「僕は狂ってない」 TBS『クレイジージャーニー』で話題の写真家・佐藤健寿が語る、10年間の奇妙な冒険

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 タイや台湾の奇っ怪な寺から、中国の洞窟村、ギリシャのオーパーツ、そしてカザフスタンの宇宙基地まで……世界中のあらゆる奇妙な場所やモノを巡ってきた写真家・佐藤健寿氏。「奇界遺産」というジャンルを確立した彼が12月に刊行した書籍が、奇界遺産をめぐる旅を文章で記録した『奇界紀行』(角川書店)だ。  アルゼンチンのUFO村を訪れ、インドでサイババを目撃し、漫画家・諸星大二郎とパプアニューギニアを訪れた日々などなど、世界22カ所の旅の記録を詰め込んだ本書には、佐藤氏の代表作『奇界遺産』(エクスナレッジ)とは打って変わって、文字で楽しむ奇妙な旅が展開されている。  いま話題の伝聞型紀行バラエティ『クレイジージャーニー』(TBS系)にもたびたび出演し、知名度も急上昇中の佐藤が、10年にわたる奇界な旅を振り返る!  ――本書では、『奇界遺産』などで発表された旅を、文章によって詳細に描いた一冊です。 佐藤健寿(以下、佐藤) 『奇界遺産』では、場所そのものにフォーカスしているので、旅の過程や旅の中で感じた思いを詳しく書いてなかったんです。ただ、旅の最中に日記をつけていたり、雑誌などで旅の記録を文章で残していたので、本書ではそのような原稿をまとめて大幅に加筆修正を施しました。 ――文字によって佐藤さんの旅が描かれると、『奇界遺産』とはまた別の旅を追経験できるようですね。 佐藤 ただ、基本的に、あまり文章を書くのが好きじゃないんです……。 ――そうなんですか!? 佐藤 写真に比べると、大変じゃないですか(笑)。それに、取材地優先でやってるので、よく紀行文に描かれるような食に対するこだわりとか、旅先でのトラブルには興味がなくて、旅の過程が淡白なんです。それを求めて旅してるわけではないですから。帯に「見るもの、出会う人、みな奇妙。」と書いてますが、紀行文としても奇妙なものになりましたね。 ――とことん奇妙なものにしか興味がないと(笑)。本書には台湾の奇妙なお寺から、チェルノブイリやブータンまで、さまざまな旅の記録がつづられています。あらためて、佐藤さんの興味の幅を感じさせますね。 佐藤 タイや台湾のお寺は奇妙ですが、チェルノブイリはジャーナリズムっぽいし、ブータンは普通の旅行記っぽい。いわゆる、バックパッカーの旅行本のようなものでもない。旅業界もいろいろな系統がありますが、どこに行ってもわりとアウトサイダーで、バックパッカー系のイベントに呼ばれても違和感があるし、オシャレな場所に呼ばれても異物感がある。そういうのが、この本にも出てるかもしれないですね。
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漫画家・諸星大二郎氏と訪れた、パプアニューギニア(本書より)
――本書に掲載されている中で、特に思い入れのある場所はどこでしょうか? 佐藤 10年前にインドに行った時の記録は、もともと誰に見せるためでもない日記として書いていたので、素直に旅の感想をつづっています。今回の本のために加筆はしましたが。あとは、タイで溺れかけた話ですね。人生で一番死にかけた状況だったんですが、必死だったのであまり覚えていない(笑)。後で思い出しつつ、苦労しながら文章にしました。 ――10年間の旅を振り返って、何かご自身の中で変化はありましたか? 佐藤 行きたい場所のハードルが上がってきた、というのはありますね。パッと思いついて簡単に行ける場所が少なくなってきた。行きたい場所はもちろんあるけど、時間も費用もかかって、何カ月も前から申請しなきゃいけない。どんどんハードルが上がってきていますね。もちろん、冒険家ではないので、身近な場所にある奇妙なものも、もっと探していきたいとは思いますが。 ――こんなにたくさんの奇界を見ていると、少し感覚がマヒしてしまう部分もありますか? 佐藤 それは当然あると思いますし、何かと比べちゃうってのはありますね。ある仏像を見たときに、“あの仏像のほうが大きかったな”とか。ただ、少数民族からロケットまで、僕が扱ってる範囲ってけっこう広いので、その都度、ジャンルを変えて、飽きないようにやってます。 ――思わず笑ってしまうような場所も多いので誤解してしまいがちですが、佐藤さんの文章からは、考えを巡らしながら真摯に旅をする様子が伝わってきます。 