『ドラがたり』が読み解く「社会のインフラ」となったドラえもんと、“のび太系男子”の功罪

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『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)
 誰もが子どもの頃に一度は通り、そして大人になっても愛する心をどこかに持っている──それが『ドラえもん』だ。『ドラえもん』は、ダメなのび太とそれを助けるドラえもんの友情物語であり、2014年の映画『STAND BY MEドラえもん』のような泣けるコンテンツであり、そして現在新作映画『のび太の南極カチコチ大冒険』が公開中であるように、今の子どもたちにも愛される、世代を超えた名作である。  だが実は、そんな『ドラえもん』が全盛期だった頃に子ども時代を過ごした世代の男子には、恐るべき特徴があるという。このたび編集者・ライターの稲田豊史氏が上梓した『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)には、そんな鋭い見立てが詰まっている。「てんとう虫コミックスは全巻頭に入っている」という同氏が、この本で読み解こうとした“のび太系男子”の正体とは? ――3月に稲田さんが上梓された『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』は、『ドラえもん』をテーマにした、これまでにない切り口の書籍となっていますね。 稲田豊史(以下、稲田) 2015年の7月から「PLANETS」のメールマガジンで連載を始めたものですが、やっぱり『ドラえもん』は、作品論としても藤子・F・不二雄論としても、もう語られ尽くしてる。その中であえて語るとしたら、今だからこそ書ける『ドラえもん』論じゃないとダメだと思いました。僕も含めた今の30代から40代は、原作が一番元気だった頃の『ドラえもん』を共通原体験として育った世代です。そんな彼らに『ドラえもん』が自分たちに与えた影響をなんとなくわかってもらえたらいいな、というのが目的です。  この本には大きく3つの柱があって、ひとつは『ドラえもん』の作品論。もうひとつは、作者の藤子・F・不二雄論。そして3つ目が、今言った“のび太系男子”にまつわる世代論です。 ――“のび太系男子”は、この本のサブタイトルにもなっていますね。日刊サイゾー読者のために、“のび太系男子”を簡単に説明してもらっていいですか? 稲田 リスクや責任を負うのが嫌で、「果報は寝て待て」みたいな考え方の人ですね。ダメな自分を恥ずかしく思って自己変革するんじゃなくて、ダメな自分をさらけ出すことこそが誠実で、「それでいいじゃん」って言ってしまうのが“のび太系男子”。のび太はたまに努力するんですけど、『ドラえもん』が日常を描く作品である以上、次の話ではまたダメ人間に戻っていて、結局は変わらない。それと一緒で、誠実で優しいことこそが一番の美徳で、いい年こいて「僕は繊細で弱いんだ」って言ってれば、いつかしずかちゃんみたいなマドンナが現れるに違いない……と思っちゃってるような人のことです。 ――本書では30~40代男性、団塊ジュニアとポスト団塊ジュニアに“のび太系男子”が多いと指摘されています。 稲田 僕も含めた、いわゆる「文化系男子」に限ってですけどね。共通して言えることとして、決断が非常に苦手なんですよ。だから、婚期が遅れがちな人が多い(笑)。  彼らのひとつ上の世代はバブル世代で、「早く結婚する奴は馬鹿だ」とか「もっと独身で遊べばいいじゃん」と言って享楽的にお金を使っている先輩や上司がたくさんいました。我々は直近の先輩である彼らをロールモデルにするしかなかったけれど、社会状況や経済状況が変化して、それは許されなくなった。それでも「趣味に生きるのは控えて、将来設計して、貯金して、結婚を考えよう」みたいな決断ができないまま、今に来てしまっている。  こうした精神性を決定づける上で一番大きかったのは、04年に『「のび太」という生きかた』(アスコム)という本が出たことです。あの本以降、「のび太って良いよね」と、のび太に同調する男性が僕の周りでもすごく多くなった。それ以前からも、のび太がいい奴に描かれている『ドラえもん』の傑作選がよく売れていたこともあって、のび太再評価の気運が土壌としてありました。 ――00年頭あたりで、ヴィレッジヴァンガードのようなサブカル書店で『ドラえもん』の「泣ける話」といった傑作選がよく販売されていた印象があります。 稲田 そこでサブカル男子のプライドをうまくくすぐった側面もあるでしょう。自分が小さい頃に好きだったコンテンツが再評価されるのは誰だってうれしい。「『ドラえもん』を好きな俺が好き」って感じにもなった。 ――「婚期が遅れている」ということですが、そんな“のび太系男子”の問題点とは? 稲田 う~ん……いっぱいあり過ぎますね(笑)。とりあえず、状況を切り開いていくファイトが弱い気がします。団塊ジュニア世代は人口も多くて、競争社会でずっと生きてきたから、いい加減疲れちゃってるんですよ。あとは、自分たちが割をくってるという意識が強い。すぐ上のバブル世代が甘い汁を吸ってるのを目の当たりにしてるのに、自分たちは吸えなかったから、被害者意識も強い。……という感じで、なんでも時代や社会状況のせいにしがち(笑)。 ――“のび太系男子”しかり、本書では、『ドラえもん』を「未成熟な男子の欲望の物語」とも見なしています。では、現代社会における“成熟”とは、どういったものなのでしょう? 稲田 『ドラえもん』は、どこかに必ず「正解」が存在する世界だと思うんですよ。その「正解」を最短のプロセスで探すソリューションツールが、ドラえもんという22世紀から来たお世話ロボットです。