鳥取「がいな音楽祭」はなぜコケた? 地方フェス開催の難しさとは

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がいな音楽祭公式サイトより
 鳥取・米子コンベンションセンターで11月1日に開催を予定していた「がいな音楽祭」が、10月28日に突然の公演延期を発表し、大きな話題となっている。同イベントには、元AKB48の板野友美やギタリストのマーティ・フリードマン、アイドルブループの仮面女子などが出演する予定だったが、開催直前まで全出演者が発表されず、スケジュールも告知されていなかったため、開催を危ぶむ声も多かった。  地方での音楽イベントが中止となったケースは、ほかにもある。2013年8月には福井・水晶浜にて開催予定だった「美浜CRYSTAL BEACH SOUND 2013」が、同年9月には愛知・蒲郡市にて開催予定だった「蒲郡ロックフェス」が相次いで中止となった。今年は、6月に沖縄・宮古島市の「ミヤコ・アイランド・ロック・フェスティバル2015」や、福岡・宗像市の神湊海水浴場で9月12・13日に開催予定だった「World Heritage Munakata2015」が中止となっている。開催中止には至らなかったものの、ももいろクローバーZが10月31日に福岡県・太宰府にて行った「男祭り」(男性限定コンサート)に対し、地元の女性団体などから抗議の声が上がったことも記憶に新しい。  地方フェスが開催直前で頓挫する理由について、イベント関係者は次のように述べている。 「地方フェスが開催中止となるケースは、大きく分けて3つあります。1つはインフラの問題を解決できず、多くの観客を動員するのが難しいと判断された場合。開催中止の理由として、伊良部大橋の開通で観光客が増加し、航空座席の準備が困難になったこと、スカイマークの那覇-宮古線撤退を挙げた宮古島市の『ミヤコ・アイランド・ロック・フェスティバル2015』のケースがこれに当たります」  しかし、同イベントは過去10回成功している上、中止のアナウンスをするのも開催の3カ月前と早く、主催者側の対応も誠意のあるものだったため、強く非難されることはなかったという。 「2つ目は、地方自治体や地元の団体との交渉がうまくいかなかった場合。音楽フェスティバルの開催は地方にとって、町おこしの一環としても注目されていますが、豊富なノウハウを蓄えたライブハウスでイベントを行うわけではないため、予想外の反発に合うこともあります。ももクロのライブはスターダストプロモーションが行っているもので、興行としてはしっかりとしていますが、今回は太宰府天満宮や太宰府市なども協力する公の記念行事だったため、男性限定ライブとしたことに対し、市民団体から『男女共同参画推進条例違反だ』との抗議が寄せられました。男性限定ライブはももクロが以前より行ってきた人気イベントだったこともあり、主催者の配慮が欠けてしまったのかもしれません」(同)  ももクロのケースは、今後の興行のあり方を考える上でも示唆に富んだものであり、ある意味ではいい前例を作ったともいえそうだ。  問題となるのは、3つ目のケースだ。 「最も非難の対象となるのは、今回の『がいな音楽祭』のように、明らかに運営能力が欠如しているにもかかわらず、イベントを開催しようとして失敗するケースです。昨今は音楽フェスティバルがブームとなっていることもあり、多くの地方で似たようなイベントが開催されていますが、そもそもイベントを成功させるのは難しいことです。ミュージシャンに出演オファーをかけるには、音楽業界や芸能界のルールを熟知し、業界内の微妙なパワーバランスを読む必要がありますし、オファー側にも相応の信頼がなくては成り立ちません。また、会場の設営や来場者に対するケアにも、膨大なノウハウが必要です。地方で開催するにはその土地の人々の了承を得る必要もありますし、そこには高度な調整能力が求められます。もちろん、音楽シーンへの造詣が深いのは当たり前で、単に有名人を寄せ集めればそれでよい、というものでもありません。明確なコンセプトがなければ、数多くのフェスが開催されている中で、音楽ファンの心をつかむのは不可能です。音楽フェスビジネスは、失敗すれば大きな損失が生まれるものなので、ブームだからといって素人が簡単に手を出すべきものではないですね」(同)  青森の『夏の魔物』や香川の『MONSTER baSH』など、そのフェスならではの特色を打ち出し、うまく成功している地方フェスもあるが、素人がこれから参入するには、その壁は高そうだ。 (文=山下祐介)

