「日本企業がのりピーを拒否」中国で人気絶大の酒井法子が日本の芸能界にこだわるワケ

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『碧空の狂詩曲 ~お市の方外伝~』(ワニブックス)
 女優の酒井法子(42)が11日、所属事務所の公式サイトで、22日にモデルとして出演を予定していたシンガポールのファッションイベント「ASIA STYLE COLLECTION」に、急きょ出演できなくなったと発表した。  同イベントは、中国、韓国、日本などのモデルやアーティスト、企業が参加するアジアの一大イベント。一部報道によると、2009年に覚醒剤取締法違反で逮捕された酒井のイメージを危惧した現地の日本企業数社から、出演を取りやめるよう要請があったという。  だが、中国で絶大な人気を誇る酒井の突然の降板に、中国のスポンサーは猛抗議。「酒井が出ないのなら」と、次々と参加を取りやめてしまったという。  薬物犯罪に厳しい中国において、なぜ酒井の人気は衰えないのだろうか? 「中国での彼女の人気は、日本の比ではありません。1990年頃、日本の芸能界がまだ目をつけていなかった台湾や中国にいち早く進出。中国語でCDを発売し、コンサートを行ったんです。当時、日本人が中国語で歌うのは珍しく、それが感動につながり、たちまち中国人を魅了しました。さらに、その直後に中国で放送された『ひとつ屋根の下』(フジテレビ系)や、『星の金貨』(日本テレビ系)が立て続けに大ヒット。中国人の心に、ドラマで演じたピュアな役のイメージが根付き、人気が不動のものとなったようです。  もちろん、中国でも酒井の逮捕劇は報じられましたが、非難するどころか、執行猶予中に中国政府は酒井を公式招待し、薬物乱用撲滅のPRキャラクターに起用しています」(芸能記者)  酒井は今年1月、中国の「アジア・ファッション・アワード」で優秀女優賞に選ばれ、授賞式に出席。同賞が、中国のネットユーザーによる投票で決まったことからも、その人気がうかがえる。  一方、日本の状況を見ると、テレビドラマ復帰作となる7月放送の『黒い報告書 女と男の事件ファイルIII 誤解』(BSジャパン)の制作発表時に、「テレビ復帰はまだ早すぎる」と批判が殺到。相変わらず風当たりは強いようだ。 「今も中国映画の出演オファーは絶えず、『中国に永住してほしい』とラブコールを送るファンも多い。『活動拠点を日本のこだわらなくてもいいのでは?』とアドバイスを送る関係者もいるようですが、中2の一人息子もいますし、今はできるだけ日本にいたいのではないでしょうか?」(同)  先月28日、育ての親であるサンミュージックプロダクション・相澤秀禎氏の通夜で「また会える日があったら、『一生懸命に生きた』と言えるように頑張ります」と涙ながらに語った酒井。“のりピー”の原点である日本の芸能界で踏ん張る意思は、想像以上に固いのかもしれない。

