タバコの箱の中に仕込んでいた覚醒剤の包みと顧客リストが見つかってしまう。夫婦そろって手錠を掛けられ、警察署へと連行されるはめに。到着した警察署では警官たちは私服姿でだらしなくたむろっており、ほとんどヤクザの事務所といった風情だ。ローサ夫婦を取り調べる警察のやり口がこれまたエグい。 「早く釈放されたければ、罪を認めろ。20万ペソ(日本円で44万円)で手を打ってやる」  家に残してきた子どもたちのことが心配で、ローサは一刻も早く帰りたい。少量とはいえ、覚醒剤を扱っていたのは事実で、言い逃れすることは難しい。夫婦で持ち金すべてを警官に手渡すが、当然ながら20万ペソには及ばない。足りない分を埋めるため、ローサは捜査官に言われるがまま覚醒剤の売人の名前を告げる。ローサが電話で誘き出したことで、売人もあっという間に捕まった。売人が持っていた売上金が手に入り、警察署はいっきにパーティーモード。ローサ夫婦が保釈金のつもりで渡したお金も、すべてその場にいた警官たちで山分けしていた。署内は呑めや歌えやのドンチャン騒ぎだ。宴会を始めた警官の目を盗んで売人はケツ持ちを頼んでいる警察上層部にスマホで連絡を入れるが、それが見つかり売人は半殺しにされる。自分が売った売人が血だるまになって倒れた姿を見て、声を失うローサだった。そして、そんなローサに警官は告げる。 「誰かにしゃべったら、お前も殺すぞ!」  メンドーサ監督は実際にあった事件をベースに本作を撮っているが、本作は2015年に撮影しており、16年に就任したロドリゴ・ドゥテルテ大統領による“麻薬戦争”が始まる前の穏やかだった時期の様子を映し出したものだ。麻薬犯罪の撲滅を公約に掲げたドゥテルテ大統領から、超法規的捜査を認められた警察および自警団による犠牲者数は17年1月の時点で7,000人を越えている。麻薬捜査に抵抗しようとした者は問答無用で殺され、警察側にとって都合の悪いことをしゃべらないようにと口封じのために殺された人間も少なくないとされている。殺されるよりはマシと、自分から出頭する覚醒剤常用者たちが相次ぎ、フィリピンの刑務所はすし詰め状態だ。フィリピン警察の過激さは、本作で描かれている以上のものとなっている。
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子どもたちの力で両親を救い出せるのか。長女ラケルを演じたのは、ジャクリン・ホセの実の娘アンディ・アイゲンマン。
 警察がヤクザよりもヤバい存在なら、弁護士を雇えない下流市民は誰を頼ればいいのか。結局は家族同士で助け合うしか方法は残されていない。それまで母親のローサに頼りっきりだった4人の子どもたちは、追加請求された5万ペソを集めるために夜のマニラを走り回る。イケメンの次男カーウィン(ジョマリ・アンヘレス)はオッサンを相手に性サービスに励み、いつもより多めのお小遣いをもらう。母親そっくりで気が強そうな長女ラケル(アンディ・アイゲンマン)は親戚を訪ねて回り、借金を申し込む。父方の叔母さんからは「私たちがマニラに越してきたとき、あんたの母親は何もしてくれなかった」と悪態を突かれまくる。うつむいた長女は唇を噛み締めて、じっと耐えるしかなかった。多分、母ローサはこれよりもっと辛い目に遭いながら、あの店を手に入れたに違いない。長男ジャクソン(フェリックス・エコ)は両親を警察に売ったヤツの正体を知り、怒りを爆発させる。それまで自分勝手に暮らしていた子どもたちだが、両親を助け出すために一致団結する。救いのない悲惨な物語の中で、唯一胸が熱くなるシーンだ。  メンドーサ監督は、大統領選挙中からドゥテルテ支持を表明しており、ドゥテルテ大統領により麻薬戦争について、以下のように語っている。 「最善の策とは言えない。でも、今できることをやっている。麻薬撲滅戦争は犠牲者を数多く出しているけれど、その分だけ根底の悪人を処分できていることも事実なんです」  刑務所にいる薬物中毒者たちをどう社会更生させるのか、また警察内部の腐敗構造はどう改善していくのかという重要問題はそのまま残されている。フィリピンが抱える闇はそうとうに深い。ローサが懸命に守ろうとしたスラム街のあの小さな店は、今は何を売っているのだろうか。 (文=長野辰次)
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『ローサは密告された』 監督/ブリランテ・メンドーサ 出演/ジャクリン・ホセ、フリオ・ディアス、フェッリックス・ロコ、アンディ・アイゲンマン、ジョマリ・アンヘレス、イナ・トゥアソン、クリストファ・キング、メルセデス・カブラル、マリア・イサベル・ロペス 配給/ビターズ・エンド 7月30日より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー中 (c)Sari-Sari Store 2016 http://www.bitters.co.jp/rosa
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フィリピンのダークサイドをリアルに描いた『ローサは密告された』。食べていくためには、きれいごとを言っていられない。
 警察を見たらヤクザと思え。思わず、そんな言葉が口からこぼれてくる。フィリピン映画『ローサは密告された』は、2016年のカンヌ映画祭で主人公ローサを演じたジャクリン・ホセに主演女優賞が贈られた力作だ。国家権力を楯に警察官たちが庶民を喰いものにして、とことんしゃぶり尽くす様子がドキュメンタリータッチで生々して描き出されている。  本作を撮ったのは、“フィリピン映画第三期黄金時代”の中核となっているブリランテ・メンドーサ監督。カンヌ映画祭監督賞を受賞した『キナタイ マニラ・アンダーグランド』(09)では、警察学校に通う純真な若者が警察組織の腐敗構造にどうしようもなく取り込まれていく姿をやはりドキュメンタリータッチで描いてみせた。イザベル・ユペールが主演した『囚われ人 パラワン島観光客21人誘拐事件』(12)では、ホームレス状態の子どもが生きていくためにゲリラ兵にならざるを得ないフィリピンの社会背景について言及した。目覚ましい経済発展を遂げる一方、激しい社会格差を生んでいるフィリピンのダークサイドにメスを入れ続けている監督だ。本作では主演女優ジャクリン・ホセたちの熱演もあって、スクリーンのこちら側で見ている観客をもマニラの闇世界へと引き込んでいく。  ローサ(ジャクリン・ホセ)はマニラのスラム街で“サリサリストア”を経営している。サリサリストアとはスーパーマーケットなどで袋菓子などを大量に仕入れ、ビンボー人相手にバラ売りしているフィリピン特有の小さな雑貨店のこと。タバコ1本や飴玉1個をバラ売りしているから、当然ながら収益はごくわずか。ローサがいくら頑張っても、夫ネストール(フリオ・ディアス)と4人の子どもたちを食べさせていくのは難しい。そこで一家が食べるのに困らない程度だけ、覚醒剤の密売もしている。近所の少年・ボンボンが「アイス、ちょうだい」と店を訪ねてくるが、これはアイスクリームではなく、シャブの隠語。ご近所の手前もあるので、ローサはごく少量のシャブしか小売りしない実に良心的な売人だった。そんなローサの店はスラム街の風景によく馴染んでいる。
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警察に逆らえば、殺されても仕方ない。それでもローサ(ジャクリン・ホセ)は小さな店を守るために懸命に闘う。
 ローサが目を離していると、夫のネストールはすぐに商品のシャブに手を出してラリってしまう。子どもたちも遊びたい盛りで、店の仕事をあまり手伝わない。ローサがしっかりしているから、辛うじて成り立っている一家だった。その晩も夫婦で覚醒剤をパック詰めする作業を終え、これから家族みんなで晩ご飯を食べようとしていた矢先、警察官たちが逮捕状なしで店に雪崩れ込んできた。抜き打ちでのガサ入れだった。「何? 覚醒剤? 知らない!」とシラを切るローサたちだったが、タバコの箱の中に仕込んでいた覚醒剤の包みと顧客リストが見つかってしまう。夫婦そろって手錠を掛けられ、警察署へと連行されるはめに。到着した警察署では警官たちは私服姿でだらしなくたむろっており、ほとんどヤクザの事務所といった風情だ。ローサ夫婦を取り調べる警察のやり口がこれまたエグい。 「早く釈放されたければ、罪を認めろ。20万ペソ(日本円で44万円)で手を打ってやる」  家に残してきた子どもたちのことが心配で、ローサは一刻も早く帰りたい。少量とはいえ、覚醒剤を扱っていたのは事実で、言い逃れすることは難しい。夫婦で持ち金すべてを警官に手渡すが、当然ながら20万ペソには及ばない。足りない分を埋めるため、ローサは捜査官に言われるがまま覚醒剤の売人の名前を告げる。ローサが電話で誘き出したことで、売人もあっという間に捕まった。売人が持っていた売上金が手に入り、警察署はいっきにパーティーモード。ローサ夫婦が保釈金のつもりで渡したお金も、すべてその場にいた警官たちで山分けしていた。署内は呑めや歌えやのドンチャン騒ぎだ。宴会を始めた警官の目を盗んで売人はケツ持ちを頼んでいる警察上層部にスマホで連絡を入れるが、それが見つかり売人は半殺しにされる。自分が売った売人が血だるまになって倒れた姿を見て、声を失うローサだった。そして、そんなローサに警官は告げる。 「誰かにしゃべったら、お前も殺すぞ!」  メンドーサ監督は実際にあった事件をベースに本作を撮っているが、本作は2015年に撮影しており、16年に就任したロドリゴ・ドゥテルテ大統領による“麻薬戦争”が始まる前の穏やかだった時期の様子を映し出したものだ。麻薬犯罪の撲滅を公約に掲げたドゥテルテ大統領から、超法規的捜査を認められた警察および自警団による犠牲者数は17年1月の時点で7,000人を越えている。麻薬捜査に抵抗しようとした者は問答無用で殺され、警察側にとって都合の悪いことをしゃべらないようにと口封じのために殺された人間も少なくないとされている。殺されるよりはマシと、自分から出頭する覚醒剤常用者たちが相次ぎ、フィリピンの刑務所はすし詰め状態だ。フィリピン警察の過激さは、本作で描かれている以上のものとなっている。