CD売り上げ低下、機材が安価に……ミュージシャン映画続発の裏事情

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「DENKI GROOVE THE MOVIE? SPECIAL SITE」より
 ミュージシャンを題材にした映画が相次いで公開されている。SCANDALの海外ツアーに迫ったドキュメンタリー『SCANDAL Documentary film HELLO WORLD』が10月17日より公開されているほか、佐渡岳利監督がPerfumeのアメリカツアーに追ったドキュメンタリー『WE ARE Perfume WORLD TOUR 3rd DOCUMENT』が10月31日に、大根仁が監督を務める電気グルーヴのドキュメンタリー『DENKI GROOVE THE MOVIE? ~石野卓球とピエール瀧~』が12月26日に、それぞれ公開する。  公開されるのは、上記のようなドキュメンタリーだけではない。朝倉加葉子が監督を務めたファンタジーホラー映画『女の子よ死体と踊れ』では、アイドルグループのゆるめるモ!が初主演を務めている。一方で、今夏に発表された『私たちのハァハァ』は、実在のロックバンド・クリープハイプのファンである女子高生たちの青春を描いた映画で、音楽映画の枠を超えた広がりを見せた。  こうした作品が増加している理由について、業界関係者は次のように分析している。 「音楽映画が増加している背景には、まず圧倒的に機材や設備が安価になったことが挙げられます。かつては映画を撮影するとなったら、それこそ少なくとも数千万円は予算がかかりましたが、今は低価格でかなり良いカメラが買えますし、映像の編集もデジタル化が進んだため、はっきりいってかなり敷居が下がっている。言ってしまえば、ライブツアーにカメラマンが帯同するだけで、ファンにとってはうれしい内容のドキュメンタリー映画が作れてしまうのが今の状況です。それを映画として公開するだけでお金になるのだから、やらない手はないですよね」(音楽業界関係者)  実際、ミュージシャンを題材にして映画を作るという方法は、音楽業界にとってもマネタイズのひとつとして注目されているという。 「90年代のCDバブル以降、YouTubeや配信サービスの台頭などにより売り上げが右肩下がりの音楽業界は、フェスやライブなどの現場と、それに伴う物販で収益を補完してきました。そんな中、映画というのは、まだファンがお金を払う余地のあるマーケットとして注目されています。映画館で好きなアーティストの作品を見るのは、YouTubeなどでは味わえない“体験”なので、やはり人気ですね。海外でもこうした傾向は強くなっており、今後ますます一般的になっていくのでは」(同)  ミュージシャンにとっても、自身の映画が製作されるのは、大きなメリットだという。 「自身の映画が公開されるのは、まだまだ珍しいことなので、ミュージシャンにとっては大きなブランディングになります。今後は、まだ知名度があまり高くないミュージシャンにとって、映画を作るというのはひとつの目標にもなりうるのではないでしょうか。また、作品がドキュメンタリーではない場合、演者によっては才能を発揮して、映画俳優としての道も開けるかもしれない。もちろん、興行的に赤字になることもあるでしょうが、成功すればメリットは大きいですよね」(同)  音源が売れないといわれて久しい昨今だが、その分、多様な音楽コンテンツが育っているのが、音楽業界の今なのかもしれない。 (文=山下祐介)

セカオワ・三代目JBは恥さらし!?  でんぱ組.incに「敗北」で“人気”グループの疑問高まる

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三代目J Soul Brothers公式サイト
 J-POPの落日を、象徴する出来事なのだろうか。  MTV(Music Television)ヨーロッパが10月26日(日本時間)、世界各国の人気アーティストが投票レースを競う「ワールド・ワイド・アクト賞」を開催する。15日、その日本部門代表となる「ベスト・ジャパン・アクト」が決定したのだが……。 「BABYMETAL」、「SEKAI NO OWARI」、「三代目J Soul Brothers from EXILE TRIBE」、「ONE OK ROCK」、「でんぱ組.inc」の日本アーティスト5組がノミネートされ、9月15日からウェブ投票が行われていたが、“日本代表”の座についたのは、なんと「でんぱ組.inc」だった。  ノミネートされた5アーティストの中で、「でんぱ組.inc」は間違いなく一番知名度が低い。同グループはメンバーの6人全員がオタク的要素を持ち合わせているという秋葉原発のアイドルグループで、最近は欧州でも精力的に活動していた模様。日本の音楽番組にも時折出演するのだが、アクの強いパフォーマンスから好き嫌いがはっきり分かれる傾向にある。常にチャートをにぎわすセカオワや「三代目」とは比較にならない認知度だろう。  この結果にネット上では「日本の恥」「お願いだからやめて」と悲嘆にくれる声が続々。セカオワは最近、映画『進撃の巨人』の主題化で英語歌詞の曲を歌っており、「三代目」に関しても本格パフォーマンスがウリの集団だ。“まさかの相手”に負けたのは、かなり想定外の出来事ではなかったのか。  ただ、ネットの中には「めくそはなくそ」「三代目もセカオワも十分恥だろ」「あいつらが欧米人にウケるわけがない」など、どのグループが選出されようが大して変わらないという印象も多いようだ。 「『でんぱ組.inc』も、おそらく組織票が多く入った結果なのかもしれませんが、テレビやCMに出まくり、“大人気”の空気を醸し出しているセカオワと三代目にとっては、とんだ赤っ恥ですね(笑)。今回はヨーロッパの賞ですので一概には言えませんが、多くの人は『マスコミと一部ファンが騒いでいるだけ』の“エセ人気グループ”であるという認識がさらに高まるのではないでしょうか。もともと『なんで人気なの?』『ゴリ押しなだけ』という批判の多い2組ですし……」(芸能記者)  J-POPのトップが所詮「砂上の楼閣」なのでは? と疑われても仕方がない今回の出来事。ちなみに、同じくノミネートされた「BABYMETAL」も以前から積極的に海外展開に力を入れ、知名度も手に入れていたはず。にもかかわらず、同じアイドルグループに負けたというのは大きなショックだったに違いない。

misonoの“結婚観”に非難集中!「炎上狙い」も壮大にスベる……

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『misono公式サイト』
「もうこうなったら“炎上ブロガー”でもなんでも話題を作ろう。その覚悟が垣間見えますね」(芸能関係者)  歌手のmisonoが、7日に更新したブログで「結婚できなさそうな女性芸能人」などのランキングで自身が上位にランクインすることが多いことに関し、「プロポーズをされても、結婚しなかっただけ!」「妥協したくなかっただけ!」と結婚できない女ではないこと、いつでも結婚できる状況にあり、焦っていないだけとアピールした。  ここまでは、「独身女性の悲哀を込めた強がり」として可愛げもあるかもしれない。問題はその後に続けた文章である。 「妊娠したら、別居&事実婚して、専業主婦になって、子供と、沖縄に住んで、ひっそりと、ゆっくりと、暮らしたい!」  この発言に、ネット上では大ヒンシュクの嵐が吹き荒れている。「どこまでも自己中心」「子どものことすら考えられないクズ」「子どもすらアクセサリー」と子どもへの思いが欠如していると指摘する声、さらには「いつもの虚言癖だろ」「かなり病んでる」など、彼女の精神状態を指摘する声も目立った。 「今年の3月、かねてから30歳で引退することを明言していたにもかかわらず、『以前からの仕事が残っているし、今年になって新しい仕事も入ったから』との理由であっさり引退を撤回。『閉店セール商法』『アホくさ』と散々にこきおろされました。ただ、それで“味をしめた”可能性も大きい。彼女の精神状態に関するネットユーザーの指摘も一理ありますが、簡単に引退撤回できるような根性で、心を病むなんて釈然としませんね。得意の“炎上狙い”と見られてもしょうがないですよ」(同)  昨年10月に発売された『家 -ウチ- ※アルバムが1万枚売れなかったらmisonoはもうCDを発売することができません。』は、公式サイトを見る限り5,000枚程度しか売れておらず、本来であればおいそれとCDを発売できる状況ではない。しかし、その約束すらも簡単に“撤回”しかねない底の浅さが、今のmisonoにはある。 「もし、CDは当分出せないとmisonoが本気で考えているのであれば、あとはバラエティしかない。オファーも少ないなかでの苦肉の策だったのかもしれません。ただ、これまでのあまりにもガキっぽい言動や虚言の失態を考えれば、使ってくれるプロデューサーや司会者はそうそう現れないと思いますがね」(同)  妙に長ったらしいブログも健在で、言葉遣いも「三十路」としては限りなく幼稚。その上思考まで子どもではフォローのしようがない。misonoが、いわゆる“結婚生活”に興味があろうとなかろうとそれは本人の自由だ。しかし、“極端”な結婚観や将来の家庭設計をブログで公開してしまえば、どのような反応がくるかなど想像するまでもないだろう。やはり“策士”だったのだろうか。仮にそうだとしても、壮大にスベッてはいるが。

