
双葉(宮沢りえ)をはじめとする「幸の湯」を経営する幸野家の人々。世間の常識に縛られない、かなりユニークな一家。
リゾート地に行かずともワンコインで気軽に温泉気分が楽しめる銭湯は、庶民にとって心のオアシス。経営者の高齢化や建物の老朽化によって年々消えつつある銭湯だが、レトロな風情が漂うあの空間を愛する銭湯マニアなら見逃せない映画が『湯を沸かすほどの熱い愛』だ。主演女優・宮沢りえが脚本に惚れ込んで出演を即決した本作は、インディーズ映画『チチを撮りに』(12)がベルリン国際映画祭をはじめ世界各国で絶賛された新鋭・中野量太監督のオリジナル作品。昔ながらの銭湯を舞台に、宮沢りえ扮する肝っ玉母さんが家族に、そして銭湯に集まる人たちにありったけの愛情を注ぐ感涙作なのだ。本作で商業デビューを飾った中野監督が、銭湯というコミュニティー空間と血縁にこだわらない新しい家族の在り方について語った。

インタビューに応じた中野量太監督。「母にも観てもらいました。感想は聞いていませんが、多分喜んでくれているはずです(笑)」
――東京の下町の銭湯みたいに熱い熱い映画。中野監督が日本映画学校(現・日本映画大学)の卒業制作として撮った作品も銭湯が舞台だったとのこと。銭湯がどれだけ好きなのかが伝わってきます。
中野 はい、ボクが初めて撮った映画が『バンザイ人生まっ赤っ赤』(00)という作品で、銭湯が舞台でした。実家は京都なんですが、近所に銭湯が2つあり、友達がうちに遊びに来るとよく一緒に銭湯に行っていたんです。銭湯って不思議な空間ですよね。いろんな人たちが裸になって、同じ湯船に浸かり、知らないおじさんからも当たり前のように声を掛けられたりする。あの雰囲気が不思議で面白い場所だなと思っていたんです。絵的にもいいですよね。大きな富士山の壁絵があり、番台からは男湯も女湯も見渡せる。ボクがテーマにしている人と人との繋がりや親子の愛情を描くには最高の舞台だなと思って、映画学校の卒業制作で、舞台に選んだんです。今回、商業デビューするにあたって、オリジナル脚本ということで内容は任されていたので、自分らしさがいちばん発揮できて、初心に戻れる場所として、もう一度銭湯を舞台にしたドラマを描くことにしたんです。
――銭湯って日本ならではの文化ですが、『湯を沸かすほどの熱い愛』は海外での評判もいい。すでに香港、韓国、台湾などでの公開が決まったと聞きました。
中野 ヨーロッパはちょっと分かりませんが、アジアはけっこーいけそうですね(笑)。先日、釜山国際映画祭に参加したんですが、上映後のお客さんの反響がすごかった。最近の韓国は家族を描いた映画がヒットしていて、是枝裕和監督の作品もかなり人気があるみたいです。配給の方から「だから『湯を沸かすほどの熱い愛』もきっと韓国で当たるよ」と言ってもらっています(笑)。普遍的な家族のドラマを描けば、海外でも観てもらえるとは考えてはいたんですが、実際にアジア各国での公開が決まって、うれしいです。
――最近はジャグジータイプ、サウナや露天風呂付きの新しい銭湯もありますが、『湯を沸かすほどの熱い愛』は昔ながらのトラディショナルな銭湯。ロケ地にはこだわった?
中野 そこはこだわりました。基本、ボクが知っている銭湯、ボクが子どもの頃に通っていたような懐かしい銭湯で撮影したかったんです。昭和の香りがする銭湯をずいぶん探しました。映画の中の「幸の湯」は2軒の銭湯を組み合わせたものです。外観は足利市にある「花の湯」です。「花の湯」は内観も悪くなかったんですが、ボクの理想とする銭湯を求めて、さらに調べて回り、都内で最古級の銭湯「月の湯」を内観にしています。「月の湯」は2015年5月に廃業したんですが、すぐ取り壊される予定だったところを撮影の期間だけ延ばしてもらいました。営業中の銭湯だとどうしても休業日と平日の午前中だけしか撮影できないなどの制限があるんですが、「月の湯」では自由に撮影することができて、助かりました。撮影が終わった翌月には取り壊されましたが、都内で最古級の木造建築の銭湯を映画の中に残すことができてよかったなと思います。