ただ、“のび太系男子”が小さい頃、『ドラえもん』を読みふけっていた30年前なんかはまだそういう世界だったけど、今は集団や状況によって「正解」は違う。絶対的な「正解」が存在しない複雑な世界になってしまった。そうすると、「正解を探す」という考え方自体が、間違いなわけです。  そんな時代における“成熟”というのは、今の複雑な状況を複雑なままで受け止めて、その中で「どう快適に生きていくか」という、いわば“瞬間瞬間で息をするための技術”を見つけるということでしかない。そういうパラダイム・シフトを受け入れ、「今は昔とは違う世界なんだ」と認められる人が、成熟した人間ではないでしょうか。 ――『ドラえもん』という物語の中では、まだ「正解のある世界」という共同幻想が生きていた? 稲田 『ドラえもん』は、藤子・F・不二雄先生が亡くなった96年に終わっている昔の作品ですからね。しかも90年代の新作は年1本の大長編がメインで、短編はぽつぽつしか描かれていない。みんなが知っている『ドラえもん』の日常話はほぼ80年代、つまり30年近く前に描き切られているんです。  だから、今を生きるのに『ドラえもん』は役に立たないはずなんです。『ドラえもん』は、もっとおとぎ話扱いしなきゃいけない。80年代に「コロコロコミック」(小学館)や単行本で『ドラえもん』をいっぱい読んでいた大人にとって、その頃の思い出や染み付いた価値観はなかなか抜けきらないので、厄介ですが……。
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『ドラえもん』第1巻は1974年の刊行だった
■ドラえもんは日本社会の「インフラ」だ! ――『ドラがたり』では、“のび太系男子”だけでなく、しずかちゃんを打算的な姫タイプの女子、ジャイ子をサブカル文化系の女子としても分析していますね。 稲田 “のび太系男子”と思しき読者の方からは「胸が痛い」という反響があって、そこまでは大体予想していたんです。でも、文化系女子としてのジャイ子の生き方について、「私もジャイ子でした」と共感してくれる女性がけっこういたのは意外でしたね。この本の中では、ひとつの語り口の方法というか、ある種の思考実験として文化系女子をジャイ子に見立てているだけですから、ジャイ子がすごくリアルに現代の文化系女子を表しているとは思わないんですけど。ともかく、男女問わずみんなジャイ子が大好きなんだな、というのはわかりました。 ――“のび太系男子”や“ジャイ子系女子”だけでなく、うるさ型の『ドラえもん』好きからも反響はありましたか? 稲田 うるさ型の『ドラえもん』好き(笑)。ウワサによると、世の『ドラえもん』発言を常に巡回サーチしている“ドラえもん警察”っぽい集団もあるらしいのですが……。その人たちにはまだ見つかってないと思います(笑)。  そもそも僕は、『ドラえもん』は日本における最強のインフラだと思ってるんですよ。だって、こんなに全世代が内容も含めて熟知しているコンテンツって、他にないでしょう。「主要登場人物5人の名前は?」と聞かれたら、団塊世代も未就学児も、多分8~9割の人は言えると思う。『ドラゴンボール』やジブリ作品と比べても、図抜けた知名度です。『ドラえもん』は誰もが意識しないくらい、国民の生活に浸透している。それって、もはやインフラです。  誰もが日常で触れているインフラだけに、作品について僕より詳しい人は世の中にたくさんいます。それもあって、この本では「巷では言われているけど、検証されていないこと」はなるべく書いてません。たとえば、「ドラえもんの諸設定を考えたのは、当時チーフアシスタントだった方倉陽二さん」という話が流布していますが、どの設定が彼の手によるもので、どの設定がF先生も了解していたかは細かく確認できないので、言及しませんでした。極力、公式の原典にたどれるものについてだけ書きました。やっぱり“ドラえもん警察”が怖いんで(笑)。 ――「『ドラえもん』はインフラになっている」という指摘は、興味深いですね。 稲田 面白いのは、世代によって作品の受け取り方がけっこう違うということ。これは長らく感じてました。だから、『ドラがたり』の第1章では、学年誌に掲載された同時期の作品を“水平”に、時系列順の作品を“垂直”にとって、『ドラえもん』の作品性をマッピングしています。アニメ版でも、観ていたのが(現在のアニメで声優を務める水田わさび版の)“水田ドラ”なのか、“大山(のぶ代版)ドラ”なのかでドラえもんに抱く印象が大きく違いますし、リアルタイムで原作を読んでいたかどうかでも違う。その他にも、ザワっとする章タイトルや見出しをぶっこんでおいたので、目次を見ただけで百家争鳴の議論が湧き上がると思います。結果的に、そういう本に仕上がって良かったです。  あと、絶対に言及したかったのは、「エコドラ」ですね。 ■プリウスに東京メトロ……ドラえもんをめぐるイメージ ――エコ(環境問題)を呼びかけるドラえもんのことですね。本書を読むと、その部分は特に稲田さんの筆にも力が入っているのがわかります(笑)。 稲田 環境問題に傾倒した時期の『ドラえもん』が本当にイヤでイヤで。84年くらいからですね。“ぼくたち地球人”というスローガンを掲げて、お行儀が良くて、品行方正で……。極めつけは、大長編『のび太とアニマル惑星』でまるで“放射脳”化したみたいな、のび太のママです。あれは、ひどい。 「エコドラ」に対する嫌悪感をはっきり打ち出した書籍にお目にかかったことがなかったので、この気持ち悪さはどうしても書いておきたかったんです。読者の反響でも「私も嫌だった」って人がわりといて、うれしかったですね。F先生自身も、作品によってはエコに寄り過ぎたことをあとで反省してたらしいんですけど。 ――そういったクリーンなイメージからか、近年でもドラえもんを使ったタイアップは盛んですよね。 稲田 (俳優を起用した実写CMの)トヨタはまあ、わかるんですよ。“のび太系男子”にそろそろ家族ができて、エコ色の強いプリウスをファミリーカーとして買わせたいってことなので。ドラえもん役の俳優にジャン・レノが起用されてますけど、“のび太系男子”は彼の主演した映画『レオン』(96年公開)が響く層でしょう(笑)。この世代の文化系男子は皆、ナタリー・ポートマンの演じた黒髪おかっぱの美少女・マチルダが大好きですからね。  昔は日産も、ラシーンという若者向けの車のCMで「新・ぼくたちのどこでもドア」と謳って、『ドラえもん』を起用していました。それが20年くらい前で、“のび太系男子”の一番上の世代が免許を取ったくらいの時期です。当時はまだ、大学生が車を買う発想があった時代でしたからね。  あとは今、東京メトロが『ドラえもん』を起用して「すすメトロ!」というキャンペーンをやってますが、イラストレーターが描いたオシャレクソなドラえもんが、個人的にはちょっと癇に障ります(笑)。普通に原作かアニメの絵でやればいいのに、なんでフラットデザインのオシャレ絵なんでしょうか、あれ。 ――毒気の抜けたドラえもんですよね(笑)。 稲田 ドラえもんというキャラクターは、デザイン的にものすごくうまくできているんです。特にF先生による原作タッチ、円の組み合わせによるバランスは完璧で、時代を経てもぜんぜん古臭さを帯びません。また、原作とアニメのタッチは全然違うのに、青・白・黄・赤のカラーリングさえしてあれば、アイコンとして成立する。だからこそオシャレ絵にもアレンジしやすいし、アパレル展開なんかで女子受けするような方向性に持っていくのも、わかるんですけど。  実は今回、本に書こうと思って書かなかったのが、「文化系アラサー女子、『ドラえもんが好き』って言っておけばOK問題」です。ほら、「このキャラクターが好きな自分」を打ち出すアピールのやり方ってあるじゃないですか。例えば、『ムーミン』のスナフキンが好きだったら、「北欧にも目配せしてる自由人気質」。ディズニーキャラが好きなら、ちょっとマイルドヤンキー文化にも踏み込んだ「平和的なウェイ系」。サンリオのキティ好きなら、周りからどう思われようと「夢の国の住人」として全身ピンクを着まくるとか。でも、ディズニーとかサンリオ好きって公言すると、ディスられる可能性がありますよね、「サイゾー」みたいな意地悪なメディアに(笑)。 ――稲田さんが「サイゾー」本誌の連載で言ってるだけですよ(笑)。 稲田 とにかく、「『ドラえもん』が好き」なら、全方位で安全なんです。思想的にも中立中庸でニュートラルだし、キャラとしての可愛さもある。さらに、原作に顕著ですが「実はちょっと毒がある」みたいなマニアックなアプローチもできる。そういった深い戦略を踏まえた“ドラえもん好き女子”が、世には結構いるわけですよ! だから、郵便局で『ドラえもん』グッズを売り出せば飛ぶように売れるし、(劇場版最新作の)『のび太の南極カチコチ大冒険』にも若い女子が乗っかれる。身につけてもギリギリ恥ずかしくないキャラとしてのドラえもん。そうやって一大マーケットができているんですよね。
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公開中の『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』
■“虚淵ドラ”だっていいじゃないか! 今後の大長編 ――今、話にも出ましたが、『南極カチコチ大冒険』はいかがでしたか? 稲田 公開直後、ネット上では「クトゥルフ神話っぽい」といった絶賛の意見もよく見られましたが、すみません、僕としては「普通」でした(笑)。偉そうにごめんなさい。もちろん、時間ギミックのアイデアは良かったし、パオパオの登場や『のび太の魔界大冒険』を彷彿とさせるミスリードといった、オールドファンがぐっと来る仕掛けも良かった。導入部はそこそこに、物語がすぐ動き出すなど、子どもたちを飽きさせない工夫もできていました。  でも、原作のない映画オリジナルの『ドラえもん』は、脚本家の力量でもっとぶっ壊してもいいと思うんです。アメコミだってそうでしょう。何十年も前に誕生して、描き手がどんどん変わって、新しい要素や時代性を作品に取り込んだ結果、新規の読者を常に獲得しています。見た目が大きく変わったとしても、最低限の世界観さえ守っていれば、『バットマン』や『スパイダーマン』を名乗れる。それこそ『ドラがたり』にも書いたように、「大長編ドラえもんコード」(大長編の『ドラえもん』を成立させている要件)さえ守っていれば、誰がどう書いたって長編の『ドラえもん』になるんです。 『ドラえもん』は、05年の声優リニューアルで確実に20年は延命したと思いますが、これからさらに延命させたいのなら、新しい脚本家をどんどん起用していけばいいんじゃないでしょうか。それこそ、虚淵玄さんが脚本の映画『ドラえもん』を観てみたい。個人的には、ドラえもんの動力源が原子力だってことをネタにした作品ができると面白いのになと。「体内の原子炉がメルトダウンして、さあ大変。ドラえもんが販売元からリコールされちゃう!」みたいな。 ――最後に、これを読んで久しぶりに『ドラえもん』を読み返したいと思った「日刊サイゾー」読者に、オススメの『ドラえもん』エピソードはありますか? 稲田 やっぱり、大長編の『のび太の魔界大冒険』かな。オールド世代にとって不動のナンバー1・2は、『魔界大冒険』と『のび太と鉄人兵団』。異論は認めん(笑)。 『魔界大冒険』がすごいのは、伏線とその回収です。