松田龍平、太田莉菜の不倫で離婚へ? マスコミを驚かせた母・松田美由紀の“異例の行動”

 不協和音が伝えられていた松田龍平と太田莉菜が、すでに離婚の決意を固めていると、2月23日発売の「女性セブン」(小学館)がスクープした。当事者の証言こそないものの、タイトルや表紙でも「離婚!」と断定しているだけに、もはや“秒読み”の段階に入っているようだ。  同誌は前々週に、松田と太田が別居生活中であることを報じていた。そして最新号では、太田が一昨年の秋から、現在小学生の長女を家に置き去りにしたまま“失踪”していたことが明らかに。その間、長女は松田の実母である、松田美由紀が面倒を見てきたという。 「2009年にできちゃった結婚した当初、松田は人気俳優、太田は一部に熱心なファンはいるものの、知名度的には完全に松田に劣っているモデルでした。その後、太田は松田家の協力もあって有名俳優事務所に所属。映画『海月姫』や『ホットロード』の出演で、女優として活躍の場を広げていったんです」(スポーツ紙記者)  そして「セブン」最新号によれば、離婚の原因は太田が別の男性と「深い仲」になっていたという。 「つまりは太田の不倫という話ですが、最も注目すべきは、同誌の直撃に美由紀が、離婚に関して明言こそしていないものの、『いま龍平はドラマ出演中ですので、関係者のかたがたにご迷惑をかけるのは申し訳ないです』と、素直に応じている点です。美由紀のマスコミ嫌いは有名で、特にプライベートのスキャンダル取材に応じるなど、異例中の異例でしょう」(情報番組デスク)  その裏には「不倫した太田を許せない、また、そんな太田に孫を譲れないと意気込んでいるのかもしれない」(同)との指摘も。 「妻の不貞行為が大々的に報じられることで、松田は親権が取りやすくなりますからね。不倫相手という俳優の名前は明かされていませんが、今後もその情報が小出しにされるなど、太田のネガティブキャンペーンが展開される可能性もあります」(同)  夫やその家族のバックアップで、有名女優に仲間入りした太田だったが、不倫による代償で全てを失ってしまう日も近いかもしれない。