『とと姉ちゃん』で注目を集めた杉咲花は宮沢りえの娘役を熱演。「演技の感度が違う。彼女の出演を前提で脚本を書いた」と中野監督。
■家族の繋がりは血縁だけではない。それを証明するための映画
――中野監督の銭湯愛を感じさせますが、中野監督は前作『チチを撮りに』もシングルマザーに育てられた2人の娘たちの成長物語で、今回も主人公の幸野双葉(宮沢りえ)は女手ひとつで娘・安澄(杉咲花)を育てているという設定。父親の不在も、中野監督の作品に共通しているテーマのように感じます。
中野 自分の中にある本当の感情を使って表現したいなと常に思っているんです。映画の世界でも、ウソはつきたくないんです。自分がちゃんと分かっている感情を使って演出することで、自信の持てる作品にできると考えています。ボク自身、父親を早くに亡くし、母親が女手で兄とボクを育ててくれました。双葉=ボクの母というわけではありませんが、母親の愛情のお陰でボクは育つことができたという想いがすごくある。なので、その感覚を使って、ウソのないものを描こうとすると、どうしても片親の物語になってしまうんです。
――主演の宮沢りえさんも、お母さんと二人三脚で芸能活動してきたことで有名でしたね。
中野 宮沢りえさんが主演を受けてくれたのも縁あってのことだったなと思います。最初は新人監督のボクが、『紙の月』(14)での演技が絶賛されていた宮沢さんにオファーしていいものかと躊躇しました(苦笑)。当たって砕けろと思い、脚本を送ったところ、読んだその日に出演を決めたそうです。宮沢さんはこれまで母親役のイメージはなかったんですが、実際にはお子さんを育てていますし、絶対にこの役をできると確信していました。存在感のある母親役ですが、宮沢さんは現場でも座長としてみんなを引っ張ってくれる姿がすごくかっこよかったですね。
――前半は双葉と安澄の母子の物語ですが、次第に母子の縦の関係だけでなく、「幸の湯」に関わる人たちが家族同然の関係へと広がっていくことに。
中野 家族って何だろうと考えてみると、血の繋がりだけが家族ではないとボクは思っているんです。家族の定義はないと思っていますし、もしあったとしても家族の数だけ定義はあると思うんです。だから、幸野家みたいにアンバランスな家族でも、家族だと言えると思うし、そのことを証明してみたくて映画にしたところがあります。でも唯一、家族として大切なものは食卓だとボクは考えているんです。ひとつ屋根の下で、食卓を囲んで一緒にご飯を食べるということが、もし家族の定義があるとすればそれが家族の証じゃないのかなと思うんです。逆に血が繋がっていても、同じ食卓を囲むことがない家族もいる。それって本当の家族なのかなというと、ちょっと難しいですよね。それもあって、幸野家が食事をするシーンは何度も登場させているんです。
――映画の撮影中はスタッフもキャストも同じ弁当を食べて、寝起きを共にする。撮影クルーも家族みたいなもの?
中野 そうですねぇ、映画の撮影隊ってひとつのチームですし、よく“組”って言い方しますしね。一緒に映画を作っているうちに、家族みたいな関係になっていきますね。撮影中、オダギリさんはよくひとりで食べようとするので、子役の女の子たちに「ちょっとお父さんのところに行って、『一緒に食べよう』と言ってきて」とけしかけていました。子どもたちに声を掛けられたら、オダギリさんも逆らえなかったみたいです(笑)。
――なるほど、カメラの裏側でも、中野監督は演出していたわけですか。
中野 もちろん。カメラの回っていないときも、いろいろ考えて演出しています(笑)。双葉たち幸野家がみんなそろって浴場を清掃するシーンがありますが、撮影とは別にクランクインの10日間くらい前に宮沢りえさんたちに集まってもらい、「月の湯」のご主人に清掃の仕方を教えてもらい、実際に掃除しました。銭湯の仕事を体験することで、キャスト間の親子感も生まれ、役づくりに繋がったんじゃないかと思います。でも、やっぱりオダギリさんだけいませんでしたけど(笑)。
――本作はかなりシリアスなホームドラマですが、オダギリジョー扮する頼りない父親の存在が笑いを誘う。
中野 オダギリさんの三の線の芝居が大好きなんです。『舟を編む』(13)の演技とか素晴しいですよね。オダギリさんが加わってくれたことは頼もしかったし、双葉(宮沢りえ)と安澄(杉咲花)との母子のドラマ部分はかなり熱い芝居だったので、オダギリさんがふっと力の抜いた芝居をしてくれたことで、すごくいいバランスになったと思います。そこも計算して脚本段階から練り込みました。

