イタリアでは日本のアニメが猛烈な人気だった!? 永井豪が大好きな映画監督にその内情を聞いてみた

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超人化したエンツォ(クラウディオ・サンタマリア)をアレッシア(イレニア・パストレッリ)は『鋼鉄ジーグ』の主人公と混同する。
『マジンガーZ』『キューティーハニー』など、TVアニメのジャンルでも数々の傑作を残してきた天才漫画家・永井豪。欧州での人気も高いとウワサには聞いていたが、これほどだったとは!? イタリアで大ヒットした実写映画『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』は、1970年代にイタリアでもテレビ放映された永井豪原作アニメ『鋼鉄ジーグ』(英題『Jeeg Robot』)がきっかけで、ローマで暮らすケチなチンピラ男が正義のヒーローへと目覚めていくというユニークなアクションドラマ。イタリアでは2016年の年間興収ベスト5にランキングされ、その年のイタリア国内の映画賞を席巻するなど、多くのイタリア人の心に突き刺さった作品なのだ。来日したガブリエーレ・マイネッティ監督にイタリアでの永井豪作品の人気ぶり、そしてイタリアでこれまでスーパーヒーローものが生まれなかった社会背景について尋ねた。 ──イタリアで日本産TVアニメの放映が始まったのは1978年から。中でも永井豪原作の『UFOロボ グレンダイザー』(英題『Goldrake』)は凄まじい人気を呼び、翌年には『鋼鉄ジーグ』が放映されることになったそうですね。1976年生まれのガブリエーレ監督は当時まだ3歳だったわけですが……。 ガブリエーレ・マイネッティ イタリアでも「君の年齢で『鋼鉄ジーグ』を知っているのか?」と驚かれることがあります(笑)。でも、『鋼鉄ジーグ』はイタリアでも人気だったので、何度も夕方に再放送されていたんです。僕らの世代や僕らよりちょっと上の世代にとっては、日本のアニメーションは特別な存在。日本のアニメーションは僕らの心の中に根づいていると言っていいくらいです。最近ではテレビの地上波で日本のアニメが流れることは少なくなりましたが、ケーブルTVのアニメ専門チャンネルでは、今でも『鋼鉄ジーグ』が放送されているんです。 ──永井豪作品の中では『鋼鉄ジーグ』は、それほど評価の高い作品ではありません。ガブリエーレ監督は『鋼鉄ジーグ』のどこに魅了されたんですか? ガブリエーレ 永井豪の作品はどれも魅力的です! バイオレンスに満ちあふれていて、しかも道徳的ではありません。子どもの頃の僕は暴れん坊だったこともあって、永井豪作品の正義を押しつけようとしない作風にはとても親しみを感じました。『鋼鉄ジーグ』は日本ではあまり人気がないということも知っています。イタリアでも、より人気が高いのは『マジンガーZ』。米国ではヒーロー気取りの人間のことを『スーパーマンかよ』と揶揄しますが、イタリアでは『マジンガーかよ』と言うほど定着しているんです(笑)。でも、『鋼鉄ジーグ』は僕にとって特別な存在。『鋼鉄ジーグ』の主人公・司馬宙はいつも暴走気味で、失敗もするけど、最終的には正しいことをする。イタズラ好きだった少年時代の自分を肯定されているように思えたんです。それに磁石で手足が自由にくっついたり離れたりする、ジーグロボの玩具も素晴しかった。『ジーグ』はつまんねぇというヤツがもしいれば、僕は決闘を申し込みたい。そのくらい、僕は『ジーグ』のことを愛して止みません(笑)。『ジーグ』のことを愛しているのは僕だけではありません。イタリアのあるドキュメンタリー番組は、社会にはびこる不正を正すという内容のものなんですが、その番組のテーマ曲として『鋼鉄ジーグ』の主題歌が流れるんです。このことからも、『鋼鉄ジーグ』をはじめとする日本のアニメをイタリア人がいかに熱烈に愛しているかが分かってもらえるんじゃないでしょうか。 ──処女作には監督のすべてが込められていると言われますが、長編デビュー作に『鋼鉄ジーグ』をモチーフにすることは最初から考えていた? ガブリエーレ 最初はそうではありませんでした。イタリアでいちばん人気のある『グレンダイザー』をモチーフにできないかと考えていたんです(笑)。でも、ストーリーを考えていくうちに、自分のことしか考えないダメな主人公が内面的に徐々に変化していくという映画の内容に相応しいのは、『鋼鉄ジーグ』しかないと思うようになっていったんです。
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毛糸で編んだジーグロボのマスクを手にしたガブリエーレ・マイネッティ監督。「永井豪先生は神のような存在です」。
■明るいイタリア人の知られざる国民性とは……? ──主人公のエンツォ(クラウディオ・サンタマリア)はローマの下町で暮らすゴロツキ野郎。置き引きなどのケチな犯罪でお金を稼ぎ、後は自宅のアパートでエロDVDを観ているという最下流人生を送っている。そんなエンツォは川に不法投棄された放射性廃棄物の影響で、未知のパワーを得ることに。陽気な国イタリアのダークな部分がディテールたっぷりに描かれているのも印象的です。 ガブリエーレ 警察に追われたエンツォが飛び込むのは、テヴェレ川です。ローマ市を二分する川で、しかもローマ神話ではローマの街の始まりとなったとされているエリアでもあるんです。そんな神話の言い伝えられる川で、エンツォは洗礼を受けて生まれ変わるわけです。実際問題として、イタリアの水質汚染や土壌汚染は大変な事態になっています。かつてはテヴェレ川で子どもたちは泳いだりしたんですが、水質汚染で遊泳することは法律で禁じられています。また、ローマ市郊外の荒廃した貧しい地区では、水道代を払えない人たちが下水をシャワー代わりに浴びたりしていましたが、それも禁じられています。汚染物質がまったく処理されないまま、川などに棄てられ、深刻な環境汚染を招いている状況なんです。ナポリのあるカンパニア州では土壌汚染が酷く、ガン発生率がとんでもない数値になっています。そういう社会背景もあって、テヴェレ川に棄てられた放射性物質の影響で主人公は超人パワーを得るというアイディアを思いついたんです。 ──主人公エンツォはイタリア市民の怒りを具現化した存在でもあるんですね。イタリアではこれまで国産のスーパーヒーローが存在しなかったと聞いています。スーパーヒーローが過剰気味の日本から見ると不思議に思えるんですが、ガブリエーレ監督はその理由をどう考えていますか? ガブリエーレ スーパーヒーローものをどうすれば現代のイタリア社会で成立させることができるかを本作の脚本を書く際に熟考したのですが、素晴しいスーパーパワーが手に入った場合、すぐに社会正義をなすだろうかということがいちばんの疑問でした。実際にそんな能力が使えたら、他人のためじゃなくて自分のために使うんだろうなと(笑)。イタリア人をひとつに括ることはできませんが、イタリア人の傾向としてエゴイストな性質があると思うんです。自分や自分の身内さえよければいいと。社会問題が起きると、何かスケープゴートになるものを見つけて、それを叩くことで満足してしまう。もちろん、政治の世界などではカリスマ性のある指導者は過去に存在したと思うけれど、現代のイタリアにはスーパーヒーローと呼べる存在はいません。それなら映像文化と共に育ってきた自分たちの世代が自分たちに相応しいスーパーヒーロー像を考えてみよう、ということで生まれたのが本作。スーパーパワーを手に入れたエンツォは最初はATMを丸ごと盗むなどの犯罪行為を重ねますが、ヒロインと出逢うことで徐々に内面的に変わっていく。そして、そのヒロインが熱狂的に愛するアニメが『鋼鉄ジーグ』だったという内容になったんです。 ──付き合う女によって男が変わっていく──というドラマ展開のほうがイタリア人にはリアルだったんですね。怪力自慢の自己チュー男と頭の弱いヒロインという組み合わせはイタリア映画界の名匠フェデリコ・フェリーニの『道』(54)を彷彿させ、ホロッときます。 ガブリエーレ 確かにそうですね。イタリア人にとってはフェリーニ監督の『道』はとても特別な作品です。でも、今回の作品は『道』を意識したわけではありません。どちらかというとリュック・ベッソン監督の『レオン』(94)に近い。本作の主人公エンツォは自分のお気に入りの甘いヨーグルトばかり食べているけど、『レオン』の大男ジャン・レノが子どもみたいにミルクを飲んでいるみたいなもの。あのときのナタリー・ポートマンは少女だったけど、大人の女性のような魅力を持っていた。本作のヒロインであるアレッシア(イレニア・パストレッリ)は身体は大人の女性なんだけど、頭の中は無垢な少女のまま。『レオン』のヒロインとは対称的な設定になっているんです。
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ヴィラン役のジンガロ(ルカ・マリネッリ)。ナルシストチックな狂乱演技で物語の後半を大いに盛り上げる。
■欲望に忠実な永井豪ワールドの住人たち ──イタリアでは永井豪原作の巨大ロボットものが大人気だったようですが、日本では『デビルマン』や『キューティーハニー』は時代を越えて今も愛され続けています。他の永井豪作品はどうですか? ガブリエーレ 『キューティーハニー』は変身中に洋服が破けちゃうシーンが忘れられません(笑)。『キューティーハニー』は残念ながら、イタリアでは地上波では放映されませんでしたね。永井豪作品にはポルノチックな要素もあり、もちろんそこも大きな魅力です。『デビルマン』に関しては時間がどれだけあっても語り足りないくらい、僕は大好きです。アニメ版もコミック版もどちらの『デビルマン』も大好き。スーパーヒーローが正義のために戦うのはすっごくストレスを感じることだと思うけど、でもデビルマンは怒りのパワーが悪と戦うための原動力になっている。永井豪作品を観る度に「お前は正しい。お前はお前のままでいいんだ」と自分を肯定してもらっているように思えてくるんです。僕が映像表現の世界に進んだのは、子どもの頃に観たそういった日本のアニメーションに感動したからなんです。 ──2012年にガブリエーレ監督が撮った短編映画『Tiger Boy』は覆面を被ったプロレスラーに憧れる少年の成長ドラマでした。「強い人間になりたい」という変身願望がガブリエーレ監督作品のテーマとなっているようですね。 ガブリエーレ 『Tiger Boy』は『タイガーマスク』をモチーフにしたものです(笑)。“変身”というテーマは自分では意識していませんでしたが、そうかもしれません。僕自身は恐がりなので、強い人間になりたいという気持ちから映画を撮っている部分があるようです。スーパーヒーローのような強い人間は僕らに勇気を与えてくれますが、でもその勇気を本当に自分のものにするためには、自分自身が変わることが必要です。ようやく新作の脚本を書き終えたところで、新作は日本のアニメーションをモチーフにはしていませんが、やはり主人公に勇気を与えてくれる人物が登場します。僕が描く作品の主人公たちは変身するきっかけを探し求めているのかもしれませんね。日本は『鋼鉄ジーグ』が生まれた、僕にとっては特別な国です。日本のみなさんにも、日本のアニメで育った僕の作品に関心を持っていただけると嬉しいです。 (取材・文=長野辰次)
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『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』 監督・音楽・製作/ガブリエーレ・マイネッティ 出演/クラウディオ・サンタマリア、ルカ・マリネッリ、イレニア・パストレッリ、ステファノ・アンブロジ 配給/ザジフィルムズ 5月20日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかロードショー http://www.zaziefilms.com/jeegmovie ●ガブリエーレ・マイネッティ 1976年ローマ生まれ。ニューヨークのティッシュ・スクール・オブ・アートで演出・脚本・撮影などを学ぶ。舞台、映画、テレビなどで俳優としてのキャリアを築く一方、2011年に製作会社「Goon Films」を設立。第一弾作品として短編映画『Tiger Boy』を監督し、ブレスト・ヨーロピアン映画祭など各国の映画祭の短編部門で映画賞を受賞。長編デビュー作となった『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』はイタリアのアカデミー賞と呼ばれる「ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞」で最多16部門にノミネートされ、新人監督賞をはじめ最多7部門での受賞を遂げた。