宇多田ヒカルの歌う「愛」は、男たちの新たな人間関係のヒントになるかもしれない。

男らしくない男を自称する杉田俊介さんとまくねがおさんが「男らしさ」について模索する対談連載「男らしくない男たちの当事者研究」。男たちは自分の弱さを語る言葉を持ち合わせていないのではないか、もっと自分への理解を深めなければいけないのではないか、そんな問題意識からこの連載は始まりました。 前回まで複数回にわたって、近年の「男性論ルネッサンス」の検証として3冊の本を読み勧めてきたおふたり。今回は、今年1月に上梓された杉田さんの『宇多田ヒカル論』を取り上げます。宇多田ヒカルが歌う様々な「愛」をヒントに、単一で平板な人間関係から脱却する可能性を語り合っていただきました。 人間は他人を一回しか愛せないのか? 杉田 さて「男らしくない男たちの当事者研究」第五回目です。今回は、僕が1月30日に刊行した『宇多田ヒカル論』(毎日新聞出版)を取り上げることにしました。この本は男性問題をモチーフにした本としても読むことができると思っていて、まくさんのご感想を聞いてみたかったんです。 まく 僕も、この本と男性問題を絡めて、ぜひ杉田さんとお話ししたいと思っていました。杉田さんと宇多田さんとの距離については、本の冒頭で語られていましたよね。対話の最初に、この本を読んだ僕の感想と合わせて、僕と宇多田さんとの距離についても、軽く説明させてください。 僕自身は、宇多田さんの歌をこれまで何となく耳にして生活してきたくらいで、特別ファンというわけではありませんでした。ただ、これまでイメージしていた宇多田ヒカルさんのことを、『宇多田ヒカル論』を読むことでよくわかったような気がしながら(あくまで、気がしただけですが)、ぐいぐいと引き込まれるように一気に読んでしまいましたねえ。宇多田さんの人生について、つらつらと考えながら、何よりも宇多田さんの歌自体の面白さを、たっぷり味わうことができました。 僕はいま36歳なので、同世代の人はみんなそうだと思いますが、「Automatic」(1999年リリース)の大ヒットが思春期の頃で、ラジオなどで何度も聴きました。その後、宇多田さんの歌は自然に耳に入ってきたように思います。「traveling」(2002年)は、PVの映像と共に大好きだった記憶があります。 杉田 男性学やメンズリブの観点から『宇多田ヒカル論』を読解すると、どうなりそうですか? まく 僕自身の読書体験から言えば、「男が寂しさとどう向き合うか」を考えていく上で、『宇多田ヒカル論』は有益なのではないか、と思いました。第一回の対談で、男の寂しさについて話題に上りましたよね。寂しさについて語るのは、男性には特に難しいかもしれない、と。ダンディな「男の孤独」の話とも違っていて、かっこいいものでも、感傷的なナルシシズムを許すものでもない。「もっと身も蓋もない、みっともない寂しさ」が、多くの男にはあるんじゃないか。 男性は職場や仕事の繋がりばかりになりがちで。そんな中で将来、寂しさがごまかしようもなくやってきたとき、落ち込みすぎたり、暴発してしまったり、誰かのせいにしがちになる。そうするのではなく、その寂しさにちゃんと向き合って、その時にこそ本当に優しく、幸せに生きられるように、いまのうちから準備をしておきたい。男性は、根本的にそういう準備が足りない気がする。そんな話をしましたよね。 男たちが、寂しさに向き合うための準備とは、どういうことなのか。『宇多田ヒカル論』を読みながら考えると、何かヒントが見つかるんじゃないか。そう思いました。 杉田 僕が宇多田さんの凄さを感じたのは結構遅いんですよ。「Automatic」等ももちろん耳にしていたけど、ある種の緊張感をもって聴くようになったのは三枚目のアルバム『DEEPRIVER』(2002年)の頃。本当に強烈なインパクトを受けたのは『ULTRABLUE』(2006年)の頃でした。 まく 本では『COLORS』(2003年)や「Passion」(2005年)などを聴いたときの「強烈なインパクト」から書き始めていましたよね。改めて、そのインパクトはどういうものだったのですか? 杉田 自分の20代半ばごろまでの恋愛や失恋の経験を重ねましたよね。そして宇多田さんの中にある、人間は他人を一回しか(First Loveとしてしか)愛せないのかもしれない、離別して遠ざかっていくことの中に実は愛があるのかもしれない、という感覚にぞっとしたというか。 まく その感覚が研ぎ澄まされたようにあったという感じですか? 例えば、「Passion」には。 杉田 そうですね。ただ、宇多田さんは初期の『First Love』(1999年)や『DISTANCE』(2001年)でも、同じような感覚を歌っていたとは思います。僕がそういう感覚に気づいたのが『ULTRABLUE』の頃だったと。そういう意味では、やっぱり遅かった。 初愛、純愛、友愛 まく 杉田さんは『宇多田ヒカル論』を男性問題に引き付けて振り返るとどんなことを思いますか? 杉田 そうですね。僕の評論は「宇多田ヒカルという女性の感じ方・考え方を、男性的なロマンティシズムに回収していないか?」という点が気になっています。僕の宇多田論ってロマンティックすぎませんか? つまり、恋愛に対する「男によくあるロマン主義」の夢を女性に対して投影していないか。たとえば人は誰かを本当に愛せるのは一度きりかもしれないとか、好きだった人が遠く離れていっても忘れられないとか……何というか『世界の中心で愛を叫ぶ』っぽい、男性によくある感傷的なナルシシズムを正当化していませんか。その辺、率直にどうでしたか? 宇多田さん自身の中には以前から非ヘテロセクシュアルな側面があるし、また非人間的(ULTRA)な感覚の強い人だから、単純な男女差のバイアスで考えると、それも違うとも思うんだけど……。 まく 「男によるあるロマン主義」に乗せて描き過ぎている、ということですか? うーん、どうなんでしょう……。まず、確かに『宇多田ヒカル論』には、次のようなモチーフがあったと思います。 どんな人でも、愛する人を最初の一瞬しか愛することはできず、以降はその瞬間から遠ざかっていかざるを得ない。あるひとりの人を好きになって気持ちを伝えて、仮にその気持ちが受け入れられて長く一緒に暮らし、どちらかが死ぬまで添い遂げたとしても。やはり愛する一瞬は最初のそのときのみで、以降は同じようには愛せず、ずっと遠ざかるのみである。どんなに再び愛したいと思っても。 こういう愛を指して、「初愛」という言葉も出てきていましたね。他にも『Fantome』(2016年)について書かれている第六章では「友愛」という言葉も出てきています。これらの「愛」が、男たちが寂しさに向き合う際のヒントになると思うんですね。 杉田 「初愛」は田中ユタカさんという漫画家さんの言葉ですね、僕が好きな。 まく 田中ユタカさんが、どんなかたちでこの「初愛」という言葉を使ったか聞いても良いですか? 杉田 田中さんはエロマンガの作家さんなんですが、特に短編作品では「永遠の童貞」とか「永遠の初夜」を描いている感じがあるんです。たとえ肉体関係を経験しても童貞のまま、処女のまま、初夜のままというか。男性的な観念やロマン性なのかもしれないけれど、それが反復され、研ぎ澄まされていて、ある種のすごみがある。全く違うように見えて、宇多田さんの感覚に実は近い面もあるのかもしれない。それが「初愛」の感じかなと。 まく 僕は正直、その「初愛」の感覚がわからないんです。ただ、「純愛」を求める気持ちはある。僕も失恋の経験がありますが、そのとき好きだった人を「あの人を愛していた」と振り返れないんです。しかも、いま僕は身近な家族も愛していないのではないか、冷たい感覚しか実は抱けていないのではないか、という自分への疑念があって……。どこまで言っても自分が寂しい「寂しがり屋」のナルシストなのかな、と思うんです。だからこそ「純愛」に憧れがある。本当に人を愛したいなって思う。でも、それは自分には一生無理かもしれないとも思う。それで愛を求めてしまう、そんな「ロマン主義」を僕は持っていると思っています。 杉田 失恋の相手に対しては「好きだったけど、愛してはいなかった」という感じなんですか? 振り返ると。 まく いや、これは言うのが恥ずかしいんですが……。「周りもみんなお付き合いしているし、僕も誰かとお付き合いした方が良いのかな」みたいな感じでお付き合いを始めて、それでうまくいかなくなって別れた、という感じでして……。 杉田 いまのお話だと「誰も愛していないし、一生誰も愛せないかもしれない、ゆえに純愛への憧れが募っていく……」という感じなのかな。確かに宇多田さん的な恋愛観とは結構違うかもしれないですね。先ほど少しお話になった『Fantome』は、受け止め方によっては「別にロマン的な恋や愛がなくても、友愛によって生き延びていくことができる、世界を花束で彩れる」という作品ではないか、という気もしますがいかがでしょう? まく ええ。「友愛」の話は、とても面白かったですねえ。『Fantome』のところで書かれていた「友愛」って、世間でいう所の友だちとか、友情とも、違うものとして説明されていましたよね? 杉田 そうですね。