五代目・三遊亭円楽に捧げる、弟子たちからのラブレター『落語家 五代目円楽一門会生態録二〇一三』

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『落語家 五代目円楽一門会生態録
二〇一三』(ワイズ出版)
 2009年に肺がんのために亡くなった五代目・三遊亭円楽の弟子や孫弟子たちが所属する落語家集団「五代目円楽一門会」。「笑点」でお馴染みの三遊亭好楽や六代目三遊亭円楽(元三遊亭楽太郎)、末高斗夢としてタレント活動から一転、落語の世界に飛び込んだ三遊亭こうもりなどが知られているだろう。この一門会に所属するすべての落語家に迫ったインタビュー集『落語家 五代目円楽一門会生態録二〇一三』(ワイズ出版)が刊行された。  総勢44名の落語家たちに取材を行ったのは、今月真打に昇進したばかりの三遊亭きつつき改め四代目・三遊亭萬橘。兄弟子や弟弟子などの立場を超え、落語家としての本音を語り合っている。  一般的に、落語家の生態というのはほとんど知られていない。日本の伝統芸能を守る存在でありながら、同時に「毎度ばかばかしいお笑いを一席」と、集まった人々の心をつかみ笑いを勝ち得なければならない。そんな落語家たちが、自らの半生や哲学を語るというその内容も十二分に面白いが、本書をより味わい深くさせているのが、彼らの師匠にあたる五代目三遊亭円楽に対するそれぞれの熱い思い入れだ。  五代目円楽は、一昨年亡くなった立川談志や古今亭志ん朝らとともに、昭和~平成の落語界を牽引した存在である。しかし、彼をはじめとする円楽一門は落語協会や落語芸術協会に所属する落語家と異なり、鈴本演芸場、新宿末広亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場といった寄席で定席を持つことができない。1978年の分裂騒動で三遊亭圓生・円楽の師弟は落語協会を脱退する。これに対する制裁として、円楽一門会は寄席という活躍の場を失った。  五代目円楽は1985年から89年まで、寄席「若竹」を自ら経営した。最後には数億円もの借金を背負い、「笑点」で散々いじられ倒していたが、五代目が私財を投じ借金を背負ってまで寄席を開業したのは、自分たちの場所をつくるためだった。また、東京の寄席に出られないことから、地方での落語会を精力的に行ってきた円楽一門会。今では地方の落語会も当たり前のものとなったが、この状況は彼なしでは考えられないだろう。  普通の落語家が味わう以上の辛酸を舐めた五代目。その背中をずっと追い続けてきた弟子たちからあふれ出る言葉の数々は趣深い。 「大将(五代目)の凄さ? あれは人間じゃないよ。普通の人ではとにかくない(中略)あんだけわがままで、好き勝手で、気分屋でいながら、勤勉家で、あんなに温かくて、懐の深い人は最初で最後だろうね」(三遊亭貴楽) 「喜怒哀楽の激しい方で、きつくも叱るけど、『浜野矩随』の若狭屋甚兵衛とほぼ同じ。思いやりが、すごく優しくて」(三遊亭楽之介) 「どっかのインタビューで言ったけど、円楽と言うブラックホールの中にどんどん吸い込まれてたんだね。落語と言うブラックホールん中に」(六代目三遊亭円楽)  一般的には笑点の司会者としてニコニコしたイメージが印象に残っている五代目円楽。だが、彼は名実ともに間違いなく落語界を牽引した存在であり、後世にまで語り継がれるべき人物だ。本書は、弟子・孫弟子たちによって形作られる五代目円楽一門会のすべてを記した作品であると同時に、彼らによって綴られた五代目円楽へのラブレターなのだ。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

家元・立川談志が落語界に遺したものとは? 『立川流騒動記』立川談之助インタビュー

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談志のDNAを継ぐ立川談之助
