女子の大学進学率が男子より高い状況も問題。アメリカの「落ちこぼれ男子問題」は日本でも火を噴くか?

 約一年前にwezzyでの連載で、男子の方が女子よりも大学就学率が高い日本の状況は、先進諸国の中では極めて例外的であり、この問題を解消しないことには社会における男女平等を実現することは難しいというお話をしました。その状況を端的に表しているのが以前も紹介した下記の図です。  しかしこの図を見て、いくつかの国で女子の大学就学率が顕著に男子よりも高くなっているのは問題ではないのか? という違和感をもった人もいるでしょう。  確かに女子に比べて顕著に低い男子の就学率は良い状況ではありません。男女で機会が平等でないということもさることながら、落ちこぼれた時に、女性はこれまで労働参加していなかった状況が継続するのに対し(もちろん女性が労働参加できていない状況も大問題です)、男性の場合はこれまで労働参加できていたのができなくなってしまうため、その社会経済的な帰結の意味合いが大きく異なるからです。  少なくとも英語圏の国々ではこの「落ちこぼれ男子問題」が10年ほどの間に、十分ではないにせよ注目を集め始めています。各国ともまだ男女の賃金格差の問題などが存在しているため、教育とジェンダーと言えば、STEM系(いわゆる理系)で女子学生が少ないことに焦点を当てることが多いのが現状であり(詳しくはこちらの記事をご覧ください)、まだそれほど研究が進んでいない分野ではありますが、今回は「落ちこぼれ男子問題」をご紹介しようと思います。 なぜ落ちこぼれ男子問題が発生するのか?  落ちこぼれ男子問題が発生する理由の一つとして考えられているのが、男子と女子の発達の差です。  一般的に男子よりも女子の方が成長が早いとされており、小学校に入学する段階では明らかに女子の方が男子よりも成熟しています。小学校入学段階での生物的な特徴による学力差は、これによる教員や親の児童に対する接し方などの差から自己効力感を通じて学力に影響を与えてしまい、完全には消滅しきらないことが明らかになってきており、同様のことが落ちこぼれ男子問題についても言えるのではないかと考えられます。噛み砕いて言うと、小学校入学時点で少し成長の早い子供は「周りと比べて自分は出来る」と思えたり、周囲の大人から「あなたは出来る子」という接し方をされることで自信を持ち、高い目標を設定してそれに向かって努力をする習慣がつきやすくなるのですが、この影響はその後も響いていく、というわけです。  二つ目の理由として考えられているのが、言語能力の男女差です。  国際学力調査において、数学や科学といった科目の男女間の学力差は国によってバラバラとなっていますが、読解力ではほぼ全ての国で女子の成績が男子のそれを統計的に有意に上回っています。  近年、国際教育協力の分野では早期の読書支援が費用対効果の高い学力支援策であることが明らかになってきています (私がネパールで運営しているNGOもこのエビデンスに基づいて活動方針を選択しました)。言語能力は全ての学びの土台ともいえるため、幼い時期にこの問題が生じると、その後の教育についていくことが難しくなります。この問題は家庭環境の良くない男子の間で顕著にみられるため、落ちこぼれ男子問題の一因となっていることが考えられます。  三つ目の理由として考えられているのが、マスキュリニティ(男性性)と労働です。  アメリカはジェンダー問題の先進国のように思われるかもしれませんが、実はジェンダーステレオタイプがいまだに強く残っている国です。  高学力の男性がジェンダーステレオタイプを発露するとトロフィーワイフ(自分のトロフィーとして若く美しい女性と結婚すること)などの形で現れますが、低学力の男性の間で発露すると「早く稼げるようになることこそが男として一人前の証であり、教育を受けるのなんてバカバカしい」という考えにつながります(この現象は中南米でも顕著にみられ、これらの地域での国際教育協力におけるジェンダーと教育分野の支援は、中等教育における男子の退学予防がメインテーマとなっています。アメリカもこの文化圏の一員なのかもしれません)。  仮に1つ目、2つ目の要因をクリアできたとしても、思春期になって「マスキュリニティと労働」の問題が出現してしまうと、中等教育でまともに勉強しなくなったり、高等教育へ進学しなかったり、といった形で落ちこぼれ男子問題が発生すると考えられます。 改ページ どのように落ちこぼれ男子問題が火を噴いたのか?  なぜいま落ちこぼれ男子問題が注目されるようになったのでしょうか?  例外も多く存在しますが、一般的に経済発展と共に国の産業構造も農業から軽工業、重工業、そしてサービス業等へと変化していきます。産業発展と共に求められる教育水準も変化し、小学校(読み書き・計算が出来れば、肥料や農薬の計算ができようになります)、中学校(工場に雇われる立場になるので、もう少し知識が必要になります)、高校(工業科・電気科など)、さらに大学や大学院へと上がっていきます。  また、身体的な強さがものをいう部分もある重工業までは男性が主な働き手となりますが、サービス業や科学テクノロジーを活用した産業が主流になると、腕力の重要性が落ち女性の労働参加も進みやすくなるので、男性にとって職を得るための競争が激しくなります。  しかし、アメリカの、その中でもラストベルトと呼ばれる地域では特に、石炭・鉄鋼・自動車産業からの脱却が求められようになったにもかかわらず、男性の教育水準がそれに見合うペースで上昇せず、男性の失業・低賃金問題が深刻になっていきました。これが落ちこぼれ男子問題がアメリカで火を噴いた背景です。  現在私が住んでいるミシガン州の最大の街・デトロイトは自動車産業で有名です。ラストベルトのど真ん中に位置するこの街は夕張市のように財政破綻を起こし、現在では全米で最も治安の悪い街と言われています。  実はトランプ大統領が当選した鍵は、このラストベルトにあるとも言われています(朝日新聞の「トランプの時代」などの連載記事がこれを鮮明に描いています)。石炭産業の復活、自由貿易撤廃で工場を米国内に取り戻す、移民排斥といったトランプ大統領が掲げた政策は、職を失ったないしは低賃金にあえぐこの地域の高卒男性の共感を呼びやすいものだったのでしょう。  しかし、機械化や技術革新が今後も進展していけば、高卒男性程度の知識やスキルで十分な賃金を得られる職はどんどん無くなっていくと考えられます。トランプが掲げる政策がこうした流れを止められるとは考えられず、画餅でしかありません。低賃金にあえぐ高卒男性の問題を解決するには、落ちこぼれ男子問題に取り組んだり、リカレント教育(生涯教育のひとつ。労働と教育を繰り返し行えるような仕組み)を充実させたりすることによって、この地域の男性の教育水準を上げる必要があるのです。 日本で男子の落ちこぼれ問題は火を噴くのか?ーバランスの取れた教育政策の重要性  それでは日本でもアメリカのように落ちこぼれ男子問題が火を噴くと考えられるのでしょうか?  結論を先に述べると、日本で男子の落ちこぼれ問題が火を噴くのは、まだしばらくはなさそうです。国際学力調査のPISAの結果を見ると、日本は先進諸国の中でも男子の落ちこぼれ比率(PISAでLevel2以下の学力を持つ生徒の割合)が最も低い国の一つですし、読解力における男女間の落ちこぼれ比率の差も最も小さくなっています。さらに、日本の大学就学率は先進諸国の中で例外的に男子の方が高いだけでなく、男性の雇用に占める第三次産業の割合もイギリス・アメリカ・オーストラリア・カナダなどの英語圏の国と比べて10%程度低くなっています。しかし、高卒男性と大卒男性の未婚率の差がこの20年で拡大するなど、社会問題として顕在化する恐れがあり、油断することは出来ず、今のうちから対策を考えておけるとよいでしょう。  教育問題を解消しただけで経済問題が解決するわけではありませんが、英語圏の男子の落ちこぼれ問題は教育問題を解消しないことには社会経済問題が解決しない局面が存在することを示唆しています。これは、日本で産業構造が転換するところで女子の教育水準が伸び悩み、ジェンダー平等の点で依然として課題を抱えていることも同様のことを示唆しています。  バランスの取れていない教育政策は、新たな経済問題や社会問題を引き起こしたり、あるいはより深刻化してしまうことがあります。これは落ちこぼれ男子問題だけでなく、学歴差から生じる男女間の賃金格差やマイノリティ全般を取り巻く教育問題など様々な点でいえることです。ジェンダーに代表されるような様々な人の属性に配慮したバランスの取れた教育政策を追求していくことが社会の繁栄にとって重要だということを、アメリカが直面する現状から日本は学ぶことができると思います。

矢口真里より危険!? 中村昌也と着エログラドルの新しい恋、胡散臭さがスゴい!!

