17日、山崎賢人と橋本環奈が登場した映画『斉木楠雄のΨ難』の女性限定ハロウィンイベントが開催された。しかし、現場ではグダグダすぎる仕切りにため息をつく記者が続出するものとなっていたようだ。 「『斉木楠雄のΨ難』は、『勇者ヨシヒコ』シリーズや、今年ヒットした映画『銀魂』などを手がけた福田雄一監督の最新作です。イベントは、別に時間が押す要素も見当たらないのに、予定より遅れてスタート。そこで巻きめで進行するかと思いきや、楽屋でやってくれと言いたくなるような会話をグダグダと繰り広げ、福田監督も、その話を引き延ばし続けるという状況でした。確かに、山崎が『明日が地球最後の日ならイナゴを食べます』と発言したり、橋本が睡眠時間3時間のショートスリーパーだという取れ高があったものの、終わってみれば予定より30分押していたうえ、作品とは関係ない話に脱線。司会もそれを止めずといった状況になり、いつになったら終わるのかと記者席の雰囲気は悪かったですよ」(映画ライター) 集まった観客にとっては、少しでも長く俳優らと触れ合えてサービスが良かったといったところだろうか。ちなみに福田監督といえば、以前にもイベントでの“前科”がある。 「2015年に公開された菅田将暉主演の映画『明烏 アケガラス』初日舞台挨拶の際に、福田監督は菅田を差し置いてムロツヨシとひたすらトークしていたんです。たまにそのことを、ほかの作品の舞台挨拶でネタにしていましたけど、当時を知っている記者などは、今回のとめどないトークに『またかよ』という感じでした」(同) なお、イベントの観客の入り具合もイマイチだったという。 「イベント会場は、お台場のヴィーナスフォート教会広場で、イベント参加者以外でも立ち見できるオープンスペースかつスタンディングでした。ただ、記念撮影で客バックになった際に、前方には人だかりができていたのですが、後方は平日ということもあってかスッカスカで、待機していた誘導員も手持ち無沙汰なようでした。作品本編については、イベント司会者が『試写でこんなに笑った作品はない』と熱弁を振るっていたものの、作品のことを知らないとギャグについていけず滑り気味で、もしかしたらテレビアニメの方が出来が良かったんじゃないかというのがマスコミの間でもっぱらのウワサで、会場の様子も併せて本当に大丈夫なのかなと一抹の不安は残るイベントになりましたね」(同) 主人公の斉木楠雄は超能力でなんでもできてしまうという設定だそう。ひとまずはその“パワー”で大ヒットとなることを祈りたい。映画『斉木楠雄のΨ難』公式サイトより
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松潤映画「大ヒット」に首をかしげる記者続出で“必死の演出”!? 有村架純の涙に助けられたとも
嵐・松本潤が主演し、有村架純との濃厚なラブシーンがあることでも話題の映画『ナラタージュ』が、今月7日から公開。その大ヒット舞台挨拶が16日に開催されたが、場内では大ヒット感を出すため“必死の演出”があったようだ。 「同イベントは『祝・大ヒット!』という触れ込みでしたが、初週は北野武監督の『アウトレイジ 最終章』に次ぐ2位、この日は2週目の週末の結果が出て、4位との速報もあり、興行成績が最終的に15億円に届くかどうかという結果に。大コケというほどでもありませんが、大ヒットと呼ぶには首をかしげたくなるレベルでしたね。そんな状況のため、大ヒットしている感を出すためか、客席をバックにした記念撮影になった際に、客たちに『大入』と書かれた紙袋を持たせていましたよ」(映画ライター) 興行収入が微妙な結果となってしまったのは、昨年12月28日発売の「週刊文春」(文藝春秋)に端を発する、松潤の二股疑惑報道が原因とも指摘される。 「本作は、幅広い年齢層の女性の観客が圧倒的に多い作品といわれているんです。興収がいまいち伸び悩んでいるのも、松潤のAV女優と井上真央との二股騒動が尾を引いてしまい、ターゲットにしていた客層が減ってしまったからなのでは。とはいえ、壇上では本作の行定勲監督が『クビがつながった』とも言っていたので、及第点までは行ったのかもしれませんが……」(同) また、このイベントでは、集まった記者たちを飽きさせてもいたという。 「こういった大型の作品によくあることですが、何度もイベントを打ち、露出を増やしてPRした結果、コメントが代わり映えしないものになってしまうんです。この日も、これまでと似たり寄ったりな話の内容に、記者たちは飽き飽きといった様子で、行定監督がサプライズで松潤と有村に手紙を書いて、それを司会が代読している最中に有村が泣きだしたため、やっとそこがフックになるというありさま。あの有村の涙がなければ、退屈なイベントで終わっていただけに、マスコミは助けられた形でしたね」(同) 今後も俳優活動の継続へ意欲を見せていたという松潤。この作品が代表作と、胸を張って言えるものになったのだろうか。
子宮という名のブラックホールに吸引される男たち 泥沼恋愛の結末『彼女がその名を知らない鳥たち』
快楽殺人鬼というどうしようもない社会的不適合者でも、世界で誰かひとりの役には立っているかもしれない。沼田まほかる原作小説の映画化『ユリゴコロ』は、フィクションならではの振り切ったミステリーだった。残念だったのは、少数の人間しか共感できないテーマの作品を、人気キャストを配しているという理由だけで全国300スクリーンで一斉公開した配給会社の心理のほうがよっぽどミステリーだったということだ。公開規模は『ユリゴコロ』の1/3ほどだが、蒼井優&阿部サダヲがダブル主演した『彼女がその名を知らない鳥たち』も同じく沼田まほかるの同名小説の映画化。実録犯罪映画『凶悪』(13)や『日本で一番悪い奴ら』(16)で脚光を集めた白石和彌監督が、痴情のもつれによる男女の泥沼劇を腰の据わった演出で撮り上げている。 『彼女がその名を知らない鳥たち』(以下『かの鳥』)の主人公である十和子役の蒼井優が、かつてなくエロい。十和子(蒼井優)は、ひと回り以上年上の男・陣治(阿部サダヲ)と同棲しているが、生活費はすべて陣治に払わせ、1日中マンションに籠ってはDVDをダラダラ観ながら、あちこちにクレームを付けまくるダウナーな日々を送っている。クレーム対応したデパートの売り場主任・水島(松坂桃李)が思いのほかいい男だったので、とりあえずホテルへGO。水島は妻子持ちだが、キスがやたらとうまい。ホテルでの行為中に十和子に「あー、と言って」と命じるなど、テクニシャンぶりを見せる。行為を終えた後は、タクラマカン砂漠の美しさについて語るなどのピロートークにも抜かりない。水島のSEXフルコースに十和子は身体の芯から酔いしびれる。蒼井優、阿部サダヲ主演の『彼女がその名を知らない鳥たち』。痴情のもつれが、恐ろしい事態を招いてしまう。
水島とのゲス不倫によって、十和子は自分を棄てた元彼・黒崎(竹野内豊)のことを忘れようとする。照明デザイナーを自称する黒崎は十和子に結婚の約束をしておきながら、資産家の国枝(中嶋しゅう)と寝るように持ち掛けてきた。十和子を貢いだお陰で国枝に気に入られた黒崎は、国枝の姪であるカヨ(村川絵梨)とさっさと結婚。別れの場で、黒崎は十和子の顔面が変形するほど殴りつける。サイアクな別れ方をした黒崎だが、今も十和子は心の痛みと共に黒崎のことが忘れられずにいる。一方の水島は「妻とは別れて、新しい生活を始めたい」と寝物語で十和子に語ってみせるが、どこか白々しい。水島もまた、心の中に空虚さを抱え、その空っぽさを忘れたいがために十和子との不倫SEXに汗を流す。 優しい顔して十和子にDVを振るう黒崎、ゲス不倫の常習犯であろう水島、そんな男たちにコロッと騙される十和子。そして、男たちの間を根なし草のように漂う十和子のことを盲目的に愛し、わがまま放題させている陣治。みんな、サイテーのクズ人間ばかり。上がり目のない下流人生を歩んでいる。だが、彼らは十和子を媒介にした一種の奇妙なコミュニティーとなっていることに気づかされる。 白石監督のデビュー作『ロストパラダイス・イン・トーキョー』(10)は知的障害を持つ兄とその世話を看る弟、そんな兄弟と一緒に暮らすデリヘル嬢との共同生活を描いたおかしな疑似家族の物語だった。その後も、白石監督は『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』と犯罪に手を染める疑似家族を撮り続けている。ロマンポルノ・リブート作『牝猫たち』(16)は肉体の繋がりを求める風俗嬢たちの物語だった。『かの鳥』もまたSEXで繋がる、奇妙な疑似家族の物語だと言えるかもしれない。人間はとても弱々しい動物なので、誰かと繋がっていないと不安で不安で堪らないのだ。『ユリゴコロ』に続いて、沼田まほかるの暗黒ワールドに出演した松坂桃李。エロいキスから、すでに前戯が始まっている。
