【追悼/再掲】相澤秀禎×中森明夫 淳子、聖子、ユッコ、ノリピー……育ての親が語る「アイドルたちの40年」

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●「サイゾー」2007年6月号より再掲  片や、桜田淳子、松田聖子、酒井法子、安達祐実、ベッキーなど、常に時代の要請に応じた女性アイドルを輩出してきた、大手芸能プロ「サンミュージック」会長・相澤秀禎氏(来年、同社創立40周年)。片や、「おたく」「チャイドル」などの言葉を生み出してきた“サブカル界の黒幕”中森明夫氏(今年、アイドル評論活動25周年)。中森氏の軽妙な語り口につられて、相澤氏が、大物アイドルたちの活躍の「舞台裏」を、赤裸々に語り出した──。  「日本最大のアイドル」(中森)である松田聖子を生み出したサンミュージック。その聖子は89年に突然独立を表明、アメリカ進出を目指す聖子と、同プロの方針の違いが原因との報道もされた。その後、聖子はさまざまなスキャンダルやトラブルに見舞われることになるが、今年2月、“聖子がサンミュージックに復帰”と報じられた。大手事務所を離れたタレントが古巣に帰ることは、芸能界では珍しいことである──。中森氏は、まずそこから斬り込んだ。 中森(以下、中) 聖子さんが、18年ぶりに復帰されるそうですね。 相澤(以下、相) はい。音楽面での「業務提携」という形です。  昨年末、聖子さんが会長をディナーショーにご招待されたことがきっかけだそうですが、どういうご気分だったんですか?  これまで、聖子に対しては「申し訳ない」という気持ちがあったんです。なぜかっていうと、彼女が事務所を離れる時、本人から何度も電話が入ったんですよ。そこで僕が出て話を聞けば円満解決になってたのに、突っぱねちゃった。だから、聖子がひとりになってからの、いろんな噂を聞くとね、悪いことしたなと。  独立後は、ずっと音信なかったんですか?  その後、一度だけ成城(相澤氏の自宅がある)で会ったことはあるんですけど、よそよそしく挨拶したくらいで。だもんだから、心の中では、いつも聖子に申し訳ないという気持ちだった。だからディナーショーに招待されたときは、「これは行ってあげなくちゃ」って。  聖子さんがステージ上で突然「お世話になった会長さんが来てくださいました」と、挨拶をしたそうですね。  私の顔を見て込み上げるものがあったんでしょうね。彼女、ステージで涙。終わってから楽屋に行ったら、聖子はまた泣いて。僕も「ひとりにしてごめんね」と。それで業務提携という形で、音楽の制作やプロモーションで力になろうという話になった。  独立に際しては、子どもを置いて渡米することに意見の相違があったといわれていますが。  僕は、彼女の希望を叶えてあげたいという気持ちはあったんですよ。ただ、一緒についていたレコード会社のアメリカ担当プロデューサーが、うちを外しにかかったんですね。そういう事情があるから、余計ね、かわいそうでね。  いろいろバッシングはありましたが、日本最大のアイドルは松田聖子だと思うんですよ。彼女は、芸能界のみならず、本当に時代を変えましたからね。  こんなこと言うと彼女に悪いですけど、初めて会ったときは「田舎のお嬢さんだな」と思った。ただし、声はとっても良かった。  70年代、アイドルがちょっと沈んでいたとき、80年に聖子さんがあの衣装、髪形で出てきて、パッと状況が変わった。街中が聖子ちゃんカットになって……。あれは、狙ってたんですか?  僕というより、レコード会社、カメラマンや雑誌社の人が盛り上げてくれて、みんなで松田聖子をつくってくれたんですよ。  以前、会長が「聖子はO脚だからこそ、ミニスカートにした」とおっしゃっていたのが印象的でした。それを隠そうとロングスカートにしていたら、松田聖子になってない、普通は欠点であるところが、魅力になっている人がアイドルだと。そこが会長独自の感覚ですよね。数々のスターを生んでこられた秘訣だと思いますよ。 ■森田健作から始まった、40年のアイドル街道  来年は、サンミュージック創立40周年だそうですね。最初のタレントは、森田健作さんですよね。  そうですね。考えてみれば、よくここまでやれたな。その前、僕は龍美プロで、西郷助封Fのマネージャーをしてました。その頃の西郷は、今のキムタクさんくらい人気があった。コンサートで入れなかった人が押し寄せて、警官2人が圧死するという惨事を生むほどにね。  圧死!?  そんな中、どうしても新人をやりたくて探していたら、「あるダンサーの弟にいいのがいる」と。それが森田健作。パッと見て、「こりゃいいや」と、サンミュージックを立ち上げました。  最初の女性アイドルは桜田淳子さんですね。桜田さんは『スター誕生!』(1971~83年に放送されたオーディション番組)で合格して、複数の芸能プロが獲得しようとしたんですよね。  十数社ですね。番組後、交渉時間は各社5~10分しかなくて、うちはそのとき無名の会社で、所属タレントは3人だけ。仕方ないんで、「一生懸命頑張りますから、お願いします」って、タレント3人の名前を紙に書いて置いてきた。そしたら、彼女が森田のファンで、「森田さんのいる会社に行きたい」って。  桜田さんが、92年の統一協会の合同結婚式をきっかけに、芸能界を離れられたことについてはどうお思いですか?  もし、あの子が芸能活動を続けていたら、今ごろすごい舞台女優になってますよ。でも、彼女は宗教を信じきってましたから、どうすることもできませんでした。  会長は、ご自宅に女性タレントを下宿させることで有名ですが。  淳子から酒井法子ぐらいまでは、そうしてました。高校を卒業するまでは、下宿をさせる。地方の親御さんは、そのほうが安心するんですよ。多いときは4~5人いたな。  会長にとって、アイドルとはどういうものなんですか?  それは、中森さんのほうが詳しいんじゃないですか?(笑)僕は、自分の感覚だけでやってきたから。早見優のときは、プロフィールの写真を見ただけで決めたし。  鮮烈でしたよね、ハワイ育ちで、それまでいなかったタイプ。  僕は結構欧米的な感覚なんですよ。横須賀で育って、カントリーバンドもやってたから。  最近は、ベッキーも人気だし。  ベッキーは、下着メーカーのオーディションで来たんですよ。友人の下着メーカー社長に審査員を頼まれて。