ブータンと水俣市に学ぶ震災後のあるべき日本の姿【前編】

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今月のゲスト 草郷孝好[関西大学社会学部教授] ──東日本大震災から半年がたった現在、わずかではあるが復興事業は前へ進みつつあるように思われる。だが、日本全体を覆う暗い陰は、いまだ晴れる様子はない。そんな中、「日本を本当に幸せな国に変えるには、ブータンと熊本県水俣市の取り組みを学ぶべきだ」と、関西大学社会学部の草郷孝好教授は語る。国民の生活水準だけを見ると、決して豊かとはいえないアジアの小国ブータンは、高い国民総幸福量を誇るが、水俣市は長い間、公害に悩まされてきた都市として知られている。お金や物資に頼らない"本当の幸せ"とは、どのようにもたらされるのだろうか? 震災後のあるべき日本の姿について、考えてみたい。 神保 東日本大震災を奇貨として、日本をより幸せな国にするために、我々は何をすればいいのか。今回はその一例として、ヒマラヤ山脈麓の小さな国・ブータンと、意外な共通点がある熊本県水俣市の取り組みを見ていきたいと思います。  まず、ブータンといえばGNH(Gross National Happiness/国民総幸福量)が有名ですが、宮台さんはどんなイメージを持っていますか? 宮台 仏教国で、貧しいが信仰生活が根付き、子どもも大人も生き生きしているイメージです。物が溢れ、部屋の中はガジェット満載なのに、誰もが浮かない顔をしている日本と対照的です。世界30カ国それぞれの「統計的中流」に属する家族の人と家財道具一式を家の前に並べて1枚の写真に収めた、『地球家族』(TOTO出版)という写真集があるけど、一番浮かない顔をしているのは日本人、一番輝いているのがブータンです。 神保 2005年の政府の調査では、ブータンは国民の97%が「幸せ」もしくは「まあまあ幸せ」と答える国で、国民の幸福度が非常に高い国だといわれています。国策としてGDP(国内総生産)やGNP(国民総生産)ではなく、GNH、つまり幸福量を増すための政策を追求していることで知られています。もっともGNHについては、「ブータンのような小国だから可能なことで、日本では難しい」といって、相対化するような見方もあります。 宮台 日本は、個人別GDPが世界2位だった10年以上前の時代でさえ、幸福度調査で世界75位より上になったことがない。今でこそ個人別GDPは23位ですが、それでも幸福度の順位とは差がありすぎる。これだけ経済的に豊かで、こんなに不幸なのは、スキャンダルです。イギリスの3倍にも及ぶ自殺率との関連でも、GNH上昇は喫緊の課題で、「GNHを上げるのは現実的でない」とほざく議論はナンセンス。GNHが低い理由を直ちに分析するべきです。 神保 今回のゲストは、タイやマレーシア、モンゴルなど、途上国の開発問題を研究してこられた、関西大学社会学部の草郷孝好教授です。まずは総論として、長期にわたる経済的な停滞や自殺問題などが取りざたされて久しい日本ですが、今年の3月に東日本大震災があり、原発事故もあった。これはある意味で、これまで私たちが歩んできた道を再考するいい機会だと思いますが、その際に、草郷さんが今こそ日本がブータンを見習うべきだと考える理由とは? 草郷 日本はこれまで、GDPやGNPを国の開発を測る物差しとしてきました。これは「富国強兵」の時代までさかのぼることができます。戦後に「強兵」の部分はなくなったものの、「富国」志向は健在で、経済競争の末に達成したものは、当然ながらGDPを物差しにした平均的な意味での幸せです。つまり、この国は「物の豊かさが保障されれば、国民は幸せになれる」という前提で成り立ってきた。幸せ=物の豊かさと定義するならば、「日本はすでに達成できた」と言い切れます。  しかし、3年に一度、「国民の意識とニーズ」を調査する国民生活選好度調査----「生活全般に満足しているか、それとも不満か」という指標を見るとどうか。84年は「満足」「やや満足」と答える割合が64・2%でしたが、これを頂点に数字は下がり続けています。GDPが幸せに直結するなら、70~80%になっていなければおかしい。日本は"幸福のパラドックス"に陥っているといえます。 神保 同調査では、05年には「満足」と答えた人が4%を切ったとのこと。つまり日本では、自分の生活に満足していると感じている人が、25人に1人もいないのですね。 草郷 震災をきっかけにして「どういう生活が必要なのか」を考えるとしたら、社会のあり方論が重要になると思います。日本人がどんな生活を求め、またGDP型のモデルとは違うモデルを見つけることができるのか。僕は見つけられると考えて、ブータンのモデルを研究してきました。  ほぼすべての先進国は、日本と同じような問題にぶち当たっています。若者の疲弊、大卒者の就職難、人間関係の希薄さ、家族の崩壊など、社会問題を取り上げてみると、本当によく似ている。そこで、今までのGDP型モデルが社会や人々に与えるダメージは過小評価できないから、ほかの国でも「違う物差しを探そうじゃないか」という話になっています。OECD(経済協力開発機構)からつい最近出された「より良い暮らし指標(Your Better Life Index)」が顕著な例です。 神保 国の発展の指標としてGDPやGNPを使うことには問題があると?
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スマートグリッドが実現しない日本型民主主義の悪しき慣習【前編】

ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地 今月のゲスト 高橋 洋[富士通総研経済研究所主任研究員]
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──通信と電力を融合させ、より効率的に電力を供給できるシステム──それがスマートグリッドだ。情報と通信技術を融合させ、世界各国へ網のように張り巡らせたワールドワイドウェブを例えに挙げられることも多いが、スマートグリッドとは「供給の分散化」「需要の自律化」「蓄電池の発達」を結ぶ網のことだと考えられている。だが、独占企業ともいえる日本の電力会社にとって、「スマートグリッド=電力の自由化」ととらえられているため、その見通しは決して明るくない。「原発は是か非か」という二元論に陥りがちなエネルギー問題を、また別の角度から考えてみたい。 神保 マル激では、原発や電力の自由化、再生可能エネルギーなど、電力に関するさまざまなテーマを取り上げてきました。その中で、日本はこれまで電気の発電も送電も何もかも電力会社10社にすべてを「おまかせ」してきたことがわかった。日本の電力は地域独占ゆえに送電網はしっかりしているし、停電も少ないが、その一方で、我々はその体制が多くのリスクを抱えていることに目を向けてきませんでした。結果として、電力会社に権益も権限も集中し、誰も抑えられないガリバー産業になってしまった。今回は、エネルギー政策に詳しい、富士通総研経済研究所主任研究員の高橋洋さんをゲストに迎え、原発問題が起きる前から注目を集めていた新たな電力配分システム「スマートグリッド」を取り上げながら、この先、日本のエネルギーをどう運営していくべきかを議論したいと思います。 宮台 4月半ばのTBS『報道特集』が「スマートメーター」を取り上げました。スマートグリッド化の前提になる装置で、電力網だけでなく情報網に接続し、1カ月の累積でなくリアルタイムで使用電力を計測し、家電機器ごとに使用量の自動制御もできるデジタル電力計です。  スマートというと、スイッチに触れなくても自動的に制御してくれて、今まで以上に「おまかせ生活」になりそうですが、実は違う。番組でも紹介されたけど、発送電分離を前提に、電力会社も選べ、電源種も選べ、自家発電も選べるので、実は〈エネルギーの共同体自治〉の要となります。つまり、家庭では家族が、企業では財務担当者が、頻繁に電力会社や電源種や自家発電の選択が適切かどうか議論し、単に効率だけでなく、良い電源の選択による社会貢献(の与える満足)を追求できるようにするのが、スマートメーターです。   神保 「おまかせ生活」という言葉はうまい表現ですね。高橋さんも論文の中で、「スマートグリッドとは、需要者が供給者に協力することにより電力の需給を最適化すること」だと書かれています。まずは高橋さん、一般の人はスマートグリッドをどんなものだと理解すればいいのでしょうか? 高橋 「グリッド」とは送電網のことで、簡単にいえば「配電も含めて、送電網をもっとスマートにしていきましょう」という意味です。最終的な形態としては、送配電網に通信網がくっついたものだと理解していい。なぜそういうものが必要なのかというと、世界的に3つの革新が起きているからです。  1つ目は「供給の分散化」。これまでの電力会社は、原発に象徴される集中電源を作ってきました。当然、一基の発電量が大きいほうが効率的だろうし、運用がしやすい。ところが、今後再生可能エネルギーが導入されると、電力会社の所有物ではない小さな電源が、いろんなところに入ってくるようになります。再生可能エネルギーの出力は不安定なので、電力会社側がそれをうまく処理するためには、ITの力が必要なのです。  2つ目は「需要の自律化」です。冒頭で言われたように、これまでは電力会社に「おまかせ」で、電力料金は少し高いけれど、スイッチを入れるだけで電力が手に入った。ところが、原発事故以降の日本のように、供給側が不安定になってくると、消費者の協力も必要になってくる。そこで重要なのが「情報」です。「停電が起こる可能性がある」とアナウンスされても、詳細な情報が得られなければ、いつ、どこで、どれだけ節電すればいいのかわからない。そこで、必要な節電量をメーターが提示してくれたり、あるいは家電が直接通信して、電力を調整してくれるようにする。これが、スマートグリッドの発想です。 神保 電力の需給状況に応じて、エアコンの設定温度が勝手に上がったりすると? 高橋 単純にいえば、そういうことです。そこで重要なのは、電力を利用する側へのインセンティブ。私たちは自由に電力を使いたい。しかし、「需要がピークの時には電力料金が10倍になる」「この時間に節電をしてくれたら、キャッシュバックする」などのインセンティブがあれば、率先して協力するでしょう。  3つ目の変化は「蓄電池の発達」という技術革新。電力にはそもそも"同時同量の原則"があり、常に需要と供給を一致させていなければいけなかった。しかし蓄電池が安価になり、広く普及すると、この原則は崩れます。つまり、電気が在庫できるようになる。据え置き型の蓄電池ももうすぐ発売されますし、蓄電池をうまく使うことにより、需要者自身が電気を売買することができるようになるのではないかと考えられています。以上の3つの革新を前提にして、中央管理者がすべてを支配するという仕組みから、電力システムがもっと民主的なものに変わっていく──それがスマートグリッドの背景です。 神保 スマートグリッドとは、今ご説明いただいた「供給の分散化」「需要の自律化」「蓄電池の発達」を結ぶ網のことだと考えていいでしょうか? 高橋 そうですね。電線に通信網が付加されるようなイメージです。もちろん、いきなりすべてを分散型電源にする必要はないし、大規模な発電所は残るでしょう。ただし、日本では再エネが電力消費の1%にすぎず、分散型電源があまりにも少ない。地球環境保護のためにも安全保障のためにも、分散型電源は必要であり、その上でスマートグリッドの導入は重要なポイントになるんです。 宮台 〈共同体自治〉の発電システムがあれば、電力会社の大規模発電所が停電しても、「原発が止まった以上、停電は仕方ない」という発想はあり得ません。 高橋 電力会社はこれまで「消費者側が自律的に電力を利用することなど不可能だ」と主張しており、それが一般常識でした。つまり、消費者は自分勝手だから「この時間はエアコンの温度設定を1度上げてください」とお願いしても、やってくれないだろうという見方をしてきた。私は「そんなことない」と考えていましたが、論破するのは難しかったんです。  ところが震災以降、東京電力管内の人々が、節電に一生懸命に協力してしまった。私の試算では、3月・4月の電力消費量は、前年比10~15%も下がっています。当然ながら、スマートメーターなどなく、消費者は十分な情報を与えられず、かつ節電になんのインセンティブもなかった。これは驚異的なことです。   神保 消費者は自律的に協力する。ましてや情報を提供し、インセンティブを与えれば協力できるということが、いみじくも今回の震災によって証明されたということですね。  さて、概念だけでは伝わりにくいと思うので、スマートグリッドにまつわる具体的な「もの」として、スマートメーターについて教えてください。一見すると、ただの電気メーターですね。 高橋 そうですね。これまでのメーターと違うのは、通信機能がついていることです。どれくらいの量の電力を消費しているかという情報を30分単位で発信しています。そのデータをパソコンでチェックすることができ、個別の家庭で「この時間は電力の消費が激しい」とか「この時間はもっと使えそうだ」という判断が可能になる。また電力会社側から見れば、個々の家庭や企業のメーターを足し合わせて「この時間帯は需要が高まっている」とか「需要が減ってきた」ということがわかります。意外かもしれませんが、実は現在、電力会社は各家庭の消費量をリアルタイムで把握できていないんです。 神保 電力会社としては、スマートメーターを普及させたいと考えているのでしょうか? それとも、スマートグリッドは電力会社の独占体制を崩す脅威と考えているのでしょうか? 高橋 残念ながら後者です。かつて電力会社にとってはスマートグリッドという言葉自体が禁句でした。スマートグリッドが進めば、どうしても「消費者に情報や価格インセンティブを与える」という話になる。電力会社のほうは頭がいいから「スマートグリッドとは、要するに電力自由化のことだろう」とわかるわけです。ただし、2010年政府が発表したエネルギー基本計画では、今後はしっかりと議論をした上で、「スマートメーターに記録された情報を一定の条件のもとで第三者に開放する」ということまでは書かれており、状況は変わりつつあると思います。
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国後・択捉は日本の領土なのか? アメリカの去勢と歴史的歪曲【前編】