『かの鳥』の登場人物たちは、み~んなクズ人間ばかりで、心の中に埋めがたい空虚さを抱えながら生きている。十和子に「きちんとしなさい」と常に上から目線で説教する姉の美鈴(赤澤ムック)も自身の生活に空虚さを感じているがゆえに、妹の十和子にあれこれと口を出してしまう。男も女も空虚さを忘れよう、逃れようとSEXにのめり込む。元お寺の住職で離婚歴、会社の倒産歴もある異色の経歴を持つ原作者の沼田まほかるに言わせれば、女はみんな子宮という名のブラックホールを体内に抱え込んでおり、男たちはどうしようもなくそのブラックホールに呑み込まれていく運命にあるらしい。そんな宇宙規模の空虚さには、誰も抗うことはできない。 クズ人間たちが空虚さに呑み込まれないための限界コミュニティーとして成立していた十和子とその周辺の人々だが、十和子を棄てた黒崎が5年前から失踪していたことが明らかになり、辛うじて危ういバランスを保っていたコミュニティーの崩壊が始まる。黒崎はただの出奔なのか、それとも何か事件に巻き込まれたのか。もし事件だとしたら、十和子のことを溺愛する陣治が怪しい。ドロドロの不倫劇が、後半からはサスペンスへと変調していく。冴えないオッサンである陣治が、十和子の目には急に不気味な存在に映って見える。 『かの鳥』は下流人生を歩むサイテーの人々の物語らしく、サイアクの結果が待ち受けている。観た人によっては「はぁ、バッカじゃないの?」と言いたくなるようなエンディングである。だが、その「バッカじゃないの?」と言いたくなる結末は、サイテーの人間が考えうる一生に一度きりの決断でもある。十和子のそれまでずっと空っぽのままだった心は、彼女がその名を知らないものによって初めて満たされることになる。一時的かもしれないが、十和子は自分の心が満たされたことで、心を満たしたものの正体を知る。もう誰も「バッカじゃないの?」とは口にできない。 (文=長野辰次)二枚目のイメージしかない竹野内豊だが、本作では女性を利用するだけ利用して棄てるサイテーのDV人間を演じてみせた。
『彼女がその名を知らない鳥たち』 原作/沼田まほかる 脚本/浅野妙子 監督/白石和彌 出演/蒼井優、阿部サダヲ、松坂桃李、村川絵梨、赤堀雅秋、赤澤ムック、中嶋しゅう、竹野内豊 配給/クロックワークス 10月28日(土)より新宿バルト9ほか全国ロードショー (C)2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会 http://kanotori.com
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カルト宗教と民間療法は信じる者だけが救われる!? プラシーボな神をめぐる暗黒アニメ『我は神なり』
神は存在する。ただし、神は存在しないという文脈においてのみ、神は存在する。言い換えれば、神は存在しないことを証明されるために存在する。つまり、神は数字のゼロのような存在だ。存在しないことによって存在する。そんな現実世界には実存しない神の解釈をめぐって、人々は長きにわたって争い、憎しみ合ってきた。実写映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)で大ブレイクしたヨン・サンホ監督の長編アニメ『我は神なり』(英題『FAKE』)では、神のご利益を説くことで信者たちからお金をむしり取るインチキ教団と、そんなインチキ宗教でもすがりつきたいと願う人々の心理を克明に描いた救いのないドラマが紡がれていく。 日本では今年9月から劇場公開が始まった『新感染』で実写映画デビューを飾り、『新感染』の前日談を描いた長編アニメ『ソウル・ステーション パンデミック』(16)も続いて公開され、ゾンビよりも人間のほうがよっぽど悪質で、おぞましい存在であることをこれでもかと見せつけたヨン・サンホ監督。8月来日時のトークイベントでは「日本のアニメや漫画の影響をすごく受けた。中でも今敏監督のリアリズム溢れる初期作品を観て、自分も映画をつくりたいと思った」と語った。なるほど、社会の底辺を生きる人々をリアルに描く作風は今敏監督の『東京ゴッドファーザーズ』(03)っぽくあり、最後の最後まで目が離せないサスペンスフルな演出は『パーフェクトブルー』(98)を思わせる。極彩色の悪夢『パプリカ』(06)を最後に、46歳の若さで亡くなった今敏監督の系譜を受け継ぐ才人が韓国から現われたことがうれしい。そんなヨン監督が2013年に発表した長編アニメが『我は神なり』。多くの人に好まれる宮崎駿アニメ風の欧州的な整った顔立ちではない、アジア人特有の平べったく、目の細く、筋ばった容姿のキャラクターたちが物語の主人公だ。宗教に頼らずには生きていけない人間の弱さをリアルに描いた長編アニメ『我は神なり』。ヤン・イクチュンらが声優として参加。
国家レベルの大規模な建設工事のために、村人全員が立ち退きを命じられた小さな集落に、とある宗教団体が訪れる。故郷を喪失することに動揺している村人たちは、若くてイケメンのソン牧師(声:オ・ジョンセ)を崇め、教団から分けてもらった神の水を呑めば万病に効くと信じ込んでいた。ソン牧師はあくまでも教団の表の顔で、詐欺師のギョンソク(声:クォン・ヘヒョ)が裏では仕切っている。他の土地へ移り住むために村人たちがもらっていた補償金を狙っての布教活動だった。神への信仰心として教団に献金すればするだけ、この世の苦しみから逃れることができるという。しかも、故郷を失う村人たちが一緒に暮らすことができる現世浄土としての施設「祈りの家」を、村人たちからの献金を元に建設するとギョンソクは約束する。世間から見捨てられた集落にしがみつくように暮らしてきた人々は、うさん臭い教団が提示した現代のユートピア計画にまんまと騙されてしまう。 性格もいいソン牧師に村人たちみんなが夢中になる中、1人だけ教団にツバを吐く人間がいた。ギャンブル好きな荒くれ男・ミンチョル(声:ヤン・イクチュン)は隣町の酒場でクダを巻いていた際に、ギョンソクがお金で雇ったサクラに足の不自由な信者を演じさせる打ち合わせの現場を目撃し、さらに警察署の指名手配書の中にギョンソクがいることに気づく。ミンチョルの娘・ヨンスン(声:パク・ヒボン)らも参加している教団の集会にミンチョルは乱入し、教団のインチキぶりを糾弾する。だが、ミンチョルは村人たちから嫌われていたため、娘のヨンスンも含め誰も彼の言葉に耳を傾けようとはしない。嫌われ者が暴くつらい現実よりも、人気者が語る甘い嘘をみんな信じようとする。 教団が分けてくれる神の水を毎日呑むことで、村の高齢者や難病に苦しんでいた人は一時的に元気になる。ただの砂糖水でも「これ、効くよ」と言って呑ませれば、身体の痛みを軽減させることができる。プラシーボ(偽薬)効果ってヤツだ。暗示によって、人間が本来持っている自然治癒力が高められる。民間療法や健康食品の効能の多くは、このプラシーボ効果によるもの。民間療法と宗教は信じる者だけが救われる。『我は神なり』で描かれる神さまとは、プラシーボな存在に過ぎない。それでも、村人たちはプラシーボな神さまにすがりつくしか選択肢はなかった。補償金という慣れない大金を手にした村人たちは、ヤン牧師のいる教団にこぞって献金することに。
カルト教団、新興宗教はこれまでにも映画の題材として度々取り上げられてきた。ビートたけし原作&出演作『教祖誕生』(93)では、情弱な人たちに付け込むインチキ教団の裏側がコミカルに描かれた。伊丹十三監督は遺作となった『マルタイの女』(97)で、カルト教団の反社会性について言及している。震災風俗嬢を主人公にした廣木隆一監督のオリジナル作『彼女の人生は間違いじゃない』(17)は、被災者たちが暮らす仮設住宅に新興宗教の勧誘が群がる現状について触れていた。サイエントロジーの創始者L・ロン・ハバードをモデルにして企画が生まれのは、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ザ・マスター』(12)。宗教団体の創設者(フィリップ・シーモア・ホフマン)は人間の心を癒す特殊能力を持っていたが、信者数が増えるにつれて組織は巨大化し、単なる集金システムへと変貌を遂げていく。地縁もなく、血縁にも頼ることができない下流社会に生きる人々にとっては、神が存在しようがしまいが、敷居の低い宗教団体に救いを求めるしかないというシビアな現実がある。 村人たちがソン牧師の説く神の存在を信じているのに、鼻つまみ者のミンチョルが「こいつらはインチキだ」とののしり回るため、せっかくのプラシーボ効果が台無しである。インチキ教団を取り仕切るギョンソクだけでなく、村人たちは自主的にミンチョルを村から排除しようする。人民寺院集団自殺事件を再現した恐怖映画『サクラメント 死の楽園』(13)のように、もはや村人たちは集団催眠状態に陥っていた。また、純粋に神の存在を信じているソン牧師にとっても、異分子ミンチョルは目障りだった。神さまの存在を盲目的に信じたことで、やがてこの村はサイアクの結果を迎えることになる。 神さまにすべてを捧げた村人たちは、ゼロに向かって突き進んでいく。神さまに近づくということは、財産も捨て、家も捨て、煩悩も捨て、自分自身を完璧なゼロへと近づけていくことなのだろうか。確かに神は存在する。ただし、神は存在しないという文脈においてのみ、神は存在する。そんな矛盾を背負いながら、人間はこの不完全な世界を生きていくしかない。 (文=長野辰次)「宗教なんかインチキだ」と叫ぶミンチョルは、教団の武闘派グループからボコボコにされる。神は神を信じない者にはとことん厳しい。