“裏切り”相次いでも……サンミュージック故・相澤秀禎会長のアイドルたちへの思い

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芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  「僕は生涯現役マネジャーだよ」と言っていたサンミュージックプロダクションの相澤秀禎会長が5月23日、すい臓がんのために他界。享年83歳だった。  筆者は長年、相澤会長の会長室で、月に一度は芸能界の情報交換や世間話をしてきた。亡くなる10日くらい前に相澤会長の携帯に電話したところ、女性が電話口に出て「今、検査中で出られません」と切られて以降、電話がつながらなくなったので嫌な予感がしていたが、まさかがんだとは思わなかった。  相澤会長は、筆者に一度もがんだとは言わなかった。健康には気を遣い、月に一度は主治医がいる大学病院で定期検査して、異常がなかったと聞いていたからだ。むしろ、“どこどこの事務所の社長が大腸がんだって”と他人を心配していたほどだった。  相澤会長は人柄もよく温厚で、業界関係者からは“相さん”と呼ばれて愛されたが、その寛容な人柄が仇になったのか、自ら育てた女性タレントに裏切られることが多かった。  相澤会長は、俳優で現・千葉県知事の森田健作を第1号タレントして、サンミュージックを設立。その後、桜田淳子をはじめ、松田聖子、早見優、故・岡田有希子、それに酒井法子といった女性アイドルを育て上げて、一時、“女性アイドルの宝庫”といわれる時代があった。  相澤会長は、そんなタレントたちをデビュー前から自宅に下宿させ、家族同然に育てるというのが方針だった。しかし、親の心子知らずで、彼女たちに裏切られることが多かった。86年には、スターの座をつかんだ岡田有希子が、事務所のビルの屋上から飛び降り自殺。3年後には、松田聖子に早朝、自宅に呼び出されて、一方的に独立を宣言されたという。聖子の男性スキャンダルを体を張ってガードしてきた相澤会長にとって、これほど屈辱的なことはなかっただろう。その後、桜田淳子が、霊感商法が社会問題になった統一教会の“合同結婚式”に事務所の反対を押し切って出席。マスコミからバッシングを浴びたこともあり、相澤会長は断腸の思いで、桜田を追放した。  相次ぐ裏切りに嫌気が差したのか、その後、女性アイドルのマネジメントを手掛けることがなくなった相澤会長。代わって、息子の相澤正久社長はお笑いのマネジメントに積極的に取り組んで、芸人を次々に売り出した。相澤会長が筆者に「うちはお笑いばかりで、サンミュージックではなく、サンバラエティになった」と、うれしそうに語っていたことを忘れない。  09年には本社を、故・岡田さんの自殺現場として有名になった四谷4丁目のビルから四谷3丁目のビルに移転。直後に、酒井法子が覚せい剤取締法違反で逮捕された。実は逮捕される約7カ月前、筆者は相澤会長に、酒井がクスリをやっているという、ある人物から聞いた情報を伝えた。会長は酒井を呼び出して問いただしたが、彼女は頑強に否定したという。ところが、情報は当たっていたのだ。  酒井に裏切られた相澤会長は、今年に入って、久しぶりに手がける女性アイドルグループ「さんみゅ~」を売り出すのを楽しみにしていた。その思いもかなわぬまま、他界。さぞ、無念だっただろう。芸能界のアイドル史を作り上げた相澤会長にあらためて、合掌! (文=本多圭)