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『マジンガーZ』『キューティーハニー』など、TVアニメのジャンルでも数々の傑作を残してきた天才漫画家・永井豪。欧州での人気も高いとウワサには聞いていたが、これほどだったとは!? イタリアで大ヒットした実写映画『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』は、1970年代にイタリアでもテレビ放映された永井豪原作アニメ『鋼鉄ジーグ』(英題『Jeeg Robot』)がきっかけで、ローマで暮らすケチなチンピラ男が正義のヒーローへと目覚めていくというユニークなアクションドラマ。イタリアでは2016年の年間興収ベスト5にランキングされ、その年のイタリア国内の映画賞を席巻するなど、多くのイタリア人の心に突き刺さった作品なのだ。来日したガブリエーレ・マイネッティ監督にイタリアでの永井豪作品の人気ぶり、そしてイタリアでこれまでスーパーヒーローものが生まれなかった社会背景について尋ねた。 ──イタリアで日本産TVアニメの放映が始まったのは1978年から。中でも永井豪原作の『UFOロボ グレンダイザー』(英題『Goldrake』)は凄まじい人気を呼び、翌年には『鋼鉄ジーグ』が放映されることになったそうですね。1976年生まれのガブリエーレ監督は当時まだ3歳だったわけですが……。 ガブリエーレ・マイネッティ イタリアでも「君の年齢で『鋼鉄ジーグ』を知っているのか?」と驚かれることがあります(笑)。でも、『鋼鉄ジーグ』はイタリアでも人気だったので、何度も夕方に再放送されていたんです。僕らの世代や僕らよりちょっと上の世代にとっては、日本のアニメーションは特別な存在。日本のアニメーションは僕らの心の中に根づいていると言っていいくらいです。最近ではテレビの地上波で日本のアニメが流れることは少なくなりましたが、ケーブルTVのアニメ専門チャンネルでは、今でも『鋼鉄ジーグ』が放送されているんです。 ──永井豪作品の中では『鋼鉄ジーグ』は、それほど評価の高い作品ではありません。ガブリエーレ監督は『鋼鉄ジーグ』のどこに魅了されたんですか? ガブリエーレ 永井豪の作品はどれも魅力的です! バイオレンスに満ちあふれていて、しかも道徳的ではありません。子どもの頃の僕は暴れん坊だったこともあって、永井豪作品の正義を押しつけようとしない作風にはとても親しみを感じました。『鋼鉄ジーグ』は日本ではあまり人気がないということも知っています。イタリアでも、より人気が高いのは『マジンガーZ』。米国ではヒーロー気取りの人間のことを『スーパーマンかよ』と揶揄しますが、イタリアでは『マジンガーかよ』と言うほど定着しているんです(笑)。でも、『鋼鉄ジーグ』は僕にとって特別な存在。『鋼鉄ジーグ』の主人公・司馬宙はいつも暴走気味で、失敗もするけど、最終的には正しいことをする。イタズラ好きだった少年時代の自分を肯定されているように思えたんです。それに磁石で手足が自由にくっついたり離れたりする、ジーグロボの玩具も素晴しかった。『ジーグ』はつまんねぇというヤツがもしいれば、僕は決闘を申し込みたい。そのくらい、僕は『ジーグ』のことを愛して止みません(笑)。『ジーグ』のことを愛しているのは僕だけではありません。イタリアのあるドキュメンタリー番組は、社会にはびこる不正を正すという内容のものなんですが、その番組のテーマ曲として『鋼鉄ジーグ』の主題歌が流れるんです。このことからも、『鋼鉄ジーグ』をはじめとする日本のアニメをイタリア人がいかに熱烈に愛しているかが分かってもらえるんじゃないでしょうか。 ──処女作には監督のすべてが込められていると言われますが、長編デビュー作に『鋼鉄ジーグ』をモチーフにすることは最初から考えていた? ガブリエーレ 最初はそうではありませんでした。イタリアでいちばん人気のある『グレンダイザー』をモチーフにできないかと考えていたんです(笑)。でも、ストーリーを考えていくうちに、自分のことしか考えないダメな主人公が内面的に徐々に変化していくという映画の内容に相応しいのは、『鋼鉄ジーグ』しかないと思うようになっていったんです。
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毛糸で編んだジーグロボのマスクを手にしたガブリエーレ・マイネッティ監督。「永井豪先生は神のような存在です」。
■明るいイタリア人の知られざる国民性とは……? ──主人公のエンツォ(クラウディオ・サンタマリア)はローマの下町で暮らすゴロツキ野郎。置き引きなどのケチな犯罪でお金を稼ぎ、後は自宅のアパートでエロDVDを観ているという最下流人生を送っている。そんなエンツォは川に不法投棄された放射性廃棄物の影響で、未知のパワーを得ることに。陽気な国イタリアのダークな部分がディテールたっぷりに描かれているのも印象的です。 ガブリエーレ 警察に追われたエンツォが飛び込むのは、テヴェレ川です。ローマ市を二分する川で、しかもローマ神話ではローマの街の始まりとなったとされているエリアでもあるんです。そんな神話の言い伝えられる川で、エンツォは洗礼を受けて生まれ変わるわけです。実際問題として、イタリアの水質汚染や土壌汚染は大変な事態になっています。かつてはテヴェレ川で子どもたちは泳いだりしたんですが、水質汚染で遊泳することは法律で禁じられています。また、ローマ市郊外の荒廃した貧しい地区では、水道代を払えない人たちが下水をシャワー代わりに浴びたりしていましたが、それも禁じられています。汚染物質がまったく処理されないまま、川などに棄てられ、深刻な環境汚染を招いている状況なんです。ナポリのあるカンパニア州では土壌汚染が酷く、ガン発生率がとんでもない数値になっています。そういう社会背景もあって、テヴェレ川に棄てられた放射性物質の影響で主人公は超人パワーを得るというアイディアを思いついたんです。 ──主人公エンツォはイタリア市民の怒りを具現化した存在でもあるんですね。イタリアではこれまで国産のスーパーヒーローが存在しなかったと聞いています。スーパーヒーローが過剰気味の日本から見ると不思議に思えるんですが、ガブリエーレ監督はその理由をどう考えていますか? ガブリエーレ スーパーヒーローものをどうすれば現代のイタリア社会で成立させることができるかを本作の脚本を書く際に熟考したのですが、素晴しいスーパーパワーが手に入った場合、すぐに社会正義をなすだろうかということがいちばんの疑問でした。実際にそんな能力が使えたら、他人のためじゃなくて自分のために使うんだろうなと(笑)。イタリア人をひとつに括ることはできませんが、イタリア人の傾向としてエゴイストな性質があると思うんです。自分や自分の身内さえよければいいと。社会問題が起きると、何かスケープゴートになるものを見つけて、それを叩くことで満足してしまう。もちろん、政治の世界などではカリスマ性のある指導者は過去に存在したと思うけれど、現代のイタリアにはスーパーヒーローと呼べる存在はいません。それなら映像文化と共に育ってきた自分たちの世代が自分たちに相応しいスーパーヒーロー像を考えてみよう、ということで生まれたのが本作。スーパーパワーを手に入れたエンツォは最初はATMを丸ごと盗むなどの犯罪行為を重ねますが、ヒロインと出逢うことで徐々に内面的に変わっていく。そして、そのヒロインが熱狂的に愛するアニメが『鋼鉄ジーグ』だったという内容になったんです。 ──付き合う女によって男が変わっていく──というドラマ展開のほうがイタリア人にはリアルだったんですね。怪力自慢の自己チュー男と頭の弱いヒロインという組み合わせはイタリア映画界の名匠フェデリコ・フェリーニの『道』(54)を彷彿させ、ホロッときます。 ガブリエーレ 確かにそうですね。イタリア人にとってはフェリーニ監督の『道』はとても特別な作品です。でも、今回の作品は『道』を意識したわけではありません。どちらかというとリュック・ベッソン監督の『レオン』(94)に近い。本作の主人公エンツォは自分のお気に入りの甘いヨーグルトばかり食べているけど、『レオン』の大男ジャン・レノが子どもみたいにミルクを飲んでいるみたいなもの。あのときのナタリー・ポートマンは少女だったけど、大人の女性のような魅力を持っていた。本作のヒロインであるアレッシア(イレニア・パストレッリ)は身体は大人の女性なんだけど、頭の中は無垢な少女のまま。『レオン』のヒロインとは対称的な設定になっているんです。
イタリアでは日本のアニメが猛烈な人気だった!? 永井豪が大好きな映画監督にその内情を聞いてみたの画像3
ヴィラン役のジンガロ(ルカ・マリネッリ)。ナルシストチックな狂乱演技で物語の後半を大いに盛り上げる。
■欲望に忠実な永井豪ワールドの住人たち ──イタリアでは永井豪原作の巨大ロボットものが大人気だったようですが、日本では『デビルマン』や『キューティーハニー』は時代を越えて今も愛され続けています。他の永井豪作品はどうですか? ガブリエーレ 『キューティーハニー』は変身中に洋服が破けちゃうシーンが忘れられません(笑)。『キューティーハニー』は残念ながら、イタリアでは地上波では放映されませんでしたね。永井豪作品にはポルノチックな要素もあり、もちろんそこも大きな魅力です。『デビルマン』に関しては時間がどれだけあっても語り足りないくらい、僕は大好きです。アニメ版もコミック版もどちらの『デビルマン』も大好き。スーパーヒーローが正義のために戦うのはすっごくストレスを感じることだと思うけど、でもデビルマンは怒りのパワーが悪と戦うための原動力になっている。永井豪作品を観る度に「お前は正しい。お前はお前のままでいいんだ」と自分を肯定してもらっているように思えてくるんです。僕が映像表現の世界に進んだのは、子どもの頃に観たそういった日本のアニメーションに感動したからなんです。 ──2012年にガブリエーレ監督が撮った短編映画『Tiger Boy』は覆面を被ったプロレスラーに憧れる少年の成長ドラマでした。「強い人間になりたい」という変身願望がガブリエーレ監督作品のテーマとなっているようですね。 ガブリエーレ 『Tiger Boy』は『タイガーマスク』をモチーフにしたものです(笑)。“変身”というテーマは自分では意識していませんでしたが、そうかもしれません。僕自身は恐がりなので、強い人間になりたいという気持ちから映画を撮っている部分があるようです。スーパーヒーローのような強い人間は僕らに勇気を与えてくれますが、でもその勇気を本当に自分のものにするためには、自分自身が変わることが必要です。ようやく新作の脚本を書き終えたところで、新作は日本のアニメーションをモチーフにはしていませんが、やはり主人公に勇気を与えてくれる人物が登場します。僕が描く作品の主人公たちは変身するきっかけを探し求めているのかもしれませんね。日本は『鋼鉄ジーグ』が生まれた、僕にとっては特別な国です。日本のみなさんにも、日本のアニメで育った僕の作品に関心を持っていただけると嬉しいです。 (取材・文=長野辰次)
イタリアでは日本のアニメが猛烈な人気だった!? 永井豪が大好きな映画監督にその内情を聞いてみたの画像4
『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』 監督・音楽・製作/ガブリエーレ・マイネッティ 出演/クラウディオ・サンタマリア、ルカ・マリネッリ、イレニア・パストレッリ、ステファノ・アンブロジ 配給/ザジフィルムズ 5月20日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかロードショー http://www.zaziefilms.com/jeegmovie ●ガブリエーレ・マイネッティ 1976年ローマ生まれ。ニューヨークのティッシュ・スクール・オブ・アートで演出・脚本・撮影などを学ぶ。舞台、映画、テレビなどで俳優としてのキャリアを築く一方、2011年に製作会社「Goon Films」を設立。第一弾作品として短編映画『Tiger Boy』を監督し、ブレスト・ヨーロピアン映画祭など各国の映画祭の短編部門で映画賞を受賞。長編デビュー作となった『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』はイタリアのアカデミー賞と呼ばれる「ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞」で最多16部門にノミネートされ、新人監督賞をはじめ最多7部門での受賞を遂げた。

『子供に言えない動物のヤバい話』動物研究家・パンク町田が語る「ペットの犬を捨ててはいけない理由」

『子供に言えない動物のヤバい話』動物研究家・パンク町田が語る「ペットの犬を捨ててはいけない理由」の画像1
『子供に言えない動物のヤバい話』(角川新書)
 ありとあらゆる動物を思いのままに操ることで、最近メディアを賑わせている動物研究家・パンク町田。“第2のムツゴロウさん”と呼ぶには、あまりに野性味あふれるその風貌で世間の耳目を集める男が、最新刊『子供に言えない動物のヤバい話』(角川新書)を上梓した。  その目次を眺めてみれば、「アルパカの知能は植物レベル?」「チンパンジーは『売春』もしている」「性欲が強すぎる有袋類、アンテキヌス」といった刺激的な文字が並ぶ。そのキテレツ極まるエピソード群は本書に譲るとして、今回のインタビューでは、現在に至るまでの動物への思いや、昨今問題視される「ペット」の扱いなどについて、専門家としての意見を語っていただいた。
『子供に言えない動物のヤバい話』動物研究家・パンク町田が語る「ペットの犬を捨ててはいけない理由」の画像2
──新刊発売おめでとうございます。帯の写真で「虎と戯れるパンク町田氏」という注釈とともに、今にも虎に食われそうな町田さんの写真が掲載されています。実際、危ない経験をしたことはあるのでしょうか? パンク町田氏(以下、町田) いちばん危機を感じたのは、コブラですね。僕、コブラが好きなので、ボルネオまで捕まえに行ったんですよ。それで、いっぱい捕まえて袋に入れていたんです。現地の人が「コブラは布袋に入れておけば、かみついてこないから大丈夫だ」と言っていたので、「ホントかよ」と思いながらも、従ってみた。それで、安心して袋を担いで山を降りていたら、背中をチクって。やっぱりかまれましたね。 ──うわー、現地の人……。かまれて、すぐに病院へ行ったんですか? 町田 行かないですよ。山の中だし、コブラはかまれても大丈夫なんです。毒さえ入らなければ。コブラってね、実は毒牙が口の中の中間ぐらいにあるんです。だから、先端でかまれても大丈夫だし、毒牙が短いので、布とTシャツを足したくらいの厚みで、もう貫通してこないんです。ジャンパーくらいの厚みがあれば、確実に大丈夫。 ──あまり大丈夫な感じがしませんが、そもそも町田さんが動物の仕事に就こうと思ったきっかけは、なんだったんでしょうか? 町田 子供のころから動物は好きだったんですけど、父親が中華料理屋をやっていたこともあって、料理人になりたかったんです。ところが、気が付けば初めてやったアルバイトが熱帯魚屋だったりとか、ほぼ動物とリンクした仕事しかしてなかったんです。22歳くらいのとき、中華料理屋で1年くらい働いたことがあったんですけど、そのときも結局「食材も動物だな」って、僕の頭の中ではリンクしていましたね。お客さんが肉を残したりすると、「これ、動物は死んでいるのに、残していいんだろうか」とか考えたり。結局、頭の中が動物から離れられなかったので、僕には動物の仕事しかできないんでしょうね。 ──そんな町田さんでも、嫌いな動物っているんでしょうか?
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町田 根本的には、人間ですかね。他の動物に迷惑をかけすぎているから。僕がもしキリスト教徒だったら、神に頼んで、ほかの人間のために鞭に打たれるべきなのかもしれない。「父よ。彼らをお赦しください」「彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」と言って。でも僕は、人間の代わりに鞭を打たれるのは嫌です。特定の人のためだったら構わないけれど、全人類は無理。やるんだったら、お前がやれよって言いたくなっちゃう。だけど、僕が代わりに罰を受けることで他の動物が救われるんだったら、自ら身体を差し出してもいいと思ってる。これは本当です。 ──町田さんは、「アルティメット・アニマル・シティ」という施設も運営されています。町田さんから見て、オススメの動物園というものはあるのでしょうか? 町田 おおよその目安として、スタッフが若い動物園は、やる気がありますね。やる気があるし、みんな詳しい。「じゃあ、こうしよう」って、いろいろ工夫もする。いつまでも年を食った人がやっているところは、動物好きなんだろうけれど、「こうでなきゃダメなんだよ」って、昔ながらのやり方みたいなものがある。それが甲乙どう出るかはわからないけれど、園長が柔軟だと、新しいことに取り込めるんだと思いますね。オススメは……今だったら、宇都宮動物園のメスライオンが見たいですね。 ──犬の訓練士としても活動されている町田さんですが、昨今、話題になっている、飼い犬を気軽に捨てたり処分したりという「ペット問題」について、ご意見を聞かせてください。 町田 まあ、簡単に言えば犬を捨てるというのは「間違い」で、人間が最期まで面倒を見てやるべきなんです。犬は家畜なんでね。家畜とは、人間がなんらかを意図して作った動物。だから、犬を捨てるのと、飼育していた野生動物を捨てるのとでは、重さが違う。馬にしても、牛にしても、豚にしてもね。本来、地球上にいなかった動物を人間が作り出して、それを野に放つというのは、やってはいけないこと。世間の人たちが犬や豚や牛を認知しているし、彼らがおとなしいから済んでいる話で。例えばこれはマンガやアニメに出てくるような、キ◯ガイの博士が作り出した怪獣の話と同じなんです。言葉はよくないけど、変な博士が作った動物を野に放しちゃダメでしょって。つまり他の動物から見れば人間自体がキ◯ガイなわけですから、人間が作り出した生き物なら、最期まで人間が管理を放棄してはいけない。そういうことですよ。 (取材=二木知宏[スクラップロゴス])
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●パンク町田 1968年8月10日東京都生まれ。ULTIMATE ANIMAL CITY代表。昆虫から爬虫類、鳥類、猛獣といったありとあらゆる生物を扱える動物の専門家。野生動物の生態を探るため世界各国を巡り、各地の先住民族と生活を共にした。また、鷹狩りの世界にも造詣が深く、鷹道考究会理事、日本流鷹匠術鷹匠頭、日本鷹匠教会鷹師を兼任する。現在、代表を務めるULTIMATE ANIMAL CITYでは希少動物の繁殖にも取り組んでいる。著作、テレビ番組などへの出演多数。
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子供に言えない動物のヤバい話 (角川新書) おもしろ! 『子供に言えない動物のヤバい話』動物研究家・パンク町田が語る「ペットの犬を捨ててはいけない理由」の画像6