過熱する定額音楽配信サービス競争 Apple Music登場で、LINE MUSIC、AWAはどうなる!?

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「LINE MUSIC」
 定額制音楽聴き放題サービス「LINE MUSIC」が11日に公開された。8月9日まで無料ということもあってか、初日から多くのユーザーが登録。昨月から開始されたエイベックス・デジタルとサイバーエージェントによる「AWA」との比較も盛んに行われている。  LINE MUSICの最大の売りは、友人とのシェア機能だ。若者の間で人気を誇るパフォーマンスグループ・AAAの日高光啓も「シェア機能が楽しいね」とコメント。また、30日で20時間までという制限を設けた月額500円のプランや学割など、リーズナブルな価格設定も特徴的だ。  対するAWAには、プレイリストを評価する声が多い。開始から約2週間にもかかわらず、すでに著名人や一般ユーザーの作ったプレイリストでにぎわっている。また、写真をふんだんに使ったスタイリッシュなデザインや、感覚的に操作できるUI(ユーザーインタフェース)も評判が良い。  楽曲数は、現状ではAWAのほうが多いものの、邦楽の人気アーティストに関しては「どちらにも入っている」か「どちらにも入っていない」ケースがほとんどで、「あっちなら聴けるのに……」といった不満はあまり聞かれない。総合的に見て、どんなサービスでも開始時は「期待はずれ」といった声が聞かれるものだが、両者とも健闘しており、評価が拮抗している印象だ。  しかし、まもなく公開予定の「Apple Music」が登場すれば、大勢は変わってくるだろう。迎え撃つ両サービスに、勝ち目はあるのか? 「Apple Music はおそらく、洋楽も邦楽も同等に打ち出してくるはず。その点、LINE MUSICは邦楽をメインに据え、プレイリストも“激おこソング”など、音楽を通じたコミュニケーションを促すようなものが多く、音楽ファンでなくても興味を持ちやすい印象です。UIを見ても親しみやすさを重視しているようですし、料金形態やシェア機能も相まって、若年層やライトな音楽好きに支持されるのでは。一方のAWAは、メイン画面に洋楽アーティストの名前が並んでおり、熱心な音楽ファンを対象としているのでしょうが、そうなるとApple Musicとターゲット層がモロにかぶってしまう。もしかすると、わずか2年半で終了したSONYの聴き放題サービス『Music Unlimited』の二の舞いになってしまうかもしれませんね」(レコード会社関係者)  現状、両者共通で不満が出ているのは、オフライン環境での再生だ。AWAは再生できず、LINE MUSICはキャッシュ機能を備えているものの、どの楽曲がキャシュされているかは再生してみないとわからない。これらの問題は、オフライン再生に対応した先発のサービス「レコチョクBest」や「KKBOX」であればクリアできるのだが、それを指摘するメディアやネットユーザーは少ない。定額制音楽配信の戦国時代が幕を開けた――ともいわれる現状だが、相手にされていない先発サービスも含めて、どれが日本の主流になるのか注目が集まりそうだ。 (文=神埼健志)
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過熱する定額音楽配信サービス競争 Apple Music登場で、LINE MUSIC、AWAはどうなる!?

