奇習!義父たちが“生娘の初夜権”を巡って…! ねじれた処女信仰が引き起こした岐阜の惨劇

【日本奇習紀行シリーズ】 岐阜県北東部
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※イメージ画像:Thinkstockより
 今でも、いわゆる「処女信仰」のようなものは存在している。だが、かつて日本では、そうした信仰があまりに強烈に働き、その結果、なんとも奇妙にねじれた形で儀式として成立した時代も存在していたという。岐阜県の北東部、飛騨地方に近いある山間の寒村地帯で行われていたその儀式は、まさにそうした「ねじれた処女信仰」を物語る奇習のひとつだ。 「あれは私が20歳くらいの頃でしたかね…。今となってみれば、あれが本当に起きた出来事なのかすら、曖昧ですよ。いや、記憶違いであって欲しいものです」  今回、我々の取材に答えてくれたのは、現在、名古屋市内の特別養護老人ホームで暮らす山川力蔵さん(仮名・89)。彼は今を遡ること約70年前の1940年代半ば、自身の生まれ育った岐阜の寒村で目撃したある悲劇が、未だに忘れることができないでいるという。 「もともと私の生まれた村ではね、結婚前の娘がね、嫁ぎ先にいる義理の親兄弟に抱かれるという風習があったんですよ。要は一緒になる男よりも先に、その家の義父やら義兄弟やらに抱かれるっていう。けれども、あるとき、それをどうしても受け入れられないっていう若い男女がいましてね、それで事件が起きたんです」  山川さんの話をまとめると、どうやらその村には、いわゆる「初夜権」を巡る儀式が存在していたようだ。だが、ある若いカップルが、そのおかしな風習がどうしても納得できずに、村のしきたりに「反抗」したのだという。とはいえ、まだまだ時代は閉鎖的な時代。そうした思いが受け入れられるはずもなく、彼らはついに駆け落ちを決意する。しかし、それが悲劇の始まりだった。
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※イメージ画像:『駆込寺と村社会』(吉川弘文館)
「ある晩ね、駆け落ちをしようとしたわけなんだけども、なにせ狭い村でしょう? すぐに勘付かれて、捕まってしまったんですよ。するとね、見せしめっていうのですかね、村人の前に連れ出された彼らはね、晒し者になるっていうことになったんです。まずね、生娘だったその若い娘が、男たちにかわるがわる犯された。それも、新郎になる男の前でね」  村の寄合所に連行された彼らのうち、男は手足を拘束させられた状態で、自分の愛する女性が無造作に輪姦され続けるのを見せつけられたという。それは夜通し続いたが、当然のことながら、そうした姿を直視できない彼は、思わず何度も目を閉じてしまう。だが、それを許さない村人たちは、その瞼を強引に見開かせて直視するように仕向け、それでも瞼を閉じようとすると、小刀で彼の瞼を切り落としてまで、その輪姦シーンを見せようとしたのだという。 「あれは本当に気の毒な姿でしたね…。結局、朝まで続けられて、それが終わるとふたりはその場に置き去りにされたんですが、それから三日もしないうちに、彼らの土左衛門が川の下流で見つかったそうです。なんともやりきれない気持ちにさせられたものですよ…」  日本とそこに暮らす我々日本人は、はしばしば「島国文化」「村社会」という性質を持っていると指摘されるが、そうした閉鎖的な社会においては、ルールの遵守というものが強く求められることは、多くの人々が知るところだ。たとえそれがどんなに理不尽なものであったとしても、個々人にとってはそれに抗う術など、無きに等しいものなのかもしれない。 (取材・文=戸叶和男) 戸叶和男の記事一覧はコチラ

障害者の風俗嬢が集まる店の真実! 現代社会の“死んだ風俗”を坂爪真吾が語る!

