もはや、元芸人の肩書は必要ないだろう。俳優・今野浩喜。名だたる演劇人、演出家たちを虜にしながら確実にキャリアを重ねて、7月には新ドラマ『僕たちがやりました』(フジテレビ系)の出演も決定している。これほどのものはないであろう荒波をのらりくらりとかわしながら、前に進み続ける今野。奇しくも芸能生活20周年、普段あまりつまびらかにはしない、その胸の内を訊いた――。 ――今オファーが絶えない状態だと伺っております。もう年内はスケジュールがいっぱいだとか。 今野 そんなことないですよ。11月くらいまでじゃないですか。 ――俳優としてのキャリアは、もう10年くらいでしょうか。 今野 そうですね、それくらいかもしれないですね。 ――始めた当初と今とで、変わったことはありますか? 今野 最初のほうは、すごく「よそ様感」を出して、ハードルを下げながらやってました。でもここ何年かは、そんなわけにもいられなくなってますが。 ――ジャンルが違うんで……という感じを。 今野 でも実際まだわからないことだらけです。あんまり学んでないんで、実践しかやってないので、結局わからないままやってます。 ――よく俳優さんが「コントは難しい」とおっしゃいますが、今野さんはそれとは逆の難しさを感じていましたか? 今野 それは……一切ないですね。言い方はほんと悪いですけど、ラクです。正直ラクです。与えられたことをやっていればいい。自分で生み出す必要はないですし。 ――演じること以外に、脚本を書きたいとかディレクションしたいとかそういう欲求はありますか? 今野 それも全く思わないですね。演じてるのが向いてるだけで、別に人にとやかく言うのは向いてないと思います。 ――先ほど「ハードルを下げていた」とおっしゃっていましたが、具体的にどんな風に「よそ様感」を出していたんですか? 今野 最初のほうはそこまで具体的に思っていなかったんですけど、途中から「あぁ知らないほうがいいな」って思ってきたんですよ。一番それを強く感じたのは『男子はだまってなさいよ!』という舞台(『男子・天才バカボン』2010年7月23日~8月1日)で、出てる人のことも全然知らなくて。荒川良々……松尾スズキ……とか、名前は知ってるけど、そんなに本人のこと存じ上げないですもん。松尾さんなんて、当時おじいちゃんにしか見えなくて、だからイジってたんですよ、僕は。松尾さんをおじいちゃんとして。そしたら周りの演劇人が「す、すごいなおまえ!!」って。何も知らないだけで「あいつはとんでもないやつだ……」って思われるんだなと。そこで「知らない強み」に気づいたんですよ。 ――松尾さんの反応はどのような……? 今野 普段絶対そんな目に遭わないじゃないですか。だから、うれしそうでしたね、おじいちゃん。ごはん食べにいっても、僕が食べさせてあげるみたいな。 ――介護!! 今野 でも実際はそんなおじいちゃんじゃないんですよね。それ後々知ってびっくりしたんですよ。でもあの人はあの人でいい意味で頭がおかしくて、当時まだ買ったばかりの俺のiPadの上にお灸を置いてましたからね。 ――お灸……? 今野 動きがよくなる、と。脚本の細川(徹)さんなんか俺のiPadを足で操作していたし。皆川(猿時)さんのビンタは本当に痛いし。暴力が強ければ強いほど面白いと思っている人たち(笑)。 ――知らない強み、いいですね。 今野 もともと映画や舞台を熱心に見るタイプではなく、それこそ北野映画くらいですよ。でも「出たい」っていう気持ちはほとんどなかった。 ――映画と舞台って全然違うものですか。
今野 う~~~ん。緊張感くらいじゃないですか。間違えられないという。 ――今野さんは、やはり舞台で注目を集められた方ですよね。 今野 最初の演劇で俺がすごいと思われたのは、単にコントからの振り幅なんですよ。シリアスにやってるだけで3倍くらいすごく見えるんです。たけしさんがよく言う「振り子の理論」みたいなのが、すごくわかるんです。たけしさんがだいぶハードル下げてくれた(笑)。与えられた役を自分が演じるという点では、演劇も映画もドラマもコントも同じだと思います。 ――今野さんにとって「ターニングポイントになったな」という作品はなんでしょうか。 今野 最初は『サボテンとバントライン』(09年10月30日~11月8日)ですかね。青山円形劇場で、要潤さんが主役の。本当にそのときこそ何もわからない状態でやっていて、初めての演劇で、いきなりの円形劇場っていう、マジでワケがわからない。その演出していた福原(充則)さんにいろいろ教わったのは大きかったですね。 ――「演技を」ということですか? 今野 そうですね。 ――お客さんに観られながらコントをするということは、ずっとやられていたけど……。 今野 でも、演劇的なことっていうのは……やっぱりそう考えるとコントとは違うかもしれないですね。コントって笑わせることだけに特化してるんで、実はそんな動いたりしないんですよね。言葉の間だけで。演劇は見て飽きさせないようにしなきゃいけない。 ――コントは「笑い」というゴールがあるけど。 今野 そう。演劇の場合は別に笑わせなくても、結果いいものを見てもらえばいいわけで。 ――福原さんに教えていただいたことは、細かいことですか? それとももっと精神論的な? 今野 細かかったですね。細かく言われないと俺がわからないというのもありますけど(笑)。俺もすごく細かく聞いてたし。円形劇場は後ろの人にも顔を見せなきゃいけないじゃないですか。そうすると動きが大きくなるんです、どうしても。 ――そうか、コントではそういう意識ではやらないですもんね。 今野 俺がやっていたコントはもう、なんならお客さんのほう向いてないですからね(笑)。ドラマでもいまだにそうなんですけど、とにかく動くクセがないんですよ、無駄に。あれ無駄だと思うんですけど。だって今こうして話してるとき動かないじゃないですか。でも演劇だったらしゃべりながら「(ダッ)※席を立つ」みたいなことするじゃないですか。 ――あ~~~よく見る(笑)。 今野 こういうのができない。難しい。演劇的な見せ方。演劇だと、それを試す機会がありますけど、ドラマの現場だと段取り何回かで見せないといけない。だから演劇をやって引き出し増やして、ドラマでそれを試すっていうサイクルができればいいなと思いますけど。 ――なんか、俳優さんみたいです。 今野 質問に答えてるだけです(笑)。 ――ドラマの現場とお笑いの現場って、どうですか? 雰囲気は全然違うものですか? 今野 ドラマによりますけど、今やってる『僕たちがやりました』なんかは(カメラが)回ってないとき、まぁしゃべらないですからね(笑)。それはですね、テンションが高すぎるんですよ、芝居の。だから終わるとぐったりしちゃう。お笑いの現場でも、そのときによるなぁ。新ネタを下ろすときは誰ともしゃべらないし、営業に行ったらずっとしゃべってるし。 ――今野さんはだいたいどこでも変わらない。 今野 だいたいしゃべらないです(笑)。 ――しゃべりかけられます? 他の俳優さんに。 今野 長期間撮影があるから最終的にはしゃべってますけど、あんまり序盤は……。後々聞くと「何をしゃべっていいかわからなかった」とか「怖い」とか、だいたい言われてますね。だいたいどの現場もそうだから、これでいいと思ってます(笑)。最終的に成り立ってるから。 ――俳優さんのインタビューなどで「現場の雰囲気がすごく良くて」みたいな話、結構あるじゃないですか。あれって具体的にどんな状況のことをいうんだろうなって。
今野 『アラサーちゃん無修正』(テレビ東京系/14年)のときなんかは、みんなでずっとトランプやってましたね。 ――今野さんが「試しに最初からタメ口で話してみよう」と思ったという。 今野 最初から仲良くしようと思ったときもあるんですよ。だから全員にタメ口で、初っ端から。途中で変えるのは難しいから。そしたら最後まで、みんなは敬語だったっていう。 ――(笑)。でも確かに敬語からタメ口に変えるタイミングってすごい難しいですよね。「あ、今あいつ急に敬語からタメ口になったな」って思われたんじゃないかとか、考えちゃう。 今野 実際それ逆だったら思うじゃないですか。機を逃したら、ずっと敬語のままで先輩後輩みたいな雰囲気になっちゃうし。本当にそれは永遠の課題ですね(笑)。 ――トランプはあんまりしゃべらなくてもいいから、いいですね。 今野 そうなんですよ。ただそれはそれでどうなのかって思いますけど。楽しげな雰囲気だけはある。 ――ほかに印象に残っている現場ってあります? 今野 そうだなぁ……『真田丸』(NHK/16年)ですかね。時代劇が初めてだったんですよ。それでやっぱりいろいろなルールの違いに戸惑ったというのはありましたね。 ――どんなルールの違いがあったんですか? 今野 『真田丸』は、リハーサルだけの日があるんですよ。そこへプラっと行ったら、みんな和服なんですよ、自前のね。 ――リハでも自前の和服を! 今野 そうです。知らないってことが、すごくありましたね。でもね、本当はこういう場で言いたくない。これを読んだやつが時代劇のリハに和服を持って行ってしまうから。