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「LINE MUSIC」
 定額制音楽聴き放題サービス「LINE MUSIC」が11日に公開された。8月9日まで無料ということもあってか、初日から多くのユーザーが登録。昨月から開始されたエイベックス・デジタルとサイバーエージェントによる「AWA」との比較も盛んに行われている。  LINE MUSICの最大の売りは、友人とのシェア機能だ。若者の間で人気を誇るパフォーマンスグループ・AAAの日高光啓も「シェア機能が楽しいね」とコメント。また、30日で20時間までという制限を設けた月額500円のプランや学割など、リーズナブルな価格設定も特徴的だ。  対するAWAには、プレイリストを評価する声が多い。開始から約2週間にもかかわらず、すでに著名人や一般ユーザーの作ったプレイリストでにぎわっている。また、写真をふんだんに使ったスタイリッシュなデザインや、感覚的に操作できるUI(ユーザーインタフェース)も評判が良い。  楽曲数は、現状ではAWAのほうが多いものの、邦楽の人気アーティストに関しては「どちらにも入っている」か「どちらにも入っていない」ケースがほとんどで、「あっちなら聴けるのに……」といった不満はあまり聞かれない。総合的に見て、どんなサービスでも開始時は「期待はずれ」といった声が聞かれるものだが、両者とも健闘しており、評価が拮抗している印象だ。  しかし、まもなく公開予定の「Apple Music」が登場すれば、大勢は変わってくるだろう。迎え撃つ両サービスに、勝ち目はあるのか? 「Apple Music はおそらく、洋楽も邦楽も同等に打ち出してくるはず。その点、LINE MUSICは邦楽をメインに据え、プレイリストも“激おこソング”など、音楽を通じたコミュニケーションを促すようなものが多く、音楽ファンでなくても興味を持ちやすい印象です。UIを見ても親しみやすさを重視しているようですし、料金形態やシェア機能も相まって、若年層やライトな音楽好きに支持されるのでは。一方のAWAは、メイン画面に洋楽アーティストの名前が並んでおり、熱心な音楽ファンを対象としているのでしょうが、そうなるとApple Musicとターゲット層がモロにかぶってしまう。もしかすると、わずか2年半で終了したSONYの聴き放題サービス『Music Unlimited』の二の舞いになってしまうかもしれませんね」(レコード会社関係者)  現状、両者共通で不満が出ているのは、オフライン環境での再生だ。AWAは再生できず、LINE MUSICはキャッシュ機能を備えているものの、どの楽曲がキャシュされているかは再生してみないとわからない。これらの問題は、オフライン再生に対応した先発のサービス「レコチョクBest」や「KKBOX」であればクリアできるのだが、それを指摘するメディアやネットユーザーは少ない。定額制音楽配信の戦国時代が幕を開けた――ともいわれる現状だが、相手にされていない先発サービスも含めて、どれが日本の主流になるのか注目が集まりそうだ。 (文=神埼健志)
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“鈴木スヌープ”誕生間近!? 世界を股にかける大型犬(知名度的な意味で)がイチローになつく

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 去る4月上旬、米大リーグマイアミ・マーリンズに所属するイチローが、打席登場曲をスヌープ・ドッグの楽曲「Boom」に変更したことで、今期初安打をマークしたというニュースが報道された。  イチローがスヌープ・ドッグ……? 実は、イチローの“隠れB-BOY伝説”は、言わずと知れた有名な話。これまでにも、 「ピットブルが日本でブレークした裏には、イチローが打席登場曲で使用したから」 「フロー・ライダーが一発屋で終わらなかったのは、イチローが打席登場曲で起用したから」 「T.I.が米ヒップホップ界のキングまで登り詰めることができたのは、イチローが打席登場曲でプッシュしたから」  など、とにかくイチローの「ラッパー・フックアップ列伝」には枚挙に暇がないほど(ほかにも「h」の文字が刻印されたdj hondaブランドの洋服やキャップを愛用したことによって、普及につながったのではないか? などが有名な話)。  とりわけ伝説として名高いのは、「故・仰木彬監督との対談で、スヌープ・ドッグのデビューアルバム『Doggystyle』(1993年)のジャケットがデザインされたTシャツを着用して臨むイチロー」。すでにこの時点で、スヌープ・ドッグ好きを公の場で披露していたイチローだが、今年1月にニューヨーク・ヤンキースからマイアミ・マーリンズに移籍したことで初心に返ったのか、はたまた仰木監督との対談を思い返し、今こそスヌープ・ドッグに立ち返るべき! と思ったのか、真意は不明であるが、「Boom」を使用されたことで、当のスヌープ・ドッグが「イチローはマイドッグ!(※ざっくり言えば“親友”という意味)」としっぽをフリフリしているという。  サイゾーが独占で入手したマイドッグ・イチローへの愛を語るスヌープ・ドッグの映像を公開しよう。

鈴木スヌープ誕生か!スヌープ・ドッグはイチローがお好き from SMJI on Vimeo.

 イチロー愛を静かに語りつつも、イチローの名字を通訳に聞くなり……鈴木スヌープ! と声高らかに宣言するスヌープ・ドッグ(※通訳が鈴木に加えて「佐藤」という名字もポピュラーよ、と教えてあげるも、スヌープは華麗にスルー)。  ヒップホップの枠にとらわれず、あらゆる音楽ジャンルへ挑戦し続ける大御所ラッパー、スヌープ・ドッグが、まさか「鈴木」を口にする時代が来ようとは。スヌープのニューアルバム『BUSH』が本日発売ということもあって、まさかイチローがスヌープの新作を“ブッシュ”ならぬ、“プッシュ”する形になったのであった(美談)。 (文=編集部)

シナロケ・シーナさん死去……2児の母がロックシンガーとして成功を収めた異例の経歴を振り返る

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「ROKKET RIDE」(ビクターエンタテインメント)
 ロックバンド「シーナ&ロケッツ」のボーカルのシーナさんが14日、子宮頸がんで亡くなった。61歳だった。18日に通夜が、19日に告別式が行われ、シーナさんの遺族や関係者が別れを惜しんだ。  シーナ&ザ・ロケッツは、シーナさんが夫であるギタリスト・鮎川誠とともに、1978年に結成したバンドだ。国内だけではなく海外でも活躍し、エルビス・コステロやラモーンズとも共演を果たした。代表曲に「レモンティー」「ユー・メイ・ドリーム」などがある。シーナさんについて、音楽雑誌の記者はこう話す。 「CMや映画、テレビドラマでも活躍した鮎川が愛する妻として、2人の仲睦まじさは広く知られていました。ボーカリストとしても、かすれたパワフルな歌声が高い評価を得ていましたね。変わった経歴の持ち主でもあり、バンド結成時にシーナはすでに2児の母で、プロのミュージシャンとして活動したことがなかった。女性ミュージシャンが出産後も活動するケースは珍しくありませんが、子どもがいる状態からプロとして成功を収めたのは、稀有な例です。のちにもう1人産まれ、音楽と子育てを両立しながら、3人の娘を育てあげました」  鮎川夫妻について、ウルフルズのギター、ウルフルケイスケは通夜で「ジョン・レノンとオノ・ヨーコみたいな夫婦でした」と振り返り、内田裕也は「双子の子どもを産み、母として女性として地に足のついたROCK’N ROLL BAND!」と述べている。Twitterでも、ROLLY、THE虎舞龍・高橋ジョージ、Zeebra、金子賢輔(RIZE)、川本真琴、山口隆(サンボマスター)、ハマ・オカモト(OKAMOTO’S)ら、年代や音楽のジャンルを問わず、多くのミュージシャンが追悼コメントを投稿しており、シーナさんの人徳がうかがい知れる。通夜には2,000人ものファンが集まった。 「鮎川夫妻はともに優しい人柄で知られ、シーナ&ザ・ロケッツとは音楽性の違う内田裕也のフェス『NEW YEARS WORLD ROCK FESTIVAL』に30年以上も出演を続けるなど、義理堅い面もありました。音楽ビジネスという観点では第一線ではないにもかかわらず、現役でプロのミュージシャンとして活躍し続けられたのは、ロックへの情熱にあふれていたことはもちろんですが、人望の厚さも理由のひとつでしょう」(同)  通夜において、鮎川は「病気になって治療かロックかとなって、シーナは迷わずにロックを選んだ」と語った。昨年10月23日までライブに出演し、亡くなった日は鮎川と一緒に「ROKKET RIDE」を聴いていたという。最期までロックシンガーであり続けたシーナさんに哀悼の意を表するとともに、残されたメンバーで活動を続けていくシーナ&ロケッツを見守りたい。 (文=佐柳ちひろ)