必ずしも親密な友情には限らないし、ホモソーシャルな男友達関係に対してはアルバム全体を通して基本的に批判的です。僕はそれを「幽霊的な友愛」と呼びました。死んだお母さんや二度と会えない他者たちとすら、友達としての関係を新しく結び直す、というモチーフをも『Fantome』は含んでいるように思えたんです。 まく それは「戦友」とも違うと書かれていましたね。何か共通の経験があるとか、何かを共に乗り越えたとか、それを通じた情感を伴う関係にも限らない、と。 杉田 薄く浅い関係でもいいわけです。ほんの少しすれ違うだけの関係とか。それらも等しく友情たりうると。 まく 「家族みたい」とか、「友だちみたい」とか、「恋人みたい」とか、「友だち以上恋人未満みたい」とか、それらの言葉でも言い表せないような、誰かに惹かれる感覚のことを「幽霊的な友愛」って呼んでいるんですよね、杉田さんは。それが、すごく大事なモチーフだと思ったんです。色んな人との出会いや関係、別れの中で、世間では言葉になっていないような新たな感覚を得ているかもしれない。それらの言葉では表せないような、微妙なものがそこに新たに生まれているのかも、と。 ……ああ、さっき僕があっさりと割り切ってしまった、過去の失恋の関係も、実は色んなものがあったんだろうなあ。いま、そんなことを思いましたよ。 杉田 失恋した相手との間にある種の幽霊のような友情を感じること、それが「正しいサヨナラの仕方」なのかもしれないですよ、たとえその人と二度と会えなくても。 まく 寂しくて、ついつい若い女性との関係ばかりを求めてしまう、とか。そういう平板な関係でしか、どうしてもイメージできない自分、そうやって寂しさを埋めてしまう自分の価値観を、問い直してくるような様々な出会いや別れに対して、僕たちは心と身体を開けるか。そのように準備をしていこう、と宇多田さんの歌が呼びかけているように感じました。本当にそれが可能かどうかは、実生活で試してみないと、わからないですけども……。 杉田 なるほどね。僕も『Fantome』論のパートを書きながら、ヘテロ男性としての自分の生き方や恋愛観が新しい次元に開けていくような、少なくともその端緒を与えられたような、ある種の解放感(珍しく、カタルシスのようなもの)を感じたんですよ。それは貴重な体験でした。 非人間的な感覚のある自分はどう生きていけばいいのか まく 僕は「初愛」はわからないけど、ナルシストとして『宇多田ヒカル論』の議論は分かる気がしたんです。人はみんな孤独で、違う存在だから、必ず距離がある。その距離の中に、大事なものが宿る。まずは『DISTANCE』のアルバムのところで、そんな説明がありましたよね? 杉田 そうですね。distanceの中にかえって愛が宿ると。 まく ええ。前回の対談で取り上げた二村ヒトシさんの『すべてはモテるためである』(文庫ぎんが堂)では、他人を愛するには自分を愛すことからはじめよう、と書かれていました。そのために、自分がひとりでいても寂しくない【居場所】を持とう、と言っていたわけで。 『宇多田ヒカル論』の『DISTANCE』について書いている第二章を読みながら、ひとりで立ち続けることの充実感を、自分だけでなく相手も感じていくことを祈る、ということが愛なのかもしれない、と思ったんですね。独りになることを分け合おうとする、それが愛なのではないか、と。人は本来的に独りで、ときにぼんやりと「孤立」に苦しんでしまう。ひとりでいても寂しくない場所を手に入れることができて、そのときはじめて、そういう自分を愛している、ということであるならば。他者が、それをできるようになることを望むことが、他者を愛するということなんだろうな、と。そんな風に腑に落ちたんです。 杉田 なるほど。まくさんのいう「ナルシスト」とは「愛したいが愛せない」というアパシー状態(無気力)のことでしたよね。だからこそ純愛というロマンを希求してしまうと。その場合の「ナルシスト」とは、いわゆるアセクシュアル(無性愛)とはまた違う話ですよね? まく はい。僕には性欲があるし、性愛で人とつながりたいと思う気持ちもあります。でも、目の前の人とは、そうできない(気がする)。望んではいるけど、でも愛を感じられない男、そんな無感覚状態な感じですね。 杉田 「愛されない苦しみ」じゃなくって、「他者を愛せない」というアパシー状態を「ナルシスト」と呼んでいるわけですね。それは世間一般のナルシストの定義とは違うんだろうね。愛せないけど、性愛によって寂しさを埋めたいという感じはあると。ふむ。 そういうアパシー=ナルシストの状態から、『Fantome』以前の宇多田さんの歌にシンパシーを覚えるとすると、それはどの辺なんですかね? ある意味で宇多田さんの世界って、割と豊富な恋愛経験がデフォルトな感じもあるから、息苦しかったりはしないのかな。 まく そうですねえ。僕が引き寄せられたのは、「非情な感じ」ですね。本の最初の方の、宇多田さんの生い立ちのところで「感情を消していった」と書かれていた部分が、まずは気になって。宇多田さんの生い立ちと僕のそれとが重なるわけでは全くないのですが、無感覚な感じに何となく悩んでいた僕としては、そこに目を持っていかれたんです。そして『ULTLABLUE』に入っている「BLUE」という曲の詩から、宇多田さんの非人間的な感じを読み取っていた箇所がありましたよね。感情が何だかよく分からない感じ、と言いますか。そういう非人間的な感じが自分にもあるような気もして、そんな自分がどう生きていけば良いのか、と。それを知りたくて、ぐいぐい最後まで読んでいったっていうのが、僕の『宇多田ヒカル論』の読書体験でしたね。 結局、『宇多田ヒカル論』は「男性的」? 杉田 話を元に戻しますが、やっぱり僕の宇多田論ってロマンティックすぎるんでしょうか? 『長渕剛論』(毎日新聞出版)は、対象が長渕さんだから、僕の批評スタンスも「男性から男性への憑依」というモードになっていたんですね。今回の宇多田論は、それとはまったく批評方法が異なる。憑依はしていないと思うんです。ある種の「距離」はあると思う。しかし、その「距離」の取り方自体に僕の男性的な歪みはあるのかもしれないと思っていて。 まく うーむ……どうなんでしょうか……。 杉田 あんまりそういう感じはしなかった? まく ……何か、ロマンティックなものを求めてしまう、熱いものをどうしても求めてしまう。それは、杉田さんの底に確実にありますよね。そういうものを求めてしまう「過剰なもの」とどう共に生きるかという模索が今回の『宇多田ヒカル論』でもなされていたように思いますけど……。こういう論じ方自体がそもそもダメなのかもしれないということですか? それと、こういう議論が「男性的」と言うことでしょうか? これを「男性的」と言ってしまって良いものなのかどうか……。ちょっといまの僕にはわかりません……。いやー、このへんは、すっげーもやもやします……。 杉田 たとえば長渕論は、男性の立場から男性としての長渕さんの葛藤を論じたものだと思うんですね。それは『非モテの品格』(集英社)の議論と連続していると思う。ただ、宇多田論はあまり自分の中の「男性性」を意識せずに書けたんです。実際に、遅筆の僕としては珍しくスピーディに、するっと書けた。それはある種の「普遍性」に軸を置いているからなのか、それともそれ自体にどこかブラインドがあるのか。僕自身もちょっともやもやしているんですけどね。 まく ……うん、僕はまず率直に振り返って、『宇多田ヒカル論』が男性的なロマンティシズムに回収した議論だとは思わなかったですね。だから、この論点自体も、言われるまで僕は思い浮かばなかったです。この対談のテーマの関係で、僕は『宇多田ヒカル論』を読みながら男性性と絡めて考えたり、僕自身が自分の文脈で捉えて考えたりはしました。でも、そんな僕でさえも『宇多田ヒカル論』を読んで「この議論は男性性に引き付けすぎているな」とは思いませんでした。 杉田 そうですか。 まく 『Fantome』について書かれた第六章の後半が、一読してもなかなか理解し難い内容だな、とは思いました。だから、じっくり読んだ。そしたら超面白かった。どこが面白かったかは、今日の対談でお話しした内容につながります。そんな感じでした。 杉田 まあ、その辺は僕自身が反省的に考えてもダメで(それ自体が男性的な反省モードかもしれなくて)。実際に女性や様々なセクシュアリティの人々からの感想を聞いてみたいな、という感じですね。『宮崎駿論』『長渕剛論』『非モテの品格』という連続性の中で書いた面もあるので、男性学やメンズリブのテーマを含んではいると思う。ただ、作者である僕自身が『宇多田ヒカル論』における男性問題をちゃんと自覚できていない。誰か、批評して下さい! まく (笑)。確かに、色んな人の感想は聞いてみたいですねえ。男性以外の性自認の人で、ジェンダーやセクシュリティの議論を深く考えてきた人が『宇多田ヒカル論』を読んだときの感想をぜひ聞いてみたい。そして僕的には、「自分は人を愛せるのか……?」とぼんやり悩んでいるような人に読んでもらって、その読んだ感想を聴いてみたいです。もちろんこの本は、忘れられない大切な恋愛をしたことのある人にとってド真ん中の本なので、そういう人たちにはぜひ、広く手に取ってもらえたら良いなと思いましたね。