『我は神なり』 監督・脚本/ヨン・サンホ 声の出演/ヤン・イクチュン、オ・ジョンセ、クォン・ヘヒョ、パク・ヒボン 配給/ブロードウェイ 10月21日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国公開 (C)2013 NEXT ENTERTAINMENT WORLD INC.,&Studio DADASHOW All Rights Reserved. https://warekami-movie.com
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カルト宗教と民間療法は信じる者だけが救われる!? プラシーボな神をめぐる暗黒アニメ『我は神なり』
神は存在する。ただし、神は存在しないという文脈においてのみ、神は存在する。言い換えれば、神は存在しないことを証明されるために存在する。つまり、神は数字のゼロのような存在だ。存在しないことによって存在する。そんな現実世界には実存しない神の解釈をめぐって、人々は長きにわたって争い、憎しみ合ってきた。実写映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)で大ブレイクしたヨン・サンホ監督の長編アニメ『我は神なり』(英題『FAKE』)では、神のご利益を説くことで信者たちからお金をむしり取るインチキ教団と、そんなインチキ宗教でもすがりつきたいと願う人々の心理を克明に描いた救いのないドラマが紡がれていく。 日本では今年9月から劇場公開が始まった『新感染』で実写映画デビューを飾り、『新感染』の前日談を描いた長編アニメ『ソウル・ステーション パンデミック』(16)も続いて公開され、ゾンビよりも人間のほうがよっぽど悪質で、おぞましい存在であることをこれでもかと見せつけたヨン・サンホ監督。8月来日時のトークイベントでは「日本のアニメや漫画の影響をすごく受けた。中でも今敏監督のリアリズム溢れる初期作品を観て、自分も映画をつくりたいと思った」と語った。なるほど、社会の底辺を生きる人々をリアルに描く作風は今敏監督の『東京ゴッドファーザーズ』(03)っぽくあり、最後の最後まで目が離せないサスペンスフルな演出は『パーフェクトブルー』(98)を思わせる。極彩色の悪夢『パプリカ』(06)を最後に、46歳の若さで亡くなった今敏監督の系譜を受け継ぐ才人が韓国から現われたことがうれしい。そんなヨン監督が2013年に発表した長編アニメが『我は神なり』。多くの人に好まれる宮崎駿アニメ風の欧州的な整った顔立ちではない、アジア人特有の平べったく、目の細く、筋ばった容姿のキャラクターたちが物語の主人公だ。宗教に頼らずには生きていけない人間の弱さをリアルに描いた長編アニメ『我は神なり』。ヤン・イクチュンらが声優として参加。
国家レベルの大規模な建設工事のために、村人全員が立ち退きを命じられた小さな集落に、とある宗教団体が訪れる。故郷を喪失することに動揺している村人たちは、若くてイケメンのソン牧師(声:オ・ジョンセ)を崇め、教団から分けてもらった神の水を呑めば万病に効くと信じ込んでいた。ソン牧師はあくまでも教団の表の顔で、詐欺師のギョンソク(声:クォン・ヘヒョ)が裏では仕切っている。他の土地へ移り住むために村人たちがもらっていた補償金を狙っての布教活動だった。神への信仰心として教団に献金すればするだけ、この世の苦しみから逃れることができるという。しかも、故郷を失う村人たちが一緒に暮らすことができる現世浄土としての施設「祈りの家」を、村人たちからの献金を元に建設するとギョンソクは約束する。世間から見捨てられた集落にしがみつくように暮らしてきた人々は、うさん臭い教団が提示した現代のユートピア計画にまんまと騙されてしまう。 性格もいいソン牧師に村人たちみんなが夢中になる中、1人だけ教団にツバを吐く人間がいた。ギャンブル好きな荒くれ男・ミンチョル(声:ヤン・イクチュン)は隣町の酒場でクダを巻いていた際に、ギョンソクがお金で雇ったサクラに足の不自由な信者を演じさせる打ち合わせの現場を目撃し、さらに警察署の指名手配書の中にギョンソクがいることに気づく。ミンチョルの娘・ヨンスン(声:パク・ヒボン)らも参加している教団の集会にミンチョルは乱入し、教団のインチキぶりを糾弾する。だが、ミンチョルは村人たちから嫌われていたため、娘のヨンスンも含め誰も彼の言葉に耳を傾けようとはしない。嫌われ者が暴くつらい現実よりも、人気者が語る甘い嘘をみんな信じようとする。 教団が分けてくれる神の水を毎日呑むことで、村の高齢者や難病に苦しんでいた人は一時的に元気になる。ただの砂糖水でも「これ、効くよ」と言って呑ませれば、身体の痛みを軽減させることができる。プラシーボ(偽薬)効果ってヤツだ。暗示によって、人間が本来持っている自然治癒力が高められる。民間療法や健康食品の効能の多くは、このプラシーボ効果によるもの。民間療法と宗教は信じる者だけが救われる。『我は神なり』で描かれる神さまとは、プラシーボな存在に過ぎない。それでも、村人たちはプラシーボな神さまにすがりつくしか選択肢はなかった。補償金という慣れない大金を手にした村人たちは、ヤン牧師のいる教団にこぞって献金することに。
カルト教団、新興宗教はこれまでにも映画の題材として度々取り上げられてきた。ビートたけし原作&出演作『教祖誕生』(93)では、情弱な人たちに付け込むインチキ教団の裏側がコミカルに描かれた。伊丹十三監督は遺作となった『マルタイの女』(97)で、カルト教団の反社会性について言及している。震災風俗嬢を主人公にした廣木隆一監督のオリジナル作『彼女の人生は間違いじゃない』(17)は、被災者たちが暮らす仮設住宅に新興宗教の勧誘が群がる現状について触れていた。サイエントロジーの創始者L・ロン・ハバードをモデルにして企画が生まれのは、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ザ・マスター』(12)。宗教団体の創設者(フィリップ・シーモア・ホフマン)は人間の心を癒す特殊能力を持っていたが、信者数が増えるにつれて組織は巨大化し、単なる集金システムへと変貌を遂げていく。地縁もなく、血縁にも頼ることができない下流社会に生きる人々にとっては、神が存在しようがしまいが、敷居の低い宗教団体に救いを求めるしかないというシビアな現実がある。 村人たちがソン牧師の説く神の存在を信じているのに、鼻つまみ者のミンチョルが「こいつらはインチキだ」とののしり回るため、せっかくのプラシーボ効果が台無しである。インチキ教団を取り仕切るギョンソクだけでなく、村人たちは自主的にミンチョルを村から排除しようする。人民寺院集団自殺事件を再現した恐怖映画『サクラメント 死の楽園』(13)のように、もはや村人たちは集団催眠状態に陥っていた。また、純粋に神の存在を信じているソン牧師にとっても、異分子ミンチョルは目障りだった。神さまの存在を盲目的に信じたことで、やがてこの村はサイアクの結果を迎えることになる。 神さまにすべてを捧げた村人たちは、ゼロに向かって突き進んでいく。神さまに近づくということは、財産も捨て、家も捨て、煩悩も捨て、自分自身を完璧なゼロへと近づけていくことなのだろうか。確かに神は存在する。ただし、神は存在しないという文脈においてのみ、神は存在する。そんな矛盾を背負いながら、人間はこの不完全な世界を生きていくしかない。 (文=長野辰次)「宗教なんかインチキだ」と叫ぶミンチョルは、教団の武闘派グループからボコボコにされる。神は神を信じない者にはとことん厳しい。
『我は神なり』 監督・脚本/ヨン・サンホ 声の出演/ヤン・イクチュン、オ・ジョンセ、クォン・ヘヒョ、パク・ヒボン 配給/ブロードウェイ 10月21日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国公開 (C)2013 NEXT ENTERTAINMENT WORLD INC.,&Studio DADASHOW All Rights Reserved. https://warekami-movie.com
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北野監督を支え続ける森昌行プロデューサーが語る『アウトレイジ』三部作の舞台裏と北野映画の今後(後編)