 2013年2月に芸能界を賑わせた「クローゼット間男」「鉢合わせ不倫」。元モーニング娘。でタレントの矢口真里(34)が当時モデルだった5歳年下の男性と矢口の自宅で不倫。朝方当時矢口の夫であった俳優の中村昌也(31)が仕事から帰宅、矢口と男性は素っ裸でいるところを見つけられて修羅場となってしまった事件である。  その後、互いの事務所の思惑だろうか、双方のネガティブキャンペーンが週刊誌などで大々的に行われた。いわく「中村はDV夫で矢口はそれに悩んでいた」「矢口はとっくに気持ちが冷めていて、元カレに連絡したり、浮気も今回がはじめてではない」などなど……。5月には離婚が成立し、矢口はレギュラー番組を降板するなど一時休業状態であった。  正当派アイドル出身でヨイショ上手なワイプ女子として、商品PRイベントなどで重宝されてきた矢口だが、どうやら実は相当な肉食系女子と発覚し、事件を境に仕事の種類は大きく変わった。ただ、肉食矢口ゆえ男性とも一時の火遊びですぐに別れるのはないかと囁かれていたのだが、ふたりの仲は4年たったいまも継続しているようで再婚する日も近いとされている。となると衝撃的な妻の浮気現場を目撃してしまった中村にもぜひ幸せになってほしいものだが……9月12日発売の写真週刊誌「FLASH」(光文社)に中村とグラドルとのツーショットが掲載された。  中村のお相手は「愛人にしたいアイドル」と呼ばれるグラドルの森咲智美(25)だ。今年の7月には『有吉反省会』(日本テレビ系)に出演し、酔っぱらうとTシャツの胸元を切りすぎることを反省し、そのGカップ美乳が大きな話題となった。筆者も番組を観ていたが「上手に大事なところだけ残して切れてる……いや、それ絶対酔ってないでしょ」と、自ら切ったというキューティーハニーを彷彿とさせるTシャツ姿の森咲に心でそっとツッコんだものだ。あのときのあのグラドルが中村の相手なのか……そう思って改めて彼女の画像を検索し確認してみた。あらまぁ過激! かなり過激! ドスケベ即抜き系、とでも命名すればいいだろうか。とにかくもうすべてのポーズ・表情が扇情的で、股間のなだらかな膨らみや筋を強調するショットも多い。なんならもうほとんどなにも着ていないに等しいショットもあるではないか。特にイメージビデオでは股間接写、擬似性交シーンもあって相当過激派。色気ムンムン系とは程遠い売り方だった矢口とは正反対のキャラである。中村の好みは幅広いようだ。  中村と森咲は昨年ある番組で共演、それが初めての出会いだったという。今回「FLASH」が写真に収めているツーショットは2枚ある。一枚はどうやら夜のようで焼肉店から食事を終えて出てくる2人の写真だ。先に行く中村を追いかけるような森咲。両者の顔が鮮明に写っている。同誌の取材によると焼肉を食べたあと森咲は中村のマンションにお泊りしたそう。そして翌日の午後、マンションから出て近所のファミレスに出かけた2人はハイボールで乾杯し食事を楽しみ、その後ファミレスから出て寄り添うように歩く親密そうな写真が掲載されている。  森咲が着ているのはだぶだぶのパーカーにハーフパンツ。袖は長すぎていわゆる<萌え袖>になっている。どう見てもこれは男物だ。となるとおそらく変えの洋服を持たずにお泊りした森咲のために中村が貸してあげたものだろう。足もとはこれまたどう見てもサイズの合ってない大きなサンダルである。森咲の身長は160センチで決して低いわけではないけれど、それでも192センチの中村と並ぶとかなり身長差がある。萌え袖姿でぶかぶかの服を着る森咲の姿が愛しくてたまらないのだろうか、中村は彼女の腕に自分の手をそっと重ねて嬉しそうな笑顔を見せている。同誌の取材に森咲は、中村とは友人関係であることを強調。2人の所属事務所も交際を否定し「仲のいい友人関係」であるとコメントを出している。  しかし一方で、同誌発売前である9月11日、スポーツ紙がふたりの“熱愛”をはっきり報道。「熱愛交際がわかった」と断定的で、どちらかの事務所が要請したとしか思えない。この交際が話題になることで、どちらか(あるいは双方)にそれなりのメリットがもたらされるのだろう。  そんな計算通りか、中村の新しい恋、ネット上では早くも話題沸騰である。ただし、新恋人・森咲に向けられる批評は辛辣だ。「また妙なのにつかまりやがって」「胡散臭いどころじゃない。堅気じゃないだろ、プロ彼女だ」「売名されていないことを祈る。平凡でも気立てのよい子をつかまえてしあわせになってくれ」などなど、ほとんどが中村を心配する声ばかりである。  筆者もどうしてもこの恋にはやや売名の匂いを感じてしまう。売り出し中のグラドルと、本業ではブレイクしないままプライベートのすったもんだで名前と顔だけ売れた俳優。どちらかと言えば、グラドル側が、この交際をネタにしてステップアップを目論んでいるのでは……と見てしまうのはむべなるかな。だが、前妻が矢口であることからもわかるように、きっと中村は<気立てのいい普通の女>なんかにはおそらく興味がないのだろう。どこか危なっかしい危険な女にしか食指が動かないタイプではないだろうか。それならそれで仕方ない。森咲とこのまま再婚とも考えづらく、中村にはいつか『有吉反省会』に出て「私は危険な香りのする女ばかり好きになることを反省しにきました」と反省してほしいものである。 (エリザベス松本)

矢口真里より危険!? 中村昌也と着エログラドルの新しい恋、胡散臭さがスゴい!!