イカ天でバンドを辞めた! 震災で怒った! 元ビークル日高央が新バンドを立ち上げたワケとは

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THE STARBEMS
 テレビアニメ『BECK』(テレビ東京系)の主題歌を担当し、謎の覆面音楽集団として人気を博したBEAT CRUSADERSの日高央(ヒダカトオル)率いるPUNKバンド・THE STARBEMS(ザ・スターベムズ)の新作『VANISHING CITY』(ヴァニッシング・シティ)が、11月12日に発売された。ウルトラセブンや仮面ライダーなどの特撮ロケ地としても知られる茨城の採石場で撮影したというミュージックビデオもすでに解禁され、ラウドでPOPな新作の一端が明らかになっているが、その新作はもちろん、ビークル結成から解散、新バンドの立ち上げまで、日高のこれまでの音楽人生や音楽観をあらためて尋ねてみた。 ──日高さんといえば、お面をかぶったあのビークル(BEAT CRUSADERS)のイメージがパッと浮かぶわけですが、近年は「MAN WITH A MISSION」をはじめ、ビークルを受け継ぐような新しい覆面バンドが次々に登場しています。彼らの成功を見ていると、ビークルはまさにそのジャンルの先駆けだったのでは、と思いますが。 日高 結果的に、ですけどね。でも、それ以前にも覆面で活動していたバンドはもちろんいましたけどね。 ──ビークルでお面をかぶって活動し始めたきっかけというのは、なんだったのでしょう? 日高 デビュー前、LD&Kというインディーズアーティストを扱う音楽レーベルに勤めていて、当時、会社にバレないように、とかぶり始めたのがきっかけだったんです。 ──隠れるつもりが、逆に注目を集めてしまったわけですね。 日高 そうです。最初はこんなに売れると思っていなかったので、予想外でしたよね。お面なんて、半分シャレみたいなもんでしたから。「サラリーマンバンドマンが、顔隠して匿名でパンクをやりまーす」って。そのほうがYMOみたいでかっこいい、って思っていたんですよ。YMOも最初、誰が坂本(龍一)さんとか、わかんなかったじゃないですか。みんなサングラスして、人民服着て。そんな感じがいいなって、軽いノリだったんです。 ──会社にバレた後も、結局顔を隠して活動されていました。 日高 そういうスタイルが好きだったというのもありますね。あと、隠していたほうが都合のいいことも多かったんですよ。AVとかも楽に借りられますしね。風俗行ってもバレないしね(笑)。顔が有名になったって、いいことなんて何もないですから。 ──前述の「MAN WITH A MISSION」に関しては、日高さんがメンバー説というのも出ました。 日高 ありがたいお話ですけど、よく聴けば違いは分かりますよね(笑)。かわいい後輩たちです。覆面バンドでは、彼らを越えるようなインパクトのものは、もうなかなか現れないでしょうね。でも、お面をかぶってパフォーマンスって、俺もやっていた経験から、気の毒だなとも思いますよ。ライブとか大変だしね。あと、顔が見えてないのにかっこいい、かわいいとか言われてね。そんなかわいそうなことってないんですよ。ビークルもそうでしたが、お面を見て「日高さんかっこいい」ってブログにコメントされてもね、どう応えていいかわからないんですよ。 ──日高さんの話に戻りますが、そもそも音楽を始めるきっかけってなんだったんですか? 日高 小さい頃はモンキーズやビートルズが好きだったんですけど、中学校の時にラフィンノーズが出てきて、その影響から自分も一気にパンクにいっちゃったという感じでしたね。YMOも同時期に出てきて、ロック、パンク、テクノを同時進行で好きになっていって、自分もバンドを始めるようになったと。
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──ラフィンノーズって、ビークルと比較するとちょっと意外な感じもするんですが、どんなところが好きになったんでしょう? 日高 ライブの映像を最初に見たんですけど、地下のライブハウスで演者も客席の人々も有象無象に暴れ回るっていうね。そこだけ切り取ると怖いんですけど、でも、お客さんがみんな楽しそうにしているのが当時、衝撃だったんです。楽しそうに、もみくちゃになっているっていうね。あんなにおしくらまんじゅうして、なんで楽しそうなんだろうって。そういうのが、テレビに出てる歌手のコンサートと比べると、すごくリアルに見えたんですよ。 ──U.Kパンクからも強い影響を受けたと聞きました。 日高 1980年代に多感な時期を過ごしたんです。D-BEATっていうパンクの2ビートが始まったころで、ラフィンノーズからU.Kパンクにも興味を持つようになりました。歌謡曲とは違うビートの曲を初めて聴いたなっていう衝撃……そのスピード感が、童貞だった自分の持て余すような気持ちを刺激したんです。 ──テレビで流れる歌謡曲などは好きではなかった? 日高 8ビート自体が、あまり好きじゃないんですよ。みんなで手拍子しながらというのとかね。すごい速いか、すごいメロディアスかっていう、そのどっちかをいつも聴いていました。当時はやっちゃいけないことをやっている音楽のほうが、面白かったんです。反体制がかっこいい時代で、もろにそういう影響を受けていましたね。肩を組んで、みんなで歌おうみたいな世界観は今でも嫌です。 ──80年代も終わりになって、今度はイカ天ブームが来ましたが、イカ天のバンドはなぜか苦手だったとか。 日高 誰でもやれちゃダメなんですよ。誰でもやれると思わせるのは大事ですけど。見ず知らずのやつが楽器弾きましたって言って、それを聴かされてもいいわけがない。いくら選ばれているとはいえね。あの時代のビートパンクとかも嫌いじゃないですけど、影響はまったく受けてないです。彼らのようになりたいと思ったことは、一度もないです。当時の(学校に行きたくないみたいな)音楽的な思想もね。だって、学校の窓ガラス割ったって何も変わりやしないですからね。 ──イカ天が嫌で、一度バンド活動も辞めてしまったとか。 日高 辞めちゃいましたね。バンドがはやっちゃったんでね。バンドブーム的なことは、その後も全然好きじゃないんですよ。ブームでよかったことは、今まで何もないと思っています。ナタデココとかティラミスがはやっても、何もいいことなかったでしょ? ──バンドを辞めていた空白の時代は、何をやっていたんですか? 日高 バイトですね。モスバーガーです。社員よりお金もらっていましたよ。 ──その後、単身アメリカへ。 日高 大学を出た後ですね。アメリカに行く時には、バンドへの情熱も戻っていました。音楽業界に進むことを前提に、アメリカの音楽事情を勉強しようみたいな。英語ができたほうが、外資系の取引とかいいだろうって。あと、英語で歌を歌いたいっていうのもありましたし。