下着モデルですから、20代以上がほとんどなんだけど、その中に14歳のベッキーがいた。これは面白いと思ったんで、優勝はできなかったけど、急遽「サンミュージック賞」をつくって受賞させました。  下着モデル! お宝情報ですね(笑)。僕は一度、会長が審査員をされたオーディションに審査員のひとりとして参加したことがあるんですが、会長は履歴書を見て、「この子とこの子」ってパッと決めるんですね。そういう方は初めてでびっくりしました。あれは直感ですか?  直感だけですね。  それに、芸能スクールを全国的に展開されてますよね。倉木麻衣がスクールにいたとか。  大塚愛も、いたんですよ。  サンミュージックが、Jポップの歌姫たちを育てたようなもんですね。浜崎あゆみも、かつては所属してましたしね。  ええ。みんないい子でしたねえ。昔は、道を歩いてて「いいな」と思ったら声をかけてたんですけど、だんだんそういう機会がなくなってきました。でも、スクールで1~2年レッスンをすると、つぼみがフーッと開くところが見えることがあるんですね。ああ、これは売れるかもしれないと。塚本高史なんかもそうですね。  安達祐実さんは、どうですか?  彼女は10歳のとき、お母さんとここに来たんです。そのとき、お母さんのほうがベラベラしゃべってて、彼女がお母さんを制止したんです(笑)。10歳の子がですよ。すごいなと思いました。  安達さんは、“できちゃった婚”をしてしまいましたね。しかも、ホリプロのコメディアンと。  堀(威夫・ホリプロ取締役ファウンダー)さんから僕に、「ごめんね」って電話がありました(笑)。僕は「いい子を紹介してくれたね」って。祐実ちゃんが好きになった子なら、いい人だと思ったんですよ。  記者会見は、どちらが仕切ったんですか? 大手プロ同士、メンツがあるから、もめることもあると聞きますが。  男性側が仕切るのは当然なんですけど、うちはうちでかわいさもありますから、「金屏風を立てて、ちゃんと記者会見したい」と堀さんに頼みました。  今、息子さんが社長を継いでおられますが、帝王学をお教えになったんですか?  いや、ないです。彼は僕のやり方とは違います。5~6年前にお笑いをやりたい、って言ってきて、僕は「芸人には、人間的にいいのがいない」と思ってたんです。ところが、(カンニング)竹山にしてもヒロシにしても、みんなまじめ。そういうやつもいるんだっていうことを息子に教えられて、あとは委せるようにした。今はホストの城咲仁やヘアメイクのTAKAKOまで連れてきて、僕とは違う感覚をもってますね。 ■法子にいい話が来るのは、ユッコが見てるからかな  今年も岡田有希子さんの命日である4月8日には、岡田さんが亡くなられた、このサンミュージックが入るビルの前に200人くらい集まりました。僕も毎年、手を合わせに伺うんですが、ファンはもう中年になっていたりで、わりと和やかな雰囲気でした、岡田さんがご存命なら、39歳ですね。  ユッコも、かわいそうにねえ。僕はここ(会長室)にはタレントの写真を飾らないことにしてるんですが、ユッコだけは飾ってある。「おまえは永久にうちのタレントだから」って。  毎年、命日にビルの前でお見かけする若い女性に話を聞いてみたんですけど、「今でも毎日、岡田さんの曲を聴いている」って言っていましたね。それと、13回忌のときに開かれた「岡田有希子展」に行って、中学校のときの通知表を見て仰天しました。4が1個くらいであとは全部5。  あの子はね、うちのタレントの中でも、特に繊細な子だったですよ。この(会長室にある)写真のサインね、4月5日になってるんです。自殺の3日前。彼女は4月から一人暮らしを始めたばかりで、5日に僕の家に来た。そのときに、明るい話はしてるんですけど、どこかいつもと違う。なんか考えてるみたいなところがあった。それで、「おまえがこれからうちの会社を背負っていくんだから、がんばらなきゃだめだよ」って励ましたら、彼女は「あとにいい子がいるじゃない」って、当時うちに住み始めたばかりの法子のことを言うんですね。それで「じゃ、法子にサインやってくれよ」って、写真パネルにサインをもらったんです。それが、先ほどの写真ですよ。で、それから3日後に……。今でも法子にいい仕事が来るのは、「ユッコが見てるからかな」と思うことがある。子どもがいるからレギュラーは無理だろうと思っていたら、今春からドラマが始まったし、日中親善大使になったり。  スターって、星ですよね。星は太陽の光を反射して光る。でもサンミュージックは太陽(=サン)だから、自分で、発光してる。だけど、太陽には太陽黒点という黒い点もある。それも含めて光にしちゃう会社。それがアイドル評論家としての、僕のサンミュージック論です。サンミュージックは、僕らのようなライターに対してもやさしいですしね。他のプロダクションには、何か書いたらすぐ内容証明を送ってきたりするところもあるようです。  僕はね、「黒いものは、きれいな黒に書け」という理論なんですよ。どうせ斬られるなら、「せめて、こういう書き方はできないだろうか?」って頼むんですよ。そうすると、向こうもわかってくれる。敵こそ、ちゃんと付き合わないと。それと、できるだけ若い人と付き合うようにしてる。まだ会社に入ったばっかりの子だとなかなか話が通らないけど、10年経てば偉くなるんだもん。偉い人とばかり付き合っていたら、10年後には友達がいなくなって、自分だけ雲の上になっちゃう。だから、これからも、いろいろとかわいがっていただければ……。77(歳)になってあれなんですけど。  77歳ですか。お変わりになりませんよね。こんなあけっぴろげな会長は、ほかにいませんよ。  だから儲からない(笑)。お金に細かくなれば儲かるかもしれませんけど、僕は自分の好きなものを手がけたいから。いいものには後から金がついてくる。難しいですよ。誰でも、そううまくいくわけじゃないからね。今、ジョンリっていう18歳のシンガーソングライターを手がけてるんです。英語がペラペラで、15歳のときにバークレー音楽院のサマープログラムで作曲を習ってきたという子。彼女のブログを見ると、幅広い年齢の人が感想を書いてる。彼女は、きますよ。バラードがいいですよ。  すごいですね、77歳で新しい子を手がけて、ブログをチェックして……。  この子で、マネージャーをするのは最後かな。