佐藤 『クレイジージャーニー』(TBS系)に出ているほかの旅人たちもそうですが、本当に狂ってる人って、多分、こういう旅はできないんです。現地に行くと、すぐに危ないことになってしまいますからね。だから、クレイジーなことをやってる人ほど、ある意味では緻密で慎重な人が多いと思います。ただ、行く場所がおかしいだけなんです(笑)。 ――スラムを旅する丸山ゴンザレスさんや、アラスカの写真家・松本紀生さんなど、本当にみなさん“クレイジージャニー”ですよね。 佐藤 謙遜するわけではないんですが、あの番組の中で、僕は一番普通の人間だと思います。行く場所は狂ってるかもしれませんが、至ってまともな人間なんです。10年も旅を続けているから、それなりにはおかしいかもしれませんが……。 ――だいぶおかしいと思います! 佐藤 旅人も、あのレベルまで行くと、もはや比べようがないんです。アラスカとスラム、どちらがすごいかなんて、わかりません。そもそも、僕もそうなんですが、あの番組に出ている人たちは、ほかの人が何をしているかにあまり興味がない。ただ、自分がやりたくてやっているだけなんです。緻密でわけわかんないことやっているっていうのが、唯一の共通点ですかね。
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西アフリカ・トーゴ「呪術師の市場」(本書より)
――テレビだからこそ、取材できた場所ってあるんですか? 佐藤 テレビだからこそというわけではないですが、逆にテレビでよくできたな、というのは廃墟ですね。廃墟って、個人で行く分には簡単というか、基本的にはみんな無許可で、勝手に侵入して撮っている場合が多いんですよ。テレビでなぜ今までやらなかったかといえば、許可取りがめちゃくちゃ難しいから。テレビだから不法侵入はできないし、そもそも誰が許可を持っているのかもわからない。けれど、僕が番組で行った4カ所の廃墟は、運よく許可が取れたんです。事前にロケハンして、タレントさんを連れて行って、「はい撮ります」というのとは違って、リアルな廃墟探検の様子を番組で公開できたのは、画期的なことなんじゃないかと思いますね。ありていなテレビ番組として見せるんじゃなくて、廃墟写真家とかそういう人たちが普段やってるやり方で、そのまま番組として放送できたのは、僕としても面白かったです。 ――書籍だけでなく、テレビ、ラジオなどさまざまな方面に活動の幅が広がり、「奇界遺産」というジャンルもすっかり確立されましたね。 佐藤 僕は別にマニアだけに向けているわけではなくて、むしろ変わったものを、全然興味がない人たちにこそ見てもらいたい。だからテレビに出てるというのもあります。最近も、歌舞伎町歩いてたらホストみたいな人に声かけられて「番組見て、本買いました。共産党ホール、やばいっすね」って言われて、つくづくやっててよかったなと思いましたね(笑)。 ――今後、どんなことにチャレンジしてみたいですか? 佐藤 幸い、テレビ番組でもラジオ番組(NHKラジオ第一『ラジオアドベンチャー奇界遺産』)でも割と自分がやりたいようにやらせてもらっています。ただ、昨年は意図していろいろなことに手を出した時期だったので、今年はもう一度初心に戻って本を作りたいですね。 ――待望の『奇界遺産3』ですか!? 楽しみにしています! (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●佐藤さん今後の予定 1/27(水)『クレイジージャーニー』DVD発売 1/29(金)「TRANSIT 佐藤健寿 特別編集号 美しき不思議な世界」発売 1/29日(金)~2/8(日) 写真展「From Caves to Spaces」(中目黒Roots to Branches)を開催 2/5(金) TRANSIT特別編集号「美しき不思議な世界」発売記念トークイベント(代官山蔦谷書店) 公式サイト<http://kikai.org/> Twitter <https://twitter.com/x51>

上祐史浩×濱野智史×佐藤健寿──"大宗教時代"の終焉と教義のカタチ

──宗教団体「ひかりの輪」の上祐史浩代表は、新しい宗教団体の形を模索する中で、ブログやミクシィ、Facebook、そしてツイッターといったSNSにより情報を発信している。では、SNSは宗教団体にとって"福音"となり得るのだろうか? また、そこに盲点はないのだろうか? 