 かつてはよく目にした性風俗店のギラギラした看板を繁華街で見かけることが少なくなり、それらにとって代わりデリヘルが隆盛の現在。見えにくくなったと言われる風俗であるデリヘルとそこで働く女性たちがどんな生活を送っているのか。そうした問題に、重度身体障がい者に対する射精介助サービスなどを行う一般社団法人「ホワイトハンズ」代表理事の坂爪真吾氏は、福祉の立場からどんな見方をするのか。『性風俗のいびつな現場』(ちくま新書)を出版した同氏に、性風俗の現場や福祉と風俗の関係などについて話を聞いた。
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※イメージ画像:『性風俗のいびつな現場 【Kindle版】』(筑摩書房)
――これまでにもなかなかのぞき知れない性風俗の現場や、そこで働く女性たちを追ったルポルタージュが増産されましたし、社会学者をはじめとする論客による議論が90年代から2000年代にかけて盛んでしたね。 坂爪真吾(以下、坂爪) 90年代からの性風俗についての議論では、売春の合法化や性風俗で働く人たちの尊厳など、風俗を社会的に認めていこうといった動きが盛んだったと記憶しています。  また議論が盛んだったこともさることながら、90年代から00年代初頭までは、電車内での痴漢プレイが楽しめるなどのイメクラや、大型の店舗型風俗店がオープンするなどと、風俗業界自体も熱気に満ち溢れた「黄金時代」でした。  それに対し、現在は、「風俗が死んだあとの世界」ではないかと思いますね。 ――それは街の浄化作戦が行われた結果、店舗型風俗店が激減し、デリヘルなどの無店舗型風俗店が増えた世界ということでしょうか? 坂爪 そうです。1998年の風営法改正でデリヘルの営業が合法化され、素人でも自らの住まいを事務所にし、携帯電話を受付電話の番号とし、警察署に届け出さえすれば、わずか数千円ほどでデリヘルを開業できるほど簡単になりました。またその後、00年代に入ってからのいわゆる浄化作戦により、デリヘルの届出数は約1万8000件(2013年時)と、セブンイレブンの店舗とほぼ同数と激増し、素人でも簡単に開業できるようになったことで、以前のような闇社会の人たちだけでなく、表社会の経営手法で風俗業界に参入した経営者たちもいます。  ですが店舗数が激増したことにより、価格競争が激化し、性風俗の世界にもデフレ化の波が押し寄せ、女性が以前に比べるとあまり稼げない商売になり、かつ働く女性たちは大きなリスクに晒されることにもなりました。 ――彼女たちが晒されているリスクとは具体的にどんなものでしょうか? 坂爪 今回の本の中でも30分3900円という激安価格のデリヘル「サンキューグループ」で働いていた女性を取材しています。サンキューグループの問題点は何点かありますが、まず一部の店舗では激安店にもかかわらず指名料2000円を払っただけで過激なサービスである「生AF(コンドーム未着用での肛門性交)」をオプションとして提供していたことです。しかしこの過激なサービスなどは表向きで、実際には本番行為が許容されていた店舗もあったようです。女性たちは、ただでさえ激安店のため取り分が少ないので、指名料欲しさに本番行為に手を染めていました。  また店舗に待機部屋を設置するとコストがかかるため、ネットカフェや漫画喫茶を待機部屋として利用していました。取材した女性は、パニック障害を患っており、過去にいじめられた経験があるため、他の女性たちと一緒に待機するよりネットカフェでの待機というサンキューの特徴が魅力的だったようです。  ただ、ネットカフェから客のところへ直接行くとなると、管理するスタッフと顔を合わせる場がなく、女性たちは売上金を事務所のポストに投函するか、自らの財布に保管し、後日スタッフに渡すという杜撰というしかない仕組みになっていました。そのため、財布に保管していた自らの売上金を使い込んでしまうトラブルもあったようで、そうなると「店の取り分がない」と責め、長時間働かせることもあったようです。  また、この女性は悲惨な家庭環境で育ち、19歳から風俗や水商売で働き、ある時ホストクラブへの売掛金をためてしまった。ホストやスカウトと、一部のサンキューがグルとなり、女性は売掛金の返済のためサンキューグループで働くようになったそうです。  つまり、ネットカフェでの待機や売上金をポストに投函させたり、女性自らが保管したりホストクラブへの売掛金返済のために店で働かせたりと、金銭管理が苦手な女性に対し意図的に借金を背負わせる仕組みになっていた。さらに、生本番が常態化していた一部の店舗ではピル(経口避妊薬)を服用させず妊娠し、やむを得ず中絶に至ったケースまであります。
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※画像:坂爪真吾氏
――そんな労働環境にもかかわらず彼女たちはなぜ辞めないのでしょうか? 坂爪 まず取材した女性の場合、パニック障害に加え糖尿病を患っており、他の風俗店では面接すら通らない可能性が高い。また、彼女は軽度の知的障害があるように思われました。ですがサンキューならば彼女でも働いてお金を稼ぐことができるんです。 ――他にも他店では不採用となるような「デブ・ブス・ババア」を集めた地雷専門店として有名なデリヘル「鶯谷デッドボール」も取材されていますね。 坂爪 取材までの経緯を話すと、デッドボールで働く女性を描いたフジテレビ制作の『刹那を生きる女たち 最後のセーフティーネット』という番組がFNSドキュメンタリー大賞を受賞し、そこからデッドボール総監督が共著者である『なぜ「地雷専門店」は成功したのか?』(東邦出版)が出版され、業界関係者から好意的に評価されていました。しかし、登場する女性を始め、デッドボールに集まってくる女性たちは、知的障害や精神障害を抱えていることは火を見るよりも明らかでした。  私は障害者の性問題に取り組んでいるNPOの代表として、そうしたデッドボールを持ち上げる風潮にまったく同調できなかったので、同書についてホワイトハンズの発行誌で極めて批判的に書評を書いたんです。そうしたところ、総監督自身から一度見に来てくださいと連絡を受けました。 ――そのような批判的な立場から実際に訪れてみての感想はどうでしたか? 坂爪 雑居ビルの1室が事務所兼待機部屋になっていて、室内にいる女性は肥満体型の方が多く、年齢は30~40代中心といった感じでした。また女性には無償でヘアセットやメイクを施すヘアメイクアーティストまでいました。  そして、わかったのは実際に地雷女性を求めてくる男性客は少数派だということです。 ――ということは普通のデリヘルのような気もします。 坂爪 そうなんです。「地雷専門店」というのは耳目を集めるための看板で、実際は普通の激安デリヘルなんです。いや、むしろ普通の風俗店よりも女性に稼いでもらおうと、専属のヘアメイクアーティストをつけ、獲得指名数に応じて取り分をアップしたり、女性たちのケアをするスタッフを3人雇ったりするなど工夫を凝らしています。また本番行為を求める客がいれば、すぐにスタッフが救出にむかう態勢も整えられていました。 ――ここまでの話を聞くと、困難な状況にある女性たちがやむなく風俗に足を踏み入れた姿が思い浮かびます。こうした状況に対し本書ではどのように対処しようと考えられたのでしょうか? 坂爪 これまで多くの現場を描写しただけのルポがありましたが、そういったものに物足りなさを感じていました。私がいまお話したような風俗の現場や、女性たちのインタビューを通して「こんな悲惨な状況がある」と書くだけでは、読者の興味はそそるかもしれませんが解決には至りません。そこで私は、障害緒者のNPO代表という福祉の立場からこそ見える現場の問題点に対し、何かしらの解決策を提示したつもりです。 【後編へ続く】 (取材=本多カツヒロ)   坂爪真吾(さかつめ・しんご) 1981年新潟市生まれ。東京大学文学部卒。一般社団法人ホワイトハンズ代表理事。 2014年社会貢献者表彰、2015年新潟人間力大賞グランプリ受賞。著書に『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』(小学館)、『はじめての不倫学』(光文社新書)、『男子の貞操』(ちくま新書)がある。

障害者の風俗嬢が集まる店の真実! 現代社会の“死んだ風俗”を坂爪真吾が語る!

