車イスで歌った聖子、サポートしていたイケメン男性の正体は……

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 歌手の松田聖子が7月9日、東京・日本武道館でコンサートを行ったが、数日前に転倒して負傷したため、イスに座ったままの歌唱となった。  公演前に聖子の肉声テープで「不慮の負傷により、公演内容が変わること申し訳ありません」というアナウンスが流れると、満員の観客はどよめいたが、ステージに現れた聖子に対しては不満の声が上がることはなく、大きな拍手で迎えられた。早々に歌われた「あなたに逢いたくて」の後、聖子は「本当にごめんなさい。背中と腰を打ちました。一時は立ち上がることができなくてコンサートができるか心配でしたけど、みなさんにお逢いしたくて」と、曲名に絡めて挨拶した。
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 関係者によると、この負傷によりステージ上の演出はかなり変更され、曲順も当初の予定と変わったという。聖子は曲によっては少し立ち上がって歌う場面もあったが、基本は座った状態。その姿は痛々しく、ファンからは応援の声が一層、強まっていた。ただ、悲愴感だけで終わらせないのが、さすが聖子。曲間のMCではその負傷を笑い話にする ようなところもあって、明るく場内を盛り上げた。  そんな中、一部ファンの注目をひそかに集めたのが、聖子が立ち上がるときにサポートしていた若いイケメン男性だ。 「若い男が横にいると、いつでも彼氏に見えちゃうよね」 「誰だろう、すごくかっこいい」
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 客席からそんな声が漏れ聞こえたが、ステージはアコースティックバージョンでの「秘密の花園」「モッキンバード」で“主役”を奪わせなかった 。負傷により今後の予定に変更があるかどうかもファンの気になるところだったが、現時点では8月の福岡、名古屋での公演は予定通りで、それどころか、11月の渋谷オーチャードホールでのジャズライブまでも告知した聖子。ライブ終盤、大ヒット曲「青い珊瑚礁」ではゴージャスな車イスに座って移動しながらの熱唱。気がつけば、総立ちの観衆の中には涙して聴いている人が何人も。負傷を何度も謝りながらの歌唱が、むしろ感動を大きくしたようだった。  これには関係者からも「実際には立ち上がるのに激痛が走るような状態だったのに、歌自体にはなんの影響も感じさせないのだからすごい」という声が聞かれた。  先ほどファンに注目されていたイケメン男性に目をやると、出番がないときでも聖子に熱視線を送り続けているように見えたが、聖子本人から、彼はダンサーの東山竜彦だと紹介された。東山は以前から聖子のコンサートではおなじみの出演者だったが、通常のコンサートでは聖子のオーラの前に、今回ほどは気にされた様子はなかった。負傷サポートであらためて注目された形なわけ だが、ファンからは「彼、ずっと聖子ちゃん見つめてたね」と記者よろしく、そこは見逃されていなかった。  先日は娘の神田沙也加が俳優・村田充と結婚し、祝福コメントもパーティー出席もなかったことで親子の不仲が騒がれた聖子だが、本業ではそんなゴシップを吹き飛ばすぐらいのクオリティがあった。この点は、『アナ雪』でブレークした沙也加でも及ばないところだった。 (文=片岡亮/NEWSIDER)