最初に登場した謎が、その1時間後とかに、小学校低学年が見ても理解できるよう、きっちり解ける。SFのプロットとして図抜けた完成度の高さが魅力です。さらに、「タイムマシン」や「石ころぼうし」といった、ドラえもんの道具の万能性が破られる恐怖もすごい。敵のメジューサからはタイムマシンでも逃げられない。時間を超えてのび太とドラえもんを追跡してくる。このくだりが最高にホラーだっていう意見は、本当に多いんですよ。しかも、『魔界大冒険』は、しずかちゃんのスカートめくりで物語が動き出して、スカートめくりで終わる(笑)。エロスもアドベンチャーも全部入り。完璧です。  原作の大長編『ドラえもん』は、単行本たった1冊分なので、大長編というよりは中編ですが、この短さでアドベンチャーの起承転結が過不足なく描かれています。この見事な構成技術は、僭越ながら僕がものを書いて商売していく上でも、とても役に立っているんですよ。何分くらいで読めるものを、どういうスピード感で語るのが一番快適か。そういうのを小学生のときから感覚として刷り込んでくれたのが、F先生の初期の大長編です。今、読み返してもコマ運びにまったく無駄がない。大河ドラマを得意とした手塚治虫とはまた違った、中短編で光るウェルメイドの素晴らしさが、藤子・F・不二雄作品にはあると思っています。 (構成=須賀原みち) ■稲田豊史(いなだとよし) 1974年、愛知県生まれ。編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経てフリーランスに。著書に『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)、編著に『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)、編集担当書籍に『押井言論2012-2015』(サイゾー)など。<http://inadatoyoshi.com/>
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ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代 発売中 ドラえもんは、いかにして「社会のインフラ」となったか──『ドラがたり』稲田豊史インタビューの画像5

「ドラえもん」はセーフで、「ピエロ」はアウト!? “著作権概念ゼロ”韓国のあきれた実態とは

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『ドラえもん(1)』(小学館)
 最近、韓国ソウルのとある大学で学生会会長選挙が行われたのだが、立候補者のひとりがアニメの著作権を侵害したとして話題になっている。“ドラえもん”を使ってチラシなどを作り、選挙活動を行ったのだ。  韓国においてドラえもんは、一般的にもよく知られた人気のキャラクター。プロ野球のロッテ・ジャイアンツがドラえもんとのコラボ商品を打ち出したり、“ドラえもんオタク”の俳優がいたりするほどだ。  そんなドラえもんを勝手に使用した立候補者に対して、韓国のライセンス所有者である「テウォンメディア」が警告。同社関係者は「非営利目的であれば大丈夫、という考えの人が多い。著作物の無断使用は、対価を支払っている善良な権利者たちに被害を与える行為で、それを保護するためであれば厳重に扱う」と語り、候補者は使用を中止したそうだ。  この一件を挙げるまでもなく、韓国は“著作権侵害天国”だ。  韓国著作権委員会が4月10日に発表したところによると、昨年、著作権侵害で警告・削除処分などを受けた案件は26万4,982件にも上る。2009年当時は3万5,345件にすぎなかったが、ここ5~6年以上で7倍にも増えているのだ。さらに、著作権侵害が問題となって起訴された案件も10年以降、年間3,000件前後で高止まりしているありさまだ。  また、まともとは思えない著作権侵害裁判も起きている。  例えば、12年の“ピエロ裁判”だ。広告デザイナーのA氏は、イベント会場などで使われる風船人形をピエロに着眼したデザインで作ったことで、訴訟に巻き込まれた。難癖をつけたのはB氏で、風船人形で使われている「両手にミトン手袋をつけたピエロ」は、もともと自分がデザインしたものだと主張した。    当然のように裁判所は「昔から存在しているピエロを著作権法で保護するのは適切ではない」と、B氏の訴えを退けている。ピエロに手袋をつけただけで自分のデザインと主張するなんて、なんとも理解し難い話だろう。日本では、起源を主張したがる韓国を“ウリジナル”と揶揄するが、そう言われてしまうのも当然かもしれない。    今回のドラえもん無断使用について、ネット上では「毎日ネットで違法ダウンロードしているから、脳内がそういう認識になっているんだろう」「日本のキャラクターだから穏便に済んだが、ミッキーマウスだったら訴えられている」「今日の道具は“著作権侵害”!」などといった書き込みが並んでいる。  いずれにせよ、今回ドラえもんを無断使用した立候補者は、落選確実だろう。大学生にもなって著作権に意識が回らないのだから、それも当然かもしれない。

『STAND BY ME ドラえもん』が大ヒット!  “ダメ人間”のび太が中国人に支持されるワケ

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『STAND BY ME ドラえもん』(ポニーキャニオン)