 かつてはよく目にした性風俗店のギラギラした看板を繁華街で見かけることが少なくなり、それらにとって代わりデリヘルが隆盛の現在。見えにくくなったと言われる風俗であるデリヘルとそこで働く女性たちがどんな生活を送っているのか。そうした問題に、重度身体障がい者に対する射精介助サービスなどを行う一般社団法人「ホワイトハンズ」代表理事の坂爪真吾氏は、福祉の立場からどんな見方をするのか。『性風俗のいびつな現場』(ちくま新書)を出版した同氏に、性風俗の現場や福祉と風俗の関係などについて話を聞いた。
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※イメージ画像:『性風俗のいびつな現場 【Kindle版】』(筑摩書房)
――これまでにもなかなかのぞき知れない性風俗の現場や、そこで働く女性たちを追ったルポルタージュが増産されましたし、社会学者をはじめとする論客による議論が90年代から2000年代にかけて盛んでしたね。 坂爪真吾(以下、坂爪) 90年代からの性風俗についての議論では、売春の合法化や性風俗で働く人たちの尊厳など、風俗を社会的に認めていこうといった動きが盛んだったと記憶しています。  また議論が盛んだったこともさることながら、90年代から00年代初頭までは、電車内での痴漢プレイが楽しめるなどのイメクラや、大型の店舗型風俗店がオープンするなどと、風俗業界自体も熱気に満ち溢れた「黄金時代」でした。  それに対し、現在は、「風俗が死んだあとの世界」ではないかと思いますね。 ――それは街の浄化作戦が行われた結果、店舗型風俗店が激減し、デリヘルなどの無店舗型風俗店が増えた世界ということでしょうか? 坂爪 そうです。1998年の風営法改正でデリヘルの営業が合法化され、素人でも自らの住まいを事務所にし、携帯電話を受付電話の番号とし、警察署に届け出さえすれば、わずか数千円ほどでデリヘルを開業できるほど簡単になりました。またその後、00年代に入ってからのいわゆる浄化作戦により、デリヘルの届出数は約1万8000件(2013年時)と、セブンイレブンの店舗とほぼ同数と激増し、素人でも簡単に開業できるようになったことで、以前のような闇社会の人たちだけでなく、表社会の経営手法で風俗業界に参入した経営者たちもいます。  ですが店舗数が激増したことにより、価格競争が激化し、性風俗の世界にもデフレ化の波が押し寄せ、女性が以前に比べるとあまり稼げない商売になり、かつ働く女性たちは大きなリスクに晒されることにもなりました。 ――彼女たちが晒されているリスクとは具体的にどんなものでしょうか? 坂爪 今回の本の中でも30分3900円という激安価格のデリヘル「サンキューグループ」で働いていた女性を取材しています。サンキューグループの問題点は何点かありますが、まず一部の店舗では激安店にもかかわらず指名料2000円を払っただけで過激なサービスである「生AF(コンドーム未着用での肛門性交)」をオプションとして提供していたことです。しかしこの過激なサービスなどは表向きで、実際には本番行為が許容されていた店舗もあったようです。女性たちは、ただでさえ激安店のため取り分が少ないので、指名料欲しさに本番行為に手を染めていました。  また店舗に待機部屋を設置するとコストがかかるため、ネットカフェや漫画喫茶を待機部屋として利用していました。取材した女性は、パニック障害を患っており、過去にいじめられた経験があるため、他の女性たちと一緒に待機するよりネットカフェでの待機というサンキューの特徴が魅力的だったようです。  ただ、ネットカフェから客のところへ直接行くとなると、管理するスタッフと顔を合わせる場がなく、女性たちは売上金を事務所のポストに投函するか、自らの財布に保管し、後日スタッフに渡すという杜撰というしかない仕組みになっていました。そのため、財布に保管していた自らの売上金を使い込んでしまうトラブルもあったようで、そうなると「店の取り分がない」と責め、長時間働かせることもあったようです。  また、この女性は悲惨な家庭環境で育ち、19歳から風俗や水商売で働き、ある時ホストクラブへの売掛金をためてしまった。ホストやスカウトと、一部のサンキューがグルとなり、女性は売掛金の返済のためサンキューグループで働くようになったそうです。  つまり、ネットカフェでの待機や売上金をポストに投函させたり、女性自らが保管したりホストクラブへの売掛金返済のために店で働かせたりと、金銭管理が苦手な女性に対し意図的に借金を背負わせる仕組みになっていた。さらに、生本番が常態化していた一部の店舗ではピル(経口避妊薬)を服用させず妊娠し、やむを得ず中絶に至ったケースまであります。
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※画像:坂爪真吾氏
――そんな労働環境にもかかわらず彼女たちはなぜ辞めないのでしょうか? 坂爪 まず取材した女性の場合、パニック障害に加え糖尿病を患っており、他の風俗店では面接すら通らない可能性が高い。また、彼女は軽度の知的障害があるように思われました。ですがサンキューならば彼女でも働いてお金を稼ぐことができるんです。 ――他にも他店では不採用となるような「デブ・ブス・ババア」を集めた地雷専門店として有名なデリヘル「鶯谷デッドボール」も取材されていますね。 坂爪 取材までの経緯を話すと、デッドボールで働く女性を描いたフジテレビ制作の『刹那を生きる女たち 最後のセーフティーネット』という番組がFNSドキュメンタリー大賞を受賞し、そこからデッドボール総監督が共著者である『なぜ「地雷専門店」は成功したのか?』(東邦出版)が出版され、業界関係者から好意的に評価されていました。しかし、登場する女性を始め、デッドボールに集まってくる女性たちは、知的障害や精神障害を抱えていることは火を見るよりも明らかでした。  私は障害者の性問題に取り組んでいるNPOの代表として、そうしたデッドボールを持ち上げる風潮にまったく同調できなかったので、同書についてホワイトハンズの発行誌で極めて批判的に書評を書いたんです。そうしたところ、総監督自身から一度見に来てくださいと連絡を受けました。 ――そのような批判的な立場から実際に訪れてみての感想はどうでしたか? 坂爪 雑居ビルの1室が事務所兼待機部屋になっていて、室内にいる女性は肥満体型の方が多く、年齢は30~40代中心といった感じでした。また女性には無償でヘアセットやメイクを施すヘアメイクアーティストまでいました。  そして、わかったのは実際に地雷女性を求めてくる男性客は少数派だということです。 ――ということは普通のデリヘルのような気もします。 坂爪 そうなんです。「地雷専門店」というのは耳目を集めるための看板で、実際は普通の激安デリヘルなんです。いや、むしろ普通の風俗店よりも女性に稼いでもらおうと、専属のヘアメイクアーティストをつけ、獲得指名数に応じて取り分をアップしたり、女性たちのケアをするスタッフを3人雇ったりするなど工夫を凝らしています。また本番行為を求める客がいれば、すぐにスタッフが救出にむかう態勢も整えられていました。 ――ここまでの話を聞くと、困難な状況にある女性たちがやむなく風俗に足を踏み入れた姿が思い浮かびます。こうした状況に対し本書ではどのように対処しようと考えられたのでしょうか? 坂爪 これまで多くの現場を描写しただけのルポがありましたが、そういったものに物足りなさを感じていました。私がいまお話したような風俗の現場や、女性たちのインタビューを通して「こんな悲惨な状況がある」と書くだけでは、読者の興味はそそるかもしれませんが解決には至りません。そこで私は、障害緒者のNPO代表という福祉の立場からこそ見える現場の問題点に対し、何かしらの解決策を提示したつもりです。 【後編へ続く】 (取材=本多カツヒロ)   坂爪真吾(さかつめ・しんご) 1981年新潟市生まれ。東京大学文学部卒。一般社団法人ホワイトハンズ代表理事。 2014年社会貢献者表彰、2015年新潟人間力大賞グランプリ受賞。著書に『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』(小学館)、『はじめての不倫学』(光文社新書)、『男子の貞操』(ちくま新書)がある。