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今月のゲスト 孫崎享[元外務省国際情報局長] ──昨秋、尖閣沖で起こった中国漁船と海上保安庁巡視船の衝突事件後、ロシアのメドヴェージェフ大統領が北方領土を、そして今年に入っても韓国の国会議員3人が国後島を訪問した。ここに来て日本の領土問題が騒がしくなったが、「政府、メディア、アメリカのあり方」という点、日本の領土問題と原発問題は類似している、と本連載の司会・神保哲生氏は語る。またそれに同調した元外務省の孫崎享氏は、北方・尖閣をはじめとする領土問題はフィクションに踊らされたタブーが根底にあると指摘する。原発問題に揺れる今だからこそ見えてくる領土問題について、日本が抱える病巣とともに"真の問題点"を浮き彫りにする。 神保 東日本大震災の発生以来、マル激では防災や原発など震災関連のテーマを通して、日本のさまざまな問題点を見てきました。今回は思い切って、直接震災とは関係がないテーマ領土問題を取り上げます。ただし、これも中身を見てみると、政府の対応やメディアのあり方、そしてアメリカとの関係などで、震災、とりわけ原発問題と共通する構造的な問題がその根底にあるように思います。 宮台 原発問題も領土問題も、合理的解決を目指して政治プロセスが進んでいるよう見えないという共通性があります。政治に合理性を期待する国民が騙されていると言ってもいいし、問題解決に役立たない歪んだ認識を"擬似現実"として信じこまされていると言ってもいい。  昔からシーモア・M・リプセット(アメリカの社会学者、政治学者)やダニエル・J・ブーアスティン(アメリカの歴史家)がこの"擬似現実"という言葉を使って、大統領選や戦争の際にメディアを使って国民動員がなされることを批判的に分析しました。でもアメリカの場合、何のために国民を騙すのかについて、統治権力の側に合理的な最終目標がありました。ところが、日本の場合、それがないのです。原発問題にも領土問題にも共通する奇妙さです。 神保 今回のゲストは、元外務省国際情報局長の孫崎享さんです。孫崎さんは5月に『日本の国境問題 尖閣・竹島・北方領土 』(筑摩書房)という本を出されています。この本を読み、「北方領土」を「原発」に、「外務省」を「経産省」に置き換えると、つくづく同じ構図だなと思ってしまいました。 孫崎 おっしゃるとおりです。原発については、「安い」「安全」「代替エネルギーがない」など、神話のような嘘が通用しており、政府もマスコミも学者も「だから原発しかない」と口をそろえてきた。しかし、今回の問題で「権威のある人間が言うことでも、事実ではない可能性がある」ということが周知されたと思います。領土問題についても、これまで政府やマスコミ、学者が言ってきたことは事実ではない、という私の主張も、今なら信じていただけるはずです。 神保 まずは北方領土問題について、歴史的な経緯を確認していきましょう。 孫崎 1855年に日露国境を択捉海峡と定めた日露通商条約、1875年には樺太をロシア領に千島を日本領にした樺太千島交換条約、1905年には日本が南樺太を獲得したポーツマス条約が結ばれました。これらを見ていくと、第二次大戦の終わりまでは、千島列島のうちの国後・択捉は日本のものであるとの見方で何の問題もありません。  しかし、政府が国民に伝えていない重要な事実があります。実は1945年のポツダム宣言第八項には、「日本国の主権は、本州、北海道、九州及四国並に吾等の決定する諸小島に局限せらるべし」という記述があるのです。 神保 ここでいう「吾等」とは、連合国側のことですね。 孫崎 そうです。本州、北海道、九州、四国は日本の領土であることは間違いない。しかし、その他の島については「連合国側が認めたものが日本のものになる」とされており、日本側はこれに合意している。そして、「吾等の決定する諸小島」に千島は入っていなかったのです。 神保 1945年のヤルタ協定で、ルーズベルトとスターリンの間でどういうやり取りがあったか説明していただけますか。 孫崎 日本人の多くが誤解をしているところですが、ソ連に「満州に入って日本軍と戦ってくれ」と要求したのは、実はアメリカです。ソ連が参加すれば、関東軍を満州に釘付けにでき、アメリカが日本本土を攻略しやすい。そのため、ヤルタ協定の最終的な協議に入る前にルーズベルトはスターリンに「千島・樺太はソ連に引き渡す」と約束しました。実際、戦後占領軍は千島を管轄地に入れていません。  そして、もうひとつ重要な条約に1951年のサンフランシスコ講和条約があります。第二条第二項に「日本国は、千島列島並びに日本国が一九〇五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」と書かれている。つまり、日本は千島列島を放棄すると言っているんです。ここで問題になるのは、「千島列島」に国後・択捉は入るか、ということです。 宮台 日本人はずっと昔から国後・択捉を「南千島」と呼んできたので、国後・択捉が「千島列島」に入るのは当たり前です。ところが、外務省がアメリカの言いなりに「北方領土返還」などと変なことを言い始めてから、国後・択捉を「南千島」でなく「北方領土」と呼ぶように宣伝・教育されるわけです。 孫崎 そうです。明治以降の資料を見てみると、「国後・択捉が千島列島に入らない」とされているものは、どこにもない。また、サンフランシスコ講和条約を結んだ吉田茂は、条約を最終的に締結する前日の演説で「国後・択捉は日本固有のものなので日本にください」とアメリカにお願いしている。しかし跳ね除けられ、翌日に千島列島全体を放棄する条約にサインしており、日本はこの時点で国後・択捉を放棄したと言えます。講和条約を認めた国会では、「放棄した中に国後・択捉も入っている」と解釈され、それは記録にも残っている。またソ連側は、もともと色丹・歯舞については北海道の一部だと考えていました。 神保 色丹・歯舞は日本の領土だが、択捉・国後を含む千島列島は放棄したこの事実さえはっきりすれば、日本とロシアは平和条約を結べているはずです。なぜこんな簡単な話が、こうまでこじれてしまったのでしょうか? 孫崎 1956年日ソ共同宣言の前に、日本・アメリカ間で重要なやり取りがありました。国後・択捉がソ連の領土だということは、アメリカが認めている。当時の重光葵外務大臣は、この二島は取り戻せないと考え、色丹・歯舞を日本領とすることでソ連側と合意しようとしました。しかし、これを当時のダレス米国防長官に説明したところ、「国後・択捉を放棄するならば、アメリカは沖縄を返還しない」と恫喝されたそうです。ダレスは在米日本大使に向けた正式な書簡でも、「二島を放棄すれば、サンフランシスコ講和条約そのものをチャラにする」という可能性を示唆しています。 宮台 アメリカは、1951年に締結された講和条約では「日本は国後・択捉を放棄せよ」としておきながら、56年になると「国後・択捉を放棄するな」と脅してくる。無茶ですよ。 孫崎 そして、アメリカは手のひらを返したように「そもそも国後・択捉は日本のものだろう」と言い始める。要するにアメリカは、「領土問題を日ソ関係の懸念材料として残せ」と日本側に指示したんです。アメリカは冷戦下で、日ソの緊張関係が緩和することを恐れた。日ソが良好な関係を結べば、日本が共産化する可能性もあり、在日米軍も不要になってしまうからです。  また当時の鳩山一郎首相は、日ソ間の緊張を弱める自主路線を標榜していたので、アメリカとしては自分たちに都合がいい岸信介(のちに新安保条約を締結)に政権をとらせたかった。フルシチョフが鳩山首相を評価し、国内でのポジションを強化させようと考えていることを、アメリカは知っていたから、早い段階でつぶそうと画策しました。
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アメリカに担がれたTPPへの参加と"低い"日本の関税率【前編】

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 菅直人政権による目玉政策のひとつが、「平成の開国」である。これを実現するためにTPP(環太平洋経済連携協定)への参加を掲げている同政権だが、決定リミットである6月はもうすぐそこに迫っている。こうした中、大手マスメディアは、参加しない場合、「鎖国状態に戻る」「世界経済に取り残されてしまう」と警鐘を鳴らしているが、京都大学大学院助教の中野剛志氏は、これらの指摘は「冗談としか思えないほど、デタラメだ」と一蹴する。中野氏の言は、一体何を意味しているのだろうか? 数字のトリックに見るTPPの危険性について考えてみたい──。 今月のゲスト 中野剛志[京都大学大学院助教]