【追悼/再掲】相澤秀禎×中森明夫 淳子、聖子、ユッコ、ノリピー……育ての親が語る「アイドルたちの40年」

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●「サイゾー」2007年6月号より再掲  片や、桜田淳子、松田聖子、酒井法子、安達祐実、ベッキーなど、常に時代の要請に応じた女性アイドルを輩出してきた、大手芸能プロ「サンミュージック」会長・相澤秀禎氏(来年、同社創立40周年)。片や、「おたく」「チャイドル」などの言葉を生み出してきた“サブカル界の黒幕”中森明夫氏(今年、アイドル評論活動25周年)。中森氏の軽妙な語り口につられて、相澤氏が、大物アイドルたちの活躍の「舞台裏」を、赤裸々に語り出した──。  「日本最大のアイドル」(中森)である松田聖子を生み出したサンミュージック。その聖子は89年に突然独立を表明、アメリカ進出を目指す聖子と、同プロの方針の違いが原因との報道もされた。その後、聖子はさまざまなスキャンダルやトラブルに見舞われることになるが、今年2月、“聖子がサンミュージックに復帰”と報じられた。大手事務所を離れたタレントが古巣に帰ることは、芸能界では珍しいことである──。中森氏は、まずそこから斬り込んだ。 中森(以下、中) 聖子さんが、18年ぶりに復帰されるそうですね。 相澤(以下、相) はい。音楽面での「業務提携」という形です。  昨年末、聖子さんが会長をディナーショーにご招待されたことがきっかけだそうですが、どういうご気分だったんですか?  これまで、聖子に対しては「申し訳ない」という気持ちがあったんです。なぜかっていうと、彼女が事務所を離れる時、本人から何度も電話が入ったんですよ。そこで僕が出て話を聞けば円満解決になってたのに、突っぱねちゃった。だから、聖子がひとりになってからの、いろんな噂を聞くとね、悪いことしたなと。  独立後は、ずっと音信なかったんですか?  その後、一度だけ成城(相澤氏の自宅がある)で会ったことはあるんですけど、よそよそしく挨拶したくらいで。だもんだから、心の中では、いつも聖子に申し訳ないという気持ちだった。だからディナーショーに招待されたときは、「これは行ってあげなくちゃ」って。  聖子さんがステージ上で突然「お世話になった会長さんが来てくださいました」と、挨拶をしたそうですね。  私の顔を見て込み上げるものがあったんでしょうね。彼女、ステージで涙。終わってから楽屋に行ったら、聖子はまた泣いて。僕も「ひとりにしてごめんね」と。それで業務提携という形で、音楽の制作やプロモーションで力になろうという話になった。  独立に際しては、子どもを置いて渡米することに意見の相違があったといわれていますが。  僕は、彼女の希望を叶えてあげたいという気持ちはあったんですよ。ただ、一緒についていたレコード会社のアメリカ担当プロデューサーが、うちを外しにかかったんですね。そういう事情があるから、余計ね、かわいそうでね。  いろいろバッシングはありましたが、日本最大のアイドルは松田聖子だと思うんですよ。彼女は、芸能界のみならず、本当に時代を変えましたからね。  こんなこと言うと彼女に悪いですけど、初めて会ったときは「田舎のお嬢さんだな」と思った。ただし、声はとっても良かった。  70年代、アイドルがちょっと沈んでいたとき、80年に聖子さんがあの衣装、髪形で出てきて、パッと状況が変わった。街中が聖子ちゃんカットになって……。あれは、狙ってたんですか?  僕というより、レコード会社、カメラマンや雑誌社の人が盛り上げてくれて、みんなで松田聖子をつくってくれたんですよ。  以前、会長が「聖子はO脚だからこそ、ミニスカートにした」とおっしゃっていたのが印象的でした。それを隠そうとロングスカートにしていたら、松田聖子になってない、普通は欠点であるところが、魅力になっている人がアイドルだと。そこが会長独自の感覚ですよね。数々のスターを生んでこられた秘訣だと思いますよ。 ■森田健作から始まった、40年のアイドル街道  来年は、サンミュージック創立40周年だそうですね。最初のタレントは、森田健作さんですよね。  そうですね。考えてみれば、よくここまでやれたな。その前、僕は龍美プロで、西郷助封Fのマネージャーをしてました。その頃の西郷は、今のキムタクさんくらい人気があった。コンサートで入れなかった人が押し寄せて、警官2人が圧死するという惨事を生むほどにね。  圧死!?  そんな中、どうしても新人をやりたくて探していたら、「あるダンサーの弟にいいのがいる」と。それが森田健作。パッと見て、「こりゃいいや」と、サンミュージックを立ち上げました。  最初の女性アイドルは桜田淳子さんですね。桜田さんは『スター誕生!』(1971~83年に放送されたオーディション番組)で合格して、複数の芸能プロが獲得しようとしたんですよね。  十数社ですね。番組後、交渉時間は各社5~10分しかなくて、うちはそのとき無名の会社で、所属タレントは3人だけ。仕方ないんで、「一生懸命頑張りますから、お願いします」って、タレント3人の名前を紙に書いて置いてきた。そしたら、彼女が森田のファンで、「森田さんのいる会社に行きたい」って。  桜田さんが、92年の統一協会の合同結婚式をきっかけに、芸能界を離れられたことについてはどうお思いですか?  もし、あの子が芸能活動を続けていたら、今ごろすごい舞台女優になってますよ。でも、彼女は宗教を信じきってましたから、どうすることもできませんでした。  会長は、ご自宅に女性タレントを下宿させることで有名ですが。  淳子から酒井法子ぐらいまでは、そうしてました。高校を卒業するまでは、下宿をさせる。地方の親御さんは、そのほうが安心するんですよ。多いときは4~5人いたな。  会長にとって、アイドルとはどういうものなんですか?  それは、中森さんのほうが詳しいんじゃないですか?(笑)僕は、自分の感覚だけでやってきたから。早見優のときは、プロフィールの写真を見ただけで決めたし。  鮮烈でしたよね、ハワイ育ちで、それまでいなかったタイプ。  僕は結構欧米的な感覚なんですよ。横須賀で育って、カントリーバンドもやってたから。  最近は、ベッキーも人気だし。  ベッキーは、下着メーカーのオーディションで来たんですよ。友人の下着メーカー社長に審査員を頼まれて。