「むしろ松田聖子、ユーミンがヤバい……!」フジテレビ“口パク禁止令”で本当に困る歌手たち

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THE 劣化。
 フジテレビ音楽番組の名物プロデューサー、きくち伸が自身のブログ上で「口パク禁止令」とも受け取れる文章を書き込み、一般視聴者のみならず、音楽業界にも波紋を呼んでいる。ネット上では「AKB48はどうなる?」「Perfumeはアウト」などの議論が盛り上がっているが、本当に“ヤバい”のはベテラン歌手だという。 「確かに、新曲プロモーションで出演する音楽番組で口パクが禁止されたら、ジャニーズやAKB48あたりはダンス色の強い曲を歌いにくくなるでしょう。ただし、きくちPが言及している番組は、カバー曲や往年のヒット曲が中心なので、一定の歌唱力があれば対応できるはず。それよりもダメージが大きいのは、加齢や喉のトラブルから全盛期のような歌声が出なくなってしまった歌手です。具体的には松田聖子や松任谷由実、杏里、持田香織などが出演しにくくなる」(レコード会社関係者)  中でも松田聖子の場合、デビュー時にはみずみずしい歌声で評判を取ったものの、喉のトラブルがもとで、30代に入った頃からはほとんど口パクで通しているという。 「聖子さんは年齢とともに顔やスタイルが激変したことも話題となりましたが、一番変わったのは、実は“声質”なんです。20代の終わり頃に、喉の酷使から声が出なくなってしまい、それ以降は声量を伴わない歌唱法を用いるようになりました。コンサートやテレビ出演では、念入りに加工された録音バージョンで、生歌の弱々しさを補強しています」(同)  また、音楽関係者からは、地デジ化に伴って音楽番組の音声ミキシングが大ざっぱになっているとの声も出ている。 「ここ最近の傾向として、演奏よりも歌声を強調するミキシングが主流となっています。そのため、ちょっとした声のゆらぎや呼吸の乱れで、演奏自体がバラバラに聞こえてしまうケースも増えているのです。そうしたリスクを避けるため、『いい音楽を届けるには、口パクのほうがいい』と話すスタッフは、レコード会社だけでなくテレビ局にも多いですよ。海外では同様の理由から、テレビやラジオでは口パクが主流です」(前出関係者)  『FNS歌謡祭』などで高い評価を得ている、フジテレビの音楽番組の立役者きくちPによる今回の提言。口パクの是非だけでなく、ベテラン歌手のあり方や、音楽番組の音声ミキシングのあり方まで問うものといえそうだ。 (文=市場葵)