 2013年2月に芸能界を賑わせた「クローゼット間男」「鉢合わせ不倫」。元モーニング娘。でタレントの矢口真里(34)が当時モデルだった5歳年下の男性と矢口の自宅で不倫。朝方当時矢口の夫であった俳優の中村昌也(31)が仕事から帰宅、矢口と男性は素っ裸でいるところを見つけられて修羅場となってしまった事件である。  その後、互いの事務所の思惑だろうか、双方のネガティブキャンペーンが週刊誌などで大々的に行われた。いわく「中村はDV夫で矢口はそれに悩んでいた」「矢口はとっくに気持ちが冷めていて、元カレに連絡したり、浮気も今回がはじめてではない」などなど……。5月には離婚が成立し、矢口はレギュラー番組を降板するなど一時休業状態であった。  正当派アイドル出身でヨイショ上手なワイプ女子として、商品PRイベントなどで重宝されてきた矢口だが、どうやら実は相当な肉食系女子と発覚し、事件を境に仕事の種類は大きく変わった。ただ、肉食矢口ゆえ男性とも一時の火遊びですぐに別れるのはないかと囁かれていたのだが、ふたりの仲は4年たったいまも継続しているようで再婚する日も近いとされている。となると衝撃的な妻の浮気現場を目撃してしまった中村にもぜひ幸せになってほしいものだが……9月12日発売の写真週刊誌「FLASH」(光文社)に中村とグラドルとのツーショットが掲載された。  中村のお相手は「愛人にしたいアイドル」と呼ばれるグラドルの森咲智美(25)だ。今年の7月には『有吉反省会』(日本テレビ系)に出演し、酔っぱらうとTシャツの胸元を切りすぎることを反省し、そのGカップ美乳が大きな話題となった。筆者も番組を観ていたが「上手に大事なところだけ残して切れてる……いや、それ絶対酔ってないでしょ」と、自ら切ったというキューティーハニーを彷彿とさせるTシャツ姿の森咲に心でそっとツッコんだものだ。あのときのあのグラドルが中村の相手なのか……そう思って改めて彼女の画像を検索し確認してみた。あらまぁ過激! かなり過激! ドスケベ即抜き系、とでも命名すればいいだろうか。とにかくもうすべてのポーズ・表情が扇情的で、股間のなだらかな膨らみや筋を強調するショットも多い。なんならもうほとんどなにも着ていないに等しいショットもあるではないか。特にイメージビデオでは股間接写、擬似性交シーンもあって相当過激派。色気ムンムン系とは程遠い売り方だった矢口とは正反対のキャラである。中村の好みは幅広いようだ。  中村と森咲は昨年ある番組で共演、それが初めての出会いだったという。今回「FLASH」が写真に収めているツーショットは2枚ある。一枚はどうやら夜のようで焼肉店から食事を終えて出てくる2人の写真だ。先に行く中村を追いかけるような森咲。両者の顔が鮮明に写っている。同誌の取材によると焼肉を食べたあと森咲は中村のマンションにお泊りしたそう。そして翌日の午後、マンションから出て近所のファミレスに出かけた2人はハイボールで乾杯し食事を楽しみ、その後ファミレスから出て寄り添うように歩く親密そうな写真が掲載されている。  森咲が着ているのはだぶだぶのパーカーにハーフパンツ。袖は長すぎていわゆる<萌え袖>になっている。どう見てもこれは男物だ。となるとおそらく変えの洋服を持たずにお泊りした森咲のために中村が貸してあげたものだろう。足もとはこれまたどう見てもサイズの合ってない大きなサンダルである。森咲の身長は160センチで決して低いわけではないけれど、それでも192センチの中村と並ぶとかなり身長差がある。萌え袖姿でぶかぶかの服を着る森咲の姿が愛しくてたまらないのだろうか、中村は彼女の腕に自分の手をそっと重ねて嬉しそうな笑顔を見せている。同誌の取材に森咲は、中村とは友人関係であることを強調。2人の所属事務所も交際を否定し「仲のいい友人関係」であるとコメントを出している。  しかし一方で、同誌発売前である9月11日、スポーツ紙がふたりの“熱愛”をはっきり報道。「熱愛交際がわかった」と断定的で、どちらかの事務所が要請したとしか思えない。この交際が話題になることで、どちらか(あるいは双方)にそれなりのメリットがもたらされるのだろう。  そんな計算通りか、中村の新しい恋、ネット上では早くも話題沸騰である。ただし、新恋人・森咲に向けられる批評は辛辣だ。「また妙なのにつかまりやがって」「胡散臭いどころじゃない。堅気じゃないだろ、プロ彼女だ」「売名されていないことを祈る。平凡でも気立てのよい子をつかまえてしあわせになってくれ」などなど、ほとんどが中村を心配する声ばかりである。  筆者もどうしてもこの恋にはやや売名の匂いを感じてしまう。売り出し中のグラドルと、本業ではブレイクしないままプライベートのすったもんだで名前と顔だけ売れた俳優。どちらかと言えば、グラドル側が、この交際をネタにしてステップアップを目論んでいるのでは……と見てしまうのはむべなるかな。だが、前妻が矢口であることからもわかるように、きっと中村は<気立てのいい普通の女>なんかにはおそらく興味がないのだろう。どこか危なっかしい危険な女にしか食指が動かないタイプではないだろうか。それならそれで仕方ない。森咲とこのまま再婚とも考えづらく、中村にはいつか『有吉反省会』に出て「私は危険な香りのする女ばかり好きになることを反省しにきました」と反省してほしいものである。 (エリザベス松本)

「小松菜奈は幸福の科学信者」ネットを飛び交う怪情報のウラ事情

 清水富美加の出家騒動で、一時期芸能ニュースを騒がせていた宗教法人「幸福の科学」に関して、小松菜奈への“飛び火”がメディア界隈で話題になっているという。先日は一部週刊誌で、“月9女優”新木優子の信者発覚が取り沙汰されていたが、同じ事務所に所属する小松もまた、ネット上で“信者認定”されつつあるようだ。  発端となったのは、8月発売の「週刊新潮」(新潮社)記事。現在放送中の月9ドラマ『コード・ブルー‐ドクターヘリ緊急救命‐THE THIRD SEASON』(フジテレビ系)に出演中の新木は、幸福の科学信者であり、清水の騒動発生時、所属のスターダストプロモーションに対して、自ら信者であると報告したという。同社・細野義朗社長も「新潮」の取材に対し、新木本人が打ち明けてきたことを認めている。 「さらにこの件を後追いした『東京スポーツ』で、突然小松の名前も浮上したんです。記事では、幸福の科学の広報局による、新木に関するコメントが紹介されており、その流れで“先に小松の守護霊インタビューを収録したところ、新木の守護霊が現れるようになった”などと明かされています」(週刊誌記者)  この報道を受けてか、小松はインスタグラムで「嘘だったり全然事実じゃない事を作られて言われてる事が悔しい」などと思わせぶりな投稿を行っていた。事実確認は取れていないものの、信者であることを否定するかのような書きぶりだ。 「著名人の守護霊を呼び寄せてインタビューするという、幸福の科学総帥・大川隆法氏の『守護霊インタビュー』ですが、小松のインタビューは9月に書籍化され、発売もされています。これは清水の騒動と近い流れで、インスタでの発言も抽象的な言い回しであったことから、一部ネット上では小松を“信者認定”する書き込みが出ている状況です」(同)  この一連の流れについては、ウェブニュースサイト「J‐CAST」で記事化されており、同サイトの取材に、幸福の科学は「小松さんは、まだ21歳と若いものの、映画『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(2016年公開・三木孝浩監督)への出演を境に、かわいさや話題性を超えた変幻自在な表現力・演技力を見せ始めたため、そのカメレオン性・神秘的な魅力の元を探るべく、守護霊インタビューを行いました」などと回答している。 「額面通りに受け取れば、単に幸福の科学が小松を好評価しているだけなのでしょうが、一方で小松が所属するスターダストは、取材に回答していない状況だけに、今後さらに“信者説”が加速してしまうかもしれません」(同)  小松はインスタに「こっちから発信する事も難しい時の方が多いから。でも本当に本当に悲しいんです」とも書き込んでいるが、信者説を否定できない、何かしらの理由が存在するのだろうか。