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「ひかりの輪」代表・上祐史浩氏
(撮影/佃太平)
 日本を震撼させた地下鉄サリン事件から今年で16年──。オウム真理教の顔として連日メディアを賑わせた上祐史浩氏は、教祖である麻原彰晃(本名・松本智津夫)の死刑判決の翌年に「ひかりの輪」を設立。事件の被害者賠償をという責務を背負いながら団体を運営しているが、それにはSNSはかかせないようだ。ここでは、上祐氏、情報環境研究者・濱野智史氏、オカルトニュースサイト「X51・ORG」を主宰するフォトジャーナリスト佐藤健寿氏と共に、宗教的、社会学的、オカルト的な視点から見た"宗教とSNS"の関係を見ていこう。

──「ひかりの輪」では現在、上祐さんが中心となってミクシィ、Facebook、ツイッターなどを通して情報発信をされています。オウム真理教在籍時と比べて、SNSを使うことで団体としての活動に変化はありましたか? 上祐 当時と比較して、会員やシンパの人とのやりとりの頻度が、圧倒的に高くなりましたね。これまで、会員との接点といえば、月に一度の説法会で面談をしたり質問を受けたり......という程度でした。しかし、ミクシィなどを利用すると、毎日のように熱心にメッセージをくれる人もいて、接触密度が格段に上がりました。我々はオウム真理教の反省に基づいて、閉鎖的な教団ではなくて、徹底的に開かれた教団を展開するしかないという考えで活動しています。そうした理念と、SNSがマッチしたんだと思います。 濱野 ここ数年"ダダ漏れ"というキーワードがツイッター、USTREAMなどのソーシャルメディア界隈でよく使われています。しかし、ダダ漏れが作るある種のリアリティというものは、カリスマを志向するタイプの宗教には向かないのではないでしょうか? 上祐 教祖にどう見ても神的な要素があるならばともかく、神秘性を演出している場合には、向かないでしょう。(江戸時代以降に設立された)新興宗教であれ、(1970年代以降に設立された)新新宗教であれ、従来型の宗教の多くは、教団・教祖の隠蔽性・閉鎖性に特徴があり、「外の人にはわからなくて、中の人はわかる」という形でカリスマ性を高めてきました。例えば、某団体の教祖が頻繁に社会に触れると、人間臭いところが出てきてしまい、神秘性を演出するのが難しくなってくる。そういうタイプの宗教にとって、都合の悪いツールだといえます。 濱野 でも、逆にダダ漏れだからこそ伝わる魅力もあるわけですよね。上祐さんの名前を検索すると、「探偵ファイル」というニュースサイトがヒットします。上祐さんを応援するオフ会のレポート記事で、応援キーホルダーを渡されて苦笑している写真が載っているんですが、これを見ると上祐さんのイメージが変わるんです。素の上祐さんの姿に萌えちゃうんですよね(笑)。 上祐 最近は、黒田勇樹さんのトークショーにも出演して、何かわからないうちにアドリブ芝居に巻き込まれたりもしました(笑)。80年代末~90年代半ばにかけて起こったオウム真理教事件以降、宗教家にとっては厳しい時代になりましたが、「ひかりの輪」の場合、オウム事件があったため、各地に拠点を設けるなど、従来型の布教活動ができません。そういう事情から、必然的に流れ着いたのが、ネットの世界だったんです。 ──「ネットを通して実際の宗教体験はできない」という話もあります。 上祐 それはそうだと思います。直接に接触したときに交換するものと、ネットを通じて交換するものには、違う部分が多い。しかし、少しずつですが、そのギャップも解消されてきていると思います。例えば、メールの時代は文字だけのやりとりだったけれど、USTREAMやYouTubeを使うことでだんだんと視聴覚情報が伝わるようになった。そうすると中継を見ている人にも、なんとなくフィーリングが伝わっていく。  もともと宗教は、仏像や仏画を見たり真言を唱えたりと、象徴物によって神聖な意識を生じさせる一面があります。つまり、芸術やメディアを通して生きてきた部分があります。 佐藤 メディアの語源がそもそも霊媒を意味する"メディウム"ですよね。