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『子供に言えない動物のヤバい話』(角川新書)
 ありとあらゆる動物を思いのままに操ることで、最近メディアを賑わせている動物研究家・パンク町田。“第2のムツゴロウさん”と呼ぶには、あまりに野性味あふれるその風貌で世間の耳目を集める男が、最新刊『子供に言えない動物のヤバい話』(角川新書)を上梓した。  その目次を眺めてみれば、「アルパカの知能は植物レベル?」「チンパンジーは『売春』もしている」「性欲が強すぎる有袋類、アンテキヌス」といった刺激的な文字が並ぶ。そのキテレツ極まるエピソード群は本書に譲るとして、今回のインタビューでは、現在に至るまでの動物への思いや、昨今問題視される「ペット」の扱いなどについて、専門家としての意見を語っていただいた。
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──新刊発売おめでとうございます。帯の写真で「虎と戯れるパンク町田氏」という注釈とともに、今にも虎に食われそうな町田さんの写真が掲載されています。実際、危ない経験をしたことはあるのでしょうか? パンク町田氏(以下、町田) いちばん危機を感じたのは、コブラですね。僕、コブラが好きなので、ボルネオまで捕まえに行ったんですよ。それで、いっぱい捕まえて袋に入れていたんです。現地の人が「コブラは布袋に入れておけば、かみついてこないから大丈夫だ」と言っていたので、「ホントかよ」と思いながらも、従ってみた。それで、安心して袋を担いで山を降りていたら、背中をチクって。やっぱりかまれましたね。 ──うわー、現地の人……。かまれて、すぐに病院へ行ったんですか? 町田 行かないですよ。山の中だし、コブラはかまれても大丈夫なんです。毒さえ入らなければ。コブラってね、実は毒牙が口の中の中間ぐらいにあるんです。だから、先端でかまれても大丈夫だし、毒牙が短いので、布とTシャツを足したくらいの厚みで、もう貫通してこないんです。ジャンパーくらいの厚みがあれば、確実に大丈夫。 ──あまり大丈夫な感じがしませんが、そもそも町田さんが動物の仕事に就こうと思ったきっかけは、なんだったんでしょうか? 町田 子供のころから動物は好きだったんですけど、父親が中華料理屋をやっていたこともあって、料理人になりたかったんです。ところが、気が付けば初めてやったアルバイトが熱帯魚屋だったりとか、ほぼ動物とリンクした仕事しかしてなかったんです。22歳くらいのとき、中華料理屋で1年くらい働いたことがあったんですけど、そのときも結局「食材も動物だな」って、僕の頭の中ではリンクしていましたね。お客さんが肉を残したりすると、「これ、動物は死んでいるのに、残していいんだろうか」とか考えたり。結局、頭の中が動物から離れられなかったので、僕には動物の仕事しかできないんでしょうね。 ──そんな町田さんでも、嫌いな動物っているんでしょうか?
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町田 根本的には、人間ですかね。他の動物に迷惑をかけすぎているから。僕がもしキリスト教徒だったら、神に頼んで、ほかの人間のために鞭に打たれるべきなのかもしれない。「父よ。彼らをお赦しください」「彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」と言って。でも僕は、人間の代わりに鞭を打たれるのは嫌です。特定の人のためだったら構わないけれど、全人類は無理。やるんだったら、お前がやれよって言いたくなっちゃう。だけど、僕が代わりに罰を受けることで他の動物が救われるんだったら、自ら身体を差し出してもいいと思ってる。これは本当です。 ──町田さんは、「アルティメット・アニマル・シティ」という施設も運営されています。町田さんから見て、オススメの動物園というものはあるのでしょうか? 町田 おおよその目安として、スタッフが若い動物園は、やる気がありますね。やる気があるし、みんな詳しい。「じゃあ、こうしよう」って、いろいろ工夫もする。いつまでも年を食った人がやっているところは、動物好きなんだろうけれど、「こうでなきゃダメなんだよ」って、昔ながらのやり方みたいなものがある。それが甲乙どう出るかはわからないけれど、園長が柔軟だと、新しいことに取り込めるんだと思いますね。オススメは……今だったら、宇都宮動物園のメスライオンが見たいですね。 ──犬の訓練士としても活動されている町田さんですが、昨今、話題になっている、飼い犬を気軽に捨てたり処分したりという「ペット問題」について、ご意見を聞かせてください。 町田 まあ、簡単に言えば犬を捨てるというのは「間違い」で、人間が最期まで面倒を見てやるべきなんです。犬は家畜なんでね。家畜とは、人間がなんらかを意図して作った動物。だから、犬を捨てるのと、飼育していた野生動物を捨てるのとでは、重さが違う。馬にしても、牛にしても、豚にしてもね。本来、地球上にいなかった動物を人間が作り出して、それを野に放つというのは、やってはいけないこと。世間の人たちが犬や豚や牛を認知しているし、彼らがおとなしいから済んでいる話で。例えばこれはマンガやアニメに出てくるような、キ◯ガイの博士が作り出した怪獣の話と同じなんです。言葉はよくないけど、変な博士が作った動物を野に放しちゃダメでしょって。つまり他の動物から見れば人間自体がキ◯ガイなわけですから、人間が作り出した生き物なら、最期まで人間が管理を放棄してはいけない。そういうことですよ。 (取材=二木知宏[スクラップロゴス])
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●パンク町田 1968年8月10日東京都生まれ。ULTIMATE ANIMAL CITY代表。昆虫から爬虫類、鳥類、猛獣といったありとあらゆる生物を扱える動物の専門家。野生動物の生態を探るため世界各国を巡り、各地の先住民族と生活を共にした。また、鷹狩りの世界にも造詣が深く、鷹道考究会理事、日本流鷹匠術鷹匠頭、日本鷹匠教会鷹師を兼任する。現在、代表を務めるULTIMATE ANIMAL CITYでは希少動物の繁殖にも取り組んでいる。著作、テレビ番組などへの出演多数。
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子供に言えない動物のヤバい話 (角川新書) おもしろ! 『子供に言えない動物のヤバい話』動物研究家・パンク町田が語る「ペットの犬を捨ててはいけない理由」の画像6