松田聖子、娘・沙也加の結婚パーティ不参加のワケは「確執」じゃない? 2人の“協定”とは

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 女優の神田沙也加と俳優の村田充がハワイで挙式していたことが5月12日、わかった。沙也加の父で俳優の神田正輝も参列したが、この会場にも、翌13日に都内で行われた結婚披露パーティにも、母・聖子の姿はなかったようだ。  ここまで聖子は娘の結婚に一言もコメントを出していない。一方の沙也加も報道陣から「お母さんに報告は?」と問われた際、「ごめんなさい……」と口を濁していたことから、母娘の断絶がクローズアップされたが、実際は世間が想像するような確執はないという。 「先日発売された『女性セブン』(小学館)によると、4月の中旬に都内のレストランの個室で、聖子と沙也加は母娘水いらずのひとときを過ごし、聖子が結婚をお祝いしていたと報じています。もっとも聖子は村田のことを認めているわけでもなく、好いているわけでもないようですが……」(業界関係者)  では、なぜここまで不自然な態度を取るのか。そこには2人で結んだ“協定”があるという。 「聖子と沙也加は、それぞれの芸能活動にお互いを利用しないという取り決めをしているといいます。聖子からすれば、自分がメディアに出ることで主役である沙也加が霞んでしまうという親心でもあるようです」(女性誌記者)  聖子といえば、米国の人気オーケストラをバックに従えた初のジャズアルバム『SEIKO JAZZ』が5月12日に米国の名門ジャズレーベルから全米リリースされたばかり。 「確執報道自体が“プロレス”で、黙っているだけで注目度が上がる。しかし、したたかな聖子のこと、早くも6月7日に次のアルバム『Daisy』がリリースされるので、そのタイミングで宣伝のためになりふり構わずなんらかのコメントを発表するかもしれませんね」(同)  もうしばらくは、聖子の動向から目が離せそうにない。

沈黙続く松田聖子に、娘・沙也加を祝福する資格ナシ!? 乱れきった男関係は、いまだ断ち切れず……

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 神田沙也加が9歳年上の俳優・村田充と電撃結婚したが、母親の松田聖子はいまだに沈黙を守ったままだ。父親である神田正輝が早々にお祝いコメントを出し、沙也加や村田とのスリーショット写真を公開したのとは対照的だ。このことからも、通常の母子関係ではないことがわかるが、2人に何があったのか?  沙也加は2002年に歌手デビュー。05年に一回り年上で、バツイチのロックギタリストとの同棲が発覚するも、聖子の大反対に遭い、勘当されている。結果、聖子の個人事務所に所属していた沙也加は、約1年半の間、芸能活動休止を余儀なくされたのだ。  しかし、当の聖子は神田と結婚する前は郷ひろみと交際しながら、真田広之や奥田瑛二、羽賀研二といった、ドラマや映画で共演した男たちと次から次へとウワサになるだけではなく、コンサートをサポートするバンドマンとも交際がささやかれるほど男性関係が乱れていた。当時、所属していたサンミュージックの相澤秀禎会長(故人)は、後になって筆者に、「マスコミにバレないようにガードするのが大変だった」と、苦労話を語っていたことを記憶している。  聖子は沙也加を妊娠中にも田原俊彦とウワサになったり、ライバルの中森明菜の恋人だった近藤真彦との“ニューヨーク不倫”が一部マスコミに暴露された。  貞操観念がない聖子に、娘の同棲を反対する資格などない。ましてや、勘当するなんて筋違い。しかし、沙也加は聖子に逆らえず、頭を下げて和解。聖子が東京・世田谷区の成城に建てた豪邸に、聖子の母親と一緒に暮らすようになったのだ。ところが、その後、豪邸に聖子の愛人とウワサされたマネジャーのK氏が住み始めた。  K氏は元格闘家の整体師で、聖子のマネジャーになる前は、ビートたけしの付き人だった。その立場を利用し、たけしの長女に接近。「結婚する」と言って、たけしから莫大な結婚支度金をもらった上に姿をくらましたのだ。  その後、K氏の行方をたけし軍団が追うと、聖子のマネジャーに収まっていたことが判明。狭い芸能界、K氏の素性はすぐに割れ、沙也加も聖子の母親もK氏を毛嫌いし、聖子の自宅を出て行った。  しかし、K氏との同棲生活を送っていた聖子がその後、3度目の結婚相手として選んだのはK氏ではなく、歯科医で慶應義塾大学医学部の准教授だった。結婚と同時にK氏は家を出て行った。その後、聖子がK氏を解雇したことで、沙也加と聖子の母親は「やっと手を切ってくれた」と喜んで、聖子との関係を修復した。  だが、別れたはずのK氏と聖子とのロス旅行が発覚したことで、再び母子関係は悪化。3年前の2月に、聖子は兄や母親が役員を務め、沙也加も所属する個人事務所「ファンテック」を離れ、K氏と新事務所「フェリシアクラブ」を設立して独立した。聖子が家族を捨てて元マネジャーを選んだことで、沙也加とは絶縁状態になったのだ。  その年の暮れには『NHK紅白歌合戦』に聖子と沙也加が共に出演。企画コーナーで沙也加が映画『アナと雪の女王』の挿入歌をニューヨークから歌う姿を見て聖子が涙を流して感動したことから「2人は和解した」ともいわれたが、現実は違った。娘の成長した姿を見て感動しない母親はいないだろうが、沙也加はそんな母を許していなかったのだ。  しかも聖子は、K氏と事務所を設立した直後に、歯科医の夫と暮らす成城の自宅から出て行ったという。さらに、今年に入って、聖子がいなくなった豪邸から夫の姿も見えなくなったという。聖子は、自分の人生を謳歌することで精いっぱいなのか?  いや、愛娘の結婚を知っていたのに、蚊帳の外に置かれて忸怩たる思いをしている姿は想像に難くない。5月13日に行われる結婚パーティに顔を見せることができるのか、注目される。 (文=本多圭)

