料理を作って妻の帰りを待つスタン・ハンセン かつての不沈艦のリタイア後の驚愕のライフスタイル

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 至宝・ウエスタン・ラリアットを武器に、日本のマットを(ときどき客席も)縦横無尽に暴れまくった不沈艦ことスタン・ハンセン。特に今の30代後半以降のプロレスファンに強烈な印象を与えたハンセンも、2001年に現役を引退し、15年8月には66歳となった。そんな彼が11月に著書『日は、また昇る。』(徳間書店)を上梓。プロレスデビューから現役引退までの思い出と当時の心境、そして引退後の今の生活についても語った同書だが、その中には当時のファンからすれば思いもよらないことが書かれていた。どうやら、今は主夫として家族のために料理をし、妻の帰りを楽しみに待つという生活をしているらしい……。 ――本を読みました。引退後はずいぶん穏やかな生活を送っているようですね。まさか、あのハンセンがアップルパイを焼いて奥さんの帰りを待つような暮らしをしているなんて、思ってもみなかったです。 スタン・ハンセン(以下ハンセン) HAAH! ライフスタイルが変わったんだよ。リング上で見せてたキャラも自分の一部、もう一人の人格だ。でも引退して、それが変わったんだ。現役の頃だって、趣味のことや家族のこと、プロレス以外にもいろいろ考えていることがあったしね。プロレスは自分の仕事でもあり収入源でもあったけど、自分の人生はそれだけではないよ。自分はレスリングをすごく愛してたし、本気でやっていたことは間違いない。ものすごくハングリーで、トップに立ってやろうって、それを目標にして頑張ってきたし、トップに立てるなら手段を選ばずにやってきた。ただ引退して、自分のライフスタイルの中で、自分が興味を持っていたレスリング以外のものが前に出てくるから、当然変化が出る。いつまでも過去の栄光に浸ってられない。前を見て進むしかないからね。 ――その興味があることというのは? ハンセン 今はファミリーだね。子どももいるし、孫もいて、愛する妻もいる。家族で旅行に行ったり、出かけたり、毎日一緒に食事したり。ファミリーがメインになっているよ。 ――家族のために料理もよくするそうですけど、その愛する奥さんがあなたの料理で好きなのはなんですか? ハンセン スペシャルパスタディッシュだね! 週一で作っているパスタ料理があるんだ。ナスやマッシュルームを使ったパスタで、それが特にお気に入りだよ。 ――本でそのレシピも公開してくれればよかったのに。次の本はハンセンのレシピ集をぜひ。 ハンセン レシピの版権を登録できたらやろうかな(笑)。ただ、妻は料理のプロだけど、私はまだグリーンボーイだから。引退したら、またグリーンボーイになってしまったよ(笑)。 ――引退後に不幸になる選手が多い中、あなたはとても充実した暮らしを送っているようですね。 ハンセン その理由は神様が見てくれているのが一点(※ハンセンはクリスチャン)、最高のパートナーがいるのが一点。ほかにどんな悩みがあるっていうんだい? もちろん現役のときはレスリングが大事だったけど、引退した今は典型的なミドルクラスで、充実した日々を送っているよ。 ――今現役のプロレスラーが引退して、あなたのような暮らしを送るためにアドバイスするとすれば? ハンセン 残念ながらアドバイスはあげられない。ハンセンのやり方はハンセンに合ったやり方で、ほかの人に合うとは思えないからね。ただ、ひとつあるとすれば、ポジティブでいることだ。レスラーは蓄積したダメージが大きく、体中のあちこちが痛いのは当たり前。でも、体が痛いからといって、それをメインのポイントにすると幸せにはなれない。そりゃ何十年もやってるから体が痛いのは当然。大事なのはポジティブに考えることだ。
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――まさに今、あなたがやってることですね。 ハンセン 自分のライフスタイルは自分が今まで作り上げてきたものだから、満足して受け入れるしかないんじゃないか。これはレスラーだけじゃなく、サラリーマンであろうが主婦であろうが一緒。ネガティブなことじゃなくて、新しく楽しいことを見つければいいと思うよ。 ――ときどきこうしてサイン会なんかをしていますけど、今後、日本でやりたいことはありますか? ハンセン 将来どうなるかはわからないけど、願わくばまた来たいね。日本には40年も来ているし、友達もいっぱいいて、食べ物も大好き。こういうふうに定期的に来たいとは思っているよ。 ――2年間、日本(神奈川県大和市)に住んでいたこともあるそうですね。地元の祭りで神輿まで担いでたとか。 ハンセン そうそう、ハッピを着て太鼓を叩いたりもしていたよ(笑)。今の時代だったらYouTubeにアップされていただろうね。あの時代だからできたことかもしれない。自分のプライべートまでは公開したくないからね。あのときは実にグレートタイムで、とてもエンジョイしていたよ。 ――周りも驚いたでしょう。 ハンセン いや、誰も気づいてないよ。ただのガイジンだったんじゃないかな。特別目立つようなことはしてないよ。見た目は多少違うかもしれないけど(笑)。 ――僕が子どもの頃から見ていたハンセンのイメージと違って、穏やかな人だということがよくわかりました。 ハンセン 現役の頃はプロレスラーで、リアルな人格で、正真正銘のひとつの人格だ。リングから降りたら、まるっきりあの人格はあり得ない。引退したら現役じゃないから、そうなるよ。 ――今もプロレスを見る機会は多いですか? ハンセン めちゃくちゃ見てるわけじゃないけど、私は日本のプロレスの歴史の一部だと思っているから、ときどきはチェックしてるよ。 ――引退後に本を出すプロレスラーの中には、今のプロレス界に対して、苦言や厳しいことを言うレスラーが多いけれど、あなたは違いますね。まったくなかった。 ハンセン 私が現役の頃はプロレスの黄金時代だと思っているし、あの時代で活躍できてたことも、とてもうれしく思っている。日本でもアメリカでも、今活躍している選手の中にはすごいタレントが多くいるのはわかっているし、それに対して悪口とか不安とか、ジェラシーとか、意味のない気持ちは持っていないよ。
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――日本人プロレスラーは、プロレスを人生や生き様として語る人が多いが、あなたはビジネスとして捉えている。この違いをどう感じていますか? ハンセン プロレスが本当に人生のすべてと言えることはない。自分は初め、学校の先生として働いていて、食えてなくて苦労してた時代もあった。それで少しでも収入を増やすために始めたのがプロレスだから、それが自分のすべてとは言えないね。 ――ちなみに、前田日明氏から、あなたへのメッセージを預かってきているんです。「ハンセンと天龍(源一郎)の試合、あんなにタフな試合を見せられたのはあなたと天龍だけで、あんな試合はそれ以降、誰もやっていない」と。 ハンセン 天龍とはタフな試合はしていたし、前田にそういうことを言ってもらえるのは光栄だ! 前田は新弟子時代から知っているけど、そのときから「こいつは違うな、やってくれるな」と感じていたよ。 ――ファンの間では、若手時代の前田氏がセコンドにいるときに、ハンセンによく狙われてたっていうのが有名な話ですけど、本当に狙っていたんですか? ハンセン 前田はなんて言っているんだ? ファンがどう思うかじゃない、彼がどう思うかが大事だよ(笑)。 ――聞いておきますね(笑)。今日はありがとうございました! ハンセン こちらこそありがとう。インタビューを受けられてうれしいよ。  * * *  終始穏やかな雰囲気で進んだインタビュー。しかし、最後にカメラマンが「手をあごの前で組んでほしい」とリクエストしたところ、すかさず「NO!」という返事が。その際に見せた一瞬の鋭い眼光は、まさに現役時代の不沈艦のもので、スタッフ一同、一瞬ヒヤっとした。もちろん直後には柔和な表情になったが……。  ちなみに、インタビュアーの従兄が観戦時にハンセンにブルロープで背中を叩かれたことがあると伝えると「そのイトコはボーイか? だったら彼はそうなるべきだったんだよ」とコメントするも、最後は「彼に『ゴメンナサイ』と伝えてくれ(笑)」という気遣いも。やっぱり優しい人だった。 (取材・文=高橋ダイスケ/撮影=後藤秀二) ●スタン・ハンセン 1949年8月29日、アメリカ・テキサス州ノックスシティ出身。1973年にプロレスデビュー。1975年に全日本プロレスに参戦し、日本デビュー。1977年に新日本プロレスと契約、アントニオ猪木らと名勝負を繰り広げ、その後1981年に全日本プロレスへ。ブルーザー・ブロディとの「超獣コンビ」として人気を博し、シングルでもジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、天龍源一郎、四天王(三沢光晴、川田利明、田上明、小橋建太)らと死闘を繰り広げる。2001年に現役引退。現在はアメリカ・コロラド州で暮らしている。