下着モデルですから、20代以上がほとんどなんだけど、その中に14歳のベッキーがいた。これは面白いと思ったんで、優勝はできなかったけど、急遽「サンミュージック賞」をつくって受賞させました。  下着モデル! お宝情報ですね(笑)。僕は一度、会長が審査員をされたオーディションに審査員のひとりとして参加したことがあるんですが、会長は履歴書を見て、「この子とこの子」ってパッと決めるんですね。そういう方は初めてでびっくりしました。あれは直感ですか?  直感だけですね。  それに、芸能スクールを全国的に展開されてますよね。倉木麻衣がスクールにいたとか。  大塚愛も、いたんですよ。  サンミュージックが、Jポップの歌姫たちを育てたようなもんですね。浜崎あゆみも、かつては所属してましたしね。  ええ。みんないい子でしたねえ。昔は、道を歩いてて「いいな」と思ったら声をかけてたんですけど、だんだんそういう機会がなくなってきました。でも、スクールで1~2年レッスンをすると、つぼみがフーッと開くところが見えることがあるんですね。ああ、これは売れるかもしれないと。塚本高史なんかもそうですね。  安達祐実さんは、どうですか?  彼女は10歳のとき、お母さんとここに来たんです。そのとき、お母さんのほうがベラベラしゃべってて、彼女がお母さんを制止したんです(笑)。10歳の子がですよ。すごいなと思いました。  安達さんは、“できちゃった婚”をしてしまいましたね。しかも、ホリプロのコメディアンと。  堀(威夫・ホリプロ取締役ファウンダー)さんから僕に、「ごめんね」って電話がありました(笑)。僕は「いい子を紹介してくれたね」って。祐実ちゃんが好きになった子なら、いい人だと思ったんですよ。  記者会見は、どちらが仕切ったんですか? 大手プロ同士、メンツがあるから、もめることもあると聞きますが。  男性側が仕切るのは当然なんですけど、うちはうちでかわいさもありますから、「金屏風を立てて、ちゃんと記者会見したい」と堀さんに頼みました。  今、息子さんが社長を継いでおられますが、帝王学をお教えになったんですか?  いや、ないです。彼は僕のやり方とは違います。5~6年前にお笑いをやりたい、って言ってきて、僕は「芸人には、人間的にいいのがいない」と思ってたんです。ところが、(カンニング)竹山にしてもヒロシにしても、みんなまじめ。そういうやつもいるんだっていうことを息子に教えられて、あとは委せるようにした。今はホストの城咲仁やヘアメイクのTAKAKOまで連れてきて、僕とは違う感覚をもってますね。 ■法子にいい話が来るのは、ユッコが見てるからかな  今年も岡田有希子さんの命日である4月8日には、岡田さんが亡くなられた、このサンミュージックが入るビルの前に200人くらい集まりました。僕も毎年、手を合わせに伺うんですが、ファンはもう中年になっていたりで、わりと和やかな雰囲気でした、岡田さんがご存命なら、39歳ですね。  ユッコも、かわいそうにねえ。僕はここ(会長室)にはタレントの写真を飾らないことにしてるんですが、ユッコだけは飾ってある。「おまえは永久にうちのタレントだから」って。  毎年、命日にビルの前でお見かけする若い女性に話を聞いてみたんですけど、「今でも毎日、岡田さんの曲を聴いている」って言っていましたね。それと、13回忌のときに開かれた「岡田有希子展」に行って、中学校のときの通知表を見て仰天しました。4が1個くらいであとは全部5。  あの子はね、うちのタレントの中でも、特に繊細な子だったですよ。この(会長室にある)写真のサインね、4月5日になってるんです。自殺の3日前。彼女は4月から一人暮らしを始めたばかりで、5日に僕の家に来た。そのときに、明るい話はしてるんですけど、どこかいつもと違う。なんか考えてるみたいなところがあった。それで、「おまえがこれからうちの会社を背負っていくんだから、がんばらなきゃだめだよ」って励ましたら、彼女は「あとにいい子がいるじゃない」って、当時うちに住み始めたばかりの法子のことを言うんですね。それで「じゃ、法子にサインやってくれよ」って、写真パネルにサインをもらったんです。それが、先ほどの写真ですよ。で、それから3日後に……。今でも法子にいい仕事が来るのは、「ユッコが見てるからかな」と思うことがある。子どもがいるからレギュラーは無理だろうと思っていたら、今春からドラマが始まったし、日中親善大使になったり。  スターって、星ですよね。星は太陽の光を反射して光る。でもサンミュージックは太陽(=サン)だから、自分で、発光してる。だけど、太陽には太陽黒点という黒い点もある。それも含めて光にしちゃう会社。それがアイドル評論家としての、僕のサンミュージック論です。サンミュージックは、僕らのようなライターに対してもやさしいですしね。他のプロダクションには、何か書いたらすぐ内容証明を送ってきたりするところもあるようです。  僕はね、「黒いものは、きれいな黒に書け」という理論なんですよ。どうせ斬られるなら、「せめて、こういう書き方はできないだろうか?」って頼むんですよ。そうすると、向こうもわかってくれる。敵こそ、ちゃんと付き合わないと。それと、できるだけ若い人と付き合うようにしてる。まだ会社に入ったばっかりの子だとなかなか話が通らないけど、10年経てば偉くなるんだもん。偉い人とばかり付き合っていたら、10年後には友達がいなくなって、自分だけ雲の上になっちゃう。だから、これからも、いろいろとかわいがっていただければ……。77(歳)になってあれなんですけど。  77歳ですか。お変わりになりませんよね。こんなあけっぴろげな会長は、ほかにいませんよ。  だから儲からない(笑)。お金に細かくなれば儲かるかもしれませんけど、僕は自分の好きなものを手がけたいから。いいものには後から金がついてくる。難しいですよ。誰でも、そううまくいくわけじゃないからね。今、ジョンリっていう18歳のシンガーソングライターを手がけてるんです。英語がペラペラで、15歳のときにバークレー音楽院のサマープログラムで作曲を習ってきたという子。彼女のブログを見ると、幅広い年齢の人が感想を書いてる。彼女は、きますよ。バラードがいいですよ。  すごいですね、77歳で新しい子を手がけて、ブログをチェックして……。  この子で、マネージャーをするのは最後かな。

