「平手打ち事件」にも終始オトナの対応……バナナマン・日村勇紀の意外な“内面”って?

「平手打ち事件」にも終始オトナの対応……バナナマン・日村勇紀の意外な内面って?の画像1
 バナナマンの設楽統と日村勇紀が、24日深夜放送のラジオ番組『バナナマンのバナナムーンGOLD』(TBSラジオ)で、日村がファンからビンタを受けた事件に言及した。  その事件というのは、18日に都内で開催されたバナナマンのDVD発売記念の握手会で、ファンの1人が日村をいきなり平手打ちしたトラブル。会場は一時騒然としたが、日村は驚きながらも笑顔で対応し、事なきを得た。だが、場合によっては傷害事件に発展しかねなかっただけに、日村の“神対応”に称賛の声が集まる一方で、行きすぎたファンの悪ふざけが批判を浴びていた。 「イジられキャラの日村はいろんな番組の中で、罰ゲームなどと称して相方の設楽にビンタされたりするため、自分もやって大丈夫だとファンが勘違いしたのでしょう。設楽も自分たちの世界観が変な形で伝わってしまったと、反省しきりでした」(お笑いに詳しい芸能ライター)  冗談めかしながら「今度やったら、やり返すからな」と、ファンにくぎを刺す設楽に対して、日村は「俺みたいなキャラクターはイジられて得する部分もあるから、ぶっちゃけ嫌とも思っていない」と終始、オトナの対応。だが、「日村も本音では怒り心頭だったのでは」と話すのは、くだんの芸能ライター。 「設楽のドSキャラぶりが際立っているので意外かもしれませんが、怒らせたら面倒臭いのは日村のほう。ああ見えて親分肌の日村は、たびたび後輩芸能人を引き連れて海外旅行に出かけたりしていますが、旅行中に後輩たちが少しでも礼儀を欠くと、延々と説教をするほど。日村の逆鱗に触れて、交際を絶たれた後輩芸人もいますからね。上下関係や礼儀には、めっぽううるさいんです。ブサイクだのイジられキャラだのと言われていますが、あくまでもそれはビジネス上にすぎず、本人としては内面は二枚目そのもの。だから、自分がナメられたと感じると怒りをあらわにすることもあるので、周囲は気を遣っていますよ」(同)  最近は握手会など、芸能人とファンが直に接する機会が多いだけに、エスカレートしたファンによるトラブルが増えている。日村のようなキャラの芸人にとっては、災難だったと言うしかないだろう。

極楽とんぼのラジオ『吠え魂』寂しすぎる“最終回”生きる場所は、やっぱり「ネットのみ?」

極楽とんぼのラジオ『吠え魂』寂しすぎる最終回生きる場所は、やっぱり「ネットのみ?」の画像1
 昨年、コンビ活動を再開した極楽とんぼの名物深夜ラジオ『吠え魂』(TBSラジオ)が19日深夜、一夜限りの復活を果たした。  2000年10月にスタートした『吠え魂』だが、06年7月に山本圭壱が起こした不祥事により打ち切りとなった。今回の放送は、加藤浩次一人の出演となった302回に続く、303回目の“2人そろった最終回”と銘打たれ、歴代スタッフが集ったほか、リスナーからの巨大な寄せ書きもスタジオ内に掲げられた。ファンにとっては待望の復活となるが、気になるのは放送時間帯だろう。 「『吠え魂』はレギュラー放送時は、金曜深夜1~3時に放送されていましたが、今回は日曜の深夜1~3時でした。この時間帯は、本来ならば放送休止枠です。ネット上には、普段『JUNK』をネットしている地方局のリスナーが番組が聴けず、嘆く声も見られました。ノンスポンサーの時間帯ですので、予算もありません。2人のギャラもゼロ、もしくは、かなり低く抑えられたのではないでしょうか」(放送作家)  コンビ活動再開とはいえ、山本は古巣の『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)をはじめ、地上波へのレギュラー復帰はかなっていない。依然として、スポンサーの風当たりはきついのだろうか? 「実は『吠え魂』は、07年から3年間、加藤さん単独の番組として復活しています。それでも今回の復活ラジオは、ソロ活動の回数はカウントに入っていません。2人のラジオの最終回をやることで、ケジメをつけたかったのでしょう。そのため、“今回の企画が好評だったから、即レギュラー枠で復活”というわけにはいかないでしょうし、一夜限りだからこそ意味のある企画だったといえます」(同)  極楽とんぼは3月4日から5日にかけて、インターネット番組『極楽とんぼ「KAKERU TV」~24時間AbemaTV生JACK~』(AbemaTV)において24時間生放送に挑む。これまでも、極楽とんぼは毒気たっぷりのDVD作品をリリースするなど“地上波で放送できない”味わいを持つコンビだったが、メディアが多様化した今だからこそ、彼らの魅力が生きる場所もありそうだ。 (文=平田宏利)