俺と同じ苦労を味わわせたいんですよね。 ――確かに(笑)。でもその後どうしたんですか? 和服を持って行ったんですか? 今野 いや、ずーっと普通の服で通しましたね。 ――いや、知ってましたよ、知ってましたけどね感を(笑)。 今野 最初に私服で行ったのは間違ってそうしたんじゃないんだっていうのをね(笑)。敢えてそうしてたんだって思わせるには、そうするしかなかった。 ――なんか……カッコイイですね……。 今野 リハ室に入るとね、スタッフさんも「着替えはこちらです」とか言うんですよ。それを「このままです」っていうのは、難しかったですね。だから今後ですよね。今後呼ばれたときに和服持って行ってしまうと「直してきた!!」ってなるから。 ――そこは貫きますか。 今野 貫くでしょうね。それか、冬だったら「着込んでる結果こうなってます」みたいな感じを出すかもしれない。(『真田丸』を撮っていた)夏は私服だったけど、冬は違いますよって。 ――7月スタートの『僕たちがやりました』は、いかがですか。順調ですか。
今野 結構きついですよ。俺、毎日髪切ってんですから、ドラマの撮影があるときは。胸毛も剃ってる。きつい。 ――毛の話(笑)。 今野 あと関西弁が。 ――そうか……。どうやって練習してるんですか? 今野 方言指導テープを車でずっと聞いてるのと、関テレ制作だから周りのスタッフほとんど関西人で、誰かに聞けば必ず教えてくれる。みんな先生ともいえるし、全員が目を光らせてるともいえる。怖い。なんの台詞か忘れましたけど、異常にNG出したんですよ、俺。 ――自分では言えてると思っていたのに、NGになってしまうんですか? 今野 いや、言えてないなとわかっているんだけど、教えられてその場で直しても台詞になるとすぐ戻っちゃって。 ――前後がつくとおかしくなっちゃう……。 今野 でも、なんかNG出しながらも、申し訳なさが全くなかったですね(笑)。 ――え?? 今野 関西弁をしゃべらない俺をキャスティングがするやつが悪い。俺は悪くない。NG出すときは、いつも周りの方々に申し訳ない気持ちになるけど、それに関しては一切思わなかった。 ――NGのドツボにハマったとき、今野さんはどうやってリカバリーするんですか? 今野 もうその場は言うしかない、やるしかない、ですよね。だけど後々メイク落とすときとか「……あの台詞すげぇ言いづらくないですか!?」とか、メイクさんに愚痴ったりします。 ――基本的に脚本通りにやるほうですか? 今野 うん……まぁ、変えたときに大変なのが、場所を移動して撮り直したときに変えたことを憶えてないといけないじゃないですか。それが面倒くさい。だったら、まんまやったほうがいいと思っちゃう。 ――アドリブもそんなに出さない? 今野 そうですね。こっちがするつもりなくても、『僕たちがやりました』では周りがすごい言うんですよ。だから俺もアドリブでなんか言わないと、やってない感が出るのもあれなんで。そういうときに関西弁のネックが出てくる。思いついても「これなんて言えばいいんだろう」っていうので、二拍くらい遅れる。 ――でも、そういうことも含めて俺をキャスティングしたやつが悪い。 今野 基本、それはありますね(笑)。 ――時代の違いとか言葉の違いとか、実生活とは離れたことをやる難しさっていうのは俳優さんの課題としてあると思うのですが、では「死ぬ演技」はどうでしょうか。なんでも今野さん、去年8回死んだらしい……。 今野 死ぬ演技って、すげぇ難しいんですよ。だって死んだことがないから。 ――なるほど(笑)。 今野 死に切った人は見たことあるけど、死ぬ寸前の人も見たことないので、どう死ぬのかがわからないじゃないですか。そうなると、いろんなドラマの真似事になっちゃうんです。それが恥ずかしい。死にます(ガクっ)の瞬間とか、めっちゃ恥ずかしい。たまらない。首がガクっととか、本当にこうなるんだろうか。 ――(笑)。 今野 地獄なのが、台本に「(目を見開いて)」とあるとき。これは本当に地獄です。 ――その「恥ずかしさ」って、どういうところに起因してるんでしょうか。 今野 ザ・ステレオタイプですね。そういうことをしている自分ですね。でも首ガク以外見たことないんですよ。演技じゃない、形をやってる。あと気持ちがない。死んだことのある役者さんはみんな言いますよ。恥ずかしいって。でもこれ、死ぬ前はわからなかったですね。たぶん死んだことのない人にはピンとこないと思う。 ――8回死んだ中での、死に方の変化というか、自分の中でつかんできた何か……みたいなものはありますか?