嵐、Hey!Say!JUMPらジャニーズ性風俗事情――「メンズエステ」でのプレイにハマる者続出!?

 俳優・京本政樹の長男で、ジャニーズJr.ユニットSixTONESのメンバーとして活動する京本大我の“下半身スキャンダル”に、ファンが大荒れしている。2月21日発売の「フラッシュ」(光文社)では、京本を接客した性感マッサージ店の女性従業員が、性的暴行を受けたと告発。ジャニーズ事務所も、同誌の取材に対し、“本番強要”こそ否定したものの京本の店舗利用は認めている。そして、ジャニーズの風俗事情に詳しい業界関係者らも、京本のこの行為に眉をひそめているという。  “アイドル”という立場であることから、性や異性の話題はタブー視されているジャニーズタレント。情報漏えいの心配がない風俗店情報は、主に先輩から後輩たちへ口コミで“伝授”されているようだ。 「TOKIOのメンバーは、都内に複数の系列店を持つ高級デリヘルの常連です。店舗型の風俗とは違い、デリヘルであれば高級ホテルや自宅、またジャニーズが所有している部屋でのプレイなど、店舗側の暴露にさえ気をつけていれば、プライバシーは万全ですからね」(風俗店関係者)  この高級店の存在は、TOKIOから後輩たちへも受け継がれていったというが、ここ数年は、まったく別の「メンズエステ」なる店舗でのサービスを利用するのが、ジャニーズタレントの主流になりつつあるという。 「メンズエステは、デリヘルとは違って、風俗店ではありません。内容は基本的に、女性からマッサージを受けるのみ。ただ、男性側はほぼ全裸になり、太ももの付け根やお尻など、それこそ“前戯”に近いタッチを受けますし、女性スタッフが応じれば、その後は、いわゆる“手コキ”や本番まで……という場合もあります」(メンズエステ嬢)  そんなメンズエステは、マンションの一室などプライベートに近い環境での施術になるため、もしマッサージ以外の行為を受けていても、周囲に怪しまれにくいというメリットもあるそうだ。 「都内の有名なメンズエステ店には、嵐のメンバーが訪れた後、関ジャニ∞やHey!Say!JUMPメンバーが次々と訪れています。風俗店に比べると、女性の容姿レベルが高いとされており、ハマってしまう芸能人が続出しているんです」(前出・風俗店関係者)  一方、京本が今回トラブルを起こしたのは、「風俗エステ」と呼ばれる派遣型の店だという。 「マッサージと手コキのハイブリッドサービスが受けられます。本番を強要したというのは許されないことですが、それ以前に“ラブホテルを利用した”のは、情報漏えいの危機管理能力が著しく欠けている印象です。プラス『風俗エステ』の価格は控えめなだけに、『京本政樹の息子、しかもジャニーズなのにケチだね』と語る風俗関係者の人は多いですよ」(同)  ファンが抱く幻想とは程遠いジャニーズの“風俗事情”だが、だからこそ利用する際には、細心の注意を払ってもらいたいものだ。