神保 今回は、菅直人政権が年頭に掲げた3本柱のひとつ「平成の開国」──その具体的な政策として浮き上がってきたTPP問題を取り上げます。自由貿易や保護貿易について、まず僕たちは、やや先入観で考えてしまっている面があるのではないでしょうか? 宮台 僕は2010年からTPPについて「やむなし」という立場を取ってきました。しかし、データを読み解いていくうちに、考え方を変えなければいけないと思うようになりました。  ひとつのきっかけは、韓国のデータです。確かに韓国は、ダイナミックラム、液晶パネル、携帯電話、リチウムイオン電池でも世界でトップクラスのシェアを獲得しています。こうした韓国企業の躍進は、97年の通貨危機以降、積極的なFTA(自由貿易協定)戦略が行われた結果だとされています。「日本の11カ国と比較して韓国は20カ国と倍規模でFTAを結んでおり、だから日本もFTA戦略を取らないと国際的な市場で韓国に負ける」という経団連的な論調に僕も加担してしまったんです。ところがデータをよく見ると、そういう加担がまずいことがわかってきます。日本は外需依存度が17%ですが、韓国は5割を超え、外需依存度がまったく違います。また韓国のGDPのうち2割弱はサムスン関連で一極集中が起こっています。さらに韓国はFTAに引きずられて唐辛子とニンニク以外の農産物関税を撤廃しましたが、結果、中山間地域にほとんど人が住まなくなってしまった。そもそもTPPにはEUも中国も加盟していない。韓国と機能的に等価なFTA戦略の代わりになりません。TPP参加国の中で、日本にとって重要な貿易相手国はアメリカだけ。こうした材料を並べてみると、TPP加盟のエクスキューズとして使われている「韓国」の持つ意味は変わってくるのではないでしょうか。そのほかにも、10月下旬に北海道新聞を除く全新聞が揃ってTPP賛成の社説を書くなど、官邸や経産省のブリーフィングをリピートしている気配があり、変だと思ううちに、あることを思い出したんです。第二次竹下内閣に起こった、日米構造協議につながる流れのことです。日米構造協議の愚昧を訴えてきた僕が、TPPやむなしというのはあり得ない。TPPに対する立場を一貫することより、日米構造協議的なものに対する立場を一貫することを優先せざるを得ません。    各社の社説が揃う背後にはスポンサーシップを握る経済団体があり、他方に経済団体の所属企業の社員を主要メンバーとする労働組合の支持母体を持つ民主党政権がある。とすると、2009年夏にアメリカが突然TPP参加を表明した意味も浮かび上がってきます。アメリカはたぶん「いけるぞ」と思ったんです。 神保 ゲストは『経済はナショナリズムで動く』(PHP研究所)の著者で、経済産業省から現在京都大学大学院に出向中の中野剛志さんです。今回は中野さんが積極的に発信されている「自由貿易のワナ」について議論したいと考えています。  TPPの正式名称は「Trans-Pacific Partnership」。日本では「環太平洋戦略的経済連携協定」と訳されています。現状では、チリ、ブルネイ、ペルー、ニュージーランドの小さな4カ国だけの自由貿易協定ですが、アメリカが加盟の意思を表明したことによって、日本でも交渉に加わるかが議論されるようになりました。菅政権は「平成の開国」の目玉政策として、これを挙げています。この協定に加盟すると、工業品、農業品、金融サービスなどすべての品目の関税を、原則としてすべて撤廃することになる。また、労働など人の移動についても協議するとのことで、「カネと物と人の移動を自由にする自由貿易協定を多国間で結ぶもの」と説明されています。  日本のライバルである韓国はTPPとは別に、アメリカやEUと個別に自由貿易協定を進めている。それらの国と協定を結んでいない日本は韓国の後塵を拝することになり、これは貿易立国としては由々しき事態だと、マスメディアではこんなふうに説明されていますが、TPP推進論のどこがおかしいのか、説明をお願いします。   中野 10年末以降、各新聞社はTPPのメリットを訴え、また「参加しなければ鎖国状態になる」「世界の孤児になる」と極めて激しい言い方をしていますが、冗談を言っているのかと思うくらいデタラメな話ばかりです。  一例を挙げれば、「TPPに参加することで、日本にアジアの成長を取り込むことができる」という意見。TPPに韓国は入らないし、もちろん中国も入らない。T PPの本質は、参加国のGDP規模を見れば一目瞭然です。アメリカが参加国全体のGDPの69.7%、日本が21.8%──つまり、TPP参加国のGDPの91%を日米が占めており、他国は誤差程度の数字。日本にとって輸出先はアメリカしかなく、アメリカにとっても輸出先は日本しかない。アジアなど、まったく関係ないんです。 神保 要するにTPPは、実質日米二国間のFTAと変わらないということですね。ただ、韓国もアメリカとFTAを結んでいるのだから、日本にとっては日米間のFTAでも意味があるじゃないか......という見方もあるでしょう。
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アメリカを疑心暗鬼にする コモンセンスの欠如と空洞化【前編】

──ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地
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 今年1月、アリゾナ州で起こった下院議員を狙った銃乱射事件は、オバマ政権誕生による保守派とリベラル派の党対立が色濃く投影されているものと見られている。犠牲者を追悼する式典に出席したオバマ大統領は、改めて"アメリカのため"の融和を訴えた。だが、日本屈指のアメリカ研究家である渡辺靖氏は、アメリカ建国の根底には保守思想が色濃く残っていると指摘する。かつて、クリントン政権の民主党がそうであったように、オバマ大統領も保守・共和党との中道政策を見いだすのだろうか? 日本にとって最重要国であるアメリカの"今"を考える──。 今月のゲスト 渡辺 靖[慶應義塾大学環境情報学部教授]