「いつまでも幸せに暮らしました」幻想には危険がいっぱい~おとぎ話とヒップホップにおける永遠の愛

セレブの離婚ゴシップから来る気づき  今回の記事では「いつまでも幸せに暮らしました」幻想、つまり愛し合う男女のカップルが末永く一緒に暮らすことが幸せなんだ、というファンタジーについて考えたいと思います。  今年の8月10日、アンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットの離婚手続きが保留になっているというゴシップが入ってきました。この噂にそんなに信憑性があるとは思えないのですが、去年の9月にこの二人が離婚手続きの開始を発表した時は、びっくりしたファンが多かったと思います。  実は私はアンジーとブラピが離婚すると聞いてすごく驚いた……のですが、そんなことで驚く自分自身にもかなり驚きました。私は普段ゴシップを追いかけているわけではなく、ブラピとマリオン・コティヤールが不倫しているとかいう噂もどうせ新作の宣伝でしょ、くらいに思っていました。ところがいざ離婚のニュースを聞くと、なんだかショックを受けたのです。  アンジーとブラピは誰が見てもお似合いの美男美女で、才能があり、仕事でもそれぞれ成功していて、完璧なカップルに見えます。ワインを作る葡萄やオリーヴに囲まれたフランスのお屋敷に住んでおり、かわいい子どもが6人います。2006年には、無類の建築マニアであるブラピの誕生日に、アンジーがフランク・ロイド・ライトの伝説的な建築物である落水荘訪問をプレゼントしたそうです。おとぎ話の王子様と王女様かというような暮らしぶりですね。  こういう情報は私が今、記事を書くために調べて知ったのではなく、リアルタイムでニュースを見て知っていたことです。あまりゴシップに興味ない私がこんなことを知っているというのはつまり、どうも無意識にこの2人の話を普段からチェックしていたらしいのです。自分でも気付いていなかったらしいのですが、私にとってアンジーとブラピはワイルドでアーティスティックな理想のカップルだったらしいのですね。  私は子どもの頃から結婚式などに対しては全然、憧れがありませんでした。結婚とか、永遠の愛とかに関する幻想は持っていないつもりだった……のですが、どうもそういうわけではなかったらしいことがアンジーとブラピの離婚のゴシップでわかったのです。よく考えてみると、6人も子どもがいて豪邸に住むなんて願い下げだし(子どもが目の届かないところでどんなイタズラをすることか)、私はお酒が飲めないのでワインの葡萄畑にはあまり住みたくありません。  そんな自分にも「王子様と王女様はいつまでも幸せに暮らしました」的なお話に憧れる幻想があったなんて! うかうか男性のプリンセス願望の記事を書いてはいられません。既に「さよなら、マギー」でも書きましたが、生きていく上で人はいろいろな幻想や思い込みを身につけるものです。一生気付かないこともありますが、ちょっとしたことで幻想の存在に気付くこともあるのです。  一昔前には、こういう幸せなロイヤルカップルというファンタジーは、ディズニー映画などおとぎ話の翻案が担っていたと思いますし、セレブのゴシップもその幻想に寄与していると思います。一方で現実世界ではそういう幸せな男女関係が長くは続かないというのはご存じのとおりです。  1981年に行われたウェールズ公チャールズとダイアナの華やかな結婚式は「フェアリーテール・ウェディング」と呼ばれ、ダイアナはおとぎ話のお姫様のようだと言われましたが、チャールズ(実は彼もブラピ同様建築愛好家です)の不倫による離婚でおとぎ話は終わりを迎えました。現実は、おとぎ話みたいな理想のカップルが永遠の愛で結ばれ、ずっと一緒に暮らす……なんていう甘いものではないのですね。ディズニー映画がどんどん幸せな結婚から多様な人生の描写へ内容をシフトさせていることを考えると、おとぎ話みたいなカップルの幻想はそろそろ賞味期限切れなのでしょう。 改ページ 新しい永遠の愛「ライド・オア・ダイ」  さて、おとぎ話ふうの「ずっと幸せに暮らしました」幻想がだんだん古くさくなっている中、人気を博している「永遠の愛」の表現が「ライド・オア・ダイ・チック」(Ride-or-Die Chick)です。ヒップホップ文化から出てきた表現ですが、それだけにとどまるものではありません。  「ライド・オア・ダイ」は、文字通りにはライド・アウト(ride out)とダイ・トライング(die trying)、つまり乗り越えるか挑戦して死ぬか、という意味です。ライド・オア・ダイ・チックはこうした態度で男を愛する女のことを言います。ライド・オア・ダイ・チックは何があっても無条件で相手の男を愛し、犯罪などの危険なことに携わっているとしても恋人を助け、刑務所に入ったり死んだりするようなリスクも厭いません。似たような表現で「ダウン・アス・ビッチ」(Down Ass Bitch)というのも同じように使われます。  1999年にロックスがラッパーのイヴとコラボして出した「ライド・オア・ダイ、チック」(別名「ライド・オア・ダイ、ビッチ」)、及び2001年から2002年にかけてジャ・ルールがチャーリー・ボルティモアとコラボして出した「ダウン・アス・チック」(別名「ダウン・アス・ビッチ」)という曲は、ライド・オア・ダイの美学を明確に歌い上げたヒップホップとされています(Almeen-Shavers, p. 198)。  セクシーで勇気があり、1人の男に誠実な情熱を捧げるライド・オア・ダイ・チックは、「ヒップホップ世代の理想の女性像」(Lindsey, p. 95)です。こうしたライド・オア・ダイのカップルのアイコンとしては伝説の犯罪者カップル、ボニーとクライドがおり、ヒップホップのラブソングにはしばしばこの2人が登場します(Phillips, et al., p. 270)。  ライド・オア・ダイ・チックはヒップホップ文化から生まれてきた女性像で、激しい人種差別や貧困を背景としているため、フェアリーテール・ウェディングの前に開けている穏やかな生活のヴィジョンとは無縁です。