 日本の3Dアニメ『STAND BY ME ドラえもん』が中国で大ヒットを記録し、6月30日の時点で興行収入も100億円を突破しています。僕の幼少期、『ドラえもん』は中国で放映されていました。今回の映画においては、僕のような30歳を過ぎた大人が映画館に足を運び、懐かしんで見ているという傾向があります。特に今回の内容が、しずかちゃんとの結婚や、ドラえもんとの友情や離別をテーマにしているので、大人も十分に楽しめる内容になっているのが大ヒットの要因でしょう。  それにしても、『ドラえもん』は不思議な作品です。主人公ののび太くんは、本当にダメな人間です。テストの点数はゼロばかりですし、運動もからっきしダメですし、しずかちゃんのお風呂をのぞこうとします。中国のアニメや一般映画においては、こういう主人公はほとんど存在しません。優等生タイプか、あるいは、視聴者が感情移入しやすい一般人のタイプが大半を占めています。  中国の場合、「早く大人になって、成熟した価値観を身に付ける」という「老成」という価値観が何よりも重要視され、子どもたちも常日頃からそう教え込まれます。子どもが見る「アニメ」であれば、なおさら、そういう主人公が好ましいとされるのは当然です。しかし、いつもドラえもんに頼ってばかりであまり成長しないのび太くんは、そんな「老成」とは真逆にいる主人公です。中国人のクリエーターがのび太くんのような主人公を作ると、共産党から注意を受ける可能性は十分にあります。だからこそ『ドラえもん』は、多くの中国人の心をつかんだのだと思います。のび太くんはダメ人間だけれど、「人の気持ちを思いやる」という彼ならではの良さがあり、そういう彼の好ましい美点を、しずかちゃんをはじめとする周りの人たちも認めています。精一杯格好つけて生きるように言われている多くの中国人が、『ドラえもん』を見ることによって、肩の荷が下りるような思いを抱き、まるで自分のことのようにのび太くんに感情移入したのです。  さて、そんな『ドラえもん』ではありますが、昨年、「成都日報」をはじめとする中国の機関紙が、「中国の若者は『ドラえもん』を無条件に愛するべきではない」と批判的な論調で報道しました。  2008年、ドラえもんは日本の初代アニメ文化大使に選定され、さらに2020年の東京オリンピックにおいては、「招致スペシャルアンバサダー」に就任することが決定しました。ドラえもんは、単なるアニメのキャラクターの枠を超え、日本の顔にもなっているため、それに対して、中国側は警戒感を強めているのです。中国の機関紙の論調としては、以下のような具合でした。 「『ドラえもん』は『(人間同士の)尊重』や『友好』をテーマにしている。しかし、安倍政権は過去の戦争を反省しないで美化し、集団的自衛権をはじめとして右翼的な傾向を強め、中国や韓国との緊張を生み出している。『ドラえもん』が表現している『尊重』や『友好』とはまったく逆の道を歩んでいるのに、日本政府は、平和的な『ドラえもん』を利用している。中国国民はその偽りの日本の姿に惑わされず、真実を見なければならない」  中には、『ドラえもん』に対する憎しみのあまりか、「青いデブ」と蔑む記事もありました。  今回の映画の大ヒットにおいて、中国政府がさらに『ドラえもん』に対する危機感を募らせていることは容易にうかがい知れます。今のところ、前出のような批判的な論調の記事は出ていませんが、今後、映画の熱狂が冷めた頃合いを見計らい、また一斉に『ドラえもん』に対するネガティブキャンペーンが繰り広げられるのではないかと不安でなりません。せっかく中国国民が映画に感動したというのに、その感動に冷や水を浴びせるような報道はしないでほしいものだと願ってやみません。
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●そん・こうぶん 中華人民共和国浙江省杭州市出身の31歳。中国の表現規制に反発するために執筆活動を続けるプロ漫画家。著書に、『中国のヤバい正体』『中国のもっとヤバい正体』(大洋図書)、『中国人による反中共論』(青林堂)がある。 <https://twitter.com/sun_koubun>

海賊版「トンチャモン」から20年……韓国でも大人気『ドラえもん』の知られざる過去

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『STAND BY ME ドラえもん』(ポニーキャニオン)
「ドラえもんとピカチュウ、どちらが強いか?」。日本の小学生が放課後に盛り上がるような談義を展開したのが韓国の俳優と聞くとビックリだが、日本の国民的キャラクターがここまで浸透しているのはうれしいところではある。  韓国の人気ラジオ番組SBSラジオパワーFM『2時脱出カルトショー』3月6日放送分にて繰り広げられたこのトーク。“ドラえもん推し”だった俳優シム・ヒョンタクは、日本人にはあまりピンとこないが、昨年、一人暮らしの有名人を追うMBSのドキュメンタリー番組『私は一人で暮らす』でガンダムやスーパーマリオ、アメコミなどのフィギュアやプラモデルで埋め尽くされた自宅を公開。そのオタクっぷりをカミングアウトした。中でもドラえもん関連グッズが断トツで多く、韓国では“オタク”を名前にかけて、「シムタク」と呼ばれているほど。有名芸能人にもこれだけの熱烈ファンがいるドラえもんは、韓国でどのように人気を獲得したのか?  昨年、藤子・F・不二雄生誕80周年を記念し製作された、初の3DCGアニメ映画『STAND BY MEドラえもん』。韓国では今年2月12日に封切られ、すでに1カ月が経過。ちなみに“シムタク”がオフィシャル宣伝員として公開イベントに出席し、HPでもさまざまなコンテンツを担当している。最高順位は5位、累計観客動員数は40万人(3月11日現在)を超えた。  そもそも韓国でドラえもんは、1995年に韓国の漫画雑誌「パンパン」がライセンス契約を結び、連載を開始。