「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に“テント村”という選択肢

「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に「テント村」という選択肢の画像1
撮影=尾藤能暢
 2016年4月14日に発生した熊本地震。短期間で2度も震度7の揺れに襲われたため、多くの家屋が倒壊。避難所には人々があふれ、車内泊による被災者の体調悪化が大きな問題となっていた。  そんな中、最も被害が大きかった益城町では、一風変わった避難所が運営されていたことをご存じだろうか? 登山家・野口健氏と、災害援助に対して非常に熱心で、被災した自治体からの要請を待たずに自発的に支援する「プッシュ型支援」を進めている岡山県総社市が共同運営した、過去最大規模のテント村だ。 「エベレストのベースキャンプを再現する」という発想のもとスタートした、このテント村の活動をまとめた『震災が起きた後で死なないために』(PHP新書)が、このたび上梓された。  11年の東日本大震災では寝袋支援を行い、15年のネパール大地震では「野口健 ヒマラヤ大震災基金」を設立、そして熊本地震ではテント村運営に取り組んだ野口氏が提唱する、新しい避難所のカタチとは――。 *** ――熊本地震から約1カ月半、益城町総合運動公園の陸上グラウンドにテント100張り、最大600人を収容できるテント村を開設されましたが、けっこうな規模ですよね。
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テント村の全景
野口 テント村は本震から10日目にできたんですが、最初は車中泊の方限定にしていたんですよ。でも、けっこう体育館からも移ってこられました。体育館の中って、仕切りもなくて雑魚寝で人目にさらされるから、ストレスになるじゃないですか。赤ちゃんが泣いたり、小さい子どもが走り回ったりすると、周りの人から舌打ちされるんですって。「表に出せよ」っていうのが聞こえてきたり。やっぱり、みんなが一番求めるものって、自分たちの空間なんですよね。それがないと、ストレスがすごくたまる。テントだったら、完全なプライベートルームですから。 ――みなさん、ほぼ全員が初めてのテント生活ですよね? そこに対する戸惑いはありませんでしたか? 野口 なかったと思いますね。車内よりも、体育館よりもいいって。とにかく、自分たちの空間がほしいって。よっぽど最初は苦戦するかなって思ってたんですが、みなさん自分なりに工夫されて。タープの中に、自宅から持ってきた勉強机や自転車を置いたり、洗濯物を干したりしていました。 ――ずらっときれいに並んだテントやタープを見る限り、快適そうですね。 野口 一番優秀だったのは、日本セイフティーさんの「ラップポン」という仮設トイレです。熱圧着によって排泄物が1回ごとに密封されるので、これをゴミ箱に捨てればいいだけ。ニオイも漏れません。最初にあった仮設トイレは和式で、本当に汚かったんです。誰が管理するか決まっていなかったようで、掃除もされていないし。今の小学生は洋式に慣れているし、お年寄りには和式はなかなかつらい。だから、みんなトイレに行きたがらない。1~2日ならいいけど、ずっとじゃないですか。テント村独自のトイレをなんとかしたいね、ってことで、ラップポンが5基と、あと洋式の仮設トイレを10基入れたんです。
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テントの中
「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に「テント村」という選択肢の画像4
テントの前に設置されたタープスペースは、各家庭が趣向を凝らして活用していた
――そもそも最初は、テントを届ける物資援助を行う予定だったんですよね。 野口 はい。でも、テントを届けても、果たしてみんな生活できるのかな、という懸念があったんです。テントって、みんなバラバラに薄暗いところに張ると無防備だし、配るだけじゃダメだなと。そんな中、僕が環境観光大使を務め、旧知の仲である岡山県総社市の片岡(総一)市長から「テント村やりましょう!」とご提案いただいて、それで、「エベレストのベースキャンプか」と。エベレストのベースキャンプって、本当にこういう感じなんですよ。だいたい1カ月~1カ月半、長期間滞在するので、いかに快適に生活できるかっていうのを考えて僕らはベースキャンプを作るんです。それを再現すれば、いけるかと。 ――とはいえ、物資援助とテント村運営では、責任の重さも違います。 野口 そうですね。でも、こういう緊急時は、早くやらないと意味がない。同時にテントメーカー(コールマンジャパン)にテントを発注して。そのテントが届くまでの間に、総社市の職員が場所探しをしてくれて、「益城町総合運動公園の陸上グラウンドが使えるよ」と。だから、すべてが同時進行。総社市は行政との交渉、僕らは物資。やるぞ、と決めたのは震災4日目。注文して3日目にテントが届いて、いったん総社市にトラックで送って積み替えて。震災直後って、行政の車しか入れないですからね。5~6日くらいで準備は整いました。 ――実際のテント村運営は、スムーズにいきましたか? 野口 いろいろと壁にぶつかりましたね。テント村って前例がないし、みんなイメージが湧かない。そうすると、グラウンドの指定管理者(公的な施設の管理・運営を自治体に代わって行っている民間団体)から、テントで大丈夫かと。「熱中症は?」「死角で女性が暴行されたらどうするんだ?」とか、デメリットの部分ばかりがフィーチャーされて。あとは「公平性をどうするのか?」ということ。この公平性っていうのが、いろいろと厄介で。「車中泊は何人いるのか把握できていますか?」「すべての人が入れないなら、公平性に反するので、やるべきではないんじゃないか」とか。でも結局、避難所に入れないから車中泊しているわけで、「助けられるところからやりましょうよ」って。 ――東日本大震災でも、公平性が邪魔をして、うまく救援物資が届けられなかったという話を聞きました。 野口 いろいろな人が、トラックで救援物資を持ってくるじゃないですか。でも、避難所の場合は、500人いたら500個ないとダメなんですよ。みんなに同じものを配らなければならない。バカバカしいけど、頑なにそうなんです。だから、せっかく遠路はるばる運んできても、避難所に拒否されるトラックがたくさんあって。テント村では、すべて「ありがとうございます」って受け取っていたので、ちょっとした市場状態でした。僕がマイクで「救援物資が届きました」ってアナウンスすると、みんなが集まってくる。そうすると、体育館から行政関係者が飛んでくるんですよ。「全員分ありますか?」って。「いや、ないですね。でもうち、早いもん勝ちなんで」って言うと、「ありえません!」って(苦笑)。でも、みんながみんな同じものが必要かといえば、そうではないですからね。
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――とはいえ、テント村も体育館の指定管理者の管轄下にあったわけで、ルールには従わないといけないですよね? 野口 それはそうなんですけど……そうも言ってられない。そういう意味では、彼らとの対立は絶えずありましたね。「早く出てけ」とか言われてました。 ――1カ月半、ずっと? 野口 ほぼですね。最後の最後で、彼らも態度を軟化させてくれましたけどね。大変でした。たとえば、タープは許可は出なかったんです。最初テントだけだったんですが、日陰がないから日中は暑くて、熱中症になってしまう。でもタープがあれば、メッシュなので風が通るし、その分、スペースもできる。なぜ彼らが許可を出さなかったかといえば、「風でタープが飛んで車にぶつかって傷がついたらどうするんですか?」って。そんなの知りませんよ! それはそのとき考えますよ。でも、そういうことを大真面目に言ってくるんですよ。悔しいから土木業者の方に来てもらって鉄筋とか打ちまくって、絶対飛ばないようにしました。ドリルで穴開けまくってビス打って、土のう置いて、絶対飛ばないようにしました。グラウンドは亀裂だらけでしたから。人工芝の下はコンクリなんで、ペグは入らないんですよ。 ――すごい執念ですね(笑)。 野口 いま振り返ってみると、指定管理者の彼らも、総社市っていう馴染みのない自治体と訳のわからない登山家が来て、600人の命を預かるなんて、本当にできるのか? って疑心暗鬼だったと思いますよ。だから益城町の町長が許可しても、彼らが体を張って阻止しようとしたのはわからなくもない。けれども、そういう状況じゃないですからね。だって、車中泊よりはテントのほうがいいし。こういうときって、リスクばかり考えていたら何もできないし、体育館の中だってぐちゃぐちゃになっている。やらなきゃならない状況だったんです。ただこれができたのも、総社市との連携ですよね。僕だけじゃ、できなかった。 ――片岡市長の判断力、行動力には、目を見張るものがありますよね。 野口 いい意味で、ケンカもできるしね(笑)。片岡市長が「やれ」と言ったら、職員はそれに従う。指定管理者からいろいろ言われたときに、片岡市長に電話で「公平性がどうのこうのって問題になってます」って話したら、「野口さん、行政っていうのは、みんなそう言うんです。でも、こういう有事のときはそんなの関係ない。私は自分の職員に対しては『有事のときはルールを無視しろ』『破れ』と言っているからね」と。「ルール破りましょう」って言うから、「そうしましょう」って。だから、益城町からしたら、とんでもないやつらですよ。 ――テント村は100点満点中何点くらいですか? 野口 うーん、走りながらすべて同時進行で作ったからね。たとえば「来年テント村やります」っていうなら、今から準備したら、もっといいものができる。震災が起きてからイチから始めたんでね、それを考えると100点満点かな。最初はもちろん違いますよ。テントしかなかったし、もっとよくしようって、タープを入れたり、ラップポンを置いたり、JTさんの協力で喫煙所を設けたり、徐々に徐々に。最終的には、やれることは全部やった。ただ今回、災害が起きてからでは遅い、ということを痛感しました。先日、総社市と僕が代表を務めるNPOで「大規模災害時における支援に関する協定」を結んだんですけど、これは災害に備えて先に準備するためなんですよ。総社市には「大規模災害被災地支援に関する条例」というのがあって、日本国内で大規模な災害が起きた際は、市長の権限において即座に支援を行うことができる。そのための費用として、年間1,000万円の予算もつけているんです。そこに僕も「テント村班」としてセットになったわけです。そうすることで、テント村も、次に災害が起きてからやるんじゃなくて、もっとクオリティの高いものを準備できるんじゃないかと。 ――次にテント村をやるなら、これを付け加える、というものはありますか? 野口 いろいろありますが、まず、大型テントですね。東京ドームを作っている業者さんが来てくれて、本当はテント村があるグラウンドの5分の1くらいを覆う巨大テントを作る予定だったんですよ。それがあれば、暑いときは涼しいし、卓球台を置いたり、ヨガの先生や床屋さんに来てもらったりできる。でもやっぱり、指定管理者が許可しなかった。僕らだったら勝手にやっちゃうけど、彼らは会社として来ているので、断念せざるを得なかったんです。  あと、食堂テントもあるといいですね。食事は3食、コンビニチェーンが提供してくれていたんですけど、だんだんみんな食べなくなるんですよ。(指定管理者から)炊き出しはダメと言われていたけど、僕らは「ルールは破る」ってことで統一してましたから(笑)、テント村の人たちは、タープの中だけは自炊OKとしたんです。東北の場合は、街によっては大半が失われましたよね? でも、益城町はピンポイントで被害が出てるけど、車で15分も行けば、普通にスーパーもコンビニも、ファミレスもやっている。住宅街は大変なことになっているけど、会社は市外にあるから、みんなテント村から出勤するわけです。夕方、帰りにスーパーで買い物して、コンロで自炊してましたね。やっぱり自炊って大事なんですよ。みんな温かいものを食べたいし、なんでもかんでも提供してもらっていると、生活のリズムが作れなくなるんです。  それと、医療系は充実していたんですが、精神科医が抜けていた。テント村って、体育館とかと比べると明るい雰囲気だったんですけど、そうはいってもみんな家を失っているし、不安はある。それが抜けていた。精神科医的なケアって、素人が中途半端にやるもんじゃないですからね。
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エベレストのベースキャンプの様子
――本書の中では、「避難所の質」について繰り返し言及されていますが、その原点となっているのが、エベレストのベースキャンプだそうですね。 野口 どちらも「生きのびる」ことをテーマにした場所ですから。エベレスト登山っていうのは、ベースキャンプから一気に登頂を目指すわけではなく、その上に、キャンプ1、キャンプ2、キャンプ3、キャンプ4とハイキャンプを設け、徐々に体を慣らしていくんです。上に行くと酸素が薄くて頭痛や吐き気が続いてバテるから、定期的にベースキャンプに戻ってきて4~5日ゆっくり休んでまた上がっていくということを繰り返すんです。そのためには、心身ともにリラックスできる場所でなければならない。災害の避難所というのも、家族や家を失った人たちが命からがら集まっている。だから、僕はテント村を安心できる空間にしたかったんです。 ――特に日本人の場合、「我慢するのが当たり前」という風潮がありますよね。 野口 我慢や美徳は、時に人を追い詰めてしまいますからね。環境の劣悪さに目をつむり「避難所とはそういうものだ」というみんなの思い込みを、なんとか打破したいなと。もちろん、テント村がすべてだとは思っていませんし、高齢者や持病がある人にはエアコンが完備された体育館のほうがいい。いろいろな選択肢があったほうがいいと思うんです。 ――現在、野口さんは、自治体などに向けた災害時の避難所のあり方について提言する活動に力を入れているとのことですが、反応はいかがですか? 野口 いろいろな首長さんに会うと「それは面白いな、うちでもやってみたい」って言ってくれる。だから、やっぱり体験するかしないかなと。たとえば東京は、大きな公園がたくさんある。だから、秋くらいに、都と共催でテント村お試し体験を、代々木公園とかでできたらいいなと思っています。  また南海トラフでは、東北の何倍もの被害が予想されていますから、そのエリアの自治体は今すごくシビアで、いろいろなイベントを積極的にやっている。そういうところとうまく連携できればいいなと。とにかく、いろいろな場所にミニテント村を作って、体験してもらうしかないですからね。 ――海外では、テント村はわりと普通なんですよね? 野口 欧米人って、本当にキャンプが好きなんですよね。だから、だいたいみんなテントを持っている。地震が多いイタリアなんて、避難所はほとんどテント村なんですよ。日本人は一部の人しかキャンプしないし、なかなか伝わらないんですよ。でも、アウトドア経験っていうのは、最強の防災術になる。だから、日ごろからもっとアウトドアライフに親しんでほしいですね。 ――登山家である野口さんが、ここまで災害支援活動に力を入れる理由はなんなんでしょうか? 野口 なんですかね。大変なんですよ、始まっちゃうと。でも、大変なだけでもないんですよ。いろいろな発見があるというか。 ――楽しいんですか? 野口 そう、楽しいんですよ。小さな街づくりみたいなもんで。みんなが生活しやすいように、テント村内だけの決まりごとを作ったり、ラップポンがくれば女性の表情がパッと明るくなって、「トイレひとつで、こんなに変わるのか」って。これはこれで発見じゃないですか。こいのぼりとか風鈴置いたら、子どもが喜ぶし。それが楽しい。しんどいだけじゃ、嫌になっちゃいますよ。  みんな好きで避難所に来ているわけではないし、嫌でもここで生活しなければならない。そうすると、ここでの生活を楽しむしかないんですよ。だから、前向きになれるような空間、雰囲気ってなんなのかっていうのが最大のテーマでした。やっぱり活動って、面白くなきゃ続かないんですよ。 (取材・文=編集部) ●のぐち・けん 1973年、アメリカ・ボストン生まれ。アルピニスト。亜細亜大学卒業。99年、エベレスト(ネパール側)の登頂に成功し、7大陸最高峰最年少登頂記録(当時)を25歳で樹立。以降、エベレストや富士山で清掃登山を開始。野口健 環境学校など、子どもたちへの環境教育や、日本兵の遺骨収集活動にも取り組む。