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ビークル時代
──当時のアメリカは、どんな音楽がはやっていたんですか? 日高 90年代に入っていて、KornやPearl Jamがはやっていましたね。カート・コバーン(Nirvana)が死ぬか死なないかの時。グランジの全盛期です。ライブは毎日行きましたね……。面白いと思ったのは、手当たり次第。雑誌とか見て、ちょっと面白いなって思ったら即行くっていうね。向こうって、ライブが高くても1,000円くらいなんですよ。日本よりも全然安くて、バンバン行けたんです。 ──その頃、バンド活動は? 日高 アメリカ時代はしていないですね。まず、ライブを浴びるように見ていたんです。アメリカは日本と違って、バーとか、カフェの軒先とか、お店のスペースを使ってライブをするという感じのが多かったので、スピーカーとか機材とか、たいした設備はなくて、その中でみんな良いライブをやっていて、感銘を受けましたね。機材の不十分を演奏で補っていくっていう発想に、びっくりしたんです。日本人って、たとえば演奏がヘタだったら機材を買うとか、教則本を買うとか、足し算で考えちゃうじゃないですか。向こうは最初から引き算で考えていく。モニターはないです、とか、スピーカーがないです、アンプがないです。ドラムがないです、どうしますか? ってなると、向こうの人はそれでもやりたいから持ち込むし、なければないで自分の技術で補っていく。そういうところは、日本人は外国人に負けていると思いましたね。 ──アメリカから帰国して、LD&Kに入社。音楽業界の裏方で働くようになるわけですが、裏方って、具体的にどういうことをやっていたんですか? 日高 いろんなことを全部やりましたよ。当時は3~4人しかいない会社で、何アーティストも担当するわけですから。自分はガガガSPとか、つじあやのちゃんのライブ現場を担当していましたね。ライブの会場でセッティングの手伝いしたり、取材の時はマネジャーみたいなことをしたり、レコーディングの時はローディみたいなこともしていました。レコード店への営業にも行きましたし。その当時は、自分がミュージシャンでプロとしてやっていくという気持ちは、まったくなかったんです。 ──その後、ビークルを結成。バンド活動を本格的に復活させるわけですけど、インディーズ時代のビークルの人気は本当にすごかったと聞きました 日高 4万枚くらいCDを売りました。当時でもすごい数字だったと思います。それで、会社にはすぐにバレちゃって(笑)。大らかなインディーズレーベルだったので、バレてビクビクするとか、そういう感じではなかったですけどね。いまだに当時担当していたアーティストから「日高さん、僕らのことやらずにビークルばっかりやっていたんじゃないですか」って言われますね。 ──インディーズでの人気を経て、その後メジャーデビュー。インディーズでずっとやっていて、メジャーへの抵抗感ってなかったんですか? 日高 メジャーは、好きではなかったですね。でも、メジャーに行ってもないやつがメジャーの悪口言っているのも違うなって思ってたんです。かっこよくないなって。もちろんインディーズの美しさはありますけど、誘われもしないのに「メジャーはクソ」って言うのも違うなと。ビークルの時はメジャーに行ったとしても、いつまでいられるか試せばいいじゃないか、逆に自分で変えられることがあれば変えていきゃいいじゃないかって思ってデビューを決めましたね。今は、どこまでプロとしてやっていけるか試しているところです。基本、音楽で食うだなんて、こんな面倒くさいことはないと思っていますからね。
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──ビークルは英語で歌うバンドでした。英語詞に違和感を持つ人も多かったのでは? 日高 そうでしょうね。でも、自分はYMO育ちだったんで、そんな声は全然無視ですよ。海外進出も視野に入れていたというのもありますけど、外国人が聴いたときの印象と、日本人が聴いたときの印象が同じというのがよかったんです。日本人だから絶対日本語でならなきゃならないというのもないと思うし、日本語の曲は歌詞が先に捉えられちゃう。そういうレトリックに巻き込まれるのが嫌だったんで、歌っている内容に共感してもらうのも大切なんですが、そこに捉われて曲の評価が後回しになるのは、音楽として本末転倒だと思っていたんです。 ──そして『BECK』の主題歌「HIT IN THE USA」で、ビークルは一躍全国区に名前を知られるアーティストになるわけですが。 日高 メジャーデビューした頃は、タイアップでパンチが出せた最後の時代なんです。『BECK』もタイアップでしたが、あれはでかかったですよね。もともとテレ東のアニメ枠で『BECK』をアニメ化するっていう時に、漫画はもちろん読んでいましたけど、それが当たるとは自分らも周囲も誰も思っていなかったんです。深夜だし、こういう話があるけどどうですか? って聞かれて、「やりたいに決まっている」って気軽に言ったら、話もあっさり決まってね。それがまさかあんなに当たるとは……。ラッキーでしたね。最初は、アニメファンにちょっと知ってもらえるかな、っていう感じで受けさせていただいたんですけどね。 ──当時、20万枚のヒットになったんですよね。ヒットの実感ってありましたか? 日高 ありましたね。いまだにありますよ。いまだに『BECK』好きですとか言われますしね。俺が描いたわけでもないのに(笑)。