酒井法子の復帰舞台で“ギャラ未払い”騒動が発生中「チケットは、さっぱり売れていなかった……」

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『碧空の狂詩曲 ~お市の方外伝~』
(ワニブックス)
 覚せい剤取締法違反の有罪判決で、昨年、執行猶予明けから芸能活動を再開させた酒井法子の出演舞台をめぐって、ギャラ未払い騒動が起こっている。  昨年12月、酒井が女優復帰を飾った主演舞台『碧空の狂詩曲~お市の方外伝~』の出演者や関係者に、ギャラがいまだ支払われていないというのだ。同舞台に出演した俳優によると「主催したプロデューサーと連絡がつかない。いつ支払われるのか、まったく説明もないまま」だという。  すでにこのプロデューサーは、一部記者の取材に対し、ギャラの未払いを認め「資金繰りがうまくいっていないが、支払いのメドは立っている」と答えている。  同舞台は酒井の復帰作として話題こそ呼んだが、実のところチケットはさっぱり売れなかったのだ。会場の渋谷区文化総合センター大和田は約700人収容の小会場にもかかわらず、公演直前でもほぼ全日、チケットに余裕があり、日によっては1階の3列目、2階の1列目が買える状況だった。  事実、発売から1週間足らずで8,500円のS席がネットオークションで定価割れ、それも落札されないまま終了していたほどだ。  共演した俳優によると「宣伝用のポスターが酒井の顔だけをドアップで写して、ほかの俳優のファンをないがしろにしたものだった。それでいつも大口購入をしてくれた我々の後援者たちも背を向けた」と、手売り状況も最悪だったことが分かった。 「だいたい、あのプロデューサーは出会い系サイトやAVを手がけてきた方で、明らかに舞台は不慣れな感じだったんですよ。契約上、主役の酒井さんに事前のプロモーション活動を約束させてなかったみたいで、宣伝も不十分なままでした」(同)  それでも必死にチケットを売りさばいた俳優は少なくなかったというが「その売り上げからバックされるはずのお金も受け取っていない人がいる」と同俳優。通常は公演終了から2カ月以内に清算されるものが、放置されたままだという。 「そのためチケット代を立て替えていた方は大赤字。でも、後から関係者に聞いたんですが、プロデューサーは入った現金をほかで作った借金の穴埋めに回していたと聞きました。この舞台では黒字が出たとは思えませんから、絶望的」(同)  それでも、このままでは泣き寝入りになると危惧した一部関係者たちは、近日中にプロデューサーを探し出して支払いの約束をさせる予定だという。 「酒井さんだけにはちゃっかり先払いで支払っていたという話があるので、中には彼女のギャラからこっちに回してもらえないか聞いてみようと話す人もいます」(同)  ギャラ未払いの関係者たちには気の毒だが、そもそも人気回復の見込めない酒井の復帰舞台に関わったのが悪かったか。