人気メイドが脱いだ! 秋葉原「エターナル弐号店」の浅田結梨ちゃんが待望のAVデビュー

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 平凡な日常を変えたい、そんな願望を持つごく普通の社会人の女の子が、仕事の傍らAVに出演してしまうSODの“副職AV女優”シリーズに、秋葉原の現役メイドが加わった。錬金術を売りにしたメイドカフェ&バー「エターナル弐号店」で働く浅田結梨(あさだゆうり)ちゃんだ。  ほんわかとした癒し系の笑顔と、小柄な体からは想像もつかないFカップボディが魅力の18歳で、17日に『現役のTVタレント!そして秋葉原の現役メイドさん浅田結梨 AV DEBUT』で本格的なデビューを果たす。今後は“会えるAV女優”としてメイド業を続けながら2足の活動を続けていくという。  今回、結梨ちゃんのメイド姿を一目見ようと「エターナル弐号店」に押し掛けインタビュー。結梨ちゃんの知られざる素顔に迫ってみた。
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──はじめまして! まずは結梨ちゃんのこと簡単に教えてください! 結梨 1997年1月10日生まれ。110番の日に生まれた浅田結梨です! 新潟県出身の18歳です。東京には去年の7月に来ました。ご主人様、よろしくお願いします! ──さっき仕事ぶりも拝見させてもらったのですが、なかなか様になっていました。ちなみにメイド歴はどのくらいなんですか? 結梨 様になっているだなんて! わたし、メイド喫茶ではドジキャラがすっかり定着してしまっているんです。メイド歴も、まだそんなに長くないです。本格的に始めたのは今年に入ってから。メイド歴半年くらいです。 ──東京は職に溢れているのに、またどうしてメイドという職業を選んだのですか? 結梨 憧れがあったからです。地元にいた頃から憧れていたんです。ちなみにメイド喫茶は新潟には一店しかなくて、面接を受けたことがあるんですけど、当時はまだ高校生。「親に相談して」って言われて、働けなかったんです。東京に来たら絶対やりたいって思っていました。都会らしいお仕事だし、制服も可愛いし、実際やってみたら楽しくて! ──メイドの衣装もすごく似合っています 結梨 ありがとうございます! この衣装を着たくてメイド喫茶で働きたいってのもあったんです。働きながら楽しめたら一番いいなって。 ──メイドの仕事は、どんな部分が楽しいんですか? 結梨 いろんな人とお話しできるのがすごく楽しいです。普段おしゃべりできないような外国人の方とか、普通に生きていたら、まず接することがないだろう税理士の先生とか(笑)。お店に来る方、みなさん職業がいろいろ。すごくいい人生経験になるなって。仕事内容も思っていたよりプロっぽい世界で、ただ可愛くしていたらいいお仕事というわけではなかったです。 ──週にどのくらい出勤しているんですか? 結梨 週に2、3日は出ていたんですけど、今はAVのお仕事を始めて忙しくなってしまって、あんまり出れていないです。でも、メイド業はデビュー後もずっと続けていきたいなって思っています。出勤するときはわたしのツイッターで告知するようにしています。遊びにくるとAVで見るわたしとメイドのわたしとのギャップ萌えを楽しめると思います。
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──メイド業に加え、副業でAV。出演することに抵抗はなかったんですか? 結梨 全然なかったです! わたし、実はメイドと同じくらいAVの世界にも憧れがあったんです。たまたま最初に見たAV女優さんが小島みなみちゃんで、めっちゃくちゃ可愛くて……。テレビで見て、普通にアイドルさんだと思って応援していたら、AV女優さんで、「お、そうなんだ」って。紗倉まなちゃんも大好きで、その小島みなみちゃんと紗倉まなちゃんがユニットを組んだときはびっくりしました。私得でしかないって(笑)。それでAVの世界にも憧れを持つようになったんです。 ──きっかけはスカウトだったとか 結梨 渋谷でスカウトされたんです。歩いていたら「何しているんですか?」って。「帰るところ」って言ったら「これから時間ある」って?「じゃあ、話だけでも」って(笑)。 ──ずいぶん素直なんですね(笑)。友達か誰かと一緒だったんですか? 結梨 一人でしたよ(笑)。AVに対しては“怖い”というイメージもあって、自分からは近づかなかったし、憧れのまんまだったんですけど、その時にスカウトしていただいて、ひょっとしたら、これが自分を変えるきっかけになるかなって。 ──なるほど。でも見知らぬ人とHしないといけないんですよ。 結梨 抵抗なかったです。H大好きなんで。はい(笑)。 ──初エッチはいつくらいだったんですか? 結梨 17歳です。高校2年生くらいです。 ──まだ最近ですね。相手は同級生ですか? 結梨 いや違います。最初の人は……えっと……実はわたし、し過ぎて覚えていないんです。過去にした人は覚えているんですけど。誰とどういう順番でしたか定かでなくて……。 ──彼氏じゃない人だったんだ 結梨 つきあっていた男の子とはHをしたことがないんです。中学生のときにつきあっていたんですけど、彼氏という存在はそれっきりです。田舎だったし、しても噂がすぐ広まっちゃうしって、しなかったんです。 ──17歳のときは年上の人? 結梨 同じ年代の人はあんまりいないですね。なんか照れちゃうんです。何しゃべっていいかわからないんです。わたし長女なんで。甘えさせてくれる人が好きなんです。
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──これまでの経験人数は何人くらいですか? 結梨 20人くらい。 ──多いですね! 結梨 少ないですよ! ──さっきHが大好きと言いましたけど、Hを意識しだしたのは何歳くらいからですか? 結梨 早かったです。わたし、幼稚園くらいからもうオナニーしていたんです。もちろん、当時は全然Hなことしているというつもりはなかったです。おしっこをがまんして押さえていたら、気持ちいいことに気がついて。なんかいじるようになっていて。最初はそれがオナニーだとも思わなかったですけど。親には見つからないようにしていました。恥ずかしいことだというのはわかっていたので。 ──幼稚園からだと、小学校のときはさらにエスカレートしたのでは? 結梨 興味が強くて、小学生のときからムラムラしていました。女の子はわたしのクラスは4人しかいなくて、男の子と遊んでいても、何か起きないかなって、いつも期待していました。本格的に目覚めたのは中学生になってからです。少女漫画とか、友達にそういうことを聞いたりして……。そのうち携帯を初めて買ってもらって、大人の世界を自由に見れるようになって、それがすごくうれしかったです。 ──どんなタイプの人が好きなんですか? 結梨 話しやすくて甘えさせてくれる年上の人が好きです。でもベッドの上では攻めてくれる人。わたしどMなんで。性欲は強い人のほうが好きです。変態な人が好きです(笑) ──つきあった人とはHしたことがないとのことですが、知らない人でも本当に平気ですね 結梨 最短で会って1時間でHしたことあります。出会い系とかでおしゃべりしていてじゃあ、会おうかとか。そういう連れて行かれるシチュエーションにもドキドキします。なんでついていっているんだろう。わたしアホだなって思いながらついていくんです(笑)
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──AVに話を戻します。今回のデビュー作ですが、内容はどんな感じですか? 結梨 すでに3本目までの撮影が終わっているんですが、1本目は結構メイドさん色の強い内容です。可愛いし、面白いかも。あそこにペンライトが刺さって光っているみたいな、そんなシーンもあったり(笑)。 ──プロの男優さんと初めて絡んでみての印象はどうでしたか? 結梨 びっくりしました。プライベートのときと全然違い過ぎて。感じたことのない快感で、AVの世界に飛び込んでよかったって心から思いましたよ! なんか新世界でした。あと、お会いしてすぐ合体みたいのがすごく面白くて。今あいさつしたばっかりなのにって。あいさつもせずにした人もいましたけど、なんてクレイジーなんだろうって思いつつ、それがすごく楽しくて。体位とかもプライベートだとバックとか正常位とかそれくらいだったのに、いろいろ飛び出してきて驚きました。自分でも探求してみたくなるくらい(笑)。これは天職だって。AVずっと続けていきたいなって。 ──緊張はしなかったですか? 結梨 緊張はしていました。前日も眠れなくて。でも、いざカメラが回って合体したら、カメラもスタッフさんも気にならなくて、自然と没頭できました。 ──今後はどんな作品に挑戦してみたいですか? 結梨 わたし、まだまだやれると思っているんです。きっとこれからまだまだ上に行けるような気がするんです。役とかを頂ければ他の人になりきれるって思うし、いろいろなプレイもしてみたい。乱交とかぶっかけとかしてみたいです。ごっくんとかも平気です。何でもこいですよ(笑)。 ──3Pは挑戦してみたんですか? 結梨 3Pは2作目でやりました。超楽しかったです。舐めているのに入っているみたいな。最高だなって。相手は多ければ多いほどいいって思っているんです。いじめられている感がたまらないです。あと、痴漢や屋外ものもやってみたいです。 ──見た目も声もほんわかしているので痴漢はプライベートでも要注意ですね。 結梨 がっつりはないけど、パッと触られて逃げられたりとかはあります(笑)。現実に会うのは怖いですね。好きな人とならそういうプレイもしてみたいけど。 ──ちなみに好きな体位は? 結梨 バックで首閉められているとかが好きです。縛られるのも平気です。まだ手首しか縛ったことがなくて、将来は亀甲縛りとか挑戦してみたいです。 ──メイドとAVは今後も両立していくんですか? 結梨 メイドさんもしつつ、まなちゃんみたいなマルチな女優にもなりたいなって。タレント業も少しはじめたんです。わたしがAV女優さんを知ったのもテレビだったし、テレビの撮影もすごく楽しい。AVとはまた違った緊張があります。みんなに元気になってもらえるような存在になりたいです。
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──余談ですが、特技がなんと空手。 結梨 空手は小学生の時からしていたんです。黒帯は中学生にならないととれないので、その直前にやめてしまったんですけど、フルコンタクトで本格的なのをずっとやっていました。あご殴られたり、蹴られたり。そこでMも鍛えられたのかも(笑)。空手の先生とかに押し倒されるのも別に嫌じゃなかったし。負けて悔しいけど、もっとやってくださいって。 ──ずっと話していて思ったんですけど、ほんわかしているけれど、心の中は実は情熱家。そんな気がします。 結梨 そうかもしれません(笑)。好きなものを一生懸命していたいタイプです。みなさん、これからもぜひ応援よろしくお願いします。そしてどうかわたしに会いにお店に来てください。 (インタビュー・撮影=名鹿祥史)

思わずセミやゴキブリも食べずにはいられなくなる! 意外と真面目でシビアな「昆虫食の世界」

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内山さんオススメレシピ1「カミキリムシの幼虫のかまぼこ包み」
 どうすればより昆虫をおいしく食べられるか。味や食感、栄養をあらゆる角度から研究し、バッタ会、セミ会、若虫会など昆虫料理イベントを主催する内山昭一さんの本、『食の常識革命! 昆虫を食べてわかったこと』が刊行された。  本書の内容は、「おいしい昆虫ベスト10」「昆虫食あるある」「虫食い女子が昆虫食の魅力を語る」など、エンターテインメントに満ちているが、それだけではない。著者の内山さんは「都会に暮らす人たちは食料を自力で生み出す術を知りません。食料危機という非常時は、動物性タンパク質をどう摂るかを考える必要に迫られます。このとき検討される食材に昆虫が入るかどうかはとても重要です」という。  現代日本の食料問題に警鐘を鳴らす著者に、本書の狙いを聞いた。 ■FAOが食料問題を解決する手段として高く評価した昆虫食 ──内山さんはこれまで、昆虫食レシピ本、昆虫食の研究書などを上梓されていますが、『食の常識革命! 昆虫を食べてわかったこと』は、それらと比べると異彩を放っています。 内山 昆虫食には「捕る楽しみ」「料理する楽しみ」「食べる楽しみ」の三拍子が揃っています。その魅力を伝えたくて、これまで本を出してきましたが、昆虫食に興味がある人でないと手に取りにくかったかもしれません。しかし、2013年の5月13日以降、昆虫食が世に広まると確信したので、昆虫食と聞いて及び腰になる人にも、まずはその世界を覗いてみようと思ってもらえる本を出したいと考えていました。 ──2013年5月13日になにがあったのですか。 内山 その日、国連食糧農業機関(以下、FAO)が、今後予想される人口増加と地球温暖化にともなう食料問題を解決する手段として、昆虫食を高く評価する報告書を出したのです。そして、報告書が出た翌日の夕方、NHKの『ニュースウオッチ9』から取材があり、その夜の番組に放送されました。この出来事で、昆虫食の存在が世に広まると確信しました。実際、2013年5月13日以降、メディアからたくさん取材されるようになり、「昆虫は地球を救う」というタイトルとともに紹介されるようになりました。 ──たしかに本書には、昆虫料理研究家とは何者なのか、興味を喚起する話がたくさん出てきます。カラー写真で内山さんの虫部屋も掲載されていますね。 内山 本書で初めて公開する自宅2階の虫部屋には、定住している虫や四季折々やってくる虫などでいつもあふれかえっています。たとえば、虫の標本、食材を入れる冷凍庫、カイコ、ゴキブリ、カメムシなどが入った飼育ケース、天井から吊り下げている乾燥地蜂がぎっしり詰まったネット、スズメバチ成虫を漬けた焼酎。第1章では、昆虫料理研究家がどんな生活と研究をしているかだけでなく、家族に私の活動をどうやって理解してもらっているかも包み隠さず書きました(笑)。 ■まずい虫はごくわずか。おいしい虫は探せばもっといる ──虫部屋にいる虫は、ご自身で食べるために飼育しているのですか? 内山 はい。ですが、それだけではありません。FAOの報告書が発表されて以来、昆虫食イベントの回数が増え、メディアからの取材依頼も増えています。そうした際には当然ながら数点の昆虫料理を提供することになりますが、この要望に応えるため一定量の食材を常に用意しておかなければなりません。そのためにも飼育しています。普通に店で手に入る食材ではありませんから。 ──ゴキブリも飼育しているんですね。 内山 だいぶ以前のことですが、冬に雑誌「漫画実話ナックルズ」(ミリオン出版)からゴキブリ特集を組みたいという依頼がありました。「この季節に捕まえるのは難しいですよ」と答えると、「では、こちらで用意します」という返答でした。そして取材の当日、なんと連れてきたマダガスカルゴキブリが百匹あまり! 私もさすがに茫然自失。とりあえず取材に参加した仲間数人で食べきれそうな五十匹を調理し、残った五十匹を持ち帰り飼育することにしました。それが、いま虫部屋に同居しているマダガスカルゴキブリたちの先祖です。
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内山さんオススメレシピ2「セミの親子揚げ」
■もっともおいしかった虫はカミキリムシの幼虫 ──本書からは、昆虫食と聞いて及び腰になる人に興味をもってもらおうという意気込みが伝わります。 内山 第2章の、おいしい昆虫ベスト10で、私が食べた虫の中でも特においしかったものをランキング形式で紹介しました。私はこれまで130種類以上の昆虫を食べてきました。その経験から言えることですが、「これはまずくてとても食べられない!」という虫はほんのわずかにすぎません。たいていは普通の虫の味です。 ──普通の虫の味ってどんな味ですか? 内山 「ほんのり甘くて何となく植物系の味」といえば伝わるでしょうか。たとえば、私たちの主食と同じ米を食べるイナゴを焼いて食べてみてください。昆虫のほとんどは焼いた香ばしいイナゴの風味に似ています。もちろん私が食べていないだけで、ほかにもおいしい虫がたくさんいるに違いありません。実は昨年の夏、初めてスズムシを食べたのですが、コオロギよりずっと濃厚な旨味があることを知ったばかりです。 ──ちなみに、内山さんがおいしいと思う昆虫の第1位を教えていただけますか。 内山 カミキリムシの幼虫です。日本に生息する昆虫の中で最高のおいしさといえるでしょう。テッポウムシ、ゴトウムシ、トッコムシなどさまざまな愛称で親しまれてきたことが、おいしさを物語っています。カミキリムシの幼虫のおいしさは「マグロのトロ」の味にたとえられます。トロリとした脂肪の甘味が特徴です。いっぽうマグロの背側を赤身といいますが、カミキリムシの場合は成虫の胸肉がそれに似ています。よく発達した筋肉の旨味が味わえます。幼虫を好む人が圧倒的に多いのですが、なかにはあっさりして旨味の濃い成虫が好きという人もいます。 ■木の上のほうにいるセミはうまい。落ちたセミはまずい ──昆虫を食べたことがない人でも、おいしいセミの見分け方など、いざというとき役に立つ情報が満載です。 内山 第3章の「昆虫食あるある」で、みなさんに伝えたい昆虫食の情報を盛り込みました。私の経験上ですが、「木の上のほうにいるセミはうまい。落ちたセミはまずい」は間違いありません。 ──その根拠はなんでしょうか。 内山 若いセミほどタンパク質や脂肪が充実しておいしくいただくことができます。そんな羽化したばかりの元気なセミは、木の上のほうにいることが多い。鳥などの天敵に見つかりにくいからでしょう。それに対し、交尾を終え生殖の役目を終えたセミは、身を守るセンサーが鈍くなり、目につく木の下のほうにいることが多くなります。子供でも簡単に捕まる老いたセミはだいぶ味が落ちるように感じます。また、落ちて死んでいると思って触ると、急に鳴いて暴れるセミがいます。いわゆる「セミ爆弾」です。これはかなり弱って死期が近い状態なので、味も一段とまずくなります。セミに限らず小さな昆虫は死ぬと鮮度が急速に落ち、水分が失われ干からびてしまいます。でも昆虫は外骨格なので外観からはそれがよくわかりません。できるだけ竿の長い虫取り網を用意して、木の上のほうにいるおいしいセミを取ってください。 ■虫を食べる女性が増えている理由 ──第4章の「虫食い女子が昆虫食の魅力を語る」では、食の常識が粉々になる話が飛び交い驚きましたが、昆虫食にはまる女性が多いことも意外でした。 内山 昆虫食のイベントに男女で参加する場合、積極的なのはたいてい女性です。昆虫を食べるときの様子を見ればはっきりします。男性はかなり躊躇しますが、女性は調理が始まると一気に食材に見えるようでこだわりなく食べてくれます。女性には、「なんでも食べなきゃ生きていけない」という意識が根底にあるのではないでしょうか。だから飢餓に強いのは女性だと思います。昆虫食への好奇心も、そのあたりに由来するのではないでしょうか。一方、男性は食に対して保守的です。また、狩猟は男性のほうが得意ですが、飼育となると女性の能力が高い。飼うことに対してものすごく興味を持っているように見えます。世話焼き上手でもあるし。でも、そのあと食べるんですが。 ──最近の昆虫食イベントでは、子供連れのお母さんの参加が目立つとか。 内山 昆虫を食べる会を続けてきて感じることは、年々、昆虫を食べることに真剣な女性が増えてきているということです。なかにはお子さんをおんぶして参加されたお母さんもいらっしゃいました。各地で昆虫食イベントが開かれることも多くなり、親子で参加される集まりに呼ばれると、お母さんが率先して食べて子供に勧める光景をよく目にします。「虫を見る目が変わりました。子供たちも『食』で虫に親しんでくれるといいなと思いました」「貴重な体験でした。食糧難時代になっても大丈夫かも」などといったアンケートを読むと、昆虫食に本気なお母さんが多いのに驚きます。
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内山さんオススメレシピ3「むし寿司」
■不安な日本を生き延びるための昆虫食 ──エンタテインメント色が一転して、第五章「騙されないための昆虫食」では食の危機的状況に警鐘を鳴らしています。これはどういう狙いでしょうか。 内山 第4章までは、昆虫食にかんする珍談奇談を盛り込んで、昆虫食に興味をもってもらおうとしました。しかしそれだけでは、昆虫食に興味はない、あえて食べる必要はないという方が本書を手に取ることはないでしょう。そこで、FAOが提唱した食料問題を解決する手段としての昆虫食から始まって、不安な日本を生き延びる力となる昆虫食について、考えてみました。 ──不安な日本を生き延びる力となる昆虫食とは、具体的にはどういうことでしょうか。 内山 現在、火山噴火、地震、局地的大雨、猛暑など、かつてなかった全地球規模の気候変動がおこっています。私たちはいい知れぬ不安を抱きながら暮らしています。地球温暖化がこれら異常気象の誘因のひとつかもしれません。FAOがいう、人口増加と地球温暖化による地球規模の食料危機はこれからも対策が必要でしょう。しかし、それと同じくらい警戒しなくてはならないのは、日本の政情不安によって生じるかもしれない食料危機です。日本は1000兆円という想像もできない借金を抱えています。アベノミクスの恩恵は貪欲な新自由主義の巨人が食いつくし、多くの国民の生活は改善されず、高齢者の5世帯に一世帯は貧困とされ、将来を担う子供たちも6人に一人が貧困といわれています。日本の食料自給率はカロリーベースで39%と低く、主要国のなかで外国への食料依存度がもっとも高い国です。TPP(環太平洋経済連携協定)の施行によって、さらに外国への食料依存度が高まる可能性があります。そのような状況で、世界的な金融破綻がおこり、国債や株価が暴落したらどうなるでしょう。超インフレで食料を買えなくなる、または激しい円安となって食料輸入が激減したとき、多くの日本人は兵糧攻めにどれだけ耐えられるでしょうか。 ■都会に暮らす人は食料を自力で生み出す術を知らない ──本書では食料危機のリアリティを、内山さんは祖父との会話から説明しています。 内山 私が幼少の頃、農家には、農薬がさほど普及していませんでした。稲などまさしく今どきの有機栽培でした。したがって草は伸び放題でしたから、暑い盛りの草取りほど辛い作業はありません。暑さでめまいがしてフラフラすることもありました。今でいう熱中症なのでしょう。そんなとき、祖父のよく言っていた言葉を思い出しました。 「終戦直後は畦に草一本生えていなかった」  戦争など非常事態には、土地のある農家は有利です。食べ物が自給自足できる強みがあります。米や野菜は自前で収穫できますし、動物性タンパク質は川魚や昆虫で摂取することができます。ところが都会に暮らす人たちは食料を自力で生み出す術を知りません。戦中戦後の非常事態においては、地主に頼んで、せいぜい食べられそうな畦草を刈らせてもらって持って帰るぐらいだったでしょう。非常時は、平時以上に体調維持を心がけ、栄養のバランスにより注意を傾け、動物性タンパク質をどう摂るかを考える必要に迫られます。このとき検討される食材に昆虫が入るかどうかはとても重要です。 ──昆虫を食べるという行為は、嘘を見抜く精神につながると本書で述べています。どういうことでしょうか。 内山 戦後70年が過ぎた今ぐらい、日本人にとって未来が見通せない時代はないでしょう。「そこはかとない不安」を本能的に感じながら暮らしている人がほとんどではないでしょうか。ヒトの学名はホモサピエンス、つまり「知恵のある人」なのですが、どうも学名は買いかぶりのようです。私たちは歴史に学ばず、再び戦前の国家主義に戻ろうとする気配が感じられます。大戦の惨禍を経験している以上、私たちは「国家に騙されるのも罪なのだ」ということを肝に銘じておくべきでしょう。いまこそ騙されない覚悟が求められているのです。昆虫を食べるという行為は卑小なことに思われますが、実は国家と向き合い、ためらい、見つめなおし、その嘘を見抜く精神を養うことにつながります。なぜなら、これまで口にしたことのない昆虫を食べるというのはとても勇気のいることだからです。「昆虫は食べ物ではない」という間違った情報が社会を支配しています。こうした誤った社会通念を鵜呑みにせず、自らの五感を研ぎ澄まし、覚悟を決めて昆虫を食べてみると、意外に肉や魚と同じ普通の食べ物だということが納得できます。「備えあれば憂いなし」という言葉もあります。いまから昆虫食に慣れ親しんで、準備しておくことをお勧めします。 (構成=野口英明) 『昆虫を食べてわかったこと』発売記念イベント開催! 内山昭一(昆虫料理研究家)×カブトムシゆかり(タレント) 「かわいい昆虫がおいしいとは限らない!」 ・11月19日(木)19時半~  ・ジュンク堂書店 池袋本店 ・入場料1000円(1ドリンクつき)。4階喫茶コーナーにて ・要事前予約 電話 03-5956-6111(ジュンク堂池袋本店) ・詳細はコチラ ■さらにディープな世界を知りたい人は…… 「東京虫食いフェスティバル」 ・11月23日(月・祝)15時30分~ ・SHIBAURA HOUSE(東京都港区芝浦3-15-4) ・詳細はコチラ ●内山昭一(うちやま・しょういち) 1950年長野県生まれ。昆虫料理研究家。幼少から昆虫食に親しみ、99年より本格的に研究活動に入る。どうすれば昆虫をよりおいしく食べられるか、味や食感、栄養をはじめ、あらゆる角度から食材としての可能性を追究する。2013年5月、国連食糧農業機関(FAO)が昆虫食を推奨する報告書を発表して以降、メディアから取材殺到。こうした気運を受け、代表を務める昆虫料理研究会の活動が大きく広がる。また、日本初の昆虫食を科学的に研究する食用昆虫科学研究会が14年にNPO法人の認可を受け、理事として啓蒙活動を続けている。 http://insectcuisine.jp/