極楽とんぼのラジオ『吠え魂』寂しすぎる“最終回”生きる場所は、やっぱり「ネットのみ?」

極楽とんぼのラジオ『吠え魂』寂しすぎる最終回生きる場所は、やっぱり「ネットのみ?」の画像1
 昨年、コンビ活動を再開した極楽とんぼの名物深夜ラジオ『吠え魂』(TBSラジオ)が19日深夜、一夜限りの復活を果たした。  2000年10月にスタートした『吠え魂』だが、06年7月に山本圭壱が起こした不祥事により打ち切りとなった。今回の放送は、加藤浩次一人の出演となった302回に続く、303回目の“2人そろった最終回”と銘打たれ、歴代スタッフが集ったほか、リスナーからの巨大な寄せ書きもスタジオ内に掲げられた。ファンにとっては待望の復活となるが、気になるのは放送時間帯だろう。 「『吠え魂』はレギュラー放送時は、金曜深夜1~3時に放送されていましたが、今回は日曜の深夜1~3時でした。この時間帯は、本来ならば放送休止枠です。ネット上には、普段『JUNK』をネットしている地方局のリスナーが番組が聴けず、嘆く声も見られました。ノンスポンサーの時間帯ですので、予算もありません。2人のギャラもゼロ、もしくは、かなり低く抑えられたのではないでしょうか」(放送作家)  コンビ活動再開とはいえ、山本は古巣の『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)をはじめ、地上波へのレギュラー復帰はかなっていない。依然として、スポンサーの風当たりはきついのだろうか? 「実は『吠え魂』は、07年から3年間、加藤さん単独の番組として復活しています。それでも今回の復活ラジオは、ソロ活動の回数はカウントに入っていません。2人のラジオの最終回をやることで、ケジメをつけたかったのでしょう。そのため、“今回の企画が好評だったから、即レギュラー枠で復活”というわけにはいかないでしょうし、一夜限りだからこそ意味のある企画だったといえます」(同)  極楽とんぼは3月4日から5日にかけて、インターネット番組『極楽とんぼ「KAKERU TV」~24時間AbemaTV生JACK~』(AbemaTV)において24時間生放送に挑む。これまでも、極楽とんぼは毒気たっぷりのDVD作品をリリースするなど“地上波で放送できない”味わいを持つコンビだったが、メディアが多様化した今だからこそ、彼らの魅力が生きる場所もありそうだ。 (文=平田宏利)

清水富美加の出家に寛容発言、米メディアも注目した渡辺直美の生きざま

清水富美加の出家に寛容発言、米メディアも注目した渡辺直美の生きざまの画像1
 このところ、お笑い芸人・渡辺直美が株を上げている。  渡辺は宗教団体「幸福の科学」への出家を表明している女優の清水富美加が出演していた音楽番組『シブヤノオト』(NHK総合)の2月12日放送で、急きょ代役を務めたが、清水の出家について「いろんな思想がありますが、本人が元気であればそれでいいかなと思う。本人が笑顔になってくれれば」と語り、“気遣いができる女”と称賛の声が上がった。  そんな渡辺にスポットライトを当てたのが、米ワシントン・ポスト紙だった。今月9日付の紙面では、1ページ丸々割いて、渡辺のインタビュー記事が掲載されたのだ。 「痩せた体形がもてはやされる日本で、ぽっちゃり体形のまま成功した渡辺の生きざまを紹介する内容でした。渡辺は『太っている日本の女性の考え方を変え、彼女たちが前向きに生きるための手助けをしたい』と、自分の思いを明かしています。そんな渡辺を同紙は『痩せていなくても、自信を持って幸せになれることを証明した』と、手放しで褒めたたえていました。それにしても、日米首脳会談のために訪米していた安倍晋三首相に関する記述より、渡辺の扱いのほうが大きかったのは驚きでした(笑)」(芸能ライター)  身長157センチの渡辺だが、2008年にブレークした当時の体重は71キロ。そこから順調に(?)体重が増加し、昨年9月にはついに大台の100キロを突破したことを自身のインスタグラムで報告している。 「ありのままの自分を前向きに捉える」という思いがあるからこそ、清水の出家にも理解を示していたのかもしれない。

清水富美加の出家に寛容発言、米メディアも注目した渡辺直美の生きざま

清水富美加の出家に寛容発言、米メディアも注目した渡辺直美の生きざまの画像1
 このところ、お笑い芸人・渡辺直美が株を上げている。  渡辺は宗教団体「幸福の科学」への出家を表明している女優の清水富美加が出演していた音楽番組『シブヤノオト』(NHK総合)の2月12日放送で、急きょ代役を務めたが、清水の出家について「いろんな思想がありますが、本人が元気であればそれでいいかなと思う。本人が笑顔になってくれれば」と語り、“気遣いができる女”と称賛の声が上がった。  そんな渡辺にスポットライトを当てたのが、米ワシントン・ポスト紙だった。今月9日付の紙面では、1ページ丸々割いて、渡辺のインタビュー記事が掲載されたのだ。 「痩せた体形がもてはやされる日本で、ぽっちゃり体形のまま成功した渡辺の生きざまを紹介する内容でした。渡辺は『太っている日本の女性の考え方を変え、彼女たちが前向きに生きるための手助けをしたい』と、自分の思いを明かしています。そんな渡辺を同紙は『痩せていなくても、自信を持って幸せになれることを証明した』と、手放しで褒めたたえていました。それにしても、日米首脳会談のために訪米していた安倍晋三首相に関する記述より、渡辺の扱いのほうが大きかったのは驚きでした(笑)」(芸能ライター)  身長157センチの渡辺だが、2008年にブレークした当時の体重は71キロ。そこから順調に(?)体重が増加し、昨年9月にはついに大台の100キロを突破したことを自身のインスタグラムで報告している。 「ありのままの自分を前向きに捉える」という思いがあるからこそ、清水の出家にも理解を示していたのかもしれない。