ライド・オア・ダイ・チックと彼女が選ぶ男の前には苦難が待っていますが、この2人は永遠の愛で結ばれ、死ぬまで一緒なので、ある意味では「いつまでも幸せに暮らしました」の変形でもあります。シビアな現実から生まれたのに、妙に理想化された異性愛を描いているのですね。  面白いことに、外から見るとむしろおとぎ話のロイヤルカップルのように見える男女が最近、このライド・オア・ダイという言葉を使って形容されることがあります。例えばビヨンセとジェイ・Zはまさに女王と王というのがふさわしいようなパワーカップルですが、2014年に結婚の誓いを新たにした時「ライド・オア・ダイ」のカップルだと言われました。ちなみにこの二人は「03 ボニー&クライド」という曲で初めて共演しており、この曲もライド・オア・ダイ美学の代表曲と言われています(Pough, p. 189)。  最近はこうしたライド・オア・ダイの理想化がヒップホップの外にまで広がっており、たとえばマルーン5のヴォーカルであるアダム・レヴィーンについて、妻のベハティ・プリンスルーが7月20日に「私のライド・オア・ダイ」だというコメントをつけてインスタグラムに夫の写真をアップしました。アダムとベハティもまるでおとぎ話みたいな美男美女なのですが、ストリート風のワイルドな表現で自分たちの愛を表しています。穏やかな幸せに包まれたフェアリーテール・ウェディングのカップルよりも、トラブルにあっても愛を貫くライド・オア・ダイのほうが、現代のカップルにふさわしいと思われているのかもしれません。 改ページ 人生はおとぎ話みたいにはならない  しかしながら、一見情熱的で男女が助け合う関係を理想としているように見えるライド・オア・ダイの美学には罠がひそんでいます。ヒップホップの文脈におけるライド・オア・ダイ・チックは人種差別への反逆などポジティヴな部分が評価されることもありますが、一方で男性のファンタジーに従属した女性像だと批判されることもあります(Lindsey, p. 92–93)。ライド・オア・ダイ・チックは身も心も1人の男に捧げており、愛情生活以外に選択肢を持っていません。描き方によっては非常に男性に都合の良い女性です。  ライド・オア・ダイ・チックは映画にもよく登場するステレオタイプで、『スーイサイド・スクワッド』のハーレイ・クィン(マーゴット・ロビー)や『ワイルド・スピード』シリーズのレティ(ミシェル・ロドリゲス)の名前がよくあげられます。最近公開されたエドガー・ライト監督の映画『ベイビー・ドライバー』に出てくるデボラ(リリー・ジェームズ)なんかはこの典型例で、作中でボニーに喩えられたりもします。デボラは会ったばかりのベイビー(アンセル・エルゴート)を愛し、目の前で人を殺したベイビーにひるまずついていき(車に乗るのが大きなモチーフの映画なので、まさにライド・オア・ダイです)、一緒に警察から逃げようとします。ベイビーが収監されると律儀に出所を待ち続けます。物凄くステレオタイプなライド・オア・ダイ・チックですね。  新しい「永遠の愛」像を提示しているように見えるライド・オア・ダイのカップル像ですが、結局は女性が男性に全身全霊で尽くすという、昔ながらの異性愛に関する社会的規範に従っているところがあります。女性向けのデートアドバイス記事などでは、永遠の愛の幻想に目がくらみ、トラブルに巻き込まれて人生を台無しにすることがないよう、ライド・オア・ダイ・チックになるのはやめましょうという内容のコラムなども時々見受けられます。  私は思わぬところでおとぎ話風の理想のカップルに憧れていたことがわかりましたが、それがわかった今、これからはうっかり別の理想を求めてライド・オア・ダイ・チックになったりしないよう、気をつけようと思います。皆さんの中にもおとぎ話のカップルや、ライド・オア・ダイへの憧れがあったりしますか? もしそうなら、ディズニーや『ワイルド・スピード』を見て楽しむ程度にしておいたほうがいいかもしれません。実際の人生はそうはうまくいかないものですから……。 参考文献 ※英語記事からの日本語訳は全て拙訳です。 Antwanisha Alameen-Shavers, ‘The “Down Ass Bitch” in the Reality Television Show Love and Hip Hop: The Image of the Enduring Black Woman and Her Unwavering Support of the Black Man’, Donnetrice C. Allison, ed., Black Women’s Portrayals on Reality Television: The New Sapphire (Rowman & Littlefield, 2016), 191–212. Lindsey, Treva B., ‘If You Look in My Life: Love, Hip-Hop Soul, and Contemporary African American Womanhood’, African American Review 46.1 (2013): 87–99. Layli Phillips, Kerri Reddick-Morgan, and Dionne Patricia Stephens, ‘Oppositional Consciousness within an Oppositional Realm: The Case of Feminism and Womanism in Rap and Hip Hop, 1976-2004’, The Journal of African American History 90. 3 (2005): 253–277. Gwendolyn D. Pough, Check it While I Wreck it: Black Womanhood, Hip-hop Culture, and the Public Sphere (Norther University Press, 2004).