アイドル戦国時代に“正統派の遺伝子”「さんみゅ~」を投入するサンミュージックの挑戦

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まさに“清純派”というイメージ
 AKB48が圧倒的な売り上げ枚数でシーンを牽引する中、ももいろクローバーZが大旋風を巻き起こし、モーニング娘。を筆頭にBerryz工房、℃-ute、スマイレージなどハロー!プロジェクト陣はハイレベルなパフォーマンスでファンを魅了し続けている。avexからは東京女子流、SUPER☆GiRLSがキレキレのダンスで切り込み、安室奈美恵やSPEEDを育てたヴィジョン・ファクトリーはFairiesをドロップ、アイドリング!!!や恵比寿マスカッツといったテレビ番組出身グループも存在感を示している。地方に目を向ければ、SKE48(名古屋)やNMB48(大阪)などの48ファミリーは言うに及ばず、新潟のNegicco、福岡のLinQらもすこぶる元気だ。  世はまさにアイドル戦国時代。中央、地方、メジャー、インディーズの垣根を越えて、数百人、数千人の“アイドル”たちがしのぎを削り合っている。  そんな中、新たに鬨の声を挙げたのが、白いワンピースに身を包んだ9人の黒髪の少女たち「さんみゅ~」だ。名門プロダクション・サンミュージックにとってそれは、21年ぶりの新人アイドルであり、初のグループアイドルだという。今この時代に彼女たちを、岡田有希子の「くちびるNetwork」でデビューさせた意味とは。そして、戦国時代を勝ち抜くための戦略は──。同社新人開発セクションのトップを務める富岡弘明氏に話を聞いた。  * * * ──アイドルでサンミュージックといえば、やはり松田聖子さんが圧倒的な存在でした。聖子さんというアイドルは、どのように育てられたのでしょうか。 富岡氏 彼女には、これといって特別なことをやらせたわけではないんです。アイドルの魅力というのは、ルックスだったりキャラクターだったり楽曲だったり、いろいろなものがありますが、大きな比重を占めるのが声だと思うんですね。その子の声を聞いたときに、元気になれる、安らぐ、優しい気持ちになる、そういう気持ちが良くなる素晴らしい声を、松田聖子という子は持っていたんです。 ──なるほど。声、ですか。 富岡氏 加えて、抜群の歌唱力、それに楽曲の良さですね。耳に残る心に残る歌を提供できた。そこが強かったんだと思います。松田聖子というアイドルは、最初は男性ファンが圧倒的に多く、彼女が嫌いだという女の子もたくさんいました。ところが「赤いスイートピー」という曲から、女の子のファンがガッと増えて、普通のアイドルから、またひとつ上のアイドルになった。「赤いスイートピー」はユーミン(呉田軽穂名義)の曲ですが、当時の女の子の心にスッと入っていった。そういう楽曲の力というものが、すごくあったんだと思いますね。同性のファンを掴んだのは、本当に大きかった。 ──聖子さんの他にも、桜田淳子さん、岡田有希子さん、酒井法子さんなど、その時代でのトップアイドルを多く輩出している印象があります。 富岡氏 彼女たち、それぞれ魅力が違うと思うんですけど、うちのタレントに共通して言えるのは、“清潔感”でしょうか。そういう部分はすごくあった気がしますね。それと、なんといっても曲に恵まれていたこと。彼女たちも、1作ごとに歌唱力、表現力が成長していきました。ですから、こちらからコンセプトを作り上げて云々ということではない、ストレートに正攻法で勝負してきただけなんです。 ──そんなサンミュージックにとって、「さんみゅ~」は21年ぶりのアイドルということですが、それだけの期間が空いてしまったのは、どういった理由から? 富岡氏 おそらく、時代だと思います。どんどん歌番組がなくなって、バラエティが増えていって、テレビというものが、芸人のみなさんが活躍する場に変わっていった。昔は歌の前座にお笑いというものがあったんですが、ある時期から逆転していくんです。芸人のみなさんの番組に、歌手が呼んでもらうという形になる。そういったタイミングで俳優やバラエティにシフトしていったということもありますし、これという人材に巡り会えなかったというのも、またあるのかもしれません。 ──では今回「さんみゅ~」をデビューさせるにあたって、岡田有希子さんの曲を使う意図を聞かせてください。 富岡氏 まず、1980年代のアイドルの楽曲の良さというのがあります。メロディが豊富な時代なんです。ここ10年、20年メロディが軽視されているようが気がしているんですよ。どちらかというと、リズム……踊る、ということが大前提になっている。そういう中で、うちがやるからには正攻法をやらなきゃいけないだろうな、サンミュージックがやるんだから「こういう正統派のアイドルってどうですか?」という、そういうプレゼンテーションをしたいと。 sub_kuchibiru_Re.jpg ──そうして選ばれたのが「くちびるNetwork」。 富岡氏 もちろんオリジナルも作っていますし、いい曲ができていると思っています。ただ「くちびる Network」を使うというのは、この曲が、岡田有希子にとって唯一のナンバーワンヒットなんですね。この曲がヒットしているタイミングで、あのような悲劇的なことがあったということもあって、サンミュージックの中で、特に会長の相澤(秀禎氏)が有希子に対する思いをずっと持ち続けていたので、今回このプロジェクトをやっていく中で、自然発生的に、「有希子のこの曲を、1回復活させようよ」という気持ちになったのは事実です。ありがたいことに、松田聖子(Seiko名義)作詞、坂本龍一作曲という、今では到底考えられない、すごい組み合わせの楽曲ですし、幅広い層に聞いてほしいという思いもあって。岡田有希子のファンの方は、今では30代から40代になっていると思うんですよ、そうすると子どもさんがいらっしゃって、親子で「さんみゅ~」を楽しんでいただけたら嬉しいな、と思ってるんです。 ──その岡田有希子さんの曲を使うことに対して、プロジェクトの中で葛藤というか、反対意見というのもあったと思うんですが。 富岡氏 反対意見ということではないけれど、やはり慎重論はありました。岡田有希子のファンの方、今でも彼女の命日には現場にお花を持ってきてくださる方もたくさんいます。そういう方たちにとって、果たしてどうなんだろう、ということは、もちろん考えました。ただ、彼女の悲しい出来事から20年以上たち、サンミュージックがアイドルをもう一度やろうと考えた時には、この曲だろうな、という気持ちが強くなりました。 ──通常盤カップリングの「Secret Blue Memories」のメロディは、聖子さんの「天国のキッス」を思い起こさせます。