人気着エロアイドル・綾波ゆめ、AVデビューのいきさつを明かす!「むしろAVのほうが楽しい」って!?

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 身長150センチと小柄ながら、Gカップのミニマム巨乳アイドルとして人気だった綾波ゆめが先月「超美神綾波ゆめ 芸能人 AV Debut」で衝撃のAVデビューを果たした。今月9日には2作目となる「カワイイコスプレ綾波ゆめ」もリリース。チャイナドレス、メイド、ブルマ、バニー、OLなど7種類のコスプレに身を包んで、愛くるしい表情からは想像もつかないような大胆な絡みを披露してくれる。順調そうだった人気着エロアイドルがなぜAVに? 今回はそんな綾波ゆめを直撃。デビューの真相や今後の展望について語ってもらった。
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──衝撃のAVデビューから1カ月が過ぎました 綾波ゆめ(以下綾波) まだあんまり実感がわかないです。だってデビューの前からずっと撮られる仕事をしていたわけだし、始まったという感じじゃなくて、なんだが、いつもどおり淡々と仕事をこなしている感じ。でも、ちょっとまずいことも……。 ──まずいこと? 綾波 高校の恩師にデビュー作を見つかってしまったんです……。 ──えー!! 綾波 恩師というより、まあ、単純に仲が良かった先生という感じだったんですけど、なんか申し訳ないなって。見つかって恥ずかしいという気持ちより、そっちの気持ちのほうがすごく強くて……。 ──先生は何か言っていましたか? 綾波 「元気にしてそうだね」って……(一同爆笑) ──それで? 綾波 「おかげさまで元気にしております」って……。 ──地元でばれるほど売れてしまったということですよ。それにしても、そもそもまた、なんでAVに出ようと思ったんですか? 順調にアイドル活動をしていたわけだし、アイドルのままでもよかったのでは? 綾波 わたし、AVとグラビアアイドルの違いってあんまりわかっていなかったんです。どちらにしてもちょっとエッチな世界だし。そんなに変わりないんじゃないかって。 ──じゃあ、誘われてすんなりという感じだったんですか? 綾波 お話をもらったらなんでもやろうって決めていたんです。まあ、全く抵抗がなかったといえば嘘になるかもしれないですけど。どんどんお話が進んで……。でも、それで良かったっていえば良かったんですけど。
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──アイドルは水着どまりだけど、AVは全部脱いでしまわないといけないんですよ。 綾波 そんなに抵抗は感じなかったんです。やってみたら、むしろAVのほうが楽しいなって。ほら、グラビアって、ギリギリのところまで見えるか見えないかというところで、撮影していくじゃないですか。その点、AVは流れがあって、始まるとたた~ってやって、あ~って終わる感じ。こういうほうがいいかもって。 ──ポジティブですね。じゃあ、デビュー作の撮影は緊張も何もなくという感じだったんですか。 綾波 緊張とかなかったですね。前日も普通にぐっすり寝ましたし。反対に緊張感出してくれってお願いされたぐらいです(笑)。 ──いきなりテクニシャンなプロの男優さんとの絡みでびっくりしたりはしなかったですか? 綾波 初絡みのとき、男優さんのテクニックを目の当たりにして、やっぱりすごくうまいなって。わたし耳が性感帯なんですけど、はじめて3Pして、両耳を攻めてもらって、それがすごく気持ちよかったんです。 ──さっきスタッフさんに聞いたら、3Pの時、気持ちが良過ぎてすごい名言を吐いたんだとか 綾波 両耳を同時に舐められて、“耳が二つあるのは3Pのためなんだ!”って(笑)。 ──ポジティブ過ぎ! 綾波 あんな経験生まれて初めてでびっくりしたんです。わたし、乳首もそのためについているんだって思いましたよ。同時に舐められて。女性の体はどのパーツもみな3P用にできています(笑)2人分ちゃんとあるわけだから。
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──3Pってすごく慌しいって聞くんですけど。 綾波 慌しい感じは確かにありましたね。初めてで最初はどうしようって思ったけど、でも、意外と受動的でもなかったですよ。3Pの時わたし、頭の中で、両方の男優さんをどうにかして気持ちよくさせないといけない、萎えさせてはいけないって思いながら頑張ったんです。 ──すごいプロ意識ですね。 綾波 AVは最初の一本がとても大事って聞いていたから、新人だけど、きちんとぬけるものにしないといけないって思っていたんです。だから、撮影の直前にAVを借りて、フェラの勉強とかもしたんです。わたし、フェラには苦手意識があって、いろいろ研究しました。 ──フェラってすごく単純作業のようにも思うんですけど、やっぱりいろんなテクニックがあるわけですか? 綾波 単純作業じゃないですよ! 玉のもみかたとかスナップの利かせ方とか、口に含むときにも、ただ含むだけじゃなくて圧を抜くとか、舌でスクリューするとか……実はいろいろあるんです(笑)。あと、フェラには段階があって、そこもとても大切です。 ──段階? 綾波 あいさつ程度の玉なめに始まって、普通の気持ちいいフェラへとか。舌の使い方もいろいろあるんです。自分で言うのもなんですけど、撮影を通じてだんだんレベルアップできたと思いますよ。男優さんにも「フェラうまいね」って褒められたんです。フェラはずっと苦手科目だったんですけど、今は悪くないかなって。 ──研究の成果があったわけですね。 綾波 大事なのは一定のリズムです。あと、攻め方の引き出しの多さ。相手にも飽きさせないようにいろいろ考えてやるようになりました。
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──アイドルデビューが17歳の時。初体験もその頃なんですね。 綾波 はい。グラビアをやりだす少し前です。 ──相手はどういう人だったの? 綾波 同い年で同じバイト先の人でした。相手のおうちに誘われた時に、なんとなくやるんだろうなって。薄々わかっていたからその時もネットで調べて下準備のようなことをしました。今回、しなくてもどのみちするだろうから、やっぱり調べとこうって。 ──何を調べたんですか? 綾波 手順とかです。セックスの仕方とか、ヤフー知恵袋とかで調べると結構いっぱい出てくるんですよ。せっかくするんだから、普通じゃおもしろくないし、目も当てられないようなのも嫌だしって。 ──本当にポジティブですね。 綾波 お互い、顔を見合わせて、「今日するんだよね」みたいな感じでした。でも、実はわたし、処女を失ったのはその時が最初じゃないんです。実は中学一年生のときにうっかり指を入れて破いてしまっていたんです。その時は“処女”についての概念もあんまりはっきりしていなくて、最初は血が出て「あ、やばい生理だ」って(笑)。後々考えたら、あれが処女喪失だったんだなって。だから初体験の時も全然痛くなくて、濡れもいいし、なんだかハッピーセックスでしたよ。 ──彼とはその後は? 綾波 別れました。彼とは半年くらいでした。別れるかなというタイミングでちょうどグラビアをはじめたんです。 ──どんな男性が好きなんですか? 綾波 自分が両方の役割ができる相手がいいです。攻める、攻められる。両方楽しめる人が好き。理想的なのはお互いに攻め合うセックスなんです。性格的には『優しい人』って言うと、いっぱい種類があり過ぎてわかりにくいと思うんですけど、あえて言うと、わたしを否定しない人。言ったことに意見をかぶしてくるタイプじゃなくてきちんと受け入れてくれる人。あと、わたしの趣味を一緒に楽しんでくれる人が好きです。 ──綾波さんくらい可愛いと、誰でもどんな条件でも受け入れてしまうでしょう。 綾波 女優“綾波ゆめ”は受け入れてもらえるかもしれないですね。でも本当の私は難しいと思いますよ。だってわたし自身が男だったら自分みたいなタイプ、絶対嫌ですもん。 ──そんなことないですよ。 綾波 誰かの彼女になるということに関しては、わたし失格なんです。セフレだったらいいかもしれないけれど。要するにわたし、安らぎを与えるタイプじゃない気がするんです。でも、相手を楽しませることは得意だと思います。
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——性感帯はどこですか? 綾波 耳と首と背中です。さかなでる感じでされるとすぐ感じます。耳と首に関しては何をしても感じるという感じです。 ──趣味はアニメやコスプレだそうですが、2作目はまさにそんな趣味を生かしたコスプレものです。どのコスプレが一番楽しかったですか? 綾波 チャイナかな。わたしのなかではここ2年くらいずっとチャイナ服ブームなんです。とりあえず鉄板という感じがしています。また今回着たチャイナが可愛いんですよ。背中もぱっくり開いていて。 ──デビュー作ではフェラに力を入れたということですが、今作では何か力を入れて勉強したことってあるんですか? 綾波 一作目の時パイズリをはじめてやって本当、つたないというか。慣れないもんだからこれで男優さんいけるのかなって心配になったりしたんですけど、今回はパイズリをせめて少しはましなものにしたいなっていろいろ試行錯誤しました。 ──パイズリってやる側からすると、どういう部分が難しいんですか? 綾波 そもそも圧がかけにくいってところ。あと、よっぽど大きい子じゃないとすべては包めないんです。構造上、亀頭をうまく攻めれない。イカせようと思ったら半手こきみたいな感じになっちゃう。これは違うなって最初のときはもやもやしていました。 ──今作では結果、うまくいきましたか? 綾波 自分ではまだ満足できるレベルじゃないです。 ──2作リリースされましたが、今4作目まで撮り終えていると聞きました。今後はどんな作品に出てみたいと考えているんですか? 綾波 痴女ものをやってみたいです。 ──攻めるほうが楽しいということですか? 綾波 攻め合うのが好きです。 ──実際、自分の中に痴女な部分ってあるんですか? 綾波 ないかもしれないですね。今、できそうなのがそれかなっていうのもあります。 ──今撮り終えている作品というのはどんな作品なんですか? 綾波 風俗ものと潜入捜査官ものを撮りました。潜入捜査官ものでは暴れすぎて分娩台壊してしまいました。出来上がりが今から楽しみです。 ──4作でデビュー、コスプレ、風俗、潜入捜査官ものって……。清純ものから陵辱ものまで何でも体験したという感じですね。もう何も恐いものは何もないのでは。 綾波 駆け足過ぎて大丈夫かなって心配しています(笑)。 ──ハードなものもいいですが、もっと可愛い綾波さんも見てみたいです。 綾波 期待してください。これからいろいろやっていくと思います。頑張ってエッチのお勉強もします。DVDが出るたびに成長していくわたしを見てください (取材・文=名鹿祥史)