供述変化の報復か!? NON STYLE井上裕介の復帰が、なかなか決まらないワケとは

供述変化の報復か!? NON STYLE井上裕介の復帰が、なかなか決まらないワケとはの画像1
 お笑いコンビ・NON STYLEの井上裕介が、悶々とした日々を過ごしている。  井上は昨年12月11日深夜、東京都世田谷区の都道で、タクシー相手に“当て逃げ事故”を起こした。井上は警察の取り調べに「事故を起こしたことを世間に知られたら大変なことになると思った」と供述。だが、その後、所属する吉本興業の“猛抗議”によって「事故当時は(当たったとは)気づかなかった」と、故意でないことを強調する内容に切り替わった。 「それでも井上は謹慎処分となり、迷惑をかけた関係各所に泣きながら詫びたそうです」(テレビ関係者)  先月下旬、警視庁世田谷署は道路交通法違反(救護義務違反)と自動車運転処罰法違反(過失傷害)の疑いで、井上を書類送検する方針を固めた。被害者男性とも示談が成立しており、復帰は秒読みと思われたが……。 「それが、なかなか書類送検されないそうです。当初、吉本は2月頭の復帰を想定していましたが、処分が決定しないため、保留になっている。井上はヤキモキした日々を過ごしているそうです」(事情通)  警察がわざとジラしているのかは定かではないが、社会部記者からは「警察の調書にもなった『世間に知られたら~』の供述を、事務所が変えたことが影響しているのかも。ベテラン署員は『当てて気がづかないってことはないんだ!』と憤っていましたから」という声も上がっている。  復帰の際には、記者会見を開くという井上。そのあたりを突っ込まれたとき、どう返答するか見ものだ。

供述変化の報復か!? NON STYLE井上裕介の復帰が、なかなか決まらないワケとは

供述変化の報復か!? NON STYLE井上裕介の復帰が、なかなか決まらないワケとはの画像1
 お笑いコンビ・NON STYLEの井上裕介が、悶々とした日々を過ごしている。  井上は昨年12月11日深夜、東京都世田谷区の都道で、タクシー相手に“当て逃げ事故”を起こした。井上は警察の取り調べに「事故を起こしたことを世間に知られたら大変なことになると思った」と供述。だが、その後、所属する吉本興業の“猛抗議”によって「事故当時は(当たったとは)気づかなかった」と、故意でないことを強調する内容に切り替わった。 「それでも井上は謹慎処分となり、迷惑をかけた関係各所に泣きながら詫びたそうです」(テレビ関係者)  先月下旬、警視庁世田谷署は道路交通法違反(救護義務違反)と自動車運転処罰法違反(過失傷害)の疑いで、井上を書類送検する方針を固めた。被害者男性とも示談が成立しており、復帰は秒読みと思われたが……。 「それが、なかなか書類送検されないそうです。当初、吉本は2月頭の復帰を想定していましたが、処分が決定しないため、保留になっている。井上はヤキモキした日々を過ごしているそうです」(事情通)  警察がわざとジラしているのかは定かではないが、社会部記者からは「警察の調書にもなった『世間に知られたら~』の供述を、事務所が変えたことが影響しているのかも。ベテラン署員は『当てて気がづかないってことはないんだ!』と憤っていましたから」という声も上がっている。  復帰の際には、記者会見を開くという井上。そのあたりを突っ込まれたとき、どう返答するか見ものだ。

茨城の新星! 「M-1」決勝進出コンビ・カミナリが見せる“信頼”と“絆”のどつき漫才

kaminari
撮影=後藤秀二
 鹿島アントラーズが奇跡の下克上を果たし、大相撲では稀勢の里が初優勝、そして綱取り。次のNHK朝ドラは『ひよっこ』……キテる、いま確実に茨城がキテます!! このコンビは茨城勢の波に乗ることができるか? 2016年「M-1」決勝進出、心地よい茨城訛り、そして懐かしくてどこか新しいどつき漫才で鮮烈な印象を残した、カミナリである。ツッコミのたくみは言う。「僕たちの漫才、4分間に6発しかボケがない、まるでリボルバーのような漫才」。お笑い界に風穴、あけちゃう? *** ――カミナリさんは養成所には行かずに、グレープカンパニーに入ったんですよね。何か理由があったんですか? たくみ いくつか履歴書を送った事務所の中で、連絡くれたのがグレープカンパニーでした。いま思えば、事務所の人、見る目ありますね(笑)。 まなぶ 養成所に行かなかったのは……そうですね、とがりじゃないですけど、教えてもらうもんじゃねぇな、みたいに思ってました。でも結局、同じ事務所のNSC出た先輩に、養成所で習うこと全部教えてもらいました。 たくみ 無料でNSCのノウハウを得たという(笑)。 ――永野イズム感じますね~。お笑いの世界には、どちらから誘ったんですか? たくみ 僕です。 まなぶ 最初、中2のときにたくみくんが声をかけてくれて、でもそのときは僕「やらない」って断ったんですよ。で、高2のときにもう一回「やろう」って誘ってくれたから、「僕も、やりたいって思ってたよ」と。中2のときは、ちょうどホリエモンがはやっていたので、成り金になりたかったんですよね。 たくみ 六本木に住んで、社長になりたかったんだよね。 まなぶ テレビでよくやってたので。でも、高2のときは、ホリエモンブームも去った後だったので。 たくみ ホリエモンの代わりに、お笑い芸人がよくテレビに出るようになったんだよね。まなぶくん、テレビっ子だったので。 まなぶ そんなことないよ~。 ――一回断られたのにもう一度声をかけるというのは、やはり相方はまなぶさんしかいないと。 たくみ そうですね。一番すごい人だと思ったので。 まなぶ 一番面白かったみたいです。僕が。 たくみ 村一番の笑わせ者ですね。高校のときもそういうやつはいたんですけど、やっぱりバイブスっていうか、笑いのツボが一緒の人は、まなぶくんくらいしかいなかったので。 ――バイブス……また永野イズムが。 まなぶ たくみくんはしゃべりで笑い取るタイプで、僕は顔芸でした、ずっと。急に鼻水出したりとか、顔を振動させたりとか。 ――顔を振動……? たくみ フルフル~ってやるだけなんですけど。誰でもできます(笑)。 まなぶ ただ、それをやる勇気があったのは、僕だけです。 たくみ いきなりやるから面白いんですよ。変なタイミングでやるから「なんで今それやるの?」って。 ――ややもすると、周囲から心配されてしまう子かもしれませんね……。 たくみ 本気で心配されてた時期もありました。僕らは、わざとだってわかってたんだけど。 まなぶ それを心配されないようにコントロールするのが相方で。
kaminari01
竹内まなぶ