幸せなはずなのに……結婚発表の神田沙也加が口ごもる母・松田聖子との本当の関係は?

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 おめでたい話のはずなのに、ザワザワしている。歌手で女優の神田沙也加が4月26日、俳優の村田充との結婚を発表した。沙也加は俳優・神田正輝と、ご存じ“永遠のアイドル”松田聖子の娘。両親も、さぞや喜んでいるかと思われたが……。  沙也加がインスタグラムに掲載したのは、父親と村田とのスリーショット。舞台終わりでマスコミの取材に応じた際も「聖子さんは、なんて言っていますか?」の問いに、沙也加は無言で歩き去った。  同29日に取材に応じた父親の神田も「(孫の)顔が見たい」と喜ぶ一方、元妻・聖子のことに聞かれると「わからない」と歯切れが悪い。微妙な空気を察知したマスコミの間では、沙也加と聖子の確執を疑ったり、「聖子が娘の結婚相手に納得していない」などと騒いでいる。  だが、実際は不仲というよりも、聖子の置かれている状況に起因しているという。  聖子は神田と別れた後、歯科医師と再婚するも離婚。2012年6月に慶大医学部准教授の男性と3度目の結婚を果たしたが、昨年からまたも“離婚危機”がウワサされている。 「成城の自宅に彼女は戻らず、ダンナさんも久しく見ていない。どうも、夫側の元妻に関わる問題がクリアになっていないようだ。すでに聖子には、新恋人がいるなんて話もある」(女性誌記者)  娘のおめでたい話に、自分の離婚話がついて回るのは母親としては不本意。また、沙也加もうかつに母の名前を出せば、聖子のもとにマスコミが殺到することを理解している。 「かつては親子間で衝突もあったそうですが、最近は良好で、自宅を出た聖子さんが沙也加さんの家に“入り浸る”こともあるそうです」(スポーツ紙記者)  沙也加と村田は今月13日、都内で結婚パーティーを行う。聖子は、どのような顔で現れるのか――。