オフィス北野の社長であり、北野監督作品のプロデューサーでもある森昌行氏へのロングインタビュー後編。『アウトレイジ』シリーズの個性的なキャスティングと『アウトレイジ 最終章』後の展望について尋ねた。 (前編はこちらから) ──“全員、悪人”というキャッチフレーズで始まった『アウトレイジ』シリーズが話題になったことで、それまでの芸能界の「好感度」がもてはやされる風潮にクサビを打ったんじゃないでしょうか。 森昌行 実録犯罪ドラマで大久保清を演じたこともありますし、たけしさん自身が悪役を好んでやりますよね。そのきっかけになったのは、たけしさんが俳優として注目を集めた大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』(83)です。たけしさんは坊主頭にして原軍曹という日本兵を演じたのですが、ラストシーンの「メリークリスマス、ミスター・ローレンス」という台詞で劇場に笑いが起きたんです。あんなシリアスな映画なのに自分のシーンで笑いが起きたことが、かなりショックだったようです。それもあって、あえてお笑いをやりながら悪役を演じるという難しいことにたけしさんは取り組み始めた。違和感なく役者をやれるようになるまで10年を要したと言っています。今では悪役が定着して、いいおじいちゃん役は映画では難しいでしょうね(笑)。極悪非道な役をやればやるほど、クールだと喜ばれる。そういう意味でも、お笑いと暴力は紙一重なのかもしれません。 ──ビートたけしの悪役ぶりに触発されるように、『アウトレイジ』シリーズでは西田敏行ら大物俳優たちも、それぞれ思い切った極道ぶりを披露していますね。 森 実は、西田さんが新人時代にバラエティー番組に出演していた頃、僕はそのバラエティー番組のADをやっていたんです。『アウトレイジ』が公開中のとき、フジテレビの廊下で西田さんとすれ違い、「森さん、俺にも悪いのやらせてよ」と頼まれたんです(笑)。西田さんみたいな大物俳優はそう簡単に出演してくれないだろうと思っていたんですが、「いい人の役ばかりで、ずっとイライラしていた。だから『アウトレイジ』には出たかった」と後から言われました。そういう経緯もあって、西田さんは撮影現場ではアドリブ連発でノリノリでした(笑)。 ■コワモテ俳優が集う『アウトレイジ』シリーズの現場 ──『ビヨンド』に続く『アウトレイジ 最終章』も実力派男優たちの顔面バトルの連続。撮影現場はかなりピリピリしていたのでは? 森 いえ、ピリピリした現場ではありませんでした。かといって、俳優たちがワーワーと騒いでいる現場でもなく、とても静かな現場でした。そんな中で、西田さんはカメラが回り出すとメリハリのついた演技を次々と見せる。北野監督は「プロの俳優はやっぱり違うな」と感心していたぐらいです(笑)。 ──花菱会の若頭・西野(西田敏行)が「迷惑もハローワークもあるかいっ」と捲し立てる場面がありますが、あれはアドリブ? 森 西田さんがアドリブで考えた台詞です(笑)。西田さんは他にもアドリブを連発していました。元証券マンの新会長(大杉漣)に向かって「ジェニ(銭)ジェニ♪って、リトル・リチャードじゃあるまいし」なんて台詞も飛ばしていたんですが、ほとんど編集でカットされています。西田さんは昨年入院されていたので心配していたんですが、自分の出番になると大変な集中力を見せてくれました。やっぱり、すごい俳優だなと思いましたね。 ──『最終章』からの出演となる花菱会直参幹部・花田役のピエール瀧も面白い存在です。凄んでみせるけど、どこかおかしみがある。 森 本物のヤクザではない、お金の力で幹部に取り立ててもらった半グレ上がりという設定ですね。まだヤクザの世界のことがよく分かっておらず、自分の指を詰めるのを怖がっている。ヤクザ然としていないところが、ぴったりだったんじゃないでしょうか。彼がいたことで、逆に塩見三省さんの凄みが際立ったように思います。 ──第1作には短い出番でしたがマキタスポーツが出ていましたし、ミュージシャンはドラマに出ると独特の面白さを発揮しますね。 森 ピエールさんが電気グルーヴで活躍していることはもちろん知っていましたが、ミュージシャンであることを意識してキャスティングしたわけではありません。でも、やっぱりミュージシャンの方は台詞の間を外すことがないし、話し方もリズミカルですね。たけしさんも「ミュージシャンはコントをやらせてもうまい」と言っています。テレビ番組のADを振り出しに映画プロデューサーとなった森昌行氏。北野武監督、そしてビートたけしの最大の理解者でもある。
■本職の俳優顔負けの存在感を放った男 ──『アウトレイジ』シリーズの意外なキャスティングで外せないのは、『ビヨンド』からフィクサー役で出演している金田時男さん。俳優ではなく、まったくの素人だと聞いています。 森 たけしさんは金田時男さんの息子さんと知り合い、個人的な付き合いがあったそうです。それで食事を一緒にするうちに、父親である金田時男さんを紹介され、戦後の日本をどう生きてきたかといった話をされ、その話がとても面白かったそうです。また、金田時男さんは松田優作さんの自伝なども読まれ、「お金はいくら稼いでも、いつかは消えてしまう。その点、俳優は映画にその姿を残すことができて羨ましい。とんでもないと思うかもしれないが、北野作品に自分の姿を刻みつける機会があればお願いできないか」とたけしさんにお願いしたそうです。金田さんは顔つきがいいし、あの存在感は本職の俳優たちにも負けていない。それで『ビヨンド』では台詞がほとんどなかったんですが、張会長として出演してもらい、『最終章』ではストーリーの展開上、出番も台詞もかなり増えることになったんです。 ──2014年に亡くなった高倉健さんですが、北野映画に出演かという噂が何度も上がりました。実際にオファーはされていたんでしょうか? 森 高倉健さんがご存命中に「こういうのをやりませんか」と企画を提案させていただいたことはありました。ただ提案書だけではなく、ある程度のホン(脚本)を用意しないとダメだと健さんの出演作をプロデュースされた方からは聞いていたので、北野組は脚本が変更することは多々ありますが、シノプスよりは詳しいものを準備しました。健さんもずいぶん考えてくれたみたいですが、自分がやる役ではないんじゃないかと丁寧に断られたというのが事実です。 ──『アウトレイジ』シリーズや先ほど出た「ヤクザ名球会」ではなかったんですね? 森 違います。映画化された企画へのオファーではなく、まったく別の企画でした。健さんの出演が決まっていなかったので、他のキャストへのオファーもしていない状態だったので、その企画は実現はしていないんです。金の力で花菱会の幹部に成り上がった花田(ピエール瀧)。花菱会と張会長グループとの抗争の火種となる。
■恋愛小説『アナログ』の映画化の可能性は? ──『アウトレイジ』シリーズの完結後は、どのように考えていられるんでしょうか? ビートたけし初の恋愛小説ということで9月に発売されたばかりの『アナログ』(新潮社)も話題となっていますが……。 森 北野監督の頭の中には、次回作はどうするのか、バイオレンス映画をまた撮るのかどうかといった考えはあるようですが、それはそのときの気分によって変わるものなので、これからのことは『アウトレイジ 最終章』が興行的に成功して、そこから初めて「じゃあ、次回はどうするか」という話になります。もちろん、『アナログ』は出版されたばかりで話題性もあるので次回作の候補にはなり得ますが、最終的にはビジネスサイド、お金を出してくれる人たちが納得してくれないと次へは進めません。また、原作小説があっても、それを映画としてどう広がりのあるものにしていくかというアイデアも必要になってきます。『アウトレイジ』の前や『龍三と七人の子分たち』の前も、北野監督は別の企画を提案していたんですが、どの企画が優れている優れていないではなく、どの企画が実現可能かどうかということなんです。我々は大ヒットメーカーではありませんが、ヒットメーカーとしての立場は守っていかなくてはいけない。興行的に成功を見込める作品を作っていくことが責務でもあるんです。それと北野組には大きなハードルがあるんです。たけしさんはテレビの仕事もしているのでテレビの収録をする“テレビ週”と映画の撮影をする“映画週”とが隔週ごとに分かれていて、他の映画よりも機材費や人件費が2倍必要になってくるため、リクープラインが高くなっているんです。いろんな企画のアイデアを持っている北野監督は歯がゆいかもしれませんが、プロデューサーとしては企画選びは慎重にならざるを得ないんです。 ──北野監督の初期を代表するバイオレンス映画の傑作『ソナチネ』の後に『キッズ・リターン』(96)のような名作が生まれているだけに、ファンは次回作も大いに期待してしまいます。 森 いやいや、『キッズ・リターン』の前には『みんな~やってるか!』(95)がありましたし、94年にはバイク事故も起こしています(苦笑)。バランスが大きく崩れることもあるわけです。それで『座頭市』が大ヒットして喜んでいたら、また『TAKESHIS’』で沈んで……ということになっています。今の興行システムでは、それは許されないんです。単館でもロングラン上映してくれる映画館が全国に20~30館もあればビジネス的に可能なんですが、今はそんな劇場は国内には1~2館しかないというのが現状です。観客動員100万人という数字は、東京ドームを20日連続で満員にしなくちゃいけないということ。ローリングストーンズでもできるかどうか。シネコンのシステムの中でヒットさせるということは、そういうことなんです。 ──森プロデューサーはそんな重責を担っていながら、毎年11月に開催される映画祭「東京フィルメックス」のエクゼクティブプロデューサーも務めている。めちゃめちゃ大変じゃないですか。 森 「東京フィルメックス」は“アジアの若手監督を紹介する映画祭”という建前は非常に美しいのですが、内情はとても厳しいです(苦笑)。カンヌやベネチアといった映画祭でも近年はだんだん地味になってきているぐらいですからね。 ──最近のフィルメックス上映作品だと、中国のジャ・ジャンクー監督の『罪の手ざわり』(13)や奥田庸介監督の『クズとブスとゲス』(15)などは、とても面白い作品でした。 森 いい映画でしたねぇ。アジアにはまだまだ優れた才能がいることは我々も分かってはいるんですが、彼らの作品を定期的に公開できる環境が整っていない状況なんです。大量消費の時代にあって、いくら良作を作ってもビジネス的には難しい。多様化の時代と言われていますが、現実は全然多様化していません。みんな、マスのほうへ向かっているのが現状です。マスでなければ、いわゆるオタクと呼ばれる趣味趣向の世界になり、メジャーにはなり得ない。シネコンとは異なる、新しい受け皿づくりは今後の大きな課題かもしれません。 (取材・文=長野辰次)『アウトレイジ ビヨンド』に続き、日韓の裏社会を牛耳るフィクサー・張会長(金田時男)は独特の存在感を見せる。