茨城には、漫才の文化がない!?

――幼なじみコンビだからこそ、気をつけていることはありますか? まなぶ あの、家族みたいなケンカをしちゃうときがありますね。爪切っててティッシュ敷いてねぇとか。 ――注意するのは、どちらなんですか? たくみ まなぶくんが僕に怒るほうが多い。 まなぶ ティッシュ敷かなかったのはたくみくんがキレてきたんですけど、僕はコンプライアンス担当なんで、カミナリの。言葉遣いとかは、注意します。 ――たとえば……? たくみ テレビで絶対言っちゃいけない言葉ってあるじゃないですか。それが時々わかんなくなっちゃって、大きい声でワーッて言っちゃうんですよ。そうすると、まなぶくんが「それはダメだよ」と。 まなぶ あと、たくみくんは盛り上がっちゃうと、先輩の楽屋に挨拶に行って、先輩はそろそろ帰ってくれの空気出してるのに、1エピソード話しちゃったりするんです。そんなときは、後から「一言でいいんだよ」と。 ――まるで親(笑)。ああいうツッコミスタイルだと、周囲に「気性の激しい人」みたいなイメージを持たれたりしますか? たくみ どうなんだろう? まなぶ でも、みんな楽屋とかでしゃべって、5分くらいで「あぁ、いい子だね~」って言ってくれます。 たくみ いい子だね~(笑)。 ――そもそも、あの激しいツッコミは、どういうきっかけで誕生したのですか? たくみ まだコントをやっていた頃、地元茨城で単独ライブをやったんです。それが思った以上にウケなくて。地元だし、ホームだし、これくらいはイケんだろうっていう予想をはるかに下回っていたんで、悔しくてアドリブで叩いたんですよ、まなぶくんを。そしたら、すごいウケた。それから、叩く要素を入れるようになりました。 まなぶ 小さい子から80オーバーまで、幅広い客層がいたところでウケたから。 たくみ おばあちゃんたちも「あ~いや~」って(笑)。ただコント中心だったんで、限界を迎えまして。 ――確かに、コントだと難しいかも。 たくみ ちょうど「M-1」グランプリがあったんで、記念受験みたいな感じで漫才作ったら、意外としっくりきたというか。いつも賞レースでは1回戦落ちだったのが、「M-1」ではウソでも2回戦まで行けたので。それで1年間漫才をやり、去年決勝に行けた……という流れです。 ――すごい、シンデレラストーリー! たくみ 勝手に苦手意識を持ってたんですよね。ずっとまなぶくんが言ってたのは「茨城には漫才って文化ねぇから、コントのほうがいい」って。まぁコントの文化もないんですけど(笑)。 まなぶ 漫才は、すごいもんだと思ってたんですよ。 たくみ 自由が利くのはコントだろうと思ってたけど、意外とコントのほうが縛りあって。コンビニの設定でやったら、店員さんがお客さんであるまなぶくんの頭叩くとか、訳わかんなくなっちゃう。漫才だったら、個人が個人叩くだけなんで。 まなぶ どつきで考えると、ルーツがあるんですよ。中1のときにたくみくん、「まなぶをどうしたら面白くなるか」悩みすぎて、俺の頭にいきなり机投げてきたことがあって。 ――え……わからない……(笑)。 まなぶ それが、たくみからの初めてのどつきでしたね。 たくみ そうですね。まなぶくんも「痛ぇ」より先に、びっくりしてました。
kaminari02
石田たくみ