松田聖子「黒ブラ」CMは3度目離婚への布石? “愛人”マネジャーと、すでに同棲か

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 毎年恒例となっている全国ツアー中の松田聖子だが、かねてから不仲説が出ている歯科医のK氏と、3度目の離婚を発表するのではないかと、マスコミ関係者からマークされている。  4年前に慶應義塾大学の准教授で歯科医のK氏と3度目の結婚をした聖子だが、その前から続いていた、11歳年下の元整体師で“愛人”と呼ばれたマネジャーとの関係は断ち切れなかった。それどころか、2年前には周囲の反対を押し切って個人事務所から独立。マネジャーと新事務所を設立したことで、さらに関係は深まっていった。  このときに離婚がウワサされたが、同じ年の9月から出演したトヨタのCMが“夫婦”をコンセプトにした作品だったことから、立ち消えになった。しかし、CMが終了した昨年3月頃から、世田谷区の自宅では夫の姿は目撃されるものの、聖子がいる気配がないため、別居状態との見方が強まり、離婚説が再燃していた。聖子は自宅近くのマンションでマネジャーとの半同棲がささやかれていて、いつ離婚してもおかしくない状況らしいが、では、なぜ今なのか?  その根拠は、聖子が出演する下着のCMだという。今年3月に54歳を迎えた聖子は、5月に女性用下着メーカーの新ブランドのイメージキャラクターに就任。黒のブラジャーとピンクを基調にしたブラジャー姿でイスに背筋を伸ばして座っている新CMが同ブランドのサイトと店頭で公開。6月半ばからはBSでも放送されている。  新CMは54歳には見えないセクシーさで、あちらのほうも現役バリバリの女性を連想させる。しかし、夫のK氏とは別居状態。となると、聖子の色気の源泉は、マネジャー以外は考えられない。  女性誌関係者は「下着のCM出演は、私生活に区切りをつけるため」という見方をしている。3度目の離婚発表は、時間の問題だと見ているようだ。  そういえば、神田正輝との離婚前も、聖子には似たような動きがあった。神田との結婚後、全米進出と称してアメリカに渡った聖子。進出そっちのけで“外人狂い”がウワサされた聖子に対して、デヴィ夫人のコーディネートでヌード写真集出版の話が持ち上がったのだ。  その後の出版トラブルで写真集は発売されなかったが、撮影自体は済んでいたという話は根強かった。その直後に、聖子は神田と離婚している。“女を全開にした”今回の大胆な下着CMへの出演も、離婚への布石ではないだろうか?  話題作りに長けている聖子だけに、ツアーの集客に結びつけることも考えられる。9月下旬まで続くツアーから目が離せない。 (文=本多圭)

年末の『日本レコード大賞』で放送事故!? 仲間由紀恵が松田聖子に失言で……

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 昨年12月30日放送の『第57回輝く!日本レコード大賞』(TBS系)で、司会の仲間由紀恵が“やらかして”しまった。  番組終盤、最優秀歌唱賞を受賞した松田聖子が登壇。ステージ上では、これまでの聖子の“歩み”を振り返るVTRが映し出された。  それを見た仲間は、聖子に「その目で見つめられたら、男性はすべてを投げ打ってでも(聖子の元に)走ってしまいますよ」と言葉をかけた。  仲間にしてみれば、聖子のカリスマ的な魅力をヨイショしたつもりだろうが、当の本人は「いやいや……」と苦笑いを浮かべるのみ。それもそのはず、すべてをかなぐり捨てて聖子の元に走り、それが原因で大モメしているのが、現在の聖子のダンナであるK氏なのだ。 「聖子さんは2012年に医師のK氏と再々婚しましたが、略奪婚だったといわれています。K氏は前妻との間に双子の子どもがいて、それまでは円満な家庭を築いていましたが、聖子さんの歯の治療を担当するようになり、性格が一変。最終的に彼は妻と子どもを捨て、聖子さんの元に走ってしまったのです」(女性誌記者)  ほどなくしてK氏は、前妻に離婚を切りだしたという。音楽関係者は「前妻はショックで激ヤセ。現在もK氏と聖子さんには怒り心頭のようです。仲間さんに悪気はありませんが、まさに聖子さんの痛いところを突く発言でした」と話す。  一部では、そのK氏とも現在うまくいっておらず「そろそろ3度目の離婚か!?」とウワサされる聖子。稀代のスキャンダル女王は、健在のようだ。