●森昌行(もり・まさゆき) 1953年鳥取県生まれ。テレビ番組製作会社でADとして過ごし、最初にチーフディレクターを務めたバラエティー番組『アイドルパンチ』(テレビ朝日)をきっかけに、司会のビートたけしと親交を深める。88年の「オフィス北野」の設立に参加し、92年から代表取締役社長に就任。89年の北野監督の監督デビュー作『その男、凶暴につき』から全ての北野作品をプロデュースしている。また、例年11月下旬に開催されるアジアを中心にしたインディペンデント系の映画祭「東京フィルメックス」の運営も手掛け、若手映像作家の育成にも取り組んでいる。
『アウトレイジ 最終章』 監督・脚本・編集/北野武 音楽/鈴木慶一 撮影/柳島克己 照明/高屋齋 出演/ビートたけし、西田敏行、大森南朋、ピエール瀧、松重豊、大杉漣、塩見三省、白竜、名高達男、光石研、原田泰造、池内博之、津田寛治、金田時男、中村育二、岸部一徳 配給/ワーナー・ブラザース映画、オフィス北野 R15+ 10月7日(土)より全国ロードショー (c)2017『アウトレイジ最終章』製作委員会 http://outrage-movie.jp
北野武監督を支え続ける森昌行プロデューサーが語る『アウトレイジ』三部作の舞台裏と北野映画の今後(前編)
“世界のキタノ”こと北野武監督が衝撃デビューを果たした『その男、凶暴につき』(89)から、常に北野映画を支えてきたのが森昌行プロデューサーだ。またオフィス北野の社長として、テレビの第一線で活躍を続ける人気タレント・ビートたけしのマネジメントも手掛けている。多彩なキャストを配し、経済至上主義となった現代社会の風刺にもとれるバイオレンスエンターテイメント『アウトレイジ』シリーズは、どのようにして生まれたのか。そして、トリロジー完結編『アウトレイジ 最終章』を完成させ、北野映画はこれからどこへと向かうのか。北野監督の才能を誰よりも愛するがゆえに、時にシビアな判断も迫られる森プロデューサーが北野映画の裏側を語った。 ──2010年に公開された第1作『アウトレイジ』は独創的なバイオレンスシーンが話題となり、スマッシュヒットを記録しました。もともとは前作『アキレスと亀』(08)の主人公・真知寿がいろんな自殺方法を試すシーンで危なすぎて使えなかったネタから生まれたそうですね。 森昌行 我々はデスノートと呼んでいるんですが、死に方帳みたいなものをたけしさんは持っているんです(笑)。お笑いのネタ帳と同じように、面白い死に方や殺し方を思いついたら、たけしさんは『アキレスと亀』以前からメモしていました。子どもが自由に落書きするみたいな感覚なんですが、その手帳を持ち歩いているときに警察に尋問されたら、きっとテロリストとして逮捕されるでしょうね(笑)。 ■笑いほど残酷なものはない ──北野監督にとっては、笑いも死も同価値のものなんですね。 森 北野さんは昔から言っているんですが、「笑いとは残酷なものだ」と。また、「笑いは悪魔のように忍び寄る」とも言っています。お笑いって、シリアスな状況であればあるほど、そこで起きる笑いも大きくなるわけです。お葬式みたいに絶対笑ってはいけない場で、誰かがおならをするとおかしくて仕方ない。それがたけしさんの言う「笑いが悪魔のように忍び寄る」ということなんです。これは突発的に起きる暴力と同じようなもの。だから、笑いってすごく暴力的なものなんだ、というのがたけしさんの持論です。チャップリンが言っていたそうですが、「ホームレスがバナナの皮で転ぶより、大統領がバナナの皮で転んだほうが面白い」と。権力を持っている人間が転んだほうがおかしいわけです。だから、たけしさんも「お笑いをやっているからには俺は文化勲章をもらうんだ」と言っています。文化勲章をもらった翌日、立ちションで逮捕されたら、そのギャップが笑いを生むわけです。たけしさんはいつも笑いをベースに考えていて、その延長線に暴力も並んでいるようですね。 ──北野映画は“死生観”“破滅衝動”がテーマだとも言われています。 森 確かに「北野監督の作品は死がテーマになっている」と言われていたことが初期の頃はありました。でも、たけしさんに言わせれば「いや、そうじゃないんだ。今の時代は生に光を当て過ぎているんだ」ということなんです。たけし流に言えば、なぜ死を忌み嫌うのか、生きることにしか光を当てないほうがおかしいよ、ということ。人間の死を描くことは生を描くということでもあるんです。北野監督にとっては、死に方=生き方なんです。北野映画にこの人あり。森昌行プロデューサーがいたから、『ソナチネ』や『キッズ・リターン』などの傑作が誕生した。
■内面三部作は監督にとって必要な作品だった ──北野作品は、笑いと暴力、生と死が隣り合わせになっているわけですね。『アウトレイジ ビヨンド』(12)は北野監督にとっては初の続編。第1作のラスト、刑務所で刺殺されたはずの大友組の組長・大友(ビートたけし)が実は生きていたという『ビヨンド』のアイデアは、森プロデューサーの発案だったと聞いています。 森 ハハハ、それは事実です(笑)。確かに北野監督はそれまでシリーズものを作ることはせず、『アウトレイジ』も1作で完結させたつもりだったはずです。北野監督と揉めたわけではないんですが、これはプロデューサー個人の話として聞いてください。プロデューサーという仕事は、クリエイティブサイドとビジネスサイドとのブリッジ役だと認識しています。クリエイティブサイドに関しては、北野監督の意思を最大限に尊重したい。でも一方のビジネスサイドに立てば、プロデューサーは出資者たちへの責任があるわけです。作品を完成させるだけでなく、興行的にも成功を収めなくてはいけません。『アウトレイジ』の前に撮った、『TAKESHIS’』(05)、『監督・ばんざい!』(07)、『アキレスと亀』の3作品は正直なところ、ビジネス面で成功したとは言えませんでした。 ──北野監督の内面を描いた三部作、どれも興味深い作品でした。 森 もちろん、3作品とも内容は評価はされており、それぞれ海外の映画祭にも呼ばれています。北野監督の作家性には悪影響は何らもたらしていません。また、『座頭市』(03)の後、自分が撮りたいのはこれだという明確なものが見つからない混迷期に入り、北野監督にとっては新しい出口を探り出すために必要な3作だったと思います。決して開き直って、弁明しているわけではありません(笑)。そこで3作を撮り終えた北野監督に提案したのが、「十八番中の十八番であるバイオレンスエンターテイメントをやりましょう」ということでした。実験的な作品は避けて、北野監督が最も得意とするバイオレンスアクションに戻ろうと。でも、それは『その男、凶暴につき』や『3-4x 10月』(90)や『ソナチネ』(93)をもう一度撮るということではないし、そうならないと確信していました。北野監督はそれまでにいろんな作品を撮ってきたので、バイオレンスアクションを撮っても初期作品とは同じものにはならないはずだという期待もありました。『アウトレイジ ビヨンド』でマル暴刑事・片岡(小日向文世)を射殺した大友(ビートたけし)は韓国の済州島に身を潜めていたが……。