「国益のために生きろ」の笑止千万!「女子は2人以上出産を」校長を擁護のデヴィ夫人「妻となり子供を産み、母となるのが女性の本能」発言のおかしさ

 過日、大阪市立茨田北中学校の男性校長(61)が、全校集会で「女性にとって最も大切なことは仕事よりも子供を2人以上産むこと」との内容の発言をしたことが大きな議論を生んだ。その後、一般市民からこれを問題視する意見の電話などが市教育委員会や学校にあり、校長は「電話対応などで教員らが忙殺され、業務を停滞させた責任を感じた」などとして辞職したが、あくまでも間違ったことは言っていないと貫き通している。校長の講話は学校HPに全文が掲載されたので以下に引用する。 ___ 今から日本の将来にとって、とても大事な話をします。特に女子の人は、まず顔を上げて良く聴いてください。女性にとって最も大切なことは、こどもを二人以上生むことです。これは仕事でキャリアを積むこと以上に価値があります。 なぜなら、こどもが生まれなくなると、日本の国がなくなってしまうからです。しかも、女性しか、こどもを産むことができません。男性には不可能なことです。 「女性が、こどもを二人以上産み、育て上げると、無料で国立大学の望む学部を能力に応じて入学し、卒業できる権利を与えたら良い」と言った人がいますが、私も賛成です。子育てのあと、大学で学び医師や弁護士、学校の先生、看護師などの専門職に就けば良いのです。子育ては、それ程価値のあることなのです。 もし、体の具合で、こどもに恵まれない人、結婚しない人も、親に恵まれないこどもを里親になって育てることはできます。 次に男子の人も特に良く聴いてください。子育ては、必ず夫婦で助け合いながらするものです。女性だけの仕事ではありません。 人として育ててもらった以上、何らかの形で子育てをすることが、親に対する恩返しです。 子育てをしたら、それで終わりではありません。その後、勉強をいつでも再開できるよう、中学生の間にしっかり勉強しておくことです。少子化を防ぐことは、日本の未来を左右します。 やっぱり結論は、「今しっかり勉強しなさい」ということになります。以上です。 ___  この主張には「全文読めば過激なこと言ってない」「国のためを思うなら正しい」と賛成意見も多く、匿名掲示板だけではなくTwitterやFacebook上でも「正論だ」とコメントするユーザーたちが見られた。一方で否定派の意見も多く書き込まれ、まさしく賛否両論となった。筆者は否定派である。 ◎生き方を強制することは「正論」ではない  まず大前提として、いつ産むか、あるいは産まないかの選択は、当事者にしか出来ないものである。国が滅亡に向かうよりは繁栄するほうが、国民である一個人にとっても生きやすいことは実際そうだろうが、国を維持するための政策をとるのは国家側の仕事であって、「国のために国民が頑張れ」というのは逆だ。人間が国のために生きているのではなく、生きている人間のために国はやらねばならないことを遂行するのだ。  そして、女子生徒に対してのみ「子育てのあと、大学で学び医師や弁護士、学校の先生、看護師などの専門職に就けば良いのです」と進言することも間違っている。今のところ「妊娠・出産」は身体機能的に女性にしかできない行為だが、それを理由にして女性だけが「子育て後に進学し就職する」レールに乗せられれば、大きなハンディキャップを抱えることになる。  男子生徒に「子育ては、必ず夫婦で助け合いながらするものです」と向けるのなら、女性だけが進学や就業の機会を遅らせ、十数年にわたり育児に専念することを想定した校長の発言には矛盾が生じる。産むことは女性にしか出来なくとも、育てることに性別は無関係だからだ。  たとえば産褥期だけ女性が休学・休職し、その後は男性が子育てに専念するパターンも同等にあるべきと考えることはしないのだろうか。女性の生き方“だけ”を制限しようとしている校長の発言はあからさまな性差別であり、性役割を強化しようとする前時代的思想だ。  同時に、男性に対して「妻子を持ち養うこと」を強制し生き方を制限している点も大きな過ちだ。男女どちらに対してであっても、「必ず結婚し子を産み育てよ」と命令してはならない。繰り返すが、国家繁栄のために国民に生き方を強制することは「正論」ではない。 ◎逆張りのデヴィ夫人  校長が上記発言をしたのは2月29日だったが、ちょうど一カ月後の3月29日、インドネシアのスカルノ元大統領第3夫人でタレントのデヴィ夫人(76)が議論に参戦した。デヴィ夫人は、校長が3月末で退職することを受け、「『子供は2人以上出産』発言校長を支持します。」とのタイトルで自身のブログを更新。こちらも全文ではないが引用する。 ___ 女として生まれ、結婚して妻となり、子供を産み、 母となること。これは、女性の本能。 様々な事情はあるでしょうが、これが叶わなかった人が 「仕事が命」とかいろいろ言っているのではないでしょうか。 結婚もせず、妻とならず、母となることもなく、 人生を終える人は不完全燃焼でしょう。 (中略) 女性に生まれたのに、結婚もせず、子供にも 恵まれない人がいる一方で、妻となる喜び、母となり、 子供を育てる幸せは何物にも勝る至福でしょう。 日本は少子化の一途をたどっています。 人口激減は、国の存立問題でしょう。 その為にも、安心して子供を預けられる保育園の 普及が大事です。日本の将来を考えて、 何とか少子化を防ぎたいとの思いの思慮深い 国益を考えての発言だったのではないでしょうか。 ___  「結婚して妻となり、子供を産み、母となること」が女性の本能と言い切ってしまえるのは流石デヴィ夫人といったところだ。都合よく本能論を持ち出すのはいいが、仮にセックスをして妊娠し出産することが本能だとしても、すべての女性が本能のままに生きれば国は繁栄するどころか逆に滅びるのではないだろうか。それとも女性は本能によって、夫となる男性を支え家庭を守り子供の教育に精を出すことまで可能な生物なのだろうか。  こうした一見、女性賛美ともとれるような本能論は、出産や育児を「女性の問題」に押し込め、男性を疎外する点においても害悪だ。いまさら言うまでもないことだが、「結婚して妻となり、子供を産み、母となること」は女性の本能ではないし、「妻となる喜び、母となり、子供を育てる幸せは何物にも勝る至福」でもない。あくまでデヴィ夫人ご自身にとって、それが本能的な行動であり、至福であったのだろう。  ちなみにデヴィ夫人は、不倫バッシングにさらされたベッキーを擁護し「大きなお世話。人の恋路を邪魔する必要は全然ない」と同じくブログ上で発言したが、一方で、2014年に矢口真里が不倫騒動による休業からの復帰を表明した際には、猛烈に反発していた。その際の弁はこれだ。  「彼女が復帰しなければならない意味がわかりません。(芸能界での需要は)皆無だと思います。間男を夫婦の寝室に引き入れ、不倫の現場を夫に発見されて離婚したことを認め、世間に謝罪しなければ、日本の女性は納得しないでしょう」  彼女がベッキーを擁護した論法に則れば、これもまた矢口に対する大きなお世話であり、人の恋路を邪魔する必要は全然ないのでは? ベッキーと矢口の違いといえば、前者が独身で後者が既婚であったことだが、デヴィ夫人としては「独身女性と既婚男性の不倫は自由恋愛であり、既婚女性の不倫はNO」と考えているということだろうか。これまた性差別であるということに気付かないデヴィ夫人は実におめでたい。今回の校長擁護も、お得意の逆張り発言に過ぎない可能性もある。 ◎呼びかけるべきは女性じゃない  それにしても、「国益」を考えて少子化問題解消に意見する人々は、「女性がたくさん産めばOK」というところで思考停止しているように見えてならない。  産めばその後、長い期間をかけて子が大人になるまで育てていかなければいけないのだが、それは現状、各家庭の自助努力によって達成されるべきものとされている。衣食住のみならず十分な教育を与え、できれば大学に進学させ、よく働いて消費もし、また結婚して子をなすような大人に成長させることが、各家庭に求められている。これはまったく本能ごときで達成できるような簡単な命題ではない。出来ないから大勢がやらないのだ。「国益」のために、無理ゲーに挑む民はいない。奴隷ではないのだから。  労働人口が足りない、だから女性を“活躍”させよう。しかし女性が“活躍”すると出産ができず将来的な労働人口がもっと足りなくなる。さあどうしよう、ということなわけだが、女性が働きながら子を産み育てることが「無理難題」ではなくなるよう、ルールや既存の価値観を改正・更新すればいいだけのことである。にもかかわらず、頑なにルール変更を渋り、「無理難題だけど頑張れ」と突きつけている現状を、もっとよく見た方が良い。 (清水美早紀)