テレビアニメはMBCにて01年にスタートしたが人気は得られず、途中終了。が、06年よりケーブルテレビにて再スタートを切り、現在でも放映が続いているほど確かな人気を獲得している。  しかし、実は80年代からドラえもんは韓国に存在していたという、都市伝説のような実話がある。当時の韓国では、歴史的背景から日本の大衆文化の流入が規制されていた。それでも、「ドラえもんを見てほしい」と誰かが思ったのだろう。その方法は海賊版という、ドラえもんのひみつ道具にもないような荒業だった。ドラえもんは“トンチャモン(背が低く丸い)”という韓国仕様の名前で、韓国国民に初お披露目となった。  「日本文化の流入規制」は、漫画をはじめ、映画、音楽などエンタメ全般にかけられていたが、98年の第一次開放として解禁されたのが漫画だった。現在では、音楽も映画も全面解禁されているが、例えば映画は、99年の第二次開放までは“公認された国際映画祭受賞作品限定”などの条件付きの公開だった。映画が全面解禁になったのは04年の第四次開放からで、わりと最近の話である。  海賊版のトンチャモンから数えると、認識されて20年がたとうとしている韓国のドラえもん。今回、子どもにせがまれ劇場に足を運んだ韓国のお父さんたちは、「トンチャモンって名前変わったのか?」と首をかしげているかもしれない。いずれにせよ、規制の歴史を乗り越えた“ドラえもん”人気が今後も韓国で高まることは間違いないだろう。 (取材・文=梅田ナリフミ)

スネ夫こそ、人生をうまく切り抜ける天才!?『「スネ夫」という生きかた』

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『「スネ夫」という生きかた』
 『ドラえもん』に登場する、キザでイヤミっぽく、髪がやたらとなびいている人物といえば、お金持ちでマザコンの“スネちゃま”こと、骨川スネ夫。力の強いジャイアンにはうまく取り入り、勉強もスポーツもダメなのび太には、超上から目線。近くにいたら、絶対にイラっとくるタイプだ。  けれど、視点を180度変えて見れば、実は自分の立ち位置をうまくつかみ、人間関係をより円滑にする力がある!    そう力説するのは、富山大学名誉教授の横山泰行氏。横山氏は、「ドラえもん学」の提唱者で、あの、不朽の名作『ドラえもん』を研究対象とし、全1,345話に登場するセリフをすべてエクセルに打ち込みデータ化し、学術的に分析。のび太、ジャイアン、スネ夫など、時代を超えて“こういう人いるよね”という登場人物たちの「生き方」に注目し、「『ドラえもん』の中には、生きるヒントがいっぱいある」と語っている。  その第1弾として、2004年に発売された本が、『「のび太」という生きかた』(アスコム)。のび太はドジでのろまで、勉強もスポーツもできない。けれど、困ったことがあれば、いつも誰かが助けてくれるし、最終的には学校のマドンナ・しずかちゃんと結婚。ダメ人間に見えるのに、意外とうまいこと生きている。それはなぜなのか? 日本人ならば誰もが知る『ドラえもん』を斬新な切り口でひもとき、21万部を突破した。  そして、その第2弾が、「スネ夫」を主人公にした、『「スネ夫」という生きかた』(同)。横山氏は、ズル賢いスネ夫の身のこなしこそ、有益な人生の指南書になる、と語る。  たとえば、ジャイアンが「ひさしぶりの新曲を聴きたいか」と迫った時、のび太は、「え~新曲!?」と露骨に嫌がってしまう。けれど、スネ夫は「聴きたい! 聴きたい! ひさしぶりだなあ」と、大げさな身振りで反応。ジャイアンはご満悦で、すっかりイイ気分。一方で、のび太はジャイアンに「おまえはどうなんだ」と聞かれ、「聴きたい聴きたい。どうせ聴かされるなら、いやなことは早くすませたい」と本音をもらす。当然ながら、ジャイアンは激怒。のび太をボカっと殴り、「だれが聴かせてやるか!!」と、捨て台詞を残し、広場を去っていく。結果、スネ夫はジャイアンの歌を聴かずに済み、ホッとひと安心……。  ジャイアンをうまくホメることで気に入られるスネ夫と、正直に言ってバカをみるのび太。これって、現実でもよくあることじゃないだろうか。  本書では、こんなスネ夫の計算ずくの行動のひとつひとつを、発想を変え、すべて肯定的に考える。天才的な口のうまさと要領の良さ――。これをちょっとでも盗み、人生をうまく生き抜こうではないか、と提案している。  前述したエピソードは、スネ夫の「ホメ力」が発揮された内容だが、そのほかにも、エコひいきされやすくなるわけ、罪のない上手なウソのつき方、レディーファースト力についてなどなど、スネ夫の「教え」が29の項目に分けられ、紹介されている。  正直者には、キーっと腹が立つ内容かもしれないが、これからの時代、世渡り上手になるには、「スネ夫力」は必須の能力であり、結局、得をする。これを読めば、スネ夫がなんだか「デキる男」に見えてくる……かもしれない? (文=上浦未来) ●よこやま・やすゆき 1942年岐阜県生まれ。東京教育大学体育学部卒業、東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。フルブライト交換留学生。現在は富山大学人間発達科学部名誉教授で教育学者(教育学博士)。本来の専門は生涯スポーツ論だが、『ドラえもん』を研究する「ドラえもん学」の提唱者としても知られる。ドラえもんの研究とともに、高岡市立中央図書館に全国初の「ドラえもん文庫」を設立。新聞、雑誌などへの登場も多数。著書に『「のび太」という生き方』『「のび太」が教えてくれたこと』などがある。また、「ドラえもん学」をはじめとした講演を、全国で精力的に行っている。

なぜ、"のび太的な生き方"は10万人に支持されたのか?