ドッペルゲンガー!? 神出鬼没のそっくり芸人・浅野智秋に聞く、売れない芸人が香川真司になるまで

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 現在は、ドイツ・ブンデスリーガのボルシア・ドルトムントで活躍する香川真司。その彼のチームメイトが、あまりにもそっくりすぎて「真司のドッペルゲンガー」だと呼んだ、日本の芸人がいることをご存じだろうか?  スポーツ関連のイベントに飛び入りしたり、ユニフォームを着てスタジアムに現れるたびに、「香川がいた!」とTwitterで大騒ぎになるほど、一部でブレイク中だ。  しかも、香川選手本人に対面しているという、見上げたふてぶてしさ。一体どういうつもりだというのか!?  お笑いコンビどるとんず・浅野智秋に話を聞いた。 ■「似てないと思う部分が80%くらい」 ――じわじわと話題になっていますけど、そもそも香川真司選手のものまねを始めたきっかけは? 浅野智秋(以下、浅野) 12月にコンビを組んで、今の相方になってから香川ネタを入れていこうってなって。ネタでちょいちょい入れてたんですけど、今年の2月に『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)の「細かすぎて伝わらないものまね選手権」でテレビに出てから、ずっとやってるって感じですね。 ――コンビでやる前から、似てるって言われてたんですか? 浅野 周りにはもちろん言われてたんですけど、過去に組んでた相方があんまりサッカーに詳しくなかったり、僕が正統派をやりたかったんで、取り入れはしなかったですね。(お笑いライブの)エンディングとかで使うぐらいで。 ――自分で、そっくりだと思いますか? 浅野 似てないと思う部分が80%くらいあるんですけど、僕も23年間この顔でやってきたんで。急に言われても、「似てるのかな?」って思いますね。 ――いや、そっくりですよ! 一番最初に「似てる」って言われたのはいつですか? 浅野 5年前ですね。5年前のちょうど南アフリカのワールドカップが終わって、すぐに同級生から指さされて「香川だ! 香川だ!」って言われて、「え? 誰?」ってなって。あとで家で調べたら、なるほどと。 ――サッカーは全然詳しくないんですね。 浅野 それこそワールドカップで観るくらい。南アフリカ大会の時って、香川選手は代表には選ばれてたんですけど、控えメンバーで試合には出てないんですよ。なので、そのときは知らなかったんです。中学3年間は、ソフトテニスをやってました。 ――サッカーとは違いますね。路上で、間違えられたりしますか? 浅野 普段は本人がドイツにいるんで(笑)。代表戦で日本に戻ってきた時に僕ともう一人、橋本まさをさんっていう長友佑都(インテルナツィオナーレ・ミラノ)選手のものまねしている芸人がいるんですけど、一緒に並んで座ってたら、若い男の人が「香川選手ですよね?」って声かけてきたんですよ。ものまね芸人だと思って声を掛けてきたのかなって。一緒に写真撮ったんですけど、何も言わずに「ありがとうございました」って行っちゃった。ものまね芸人とわかっていたら「ものまねされてる方ですよね」とか「テレビ観ました」とか言うじゃないですか。でも、なかったんで間違えてるんじゃないかな。 ――本物だと思ってますよ、それ(笑)。今年6月に香川選手と対面されたそうですけど、本人はどんな反応でしたか? 浅野 僕のことを香川選手は知ってたんで。で、その時「あっ!」って。「すいません。ものまねさせてもらってます、浅野と申します」って言ったら、「今いくつ?」みたいな感じで言われて。「22歳です」って言ったら、「あっ! 年下なんや」って言ってくれて。まあ、会話的には、そこで終わっちゃったんですけど。 ――それはイベントに呼ばれたってことですか? 浅野 アディダスで香川選手だったり、槙野智章(浦和レッドダイヤモンズ)選手だったり、宇佐美貴史(ガンバ大阪)選手だったりを担当してた方とつながってたんで、「今度6月30日に、両国国技館でイベントあるから来なよ」って誘っていただいて行きました。
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■「僕は、セレッソ時代の香川選手に似てるって、よく言われるんですよ」 ――香川選手が、浅野さんを知ったのっていつなんですか? 浅野 槙野選手の誕生日会に、松岡修造のものまね芸人のこにわさんが呼ばれて。それで、こにわさんが槙野選手に僕らの動画を見せたんですよ。そしたら、(槙野選手が)「これ本人に送っておくよ」って、香川選手に送ってくれて。 ――現在、全国各地で営業をしていますけど、印象に残ってる営業先ってどこですか? 浅野 セレッソ大阪さんは、1人で行ったんですけど面白かったです。セレッソ大阪のユニフォームを着て、スタジアムを練り歩くっていう。ファン感謝デーだったんですけど、写真撮ったり。僕は、セレッソ時代の香川選手に似てるって、よく言われるんですよ。今じゃなくて、まだあか抜けてない頃の香川選手。で、「真司くんだ!」って言ってくれたり。 ――ホームのファンになると“くん”付けなんですね。 浅野 はい。あとは“真ちゃん”だったり、そんな感じです。それと関西のノリですね、セレッソ特有の。まず、「選手に会いたい?」って言われて、「会いたいです!」って言ったら、選手の控室に連れて行ってくれて。で、「そこの席空いてるから座りなよ」って、香川選手として座って。選手みんな笑ってくれて、その後スタジアムに入場して選手がスピーチするんですけど、そこに紛れて一緒に登場して。スピーチを振られたんですけど、親指立てて(笑)。 ――急に名前が知られるようになって、困ったことやよかったことってありますか? 浅野 よかったなって思うのは、こうやって仕事が来るようになったことですかね。で、悪い面は顔が似ちゃってるんで、やっぱり普通のネタをやると、お客さんが入り込めない部分ができちゃいますね。正統派のコントや漫才をやっても、もう顔が香川……になってるんで。 ――そっくり以外で、強みってなんだと思います? 浅野 ……たぶん、ないんじゃないですかね(笑)。 ――あはは。普段は、どういうネタをやるんですか? 浅野 僕と相方が見た目普通なんで、友達同士の設定とか同級生の設定とか、そんな感じですね。正統派です。 ――今は、ご自身の目指す正統派から外れてますけど、それはいいんですか? 浅野 ここまできちゃったら、香川ネタを推して知名度を上げて。今もやってるんですけど、ライブで正統派のネタを試しつつ、香川ネタをメディアでやっていけたらいいなって思ってます。
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■声も極めていきたい ――コンビとしてやる時は、香川を使ったネタが多いんですか? 浅野 多いですね、それはもう。コンビ始まってすぐに、「もう使おう」って。相方のほうがスポーツ詳しいんですよ。サッカーもめちゃくちゃ詳しいので、一発目に作ったのが香川ネタですね。 ――憧れの芸人さんは、ずばり誰ですか? 浅野 憧れてたのはブラックマヨネーズさんですね。どちらかといったら、吉田さん。吉田さんの面白い返しとかツッコミだったりとか。身近でいうと、こにわさんですね。こにわさんって松岡修造さんのものまねをしているだけあって、すっごい積極的なんですよ。自分で仕事を取ってきちゃったりとか。 ――芸人としての野望や展望を教えてください。 浅野 まだ賞とったりしたことないので、思ったことはないんですけど、テレビに出たりとか、コンビとして売れたいですね。相方も一緒だと思います。賞レースは応募しているんですけど、結果振るわずで。はい。 ――これからもっと香川選手のものまねを極めてくださいね。 浅野 そうですね、表情とか動きとか。あと、こにわさんに言われたのは、僕の声と香川選手の声が似てるから、極めたらいけるよってことを言っていただいたので、声も真似できたらいいなって思ってます。 ――香川選手さまさまですね(笑) 浅野 はい(笑)。 (取材・文=編集部) ●浅野智秋(あさの ちあき) 1992年静岡県生まれ。ワタナベコメディスクール卒業後、お笑いコンビ・どるとんずを結成。今年2月フジテレビ系『とんねるずのみなさんのおかげでした』の「細かすぎて伝わらないものまね選手権」に、香川真司そっくり芸人として出演し、ブレイク中。6月に、香川本人との対面を果たした。 浅野智秋Twitter https://twitter.com/mu_asano

“Kawaii”カルチャーの先駆け・Julie Wataiの次なる野望は……?