ジャニーズJr.京本大我が性感マッサージで暴行、出禁に…今回もジャニーズ事務所は揉み消すのか?

 2月21日発売の写真週刊誌「FLASH」が、ジャニーズJr.内ユニットSixTONESのメンバー・京本大我(22)の起こした事件について報じている。事件とは、性感マッサージの出張サービスをおこなう女性に“本番強要”したことだ。  事件が起こったのは昨年12月の夜。京本は派遣型の性感マッサージを電話予約し、被害女性はサービスを担当するため京本指定のラブホテルに入ったという。性風俗と一言でいっても、業態や店舗によってルールは様々だが、この派遣店は「男性からのおさわり禁止」で、女性が全裸で寝そべる男性の全身をマッサージし、最後に手による愛撫で射精に至る内容だそうである。口による愛撫はサービス内容にないはずだが、女性が太もものあたりをマッサージしている時、京本はいきなり女性の頭を手で押さえつけ、無理矢理、男性器を口にくわえさせたという。女性は振りほどいたが、洋服を脱がされて本番行為をされてしまった、と述懐している。「逆らったら暴力を振るわれるかと思うと、恐怖で」それ以上は抵抗できなかったようだ。  京本がこの派遣店を利用するのは初めてではなく、昨年夏から何度か利用していたが女性への態度が悪いことで問題客と見られており、今回の事件で「出入り禁止」となったという。合意のない性行為は暴力であり、さらにこの性風俗店の利用ルールを逸脱しているのだから当然だ。被害女性は心療内科に通っていると話している。  ジャニーズの若手では、「ジャニーズWEST」の藤井流星(23)が2014年に未成年時の飲酒・喫煙、そして女性への強姦行為を「週刊文春」(文藝春秋)に報じられている。記事内容はクラブでナンパした女性とホテルの一室で飲酒し、女性を泥酔させて陵辱したというものだったが、騒動が広がることはなく、藤井は今もグループの一員としてタレント活動を継続している。京本の場合も、何事もなかったかのように活動していくのだろうか。ただ、今回の件について、直撃された京本は「(ホテルには)行っていない。まったく関係ない」と応えているが、ジャニーズ事務所は「ご指摘の日時ごろ、出張マッサージを受けたことは事実」と回答しており温度差も見られる。  また、昨年は高畑裕太の性暴行事件が大々的にメディアで取り上げられたが、母・高畑淳子も矢面に立たされた。京本の父は言わずと知れた有名俳優・京本政樹で、現在も両親と暮らしているが、果たして京本政樹は息子の起こした事件について何らかの対応をするのだろうか。

指原莉乃、乃木坂46・白石に敵意むき出し!? 「スキャンダル流す気では」と運営が戦々恐々

 『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)で共演中のHKT48・指原莉乃とSHELLYが、2月21日発売の「女性自身」(光文社)で「一触即発の状態」と報じられている。以前から、“増長ぶり”が、関係者からも問題視されているという指原だが、実際に敵視している芸能人はSHELLYではなく、後輩グループのメンバーなのだという。 「自身」によれば、指原、とSHELLYは、とも同番組の女性MC同士としてのライバル心からか、それとなく“マウンティング”を繰り広げているという。しかしこのバトルは真剣なものではなく、むしろ番組スタッフが煽っているといった方が正確なようだ。 「指原が本気でライバル視しているのは、乃木坂46ですよ。特に『美貌ツートップ』とされる白石麻衣と橋本奈々未に対しては、『同い年だけど、自分にないものを全て持っている』と、強大なコンプレックスを抱いています」(AKB運営関係者)  白石は今月6日に発売した写真集『パスポート』(講談社)が、女性ソロ写真集の歴代最高週間売り上げを更新。また、橋本は自身の誕生日である同20日でグループを卒業したが、16日に動画サイト「SHOWROOM」で配信された生放送が、“女帝”指原のプライドを傷つけていたという。 「配信開始からわずか14分で、閲覧数が10万人を突破し、ついには22万人オーバーという前人未到の数値を記録したそう。一方で指原は、昨年6月に3時間ぶっ通しで放送を行い、11万人超えの閲覧数を獲得して、周囲にも鼻高々に吹聴していたんです。この記録を、“卒業特需”があったとはいえ橋本に抜かれてしまったことに、本人は苛立ちを隠せていないんだとか」(同)  なお、指原が白石や橋本に対して執心するのは、「ルックスもそうでしょうが、一番は彼女たちが『ノースキャンダル』で芸能活動を続けている点。一部関係者の間では、指原自ら、いつか乃木坂のスキャンダルをマスコミに流すのでは……とまでいわれていますからね。それだけ自身の立ち位置にも、不安を覚えているということでしょう」(週刊誌記者)。  アイドルは人気商売だけに、野心あふれる指原の姿勢は正しいかもしれないが、後輩グループに敵意をむき出しにしている隙に、足元をすくわれないよう気をつけてほしいものだ。