「いつまでも幸せに暮らしました」幻想には危険がいっぱい~おとぎ話とヒップホップにおける永遠の愛

セレブの離婚ゴシップから来る気づき  今回の記事では「いつまでも幸せに暮らしました」幻想、つまり愛し合う男女のカップルが末永く一緒に暮らすことが幸せなんだ、というファンタジーについて考えたいと思います。  今年の8月10日、アンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットの離婚手続きが保留になっているというゴシップが入ってきました。この噂にそんなに信憑性があるとは思えないのですが、去年の9月にこの二人が離婚手続きの開始を発表した時は、びっくりしたファンが多かったと思います。  実は私はアンジーとブラピが離婚すると聞いてすごく驚いた……のですが、そんなことで驚く自分自身にもかなり驚きました。私は普段ゴシップを追いかけているわけではなく、ブラピとマリオン・コティヤールが不倫しているとかいう噂もどうせ新作の宣伝でしょ、くらいに思っていました。ところがいざ離婚のニュースを聞くと、なんだかショックを受けたのです。  アンジーとブラピは誰が見てもお似合いの美男美女で、才能があり、仕事でもそれぞれ成功していて、完璧なカップルに見えます。ワインを作る葡萄やオリーヴに囲まれたフランスのお屋敷に住んでおり、かわいい子どもが6人います。2006年には、無類の建築マニアであるブラピの誕生日に、アンジーがフランク・ロイド・ライトの伝説的な建築物である落水荘訪問をプレゼントしたそうです。おとぎ話の王子様と王女様かというような暮らしぶりですね。  こういう情報は私が今、記事を書くために調べて知ったのではなく、リアルタイムでニュースを見て知っていたことです。あまりゴシップに興味ない私がこんなことを知っているというのはつまり、どうも無意識にこの2人の話を普段からチェックしていたらしいのです。自分でも気付いていなかったらしいのですが、私にとってアンジーとブラピはワイルドでアーティスティックな理想のカップルだったらしいのですね。  私は子どもの頃から結婚式などに対しては全然、憧れがありませんでした。結婚とか、永遠の愛とかに関する幻想は持っていないつもりだった……のですが、どうもそういうわけではなかったらしいことがアンジーとブラピの離婚のゴシップでわかったのです。よく考えてみると、6人も子どもがいて豪邸に住むなんて願い下げだし(子どもが目の届かないところでどんなイタズラをすることか)、私はお酒が飲めないのでワインの葡萄畑にはあまり住みたくありません。  そんな自分にも「王子様と王女様はいつまでも幸せに暮らしました」的なお話に憧れる幻想があったなんて! うかうか男性のプリンセス願望の記事を書いてはいられません。既に「さよなら、マギー」でも書きましたが、生きていく上で人はいろいろな幻想や思い込みを身につけるものです。一生気付かないこともありますが、ちょっとしたことで幻想の存在に気付くこともあるのです。  一昔前には、こういう幸せなロイヤルカップルというファンタジーは、ディズニー映画などおとぎ話の翻案が担っていたと思いますし、セレブのゴシップもその幻想に寄与していると思います。一方で現実世界ではそういう幸せな男女関係が長くは続かないというのはご存じのとおりです。  1981年に行われたウェールズ公チャールズとダイアナの華やかな結婚式は「フェアリーテール・ウェディング」と呼ばれ、ダイアナはおとぎ話のお姫様のようだと言われましたが、チャールズ(実は彼もブラピ同様建築愛好家です)の不倫による離婚でおとぎ話は終わりを迎えました。現実は、おとぎ話みたいな理想のカップルが永遠の愛で結ばれ、ずっと一緒に暮らす……なんていう甘いものではないのですね。ディズニー映画がどんどん幸せな結婚から多様な人生の描写へ内容をシフトさせていることを考えると、おとぎ話みたいなカップルの幻想はそろそろ賞味期限切れなのでしょう。 改ページ 新しい永遠の愛「ライド・オア・ダイ」  さて、おとぎ話ふうの「ずっと幸せに暮らしました」幻想がだんだん古くさくなっている中、人気を博している「永遠の愛」の表現が「ライド・オア・ダイ・チック」(Ride-or-Die Chick)です。ヒップホップ文化から出てきた表現ですが、それだけにとどまるものではありません。  「ライド・オア・ダイ」は、文字通りにはライド・アウト(ride out)とダイ・トライング(die trying)、つまり乗り越えるか挑戦して死ぬか、という意味です。ライド・オア・ダイ・チックはこうした態度で男を愛する女のことを言います。ライド・オア・ダイ・チックは何があっても無条件で相手の男を愛し、犯罪などの危険なことに携わっているとしても恋人を助け、刑務所に入ったり死んだりするようなリスクも厭いません。似たような表現で「ダウン・アス・ビッチ」(Down Ass Bitch)というのも同じように使われます。  1999年にロックスがラッパーのイヴとコラボして出した「ライド・オア・ダイ、チック」(別名「ライド・オア・ダイ、ビッチ」)、及び2001年から2002年にかけてジャ・ルールがチャーリー・ボルティモアとコラボして出した「ダウン・アス・チック」(別名「ダウン・アス・ビッチ」)という曲は、ライド・オア・ダイの美学を明確に歌い上げたヒップホップとされています(Almeen-Shavers, p. 198)。  セクシーで勇気があり、1人の男に誠実な情熱を捧げるライド・オア・ダイ・チックは、「ヒップホップ世代の理想の女性像」(Lindsey, p. 95)です。こうしたライド・オア・ダイのカップルのアイコンとしては伝説の犯罪者カップル、ボニーとクライドがおり、ヒップホップのラブソングにはしばしばこの2人が登場します(Phillips, et al., p. 270)。  ライド・オア・ダイ・チックはヒップホップ文化から生まれてきた女性像で、激しい人種差別や貧困を背景としているため、フェアリーテール・ウェディングの前に開けている穏やかな生活のヴィジョンとは無縁です。ライド・オア・ダイ・チックと彼女が選ぶ男の前には苦難が待っていますが、この2人は永遠の愛で結ばれ、死ぬまで一緒なので、ある意味では「いつまでも幸せに暮らしました」の変形でもあります。シビアな現実から生まれたのに、妙に理想化された異性愛を描いているのですね。  面白いことに、外から見るとむしろおとぎ話のロイヤルカップルのように見える男女が最近、このライド・オア・ダイという言葉を使って形容されることがあります。例えばビヨンセとジェイ・Zはまさに女王と王というのがふさわしいようなパワーカップルですが、2014年に結婚の誓いを新たにした時「ライド・オア・ダイ」のカップルだと言われました。ちなみにこの二人は「03 ボニー&クライド」という曲で初めて共演しており、この曲もライド・オア・ダイ美学の代表曲と言われています(Pough, p. 189)。  最近はこうしたライド・オア・ダイの理想化がヒップホップの外にまで広がっており、たとえばマルーン5のヴォーカルであるアダム・レヴィーンについて、妻のベハティ・プリンスルーが7月20日に「私のライド・オア・ダイ」だというコメントをつけてインスタグラムに夫の写真をアップしました。アダムとベハティもまるでおとぎ話みたいな美男美女なのですが、ストリート風のワイルドな表現で自分たちの愛を表しています。穏やかな幸せに包まれたフェアリーテール・ウェディングのカップルよりも、トラブルにあっても愛を貫くライド・オア・ダイのほうが、現代のカップルにふさわしいと思われているのかもしれません。 改ページ 人生はおとぎ話みたいにはならない  しかしながら、一見情熱的で男女が助け合う関係を理想としているように見えるライド・オア・ダイの美学には罠がひそんでいます。ヒップホップの文脈におけるライド・オア・ダイ・チックは人種差別への反逆などポジティヴな部分が評価されることもありますが、一方で男性のファンタジーに従属した女性像だと批判されることもあります(Lindsey, p. 92–93)。ライド・オア・ダイ・チックは身も心も1人の男に捧げており、愛情生活以外に選択肢を持っていません。描き方によっては非常に男性に都合の良い女性です。  ライド・オア・ダイ・チックは映画にもよく登場するステレオタイプで、『スーイサイド・スクワッド』のハーレイ・クィン(マーゴット・ロビー)や『ワイルド・スピード』シリーズのレティ(ミシェル・ロドリゲス)の名前がよくあげられます。最近公開されたエドガー・ライト監督の映画『ベイビー・ドライバー』に出てくるデボラ(リリー・ジェームズ)なんかはこの典型例で、作中でボニーに喩えられたりもします。デボラは会ったばかりのベイビー(アンセル・エルゴート)を愛し、目の前で人を殺したベイビーにひるまずついていき(車に乗るのが大きなモチーフの映画なので、まさにライド・オア・ダイです)、一緒に警察から逃げようとします。ベイビーが収監されると律儀に出所を待ち続けます。物凄くステレオタイプなライド・オア・ダイ・チックですね。  新しい「永遠の愛」像を提示しているように見えるライド・オア・ダイのカップル像ですが、結局は女性が男性に全身全霊で尽くすという、昔ながらの異性愛に関する社会的規範に従っているところがあります。女性向けのデートアドバイス記事などでは、永遠の愛の幻想に目がくらみ、トラブルに巻き込まれて人生を台無しにすることがないよう、ライド・オア・ダイ・チックになるのはやめましょうという内容のコラムなども時々見受けられます。  私は思わぬところでおとぎ話風の理想のカップルに憧れていたことがわかりましたが、それがわかった今、これからはうっかり別の理想を求めてライド・オア・ダイ・チックになったりしないよう、気をつけようと思います。皆さんの中にもおとぎ話のカップルや、ライド・オア・ダイへの憧れがあったりしますか? もしそうなら、ディズニーや『ワイルド・スピード』を見て楽しむ程度にしておいたほうがいいかもしれません。実際の人生はそうはうまくいかないものですから……。 参考文献 ※英語記事からの日本語訳は全て拙訳です。 Antwanisha Alameen-Shavers, ‘The “Down Ass Bitch” in the Reality Television Show Love and Hip Hop: The Image of the Enduring Black Woman and Her Unwavering Support of the Black Man’, Donnetrice C. Allison, ed., Black Women’s Portrayals on Reality Television: The New Sapphire (Rowman & Littlefield, 2016), 191–212. Lindsey, Treva B., ‘If You Look in My Life: Love, Hip-Hop Soul, and Contemporary African American Womanhood’, African American Review 46.1 (2013): 87–99. Layli Phillips, Kerri Reddick-Morgan, and Dionne Patricia Stephens, ‘Oppositional Consciousness within an Oppositional Realm: The Case of Feminism and Womanism in Rap and Hip Hop, 1976-2004’, The Journal of African American History 90. 3 (2005): 253–277. Gwendolyn D. Pough, Check it While I Wreck it: Black Womanhood, Hip-hop Culture, and the Public Sphere (Norther University Press, 2004).