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子どもたちの力で両親を救い出せるのか。長女ラケルを演じたのは、ジャクリン・ホセの実の娘アンディ・アイゲンマン。
 警察がヤクザよりもヤバい存在なら、弁護士を雇えない下流市民は誰を頼ればいいのか。結局は家族同士で助け合うしか方法は残されていない。それまで母親のローサに頼りっきりだった4人の子どもたちは、追加請求された5万ペソを集めるために夜のマニラを走り回る。イケメンの次男カーウィン(ジョマリ・アンヘレス)はオッサンを相手に性サービスに励み、いつもより多めのお小遣いをもらう。母親そっくりで気が強そうな長女ラケル(アンディ・アイゲンマン)は親戚を訪ねて回り、借金を申し込む。父方の叔母さんからは「私たちがマニラに越してきたとき、あんたの母親は何もしてくれなかった」と悪態を突かれまくる。うつむいた長女は唇を噛み締めて、じっと耐えるしかなかった。多分、母ローサはこれよりもっと辛い目に遭いながら、あの店を手に入れたに違いない。長男ジャクソン(フェリックス・エコ)は両親を警察に売ったヤツの正体を知り、怒りを爆発させる。それまで自分勝手に暮らしていた子どもたちだが、両親を助け出すために一致団結する。救いのない悲惨な物語の中で、唯一胸が熱くなるシーンだ。  メンドーサ監督は、大統領選挙中からドゥテルテ支持を表明しており、ドゥテルテ大統領により麻薬戦争について、以下のように語っている。 「最善の策とは言えない。でも、今できることをやっている。麻薬撲滅戦争は犠牲者を数多く出しているけれど、その分だけ根底の悪人を処分できていることも事実なんです」  刑務所にいる薬物中毒者たちをどう社会更生させるのか、また警察内部の腐敗構造はどう改善していくのかという重要問題はそのまま残されている。フィリピンが抱える闇はそうとうに深い。ローサが懸命に守ろうとしたスラム街のあの小さな店は、今は何を売っているのだろうか。 (文=長野辰次)
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『ローサは密告された』 監督/ブリランテ・メンドーサ 出演/ジャクリン・ホセ、フリオ・ディアス、フェッリックス・ロコ、アンディ・アイゲンマン、ジョマリ・アンヘレス、イナ・トゥアソン、クリストファ・キング、メルセデス・カブラル、マリア・イサベル・ロペス 配給/ビターズ・エンド 7月30日より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー中 (c)Sari-Sari Store 2016 http://www.bitters.co.jp/rosa
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フィリピン映画『ローサは密告された』を伝説の映画作家・原一男が絶賛「日本は軟弱な映画ばかり!」

フィリピン映画『ローサは密告された』を伝説の映画作家・原一男が絶賛「日本は軟弱な映画ばかり!」の画像1
 当局の腐敗と貧困にあえぐ現代フィリピンの庶民を描き、主役のローサを演じた女優ジャクリン・ホセにフィリピン初のカンヌ国際映画祭主演女優賞をもたらした映画『ローサは密告された』が先週公開され、早くも話題を呼んでいる。  先月30日には、『ゆきゆきて、神軍』(1987年)、『全身小説家』(94年)などで知られるドキュメンタリー作家・原一男が公開記念トークイベントに出演。同作に「フィリピン社会の持つ矛盾と腐敗、絶対的貧困。そして警察権力の賄賂の横行。そんな唾棄すべき世界の中で、そこでしか生きられない民衆に注ぐ映画人の優しい眼差し。この作品の最大の見所は、庶民を見つめる作り手の優しい眼差し、そのものである。」とコメントを寄せていた原は、壇上に用意されたイスに座ろうともせず、30分間にわたって熱弁を振るった。その様子をお伝えしたい。
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■日本映画は「余命が間もなく……」という軟弱な映画ばかり!  昔、私が助監督していた浦山桐郎さんは「映画は人民のものである」と言いました。人民=市井の人々、つまり映画は貧困層を描くものでした。しかし、世の中が豊かになるにつれて、誰も社会派映画を欲しなくなりました。今の日本は「余命がもうすぐ……」という難病でお涙頂戴な映画ばかり。 『ローサは密告された』を見て強く感じたのは「日本は変わってしまった!」ということでした。フィリピンに比べて日本は豊かになりました。でも「幸せか?」と言われると「ウーン……」となる世の中です。弱者への共感、人間に対する思いやりがある作品があると「生きているのだなぁ」と感じます。 ■映画作りには必須!? ワイロを使った過去の体験を告白!  映画の中で警察が当たり前のようにワイロを要求していましたが、私も、1回だけ撮影でワイロを使ったことがあるんです。『ゆきゆきて、神軍』で奥崎謙三さんに付いてパプアニューギニアで撮影することになったんですが、カメラを持ち込むことができないと事前に言われていました。でもワイロを渡したらいいんだよ、って教えてもらって。案の定、税関で止められて。「これで……」とお金を渡したら、簡単に通してくれました。  本当にワイロは当たり前のことなんです。警察たちは、決して私達に憎しみがあるわけじゃありません。給料だけでは生きていけない、だから小銭稼ぎする。そんなシステムが成り立ってしまっているだけなんです。 ■クソみたいな社会を生き抜いてやる! ラストシーンに涙した!  今村昌平監督は「映画は人間を描くもの」といいました。私は、一言加えて「映画は人間の感情を描くもの」と理解しています。人間は社会に組み込まれて生きていきます。その社会の中には、必ず縛りや矛盾がある。その仕組みを強いられるのは貧困層の人たちです。  この映画では主人公の感情を通して「政治体制の矛盾、闇、社会のもつ歪み」を描き出しています。「クソみたいな社会を生き抜いてやる」という決意を感じられたラストシーンには、思わず共感して、もらい泣きをしてしまいました。  どれだけ大変なことがあっても腹は減る。昔、女性が“食べる”というシーンで絶賛されたものがありました。今村昌平監督の『赤い殺意』(64年)という作品です。ヒロインの春川ますみが強姦されて、死のうとするけど、失敗して……。でも、彼女、そこからご飯を食べるんですよ。食欲というのは人間のエネルギーの根源です。  この作品は、マーティン・スコセッシ監督が絶賛し「今村監督と対談をしたい!」と申し出た作品でもありました。それを思い出すほどに、素晴らしかった。
フィリピン映画『ローサは密告された』を伝説の映画作家・原一男が絶賛「日本は軟弱な映画ばかり!」の画像3
■今の映画技術+昔ながらの視線が合わさった=最先端の映画!  3台のカメラで撮っているそうですが、私が観てもわからないくらいに、自然に撮られていました。脚本も渡さない、まさしくドキュメンタリーの撮り方。その結果、貧困層の人たちの息遣いが、リアリティをもって描かれていますよね。デジタルカメラで撮られる意義も感じられます。デジタルカメラは肉眼で感じられるより明るく映るんです。だから本作も「ノーライト」(照明なし)で撮られています。場所が持っている光で表現できるのです。本作は今の映画技術と昔ながらの視線が合わさった映画。まさしく“最先端”の映画だと思います。 ■昔の日本は、犯罪を“やってはいけないもの”と思っていない!?  大島渚監督は長年、犯罪者を主人公にした映画を撮られています。社会に収奪された貧乏人が生きていくうえで「どうして犯罪を犯しちゃいけないのか」という思いがあるんです。そんな映画を観て育ってきた70年代の私たちは、やっちゃいけないことだと思っていません。その結果が、奥崎さんですよね。彼は犯罪を勲章だと思っています。『ローサは密告された』のラストの名シーンは、ローサの「こういう社会でも生きていく」っていう決意が感じられて、私も共鳴しました。倫理や世の中の教えなんて眉唾ですよね。本当に修正すべきところはどこなのか? と考え直さなきゃいけませんよね。  * * *  最後に自身の新作の話になると「長年、『ゆきゆきて、神軍』の奥崎謙三さんみたいな政府にケンカを売るような人を探していましたが、どこを探しても見つかりませんでした。今の時代の人々は非常にヌルく生きている! と思いました。最新作には、そんな欲求不満が映像に現れているかと」と原監督らしい喝が! 「でも今、奥崎さんみたいな人が現代にいたら、ネットで炎上して、潰されてしまうのだろうな……」と生きづらい今の世の中を嘆く場面もあった。
フィリピン映画『ローサは密告された』を伝説の映画作家・原一男が絶賛「日本は軟弱な映画ばかり!」の画像4
『ローサは密告された』 監督:ブリランテ・メンドーサ 出演:ジャクリン・ホセ、フリオ・ディアス 配給:ビターズ・エンド http://www.bitters.co.jp/rosa (c)Sari-Sari Store 2016 シアター・イメージフォーラムほか大ヒット上映中!