V6岡田准一の異常なほどの変貌に衝撃! 近くで見た業界人「昔のイメージとかけ離れていた」

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画像は、『an・an (アン・アン) 2008年 8/27号 岡田准一27歳裸の顔に迫る! 男は顔で選ぶな!』(株式会社マガジンハウス)
 3月15日発売の『フライデー』(講談社)が、V6・岡田准一と女優・宮崎あおいの同棲を報じた。岡田といえば、ジャニーズ事務所に所属するイケメンアイドル達の中で“俳優”としても世間から高い評価を得ており、2015年の「第38回日本アカデミー賞」では主演男優と助演男優で最優秀賞をダブル受賞した。これは過去に例がなく、さらにジャニーズタレントの日本アカデミー賞受賞自体も初めてのこと。ジャニーズの快挙と称賛されたが、一部芸能関係者の間では「岡田は全然ジャニーズらしくない」などと言われているという。 「3月12日に公開した映画『エヴェレスト 神々の山嶺』の記者会見で主演の岡田くんを見ましたが、あまりの筋骨隆々ぶりにとてもアイドルとは思えませんでした。身長はあまり高くないのにゴツいというか、とにかく昔の爽やかで可愛いイメージからはかけ離れていましたね。岡田くんは自分でも公言しているように“格闘技オタク”として有名で、現在も忙しいスケジュールの合間を縫って毎週道場に通い、技を磨いているそうです。それで体が鍛え抜かれているのでしょうけど、異常なほどの変貌に衝撃を受けました」(芸能記者)  岡田は元々趣味で格闘技を始めたが、現在ではフィリピン武術「カリ」やブルース・リーが創始した「ジークンドー」、総合格闘技「修斗」のインストラクター資格を取得。また、バラエティ番組などでは美しい体を作るトレーニング「岡田メソッド」を披露して話題に。普段からストイックに鍛えることでアイドルらしからぬ肉体を作り上げているようだが、ある芸能プロダクション関係者からは次のような証言も。
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画像は、『V6 ピアノコレクション』(ドレミ楽譜出版社)
「岡田は昔と比べてかなり顔つきが変わった。昔は線の細い童顔だったのに対し、今はマッチョ体型に加えて日焼け顔だから、ジャニーズというよりは“アジア系スター俳優”のような感じ。『フライデー』に掲載された写真で岡田が持っていた木刀も、本来ならアイドルとは無縁に思えるが、岡田なら鍛錬のために使っているのだろうと納得できる」  肉体だけでなく、顔つきまでアイドル離れしているという岡田。そんな岡田の同棲報道について、同芸能プロ関係者は、 「そもそも岡田と宮崎の交際は、2011年から報じられていた。当時は宮崎が俳優・高岡奏輔と結婚していたにも関わらず岡田と不倫関係にあったと伝えられ、ネットの批判を浴びたことも。今回の新たな報道では、岡田と宮崎が都内マンションで同棲している様子などが写真掲載され、結婚間近と書かれている。普通、アイドルは結婚してしまうと人気に影響するものだが、岡田の場合はもはやアイドルではなく俳優。不倫スキャンダル時よりもさらに俳優感が増していることで、このタイミングでの結婚は妥当だし問題ないだろう」  と語った。岡田はジャニーズの雰囲気を消し、俳優らしさを外見上でも見事に体現することで、宮崎とのゴールインまでの道筋を作ったとも言えるかもしれない。

高橋ジョージを黙らせた三船美佳の“切り札”とは

 モメにモメていた女優・三船美佳とロックバンド「THE虎舞竜」の高橋ジョージの離婚が3月29日、成立した。昨年1月、三船が離婚と長女(11)の親権を求め提訴。夫のモラルハラスメントを理由に挙げていたが、高橋側は完全否定し、裁判は長期化の様相を呈していた。  同30日発行の「スポーツニッポン」によると、状況が一変したのは、今月15日に行われた6回目の弁論準備手続き。この時、三船側が今まで温存していた膨大な資料を提出したと報じた。内容は不明だが、同紙では離婚問題に詳しい弁護士の話として「このケースでは、夫側に公開で行われる法廷で明らかになっては困る証拠が出てきたことが考えられる。法廷に立つことを避けるため、ここで離婚に同意した方がいいと思ったのではないか」と報じている。  これに高橋はtwitter上で「この記事だけは見過ごせない内容だ。3/15日の時にどちらからも書類提出なんかは無かったし、せっかくの和解に水をさす気か?」と激怒。31日放送のTBS系『白熱ライブ ビビット』でも、「裁判は公開で行うので子供のことなど詳細が明らかになってしまう。それで傷つくのはお子さんでしょ? という裁判官からの和解勧告があったから」と、あくまで裁判所の要請に応じただけであると力説した。  だが、離婚条件を見ると、慰謝料はゼロなものの、争っていた長女の親権は三船。31日発行の「サンケイスポーツ」によると、現時点で高橋が子供と会うことは許されず、三船が年2回、長女のカラー写真を高橋に送るという何とも切ないものだった。ある週刊誌記者は「高橋さんが大幅に譲歩した印象。いや、譲歩せざるを得ない事情があったように思えてしまう」とした上で、次のように証言する。 「高橋さんはモラハラを完全否定しているが、かねて三船さんが証拠の録音テープを持っていると噂されていた。第三者も同席した夫婦の話し合いの席での会話のようです。裁判が長引けば、それを切り札として証拠提出した可能性もあった」  たしかにその音声テープが法廷で流れれば、高橋のイメージダウンは確実。高橋は芸能界でも有数の“地獄耳”で知られ、どこで聞いたのか、清原和博被告の薬物逮捕の舞台裏を得意げに話していたこともある。三船側の秘密兵器を事前に察知し、手を引いたのかもしれない。  同番組で高橋は「美佳さんがイヤだったら、俺は反省するところがある。ただ『あなたのここが悪い』と言ってくれないと……」とグチる場面もあったが、夫にとっては“何でもないようなこと”が妻にとってはモラハラだったというのはよくある話。指摘されて改善するようならば、三船もここまで強硬な態度はとらなかっただろう。