神保 今回のゲストは、最近『アメリカン・デモクラシーの逆説』(岩波新書)を書かれた、アメリカ研究がご専門の慶應義塾大学環境情報学部・渡辺靖教授です。  ここでは、1月8日にアリゾナ州で起こった銃乱射事件を受け、アメリカ国内にある保守とリベラルの対立について掘り下げたいと思います。また、1月20日でオバマ大統領が就任2周年を迎えました。ちょうどその時期に中国の胡錦濤国家主席が国賓としてワシントンを訪問しているので、米中関係についても議論していきます。 宮台 対中問題は、アメリカを考える上での良い切り口になると思います。大統領が誰であれ、中国の台頭には現実的に対処するしかありません。ところが、特にアメリカの場合、現実主義的な路線を選択しようとすると----選択するしかないのですが......国民の間で理想主義という名の感情的表出が生じ、結果として国内の分裂が広がってしまう。渡辺さんの本のタイトルにもある通り、これまでもそうした「逆説」が繰り返されてきましたが、それが今後ますますひどくなるのかと思うと、滅入ります。 神保 さっそくですが、アリゾナの銃乱射事件について議論したいと思います。渡辺さんは、この事件をどう見ますか? 渡辺 ティーパーティー運動の中間選挙での躍進、強硬な移民取締法の可決、そして今回の銃乱射事件──アリゾナ州で起こった3つの出来事は、つながっていると考えます。  根底にあるのは、政府に対する本質的な警戒心であり、「アメリカを連邦政府から取り戻せ」という発想。例えば、ティーパーティーの躍進は、政府が大きくなることについての不満の表出であり、移民取締法の可決は、政府がこれまで移民に対して寛容な態度を取り続けたことに対する不満が表れています。そんな流れの中で、銃乱射事件が起こってしまった。    日本には「政府から国を取り戻せ」という保守は存在せず、これが日米保守の決定的な違いです。アメリカの中には、さまざまな民兵組織や人種差別団体がありますが、よく見ると彼らの主張は共通している。すなわち「連邦政府が寛容な態度を取りすぎた結果、本来アメリカにとってあってはならないことが起きている」という主張です。今回の事件をただの「銃乱射事件」に短絡するのは間違いであり、僕は保守のあり方そのものに関する問題を含んでいるのだという印象を持ちました。 神保 ちなみに、バージニア工科大学でも07年に銃乱射事件が起きています。マイケル・ムーアが『ボウリング・フォー・コロンバイン』で扱った、99年のコロンバイン高校の事件も含め、アメリカでは銃の乱射事件が何度も起きていますが、今回の事件が過去と共通する部分、あるいは異なる部分はなんですか? 渡辺 今回の事件で、民主党の議員の中からは、銃規制を求める声が出てくるでしょう。しかし、これだけの事件を経ても、おそらく銃問題が解決に向かうことはない。アリゾナでは事件発生後、自己防衛のために銃を買う人の数が増えていますし、民主党の議員は全米ライフル協会のようなロビイストの影響から、規制に賛成することができない。そういう意味では、同じようなパターンが繰り返されていると思います。 宮台 僕には、アメリカ国民の「コモンセンスに対する信頼」が失われているとの懸念があります。「銃のせいで凶悪犯罪が増え、それに対する防衛意識で、ますます銃が売れる」という悪循環のせいで、非合理的な水準にまで社会がセキュリティ化し、コミュニティ分断化・相互不透明化・疑心暗鬼化が進んでいます。それが格差放置と犯罪増加につながり、ますます防衛意識が広がって先の悪循環が強化されます。こうしてコモンセンスが崩れます。崩れれば「昔のアメリカはこうじゃなかった」との思いからティーパーティー的表出に拍車がかかります。 渡辺 その結果、コモンセンスの背後に陰謀論を読み取ってしまう。例えば、医療保険改革についても、「民主党は中絶を保険の対象にして、中絶を容認するような社会を作ろうとしているのではないか」と、パラノイア的に分裂しているところがあると思います。 宮台 現状への不満や抑鬱が、政策的な手当の有無という現実主義的問題ではなく、〈最終目標〉たる建国理念への理解無理解という理想主義的問題に、意味加工されちゃう。これでは現実主義的態度が疑心暗鬼の対象になって当たり前。  アメリカの法哲学者ロナルド・ドウォーキンも指摘しますが、オバマ政権の政策は国民一人ひとりの利益を増進させるもので、全体として理に適っているのに、理に適った政策が激烈な対立を生み、オバマ政権への否定的感情を広げています。客観的には理に適った政策でも、主観的には感情的憤激を招き、理に適った政策で救済されるはずの弱者が、政権に敵対する、という逆説です。    日本でも05年総選挙で同じことが起きました。「政府を小さく、社会を大きく」という新自由主義への、誤解に基づく小泉政権の市場原理主義政策で、最も苦しむことになる都市的弱者が、既得権益構造の一掃という一点でカタルシスを得て、小泉政権に熱狂した。「弱者が、感情的表出を、自らの首を絞める政治に結びつける」といった馬鹿げた事態が多くの先進国で起こっています。コモンセンスが空洞化し、不満が不安と結びついた結果、理に適うか否かへの関心よりも、表出機能の有無にばかり関心が集中するようになります。 渡辺 例えば、ダラスの北方に位置する、ある選挙区には、医療保険未加入者が30%もいます。ところが、その地域は医療保険制度改革に猛烈に反対している。また、モンタナ州の小さな農場を訪ねたとき、「政府から補助金をもらうことは考えないのですか?」と聞くと、非常に苦しい生活の中でも、彼らは「今の自分たちの苦境は、政府の力が大きすぎることが原因なんだ」と答えました。もっとも、それに対して「自分たちの生活が苦しいのは、政府が適切な判断をしていないからだ」という人もいて、なかなかコモンセンスが見いだせません。 神保 アメリカ史を勉強する上で必須の本に『コモンセンス』(トーマス・ペイン)がありますが、一般にはそのコモンセンスが共有されてアメリカという国ができたのだと理解されています。しかし、実際には建国時から、そうした対立が内包されていたということでしょうか? 渡辺 おそらくそうでしょう。合衆国憲法が批准されて、ジョージ・ワシントンが初代大統領の宣誓をしたときに、実はノースカロライナとロードアイランドは、まだその憲法を認めていなかった。だから、当初から政府が「自由を保障する存在」なのか、「自由を制限する存在」なのか、という認識が一致していなかったと考えられます。それが地域的にはっきりと顕在化したのが南北戦争であり、特に80年代あたり、レーガン政権から現代的な意味でのコモンセンスのズレが顕著になってきた印象があります。 宮台 ヨーロッパにはフランス革命後の悲劇から「自由こそが社会の〈最終目標〉なのか」をめぐって自由主義と保守主義の対立があります。アメリカは最初から自由が〈最終目標〉で、この意味での保守主義はありません。代わりに自由主義の内部に、「自由になるために必要な前提を整備するのが政府の役割で、政府は自由実現に不可欠」とするリベラルと、「政府に依存する自由は真の自由でなく、個人の内発性を支えとするものだけが自由だ」とするリバタリアンが分岐します。後者は所有物や家族などの近接性以外を信じないので、旧ヨーロッパのアナキズムに似ますが、アメリカと違って政府を懐疑せずに政策を議論するヨーロッパではアナキズムは傍流です。自由懐疑が議論され、国家を疑わない(アナキズムを切除した)ヨーロッパと、国家懐疑が論争され、自由を疑わない(保守主義を切除した)アメリカとの、対比です。 神保 渡辺さんは著書の中で、ヨーロッパでは「リベラルと保守の分裂」だが、アメリカの場合は「自由を前提としたリベラル内のお家騒動」だと書かれています。近親憎悪のようなものも、対立を激しくする要因なのでしょうか?
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権力の集中が悪習を招いた検察の改革は成功するのか?【前編】

──ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地
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──戦後、一度も手を付けられることがなかった検察制度が、ついに見直されることになった。周知の通り、冤罪や証拠改ざんなど、不祥事に端を発する今回の動きだが、検察問題に詳しい成城大学法学部の指宿信教授は「検察に権力が集中しすぎたことが問題」だと、制度そのもののあり方に異議を唱えている。昨年11月に「検察の在り方検討会議」が行われたが、「改革に向けた動きは評価できるが、検察だけではなく、裁判所の見直しも必要だ」と、指宿氏は続ける。起訴すれば有罪率は99・9%という絶対的な力を持つ検察は、拡大した病巣を自ら取り除くことはできるのだろうか? 【今月のゲスト】 指宿信[成城大学法学部教授] 神保 今回はマル激でも2003年頃から繰り返し議論してきた、検察と日本の刑事司法の構造問題を取り上げます。刑事司法の問題はその国や社会の正義の根幹を成す問題でもあるので、実は警察、検察にとどまらず、現在、日本が抱える多くの問題の根っこにある問題と考えていいのではないでしょうか。 宮台 その通りです。統治権力と市民社会の関係性をめぐる、日本独特の問題がよく表れています。いまだに起訴便宜主義が許され、有罪率は99.9%。取り調べの可視化も進まない。「日本の社会はよくこれを放置してきたな」と思わざるを得ません。  そして、これが大切な話なのですが、これらの問題は検察だけを悪者にして済む話ではありません。僕らがなぜ、国家と社会の関係を、今に至るまで歪んだまま放置してきたのかを考えると、そこから日本人と日本社会の民度が透けて見えるし、口惜しいです。 神保 2010年11月に、検察制度の改革を議論する「検察の在り方検討会議」が発足しました。検察をどう改革すべきかを考える上で、まず現状の問題点をしっかり押さえておく必要があります。それをきちんとやっておかないと、例によって上辺だけの改革でお茶を濁されて終わってしまう可能性もある。そこで今回は、検察制度改革についての私案も出されていて、可視化問題に詳しい成城大学法学部教授の指宿信さんにお越しいただきました。  さっそくですが、「検察の在り方検討会議」でのここまでの議論を、どう評価しますか? 指宿 「取り調べの可視化」も「証拠品の開示」を含め、現在マスメディアで取り上げられているような問題は、一通りカバーしていると思います。今回、いわゆる大阪特捜事件をきっかけにこうした議論が出てきましたが、検察改革は戦後一度も公的に議論されたことがなかった。特捜だけではなく、検察全般や、それを監視する法務省、あるいは裁判所との関係まで見直そうとしている点は評価できます。 神保 会議のメンバーを見ると、ジャーナリストの江川紹子さん、元東京地検検事の郷原信郎さんなど、現在の検察の在り方に批判的な方も入っていることは入っています。しかし、議長を含めた総勢14人のメンバー構成を見ると、必ずしも改革派が過半数を占めているわけでもなさそうですね。 指宿 現状では、検察改革派と擁護派がいい勝負をしていますが、元検事や元判事など、人数的には検察側にシンパシーのある人が多く、最終的には改革派が負けてしまうかもしれません。付け加えるならば、冤罪被害者がメンバーに入っていないことも問題でしょう。実際に「自分に有利な証拠が開示されなかった」という経験を持つ人が会議に加われば、議論もより深まるはずです。 宮台 こうした審議会においては、事務局の存在も重要です。事務局が多くの場合、議論の帰趨を方向づけるからです。事務局の構成メンバーを、どうご覧になりますか。 指宿 事務局には優秀な人が揃っています。しかしながら、「年度内にミッションを終える」という報道もあるように、会議が非常に急いだ状態で運営されているため、生煮えのまま結論に至ってしまうのではないかという危惧もある。事務局が優秀でも、調査の時間と予算が十分でなければ、「多くの人を集めて議論しました」というだけで終わってしまうことも考えられます。 神保 あらためて、現在の検察が抱える問題について議論していきたいと思います。大きくどんなものが挙げられますか? 指宿 刑事手続き上の問題としては、「捜査」「起訴」「公判」のそれぞれに問題が挙げられます。「捜査」においては、特捜検察が独自捜査を行い、それを検察内部でチェックする仕組みになっているのがおかしい。また「起訴」については、公訴権を検察が独占しています。そして「公判」においては、刑事裁判の99.9%という有罪率からもわかるように、裁判官が検察の仕事をチェックできていない。実際に有罪・無罪を決めているのは、裁判官ではなく検察官です。  有罪になった人を刑務所に入れ管理する仕事をするのは法務省だし、死刑を執行するときには検察官が立ち会う。こうした極めて広範にわたる権力を持っているのが、日本の検察の特徴です。 神保 廃止も含め、特捜部をどうするかも、重要な論点になると思います。特捜部案件は捜査の機能と捜査の在り方をチェックする機能を両方とも検察が持っているため、本来のチェック機能が働かない。村木厚子厚労省元局長をめぐる郵便不正事件でも公判部から捜査の在り方を問題視する声が内部的には上がっていたようですが、結局それを無理やり起訴してしまっている。特捜機能の維持の是非はともかくとして、最低でも特捜を検察から分離する必要がありませんか? 指宿 特捜検察はそもそも"起訴ありき"──不起訴や起訴猶予はあり得ないという前提で、捜査を行っているのが問題です。「そんな特捜部は潰してしまえばいい」という話も出てきていますが、そこで重要になるのは、「ホワイトカラー犯罪」(社会的に高い地位にある者が、その立場を利用し、職業上において行う犯罪)を的確に捜査し、起訴することができる機関をほかに作れるのか、ということです。  警察は街で起こる犯罪など、主に被害者がいる事件の捜査は得意ですが、明確な被害者のいない脱税事件などは不得意。ホワイトカラー犯罪を専門に扱う機関が必要であることは間違いありません。もっとも、それは検察内部の機関である必要はありません。それも、なんでも一手に引き受ける特捜的な組織は望ましくなくて、「証券だったら証券、国税だったら国税」と、目標をはっきりとさせた監視組織を作ったほうが効果的だと思います。 神保 しかし、経済事案については証券取引等監視委員会もあるし、国税局もある。特捜でなければ扱えない事件として考えられるのは、疑獄事件くらいではないでしょうか。 指宿 また重要なのは、今は暴力団事件がホワイトカラー犯罪化していることです。暴力団犯罪は警察と検察の狭間にあって、もともとの担当は警察ではあるのですが、犯罪の構造を解明するには特捜部のような強い力が必要になる。単に特捜部を廃止してしまうと、巨悪が力をつけていってしまうのではないか、という危惧があります。検察以外にも、「県警」のように活動範囲を制限せず、横断的な捜査を行う機能を持つ機関があってもいいのでは、と思います。