『紅白』近藤真彦・松田聖子のトリに疑問符「また中森明菜を追い込むのか」

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 今年の『NHK紅白歌合戦』の白組と紅組のトリが、近藤真彦と松田聖子に決まったとを聞いて、悪い冗談か? それとも、紅白のスタッフはデリカシーのかけらもないのか? と耳を疑った。  マッチと聖子はアイドルとして人気絶頂期、マッチの恋人であった中森明菜を自殺未遂に追い込んだ過去を持つ。その2人を紅白のトリにするということは、いまだにマッチとのことがトラウマになっている明菜を精神的に追い込むことになるのではと危惧するのは筆者だけだろうか。  今から約30年前、マッチはデビュー間もない明菜と熱愛。ジャニーズ事務所のパワーを恐れてスポーツ紙やワイドショーはネタにしなかったが、2人がスケジュールの合間を縫って、明菜の自宅マンションで逢瀬を重ねていたことは、女性誌「微笑」(祥伝社/すでに休刊)が逐一報じていた。2人の関係は公然の事実だったのだ。  一方、聖子は神田正輝と結婚。長女の沙也加を出産後、“世界進出”にチャレンジ。単身渡米して、表向きはレッスンや英会話の勉強に励んでいたというが、実際は遊び回っていた。そして、その男好きぶりはマッチにも向き、1989年2月、写真週刊誌「フライデー」(講談社)に、聖子とマッチがニューヨークのホテルのラウンジで寄り添う写真が掲載されて、“ニューヨーク密会”と報じられた。記事は、たまたま会っただけのような書かれ方でスキャンダラスな内容にはなっていなかったが、真相は違っていた。聖子が、明菜からマッチを寝取ったというのが真相だったのだ。  当時、聖子は大手芸能プロ・サンミュージックに所属。フライデーから「マッチとの写真を撮った」という連絡を受けて、2年前に亡くなった、当時サンミュージック社長だった相澤秀禎氏が、急遽ニューヨークに飛んで「フライデー」サイドと話し合い、致命的なスキャンダルに発展しないような写真を掲載することで話をつけたという。  生前、相澤氏は筆者の取材に、事の真相を語ったことがあった。実際には、マッチは聖子が泊まっている部屋で密会していたのだ。しかも聖子はマッチを前に、臆面もなく、夫だった神田正輝に電話をしてしたという。当時、この真相を報じたのは「微笑」だけだったので、大スキャンダルにはならなかった。  ところが、世間的には真実は隠蔽できたものの、恋人だった明菜は“ニューヨーク密会”報道に一人、心を痛め、マッチが帰国してからは痴話げんかが絶えなくなったという。一方、聖子は相澤氏に助けられた恩を忘れて、その年の6月にサンミュージックから身勝手に独立した。明菜はその約1カ月後の7月にマッチの自宅マンションで自殺未遂を起こし、その後、転落の一途をたどったのは、もはや説明するまでもない。  その明菜は昨年の紅白で再起を果たしたが、今年はジャニーズからゴリ押しされて、マッチが出場することに。そのため、NHKサイドは明菜には出演オファ―しなかったといわれている。その紅白スタッフが、トリにマッチを持ってくるというデリカシーのなさ、もしくは悪趣味ぶりには開いた口が塞がらなかった。再び明菜を追い込むことにならなければいいが。 (文=本多圭)