「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に「テント村」という選択肢

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撮影=尾藤能暢
 2016年4月14日に発生した熊本地震。短期間で2度も震度7の揺れに襲われたため、多くの家屋が倒壊。避難所には人々があふれ、車内泊による被災者の体調悪化が大きな問題となっていた。  そんな中、最も被害が大きかった益城町では、一風変わった避難所が運営されていたことをご存じだろうか? 登山家・野口健氏と、災害援助に対して非常に熱心で、被災した自治体からの要請を待たずに自発的に支援する「プッシュ型支援」を進めている岡山県総社市が共同運営した、過去最大規模のテント村だ。 「エベレストのベースキャンプを再現する」という発想のもとスタートした、このテント村の活動をまとめた『震災が起きた後で死なないために』(PHP新書)が、このたび上梓された。  11年の東日本大震災では寝袋支援を行い、15年のネパール大地震では「野口健 ヒマラヤ大震災基金」を設立、そして熊本地震ではテント村運営に取り組んだ野口氏が提唱する、新しい避難所のカタチとは――。 *** ――熊本地震から約1カ月半、益城町総合運動公園の陸上グラウンドにテント100張り、最大600人を収容できるテント村を開設されましたが、けっこうな規模ですよね。
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テント村の全景
野口 テント村は本震から10日目にできたんですが、最初は車中泊の方限定にしていたんですよ。でも、けっこう体育館からも移ってこられました。体育館の中って、仕切りもなくて雑魚寝で人目にさらされるから、ストレスになるじゃないですか。赤ちゃんが泣いたり、小さい子どもが走り回ったりすると、周りの人から舌打ちされるんですって。「表に出せよ」っていうのが聞こえてきたり。やっぱり、みんなが一番求めるものって、自分たちの空間なんですよね。それがないと、ストレスがすごくたまる。テントだったら、完全なプライベートルームですから。 ――みなさん、ほぼ全員が初めてのテント生活ですよね? そこに対する戸惑いはありませんでしたか? 野口 なかったと思いますね。車内よりも、体育館よりもいいって。とにかく、自分たちの空間がほしいって。よっぽど最初は苦戦するかなって思ってたんですが、みなさん自分なりに工夫されて。タープの中に、自宅から持ってきた勉強机や自転車を置いたり、洗濯物を干したりしていました。 ――ずらっときれいに並んだテントやタープを見る限り、快適そうですね。 野口 一番優秀だったのは、日本セイフティーさんの「ラップポン」という仮設トイレです。熱圧着によって排泄物が1回ごとに密封されるので、これをゴミ箱に捨てればいいだけ。ニオイも漏れません。最初にあった仮設トイレは和式で、本当に汚かったんです。誰が管理するか決まっていなかったようで、掃除もされていないし。今の小学生は洋式に慣れているし、お年寄りには和式はなかなかつらい。だから、みんなトイレに行きたがらない。1~2日ならいいけど、ずっとじゃないですか。テント村独自のトイレをなんとかしたいね、ってことで、ラップポンが5基と、あと洋式の仮設トイレを10基入れたんです。
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テントの中。
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テントの前に設置されたタープスペースは、各家庭が趣向を凝らして活用していた
――そもそも最初は、テントを届ける物資援助を行う予定だったんですよね。 野口 はい。でも、テントを届けても、果たしてみんな生活できるのかな、という懸念があったんです。テントって、みんなバラバラに薄暗いところに張ると無防備だし、配るだけじゃダメだなと。そんな中、僕が環境観光大使を務め、旧知の仲である岡山県総社市の片岡(総一)市長から「テント村やりましょう!」とご提案いただいて、それで、「エベレストのベースキャンプか」と。エベレストのベースキャンプって、本当にこういう感じなんですよ。だいたい1カ月~1カ月半、長期間滞在するので、いかに快適に生活できるかっていうのを考えて僕らはベースキャンプを作るんです。それを再現すれば、いけるかと。 ――とはいえ、物資援助とテント村運営では、責任の重さも違います。 野口 そうですね。でも、こういう緊急時は、早くやらないと意味がない。同時にテントメーカー(コールマンジャパン)にテントを発注して。そのテントが届くまでの間に、総社市の職員が場所探しをしてくれて、「益城町総合運動公園の陸上グラウンドが使えるよ」と。だから、すべてが同時進行。総社市は行政との交渉、僕らは物資。やるぞ、と決めたのは震災4日目。注文して3日目にテントが届いて、いったん総社市にトラックで送って積み替えて。震災直後って、行政の車しか入れないですからね。5~6日くらいで準備は整いました。 ――実際のテント村運営は、スムーズにいきましたか? 野口 いろいろと壁にぶつかりましたね。テント村って前例がないし、みんなイメージが湧かない。そうすると、グラウンドの指定管理者(公的な施設の管理・運営を自治体に代わって行っている民間団体)から、テントで大丈夫かと。「熱中症は?」「死角で女性が暴行されたらどうするんだ?」とか、デメリットの部分ばかりがフィーチャーされて。あとは「公平性をどうするのか?」ということ。この公平性っていうのが、いろいろと厄介で。「車中泊は何人いるのか把握できていますか?」「すべての人が入れないなら、公平性に反するので、やるべきではないんじゃないか」とか。でも結局、避難所に入れないから車中泊しているわけで、「助けられるところからやりましょうよ」って。 ――東日本大震災でも、公平性が邪魔をして、うまく救援物資が届けられなかったという話を聞きました。 野口 いろいろな人が、トラックで救援物資を持ってくるじゃないですか。でも、避難所の場合は、500人いたら500個ないとダメなんですよ。みんなに同じものを配らなければならない。バカバカしいけど、頑なにそうなんです。だから、せっかく遠路はるばる運んできても、避難所に拒否されるトラックがたくさんあって。テント村では、すべて「ありがとうございます」って受け取っていたので、ちょっとした市場状態でした。僕がマイクで「救援物資が届きました」ってアナウンスすると、みんなテントからぞろぞろやってくる。そうすると、体育館から指定管理者が飛んでくるんですよ。「全員分ありますか?」って。「いや、ないですね。でもうち、早いもん勝ちなんで」って言うと、「ありえません!」って(苦笑)。でも、みんながみんな同じものが必要かといえば、そうではないですからね。
「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に「テント村」という選択肢の画像5
――とはいえ、テント村も体育館の指定管理者の管轄下にあったわけで、ルールには従わないといけないですよね? 野口 それはそうなんですけど……そうも言ってられない。そういう意味では、彼らとの対立は絶えずありましたね。「早く出てけ」とか言われてました(苦笑)。 ――1カ月半、ずっと? 野口 ほぼですね。最後の最後で、彼らも態度を軟化させてくれましたけどね。大変でした。たとえば、タープは許可は出なかったんです。最初テントだけだったんですが、日陰がないから日中は暑くて、熱中症になってしまう。でもタープがあれば、メッシュなので風が通るし、その分、スペースもできる。なぜ彼らが許可を出さなかったかといえば、「風でタープが飛んで車にぶつかって傷がついたらどうするんですか?」って。そんなの知りませんよ! それはそのとき考えますよ。でも、そういうことを大真面目に言ってくるんですよ。悔しいから土木業者の方に来てもらって鉄筋とか打ちまくって、絶対飛ばないようにしました。ドリルで穴開けまくってビス打って、土のう置いて、絶対飛ばないようにしました。グラウンドは亀裂だらけでしたから。人工芝の下はコンクリなんで、ペグは入らないんですよ。 ――すごい執念ですね(笑)。 野口 いま振り返ってみると、指定管理者の彼らも、総社市っていう聞いたこともない自治体と訳のわからない登山家が来て、600人の命を預かるなんて、本当にできるのか? って疑心暗鬼だったと思いますよ。だから益城町の町長が許可しても、彼らが体を張って阻止しようとしたのはわからなくもない。けれども、そういう状況じゃないですからね。だって、車中泊よりはテントのほうがいいし。こういうときって、リスクばかり考えていたら何もできないし、体育館の中だってぐちゃぐちゃになっている。やらなきゃならない状況だったんです。ただこれができたのも、総社市との連携ですよね。僕だけじゃ、できなかった。 ――片岡市長の判断力、行動力には、目を見張るものがありますよね。 野口 ほかの行政とケンカもできるしね(笑)。片岡市長が「やれ」と言ったら、職員はそれに従う。指定管理者からいろいろ言われたときに、片岡市長に電話で「公平性がどうのこうのって問題になってます」って話したら、「野口さん、行政っていうのは、みんなそう言うんです。でも、こういう有事のときはそんなの関係ない。私は自分の職員に対しては『有事のときはルールを無視しろ』『破れ』と言っているからね」と。「ルール破りましょう」って言うから、「そうしましょう」って。だから、益城町からしたら、とんでもないやつらですよ。 ――テント村は100点満点中何点くらいですか? 野口 うーん、走りながらすべて同時進行で作ったからね。たとえば「来年テント村やります」っていうなら、今から準備したら、もっといいものができる。震災が起きてからイチから始めたんでね、それを考えると100点満点かな。最初はもちろん違いますよ。テントしかなかったし、もっとよくしようって、タープを入れたり、ラップポンを置いたり、JTさんの協力で喫煙所を設けたり、徐々に徐々に。最終的には、やれることは全部やった。ただ今回、災害が起きてからでは遅い、ということを痛感しました。先日、総社市と僕が代表を務めるNPOで「大規模災害時における支援に関する協定」を結んだんですけど、これは災害に備えて先に準備するためなんですよ。総社市には「大規模災害被災地支援に関する条例」というのがあって、日本国内で大規模な災害が起きた際は、市長の権限において即座に支援を行うことができる。そのための費用として、年間1,000万円の予算もつけているんです。そこに僕も「テント村班」としてセットになったわけです。そうすることで、テント村も、次に災害が起きてからやるんじゃなくて、もっとクオリティの高いものを準備できるんじゃないかと。 ――次にテント村をやるなら、これを付け加える、というものはありますか? 野口 いろいろありますが、まず、大型テントですね。東京ドームを作っている業者さんが来てくれて、本当はテント村があるグラウンドの5分の1くらいを覆う巨大テントを作る予定だったんですよ。それがあれば、暑いときは涼しいし、卓球台を置いたり、ヨガの先生や床屋さんに来てもらったりできる。でもやっぱり、指定管理者が許可しなかった。僕らだったら勝手にやっちゃうけど、彼らは会社として来ているので、断念せざるを得なかったんです。  あと、食堂テントもあるといいですね。食事は3食、コンビニチェーンが提供してくれていたんですけど、だんだんみんな食べなくなるんですよ。(指定管理者から)炊き出しはダメと言われていたけど、僕らは「ルールは破る」ってことで統一してましたから(笑)、テント村の人たちは、タープの中だけは自炊OKとしたんです。東北の場合は、街ごと消えたじゃないですか? でも、益城町はピンポイントで被害が出てるけど、車で15分も行けば、普通にスーパーもコンビニも、ファミレスもやっている。住宅街は大変なことになっているけど、会社は市外にあるから、みんなテント村から出勤するわけです。夕方、帰りにスーパーで買い物して、コンロで自炊してましたね。やっぱり自炊って大事なんですよ。みんな温かいものを食べたいし、なんでもかんでも提供してもらっていると、生活のリズムが作れなくなるんです。  それと、医療系は充実していたんですが、精神科医が抜けていた。テント村って、体育館とかと比べると明るい雰囲気だったんですけど、そうはいってもみんな家を失っているし、不安はある。それが抜けていた。精神科医的なケアって、素人が中途半端にやるもんじゃないですからね。
「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に「テント村」という選択肢の画像6
エベレストのベースキャンプの様子
――本書の中では、「避難所の質」について繰り返し言及されていますが、その原点となっているのが、エベレストのベースキャンプだそうですね。 野口 どちらも「生きのびる」ことをテーマにした場所ですから。エベレスト登山っていうのは、ベースキャンプから一気に登頂を目指すわけではなく、その上に、キャンプ1、キャンプ2、キャンプ3、キャンプ4とハイキャンプを設け、徐々に体を慣らしていくんです。上に行くと酸素が薄くて頭痛や吐き気が続いてバテるから、定期的にベースキャンプに戻ってきて4~5日ゆっくり休んでまた上がっていくということを繰り返すんです。そのためには、心身ともにリラックスできる場所でなければならない。災害の避難所というのも、家族や家を失った人たちが命からがら集まっている。だから、僕はテント村を安心できる空間にしたかったんです。 ――特に日本人の場合、「我慢するのが当たり前」という風潮がありますよね。 野口 我慢や美徳は、時に人を追い詰めてしまいますからね。環境の劣悪さに目をつむり「避難所とはそういうものだ」というみんなの思い込みを、なんとか打破したいなと。もちろん、テント村がすべてだとは思っていませんし、高齢者や持病がある人にはエアコンが完備された体育館のほうがいい。いろいろな選択肢があったほうがいいと思うんです。 ――現在、野口さんは、自治体などに向けた災害時の避難所のあり方について提言する活動に力を入れているとのことですが、反応はいかがですか? 野口 いろいろな首長さんに会うと「それは面白いな、うちでもやってみたい」って言ってくれる。だから、やっぱり体験するかしないかなと。たとえば東京は、大きな公園がたくさんある。だから、秋くらいに、都と共催でテント村お試し体験を、代々木公園とかでできたらいいなと思っています。  また南海トラフでは、東北の何倍もの被害が予想されていますから、そのエリアの自治体は今すごくシビアで、いろいろなイベントを積極的にやっている。そういうところとうまく連携できればいいなと。とにかく、いろいろな場所にミニテント村を作って、体験してもらうしかないですからね。 ――海外では、テント村はわりと普通なんですよね? 野口 欧米人って、本当にキャンプが好きなんですよね。だから、だいたいみんなテントを持っている。地震が多いイタリアなんて、避難所はほとんどテント村なんですよ。日本人は一部の人しかキャンプしないし、なかなか伝わらないんですよ。でも、アウトドア経験っていうのは、最強の防災術になる。だから、日ごろからもっとアウトドアライフに親しんでほしいですね。 ――登山家である野口さんが、ここまで災害支援活動に力を入れる理由はなんなんでしょうか? 野口 なんですかね。大変なんですよ、始まっちゃうと。でも、大変なだけでもないんですよ。いろいろな発見があるというか。 ――楽しいんですか? 野口 そう、楽しいんですよ。小さな街づくりみたいなもんで。みんなが生活しやすいように、テント村内だけの決まりごとを作ったり、ラップポンがくれば女性の表情がパッと明るくなって、「トイレひとつで、こんなに変わるのか」って。これはこれで発見じゃないですか。こいのぼりとか風鈴置いたら、子どもが喜ぶし。それが楽しい。しんどいだけじゃ、嫌になっちゃいますよ。  みんな好きで避難所に来ているわけではないし、嫌でもここで生活しなければならない。そうすると、ここでの生活を楽しむしかないんですよ。だから、前向きになれるような空間、雰囲気ってなんなのかっていうのが最大のテーマでした。やっぱり活動って、面白くなきゃ続かないんですよ。 (取材・文=編集部) ●のぐち・けん 1973年、アメリカ・ボストン生まれ。アルピニスト。亜細亜大学卒業。99年、エベレスト(ネパール側)の登頂に成功し、7大陸最高峰最年少登頂記録(当時)を25歳で樹立。以降、エベレストや富士山で清掃登山を開始。野口健 環境学校など、子どもたちへの環境教育や、日本兵の遺骨収集活動にも取り組む。