オリジナル曲も、そのあたりの時代感を突いていくということでしょうか。 富岡氏 もちろんそうですね。今はロックとかラップとか、細かくジャンル分けされていますけれど、昭和30~40年代までは「歌謡曲/流行歌」というジャンルしかなかったんですよ。たとえば「○○ブルース」も「○○マンボ」も、すべて「歌謡曲」だった。ジャンル分けされていなかったんです。それがあるときからジャンル分けされてしまって、「この音楽は若者向け、この音楽は年寄り向け」という形になっていってしまった。元来、日本の大衆音楽はその時代の文化や流行を敏感に取り入れて変化してきました。特に70年代から80年代のアイドルの楽曲というのは、それが顕著で、うまく融合していると思います。たとえば洋楽の当時流行っているテイストがいろいろなところに紛れ込んでいたりする。それが、この時代の日本のポップスの良さじゃないかなと思うんです。 ──ビジュアルについても伺います。「さんみゅ~」は、全員が白いワンピースで黒髪ですが、メンバーの個性というところでは、どのように考えていますか。 富岡氏 これから、個性作りをしていかなきゃいけない部分ですね。個々の見え方というのは、やはり変わっていかなければいけない。メンバーは全国に18校ある養成所から選び、毎週末東京に呼んで特別レッスンを重ね、1年ちょっとでここまで絞ってきました。まずは踊れなくちゃいけない、歌の経験がある子もひとりもいなかったので、歌も勉強させなきゃいけない。そういう中で、去年の後半あたりから、メンバーが「自分というものを出そう」という雰囲気を出してきています。ですから、このビジュアルは成長過程だと思ってください。ただやはり、白いワンピースというのは、80年代をシンボライズしたときに、これはいいな、というのはありましたね。髪の毛に関しては、あんまり染めたりとかはしたくないと思ってます。 ──いわゆる清潔感。 富岡氏 清潔感、そうですね。髪の毛の長さに関してはそれぞれ似合う似合わないというのがあるでしょうから、それは個々で考えてやっていっていいことだろうなと考えていますよ。 ──現段階で、9人の中で誰がセンターであるといった、そういう位置付けはあるんでしょうか。 富岡氏 メンバーを取りまとめる役割として、リーダーは西園みすずという子にしています。ただ、現段階では誰がセンターというのは決めていないですね。これから、さまざまな楽曲をやっていく中で彼女たちの力が現れてくると思いますし、デビューできるだけの力を全員に付けさせるという段階は終わったので、これからです。今活躍している方々の中に入っていけば、もっとやらなければいけないということは本人たちもわかってくるはずで、それぞれの目的意識が変わってくれば成長の度合いも変わってくると思います。
──アイドル界は、AKBがもちろんトップですが、ももクロも伸びてきて、ファンの方々もさまざまなグループに目を向けるようになってきています。 富岡氏 そうはいっても、やはりAKBさんが強いですね。とんでもなく強い。 ──そういう中で「さんみゅ~」は、この戦国時代を生き抜くために、どういう勝負をしていくのでしょうか。 富岡氏 家族で見られるという親近感と、耳に残る心地よさというものは伝えていきたいな、と思っています。家族で、親と子が一緒に見られるステージって、そうないんじゃないかな、と思うんです。そのアイドルを好きな人だけが集まっている場だけではなく、ショッピングモールのイベントなんかを積極的にやりたいんですよ。家族連れが集まるところで、「さんみゅ~が今日来てるから、買い物に行こうよ」となってくれたら、と。そして、そういう方々が足を止めてくれるようなステージをお見せできると思っているんですよ。 ──たしかに、イオンの広場で「くちびるNetwork」を歌っているアイドルがいたら、親世代は見てしまいそうです。 富岡氏 今回CD化はしていませんが、「サンミュージック・アイドル・メドレー」というのも作っていて、松田聖子、早見優、桜田淳子、森田健作、太川陽介……うちの歴代アイドルの曲をメドレーにしているんです。それは、お客さんの足を止める力はあるんじゃないかなと。 ──よく分かります。 富岡氏 池袋のサンシャインシティや、去年の夏にお台場のアイドルフェスティバルに出させていただいたんですけれど、聖子の曲を歌い出したら、やっぱり人は寄ってくるんです。有希子の曲を歌ったら、淳子の曲を歌ったら、「この曲知ってる!」と言ってくれる方がたくさんいる。それは、うちだからこそできることですし、そういうところを取っ掛かりに、彼女たちを見ていってほしいと思っています。 ──では最後に伺います。たとえばAKB48は「東京ドーム公演」を目標に掲げていました。ももクロは「紅白出場」でしたが、「さんみゅ~」にとっての、とりあえずの目標を教えてください。 富岡氏 それはやっぱり、僕としては、少なくとも年末に仕事したいと思ってます。 ──1年目から。 富岡氏 それは『紅白』の場なのか、あるいは一生に一回しかチャンスがないレコード大賞の新人賞というもの、それを狙うつもりでいかなければダメだと思うんですよ。サンミュージックがやるというのは、そういうことだと思うんです。そう簡単に答えが出ないことは分かっていますが、正攻法の良さを伝えられるように一生懸命頑張ります。ぜひとも、応援してください。 (取材・文=編集部) ●さんみゅ~ アイドル創世記から数々のスーパーアイドルを輩出している名門サンミュージックから満を持してデビューする、21年振りにして初の多人数アイドルユニット。全国各地のアカデミーレッスン生からオーディション含めいくつもの試練を乗り越えてきた精鋭9名。デビュー曲は80年代に大ヒットしたカリスマアイドル岡田有希子の「くちびるNetwork」を大胆カバー。しかも作詞は松田聖子(Seiko名義)&作曲は坂本龍一という豪華作家陣に加え、当時1986年1月29日にキャニオンレコードから発売された、ちょうど27年振りに名曲が復活となる。 【イベント】 『さんみゅ~ デビュー直前記念イベント』 【日時】2013年1月19日(土) 13:00/17:00 【会場】エディオンJR尼崎駅店 (無料ミニライブ&一斉握手会) 兵庫県尼崎市潮江1-1-50 http://event.edion.jp/ 『さんみゅ~ デビューシングル発売記念イベント』 【日時】2013年1月26日(土) 15: 00~16:30 【会場】池袋サンシャインシティ 噴水広場 (無料ミニライブ&一斉握手会) http://www.sunshinecity.co.jp/sunshine/info/access_train.html