神田沙也加、ミュージカル好評!“ガチヲタ”で母・松田聖子と差別化を図った戦略に拍手

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ダンス・オブ・ヴァンパイア公式サイトより
 3日、帝国劇場でミュージカル『ダンス・オブ・ヴァンパイア』の公演が開始された。2006年に初演され、4度目の公演となるが、今回から新キャストとして加わった神田沙也加のパフォーマンスに対して、「圧巻の歌唱力!」「アナ雪の時とはまた違った魅力がある」と、専門家、ファン問わず、絶賛の声が上がっている。 「神田といえば、去年、ディズニー映画『アナと雪の女王』の王女・アナ役の日本語吹き替え、劇中歌を歌ったことで、“松田聖子の娘”として注目されて以来の再ブレークを果たしましたが、もともと、ミュージカルファンの間では、神田の歌唱力を絶賛する声は多く上がっていました。神田のミュージカルデビューは、04年に宮本亜門が演出した『INTO THE WOODS』での赤ずきん役でした。この時期、神田は“松田聖子の娘”というレッテルに苦しんでいたようですが、宮本に『あなた自身を見て選んだんだから、自信を持って立っていいんだよ』と言われたことで救われて今があると、今年2月に行われた同名作品のディズニー映画試写会で、宮本に対して感謝の意を述べる場面がありました。神田にとってミュージカル出演は、母親とは別の道を歩んでいくうえで、大きなターニングポイントとなったようです」(芸能関係者)  02年に、“SAYAKA”名義で歌手デビューした頃は、「親の七光」とバッシングされることも多かった神田だが、今ではそんな声は全く聞こえなくなった。ミュージカル女優として活動していることも、松田との差別化にはなっているが、もうひとつ、神田には松田とは違う魅力があるようだ。 「アニメ・ゲーム好きの“ガチヲタ”ぶりを隠すことなく、バラエティ番組やSNS上などで公表していることでしょう。声優デビューに関しても、アニメ好きが高じてのものだったらしく、結果的にアナ役での再ブレークにつながりました。今年3月に行われた声優アワードでは主演女優賞を受賞。神田が声優学校に通っていた時の恩師である速水奨が『しゃべくり007』(日本テレビ系)に登場した際には、『教えることなんかひとつもない。オーケストラのすべての楽器が鳴っている感じだった』と、デビューする前から神田の才能が抜きんでていたことを証言し、アナ役の演技に関しても『素晴らしかったよ』と褒めちぎっていました」(同)  母・松田聖子は今年でデビューから35周年を迎えたが、神田も末永くファンから愛されるミュージカル女優・声優となっていくことだろう。

アンチ聖子一派のリーク!?『紅白』大トリ内定報道の松田聖子をめぐる不穏な動き

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 今年大みそかのNHK『紅白歌合戦』の大トリに紅組の松田聖子が内定したと、9日付の日刊スポーツが報じた。白組のトリは嵐になるという。  記事によると、今年は聖子にとってデビュー35周年のメモリアルイヤー。全国ツアーを行い、東京・日本武道館での公演回数は、自身が持つ女性歌手の最多記録を102回に更新した。  さらに決め手となったのが、5月に放送されたNHKの音楽番組『SONGS』。同番組で聖子は30分ノンストップのスペシャルメドレーを披露し、平均視聴率4.1%を記録した。これは、最近の同番組の中でも高視聴率だったという。  だが、アンチも多い聖子だけに、案の定“反発”の声も飛んでいる。  紅白に出場する大物女性歌手の関係者は「なんで聖子なんだ!」と激怒。選考にはNHKへの貢献度が加味されるというが「『SONGS』の1回がよかったというだけで、数段飛ばしで大トリ起用はおかしい。それならば、うちの○○こそ大トリにふさわしい!」と収まらない。  別の中堅演歌歌手のマネジャーも「大トリは昨年、“御大”北島三郎さんが紅白ラストステージを飾った名誉あるポジション。そこに聖子さんを持ってくると、昨年の北島さんまで軽く見られる気がする。やはり、日本の伝統である演歌を持ってくるべきだ!」と話す。  とはいえ、その演歌が紅白のマンネリ化を招いていることも事実。 「今年はこれといった目玉もおらず、視聴率的にも紅白の苦戦が予想される。松田聖子という起爆剤を投下することは、ある種の賭け。それを断行したNHKは評価できる」(テレビ関係者)という声も聞かれる。  紅白の歌唱順は、NHKにとってトップシークレット。メディアで報じられれば期待値が低くなるため、土壇場でNHKが曲順を変えてくることもある。それだけに「今回の日刊の記事は“アンチ聖子一派”が意図的に流した情報の可能性も捨てきれない」(芸能プロ関係者)という。  本番まで駆け引きは続きそうだ。