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富山大学名誉教授・横山泰行氏。
 のび太と言えば、スポーツも勉強もうまく行かず、ドラえもんのひみつ道具に甘えるダメダメ少年......。ところが最近、のび太のような生き方が見直されているという。 「ツラいことがあっても前向きで明るく、楽天的で落ち込まない。先行きが見えない今の時代に、のび太的な生き方が求められているのだと思います」  そう語るのは、富山大学名誉教授の横山泰行氏。全1,345作のドラえもん作品を国会図書館などで調べ尽くし、1999年から8年間、自由参加型ゼミ「ドラえもんの世界」を開講。のび太の人物像を体系的に論じた「のび太メソッド」を提唱し、これを元に2004年に上梓した『「のび太」という生き方』(アスコム)が10万部を超えるロングセラーとなっている。今なぜ、のび太なのか。時代が求めるのび太像と、のび太的生き方の真髄を横山氏に聞いた。 ――著書を上梓されたのが04年。息の長い人気の理由はどこにあるのでしょう? 横山泰行氏(以下、横山) 一つは時代の不安感でしょう。リーマンショック以降、景気は底をつき、足元を見直そうという意識が国全体に浸透しています。本が出たのは8年前ですが、実は3月の東日本大震災以降、再び問い合わせが増えています。不安感が充満する今の日本で、多くの人がのび太のような生き方を求めているのだと思います。 ――「失敗しても大丈夫」という楽観的な生き方が共感を得ているのでしょうか? 横山 のび太の人生は失敗の連続のようですが、実は重要な節目では着実に希望をかなえているんです。しずちゃんとも結婚しますしね。ぐうたらなのに、どうしたら幸せになれるのか。のび太が夢をかなえる理由を「のび太メソッド」としてまとめたのがこの本です。 ――中身を拝見すると、まずはドラえもん作品の代表的なお話をサンプルに挙げ、次にそこからのび太の人物像を掘り出し、最後に実社会への役立て方へ落とし込むという構成です。ダメ少年のイメージが強いのび太をさまざまな角度から検証されています。 横山 ドラえもん作品に出てくるのび太の「吹き出し」をすべて調べると、「ドラえも~ん」と泣きつくシーンが69回あります。一方で、「僕だって」という言葉を10回以上使い、さらにそれに近い表現を加えればその数は数十倍です。ここから、のび太が実は好奇心が旺盛で、ジャイアンやスネ夫への反発心も強いことが読み取れます。こうして作品一つひとつを精査すると、夢を持ちながら実現し続けていくのび太の姿が浮き彫りになるわけです。 ――それでも、69回の「ドラえも~ん」は圧巻ですね。 横山 ただ、のび太は何もしないでドラえもんの助けを待っているわけではないんです。これも「吹き出し」を分析すると分かりますが、彼は彼なりに問題解決に向かいます。ただ、能力に限界があって結果的に助けを求める。ドラえもんやひみつ道具はあくまで補助で、最終的にはのび太自身の努力で人生を切り開いているのです。 ――まずは努力して無理なら助けを求めるというのは、普通の人でもしますしね。 横山 そうなんです。のび太の実像を細かく見ていくと、多少デフォルメされてはいますが、実は一般的な日本人の姿にけっこう近かったりするんです。原作者の藤子・F・不二雄先生はのび太をご自身の自画像と常々おっしゃっていましたが、読者ものび太に自身を投影しながら読んでいるところがある。ダメ人間のようで彼が本気で嫌われない理由は、実はそんなところにあるのでしょう。 ――なるほど。のび太に対する見方が俄然、変わってきました。 横山 のび太が素晴らしいのは、常に夢を見続けていることです。名作と言われる「モアよドードーよ、永遠に」(てんとう虫コミックス短編17巻)では、ひみつ道具「タイムホール」などを使って絶滅動物の楽園を作る夢を描き、実現にまい進します。途中、テレビ局が計画を嗅ぎつけるなどさまざまな障害が発生しますが、ドラえもんの助けを借りながら無人島を作ることに成功します。夢や希望を持ち続けることが人生にいかに大切かを、のび太が作品の中で教えてくれています。その凝縮が「のび太メソッド」ということになります。 ――主な読者層は30代前半~40代前半のいわゆる「ドラえもん世代」ですか? 横山 実は10代から60代まで年齢、性別に関係なく幅広く読まれているようです。意外だったのが若い読者が非常に多いことで、編集部に返信されてきた読者アンケートのはがきは、大半が10代前半でした。書店さんからの声を聞くと置き場に困るらしく(笑)、教育・コミック・ビジネス・自己啓発など、いろいろなコーナーに置かれているようです。ドラえもん作品自体が老若男女を選ばない作品ですが、その普遍性がこの本の売れ方に表れているというのも興味深い現象だと思います。 (構成=浮島さとし)
「のび太」という生きかた 出来杉くんにはなれないもん。 amazon_associate_logo.jpg
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みんなで覚えよう!「タイムマシンのつくり方」

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10年前にだけ行けます。