安価で高品質のハンバーガー屋が“怪物”に変貌!? マクドナルド創業秘話を映画化『ファウンダー』

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米国経済版“仁義なき戦い”『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』。マイケル・キートンはアンチヒーローがよく似合う。
 あれっ、マクドナルドの創業者はマクドナルドさんじゃないの? 世界最大のファストフードチェーンである「マクドナルド」だが、創業者として正式に記録されているのはチェコ系米国人のレイ・クロック(1902年~1984年)。じゃあ、なんでクロックバーガーって屋号にしなかったのか。そんな素朴な疑問に答えてくれるのが、マイケル・キートン主演の『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』だ。個人経営の片田舎のドライブインが米国を代表する巨大チェーン店へと爆発的に飛躍を遂げた裏事情を、マックシェイクよりももっと濃厚に、テキサスバーガーよりもさらにこってりと描いてみせる。全米ではたびたび延期されながらも今年1月にようやく公開されたが、マクドナルド社はこの映画に関してはノーコメントを貫いている。  これまでにもマクドナルドを題材にして、ドキュメンタリー映画『スーパーサイズ・ミー』(04)や実録犯罪映画『コンプライアンス 服従の心理』(12)といった映画がつくられてきた。良くも悪くもマクドナルドは、現代の米国社会を象徴する存在となっている。ジョン・リー・ハンコック監督は前作『ウォルト・ディズニーの約束』(13)で、やはり米国文化のシンボリックな存在であるウォルト・ディズニーの横顔に触れたが、本作ではレイ・クロックの半生をかなり辛辣に描いており、米国経済版“仁義なき戦い”とでも称すべき内容となっている。単なる美談ではない、リアルなアメリカンドリームとして楽しませてくれる。
安価で高品質のハンバーガー屋が怪物に変貌!? マクドナルド創業秘話を映画化『ファウンダー』の画像2
革新的な営業スタイルを考案したマクドナルド兄弟だったが、レイに軒先を貸したことから母屋まで奪われるはめに。
 孫正義、柳井正が賞讃の言葉を寄せているレイ・クロックの自伝『成功はゴミ箱の中に 億万長者のノート』(プレジデント社)では若い頃から才気溢れる人物であったと語られているが、映画の中で描かれるレイは冴えない中年サラリーマンとして登場する。時代は1954年。レイ(マイケル・キートン)はこれまでピアノ演奏や紙コップのセールスなどをして食いつないできたが、52歳となったこの頃は一度に5本のシェイクが同時に作れるマルチミキサーの販売をしていた。宿泊先のホテルで自己啓発のレコードを毎日聴きながら米国各地を営業して回るも、売れ行きは思わしくない。そんなときカリフォルニアのドライブインから8台ものマルチミキサーの注文が舞い込む。1度に40本のシェイクを作らなくてはいけないドラブインとは一体どんな店なのか。好奇心からレイは車を西海岸へと走らせる。それがレイとマクドナルド兄弟との運命の出逢いだった。  人のよさそうなマクドナルド兄弟(ジョン・キャロル・リンチ、ニック・オファーマン)に案内されて店内を見学すると、そこには画期的なアイディアが溢れていた。パテの焼き時間やソースの量をきっちり決めたレシピどおりにメニューは作られ、スタッフは分業化して機敏に動く。注文を聞いて、ハンバーガーができるまでわずか30秒。商品の単価を下げるため、ウェイトレスも食器も置かず、テイクアウトのみ。メニューはハンバーガーとチーズバーガー、それにポテトとドリンクだけというシンプルさ。いっさいの無駄を省いていた。試行錯誤してこのドライブインを完成させたマクドナルド兄弟は、美味しいハンバーガーを客を待たせることなく低価格で提供できることが自慢だった。感激したレイは「フライチャンズ化して、もっと広めよう」と熱心に口説く。この店こそ、自分の人生を賭けるに値する最高のビジネスチャンスだとレイは感じていた。かくしてフライチャンズ展開を任されたレイはマクドナルド兄弟と契約書を交わし、理想の店づくりへと邁進する。  キリスト教の教会のように全米中にマクドナルド店を普及させようと努めるレイだが、すぐには軌道に乗らない。当時は同じチェーン店でも、地域や店が違えばメニューも味も異なるのが当たり前だった。また、お店が増えれば増えただけ、資金繰りにレイは頭を悩ませるようになる。そんなレイに、メフィストフェレスのごとき一人の男性が声を掛ける。後にマクドナルド社の最高財務責任者になるハリー・ソナボーン(B・J・ノヴァク)だ。レイはフライチャンズ店にハンバーガー作りと営業のノウハウを教え、その見返りとして収益の1.9%をもらっていた。だが、ハリーはその考え方を根本的に改めるべきと告げる。レイはまず不動産を手に入れ、そこにフライチャンズ店を建て、そのテナント料を得るようにすればいいと。そうすれば、収益の1.9%よりも遥かに多く、安定した収入をキープできる。「あなたはハンバーガービジネスをやるんじゃない。不動産ビジネスをやるんです」とメフィスト、いやハリーはささやく。
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レイの不遇時代を支え続けてきた妻エセル(ローラ・ダーン)も、すっかりお金の亡者となってしまった夫に付いていけない。
 それまでは面白いビジネスに挑戦することに生き甲斐を感じていたレイだったが、ハリーの法的には何ら問題のないアドバイスに従ったことで、レイの懐に入ってくる収益は桁違いのものとなっていく。「外食産業の革命児」と世間にもてはやされるようになったレイは、以前の夢見がちなセールスマンとはもはや別人だった。長年苦労を共にし、資金集めに協力してきた妻エセル(ローラ・ダーン)はもう用済みとばかりに別れを告げ、若くて美人なピアノ奏者のジョアン(リンダ・カーデリーニ)と親交を深めていく。後にマクドナルド社のCEOとなるフレッド・ターナーら、レイに忠誠を誓う若いスタッフも育つ。銀行も進んで融資するようになったレイにとって、メニューの変更を頑なに認めようとしないマクドナルド兄弟は邪魔者でしかなかった。契約書を盾にレイの独断専行ぶりにクギを刺そうとするマクドナルド兄弟だったが、「契約は破るためにある」とうそぶくレイの敵ではなかった。マネーモンスターと化したレイはマクドナルド兄弟の頬を札束で叩くようにして、マクドナルドという屋号を含めた全ての権利を自分のものにしてしまう。  52歳からアメリカンドリームを実現した男のサクセスストーリーを赤裸々に描いた『ファウンダー』だが、劇中のレイはとても正直に自分の夢を現実のものに変える秘訣を我々に教えてくれる。 「ビジネスは戦争だ。きれいごとでやっていけるか!」  駅前にあるマクドナルドに入ると、いつでも同じ美味しさのハンバーガーが0円のスマイルと共に提供される。この美味しさの隠し味は、メフィストフェレス由来のものかもしれない。本作を観た後に食べるハンバーガーは、何とも言えない禁断の後味がする。 (文=長野辰次)
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『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』 監督/ジョン・リー・ハンコック 脚本/ロバート・シーゲル 出演/マイケル・キートン、ニック・オファーマン、ジョン・キャロル・リンチ、ローラ・ダーン、パトリック・ウィルソン、B・J・ノヴァク、リンダ・カーデリーニ 配給/KADOKAWA 7月29日(土)より角川シネマ有楽町、角川シネマ新宿、渋谷シネパレスほか全国ロードショー (C)2016 Speedee Distribution, LLC. All Rights RESERVED http://thefounder.jp/
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米国経済版“仁義なき戦い”『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』。マイケル・キートンはアンチヒーローがよく似合う。