鈴木清順、若松孝二の“遺伝子”を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』

鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像1
有森也実が大胆な濡れ場を演じたことで話題の『いぬむこいり』。南の島を舞台に、奇想天外なファンタジーが繰り広げられる。
 人間が人間ならざるものと交わり、新しい世界を築いていく異類婚姻譚。現在大ヒット中のミュージカル映画『美女と野獣』や日本神話のひとつ「豊玉姫」など、様々なケースが古くから世界各地に言い伝えられている。そんな異種婚伝説をモチーフにした官能ファンタジーが有森也実主演作『いぬむこいり』だ。人気ドラマ『東京ラブストーリー』(91年、フジテレビ系)でブレイクし、清純派の印象が強かった有森だが、本作では犬男を相手に大胆な濡れ場を繰り広げ、過去のイメージを一掃してみせている。上映時間は4時間5分という超大作で、さらに共演陣は、石橋蓮司&緑魔子夫妻(劇団『第七病棟』!)、「頭脳警察」のPANTA、ジャズパンクバンド「勝手にしやがれ」のボーカル・武藤昭平といった異色の顔ぶれ。どんな物語が展開されるのか予測不能な本作を撮り上げた片嶋一貴監督に、作品に込めた想いを聞いた。  片嶋監督はこれまでもパンクな映画を撮り続けてきた。高校生テロリストたちの暴走を描いた代表作『アジアの純真』(11)は国内外で大いに物議を醸した。小栗旬主演作『ハーケンクロイツの翼』(04)ではアナーキーな青春が描かれ、ブラックコメディ『小森生活向上クラブ』(08)では古田新太がテロリストとして覚醒していった。『いぬむこいり』もまた、アラフォーの元小学校教師・梓(有森也実)が神のお告げから南の島へと渡り、あらゆる世間の常識から身も心も解放されていく物語となっている。なぜゆえ、片嶋監督はパンクな映画を撮り続けるのだろうか?
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像2
ロケ地の鹿児島でモニターを確認する片嶋一貴監督(右側)と撮影監督たむらまさき氏。
「確かに『アジアの純真』のときは“こんな世界をひっくり返してやりたい”という強い気持ちで撮っていました。でも、常にパンクな映画を撮ろうと意識しているつもりはなく、自分ではいろんなタイプの映画を撮りたいと考えているんです。まぁ、オリジナルストーリーで作品をつくっていると、自分の中にあるものがどうしようもなく表に出てきてしまうようです(笑)。今回は脚本家の中野太から勧められ、芥川賞を受賞した多和田葉子さんの短編小説『犬婿入り』(講談社)を読んだところ、すごく面白かったので、ドイツにいる多和田さんに連絡して映画化の話を進めていたんです。残念なことに映画化権が手に入らず、それならと多和田さんも読んだであろう『犬のフォークロア 神話・伝説・昔話の犬』(成文堂新光社)という本を参考にして、オリジナルのストーリーを考えたわけです。異類婚姻譚って世界各地にある民間伝承であり、人間の中にある多様性を認識し、新たな再生を願うというもの。でも、今の世界情勢は多様性を認めようとする流れとは逆に向かっている。現代の異類婚姻譚を描くことで、物語そのものがメッセージになりうると考えたんです」
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像3
「勝手にしやがれ」のボーカル・武藤昭平がメインキャストに。ひょうひょうとした味わいの演技を見せている。
■精神的にギリギリまで追い詰められた有森也実  4時間超の大作『いぬむこいり』に主演した有森也実は2015年の8月~9月をロケ地の鹿児島で過ごしているが、クランクアップの際に「一年間はこの映画の話はしたくない」と口にし、最近のトークイベントでも「女優をやめようと思った」と振り返っている。相当にハードな撮影だったようだが、主演女優を追い詰めたものは何だったのだろう。 「有森さんにとっては、本当につらい現場だった。有森さんが演じた主人公・梓は狂言回し的な立場で、熱演すればOKという役ではなく、素の姿でカメラの前に立つことが求められたんです。俳優って、役を演じているほうが楽ですから。撮影期間は1カ月半ほどでしたが、だんだん精神的に苦しくなっていったようです。僕はキャストに対して優しい言葉を掛けるタイプの監督ではありませんし、ヌードになることも大きな負担だったと思います。有森さんは僕が撮った『たとえば檸檬』(12)では依存症の女性を演じてもらったんですが、彼女の出演パートが終わる直後に東日本大震災が起きている。あのときも大変でしたが、今回もいろんなことが重なったみたいですね。ここ3年の間に、ご両親も亡くされたとのことでした。ポスプロ作業が終わって、映画が完成したら、有森さんも元気になるかなと思っていたんですが、初号試写のときはまだ完全復活はしていなかった。その後、いろいろ取材を受けて、インタビューを重ねていくうちに元気になっていった。映画って作品として完成すれば終わりではなく、お客さんに観てもらうことと同じくらい、取材を受けたり、レビューを書いてもらうことも大切。監督の僕もそうなんですが、インタビューに受け答えすることで、自分の内面を言葉として整理することができるし、いろんなレビューが出ることで、自分が気づかなかった視点も発見できるものなんです」  有森也実演じるアラフォーの元教師・梓があらゆる世間の常識から解き放たれていく壮大なファンタジー大作『いぬむこいり』。ベテラン俳優の柄本明は三線の演奏と渋い歌声を披露し、島の女王に扮した緑魔子は生尻を振りながら妖艶なダンスを舞う。女王と対立する部族の王様は「頭脳警察」のPANTA。また、梓と行動を共にするオフビートなペテン師・アキラには、ジャズパンクバンド「勝手にしやがれ」が結成20年を迎えた武藤昭平が配役されている。異色なキャスティングの舞台裏についても聞いた。 「石橋蓮司さんは前半、緑魔子さんは後半、と同じシーンには出ていませんが、ひとつの作品に夫婦で出演するのは、すごく珍しいこと。石橋蓮司さんはゴロツキの革命家の役で早めに出演の承諾をいただいていたんですが、女王役はなかなか決まらなかった。それで僕が緑魔子さんの大ファンだったこともあって、蓮司さん繋がり(2人は同じ事務所)で、お願いして出てもらいました。『盲獣』(69)や『あらかじめ失われた恋人たちよ』(71)などに出ていた1960年代~70年代の魔子さんは本当に素敵です(笑)。『いぬむこいり』の魔子さんの宮殿のシーンだけ別の映画のようだと言われます。魔子さんが女王役に決まり、美術や衣装だけでなくダンスの振付けも入って、魔子さんもノリノリで演じてくれた。僕から『お尻を出して踊ってください』とはさすがに頼んではいませんよ。ダンスの練習をしているときに『このシーン、お尻を出しましょうか』と魔子さんから言ってくださった(笑)。お蔭で70歳を過ぎているとは思えない魔子さんの妖しいダンスシーンを撮ることができた。武藤昭平はミュージシャン役でちょっと映画に出たことはあるけど、ここまでのメインを演じるのは初めて。昭平が芝居できるかどうかは分からなかったけど、きっと行けるなという確信が自分の中にあって、以前も彼の主演ドラマの企画を考えていたんです。その企画は流れちゃいましたけどね。今回、昭平の芝居を初めて見たけど、なかなか達者。演技をしているというよりは、役に自分をうまく当てはめている。ミュージシャンは芝居がうまい。パフォーマーとして、役者と通じるものがあるんだと思いますよ」
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像4
キョラ族の女王を演じた緑魔子。アングラ演劇界に君臨したスター女優の貫禄は健在!
■混沌化していくこれからの時代への祈り 『いぬむこいり』の最終舞台となる「イモレ島」では、米兵や武器商人たちが入り交じっての戦乱が絶えない。実際のロケ地は鹿児島県だが、第二次世界大戦時に日本で唯一の地上戦が繰り広げられた沖縄の過去の悲劇を彷彿させると同時に、軍事基地の整備が進むこれからの沖縄を幻視したかのようでもある。 「沖縄にあれだけ米軍基地があるという現実があるわけで、何かしら物語を考える上でインスパイアされていると思います。物語の中ではキョラ族とナマ族がずっと対立しているんですが、これはイスラエルとパレスチナの関係を投影したもの。また、島から鉱石が採れ、地下資源をめぐっても争うことになる。経済・宗教・政治とすべてが交じった欲望の島で、戦争が絶えず続いている。いわば世界の縮図です。そんな世界の縮図を舞台にして、おかしな革命家たちが出てきて大騒ぎし、梓は巻き込まれていく。そして、その中で自分にとっての大切な“宝物”とは何かを探すことになる。ソビエト連邦が崩壊し、EUも解体に向かうかもしれない。これからの東アジアもどうなるか分からない。そんな状況の中で自分たちはどんな社会を築いていくべきなのか、どうやって生きていけばいいのか、また幸せの在り方も変わってくるはず。混沌としたこれからの時代に対する祈りみたいなものを、『いぬむこいり』には込めたつもりです」  片嶋監督は若松孝二監督の『寝盗られ宗介』(92)の助監督を務め、また鈴木清順監督の『ピストルオペラ』(01)と『オペレッタ狸御殿』(05)のプロデューサーも経験している。パンクな作風は、2人の巨匠からの影響も強くあるようだ。 「若松孝二監督と鈴木清順監督の影響を感じるとはよく言われますが、うれしく思う反面、ちょっと複雑な気持ちですね(笑)。若松さんからは映画づくりのあり方や姿勢を学んだんですが、実は僕はそれほど若松映画のファンというわけではありません。現場で若松さんを見ていても、これでいいのかなあと疑問に思っていたこともありました。反面教師ですね(苦笑)。でも、なんだかんだ言われながらも、晩年に『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)を完成させた。『実録・連合赤軍』は本当にすごい作品。逆に鈴木清順監督に対しては作品のスタイルから美的センスまで、すべて尊敬していました。清順監督の作品は若い頃に撮った『悪太郎』(63)、『春婦伝』(65)、『けんかえれじい』(66)なども素晴しいし、『ツィゴイネルワイゼン』(80)と『陽炎座』(81)は大傑作。清順監督本人は喰えないジジイでしたが、最後の2本の作品に関わることができてラッキーでした。清順監督は政治的な発言はいっさいしなかったけれど、作品はどれも反権威的な匂いのするものばかり。清順さんもまた、映画で何かしらの革命を起こそうと本気で考えていた人だったと思います」  映画界の革命家たちの薫陶を受けた片嶋監督が全力を投じた破天荒なパンク映画『いぬむこいり』は5月13日(土)より開幕する。 (取材・文=長野辰次)
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像5
『いぬむこいり』 監督/片嶋一貴 脚本/中野太、片嶋一貴 撮影/たむらまさき 出演/有森也実、武藤昭平、江口のりこ、尚玄、笠井薫明、山根和馬、韓英恵、 ベンガル、PANTA、緑魔子、石橋蓮司、柄本明  配給/太秦 R15 5月13日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開 (c)2016INUMUKOIRI PROJECT http://dogsugar.co.jp/inumuko.html

鈴木清順、若松孝二の“遺伝子”を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』

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有森也実が大胆な濡れ場を演じたことで話題の『いぬむこいり』。南の島を舞台に、奇想天外なファンタジーが繰り広げられる。
 人間が人間ならざるものと交わり、新しい世界を築いていく異類婚姻譚。現在大ヒット中のミュージカル映画『美女と野獣』や日本神話のひとつ「豊玉姫」など、様々なケースが古くから世界各地に言い伝えられている。そんな異種婚伝説をモチーフにした官能ファンタジーが有森也実主演作『いぬむこいり』だ。人気ドラマ『東京ラブストーリー』(91年、フジテレビ系)でブレイクし、清純派の印象が強かった有森だが、本作では犬男を相手に大胆な濡れ場を繰り広げ、過去のイメージを一掃してみせている。上映時間は4時間5分という超大作で、さらに共演陣は、石橋蓮司&緑魔子夫妻(劇団『第七病棟』!)、「頭脳警察」のPANTA、ジャズパンクバンド「勝手にしやがれ」のボーカル・武藤昭平といった異色の顔ぶれ。どんな物語が展開されるのか予測不能な本作を撮り上げた片嶋一貴監督に、作品に込めた想いを聞いた。  片嶋監督はこれまでもパンクな映画を撮り続けてきた。高校生テロリストたちの暴走を描いた代表作『アジアの純真』(11)は国内外で大いに物議を醸した。小栗旬主演作『ハーケンクロイツの翼』(04)ではアナーキーな青春が描かれ、ブラックコメディ『小森生活向上クラブ』(08)では古田新太がテロリストとして覚醒していった。『いぬむこいり』もまた、アラフォーの元小学校教師・梓(有森也実)が神のお告げから南の島へと渡り、あらゆる世間の常識から身も心も解放されていく物語となっている。なぜゆえ、片嶋監督はパンクな映画を撮り続けるのだろうか?
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像2
ロケ地の鹿児島でモニターを確認する片嶋一貴監督(右側)と撮影監督たむらまさき氏。
「確かに『アジアの純真』のときは“こんな世界をひっくり返してやりたい”という強い気持ちで撮っていました。でも、常にパンクな映画を撮ろうと意識しているつもりはなく、自分ではいろんなタイプの映画を撮りたいと考えているんです。まぁ、オリジナルストーリーで作品をつくっていると、自分の中にあるものがどうしようもなく表に出てきてしまうようです(笑)。今回は脚本家の中野太から勧められ、芥川賞を受賞した多和田葉子さんの短編小説『犬婿入り』(講談社)を読んだところ、すごく面白かったので、ドイツにいる多和田さんに連絡して映画化の話を進めていたんです。残念なことに映画化権が手に入らず、それならと多和田さんも読んだであろう『犬のフォークロア 神話・伝説・昔話の犬』(成文堂新光社)という本を参考にして、オリジナルのストーリーを考えたわけです。異類婚姻譚って世界各地にある民間伝承であり、人間の中にある多様性を認識し、新たな再生を願うというもの。でも、今の世界情勢は多様性を認めようとする流れとは逆に向かっている。現代の異類婚姻譚を描くことで、物語そのものがメッセージになりうると考えたんです」
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像3
「勝手にしやがれ」のボーカル・武藤昭平がメインキャストに。ひょうひょうとした味わいの演技を見せている。
■精神的にギリギリまで追い詰められた有森也実  4時間超の大作『いぬむこいり』に主演した有森也実は2015年の8月~9月をロケ地の鹿児島で過ごしているが、クランクアップの際に「一年間はこの映画の話はしたくない」と口にし、最近のトークイベントでも「女優をやめようと思った」と振り返っている。相当にハードな撮影だったようだが、主演女優を追い詰めたものは何だったのだろう。 「有森さんにとっては、本当につらい現場だった。有森さんが演じた主人公・梓は狂言回し的な立場で、熱演すればOKという役ではなく、素の姿でカメラの前に立つことが求められたんです。俳優って、役を演じているほうが楽ですから。撮影期間は1カ月半ほどでしたが、だんだん精神的に苦しくなっていったようです。僕はキャストに対して優しい言葉を掛けるタイプの監督ではありませんし、ヌードになることも大きな負担だったと思います。有森さんは僕が撮った『たとえば檸檬』(12)では依存症の女性を演じてもらったんですが、彼女の出演パートが終わる直前に東日本大震災が起きている。あのときも大変でしたが、今回もいろんなことが重なったみたいですね。ここ3年の間に、ご両親も亡くされたとのことでした。ポスプロ作業が終わって、映画が完成したら、有森さんも元気になるかなと思っていたんですが、初号試写のときはまだ完全復活はしていなかった。その後、いろいろ取材を受けて、インタビューを重ねていくうちに元気になっていった。映画って作品として完成すれば終わりではなく、お客さんに観てもらうことと同じくらい、取材を受けたり、レビューを書いてもらうことも大切。監督の僕もそうなんですが、インタビューに受け答えすることで、自分の内面を言葉として整理することができるし、いろんなレビューが出ることで、自分が気づかなかった視点も発見できるものなんです」  有森也実演じるアラフォーの元教師・梓があらゆる世間の常識から解き放たれていく壮大なファンタジー大作『いぬむこいり』。ベテラン俳優の柄本明は三線の演奏と渋い歌声を披露し、島の女王に扮した緑魔子は生尻を振りながら妖艶なダンスを舞う。女王と対立する部族の王様は「頭脳警察」のPANTA。また、梓と行動を共にするオフビートなペテン師・アキラには、ジャズパンクバンド「勝手にしやがれ」が結成20年を迎えた武藤昭平が配役されている。異色なキャスティングの舞台裏についても聞いた。 「石橋蓮司さんは前半、緑魔子さんは後半、と同じシーンには出ていませんが、ひとつの作品に夫婦で出演するのは、すごく珍しいこと。石橋蓮司さんはゴロツキの革命家の役で早めに出演の承諾をいただいていたんですが、女王役はなかなか決まらなかった。それで僕が緑魔子さんの大ファンだったこともあって、蓮司さん繋がり(2人は同じ事務所)で、お願いして出てもらいました。『盲獣』(69)や『あらかじめ失われた恋人たちよ』(71)などに出ていた1960年代~70年代の魔子さんは本当に素敵です(笑)。『いぬむこいり』の魔子さんの宮殿のシーンだけ別の映画のようだと言われます。魔子さんが女王役に決まり、美術や衣装だけでなくダンスの振付けも入って、魔子さんもノリノリで演じてくれた。僕から『お尻を出して踊ってください』とはさすがに頼んではいませんよ。ダンスの練習をしているときに『このシーン、お尻を出しましょうか』と魔子さんから言ってくださった(笑)。お蔭で70歳を過ぎているとは思えない魔子さんの妖しいダンスシーンを撮ることができた。武藤昭平はミュージシャン役でちょっと映画に出たことはあるけど、ここまでのメインを演じるのは初めて。昭平が芝居できるかどうかは分からなかったけど、きっと行けるなという確信が自分の中にあって、以前も彼の主演ドラマの企画を考えていたんです。その企画は流れちゃいましたけどね。今回、昭平の芝居を初めて見たけど、なかなか達者。演技をしているというよりは、役に自分をうまく当てはめている。ミュージシャンは芝居がうまい。パフォーマーとして、役者と通じるものがあるんだと思いますよ」
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像4
キョラ族の女王を演じた緑魔子。アングラ演劇界に君臨したスター女優の貫禄は健在!
■混沌化していくこれからの時代への祈り 『いぬむこいり』の最終舞台となる「イモレ島」では、米兵や武器商人たちが入り交じっての戦乱が絶えない。実際のロケ地は鹿児島県だが、第二次世界大戦時に日本で唯一の地上戦が繰り広げられた沖縄の過去の悲劇を彷彿させると同時に、軍事基地の整備が進むこれからの沖縄を幻視したかのようでもある。 「沖縄にあれだけ米軍基地があるという現実があるわけで、何かしら物語を考える上でインスパイアされていると思います。物語の中ではキョラ族とナマ族がずっと対立しているんですが、これはイスラエルとパレスチナの関係を投影したもの。また、島から鉱石が採れ、地下資源をめぐっても争うことになる。経済・宗教・政治とすべてが交じった欲望の島で、戦争が絶えず続いている。いわば世界の縮図です。そんな世界の縮図を舞台にして、おかしな革命家たちが出てきて大騒ぎし、梓は巻き込まれていく。そして、その中で自分にとっての大切な“宝物”とは何かを探すことになる。ソビエト連邦が崩壊し、EUも解体に向かうかもしれない。これからの東アジアもどうなるか分からない。そんな状況の中で自分たちはどんな社会を築いていくべきなのか、どうやって生きていけばいいのか、また幸せの在り方も変わってくるはず。混沌としたこれからの時代に対する祈りみたいなものを、『いぬむこいり』には込めたつもりです」  片嶋監督は若松孝二監督の『寝盗られ宗介』(92)の助監督を務め、また鈴木清順監督の『ピストルオペラ』(01)と『オペレッタ狸御殿』(05)のプロデューサーも経験している。パンクな作風は、2人の巨匠からの影響も強くあるようだ。 「若松孝二監督と鈴木清順監督の影響を感じるとはよく言われますが、うれしく思う反面、ちょっと複雑な気持ちですね(笑)。若松さんからは映画づくりのあり方や姿勢を学んだんですが、実は僕はそれほど若松映画のファンというわけではありません。現場で若松さんを見ていても、これでいいのかなあと疑問に思っていたこともありました。反面教師ですね(苦笑)。でも、なんだかんだ言われながらも、晩年に『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)を完成させた。『実録・連合赤軍』は本当にすごい作品。逆に鈴木清順監督に対しては作品のスタイルから美的センスまで、すべて尊敬していました。清順監督の作品は若い頃に撮った『悪太郎』(63)、『春婦伝』(65)、『けんかえれじい』(66)なども素晴しいし、『ツィゴイネルワイゼン』(80)と『陽炎座』(81)は大傑作。清順監督本人は喰えないジジイでしたが、最後の2本の作品に関わることができてラッキーでした。清順監督は政治的な発言はいっさいしなかったけれど、作品はどれも反権威的な匂いのするものばかり。清順さんもまた、映画で何かしらの革命を起こそうと本気で考えていた人だったと思います」  映画界の革命家たちの薫陶を受けた片嶋監督が全力を投じた破天荒なパンク映画『いぬむこいり』は5月13日(土)より開幕する。 (取材・文=長野辰次)
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像5
『いぬむこいり』 監督/片嶋一貴 脚本/中野太、片嶋一貴 撮影/たむらまさき 出演/有森也実、武藤昭平、江口のりこ、尚玄、笠井薫明、山根和馬、韓英恵、 ベンガル、PANTA、緑魔子、石橋蓮司、柄本明  配給/太秦 R15 5月13日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開 (c)2016INUMUKOIRI PROJECT http://dogsugar.co.jp/inumuko.html