「M-1」に出て、あらためてサンドウィッチマンのすごさがわかった

――今のお話を聞く限り、学校側に心配されるのは、まなぶさんじゃなくて、たくみさんですね(笑)。でも、当時から「まなぶさんを面白くする方法」を、机ぶん投げるほど真剣に考えていたと。 たくみ まなぶくんが僕を注意すると、周りが笑うんですよ。だから、わざと怒られるようなことをします。まなぶくんが怒るように。ネタだけじゃなくて、普段の生活でも。そうすると、空気が柔らかくなるんですよ。だから、思ってもないようなことを言ったりする。 まなぶ 営業でも、叩くところより「ダメだよ」のところのほうがウケたりしますね。 ――今「M-1」パワーを感じてます? たくみ そうですね。「M-1」ってすごいなって、実感します。 まなぶ 僕らがすごいわけじゃない。「M-1」がすごいんです。 ――(笑)。生活は変わりましたか? たくみ 今はアルバイトをお休みしています。バイトに行く必要がなくなったわけではなく、厳密にいうと、バイトに行く時間がなくなった。籍は置いてあるんですけど。 ――おお! まなぶさんはいかがですか? まなぶ 酔っ払いの人に「カミナリだ!!」って、声をかけられることが多くなりましたね。僕、姉と仲いいんですけど、姉と新宿の歌舞伎町歩いてたら「あ、カミナリだ!」って。「あぁ、女と歩いてるって思われたかね~」って話してて、その翌日は妹と遊んでたんですよ、新宿西口で。そしたらまた「カミナリだ!!」って言われて。俺、女取っ換え引っ換えしてると思われたら嫌だな~。 ――えっと、まず、そんな頻繁に、お姉さんや妹さんと遊ぶんですね。 たくみ そもそも(笑)。 まなぶ 仲いいんですよ。姉、僕、妹で。 たくみ 時々、女の子っぽいところが出るんですよ。内股だし。 まなぶ 味の好みも合うし、意見も合うし。一緒にレストラン行っても「○○のクリームチーズ」みたいなメニューは絶対頼むし。 ――やっぱり、女子はチーズ好きですよね~。しかし、28歳で「M-1」決勝は、早いほうではないでしょうか? たくみ いま永野さんまで「若手」ってなってるから(笑)。ただ、ダウンタウンさんとかウッチャンナンチャンさんとか……誰と比べてんだって話ですけど、皆さんは22、23歳で、もうテレビ出てるんですよ。だから周りの人に「早いね」って言われても、自分たち的には遅いと思ってます。あと、「M-1」に出て、あらためて(事務所の先輩の)サンドウィッチマンさんのすごさがわかった。 まなぶ 優勝って、すごい。 たくみ 富澤さんには「いくらオマエらが優勝したとしても、サンドウィッチマンが敗者復活から優勝したあの感動は超えられないから、安心して行ってこい」と言われました。 ――優しい……。 まなぶ 2016年の年が明けたときは「今年も永野さんたちと酒飲めて、1年間楽しく過ごせたらいいな」くらいしか思ってなかったんですよ。それが、夏くらいに爆笑問題の太田さんが俺たちのこと知ってるって聞いたり……すべてが急で。 たくみ 爆笑問題さんのラジオでネタやらせてもらったんですけど、あの時点で(顔が見えない)ラジオでも結構面白いかも……っていうのがわかったから、逆に叩く必要ないんじゃね? って(笑)。(太田さんに)「話が面白い」って言ってもらえたのが、うれしかったですね。
kaminari03

ネタ作りへのこだわり

――カミナリさんの漫才は訛りとどつきがフューチャーされがちですが、実はネタが本当によくできてるなぁと。 たくみ 僕が大まかなテーマを出して、まなぶくんと相談して2人で作ってます。 まなぶ 僕が「これはいい」「これはやりたくない」って言いながら、完成させていく感じです。「これは言いたくない」とか「育ちじゃない」とか。 ――育ちじゃない(笑)。 まなぶ 「そういう人間じゃない」っていうのは、言いますね。 たくみ 人の悪口言うようなやつは嫌がりますね。 まなぶ 振りでも嫌ですね。あと、ちょっと胸ぐらつかむとかもダメ。いくらそれがウケようが、ダメ! たくみ 「じゃあ、ほかなんかあんのか!?」って言っても思いつかなくて、ケンカになる(笑)。 まなぶ たくみくん、去年頭のキレがすごかったんですよ。 たくみ 漫才にしてから、考えやすくなった。まなぶくんが間違いやすいようなことをテーマにね。 ――まなぶ研究家としては、相当なキャリアをお持ちですから。 たくみ そうですね。いま言ったようなところを見極めないと、本当に全部NG出してくる(笑)。 ――以前、日刊サイゾーでは永野さんもインタビューさせてもらったんですよ(参照記事)。ブレーク直後くらいに。 まなぶ 僕ら永野さん大好きで、年末年始地元に帰ると、友達と集まるじゃないですか。それで「なんか面白いことやろう」ってなると、すぐ永野さんのネタをパクってた。 たくみ まだその頃、永野さんテレビ出てなかったから。その後、ブレークして、すぐバレたけど(笑)。でも本当、道作ってくれたというか、すごい、気持ちの面の話をしてくださる方なんですね、理屈じゃなくて。「笑顔で頑張れ」とか「大きい声出せ」とか。永野さんご自身がブレークして、それが正しいということを証明してくれた。 まなぶ 自分たちが面白いと思っている人がブレークすると「僕らの面白いって思うものは間違ってない」って思えます。 たくみ サンドさんもそうですけど、永野さんも、売れてるのにずっと真面目にネタ作ってるんですよ。「ブレたくないから」って。「ネタ作らなくなると、感覚がわからなくなる。つまらなくなる」って。ホント、すごいなって思います。 ――2016年は「M-1」で顔と名前を売って、さて、2017年はどんな目標を? たくみ トーク番組に出たいです。もともと漫才師というよりは、タレントを目指していましたので。もっと内面とか仲の良さとかを知ってもらいたいです。 まなぶ あと、2人で車イジったりしたいよね。 たくみ ……それはもっと先でしょ? ――所さん的な(笑)。 たくみ でも、正直、世田谷ベースとか憧れますよ……。俺がホースで水まいてて、後輩がやってきたら「おお!」って水かけるとか。 まなぶ 俺は車の下にもぐってて、出てくるたびに様子が違ってる。「車の下七変化」。 ――それ、絶対所さんやらないですよね……。 (取材・文=西澤千央) ●まなぶTwitter ●たくみTwitter