 あれっ、マクドナルドの創業者はマクドナルドさんじゃないの? 世界最大のファストフードチェーンである「マクドナルド」だが、創業者として正式に記録されているのはチェコ系米国人のレイ・クロック(1902年~1984年)。じゃあ、なんでクロックバーガーって屋号にしなかったのか。そんな素朴な疑問に答えてくれるのが、マイケル・キートン主演の『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』だ。個人経営の片田舎のドライブインが米国を代表する巨大チェーン店へと爆発的に飛躍を遂げた裏事情を、マックシェイクよりももっと濃厚に、テキサスバーガーよりもさらにこってりと描いてみせる。全米ではたびたび延期されながらも今年1月にようやく公開されたが、マクドナルド社はこの映画に関してはノーコメントを貫いている。  これまでにもマクドナルドを題材にして、ドキュメンタリー映画『スーパーサイズ・ミー』(04)や実録犯罪映画『コンプライアンス 服従の心理』(12)といった映画がつくられてきた。良くも悪くもマクドナルドは、現代の米国社会を象徴する存在となっている。ジョン・リー・ハンコック監督は前作『ウォルト・ディズニーの約束』(13)で、やはり米国文化のシンボリックな存在であるウォルト・ディズニーの横顔に触れたが、本作ではレイ・クロックの半生をかなり辛辣に描いており、米国経済版“仁義なき戦い”とでも称すべき内容となっている。単なる美談ではない、リアルなアメリカンドリームとして楽しませてくれる。
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生徒不在での抜き打ち検査という実話を映画化! “14歳の国”に触れた教師たちの恐怖劇『狂覗』

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実話から生まれた学園サイコミステリー『狂覗』。“14歳の国”を覗き見しようとした教師たちはとんでもない事態に遭遇する。
 ケータイを開けると、そこは“14歳の国”だった。その国には善悪の区別はなく、むきだしの感情と言葉の暴力がはびこっていた。この国にうかつに踏み込んでしまった大人は、ボロボロに傷つくことになる。『鈴木先生』(テレビ東京系)の山崎先生(山口智充)や足子先生(富田靖子)が次々と壊れてしまったように。宮沢章夫の戯曲『14歳の国』をベースにした藤井秀剛監督の『狂覗』は、観る側の体力さえも激しく消耗させるヘビィなサイコミステリーとなっている。  かつてシティボーイズ・ショーの作・演出をつとめ、1990年代以降は演劇ユニット「遊園地再生事業」を主宰している宮沢章夫が『14歳の国』を発表したのは1998年。誰もいない教室で教師が生徒の持ち物を検査したという話を新聞で読んだことがきっかけだった。正しいことをしていると思い込む教師側の高邁な精神と、それとは裏腹な生徒たちに隠れてコソコソと検査を行なうという卑屈な態度とに大きなギャップがある。また、90年代はブルセラショップが社会問題となり、97年には酒鬼薔薇事件を起こした犯人が14歳の少年だったことが大きな波紋を呼んだ。大人でもなく子どもでもなく、実体験を伴わない頭でっかちな情報と成長ホルモンとがアンバランスにせめぎあう14歳の心の中へ入っていくことは容易ではない。しかも、相手が集団となれば、ジャングルの中に丸腰で入っていくような緊張感を伴うことになる。
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体育の授業で生徒がいない教室にて、教師たちは抜き打ちの荷物検査を開始。「生徒たちを理解するため」が彼らの言い分だ。
 藤井監督が映画用にアレンジした『狂覗』はこんなストーリーだ。戯曲版にあったユーモラスさは、ほぼ消えた形になっている。ある中学校で男性教師が何者かによって暴行され、瀕死の状態になっているところを校長室で見つかる。事件が騒ぎになることを恐れ、第一発見者だった校長は警察には通報せず、現場の教師たちに事件の真相究明を命じる。生活指導主任の森先生(田中大貴)は仲のいい教師たちを集め、体育の授業で生徒たちがいない教室での荷物検査を始める。生徒たちのカバンの中からは、ブルセラ業者に売るための大量の下着や怪しい錠剤が次々と見つかる。だが、それらはまだ序の口に過ぎなかった。クラス内で陰湿なイジメが進行していることを察知した教師たちは、生徒たちのケータイの中身まで調べようとする。そして、それは生き地獄への扉を開けることへと繋がっていく。  森先生の口利きでこの中学校に臨時教員として採用されることが決まった国語教師の谷野(杉山樹志)は、生徒不在時の所持品検査に抵抗を示す。だが、「生徒を貶めるためや罰するためやない。見えない生徒の内部構造をちょこっと覗く程度や」と、かつては熱血教師だった森先生に関西弁で捲し立てられ、簡単に言い含められてしまう。生徒たちのケータイには当然ブロックが掛かっているものの、クラスにひとりはガサツな生徒もおり、ブロックを掛け忘れているケータイが見つかる。そこから、生徒たちの闇サイトの実態が明るみになっていく。さらにこのクラスで起きる問題の中心人物と思われ、芸能人並みの容姿を誇る女子生徒・万田の存在もクローズアップされる。彼女のケータイの中身をチェックするために、メモリーカードまで抜き出してしまう。教師たちの秘密検査は際限なく、どこまでもエスカレートしていく。それと同時に“14歳の国”に触れてしまった彼らも無事ではいられない。生徒たちの心の闇と教師たちの歪んだ欲望とが結びつき、得体の知れない魔物が教室内で蠢き始める。
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多発するいじめ問題、教師による性犯罪の増加から、本作を撮らずにはいわれなかったと藤井監督は語っている。
 教室という名の密室で繰り広げられるこのサイコミステリーは、出演者たちが衣装、美術、特殊メイク、音声などのスタッフワークもすべて兼任する形で、わずか5日間で集中して撮り上げられた。5日間のうち4日完徹というハードスケジュールでの撮影だったため、教師役を演じた出演者たちのやりとりはリアルにギスギスして映る。教師たちの心理状態に合わせて、カメラも観客の不安感を煽るように揺れ動く。撮影を兼任した藤井監督は、苦心して本作を撮り上げた動機について以下のようにコメントしている。 「撮影したのは2015年で共謀罪を意識したわけではありませんが、管理社会・監視社会の恐怖というのはほとんどの映画監督にとって共通のテーマだと言っていいと思います。共謀罪が話題になる前から、多くの映像作家たちがこのテーマを扱っており、それは戦前の治安維持法への反抗意識からくるものだと考えられます。原作にある“秘密裡に荷物検査する”というプロットに僕が惹かれたのはそんな理由からです。時事ネタではなく、常にある問題ではないでしょうか。“起きてない犯罪を未然に防ぐ行為は、刑を執行する側の私利私欲に走る状況をつくりやすい”ということを本作では描いたつもりですが、今の社会状況に関係なく常にみんなが考えるべきことだと思っています。我々映像作家はそんな危機感を促す必要性があると考えています」(藤井監督)  かつては誰もが経験し、すでに卒業したつもりになっていた“14歳の国”だが、藤井監督は現代社会を箱庭化した世界として再び我々の前に突き出してみせた。SNSの普及や少数派を排斥しようとする現代の不寛容さが加わり、“14歳の国”はますます複雑化している。10代の頃のような柔軟さや無邪気さを失ってしまった大人が、この国に再入国するにはかなりの覚悟を必要とする。 (文=長野辰次)
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『狂覗』 原案/宮沢章夫 製作総指揮/山口剛 監督・脚本・撮影・編集/藤井秀剛 出演/杉山樹志、田中大貴、宮下純、坂井貴子、桂弘、望月智弥、種村江津子、納本歩、河野仁美、宇羅げん、小野原舞子 配給/POP 7月22日(土)よりUPLINK渋谷にて公開 (c)POP http://www.kyoshi-movie.com
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『パンドラ映画館』電子書籍発売中! 日刊サイゾーの人気連載『パンドラ映画館』が電子書籍になりました。 詳細はこちらから!

