セックスの相手は代替可能? 「自立した」はずの女が持つ欲望

『七つの甘い吐息』(新潮社)

■今回の官能小説
『白い波に溺れて』早瀬まひる(『七つの甘い吐息』/新潮社より)

 女に産まれて来たからには、誰しも少なからず持ち合わせているヒロイン願望。男にちやほやされ、身も心も支配されたい――ふたりのシナリオに書かれている甘いラブストーリー。オンナの恋愛や結婚観には、少なからず、頭のなかに自分だけの「シナリオ」は存在しているのではないだろうか。そのシナリオを演じることが目的ならば、たとえば相手役が降板したとすれば、他を見つければ良い。あくまでも、ゴールは「物語の達成」なのだから……しかし、果たしてそうなのだろうか?

 「白い波に溺れて」の主人公・優香は、かつて先生と生徒……また、恋人同士でもあった銅版画家の塩尻の個展で、彼と再会した。逃げるようにギャラリーを後し、恋人のもとへと急ぐ。優香には、雅人という婚約者がいた。

清算できない過去と手に入れたい未来、板挟みで人は何を思う?

hajimeteno.jpg
『初めての…』(堂本烈、二見書房)

■今回の官能小説
『初めての…』堂本烈

 誰しも愛する人ができると、相手の過去や現在までも自分色に染めたくなり、自分自身も相手の色に染まりたくなる。けれど、現実にはそうもいかない。今まで蓄積して来た遍歴を経て今の恋愛をしている自分があり、そんな自分に相応しい相手が存在しているのだ。

 つまりは相手が歩んで来たセックス遍歴も含めて受け入れなければならない……けれど、頭では理解しつつも理性が追いつかないのが人間のエゴというもの。相手が白紙ならば、自らの手でいかようにでも染められる。しかし、真っ白な相手に対して薄汚れた過去を持っているとしたら、どうだろう? 不可能だと知りつつも、必死に己の過去を消しゴムで消そうとするのではないだろうか。

6人の男たちによる回想よって浮かび上がる、女の多面性と性愛

nanaironoemi.jpg
『七色の笑み』(小玉二三、光文社)

■今回の官能小説
『七色の笑み』小玉二三

 女は、場所によってさまざまなキャラクターを使い分ける。恋人の前、仕事の顔、家庭での顔……その場その場で刹那的に自分を演じ分けすることで自らを確立し、社会で立ち回っている。女のキャラ設定は、相手が男となるとさらに本領を発揮するのではないだろうか? 気になる男の前、本命の男の前、あるいは、男として魅力を感じない相手の前でも、女はあらゆる手段で男に対して及第点を得ようとする。そして、男にはそんな女の作戦などは悟られていないのではないだろうか?

 今回紹介する『七色の笑み』の主人公ノエミは、タイトルのとおりさまざまな顔を使い分けていた。

 別荘地の洋館に集まった6人の男。彼らの唯一の接点は、黒く縁取られた葉書と、謎の女性「ノエミ」の存在。物語は、一人目の男・剛とノエミとの回想から始まる。息子の家庭教師として現れたノエミは、清楚な服装と整った顔立ちをしていた。剛は一目で心を奪われてしまう。ひょんなきっかけから2人の距離は縮まり、男女の仲になる。紺のスカートに白いブラウス、白いハンカチ――その服装から想像できるように、セックスのときのノエミは堅く、内気で、初々しかった。まるで娘に教示する父親のようにノエミを愛する剛。はじめて2人での旅行を計画したある日、彼女はこつ然と姿を消したのだった。

「蜘蛛と蝶」における、孤独を解消するための肉体関係と共依存の必要性

nemuranaitameiki.jpg
『眠らないため息』(幻冬舎)

■今回の官能小説
『蜘蛛と蝶』大沼紀子(『眠らないため息』/幻冬舎より)

 人間という生き物は、ある時ふと、世の中からの疎外感を覚えることがある。他人にもたれてようやく呼吸を整えられるほど“誰か”を欲する時期がある。もしその気持ちを表面的にでも共有できるのであれば、何物にも代え難い絆が生まれるのではないだろうか?

 「蜘蛛と蝶」の主人公・真帆は、婚約者の和成から遠慮がちに打診された。手首や胸に点在する蝶の入れ墨を消してほしい、と。真帆にとって、それは忌まわしい過去の名残。だからこそ、普段は衣服やバンドエイドで隠していた。もしかしたら、彼女自身もそれを払拭するきっかけを探していたのかもしれない。

 過去をリセットするために訪れたタトゥー除去サロンで、その刻印を付けた張本人である敦志と再会した。けれど、あれほど愛した過去の彼とは決定的な違いがあった。見慣れた褐色の腕からは、真帆を虜にした無数の蜘蛛の糸のタトゥーが消えていたのだ。

『おれの繭子』快楽のための規律を破ったとき、男女関係はどうなる?

orenomayuko.jpg
『花鳥籠』/無双舎

■今回の官能小説
『おれの繭子』深志美由紀(『花鳥籠』/無双舎より)

 男と女の間に存在するルール。それは当人同士しか理解し合えないことのほうが多い。

 それはSMの世界でも同じこと。男女間で主従関係を結び、緊縛や複数プレイなどで直接的に肉体的快感を与えることはもちろん、遠隔操作などで精神的にも快感を与えるSM。倫理を超えた行為から得られる快楽を共有し合うためには、その趣向の持ち主だけが理解し合える徹底した規律を守ることが大前提。けれど、もし越えてはいけないハードルを越えたとき、人はどうなってしまうのだろう?