「テレビはまだ早過ぎる!」ドラマ復帰の“のりピー”酒井法子に批判の声

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DVD『碧空の狂詩曲 ~お市の方外伝~』(ワニブックス)
 7月6日放送のドラマ『黒い報告書 女と男の事件ファイルIII 誤解』(BSジャパン)に出演する酒井法子が、7日に行われたドラマの制作発表に出席した。  酒井は、2009年8月に覚せい剤取締法違反で逮捕起訴され、昨年11月に執行猶予期間が終了。芸能活動復帰後、テレビドラマに出演するのは今回が初となる。  今月15日には、昨年12月の主演舞台『碧空の狂詩曲~お市の方外伝~』のDVD(同名/ワニブックス)が発売、6月22日にはシンガポールで開催されるイベント「ASIA STYLE COLLECTION by style×style.com」にモデルとして出演が決定しているほか、酒井の周辺スタッフがさらなる仕事獲得のため大きな動きを見せているといい、今年は彼女にとって再起を掛けた勝負の年となりそうだ。  しかし、今回のドラマ出演発表後、ネットなどで「芸能界は甘過ぎる!」「もうテレビドラマに出られるなんて信じられない」と批判が殺到。一部では「のりピーのテレビ出演は、難しいのでは?」との見方もあるという。 「『介護の勉強をしたい』と言っておきながら、のうのうと表舞台に出てきた酒井さんへの風当たりは相変わらず強く、早くも今回のドラマを放送するBSジャパンに、苦情が相次いでいるそうです。苦情の受け口が、本人や事務所ではなく放送局であることを考えると、テレビ出演はまだ早かったのではないでしょうか」(芸能事務所関係者)  彼女のこれからの活動が、芸能界の薬物に対する姿勢を1つ提示することになり得るだけに、今後、彼女を起用するメディアの動きにも注目が集まりそうだ。

「嵐やAKB48より上!」酒井法子の映画イベントに報道陣が350人も集まったワケ

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 薬物事件を経て、昨年12月に女優復帰した酒井法子が12日、東京・六本木ヒルズアリーナで行われたブルース・ウィルス主演『ダイ・ハード ラストデイ』のPRイベントに出席した。  映画イベントに出席するのは、復帰後初めて。本シリーズの大ファンだという酒井はバイクの後部座席に乗り、革のジャンプスーツ姿で登場。「これでもかって困難をボヤきながら乗り越える主人公に感動する」とご満悦だったが、恐るべきは当日集まったマスコミの数だ。  イベント関係者によると、スチールカメラ50台、ムービー110台、記者を含めると総勢350人の取材陣が駆けつけたそうで「近年行われた映画宣伝イベントでは、過去最大規模」という。ジャニーズの嵐やAKB48ですら「その半分くらい」(関係者)というから、「350」という数字の異様さがうかがえる。  取材したスポーツ紙記者は「キャスティング理由も『のりピーの誕生日が数日後に控えていたバレンタインデーと同じだから』という意味不明なものでした。確かに彼女の復帰後初イベントはニュースですが、それでもこんなに集まるとは驚きました」と話す。  では、なぜこんなに集まったのか? 現場には、中国や台湾、香港のメディア関係者の姿が多く見受けられたというが……。 「酒井の事務所関係者が海外メディア、とりわけアジアのメディアの取材をOKするようお願いしたそうです。彼女は、アジアではいまだスーパーアイドルで“ドル箱”。そのもくろみ通り、当日はアジアのメディアが殺到しました。これは全世界で公開予定の『ダイ・ハード』にとってもメリットのあることで、いい宣伝になったでしょうね」(映画関係者)  これから酒井には、イベントオファーが殺到するかもしれない!?

弟も覚せい剤で逮捕……でも強気な酒井法子「日本はハナから眼中にない!?」

 昨年12月に女優復帰した酒井法子に、またまた受難だ。福岡県警粕屋署は9日、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで、酒井の弟で無職・吉原健容疑者を再逮捕した。  昨年12月上旬から18日までの間、覚せい剤を使用した疑い。同容疑者は「一切身に覚えがありません」と容疑を否認している。  吉原容疑者は、福岡県内の路上で並走する乗用車の男性に拳銃のようなものを示し「殺すぞ」と脅したとして、先月18日に同署に逮捕されていたが、その際に採尿検査で覚せい剤の使用が判明したのだという。  復帰したばかりの酒井にとっては、身内の度重なる不祥事は頭の痛い悩み。しかも今回は薬物事件とあって「姉が姉なら弟も……」という見方をされてしまうのは致し方ない。  芸能プロ関係者は「これで酒井さんのテレビ復帰は、さらに遠のいた」と断言する。  だが、酒井の周辺からは弟の再逮捕にショックは受けているものの、焦りの声は聞こえてこない。というのも、酒井サイドはハナから日本の芸能界は二の次で、いまだ絶大なる人気を誇る中国や台湾などアジア圏で“勝負”するつもりだからだ。  今日8日開催の中国大手インターネット会社主催のファッションアワード授賞式に出席したのもそのため。同賞は、ユーザー約8億人といわれる同社のネット投票で決まり、酒井は「アジア・ファッション・アワード」の優秀女優賞に選出された。  ある関係者は「誰もが『なんで?』と思ったはずですが、ぶっちゃけ中国ですからね(笑)。どうとでもなります。酒井は現地の特権階級と太いパイプを持っている。中でも、日本のガールズコレクションにも強い影響力を持つS氏とは昵懇。S氏は中国最高指導者の習近平主席と直接やりとりできる間柄。ここまで強力なコネを持っているのですから、酒井が中国で成功するのは間違いない」と話す。  中国の人口は13億人以上で、市場規模は日本の比ではない。日本に見向きもしないのも当然か……。