電撃再々婚から3カ月も──松田聖子と個人マネジャーK氏の“ただならぬ関係”は続いている!?

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老けたな~。
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  松田聖子と、その愛人といわれていたマネジャーK氏とのプライベートな関係がいまだに続いているという情報が、聖子周辺の複数の関係者から寄せられた。  聖子は6月13日に慶応義塾大学の准教授で口腔外科の河奈裕正氏と“電撃再々婚”を発表。同時に世田谷成城にある聖子の豪邸で新婚生活をスタートさせた。しかし聖子の自宅には、入籍直前までK氏が同居していたことは以前、当コラムで報じた。  聖子とK氏の出会いについてあらためて説明すると、聖子は約8年前に知人に紹介された整体治療院で、整体師として勤めていたK氏と知り合い、深い関係になったのちに、個人事務所のマネジャーとして迎え入れた。  しばらくたってから、K氏は聖子の母親と長女の神田沙也加が住む聖子の自宅に同居するようになった。K氏を嫌った沙也加はいち早く家を飛び出し、母親もK氏と折り合いが悪く、近くのマンションで一人住まいを始めた。2007年に聖子が成城の豪邸を新築。沙也加も母親もそこに戻ると思われたが戻らず、豪邸では聖子とK氏の二人暮らしが始まった。彼は聖子が“再々婚”するまで住み続けていたが、新しい伴侶ができたことで家を出た。その段階で、聖子はK氏とは公私にわたる“パートナー”関係を解消するものだとばかり思われていた。ところが、K氏はいまだにマネジャーとして個人事務所に残っている。  しかも、今でも仕事の現場では、周囲からは「誰が見ても男女の関係」と疑いの目を向けられている。それだけではない。聖子の自宅近くのコンビニでツーショットが目撃されているという。一方、夫の河奈氏の姿は、最近になって目撃されていないという。一体、どうなっているのか?  そういえば、3年ほど前にK氏と同居している時に、聖子は前夫で歯科医のH氏と沖縄旅行。名護に近いゴルフ場でプレーをしていたという情報をつかんだのは筆者だった。  前夫との沖縄旅行発覚で、K氏とは破局を迎えると思われたが、関係はそのまま続いていた。今回も河奈氏と再々婚しながら、K氏と関係を断ち切っていない。果たして“超スピード離婚”の危機なのか? いずれにしても、聖子の男性関係は我々凡人には到底、理解不能なものなのかもしれない。 (文=本多圭)

「真面目でモテモテ」松田聖子と結婚したイケメン口腔外科医K氏に裏の顔!?

 松田聖子の電撃再々婚で一躍“時の人”となったのが、お相手の慶大医学部准教授で口腔外科医のK氏だ。  スポーツ紙や女性週刊誌は、こぞってK氏の素顔を紹介。「神田正輝似のイケメンで、歯科医としての腕もピカイチ」「誰にでもやさしく、女性人気も絶大」「中学時代は野球部で運動神経も抜群」など、とにかく大絶賛だ。  だが、果たしてそれだけなのか? 実は、K氏には“裏の顔”もあるという。K氏は前妻と一昨年の12月ごろに離婚。原因については不明だが「決して円満離婚ではない」と断言する関係者も。一部では、前妻との間にもうけた双子の息子に関するデリケートな事情で、モメにモメたという話もある。 「K氏から離婚を切り出したそうです。養育費はきちんと支払うから『別れてくれ』と。一部で聖子さんが“略奪”したのでは? という報道もありましたが、それは違います。あくまで夫婦間の問題ですよ」(K氏を知る人物)  「仕事が恋人」といわれるほど真面目で、女性に関しては「シャイ」と評判のK氏だが、こちらも“裏の顔”が見え隠れする。夕刊紙・東京スポーツはK氏が離婚後に同じ病院に勤める30代美女と交際していたと報じたが、それ以外にも女性の影があるようだ。  病院関係者は「めちゃくちゃモテるから、女性の誘いはひっきりなし。バレンタインデーなんか、チョコを渡す女性が順番待ちしていたともいわれます。半面、ボンボン育ちのK氏は温和な性格なため、女性の誘いをむげにできない部分がある。院内でK氏とウワサになった女性は1人や2人じゃないですよ」と明かす。“肉食系”ではないとはいえ、悪く言えば「女にだらしない」となるのかもしれない。  大方の人は50歳を過ぎても“変わらない”聖子をK氏がコントロールできるか? と見ているが、案外それは逆なのかもしれない……。

「真面目でモテモテ」松田聖子と結婚したイケメン口腔外科医K氏に裏の顔!?

 松田聖子の電撃再々婚で一躍“時の人”となったのが、お相手の慶大医学部准教授で口腔外科医のK氏だ。  スポーツ紙や女性週刊誌は、こぞってK氏の素顔を紹介。「神田正輝似のイケメンで、歯科医としての腕もピカイチ」「誰にでもやさしく、女性人気も絶大」「中学時代は野球部で運動神経も抜群」など、とにかく大絶賛だ。  だが、果たしてそれだけなのか? 実は、K氏には“裏の顔”もあるという。K氏は前妻と一昨年の12月ごろに離婚。原因については不明だが「決して円満離婚ではない」と断言する関係者も。一部では、前妻との間にもうけた双子の息子に関するデリケートな事情で、モメにモメたという話もある。 「K氏から離婚を切り出したそうです。養育費はきちんと支払うから『別れてくれ』と。一部で聖子さんが“略奪”したのでは? という報道もありましたが、それは違います。あくまで夫婦間の問題ですよ」(K氏を知る人物)  「仕事が恋人」といわれるほど真面目で、女性に関しては「シャイ」と評判のK氏だが、こちらも“裏の顔”が見え隠れする。夕刊紙・東京スポーツはK氏が離婚後に同じ病院に勤める30代美女と交際していたと報じたが、それ以外にも女性の影があるようだ。  病院関係者は「めちゃくちゃモテるから、女性の誘いはひっきりなし。バレンタインデーなんか、チョコを渡す女性が順番待ちしていたともいわれます。半面、ボンボン育ちのK氏は温和な性格なため、女性の誘いをむげにできない部分がある。院内でK氏とウワサになった女性は1人や2人じゃないですよ」と明かす。“肉食系”ではないとはいえ、悪く言えば「女にだらしない」となるのかもしれない。  大方の人は50歳を過ぎても“変わらない”聖子をK氏がコントロールできるか? と見ているが、案外それは逆なのかもしれない……。