■『アウトレイジ』に科せられた高いハードル ──北野映画初出演組を中心にした多彩なキャスティングも、『アウトレイジ』シリーズならでは。 森 それまでの北野監督は、色のついた俳優を起用することをあまり好みませんでした。自分の言うとおりに役者は動いてほしいと考えていたようです。それもあって、寺島進や大杉漣さんといった北野組と呼ばれる常連俳優たちをいつも起用していたんです。ですが、いろんな作品を撮ってきたことで北野監督はどんな俳優が来ても充分にやれるはずだという読みがこちらにはあり、『アウトレイジ』は北野組ではない俳優を使いましょうと提案しました。ビジネス的に前3作が成功しなかったということも、プロデューサーとして大きくありました。『アウトレイジ』がもし失敗したら、監督生命が危ぶまれる……くらいの危機感がありました。4作連続でリクープできなければ、メディアが“世界のキタノ”と持ち上げても、ビジネスパートナーたちはパートナーシップを解消してしまう。そうなれば、北野監督は好きなように映画を撮ることもできなくなる。『アウトレイジ』に関しては、私は観客動員100万人をボーダーラインとして考えていました。そのくらいの大ヒットじゃないと、過去3作のマイナスイメージを払拭できないと、スタッフ全員にハッパを掛けていたんです。いざ、劇場公開してみると観客動員は80万人程度でした。ヒットはヒットなんですが、私の設定していた目標値には達していなかった。そこで、たけしさんには「大友は生きているというアイデアはどうですか? 大友の死体は映していませんし」と私から持ち掛けて、『アウトレイジ』のDVDがリリースされるタイミングで、続編製作を正式発表することでヒット感を打ち出しました。その甲斐あって、『アウトレイジ』のDVDセールスは伸び、その勢いが第2作『アウトレイジ ビヨンド』へと続いたんです。 ──北野監督と森プロデューサーには長年の信頼関係があるわけですが、それでも「大友は生きている」というアイデアを切り出すタイミングは気を使ったんじゃないですか? 森 もちろん、そうです。下手なタイミングで切り出せば、一蹴されてしまう可能性もありました。でも、たけしさんにも思うところがあったんだと思います。「大友が生きているなら、こういうストーリーになるな」とアイデアを膨らせてくれました。その結果、『ビヨンド』は第1作を越える興収結果を残し、『ビヨンド』で終わってもよかったんですが、今度は北野監督が乗って、「次は大友が韓国へ逃げて……」と3作目まで作ることになったんです。まぁ、すぐに『アウトレイジ 最終章』を作るのではなく、一度違うベクトルに振ったほうがいいだろうと思い、たけしさんがネットで発表した短編小説『ヤクザ名球会』を『龍三と七人の子分たち』(15)として映画化することにしました。幸い、こちらもうまくヒットすることができました。 ──北野監督ほどの才能と実績とネームバリューがあっても、常に数字を残さなくてはいけない時代ですね。 森 やはり、シネコンというシステムの中では、興行成績というものが中心になっています。『HANA-BI』(98)の頃はアートハウス系でロングラン公開され、口コミで動員することができました。『HANA-BI』を1年間にわたって上映し続けた映画館もあったほどです。海外の映画祭で受賞したことで宣伝費も使わずに済みました。でも、そういったアートハウス系の映画館はほとんど消えてしまい、今はシネコンで上映するしかありません。ある意味、シネコンは残酷な世界です。公開初週の土日にどれだけ観客動員できたかで、公開期間も決められてしまう。宣伝費も『HANA-BI』の頃に比べて、10倍必要になっています。そんな中で、ただ作家性を重視した作品を撮っても、自己満足で終わってしまうことになってしまう。シネコンに作品を掛けるということは、メジャー指向で大量動員することが前提となっています。『HANA-BI』や『座頭市』くらいまでは海外マーケットもそれなりの市場だったんですが、今はアジア映画が海外で占める市場はとても縮小されています。嫌だと思っていても、日本の大量動員システムの中で勝負し、勝ち残っていくしかないんです。エンターテイメントに徹しないと、この国では映画を撮ることはできません。海外でインタビューを受けると「なぜ、北野監督は今もテレビ出演を続けているのか?」と質問されることがありますが、今の日本では映画を撮っているだけでは食べてはいけないからなんです。よっぽど慎ましい生活にすれば別でしょうけど。そういったことも含め、マネジメントも考えざるをえない。当然、たけしさんも年齢を重ね、テレビの世界では新しい人間も出てくる。今後、映画監督としてタレントとして、どう続けていくかは大きなテーマですね。 (取材・文=長野辰次/後編につづく) ●森昌行(もり・まさゆき) 1953年鳥取県生まれ。テレビ番組製作会社でADとして過ごし、最初にチーフディレクターを務めたバラエティー番組『アイドルパンチ』(テレビ朝日)をきっかけに、司会のビートたけしと親交を深める。88年の「オフィス北野」の設立に参加し、92年から代表取締役社長に就任。89年の北野監督の監督デビュー作『その男、凶暴につき』から全ての北野作品をプロデュースしている。また、例年11月下旬に開催されるアジアを中心にしたインディペンデント系の映画祭「東京フィルメックス」の運営も手掛け、若手映像作家の育成にも取り組んでいる。老舗暴力団・花菱会の若頭・西野(西田敏行)と若頭補佐の中田(塩見三省)。実力派俳優たちの老練なやりとりは大きな見どころ。
『アウトレイジ最終章』 監督・脚本・編集/北野武 音楽/鈴木慶一 撮影/柳島克己 照明/高屋齋 出演/ビートたけし、西田敏行、大森南朋、ピエール瀧、松重豊、大杉漣、塩見三省、白竜、名高達男、光石研、原田泰造、池内博之、津田寛治、金田時男、中村育二、岸部一徳 配給/ワーナー・ブラザース映画、オフィス北野 R15+ 10月7日(土)より全国ロードショー (c)2017『アウトレイジ最終章』製作委員会 http://outrage-movie.jp
北野武監督を支え続ける森昌行プロデューサーが語る『アウトレイジ』三部作の舞台裏と北野映画の今後(前編)
“世界のキタノ”こと北野武監督が衝撃デビューを果たした『その男、凶暴につき』(89)から、常に北野映画を支えてきたのが森昌行プロデューサーだ。またオフィス北野の社長として、テレビの第一線で活躍を続ける人気タレント・ビートたけしのマネジメントも手掛けている。多彩なキャストを配し、経済至上主義となった現代社会の風刺にもとれるバイオレンスエンターテイメント『アウトレイジ』シリーズは、どのようにして生まれたのか。そして、トリロジー完結編『アウトレイジ 最終章』を完成させ、北野映画はこれからどこへと向かうのか。北野監督の才能を誰よりも愛するがゆえに、時にシビアな判断も迫られる森プロデューサーが北野映画の裏側を語った。 ──2010年に公開された第1作『アウトレイジ』は独創的なバイオレンスシーンが話題となり、スマッシュヒットを記録しました。もともとは前作『アキレスと亀』(08)の主人公・真知寿がいろんな自殺方法を試すシーンで危なすぎて使えなかったネタから生まれたそうですね。 森昌行 我々はデスノートと呼んでいるんですが、死に方帳みたいなものをたけしさんは持っているんです(笑)。お笑いのネタ帳と同じように、面白い死に方や殺し方を思いついたら、たけしさんは『アキレスと亀』以前からメモしていました。子どもが自由に落書きするみたいな感覚なんですが、その手帳を持ち歩いているときに警察に尋問されたら、きっとテロリストとして逮捕されるでしょうね(笑)。 ■笑いほど残酷なものはない ──北野監督にとっては、笑いも死も同価値のものなんですね。 森 北野さんは昔から言っているんですが、「笑いとは残酷なものだ」と。また、「笑いは悪魔のように忍び寄る」とも言っています。お笑いって、シリアスな状況であればあるほど、そこで起きる笑いも大きくなるわけです。お葬式みたいに絶対笑ってはいけない場で、誰かがおならをするとおかしくて仕方ない。それがたけしさんの言う「笑いが悪魔のように忍び寄る」ということなんです。これは突発的に起きる暴力と同じようなもの。だから、笑いってすごく暴力的なものなんだ、というのがたけしさんの持論です。チャップリンが言っていたそうですが、「ホームレスがバナナの皮で転ぶより、大統領がバナナの皮で転んだほうが面白い」と。権力を持っている人間が転んだほうがおかしいわけです。だから、たけしさんも「お笑いをやっているからには俺は文化勲章をもらうんだ」と言っています。文化勲章をもらった翌日、立ちションで逮捕されたら、そのギャップが笑いを生むわけです。たけしさんはいつも笑いをベースに考えていて、その延長線に暴力も並んでいるようですね。 ──北野映画は“死生観”“破滅衝動”がテーマだとも言われています。 森 確かに「北野監督の作品は死がテーマになっている」と言われていたことが初期の頃はありました。でも、たけしさんに言わせれば「いや、そうじゃないんだ。今の時代は生に光を当て過ぎているんだ」ということなんです。たけし流に言えば、なぜ死を忌み嫌うのか、生きることにしか光を当てないほうがおかしいよ、ということ。人間の死を描くことは生を描くということでもあるんです。北野監督にとっては、死に方=生き方なんです。北野映画にこの人あり。森昌行プロデューサーがいたから、『ソナチネ』や『キッズ・リターン』などの傑作が誕生した。