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 2010年ごろから、自ら「クールジャパン」などと名乗り始めた日本の“kawaii”カルチャー世界進出の先駆けとなったJulie Wataiをご存じだろうか? 天野あいという名前で、グラドル活動もしていた彼女。06年に海外の出版社から写真集『SAMURAI GIRL』を発表すると、欧米で大ヒットした。女の子というコンテンツをポップに加工し見せていく―—“クールジャパン”の裏で、活動を続けてきた彼女が、次に見せるものとは? ──写真集『SAMURAI GIRL』の出版からすでに10年。あっという間に日本は、クールジャパンを売りに世界にアピールを続けています。Julieさんはその先駆けという感じですね。 Julie Watai(以降、julie) もともと創作活動をしていて、作品を色んな人に見せていました。ある時、海外から出張中のイタリアの編集者の方の目に止まって、今で言う “クールジャパン”なテイストの写真集はまだ無いから、作ったら面白そうだっていう風に言ってくださったんです。 ──グラビアアイドルが、オタク趣味を持っていて、それで出版……というような、感じではなかったんですね。 Julie 当時、海外で日本のポップカルチャーが受けているっていうのがまだ一般的ではなくて、2年くらいイタリアに住んで作ったんです。作品制作が終わって、またやることがなくなっちゃたんで、イベントコンパニオンの仕事をしたことから、うまい具合にレースクイーンの契約が決まって。  レースクイーンって、なんだかフィギュアみたいじゃないですか? すごく2.5次元の存在だなって思っていて、「売ってたら欲しい」みたいな(笑)。 ──なるほど。生身の人間をフィギュアのように見ていたから、『SAMURAI GIRL』や『ハードウェアガール』みたいな、無機質ながらポップな写真集ができたんですね。 Julie あとは、日本のアニメやマンガには戦闘美少女ってジャンルがあるじゃないですか。今は世界中にファンがいっぱいいるんですけど、それって日本独特の価値観だったらしいんですよ。「風の谷のナウシカ」とか正にそうだと思うんですけど、それがアメリカになるとアマゾネスになってくるわけで、筋肉隆々の強そうな姉ちゃんが戦うみたいな。 ──そうですね。つまり、マッチョな世界の中にマッチョな女性っていうフォーマットですよね、結局男化しちゃうというか。戦闘美少女っていうのは、見た目は弱々しいのに強いですよね。 Julie そう、フェミニンなのに強いみたいなところって、すごく日本独特の理想の女の子象らしくて、それをどうにか三次元でも表現したいなと思ったのが最初なんです。ちょうど子どもの頃からギークで、フォトショップも使えるようになったので。 ──それで、写真を加工しつつ、女の子と世界を2.5次元的に撮影したんですね。 Julie もともと作品づくりの資料として、コミケとかでコスプレの女の子を撮っていて。私が彼女たちに、一眼レフで綺麗に撮って写真を焼いてあげると、もうめっちゃ喜ばれて。やっぱり女の子は綺麗に撮られるのが好きなんですよね。
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──今は、気軽にネットに写真をアップしますし、その中でインスタグラムも人気です。 Julie 私もわりと自撮りしてネットにアップするんですけど、スマートフォンのインカメラで撮っても綺麗に撮れない事が多くて。それって光の量が足りないんですよね。例えば日差しが差してる時に、外で撮ると綺麗に撮れるんですけど、室内だと、明るくみえても写真で撮るとすごく顔が怖く写ったりしてしまう。カメラマンの方は撮影の時にすごく大きいストロボを使っているんですけど、あんな大きいライトを持ち歩いて自撮りするのもおかしいですし。 ──それで、スマフォで自撮りする用のライト「セルキラ」(http://kibi-dango.jp/info.php?type=items&id=I0000107&ui_medium=web&ui_source=jidori_c&ui_campaign=selkira)を作ったんですね。 Julie パッとバッグから出してサッとつけれる照明があればいいなと思ったんですね。それも、スポットライトだと光が直線的に当たるんで影が出やすいんでリングライトがいいんじゃないかなと思って。  開発はタスコという会社の方たちと共同でやらせていただいて。もともとは、タスコさんと、クラウドファンディング会社のきびだんごさんで、クラウドファンディングの案件を考えるニコ生の放送をやっていたんです。そこに出演させてもらって、その繋がりがあってこうやってセルキラが形になりました。今、絶賛支援者を募り中です。あとこれは、男性が女性にプレゼントするとたぶん受けます(笑)。アイドルへの差し入れとか。 ──ものづくりとそれを製品化することが、手近になった時代なんですね。 Julie そうですね、私がクラウドファンディングいいなって思ったのが、こういうのがあったらいいなとかっていう個人の妄想が形になりやすいじゃないですか。もちろん声を届けるために結構頑張らないといけないっていうのはあるんですけど、個人発信したものがみんなに受け入れられて大きいプロジェクトになっていくっていうのがすごいなって思いますす。このプロジェクトが成功することで、女性がものづくりをして世界に広めるきっかけになったらいいなって思いますね。
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Juliee Watai(ジュリ ワタイ) 大阪府生まれ。アイドルとして活動した後、単身イタリアに渡り、イタリアの美術書籍出版社DRAGO社からフォトグラファーとして「SAMURAI GIRL」(06年)を出版。NYのMOMAにも置かれるなど世界的に販売されている。 帰国後も、カラフルポップなCG加工が高評価を受け、フォトグラファーとしての活動をしながら、「天野あい」名義でタレントとしても活動を始める。音楽活動や DJ、iPhoneアプリの開発に携わるなど活動は多岐にわたる。アキバ系クリエイターとして オタク文化への功績は評価が高い。 ホームページ<http://julieewatai.jp> Twitter<https://twitter.com/julieewatai> 「セルキラ」クラウドファンディングページ<http://kibi-dango.jp/info.php?type=items&id=I0000107&ui_medium=web&ui_source=jidori_c&ui_campaign=selkira

“負け犬”の烙印を押された闘犬と少年の逆襲劇!! トルコ映画『シーヴァス』が放つワイルドな魅力

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闘犬と少年との交流を描いた『シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語』。傷が癒えた闘犬シーヴァスは強敵とのリベンジマッチに挑む。
 犬と犬が闘争本能をぶつけあう闘犬は、大昔から世界各地で行なわれてきた。戦前の日本でも熱狂的な盛り上がりを見せたが、戦後は東京都、神奈川県など闘犬を禁止する自治体は少なくない。さらに近年の動物愛護の風潮から、闘犬場を常設していた高知市の「土佐闘犬センター」は2014年に「とさいぬパーク」と改称している。一部の愛犬家を除いてその迫力に触れる機会が減った闘犬だが、トルコ映画『シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語』はトルコ原産の大型犬カンガールドッグと孤独な少年との交流を描いた感動作。学校や家庭に自分の居場所を見つけられずにいる少年が、試合に負けて飼い主に見捨てられた闘犬の世話をすることに生き甲斐を見出していくという成長ストーリーとなっている。トルコの雄大な自然を背景に、人間と犬とのパートナーシップ、大人社会の入口に立った少年が人生を生きていく上での闘うことの意義について模索する姿が描かれている。東京ロケを予定している次回作の打ち合わせを兼ねて来日したトルコ映画界の俊英カアン・ミュジデジ監督に撮影内情を語ってもらった。 ――本作を観ながら、ハリウッド映画『ロッキー』(76)を思い浮かべました。『ロッキー』はボクシング映画ですが、うだつの上がらないボクサーのロッキーと恋人エイドリアンとが人生の再起を目指すラブストーリでもある。本作は“負け犬”の烙印を押された闘犬と少年との“ドッグファイト版ロッキー”だなと思いました。
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トルコ出身のカアン・ミュジデジ監督。現在はドイツに移住し、ベルリンでカフェバーやコンセプトファッションストアの経営も手掛けている。
カアン・ミュジデジ(以下カアン) 『ロッキー』と並べてもらえて、とても光栄です。私も『ロッキー』は大好きな作品です。『シーヴァス』の犬の名前を決める際にロッキーにしようかと考えていたぐらいなんです(笑)。『ロッキー』の主人公ロッキー・バルボアのキャラクターにも動物的な暴力性があるし、子どものような無邪気な一面もある。その点でも、『ロッキー』と『シーヴァス』はとても似ていますね。もちろん、ハリウッド映画の『ロッキー』は成功の物語です。でも、『シーヴァス』は単純な成功の物語ではありません。『シーヴァス』は“勝つこと”への疑問を描いているんです。勝利とは何なんだ? 勝つことはいいことなのか? 負けた相手はどうなるんだ? 資本主義の世界では勝つことが最優先されているけれども、果たして勝つことがいちばん正しいことなのか。見終わった後で、みなさんに考えてもらいたい作品でもあるんです。 ――闘犬の面倒を看ることで成長していく少年が、大人社会の中で苦々しさも知ることになるという深みのある内容ですね。劇中で3度登場する闘犬シーンが大変な迫力ですが、どうやって撮影したんでしょうか? カアン 犬たちのキャスティングが非常に重要でした。どの闘犬にも、それぞれファイトスタイルがあるんです。分かりやすい試合で説明しましょう。怪我が治ったシーヴァスが、一度破れた村長の犬ボゾにリターンマッチを挑む試合がありますね。あのシーンを撮るために、シーヴァスは全力で相手に向かっていく攻撃的なファイトスタイルの犬を選びました。対するボゾはディフェンスが得意な犬にしました。そうすることで、離れた場所にいたシーヴァスが、ボゾに向かって一直線に走って激突するというファイトシーンを撮ることができたんです。カメラには映らないようにしていましたが、犬たちの口には紐をして噛み合わないようにしました。ですから、犬たちが撮影のために噛み合って実際に血を流すようなことはさせていません。音の効果も大きかったと思います。ファイトシーンの犬たちの唸り声は、いろんな闘犬たちが吠えている様子を録音し、そのときの音声を後から映像に加えたんです。そうすることでリアルに闘っているようなシーンができあがったんです。 ――犬たちは演技をしているのであって、実際には噛み付き合ってはいない? カアン この作品は暴力に対して疑問を投げ掛けているものなので、暴力シーンの撮影のために犬たちを暴力にさらすということはしていません。この映画はドキュメンタリータッチではありますが、ドキュメンタリーではないんです。 ――日本ではなかなか知ることができない、トルコの闘犬事情について教えてください。 カアン トルコでは闘犬が現在も存在しています。でも、それは違法なものです。どこでも大っぴらにやっているわけではないけれど、アンダーグランドな形で行なわれています。劇中で、少年アスランとシーヴァスが乗った車が検問で兵士に止められるシーンがありましたよね? 車には闘犬らしい大型犬が乗っている。本当はそのまま通しちゃいけないんですが、兵士は見逃しているんですね。違法行為に対して、目を瞑ることが当たり前になっている。国が違法行為を許しているというのをあのシーンは見せたかったのです。暴力や違法行為を認めている大人たちと、それを許している社会があるわけで、その様子を少年アスランは自分の目で見るわけです。 ――トルコの闘犬はアンダーグランドで行なわれているとのことですが、つまりお金が絡んでいるんですね。 カアン もちろんそうです。ギャンブルの対象になっています。トルコの闘犬には、違法的なことの全てあります。トルコにも、日本の映画によく出てくるような“ヤクザ”が存在するんです(笑)
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トルコの田舎の生活をローアングルで捉えた『シーヴァス』。犬、もしくは少年の目線で、自然の世界で生きる厳しさ、人間の大人たちの身勝手さが描かれていく。
■犬との友情か、大人の仲間入りか? 少年は選択を迫られる ――少年アスランが自分の体より大きなシーヴァスを飼うことになるきっかけとして、クラスでいちばんかわいい女の子アイシェの気を惹きたいという思惑がある。子どもながら女の子にモテたいという心情は、トルコも日本も同じだなぁと共感しました(笑)。 カアン そうでしょう(笑)。東京の男性は、女性にモテるためにフェラーリやランボルギーニみたいな、すごくかっこいい車に乗るわけです。でも、少年アスランが暮らすトルコの田舎では、ランボルギーニやフェラーリの代わりがあの犬なんです。アスランは最初のうちは犬を女の子にモテるための道具として利用しようとしているんですが、犬と仲良くなっていくうちに、そういう目的からどんどん離れていくことになるんですね。純粋に犬との間に友情が芽生えていくんです。 ――学芸会で上演する『白雪姫』で、アスランは王子さまではなく7人の小人役に回されて拗ねるんですが、子どもの頃の自分もあの中にいたんだなと思いました。もちろん、小人役のひとりです(笑)。かわいい女の子を振り向かせたいというアスランの感情がリアルに描かれていましたが、監督自身の少年期が投影されているのではないですか? カアン (うなずきながら)映画とは自分自身を表現するものだと考えています。自分の感情や考え方が作品の中に込められるわけです。アスラン役を演じた少年ドアン・イムジとワークショップ中も撮影期間中も、常に側にいるようにしました。お兄さんのような存在で、付きっきりで細かく演技指導したんです。なのでカメラの前でドアンがやっていることは、すべて私自身でもあったと言えるし、主人公のアスランはドアンと私の考えが一体化した存在でもあったんです。『シーヴァス』は4週間で撮りきる予定でしたが、実際に撮り終わったのは8週間後でした。その分、ドアンとは打ち解けた関係となり、最初は犬のことを怖がっていた彼も犬の世話をずっと続けることですっかり犬と仲良しになったんです。 —インタビューの冒頭で“資本主義の世界で勝つことへの疑問”と言われましたが、人間と犬は資本主義や貨幣経済が発明されるずっと以前から友情を育くんできた仲でもある。カアン監督は人間と犬との関係性をどう考えています? カアン 人間と犬とを結んでいる友情は、何千年も大昔からあったものです。その友情はとても自然なものだと思います。友情の大切さを理解することは、そんなに難しいことではありません。アスランは11歳という思春期であり、子ども社会と大人社会の分岐点にいるわけです。そこでアスランは考えることになるんです。彼が友情を感じているシーヴァスのように自然の世界でありのままの姿で暮らすことがいいのか、闘犬を楽しんでいる人間社会の大人たちの一員になるのがいいのか。本当の理想の世界は一体どちらなのかをアスランは思い悩むわけです。言ってみれば、シーヴァスのように純粋な存在でいるべきか、それとも村長の息子をえこひいきする学校の教師や家で仕事をせずに遊んでいる兄のような大人になるのかの二者択一を迫られるわけです。
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少年時代についてとカアン監督に尋ねたところ、「アスランと同じように私も体が小さかった。女の子にモテようといろいろ頑張ったけど、失敗ばかりでした(笑)」。
――カアン監督の場合は、そのどちらの道も選ばなかった。狭い世界を飛び出して、カメラを手に世界そのものを描く側になったわけですね。 カアン それは面白い解釈ですね。もしかしたら、そうなのかもしれません(笑)。 ――次回作は東京を舞台にした『イグアナトーキョー』ということですが、カアン監督の目には今の日本社会はどのように映っているんでしょうか? カアン 日本は島国であることが大きな特徴です。それゆえに日本は独自性をキープしてきました。何百年、何千年前もの文化や思考性、感性を育んできわけです。独自の美学が発展した社会のように感じられますし、その社会から受ける印象を私はとても好ましく感じています。『イグアナトーキョー』も『シーヴァス』と同様に私自身を反映した作品になると思います。『シーヴァス』では自分の家族を内側から見つめました。『イグアナトーキョー』の場合は、小さな部屋の中に大きなイグアナがいます。イグアナの目で家族それぞれの姿や関係性を見つめることになります。 ――『シーヴァス』は犬の目でトルコの現状を描き、次回作はイグアナの視点で今の日本を見つめるわけですね。 カアン いえいえ、『シーヴァス』は犬の目からトルコ社会を描いたわけではありません。犬の目で見たのは、アスランたちが暮らすトルコの旧態依然とした男性社会のごく一部なんです。あくまでも少年と犬の目線から見える範囲内の社会を描いたんです。『イグアナトーキョー』の中で日本社会そのものを描くのなら、私は日本でもっと生活していなくてはいけません。私は日本社会に対してそんなに多くの知識は持ち合わせてないので、日本社会そのものを描くはできません。でも、一匹のイグアナの視線で、ひとつの家族を見つめることはできます。『シーヴァス』で自然界の中で暮らす一匹の犬と周囲の人間との関係性を描いたように、次回作『イグアナトーキョー』は作品の舞台としての東京を描くことができればなと考えているんです。日本のみなさん、また近いうちにお目にかかりましょう! (取材・構成=長野辰次、撮影=名鹿祥史) 『シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語』 製作・監督・脚本/カアン・ミュジデジ 出演/ドアン・イスジ、ムッタリップ・ミュデジ、オカン・アヴジュ、パーヌ・フォトジャン、チャキル  配給/ヘブンキャンウエイト 10月24日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国縦断ロードショー (c)COLOURED GIRAFFES  http://sivas.jp
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●カアン・ミュジデジ 1980年トルコ共和国の首都アンカラ生まれ。映画監督になるため、2003年にドイツへ移住。短編処女作『The Day of German Unity』(10)は複数のテレビ局で放送された。ニューヨーク・フィルム・アカデミーの卒業制作『Jerry』(11)はベルリン映画祭のタレント・キャンパスで上映されている。短編ドキュメンタリー『Fathers and Sons』(12)をベースに本作『シーヴァス』を劇映画として完成させた。実写とアニメを融合させた『イグアナトーキョー』を2016年に東京で撮影する予定。