 落語家の立川談志さんが亡くなって、はや10カ月が過ぎようとしている。  その間、談志さんを振り返る書籍・DVDが多数発売されているが、今年6月「決定版談志本」と称し、ある1冊の書籍が発売された。その名は『立川流騒動記』(メディア・パル)。著者は、談志さんの弟子の一人である、落語家の立川談之助。談之助は1974年7月、立川談志に入門。当時、談志さんは参議院議員としても活動しており、談之助は談志さんの弟子兼私設秘書として3年間も国会に通うという、弟子の中でも異色の存在であった。  高座でもその異色ぶりは発揮され、「トンデモ落語」と称される現代風の改作落語や新作落語を数多く発表。さらには本業の落語以外にもパソコンゲームや美少女ゲームのレビュー、宇宙人の本を執筆するなど、マルチな才能で落語界を駆け抜けるベテラン芸人だ。師匠・談志は談之助を、愛着を込めてこう呼んだ「邪道真打ち」と……。  『立川流騒動記』は発売直後、落語ファンの間でまたたく間に話題となり、談志マニアの心をつかんだ。そんな「邪道真打ち」談之助にインタビューを試みた。 ──出版のきっかけは? 談之助 前々から、うちの師匠のことは書こうと決めていたんですよ。私はドキュメンタリーものが好きなんで、自分が書くとしたらやっぱり「実録物」しかないかなと。友人の唐沢俊一さんの助言もあって、去年の春先から書き始めて、秋先には出そうじゃないかと。もともと唐沢さんからは『(談志が死ぬ前に)文章として功績を残しておこうじゃないか』と言われていたんですが、執筆の最中に師匠が死んでしまいまして。それまでは師匠に読まれたらマズいなと思って、5割以上のブレーキをかけていたんですが、『もう気にすることは何もない』と思い、全力でアクセルを踏みました(笑)。ほら、うちの師匠はほかの師匠と違って、怒ったらカネを取りますから(苦笑)。 ──確かに『騒動記』はほかのお弟子さんの本と違って、資料的な意味でも楽しめました。 談之助 ウィキペディアの情報とか見ていても、間違いだらけで……。評論家の本なんかでも、間違っている部分が多いですから。もちろん、内部の話だから当事者でも真実の片側しか知らないものなんですが、三遊協会設立騒動(真打ち大量昇進制度に反発した六代目三遊亭圓生が、落語協会とは別に新たな協会を発足させた騒動)の時は、私はまだまだ前座の見習いみたいな存在でしたから、周りの動きを結構客観的に見られていたんですね。談志サイドにいても、「うちの師匠ひどいことするなぁ」と思っていたりね(笑)。落語家はどうしても我が強いものなんで、本当のことを書くと怒るんですよ。だから、圓生、志ん朝、圓楽、談志が生きていたら、ものすごいクレームの嵐だったと思いますよ(笑)。 ──落語家さんからのクレームは来ていますか? 談之助 今のところないですね。我々は、面と向かって文句は言わないですから(笑)。でも、志ん朝師匠の弟子は怒っているでしょうね。ほら、この本で志ん朝唯一ともいえる汚点を書いちゃったから(笑)。 ──確かにあのシーンは衝撃的でした。あのキチッとした志ん朝師匠とは思えない行動で……。 談之助 でも、私ウソは書きませんから(笑)。 ■立川談志の教え ──立川流創設後、立川志の輔、談春、志らく、談笑と売れっ子を多く輩出した談志師匠ですが、独立した後、何か教えに変化があったんでしょうか? 談之助 特にはないですね。というよりも、昔から談志は弟子に何も教えていません。ですが、志の輔以降、変わったことといえば、多くの弟子がセルフプロデュースを意識しだしたという点でしょうね。志の輔は28歳の入門で奥さんもいたから、落語の実力以上にセルフプロデュース力を高めるための努力をしていました。談春にしても、志らくにしても、志の輔の背中を見て育っているので、努力の方向性がセルフプロデュースのほうに向かっていたんです。でも、実はその努力の方向性はうちの師匠も同じ考えだったんですね。だから師匠はよく言っていましたよ、『おまえら、真打ちになりてえなら、アイドルと結婚するか、刑務所へ1年間行ってこい。すぐに真打ちにしてやる』とか(笑)。 ──談志師匠は立川流創設後、セルフプロデュースのほか、「唄・踊り・落語」ができることが条件だと言っていましたが、それはなぜでしょうか? 談之助 世間から師匠は「唄・踊り・落語」を条件に昇進を決める、芸に厳しい師匠といわれていましたが、実は違うんです。「唄・踊り・落語」というのはセルフプロデュースのできない弟子へ課した最低条件なんですね。自分の名前も売れない、スキャンダルも起こせない落語家なら、せめてそのくらいやれば飢え死にしないだろうという最低の条件。それが「唄・踊り・落語」なんです。今でいえば、生活保護のようなものです(笑)。現に、談春や志らくは、唄も踊りも何もできないですから。 ──確かにセルフプロデュースでいえば、談志師匠はズバ抜けたものがありましたね。 談之助 あれは「すごい」と、弟子から見ても思いますよ。師匠が志の輔に対してよく言っていたのは「NHKのレギュラーで名前が売れる奴は、ただの一流。だが、超一流ならばNHKのレギュラーすらすっぽかす」とか。そんなもん、うちの師匠しかできないですよ(笑)。 ■立川談志の都市伝説 ──昔、何かの本で「談志師匠はインターネットに興味がある」と読んだ気がするのですが、これは本当ですか? 談之助 これはウソです。うちの師匠はまったくと言っていいほど、デジタルがわからない人ですから。ウワサによると、電球すら換えられない(笑)。でも、パソコンは持ってましたよ。昔、SMAPの香取慎吾君と共演したパソコンのCMでプレゼントされたものが、自宅にありました。でも、師匠には一回も触れられずにほこりをかぶっていて、師匠の息子さんがそれでネットゲームをしてました。でも一回、師匠から「メールをやりたい」と相談を受けたことがあります。ですが、家族から「絶対にイライラするからやめて」と止められたようです(笑)。 ──そうなんですか。談志師匠は、流行り物とか結構好きそうなイメージがあるのですが……。 談之助 ウチの師匠はドケチで世界的に有名ですから(笑)。車も買わないし、日用品は使えればそれでいい。デジタルも苦手でしたが、実は自転車も苦手なんじゃないか? という話がありますよ。先代の圓楽師匠とウチの師匠が「どっちが自転車を乗れるか」で口論しているのを見たことがあります。現に、師匠の息子さんが自転車を欲しがっていたのですが、買ってもらえなかったそうですから。恐らく自分が乗れないのがばれたくないから、買ってやれなかった(笑)。 ■談志没後、立川流はどうなる? ──談志師匠が亡くなって半年以上がたちました。立川流は一番弟子の土橋亭里う馬師匠が代表として就任しましたが、何か変わったことはありましたか? 談之助 これまた特にはないですね(笑)。理事は世代別で6人(立川左談次、談四楼、談幸、志の輔、志らく、雲水)が就任しましたが、何も決まっていません。ただ、上納金は廃止したので、これだけは本当よかったです(笑)。主だったものはこれだけですね。 ──立川流が、芸術協会と圓楽党と組んで新宿末廣亭で興行を打つという話もありましたが……。 談之助 うーん。まあ寄席が好きな人は出るでしょう。ただ、現実問題として寄席はギャラが安いので、全員が全員出ることはないと思います。 ──志らく師匠が「立川流は最終的に流れ解散になる」と言っていましたが、これについては? 談之助 これは私もそう思います。なんといっても、師匠は「勝手に生きろ」とよく言っていて、本当にその言葉通りに生きて、その言葉通りに死んじゃった。だから、弟子にも死ぬことを伝えなかったし、葬式にも呼ばなかったんです。自分が一番勝手なんですよ。本当に弱りましたよ(笑)。ですが、これは談志の愛情なんじゃないかと、最近は思っています。生きている間は「俺の言っていることを守るんだ」と言っていましたが、死んでしまったら、もうおしまいでいい。「解散するも勝手だし、立川流を守るのも勝手にしろ」と、あの世で言っているような気がしますね。だから、私個人は「解散でもいい」と思っていますよ。そもそも立川流は立川談志がひとり作り上げたものですからね。しかも、私は落語協会を抜けて勝手に独立した立川談志の弟子なんだから(笑)。しかしねぇ、あの突然の死に方はやっぱり驚きましたよ。 ──某新聞には「死」を隠すのは、「談志のダンディズムだった」と書かれていましたが……。 談之助 ダンディズムなんかじゃないですよ。だって、隠す理由がまったくないんですもん(笑)。「隠してどうすんだ?」と、こっちが聞きたいくらいです(笑)。だから、これこそが「立川談志」だと、私はあらためて知ることになった。「俺は冗談なんだ。世の中を騒がして、舐めて生きたんだ」という言葉を自分の死で表現しちゃった。あれは弟子から見ても「やられた!」って感じですよ。私なんかもう40年近くも弟子でいるのに、ひっくり返っちゃいましたから(笑)。もう、最高のギャグですよ。参りました! ──あらためて立川談志のすごさがわかりました。ありがとうございました。では最後に一言お願いいたします。 談之助 そうですね。落語に興味のある、もしくは興味をもち始めた方にぜひ読んでいただきたいですね。戦後の落語界を騒がした大きな騒動、大量真打ち昇進問題、圓生の独立、そして立川流創立。この本に書いてあることは全部事実ですから。なぜ今の落語界はこんな状態なのか? という疑問は、この本を参考にしていただいたらわかると思います。皆さん、何卒よろしくお願いします。 『立川流騒動記』出版記念 「どうする?どうなる?立川流!」 【出演】唐沢俊一、立川談之助、立川談笑ほか 日時:9月17日(月/祝)OPEN 12:00 / STRAT 13:00 前売¥1800 / 当日¥2000(共に飲食代別) (会場/お問い合わせ)新宿ロフトプラスワン 新宿区歌舞伎町1-14-7林ビルB2 TEL 03-3205-6864 web http://www.loft-prj.co.jp/PLUSONE/