茨城の新星! 「M-1」決勝進出コンビ・カミナリが見せる“信頼”と“絆”のどつき漫才

kaminari
撮影=後藤秀二
 鹿島アントラーズが奇跡の下克上を果たし、大相撲では稀勢の里が初優勝、そして綱取り。次のNHK朝ドラは『ひよっこ』……キテる、いま確実に茨城がキテます!! このコンビは茨城勢の波に乗ることができるか? 2016年「M-1」決勝進出、心地よい茨城訛り、そして懐かしくてどこか新しいどつき漫才で鮮烈な印象を残した、カミナリである。ツッコミのたくみは言う。「僕たちの漫才、4分間に6発しかボケがない、まるでリボルバーのような漫才」。お笑い界に風穴、あけちゃう? *** ――カミナリさんは養成所には行かずに、グレープカンパニーに入ったんですよね。何か理由があったんですか? たくみ いくつか履歴書を送った事務所の中で、連絡くれたのがグレープカンパニーでした。いま思えば、事務所の人、見る目ありますね(笑)。 まなぶ 養成所に行かなかったのは……そうですね、とがりじゃないですけど、教えてもらうもんじゃねぇな、みたいに思ってました。でも結局、同じ事務所のNSC出た先輩に、養成所で習うこと全部教えてもらいました。 たくみ 無料でNSCのノウハウを得たという(笑)。 ――永野イズム感じますね~。お笑いの世界には、どちらから誘ったんですか? たくみ 僕です。 まなぶ 最初、中2のときにたくみくんが声をかけてくれて、でもそのときは僕「やらない」って断ったんですよ。で、高2のときにもう一回「やろう」って誘ってくれたから、「僕も、やりたいって思ってたよ」と。中2のときは、ちょうどホリエモンがはやっていたので、成り金になりたかったんですよね。 たくみ 六本木に住んで、社長になりたかったんだよね。 まなぶ テレビでよくやってたので。でも、高2のときは、ホリエモンブームも去った後だったので。 たくみ ホリエモンの代わりに、お笑い芸人がよくテレビに出るようになったんだよね。まなぶくん、テレビっ子だったので。 まなぶ そんなことないよ~。 ――一回断られたのにもう一度声をかけるというのは、やはり相方はまなぶさんしかいないと。 たくみ そうですね。一番すごい人だと思ったので。 まなぶ 一番面白かったみたいです。僕が。 たくみ 村一番の笑わせ者ですね。高校のときもそういうやつはいたんですけど、やっぱりバイブスっていうか、笑いのツボが一緒の人は、まなぶくんくらいしかいなかったので。 ――バイブス……また永野イズムが。 まなぶ たくみくんはしゃべりで笑い取るタイプで、僕は顔芸でした、ずっと。急に鼻水出したりとか、顔を振動させたりとか。 ――顔を振動……? たくみ フルフル~ってやるだけなんですけど。誰でもできます(笑)。 まなぶ ただ、それをやる勇気があったのは、僕だけです。 たくみ いきなりやるから面白いんですよ。変なタイミングでやるから「なんで今それやるの?」って。 ――ややもすると、周囲から心配されてしまう子かもしれませんね……。 たくみ 本気で心配されてた時期もありました。僕らは、わざとだってわかってたんだけど。 まなぶ それを心配されないようにコントロールするのが相方で。
kaminari01
竹内まなぶ

茨城には、漫才の文化がない!?

――幼なじみコンビだからこそ、気をつけていることはありますか? まなぶ あの、家族みたいなケンカをしちゃうときがありますね。爪切っててティッシュ敷いてねぇとか。 ――注意するのは、どちらなんですか? たくみ まなぶくんが僕に怒るほうが多い。 まなぶ ティッシュ敷かなかったのはたくみくんがキレてきたんですけど、僕はコンプライアンス担当なんで、カミナリの。言葉遣いとかは、注意します。 ――たとえば……? たくみ テレビで絶対言っちゃいけない言葉ってあるじゃないですか。それが時々わかんなくなっちゃって、大きい声でワーッて言っちゃうんですよ。そうすると、まなぶくんが「それはダメだよ」と。 まなぶ あと、たくみくんは盛り上がっちゃうと、先輩の楽屋に挨拶に行って、先輩はそろそろ帰ってくれの空気出してるのに、1エピソード話しちゃったりするんです。そんなときは、後から「一言でいいんだよ」と。 ――まるで親(笑)。ああいうツッコミスタイルだと、周囲に「気性の激しい人」みたいなイメージを持たれたりしますか? たくみ どうなんだろう? まなぶ でも、みんな楽屋とかでしゃべって、5分くらいで「あぁ、いい子だね~」って言ってくれます。 たくみ いい子だね~(笑)。 ――そもそも、あの激しいツッコミは、どういうきっかけで誕生したのですか? たくみ まだコントをやっていた頃、地元茨城で単独ライブをやったんです。それが思った以上にウケなくて。地元だし、ホームだし、これくらいはイケんだろうっていう予想をはるかに下回っていたんで、悔しくてアドリブで叩いたんですよ、まなぶくんを。そしたら、すごいウケた。それから、叩く要素を入れるようになりました。 まなぶ 小さい子から80オーバーまで、幅広い客層がいたところでウケたから。 たくみ おばあちゃんたちも「あ~いや~」って(笑)。ただコント中心だったんで、限界を迎えまして。 ――確かに、コントだと難しいかも。 たくみ ちょうど「M-1」グランプリがあったんで、記念受験みたいな感じで漫才作ったら、意外としっくりきたというか。いつも賞レースでは1回戦落ちだったのが、「M-1」ではウソでも2回戦まで行けたので。それで1年間漫才をやり、去年決勝に行けた……という流れです。 ――すごい、シンデレラストーリー! たくみ 勝手に苦手意識を持ってたんですよね。ずっとまなぶくんが言ってたのは「茨城には漫才って文化ねぇから、コントのほうがいい」って。まぁコントの文化もないんですけど(笑)。 まなぶ 漫才は、すごいもんだと思ってたんですよ。 たくみ 自由が利くのはコントだろうと思ってたけど、意外とコントのほうが縛りあって。コンビニの設定でやったら、店員さんがお客さんであるまなぶくんの頭叩くとか、訳わかんなくなっちゃう。漫才だったら、個人が個人叩くだけなんで。 まなぶ どつきで考えると、ルーツがあるんですよ。中1のときにたくみくん、「まなぶをどうしたら面白くなるか」悩みすぎて、俺の頭にいきなり机投げてきたことがあって。 ――え……わからない……(笑)。 まなぶ それが、たくみからの初めてのどつきでしたね。 たくみ そうですね。まなぶくんも「痛ぇ」より先に、びっくりしてました。
kaminari02
石田たくみ