「実はボクシング界のすごい人」具志堅用高に聞く、“あの伝説”の真相

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「チョッチュネ」でおなじみな、アフロの面白いおじさん・具志堅用高。  今はテレビでのタレント活動で目にする機会が多いが、元WBA世界ライトフライ級チャンピオンで、日本記録となる13回も王座を防衛。2015年には国際ボクシング殿堂入りを果たすなど、ボクシング界のすごい人なのだ。  そんな、元チャンピオンならではの含蓄ある名言から、テレビで見る天然キャラならではの面白エピソードなど、具志堅さんの名言&迷言を集めた書籍『具志堅良好!語録』(宝島社)が発売された。  なかなか常人には理解しがたい、具志堅さんならではのすごい伝説がいっぱい載っていて、ビックリさせられる一冊! ……ということで、具志堅さん自身にさまざまな伝説が本当なのか確認しつつ、「チャンピオンだったんだぞ!」というアピールをしてもらった。 ■入試で名前を書き忘れて、人生が決まった ――今の若い人たちの中には、具志堅さんがすごいボクサーだったということを知らない人もいるんじゃないかと思うので、そのあたりのことを中心に聞いていきたいんですが。 具志堅用高(以下、具志堅) そうなんだよねぇ~。テレビの、お笑いの人だとか思われてるから……。 ――子どもの頃はボクシングじゃなくて、野球に興味があったそうですね? 具志堅 小学生の頃、石垣島ってテレビはNHKしかなかったからね。プロ野球はNHKで流れてるからさぁ~。 ――サイン入りの野球ボールを手に入れて、そこに自分の名前を書いちゃったという伝説がありますけど、それはいつ頃の話ですか? 具志堅 それはいつだったかな……。そんなことあったかな……? ――えーっ、覚えてないんですか!? それじゃあ、当時好きだった選手は? 具志堅 やっぱり長嶋茂雄さんと王貞治さん。ジャイアンツが強かったからね。野球は(中学)2年までやってたよ。 ――じゃあ3年生の時は? 具志堅 卓球。 ――なんで急に卓球を!? 具志堅 野球は団体競技だから、レギュラーになれなくって。体が小さかったし、うまくなかったからさぁ~。ボール拾いとかばっかりさせられてたし。卓球は個人の競技だから、面白いなと思ったなぁ~。動きが。目で追うし。早いし。 ――早い? 具志堅 早く終わるでしょ? 卓球。 ――ああ、野球だったら1試合3時間くらいはかかりますからね。それから高校に進むわけですけど、入試で名前書き忘れたらしいですね。 具志堅 名前を書き忘れて、落とされちゃったの。そしたら中学の担任の先生が、那覇の興南高校を勧めてくれたんですよ。「島を出て勉強してこい!」と。 ――そこでボクシングと出会うわけですよね。 具志堅 最初は野球部に行ったんだけどね。 ――え、中2でやめたのに? 具志堅 んまあ、興南は野球で有名だったからね。行ってみたかったのよ、甲子園に。入れてもらえなかったけどね。「無理だからやめとけ」って。そこで人生が決まったね。最初の高校に受かって野球部に入れていたとしたら、ボクシングをやってなかったと思うよ。 ――それでは、ボクシングを始めたきっかけは? 具志堅 ボクシングって、それまで見たこともなかったけどね。クラスの人に誘われたのよ。「お前も来いよ、ボクシング部に」って。 ――球技とは全然違うスポーツですけど、殴り合うことに怖さはなかったですか? 具志堅 それはなかったのよ。誘われてついて行って、構えを教えてもらったら、先輩に褒められたんだなぁ~。 ――「お前、構えがいいな!」みたいな? 具志堅 そうそう、左利きだから、最初からサウスポーだったんですよ。右利きからわざわざサウスポーに変える人もいるんですよ、ボクサーは。格好良く見えるんだなぁ~。で、調べた。「サウスポー」って言われたけど、サウスポーの意味がわからなくて。 ――ウハハ! 褒められたけど、わかってなかった! 具志堅 その後、グローブをはめて、殴られたけどね。最初、痛かったね~。 ――痛いからやめようとは思わなかったんですか? 具志堅 我慢してたよ。負けず嫌いなところがあるから、とにかく続けてみようって。そしたら、試合にすぐ出された。 ――始めてどれくらいでですか? 具志堅 3カ月。まあ新人戦……1年生、2年生だけの試合だけど。無我夢中でガンガン攻めたら、行ったよ決勝戦まで。決勝は、同じ高校の2年生に負けましたよ。 ――同じ高校同士が決勝で当たるなんて、興南高校はボクシングが強かったんですね。 具志堅 あの頃は、沖縄全体でボクシングが盛り上がってたからなぁ~。沖縄の予選は全国大会並みなんだから。 ――その沖縄で、始めて3カ月でいきなり決勝戦に進んだっていうのはすごいですね。 具志堅 それで、2年生の時にまた(同じ先輩に)決勝で当たって勝っちゃってさぁ~。先輩は最後の試合で、勝ったらインターハイ行けたんだけど、僕が(インターハイに)行っちゃったのよ。高校2年の時に。それから2年続けて行ってね。 ■チャンピオンになればモテる! ……でも、遊ばなかった ――その頃には、プロボクサーになろうと思っていたんですか? 具志堅 いやいや、大学に行って五輪を目指そうと思ってたの。それで東京に行ったんだけど、空港で協栄ジムのマネジャーに捕まっちゃってね。 ――それで、無理やりプロに? 具志堅 空港からジムに連れてかれて、そのままプロ入り記者会見をさせられちゃったからね。まあ、それも運命だよね。 ――大学に進んでいたら、五輪に行けたと思いますか? 具志堅 いやいや無理だ。チャンスがあったとすれば、モントリオールかモスクワ五輪だったんだけど、モスクワはボイコットしたでしょ。結局、プロの道に進んで、モスクワ五輪の頃には、もう世界チャンピオンで10回くらい防衛してたんじゃないかな? ――一番脂が乗ってる時期に、モスクワ五輪だったんですね。 具志堅 ああいう、運命の……なんていうかな、どこへ行くかっていうので変わっちゃうんだろうなぁ、人生は。 ――プロボクサーになっても、最初は全然お金にならないらしいですね。 具志堅 そうそう、電車の定期券買って終わりだよ。プロっていっても、みんなバイトしてるからね。デビュー戦は、先輩のトランクス借りて試合したのかな、買えないから。 ――トランクスって、そんなに高いものなんですか? 具志堅 2万円ぐらいするんじゃない? 靴はもっとするよ。だから高校時代のを履いてたよ、シューズ。 ――全然お金にならない世界で、将来どうなるんだろうっていう不安はありませんでしたか? 具志堅 将来なんて、なんにも見えない見えない。負けたらすぐに島に帰って、漁師になろうと思ってたもん。でもアマチュア時代からずっと、何年も負けてなかったから。どんどん勝っていって、プロ7戦目で世界ランクを倒したんですよ。それで先が見えたんじゃないかな? バイトやってる最中に、世界タイトルマッチ決定の電話がかかってきたんですよね。 ――まだバイトをやってるような時期に、世界戦が! 試合中のことって、覚えてますか? 具志堅 覚えてる。あんなの二度とできないね。あの1試合だけです。挑戦者だからね、「こんなチャンスない」と思ってどんどん攻めまくったんですよ。一歩も引かないでね。だから勝てたんだし……攻めたってのがよかったね。 ――世界チャンピオンになって、夢がかなっちゃった後、ボクシングに取り組む気持ちって変わりましたか? 具志堅 ボクシングが好きになったのよ。練習も好きになったね。 ――チャンピオンになってから好きになった? 具志堅 だって練習ってキツいんですよ、サボりたいの。でも、世界チャンピオンになったら楽しいよ。モテるし、誘いも多いし、おいしいもの食べれるし。すごいなぁ~! ――そういう誘惑で、堕落していっちゃう人もいるんでしょうね。 具志堅 いや、ならないなぁ~。世界チャンピオンになったら、みんな気合入れてくると思うよ。ベルトなんか持って歩いている人もいるし、飲み屋に。それで、また頑張ろうと何倍も練習するし、練習も楽しい! 世界チャンピオンでい続けたいっていう目標があるからさぁ~。 ――ああ、チャンピオンを続けるということが目標になってくるわけですね。やっぱり、お金もガンガン入ってくるようになるんですか? 具志堅 ああ、そうですよ。世界チャンピオンになったら、お金の価値がまったくわからなくなったよ。すごいお金が、どんどん入ってくる! 5回ぐらい防衛したら……マンション買えるよ。とにかくボクシングってのは「勝てば金が入る」ってことを頭に入れてやればいいと思う。 ――勝てばお金も入るし、キャーキャー言われるし……。 具志堅 楽しかったなぁ~……。ディスコ行ってバーッと遊んで、バーッて戻って練習して。やっぱり、現役の世界チャンピオンってモテるよ! 相撲の横綱や、プロ野球選手もモテるね。だから、それを長く続けたいんですよ。そしたらもう、防衛記録がどんどん伸びていくわけですよね。 ――「モテたい」という一心で! でも、セックスすると調子が狂う、なんて言いますけど……。 具志堅 そりゃ、狂いますよ。女性は敵ですよ、試合前は。だから僕はモテたけど、遊ばなかった(笑)。 ――具体的に、どうおかしくなっちゃうんですか? 具志堅 だって疲れるでしょ。その力を、試合で出さなきゃいけないんですよ。プロスポーツの世界では、私生活が乱れて成績が落ちるって多いと思うよ。自分の経験から見たら。「この選手、強かったのに、なんで急に落ちたのかな?」って思ったら、たいてい、私生活のリズムが狂ってるんだよね。 ■ラスベガスで試合ができるような選手を育てたい ――結局、日本最多記録となる13回もタイトルを防衛したわけですが、途中でやめたいなんて思うことはなかったですか? 具志堅 チャンピオンのまま引退しようなんて思ったこともあるけど、やめられなかったね。だって、ジムのオーナーが、あちこちで契約交わしてるから。もう先々の試合まで決まっちゃってるもん。ジムのスタッフもいっぱいいるし、勝手にはできなかったね。最後のほうは体もつらかったよ、やっぱり。 ――14回目の防衛戦では、試合前にアイスクリームを食べられなかったから負けた、なんて伝説もありますけど。 具志堅 それね! 計量が終わったらいつもアイスクリームを食べてたんだけどさぁ~、その日は取り上げられちゃったんだよなぁ~。 ――それで、保ってきたリズムが崩れちゃったということですかね? 具志堅 うまくいかなかったなぁ~、あの試合は。途中でリズムが狂っちゃった。負ける相手じゃなかったんだけどさぁ~。 ――それで引退するわけですけど、それまでボクシング一筋だったのが、急にボクシングがなくなっちゃって、どうしようと思いましたか? 具志堅 とにかく第2の仕事をしなくちゃいけないからね。だからいろいろ飲食店もやったけど、長続きしなくって。その後にジムを始めたんですよ。それからテレビ番組に出て、片岡鶴太郎さんとの出会いがあった。そこからタレントもやってますよ。 ――鶴太郎さん、具志堅さんのモノマネをよくしてましたもんね。あのモノマネは、どう思ってましたか? 具志堅 最初は、いい気持ちしなかったよ。「そうっすね」とは言ってたけど、「チョッチュネ」なんて言ってないもん。まあそれがウケるんだから、いいだろうという感じで。今は、たまに自分でも「チョッチュネ」って言ったりするけど(笑)。 ――テレビの世界はどうですか? ボクシングとは、まったく違うと思いますけど。 具志堅 いやあ、やっぱりそれも一緒よ、ボクシングと。かみ合えば盛り上がるし、かみ合わなければ負けちゃう。若いタレントさんたちも、もっと人気が欲しいって、みんな一生懸命だもん。 ――今は、その芸能人的な活動とジムが活動の中心ってことですかね? 具志堅 そうそうそう。 ――ジムで注目している選手はいますか? 具志堅 うちに、比嘉大吾っていうユースの世界チャンピオンがいるんですよ。あと、世界を狙ってる江藤光喜っていう東洋チャンピオンもいる。年内に世界挑戦させたいなって思ってるんですよ! ――自分の若い時と比べて、今のボクサーたちはここが違うなっていう点はありますか? 具志堅 まるで変わってますよ。今の若い子たちのほうが賢いっていうか。ちゃんとバイトして、部屋の荷物もそろえて、彼女も作って……。 ――私生活もちゃんと楽しんで、ボクシングにも打ち込んでいるという感じですか? 具志堅 そうだと思いますよ。でも本当は、世界チャンピオンになってから彼女を作るのが一番だと思いますけどね。彼女ができると、楽なほうへ楽なほうへ行っちゃうんですよ。ボクシングをやれる時間なんて、そんなに長くないんだから。5~6年頑張れば、次の人生があるんだから。本気でやってる人は、そういう気持ちで練習に来てますよ。そういう選手には、チャンスを作ってあげたいよね。 ――そういう選手にチャンスを作ってあげて、世界チャンピオンを育てるというのが今の夢でしょうか? 具志堅 それもそうだし、いつかラスベガスで試合ができるような選手を育てたいよね。1試合で何十億円取れるような選手を。日本人ボクサーにも、そういう時代が来なくちゃいけないんですよ! (取材・文=北村ヂン) ●ぐしけん・ようこう 1955年6月26日生まれ。沖縄県石垣市出身。元プロボクサー。生来のサウスポー・ボクサーで、76年、デビューからわずか9戦目で、WBAジュニアフライ級のタイトルに挑戦。以後、81年まで13回防衛。14回目の防衛戦でペドロ・フローレスに敗れ、引退。現在は、白井・具志堅スポーツジムの会長として、若い世代の指導に当たっている。