幸野家の人々が熱海旅行中に出会うバックパッカーの青年・拓海(松坂桃李)。彼も「幸の湯」にとって欠かせない一員となる。
■コミュニティー空間としての銭湯のこれから
――今も中野監督は銭湯に通っているとのこと。銭湯の素晴らしさを改めて語ってください。
中野 最近はたまにしか行けていませんが、やっぱり疲れたときは自宅の狭い浴槽ではなく、銭湯の広い湯船に浸かりたくなりますね。ダイエットしたいときも利用しています。子どもの頃は「銭湯の番台に上がっているオバさんは男の裸を見て恥ずかしくないのかな」なんて不思議に思っていました。今回の撮影中に、ボクも番台に上がってみました。番台って、浴場中が見渡せて眺めがいいんです。撮影の最終日には松坂桃李くんも番台に上がって喜んでいました。番台って、誰もが一度は座ってみたい場所みたいですね(笑)。あと、僕は銭湯の帰り道も好きなんです。風呂から上がって外を歩く機会ってあまりない。湯上がりに髪がまだちょっと濡れたまま家に帰るのっていいなと。冬だと外は暗くて寒いんですが、自分の家へこれから帰るんだという気持ちが際立ってくる。ボクは帰り道も含めて、銭湯は楽しいなと感じています。
――銭湯と同じように、街の映画館も知らない人たちが集まって、笑ったり泣いたり感情をあらわにする一種のコミュニティースペースだと思うんです。銭湯と映画館って、どこか通じるものを感じさせます。
中野 ミニシアターはお客さんとの距離感も近くて、確かにそんな感じがします。上映後などに気軽に話ができると面白いでしょうね。
――昔ながらの銭湯や街の映画館は年々姿を消しつつありますが、これからどうなっていくと中野監督は予測していますか?
中野 最近は若い人が古い銭湯の経営を受け継いでいるというケースがあるみたいです。銭湯の経営者とは血の繋がりのない若い人が、意欲を持って経営を引き継いで営業しているそうです。川口市の「喜楽湯」や京都市の「サウナの梅湯」はまさにそうです。新しく改装して機能的な銭湯にするのか、それとも古いまま残すのか、どちらが正解かは決められませんが、頑張っている銭湯は多いみたいですね。
――川越市の映画館「川越スカラ座」は2007年に一度閉館したものの、地元の若者たちがグループ経営する形で営業を再開しています。ヤル気のある若者たちが血縁にかかわらずに、街の公共財産を受け継ぐケースが増えていくといいですね。
中野 そういう映画館もあるんですね。いい話だなぁ。若者の映画離れが進んでいるなんて言われましたけど、『君の名は。』はあれだけ大ヒットしているわけですから、内容が面白ければ映画館に足を運ぶ予備軍はちゃんといるってことですよね。映画界の将来は決して暗くないとボクは思っています。
――オリジナル脚本で商業デビューを飾るわけですが、今後の抱負について聞かせてください。
中野 これまでオリジナル作品にこだわってきたので、基本はオリジナルを作っていきたいと思っています。でも、前作『チチを撮りに』から『湯を沸かすほどの熱い愛』まで3年ほど時間を要したように、どうしてもオリジナル作品をゼロから立ち上げていくのは時間も労力もかかってしまうんです。「次もオリジナルで撮っていいよ」と言われても、なかなかすぐには出来ない。今回の『湯を沸かすほどの熱い愛』に全力を注いだばかりですし(苦笑)。でも、それではプロの映画監督としては食べていけない。なので、面白い原作ものがあれば受けますし、その間にオリジナルの企画も温めて、ここぞというときにオリジナル作品で勝負できるといいなと思っているんです。人と人との関わりをテーマにした面白い話は、いくらでも作れる自信はありますので。
(取材・文=長野辰次)

『湯を沸かすほどの熱い愛』
脚本・監督/中野量太 主題歌/「愛のゆくえ」きのこ帝国
出演/宮沢りえ、杉咲花、伊東蒼、篠原ゆき子、駿河太郎、松坂桃李、オダギリジョー
配給/クロックワークス 10月29日(土)より新宿バルト9ほか全国ロードショー
(c)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会
http://atsui-ai.com

●なかの・りょうた
1973年京都府出身。日本映画学校の卒業制作『バンザイ人生まっ赤っ赤』(00)が日本映画学校今村昌平賞、TAMA NEW WAVEグランプリなどを受賞。助監督やテレビディレクターを経て、6年ぶりに撮った短編『ロケットパンチを君に!』(06)がひろしま映像展グランプリなどに輝く。35ミリフィルムで撮影した短編『琥珀色のキラキラ』(08)の後、初めての長編『チチを撮りに』(12)がSKIPシティ国際Dシネマ映画祭監督賞を受賞、ベルリン国際映画祭に正式招待されるなど高い評価を得た。2013年のTAMA CINEMA FPRUMでは「中野量太監督特集−作品に息づく人生賛歌」として『バンザイ人生まっ赤っ赤』『琥珀色のキラキラ』『チチを撮りに』が一挙上映された。中野監督自身が執筆したノベライズ版『湯を沸かすほどの熱い愛』(文春文庫)も発売中。