■内面三部作は監督にとって必要な作品だった ──北野作品は、笑いと暴力、生と死が隣り合わせになっているわけですね。『アウトレイジ ビヨンド』(12)は北野監督にとっては初の続編。第1作のラスト、刑務所で刺殺されたはずの大友組の組長・大友(ビートたけし)が実は生きていたという『ビヨンド』のアイデアは、森プロデューサーの発案だったと聞いています。 森 ハハハ、それは事実です(笑)。確かに北野監督はそれまでシリーズものを作ることはせず、『アウトレイジ』も1作で完結させたつもりだったはずです。北野監督と揉めたわけではないんですが、これはプロデューサー個人の話として聞いてください。プロデューサーという仕事は、クリエイティブサイドとビジネスサイドとのブリッジ役だと認識しています。クリエイティブサイドに関しては、北野監督の意思を最大限に尊重したい。でも一方のビジネスサイドに立てば、プロデューサーは出資者たちへの責任があるわけです。作品を完成させるだけでなく、興行的にも成功を収めなくてはいけません。『アウトレイジ』の前に撮った、『TAKESHIS’』(05)、『監督・ばんざい!』(07)、『アキレスと亀』の3作品は正直なところ、ビジネス面で成功したとは言えませんでした。 ──北野監督の内面を描いた三部作、どれも興味深い作品でした。 森 もちろん、3作品とも内容は評価はされており、それぞれ海外の映画祭にも呼ばれています。北野監督の作家性には悪影響は何らもたらしていません。また、『座頭市』(03)の後、自分が撮りたいのはこれだという明確なものが見つからない混迷期に入り、北野監督にとっては新しい出口を探り出すために必要な3作だったと思います。決して開き直って、弁明しているわけではありません(笑)。そこで3作を撮り終えた北野監督に提案したのが、「十八番中の十八番であるバイオレンスエンターテイメントをやりましょう」ということでした。実験的な作品は避けて、北野監督が最も得意とするバイオレンスアクションに戻ろうと。でも、それは『その男、凶暴につき』や『3-4x 10月』(90)や『ソナチネ』(93)をもう一度撮るということではないし、そうならないと確信していました。北野監督はそれまでにいろんな作品を撮ってきたので、バイオレンスアクションを撮っても初期作品とは同じものにはならないはずだという期待もありました。『アウトレイジ ビヨンド』でマル暴刑事・片岡(小日向文世)を射殺した大友(ビートたけし)は韓国の済州島に身を潜めていたが……。
■『アウトレイジ』に科せられた高いハードル ──北野映画初出演組を中心にした多彩なキャスティングも、『アウトレイジ』シリーズならでは。 森 それまでの北野監督は、色のついた俳優を起用することをあまり好みませんでした。自分の言うとおりに役者は動いてほしいと考えていたようです。それもあって、寺島進や大杉漣さんといった北野組と呼ばれる常連俳優たちをいつも起用していたんです。ですが、いろんな作品を撮ってきたことで北野監督はどんな俳優が来ても充分にやれるはずだという読みがこちらにはあり、『アウトレイジ』は北野組ではない俳優を使いましょうと提案しました。ビジネス的に前3作が成功しなかったということも、プロデューサーとして大きくありました。『アウトレイジ』がもし失敗したら、監督生命が危ぶまれる……くらいの危機感がありました。4作連続でリクープできなければ、メディアが“世界のキタノ”と持ち上げても、ビジネスパートナーたちはパートナーシップを解消してしまう。そうなれば、北野監督は好きなように映画を撮ることもできなくなる。『アウトレイジ』に関しては、私は観客動員100万人をボーダーラインとして考えていました。そのくらいの大ヒットじゃないと、過去3作のマイナスイメージを払拭できないと、スタッフ全員にハッパを掛けていたんです。いざ、劇場公開してみると観客動員は80万人程度でした。ヒットはヒットなんですが、私の設定していた目標値には達していなかった。そこで、たけしさんには「大友は生きているというアイデアはどうですか? 大友の死体は映していませんし」と私から持ち掛けて、『アウトレイジ』のDVDがリリースされるタイミングで、続編製作を正式発表することでヒット感を打ち出しました。その甲斐あって、『アウトレイジ』のDVDセールスは伸び、その勢いが第2作『アウトレイジ ビヨンド』へと続いたんです。 ──北野監督と森プロデューサーには長年の信頼関係があるわけですが、それでも「大友は生きている」というアイデアを切り出すタイミングは気を使ったんじゃないですか? 森 もちろん、そうです。下手なタイミングで切り出せば、一蹴されてしまう可能性もありました。でも、たけしさんにも思うところがあったんだと思います。「大友が生きているなら、こういうストーリーになるな」とアイデアを膨らせてくれました。その結果、『ビヨンド』は第1作を越える興収結果を残し、『ビヨンド』で終わってもよかったんですが、今度は北野監督が乗って、「次は大友が韓国へ逃げて……」と3作目まで作ることになったんです。まぁ、すぐに『アウトレイジ 最終章』を作るのではなく、一度違うベクトルに振ったほうがいいだろうと思い、たけしさんがネットで発表した短編小説『ヤクザ名球会』を『龍三と七人の子分たち』(15)として映画化することにしました。幸い、こちらもうまくヒットすることができました。 ──北野監督ほどの才能と実績とネームバリューがあっても、常に数字を残さなくてはいけない時代ですね。 森 やはり、シネコンというシステムの中では、興行成績というものが中心になっています。『HANA-BI』(98)の頃はアートハウス系でロングラン公開され、口コミで動員することができました。『HANA-BI』を1年間にわたって上映し続けた映画館もあったほどです。海外の映画祭で受賞したことで宣伝費も使わずに済みました。でも、そういったアートハウス系の映画館はほとんど消えてしまい、今はシネコンで上映するしかありません。ある意味、シネコンは残酷な世界です。公開初週の土日にどれだけ観客動員できたかで、公開期間も決められてしまう。宣伝費も『HANA-BI』の頃に比べて、10倍必要になっています。そんな中で、ただ作家性を重視した作品を撮っても、自己満足で終わってしまうことになってしまう。シネコンに作品を掛けるということは、メジャー指向で大量動員することが前提となっています。『HANA-BI』や『座頭市』くらいまでは海外マーケットもそれなりの市場だったんですが、今はアジア映画が海外で占める市場はとても縮小されています。嫌だと思っていても、日本の大量動員システムの中で勝負し、勝ち残っていくしかないんです。エンターテイメントに徹しないと、この国では映画を撮ることはできません。海外でインタビューを受けると「なぜ、北野監督は今もテレビ出演を続けているのか?」と質問されることがありますが、今の日本では映画を撮っているだけでは食べてはいけないからなんです。よっぽど慎ましい生活にすれば別でしょうけど。そういったことも含め、マネジメントも考えざるをえない。当然、たけしさんも年齢を重ね、テレビの世界では新しい人間も出てくる。今後、映画監督としてタレントとして、どう続けていくかは大きなテーマですね。 (取材・文=長野辰次/後編につづく) ●森昌行(もり・まさゆき) 1953年鳥取県生まれ。テレビ番組製作会社でADとして過ごし、最初にチーフディレクターを務めたバラエティー番組『アイドルパンチ』(テレビ朝日)をきっかけに、司会のビートたけしと親交を深める。88年の「オフィス北野」の設立に参加し、92年から代表取締役社長に就任。89年の北野監督の監督デビュー作『その男、凶暴につき』から全ての北野作品をプロデュースしている。また、例年11月下旬に開催されるアジアを中心にしたインディペンデント系の映画祭「東京フィルメックス」の運営も手掛け、若手映像作家の育成にも取り組んでいる。老舗暴力団・花菱会の若頭・西野(西田敏行)と若頭補佐の中田(塩見三省)。実力派俳優たちの老練なやりとりは大きな見どころ。
『アウトレイジ最終章』 監督・脚本・編集/北野武 音楽/鈴木慶一 撮影/柳島克己 照明/高屋齋 出演/ビートたけし、西田敏行、大森南朋、ピエール瀧、松重豊、大杉漣、塩見三省、白竜、名高達男、光石研、原田泰造、池内博之、津田寛治、金田時男、中村育二、岸部一徳 配給/ワーナー・ブラザース映画、オフィス北野 R15+ 10月7日(土)より全国ロードショー (c)2017『アウトレイジ最終章』製作委員会 http://outrage-movie.jp
下着も生ぬるい日常も捨てて、映画へ出よう! 寺山修司原作のボクシング映画『あゝ、荒野』