指原莉乃、乃木坂46・白石に敵意むき出し!? 「スキャンダル流す気では」と運営が戦々恐々

 『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)で共演中のHKT48・指原莉乃とSHELLYが、2月21日発売の「女性自身」(光文社)で「一触即発の状態」と報じられている。以前から、“増長ぶり”が、関係者からも問題視されているという指原だが、実際に敵視している芸能人はSHELLYではなく、後輩グループのメンバーなのだという。 「自身」によれば、指原、とSHELLYは、とも同番組の女性MC同士としてのライバル心からか、それとなく“マウンティング”を繰り広げているという。しかしこのバトルは真剣なものではなく、むしろ番組スタッフが煽っているといった方が正確なようだ。 「指原が本気でライバル視しているのは、乃木坂46ですよ。特に『美貌ツートップ』とされる白石麻衣と橋本奈々未に対しては、『同い年だけど、自分にないものを全て持っている』と、強大なコンプレックスを抱いています」(AKB運営関係者)  白石は今月6日に発売した写真集『パスポート』(講談社)が、女性ソロ写真集の歴代最高週間売り上げを更新。また、橋本は自身の誕生日である同20日でグループを卒業したが、16日に動画サイト「SHOWROOM」で配信された生放送が、“女帝”指原のプライドを傷つけていたという。 「配信開始からわずか14分で、閲覧数が10万人を突破し、ついには22万人オーバーという前人未到の数値を記録したそう。一方で指原は、昨年6月に3時間ぶっ通しで放送を行い、11万人超えの閲覧数を獲得して、周囲にも鼻高々に吹聴していたんです。この記録を、“卒業特需”があったとはいえ橋本に抜かれてしまったことに、本人は苛立ちを隠せていないんだとか」(同)  なお、指原が白石や橋本に対して執心するのは、「ルックスもそうでしょうが、一番は彼女たちが『ノースキャンダル』で芸能活動を続けている点。一部関係者の間では、指原自ら、いつか乃木坂のスキャンダルをマスコミに流すのでは……とまでいわれていますからね。それだけ自身の立ち位置にも、不安を覚えているということでしょう」(週刊誌記者)。  アイドルは人気商売だけに、野心あふれる指原の姿勢は正しいかもしれないが、後輩グループに敵意をむき出しにしている隙に、足元をすくわれないよう気をつけてほしいものだ。

「女優さん、絶対惚れてるでしょ!」演者たちの親密さに濡れる“素人ナンパ隠し撮りAV”/女性向けAV

こんにちは! スマホゲームにハマって1日の1/3はレベル上げに時間を費やしているアラレです。友人に誘われて始めた【タクティクスRPG】が面白すぎて! マルチプレイで友達と協力しながら敵を倒したりするのですが、「友達のためにもレベル上げして強くならなきゃ!」と、変な責任感が芽生え始めています。ゲームをしている間は日常を忘れることができていいですよね。あれ? もしかして、アラレ、現実逃避している? そろそろ現実に戻って本題に入りましょう。前回ご紹介した「時間停止系AV」は、若干フェティシズム志向が強く、好き嫌いが分かれる作品だったと思います。しかし、今回ご紹介する作品は女性にも支持されやすいジャンルのはず!「綜実社/妄想族」から発売されている『ナンパ連れ込みSEX隠し撮り・そのまま勝手にAV発売。』というシリーズをご紹介いたいと思います。他の「ナンパ連れ込み系」とは一味違うんです。 見どころ1:他では見たことがない高レベルな演者たち このシリーズは、ナンパ師がナンパで知り合った素人の女の子を2~3回目のデートで自宅に誘い、セックスに持ち込むまでを盗撮したものです。 アラレのように毎日パトロール(アダルト動画をむさぼること)をしていると、素人モノのAVと謳ってはいるものの、「この人……素人設定だけど、別の動画でも結構よく見るなぁ」ということがたびたびあります。 その点『ナンパ連れ込みSEX隠し撮り・そのまま勝手にAV発売。』では、男優も女優も他では見たことのない人が多いんです。実際、素人設定の作品でも女優名が特定されることはよくあるのですが、本シリーズで女優名がバレている人はほとんどいません。 もしかしたら、「この動画1本だけ出演して引退」という限りなく素人に近い女優たちなのかもしれませんね。ただし、素人に近いと言っても、決してレベルが低いわけではありません。むしろ女優の中でもレベルが高く、可愛くてスタイルのいい方ばかりで、男優の雰囲気も今時のイケメン風です。残念ながら、男優の顔にはモザイク処理が施されているのですが、アラレの脳内モザイク除去機を駆使して視聴したところ、エロメンに迫る勢いでイケメンです(きっと)。 見どころ2:方言で意地悪してくる“ちょいS男優”に萌え! 『ナンパ連れ込みSEX隠し撮り・そのまま勝手にAV発売。』シリーズには、「元芸人」「23歳まで童貞」「大阪弁」と、出演男優の明確なキャラ設定があります。それぞれ見どころはあるのですが、アラレのおすすめは「大阪弁」バージョン。有名男優で関西弁をしゃべる人ってあまりいないので、方言がとても新鮮なんです! 個人的には「方言ってこんなに萌えるんだ……!!(濡)」と自認するきっかけにもなりました。 そして、この大阪弁バージョンに登場する男優は、なかなかのS……というか、いじめっ子(笑)。プレイにSっぽさが出ることは少ないのですが、好きな子に意地悪してしまう、少女漫画的なS男。優しい男性も素敵ですが、強引にキスしてくるようなちょっとわがままで俺様っぽい肉食系関西弁男と女の子の掛け合いが面白いですよ! 見どころ3:親密な距離間と恋心 このシリーズの最大の魅力は、男女の親密度の高さでしょう。「本当に3回くらいは2人きりでデートしてるよね?」と思うほど、女優と男優の会話や絡みが自然で、2人の間に気まずさや緊張感をまったく感じません。まるで、本当の友達同士のような、リラックスした雰囲気が画面越しにも伝わってきます。 そして、このシリーズの中には、女優が男優に本気で恋してしまっているような作品もあるんです。学校や職場で「あの女の子はあの男の子のことが好きなんだろうな~」と、自然にわかってしまうことってあるじゃないですか。アラレの勘ではありますが、女優の仕草、表情、声のトーン……すべてにおいて「惚れてるでしょ!」と断言できるほどわかりやすく恋しています。 恋の仕方を忘れてしまったアラレのような女性(いるかわかりませんけど)がこのAVを見ると、好きだった人と男優を重ねては一喜一憂し、恋に恋していたあの頃の自分を思い出して、また恋したくなる……かもしれません。 おわりに リアルな盗撮系のAVが好きでいろんな作品を観ていますが、『ナンパ連れ込みSEX隠し撮り・そのまま勝手にAV発売。』のクオリティの高さは群を抜いています。とはいえ、このリアリティは、あくまでAV作品としての完成度が高い、ということで。女の子を落とすだけ落として、実際男はただヤリたいだけで、いろんな子を自宅に連れ込んでは盗撮している、というナンパ師はけしからんと思いますが……。