その曲しか知らない人も増えていくわけで、その曲を「これぞビークル」とか言われちゃうわけです。そういうのも売れるメリットデメリットなんだろうなって思いますけど、活動的には楽になりました。予算も出るようになって、ツアーもお客さんが入るようになり、グッズも売れるしってね。でも、売れちゃったことで、逆にバンドが短命になったという気もします。 ──解散は2010年。理由はいったい、なんだったんですか? 日高 売れてしまったことで、自分たちが単なる、仮面のポップな面白おじさんみたいになっている気がして、逆にもっとエクストリームにしたいって思っていたんです。もっとハードなことをやろうって。でもメンバー的には、それは違うんじゃないか? って話になってね。音楽の志向性が合わなくなっていたんです。それぞれ、もっとエレクトロに振り切りたいとか、もっとポップに振り切りたいとか、歌ものがいいんじゃないかとかね、まとまらなくなっていた。売れたことで、いろんな方向性が見えすぎるようになっていたんです。 ──解散が精神面に与えた影響は大きかったのでは? 日高 失恋みたいなものでしたよ。やっぱり悲しかったです。自分で始めたことだったのでね。でも、メンバーがやりたくないものを無理やりやらせるのも悪いし。 ──バンド解散後、THE STARBEMSを結成。その後、素顔をさらして活動していくわけですが。 日高 そうです。お面以外の手って、もう素顔しかないですからね。名前も「ヒダカトオル」とカタカナにしていたものを漢字に戻しました。ビークルの時はポップに見えたほうがいいというのでカタカナにしていましたが、もうそうする必要もないのでね。素顔に感しては、さすがに慣れるのに時間がかかりました。写真撮られるにしても、お面って楽でしたから。お面つけているから動きも大きくできた、というのもありましたしね。 ──THE STARBEMSについては、そもそもどういうコンセプトで立ち上げたんですか? 日高 とにかくハードなものをやろうと思って立ち上げたんですけど、立ち上げの直前に震災(東日本大震災)がありまして、それで少し雰囲気が変わってしまいましたね。最初は明るくポップなラウド集団というイメージだったんですけど、震災以降にラウドをやるにも、大義名分が必要な空気になってしまったんです……。どの音楽もそうだったと思いますが。自分の中でも、そうしないと納得がいかなくなっていて、ただ単に楽しく「わーってやりましょう!」っていうのも、このタイミングでは違うなって思ったんです。震災直後に弾き語りの企画で、郡山とか福島とか、3カ所くらい東北を回ったんですけど、実際に惨状を目の当たりにすると、「生半可な気持ちじゃあかんな」って思い直しましたし、ビークルで行かなくてよかったですね。お面かぶって「オマンコール」なんて無理ですよ。価値観も変わってしまったし、震災を経て初めて自分の中で浮き彫りになったこともたくさんあって、あらためてビークルを辞めるべきタイミングだったんだなとも思いました。 ──THE STARBEMSの1枚目(『SAD MARATHON WITH VOMITING BLOOD』2013年6月発売)が発売されて、かつてのビークルのファンの反響はどうだったんでしょう。 日高 良くも悪くも、ビークルを期待していた人はきれいにいなくなりましたよね。でも、ゼロからのスタートでいいって始めたんで、ビークルのファンに聴いてほしくないわけじゃないけど、同じことを期待されても……というのはあります。年々、うるさいじじいになりたいって自分は思っているんでね。ビークルっぽい曲もあるとは思いますけど、ビークルっぽいのは期待しないでね、というのが正直な気持ちです。
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ライブの様子
──近年はメロン記念日やBiSはじめ、アイドルへの楽曲提供の仕事も多くこなされていますね。 日高 BiSとか大好きです。もともとああいうメジャーでありながらアンダーグランドな人たちって、すごく好きなんです。不遇なアイドルを、作り手としてなんとかしたいというのがあってね。象徴的なのはメロン記念日。俺、ハロプロでメロン記念日が一番好きだったんですよ。なぜなら、かわいそうだから(笑)。平家みちよの妹分でデビューしたけど、平家みちよはデビュー後すぐいなくなって、モーニング娘。だけどんどん上昇していってね。そのギャップが面白くて。不遇なアイドルって面白いな、って。なんかほっとけないなって。 ──発売されたTHE STARBEMSの新作『VANISHING CITY』について教えてください。 日高 ファーストは震災後の社会に対して、ただただ「怒り」だったんですけど、ここからは「笑いながら怒ろう」って。竹中直人さんばりにね(笑)。すげえ笑いながら近づいてくるんだけど、よく見たら怒っているみたいな。そういうポップさにしたいなって。前はビークルから離れたかったんで、ビークルっぽい曲ができてもボツにしていましたけど、今回はイキにしているのも自分的には面白いところです。ビークルじゃんって言われても、まあいいやって開き直れるようになったんです。作っている人が一緒なんで、しょうがないってね。 ──ありがとうございます。最後に、ファンに一言お願いします。 日高 今は、ジャンルの細分化などで、リスナーが音楽を選ぶのが結構面倒くさい時代で。いろんなものがありすぎて選ぶにも選びにくい時代だと思うんですけど、THE STARBEMSの新作は、内容もリスナーを選ばないポップさになっていると思うので、なるべく多くの人に聞いてほしいです。元ビークル、元毛皮のマリーズのギター(越川和磨)がいるっていうインフォメーションを見てとりあえず興味を持った、なんていうのも全然ありです。とにかく、手にとってほしいですね。 (取材・文=名鹿祥史/ライブフォト=cazrowAoki) ●THE STARBEMS公式ホームページ http://www.thestarbems.com/ 『VANISHING CITY TOUR 2014 』 11月28日(金)大阪 梅田Shangri-La 11月29日(土)名古屋 今池CLUB UPSET 12月10日(水)渋谷TSUTAYA O-WEST