障害者400人が隔離・鎖に繋がれた「呪われた村」! 恐ろしいほど残酷な差別の実態とは?=インドネシア

 今日の日本は、多くの障害者たちがさまざまな分野で活躍する時代になった。まだまだ現状に不備もあるが、福祉や支援のための法律が整備され、彼らの自立と社会経済活動への参加が後押しされている。しかし、所変われば障害者を取り巻く環境も大きく異なる。人権などまるでお構いなしの、時代錯誤的な状況が脈々と受け継がれている国もあるのだ。  今月28日に英紙「The Daily Mail」が報じた、インドネシアの障害者たちが置かれている“地獄のような”暮らしについてお届けしよう。
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画像は「The Daily Mail」より引用
■動物のように扱われる障害者たちの村  東ジャワ州シドアルジョ県に位置するカルベット村。一見のどかな片田舎だが、ここは同国の障害者にとって忌まわしき呪われた場所にほかならない。というのも、400人を超える精神障害やダウン症を抱える患者たちが、まるで動物のように鎖に繋がれ、檻のような真っ暗い部屋に閉じ込められながら暮らしているからだ。
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画像は「The Daily Mail」より引用
 写真のとおり、この村に“隠されている”障害者たちの年齢層は10~50歳と幅広い。みな一様に裸足、かつボロボロの服を身にまとい、まるで動物のように行動を制限されている。
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画像は「The Daily Mail」より引用
 この世に生を受けてから、すべてを制限された生活しか知らない彼らの多くは、視聴覚や運動機能にも異常が現れているという。決して表に出てこないだけで、性的暴行や電気ショックなどの虐待まがいの治療が日常的に横行しているとの指摘もあるようだ。 ■障害者を差別する根深い“伝統”  では、なぜカルベット村の障害者たちはこれほど惨い扱いを受けなければならないのか? 実は、家族が率先して彼らを拘留・隔離しているのだという。
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画像は「The Daily Mail」より引用
 インドネシア社会には、現代に至っても、過去から脈々と受け継がれてきた障害者差別の伝統が根深く残されている。それは都市部であろうと基本的に変わらないが、地方ではより残酷になる傾向があるという。
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画像は「The Daily Mail」より引用
 人々は、障害者には悪霊が取り憑いていると信じているため、彼らが積極的に社会参加する機会はほとんどなく、結果として多くの障害者とその家族が、人里離れた村で月収3,300~5,600円という極貧生活を送ることを余儀なくされてしまう。
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画像は「The Daily Mail」より引用
 ダウン症患者は、現地の言葉で「田舎の馬鹿」と呼ばれ罵られる。親の側も、障害を抱えている我が子を愛するがゆえに傍に留まるわけだが、それでもまずは拘留し、できるだけ世間から隔離しようとする。このような障害者に対する扱いは、「パスン(pasung)」という特別な言葉まで存在するほど習慣的なものなのだ。 ■政府にも改善する気“なし”  国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」が今月21日に公開した調査結果によると、インドネシア人の障害者のうち、約57,000人が家族から拘留・隔離(パスン)された経験を持ち、うち18,000人は現在も継続している可能性があるという。
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画像は「The Daily Mail」より引用
 各国から寄せられる人権侵害との非難を受け、インドネシア政府は1977年に障害者を虐待することを正式に禁止したが、約40年を経た現在も、状況はほとんど変わらない。2億5,000万の人口にもかかわらず国内に精神病院はわずか48しか存在しないうえ、障害者福祉制度も整備されないなど、政府に本気で障害者たちを取り巻く環境を改善しようとする意志があるのか、疑わしいというのが実態のようだ。
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画像は「The Daily Mail」より引用
 なお、写真のカルベット村について、地元当局は「近親相姦と栄養(特にヨウ素)の不足が原因で障害者が多く生まれている」と公式に発表しているが、真相は定かではない。  日本も、過去には障害者が誕生したことを“一家の恥”と捉え、できるだけ世間から遠ざける習慣が存在した。しかし、時間をかけて少しずつ、(現状でも十分とはいえないものの)人々の意識から変化してきたのだ。まだまだ道のりは長そうだが、インドネシアも今すぐに何らかの施策を講じなければ、障害者たちが地獄の苦しみから解き放たれる日は永遠にやって来ないだろう。 (編集部)
動画は「YouTube」より
参考:「The Daily Mail」、「Human Rights Watch」、ほか