「M-1」に出て、あらためてサンドウィッチマンのすごさがわかった

――今のお話を聞く限り、学校側に心配されるのは、まなぶさんじゃなくて、たくみさんですね(笑)。でも、当時から「まなぶさんを面白くする方法」を、机ぶん投げるほど真剣に考えていたと。 たくみ まなぶくんが僕を注意すると、周りが笑うんですよ。だから、わざと怒られるようなことをします。まなぶくんが怒るように。ネタだけじゃなくて、普段の生活でも。そうすると、空気が柔らかくなるんですよ。だから、思ってもないようなことを言ったりする。 まなぶ 営業でも、叩くところより「ダメだよ」のところのほうがウケたりしますね。 ――今「M-1」パワーを感じてます? たくみ そうですね。「M-1」ってすごいなって、実感します。 まなぶ 僕らがすごいわけじゃない。「M-1」がすごいんです。 ――(笑)。生活は変わりましたか? たくみ 今はアルバイトをお休みしています。バイトに行く必要がなくなったわけではなく、厳密にいうと、バイトに行く時間がなくなった。籍は置いてあるんですけど。 ――おお! まなぶさんはいかがですか? まなぶ 酔っ払いの人に「カミナリだ!!」って、声をかけられることが多くなりましたね。僕、姉と仲いいんですけど、姉と新宿の歌舞伎町歩いてたら「あ、カミナリだ!」って。「あぁ、女と歩いてるって思われたかね~」って話してて、その翌日は妹と遊んでたんですよ、新宿西口で。そしたらまた「カミナリだ!!」って言われて。俺、女取っ換え引っ換えしてると思われたら嫌だな~。 ――えっと、まず、そんな頻繁に、お姉さんや妹さんと遊ぶんですね。 たくみ そもそも(笑)。 まなぶ 仲いいんですよ。姉、僕、妹で。 たくみ 時々、女の子っぽいところが出るんですよ。内股だし。 まなぶ 味の好みも合うし、意見も合うし。一緒にレストラン行っても「○○のクリームチーズ」みたいなメニューは絶対頼むし。 ――やっぱり、女子はチーズ好きですよね~。しかし、28歳で「M-1」決勝は、早いほうではないでしょうか? たくみ いま永野さんまで「若手」ってなってるから(笑)。ただ、ダウンタウンさんとかウッチャンナンチャンさんとか……誰と比べてんだって話ですけど、皆さんは22、23歳で、もうテレビ出てるんですよ。だから周りの人に「早いね」って言われても、自分たち的には遅いと思ってます。あと、「M-1」に出て、あらためて(事務所の先輩の)サンドウィッチマンさんのすごさがわかった。 まなぶ 優勝って、すごい。 たくみ 富澤さんには「いくらオマエらが優勝したとしても、サンドウィッチマンが敗者復活から優勝したあの感動は超えられないから、安心して行ってこい」と言われました。 ――優しい……。 まなぶ 2016年の年が明けたときは「今年も永野さんたちと酒飲めて、1年間楽しく過ごせたらいいな」くらいしか思ってなかったんですよ。それが、夏くらいに爆笑問題の太田さんが俺たちのこと知ってるって聞いたり……すべてが急で。 たくみ 爆笑問題さんのラジオでネタやらせてもらったんですけど、あの時点で(顔が見えない)ラジオでも結構面白いかも……っていうのがわかったから、逆に叩く必要ないんじゃね? って(笑)。(太田さんに)「話が面白い」って言ってもらえたのが、うれしかったですね。
kaminari03