 今回紹介する『おれの繭子』の主人公「おれ」は、知識と経験不足が災いし、いとも簡単にそのハードルを越えてしまった。

「はんこや」から読み解く、夫婦間における「追っかけ」の危うさ

hankoya.jpg
『蠱惑~美人妻の熟れ肌~』(河出書
房新社)

■今回の官能小説
『はんこや』岡江多紀(『蠱惑~美人妻の熟れ肌~』/河出書房新社より)

 男女の上下関係は、一度定めると最後。逆転することは非常にむずかしい。恋愛の場ではそんな関係性も楽しみのひとつではあるけれど、いざ夫婦となるとそうはいかない。初期設定でマウントポジションを取れれば安泰、けれど逆は永遠に報われない思いを抱えながら過ごすことになってしまう。

 異性としての魅力を感じたままの相手との結婚生活は、非常に危うく、苦しいもの。今回ご紹介する「はんこや」の主人公・梨沙子を見ると、そう感じずにはいられない。

"フツーの女"が一番エロい? 欲望に目覚めた女を描く『もっと淫らに』

mottomidarani.jpg
『もっと淫らに』(鷹澤フブキ、河出
書房新社)

■今回の官能小説
『もっと淫らに』鷹澤フブキ

 男性から見ればミニスカートを履いていたりノースリーブを着ていたりと、露出度の高いオンナ=エロいと思われがちだけれど、実は「フツーの女」がもっともエロいのではないだろうか? なぜかというと、フツーの女は「普通である」という事実に満足していないから。きっかけさえあれば堰を切ったように貪欲になる。もちろん、セックスに対しても。

 親近感溢れる女性描写の名手・鷹澤フブキさんの『もっと淫らに』の主人公の綾奈は、どこにでもいる普通の27歳の女性。SNSで知り合った彼とは最近マンネリ気味で、エッチな下着を付けて誘惑し、ようやくセックスへと辿り着く始末。けれどいざひと仕事終えれば背中を向けて寝る彼......有り余る性欲と淋しさを解消するため、彼の背中を眺めながらオナニーをして眠る日々が続いていた。

 そんな綾奈と中学時代からの友人である亜由美と芙美子。タイプの違う三人は、やはり付き合う男性のタイプも真逆だ。亜由美は家庭のある男性と付き合っていて、芙美子は年下の美容師見習い・純也と付き合っている。

恋愛やセックスにおける男女の"平等"に迫った、「みんな半分ずつ」

tokerutorokeru.jpg
『とける、とろける』(唯川恵、新
潮社)

■今回の官能小説
『みんな半分ずつ』唯川恵(『とける、とろける』/新潮社より)

 女は強くならないと生き辛い世の中になって来た。仕事も経済面もできる限り自立をしなければならないし、自立を目指して社会的地位を得ている女のほうが、相応のイイ男を引き寄せやすい。ちょっと前に流行した"エビちゃんOL"のような、経済的にも精神的にもオンブにダッコを求めるお嫁さん女は、草食系がはびこる今の男子にとっては手に余る存在なのだ。

 社会的には対等な女性像が求められている。けれどそこにセックスが絡むと、そうはいかないのがこのご時世。

SMという形で互いを想うピュアな気持ちを描いた『卒業』

sotsugyotate.jpg
『卒業』(館淳一、幻冬舎)

■今回の官能小説
『卒業』館淳一

 昨年は官能小説界にとっても激震の一年だった。作家、団鬼六氏の死去。まだまだ世間一般には知られていないSMという世界を広く知らしめ、先陣を切って走り続けてくれた団先生。その耽美なSMの世界を引き継いでくれている官能小説家は大勢いる。なかでも、館淳一の描くSMの世界観は、どれも男女間の強い絆のもとに成り立っている。痛みを伴う屈辱的行為や、ともすれば生死に関わるようなプレイだからこそ、互いを強く想う描写をきちんと描いている。

 今回紹介する『卒業』は、くたびれた中年の裕介と、美しい養女のゆかりの物語。結婚式を翌日に控えたゆかりと裕介は、ふたりが出会った十年前を振り返りながら、最後の快楽に溺れてゆく。

性の秘密を共有する女性同士の関係を描いた『二人のひとりあそび』

mitsunokyouen.jpg
『蜜の競艶』/河出書房新社

■今回の官能小説
『二人のひとりあそび』森奈津子(女流官能アンソロジー『蜜の競艶』/河出書房新社より)

 エロにおいて男と女でもっともかけ離れたスタンスに位置しているものが「オナニー」ではないだろうか。それがあってるかは別として、世の中的に男のオナニーは必需行為という位置づけに対して、女のオナニーは嗜好行為と位置づけられているから。

 幼いころから開けっぴろげに話題にできる男とは違い、女は仲良くなればなるほど封印するネタのひとつかもしれない。それはたぶん、「自慰」という文字どおり、オナニーをする女=モテない女というレッテルを貼られてしまいがちだから。では、女同士のNGワードを打ち明けた先には、いったいどんな関係性が生まれるのだろう?