霊媒や宗教の起源が神や高次の意識とのテレコミュニケーションなのだとすると、現代のネットやテレビと霊媒的なものは実は直線的につながるものなのだと思います。 上祐 喩えとして良いかはわかりませんが、霊媒師がチャネリングをするために、「その人の写真をください」と言うでしょう。写真という限定的なメディアで十分ならば、ネット動画のような、よりクリアな視聴覚情報は十分優れた媒体になるとも考えられるのではないでしょうか。 佐藤 上祐さんが今言ったことは、英会話教室をはじめ、宗教に限らずさまざまなジャンルで起こっている話ですよね。地下鉄サリン事件が起きた95年は、Windows95が発売され、インターネットが本格的に広まった年でもあります。オカルトの世界でもひとつの節目になっていて、アメリカが「宇宙人解剖フィルム」を公開し、UFO事件がテレビを最後に賑わせたのもこの年です。そして、その解剖フィルムをもって、オカルトが終わったという言説もある。インターネットの普及を通じて、あらゆるものがオープンにならざるを得なくなったんです。  例えば、あるカルト的な宗教があったとして、95年以前だったら本などを通して閉鎖的な環境で情報を与え、信者をマインドコントロールする古典的な方法が通じたと思うんです。しかし今は、多くの人が2ちゃんねるやツイッターで情報を収集するようになって、どんな思想であれ多面的な判断要素に晒されることになる。良し悪しの問題ではなく、あらゆるものがオープンな形でしか存在できない時代になったのだと思います。 ■ツイッターがもたらすいわれなき誹謗中傷
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上祐氏が代表を務める「ひかりの輪」では、ブログや動画配信、
Facebookなど、さまざまなサービスを使っている。
濱野 おっしゃる通り、特に日本ではオウム事件の影響が非常に大きいと思います。オウム以降、(オ)カルト的なもの──クローズドであるからこその魅力──は一切許されない世の中になった。オープン化といえば企業のコンプライアンス遵守などもそうで、やたらと透明性が求められる世の中になったと誰もが思っている。インターネットが出てきて、何もかもがダダ漏れし、すぐ監視される状況では、原理的にクローズドなものは生き残ることができず、オープンな状況で人を引きつける魅力を出すしかなくなってしまっている。これは宗教に限らず、社会全般に通じることですね。  一方、先月号のサイゾーに掲載されていた苫米地英人氏の対談記事で、「ツイッターは宗教というよりも、かつての魔女狩りに近い」という記述があって、うなずけました。皆が「こいつは×××だ」と言い出すと、3人くらいが勝手にリツイートして、それが既成事実になってしまう。オープンなコミュニケーションがそのままカルト的に機能してしまう危険性もまたあるのだ、というわけです。実際にはツイッターに自浄効果もあるので、何もかもが誤りではないのですが。 上祐 そもそも、苫米地さんのように元々評判の良い人は傷つくかもしれませんが、私などはこういう立場ですから、魔女狩りの対象になっても失うものはありません(笑)。そして、魔女狩りに参加しない人もいるわけだし、耐える気持ちがあればいいだけです。 濱野 ソーシャルメディア時代の悟りを感じさせるご発言です(笑)。  さて、もともと宗教には、日常性と非日常性の境界を定め、日常性とは隔離された超越的な領域を作る、という原理的な機能があったと思います。しかし今、普通の人たちが使っているSNSは、"超スーパー日常生活"の延長線上でしかない。SNSを使って非日常性が表れることはほとんどなくて、基本的に友達と毎日、だらだらとコミュニケーションをするためのツールに過ぎない。上祐さんだったらシンパの人たちや信者の皆さんからの質問に淡々と答えたりするわけですが、そこではなかなか非日常的なことは起きませんよね。SNSは確かに便利だけど、原理的には宗教的なものとの相性は良くない気がするのですが。
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