日本映画のポスターがダサいのは原因があった!? 『獣道』プロデューサー、アダム・トレルが大放談

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 日本映画ってポスターやフライヤーがダサい。そう感じたことはないだろうか? ネットなどで海外の映画のポスタービジュアルを見ていると、すごくオシャレでかっこいいのに、なんでこうも違うのか。そんな疑問に答えてくれたのは、英国出身の映画プロデューサーであるアダム・トレル氏。日本のインディペンデント映画の秀作を海外へ配給する一方、現代版“男はつらいよ”の世界を描いた藤田容介監督の『福福荘の福ちゃん』(14)や原発問題に真正面から斬り込んだ園子温監督の『希望の国』(12)といった話題作をプロデュースしている。単館系でロングランヒットを記録した『下衆の愛』(16)の内田英治監督と再びタッグを組んだ最新プロデュース作『獣道』は、7月15日より東京での公開が始まったばかり。日本映画をこよなく愛するがゆえに辛辣な意見も口から飛び出すアダム氏に、日本映画界のいい面とダメな面について語ってもらった。  東京で暮らし始めたのは2014年からだが、独学で学んだという日本語は流暢で気っ風がいい。まずは日本映画界の“いい面”について。 アダム・トレル「日本人は、みんな映画は映画館へ観に行く。これは素晴しいこと。映画はまず映画館で公開され、半年後にDVD化され、さらにその後にオンデマンド化されるようになっています。日本では昔からのルールが今も守られている。でも、欧米ではNetflixが大きな力を持ち、映画の公開とネットでの配信が同時になっています。みんな自宅で映画を観るようになり、DVDレンタル店はすっかり減り、街から映画館もどんどん消えています。その点、日本では映画館で映画を楽しむという文化が守られている。しかも、日本はインドやハリウッドに次ぐ映画製作本数を誇り、まぁこれは多すぎだと思うけど、『下衆の愛』や今回の『獣道』のような低予算の映画でも、面白い作品は2~3週間やそれ以上上映してくれる。映画館に通って、インディーズ映画を応援する日本の映画ファンは本当に素晴しい」
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映画プロデューサーのアダム・トレル氏。12~13歳で深作欣二や鈴木清順にハマり、日本映画に魅了されたという。
 ゼロ年代の個性豊かな日本映画を英国で配給してきたアダム氏は、園監督が資金集めに苦戦した『希望の国』をきっかけにプロデューサーとして日本映画の製作現場に足を踏み入れるようになった。だが、そこで驚いたのが“製作委員会方式”という日本映画界ならではのシステム。映画会社だけでなくテレビ局、出版社、ビデオメーカーなど様々な企業が製作費を分担し、興行リスクを減らすために編み出されたものだが、映画の内容に興味のない人たちが委員会に参加していることには違和感を覚えたという。 アダム「人気アイドル事務所の誰々が出演すればファンを動員できるとか、製作委員会の参加者はお金のことしか関心がない。クリエイティヴィティなことには興味を持っていない。映画への愛情が感じられない。何十億円も投じた大作映画なら分かるけれど、2,000万~3,000万円規模のインディペンデント作品でも製作委員会方式になっていることにはびっくりした。製作委員会ではA、B、C、D……とフォーミュラ(慣習的やり方)で仕事が進んでいく。製作委員会方式では面白い映画はつくれないと思う。もし、面白い映画ができたとしたら、それは単なる偶然。製作委員会方式が嫌で、内田監督の『下衆の愛』は自主映画として作った。製作費は5万ドル以下で、俺の家や行きつけの居酒屋で撮影した。お金はなかったけど、愛とパッションで撮った映画。海外の映画祭で上映されたし、米国、ドイツ、台湾、香港、中国、韓国へ配給でき、イタリアでのリメイクも決まった。映画が面白いかどうかは、製作費がどれだけあるかではなく、愛とパッションがあるかどうかだよ」 ■日本人も知らない日本文化を伝えたい  内田監督との2度目のタッグ作『獣道』は、愛とパッションに加え、映画的な面白さが溢れた作品だ。地方都市を舞台に、カルト教団で育った少女・愛依(伊藤沙莉)が自分の居場所を求めて、ヤンキーコミュニティーに溶け込こんでいく姿が描かれる。カルト教団や崩壊した家庭といった要素は、園監督の大ブレイク作『愛のむきだし』(08)を彷彿させる。また、英国人プロデューサーのアダム氏がヤンキーカルチャーを題材にした映画を製作するというのもユニークだ。
日本映画のポスターがダサいのは原因があった!? 『獣道』プロデューサー、アダム・トレルが大放談の画像3
現在公開中の『獣道』。どこにも居場所のない愛依(伊藤沙莉)は髪を金髪にして、ヤンキー一家の一員となる。
アダム「園監督の『愛のむきだし』を海外で配給したところ、大変な人気になった。それまでの園監督は『自殺サークル』(02)などエクストリーム系の監督のひとりくらいにしか欧州では認識されていなかったけど、『愛のむきだし』が大ヒットし、『冷たい熱帯魚』『ヒミズ』(11)も当たった。内田監督から『獣道』の内容を最初に聞いたとき、俺も『愛のむきだし』と似ているなと感じた。海外ではカルト宗教は人気の題材なので、すごくいいと思った。『獣道』の英題は『Love and Other Cults』。ヤンキー文化に関しては、俺は素養があった。『ビー・バップ・ハイスクール』(85)や『スケバン刑事』(フジテレビ系)を子どもの頃に観ていたしね。海外の不良はギャングっぽくて怖いけど、日本のヤンキーはどこか可愛げがある。それにヤンキー文化は英国のモッズカルチャーと通じるところがある。どちらも労働者階級の文化で、彼らは月曜から金曜まで一生懸命働いて、週末は稼いだお金でバイクを改造したりファッションに使って、みんなでツーリングする。モッズは黒人音楽が好きで、ヤンキーは永ちゃんが好き。音楽が重要なのも一緒(笑)。すごく通じるところがある。俺、70~80年代の日本のアイドルグループも大好きで、ピンクレディやキャンディーズのグッズをコレクションしていた。メジャーなアイドルだけじゃなくて、キャンディーズの妹分だったトライアングル、フィーバー、キャンキャンまで集めてた。日本人も知らない日本の文化をみんなに伝えたい。自分でもおかしいと思うよ。ヤバいよね(笑)」
日本映画のポスターがダサいのは原因があった!? 『獣道』プロデューサー、アダム・トレルが大放談の画像4
元人気子役の伊藤沙莉と須賀健太がそのポテンシャルを遺憾なく発揮。閉塞的な社会に喘ぐ若者像をリアルに演じている。
 上映時間237分だった『愛のむきだし』に対し、『獣道』は94分で家族や社会に翻弄されながら生きていくヒロイン・愛依の過酷な青春が濃密に描かれていく。愛依を演じた伊藤沙莉はテレビドラマで活躍した人気子役出身だが、『獣道』では金髪に染めてのヤンキーファッション、清純そうな中流家庭風ファッションなど自分を受けいれてくれる環境に応じて次々と擬態していく。自分の居場所を失いたくないために上半身裸になるシーンもあり、まさに体当たりの熱演で『獣道』を完走してみせた。 アダム「伊藤沙莉は本当にヤバいよ(笑)。彼女は女優としてもちろん人気もあるけど、大事なのは人気よりも演技ができるということ。彼女が脱ぐシーンは、脱ぐことで自分の心を見せる重要な場面だった。逆にSEXシーンでは脱いでない。彼女はちゃんとそのことを理解してくれて演じてくれた。彼女の所属事務所は、タレントではなく俳優をマネージメントしている、映画に対して理解のある会社でよかった。これが製作委員会方式だったら、『もっと有名なアイドルを使え』とか言ってきて、その結果このシーンもなくなっていたかもしれない。もしくはセールスのためにヌードシーンを増やすよう言われたかもしれない。内田監督は女優の演出がうまいし、キャスティングのセンスもいい。今回もすごくいいキャストが集まった。ヤンキー役の吉村界人もいいし、演技は初めてのアントニーも悪くない。子役時代も含めて長いキャリアのある須賀健太は安定していて、もう何も言うことがない(笑)。最初の編集段階での『獣道』はすごく長かったけど、俺は編集に関しては厳しい。最近の日本映画はダラダラしたのが多すぎる。映画は映像と音も大事だけど、テンポをよくしないと海外では観てもらえない。最初から最後まで監督と一緒になって映画をよくするための努力を惜しまない、それがプロデューサー」
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ヤンキー映画をプロデュースしたアダム氏に「ヤンキー座り、お願いします」と頼んだところ、こんな感じに……。