ウィキリークスと情報漏洩は"正義"なのか"犯罪"なのか?【前編】

──ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地──
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──11月、尖閣諸島沖で起こった中国船と海上保安庁巡視船の衝突事件を映した流出映像が動画サイトで共有され、世間を賑わせた。だが、それ以上に重大な機密資料が流出していたのだ。公安警察が作成したものとされるそれらの資料には、警視庁が監視対象にしているイスラム系外国人の詳細なプロフィール、監視している捜査員らの情報、さらには、国際会議での警備体制といった文書まで含まれていた。表向き警視庁は、流出した資料を本物とは認めていない。国際政治アナリストの菅原 出氏は、こうした出来事が無理矢理告発者を作っていると指摘する──。 【今月のゲスト】 菅原 出[国際政治アナリスト] 神保 今回は情報流出・情報漏洩をテーマに議論を進めていこうと思います。情報流出というと、まず尖閣ビデオの流出問題を思い浮かべる方も多いでしょうが、もしかすると、それよりはるかに重要な情報の流出事件が、10月末に起こっていたようですね。 宮台 人の命にかかわる情報だから、「もしかすると」ではありません。海自の尖閣極秘情報流出問題がハレーションで吹き飛ぶほどです(笑)。 神保 「これを隠すために尖閣のビデオを流出させたのでは」と言う人もいるくらい、重大な情報漏洩です。流出したのは"テロリスト"を監視している警視庁公安部外事三課の捜査情報。政府は流出した情報が本物であることを認めていませんが、国家公安委員長の岡崎トミ子氏が記者会見で「遺憾」を表明してしまったので、本物であるとみて間違いなさそうです。  また海外でも、『ウィキリークス』(匿名で政府や企業、宗教にかかわる機密情報を公開するウェブサイト)によって、米軍の極秘軍事情報が漏れる事件が発生しました。僕は情報漏洩や内部告発が新しい次元に入ったような印象を受けます。情報漏洩の理由についても、正義に基づいて行われているだけではなく、そうではないのになぜか漏れている、という部分もあるようなので、しっかり検証しておいたほうがいいと考えました。 宮台 昔なら、内部告発者が新聞に情報を流すとき、記者に直接会わないといけなかった。例えばアメリカ映画のジェイソン・ボーン・シリーズ第2作『ボーン・スプレマシー』で、主人公ボーンが新聞記者に極秘情報を手渡そうとしますが、失敗して新聞記者が狙撃されてしまうエピソードが描かれます。内部告発につきものだったこうしたリスクが、免除されました。 神保 今回のテーマのひとつであるウィキリークスについて造詣が深い、国際政治アナリストの菅原出さんにお越しいただきました。まずは警視庁資料の流出問題から見ていこうと思います。  流出が起きたのは10月28日から29日にかけて。警視庁公安部外事三課および警察庁や愛知県警が作成した文章が114点、インターネットに流出しました。当初はウィニー経由でウイルスに感染した署員のパソコンから情報が漏れてしまったという見方がありましたが、次第にそんな生ぬるい話ではなかったことがわかってきました。  産業技術研究所の高木浩光さんによれば、少なくともウィニー経由でウイルスに感染して、ウィニー経由で情報が広がっていくという、いつもの漏洩パターンではなかったそうです。今回ウィニーはもっぱら情報の拡散のために使われたそうで、ウイルス感染による流出ではなく、何者かが意図的に情報をウィニーを使って拡散させた形跡があるようです。また、犯人はツイッターを使って、最近のツイートの中に「APEC」とか「警視庁」というキーワードが含まれていた人を検索で探し、ウィニーの情報のありかを教えています。その場所というのが、ルクセンブルクのレンタルサーバーで、そのサーバーにウィニーをインストールして、そこから情報を拡散させたのだそうです。しかし、そもそもその犯人が警察の捜査資料をどこから入手したのかはわかっていないとか。 菅原 これらの情報にアクセスできるのは、幹部クラスだけだということを聞いていますので、なんらかの意図があって流出させたと考えるほうが適切だと思います。 神保 不可解なのは、例えば田原総一朗さんや堀江貴文さんのような、ツイッターでフォロワーが多い人のところに書き込まず、特に目立たないユーザーだけに向けて発信した点です。それも、たった10人。これは手口の稚拙さと考えられなくもありませんが、菅原さんはどう見ますか? 菅原 メンションの相手を選ぶ基準は、「APEC」「警視庁」という言葉を含むツイートをしたというだけでした。誰にメンションするかで犯人のプロフィールを推定できる面もありますが、そうした判断材料を一切排除しているのだとも考えられます。 神保 今回流出した書類が保存されている警視庁のサーバーは、ネットワークからは完全に遮断されていたということです。しかも、尖閣ビデオのように、そこから誰でも簡単にUSBで持ち出せるわけではなく、情報が暗号化されているので、そのパソコンでしか閲覧ができなくなっていたそうです。海保ビデオのときよりはセキュリティがしっかりしていたようですが、そういう技術的な部分も含めて、やはり内部の犯行の疑いが高いと? 菅原 複数の警察関係者に聞いた限り、やはり内部の犯行の疑いが高いと考えられます。警察関係者はウィニーに絶対タッチしないし、たとえ私用であっても使ったら罰せられる。しかも、ファイル形式を、わざわざ環境を選ばずに読むことができるPDFにしている点を考えても、意図的だとしか考えられないですね。 神保 それでは、なぜ内部の人間がそういうファイルを公表しなければならなかったのか。まずは、今回のファイルが具体的にどういうもので、どんな価値があるのかを伺えますか? 菅原 さまざまな種類のファイルがありますが、最も秘匿性の高いデータは、警察がテロリストではないかと疑っている人たちの身元──彼らの家族も含めた、詳細なプロフィールです。さらに彼らを監視する手法や、捜査側の人々のプロフィールまで載っています。 神保 公安警察の顔写真付きプロフィールや、捜査協力者の個人情報も載っていますね。麻布にあるイスラム教のモスクが監視の対象になっていて、そこに出入りしている人間の中にアルカイダと関係があると思われる人が2名いるとのこと。そして、彼らについてモスクの人間や前妻が証言した内容も載っています。流出した情報からうかがえる捜査の実態や、流出したファイルの価値は、どれほどのものなのでしょうか? 菅原 テロリストなのか疑わしい人たちの情報がたくさん入っています。ただし、もっとコアな、テロリストに近い人たちのデータは、まだ流出していないと思われます。犯人は、一番ヤバい情報は出していない可能性も考えられますね。 神保 そうすると、犯人の目的はなんだったと考えられますか? 宮台 僕ら素人から見ると、公安外事三課のやっていることが「しょぼい」という印象を受けます。「ネタ元がこれかよ」と。外事三課の威信が傷つくような印象を、あえて素人に与えようとしている。それが犯人の意図なのかなと思うのですが、いかがですか?