『いいとも!』打ち切りなら……『笑点』次期司会者にタモリが浮上


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『笑点 第1号 冬の章―番組公認』
 日本テレビの人気番組『笑点』に司会者の交代説がささやかれている。  長く腰部脊柱管狭窄症を患っている司会者の桂歌丸(75)が6月に3度目の手術を受けることになり、その後はコルセット生活を強いられ、半年間は高座に上がることが困難と見られているからだ。  もともと働き者と知られる歌丸だけに日頃のスケジュールも忙しく、地方の小会場まで出向く寄席はもちろん、落語芸術協会の会長としての仕事などがあり、復帰後も同じペースで収録ができるかの見通しは立っていない。2006年に5代目・三遊亭圓楽から引き継いだ笑点の司会業だが、「この機に譲るのはどうか」という声は日テレ関係者からも聞かれる。 「問題は後任の人選です。例によって大喜利メンバーから選ぶとしても、司会に合いそうなタイプがいないんです」(番組ディレクター)  そこで持ち上がっているのが『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の人気司会者タモリだという。 「視聴率が低迷する『いいとも』には3月で打ち切り説がありますので、お願いするとすればそれ次第。66歳のタモリさんにとっても、あのバカ騒ぎする番組はそろそろ厳しいでしょう。『笑点』なら年齢に負担もない仕事で長く続けられるはず」(同)  ほかに名前の挙がった候補は、『仮装大賞』で日テレと関係の深い萩本欽一や、過去に笑点の代理司会をやったことがある伊東四朗だというが、ある落語関係者によると「そのプランを聞いた歌丸師匠が"後任なら落語会から出すべき"と怒った」というのだ。 「師匠は大喜利が落語から発した文化だと言っていますからね。歌丸さん自身が若い時代に寄席に客が来ないときは大喜利で楽しませたという経験もあって、落語家のものだという意識が強いんでしょう」(同関係者)  前出ディレクターはこの話を聞いて大きく肩を落とした。 「それでは難しそうですね。何しろ歌丸さんは収録でも内容には一切、口を出させない人。以前、指示を出したディレクターをクビにしたことがあるほど。もし歌丸さんが"それはイヤだ"といえば逆らえる人はいません。落語界からというなら笑福亭鶴瓶さんの案もありますが、余計な火の粉をかぶるのは怖いので、大きい声で提案することはできませんよ」(同)  過去、2代目の前田武彦と3代目の三波伸介も落語家ではなかったのだが、歌丸の決断はいかに。 (文=鈴木雅久)
笑点 第1号 冬の章―番組公認 昇太ももう52だって。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 ・『水戸黄門』に続き『笑っていいとも!』やはり3月打ち切りか 看板番組にリストラの嵐「録画放送でやればいい!?」苦戦の『笑っていいとも!』フジテレビに迫られる決断アコムCM出演で失望? タモリの既存イメージと「タモリ的なるもの」

『いいとも!』打ち切りなら……『笑点』次期司会者にタモリが浮上

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『笑点 第1号 冬の章―番組公認』
 日本テレビの人気番組『笑点』に司会者の交代説がささやかれている。  長く腰部脊柱管狭窄症を患っている司会者の桂歌丸(75)が6月に3度目の手術を受けることになり、その後はコルセット生活を強いられ、半年間は高座に上がることが困難と見られているからだ。  もともと働き者と知られる歌丸だけに日頃のスケジュールも忙しく、地方の小会場まで出向く寄席はもちろん、落語芸術協会の会長としての仕事などがあり、復帰後も同じペースで収録ができるかの見通しは立っていない。2006年に5代目・三遊亭圓楽から引き継いだ笑点の司会業だが、「この機に譲るのはどうか」という声は日テレ関係者からも聞かれる。 「問題は後任の人選です。例によって大喜利メンバーから選ぶとしても、司会に合いそうなタイプがいないんです」(番組ディレクター)  そこで持ち上がっているのが『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の人気司会者タモリだという。 