今野 あぁ(笑)。そうですね。『真田丸』の与八の死に方は俺はよくできたなと思っていたんだけど、あんまり映ってなかったですね。カメラの角度的に(笑)。殺陣の先生だけが「いい死に方だった」ってほめてくれました。与八は厨房で働いていて、その師匠的存在の方に裏切られて殺されるんですけど、そのときに「え、ウソだろ? 信じてたのに……」っていう目を向けながら死んだわけです。でもその表情全然映ってない。ただ、あれはいい死に方だった。 ――そのときの死は「形」ではなく「演技」だったと。 今野 まぁ最終的には「首ガクっ」でしたけど(笑)。 ――自分が経験したことのないものをやるっていうのは、難しいですね。 今野 考え方を変えると、すごい経験をさせてもらってるなと思いますけど、その境地になかなかいけないというか、『僕たちがやりました』のローラースケートとかタンバリンとか、練習がスケジュールに組まれてるんですよ。そうなると、どうしてもやらされてる感が出ちゃう。ちゃんと考えれば、すごく貴重な経験なのに……。 ――ローラースケートを習うことは確かにあまりない……。 今野 でもね、スケジュールに組まれると面倒くささが出ちゃう。よくないですね。自主的にやるんだったら役作りしてます感で気持ちよくできるんでしょうけど、でもスケジュールに組まれるとね……「いつまでやんだよコレ!」っていう感情が先にきちゃう。 ――でもスケジュールに組まれてなかったら、やらないですよね……。 今野 「おいこれ経費で落ちんのか」とか、思うと思います。それはそれで(笑)。 ――じゃあいわゆる「役作り」は、そんなにしない? 今野 「役作り」っていう言葉がまず嫌いで。 ――そうなんですか? 今野 だって他の職業で言わないじゃないですか。シェフが「料理作りをします」とか釣り人が「これから仕掛け作りを」とか。だから役者が「役作り」とか、いちいち言うんじゃないよって思いますよ。 ――これはインタビュアーがいけないと思いますけど、俳優さんのインタビューだと、なんかカッコいいこと言ってほしいみたいな、求めてしまうところはあると思います。役作りとか演劇論とか……。 今野 今それとは別アプロ―チのカッコいいこと言ってるから大丈夫ですよ(笑)。ゼロから俳優を目指している人は、そういうインタビューを見てカッコいいなと思って、それで自分が俳優になったときにそういう話をしたがると思うんですけど、俺とか“流れ”でなってるんで……。どうしても斜に構えちゃうところがあるんですよ。 ――本当、「流れ」ですよね……。 今野 自分の肩書とかって、本当、本人の自意識次第ですよね。誰とは言いませんけど、誰もが司会業でしか見ていないのに「俳優」だって言い張る人とかいるじゃないですか。俺はちょっと自意識が強いんだと思うんですよ、逆に。いろんな職業をリスペクトし過ぎてるところもあるし、言えないなっていう。 ――これからこんな作品に出てみたいとか、こんな役をやってみたいとか、ありますか?