巨星・小室直樹が残した民主主義への理解と伝搬【前編】

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──希代の学者、小室直樹がこの世を去った。その斬新な思考や創造性から、時に奇人とも評されたが、彼がアカデミズムの世界に残した功績は、計り知れない。社会学、経済学、宗教学、法学、哲学など、あらゆる学問を用いた彼の論理は天才の名にふさわしいものだった。旧ソ連の崩壊、ロッキード事件における検察批判と田中角栄の擁護、そして、真の意味での民主主義への理解など、評論家、学者という肩書にとどまらない小室氏の足跡を、愛弟子である橋爪大三郎氏と宮台真司氏が、回想と共に振り返る──。 【今月のゲスト】 橋爪大三郎[東京工業大学教授/社会学者] 神保 去る9月4日、宮台さんが師と仰ぐ、社会学者の小室直樹さんがお亡くなりになりました。今の日本と世界の状況を見るにつけ、小室先生が残したこれまでの足跡を振り返ることに大きな意味があると考え、今回は小室先生の追悼特番を企画しました。 宮台 昨今話題の大阪地検特捜部の不祥事や、尖閣諸島をめぐる紛争。これらをどう考え、解決するべきか。小室直樹先生は、30年以上前に完璧な答案を書いておられた。例えば田中角栄裁判。先生のテレビ番組における奇行ばかり話題になりましたが、先生は3点を問題にされた。第1に、検察が元ロッキード社副会長アーチボルト・コーチャンの嘱託尋問調書を証拠申請し、裁判所が採用した件。嘱託尋問調書は免責特権を与えた上での供述で、それに相当する制度が日本にない以上、調書の証拠能力は定かでないこと。第2に、免責特権を与えたコーチャンに対する反対尋問権を弁護側が行使できないこと。こんなものを証拠請求する特捜検察は近代裁判がわかっていないとして、「検事をぶっ殺せ」というテレビ発言になりました。第3に、これらすべてを頬被りしても「法を守る市民倫理の枠内にいたのでは政治共同体が危機に陥る場合、たとえ法を破っても市民を守るべく政治共同体を守れ」というのがマックス・ウェーバーの言う政治倫理だとして、指揮権発動による放免を主張された。  第1と第2は大阪地検問題に関連する。つまり特捜検察がいかに近代法を支えるエートス(行為態度)を理解していないかを示します。第3は近代外交を支えるエートスの問題です。1978年当時副主席だった小平は(日中外交について)「主権問題を棚上げし、共同開発しよう」と発言。小平の指示は絶対で、以降日中は「[1]主権棚上げ、[2]共同開発、[3]日本側実効支配」でやってきた。「主権棚上げ&日本側実効支配」とは日本が「拿捕&強制送還」図式を採ること。2004年12月に中国民間人が尖閣に上陸した際も、小泉首相が反復した。首相が指揮する法務大臣による指揮権発動があったのです。今回も指揮権発動が当然。外交は多くの場合、国内法を超えるからです。これを「民法でいう事情変更の原則が憲法と外交には利かない」という。佐藤優氏が書いておられますが、特捜検察がでっちあげた背任容疑裁判で、外務省条約局長と内閣法制局長官の間で解釈権をめぐる闘争があった背景も、それです。なぜ事情変更できないか。相手国にすれば日本に政権交代があろうが法変更があろうが、「日本が日本でなくなったわけじゃない以上」外交の約束は簡単には変更できないのです。    つまり、近代法とは何か、近代外交とは何かを、閣僚たちや役人たちが知らないのです。そのことを20年以上前に小室先生が指摘しておられた。そのときに我々がメッセージを受け止めることができていたら、今日の特捜検察の不祥事も外交の不祥事もあり得なかったはずです。 神保 今回のゲストは小室先生の愛弟子で、東京工業大学の橋爪大三郎教授です。小室先生について、今の宮台さんの話に付け加えたいことはありますか? 橋爪 今週、ちょうどノーベル賞の発表があって、日本人の受賞に国中が騒いでいる。「優れた知性がどこにいるのか」を、外国から教えてもらって喜んでいるようで残念です。ノーベル賞に「社会科学賞」があったら、小室先生は4つや5つはもらってもいいくらい、国際的にレベルの高い仕事をしています。素晴らしい仕事をしている人が目の前にいるのに、日本人は理解しようとしない。これは、小室先生にとって不幸である以上に、なにより日本にとって不幸なことであろう。小室先生が亡くなられた今、それを痛切に感じています。 神保 これまで小室先生のことをご存じなかった方は、この番組をきっかけに、少しでもその功績を知っていただけたらと思います。さて、今日は社会学の専門家2人のお話なので、少々難解な内容になるかもしれません。そこで、話がわかりやすくなるキーワードを挙げてもらっています。まず橋爪さんは 「システム」と「ディシプリン」の2つです。 橋爪 「システム」は、小室先生の仕事を考える上で、最初に浮かんできた言葉です。簡単にいうと「たくさんの要因が複雑に絡み合って、相互作用している状態」のこと。これが社会の基本です。つまり、社会は、単純に読み解けるものではないんです。小室先生はこの「システム」をベースに仕事をされました。これは、なんの反対かといえば、マルクス主義です。マルクス主義は突きつめれば、「階級闘争」「プロレタリアと資本家」で社会のすべてがわかるというのですから、小室先生の考え方は、これに反対する側面があった。小室先生は、すべての要因を考慮しなければ現実はとらえられない、と主張したのです。  一方、「ディシプリン」は、システムがとらえどころがないときに、ある規律に従って考え方を単純化することです。例えば経済学だったらお金だけ、法律学だったら法律だけ、というように、要因を限定してシンプルなモデルを作る。そうすると、良い結論が出てくる場合があります。  普通の学者はこれで満足してしまい、誰かが理論の不備を指摘すると「現実は複雑だから」とお茶を濁すのですが、小室先生はそうではなかった。ある学問で追いかけられない現象があれば、別の学問を手にして問題に立ち向かう。法律、宗教、経済、統計学、心理学、数学......など、とにかくこれまで人間が考え出したツールをなんでも身につけて、とことん問題を追い詰める。「ディシプリン」を信頼しているのですが、その限界もわかっていて、境界横断をしていくのです。これは普通の学者にしてみれば「縄張り荒らし」「道場破り」にほかならない。でも、これほど正しい学問のやり方はない。境界横断が引き金になり、小室先生は日本でさまざまな問題を起こしましたが、それをトラブルにしてしまった日本が悪い、学者が悪いと、私は考えます。   神保 一方、宮台さんが挙げたキーワードは、「エートスとアノミー」「合理と非合理」「人文社会学における立ち位置」です。

刑事裁判の不完全性と社会の敵が持つ浄化作用ーー弘中惇一郎【前編】

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──ロス疑惑の三浦和義、薬害エイズの安部英、さらには武富士の武井保雄やライブドアの堀江貴文ら"時代の人"から、中森明菜や叶姉妹といった"お騒がせ芸能人"まで、そうそうたるメンバーの代理人を務めてきたのが、弁護士の弘中惇一郎氏だ。"負け戦"とされる裁判でも数々の勝訴を勝ち取った彼の手腕は、メディアではつとに有名である。そんな彼が現在、弁護人を務めるのが厚労官僚の村木厚子氏だ。検察と厚労省による刑事事件の矛盾を指摘し、その判決に注目が集まっているが、今回は弘中弁護士と共に、司法の不完全さを多角的に考察する──。 【今月のゲスト】 弘中惇一郎[弁護士]

神保 今回は、これまでロス疑惑の三浦和義さん、薬害エイズ事件の安部英さんなど、著名な刑事被告人の弁護を担当された弁護士の弘中惇一郎さんをゲストに迎え、恣意的な捜査を行っているとの批判が高まっている検察、それを助長するメディアの問題などについて議論を進めていきます。

 話に先立って、弘中さんがこれまで弁護をしてきた著名人を紹介すると、三浦和義、安部英、村上正邦、鈴木宗男、堀江貴文、守屋武昌、加藤紘一、矢野絢也、武井保雄、野村沙知代、叶姉妹など、いずれもある種の「社会の敵=パブリック・エネミー」に仕立て上げられた方々だと言えると思います。 宮台 三浦和義さん、安部英さんは"メディアによって"パブリック・エネミーに仕立て上げられ、村上正邦さん、鈴木宗男さん、堀江貴文さんは"特捜検察とメディアの合作"によって、パブリック・エネミーに仕立て上げられた印象です。 神保 今日は、なぜ私たちがパブリック・エネミーを必要としているのかについても議論できればと思いますが、まずその前に弘中さんは現在、元厚労省の村木厚子局長の事件でも主任弁護人を務められています。  この事件は厚生労働省の村木厚子元雇用均等・児童家庭局長が障害保険福祉部の企画課長だった2004年、実態のない障害者団体に対して郵便割引制度の適用団体と認める偽の証明書を部下に命じて作らせたとして、虚偽有印公文書作成・同行使の罪に問われているというものです。こちらも疑義が多い事件ですが、現状をご説明いただけますか。 弘中 昨年7月から年末まで公判前整理を行い、弁護側の主張も出し、証人のリストも確定して、証人尋問は今年2月から集中審理でやっています。3月で証人尋問が終わり、4月には被告人質問、6月には論告弁論というスケジュールです。 神保 証人尋問では、村木さんから偽の証明書を作るよう指示されたと供述していた証人たちが、ことごとくそれを覆す証言をしています。この事件を構成する要素として、残っているものはあるのですか? 弘中 何も残っていません。検察官のストーリーに多少なりとも沿う証言をしたのは、「凛の会」という障害者団体の元会長・倉沢邦夫さんだけです。その倉沢さんにしても、検察官の主張に2割程度しか同意していない。石井一議員が厚労省の元部長に口利きをしたということも、元部長が村木さんに指示したということも、公判では否定されています。また、村木さんから上村勉被告に偽造証明書の発行を指示したということは、双方とも否定している。  唯一残っている証言は、倉沢さんが村木さんから、偽造証明書を受け取ったという一点だけ。しかしそれも、受け取った背景や日時が不明で、「手帳に載っているどの日でもないが、とにかく受け取った」という訳のわからない証言です。  検察側としては、「証言の場に立って、なぜか皆一様に虚偽の証言を始めたのだ」と主張するでしょう。これから検察官が尋問して、検察官面前調書(検面調書)の信用性を証明することで、事件を立証しようというのが、検察側の最後の砦です。