「視聴率が低迷する『いいとも』には3月で打ち切り説がありますので、お願いするとすればそれ次第。66歳のタモリさんにとっても、あのバカ騒ぎする番組はそろそろ厳しいでしょう。『笑点』なら年齢に負担もない仕事で長く続けられるはず」(同)  ほかに名前の挙がった候補は、『仮装大賞』で日テレと関係の深い萩本欽一や、過去に笑点の代理司会をやったことがある伊東四朗だというが、ある落語関係者によると「そのプランを聞いた歌丸師匠が"後任なら落語会から出すべき"と怒った」というのだ。 「師匠は大喜利が落語から発した文化だと言っていますからね。歌丸さん自身が若い時代に寄席に客が来ないときは大喜利で楽しませたという経験もあって、落語家のものだという意識が強いんでしょう」(同関係者)  前出ディレクターはこの話を聞いて大きく肩を落とした。 「それでは難しそうですね。何しろ歌丸さんは収録でも内容には一切、口を出させない人。以前、指示を出したディレクターをクビにしたことがあるほど。もし歌丸さんが"それはイヤだ"といえば逆らえる人はいません。落語界からというなら笑福亭鶴瓶さんの案もありますが、余計な火の粉をかぶるのは怖いので、大きい声で提案することはできませんよ」(同)  過去、2代目の前田武彦と3代目の三波伸介も落語家ではなかったのだが、歌丸の決断はいかに。 (文=鈴木雅久)
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林家三平絶句……家元・立川談志死去報道の裏にあったフジテレビの非常識すぎる取材

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談志大全 (上) DVD-BOX 立川談志
古典落語ライブ 2001~2007
(竹書房)
 喉頭がんのために落語家・立川談志(本名・松岡克由)さんが21日に死去し、落語ファンは悲しみに包まれたが、その裏でフジテレビがとんでもない取材を行っていたことが発覚した。  談志さんが亡くなったことが発表されたのは、死去から2日後である23日の夕方。ただ芸能マスコミの間では、22日午後から「亡くなったらしい」との情報が駆けめぐっていた。 「どこの社もウラ取りに必死になったが、23日になっても確認が取れなかったんです」(ワイドショー関係者)  なかなかウラが取れなかった原因は、談志さんの家族が亡くなったことを誰にも明かさなかったため。落語家の師弟関係は「実の親子以上の関係」と言われるが、談志さんの家族は、身内だけの葬儀を終えた23日夕方まで弟子にも知らせないという、徹底した情報統制を敷いた。 「ウラを取るためマスコミ各社は談志さんの弟子に連絡したが、弟子は誰も知らなかった。師匠が死んだなんて信じたくない思いもあり、『デマです』と断言する弟子もいた。マスコミ各社がなかなかウラが取れなかったのは、そのためなんです」(同関係者)  そうした状況の中、フジテレビの取材班がとんでもない行動に出た。これは23日昼に行われたブルーレイ&DVD『カーズ2』の発売記念イベントでのこと。イベントに出席したのは落語家・林家三平と女優・国分佐智子夫妻だった。 「その時点ではまだ『談志さん死去』のウラは取れていない段階だった。にもかかわらずフジのクルーはイベント中に『談志さんが亡くなったそうですが』と三平に聞いたんです」(現場にいた報道関係者)  驚いた三平は「全然知らないです」と絶句。その後「噺家としては宝のような存在。『お前は落語ができるんだから、しっかりやりなさい』と言われたことがあります」と絞り出すように話した。この話は、後で"お悔やみのコメント"として報じられた。  前出の関係者は「フジのクルーの聞き方は質問というよりも『知ってますか?』と確認するような感じで、言わば三平にウラを取っているようなもの。『同じ落語家だから知っているかも』と思ったのかもしれないが、まだ談志さんの死去が確認できていない段階で聞くことじゃない。周りからも『やりすぎだ』と声が出ていた」と明かす。  まだ談志さんが亡くなったことが"デマ"である可能性もあった時点での話だけに、今回のフジテレビの取材は非常識と言われても仕方がないだろう。
談志大全 (上) DVD-BOX 立川談志 古典落語ライブ 2001~2007 哀悼。 amazon_associate_logo.jpg
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