映画館の暗闇の中でただ待っていても、何も始まらないよ──。1970年代のカルチャーシーンにおいてカリスマ的存在だった寺山修司は、初監督作『書を捨てよ町へ出よう』(71)の冒頭、映画館へ足を運んできた観客たちをスクリーンの中から挑発してみせた。本を閉じて、現実の町へ繰り出そう。映画を見るのではなく、君が映画の主人公になればいい。詩人、劇作家、演出家と多彩な才能を発揮した寺山は、新しい時代のアジテーターだった。47歳で亡くなった寺山が今も生きていれば、ネット検索なんかやめて、自分の肉体を使って夜の街を検索して回りなさいと説いたんじゃないだろうか。大ブレイク中の菅田将暉と『息もできない』(09)のヤン・イクチュンがダブル主演した『あゝ、荒野』は、寺山が残した同名小説の映画化であり、半年にわたってボクシングのトレーニングに励んだ菅田とイクチュンとがお互いの肉体をぶつけ合うことで奏でる愛憎のセッションを観客は体感することになる。 アニメ『あしたのジョー』の主題歌を作詞し、菅原文太&清水健太郎主演映画『ボクサー』(77)を監督するなど、ボクシングという肉体言語の世界をこよなく愛した寺山修司。映画『あゝ、荒野』は前後編合わせて5時間5分にわたり、寺山ワールドを現代的に咀嚼して見せていく。時代設定は『あゝ、荒野』が執筆された1966年ではなく、2度目の東京五輪が終わった2021年。寺山が呑み歩いた猥雑なエネルギーが渦巻く新宿が舞台だが、近未来の新宿は爆破テロが度々起き、ラブホテルは老人介護施設にリニューアルしつつある。そんなかつてのネオンの荒野で、どこにも自分の居場所を見つけることができずにいる不良児・新次(菅田将暉)と吃音症の建二(ヤン・イクチュン)が寂れたボクシングジムで出逢い、殴り倒すか倒されるかの世界に生きる喜びを見出していく。 幼い頃に母親に捨てられた新次は振込み詐欺などの裏稼業で羽振りよく暮らしていたが、同じ養護施設で育った後輩・裕二(山田裕貴)に裏切られ、少年院送りとなった。出所した新次は喫茶店で声を掛けたヤリマン女・芳子(木下あかり)と連れ込み宿で7~8回連続でSEXしまくり、すっきり気持ちよく翌朝を迎える。ところが目覚めると、芳子の姿と共に新次の所持金も消えていた。新次に唯一残されていたのは、野獣のように煮えたぎる怒りの感情だけだった。対人恐怖症の建二(ヤン・イクチュン)はボクシングを通して、対戦相手と肉体言語を交わし合おうとする。
一方、理髪店に勤める建二は、自衛官だった父親(モロ師岡)に虐待されながら育ち、30歳を過ぎた今も他人とうまくコミュニケーションすることができない。人に話し掛けようとすると赤面し、吃ってしまう。肉体を鍛え、自分に自信を持てば、会話もできるようになるに違いないと、新宿の片隅にあるボクシングジムを訪ねる。ジムには宿なし、金なし、職なしの新次も来ていた。居場所のない新次と建二は、バラック小屋同然のジムに共に住み込み、トレーニングに打ち込み始める。家族のいない2人にとっては、ジムを経営する元プロボクサーの片目(ユースケ・サンタマリア)と鬼トレーナーの馬場(でんでん)とが新しい家族だった。 昭和の臭いがプンプンする原作小説を、今の時代に映画化することには本作を観るまでは懸念があった。だがその心配は、『息もできない』で他人を殴ることでしか自分の感情を表現できない暴力人間を熱演したヤン・イクチュンを韓国から招いたことで見事にクリアされた。『息もできない』の主人公サンフンと違って、本作の建二はおどおどした気弱な男だが、平成の日本人が失ってしまった、生まれついての業だとか、汗くささだとか、白いブリーフパンツに付いたオナニー後のシミだとか、そんな洗練されずにいるものを抱え込んでいる。実際の素顔のイクチュンはインテリな好青年だが、カメラの前に立つと独特の匂いが立ち込める。これが彼の俳優としてのオーラなのだろう。ヤン・イクチュンという特濃コクだし俳優の存在によって、本作はイケメン主演のヤンチャな青春映画ではない、平成という時代にいまだに馴染めずにいる人々がもつれ、支え合うNEW寺山ワールドとして成立している。また、他人のSEXを覗き見するのが趣味という、ジムの変態オーナーを演じる元「男闘呼組」高橋和也が放つ昭和感もいい。青姦中のカップルを彼が覗き見しているシーンを見て、寺山がかつて覗きの現行犯で逮捕された事件を思い出した。 本作を撮ったのは、門脇麦と菅田将暉が同棲中のカップルを演じた『二重生活』(16)で劇映画デビューを飾った岸善幸監督。是枝裕和監督が長らく所属していた製作会社「テレビマンユニオン」に籍を置き、ドキュメンタリー番組でキャリアを重ねてきた。『二重生活』もそうだったが、本作でもドキュメンタリー同様にカメラテストなしの本番一発撮りに挑んでいる。リハーサルもないので、出演者たちは自分が演じるキャラクターに完全になりきってカメラの前に立たなくてはならず、監督から「カット!」の声が掛かるまで、そのシーンを延々演じ続けなくてはならない。CM撮りやテレビ出演も多い菅田は、日々溜め込んでいるストレスを「新宿新次」としての狂乱ファイトへと昇華させ、日本語はカタコトしか話せないイクチュンは、言葉の代わりに「バリカン建二」としてハードパンチを繰り出していく。新人ボクサー・新宿新次とバリカン建二の疑似ドキュメンタリーとして物語は進んでいく。幼少期に被災生活を体験したヤリマン女の芳子(木下あかり)。新次(菅田将暉)と交際することで、彼女の生き方も変わっていく。
前編では年齢の離れた兄弟のように仲がよかった新宿新次とバリカン建二だが、同じジムに所属する2人がもっとディープに、より濃厚なコミュニケーションを図るには、リング上で真剣勝負するしか道はない。後編ではバリカン建二は居心地のよかったジムを離れ、最強のライバルとして新宿新次の前に立ちはだかる。2人にとっては、リング上で生きるか死ぬかの限界まで殴り合うことが、SEXを凌駕するサイコーの愛の交歓となる。かつてないデンジャラスで、サディスティック&マゾヒスティックなボーイズ・ラブロマンスとしてクライマックスへと突き進んでいく。 裸で闘うのは男優たちだけではない。女優たちも真っ裸になってカメラの前に立つ。ヤリマン女で、窃盗の常習犯であるヒロイン・芳子に抜擢されたのは若手女優の木下あかり。脱ぎっぷりよく、菅田との激しい濡れ場を演じてみせる。新宿の中華料理店でばったり再会した新次と芳子はその後も身体を重ね合う関係となるが、新次がプロボクサーとして自分の生きる道を見つけると芳子は距離を置こうとする。ヤリマン女の純情さに、鼻の奥がツーンとくる。グラビアアイドルとして人気の今野杏南は、「自殺抑止研究会」のメンバー・恵子を演じ、大胆なベッドシーンに挑戦した。今野のたわわな美乳とピンク色の乳首は、新宿という荒野に咲いた清純な花のようだ。ベッドを共にしたイクチュンが羨ましい。ジムを経営する片目が通うバー「楕円」では、震災で家族と故郷を失った女・セツを演じた河井青葉の熟女ヌードも用意されている。闘っているのは男だけでない。女たちもまた多くのものと闘いながら生きていることを実感させる。 5時間を越える熱い愛憎の物語も、新宿新次とバリケン建二がボコボコに殴り合うことでついに終止符が打たれる。『あしたのジョー』の矢吹丈と力石徹との宿命の対決のような壮絶なラストとなる。これが寺山の主宰した「天井桟敷」の舞台だったら、最後の最後にスクリーンがまっぷたつに割れて、スクリーンの向こう側には夜の街、ネオンの荒野が広がっていることだろう。書を捨てよ町へ出よう。暗闇の中でただ待っていても、何も始まらないよ──。寺山修司は死してなお、時代のアジテーターであり続ける。 (文=長野辰次)大学生の恵子(今野杏南)は学生サークル「自殺抑止研究会」に所属し、自殺願望を持つ人たちを救おうとするが……。
『あゝ、荒野』 原作/寺山修司 脚本/港岳彦、岸善幸 監督/岸善幸 出演/菅田将暉、ヤン・イクチュン、木下あかり、モロ師岡、高橋和也、今野杏南、山田裕貴、河井青葉、前原滉、萩原利久、小林且弥、川口覚、山本浩司、鈴木卓爾、山中崇、でんでん、木村多江、ユースケ・サンタマリア 配給/スターサンズ R15+ 10月7日(土)前篇、10月21日(土)後篇 新宿ピカデリーほか全国公開 (C)2017「あゝ、荒野」フィルムパートナーズ http://kouya-film.jp
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今年の邦画ナンバー1は確定!? 実写版『銀魂』ヒットで「続編決定」か
「興収が35億円を超えたことで、今年の邦画の実写ナンバーワンは決まりでしょうね。福田雄一監督はたくさんのヒット作を生み出してますが、いわゆる1位を取ったことはなかったので、相当喜んでいるみたいです。すでに続編も決まり、今はキャストのスケジュールの確保に動いてるようです」(映画関係者) 小栗旬が主演を務めた映画『銀魂』が興収35億円を突破し、今年の邦画の実写映画ナンバーワンを、ほぼ確定させた。 「とにかく出演者が豪華で、作品の内容は相変わらずの“福田ワールド”でしたからね。おそらく賞レースには縁がないとは思いますが、興収1位を確定させたことで、盟友の佐藤二朗さん、ムロツヨシさんは泣いて喜んだとか。特に佐藤さんは、福田さんが監督する作品には相当安いギャラでも出るくらいの関係ですからね」(芸能事務所関係者) “福田組”の常連である佐藤とムロを筆頭に、キャストとスタッフのチームワークの良さも作品の評判につながっているのだろう。ちなみに、主演を務めた小栗旬は、先日まで上演されていたミュージカル『ヤングフランケンシュタイン』でも福田監督とタッグを組んでいた。 「『銀魂』の続編の話はすでに動いているのですが、いかんせん、キャストのスケジュール確保が急務になっています。福田さん自身、映画やミュージカルだけでなくドラマやCMもやってたりするので、相当忙しいんです。このあとも実写映画『斉木楠雄のΨ難』の公開が控えてますし、しばらくは漫画原作の映画が続くようです。『銀魂』は海外でかなり評価の高い作品だけに、配給のワーナー・ブラザースとしても、続編は会社命令でしょう」(出版社関係者) まずは、監督自身のスケジュールの確保が求められそうだ。映画『銀魂』公式サイトより