キム・ギドクが福島原発事故を描いた超問題作!『STOP』の日本での劇場公開がついに実現へ

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原発事故によって福島から東京へと避難する若い夫婦。様々な情報が錯綜し、出産をめぐって疑心暗鬼に陥る。
 日本での公開は難しいと思われていた韓国の鬼才キム・ギドク監督の『STOP』が、5月13日(土)より劇場公開されることになった。『STOP』はキム・ギドク監督が脚本&プロデュースに加え、撮影・照明・録音も兼任し、2015年に日本でロケ撮影を行なったインディーズ作品。原発事故によって福島から東京へと避難してきた若い日本人夫婦が出産をめぐって葛藤するサスペンスドラマだ。カンヌ、ベネチア、ベルリンの世界三大映画祭での受賞歴があるキム・ギドク監督の作品は、性器切断などハードな描写が多いことでも知られているが、本作でも妊婦の出産シーンは思わず目を覆いたくなる。来日したキム・ギドク監督に日本ロケを敢行した本作の製作内情について尋ねた。 ──キム・ギドク作品は“痛み”を感じさせる作品ばかりですが、今回の『STOP』はこれまで以上に大きな痛みを感じさせます。 キム・ギドク 私たちはみんな、福島で起きた原発事故についてよく知っていますし、日本には被害者の方が大勢います。被災地の方たちと同じように大きな痛みを感じる人は多いと思います。それにこの作品は痛みだけでなく、恐怖も描いています。それもあって、そのように感じたのではないでしょうか。私はこれまで20本以上の映画を撮ってきましたが、私の良心に誓って、誰かを傷つけたり、苦しみを与えようと思って映画を撮ったことはありません。傷を負っている人がいれば、その傷を癒してあげたいという気持ちでこれまで映画を撮ってきました。今回の『STOP』は同じような原発事故が再び起きることを防ぎたい、新しい傷を負わずに済むようにしたいという想いから撮ったものです。 ──2011年の東日本大震災のニュースを、キム・ギドク監督はどのような想いで接したのでしょうか? キム・ギドク 津波が町を呑み込んでいく様子がニュース映像としてテレビから流れ、その映像は今も強く脳裏に焼き付いています。それから福島第一原発が続けて爆発する映像も流れ、本当に恐ろしくなりました。でも、これですべてだろうか、原発事故は1回だけで済むのだろうかと、他の人たちと同じような気持ちでニュースを見て、ショックを受けました。また、人間は本当に弱い存在だと感じました。大自然の前では、人間はとてもちっぽけな存在だと。人間が考え出した原発という大きな装置も大自然の前では簡単に壊れてしまい、またそれによってさらに大きな災害を招くことを改めて知ったわけです。ショックと恐怖を同時に感じながら、自分はひとりの人間として何ができるだろうかと考えました。同じような災害が再び起きることを防ぐような映画をつくりたい、地震を防ぐことはできなくても人間が生み出した原発による事故は防ぐことはできるはずだと。それが映画監督である自分の役目ではないかと思ったんです。
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キム・ギドク監督自身が自主配給することで、問題作『STOP』の日本での劇場公開が決まった。
■自分ひとりで責任を負うという覚悟 ──脚本とプロデューサーだけでなく、撮影・録音・照明も自分ひとりでやることは早くから決めたんでしょうか? キム・ギドク 最初はシナリオを書きながら、日本の整った製作条件の中で撮れればいいなと思いましたし、きっと日本で震災を題材にした映画がいろいろ製作されるに違いないとも思いました。でも、なかなかそういった作品は日本からは現われませんでした。もちろん園子温監督の『希望の国』(12)のような作品もありますが、原発問題に率直に向き合い、問題の解決の糸口を提示するような作品は少ないように私には思えました。日本の映画監督たちがとても慎重になっている状況を見て、日本の製作条件で自分が思ったような映画を撮ることは難しそうだと分かり、それだったら自分ひとりで責任を負う形で撮ろう、スタッフなしで映画を撮ろうと決心したんです。 ──原発事故によって日本中が心理的パニックに陥った状況が低予算作品ながらリアルに再現されていますが、謎めいた政府のエージェントが福島から避難してきた若い夫婦に中絶を強要し、警戒区域内で捕まえた動物を精肉にして東京に卸す個人業者が現われたりとフィクションも交えた作品となっています。現実とフィクションの兼ね合いはどのように図ったのでしょうか。 キム・ギドク 確かに政府のエージェントや肉を卸す業者はフィクションです。今回のシナリオを書くにあたって、この問題は福島だけに限ったものではないと思ったんです。もっと大きな事故になっていた可能性もあるという前提で、シナリオを書きました。もっと大量の放射能が漏れていたら、どんな事態になっていただろうと私の想像力を働かせて書いたのが、政府のエージェントや汚染肉の業者です。チェルノブイリ原発事故の後、周辺国で奇形児が生まれたことは事実です。奇形児が次々と生まれるような事態になれば、政府は何らかの形で動くのではないでしょうか。 ──妊婦から奇形児が生まれてくるシーンのショッキングさから、劇場公開を躊躇した日本の配給関係者もいると思います。その点に関してはどのように考えていますか? キム・ギドク 映画が恐怖心を与えることは絶対によくないと思います。でも、だからと言って恐ろしい現実を隠すことも、よくないのではないでしょうか。原発事故後も警戒区域内にずっと残っていた妊婦が奇形児を産むシーンが中盤にありますが、放射能事故によって奇形児が生まれるということはチェルノブイリ事故後に現実に起きています。福島では実際にはみなさん警戒区域から退去されているので、『STOP』で描かれている状況とは異なります。それに奇形児のエピソードが物語のエンディングなら問題だと思いますが、『STOP』のラストは人類にとって新しい希望を感じさせるものにしたつもりです。
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原発事故の裏側では闇ビジネスが蔓延っていた。警戒区域内で野放し状態の動物を捕まえ、精肉化する闇の業者。
■キム・ギドクが日本ロケで感じたこと ──日本での撮影はかなり大変だったと思います。 キム・ギドク 通常の映画なら、助監督や撮影・照明・録音にもそれぞれアシスタントが就くわけですが、全部ひとりでやらなくてはならず、あらゆることに気を配らなくていけないので、本当に大変でした(苦笑)。それで今回はひとりで撮影もでき、照明を当て、録音もできるような新しい機材を手作りで用意したんです。少し水準は下がるかもしれませんが、何とか一人でやることができました。スタッフは私ひとりだったので、その分日本人キャストのみなさんには大変助けられました。俳優のみなさんが演出部の役割まで買って出てくれたんです。 ──都内でのロケだけでなく、キム・ギドク監督は福島にも向かったと聞いていますが……。 キム・ギドク ロケハンの際に、ひとりで福島まで行きました。ですが、警戒区域内は許可なしでは入れないので、撮影はせずに警戒区域の近くまで行っただけです。実際の撮影は新宿などの都内と福島の警戒区域の雰囲気に似ている場所を千葉県で見つけて撮影しました。東京タワーでも撮影しています。2回、3回とリテイクすることなく、1回だけでの撮影で終えることが多かったですね。周囲の人たちの迷惑にならないよう気をつけて撮影しましたが、一度だけ住宅街での撮影でひとりの主婦から「うるさい」と抗議されたことがありました。そのときは日本の俳優たちがみんなで私の前に立ち、私の代わりに頭を下げて「すみません」と謝ってくれたんです。韓国から来た私のことを庇う、日本人キャストのみなさんのこのとっさの行動には、本当に心を打たれました。韓国ではよく使われる言葉に「恨」と「情」があります。「恨」は感情が心の中に連なっていくことを表していますが、今回の日本での撮影ほど「情」を感じたこともありません。 ──日本語によるドラマということで、演出上の難しさはありませんでしたか? キム・ギドク もちろん、あったと思います。でも今回は韓国語で書いたシナリオを丁寧な日本語にした翻訳版を用意し、その翻訳版は各キャラクターの感情が反映されたものになっていました。また、日本のキャストのみなさんは『STOP』を自分たち自身の物語だという気持ちで、誠意を込めて演じてくれました。『STOP』が無事に完成したのは、しっかりした翻訳版があったことと、日本人キャストのみなさんの力のお陰です。
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主人公のカメラマンは、福島の警戒区域内で暮らす妊婦が子どもを産む瞬間に立ち会うが……。
■キム・ギドク監督の作風が変わった理由 ──以前のキム・ギドク作品は、ひとりの人間が抱える普遍的な悩みを題材にしたものが目立ちましたが、近年は本作も含め、『殺されたミンジュ』(14)、『The NET 網に囚われた男』(16)など現代社会の問題を描くようになってきました。監督の中で心境の変化があったのでしょうか? キム・ギドク 最近は私のことを多くの人に知ってもらうようになりましたが、知られる前は私の個人的な悩みや考えを映画の中で描いてきたわけです。でも、多くの人に知ってもらえるようになり、自分には社会的責任があるのではないかと思うようになってきました。それもあって個人として何か発信するよりも、社会に向けて発信することを考えるようになったんです。それで政治的問題を扱った『殺されたミンジュ』、南北問題を扱った『The NET』、そして『STOP』のような作品を撮るようになったのでしょう。多くの人に自分の名前を知られるようになったことで、社会に対して発言する資格を手に入れたと同時に責任も生じたと考えています。もうひとつ考えられることとして、私は年齢を重ねることでひ弱になってきたということです。映画を撮り始めた頃は自分は強い人間だと思っていたので、作品も強さを感じさせるものが多かったと思います。でも、だんだんと社会の中で暮らしていくうちに、自分は社会の中では弱い人間ではないかと思うようになってきたんです。政治問題や南北問題など扱うことで、自分は危険な目に遭うのではないか、殺されるのではないかという恐怖を感じるこ ともありますし、もちろん大災害によって死ぬこともあるかもしれません。以前はそんなことを想像しても怖いとは思わなかったのですが、今はとても怖いと感じるようになりました。それもあって、安全に暮らしたい、恐怖に打ち克ちたいというメッセージを込めた作品を撮るようになってきたようです。 ──今のキム・ギドク作品は、責任感と恐怖心が映画づくりの原動力になっているわけですね。低予算で撮られた『STOP』ですが、キム・ギドク作品に共通する“生きる上での痛み”や“贖罪”といったテーマがくっきりと浮かび上がっていることも印象的です。 キム・ギドク そういうふうに感じてもらえると、とてもうれしいです。最後にもうひとつ言わせてください。私は韓国の監督として福島の原発事故を映画にしましたが、本当に私が撮ってもよかったのか、この映画を撮る資格が私にはあったのかと今でも自分に問い掛けています。でも、私は決して日本のことを嫌悪して、この映画を撮ったわけではありません。そのことが気がかりです。『STOP』は日本人や韓国人であるということを抜きにして、地球上に生きているひとりの人間として撮るべきだと思い、全力で撮った作品です。もし、この映画を観て、少しでもつらい思いをしたり、トラウマを感じる人がいれば申し訳なく思います。原発は日本だけでなく、世界中でこれからますます増えていくことになります。『STOP』が原発問題を再度考えるきっかけになれば本望です。 (取材・文=長野辰次) 『STOP』 監督・撮影・照明・録音・編集/キム・ギドク プロデューサー/キム・ギドク、合アレン 出演/中江翼、堀夏子、武田裕光、田代大悟、藤野大輝、合アレン 配給/Kim Kiduk Film、Allen Ai Film 5月13日(土)より新宿K’s シネマ、キネカ大森、6月24日(土)より横浜ジャック&ベティほか順次ロードショー ※作品収益の一部は震災被害のあった福島、熊本に寄付されることが決まっている。 (c)2017 by Allen Ai Film https://www.stop-movie.com ●キム・ギドク 1960年韓国・慶尚北道奉化郡生まれ。1996年に『鰐 ワニ』で監督デビュー。『魚と寝る女』(00)と『受取人不明』(01)が2年連続でベネチア映画祭コンペ部門に選ばれ、欧州での評価が高まる。『悪い男』(01)はベルリン映画祭コンペ部門に選出。『サマリア』(04)はベルリン映画祭銀熊賞(監督賞)、『うつせみ』(04)はベネチア映画祭銀獅子賞(監督賞)、セルフドキュメンタリー『アリラン』はカンヌ映画祭ある視点部門の作品賞を受賞し、韓国人として初の世界三大映画祭受賞監督となった。『嘆きのピエタ』(12)はベネチア映画祭金獅子賞(最高賞)を受賞。その他の主な監督作に『春夏秋冬そして春』(03)、『弓』(05)、『絶対の愛』(06)、『ブレス』(07)、『悲夢』(08)、『メビウス』(13)など。脚本&プロデュース作に『映画は映画だ』(08)や『レッド・ファミリー』(13)がある。事故で韓国に流された北朝鮮の漁師の理不尽な運命を描いた『The NET 網に囚われた男』は日本で今年1月に公開されたばかり。

“元アウトローのカリスマ”瓜田純士、「レゴランド」へ行く! そして、いきなり入場を拒否される!?