「結婚発表はニューアルバムのプロモーション!?」またまた歯科医と“ビビビ婚”した松田聖子

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 歌手の松田聖子が13日、3度目の結婚をしたことを自身の公式サイトなどで発表した。  聖子は所属レコード会社を通じて「本日6月13日に知人の紹介で知り合いました大学准教授の一般男性と入籍しました。50歳を迎えた節目の年に同世代の伴侶と新たな人生を歩き始めます」と報告しただけだったが、結婚発表後、ネット上ではお相手の実名が書き込まれるなどバレバレで、一部スポーツ紙は実名入りで報じた。 「3度目の結婚相手は、慶応大学医学部の歯科・口腔外科学准教授である河奈裕正氏。聖子より2歳年下で、東北大歯学部を卒業後、慶大医学部助手などを経て現在は准教授。慶大病院で勤務する傍ら、フジテレビの社内診療所の歯科医も担当し、なかなかの腕を持つと評判。女子アナも含めてファンが多いそうです。数年前に知人の紹介で知り合い、その後、河奈氏が聖子の歯を治療するようになり、恋愛関係に発展したようですね」(スポーツ紙デスク)  ネット上の河奈氏の画像を見ると、かつての恋人で歌手の郷ひろみ、最初の夫で俳優の神田正輝、前夫で6歳年下の歯科医の「いいとこ取り」をしたような彫りの深いイケメン。  結婚会見での「(出会った時に)ビビビッと来た!」のコメントが「ビビビ婚」として流行語になった前夫同様、治療をされているうちにすっかり惚れてしまったようだが、これまで数々のスキャンダルをプロモーションに結びつけてきた商魂たくましい聖子だけに、今回の結婚発表の時期もなかなか絶妙だったようだ。 「6月6日にニューアルバム『Very Very』を発売したが、発売初日6日のオリコンのデイリーランキングで10位と予想外の低迷。同日3位の阿部真央の『戦いは終わらない』の売り上げが約4,000枚なので、いまや聖子のアルバムは1日でそれぐらいの枚数も売り上げることができなくなってしまった。翌日以降もデイリーで10位以内にランクインすることができず、6月18日付の週間ランキングは推定売り上げ枚数が1万1,828枚で9位だった。5月に発売したシングル『涙のしずく』は、オリコン初登場がなんと20位と低迷。売り上げも7,000枚程度だった。アルバム売り上げが振るわないこの時点での結婚発表により、新譜のみならず、過去のアルバムなど関連商品の売り上げが軒並みアップし、“聖子ブランド”の健在ぶりを存分にアピールできるだろう」(レコード会社関係者)  結婚後、初めてファンに報告する場となる23日の名古屋公演はチケットがソールドアウトすることがほぼ確実なだけに、やはり、またとないタイミングでの結婚発表となった。前夫の歯科医とは2年足らずで離婚しているが、今回は歌手・松田聖子と妻の“両立”をいつまで続けられるかが注目される。

NHK大河ドラマ『平清盛』女優陣の不仲解消に現場スタッフが"陰陽師"を投入!?

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『檀れい写真集 Ray』(マガジンハウス)
 視聴率の低迷や歴史解釈への疑問符、兵庫県知事による演出への"ダメ出し"など、ネガティブな話題には事欠かないNHK大河ドラマ『平清盛』に、今度は女優陣の不仲説が取り沙汰されている。 「檀れいが松田聖子に対して『所作も声の出し方もなっていない。演技の練習はしなくていいのかしら』などとダメ出ししたことが女性誌に報じられるなど、女優陣の溝は日々深まるばかり。現場も"聖子ならしょうがない"という雰囲気でしたが、檀が松雪泰子や杏にまで演技指導をするものだから、気が気じゃないですよ」(ドラマ関係者)  檀がこのような態度に出てしまうのは、彼女のプロ意識とプライドの高さが故という話もある。ある芸能ジャーナリストによれば、「宝塚の娘役トップスターだった彼女が当初当てられるはずだった配役に、アイドル上がりの松田聖子が起用されてしまった。おまけに聖子がVIP待遇を受けているために、反感をつのらせてこのような態度に出てしまっている」との見方があるようだ。  そんな現場の温度差に万策尽きたのか、スタッフがトラブル解決のために"陰陽師"を呼んだのだという。 「『平家物語』には鵺(ぬえ)や目比(めくらべ)といった妖怪が多数出てくる上に、女性同士の争いも描かれている。松田聖子の血筋は平安時代の貴族につながっていると言われており、やはりなんらかの因縁めいたものや"物の怪"が関係して、現場でも女性同士の諍いが起きてしまっているのではないかと現場を指揮するスタッフが考えたようです。お祓いの効果が出ているのかは"経過観察中"だそうですが......」(前出の関係者)  傍目には混乱が増すばかりにしか見えない『平清盛』、女同士の衝突は果たしてどのような解決を見るのだろうか。
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「"親の七光り"の極み」神田沙也加がNHK『紅白歌合戦』出場の不可解さ