福原愛&平愛梨だけじゃない? 結婚時に“幸せアピール”しすぎて、好感度大暴落のタレント

 昨年9月に結婚報告会見を開いた卓球女子の福原愛選手、同じく昨年のクリスマスイヴに婚約を発表した女優の平愛梨。この2人が、メディアやSNSで“幸せアピール”を過剰にしすぎたとして、現在ネット上でアンチが急増しているという。芸能界にはこのように、結婚に舞い上がってしまったがゆえに反感を買い、「脳内お花畑」などと批判された芸能人はほかにもいる。 「2013年12月21日、翌14年2月に結婚することを発表したあべこうじと元モーニング娘。・高橋愛夫妻にも、当時バッシングが巻き起こりました。というのも、結婚発表から4日後の同25日、高橋がブログに、クリスマスデートの様子をあべの写真付きで早速アップしたから。高橋は元アイドルとあって、『ずっと応援してくれたファンへの配慮がなさすぎる』『こういうアピールは入籍後にすべき』といった声が続出しました」(芸能ライター)  現在も高橋は、結婚記念日にケーキを作ったり、あべの単独ライブに行ったことを報告するなどラブラブアピールが続いている。最近では、テレビ露出が激減していることもあり、「夫婦の私生活以外売るものがない」などとネット上で批判されているようだ。 「13年3月に結婚を発表した中尾明慶&仲里依紗も、ネットユーザーから嘲笑された夫婦です。各報道機関への結婚報告のFAXで『二人の合言葉はBIG LOVE。この言葉を大切に人生を歩んでいきます』とつづっていたのですが、ネット上ではこの『BIG LOVE』という言葉に対して、『なんかアホッぽい』『いい年してイタすぎる』との声が続出。その後、中尾が明かしたところによると、『BIG LOVE』は、2人が電話を切るときなどに言い合っている言葉だそうで、『結婚報告のFAXというかしこまった文書に載せるべき言葉だったのか』『イチャイチャを見せつけられた気分』といった苦言も出ていました」(同)  また、15年に、元読者モデルと再婚した中村獅童も、ネット上で「はしゃぎすぎて見ていられない」といわれていた。 「再婚会見では、自身が本名の幹弘から“みー君”と呼ばれることを明かし、披露宴前の会見では、終始見つめ合ってラブラブな様子で、中村は『顔見た瞬間グッときちゃいました』、さらに妻も『初めて会った時から運命的なものを感じたかもしれない』と発言していました。中村は05年6月に竹内結子と結婚したのですが、06年7月に、酒気帯び運転と信号無視で警視庁に検挙され、その際、岡本綾が同乗していたとして不倫スキャンダルに発展。08年には離婚が成立しています。そういった過去があるにもかかわらず、再婚で大はしゃぎしている中村には、ネット上で『竹内と息子が可哀想』といった批判の声が多数上がりました」(同)  結婚という“幸せの絶頂”に浮かれるのはよいが、芸能人としての好感度を考えると、ほどほどにしておく方がベターかもしれない。

二階堂ふみの綾野剛ドラマヒロイン決定に非難轟々 綾野ファンが怒る理由は?