お金しか愛せない!? “日本一美しい整形男子”アレンが語る、整形美学と、パトロンとの甘い生活

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「フランス人形になりたい」と、美容整形を続ける“整形サイボーグ”ヴァニラの男版とも呼べる、アレン(22)という男性をご存じだろうか?  これまで3000万円以上をかけて200回以上整形を重ねてきたというアレンだが、9月に放送された『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)できゃりーぱみゅぱみゅの「いま会いたい人」として紹介されるや否や、ネット上で大反響を呼んでいる。しかも、整形代を含め、生活費はすべて“パトロン”持ちだというから、開いた口がふさがらない。  「日本一美しい整形男子」をうたうアレンに聞く、整形美学と、パトロンとのセレブ生活の実態とは? ■17歳の時に出会った、最初のパトロンがきっかけで…… ――そもそもデビューのきっかけって、なんだったんですか? アレン TBSの『私の何がイケないの?』という番組に、自分で応募しました。そこで特集を組んでもらって、という感じです。デビューして、ちょうど1年くらいかな。 ――小中学校時代のイジメが原因で整形に走ったとのことですが、当時はやはり容姿についてイジメられたんですか? アレン 容姿もそうなんですけど、言動も含めて全体的にナヨナヨしていたので、標的にされてしまって……。 ――整形される前の写真がネット上に出回っていて、「イケメン」「整形前のほうが全然いい」なんて声もありますが。 アレン そうなんです! 僕、イケメンだったんですよ(笑)。ただ僕が求めているのは、人形的な美しさなので、前は野性的というか、人間っぽかったんです。「イケメン」と「美」は別物なので。自然な美というと、女優さんとか、たくさんいるじゃないですか。でも、僕はその中に埋もれたくない。彫刻みたいな、オブジェとして飾れるような美しさを求めているんです。 ――初めて整形手術されたのは、何歳の時に、どの部分ですか? アレン 17歳の時に、鼻ですね。プロテーゼっていうシリコン状のものを入れて、鼻を高くしながら細く見せるっていうのをやりました。手術直後は、痛い思いをしたので満足感もあったんですけど、目が慣れてくると「たったこれしか変わってないの?」って、不満に変わっちゃいましたね。劇的に変わると思ってたのが、なんか自然な感じに収まってしまって……。結局、4回ぐらいやり直しました ――4回! 17歳で、よくそんなお金ありましたね! アレン 整形するきっかけになったのは、パトロンさんとの出会いなんです。それ以前は上京して靴屋さんでバイトをしていて、整形どころか、家賃を支払うのに精いっぱいでした。 ――そのパトロンさんとは、どこで知り合ったんですか? アレン とあるパーティーで……。ウフフ。 ――ちなみにその方は、男性ですか? 女性ですか? アレン う~ん、それはナイショ! ――その方に、整形を勧められたんですか? アレン 洋服とか買ってもらうようになって、もっとキレイになりたいという気持ちがどんどん大きくなって、その先に整形があったというか。相談したら「キレイになれば?」って、お金を出してくれました。 ――いきなり、整形ですか!? その前に、エステとかなかったんですか? アレン う~ん、僕は最初から整形して、がっつり変えたいというタイプなんですよね。顔立ちが派手になっていくと、人から見られることも多くなるじゃないですか。それが、快感っていうか(笑)。
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――アレンさんが街を歩いてたら、そりゃあ、みんな振り返りますよね。 アレン 「なんなんだ!? あの人」みたいな(笑)。それがいい意味でも悪い意味でも、うれしいんですよね。だって、人生って一度きりじゃないですか。その中で、注目される人って本当に一握り。ほとんどの人が、注目されずに終えていくじゃないですか。そう考えると、注目されたもん勝ちだなって。 ――整形のお話に戻りますが、一番お金がかかったのは、どの部分ですか? アレン リフトアップですかね。ゆるんで上げて、またゆるむんでまた上げて……。18の時から月1でやっているので、トータル2000万円は超えてるかな~。 ――2000万円! 一番痛かった部分は? アレン 全部痛いです(笑)。この痛みに慣れることはないですね。でも、痛みとお金って、美を手に入れるための代償だと思うんですよ。 ――全身いじってるんですか? アレン はい。顔はもちろん、体だってやってるし、パーツまで言われると、やってないところありますけどね。 ――ちなみに、下のほうは……? アレン やだ~、股間はやってないです! 知り合いの美容外科の先生が「絶対やらないほうがいい」って言うので。後遺症が、すごく出やすい部分なんですよ。僕、むかし美容外科で働いていたこともあって、その時に局部にシリコンボールを入れた50代くらいの人が「痛くて痛くてもう我慢できないから、取ってほしい!」って駆け込んできたこともありましたね。 ――整形に対して、何かこだわりはあるんですか? アレン 1回いじって満足できなかったら、またいじる! 満足できるまで、ずっとやり続けます。今も全部は満足できてないですね。これ、心の病だと思う(笑)。一瞬満足して、目が慣れちゃって、またやりたい! って。自分としては、生まれた時からこの顔のイメージですもん、目が慣れすぎて。また変化が欲しいって感じなんですよね。慣れちゃうんですよね、整形って。 ――ゴールはあるんですか? アレン ゴールを作らなきゃと思うんですけど、今のところないから、一生やることになるかなあ。強いて言うなら、彫刻みたいな感じですかね。ルーヴル美術館に飾られているような、本当に“彫刻”ですよね。努力とか嫌いだから、筋肉ムキムキっていうのはあんまり好きじゃない。普通に細くてキレイなのがいいです。 ■生活費は最低月300万円、パトロンは6年間で50~60人 ――パトロンとは、どんなお付き合いをしているんですか? 世間一般のイメージは、若い女の子が、肉体関係と引き換えに、金持ちのおじさんから金銭の対価を得る、みたいなのがあると思うんですが……。 アレン やだ~!(照) 肉体関係は……まったくないといったらあれなんですけど、基本的には一緒に買い物をしたり、お食事したり、パーティーに行ったりとか、そういう方が多いですかね。 ――言い方は悪いですが、パトロンにとってはアレンさんは、アクセサリーみたいな感覚なんでしょうか? アレン そうですね、それに近いと思います。僕にこれぐらいお金をかけられるっていうのが、パトロンさんにとってのステータスなんじゃないですかね。 ――これまで、何人くらいいらっしゃるんですか? アレン 17歳からだから、約6年で50~60人くらいですかね。1年半付き合う人もいれば、1日だけの関係の人もいるし、同時並行している場合もあるので。そう考えると、結構多いですね(笑)。一番長い人は、2年半くらいです。 ――男性もいたり、女性もいたり……? アレン ご想像にお任せします♪ ――年齢層は、どれくらいなんですか? アレン 若い人は20代後半からいます。上は40代前半ですかね。 ――ちなみに、今は? アレン 今は……できましたね、最近。知り合いの紹介で。
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――基本的にはパトロンが家賃、生活費、洋服代、整形代など、すべて出してくれるんですよね? だいたい毎月、いくらくらいもらっているんですか? アレン 最低300万円はないと無理ですよね。でも使い切っちゃうので、「またちょーだい」って、おねだりします♪ 貯金はゼロです。というか、したことない(笑)。 ――パトロンに対して、恋愛感情ってあるんですか? アレン その人が好きっていうんじゃなくて、その人の持ってるお金が好き。お金がなくなったら、嫌いになっちゃいます。 ――……失礼しました。これまでに一番高い贈り物ってなんですか? アレン 絶滅危惧種の毛皮のストールで、2000万円ちょっとくらいかな。フェンディに行って、並んでるものをバーッと見て、レアですよって紹介されて「じゃあコレ♪」って(笑)。同じもののコートを、叶姉妹さんがテレビで着てましたね。それは2億8000万円くらい。 ――そのストールは、どこに巻いていくんですか? アレン ファミレスとか(笑)。普段着で使います。使うシーズンが限られてるので、あんまり使う機会がないんですよね。 ――モノ以外だと? アレン 今はもう別れちゃったんですけど、モナコに年に2回ぐらい行ってた時期がありましたね。すごい豪遊をしてたってわけじゃないんですけど……うん、いろいろさせてもらいましたね(笑)。ウフフ。でも、普段友達と遊ぶときは、結構普通ですよ。飲み行ったりクラブ行ったり、カラオケもよく行きます。お医者さんの息子だったり、あとは夜のお仕事をしていたり……基本、お金持ってる人たちが多いですね。 ――彼氏とか彼女はいるんですか? アレン ずっといないんです……。 ――ぶっちゃけ、ソッチ系なんですか? アレン ウフフ……ご想像にお任せします♪ どっちにしても、僕は美しいものじゃないとダメなので。そもそも、人には恋をしないんです。その人が持ってるお金に恋をすることはあるんですけど、人に恋をして「一緒にいたい」だとか「この人と結婚をしたい」とか, そういうのは一切ないんですよね。それが、自分にとってなんのメリットになるの? って。自分が一番好きなので、自分以上に好きになれる対象が見つからない。だから、人を好きになったことも、付き合ったこともない。人を好きになる感覚がわかんないから、よく「どっち?」って聞かれるけど、答えられないんですよね。 ――現在はテレビでのお仕事も増えてきているようですが、これからどんなことをしてみたいですか? アレン 今いただいているオファーって、整形の話や華やかな生活についての企画が多いんですけど、僕はどっちかっていうと文化人枠でいきたいんです。僕とかヴァニラちゃんより勝る整形とか美容の知識や経験を持ってる人って、まずいないと思うんですよ。お金もかけてるし、こだわってるし。やってないと、答えられないじゃないですか。実際、自分がやってこうなったから、これはお勧めしないとか。整形のリスクとかね。 ――やっぱり、リスクはあるんですね。 アレン ありますよ。レディエッセっていう、長期持続輪郭形成注入剤があるんですけど、顎に注射したら壊死しちゃったんですよ。じゅくじゅくに膿んじゃって、血とか粘液とかいっぱい出てきちゃって……。それで「怖いな」って思っていた矢先に、大手の美容外科さんで鼻に打った患者さんが、血管に詰まって失明しちゃう事故があって。でも、そういうのって表には出ないで、お金で解決しちゃうから怖いですよね。やっぱり、整形はリスクがありますよ。壊死した時、本当に困りましたもん。抗生物質を打って、1カ月ぐらいで完治したんですけど、マスクしないと出歩けないくらいになっちゃって。 ――それでも、整形するんですか? アレン 抗生物質で治ったから、まあいいかなみたいな(笑)。逆に人間の自己治癒力にびっくりして。「治るんだ」って。 ――最後に、整形とは無縁そうな日刊サイゾー読者に一言お願いします! アレン 整形って怖いとかネガティブな情報ばかり流れるんですが、全然そんなことなくて、僕やヴァニラちゃんみたいに、明るくなるツールとして利用できるものでもあるんです。だから、全然怖がる必要はないと思うんですよね。整形をお勧めするわけじゃないんですけど、必要以上に怖がらなくていいし、きっかけとして踏み出す分には全然ありだと思います。僕の場合、性格どころか、生活も何もかも変わったんで。毎日ハッピーです! (取材・文=編集部) ●アレンブログ <http://ameblo.jp/prince-allen/>

「クラスでのポジションは……空気」注目の中学生女優・蒼波純は、やっぱり不思議ちゃんだった!?