■日本のコメディは海外にも需要がある  これまで海外では、日本映画といえば三池崇史監督の『オーディション』(00)をはじめとするエクストリーム系か中田秀夫監督の『リング』(98)のようなホラー作品しか知られていなかったが、日本のインディペンデント系のコメディ作品には個性的な作品が多く、海外でも需要があると話す。 アダム「藤田監督の前作『全然大丈夫』(08)はロンドンで劇場公開されるほど人気が高かったから、『福福荘の福ちゃん』もつくった。三木聡監督も英国で人気がある。三木監督の『亀は意外と速く泳ぐ』(05)、『転々』(07)、『インスタント沼』(09)をDVD-BOXにしたら、すごく売れた。三木監督も藤田監督もモンティパイソンを見て育った世代で、彼らのちょっとブラックな笑いは英国人も大好き。日本のインディペンデント系監督のコメディはとても個性的で、海外でもっと売れる可能性がある。藤田監督や三木監督のオリジナル作品を求めているファンは海外に多い。日本には才能のある監督が他にもたくさんいる」  最後になったが、冒頭で触れた「日本映画のポスターがダサいのはなぜか」という問題について。アダム氏が運営する配給会社「Third Window Films」のwebサイトには日本のポスターとは異なる、オシャレな英語版のポスタービジュアルが並んでいる。日本と海外とでポスターがこうも違うのはどうしてなのか? アダム「日本の映画のポスターやフライヤーはすごく説明的。出演者は誰々で、どんなストーリーかも文字でびっしり説明されている。予告編もそう。日本のフライヤーと予告編を見たら、内容がだいたい分かってしまう。『これはどんな映画なんだろう』と見た人がもっとミステリアスに感じ、興味を持たせるようなものにしないとダメ。海外では日本の出演者が誰かということには興味が持たれないので、日本版のポスターをそのままは使えない。今後はますますオンデマンドが主流化していくから、キービジュアルはより重要になってくる。それに映画はアートなんだから、ポスターやフライヤーもアートじゃないとね。日本映画のポスターやフライヤーがダサいのはデザイナーの責任ではなく、ディレクションしている映画会社の宣伝担当者の問題であり、ポスターやフライヤーにまで口を出してくる芸能事務所が大きな問題。主人公だけ映ったポスターを予定していたら、『うちの俳優もポスターに入れろ』『斜めじゃなくて、正面から顔が映ったものにしろ』とか文句を言ってくる。日本映画のポスターがどれもこれも同じように、出演者の顔だらけなのはそのため。映画のクリエイティヴな面にまで口を挟んでくる日本の芸能事務所はおかしい。まぁ、『獣道』のポスターはやり過ぎかもしれないけどね(笑)」  前作『下衆の愛』の上映期間中は、都内の上映館のエントランスにアダム氏が立ち、手作りのポストカードを入場者にひとりずつ配る姿が連日続いた。お客さんと話すことが楽しいし、お客さんから映画の感想や意見を聞いて、次回作はよりよいものにしたいという想いからだった。『獣道』でも都内での上映期間中は基本、映画館でお客さんを出迎え、見送るつもりだという。『獣道』をスクリーンで楽しんだ後は、ぜひアダム氏の生トークにも触れてみてほしい。 (取材・文=長野辰次/撮影=尾藤能暢)
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『獣道』 監督・脚本/内田英治 プロデューサー/アダム・トレル 主題歌/餓鬼連合(餓鬼レンジャーwith伊藤沙莉) 出演/伊藤沙莉、須賀健太、アントニー、吉村界人、韓英恵、冨手麻妙、松本花奈、川上奈々美、毎熊克哉、マシュー・チョジック、矢部太郎、でんでん、広田レオナ、近藤芳正、篠原篤、日高七海、大島葉子、アベラヒデノブ、川籠石駿平、根矢涼香、衣緒菜、森本のぶ、水澤紳吾、松井薫平 配給/スタイルジャム 7月15日よりシネマート新宿ほか全国順次公開中 (c)third window films http://www.kemono-michi.com ●アダム・トレル 1982年英国ロンドン生まれ。22歳のときに配給会社「Third Window Films」を立ち上げる。園子温監督の『愛のむきだし』(08)、『冷たい熱帯魚』『ヒミズ』(11)、『ラブ&ピース』(15)などを英国で配給し、園監督の海外での人気を高めた。資金集めが難航した園監督の『希望の国』(12)には共同プロデューサーとして参加。2014年より日本に来日しての映画製作も始め、『福福荘の福ちゃん』(14)や『下衆の愛』(16)をプロデュースしている。

日本映画のポスターがダサいのは原因があった!? 『獣道』プロデューサー、アダム・トレルが大放談

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 日本映画ってポスターやフライヤーがダサい。そう感じたことはないだろうか? ネットなどで海外の映画のポスタービジュアルを見ていると、すごくオシャレでかっこいいのに、なんでこうも違うのか。そんな疑問に答えてくれたのは、英国出身の映画プロデューサーであるアダム・トレル氏。日本のインディペンデント映画の秀作を海外へ配給する一方、現代版“男はつらいよ”の世界を描いた藤田容介監督の『福福荘の福ちゃん』(14)や原発問題に真正面から斬り込んだ園子温監督の『希望の国』(12)といった話題作をプロデュースしている。単館系でロングランヒットを記録した『下衆の愛』(16)の内田英治監督と再びタッグを組んだ最新プロデュース作『獣道』は、7月15日より東京での公開が始まったばかり。日本映画をこよなく愛するがゆえに辛辣な意見も口から飛び出すトレル氏に、日本映画界のいい面とダメな面について語ってもらった。  東京で始めたのは2014年からだが、独学で学んだという日本語は流暢で気っ風がいい。まずは日本映画界の“いい面”について。 アダム・トレル「日本人は、みんな映画は映画館へ観に行く。これは素晴しいこと。映画はまず映画館で公開され、半年後にDVD化され、さらにその後にオンデマンド化されるようになっています。日本では昔からのルールが今も守られている。でも、欧米ではNetflixが大きな力を持ち、映画の公開とネットでの配信が同時になっています。みんな自宅で映画を観るようになり、DVDレンタル店はすっかり減り、街から映画館もどんどん消えています。その点、日本では映画館で映画を楽しむという文化が守られている。しかも、日本はインドやハリウッドに次ぐ映画製作本数を誇り、まぁこれは多すぎだと思うけど、『下衆の愛』や今回の『獣道』のような低予算の映画でも、面白い作品は2~3週間やそれ以上上映してくれる。映画館に通って、インディーズ映画を応援する日本の映画ファンは本当に素晴しい」
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映画プロデューサーのアダム・トレル氏。12~13歳で深作欣二や鈴木清順にハマり、日本映画に魅了されたという。
 ゼロ年代の個性豊かな日本映画を英国で配給してきたトレル氏は、園監督が資金集めに苦戦した『希望の国』をきっかけにプロデューサーとして日本映画の製作現場に足を踏み入れるようになった。だが、そこで驚いたのが“製作委員会方式”という日本映画界ならではのシステム。映画会社だけでなくテレビ局、出版社、ビデオメーカーなど様々な企業が製作費を分担し、興行リスクを減らすために編み出されたものだが、映画の内容に興味のない人たちが委員会に参加していることには違和感を覚えたという。 トレル「人気アイドル事務所の誰々が出演すればファンを動員できるとか、製作委員会の参加者はお金のことしか関心がない。クリエイティヴィティなことには興味を持っていない。映画への愛情が感じられない。何十億円も投じた大作映画なら分かるけれど、2,000万~3,000万円規模のインディペンデント作品でも製作委員会方式になっていることにはびっくりした。製作委員会ではA、B、C、D……とフォーミュラ(慣習的やり方)で仕事が進んでいく。製作委員会方式では面白い映画はつくれないと思う。もし、面白い映画ができたとしたら、それは単なる偶然。製作委員会方式が嫌で、内田監督の『下衆の愛』は自主映画として作った。製作費は5万ドル以下で、俺の家や行きつけの居酒屋で撮影した。お金はなかったけど、愛とパッションで撮った映画。海外の映画祭で上映されたし、米国、ドイツ、台湾、香港、中国、韓国へ配給でき、イタリアでのリメイクも決まった。映画が面白いかどうかは、製作費がどれだけあるかではなく、愛とパッションがあるかどうかだよ」 ■日本人も知らない日本文化を伝えたい  内田監督との2度目のタッグ作『獣道』は、愛とパッションに加え、映画的な面白さが溢れた作品だ。地方都市を舞台に、カルト教団で育った少女・愛依(伊藤沙莉)が自分の居場所を求めて、ヤンキーコミュニティーに溶け込こんでいく姿が描かれる。カルト教団や崩壊した家庭といった要素は、園監督の大ブレイク作『愛のむきだし』(08)を彷彿させる。また、英国人プロデューサーのアダム氏がヤンキーカルチャーを題材にした映画を製作するというのもユニークだ。