母親に趣味を禁じられたOLが戦う、「女の子らしさ」という呪縛 丹波庭『トクサツガガガ』

 こんにちは、さにはにです。今月も漫画を通じて女性の生き方について考えるヒントを探したいと思います。よろしくお願いします。  今回ご紹介するのは、丹波庭先生の『トクサツガガ』(小学館)です。2014年より『ビックコミックスピリッツ』にて連載中で、2016年3月30日に第6巻が発売されます。「このマンガがすごい!2016」のオトコ編17位、「全国書店員が選んだおすすめコミック2016」15位にランクインするなど、現在注目を集めつつある作品です。  『トクサツガガガ』は、商社に勤める26歳のOL・仲村叶が周りにバレないようにこっそり「オタク」な生活を楽しむ日常を描くコメディです。この設定だけでもいくつかの文脈と魅力を読み込むことができますが、まず挙げておくべきは、叶がアニメやゲームではなく特撮ヒーロー(作中の説明を借りれば「ヒーロー、怪人、怪獣、ロボットなどが活躍するアレ」)のオタクであるという点でしょう。特撮にもいろいろありますが、ゴジラやモスラ、ウルトラマンなどの「往年の名作」ではなく、子どもを対象にした現在放送中の作品を愛好しているという点は大きな特徴です。それゆえ、駄菓子やファストフードのおまけ、ヒーローショー、カプセルトイといった消費の現場に子どもに混じって参加するという「特オタ」の特殊事情を盛り込むことに本作は成功しており、大人や子ども、男性女性を交えた生き生きとした人間関係をさまざまな形で描写することを可能にしています。  また、本来「子ども向け」とされる特撮ヒーロー作品を大人が愛好する理由が作中で説得的に表現されている点も、本作の読み応えのひとつです。「子どもに向けられた物語だからこそ、優しい大人になりなさいという思いがたくさん込められている」「ずるい大人になってしまいそうなとき、自分のあり方にハッとさせられる」と叶は語ります。特撮に学ぶ人生を実践する彼女は、ヒーローさながらの熱いハートと行動力を発揮して、熱意を持って子どもにおもちゃを譲ったり、新たな友人を作ったり、職場の同僚・後輩を手助けするなど、活躍の幅を広げていきます。このような主人公の真っ正直なキャラクターが特撮というジャンルそのもののあり方と重なっている点が本作の魅力であり、読み物としての説得力を増しているように感じられます。 ◎オープンオタクで多様な友人作り  2005年に講談社漫画賞や文化庁メディア芸術祭にノミネートされた木尾士目先生の名作『げんしけん』(講談社)や累計発行部数850万部を突破して現在大人気の渡辺航先生による『弱虫ペダル』(秋田書店)など、オタクを主人公にした作品は今日それほど珍しくはありません。かつてアニメやゲームが好きなだけで変わり者扱いされて排除されるような時代はあったのかもしれませんが、特定のコンテンツを愛好するという意味での「オタク」という生き方は、それだけで好奇の目にさらされるという根拠にはもはやなりにくくなっているようにも感じます。  しかし叶は自身がオタクであることがバレるのを極端に恐れており、本作でも、オタクを隠すためのノウハウやオタクのつらさ「あるある」の紹介に本作序盤の紙幅が多く割かれています。女性で「特オタ」という特殊状況を踏まえたとしても、気にしすぎなようにも思えてきます。  現代社会において女性かつオタクであることはどのような位置付けを持つのでしょうか。「特オタ」にピンポイントで迫ることは難しいのですが、アニメや漫画、ゲームなどを中心に社会状況の変化を把握することは作品の理解につながるようにも思います。さっそくデータを参照してみましょう。 【画像はmessyで!】  図1は2002年と2012年の調査においてあげた文化的トピック10個のうち、「最も関心がある文化ジャンル」として支持された割合を男女別に示したものです。2002年においてもっとも関心を集めていたのは男女ともに音楽で、テレビゲーム、漫画、アニメという「オタク」的なコンテンツはぐっと低くなっています。男性に比べて女性はさらに低い数字となっていて、ゲームやアニメは1%程度の人しか挙げていませんでした。  2012年になると、ゲーム、漫画、アニメが数字を伸ばすようになります。しかし男性に比べれば女性の数字は半分程度で、漫画はもちろん、アニメやゲームを「最も関心がある」とする女性は相対的に見ていまだ少数派のままといえるでしょう。経験的にも「そりゃそうだ」という気もしますし、現在26歳の叶が「自分は少数派だから隠れていなくてはならない」と考えるのも、数字的に考えれば無理もないのかもしれません(それにしては気にしすぎのようにも思いますが)。 【画像はmessyで!】  アニメ、漫画、ゲームを愛好する女性が相対的に少数派であることは、実は友達作りにおいてポジティブな効果を発揮しています。図2にみられるように、漫画やインターネットの動画の話題が「友達作りの役に立った」とする女性の割合は他に比べて高いという傾向がみられます。これは友達の作りやすさにつながるでしょう。アニメ、漫画、ゲームに「関心がある」としている女性だと7割を超える人が「漫画が役にたった」と回答していて、他に比べて20ポイントも多い結果になっています。つまり少数派であればあるほど、同じ趣味を持つ人と友達になる際にその趣味が役に立つと言えるわけです。  こうした趣味に基づいたネットワークは、同級生や同僚といった人間関係とは異なり、多様性があるといわれています。偏差値などであらかじめ選別された人の集まりである学校や職場の人間関係とは異なり、個人的な趣味でつながるネットワークはより広い範囲に開かれているからです。本作に登場する仲村叶の友人も、年上の女性「吉田さん」や塾通いの少年「ダミアン」、強面の男性「任侠さん」など、みな「オタク」であることは共通していますが、性別や年齢が異なる多様な人物が登場しています。こうした人々との交流を通じて、仲村叶が特撮という自分の趣味に対してだんだんオープンになっていくのが本作の読みどころのひとつにみえます。なぜなら、それは母親の呪縛からの解放につながるからです。 ◎なぜ母親は子供に「ピンク」を押し付けるのか  実は叶が「隠れオタク」である理由に、「小さい頃から好きだった特撮を、母親から厳しく禁じられていた」という過去があります。自分の好きな道を選びたいと願う娘に対し、「もっと女の子らしくしてほしい」という固定的なジェンダー像を持って立ちはだかる母親は数多くの作品で扱われているテーマですが、この作品では特撮という題材を通じてその構図がうまく取り入れられています。  本作ではピンクやひらひらしたいわゆる「女の子らしい」服装を好む母親となんとかそれを拒否しようとする叶の攻防が描かれています。その中で叶が指摘するのは「押し付け」の問題点です。とある少女とのやりとりを経て「(これまで避けてきた)ピンクそのものが悪いのではない」ことに叶は気づきます。そして「ピンクがかわいいことと私がピンクを着たいかどうかは一切関係ない」と断じ、「特撮ではなくもっとかわいらしいものを好むべきだ」と母親からピンクを押し付けられたことで「ピンクに敵意を持ってしまった」のだと語ります。  ここでおさえておきたいのは、叶だけでなく、ピンクを押し付ける母親もまた性別役割分業の犠牲者であるという点です。「夫は外で働き妻は家庭を守るべきである」とする性別役割分業は社会が近代化する過程で成立してきたものに過ぎないとう事実は、広く知られている通りです。女性に与えられている「優しい」「暖かい」「子どもが好き」といったイメージはこの性別役割分業を起点としており、普遍的な女性の「本質」とは切り離して考えるべきものです。それにもかかわらず、私たちの社会で維持されている「女性たるもの<女性らしく>しなくてはならない」という前提が女性の生きづらさにつながっているのもまた、広く知られているところだと思います(もちろん男性も同様です)。  こうした前提の中で、叶は「女の子らしさ」を母親から押し付けられました。しかし子どもをコントロールしようとする叶の母親の姿も、「子どもの養育に責任を持つべし」という社会から押し付けられた「女性らしさ」に起因しているのです。その人が何を「好む」かは、最終的には本人の主体的選択によって決定されるべきことがらですが、そこに「子どもの教育・養育に責任を持つ」という母親としての役割が介在してくると話がややこしくなります。自分の子が親として納得できる趣味嗜好を持たなかった場合、その責任は管理者である自分にかかってくると信じてしまうからです。  家族社会学の知見によれば、「子どものありようの責任を母親が引き受けてしまう」という構図は、実際の原因の所在とは無関係に発生してしまう側面があるようです。家族社会学者である土屋葉は『障害者家族を生きる』(勁草書房)において、「障がい」を持った子を産んだ母親はその原因とは無関係に自分を責める傾向にあり、それゆえに介護や教育に没入してしまうメカニズムを紹介しています。そこにあるのは、科学的・客観的理由のいかんにかかわらず、子どもに関する事柄の責任の所在は自分にあると信じさせる性別役割分業であると、土屋は論じています。  叶が特撮にハマればはまるほど、母親もそれを否定するようになります。これは単なる「趣味をめぐる攻防」や「お母さんが固い」ということだけではなく、我が子が「人並み」ではないという認識は母親という役割を通じて自分自身が「人並み」ではないという攻撃されているような印象を母親自身にもたらすからです。まさにこうしたメカニズムのもとで、母親は「女の子らしさ」を叶に求めているのでしょう。 ◎母親との最終決戦はどうなるか  「弱いものを助ける」、「友人を裏切らない」といった特撮ヒーローの教えは、男の子を対象とした文化の中で育成されたものかもしれません。しかし、その教えを実践する叶が持つ優しさにあふれた魅力は、むしろ人間らしい素直さがあるようにみえます。  男の子向けのおもちゃを欲しがって母親から叱られた少女に、叶は「変じゃない」「好きなものを好きだと言っていい」と語ります。彼女がこうした行動をする動機は「子どもの味方をするのがヒーローだから」というヒーローの教えです。特撮ヒーローという作品を通じてつくられる人間関係には「自分の好きなものに正直である」という共通点があり、それぞれの「好み」を通じて提示される人間性やその背景が、叶だけではなく登場人物全体の魅力につながっています。  人々との出会いを通じて自分の世界を確固たるものにしはじめた叶ですが、やはり最終的には母親と対峙し、自分の歴史に決着をつける必要があるように思えます。その先にあるのは、叶自身はもちろん、しがないバンドマンである兄と母親の救済でもあるはずだからです。作中で多くの人物を救っている特撮ヒーローの教えは、最大の敵である母親にどのように響くのでしょうか。これからの展開を楽しみに待ちたいと思います。

