存命説が再び過熱! 余命わずかな元刑事が「2パックの死を工作した」と懺悔の告白

<p> 過激な政治組織ブラックパンサー党の主要メンバーである両親のもとに生まれた、ラッパーの2パックこと、トゥパック・アマル・シャクール。警官や業界関係者とのいざこざを起こす問題児だったが、黒人社会の問題をストレートにつづったリリックや独特のライムで注目されるように。1994年にニューヨークで銃撃されたのは、ライバルである「バッド・ボーイ・レコード」のP・ディディとノトーリアス・B.I.G.(以下、ビギー)のせいだと思い込むようになり、有名な「ヒップホップ界の東西抗争」を勃発させ、自身も大ブレイクした。</p>

死してなおヒットを飛ばす、孤高の天才・2パックの人生を振り返る

<p> 2パックは1971年6月16日、レサンセ・パリッシュ・クロックスという名で、ニューヨーク市に生まれた。両親は60年代後半~70年代にアメリカで黒人の民族主義運動を展開していた過激派組織「ブラックパンサー」のメンバーで、彼が生まれる前に破局。シングルマザーだった母は、彼が1歳の時にイスラム教徒の黒人国家主義者ムトゥル・シャクールと結婚し、息子の名も古代インカ語で「輝ける蛇」という意味のトゥパック・アマル、名字も「神に感謝」という意味のシャクールに改名した。彼を妊娠中に服役していたほどブラックパンサーに心酔していた母は、組織の思想や教えを息子に叩き込みながら育てた。母は重度の麻薬依存症だったため暮らしは貧しく、ホームレスシェルターを点々としたり、頻繁に引っ越すなど、不安定な幼少時代を過ごした。</p>

本人か、ものまねか? ワイクリフのMVに出てくる2パックの司法解剖ショットが話題に

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2パックが神格化される度に思い出す、アナル好きという真実

 ヒップホップにレゲエとソウルを融合させた独特なサウンドで、90年代に絶大的な人気を博したフージーズのリーダーで、敏腕音楽プロデューサーとして名高いワイクリフ・ジョン。慈善活動家としても知られ、2010年1月に祖国ハイチで起こった大地震の被災者を救うためにチャリティー団体を立ち上げ、多額の被災地救援募金を収集。ハイチの大統領選に出馬すると表明もし、ファンから熱い注目を集めた。

 しかし、ハイチ大地震後、いち早く現地入りし救援活動を行っていた俳優のショーン・ペンから「現場に来たことのないヤツが何を言ってるんだ」と叩かれた上、寄付金40万ドル(約4,000万円)の着服疑惑が浮上。また条件を満たしていないことから、結局は出馬を断念した。12年には突然自伝を発売し、フージーズが解散したのは、不倫関係にあったボーカルのローリン・ヒルから「あなたの子だから」と赤ん坊の認知を迫られたからだと暴露し、世間を驚かせた。また今年3月には自己破産することが明らかになるなど、お騒がせセレブのような存在になっている。

ドクター・ドレーとツアーも? 蘇生した2パックで全米がお祭り騒ぎ

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YouTubeより

 カリフォルニア州インディオの砂漠地帯で1999年から開催されているアメリカ最大の野外ロックフェス、コーチェラ・ヴァレー・ミュージック・アンド・アーツ・フェスティバル(以下、コーチェラ・フェスティバル)が、13日~15日にかけて行われ、世界中で注目されているアーティストたちが次々と登場して会場を興奮の渦に巻き込んだ。お祭り好きなセレブたちもこぞって繰り出し、ゴシップ的にも大いに盛り上がったのだが、今年の最大の目玉は、なんといっても、1996年に射殺された2パックのパフォーマンスだった。

 度肝を抜くようなパフォーマンスや、根強い人気を誇るバンドの再結成など、サプライズで話題になることが多いコーチェラ・フェスティバル。残念ながら、数日前に情報は流出していたのだが、それでも15日に行われた伝説的ラッパーの2パックの蘇生パフォーマンスには、10万人近くの観客がそのリアルさに息をのんだ。

2パック、死後15年を経て未公開曲とともにセックステープ流出か?

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『グレイテスト・ヒッツ』(BMG JA
PAN)

 25年という短く濃厚な生涯を、疾風怒濤のごとく駆け抜けたヒップホップ界のカリスマ的ラッパー、2パック。数多くの伝説を遺して逝った彼の死後15年を追悼するかのように、セックステープが流出し、話題になっている。