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現在公開中の『獣道』。どこにも居場所のない愛依(伊藤沙莉)は髪を金髪にして、ヤンキー一家の一員となる。
アダム「園監督の『愛のむきだし』を海外で配給したところ、大変な人気になった。それまでの園監督は『自殺サークル』(02)などエクストリーム系の監督のひとりくらいにしか欧州では認識されていなかったけど、『愛のむきだし』が大ヒットし、『冷たい熱帯魚』『ヒミズ』(11)も当たった。内田監督から『獣道』の内容を最初に聞いたとき、俺も『愛のむきだし』と似ているなと感じた。海外ではカルト宗教は人気の題材なので、すごくいいと思った。『獣道』の英題は『Love and Other Cults』。ヤンキー文化に関しては、俺は素養があった。『ビー・バップ・ハイスクール』(85)や『スケバン刑事』(フジテレビ系)を子どもの頃に観ていたしね。海外の不良はギャングっぽくて怖いけど、日本のヤンキーはどこか可愛げがある。それにヤンキー文化は英国のモッズカルチャーと通じるところがある。どちらも労働者階級の文化で、彼らは月曜から金曜まで一生懸命働いて、週末は稼いだお金でバイクを改造したりファッションに使って、みんなでツーリングする。モッズは黒人音楽が好きで、ヤンキーは永ちゃんが好き。音楽が重要なのも一緒(笑)。すごく通じるところがある。俺、70~80年代の日本のアイドルグループも大好きで、ピンクレディやキャンディーズのグッズをコレクションしていた。メジャーなアイドルだけじゃなくて、キャンディーズの妹分だったトライアングル、フィーバー、キャンキャンまで集めてた。日本人も知らない日本の文化をみんなに伝えたい。自分でもおかしいと思うよ。ヤバいよね(笑)」
日本映画のポスターがダサいのは原因があった!? 『獣道』プロデューサー、アダム・トレルが大放談の画像4
元人気子役の伊藤沙莉と須賀健太がそのポテンシャルを遺憾なく発揮。閉塞的な社会に喘ぐ若者像をリアルに演じている。
 上映時間237分だった『愛のむきだし』に対し、『獣道』は94分で家族や社会に翻弄されながら生きていくヒロイン・愛依の過酷な青春が濃密に描かれていく。愛依を演じた伊藤沙莉はテレビドラマで活躍した人気子役出身だが、『獣道』では金髪に染めてのヤンキーファッション、清純そうな中流家庭風ファッションなど自分を受けいれてくれる環境に応じて次々と擬態していく。自分の居場所を失いたくないために上半身裸になるシーンもあり、まさに体当たりの熱演で『獣道』を完走してみせた。 アダム「伊藤沙莉は本当にヤバいよ(笑)。彼女は女優としてもちろん人気もあるけど、大事なのは人気よりも演技ができるということ。彼女が脱ぐシーンは、脱ぐことで自分の心を見せる重要な場面だった。逆にSEXシーンでは脱いでない。彼女はちゃんとそのことを理解してくれて演じてくれた。彼女の所属事務所は、タレントではなく俳優をマネージメントしている、映画に対して理解のある会社でよかった。これが製作委員会方式だったら、『もっと有名なアイドルを使え』とか言ってきて、その結果このシーンもなくなっていたかもしれない。もしくはセールスのためにヌードシーンを増やすよう言われたかもしれない。内田監督は女優の演出がうまいし、キャスティングのセンスもいい。今回もすごくいいキャストが集まった。ヤンキー役の吉村界人もいいし、演技は初めてのアントニーも悪くない。子役時代も含めて長いキャリアのある須賀健太は安定していて、もう何も言うことがない(笑)。最初の編集段階での『獣道』はすごく長かったけど、俺は編集に関しては厳しい。最近の日本映画はダラダラしたのが多すぎる。映画は映像と音も大事だけど、テンポをよくしないと海外では観てもらえない。最初から最後まで監督と一緒になって映画をよくするための努力を惜しまない、それがプロデューサー」
日本映画のポスターがダサいのは原因があった!? 『獣道』プロデューサー、アダム・トレルが大放談の画像6
ヤンキー映画をプロデュースしたアダム氏に「ヤンキー座り、お願いします」と頼んだところ、こんな感じに……。
■日本のコメディは海外にも需要がある  これまで海外では、日本映画といえば三池崇史監督の『オーディション』(00)をはじめとするエクストリーム系か中田秀夫監督の『リング』(98)のようなホラー作品しか知られていなかったが、日本のインディペンデント系のコメディ作品には個性的な作品が多く、海外でも需要があると話す。 アダム「藤田監督の前作『全然大丈夫』(08)はロンドンで劇場公開されるほど人気が高かったから、『福福荘の福ちゃん』もつくった。三木聡監督も英国で人気がある。三木監督の『亀は意外と速く泳ぐ』(05)、『転々』(07)、『インスタント沼』(09)をDVD-BOXにしたら、すごく売れた。三木監督も藤田監督もモンティパイソンを見て育った世代で、彼らのちょっとブラックな笑いは英国人も大好き。日本のインディペンデント系監督のコメディはとても個性的で、海外でもっと売れる可能性がある。藤田監督や三木監督のオリジナル作品を求めているファンは海外に多い。日本には才能のある監督が他にもたくさんいる」  最後になったが、冒頭で触れた「日本映画のポスターがダサいのはなぜか」という問題について。アダム氏が運営する配給会社「Third Window Films」のwebサイトには日本のポスターとは異なる、オシャレな英語版のポスタービジュアルが並んでいる。日本と海外とでポスターがこうも違うのはどうしてなのか? アダム「日本の映画のポスターやフライヤーはすごく説明的。出演者は誰々で、どんなストーリーかも文字でびっしり説明されている。予告編もそう。日本のフライヤーと予告編を見たら、内容がだいたい分かってしまう。『これはどんな映画なんだろう』と見た人がもっとミステリアスに感じ、興味を持たせるようなものにしないとダメ。海外では日本の出演者が誰かということには興味が持たれないので、日本版のポスターをそのままは使えない。今後はますますオンデマンドが主流化していくから、キービジュルはより重要になってくる。それに映画はアートなんだから、ポスターやフライヤーもアートじゃないとね。日本映画のポスターやフライヤーがダサいのはデザイナーの責任ではなく、ディレクションしている映画会社の宣伝担当者の問題であり、ポスターやフライヤーにまで口を出してくる芸能事務所が大きな問題。主人公だけ映ったポスターを予定していたら、『うちの俳優もポスターに入れろ』『斜めじゃなくて、正面から顔が映ったものにしろ』とか文句を言ってくる。日本映画のポスターがどれもこれも同じように、出演者の顔だらけなのはそのため。映画のクリエイティヴな面にまで口を挟んでくる日本の芸能事務所はおかしい。まぁ、『獣道』のポスターはやり過ぎかもしれないけどね(笑)」  前作『下衆の愛』の上映期間中は、都内の上映館のエントランスにアダム氏が立ち、手作りのポストカードを入場者にひとりずつ配る姿が連日続いた。お客さんと話すことが楽しいし、お客さんから映画の感想や意見を聞いて、次回作はよりよいものにしたいという想いからだった。『獣道』でも都内での上映期間中は基本、映画館でお客さんを出迎え、見送るつもりだという。『獣道』をスクリーンで楽しんだ後は、ぜひアダム氏の生トークにも触れてみてほしい。 (取材・文=長野辰次/撮影=尾藤能暢)
日本映画のポスターがダサいのは原因があった!? 『獣道』プロデューサー、アダム・トレルが大放談の画像5
『獣道』 監督・脚本/内田英治 プロデューサー/アダム・トレル 主題歌/餓鬼連合(餓鬼レンジャーwith伊藤沙莉) 出演/伊藤沙莉、須賀健太、アントニー、吉村界人、韓英恵、冨手麻妙、松本花奈、川上奈々美、毎熊克哉、マシュー・チョジック、矢部太郎、でんでん、広田レオナ、近藤芳正、篠原篤、日高七海、大島葉子、アベラヒデノブ、川籠石駿平、根矢涼香、衣緒菜、森本のぶ、水澤紳吾、松井薫平 配給/スタイルジャム 7月15日よりシネマート新宿ほか全国順次公開中 (c)third window films http://www.kemono-michi.com ●アダム・トレル 1982年英国ロンドン生まれ。22歳のときに配給会社「Third Window Films」を立ち上げる。園子温監督の『愛のむきだし』(08)、『冷たい熱帯魚』『ヒミズ』(11)、『ラブ&ピース』(15)などを英国で配給し、園監督の海外での人気を高めた。資金集めが難航した園監督の『希望の国』(12)には共同プロデューサーとして参加。2014年より日本に来日しての映画製作も始め、『福福荘の福ちゃん』(14)や『下衆の愛』(16)をプロデュースしている。

人生落ちこぼれ組が結束する『パワーレンジャー』大ヒット作の裏側にいた仮面プロデューサーの存在

人生落ちこぼれ組が結束する『パワーレンジャー』大ヒット作の裏側にいた仮面プロデューサーの存在の画像1
おなじみ人気特撮ドラマ“スーパー戦隊シリーズ”がハリウッド大作『パワーレンジャー』として日本に逆上陸!!