女ひとり家を買うために活動してきた女性たちを、同じくシングルの女性専門家はどう見ているか?

 2017年から”家を買い隊”による家探しリポートをお伝えしてきた当連載。先月までの数回にわたりメンバーの現状をお伝えしました。それぞれがみずからの「家を買いたい」気持ちに向き合い、決断を下し、具体的な行動を始めたところで、この連載は一旦おしまいとします。 “家を買い隊”メンバーは、家を売りに出して購入の資金を調達すると決めた人、新たなパートナーと出会いふたりで家の購入を考え始めた人と、さまざまな状況にあります。具体的な家の売却や購入を決断した人には納得いくまで時間をかけていただき、また大きな変化がありましたら「wezzy」でお知らせします。  さて、ラスト2回は連載を結ぶにあたり、アドバイザーのさくら事務所代表取締役社長、大西倫加さんにお話をうかがいます。ずっと本連載の経過を見てきた大西さん。彼女の目には”家を買い隊“のメンバーが下した決断はどう映ったのでしょうか? 【プロフィール】 大西倫加 株式会社さくら事務所、代表取締役社長。広告・マーケティング会社などを経て、2004年さくら事務所参画。同社で 広報室を立ち上げ、マーケティングPR全般を行う。2011年取締役に就任し、 経営企画を担当。2013年1月に代表取締役就任。2008年にはNPO法人 日本ホームインスペクターズ協会の設立から携わり、同協会理事に就任。マーケティングPR全般を担当する。不動産・建築業界を専門とするPRコンサルティング、書籍企画・ライティングなども行っており、執筆協力・出版や講演多数。 不動産市場の時間軸と、人生の時間軸 ーー最初のレクチャーで、2017年は都心の住宅価格が天井と知らされたので、正直「いまは買い時ではない」と感じてメンバーのモチベーションが落ちてしまうかもしれないと心配しましたが、意外とみなさん市場は市場と割り切って活動されていました。 ▼“家を買い隊”キックオフのレクチャーはこちら! 住宅価格はいまが天井!? 2017年、シングル女性がマンション購入を本気で考えたほうがいい理由 大西倫加さん(以下、大西):この連載で感銘を受けたのが、みなさん自分のなかにしっかりとした判断基準を持っていらっしゃることです。普段から仕事や人生に自分の責任で向き合っていらっしゃる方々だからでしょうね。いまはまだ住宅が高騰傾向にあり、今後、数年で下落するという予測をレクチャーで知ったとしても、それを踏まえたうえで「それでも家を買う」のか、「経済的な合理性を考えて、いまは買わない」のか……みなさんしっかり判断されていますよね。実はそれは、とてもむずかしいことなんです。特に家族がいると「自分がどうしたいか」をはっきりとさせずに家を購入してしまうことも、よくありますから。 ーー家族それぞれの思惑がかけ離れていると、やっかいですよね。その点“女ひとり”だと、自分にとってのタイミングを自分で判断できますね。たとえば不動産市場にとっての3、4年は近い未来ですが、30代の女性にとっての3、4年は非常に貴重で大きな意味を持つ期間。ですからかえって、自分の仕事の状況やタイミングを見て「いましかない」という決断がしやすいのかもしれません。 大西:そうですね。ローンのことをいえば、年齢が上がるほど審査が通りにくくなる傾向もあります。マクロ環境で見れば2017年は不動産価格が天井傾向で、買い時というよりは売り時といえるかもしれませんが、個別のケースを考えればすべてのエリアが高騰しているとはいえません。またローンを組んで家を買う方には、金利が低いという追い風もあります。先々を考えると、価格が下がってきたときにはライバルが増える可能性もある。 ーー将来、不動産価格が下がるとして、どれだけ下がるかは未知数ですよね。たとえば購入を3年待って賃貸で過ごすとしたら、その期間の賃貸料を支払うわけですし、待っているあいだトータルでかかる出費以上に不動産の購入価格が下がる保証はない……。 大西:経済的合理性のみを考えていると、なかなか家を買えなくなってしまいますよね。家が欲しい人は、快適な環境や精神的安定を求めていることが多いものです。いつか絶対に買いたいと決めているのなら、市場がどうであろうと自分のタイミングで買ってしまえばいいのだと思います。もちろん、後々売りやすい家であったり、また長く住める家であったりといった長期的な視点は必要ですが。 ーー今後日本の人口が減り、不動産価格が上がりにくい世の中になっていくといわれていますが、だからといって一生賃貸という暮らし方にはなじまないタイプの人もいますよね。住環境にこだわる方だったり、歳をとったら住み慣れた街や家から動きたくないという方だったり。 地域のコミュニティという財産 大西:賃貸住宅と分譲住宅のスペックに大きな違いがあることは、分譲を選ぶ大きな理由になるでしょう。賃貸では空間を細切れにしてたくさん住戸数をつくったほうがオーナーの利回りが高くなるので、狭く設備投資も小さい家になりがちです。ですから同じ月々の支払額でも、分譲のほうがよい住環境に住めることがほとんど。また、私は家を購入する一番のメリットは、コミュニティの構築かもしれないと思うのです。ご近所さんであったり、同じマンションの住人であったりが、協力してよりよい住環境をつくり、お互いを見守りあう関係ができれば、高齢化が進む社会のなかで大きな財産になるのではないでしょうか。 ーー家を持つことのメリットはいろいろありますね。そこで立ち入ったことをおうかがいするのですが、大西さんご自身の住まいはどんな選択をされたのでしょうか。ちょうど大西さんも“女ひとり、家を買う”の読者と同じようにシングルでいらっしゃいますね。 大西:実は私自身は、家を持っていません。その時々の状況にあった家に住みたい、頻繁に環境を変えたいタイプなので、身軽さを重視しています。いまは仕事が忙しいので職住近接の環境にしていますね。 ーー賃貸だとライフスタイルの変化にフレキシブルに対応できるところがよいですよね。ただ、ずっと賃貸だと生涯の住宅出費をトータルで考えた場合、分譲よりも高くなるのが心配です。 改ページ 大西:確かに賃貸の方が割高かもしれませんが、一方で管理費も修繕費もかからないメリットがあります。これが分譲物件だと、築年数が古くなってくるごとに修繕費が嵩んできますから。ローン以外の出費もあらかじめ把握しておきたいところです。 ーーこれから日本の人口が減り、空き家が増えてくると賃貸価格が下がってくる可能性もありそうです。 大西:賃料は分譲価格に比べると市場の影響をダイレクトには受けにくく、短期間で大きく変動しない傾向はありますが、需要の少ない地方などでは、徐々に下がってくるでしょうね。 ーー人口が激減したり、また政策によって都市の範囲を小さくしようといわれていたり、近い将来、日本の不動産市場は大きく変わりそうです。そういった将来を身軽に渡っていくために「いまは賃貸」という選択肢もありますね。 大西:はい。最初の話に戻りますが、ご自身のライフスタイルと照らし合わせて決めることが大切です。 *   *   * 「女ひとり、家を買う。」に登場する女性たちの決断力に感銘を受けたという大西さん。しかし、リポートを読みながら、今後家を購入するうえで、もっと意識してほしい点も見えてきたといいます。それが「ストックとしての住宅の価値」だそう。ストック(在庫、たくわえ)としての住宅とは? 後編で詳しくうかがっていきます。 協力:onnnaiekau_20e (蜂谷智子) backno.

授乳中のおっぱい丸出しに真逆の反応をする夫たち~熊田曜子は「女らしくして」金田朋子は「母親として頑張っている」

 9月6日放送の『ノンストップ!』(フジテレビ系)に、声優の金田朋子(44)と夫で俳優の森渉(34)が出演。6月に第1子となる女児を授かった夫婦が、子育ての様子を明かした。  金田はもともと家事がまったくできなかったため、そのほとんどを森がやっていたそうで、急に子育てをすることになってかなり苦戦しているという。子育てに関してもやはり森のほうが圧倒的に上手く、金田は抱っこすらも下手とのこと。  終始、困ってばかりの金田は、お風呂上りには娘にばかりに気を取られて、自分はパンツを履くことすら忘れるほど。後に少しちびってズボンが濡れることで、パンツを履いていないことを思い出すような状況だという。森は「(母親としての)自覚はあるんですけど、度を越して不器用なところがあるので、母親としては頑張っているけど人間としてはマズい状況です」と説明していた。  そんな金田は、娘の面倒をひとりで見る時は、すぐに授乳できるようパンツ一丁でいることを告白。また、以前娘がソファから落ちてしまったことがトラウマになり、一時も目を離さなくなったそうで、森が仕事場から帰って来るまで、金田はトイレも行かず、何も食べていない状況だそう。  金田の行動は驚くべきもののように番組では取り上げられていたが、ネット上では共感の声が続出し「1人目の時はこうなるよ。泣かせちゃいけないと思って必死だった」「私も授乳ブラと短パンだけで過ごしたことがある」「大変だけど頑張ってほしい」「多くの旦那は冷めるみたいだけど『頑張ってる』って評価してくれてるのすごく良い」と好意的なコメントが溢れている。  金田のように、授乳中の母親が家の中ではおっぱい丸出しで生活するケースは他にも例がある。2016年3月放送の『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)では、熊田曜子(35)が育児に手一杯でよくおっぱいを丸出しにしていることがあると夫からクレームの手紙をもらっており、「正直最近、妻のおっぱいを見ても全然テンションが上がりません。もうちょっと女らしくしてください」と言われていた。  これには当時、「お母さんしてる人に“女らしくしろ”ってないわ」「授乳中の妻に女を求める旦那がおかしい」と批判が殺到。親として一緒に育児をしている感覚がない父親は、こうして育児中の妻にも出産前と同様の女像を求め続けるのだろうか。  一方で森&金田夫妻は、金田がレギュラーの仕事に復帰したため、最近は森のほうが育児に時間を割いているような体制となっている。これについて森は8月26日のブログで「『男なんだからお前が働けよ』って思う方もいるでしょう。当たり前です。僕もそう思ってたし、それが男としてのプライドだと思ってました。でも僕はそのプライドを守るよりも、家族の笑顔を守る事を優先させました」「時間の余裕がある僕の方が育児を頑張ってところに行き着いた」「それを許してくれる朋ちゃんにも本当に感謝です」と綴っている。  金田は番組内で「私はおっぱい(母乳を飲ませる)担当」と言っていたが、それだけ森が「自分事」として家事と育児に携わり、何でもしてくれている状況なのだろう。この夫婦は絶妙なバランスで支え合っているようだ。 (ボンゾ)