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「お客様、その格好では入れません」――“元アウトローのカリスマ”こと作家の瓜田純士(37)が、森羅万象を批評する不定期連載。今回は、名古屋にできたテーマパーク「レゴランド・ジャパン」の実態を探りに行ったところ、係員からまさかの入園ストップがかかった。止められると燃える習性を持つ瓜田は、このピンチをどう切り抜けたのか? そして、園内で何を感じたのか? ゴールデンウィーク真っ只中だからこそ読んでほしい、正直者のレゴランド体験記!  今年の4月1日にオープンしたばかりのレゴランド・ジャパン(以下/レゴランド)。名古屋の新たな観光名所として大いに期待される一方、「高い」「狭い」「つまらない」などの声もチラホラと聞こえてくる。果たしてその真価やいかに? 厳しさと優しさと素直さを併せ持つ瓜田にジャッジしてもらおうというのが今回の企画趣旨である。  ポカポカ陽気の平日午前11時。金髪にサングラス、半袖シャツに黒のレザーベストというロックスター風のスタイルで集合場所の東京駅に現れた瓜田は、開口一番、こう語った。 「今日はせっかく地方に行くんでね、『これが新宿スタイルだ』というのを見せつける必要があると思いまして。『あれが瓜田か』『瓜田って、マジでヤバくねえ?』というインパクトを名古屋の連中に与えるために、ひときわ派手な格好をしてきました」  行き交う修学旅行生らのギョッとした視線を独り占めにしながら、瓜田が続ける。 「俺、中3のとき、修学旅行に『来るな』と言われたことがあるんですよ。校長先生がオカンのもとを訪ねて、『お宅の息子さんを修学旅行に行かせないでください』と土下座しながら頼んだそうです。遠足で問題行動を起こしたことがあるので、トラブルはもう御免だと。それ聞いて俺、頭に来て、当日のバスに勝手に乗り込んで、奈良と京都について行ったんですよ。当時の記念写真を大人になってから見て、笑いました。制服を着た真面目そうな生徒たちに混じって、1人だけ私服にモヒカンの俺がいるんです(笑)。『私服ならいいじゃねえか』という理屈で無理やり修学旅行に同行したんですよ」  元アウトローらしい思い出話をしながら新幹線に乗り込む。「レゴランドは飲食物の持ち込み禁止」「園内の飲食店は高いし混んでいる」という情報を入手していた瓜田は、駅弁とカツサンドを車中で続けざまにたいらげ、あらかじめ腹を満たしておく作戦に打って出た。 「いやぁ、メシもうまいし、車窓からの景色もいいし、久々の小旅行は楽しいですね」  そう言いつつも、レゴランドへの関心は薄いようだ。 「そもそも俺、幼少期にレゴブロックで遊んだことが一度もないんですよ」  午後1時頃、名古屋駅に到着。そこから、あおなみ線に乗り換える。 「あれ? 平日とはいえ、乗客が少ないな。レゴランド、本当にやってんのか?」  そんな不安を口にしつつ、列車に揺られること約30分。レゴランドのある終点・金城ふ頭駅に到着した。
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金城ふ頭駅からレゴランドへ向かう途中の瓜田夫妻。昼過ぎだからか、人は少ない。
 乗降客もまばらなホームで、突然、作業服を着た男性のウリラー(瓜田ファン)が、「瓜田さんですよね? 一緒に写真を撮ってください」と話しかけてきた。「なんで名古屋にいるんですか? レゴランド? そのためだけに、わざわざ東京から来たんですか? 僕は行ったことないですけど、ウワサによると、ガラガラらしいですよ」。そう言い残してウリラーが去って行ったため、瓜田の不安はさらに募る。 「レゴランド、大丈夫か?」  だが、それは杞憂に終わった。愉快なBGMが流れるカラフルかつデラックスなゲートに近づき、中を覗くと、大勢の家族連れらがワーワーキャーキャー言いながら遊んでいるではないか。どうやら大方の客は、午前中に入園を済ませていたようだ。 「おっ、楽しそうじゃん! いいね、レゴランド。ほら見て、チケットに描いてある絵もかわいいよ」
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ワクワクしながら入園を待つ瓜田夫妻。
 1DAYパスポート(大人1名6,900円)を握りしめ、愛妻と共に嬉々としてゲートくぐろうとした瓜田だが、次の瞬間、思わぬ横槍が入った。 「すいません、お客様。その格好では、中へは入れないのですが……」  係員に止められてしまったのだ。レゴランドは「刺青や極端な肌の露出は禁止」なのだという。中学時代の瓜田ならここでひと暴れしたところだろうが、今は三十路の大人なので、冷静な対応を見せた。 「備えあれば憂いなし。こういうときのために、コイツを用意しておいたんですよ」  腰に巻いていた長袖のパーカーを咄嗟に羽織って、ピンチをくぐり抜けた。
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刺青を隠すため長袖のパーカーを着用する瓜田と、あっけにとられた表情でそれを見つめる家族連れ。
 なお、レゴランドは小さな子どもをターゲットにした施設ゆえ、「ゾンビなどの恐怖を与える仮装も禁止」なのだとか。瓜田の顔面は恐怖を与えるに十分だが、仮装ではないためOKが出たようだ。  園内をゆるやかに進む瓜田。一つひとつのオブジェを見るたびに、驚きの声を上げる。 「この象も、あの猿も、全部レゴでできてんのか! マジですごいな」
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カラフルな建物と陽気なBGMが非日常を演出する。
 しばらくすると「イマジネーション・セレブレーション」というコーヒーカップのような乗り物が現れ、瓜田が「一緒に乗ろうよ」と奥様を誘うが、「目が回るからイヤや」と却下される。
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奥様を「イマジネーション・セレブレーション」に乗せようと、必死で口説く瓜田。結局、フラれてしまった。
 続いて、自らの力でロープを引っ張りながら上にのぼる「キャット・クラウド・バスターズ」という乗り物を発見。奥様が「あれに乗りたいわ」と誘うも、今度は瓜田が「高いところは怖いからイヤだ」と断る。「ちっちゃい子も乗ってるやん。あの高さなら、落ちてもたかが知れてるで。一緒に思い出作ろうや」と奥様がそそのかしても、瓜田は一向に乗ろうとしない。 「そんな思い出、俺は要らない。俺は機械を信用してない。万が一でも、億が一でも、落ちたら死ぬようなアホなマネはしない。なぜなら、俺は賢いから。乗りたいなら1人で乗ってけよ(笑)」  突き放された奥様がムクレっ面になり、険悪な空気が漂い始める。
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軽い口ゲンカをして距離が離れる2人。
 海賊船に乗って水鉄砲を撃ちまくる「スプラッシュ・バトル」や、「ザ・ドラゴン」というジェットコースターなど派手目なアトラクションも視界に入ったが、いずれも待ち時間が45分と長いため、せっかちな瓜田夫妻は「やめておこう」とこれらもスルー。 「さっき駅で会った野郎、園内はガラガラだとか言ってたけど、ウソじゃねえか。もっと空いてるアトラクションはないのかよ」  そう言いながら、人が少ないほう、少ないほうへ向かって行く瓜田。その額が徐々に汗ばんできた。 「今日は、暑いな。パーカーを脱ぎたいけど、ここで脱ぐのも子どもみたいだから、ルールを守るしかないのがツラい」
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サメに食われる奥様。
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指を絡め合ううちに、仲直りした2人。
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サメもタコも、レゴブロックを組み合わせて作ったものである。
 だんだん愚痴っぽくなってきた瓜田だが、レゴで作られた街のジオラマ「ミニランド」に辿り着くと、再び機嫌がよくなった。 「おぉ、これはすげえな! 俺の地元の新宿も本物そっくりだし、嫁の地元の大阪の街並みもスーパーリアルに再現されてるじゃん。いやぁ、夢があるわ、レゴ。あれ見てみ。ナゴヤドームもあるよ。ランナーも走ってるし、観客の一人ひとりまでレゴで作ってんのかよ。ビックリだわ、これ」  そんな瓜田を見て、ビックリしている親子連れも複数組いた。
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レゴで作った東京の街並み。東京駅、東京タワー、新幹線の向こうには、新宿のビル群。「これ作った人、マジですげえな。街とレゴへの深い愛情を感じるわ」。
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大阪ミナミの“ひっかけ橋”界隈。「グリコのマークもレゴっぽくアレンジして再現しとるわ! めっちゃ芸が細かいなぁ」と大阪出身の奥様も大喜び。
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ナゴヤドーム。
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右手に東京スカイツリー、左手にお台場のフジテレビ。
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「さすが日本一の男や。めっちゃ富士山が似合っとるで」と言いながらシャッターを押す奥様。
「ミニランド」でテンションが上がった瓜田夫婦は、さきほどは「目が回る」「高くて怖い」という理由で敬遠していた「イマジネーション・セレブレーション」と「キャット・クラウド・バスターズ」にペアで乗ってハシャぎ始めた。
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待ち時間3分だった「イマジネーション・セレブレーション」。
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待ち時間20分の「キャット・クラウド・バスターズ」。ロープを手繰り寄せながら上にのぼっていく仕組みゆえ「筋トレになったし、楽しかった」と強がる瓜田。だが、高所恐怖症の彼は、一度も下を見ることはなかった。
 歩き疲れと乗り物疲れを癒すべく、レゴランド名物のドリンク「アボミナブル・スラッシュ」を飲みながら一休みする瓜田。周囲の景色をグルリと見渡し、こう語る。 「派手な格好して来たから、浮くかと思いきや、俺、完全に一体化しちゃってますね(笑)。それぐらいレゴって、自分みたく派手な色使いなんですよ。『建物、アトラクション、すべて合わせて俺になる』みたいなフィット感。『瓜田ランド』と言っても過言じゃないですね、ここは」
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コーラ、メロンソーダ、山ぶどう、ピンクレモネード、ブルーハワイを自分好みに組み合わせて作る「アボミナブル・スラッシュ」。価格は1,000円。ケースのお持ち帰りもOKだ。
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ウサギとバナナになりきる瓜田夫妻。
 そうこうしているうちに、時計の針は午後4時半に。平日の閉園時間は午後5時なので、瓜田はお土産を物色するべく、慌ててショップに駆け込んだ。そこで見たものは、「厳しい現実」だったという。 「各家庭の貧富の差を見ました。好きなブロックを購入できるコーナーがあったんですが、金持ちの子はブロックをカップにゴッソリ入れて抱えてる。でもその一方で、親が子どもをそのコーナーに行かせまいと、手を引っ張って出口へ導こうとしてる家庭もあった。悲しそうな顔をした子どもと目が合ったので、『俺は断然、お前派だからな』と包み込むように見てやりましたよ(笑)」
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好きなレゴをカップに詰め放題で購入できるコーナー。大きいカップは3,000円、小さいカップは2,000円。
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 わずか3時間少々の滞在だったが、すっかり日焼けして退園した瓜田。ズバリ、レゴランドは楽しかっただろうか? 「遅刻できないというプレッシャーで前日寝れなくてボーッとしてたせいか、けっこう楽しく感じました。嫁も楽しんでくれたみたいでよかったです。事前に聞いてた評判や、駅に降りた瞬間の寂しい空気から、最悪の展開もイメージしてたんですが、その予想をいい意味で裏切ってくれましたね」  6,900円という料金は適正だろうか? 「行き帰りに旅情を味わえて、家族サービスできて、適度な筋トレと有酸素運動ができて、日サロに行かずして日焼けできて……っていうトータルで考えたら大満足だけど、今日は編集部が全額払ってくれたから、そう思うだけかも。自腹だったら690円しか出せないですね」  混み具合や園内の広さについて思ったことは? 「あまりにも寂れてると悲しくなるし、あまりにも混んでるとイヤになる。だから、平日の今日ぐらいの混み具合がちょうどいいんじゃないでしょうか。どのアトラクションも、3分から45分程度並べば乗れたみたいだから。『高いくせにディズニーランドより狭い』という文句もあるみたいだけど、疲れたジジイやババアが歩くにはちょうどいい広さでしょう」  ただし、「大人向けのテーマパークではない」とも言う。 「最初の20分は楽しかったけど、21分以降は正直飽きた。俺が終始ニコニコだったのは、アトラクションの内容はほぼ関係なく、嫁が楽しんでくれたから、俺も楽しかったという部分が大きい。レゴマニアを除く大人の男なら、こんな遊び場では満足できませんって。でも、子どもや孫を連れて来るには、いい場所でしょう。俺もジュニアができたら、また来るかもしれません。すでに名前は決めてるんですよ。男の子だったら、黒龍(こくりゅう)です。瓜田黒龍(笑)。黒龍が小学生になる頃まで、レゴランドが存続してくれることを祈ります」 (取材・文=岡林敬太) ※日刊サイゾーでは瓜田純士の最新情報をほぼ月イチペースでお届けしています。 http://www.cyzo.com/cat8/outlaw_charisma/ ※瓜田純士&麗子 Instagram  https://www.instagram.com/junshi.reiko/