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『LIBERTY』(ポニーキャニオン)
 先月30日に発表されたNHK『紅白歌合戦』の出場者発表で最大のサプライズだったのが、初出場組として会見に登場した松田聖子の愛娘・神田沙也加だ。 「聖子は大みそかに毎年恒例のカウントダウンコンサートを行うので、『紅白』出場はないといわれていた。だが、NHKは来年の大河ドラマ『平清盛』で聖子を1人2役のVIP待遇で迎えることもあり、是が非でも聖子には『紅白』に出てほしかった。そこで聖子がNHK側に突き付けた条件が、娘・沙也加の出場だったんです」(スポーツ紙デスク)  各スポーツ紙の報道によると、NHKがまず出演をオファーしたのは聖子。10年ぶりの出場となるにあたって、聖子は「何か意味のある出演の仕方であれば」という申し出をし、「今年は日本人が親子、家族の絆を意識した1年だった。そんな空気に応えるような出演の仕方はできないだろうか」という意向を伝えた。それを受け、NHKが「では、沙也加さんとの共演では?」と具体的に提案したと伝えられているが、「実質的には聖子側のゴリ押しですよ」(同デスク)という。 「沙也加は芸名・SAYAKAとして2002年5月にシングル『ever since』(ソニー・ミュージックエンタテインメント)で歌手デビュー。いきなりドラマの主題歌に起用されるなど注目を浴びたが、歌手としては鳴かず飛ばず。ドラマ・映画と女優業に挑戦したものの、こちらもパっとせず、現在ではミュージカルなどの舞台が主な活動の場となっている。場慣れしてきたのか、関係者の評価は徐々に高まっているが......」(女性誌記者)  一時期は沙也加の交際相手をめぐって、聖子と冷戦を繰り広げたこともあったが、現在は母子ともに同じ事務所に所属。それでも、歌手としての実績は乏しく、今回の『紅白』出場は「親の七光りの極みですよ」(同記者)とのことのようだ。  最近では、バラエティー番組に進出するなど新境地を模索している沙也加。いつの日か、独り立ちできる日が来るのだろうか。
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「新人時代からトラブルも」羽賀研二 転落人生の影にあった闇人物との"黒い交際"

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ドロドロ裁判はまだまだ続く?
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  未公開株売買をめぐる3億7,000万円の詐欺と恐喝未遂罪に問われている羽賀研二が、大阪高裁で「卑劣で破廉恥」「反省の態度が見られない」と懲役6年の逆転有罪判決を受けたのはご存じの通りだ。羽賀は判決を不服として、最高裁に上告した。  筆者はかつて、ある芸能関係者を通じて、羽賀のあまりに多い女性問題について本人とやりとりをしたことがあった。ところが、直接弁明に来た際に次々とつくウソにあきれて、「お前の言葉は信じない」と絶縁したことがある。それだけに、羽賀については言いたいことは山ほどあるが、彼の名誉のためにも、彼の人生を狂わせた人脈だけは明らかにしておきたい。  羽賀は1980年代前半、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の"いいとも青年隊"に起用されて脚光を浴びたが、そのころから、ファンの女性からラジカセを借りて返さないといった、なんとも情けない苦情が絶えなかった。その後も、女性とのトラブルの情報が筆者のもとには入ってきたが、いいとも青年隊を卒業した羽賀の名前を具体的に耳にしたのは、大田区に住む未亡人に沖縄開発リゾートの話を持ち掛けた金銭トラブルだった。  この騒動を、休刊になった隔女性週刊誌「微笑」(祥伝社)の記者が取材。記事掲載寸前に、「微笑」の委託ライターも務めていた筆者の元に親しいプロダクション関係者から「何とか記事を止めてくれないか」という依頼があった。最終的には記事は掲載されたのだが、後になって分かったことは、プロダクション関係者に依頼してきたのは元総会屋で、その後、2005年にエイベックスに利益供与を強要した件で逮捕されたYだった。さらに、そのYに記事潰しを依頼したのは、住専騒動で逮捕された"浪速の借金王"と言われた「末野興産」の末野謙一だったのだ。  末野は、羽賀と一緒に恐喝未遂で逮捕されたボクシングの元世界チャンプの渡辺二郎と共に羽賀のタニマチだった。末野を通じて、暴力団関係者との"黒い交際"も始まっていた。その後、羽賀は梅宮アンナと熱愛が発覚するが、実は、末野主催のハワイのゴルフコンペに父親の梅宮辰夫が参加した時に、梅宮に同行したアンナを羽賀が口説いたというのが真相だ。末野と梅宮は兄弟分と言われるほど親しい関係だったのだ。梅宮は、アンナと羽賀との交際に反対しながらも煮えきれず、渋々認めたのは末野が羽賀のタニマチだったからだ。しかし、梅宮もしたたかだ。当時は「辰ちゃん漬け」をはじめ、サイドビジネスが軌道に乗り始めたころ。バカ娘の熱愛騒動に苦悩する父親・梅宮の姿はワイドショーの格好の話題になって、サイドビジネスの宣伝につながり大儲けした。  その後、莫大な借金を抱えてアンナと破局した羽賀は、以前からナンパスポットとして出入りしていたアパレルメーカー「バルビゾン」のオーナーである伊藤良三が経営する「ブルーポイント」で、伊藤から大手消費者金融の未亡人を紹介された。羽賀はここでも金銭トラブルを抱えたが、伊藤は、末野興産が所有していた白金をはじめとした物件を買い漁り、不動産業で大成した。昨年、市川海老蔵殴打事件の現場になった西麻布のビルも伊藤所有のビルだ。  末野と伊藤の接点は、羽賀だとしか思えない。  その羽賀は、伊藤に勧められた医療コンサルタント会社「ウエルネス社」の未公開株をめぐって逮捕された。羽賀は末野、梅宮、伊藤の3人の間をしたたかに渡って生きてきたつもりだったのかもしれないが、結果的にはこの3人に翻弄された人生を送ってきた。  悲しすぎるほど、寂しい男だ。 (文=本多圭)
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