V6岡田&宮崎、エロすぎる秘密の不倫写真に高岡奏輔が激怒した!?

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※イメージ画像:『天地明察』(角川書店)
 さわやかカップルの秘め事――。以前から交際が噂されていた「V6」岡田准一と女優・宮崎あおいの決定的な2ショット写真が3月25日発売の写真週刊誌『フライデー』(講談社)に報じられた。  ふたりはポルシェの運転席と助手席に同乗し、スーパーやパン屋へ。他の日にはそれぞれひとりでも同じ車を利用しており、共有であることがうかがえる。同誌ではふたりが同棲状態でゴールインも間近かと伝えている。  ふたりの2ショットは昨年8月の『女性セブン』(小学館)にも掲載されており、円満な関係を築いていることが今回改めて世間に印象付けられた。  ふたりの交際が発覚したのは2011年末。宮崎が前夫の俳優・高岡奏輔と離婚を発表するとともに、一部で岡田との交際が報じられた。  ふたりは2008年に映画『陰日向に咲く』で初共演し、2011年夏に撮影された映画『天地明察』で再共演した。折りしもこの撮影時期、高岡がTwitter上でフジテレビの韓国偏重を指摘し、当時の芸能事務所を退所する騒動が発生。夫婦間にもすれ違いが生じ、岡田と宮崎が急接近した。  その接近ぶりに関しては、なかなかのものだったようだ。 「当時の報道では、宮崎さんの浮気に気付いた高岡さんが岡田さんを飲食店に呼び出して、岡田さんの携帯電話を確認すると、ふたりで温泉旅行に行っていたことをにおわせるやり取りが残っていた、とありました。ただ、実はこの時、さらにとんでもない画像が岡田さんの携帯の中にあったそうなんです。メールの文面に加え、決定的な画像があったことで完全に離婚を回避することが不可能になったと言われています」(芸能プロ関係者)  さわやかなイケメンの岡田と清純派の宮崎がとんでもない画像を残していたとは衝撃的だが、その内容はどのようなものだったのか。
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※イメージ画像:『女優美学 2』(東京カレンダー)
「温泉旅行先で撮られたものとみられるその画像は、さすがに『行為そのもの』ではなかったものの、明らかに裸の付き合いがないと撮影できない自撮りの2ショットだったそうです。ただでさえ人気者同士なうえに、当時はまだ不倫状態だったことを考えると、そのような証拠の画像を撮影するのは相当なこと。逆に言えば、早い段階からふたりだけの世界に没頭するラブラブぶりだったということでしょう」(前出の関係者)  互いのあられもない姿を残しあう仲だったふたりは、その後もさめることなく、ひっそりと愛を育み続けたことになる。世間的にもお似合いと認められているカップルだけに、末永く幸せになってほしいところだ。

堀北真希、芸能界引退報道のウラに嫁姑問題! 「事務所も連絡取れない」非常事態に?

 堀北真希が“事実上の芸能界引退”になると、29日発売の「週刊女性」(主婦と生活社)が報じた。サイゾーウーマンが昨年10月にこのウワサを報じて以降(既報)、堀北の進退に関する情報は各業界関係者にも伝わっていったが、中には事実とはまったく違った話が独り歩きしていたという。それに関連して、堀北には新たな問題も浮上しているようだが……?  昨年8月、山本耕史と突如結婚を発表し、世間を驚かせた堀北。加えて秋頃になると、堀北が所属事務所・スウィートパワーとの契約を更新しない方針という情報が、一部関係者の間でささやかれるようになった。 「メディア関係者の間では、堀北は事務所との契約を更新しない意向で、もともと芸能界に未練もないことから、近く家庭に入るのではといわれていました。ところが、芸能プロダクションや代理店関係者の間では、また違った情報が飛び交っていたんです。それは『近く堀北は山本の事務所に移籍する』というものでした」(芸能プロ関係者) 「週女」によれば、堀北は4月以降の仕事がまったく決まっておらず、また出演するCMのスポンサーに対しても降板の意向を伝えているのだという。しかし、今後復帰する可能性なども想定して、スウィートパワーに籍だけは残す方針のようだ。 「堀北移籍情報の出処を調べていくと、どうやら山本の所属事務所が発信した情報だったことがわかりました。山本の事務所は、母親が代表を務める個人事務所で、結婚当初から堀北の“引き抜き”を画策していたようなんです。現在、山本はバラエティで堀北をネタにする機会が増えていますが、ここに堀北本人も抱き合わせで出演となれば確かにおいしい話。しかし、育ての親であるスウィートパワーとしては、夫婦セット売りは許せなかったのでしょう。堀北は姑と事務所の板挟み状態にあるようです」(週刊誌記者)  スウィートパワーは今回の引退報道について、29日付「デイリースポーツ」の取材に対して、「(CM)契約はまだあります。事実ではございません」と引退を否定しているが、「今後の仕事についてや、降板申し入れについての言及はない。現在堀北は事務所スタッフでさえ連絡が取れないともいわれており、こちらでも何らかの確執が発生しているのかもしれません」(同)という。  新婚当初は山本の女グセの悪さが心配されていた堀北だが、ここへきて“嫁姑問題”という新たな火種が浮上してしまった。事務所が籍を残させた真意は「万一離婚した時を想定してのことなのかもしれませんね」(同)というが、果たして――。