舞台復帰も迷走続ける酒井法子「覚せい剤逮捕の賠償金支払いは、いまだにゼロ」

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芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  元女優の酒井法子が、執行猶予明けの12月15日から始まる舞台『碧空の狂詩曲~お市の方外伝~』で、いよいよ復帰する。そうなると気になるのが、前事務所が肩代わりしている損害賠償金の返済だ。舞台復帰はカネにならないので、酒井はこの舞台を機に“復帰利権”に群がる芸能界の魑魅魍魎な輩たちの餌食にされるのではないかと危惧するからだ。  2009年8月に酒井は覚せい剤事件で逮捕されたことで、CMなどの違約金や損害賠償金が発生。その額、一説には2億円といわれている。その賠償金を肩代わりしたのは、酒井を断腸の思いで解雇した「サンミュージック」だった。その後、酒井は、今年5月に急死した後見人で建設会社の故・富永保雄会長の指示で都内にあるマンション2軒を売却。売却金の一部をサンミュージックへの返済に充てたといわれていたが、実際にはいまだに一銭も返済されていないという。  酒井の事件で一時経営危機がウワサされたサンミュージックだが、ベッキーやカンニング竹山、スギちゃんらの活躍で立ち直り、最近では少し経済的な余裕が出てきたとも聞く。それだけに、所属タレントは酒井の早計な復帰を全面的に歓迎する態勢になっていなかった。  だからといって、部外者の芸能関係者に酒井の復帰を任せるわけにはいかない。そんな時に、元サンミュージックのスタッフで、かつて、フジテレビのドラマ『ひとつ屋根の下』や日本テレビのドラマ『星の金貨』で酒井を女優として売り出した“敏腕マネジャー”といわれたH氏が、酒井のマネジメントを買って出た。酒井はH氏の事務所に移籍。12月の舞台で復帰することになったが、復帰後はサンミュージックが肩代わりした損害賠償金の返済を履行しなければならない。しかし、移籍した新事務所の台所事情は決して楽ではなく、酒井の復帰舞台のギャラも安いことを考えれば、返済するには焼け石に水だ。となると、別の仕事にも、安易に食いついてしまうかもしれない。  昨年、酒井は中国の麻薬撲滅キャンペーンの“禁毒大使”として北京を訪問。その時、酒井の日本側の代理人を務めたのが、“闇の帝王”と呼ばれた許永中受刑者ともつながりが深い芸能プロ経営者K氏だった。K氏は酒井を台湾から再デビューさせようと画策したが、事前にサンミュージックに情報が洩れて、頓挫した。その後も日中合作映画で女優復帰させようと動いたが、尖閣問題で日中関係が悪化。映画の話は立ち消えになった。  しかし今もあきらめずに、水面下で復帰を画策しているという情報が絶えない。さらにカネに困った酒井に、ヘアヌード写真集出版の話も浮上している。覚せい剤事件で崩れた清純派女優のイメージを回復することは不可能だが、いずれにしても、酒井の復帰は前途多難のような気がしてならない。  というのも、酒井自身はいまだ周囲からの信頼を取り戻せておらず、現在もサンミュージックほか、これまで酒井を支えてきた業界の人々からは一定の距離を置かれている。その一方、どうにも怪しい輩ばかりが近づいているからだ。  サンミュージックが酒井を信用しきれないのには理由がある。酒井の覚せい剤疑惑については、彼女が逮捕される約7カ月前に筆者がサンミュージックに情報を提供したのだが、酒井は事務所の確認を頑なに否定していたという。復帰に向けても、サンミュージックへの報告なしに独断で動いていた案件が多々あったようだ。サンミュージックからの信頼を取り戻さなければ、同事務所と付き合いが深い大手メディアからも敬遠されるだろう。といって、安直に現時点で近づいてくる人間の話に乗るのも、長期的視点で考えれば、得策かどうかわからない。酒井の迷走はしばらく続くだろう。 (文=本多圭)