 空を自由に飛びたい君も、世界旅行に行きたい君も、最先端の科学で幸せになろう!  というわけで、9月27日まで開催中の「ドラえもんの科学みらい展」を見学すべく、東京・お台場の日本科学未来館へ行ってまいりました。  折しも訪れた8月21日は「タイムマシン!? ~最先端物理学によるタイムトラベル~」と題したトークイベントが開催されるという。企画展会場では、タケコプターならぬひとり乗りヘリコプター GEN H-4や、リアル光学迷彩である再帰性投影技術&メタマテリアル、外骨格型パワードスーツと言いたくなるロボットスーツHAL、マンマシンシナジーエフェクターなどが、ドラえもんのひみつ道具と重ね合わせて紹介されている。そこにしつらえられたトークイベント会場は全50席。開演時間が近づくと瞬く間に埋まってしまい、立ち見のお客さんが溢れる盛況ぶり。 ■準備  開演時間前には、トークを聞くための準備として、同館の科学コミュニケーターからタイムマシンのレシピが紹介された。それによると、以下の四工程を経るのだという。配られた書き込み用紙の【】内は、穴埋め問題式に各自が手書きするブランクスペースになっていた。  なお、このレシピに示されている分量は「人ひとりを通す穴=タイムマシンを作り、10年分飛ばす」ためのものである。 *** 1)材料   【地球】100個分の重さを用意する 2)つぶす  圧力で【ブラックホール】をふたつ作る 3)ひろげる 【負のエネルギー】でひろげ、ふたつをつなぐ 4)投げる  入口を時速【1,075,000,000】kmで投げる アドバイス ・大きな入口が欲しい方は、お好みで重さを増やしましょう。 ・投げる速さで、タイムマシンの仕上がりが変わります。 ・タイムマシン作成時よりも過去に行くことはできません。 ***  と言われても、それだけではよくわからない! 「!」と「?」が交錯したところで、いよいよ真打ち登場。タイムマシンの原理を説明してくれる講師は、東北大学の二間瀬敏史教授である。 ■つくり方
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膨張しつづける宇宙についても解説が。
宇宙論の分野。
 重力が強いと空間が曲がる。どんどん曲がっていくと穴が空く。それがブラックホールだ。どんな物体でもぎゅっと押し込んでいくとあるところでブラックホールになるが、その手前の状態で止めておいたものが、タイムマシンの入口になると言う。  どういうことかと言うと、ブラックホールになる一歩手前で、重力に対して反発するエネルギーを入れなくてはならない。それを負のエネルギーと呼ぶのだが、この両者の力をバランスさせると、穴が潰れることなくもうひとつの穴と結ばれ、入口と出口ができるのだという。 「特殊相対性理論というものがあるわけですね。運動している時計の進み方は遅れる。したがって速く運動すればするほど、静止しているものに対して時間が遅れる」  相対性理論キター! ジェット機に原子時計を積んで地球を一周させただけでもその遅れは明瞭だというから、少なくとも我々の現時点の宇宙では確固たる事実と言っていいだろう。この相対性理論に基づいてブラックホール/ワームホール式のタイムマシンというか、タイムトンネルをつくってしまおうというのが、二間瀬教授の発想らしい。  つくり方に話を戻すと、概念としては入口を掴んで猛烈な速さで投げる。ただ投げるのではなくて11年後に手元に戻ってくるように投げる。投げる速さはジェット機のおよそ120万倍もの大きさでなければならないというのである。高速で飛ばすのは、入口の時間を遅らせるため。地上に残しておいた出口が11年経っている間に、入口は1年しか経っていないとようにするんだとか。でもそんな速さを実現させるのはとても無理だ。 「時間を遅らせるもうひとつの方法は、重力の強いところにものを置いておくこと」  重力の強いところでも時間が遅れるから、例えばブラックホールのそばまで持って行き、そこでゆっくりさせておいて、あとで元に戻せばいいということのようだ。  概念としてのつくり方は分かったが、ではこれ遙か未来の高等文明が実現してくれたと仮定して、どう運用すればいいのだろう。 ■使い方  仮に前述の速さで今日投げたとすると、タイムマシンは11年後に完成する。
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(上)ドラえもんのお仲間ともいうべき
ロボットが展示されている。
(中)現時点でもっともタケコプターに
近い最小のヘリコプター。
(下)ガリバー気分が体験できる
アトラクションも。
 もし作成開始年が2010年だとすると、その時点で投げた入口は2021年に戻ってくる。そして2021年にその入口に入った場合、穴の出口は10年前の2011年に開いており、「ただ10年前に戻るだけ」の時間旅行をしたことになる、というわけだ。箇条書きにすると、以下のようになる。 ・2010 タイムマシン作成開始 ・2021 タイムマシン完成。入口に入る ・2011 出口から出ることができる  仮に2011年に出現した出口に入った場合は、2021年の入口に出る。タイムマシン作成時点以前の過去に遡ることはできない。もしも遙か過去に誰かがタイムマシンを作っていれば話は別だが、それがないのだとすれば、未来から戻れる過去の下限は「現在」にしかならない。  ちなみにタイムパラドックスに整合性を与えるための説は3つあるという。 1. タイムマシンは存在しない=つくれない、時間旅行はできない。 2. 時間旅行が過去に影響を与えないように自然法則ができている 3. タイムマシンで移動した過去や未来は別の宇宙である  時間や空間の理論をつきつめた結果、タイムマシンが存在する余地はあることが分かってきた。実現は難しいが「月1個をつぶせば原子核を通すくらいのタイムマシンは作れる」(二間瀬教授)というから、何百年後かに、とりあえず時間旅行があるかどうかを観測することはできるかもしれない。  それにしても気が長い話ではあります。 (取材・文・写真=後藤勝)
タイムマシン 5年前のあの夏に......。 amazon_associate_logo.jpg
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