 総製作費120億円が投じられたハリウッド大作『パワーレンジャー』は、全米をはじめ世界87カ国で公開され、大きな話題を呼んでいる。赤、青、桃、黄、黒とカラフルにカラーリングされた5人の仮面のヒーローたちが活躍する『パワーレンジャー』は米国で1993年にオンエアが始まった『マイティ・モーフォン・パワーレンジャー』のリブート作であり、そして『マイティ~』のベースとなったのが『恐竜戦隊ジュウレンジャー』(92~93年/テレビ朝日)だ。日本人にはおなじみのスーパー戦隊シリーズがルーツなだけに、『パワーレンジャー』も学校で落ちこぼれとなっている5人の若者たちが特訓を重ね、団結力を武器に悪の軍団と戦うことになる。クライマックスには巨大合体ロボットが登場するスーパー戦隊シリーズのお約束も踏襲されている。  40年以上の長い歴史を誇る東映スーパー戦隊シリーズだが、この人気長寿シリーズを語る上で、外すことができない伝説の企画者がいる。その名は「八手三郎」だ。スーパー戦隊シリーズの初期2作品『秘密戦隊ゴレンジャー』(75~77年/テレビ朝日)と『ジャッカー電撃隊』(77年/テレビ朝日)は人気漫画家・石ノ森章太郎が原作者としてクレジットされているが、第3作『バトルフィーバーJ』(79~80年/テレビ朝日)からは八手三郎原作となっている。『バトルフィーバー』から最後の決戦シーンに巨大ロボットが登場するなど、スーパー戦隊シリーズの基本パターンが確立されている。八手三郎は相当なアイデアマンである。また八手三郎はポール・バーホーベン監督の大ヒット映画『ロボコップ』(87)の元ネタとなった『宇宙刑事ギャバン』(82~83年/テレビ朝日)などのメタルヒーローものや、巨大合体ロボの先駆作『超電磁ロボ コン・バトラーV』(76年/テレビ朝日)といったアニメシリーズの原作者としても知られている。『仮面ライダー』(71~73年/毎日放送)のエンディング曲の作詞も手掛けるなど多彩な才能を持ち、長年にわたって第一線で活躍する一方、一度もマスメディアの前には姿を見せたことのないミステリアスな人物でもある。
人生落ちこぼれ組が結束する『パワーレンジャー』大ヒット作の裏側にいた仮面プロデューサーの存在の画像2
高校の補習クラスに通うジェイソン(デイカー・モンゴメリー)たちは、近くの鉱山で奇妙な5枚のメダルを見つける。
 特撮テレビ番組好きな方ならご存知だろうが、この八手三郎なる人物、最初は東映の社員プロデューサーだった平山亨氏の個人的なペンネームだった。東映の京都撮影所で映画の助監督や監督としてのキャリアを積んでいた平山氏がテレビドラマの脚本を書く際に使っていた変名が「八手三郎」だった。「何でもやってみよう」「やってそうろう」などの意味が込められたこの名前は語呂がよかったためか、東映テレビが制作したアニメ『コン・バトラーV』の担当プロデューサーも番組の原作者として八手三郎の名前をクレジットに使い始め、1970年代後半からは他の東映テレビのプロデューサーたちもしばしば使うようになり、やがて東映テレビのオリジナル作品であることを示すシンボリックな名前となっていった。架空人格として、平山氏個人とは別にひとり歩きするようになったわけだ。  本来は八手三郎の主人格だったはずの平山亨氏は、特撮テレビ番組の分野において数々の傑作ドラマを放った天才プロデューサーだった。『仮面ライダー』シリーズの立ち上げに加え、『人造人間キカイダー』(72~73年/テレビ朝日)や『宇宙鉄人キョーダイン』(76~77年/毎日放送)などのヒット作を石ノ森章太郎とのタッグで次々と生み出していった。スーパー戦隊シリーズの記念すべき第1作となった『ゴレンジャー』には平山氏ならではのユーモア感覚が溢れ、影のある『仮面ライダー』初期シリーズとは異なる魅力があった。アカレンジャーをはじめとする5人のヒーローたちが順番に名乗りを挙げるお約束シーンは歌舞伎の人気演目『白浪五人男』が元ネタであり、マスクを被って顔の見えないヒーローたちが戦う見せ場は、能や人形浄瑠璃の世界にも通じる。何よりもヒーローたちの顔が見えないことで、テレビを観ていた子どもたちは「自分もヒーローになれる」という願望を抱いた。ヒーローはひとりで孤独に戦うものというそれまでの特撮ドラマの常識を軽快に乗り越えてみせたスーパー戦隊シリーズは、90年代に入って米国の子どもたちも虜にしてしまう。
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クライマックスはパワーレンジャーたちが乗ったメカが合体した「メガゾード」で決戦に挑むお約束の展開!
 八手三郎名義の作品も含め、膨大な数のドラマを手掛けた平山亨氏。社員プロデューサーという立場を貫いたため、東映からの給料以外は手にすることはなかったそうだ。映画黄金期から斜陽期を迎えつつあった東映京都撮影所でキャリアをスタートさせ、黎明期にあった特撮ドラマのジャンルで大活躍した平山氏は仕事仲間たちと一緒に面白い作品をつくることに夢中で、社内での出世やお金儲けにはまるで興味を示さなかったと言われている。2013年7月に亡くなった平山氏の人柄について、平山氏と親交の深かったフリーのプロデューサーに話を聞いた。 「天性のお人よしと言われるほど、平山さんはとても人当たりがよかった。ファンを大切にし、いつも多くの企画を抱え、あっちこっちの現場を行き来していた人。東映本社の社員は平山さんを捕まえるのに苦労したそうです。平山さんのプロデュースする作品はどれも子ども目線で、茶目っ気があり、本人も永遠の子どものような心の持ち主でした。多くの作品を残していますが、平山さん自身が特に思い入れの強かったのは、初期のヒット作『仮面の忍者 赤影』(67~68年/関西テレビ)やホームドラマと特撮の世界を融合させたコメディ『がんばれ!!ロボコン』(74~77年/テレビ朝日)あたりだったんじゃないでしょうか」  なるほど。派手な仮面を被った忍者・赤影が仲間の白影や青影とのチームワークで巨大な敵と戦う特撮時代劇『赤影』は、現在も続くスーパー戦隊シリーズの原型だといえそうだ。また、平山氏の自伝『泣き虫プロデューサーの遺言状 TVヒーローと歩んだ50年』(講談社)には幼少期は体が弱かったため小学校への入学が1年遅れたこと、映画監督としてはヒット作を残すことができずにテレビ番組のプロデューサーに転身したことが回顧されている。『がんばれ!!ロボコン』の取り柄のないダメロボットのロボコンががむしゃらに張り切る姿に、どこか自分の心情を投影していたのかもしれない。  学校に自分の居場所を見つけることができない、肌の色や家庭環境の異なる5人の少年少女たちが特訓を重ねて、ヒーローへと目覚めていく『パワーレンジャー』は複雑な現在社会を生きる世界各国の子どもたちを夢中にさせている。大ヒットシリーズの裏側には、八手三郎という名の仮面のプロデューサーが存在した。 (文=長野辰次)
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『パワーレンジャー』 プロデューサー/ハイム・サバン 監督/ディーン・イズラライト 出演/デイカー・モンゴメリー、RJ・サイラー、ナオミ・スコット、ベッキー・G、ルディ・リン、ビル・ヘイダー、ブライアン・クランストン、エリザベス・バンクス 日本語吹替え版/勝地涼、広瀬アリス、古田新太、山里亮太、杉田智和、水樹奈々、鈴木達央、沢城みゆき 配給/東映 7月15日(土)より全国公開 (c)2017 Lions Gate TM&(c) Toei & SCG P.R. http://www.power-rangers.jp
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