弱冠15歳の"ダンサー"ソングライター【當山みれい】「15年後、きっとマディソンスクエアガーデンに立つ!」

【サイゾーpremiumより】 ――幼少期から楽曲制作に励み、無限大の可能性を秘めた少女が、満を持してメジャーの舞台に躍り出る。
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(写真/若原瑞昌 D-CORD)
 あなたが小学生のときに欲しかったものはファミコン? たまごっち? 現在、15歳の當山みれいが小6のときに親にねだって買ってもらったのは、音楽制作ソフトとデスクトップパソコン。そこから曲作りを覚えた彼女は、中学生になるとニューヨークへ語学&音楽留学。もうなんて早熟なんだ! 「洋楽が好きだったので、本場に行ってみたい気持ちがあったんです。映像とかで見るあの場所は、どうなってるんだろう? って。それは今思い返すとロサンゼルスだったりするんですけど(笑)」  留学は約1年。現地ではハーレムのゴスペル隊でリードシンガーを務め、アポロシアターで開催されたアマチュアナイトで優勝も経験。さまざまな人種が集まる環境に身を置くことで、日本人としてのナショナリティを意識するようになり、自らの個性を見つめ直す中で、若さも武器だと考えるようになったという。そうして音楽性と人間性を大きくさせてくれた海外生活だが、実は渡米を決心した背景には、もうひとつ理由があった。それは小学校時代に受けたいじめ。 「小2のときからダンスと歌を本格的に習い始めたんですけど、それで目立ってしまったのか、ある日、学校に行ったらみんな口を利いてくれなくなっちゃって。もともとはっきりしてる性格なので、嫌なことは嫌って言っちゃうから、そうなってしまったのかも。小学校の6年間はずっと1クラス編成の狭い世界だったし、とにかく違う世界に飛び出したかったんです」  そんな気持ちはデビュー曲「Fallin‘ Out」の「笑顔の仮面つけたクラス一人 つまらない価値 ねたみ うんざり」という歌詞にも表出。 「これはニューヨークに行く前から、行ったあとの気持ちを書いた曲で、家族と大事な友だちに向けて歌っています。日本を離れ、自分から連絡を取る人はいないと思ってたけど(笑)、やっぱり感謝の気持ちが生まれて。もし、いじめがなかったら(地元の)大阪にずっといたと思う。だから逆に良かった。いじめの経験が私の背中を押してくれたというか、人生を変えるきっかけになったから」  そんな彼女の悩みは、知らず知らずのうちに、歌詞に英語がちょこちょこ入ってきちゃうこと。 「自分でルー大柴さんみたいだな、って思っちゃうんです。歌詞を付けたPVを見た友だちからも、英語のところがわからないって言われるくらい(笑)。でも、これも私のオリジナルのひとつとして、かっこよく英語と日本語を混ぜられたらなと思います(笑)」  散歩をするとき、家事をしているとき、そして勉強のときもイヤフォンをして音楽を聴いているという、大の音楽好きである彼女の三大ごちそうは、サラダ(温野菜入り)と大福とピザ。このへんは、実に15歳の少女らしい一面だ。 「ピザはチーズがびょ~ん、じゃなきゃダメ! ニューヨークの街角で売ってるピザは1ドルでチーズびょ~んなんですよ。超おいしいあのピザが忘れられません」  もうひとつ、彼女が海外生活で忘れられないもの。それは街を散歩しているときに見上げたマディソンスクエアガーデン。レディー・ガガやビヨンセ、そして彼女が憧れるリアーナもライブを行った、世界的に知られるアリーナだ。 「夢はマディソンのステージに立つこと。それまでに日本はもちろん、アメリカでも”當山みれい”というアーティストのブランディングをがんばって……目標は、30歳までに実現させることです!」  15歳とは思えない深みのある歌声と卓越したダンスセンスを持ち、ライブではクールにかっこよく。でも、対面するとケラケラとよく笑い愛嬌たっぷり。デビューから世界視野で夢を語る彼女だが、その実力と魅力は大器の片鱗を十分窺わせるものだ。だから15年後、我々をマディソンに連れて行ってください。そのときは、たくさんピザごちそうしますから! (文/猪又 孝)
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當山みれい(とうやま・みれい) 1998年、大阪府生まれ。アメリカ留学中に在籍していた、全米トップの名門ゴスペルチーム「Gospel For Teens」では、アジア人としては異例のリードボーカルを務め、話題となる。今もっとも注目を集めるダンサー・ソングライター。

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『Fallin‘ Out/I Wanna NO feat. SHUN』 6月25日発売の當山みれいのデビューシングル。家族や友人、大切な人への感謝を歌ったメッセージソングの「Fallin‘ Out」と、若手注目MCのSHUNをラップに起用した「I Wanna NO」の両A面シングル。 販売/ソニー・ミュージック 価格/初回盤 1481円(+税)、通常盤 1204円(+税)