ネタ作りへのこだわり

――カミナリさんの漫才は訛りとどつきがフューチャーされがちですが、実はネタが本当によくできてるなぁと。 たくみ 僕が大まかなテーマを出して、まなぶくんと相談して2人で作ってます。 まなぶ 僕が「これはいい」「これはやりたくない」って言いながら、完成させていく感じです。「これは言いたくない」とか「育ちじゃない」とか。 ――育ちじゃない(笑)。 まなぶ 「そういう人間じゃない」っていうのは、言いますね。 たくみ 人の悪口言うようなやつは嫌がりますね。 まなぶ 振りでも嫌ですね。あと、ちょっと胸ぐらつかむとかもダメ。いくらそれがウケようが、ダメ! たくみ 「じゃあ、ほかなんかあんのか!?」って言っても思いつかなくて、ケンカになる(笑)。 まなぶ たくみくん、去年頭のキレがすごかったんですよ。 たくみ 漫才にしてから、考えやすくなった。まなぶくんが間違いやすいようなことをテーマにね。 ――まなぶ研究家としては、相当なキャリアをお持ちですから。 たくみ そうですね。いま言ったようなところを見極めないと、本当に全部NG出してくる(笑)。 ――以前、日刊サイゾーでは永野さんもインタビューさせてもらったんですよ(参照記事)。ブレーク直後くらいに。 まなぶ 僕ら永野さん大好きで、年末年始地元に帰ると、友達と集まるじゃないですか。それで「なんか面白いことやろう」ってなると、すぐ永野さんのネタをパクってた。 たくみ まだその頃、永野さんテレビ出てなかったから。その後、ブレークして、すぐバレたけど(笑)。でも本当、道作ってくれたというか、すごい、気持ちの面の話をしてくださる方なんですね、理屈じゃなくて。「笑顔で頑張れ」とか「大きい声出せ」とか。永野さんご自身がブレークして、それが正しいということを証明してくれた。 まなぶ 自分たちが面白いと思っている人がブレークすると「僕らの面白いって思うものは間違ってない」って思えます。 たくみ サンドさんもそうですけど、永野さんも、売れてるのにずっと真面目にネタ作ってるんですよ。「ブレたくないから」って。「ネタ作らなくなると、感覚がわからなくなる。つまらなくなる」って。ホント、すごいなって思います。 ――2016年は「M-1」で顔と名前を売って、さて、2017年はどんな目標を? たくみ トーク番組に出たいです。もともと漫才師というよりは、タレントを目指していましたので。もっと内面とか仲の良さとかを知ってもらいたいです。 まなぶ あと、2人で車イジったりしたいよね。 たくみ ……それはもっと先でしょ? ――所さん的な(笑)。 たくみ でも、正直、世田谷ベースとか憧れますよ……。俺がホースで水まいてて、後輩がやってきたら「おお!」って水かけるとか。 まなぶ 俺は車の下にもぐってて、出てくるたびに様子が違ってる。「車の下七変化」。 ――それ、絶対所さんやらないですよね……。 (取材・文=西澤千央) ●まなぶTwitter ●たくみTwitter

極楽とんぼ・山本圭壱に芸能界から“共演NG”連発中!「軍団山本の芸人も、こっそり……」

極楽とんぼ・山本圭壱に芸能界から共演NG連発中!「軍団山本の芸人も、こっそり……」の画像1
 淫行事件から復帰した極楽とんぼの山本圭壱に「共演NG」を突きつけ、背を向けるタレントが少なくないという。 「過去に山本さんと一緒に遊んでいた芸人仲間で『山本さんの復帰を待ってます』みたいな態度を取っている人でも、事務所の方針を理由に、こっそり“共演NG”をほのめかす人がいるんです。こういう空気があると、山本さんを起用リストに入れることは難しい。特に共演が厳しいのは女性タレントで、主婦層に支持を得ているママタレを抱える事務所も『山本との共演は無理』と言っていました。これは女性タレントの間で『山本は運気を落とす』なんて都市伝説があるからかもしれません」(テレビディレクター)  実際、一部雑誌で、山本と距離を置いたタレントが運気をアップさせたという記事が複数出たことがある。相方の加藤浩次も、ピンになってから大出世。元カノの大沢あかねもそのひとりで、山本が2006年に淫行事件を起こしたときの恋人だったが、事件発覚後の対応がかなり早く、山本との絶縁を各テレビ局などに伝えていたため、テレビ仕事がまったく減らなかったといわれている。それどころか、「危機管理がすごい」という話になって、むしろ仕事が増えたという。  交際当時38歳の山本に対し、大沢は20歳で、ある芸人の証言によると「05年の夏ぐらいだったか、いわゆる『軍団山本』の飲み会があって、そのあとすぐに2人は付き合いだした」という。一部では「交際期間は2週間程度」という報道もあったが「それはあり得ない。06年の正月、2人はハワイに行ってますから(笑)」と芸人。  しかし、淫行事件が発覚するや、大沢は山本と絶縁。当時、テレビでも活躍していた祖父、元日本ハム監督の啓二氏(2010年に死去)の威光もあって、テレビやスポーツ紙が大沢を「山本の元カノ」と紹介しないよう圧力をかけたことも幸いしたという。  もともと大沢のブレークは、子役モデル時代から培った天性のトークスキルがあったことも大きかったが、その後、09年に芸人の劇団ひとりと結婚。昨年夏には第2子を出産し、公私共に順調だ。今後、山本との共演はまずないと見ていいだろう。  当の山本は昨年、『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)に、2週にわたって出演し地上波復帰を果たしたが、1週目こそ11.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)の視聴率だったものの、2週目は6.8%と急降下。反省の色があまり見えなかった山本に、視聴者の批判が殺到した。  それが収まった11月に吉本興業への復帰を果たしたが、そんな矢先に起きたのが芸人の狩野英孝による未成年淫行。これでまた、山本の過去が引き合いに出されてしまった。  また先日は、ラジオ番組でオリジナル曲「懺悔」をオンエアしたが、これまた不評で、「ざざざざ懺悔、僕のごめんなちゃーい」「あなたはいつまで怒っているの」などという歌詞について、ネット上では「一生、心の傷になるような被害者がいる事件を起こしておいてこれか」「こういう悪ふざけをすればウケると思ってるのが痛い」などとボロクソに批判されてしまった。  やることなすこと裏目に出ている山本だが、本人のやる気とは裏腹に、本格復帰への道はまだまだ厳しそうだ。 (文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)