『めちゃイケ』1ケタ連発&異様な企画垂れ流しも……打ち切れないフジのウラ事情

 フジテレビは9月4日、「10月改編記者発表」を行い、今秋の番組改編の内容を報告。視聴率不振が目立つ『めちゃ×2イケてるッ!』に関しては継続が発表され、その裏には「打ち切りに踏み切れない事情がある」(テレビ局関係者)という。 「フジは9月までに複数の番組を終了させると発表しましたが、『めちゃイケ』は継続が決定したそう。ナインティナインがメイン出演する同番組は、2004年には平均視聴率33.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を叩き出したことがあるものの、近年は1ケタ台を連発しているだけに、常に打ち切りのウワサがつきまとっています」(同)  しかも数字が悪いだけではなく、近頃は番組内容で物議を醸すケースも増えている。直近では、9月2日放送回が“炎上”した。 「この日は、番組のレギュラーメンバーがジャルジャル・後藤淳平の新居をアポなしで訪問。3階建ての一戸建てに『新築祝い』として踏み込み、カレーパーティーを開催、よゐこ・濱口優が新しいラグの上にわざとカレーをこぼすなどして、メンバーの笑いを誘いました。しかし、ネットユーザーからは『こんなイジメみたいな企画、フジは本当にウケると思ってやってるの?』『食べ物で遊ぶのも不快』といった批判が噴出したんです」(芸能ライター)  また、最近はこうした企画内容の問題だけでなく、製作サイドの質が問われる事案も多発。 「2月に放送された男性アイドルの運動会企画では、セットのあらゆる箇所にモザイク処理が施されており、ネットをザワつかせました。岡村が持っていたフリップにもモザイクがかけられていたのですが、前日に放送されていた宣伝映像にはモザイクがなく、そこには『ドキッ! ジャニーズ以外だらけの大運動会』と書かれていたので、製作側がジャニーズ事務所の許可を得ずに“ジャニーズ”の名前を使い、放送直前になって問題視された結果、モザイク処理をしたものとみられます」(前出・関係者)  さらに、7月22日に放送された「フジお笑いロックフェスティバル」という企画は、「2015年の『27時間テレビ』内で放送された内容をそのまま流したようなもので、ネット上には『なんで再放送を新作みたいに流してるの?』と混乱が広がっていた」(同)という。  こうした惨状が続いている『めちゃイケ』だが、9月の改編を乗り切ったどころか、来年の4月以降も継続されそうだという。 「フジは14年に、ご長寿番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』を終わらせた結果、さらなる逆境に陥ってしまった。そこで改編すること自体を恐れ、守りに入ってしまい、『めちゃイケ』を打ち切れないようなんです。基本的に、どの局でも番組が終わる時は、代わりとなる番組が用意できてからなので、それがない間は惰性で番組が続いていく。現在のフジは、そんなバラエティ番組だらけになってしまっているのかもしれません」(同)  フジの不調が続くうちは、『めちゃイケ』も終わらないということか。

広末涼子「妊娠しなければ仕事を辞められないと」 武井咲報道に見る売れっ子女優の自由と権利

 9月1日に発表された、女優の武井咲(23)と「EXILE」のTAKAHIRO(32)の結婚、および妊娠。武井は女優として3クール連続でドラマ主演しているだけでなく、数々の企業・商品のイメージキャラクターとしてCM契約を結んでおり、先々まで出演ドラマや映画の撮影スケジュールが埋まっていた。それゆえに、この決断を「無責任」「非常識」と謗る声があちこちに書き込まれていた。なぜこの多忙な、注目度の高い時期に、出産という選択で一時的にしろ仕事に穴をあけるのか……ということだ。  しかし彼女は10代後半から何年間も、一般的には考えられないほど働きづめだったと考えられる。まして常に衆目にさらされる職業だ。主演ドラマが続けばそれだけ長期間、その一挙手一投足は注目を浴び続ける。仕事のための拘束時間も長いだろう。年内は撮影を続け、来春に出産、7月クールか10月クールにはテレビドラマに復帰する予定と見られているが、それでも休業期間は一年に満たない。向こう何年もスケジュールは決まっていたというから、産後、再びすさまじい仕事量をこなす日々に戻るのだろうか。  今回の結婚騒動(騒いでいるのは当事者ではなくマスコミだが)で、14年前の騒動を連想した。女優・広末涼子(37)の結婚と妊娠・出産だ。  1996年に大ブレイクした広末は、アイドル女優・歌手として快進撃を続けた。しかし98年に早稲田大学教育学部に入学してから、悪い噂も流されるようになり、01年5月にフランス映画『WASABI』会見で号泣して“情緒不安定”と書かれ、新作CMの撮影をキャンセル、同年夏放送の主演連続ドラマ『できちゃった結婚』(フジテレビ系)撮影中に“奇行”報道が相次ぎ、“プッツン女優”のレッテルまで貼られた。そして03年10月に「女優業に専念」するとして大学を退学、12月にモデルの男性との結婚および妊娠を発表して2年間の休業に入った。  当時のことを広末は、雑誌のロングインタビューで振り返っている(「FRaU」2016年7月号/講談社)。 「ホントに、仕事を辞めたくて仕方なかったです。もちろん結婚なんて許されない時だったので、そこへの反発は大きかったし、正直、確信犯ですよね。出来ちゃった結婚だといわれたけど、そうじゃないと結婚なんて出来ない状況だった」  98年から03年までの広末涼子は走り続けていた。メインキャストで出演する連続ドラマを年に2本のペースで撮り続け、ナショナルクライアントのCM契約も多数。テレビをつけて広末涼子を見ない日はなかっただろう。その日々の中で、本来の自分とは異なる人格を作り上げられてしまうこと、ありもしないスキャンダルを書き立てられること、フランスでの映画撮影で気づいた日本芸能界の閉鎖性、海外エージェントとの違いや矛盾(会見で泣いたのはこのためだった)……様々な要因が重なり、「遅い反抗期」を迎え、彼女は自ら「結婚」という選択で一時停止したのだという。23歳のときだった。  もちろん武井咲のケースと広末のケースは違う。武井はかねてより早婚願望を隠さず、周囲がどのようであっても自分の人生計画は曲げないという信念を持っていたように見える。反抗期という意味合いはそこにはなさそうだ。一方で、広末が言うような「そうじゃないと結婚なんて出来ない状況」は、両者に共通していたのではないだろうか。  武井咲の場合も、数年先まで仕事の予定が埋まり、「結婚にちょうどいいタイミング」を選べる状況ではなかった。また、武井が数々の企業・商品のイメージキャラクターとしてCM契約を結んでいること、先々まで出演ドラマや映画の撮影スケジュールが埋まっていたことから、「事務所はクライアントなど関係各方面へお詫び行脚」「損害賠償10億」といったマスコミ報道が多くあった。  実際には、この結婚・妊娠による撮影スケジュールの調整こそあれ降板の可能性は低く、「損害賠償10億」もただの憶測に過ぎず、支払う義務がないどころか誰も請求などしていない。9月7日、日本エンターテイナーライツ協会(ERA)が、「武井咲さんの10億円の違約金報道について」と題する声明を発表。ERAはこうした大々的な報道が「多くの視聴者、読者を誤解させる」こと、そして「タレントたちに対して不当な圧力を与え、結婚、妊娠を始めとする人間として大切な自由と権利を不当に制限する原因となりかねない」との認識を示している。  損害賠償は発生しないが、しかしタレント側は「いま、結婚は認めてもらえない」という圧力をしばしば感じているのではないか。ただ、それでも強行突破してしまえば案外大丈夫なのだ。今、広末涼子は三児の母であり、正統派トップ女優でもあり、広告契約もあるメインストリームの芸能人として活躍している。武井もおそらく、そうなっていくだろう。不安を煽ることはない。