今野 作品……とはあんまり関係ないかもしれないですけど、俺『ボクらの時代』(フジテレビ系)にすごい出たいんですよね。 ――ああ!! 今野 毎週録画して見てますね。『ボクらの時代』は。 ――どなたと一緒に出たいですか? 今野 そうだなぁ。松尾諭さんと野間口徹さんと(笑)。 ――次世代を担うバイプレーヤー3人! 『ボクらの時代』は基本フリートークですよね。 今野 そうなんですけど、毎週見てる身としては、流れがありますよ。だいたい番組の半分くらいから急に恋愛トークが始まるんです。本当にね、回によっては「なんだった、この30分」っていうのがあるんですよ。朝の時間に、この人たちを見れるというだけの回が。話の内容ではなく。 ――分析してますね(笑)。 今野 あと、見てると飲み物の量がすげぇ上下するんです。おそらく編集で、すげぇ順番を入れ替えてる。自分が出るときは、そういうところは気を付けていきたいと思ってます。氷多めの飲み物、やっぱ水ですね。そうすれば、かさが変わらないから。 ――昔、何かで「ケツメイシのPVに出るのが夢」とお話しされていたことありましたよね。 今野 言いましたっけ……そんなこと。でもPVっていうものへの憧れはすごくありますよ。でも全然そういう話はきませんね。 ――だって今野さんがPVに出たがってるなんて、誰も想像すらしてないと思います。 今野 そうなのかなぁ。いや出たいですよ。あと、これ、大体の作品に対しても思ってますけど、俺を使うと、たぶんセンスがいいと思われるんですよ。 ――(爆笑) 今野 キャスティングの人がね、センスがいいと思われる。俺にカッコいい感じの役を振れば「そういう使い方か!」って言われる。その人が得をすると思うんですよ。今、俺は年齢的にもブサイクとカッコいいのはざまにいると思うんです。カッコいい使い方をしても全然悪くはないです。自分では言いたくないですけど。 ――今までで一番カッコいい役はなんですか? 今野 『ミエリーノ柏木』(テレビ東京系/13年)ですかね。タカハタ秀太監督だけは昔から俺のことをそういう風に使う人なんですよ。『原宿デニール』(15年)とかも。 ――正直、俺の使い方わかってねぇなと思うときもありますか? 今野 そうは思わないですけど、台本見て「あ、そっちの使い方ね」「賑やかしのほうね」「ああ、死ぬ系ね」「振り返ったらブサイクだった系ね」とか、パターンはいくつかあります(笑)。でもどれも間違った使い方ではないと思います。それだけ俺に幅があるだけで。 ――(笑) 今野 よくも悪くも、高倉健さんは一つしかできないですし。 ――高倉健さんが賑やかしすることないですもんね。 今野 後ろのほうでワーワー言ってる高倉健さん、ないですよね。 ――でもPVは、これ書いたら絶対オファーきそうですね。 今野 今いい時期です。もうちょっと売れちゃうと当たり前になっちゃうから。 ――「売れたい」みたいな気持ちはありますか?
今野 もうちょっと売れたいなとは思いますけど、めっちゃ売れたいとはあんまり思わないですね。もうこの世界の常識ですが、売れ切ると危ないっていうね。あるじゃないですか。まぁ俺が売れ切ることはないと思いますが、そもそも。 ――いい車乗りたいとか、いいところに住みたいとか、そういう欲求は? 今野 デカイものとか高いものを欲しいとは思わないですね。その時その時で欲しいものはありますけど。 ――今は? 今野 漫画。 ――あとは? 今野 プレイステーションVR。高いですけど、高いけど、高いなって思いながら平気で買えるようにはなりたいですね。 ――高いなって思いながら。 今野 この感覚ないとヤバイじゃないですか。指原さんが7,000円の服「安い!」って載せて炎上しちゃう世の中だから。 ――今年で芸能生活20年。最後にこの20年の道のりについて、聞かせてください。 今野 芸人始めて1、2年目くらいのときにね、うちの前の社長と話す機会がありまして、これからどうなっていきたいんだっていう。そのときに「モロ師岡さんみたいになりたい」って言ったんです、俺。そしたら社長が「うちはそういうのやってないから」って、クビになりかけたんですよ。でも運よくその社長も亡くなってね、2010年かな。結果的にそういう流れになっているなとは思います。自分が思った方向へは流れてるんじゃないでしょうか。とんでもない紆余曲折ありましたけど。想像を絶する紆余曲折が。 ――確かに、とんでもない。 今野 なんだこの道? 私道か? みたいなところを通りながらもね……。 ――先ほど「肩書は自意識」ってお話がありましたが、今の今野さんは「自分は俳優だ」っていう、自覚はありますか? 今野 自覚かぁ。俳優ど真ん中だなっていう自覚はあんまりないですね。 ――「職業はなんですか?」って聞かれたら……? 今野 今野、ですかね。 ――俳優インタビューの最大のやつが……最大のカッコいいやつが最後にきた……。 (取材・文=西澤千央/撮影=尾藤能暢) ●こんの・ひろき 1978年、埼玉県生まれ。高校卒業後、プロダクション人力舎「スクールJCA」に6期生として入学。想像を絶する紆余曲折を経験しながら、2008年頃から俳優としても活動し始め、12年、主演映画『くそガキの告白』で「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」審査員特別賞、シネガーアワード、ベストアクター賞、ゆうばりファンタランド大賞人物部門の4冠を獲得。その後も『下町ロケット』(TBS系/15年)の迫田、『真田丸』(NHK/16年)の与八など、独特の顔面を活かした個性的な役柄で存在感を発揮している。7月スタートのフジテレビ系ドラマ『僕たちがやりました』では、物語のキーパーソンとなる「パイセン」を演じる。




