松田聖子に3度目の離婚危機か “いわくつき”の人物と共に個人事務所から独立の動き

seko10320.jpg 芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  松田聖子が、個人事務所の「ファンティック」から2月末に独立。愛人といわれてきた元マネジャーのK氏と新事務所を設立したという「女性セブン」(3月20日号/小学館)の報道を読んで、開いた口がふさがらなかった。  これまでも、K氏の素性については、「電撃再々婚から3カ月も──松田聖子と個人マネジャーK氏の“ただならぬ関係”は続いている!?」(記事参照)など、当コラムで報じてきた。  このK氏とは、かつてはビートたけしの娘と交際しつつも、たけしから結婚準備金をもらうと娘とは別離し、その金を返済しないまま姿を消したという、いわくつきの人物だ。  聖子の芸能界の育ての親である「サンミュージックプロダクション」の故・相澤秀禎会長は生前、K氏の素性を知って以降、彼がマネジメントすることに疑念を抱いて、一日も早く聖子が手を切ることを望んでいた。そんな中、昨年末に聖子がK氏を事務所から解雇したことで、相澤会長も安らかに眠ることができると、筆者も安心した。  ところが、いまだに手が切れていなかったどころか、2人で新事務所を設立したという。聖子の個人事務所からの移籍は今回で2度目だが、前回とは事情が違う。1度目の移籍は1999年。聖子は「サンミュージック」から“身勝手独立”して、個人事務所「ファンティック」を設立。96年に、レコード会社をソニーミュージックから「マーキュリー・ミュージックエンタテインメント」へ移籍した。その時にマネジャーを買って出たのが、業界では悪評が高かった故・Y氏だった。  Y氏は活字メディアだけでなく、テレビ局に聖子関連のフィルムの二次使用を一方的に禁止通告するという高圧的な態度を取ったために、新曲をリリースしても、メディアは宣伝に協力してくれなかった。それをY氏は「レコード会社の幹部が無能だからだ」と責任を転嫁したために、聖子とレコード会社の関係は悪化。一時、聖子はレコード業界から追放されるのでは? とウワサされた。その後、Y氏が事務所の金を横領していたことが発覚。聖子はY氏をクビにしたが、レコード会社との契約更改が危ぶまれた。しかし、裏で“芸能界の実力者”が暗躍。99年、相澤秀禎聖子が元ソニーのプロデューサーが設立した「グリーンパークミュージック」に移籍することで、契約が更改された。  その後、暗躍した実力者へのプロモート費の高さに音を上げて、古巣のソニーに出戻った時点で、「ファンティック」に戻った。この個人事務所は、聖子の実兄が代表取締役を務め、母親の一子さんも役員に名を連ねている。一人娘の神田沙也加も所属しているが、稼ぎ手は聖子一人だ。その聖子が家族を捨てて、元マネジャーのK氏と新事務所を設立。一体、何を考えているのか? 凡人には理解できない。  聖子の夫はなおさらだろう。年末にクビを切ったはずのK氏と聖子は、1月にロスに出かけている。2人の関係を心配した聖子の夫も、後を追うように同行した。そんな不安に追い打ちをかけるように、聖子はK氏と新事務所を立ち上げた。聖子の3度目の“離婚危機”と芸能マスコミが騒ぐのは、時間の問題だ。 (文=本多圭)