「やけど痕のようにただれて……」女優復帰の酒井法子、あの足首に入ったタトゥーは今

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 世間を騒然とさせた薬物逮捕から3年、女優・酒井法子の芸能界復帰が決まった。12月15日から渋谷区文化総合センター大和田さくらホール(東京都)で上演される時代劇『碧空の狂詩曲~お市の方外伝』で、酒井は“戦国一の美女”とされる織田信長の妹を演じる。  会場は約700席収容で、12月24日のクリスマスイブまでの10日間で全14公演を予定。脚本・演出は、俳優としても活躍する斎藤歩が担当する。  酒井は執行猶予が明ける11月にも稽古に入るというが、気になるのは“事件の後遺症”だ。芸能プロ関係者は「3年半以上のブランクをどう埋めるか。もともと彼女はビジュアル先行型の女優で、演技派というわけではない。客席からヤジが飛ぶことも考えられる。マスコミに酷評されることも覚悟しなければならない」と話す。  “事件の象徴”ともいえるタトゥーがどうなったかも気になる。酒井は左手薬指に星形、右足首にハスの花をモチーフにしたタトゥーを彫っていた。ある関係者は「執行猶予期間中、前所属事務所社長の進言でタトゥーを消す治療をしていた。月に1~2回のペースで、都内の形成外科に通っていましたね」と明かす。  だが、完璧に元通りというわけにはいかなかったようだ。都内某所のジムで酒井と一緒になったという女性が証言する。 「左手薬指のタトゥーはきれいになくなっていましたが、足首のほうが……。やけど痕のようにただれてしまっていました。復帰の際にはおそらくファンデーションを塗り、目立たなくするでしょうね」  たった一度の過ちで、トップ女優から転落し、何もかも失った酒井。あらためて、その代償の大きさを悔いているに違いない。

「授業料免除の密約も!?」所属大学が“解散”の酒井法子、介護の勉強をまったくしていなかった

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 12月の舞台で女優復帰する酒井法子が在籍している群馬県高崎市の創造学園大学などを運営する学校法人「堀越学園」について、文部科学省が解散命令を出す方針を固めた。教職員への給与の遅配や学校債をめぐる金銭トラブルなど、これまで何度も経営が危ぶまれてきたが、ようやく“解散”ということで決着しそうだ。負債額はおよそ55億円という。  そこで気になるのは、介護士の資格取得のため同校に在籍している酒井の処遇。解散命令は学校法人が突然破綻して学生の行く場がなくなることを防ぐためのもので、すでに近隣の教育機関に学生の受け入れを打診しているという。  つまり、受け皿さえ整えば、転入ということで介護の勉強を続けることも可能というわけだ。だが、当の酒井はまったくその気がないのだという。 「よく週刊誌などに『酒井は長男を育てながら、介護の勉強もきちんとこなしている』という記事が載っていますが、アレは前所属事務所サンミュージックの幹部が匿名を条件にマスコミに話をしたもの。要するに、おべんちゃら記事。実際はまったく勉強していませんよ(笑)」とは酒井を知る人物。  酒井は通学ではなく、eラーニングと呼ばれるインターネット講習を自宅で受講しているにすぎない。同校の元関係者は「eラーニング自体は通信教育のように聞こえますが、実際はインターネットで授業のビデオを見るだけ。しかも、国からは卒業単位として認可されていない。これでやる気が起きますか?」と、あきれ気味に語る。  さらに、この関係者は、大学と酒井側に“密約”が存在していたことも暴露する。 「酒井さんを入学させれば生徒が増えると考えた学校側は、彼女に授業料免除など破格条件を提示した。要は『酒井さんは在籍してくれてればいい』というスタンス。何もしなくても、成績優秀者になれます」  確かに、復帰計画が動きだした昨年夏ごろから、酒井は都内で知人と酒を飲んだり、旅行に行ったり、エステに通ったりと、とても介護の勉強をしているようには見えなかった。復帰後、介護について聞かれてボロが出なければいいが……。