 4月から放送される連続ドラマ『フランケンシュタインの恋』(日本テレビ系)で、怪物役の綾野剛(35)のヒロイン役として二階堂ふみ(22)が出演することが発表された。綾野剛主演と報じられた時点では大いに期待が高まっていた同ドラマだが、今回のヒロイン発表で一気に期待が薄れている様子。「恋愛ドラマのヒロインなのに、二階堂ふみなんて……」と残念がる声がネット上に相次いでいるのが、なぜなのだろうか。  二階堂と言えば、17歳の時に若くして園子温監督の映画『ヒミズ』で主演を務め、第68回ヴェネツィア国際映画祭では新人賞にあたるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞しており、演技派というイメージを持っている人も多いことだろう。だが、演技の善し悪しを素人が判断するものではないとはいえ、その演技力が同世代女優の中で突出しているかというと、そこには疑問符がつく。特に昨年放送された連続ドラマ『そして、誰もいなくなった』(日本テレビ系)での演技は衝撃の大根役者と揶揄されてしまった。ミステリー作品だったため、「二階堂ふみのこの棒演技……きっと何か裏があるはずだ!」と勘ぐっていた視聴者が多かったようだが、ストーリー上の特別な意味など何もなかった。  ただ、演技を評価されている若手女優のほうが稀少で、多くは可憐なルックスだったり、逆に親しみやすさで同性支持を得ているのが実状。二階堂がアンチを増やしたのは、2016年からレギュラー出演している『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)の「ゴチになります!」コーナーが大きいかもしれない。  このコーナーでの二階堂の言動に、「負けず嫌いな感じが嫌い」「杏ちゃんと違ってあざとい」「生意気で鼻につく」といった感想を持つ視聴者が多かったようで、ネット掲示板で上記のようなコメントが毎週盛り上がるようになってしまったのである。  22歳と若い二階堂であれば、「負けず嫌い」も「生意気でカワイイ!」と受け止められていいはず。しかしここまで不評なのは、彼女の交際する男性たちがことごとくサブカルチャー好き女性に人気の高い面々であることも関係していると考えられる。二階堂といえば菅田将暉(23)ととても仲が良く(付き合ってはいないと明言)、ロックバンド「OKAMOTO'S」のオカモトレイジ(26)と熱愛が噂され、16歳年上の新井浩文(38)とのデート姿が撮られ、直近ではいまや飛ぶ鳥を落とす勢いの星野源(36)と半同棲中だと見られている。  さらに本作で競演する綾野剛は、橋本愛、戸田恵梨香、成海璃子などの女優と熱愛が噂されてきた“年下キラー”とも呼ばれる男だ。二階堂は橋本愛や成海璃子と趣味の領域が近い“サブカル女”ゆえ、綾野とイイ関係になってしまう可能性もあるのではないか。これは綾野の主演ドラマに期待する綾野ファンにとっては、穏やかではない事態である。綾野は「共演者は仕事相手なので付き合わない」と明言しているが、果たして……。  綾野にとって久々の恋愛ドラマとなる『フランケンシュタインの恋』。ファンの期待も高まるがゆえ、ヒロイン役が二階堂ではなくとも叩かれたかもしれない。最終的に、「相手役が二階堂ふみで良かった」と綾野ファンも納得するようなドラマ作品になってほしい。4月の放送開始が楽しみである。 (ボンゾ)

二階堂ふみの綾野剛ドラマヒロイン決定に非難轟々 綾野ファンが怒る理由は?

 4月から放送される連続ドラマ『フランケンシュタインの恋』(日本テレビ系)で、怪物役の綾野剛(35)のヒロイン役として二階堂ふみ(22)が出演することが発表された。綾野剛主演と報じられた時点では大いに期待が高まっていた同ドラマだが、今回のヒロイン発表で一気に期待が薄れている様子。「恋愛ドラマのヒロインなのに、二階堂ふみなんて……」と残念がる声がネット上に相次いでいるのが、なぜなのだろうか。  二階堂と言えば、17歳の時に若くして園子温監督の映画『ヒミズ』で主演を務め、第68回ヴェネツィア国際映画祭では新人賞にあたるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞しており、演技派というイメージを持っている人も多いことだろう。だが、演技の善し悪しを素人が判断するものではないとはいえ、その演技力が同世代女優の中で突出しているかというと、そこには疑問符がつく。特に昨年放送された連続ドラマ『そして、誰もいなくなった』(日本テレビ系)での演技は衝撃の大根役者と揶揄されてしまった。ミステリー作品だったため、「二階堂ふみのこの棒演技……きっと何か裏があるはずだ!」と勘ぐっていた視聴者が多かったようだが、ストーリー上の特別な意味など何もなかった。  ただ、演技を評価されている若手女優のほうが稀少で、多くは可憐なルックスだったり、逆に親しみやすさで同性支持を得ているのが実状。二階堂がアンチを増やしたのは、2016年からレギュラー出演している『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)の「ゴチになります!」コーナーが大きいかもしれない。  このコーナーでの二階堂の言動に、「負けず嫌いな感じが嫌い」「杏ちゃんと違ってあざとい」「生意気で鼻につく」といった感想を持つ視聴者が多かったようで、ネット掲示板で上記のようなコメントが毎週盛り上がるようになってしまったのである。  22歳と若い二階堂であれば、「負けず嫌い」も「生意気でカワイイ!」と受け止められていいはず。しかしここまで不評なのは、彼女の交際する男性たちがことごとくサブカルチャー好き女性に人気の高い面々であることも関係していると考えられる。二階堂といえば菅田将暉(23)ととても仲が良く(付き合ってはいないと明言)、ロックバンド「OKAMOTO'S」のオカモトレイジ(26)と熱愛が噂され、16歳年上の新井浩文(38)とのデート姿が撮られ、直近ではいまや飛ぶ鳥を落とす勢いの星野源(36)と半同棲中だと見られている。  さらに本作で競演する綾野剛は、橋本愛、戸田恵梨香、成海璃子などの女優と熱愛が噂されてきた“年下キラー”とも呼ばれる男だ。二階堂は橋本愛や成海璃子と趣味の領域が近い“サブカル女”ゆえ、綾野とイイ関係になってしまう可能性もあるのではないか。これは綾野の主演ドラマに期待する綾野ファンにとっては、穏やかではない事態である。綾野は「共演者は仕事相手なので付き合わない」と明言しているが、果たして……。  綾野にとって久々の恋愛ドラマとなる『フランケンシュタインの恋』。ファンの期待も高まるがゆえ、ヒロイン役が二階堂ではなくとも叩かれたかもしれない。最終的に、「相手役が二階堂ふみで良かった」と綾野ファンも納得するようなドラマ作品になってほしい。4月の放送開始が楽しみである。 (ボンゾ)