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撮影=尾藤能暢
 講談社主催の女性アイドルオーディション「ミスiD2014」でグランプリを獲得し、独特の存在感で注目を集め、『ワンダフルワールドエンド』での橋本愛とのダブル主演を皮切りに、『サムライフ』『世界の終わりのいずこねこ』と数々の映画に出演している中学生女優・蒼波純。  最新作である劇場版『女子の事件は大抵、トイレで起こるのだ。』では、トイレに閉じこもって延々と壁に絵を描いているという、不思議ちゃんすぎる女の子・大川たまこ役を演じている純ちゃんだが、本人は大川さん以上に不思議ちゃんでした。 ■おたくの子とは仲良くなれる ――ほぼトイレの中だけで進行するという変わった映画でしたが、撮影はどうでしたか? 蒼波純(以下、蒼波) まず、3月頃のまだ寒い季節だったのに、半袖だったのですごく寒かったです。あとは、セットのトイレで撮影していたんですけど、壁が外れたりして「うわっ!」ってなりました。 ――え、壊れたってことですか? 蒼波 いや、撮影の中で「バーン!」って開くドアとかがあって「ふあっ!」って思ったりしたんですけど……。 ――「ふあっ!」って、どういう意味ですか? 蒼波 すごいっていう意味です。リハーサルの時に開いて「ふお~!」って思ってたんですけど、撮影中は頑張って驚かないようにしました。……内心、すごい驚いてたんですけど。 ――1回見たら、もう驚かないでしょう! 蒼波 3回目くらいから、もう慣れました。 ――同年代くらいの女の子たちがいっぱいいる現場というのも、初めてですよね? 蒼波 女の子ばっかりの現場なので、女子校みたいなノリで騒がしかったです。でも楽しかったですよ、わーわーしていて。 ――その、わーわーしている輪には入れたんですか? 蒼波 ちょっと私……人見知りっぽいので、最初は話しかけるのが大変だったんですけど、あとから話せるようになりました。 ――誰と仲良くなれましたか? 蒼波 みさこさん(「神聖かまってちゃん」「バンドじゃないもん!」)とは、アニメの話で盛り上がったりとか……。 ――えっと、同年代の子では? 蒼波 ダンス好き4人組役の大山さん(吉崎莉愛)と、よく話をしてました。おたく系の話で……。莉愛ちゃんの自己紹介映像を見たら「趣味はおたくです」みたいなことを言っていて、「どんなおたくなんだろうな?」「どんなものが好きなんだろうな?」と興味があって、話しかけたら仲良くなれました、はい。アニメとかゲームとかが好きらしくて……。
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(c)2015女子トイレ清掃組合
――蒼波さんも、おたくなんですか? 蒼波 はい。乙女ゲームが好きで、アニメ化されたらそれも見るみたいな感じで。あとは、興味を持ったやつを見るみたいな……です。 ――好きな乙女ゲームは? 蒼波 『AMNESIA』(やたらとバッドエンドが多くて、すぐ死ぬことで有名)というゲームで……記憶喪失の女の子が主人公のゲームです。 ――そういう恋愛シチュエーションに憧れたり? 蒼波 しないです(笑)。自分があんな目に遭ったら、まず無理なので……。 ――でも、それをゲームで体験するのは面白いっていう? 蒼波 はい。 ――そういう意味では、演技で別の人物を演じるということにも通じるのかなと思うんですけど、今回の大川たまこ役は自分に似ていると思いますか? 全然違いますか? 蒼波 似ている部分もありますけど、似てない部分のほうが多いと思います。私も絵を描くのが好きなんですけど、大川さんみたいに壁に絵を描いたりとか、トイレに閉じこもったりとか、あそこまではできないなって感じです。……結構、迷惑なことをしてますよね(笑)。 ――大川さんはかなりの変わり者ですけど、蒼波さんの学校でのポジションはどんな感じなんですか? 蒼波 ポジションは……空気。大川さんは端っこにいても目立っちゃいますけど、私は空気。 ――空気! こんなにかわいい子がクラスにいたら、男子は気にしちゃいそうですけどね。 蒼波 空気っていうか……はい、空気なんです。でも、あの……嫌われてない自信はあって……空気なので。 ――いじめられもしなければ、クラスの中心にもいないポジションだと。 蒼波 はい。 ――やっぱり仕事を始めてからは、学校にあんまり行けていないんですか? 蒼波 うーん、でも結構行っていると思います。ただ、学期始めは行けなかったりするんですよ。仕事が入ってたりとかして。去年も……行けなかったんです。 ――ああ、スタートダッシュに失敗したって感じですかね? 蒼波 気づいたらクラスの中でグループができてるみたいな。「あれ、あたしがいない間に何があったんだろう?」って。
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■ゼリーの「たらみ」の社員になりたかった!? ――今は主に女優としてやっていますけど、もともとは声優になりたかったそうですね。 蒼波 はい。アニメが好きで、「この声は誰なんだろうな?」って、声優さんに興味を持ったっていうか。 ――好きな声優さんは? 蒼波 大塚明夫さんが好きです。あと、花澤香菜さんも好きです。 ――小5の時にオーディションを受けたということですが、それは自分から受けたんですか? 蒼波 お母さんが見つけてきてくれました。 ――お母さんが積極的なんですね。ミスiDも、お母さんから勧められたみたいですね。 蒼波 はい。お母さんがアイドル好きで、吉田豪さん(プロインタビュアー)……? っていう、アイドル評論家の方? ――えーっと……大きく間違ってはいないです。 蒼波 お母さんがその吉田豪さんのファンで、「吉田豪さんが選考委員にいるから応募しようよ!」「落ちてもいいから!」って。 ――蒼波さんとしては声優のほうに興味があったんだと思いますが、自分がアイドルをやることに関してはどう思っているんですか? 蒼波 アイドルって、歌ったり踊ったりするじゃないですか。それはできないなぁって……すごいなぁって。 ――声優のほかに、将来の夢ってあったんですか? 蒼波 うーん、特にないんですけど……。小学校の時の夢は、ゼリーの「たらみ」っていう会社の社員さんは失敗したゼリーを食べられるって聞いて、ゼリーの会社に入りたいっていうのがありました。あと、最近は「アニメイト」の店員さんにもなってみたいなぁって。 ――「アニメイト」は、余ったアニメグッズをもらえるわけじゃないですよ。 蒼波 でも、あそこで働いてみたいなぁって思っています。好きな物に囲まれて働きたいなって。
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■水野しずさんは……なんか愉快 ――こういう仕事をやるようになって、今まで会ったことのないような大人たちと接することも多いんじゃないかなって思うんですけど、一番びっくりした大人は? 蒼波 (熟考)……一番びっくりした大人ですか? なんだろう……。結構みんな個性的な人たちなので、「あ……あの人、すごいな」って……みんながみんな「ばあん!」って感じ。 ――例えばミスiD周りの人たちも、だいぶ濃い人たちがそろってますけども。 蒼波 今回の映画で絵を描いてくれている水野しずさんが……。私はミスiD2014のグランプリをいただいたんですけど、水野さんは2015のグランプリを取ってて、その関係で話したりとかしてたんですけど。すごい……なんというか面白い……。なんか愉快な……。 ――ああーっ(笑)。 蒼波 お披露目会の時に初めて会ったんですけど、なんだか知らない芸を……「エジプトのなんかのモノマネ」をしてて……。「はー……ああー……」みたいな感じで。それが一番「ばあん!」ってきました。こんな不思議な方なんだって。会ってみると「あ、ああ!」みたいな感じです。 ――お姉さんになってほしい? 蒼波 お姉さんというか、友達になってほしい。友達に欲しい感じの人ですね。 ――「こんな人になりたい」なんて、憧れた人とかはいますか? 蒼波 憧れの人ですか……。私、インタビューが苦手なんですけど……今も。橋本愛さんと共演させてもらった時に、一緒にインタビューを受けることが何回もあったんですが、その時すごいしゃべってくれて、私の分までフォローしてくれて、すごいなぁって。ちゃんとしゃべれる人間になりたいって思いました。 ――あ、インタビューの受け答えに憧れたと。橋本さんの演技はどうでした? 蒼波 すごい……素敵だと思います、はい。
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■人生で一番テンションが高いのは、ゲームをしている時 ――今回の映画に連動して、吉田凜音さんと「ずんね from JC-WC」というユニットをやることになりましたが、人前で歌うっていうのは演技とはまた違いますよね。 蒼波 はい。私はミスiDでTOKYO IDOL FESTIVALに出させてもらって歌ったんですけど、ミスiDって大人数じゃないですか……人が。でも、「ずんね」は2人だから目立っちゃうなって。 ――(笑)。そりゃ目立ちますよ、ステージに上がったら。 蒼波 ちゃんと歌わなきゃって。すごく緊張します。 ――みんなと一緒ならごまかせるけど……あんまり前に出て行きたくない。できればみんなに紛れていきたいって感じですか? 蒼波 はい……。 ――ダンスをやったことは? 蒼波 ないです。……っていうか、授業でしかないんで。ミスiDの時のダンスは腕を振るくらいしかなかったんで。 ――吉田さんとは、うまくやれていますか? 蒼波 はい。仲良いと思います。 ――なんの話をするんですか? 蒼波 凜音ちゃんは『女子トイレ』のときにラップやっていたんで、プロのラッパーなんだなって思っていたんですけど、「ラッパーじゃないよ」って言われて。歌うプロの人なんですね。 ――蒼波さんもプロですよ! 「ずんね」では、吉田さんに引っ張ってもらっている感じですか? 蒼波 はい。すごい歌がうまくて、それについていけるように頑張ろうと思います。 ――リコーダーは、2人ともヘタでしたけどね。 蒼波 いや、それは……。遅い曲ならまだ音が取れるんですけど、素早く動かさなくちゃいけなくて、すごい速くて「ピーポープーポー」って。あんなにヘタになっちゃったんですけど。
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(c)2015女子トイレ清掃組合
――素早く動くのは得意じゃない? 蒼波 苦手です。だから、速い動きを見ると「人間って、あんな速い動きできるんだなぁ!」って思います。 ――今回の映画でもみんなが踊ってる中、絵を描いているというシーンがありましたけど、「私も混ざりたい」とか思いませんでしたか? 蒼波 なかったです(笑)。これは踊れないなって……混ざりたくないなって。 ――それが、まさかの2人で踊ることに……。女優、歌とやってきていますが、今後やってみたいお仕事ってありますか? 蒼波 うーん、ホラー映画とか、あとはお化け屋敷のロケに行くとか。 ――怖い映画は大丈夫なんですか? 蒼波 人間の怖さはダメなんですけど、幽霊の怖さは別に現実ではないから大丈夫かな。 ――あとは、お化け屋敷に行かされるような仕事を。 蒼波 はい。反応はできないと思いますけど。「きゃーっ!」とかはできない。 ――テレビ的には困るでしょうね。テンション上がって大声出ちゃったりとかはないんですか? 蒼波 うーん……なんだろう。すごいものを見た時。あとは、好きなゲームの続編が決まった時なんかは、周りの人に「ちょっと聞いてっ!」ってなりますね。 ――最近は、なんの続編が出たんですか? 蒼波 『神々の悪戯(あそび)』っていうゲームの続編が決定して、しかも私の攻略したかったキャラクターが攻略できるって話を聞いて盛り上がりました……家族内で。 ――家族内で! ゲームをやってて声を上げてしまったりとかは? 蒼波 ありますね。やっぱり笑っちゃうんですよね……なんかもう。 ――え、乙女ゲームで? 蒼波 すごい……すごいんですよ。変なんですよ! それで、声上げて笑っちゃいますね。そしたら、もうベッド叩いて笑っちゃうんですよね。 ――本来は、うっとりするもんなんじゃ……。何を求めて乙女ゲームをしてるんですか? 蒼波 や、面白さを求めて。 ――ゲームをしている時が、人生で一番テンションが高い時? 蒼波 たぶんそうです(笑)。 ――それでは最後に、『女子の事件は大抵、トイレで起こるのだ。』の見どころを教えてください。 蒼波 序盤はギャグっぽいんですけど、あとからみんな協力してハッピーエンド? ……ハッピーエンドというか「めでたしめでたし」って感じなんですけど、ところどころ変なところ? ……ギャグ要素があって、面白いので見てほしいと思います。あと、大川さんはやっぱり変人なんですけど、自分をちゃんと持ってる人なので、そこはいいところなので見てほしいです。 (取材・文=北村ヂン) ●あおなみ・じゅん 2001年6月27日生まれ、宮城県出身。“講談社主催のオーデョション企画「ミスiD2014」でグランプリを受賞し、芸能界入り。『ワンダフルワールドエンド』で映画初出演。ほかに、『サムライフ』『世界の終わりのいずこねこ』がある。『女子の事件は、大抵、トイレで起こるのだ。』で共演した吉田凜音と期間限定のアイドルユニット「ずんね from JC-WC」を結成。「14才のおしえて」(作詞・作曲:大森靖子 編曲:サクライケンタ)でデビュー。 公式Twitter @junaonami ●『女子の事件は大抵、トイレで起こるのだ。』 10月17日(土)~新宿シネマカリテほか全国順次公開 <http://jc-wc.com/>